いつの間にやらソファーで眠っていたようだった。
このソファーは姫様が師匠の反対を押し切って弓道場に設置したものである。
ちょっとした休憩のつもりで横になったのだが、さすが姫様が指定した物だけあって寝心地が抜群であった。
よっぽど疲れていたのかあっさりと私は眠りの階段を転げ落ちてしまったのだ。私を簡単に寝かせるとはなかなかに良い男である。
状況を確認するため、とりあえず立ち上がる。
視界はまだぼんやりとしており、まぶたを擦りながら周囲を見渡すと、やはりここは師匠の弓道場であった。
はて、私はここで何をしていたのだろうかとまだ夢の世界に浸っている頭で考える。
足元を見ると何やら円筒状のものが転がっている。白色の的を張るための的枠であった。
それを拾い上げると頭に師匠の顔が浮かんだ。悪魔的な怖さを含んだ黒い微笑である。
頬を叩かれたように一気に覚醒した。
「そうだ、私は師匠に的枠を作るように言われていたんだ」
手をポンと叩き納得するポーズをとる、ってそんなことをやっている場合ではない。サボっていたことがばれたら恐ろしいことになる。
私は慌てて、やりかけの作業を再開しようとした、が、突然背後から音がした。姫様がふすまを勢い良く開けた音だった。
「イナバ! かくまって! えーりんがえーりんが!」
姫様は泣け叫びながら私の細い首を両手で押さえ、左右に振り回す。ペット虐待だ。
「どうしたんですが姫様。あと首を絞めるのをやめてください、死んでしまいます」
「ああ、ごめんなさい。つい興奮して」
「それでどうしたんですが?」
「聞いてよイナバ! 私がWiiで遊んでいたら彼女が大切にしていた壺を割ってしまったの! そうしたら鬼みたいに怒ったのよ!」
「当たり前でしょう。それに姫様は先日もひとりカバディをしていて師匠の薬をいくつか割ってしまいましたよね、
その時もう2度とこんなことはしないと言ってませんでしたか? こんなにはやく約束を破られたら誰だって怒りますよ」
「まったく、その通りよね」
その声に私と姫様の身体が反射的にびくりと震えた。戸に師匠が腕を組んで立っていた。
空気が停止したように動かない。私と姫様の心臓もおそらく一瞬止まっただろう。
「そ、それじゃあ私はこれで」
そう言って私はこの部屋からの脱出をはかった。この部屋の空気を吸っていたら確実に寿命を縮めてしまう。
「イナバ! 私を見捨てるつもり!」と、姫様の心からの叫びが私の足の動きを止めた。頭の中に姫様との様々な思い出が蘇る。
そうだ、私は姫様のペットなのだ。主人のピンチを見逃すわけにはいかない。
「し、師匠……」
「アァ!?」
「庭の草刈やってきます」
「イナバーーーーーーーーーーー!!!」
ごめんなさい姫様、私はただの弱い兎なのです。と言うよりもペットをあてにする主人もどうかと思います。
そんな自己弁護をしながら、脱兎のごとく弓道場から離れるのだった。
1時間後、さすがに心配になり弓道場を覗いてみた。
ソファーから姫様の足だけが見えている。この様子だと、相当に絞られ塞ぎこんでしまったようだ。
師匠はストレスを発散するためか弓を引いていた。弦を引き切り、矢が的を狙っている。
張り詰めた空気が緊張を促す。正座で座り、息を呑んで師匠を見守った。
矢が放たれた、が惜しくも的のすぐ横に突き刺さる。師匠は薬の研究の為に部屋に篭りっきりだったから腕が落ちたのだろうか。
やはり天才にもそんなことがあるのだろうと妙に納得した。
「ウドンゲ、あなた的枠を途中までしか作っていなかったわね、外枠だけで中身が空っぽだったわよ」
そう言った師匠の声は割合柔らかい口調であった。てっきり大目玉をくらうと思っていた私はその声色に胸をなでおろす。
「す、すみません」
「いえ、謝ることでもないわ」
師匠はまた矢を構える。弓道場が静寂な空間へと変化する。真剣そのもので放たれた矢はまたもや的を外し、ドスっと鈍い音をたてる。
残念ですね、と言おうとした私の声は地獄からの叫び声のような悲鳴にかき消された。
「えーりん! えーりん! 助けてえーりん! もう2度としないから! ごめんなさい! ごめんなさい!」
永遠亭中に聞こえるのではないかと思えるほどの姫様の大声。
「やっと起きたのね」と師匠。
寝起きでそんなことを叫んでしまうだなんて、夢に出るほどの恐ろしいお仕置きをされたのだろうか。
私は姫様が寝ているソファーに近づき、どんな寝起きの顔をしているのだろうかと思い覗きこんだ。首が無かった。
「あ、あ……あ……。え? し、師匠? 姫様の首は今どこに……」
だが、八意永琳は私の質問を無表情で流し、矢を放った。今度は見事中心に命中した。いや、今まではわざと外していたのだろう。
先ほどまで弓道場を響かせていた姫様の声は途絶え、白い的が赤く染まった。
、
このソファーは姫様が師匠の反対を押し切って弓道場に設置したものである。
ちょっとした休憩のつもりで横になったのだが、さすが姫様が指定した物だけあって寝心地が抜群であった。
よっぽど疲れていたのかあっさりと私は眠りの階段を転げ落ちてしまったのだ。私を簡単に寝かせるとはなかなかに良い男である。
状況を確認するため、とりあえず立ち上がる。
視界はまだぼんやりとしており、まぶたを擦りながら周囲を見渡すと、やはりここは師匠の弓道場であった。
はて、私はここで何をしていたのだろうかとまだ夢の世界に浸っている頭で考える。
足元を見ると何やら円筒状のものが転がっている。白色の的を張るための的枠であった。
それを拾い上げると頭に師匠の顔が浮かんだ。悪魔的な怖さを含んだ黒い微笑である。
頬を叩かれたように一気に覚醒した。
「そうだ、私は師匠に的枠を作るように言われていたんだ」
手をポンと叩き納得するポーズをとる、ってそんなことをやっている場合ではない。サボっていたことがばれたら恐ろしいことになる。
私は慌てて、やりかけの作業を再開しようとした、が、突然背後から音がした。姫様がふすまを勢い良く開けた音だった。
「イナバ! かくまって! えーりんがえーりんが!」
姫様は泣け叫びながら私の細い首を両手で押さえ、左右に振り回す。ペット虐待だ。
「どうしたんですが姫様。あと首を絞めるのをやめてください、死んでしまいます」
「ああ、ごめんなさい。つい興奮して」
「それでどうしたんですが?」
「聞いてよイナバ! 私がWiiで遊んでいたら彼女が大切にしていた壺を割ってしまったの! そうしたら鬼みたいに怒ったのよ!」
「当たり前でしょう。それに姫様は先日もひとりカバディをしていて師匠の薬をいくつか割ってしまいましたよね、
その時もう2度とこんなことはしないと言ってませんでしたか? こんなにはやく約束を破られたら誰だって怒りますよ」
「まったく、その通りよね」
その声に私と姫様の身体が反射的にびくりと震えた。戸に師匠が腕を組んで立っていた。
空気が停止したように動かない。私と姫様の心臓もおそらく一瞬止まっただろう。
「そ、それじゃあ私はこれで」
そう言って私はこの部屋からの脱出をはかった。この部屋の空気を吸っていたら確実に寿命を縮めてしまう。
「イナバ! 私を見捨てるつもり!」と、姫様の心からの叫びが私の足の動きを止めた。頭の中に姫様との様々な思い出が蘇る。
そうだ、私は姫様のペットなのだ。主人のピンチを見逃すわけにはいかない。
「し、師匠……」
「アァ!?」
「庭の草刈やってきます」
「イナバーーーーーーーーーーー!!!」
ごめんなさい姫様、私はただの弱い兎なのです。と言うよりもペットをあてにする主人もどうかと思います。
そんな自己弁護をしながら、脱兎のごとく弓道場から離れるのだった。
1時間後、さすがに心配になり弓道場を覗いてみた。
ソファーから姫様の足だけが見えている。この様子だと、相当に絞られ塞ぎこんでしまったようだ。
師匠はストレスを発散するためか弓を引いていた。弦を引き切り、矢が的を狙っている。
張り詰めた空気が緊張を促す。正座で座り、息を呑んで師匠を見守った。
矢が放たれた、が惜しくも的のすぐ横に突き刺さる。師匠は薬の研究の為に部屋に篭りっきりだったから腕が落ちたのだろうか。
やはり天才にもそんなことがあるのだろうと妙に納得した。
「ウドンゲ、あなた的枠を途中までしか作っていなかったわね、外枠だけで中身が空っぽだったわよ」
そう言った師匠の声は割合柔らかい口調であった。てっきり大目玉をくらうと思っていた私はその声色に胸をなでおろす。
「す、すみません」
「いえ、謝ることでもないわ」
師匠はまた矢を構える。弓道場が静寂な空間へと変化する。真剣そのもので放たれた矢はまたもや的を外し、ドスっと鈍い音をたてる。
残念ですね、と言おうとした私の声は地獄からの叫び声のような悲鳴にかき消された。
「えーりん! えーりん! 助けてえーりん! もう2度としないから! ごめんなさい! ごめんなさい!」
永遠亭中に聞こえるのではないかと思えるほどの姫様の大声。
「やっと起きたのね」と師匠。
寝起きでそんなことを叫んでしまうだなんて、夢に出るほどの恐ろしいお仕置きをされたのだろうか。
私は姫様が寝ているソファーに近づき、どんな寝起きの顔をしているのだろうかと思い覗きこんだ。首が無かった。
「あ、あ……あ……。え? し、師匠? 姫様の首は今どこに……」
だが、八意永琳は私の質問を無表情で流し、矢を放った。今度は見事中心に命中した。いや、今まではわざと外していたのだろう。
先ほどまで弓道場を響かせていた姫様の声は途絶え、白い的が赤く染まった。
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って、よく見ると500さんじゃないですか
この次も期待してます
短い中での緩急が見事で、姫と一緒に息の根を止められた気分です。お手本のようなショートショート。堪能させていただきました。
テンポと引き換えに描写をずいぶん削っているようにお見受けしました。永琳が音もなく現れる場面などはもっと詳細な文章がほしいと思いましたが、その場合、ショートショートとしてのスピード感が失われてしまうのでしょうか。少し見当違いなことを考えてしまったものの、作品をのものはしっかり楽しませていただきました。
会話がかなりシュールで面白かったですw
さすがえーりん、俺たちにできないことを平然とやってのける!そこにしびれるあこがれるぅ!
変更なされたようですが、ソファに対しての良い男って表現は僕はすごく好きでしたよ。
何を隠そうこの作品は地球温暖化に少しでも貢献するために書いたのです。なぜか鼻が伸びてきました。
からなくらなさん>名前を覚えてもらって嬉しく思います。次回も頑張りますよ。
猫兵器ねこさん>オチが命のショートショートなのでそう言っていただけると安心します。
テンポを取るか雰囲気を取るか難しいところだと思います。
カブトムシさん>ギャグを入れたほうがオチが活きるかと思ったのですが、ただのシュールになりましたw
名前が無い10さん>姫も慣れたものです。
名前が無い11さん>(´・∀・)о彡゜
名前が無い16さん>リザレクションと矢の無限ループです。恐ろしや。
名前が無い21さん>なんだってー!(AA略
フリー24さん>気になる箇所がありましたので修正させていただきました。
名前が無い30さん>横隔膜……すみません、完全に忘れていました。
表現を気に入ってもらえましたか、ありがとうございます。
ふざけすぎたかと思ったのですがまた戻しておきます。
って、ぎゃーーーす!
姫様、かわいそうです、ゆるしてあげてください……
あと、あとがきまでの空行が色々な感情を呼び起こしてくれるので、素敵です。
あとがきまでスクロールしていくまでに、ギャグ?ホラー?え?え?って感じで良い後味になりました~。
でも、姫様を許してあげてください……
輝夜と永琳の戯れの日々、いつもの事なので姫も慣れています
名前が無い37さん>ありがとぉぉぉぉぉぉございますぅぅぅぅぅぅぅ