Coolier - 新生・東方創想話

ジングルガール ~ 少女風鈴

2008/08/08 00:25:13
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紅魔館は窓が少ない。それはそれで夏の強い日差しの侵入を妨げるのにうってつけでは
あるのだけれども、この小さな島国に存在する暑さをもたらすもう一つを退けるには向いて
いない。すなわち湿気、である。今、この館の薄暗い廊下を歩く私はそれを嫌と言うほど
実感している。普段の仕事場がここではなくて良かったと思いつつ、休憩の間に館に入って
きたのに、かえって心労を重ねるはめになっている現状を嘆く。足を進めるたびに失われて
いく体内の水分をさっさと補給して仕事場に戻ろう。そう決意し、歩幅を広げる。額から
汗が流れてきたが気にしない。しかしその原因には気をとられ、立ち止まってしばし考える。
そして自分が日差しを避けるための帽子を室内でも着用していることの愚に気付き、
右手で掴み取った。この帽子で扇ぎながら・・・とも考えたが、右手から垂れている様を
見るに効果は薄いように感じられ、無駄な労力は省く事にした。



妖精メイド達のためにしつらえられた簡素なダイニングルームのテーブルに座り、よく冷えた
水を呷る。霧の湖から汲み上げ、パチュリー様特製の触媒を経て浄化された水は喉に
潤いと爽快さを届けてくれる。本当はアイスティーがあればよかったのだけれども、生憎と
切らしていて現在作成中らしい。仕方のないことだ。この暑さで需要は増している一方、
アイスティーの供給のためには一度水を沸騰させてから冷やさなければならない。私の喉は
それまで辛抱していられなかった。残念な事にうちのメイド達の中には氷精はいない。
希少な存在なのだろう。一応近場にいるのは知っているけれど、探すのも連れてくるのも
協力してもらうのも、それはそれで手を焼くことが予想される。凍傷で。
それよりも、この国には氷室というものが存在するらしい。それを館内に建造する方が
現実的だろう。もっとも、今年の夏の間には確実に追いつかない話なのだけれども。しかも
言い出した者の責任で実際の作業に当たるのは私だけかもしれない。やはり凍傷は
避けて通れない道なのだろうか、はぁ。
コップを傾けつつ、部屋の一角に視線を向けると私と同じように休憩を取りに来た妖精
メイド達が談笑している。彼女達は開け放たれた窓の傍に集まり、暑気払いのため
だろうか、翅を扇ぐようにゆっくりと動かしている。そんな彼女達の服装に着目すると、かなり
風通しが良さそうな構造になっていた。袖は短く、スカート丈も短い。膝上にあるべきものが
ないことからドロワースも短くなっているものと考えられる。肌の露出の多さは日に焼かれる
懸念を生じさせるのだが、この紅魔館内ではその心配はない。むしろ湿気を逃がす事
こそが重要であり、その意味では実に効率的な格好だと言えよう。なるほど、私が屋敷の
中の方を暑いと感じるのは、場所にそぐわない格好をしているからか。テーブルの上に
置かれた帽子と足元まで広がるスカートに目をやり、わずか苦笑する。
コップの中身を空け、私は帽子を掴みながら立ち上がった。休憩時間はまだまだたっぷり
あるが、門に戻ろうと考えた。とは言えもうすぐ日が暮れはじめる時間なので、常に門に
立っておく必要性は薄れてきている。確かに私の仕事は紅魔館への来客があったときに
あらゆる意味で応対することである。特にそれが無粋な客人であった場合は全力でお帰り
頂けるように努めている。しかしそういった客人はどちらかというと日が高いうちに現れる
傾向にある。まぁ、誰が好んで吸血鬼の住む館に夜間の襲撃を企てるだろうか?中には
情報収集が苦手な輩も訪れるが、そういった者達が脅威となり得た例は今のところ
ほとんどない。大抵の場合メイド長達の「お掃除」によって掃き出されてしまう。逆に、夜の
吸血鬼の脅威を認識していてなお館を侵犯しようとする豪の者が現れた場合、門などに
構ってはいられない。私は全力で門を護れとは命令されているけれど、命を賭けろとまでは
言われていない。ルーク(城将)はキングを死守するために盤上を縦横に駆けなければ
ならないのだ。

「あんたが命を賭した結果、私達やあんたの命、そして無傷の門と館が敵に奪われて
しまったとしたら、それはそれは酷いジョークよねぇ」

というのはお嬢様の言葉。外敵を止めるために必要とあらば、門を、館を潰すことさえ
厭わない・・・どうせ建築物の修繕も私の仕事だし。
以上のような理由から夜の紅魔館の門扉は緩くても大して問題にはならないのである。



再び薄暗い廊下を歩き始める・・・やはり、気流が滞っているせいか、早くも汗がにじみ
出してくる。せっかく補充した水分がまた無駄に失われていくのは勘弁願いたいところ
である。私は足早に、外に向かう事にした。
三つ編みを揺らすものが自分の動作だけではないことに気付いたのは、同時に頬に
僅かな涼しさを感じたからだった。進行方向に微弱な、大気の流れ・・・風を感じる。
ということは向こうには窓でもあるのだろうか。思いを巡らしつつ、歩みを進めていくうちに
じっとりとした不快な感覚が次第に薄れていく。この先にあると思しき内と外を繋ぐ隙間
からは、日にも水にも毒されていない風が吹いているのだろうか?涼を求めてはやる
気持ちを抑えるかのように、明らかな気流が私の顔をわずかに押し返し、

・・・ぃーん

耳にかすかな音が届けられた。これは鈴の音だろうか。風に、鈴、そしておそらく窓・・・
誰かが風鈴を吊るしている?洋館であるこの紅魔館で?誤った組み合わせ・・・とは今は
思えなかった。とにかく興味に惹きずられるまま、私は風を切る。



果たせるかな、辿り着いた先には大きく開かれた窓・・・およびその上枠から垂れ下がる
透き通った風鈴があった。この窓は階段の踊り場に備えられていて、上の階の天井近くまで
その口を開けている。これならば二つのフロアに同時に風を通すことができるだろう。それに
しても、ガラス造りの風鈴とは驚いた。私が知っている風鈴は全て金属製だったというのに。
これはこの国で作られた物なのだろうか。

りぃーん

見た目どおりの透き通った音が響き渡る。なんだろう、ただ風に撫でられる事だけでなく、
この音自体にも快さをもたらす効果があるような気がする。これも気のコントロール方法の
一つなのだろうか?
私は上階へ向かう階段の中ほどの段に腰掛ける。太陽に背を向けているためか、窓からは
直射日光は侵入してきていない。私は更に、脱いでいた帽子を再び頭に戻し、壁に体を
もたれかけさせた。窓の外をぼんやりと眺める。視野の手前に花畑を備えた庭園、奥に
紅魔館を囲む外壁が見えた。あの外壁に沿っていくと、自分の仕事場である門がある
はずだ。先程までは早く戻ろうと思っていたのに・・・しかしあまり不在にしておくと・・・とはいえ
もう既に夕刻・・・だが普通の来客への対応も・・・

りぃ~ん

音色が耳に染み入る。いや、頭まで浸透するような音だ。私の国では鈴の音は魔除けに
使われてきた。それはこのように、魔物である私の視界と思考をぼやけさせる事で達成
されてきたのだろうか・・・目蓋まで重くなってきた。これは・・・実に・・・強・・・・・・・・・

りぃー・・・





りぃーん

薄暗い廊下の静謐に抗うように、鈴の音が響き渡る。それと同時に暑気を払う涼風が
顔の左右から流れる髪束を揺らした。自然と口元が緩む。それは風のもたらした快さ
だけでなく、実験の成功を確信したことにも起因する。間違いなく、この風は風精が引き
起こしたもの。そしてその風精の効率的な召喚に成功したのだ。
この東の最果ての国には軒下に鈴を吊るし、それが風に揺らされる音を聴いて涼を得る
という習慣があると聞いていた。初めてその話を聞いたとき、この国の人間の着眼点に
驚かされたものだ。彼等は、賑わいや悪戯が好きな風精を惹きつけるのに最も適した
道具を使っていたからだ。更に彼等の技術は、新たな材料を知る事で進歩していく。
元来、風鈴は金属によって作られてきた。しかし金剋木、この鈴は木気である風精を
呼ぶには相性の点で不都合だった。しかしガラスの製法が伝わると同時に、これを材料に
した風鈴が製造され、一般に流行し始めることで状況は変わった。ガラスは土気に属する
ため風精を妨げず、しかも土剋水、この作用によって湿気を含まない風を生み出したのだ。
複雑な呪言も、貴重な触媒も、遠大な儀式も伴わずして精霊を召し喚ぶ・・・その代わり、
彼等は精霊を使役することには興味はなかったようだが。
これから私が目にするであろう光景は、鈴の周りで戯れはしゃぐ風精の群れ。この方法で
代償も殆ど必要とせず一気に釣り上げ、私の魔法のために役立ってもらう。それを思うと
柄にもなく足取りが浮ついていく。やがて目的の窓と階段が見えてきて・・・

私は予想外の光景を目に入れることとなる。

確かに、そう、確かに鈴の周りに風精達はいた。だがそれは私の仕掛けた風鈴の周りでは
なかった。新たに闖入した鈴の周りに風精達は集っていたのだ。思い返してみれば、私が
鈴の音を聴いたのは先程の一回のみ・・・これでは風精達は風鈴を素通りして新たな鈴の
周りに集まっていたとも解釈できてしまう。風精の誘引効果の証明実験が台無しになって
しまった。下に凸の放物線を描いていた私の唇が、上に凸の放物線に変化していく。
私は、恨みがましい目をしたまま、だらしなく寝こけるドアベルの面を拝んでやろうとする。
場合によっては、今後こいつを吊るす事で風精を呼び込んでやろうかしら・・・そんな物騒で
殺生なことを考えてこいつの前に回ったが・・・正直拍子抜けしてしまった。無防備な寝顔に
加え、ボサボサに乱された髪の毛、服の裾・・・風精達の悪戯の恰好の的になっていたようだ。
これでは私が手を加える余地がほとんどない。邪気・毒気をすっかり洗われてしまった気分だ。
こいつの能力もなかなかに侮れない。
だが・・・私の稚気を除くことまではできなかったようだ。私は窓枠に腰掛け、本を流し見る
傍ら、紅(ホン)をじっと観察することにした。仕置きは私に代わって風精達が請け負って
くれるようだし、それならば私はその一部始終を高みの見物と洒落込もう。それに・・・
これほどまで風精達の集中砲火を寄せ付けられるのだとしたら、純粋な意味でこいつを
出汁にした方が効率よく風精を集められるのかもしれない。颱風を呼ぶ美しい鈴、それも
また一興。
それにしてもよく眠っているものだ。風精にこれだけ纏わり憑かれていたというのに、心地
良さそうに寝息を吐いている。そもそも何故、こいつはここにいるのか?門番の仕事は
どうしたというのか?私は外、門のある方角を眺める・・・日は落ちてきているが、日陰者の
私の目にはまだまだ眩しい。それでもどうにか、門が閉じている様を確認する。だが門番
不在の門というのはどうにも落ち着かない。あまり長く観察を続けるのは考え物だろうか?

りぃーん

新たな風精の来訪を告げるベルの音がした。視線を頭上に向けると風精が一体、風鈴の
傍を飛び回っている。すると、音に釣られたのか二、三体の風精が門番の周りから飛び立つ
様が視界の隅に映った。その勢いが急激だったためか、突風が巻き起こる・・・向かう先は
窓、つまり私の居る方向。慌てて手元の本と、頭上の帽子を押さえる。その私に向かって
緑色の何かが飛来してくる。避けようと思ったがその必要はないことを瞬時に悟り、不動。
その緑色の何かは私の髪を掠めて外へ飛んでいった。目で追っていくと、緑の未確認
飛行物体は花畑の上を通過し(余談だが、この花畑は以前私がミステリーサークルの
実験を行った場所だ)、門と紅魔館正面玄関とを繋ぐ道、その門近くの地点に柔らかく
落着した。視線を前に戻すと、真紅の髪だけを残した門番の頭。
体が僅か、揺さぶられる。私は本を抱え上げ、顔を隠した。だが、どうしようもなく上下する
肩を抑えることはできそうもない。見事だ、私は風精の行動を解釈し、実に愉快な気分に
なった。彼等はここでだらしなく寝こけている門番に、早く持ち場に戻れ、と伝えたのだ。
流石は大気の精霊、場の空気を読む事に長けているようだ。
ならば私はこいつが目覚めるまで、ずっとここにい続けようか。彼等に、この鈴を動かし
揺らしたときにどのような音色が響き渡るのかを聴かせてやりたい。それに私が帽子の
在り処を教えてやらないと、折角のメッセージが台無しになってしまう。当て所ない探索に
出られては困るのだ。ルークはまっすぐ門に運ばなければ。

りぃ~ん

風精達は風鈴を離れ、今度は花畑の方へ飛んでいく。その舞台でワルツを踊ってみせる。
その意図を看破した私は窓から降りて壁際に下がった。数刻後には彼等は粉を届けに
来るだろう、花から鼻へ。まったく、心憎いまでにこちらの思い通りに動いてくれる。普段は
ここまで自在に制御するのにどれだけ苦労していると思っているのか。ま、ただ単に彼等の
悪戯心と私の意図とが一致しているだけの話なのだろうけど。
外の風精達が再び窓めがけて飛んでくる。次に響くのは目覚ましのベル。そして共鳴する
美鈴の音。最後にざわめくのは風の喝采だろうか。私は間接的なベルの奏者として、ただ
この場に在ればよい。さぁ、演奏の始まりはもうすぐだ。



りぃーん・・・
●あとがき

文花帖コンビ。ゲームでは同じレベルに。書籍では片方の記事に揃って登場。
それにしても書籍文花帖や求聞史紀、三月精などを見ていると、美鈴はとことん
いじられていますね。みんな鈴を転がして可愛らしい音を愉しみたいんだな、と
思うことにします。

世間的には夏休みなので、「夏」「休み」をテーマとした紅魔館の話を。
風鈴は騒音の元にもなりかねません。飾るにしても涼をとるにしても空気を
読む程度の能力は必須のようですね。
山野枯木
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コメント



0.1120簡易評価
7.70からなくらな削除
涼しい内容ですなぁ・・・
さりげなく、タイトルが凝っていますね
12.70名前が無い程度の能力削除
涼しげなお話で良い雰囲気ですね。
ただ、字面が・・・なんだか文章の1ブロックに文字がみっちり詰まってみえて
読みにくい→内容に反して暑い・・・なんて。気のせいかな。個人差かもしれませんが。
勝手な要望ですが、行間がもうちっとあってもいいかなと思いました。