Coolier - 新生・東方創想話

たましいに咲く華

2008/08/14 02:34:29
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 空に星が輝き、猫の眼の様に細い三日月が昇る頃。
 幻想郷のどこか、場所も判らない所に聳えた大木。
 一番大きいとは言えないけど、地上よりは空に近い。
 そんな樹の天辺より少し下に位置する太い枝。
 そこで彼女は彼女は眠っていた。
 そこでリグル・ナイトバグは眠っていた。
 心地良さげに寝息を立てながら。時折、寝言を言いながら。
 彼女は眠っていた。
 そこには、沢山の蛍がいた。
 彼女の周りを舞い踊り、離れては近づいて、また離れる。
 赤い光が青い光と絡み合う。
 黄色い光が彼女の周りで舞い、離れる。
 翠の光が勝手気儘に飛び交って、
 紫の光と桃色の光は共に螺旋を描き、彼女の周囲を一周、二週。
 そして弾けて消えた。
 それはまるで、舞の様。
 それはまるで、自由な子どもの様。
 それはまるで、大切なものを守る騎士の様。
 それはまるで、生命の煌く魂の様。
 彼女は眠る。
 己のマントを布団の代わりにして。
 無垢な子どもの様に眠っている。
 何者にも穢されない、無防備な寝顔だ。
 蛍は付かず離れず。
 常に一定の距離で行動を繰り返す。 
 親の様に優しい光で、彼女を照らす。
 眠りを害する事はせず、静かに。
 静謐で、暗い夜。
 けれども、彼女の周囲は明るい。
 けれども、彼女の周囲は騒がしい。
 昼間の太陽より優しい。
 まるで、今にも歌が聞こえてきそう。そんな雰囲気だ。
 


 ――――その空気を引き裂いて、一本の火が音もなく夜天に吸い込まれていく。


 
 無音になる世界。 
 吸い込まれていった一瞬。
 世界から音が消えたような気がした。
 しかしそれは、確かだっただろう。
 確かに世界は無音だった。
 永遠に続く、そんな短い時間。
 次の瞬間。
 永遠に終止符を打つ華が咲く。
 夜空に華が咲き誇る。
 赤い紅い華が咲く。
 一瞬だけ、刹那の時のみ華が咲いた。
 それは、花火だ。
 幻想郷の何処かの誰かが造る華の種。
 それは毎年、同じ時季に。
 大体同じ時間に必ず撃ち上がる。
 それは、幻想の華だ。
 その華の咲く時は短く、一瞬の内に燃え尽きて、散ってしまう。
 儚く、火の粉が舞う。
 やがて、尾を引くように、



 ――――どぉん



 爆音が響く。
 散り行くものの、置き土産。
 自らの存在を世に知らしめす、号砲。
 ひたすら派手に、世界を詠う鎮魂歌。
 その音に反応してリグルは薄く目を開け、起き上がった。


「嗚呼、――――もう、か。ひどいなぁ、起こしてくれって言ったじゃないか」

 
 欠伸をしながら、少しばかり拗ねた口調でそう言い、目を擦る。 
 一連の行動をとって、きちんと開いた目で蛍を見る。
 それに対し、彼らは皆同じように光を点滅させる。
 愚痴をこぼすような、そんな光。
 人にも妖怪にも、ましてや妖精にも判らない。
 ただ一人。
 蟲の王にのみ通じる言葉。
 その言葉に彼女は、


「え? 起こしたけど起きなかった? そう、なら私が悪いね」

 
 そう答え、微笑みかけた。
 彼女は枝に腰掛け樹の幹を背もたれにして、頭上に目を向ける。
 在るのは何時までも変わらない永遠の月。
 零れ堕ち、今にも降ってきそうな満天の星。
 夏には珍しい澄んだ空気。
 空には一点の曇りもない。
 そんな夜は月も星もよく映える。
 彼女は思う。
 きっと、今日ばかりは、月も星もこの地上を見ているだろう。
 きっと、今日ばかりは、月も星もこの天上を見ているだろう。
 そう思うと、少し可笑しかった。
 そんな確証、何処にもないのにな、と。
 確かにそんなコトは誰にも判らない。
 しかし彼女がそう思えば、それは在るのだ。
 此処は幻想郷。
 忘れ去られたものの行き着く果て。
 ならば彼女が思えば、それは幻想なのかも知れない。



 ――――ひゅう、と風を切り裂いて、火が昇る。或いは堕ちる。



 彼女は視線を空へと移す。
 夜空ではなく、正面に、一夜限りの花畑へと。
 そこでは空が割れていた。
 少なくとも彼女の視点の中では真っ二つに割れていた。
 視線の先、檻のように四角い空間を光が裂く。
 昇る、昇る、堕ちる、堕ちる。
 闇に火が堕ちる。星の海に光が宿る。
 それはまるで、生命だ。
 生命が伸びる。
 尾を引き連れて、種は自らが咲くべき土へと一直線に向かう。
 土へと蒔かれれば、華は一瞬にして咲き狂う。
 大輪が咲いた。
 青い、蒼い、華が咲いた。
 世界が染まる。
 華よりも華やかに、世界を謳歌する。
 それは一瞬。
 それは刹那。
 時間さえ止まる。
 その時だけ、華は世界の主役なのだ。
 咲き際は刹那にして一瞬。
 ならば、散り際も刹那にして一瞬。
 火は色を失くし、橙色の軌跡を残し、散って行く。
 脆く、儚く、何ものよりも壊れやすく、切ないもの。
 それが、花火。
 その様を――――



 ――――まるで、たましいだ。



 とリグルは感じた。
 そう、たましいなのだ。
 何よりも脆い。
 何よりも儚い。
 その有様は、たましいに酷似していた。
 輝く一瞬の時も。
 それは、妖怪である彼女からしたら本当に一瞬で。
 散り行く時の儚さも。
 それは、妖怪である彼女からしたら本当に刹那で。
 

「――…………!」
 

 何よりも美しいのだ。
 たましいも花火も。
 咲くときは一瞬で、散るときも一瞬。
 彼女は知らず、涙を零す。



 ――――どぉん



 周囲の蛍が彼女に寄りそう。
 彼女が心配なのだろう。
 唐突に涙が流れたのだから。
 彼女の体に纏わる蛍。
 その輝きは、きっと世界で一番優しいだろう。
 点滅を繰り返す彼らを彼女は撫でる。
 決して潰さぬように、優しく。
 決して離さぬように、力強く。
 

「大丈夫。私には、ちょっと綺麗過ぎたんだ」
 
 
 次々と空に逝く華を背後に彼女は答える。
 咲く、散る。咲く、散る。
 何度も何度も。
 空に響く。
 それは、呼び声だ。
 それは、迎え火だ。
 たましいによってたましいを呼ぶ。
 迎え火だ。
 花火は空に。
 火は天に。
 たましいを呼ぶのだ。
 たましいを誘うのだ。
 残されたものが自分が居なくてもちゃんとしているか。
 そんなことを気にしている霊たちを呼び寄せる。
 そして、地上への道しるべだ。
 普通は各々が迎え火を焚き、家を知らしめる。
 けれど彼女は違う。
 迎え火などは焚かない。
 彼女たちこそが迎え火。
 彼女の周りの蛍こそが迎え火。
 空へと目を向ける。
 弾ける花火に混じって、沢山の光が飛んでいる。
 無数の光が蠢いている。
 蟲だ。沢山の蟲、その輝き。
 それは誰にも気づかれない。
 見えているのは彼女たちのみ。
 周囲の蛍は一層強く光を放つ。
 一種の幻想だ。
 けれども、今此処に在るうちは、現実だ。
 彼女は手を伸ばす。
 空へ、天へ、光へ。
 手を伸ばす。
 届かない。
 届かない。
 けれども――――届く。
 

「――――おいで」


 消えるような静かな声。
 囁くような声は、確かに光へと届いた。
 導きを得た光は、その方向に飛ぶ。
 何万もの光が、彼女に向かう。
 喜びの感情とともに彼女へ。
 まるで天の川のような光。
 それは温かく、再開の喜びに満ち溢れていた。
 やがて、到達する。彼女の周りに。
 


 ――――どぉん


 
 リグル・ナイトバグは光に囁く。


「おかえり。そして、お疲れ様」


 花火は終わらない、盆が始まる。
 生者の元へ死者が訪れる。
 幻想の夏。 
 








 [終]
 
 
 
  
 お盆と言うことで何となしに。
 
 さてさて、今年もたましいはやって来るのかな?

※ちょいと修正
月空
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コメント



0.260簡易評価
1.70からなくらな削除
お盆は、ご先祖様の魂が現世に降りてくる奇跡の期間
という意味でしたかねぇ
最近は、コミケ真っ盛りの期間としか感じられなくなってますが・・・

感動しました
7.80名前が無い程度の能力削除