雨が――
†
雨が降っていた。しとしとと。ざぁざぁと。ぽたぽたと。さめざめと。強くなったり、弱くなったり、その雨足を駆けるように変えながら、魔法の森に雨は降り続いていた。雨の音を何に喩えようか、そんなことを私は茫洋と思う。窓の外から見える景色は、全てが雨の灰色に染まっている。いや、染まり続けている、というべきだろう。雨は強くなりはしても、弱くなりはしても、決して止まないのだから。
止まない雨。
明けない夜ほどに現実味のない、雨の森だった。
「雨、降ってる」
彼女は外を見てそう言った。私は無言で――頷かなかった。今更、頷くようなことでもない。窓の外を見る彼女の横顔は、きっと私と同じようなものなのだ。二人して、外を見る。窓の外を。窓に当たるたびに小さな音を立てる雨粒を、その向こうに広がる雨の景色を。雨の昼でも雨の夜でもない、雨の世界。
今が昼か夜か、なんてことは最早些細な問題なのだとわかっていた。空は常に雲で覆われている。太陽も月も星も見えない。あの吸血鬼ならば、太陽が見えず喜ぶのだろうか――そこまで考えて、私はその考えを否定した。あの紅い霧雨の夜は、霧だからこそ喜んでいたのであって、雨を喜んでいたわけではない。
流れる水は苦手。
それが吸血鬼。
じゃあ――私たちはどうなのだろう。
吸血鬼に在らざる、私たち、魔法使いは。
「雨が、降っている」
繰り返すように呟く彼女を見ながら私は思う。
彼女は、魔法遣いだ。
そして、彼女を見る私もまた、魔法遣いだ。
魔法の森の魔法の家の中で、二人の魔法遣いは雨を見上げている。
ただの雨だ。
雨は雨であってそれ以上の何者でもない。水滴に紅色が混ざることもない。空の灰色を映したような、暗い雨のカーテンが広がるばかりで、それは通常といえばどこまでも通常で、尋常といってしまうには憚られた。
降り止めば、の話だが。
明けない夜が異変であるように、止まない雨もまた、異変なのかもしれない。
この上なく些細で微細な、身近な異変。
「雨が、降り続けている」
小さな声ですら、家の中では酷く響いた。音が欠けている。魔法遣いの家に生活の音はなく、それ以外の音は、すべて雨音がかきけしている。だから、家の中に響くのは互いの音と、雨の音。ただそれだけで、それに慣れてしまった今は、やけに静寂が耳についた。
静かだった。
星のような、静けさだった。
私はふいに耳をふさぎたくなる衝動に抗いながら――もしも塞いでしまえば、どうなるのだろう――再び窓の外へと視線を戻した。雨。夜とも昼ともつかない、雨。降り止まない降り終わらない降り続く雨を見ながら、私は疑問に思う。いったいいつまで雨は降り続くのだろう、と。そして、いつから雨が降っているのだろうと。
わからなかった。
未来も過去も、私にはわからなかった。
彼女にだって、わからないだろう。私たちは、運命を操ることも天候を操ることもできない。
ただ魔法が遣えるだけだ。
魔法遣い。
「魔法で雨を消さないの」
どちらからともなく、そんなことを訊いた。
それを訊いたのは私だったかもしれないし、彼女だったのかもしれない。どちらにしても同じことだった。私ではなく、彼女でもなく、私たちは二人ともが魔法遣いなのだ。だから、どちらが問うたとしても、答えは同じに違いない。
こんなふうに。
「そっちこそ」
つまりはそういうことだ。
私は外を見ている。
彼女も外を見ている。
それだけだった。
机の上に頬杖をつき、手持無沙汰な指で金の髪を互いにいじくりながら、ただただ外を見つめる。そんなことしかできなかった。見つめ続ければいつか太陽が見えるのだと信じるように、雨の向こうには青空があるのだと信仰するように。
初めからないのかもしれない。
終わりなどないのかもしれない。
世界は雨が降ったところから始まって、雨が降り止むことなく終わるのかもしれない。どこかの本で偉い誰かが七日間で世界を海に浸したと言っていたが、それはあながちウソではないのだろう。
七日。
それは一週間ということだ。
すべてということだ。
この場にいない魔女ならば、きっとこういうだろう。七日は繰り返されるものであり、すなわち全てなのだ、と。
雨。
雨こそが、全てだった。
「雨が――」
言葉は途中で途切れ、吐息で結ばれた。漏れ出た吐息が暖気となり、けれどすぐに消える。
少しばかり寒かった。
雨が降っているせいだろう。
雪が降っているよりは良いのかもしれない。
雨。
しとしとと、
ざぁざぁと、
ぽたぽたと、
さめざめと。
雨が降っている、降り続けている、終わることなく降り続けている。
おかしな話だった。外ではやむことのなく雨が降り続けている――そして、それだけなのだ。妖怪たちを活性化させる月が出ているわけでも、外部からの乱入者がきたわけでもない、ただ雨が降っているという、それだけなのだ。自身の記憶が胡乱なだけで、この雨だって、昨晩から降っているだけかもしれない。
ただ雨宿りをしているだけかもしれない。
外に出るのが面倒くさくて――雨に濡れるのがいやで――外に出ていないだけなのかもしれない。危険なものなど何もない、ただの雨なのだ。その気になれば、外へと出ていける。それこそ、これが紅い霧雨の事件と似たようなものならば、外に出て解決に挑めばいいのだ。
そうしないのは、何故だろう。
私は考える。
私は考える。
私は考える。
考えるだけで、答えはでない。ざぁ、ざぁと――雨の音がすべてを覆っていく。私の思考を、私の記憶を、雨が流していく。
雨に溶けこむように消えていく。
そんな幻想さえ覚えてしまう。
「雨――――」
私はもう一度彼女を見て、それから外を見た。
外では雨が降っている。
ただ、降っている。
雨は雨以外の何物でもない。雪でもなければ、雹でもない。ましてや、嵐になることさえなかった。風は出ていない。太陽と同じように、風の姿は見えなかった。
雨の姿しか、見えなかった。
彼女はしきりに話しかけてくる。言葉を吐いて、雨以外に何かがあるのだと伝えてくる。それはひとりごとなのかもしれないし、私に向けられた言葉なのしれないし、ひょっとしたら、それこそが魔法の言葉なのかもしれなかった。
彼女は、魔法遣いだから。
私と同じように。
――ああ。
なら、そういうことなのだろう。
私は立ち上がり、彼女の傍に立った。彼女は何かをつぶやきながら、私の方を見上げた。その金色の瞳の中に、私の顔が写っていた。案の定、私は彼女と同じような表情をしていた。私は何かを言おうとして、けれど何も言葉になることなく、代わりに彼女の首をはねた。
ころん。
音もなく彼女の首が胴体から離れ、机の上に転がった。金色の髪が、木材でつくられた机の上に波紋のように広がった。さかさまになった彼女の首は、まだ私の方を見ていた。けれどその瞳は、私を見ていなかった。
首を失った彼女に背を向けて、私は踵を返した。扉を開け、魔法の森の魔法の家から、魔法の森へと、外へと足を踏みだした。
外は、
「雨が――――」
†
雨が降っていた。しとしとと。ざぁざぁと。ぽたぽたと。さめざめと。強くなったり、弱くなったり、その雨足を駆けるように変えながら、魔法の森に雨は降り続いていた。雨の音を何に喩えようか、そんなことを私は茫洋と思う。窓の外から見える景色は、全てが雨の灰色に染まっている。いや、染まり続けている、というべきだろう。雨は強くなりはしても、弱くなりはしても、決して止まないのだから。
止まない雨。
明けない夜ほどに現実味のない、雨の森だった。
「雨、降ってる」
彼女は外を見てそう言った。私は無言で――頷かなかった。今更、頷くようなことでもない。窓の外を見る彼女の横顔は、きっと私と同じようなものなのだ。二人して、外を見る。窓の外を。窓に当たるたびに小さな音を立てる雨粒を、その向こうに広がる雨の景色を。雨の昼でも雨の夜でもない、雨の世界。
今が昼か夜か、なんてことは最早些細な問題なのだとわかっていた。空は常に雲で覆われている。太陽も月も星も見えない。あの吸血鬼ならば、太陽が見えず喜ぶのだろうか――そこまで考えて、私はその考えを否定した。あの紅い霧雨の夜は、霧だからこそ喜んでいたのであって、雨を喜んでいたわけではない。
流れる水は苦手。
それが吸血鬼。
じゃあ――私たちはどうなのだろう。
吸血鬼に在らざる、私たち、魔法使いは。
「雨が、降っている」
繰り返すように呟く彼女を見ながら私は思う。
彼女は、魔法遣いだ。
そして、彼女を見る私もまた、魔法遣いだ。
魔法の森の魔法の家の中で、二人の魔法遣いは雨を見上げている。
ただの雨だ。
雨は雨であってそれ以上の何者でもない。水滴に紅色が混ざることもない。空の灰色を映したような、暗い雨のカーテンが広がるばかりで、それは通常といえばどこまでも通常で、尋常といってしまうには憚られた。
降り止めば、の話だが。
明けない夜が異変であるように、止まない雨もまた、異変なのかもしれない。
この上なく些細で微細な、身近な異変。
「雨が、降り続けている」
小さな声ですら、家の中では酷く響いた。音が欠けている。魔法遣いの家に生活の音はなく、それ以外の音は、すべて雨音がかきけしている。だから、家の中に響くのは互いの音と、雨の音。ただそれだけで、それに慣れてしまった今は、やけに静寂が耳についた。
静かだった。
星のような、静けさだった。
私はふいに耳をふさぎたくなる衝動に抗いながら――もしも塞いでしまえば、どうなるのだろう――再び窓の外へと視線を戻した。雨。夜とも昼ともつかない、雨。降り止まない降り終わらない降り続く雨を見ながら、私は疑問に思う。いったいいつまで雨は降り続くのだろう、と。そして、いつから雨が降っているのだろうと。
わからなかった。
未来も過去も、私にはわからなかった。
彼女にだって、わからないだろう。私たちは、運命を操ることも天候を操ることもできない。
ただ魔法が遣えるだけだ。
魔法遣い。
「魔法で雨を消さないの」
どちらからともなく、そんなことを訊いた。
それを訊いたのは私だったかもしれないし、彼女だったのかもしれない。どちらにしても同じことだった。私ではなく、彼女でもなく、私たちは二人ともが魔法遣いなのだ。だから、どちらが問うたとしても、答えは同じに違いない。
こんなふうに。
「そっちこそ」
つまりはそういうことだ。
私は外を見ている。
彼女も外を見ている。
それだけだった。
机の上に頬杖をつき、手持無沙汰な指で金の髪を互いにいじくりながら、ただただ外を見つめる。そんなことしかできなかった。見つめ続ければいつか太陽が見えるのだと信じるように、雨の向こうには青空があるのだと信仰するように。
初めからないのかもしれない。
終わりなどないのかもしれない。
世界は雨が降ったところから始まって、雨が降り止むことなく終わるのかもしれない。どこかの本で偉い誰かが七日間で世界を海に浸したと言っていたが、それはあながちウソではないのだろう。
七日。
それは一週間ということだ。
すべてということだ。
この場にいない魔女ならば、きっとこういうだろう。七日は繰り返されるものであり、すなわち全てなのだ、と。
雨。
雨こそが、全てだった。
「雨が――」
言葉は途中で途切れ、吐息で結ばれた。漏れ出た吐息が暖気となり、けれどすぐに消える。
少しばかり寒かった。
雨が降っているせいだろう。
雪が降っているよりは良いのかもしれない。
雨。
しとしとと、
ざぁざぁと、
ぽたぽたと、
さめざめと。
雨が降っている、降り続けている、終わることなく降り続けている。
おかしな話だった。外ではやむことのなく雨が降り続けている――そして、それだけなのだ。妖怪たちを活性化させる月が出ているわけでも、外部からの乱入者がきたわけでもない、ただ雨が降っているという、それだけなのだ。自身の記憶が胡乱なだけで、この雨だって、昨晩から降っているだけかもしれない。
ただ雨宿りをしているだけかもしれない。
外に出るのが面倒くさくて――雨に濡れるのがいやで――外に出ていないだけなのかもしれない。危険なものなど何もない、ただの雨なのだ。その気になれば、外へと出ていける。それこそ、これが紅い霧雨の事件と似たようなものならば、外に出て解決に挑めばいいのだ。
そうしないのは、何故だろう。
私は考える。
私は考える。
私は考える。
考えるだけで、答えはでない。ざぁ、ざぁと――雨の音がすべてを覆っていく。私の思考を、私の記憶を、雨が流していく。
雨に溶けこむように消えていく。
そんな幻想さえ覚えてしまう。
「雨――――」
私はもう一度彼女を見て、それから外を見た。
外では雨が降っている。
ただ、降っている。
雨は雨以外の何物でもない。雪でもなければ、雹でもない。ましてや、嵐になることさえなかった。風は出ていない。太陽と同じように、風の姿は見えなかった。
雨の姿しか、見えなかった。
彼女はしきりに話しかけてくる。言葉を吐いて、雨以外に何かがあるのだと伝えてくる。それはひとりごとなのかもしれないし、私に向けられた言葉なのしれないし、ひょっとしたら、それこそが魔法の言葉なのかもしれなかった。
彼女は、魔法遣いだから。
私と同じように。
――ああ。
なら、そういうことなのだろう。
私は立ち上がり、彼女の傍に立った。彼女は何かをつぶやきながら、私の方を見上げた。その金色の瞳の中に、私の顔が写っていた。案の定、私は彼女と同じような表情をしていた。私は何かを言おうとして、けれど何も言葉になることなく、代わりに彼女の首をはねた。
ころん。
音もなく彼女の首が胴体から離れ、机の上に転がった。金色の髪が、木材でつくられた机の上に波紋のように広がった。さかさまになった彼女の首は、まだ私の方を見ていた。けれどその瞳は、私を見ていなかった。
首を失った彼女に背を向けて、私は踵を返した。扉を開け、魔法の森の魔法の家から、魔法の森へと、外へと足を踏みだした。
外は、
「雨が――――」
こういった雰囲気は好きです。
雰囲気だけで楽しめばいいのかな、これは。
それともそれぞれの言葉と行為にちゃんと意味があるのかな?
降り止まない雨は二人の関係でしょうか。
とにかく意味不明でした。
? ? ?
2回読みましたが、恥ずかしながら作者氏の意図がよく解りませんでした。
ただ、雰囲気を楽しむ作品だとすると、それは楽しめない者にとっては単なる
文章の羅列にすぎないのかな、と感じました。
私にはこの作品に点数を付ける資格は無いと思うので、評価はフリーレスを。
紅い雨は一人分か二人分か
私はアナタのこういうところが大嫌いです。
私も驚き、また、この話を深く理解できない自分を悔やんでいます。
しかし、奇妙というか不思議な雰囲気にとても惹き込まれてしまいました。
こういった文章を書ける人は尊敬します。
1.雨は反復される日常の象徴
2.この詩において魔理沙とアリスは同一人物
3.「外」がテーマ
日常の不安に駆られて日常の外を渇望する狂気を読みとりました
これはいいスルメ
正直、雰囲気しか伝わりませんでした。
文章を読む限り、降り止まない雨がアリスと魔理沙(とパチュリー)の何らかの関係を表してるんでしょうけど……。
>雪でもなければ、雹でもない。ましてや、嵐になることさえなかった。風は出ていない。太陽と同じように、風の姿は見えなかった。雨の姿しか、見えなかった。
これはキャラを表してるんですかね?
風が早苗だとすると、太陽は霊夢? 巫女が出ていないという事は、二人の異変に気付いていないんでしょうか。
雨の姿しか見えないって事は、首をはねたのはアリス? んで、アリスと魔理沙に何かしたのはパチュリー?
そんな感じで、妄想しかできません。もうちょい情報が欲しかったです。
この作品、短いですけど、それでも後書き含めて12枚ぐらいあります。
なのに、読者に提供されているピースは少なめな気が。
読めないなら諦めてくれという事なら、自分の読解力不足を嘆くしかありませんが。
あと「紅い霧雨の夜」って凄い違和感がありました。霧雨と霧って、明らかに別のものだと思うんですが。
「この場にいない魔女」を絡ませる意味もあったのかもしれませんが、こういう作品でこういう違和感って、命取りになるのでは。
もしくは、「紅い霧雨の夜」にもなにか意味があるんですかね?
雰囲気だけで読ませると言われればそれまでですが、それ以前に物語として成り立っていないような気がします。
誰が何をし、どの結果そうなったのか。この程度の情報は開示してもらいたかったです。
あくまで個人的な意見ですが。
雨は上がったのかな
雰囲気とか出てくる言葉とか、よく似てる気がします
これはこれで東方らしくて面白いと思いました