注)本作はグダグダです。本当にグダグダです。
今日も今日とて降り注ぐのは、目に見えそうな程の日光に、皮膚で聞き取れそうなくらいの蝉時雨。
たまに吹く風も、生温さ加減がねちっこく粘りついてくるという有様。一緒に流れる灰色掛かった雲に夕立を期待しても、別段なにもせずに横切っていく。
どこもそういうもので、平地の人里でもそうであるし、緩やかに連なる山々でも同じである。それこそ、境界に建つ神社でさえもそうだ。
ただ、何事にも例外はある。本作の舞台である某所、周りの茂みにすっかり埋もれてひっそりと建っている古ぼけた木造の建物付近では、夏の暑さが薄い。
その建物の中から、放り投げるような適当な歌声が響く。
「あのね早く 黒幕させてよ
秋なんて 三日で済ませてもいいでしょ
幻想郷
ふっゆふっゆにしてあげる
外はずっと暖冬だけど
ふっゆふっゆにしてあげる
だからちょっと 覚悟をしててよね~♪」
「するかボケェ!」
「あん」
朗々と歌っていた青い衣装の女性を素足で蹴り飛ばしたのは、唐草色の衣装をまとい、葡萄の飾りをつけた帽子を被る少女。
それを並んで眺めるのは。
「……元気ね」
「夏っぽーい」
紅葉をあしらった髪飾りをした紅色の衣装の少女と、それよりも頭身が低く、真っ白な衣装と羽を持つ少女。
ここは神が住む家。
しかしながら、茂み深く獣道すら通っていないここに、当然ながら人間が訪れることはなく、だからか妖怪も寄り付かない。神の力が働いているからか幽霊の姿もなく、これまた神の力で周囲の季節感が乏しいからか妖精も滅多に見かけることはない。
博麗神社が幻想郷の境目なら、ここは季節の変わり目。あまりにも季節感のない、この秋の双女神の家、秋 静葉と秋 穣子の家に来たがるのは、言ってみれば季節にあぶれた手合い、春を告げる妖精、リリーホワイトだったり、冬の妖怪、レティ・ホワイトロックだったり。
レティを蹴り転がしてすぐ、穣子はまったりしている静葉とリリーに向き直る。
「姉さん、リリー、他人事みたいに言わない!冬なんて長引いたって、良い事なんて一つもない」
力強く語った穣子に答えるのは、正面の姉と妖精ではなく、体を起こすレティから。
「どの季節だって長引いたら困るわよ」
一拍遅れて。
「……ごもっとも」
こっくり頷いた静葉。
「姉さん、納得しちゃダメ!大体何よ、さっきの歌は?ふざけているにも程があるわ」
「気持ちだけでも涼しくしようと」
「ここは充分涼しいの!これ以上涼しくなった『寒い』わよ!」
「……私達の場合、縁起の悪い歌だけど」
「はっるはっる春ですよ~♪」
「今は夏!」
誰彼構わず叫んで回る穣子を前に、レティはただ気だるく。
「いいじゃない、なんだって」
「そんな投げ遣りな態度でよく黒幕なんて名乗れるわね」
「黒幕でも普通だから別にいいのです」
その時、穣子の目が鋭く輝いた。
「それよそれ」
「どれがそれ」
「普通の黒幕」
レティの応対が止まる。ちょっと考えてから。
「そりゃ、冬で必要以上に寒い思いをするのは私の所為だから……」
「ちっがう!」
即座に否定されたレティは話が全く飲み込めない。
そこでリリーが思いついた。
「そうだ、雪に掛けて白幕。そして私も、しろまく~」
静葉が割り込む。
「……雪に掛けたら銀幕よ。それに黒幕だと極悪妖怪みたいだから、レティちゃんには黒子の方が似合うかな……」
「ちがう、ちがう、ちがうの!」
一同止まって、穣子を見る。
「何がどう違うの?」
代表してレティが尋ねた。
「だから、黒幕じゃなくて、普通の黒幕ってところよ」
レティはますます首を捻る。
「それがどうかしたの?」
「ずるい」
よくわからない。これは静葉とリリーにとってもそうだった。
「何が?」
「『普通の黒幕』なんて名乗ってチョイ悪を臭わせといて『冬の忘れ物』って情緒たっぷりな通り名を持ってるなんて、ずるい!」
「チョイ悪って……」
「私なんてまんま『豊かさと稔りの象徴』よ」
あきれるレティなど、穣子の目には入っていない。
すると。
「何かダメなの?」とリリーは聞いてきた。
レティは質問に被せる。
「そうよ。名は体を表すでいいじゃない」
「まんますぎてコクも深みもないの!」
「私もまんまー」
レティとリリーは、穣子のように真剣に取り合うつもりはない様子。
「私は妖精じゃなくて神様なの、妖怪よりも字面で映えないなんてイ・ヤ・よ」
と言っても埒もないので、レティはそれなりに応対する。
「そんないいものじゃないわよ、春先の寒い日だって私の所為にされるからそう呼ばれるだけだもの。私はむしろ穣子の方がうらやましいわ。まんまな通り名に距離の近さを感じる」
静葉はうなずく。
「……そうね。等身大の穣子の可愛さを見ている」
「うるちゃい!等身大すぎて色気より食い気って感じなのが嫌なの!」
本音をぶちまけた穣子の前に、静葉の寂しげな目が待っていた。
「……実際そうだし」
身も蓋も無い物言いに穣子は弾ける。
「なによ!姉さんだって美味しいものに目が無いクセにさ!無口なだけで『寂しさと終焉の象徴』なんて呼ばれちゃってさ!実像と全然違うじゃん!」
レティは二人を見比べて。
「口数少なく淑やかな静葉の隣に、おしゃべりでサツマ臭のきついのが並んでいたら、ね」
「人見知りせずに話好きで、おイモの匂い芳しい香水をまとっている、よ!」
「はいはい」
「あー、また投げ遣り。もっと真剣に受け止めなさいよ」
「はいはい」
「……」
変わらす投げ遣りで通すレティと黙殺で済ませる静葉、何か言えと吊り上がった目で訴える穣子。一段落したところに、再度リリーからの質問。
「ねぇ、どうして穣子は怒っているの?」
レティは。
「夏だから」
静葉は。
「……いつものこと」
そして本人は。
「どれも違う、私だって色気があるって言いたいの、ドキッとさせる魅力を持っているって言いたいの」
視線が穣子に集中する中でレティが言う。
「なに?存在自体が生死に直結しているって言いたいの?」
「メメント・モリじゃないっての、あんたじゃあるまいし」
「さすがに今のは冗談。参考までに聞いてみるけど、どこら辺に自信があるの?」
「え、えっと、神らしい大らかさ、かしら」
静葉の眉毛が歪む。
「……穣子の場合は、だらしが無いだけ」
「だらしなくなんてないわよ。私がどれだけ身だしなみに気を遣っていると思っているのよ」
「どれだけ」
「まずは髪型」
「あ、寝癖じゃないんだ」
「当たり前よ、ってか、一緒に生活しているんだから気付きなさいよ」
「今のも冗談だけど、正直、寝癖にしか見えないよ」
今度のレティは投げ遣りではなく、真っ向から返す。さしもの穣子は怯んで、とにかく話題を変える。
「じゃあ服よ、服。秋映するこの色合いを維持する為の努力は惜しんでいないんだから」
「確かにね、おっきいおイモみたいで可愛いよ」
「可愛いゆーな」
「え~、可愛いのに」
穣子とレティのやり取りを眺めていた静葉は、少し落ち着いたのを見計らって口を開く。
「……でも、穣子は美人顔じゃないし」
レティは即座に話し相手を静葉に変えた。
「それを言っちゃお仕舞いよ。山の八坂様や竹林の薬師なんかと比べると、もうイモっぽいとしか言いようがない訳だし」
叫び続けた穣子も、このレティの発言には一味違う怒りを滲ます。
「こら!おイモさんを馬鹿にする奴はおイモさんに祟られるんだぞ!」
「あ、今のはドキッてした」
その時だった。
「わかった!」
リリーの明るい絶叫が通り抜ける。
「何が?」
思わず聞いてしまうレティ。
「つまり、おイモさんは魅力があって色気があるんだよ」
少し間を挟んで、レティはリリーの言葉が、自分の言葉に掛かっていることに気付く。
「なるほど。だから、おイモの色気にあやかろうと、穣子は色々とおイモっぽいことをしているのね」
「んな訳ないでしょう」
「……もう、それでいい」
「ね、姉さん」
仰天する妹など半ば捨て置いて。
「……もうお昼寝の時間だし」
「そういえばそうね。いいオチもついたし、そうしましょうか」
あっさりと静葉に乗ったレティは、投げ出すように体を伸ばす。
「私もさんせーい」
リリーの無邪気な声が響く。
「待て、それじゃ私はイモ未満じゃないか!」
しかし、この三人の流れに押し返すように穣子は吼える。
「大丈夫、間違いなく伝わったから、おイモに対する並々ならないリスペクト」
投げ遣りな言い方に適当な笑顔を乗せて、レティが自分の言葉を穣子に送り出す。当然とでも言おうか、穣子は収まらず。
「だからなんでイモ限定なのよ、他にも色々あるでしょ、栗とか、梨とか、葡萄とか」
それに真っ先に口を出したのは静葉。
「……穣子は栗じゃない。棘に相当するモノがない」
続いたのはレティ。
「そうそう。しかも棘の下はさらにもう一枚分厚いのがあるし、親しみ易い穣子がそこまで人を遠ざけて、かつ身持ちが固いかどうかって言われたら、ちょっとね」
そういうレティを、静葉は横目に見る。
「……刺すような寒気と容易くはほぐし難い心持ち、まるで貴女のようね」
「そう言われて悪い気はしないけど、好い気もしないものね」
そっちで盛り上がるな、と言わんばかりに穣子が叫ぶ。
「じゃ、梨!」
「梨は静葉でしょ。渇きを癒すたっぷりの潤いと病み付きにさせる仄かな甘みは、穣子の持ち味じゃないもの」
「ぐっ」
穣子にとって、ぐうの音もでないとはこのことだった。とはいえ、引き合いに出された静葉は。
「……私って、そう思われていたんだ」
「あら、それだけだなんて思ってないわよ。甘みの調節はお手の物だと思っているんだけど、どうかしら?」
「……ノーコメント」
ことごとく自分を外して盛り上がる二人に苛立ちながらも、穣子は自制して尋ねる。
「じゃ、葡萄」
まさに間髪入れず、だった。
「あの葡萄は酸っぱいのだ!」
笑顔で放ったリリーの言葉に、レティと静葉が同時に「おお~」と感嘆の声を上げた。
「それは言いえて妙ね。美味そうに見えすぎて酸っぱいんだ、と捨て台詞を吐かせるのか。或いは酸っぱいと知りつつも、かぶり付かずにはいられないのか」
「……紅魔の、冥界の、スキマの、竹林の、八坂の……違うな、どれも食えた物ではない」
「私、私」
宙に視線を投げて葡萄の人選をする静葉の前で、自分を指差す穣子を差し置いてレティが口を出す。
「厄神は?」
「……彼女は栗よ、棘は……うん、棘というより毒っぽいけれど」
「ああ、そう言われると、確かにねぇ」
「だから私、私」
残念ながら注意は穣子ではなくリリーが集める。
「ねぇねぇ、葡萄はどういう人のこというの?」
「簡単にまとめると、親しみ易そうだけど危ない、かな」
「……あとは、それが手に負えないことを認めたくない負け惜しみ、とか」
自分達の『葡萄』評を再確認したレティと静葉は、互いに見合った。目配せで確認した後、二人でリリーを見る。
「季語で通じるくらい身近な妖精だけど、出会い頭の弾幕注意」
「……してやられたのはこう言う、春のリリーは危ない。つまり……」
二人同時に。
「『あの葡萄は酸っぱい』」
正面の二人に指差され、そして自分を指差すリリー。
「私、葡萄……」
一回、うなずいて。
「葡萄だー!」
リリーの笑顔が弾けた。
その時、誰かさんの絶叫が響き渡る。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ここにきてやっと、三人の注意が穣子に集まった。
「この葡萄の飾りが目に入らないのくぅあ!」
一本、びしっと突き立てた穣子の人差し指が指し示す先、帽子の上に燦然と輝く葡萄の飾り。
静葉は冷たく、レティは何となく、リリーは笑ったまま、穣子を見るだけ見た。
全員が沈黙する時間、五秒。
静葉は部屋の隅に重ねてある布団を取りにいく。
レティはごろんと横になった。
リリーはその笑顔を静葉の後ろ姿に向けた。
粛々と昼寝の用意が進んでいく。
同じ姿勢のまま硬直する穣子。
「く……」
やっと動作を再開した穣子は。
「くけーぇぇぇぇええええ!」
奇声を張り上げながら姉に体当たり。
少しふらついた静葉は、不快に濁った視線を妹にぶつけるなり、布団も押し付け、さらにぐいっと押し込む。
堪えられず、布団の圧力に屈した穣子は、そのまま押し倒される。
妹を布団越しに押さえつけた静葉は、レティとリリーによく見えるように布団の上を指差す。二人はちゃんと察した。
「たあー」
「とおー」
レティとリリーは布団の上に振ってきた。
とりあず、昼寝するまでにあと一時間くらい掛かったことは書き加えておく。
どういう四人組ですか!この四人が会っていることなんて
滅多な事じゃありませんよ!
そういう意味で、新鮮でした
秋が過ぎて冬が過ぎて春が答えて……ってね。
いや、だから何、という訳でもないのですが。
秋冬春がいるので夏は誰かなぁ……幽香さま?