※他愛もない話です。長いけど。
※キャラが壊れてても泣かない。
「美鈴のお茶が飲みたい」
紅魔館の主レミリア スカーレットはそうのたもうた。そんな訳で紅 美鈴は紅魔館門番業から給仕へと一時的な
ジョブチェンジをしている。そんな太陽燦々、夏の暑い日。お嬢様もこの暑さに寝付けなかったのか。
通常レミリアへの給仕はメイド長である十六夜 咲夜の仕事なのだが、彼女は主の言いつけで買い物に出かけて
いる。未だ館に戻ってないところをみると時を弄くってどうこうはせずに行けなどと言われたのだろうか。咲夜が不在と
なると、館でレミリアの側仕えになる存在は結局美鈴となるのだろう。
しかしただ『お茶が飲みたい』でなく『美鈴のお茶が飲みたい』となると、たとえ咲夜がいようといまいと美鈴は
美鈴のお茶を主の為に淹れる特別な存在となる。今、門番詰め所の備え付けキッチンか、その側のダイニングに
行けばその理由がわかるだろう。
「はい、お嬢様。お持たせしました」
「ん、あぁ」
パチュリーから借りたであろう分厚い本から顔を上げたレミリアは、いっちょまえにモノクルなんかをかけていた。
その目の前にグラスに入ったお茶。ことりと置かれれば中の氷がからんと涼しい音を立てる。添えられた茶菓子は
白胡麻団子だ。
モノクルを外し、暇潰しの本を脇にどけたレミリアの頬に笑み。
「うんうん。いいわね。・・・けれど美鈴、あれはどうにかならないの?」
「はい? あれと言いますと?」
キッチンからピッチャーグラスを持ってきた美鈴は主の謎めいた問いを理解しようと努める。
「氷を切り出すのに、アイスピックとかじゃなくて手で切る事よ。しかもいちいち掛け声まで出して」
確かに先程、美鈴はキッチンで一抱えもある氷を、ホアチャァ! だの、ハイヤァァ!! だのと気合の声と共に
手刀で手頃な大きさのキューブドアイスに変えていた。その様はまさに達人の技をひしひしと感じさせるものだったが、
あからさまに使い道を間違っている気がしなくもない。
「あぁ・・・。あれですか? 私としてはあっちの方がこう、しっくりくるんですよねー」
ていやーほあたーと中空を手刀で切り裂いてなぜか満足げな美鈴。それを半ば呆れた顔で見ていたレミリアだが、
「まぁ・・・いいや。さ、お茶にするとしようかな」
「そうですね。では私は・・・」
目の前の冷たいお茶に目を輝かす。その姿を見て美鈴は一通りの仕事が終わったので門へ戻ろうとした。その背に、
「おいおい美鈴美鈴。私を一人寂しく放っていくの?」
じっとりとした幼い声。美鈴が振り返ると言葉と同じくらいじっとりとした視線の主がいた。それはそれで幼女が拗ねてる
だけにしか見えないので可愛らしいといえば可愛らしいのだが。その表情を認めて
「うー・・・ん。私には門番の仕事があるんですけれど。仕方ありませんね。お嬢様がそう仰るのなら今しばし給仕
させていただきますよー」
渋々なんですよホントに、みたいな表情できびすを返す美鈴。もちろんポーズである。美鈴とて焼き付ける太陽の下で
延々立ち尽くすよりは屋根の下で冷たいお茶でも飲んでるほうがずっといい。代わりに立たせた門番隊の一人に
心の中で謝って、あとで胡麻団子でも持っていってあげようと決めた。
キッチンからもう一つグラスを持ってきた美鈴は、ピッチャーの中の冷たいお茶をそれに注ぐ。
「じゃあ美鈴、いただくわ」
「どうぞどうぞ」
咲夜の前ではカリスマ溢るる主として振舞う彼女も、美鈴に対してはむしろフランクに接することが多い。立場の
違いか、長い付き合いだからか。そんなことはともかくレミリアはやおらグラスをがっしとちっちゃなおててで掴み、ぐいっと
一気に飲み干した。
「・・・ぷはーっ! 美味いっもう一杯っ!」
「・・・はしたないですよお嬢様。ま、いいですけど」
新しいお茶がとくとくと音を立ててグラスに注がれる。その間にレミリアは胡麻団子を一つ掴んでぱくついていた。
おーいカリスマどこ行った。
カリスマの行方を案じる間にも新しく注がれたお茶をこくこくと喉を鳴らしてあおるレミリア。今度は半分ほどが
一気に消えていた。こんな飲み方ができるのは、このお茶が『美鈴のお茶』、つまり烏龍茶なのだからである。紅茶では
こうはいかないだろう。優雅に、かつ貴族的に。
紅茶といえばパーフェクトなメイドの咲夜でも、中華料理や点心に関しては美鈴には及ばない。そんな訳でレミリアの
たまのワガママで美鈴が厨房に立つこともある。
レミリアが美鈴と親しげに卓を囲む理由はもう一つくらいあるかもしれない。実は烏龍茶にも胡麻団子にもレミリア
お好みの人間の血が多少なりとも混じっている。咲夜が作る料理にも血液はふんだんに使われているが、咲夜が主と
共に同じ食事をすることはない。常に食事する主の側で直立不動で命を待っている。ところが、美鈴はなんのかんの
いって妖怪である。好き好んで人間を喰らうことはしないが、人間の血や肉を口にすることに忌避は示さない。血混じりの
胡麻団子も普通の人間の感覚で言えば、トリュフ入りの餡が入った変り種の胡麻団子程度なのではないだろうか。
同じ釜の飯、同じ食卓を囲めばそこにはやはり主従以上の絆もあるのだろう。もっとも、レミリアが美鈴とは違う方向で
咲夜を愛してることは間違いないだろうが。
「ふむ。我ながら美味しいですねむしゃむしゃ」
「私の太鼓判つき。美味しくないわけがないでしょうはむはむ」
胡麻団子をもぐもぐしつつ、しばらく二人は他愛無い話を続ける。皿の上が寂しくなったころ、なぜだか急にレミリアが
もじもじしだした。
「ふむ・・・。うむぅ・・・。・・・ね、ねぇ・・・あ、いや」
その様子を見て流石気を使う程度の能力、にこりと笑って美鈴は
「お嬢様? お手洗いなら部屋を出て右、まっすぐ行って突き当たりをもう一度右ですよ」
「違うわよバカぁっ!!」
バカ呼ばわりされた。しかし美鈴から見ればどう考えてもレミリアの様は少女が密室にお隠れあそばせになりたく思えて、
はたと気が付いた。
「・・・失礼いたしました。言い直します。秘密の花園へ貴方様を導く妖精の小径はこの万物を満たす門から」
「掲げ仰ぎたる不浄の右手のその先へ、光条矢の如く進み至りし、ってバカぁっ!! それも結局トイレが右に出て
突き当たって右って言いたいのよねっ!? 違うわよ! 全ッ然違うから!!」
お嬢様ノリツッコミまでマスターされていたとは。ともあれトイレが近いわけではなかった。
「じゃあ、なんなんです?」
「く・・・くぉ・・・」
当然の疑問を投げかけた美鈴の顔を見て、またレミリアが妙に落ち着きをなくす。心なしか頬まで赤らめているようだ。
視線を落としてもじもじしながら、ぁーだのぅーだの呟く主はまたえらく可愛かったがこれでは全く要領を得ない。ふむぅと
考えて美鈴は、仕方なく奥の手をいきなり引きずり出してきた。
「あー、・・・お嬢様。そのようなお姿を続けられるとカリスマが漏れていきますよ」
「にゃ、なんですって!?」
うそうそどこどこ。もれてないもれてない? とぢたばたする幼女に向かって一つ咳払い。それでようやくレミリアは
深呼吸し、残った威厳をかき集め、流石は夜の支配者と言わしめるような冷静さを取り戻した。
「美鈴! わ、私と、そのなに、こ、こいの話をしなさい!!」
微妙に威厳が足りない! とはいえきょとんとしていた美鈴にもようやく事の次第が掴める。どうだまいったか的表情を
浮かべる主に視線を移し、しかしまぁ、こいと来たか、そんなことを思いつつ
「・・・いいですよ、お嬢様。それにしてもお嬢様がそういった方面に興味があるとは思いませんでした」
優しく話に乗ってあげる。
「むぅ。興味があって、悪い?」
ぷーとほっぺた膨らまして拗ねる幼い主。楽しい茶の席で機嫌を損ねさせるのは美鈴の本意ではないから少しばかり
居住まいを正す。
「いいえ。むしろ私としては喜ばしい限りです。確かに考えると、貴族的といえるかもしれませんね」
「む? あ? え? ・・・あぁ、そ、そうかもしれないね」
きぞく、きぞくてきか。わるくはない、わるくはないけどこれってきぞくてきなの? とか小さく呟くレミリア。
「私としては大変に趣味がよいと思います。しかし、館でその話をするとなると、まず池を作らないといけませんね」
「い、池? 池がいるの?」
「はい。まぁ、暇をしているメイドたちを駆り立てればすぐできるでしょうし、水なら湖からいくらでも。ですからその方面の
心配は要らないでしょう。となると、安心して種類を選ぶことに専念できそうですね」
「しゅ、種類?」
「はい。真鯉は論外として、人気があるのが金や錦なのでしょうが、しかし! しかしやはり紅魔館としては緋鯉を・・・」
「待ったァァァ!!」
ばぁんとテーブルに手を着き伸び上がり、ノリノリの美鈴に水を差すレミリア。とはいえここいらで水を差しておかないと
紅魔館が若干魚臭くなる流れだ。魚類についてうっとりとした目をしながら延々と時間を進める気はない。
「美鈴。もう一度言うわよ。私は恋の話がしたいんであって」
「ですから、鯉の話ですよ?」
このベタな状況をいかに回避するか。というかもはや直撃しているのであるが何とか立て直しをしなくてはならない。
むぅうと唸って、500年の英知よ輝け、運命の鎖よ最良の回答を導き出せとカリスマオーラ全開で、果てしなき歳月と
能力の無駄遣いを行う。ぽくぽくぽくぽくちーん。
「美鈴」
「はい?」
「お前が言っているのは鯉、つまりCarpの事よね?」
rの巻き舌も華麗に英訳したレミリア。500年の歳月と運命操作の能力マジスゲェ。
「・・・はい、そうですよ?」
何を当たり前のことを言ってるんですか、と明らかに表情に出して困惑する美鈴。そんなに紅魔館を魚臭くしたいのか、
この門番は。はぁぁと幸せが逃げそうな溜息を一つカリスマと一緒に漏らして
「私が言っている恋はだな、そのなんだ、ら、Loveの方よ!!」
こんな恥ずかしい事何度も言わすなとばかり、真っ赤になってお嬢様は宣言する。その様にぽかーんと口を開けた美鈴。
ケロヨンの洗面器でも入りそうなくらいだ。
じっくりケロヨンタイムを30秒ほども続けただろうか、ようやく美鈴は我に帰る。目の前には顔中真っ赤にして、
据わった目、真一文字の口で睨みつける主がいた。おそらく思っているのは笑いたければ笑え、などそんなところで
あろうか。そんな主の姿を認めて瞳を閉じる美鈴。
柔らかな笑みと共に目を開け、真っ直ぐに主を見つめる。
「わかりました。では、恋の話をいたしましょう」
「・・・とは言ったものの、さて、何をどう話しましょうか」
わくわくした顔で美鈴を見ていたレミリアが勢いよく机に突っ伏した。
「うぉぃ美鈴ん」
しかしつっこまれても美鈴にはどうしようもない。そもそも恋の話をしたいとふってきたのはお嬢様の方ではなかったか。
ともあれ美鈴はこの状況を少し整理しようと考える。整理しながら時間を稼ぎ、自分の記憶の引き出しからお嬢様が
喜びそうな恋の話を見つけ出そうという魂胆だ。その為にはまずは手近な疑問を解決しなければならない。
「・・・そもそもですね、どうしてお嬢様は恋の話をしようなんて思ったんです?」
じとっとした視線を下から浴びせかけていた幼い相貌が今日何度目かの真っ赤なものに変わる。
「い、いいじゃない。私がしたかったからしただけ。たかだか門番のくせに何か文句あるのかしら?」
照れ隠しを主としての立場でコーティングしても、狼狽の色がパステルピンクなら台無しである。それどころかギャップが
相乗効果を起こし、美鈴は思わずこのちっこい吸血鬼を自室にお持ち帰りしてやろうかなどと考えてしまう。
まぁしかし、今日は会話を楽しむ事としよう。
「いえいえ。偉大なるお嬢様の仰ることは絶対ですから、文句などつけようもありません。したいからした、実に
素晴らしい理論でございます」
「お前ちょっと私をバカにしてないか?」
「してませんよぅ。たぶん」
「たぶっ・・・」
「それはともかくですね、なぜ私なんです? パチュリー様はお嬢様のご友人ですし、そういった話はしないんですか?」
危うくレミリアの血管が不夜城レッドしかけたのを見事な気の使いようで回避する美鈴。行き場のない怒りをおそらくは
体内にあるレミリアぶくろかなんかに収めて、
「・・・あるわよ、あるけどさ・・・。パチェったら辞典を引っ掴んで”こい。こひ。異性に強く惹かれてその人に会いたいと
願ったり独占したく思ったりする気持ちをいう。昔は人に限らず趣のある、目の前にない存在に思いはせること。
植物、季節、過ぎた時間など。・・・以上。で、他に恋というものの知識が入り用なら他の文献の内容を教えてあげるけど”
・・・ときたのよ?」
パチュリーの真似らしき平坦な口調を交えつつ愚痴るレミリア。容易にその光景が想像できて苦笑いの美鈴。恋の話には
違いないのだが知識を増やしたいわけではない。同じ魔法使いでももっと実学派の・・・それこそ魔理沙にでも聞いた方が
マシだろう。とりあえずパチュリーはダメ、と。
「パチュリー様らしいといえばらしいですけど、それはお嬢様の望む話じゃぁないですよねぇ。・・・と、なら咲夜さん
なんかどうですか? それなりに百選練磨っぽい雰囲気もあると思いますけど」
完全で瀟洒な咲夜は恋も完全で瀟洒にこなすのだろうか。今でこそ紅魔館のメイド長として浮いた話は一つも無いが、
美鈴から見ても惚れ惚れとするような美貌である。過去に燃えるような恋の一つや二つあってもおかしくはない。しかし、
美しく優秀な従者の名を耳にしたその主は一瞬で不機嫌そうな顔を作る。
「咲夜ぁ? そりゃぁね、私も乗ってくれると思って恋の話を振ってみたわよ。そうしたら何て言ったと思う?
”恋の話!? 恋の話ですってお嬢様。あああいけませんそのような事は早すぎます! お嬢様はそのカリスマ力をさらに
高めるためにも一に帝王学、二に帝王学、三枝がイラッシャーイ、五に帝王学なのです! さぁ今すぐはじめましょう!
帝王学をはじめましょーう!!” これよ?! 私が恋の話をするのは罪悪だって勢いで」
今度は咲夜の口真似をしつつ、ふてくされるレミリア。その様に美鈴は、サンシガイラッシャーイってなんなんだろうと思った。
レミリアの話を聞く限り、咲夜はどうしてでも恋の話をさせたくないに違いない。理由はなんとなく分かるが、それにしても
早すぎるっていうのはないだろう。外見はともかく実年齢は数十倍上なのに。
さて、そうなると館に残るのは美鈴自身と小悪魔、フランドールといったところ。小悪魔だと恋の話と言いつつ
とんでもない性知識などを植え付けに来ることはレミリアにも想像がついている。フランドールに至ってはレミリア以上に
恋や愛の知識には乏しいだろう。
「・・・つまり、私は消去法ですか」
「そう拗ねるな。元より私はお前が一番恋の話ができる可能性があると思っていたよ」
さっきまで拗ねていたのは誰かと問い詰めたくなるが、しかし請われて悪い気はしない。頭の中の整理もあらかた
すんだし、それではそろそろ。美鈴はにっこりと笑った。
「わかりました。では今度こそ、私の恋の話を始めましょう」
中 中 中 中 中
あれは私が紅魔館に来る前の・・・。・・・ずっと前のことです。その頃は私もただの野良妖怪で、日が昇れば眠りから
覚めて、お腹がすいたら適当に獲物を見繕って食べて、日が落ちたら眠る、そんな生活をしていました。
そんなある日のことですね。いつもねぐらにしている山に、誰かが入ってきた気配がしたんでそこに向かってみたんです。
そうするとですね、いたんですよ。人の外見なら二十歳半ばくらいでしたかね、銀髪を後ろに撫で付けた精悍な男性が。
鍛えられた体つきや野宿の道具なんかを見て、あぁ、武術家が山篭りにでも来たんだな、と思いましたね。
はい、なんですかお嬢様? 襲わなかったのか、ですか。いやまぁ、それも考えましたけどね。・・・なんですかお嬢様
そのにやけた目は。はい?! かっこよかったからだろ、ですか!? え・・・いやまぁ・・・その・・・・・・そう言われたら、はい、と
答えるしかないじゃないですか・・・。
あぁもう! そんなにからかわれるのでしたらこのお話はやめにします!
・・・わかりましたよ。にやけながら謝られても説得力はありませんけど、すると言った以上この話は続けますね。
・・・えぇと。興味を持った私はですね、しばらくその男性を観察してみたんです。その人はですね、どうやら拳法を嗜んでる
ようでした。えぇ、私がやってるような。と、言いますか、私が拳法を始めたきっかけが、その彼なんですけどね。
毎日毎日飽きないのかと思うほど、拳を中空に何度も突き出したり、蹴りを何度も大木にカチ当ててましたねー。
最初は私も何をやってるかよく分からなかったんですけど、それでも彼の真剣な顔や流れる汗をぬぐう姿を見るたびに、
こう、なんていうんですかね。胸の奥が締め付けられるような感じとでも言いますか。鼓動は早くなって、呼吸一つ一つが
熱くなります。視界もぼうっと、なんだか薄い膜でも張ったようになりましてね。頭なんかもうそれこそ霞がかかったみたいに
なっちゃいましてねー・・・って、ははぁ、病気のようだな、ですか。それはなかなか、お嬢様いい所をついてきますね。
”恋の病”なんて言葉もあるくらいです。これはあの天才だとかいう薬師でも治せないでしょうね。一番の症状は、
やっぱり想い人の事しか考えられなくなってしまう事ですね。私の場合、彼に何とか近づきたい思いで、彼のやってることが
分かれば少しは距離・・・心の距離ですね、縮まるんじゃないかと思って遠くで彼のやってることの真似事をしちゃってました。
それで距離が縮まったかどうかは・・・いや、あの、縮まってないんですけどね・・・。
お嬢様の呆れ顔を見ても、特段どうとは言いませんよ。他人から見たら馬鹿みたいなことに思える、そんな事でも
恋をしているときに限って言えば本人は至って大真面目なんです。普通の人間なら・・・そうですね、平時なら頭を
抱えそうなくらい痛々しいほど甘い言葉を書き綴り、恋文という形で相手に渡したり、相手の目の触れるとこにそっと
置いたり、時には出せないづくでいたりってのもあります。相手の目を引きたいがために少々奇抜な格好をしたり、
時に想いが過ぎて相手の後ろを隠れながら着いていったりと・・・まぁこればかりは、当事者にならないと感覚は
分からないでしょうね。
それで、私の話に戻りますが・・・結局私は想いを彼に伝えることはできませんでした。彼はいつの間にかそこから
居なくなってしまってたんです。今思うに彼は仙人を目指していた修行者で、めでたく仙人の悟りを開いて仙境に
至ったのかもしれませんし、あっけなくほかの妖怪に食べられちゃったのかもしれません。もちろん普通の武術家
だったのかもしれませんけど。ともかく彼は姿を消してしまいました。
そして私の心には、ぽっかりと空白ができてしまいました。寝ようと思っても彼の姿が眼に焼きついて離れません
でしたし、ご飯を食べても美味しくともなんともありません。彼が居た空き地を見つめて、拳法の真似事をしている時だけ、
そこには居ない彼と繋がっているような気がして唯一気が休まったものです。
残酷な程に時は過ぎて、いつしか心の空白も埋まってしまったんですけれど、今でも彼の顔をなんとなく思い出す
ことができます。その度に、あのときの甘酸っぱい気持ちが思い出されるものです。今も、これからもずっと
そうなんでしょうね。
中 中 中 中 中
「・・・と、まぁこれが私の恋の話・・・ですかね」
長らく一人で喋っていたので喉が乾いたのと、懐かしい甘い思いに体が熱くなって、目の前の冷たい烏龍茶を口に
含んだ。正面で腕を組み、右手は顎の下に添えて思案顔のレミリアが口を開く。
「ふむ。で、美鈴。これの笑いどころってどこだったの?」
噴霧「虹を創り出す烏龍茶」
「ひゃぅぁっ!? なななななにをするのよ美鈴!」
ぶっしゃーと噴かれた烏龍茶を全部喰らうレミリア。夏だから涼しいとはいえこれが牛乳ならちょっとした大惨事である。
薄い布がぺっとりと肌にくっついて、真っ白な肌を透かしている。幼いながら扇情的なその姿は特殊な嗜好を
持つものにはメガトン級の破壊力だろうが、ぎりぎりノーマルな美鈴としてはあちゃーやっちゃったーみたいな感想が
先に出てしまう。着替えは頼れる門番隊の一人に頼んだので何とかなるだろう。
あーすみません、などと言いつつ手近なタオルを渡しつつも、美鈴はレミリアの言葉を反芻して気付く。
全身びっしょりと濡れて、うー、とか唸りつつ睨み上げる主に向き直る美鈴。
「・・・今、お嬢様は”笑いどころ”と仰いましたよね? あっれー? 私の記憶に間違いなければ恋の話をしろと
言われた気がするんですがー」
「したよ。着替えまだー?」
「ちょっと待ってくださいよぅお嬢様ぁ。笑いどころとか求められても滅茶苦茶ハードル高いですよそれ。恥を偲んで
昔の恋の話を思い出し思い出ししながら語るのだけでも結構労力使うんですよ?」
「そうなの? 着替えまだー?」
「そうですよぅ。だいいちそこまで話術に長けてるなら私今頃門番じゃなくて落語家にでもなってますよ」
「ふーん。着替えまだー?」
「・・・まだですっ!! 咲夜さんいないんですから少しくらいは我慢してくださいっ!!」
話術にとんでもない注文をつけたわりに、着替えしか所望しない主をちょっとだけ叱っておく。相変わらず、うぅー、と
恨めしげな視線を投げかけるレミリアだが、この状況を作った一因ですからと美鈴はあえてそっけない態度をとった。
「さて、と」
無事に着替えも済み、改めて恋の話の続きである。ちょっとだけぬるくなった烏龍茶と胡麻団子を挟んで、再度
相対しあう主従。自分が蒔いた種とはいえ、余計な手間があったせいかレミリアは若干ご機嫌斜めである。
「ひとまず恋の話を致しましたけれど、どうでしたかね、お嬢様?」
「ふん。まぁまぁかな。しかしあれだなぁ、片思いのまま終わるってところがいかにも美鈴らしいわね」
「ぬぅっ・・・」
他人に恋恋聞きまわってるそのひとに、片思いがいかにもだなどと断じられて多少はむっとする美鈴。とはいえ、
自分でもそう思ってしまうところはあるので何も言えない。からかわれて主の機嫌が少しは直るのならそれも僕たる
ものの役目だ。
「すみませんねいかにもで。・・・一応他にも二、三は恋の話のストックはありますがお聞きになりますか? 先に
断っておきますが笑いどころはありませんよ」
その言葉にふぅむと思案してレミリア、やおらカリスマ溢るる声で
「笑いどころがないのなら、いい」
と仰った。明らかにカリスマの使いどころを間違っている。
「さいですか」
半眼を浮かべる美鈴。色んな気持ちと共に烏龍茶を飲み干すと、そこに主の声が被さってきた。
「しかし美鈴もアレだな。普通にかっこいい男性が好きだったのね」
「そう・・・ですかね?」
初恋の人を思い浮かべる。確かにまぁ、かっこいい・・・と言えばそうなのだろうか。しかし世間一般のかっこいいとは
少し違うのかもしれない。
「かっこいいから、というよりタイプだったから、でしょうねぇ」
「タイプ・・・。ふぅん、タイプね」
話に文字通り水を差されて、下降気味だったレミリアの興味指数がここにきて右肩上がりに増えていく。どうやら
恋の話は2ラウンド目に突入したようだ。
「美鈴のタイプ、ってのがどうなのか気になるわね」
「はぁ。語れと?」
「えぇ、語りなさい」
頬杖を付いたお嬢様はちょっとだけ意地悪っぽいにやりとした笑いを浮かべた。
是非とも他の紅魔館メンバーのお話も
咲夜さんのセンス素晴らしいわ
>イラッシャーイ
・・・ねぇ!(w ちなみに13番の方の憶測どおりに完全で瀟洒な物真似をしていただいております(w
紅魔館モノは・・・また、おいおい書きます(w
咲夜さんじゃなくて美鈴じゃ?