◆ 魔理沙の長い一日 博麗神社 17:03 ◆
霊夢はずっと考えていた。魔理沙を消去しないで解決させる方法を、この騒動を収める方法を。
結界の歪みを生んだのは自分の責任。強くいられなかった自分の所為。
だから魔理沙には何の罪もない。
(私にできること。私にしか、できないこと)
境内を見やる。そこには角を生やした少女、伊吹萃香が霊夢に背を向けてどこか遠くを見つめていた。
彼女は霊夢の監視役。霊夢がどこへ行ってもついていく、霊夢が魔理沙への手助けをしないように見張る役目。
もちろん神社から出て行くこと事態に制限はない。だが神社から出て行くことは魔理沙と敵対することを意味する。
(動けないのに何ができる? 今も魔理沙は追われているというのに)
今も魔理沙を追っている妖怪連中は皆、魔理沙を消さなければ幻想郷が保てないと思っている。
けれどそれは違う、魔理沙がいなくなっただけでは事態は沈静化しない。魔理沙がいなくなればきっと博麗霊夢はそのことに精神的な衝撃を受ける。
自分は自分、他人は他人。来るものは拒まないが去るものは追わない。どんなときも自己であり続けようとしていた。
だが、いつの間にか白黒の魔法使いが心の奥底に強烈な存在として入り込んでいた。
(すべて私のせい。私が、魔理沙に迷惑をかけている)
嬉しかった。でも同時に怖かった。いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろうかと。そして弱くなった自分がどんな影響を及ぼすかも怖かった。
その結果が今、目の前にある。
紫は言った。「人間は博麗の手によって守られ、博麗によって均衡を保たれる」。そして「魔理沙がいたら人間の心が博麗に集まらない」と。
守られるべき人間が博麗よりも、もしくは博麗と同じことをしてはならない。それがバランスを崩す要因になる。つまりはそういうこと。
そして出る杭は打たれる。霊夢がその杭を打たなければならない。
模倣はしてはならないのは幻想郷がひとつのシステムだから。もしも完璧に模倣するというのであれば模倣する対象を押しのけるしかない。
(このままじゃ本当に私が魔理沙を……。いいえ、そんなことはない。他に方法はあるはず)
逆にこうは考えられないだろうか。博麗の手によって人間が守られるべきなら魔理沙もその対象となり、霊夢には彼女を守る義務があるのではないか。
(そう、そうよ。何も魔理沙を消すことなんてない。私が魔理沙と接触する機会を失くすことができれば結界は元通りになる)
これがもし正しい答えなら。ついに霊夢はひとつの考えに至る。
(魔理沙を外の世界に逃がす。私の勘が正しければ魔理沙の幻想は結界を通るときに失われ、彼女は外で常識の存在として証明される)
なにも魔理沙を消すことはない。だったら外へ逃がしてしまえばいい。
そうなれば紫とて簡単には手を出さない。外の世界で人間を手に欠けることは彼女の望むところではないだろうし、何より再び幻想郷へ戻すのは騒動の主旨に反する。
そして今宵は満月、結界を越すにはちょうどいい。あとはタイミングだけ。
(魔理沙が来てすぐに結界へ向かわせるのは危険すぎる。紫だって馬鹿じゃない、すぐに妨害してくるに決まっている)
できるだけ自然に結界ギリギリまで魔理沙を誘導し、彼女を外へと飛ばすことができれば。しかしそれには障害が数多く存在する。
魔理沙を追っている妖怪たち、萃香、紫、そして何より博麗の巫女という自分の立場。
霊夢は神社から動けない。だから魔理沙には自力で博麗神社まで来てもらうしかない。
(レミリア、幽々子、輝夜。お願いだから魔理沙がここに来るまで事を終わらせないで)
心のなかで強く祈りながら彼女は自分を落ち着けようと茶を淹れる。
――――――彼女は信じた。何よりも自分と、魔理沙を。
◆ 博麗神社境内 17:07 ◆
境内ではひとりの少女が山の向こうへ沈んでいく夕陽を眺めていた。
「もうじき夜になる」
伊吹萃香。忘れられた小さな鬼である彼女は悲しげに呟いた。
「まだ魔理沙は生きている。本当にしつこい、ここまでしつこいとは思ってもいなかった」
彼女は感じ取っていた。幻想郷で起きているこの騒動を。
霧雨魔理沙を消去することで幻想郷を守るという荒唐無稽な騒動を憂いながら、萃香は神社へと振り返る。
神社のなかでは霊夢が静かに茶を飲んでいた。しかし彼女はひどく悩んでいるのか暗い面持ちで俯いていた。
「……かわいそうな霊夢、誰にも心を許すことができない寂しい巫女。心が揺らいだのは自分の所為なのに罪は他人になりつけられようとしている」
誰にもなびかない。誰とも深く関わらない。
守る心とは拒絶の力であり結界である。彼女の持つ常識の結界は他人の常識を拒絶し、自らを非常識として認知させる。
だから強く、そして人を惹きつける。その存在の非常識ゆえに。
しかし結界は揺らいだ、霧雨魔理沙というたった一人の人間が霊夢の心を揺らした。
節介を焼く。心配する。それはやがて相手を友達として強く、強く意識させるきっかけになる。そうやって長い時間をかけて霊夢の心のなかに魔理沙の居場所が出来上がった。
本来なら微笑ましいその現象は幻想郷を維持する博麗の巫女にとって致命的だった。
―――――だから、八雲紫が動いた。
「霊夢の罪を霊夢自身が切り捨てる。なんて非情な運命、永久の理想郷であるために大切になりかけたものを死に追いやるなんて」
境界に棲む紫だからこそ察知したのだろう。霊夢の心のなかで、魔理沙の存在が一定の境界を越えたことを。
朝、霊夢は紫が現れたことが「前兆」であるとした。それは魔理沙に対してではなく自分に対して向けた言葉だったのだ。
霊夢のなかで誰かが境界を越えた、ゆえに博麗大結界に変化が現れた。その修正のために何かが起こる、その前兆として。
「でも大丈夫だよ霊夢。霊夢は私が守る。霊夢は私の大切な友人なんだから」
決意を秘めた瞳が遠い山に沈んでいく夕陽を眺める。
「………ん?」
羽のはためく音を聞き、萃香は思考を中断して空を仰いだ。
そこには―――――。
「どうもどうも」
「アンタか、天狗」
―――――魔理沙とともに守矢神社にいるはずの射命丸文がいた。
「“監視”のくせに持ち場を離れてもいいのか?」
「魔理沙さんは熟睡していますから何の問題ありませんよ。それに記事にするには被害者と加害者、両方の視点があったほうが面白いですからね」
「ああそう」
心底関心がなさそうに声だけ返事をする萃香。
彼女、文は妖怪の山からの協力者だが傍観者として直接介入することはないということで協力してきている。
しかし萃香からして見れば彼女もよく分からない人間のひとり。記事にするなら黙って見ていればいいのに、どうしてわざわざ協力を申し出てきたりしたのか。
「そういえばアンタさ、魔理沙を助けたんだってね」
「これはまた随分と耳の早いことで」
「紫に言っておいたのさ。アンタから目を離すなってね。で、なんで助けた?」
「禅宗の僧侶に弟子入りした天狗の話を知っていますか? それと同じで私は魔理沙さんの人徳に惚れ込んでいるんです。だから助けたのです」
意味ありげなウインクをして文は飄々と笑った。
ふざけやがって、と萃香は心のなかで毒づいて不快を露わにする。
「……待て。じゃあアンタが監視を引き受けたのは魔理沙を見守るためか」
「そんな大層なものではないですけどね。人を惹きつけるのは何も霊夢さんの特権ではないということですよ」
「裏切ったくせに堂々としやがって。なら、それなりの覚悟はできているんだな」
萃香の周囲に濃密な妖気が発生する。ギリ、と強く歯を噛んだ音がする。
―――――裏切り者には相応の罰を。
硬く握り締められた鬼の拳が制裁をと叫ぶ。
魔理沙が生きていられた理由、魔理沙を生かす運命の連鎖。
どんなに万全を期していても必ず綻びは生まれる。八雲紫の言った因果律は、彼女の知らないところで牙を剥いていた。
このままでは魔理沙が生き延びてしまう。霊夢が行ったとしても間に合わないかもしれない。
(そんなことがあってたまるものか)
幻想郷を、なによりも大好きな霊夢を守る。そのために萃香は修羅となる。
「今ならまだ間に合うぞ、道化。もう一度私たちに協力すると誓え」
「嫌だと言ったらどうします?」
「……そう。ならば死よりも怖い百鬼夜行、その目に焼き付けるがいい!!!」
本気の弾幕ごっこが始まる。
天狗と鬼、どちらかが倒れるまで。
◆ 守矢神社 17:10 ◆
地を揺るがすほどの轟音に彼女は目を覚ました。
「な、なんだぁ!?」
布団を跳ね除け、左腕の痛みを堪えながら服を着替え、魔理沙は外に飛び出した。
境内にはすでに早苗がいて、音がしたらしい方向を見ていた。
「早苗、さっきの音はなんだったんだ?」
「誰かが派手な弾幕ごっこをしているのよ、ホラ」
早苗が指差した方角の空、まるで天へと昇る龍と見紛うほどすさまじい竜巻と爆音とともに咲く花が見られた。
魔理沙にはわかった、今見えている弾幕がただの弾幕ごっこではないことが。
そして弾幕が行われている方角には博麗神社があるということも。
「今からちょっと博麗神社に行ってくる」
「魔力もすっからかんの状態でどうするつもり。まさか走っていくの?」
「走るさ、麓まで全速力で」
「妖怪に襲われたら?」
「全速力で逃げる」
「常に全速力じゃない。というか博麗神社まで体力が持つはずないでしょ、普通に考えて」
「とにかく急ぐんだ!! いいから邪魔するな!」
早苗の横をすり抜けていく魔理沙。
そのとき、誰かが神社に向かって走ってきた。
やってきた誰かは天狗の衣装を纏い、剣と盾を持った見覚えのある姿をしていた。
「あれは……椛さん? どうしたんですか、そんなに慌てて」
駆け寄ってきた白狼天狗に声をかける早苗。椛は息を荒くしながらも早苗に尋ねる。
「文さんを、文さんを見かけませんでしたか!?」
「え、文さんですか? さっきまでいましたけど、博麗神社に行くって言っていましたよ。どんな用があるのかは聞けませんでしたけど」
またしても博麗神社。後ろから聞こえた声に、魔理沙は階段を下りようとする足を止めた。
そして早苗たちのところまで戻り、椛に頭を下げた。
「なあ、わんこ。私を神社まで乗せていってくれないか。お前は文に用がある、私は霊夢に用がある。目的は一致しているはずだぜ」
これは何かの運命なのか、それとも偶然なのか。魔力も尽きて飛ぶこともできない魔理沙のところへとタイミングよく転がり込んできた椛。神社で弾幕ごっこが行われているのとときに行方の知れない文。
何もかもが上手く行き過ぎている。だからといって魔理沙は歩みを止めるわけにはいかなかった。
何もできない自分にもこの騒動の結末を見る権利はある。そして騒動の発端と目的を知る必要がある。
それが危険な道だとしても、行かずにはいられない。
「……わかりました、協力します。あと私は犬ではなく狼です」
「わかったわかった。じゃあ行ってくるから、フランのことは頼むな」
「任せて、とは言えないけど努力はしてみるわ」
早苗の返事に魔理沙は強く頷き、行こう、と椛に声をかけると彼女は強靭な脚力で空へと跳んだ。
目では終えぬ疾風のごとき駿足で、瞬く間に早苗からは見えなくなった。
まだ、遠くの轟音は鳴り止まない。
◆ 博麗神社 17:15 ◆
――――戦いは一方的なものだった。
「天狗ごときが鬼に敵うわけがない、巨大な岩をそよ風などで動かせないのと同じさ。さっさと諦めて地に頭擦りつけて無様に謝りな」
どんなに風に当たっても鬼の体は微動だしない。それどころか己が身で風を押しのけて天狗を襲おうと怪力を振るってくる。
文はただ風を操って萃香の動きを遅くして攻撃をかわすしかなかった。
(攻撃に転じても効果がない。防御に回っても埒があかない。これでは八方塞ですね)
攻撃が攻撃にならない。このままではいずれ押し切られるしかない、文は内心焦りを感じ始めていた。
(かといって鬼に接近戦を挑むのはあまりにも無謀、それに岩のごとく頑丈な彼女には効果も薄い。童子切安綱でもあれば話は別でしょうが)
空を飛んで萃香と一定の距離を保ちながら文は勝つための手段を模索する。
弾幕ごっこであれば素直にあちらも負けを認めてくれるだろうが、今回ばかりはそうはいかない。
だが、彼女にとって欲しいのは勝利ではなく終わりだった。
「あと数十分、それだけ稼げば………!!」
この騒動の終わりはすでに近い。なぜなら萃香自身がそれを明かしたから。
妖怪たちの会合が行われたときに蓬莱山輝夜の手によって十時ごろに急遽、永夜の術がかけられることになった。
答えは単純。騒動によって霊夢の心に余計な負担がかかり、そのために結界の強度がさらに弱まったからだ。
よってレミリアの再予測により、限界時刻は20時と見直されたという。
しかし永夜の術は止めた時間が反動となって現れ、そして何より時間内に魔理沙がいなくならなければ意味がない。
現状の結界は十時ごろの強度を保っているが術が解けたらどうなるかは分からない。
「しつこいね、いい加減に地面に叩き落してやる!!」
一際高く萃香が飛翔する。そして文の頭上から弾幕を展開し、自身も肉弾戦を仕掛けてくる。
「そう簡単に当たるものですか!」
左右にかわして、さらに萃香の攻撃も文は避ける。そして再び距離をとって風を起こす。
できることなら萃香を行動不能にして、魔理沙のところへ戻りたいところだったが思うようにいかない。
萃香を止めているだけでは魔理沙は救えない。こうしている間にも他の妖怪が魔理沙を探しているかもしれない。
(しかし解せないのは霊夢さんの行動。騒動が起きてから彼女が動いたという情報をなかった)
そして文が戦っている間も霊夢に動きはなく、外から見たかぎり神社内に彼女の姿は見られない。これはいったいどういうことか。
(確かに霊夢さんの霊力を感じるのに。ここにいることは間違いないけれどいったいどこ、に……?)
萃香から逃げながら慎重に神社周辺へと視線を走らせる文。
――――――と、木々の陰に見覚えのある紅白を見つけた。
(あれは……!! なるほど、そういうことですか。確かに事態を収拾させるならそれが一番。時間切れの場合“アレ”の対処ができませんし、ここは霊夢さんの考えに従いましょう)
巫女の行動を理解したうえで文はその場所から離れ、萃香に自分が気づいたことを悟られぬように弾幕を放つ。
もちろん効果がないのは承知のうえ。目的はあくまで彼女の気を逸らすこと。
時間を稼ぐこともひとつの手段。だが巫女の方法であればすぐにでも解決するであろう。
「ちょこざいな!! うろちょろされると目障りだよ!!!」
「この程度の風で目障りとはね。ならば視界をも覆う天狗の神風、あなたの目にどう映るのかしら!?」
無謀とは之、無策と同意也。
しかし文には時間さえ稼げば霊夢が何とかしてくれるという確信があった。だから彼女は全力で萃香と戦う、それが敗北の見えた戦いだとしても。
すべてを飲み込む竜巻と夜を脅かす鬼の炎。極限の衝突は終幕へと向かいつつあった。
◆ 魔法の森 19:18 ◆
魔理沙を乗せた椛は枝から枝へと飛び移りながら森のなかを疾走していた。
「すごいな、もうすぐ博麗神社に着きそうじゃないか。ところでわんこ、やけに道に詳しいな?」
「私の能力は千里先まで見通す程度。すべての道は暇つぶしで覚えてしまいました。あと犬ではなく狼です」
「遠くが見えるって便利だよな。今度そういう薬を作ってみようかな」
陸路と空路。この二つでより安全なのはどちらだろうか。
陸には障害物が多く存在する。そのため直線に移動することができず、時には思わぬ遠回りをすることもある。一方の空には障害物がほとんどなく、軌道が常に直線であるため非常に早く目的地にたどり着く。
だが発見される危険を考慮するのであれば圧倒的に陸を選ぶであろう。空には隠れる場所がないが、陸ならば生い茂る木々や森が隠れ蓑となるからだ。
「遠くが見えてもいいことなんてあまりないです。自分の足元が見えないうちに遠くを見ようとしたら石につまずいてしまいますから」
「案外ドジっ子なんだな。私だったらそんなことにはならないぜ、足がつまずく前に蹴り飛ばす」
隠れる理由は恐れるからではない。本当の理由は相手が障害物だからだ。
意思を持った障害物ほど避けにくいものはない。こと幻想郷において弾幕を張る相手ほど無視できないものはない。
空を飛ぶ人間を見れば妖怪もちょっかいを出す。今に限っては魔理沙を狙って妖怪が襲い掛かる。人が空を飛び、弾幕を撃ち合う世界だからこそ生まれる障害物。
ゆえに地上を歩けば滅多なことがないかぎり襲われることはない。さらに隠れてしまえば発見される可能性はさらに低くなるということだ。
「文さんも同じことを言っていました。『私なら足がつまづく前に吹き飛ばす』って」
「いいや、違うな。私は自分の足で蹴り飛ばすがあいつは風を起こして吹き飛ばす。私は文みたいに他人の背中を押して傍観しているようなやつじゃないぜ」
「それこそ違います」
椛の声のトーンがわずかに下がった。魔理沙はそれだけで彼女が怒っているらしいというのがなんとなく分かってしまった。
「文さんはそんな無責任な人じゃない。あの人の起こす風は赤ん坊を眠らせる揺籃みたいに優しいんです」
「アリスを襲えとか、あやうく新聞のネタにされそうになったがなぁ」
「それはきっと………魔理沙さんを、記事にしたかったの、だと」
「じゃあやっぱり合っているんじゃないか。いや、違っているのか。私からすれば合っているがわんこにしてみれば違うわけだし」
日本語って難しいな、と魔理沙は顔を上げて流れる木々の隙間から空の様子を覗く。
空は曇天。黒く分厚い雲が覆いつくし、心なしか風もジメジメとしてきた気がする。
「空に誰かいますか?」
わずかに魔理沙のほうを見て、椛が尋ねてきた。
「いんや、今のところは」
「そうですか。後方は見えないので、誰かが追ってきたら言ってください。速度を上げます」
「あー、なるほど。前方の様子を見て妖怪がいないルートを走っているわけだ。やっぱり遠くが見えると便利だな」
空から逃げる椛を見つけることは難しいだろう。彼女にしてみればすべての行動が見えており、見られている相手は行動の全部が筒抜けなのだから。
千里先から見ている椛を肉眼、あるいは気配(察知できるかどうかは疑わしいもの)で捉えることは非常に難しい。
さらに椛は俊足、彼女には鬼ごっこで勝つための要素がすべて揃っている。
別に鬼ごっこをしているわけではない。しかし逃げる側であることは事実であり、逃げ切っていることもまた事実。
鬼ごっこの面子には誘いたくないやつだな、と魔理沙は冗談半分で思いながら再び視線を地上に戻す。
神社には再び巨大な竜巻が出現していた。
さきほど守矢神社で見かけたときの比ではない。土や塵を巻き上げ、周囲の木々を薙ぎ倒し、触れるすべてを両断する無慈悲な刃の塔。
やはりただの弾幕ごっこではない。そしてあの竜巻を作っているのは文に違いない。
神社では何が起こっているのだろうか。思わず息を呑んだ魔理沙は周りの風景が過ぎ去っていくのがさっきまでよりも早いことに気が付く。
椛も、きっと同じことを考えているのだろう。神社には文がいて、そして誰かと危険な戦いを繰り広げていることを。
「―――――急ごう」
椛から言葉は返ってこない。
代わりに、彼女の足はさらに早く神社へ向かっていた。
◆ 守矢神社 同刻 ◆
守矢神社から竜巻を眺めていた早苗のもとへ近づく影があった。
「こんばんは。ちょっといいかしら」
「あ、咲夜さん。なんでしょう」
魔理沙を追っていたうちの一人、咲夜だった。
「お嬢様の妹がここにいると思うのだけれど」
「フランドールさんですか? 確かにいますけど……でもどうしてここだと?」
「妹様の魔力の残り香を辿って、ね。お嬢様が心配なさっていたから探していたのよ。その様子だと無事なのね?」
「ええ。案内しましょうか?」
「お願いするわ」
早苗は咲夜とともにフランドールが寝ている部屋へと向かう。
その途中、早苗は咲夜に質問をした。
「失礼なことを聞きますがいつもの咲夜さんですね」
「本当に失礼ね。でもそれがどうかした?」
「魔理沙が咲夜さんに殺されそうになった、と言っていたのでもっと目が血走っているんじゃないと思っていました」
「それにしては平然としているのね。自分も襲われるとか考えないの?」
「………あ」
「思っていなかったのね。まあ襲う気はないから安心しなさい、魔理沙しか狙っていないから」
淡々と恐ろしいことを告げる咲夜を怖いと思いながら、早苗は廊下を歩いていく。
廊下が長い所為か、沈黙の間が怖くなった早苗は慌てて違う話題を振った。
「そっ、そういえば曇っていますね、空」
「そうね。けどそのおかげでお嬢様に日傘を差し出す必要がなくなったのだけれど。少し寂しいわ」
ふぅとため息をつく彼女を見ていて早苗は「あれ?」と違和感を覚えた。
雲は、パチュリーが広げたもののはず。それならばわざわざ“そのおかげで~”などとまるで他人の行いを指すような言い方はしないはず。
パチュリーは客人というよりは身内に近いはず。ならば普通はパチュリーの名前が出てきてしかるべき場面のはず。
疑問に思った早苗は少しためらってから思い切ってそのことを咲夜に尋ねた。
「咲夜さん。その……あの雲ってパチュリーさんが広げたものでは?」
「パチュリー様が? まさか。パチュリー様なら魔理沙を追いかけたときの無理が祟って今もお休み中のはずよ。あれは自然にできた雲じゃないの?」
「……え? でも魔理沙さんがフランドールさんと戦ったときは彼女の上に雲が広がっていたって言っていましたよ」
「そうなの? おかしいわね、どういうことかしら」
二人して考えながら廊下を歩いていると、やがてフランのいる寝室の前に着いた。
「あ、ここです。ここにフランドールさんが」
「そう、ありがとう。……妹様? 咲夜です、お迎えにあがりました」
声をかけてから咲夜が障子を開ける。
ところが部屋には誰もおらず、ただ放り投げられたみたいに剥がされた毛布と布団だけが残っていた。
「あら? 誰もいないじゃない。もしかして別の部屋じゃないの」
「そんなまさか……」
「あの吸血鬼ならいないよ」
廊下から聞こえた声に二人が振り返ると、そこには諏訪子が立っていた。
「……どういうことか説明してもらえる?」
「誤解はしないで、彼女は死んだわけじゃない。
じゃあ一体どこに? その答えをあなたはすでに見ているはず。なぜならそれは彼女には似つかわしくない故にわかりにくいものだから」
「それはいつ?」
「昨日だったかもしれないし、さっきだったかもしれない。
でも彼女は吸血鬼、探すのは気配ではなく血の匂い。さすがの悪魔の犬も乾いた血の匂いまでは追えないでしょう?」
「だから、その答えは何」
神様の言い回しにイライラしたのか、咲夜の口調が鋭くなる。
しかし諏訪子はまったく気にした様子もなくその答えにつながるヒントを言った。
「怪我をしたのは誰? 怪我をさせたのは誰? 必要なのは想像力とその想像を百八十度回転させることができる柔軟性。
ここにいる意味を理解できていれば私に聞かなくても分かるはず」
「そんなこと、ここへ来たばかりの私にわかるはずないじゃない」
「わかるわよ。あなたは誰を追ってここへ来た? その誰かは誰といた? それだけで十分じゃない」
しばし咲夜は思考する。だが彼女よりも先に早苗が口を出した。
「諏訪子さま、それって………」
「なんで早苗が答えちゃうのよう。まあいいわ、答えは魔理沙なの。魔理沙に怪我を負わせた吸血鬼は再び彼女を追った。血の匂いを辿って」
「なんだ、そういうこと。だったら問題ないわね。途中でお嬢様が魔理沙を待ち構えているからきっと妹様と合流なさるわ」
じゃあ、と咲夜は廊下へ出ると空へと飛び上がる。心配事がなくなった、と彼女の背中が語っていた。
ところが諏訪子は笑う。それは憎たらしいほど満面の笑顔で、隠しごとを自慢する子どもみたいに口の端をつりあげていた。
奇妙に思った早苗は諏訪子に尋ねる。
「諏訪子さま、まだ何か?」
「ん~? 別に。普段から見慣れていると当たり前のことを忘れてしまうものなのね、と思っただけ」
「?」
「そんなことより早苗、アリス見なかった? せっかくだから何か面白い人形でも見せてもらおうと思ったんだけど」
「あれ? そういえば……」
二人はアリスを探したが、神社のどこにも彼女の姿はなかった。
◆ 博麗神社 17:30 霊夢 ◆
幾重にも重なった風の壁が飛んできた岩を両断、一瞬にして塵にする。
豪風、巨岩を断つ。霊夢はその光景を神社端から見ていた。
「文……」
彼女は気づいていた。文が、霊夢のいる場所に気づいたことを。
先程とは圧倒的に弾幕の密度が違う。戦い方も、鬼である萃香から逃げるような撃ち方から必死な攻めに変わっている。
だが、鬼と天狗では霊的な格の違いが存在する。こと修験において鬼の格は天狗の上位に位置する。ゆえに一定のルールなしでは天狗の敗北は決まっている。
ではなぜ負けの見えた戦いに、文は全力で抗おうとしているのか。
否、抗っているのではない。これは時間稼ぎの戦い。負けるからこそ一分、一秒でも長く相手を自分に引きつける戦い。
ペース配分をする暇はない。なぜなら文は相手よりも下位、常に全力をもって対抗しなければ防ぐことは敵わない。
もちろん牽制を全力で振り払うほど文も馬鹿ではない。相手の攻撃の威力を感覚で計り、それを少し上回る力で相殺する。
「ありがとう、あなたのおかげで穴は完成した」
外の世界へ抜けるための穴。魔理沙を逃がすための通路。
文が萃香の目を引きつけていたおかげで完成したのだが、これだけでは魔理沙を逃がすには至らない。
「魔理沙、早く……時間がない」
霊夢は文と萃香が戦う、その向こう側へと目をやる。
魔理沙はまだ来ない。むしろレミリアたちが待ち構えているのに無事に神社へ来られるはずがない。
もし、ここへ来られるとしたらそれはどれほどの幸運か。
「霊夢っ!!!」
それとも、運命を覆すほどの悪運か。
◆ 博麗神社 19:34 魔理沙 ◆
境内に着くと、そこでは鬼と天狗が熾烈な戦いを繰り広げている最中だった。
境内の石畳は剥がれ、周囲の木々は吹き飛ばされた惨状のなかで魔理沙は霊夢の姿を見つけ、思わず叫んでしまった。
「霊夢っ!!!」
叫んだ声に反応したのは奥にいる霊夢だけではなく、境内で戦っていた二人の妖怪も魔理沙に気づいた。
「魔理沙!? そんなっ、レミリアたちは!?」
「レミリア? いや、会ってないぜ。わんこは見ていたかもしれないが」
とんっ、と軽やかに椛の背から降りて魔理沙は萃香を見上げた。
空から見下ろしてくる萃香の表情は殺意に満ち溢れていた。普段の陽気さなど微塵も感じられない。
敵意と殺意の違いは経験、もしくは程度。だが常識外れた妖怪の敵意は殺意とほぼ同意に近い。それでも萃香は弾幕ごっこで今のような迫力を表に出すことはなかった。
「文さん!! ご無事ですか!?」
「椛? ……なるほど。これは思いがけない幸運でしたね、魔理沙さん。しかしこれで準備は整ったわけですね」
「準備?」
「さ、早く霊夢さんのところへ。私が萃香さんの相手をしている間に」
訳が分からないと首を傾げる魔理沙だったが、文はお構いなしに萃香と対峙する。萃香も文を無視することができないのか、今すぐには魔理沙を追ってこないようだ。
とにかく文に言われたとおり霊夢のところへと向かう。
そこには灰色の渦を巻いた穴があった。空間の穴からは風が吹き出ていて、どことなく幻想郷とは違う空気を感じた。
「魔理沙……」
「朝ぶりだな、霊夢。なんだか数日ぐらい会ってない気がするぜ」
「気分も最速だからそんな気がするだけよ。それよりも」
「何よりも?」
「早く、この穴を通って外の世界へ逃げて。迷惑をかけた私にはこれぐらいしかできない」
予想していなかった言葉に魔理沙は硬直してしまった。
静かに、諭すように霊夢は言葉を続ける。
「よく聞いて魔理沙。あの雲はただの自然現象でもなければパチュリーの発生させた雲でもない。
あれは幻想を覆い尽くす雲。幻想を削る雨をもたらすもの。
やがてあれは幻想の土地を覆い、すべてを溶かしていく。あれは結界の隙間から出てきた外の世界の毒であり、概念そのものなの。
だから私にはどうすることもできない」
侵す毒。溶ける毒。毒とはすなわち呪いそのもの。
人が忘れたものは戻らない、そして忘れられたものが戻ってくることはない。そういう類の呪い。
忘れた記憶はきっかけを与えないかぎり戻ってこない。けれど自分から忘れた記憶はきっかけすら与えられない。
だから戻らない。逆にその忘れたものを失くそうとする。だから毒が用いられる。
「なんでだよ? マスタースパークで簡単に穴が空いたぞ? 霊夢どころか誰にだってできるんじゃあ……」
「そんなことしたって柳に風よ。あれは壊れないし無くなりもしない。
それに無くなったところで結界が揺らいでいるかぎり、ずっとあれは幻想郷へと入り続ける」
「そんな……」
「だから魔理沙、あなたを外へ逃がすわ」
思ってもいない言葉に魔理沙は目を大きくして霊夢を見た。彼女は本気だった。冗談など微塵もない、何か強い覚悟を秘めた目をしていた。
おそらく穴は外の世界へと通じているのだろう。
それから霊夢は魔理沙へと振り向いて言った。
「この穴を通れば外に出られる。あなたは狙われなくてもよくなるわ」
「外って………あの雲を放っておいて逃げろっていうのか!?」
「でもここにいれば確実に殺される。それでもいいの?」
「だからって、お前を放ってなんかいけるかよ!!」
生まれ育ってきた幻想郷を離れろ、なんて話は聞きたくなかった。確かに外の世界への興味はある。でも見に行ってみたいと思ったことは一度もなかった。
この幻想郷に生まれたのだから、どんなことがあっても離れたくない。自分の歴史がない世界などただの地獄だから。
それに命の危機だからといって外へ逃げる気も魔理沙にはない。
「ごめん、アンタの意見は聞けない」
しかし無慈悲にも霊夢の手は魔理沙を穴へと突き飛ばす。
「れ―――――」
「さよなら魔理沙。もう会えなくなると思うと、少し、寂しいわ」
悲しげに手を振る霊夢に、魔理沙は自分のなかに苛立ちを感じた。
……勝手なことを言うな。
穴に落ちるつもりなんてないとばかりに霊夢へと手を伸ばし、穴に体が飲み込まれようとした――――――そのとき。
「往け、神槍」
遠くからざらついたノイズが耳に届いた。
―――魔理沙の左目に、紅い点が映し出される。それは見る者を萎縮させ、必ず主の下へと帰還する神の槍、グングニル。
まずい、と身を捩ろうとするが突き飛ばされた身では思うように動かない。
どうすることもできないまま槍が迫り。
「あ………!!」
魔理沙の背後にあった穴が粉々に砕け散った。
霊夢の魔力で作られたそれは別の魔力に触れたことによって歪み、自ら崩壊したのだ。
そして穴へと吸い込まれそうになった魔理沙は受け皿を失い、背中から地面に倒れた。
「っ、いっつ~……。今の、レミリアのスペルか?」
「そのとおり」
境内の向こうの鳥居に紅く小さい悪魔が立っていた。さらには蓬莱の月の姫、美しき亡霊が顔をそろえていた。
宴会だったならばおかしくない光景だったが、状況が状況だけに笑うことができなかった。
肩を押しつけられているような威圧感。足を釘で打ちつけられているような。ただひとつ確かなことは動くことも容易ではないということ。
「まさかすでに来ているとはね。手間をかけさせる」
「こっちが勝手に到着していたんだから手間はかけさせていないぜ」
「時間があるときは手間をかけてもいい。でも今は時間がない。霊夢からすでに聞いているでしょう? あれは幻想を削るわ」
幽々子の扇子が空を指す。そこには変わらず黒く厚い雲が広がり続けていた。
「ちょっと……術を維持したまま移動するのも楽じゃないのよ、さっさといなくなれ」
「は? 何のことだ?」
疲労困憊といった感じで魔理沙を睨みつけたのは輝夜。
術、と言っているが一体何を指しているのかわかっていない魔理沙だったが、すぐにレミリアが説明を付け足した。
「いつぞやの永夜の術の特殊版よ。結界の強度を午前十時のものに限定させて維持している。雲そのものの流出は止まっていないけれど、この引きこもりのおかげでまだ幻想郷に毒の雨は降っていない」
「じゃあ輝夜がもうちょっと頑張ればいいじゃないか。この異変が解決するまで」
「………アンタが死ねば解決よ?」
さすがに冗談が過ぎたのか、輝夜の殺気が増した。
口八丁で折れてくれるような雰囲気ではない。これは魔理沙がいなくならなければ意味がないのだ。
「なあ、一応聞くけど本を返さないとかそういう理由で殺されるんじゃないよな、私?」
「当然。そんなことで殺すほど私たちも心の狭い人間じゃないわ」
「妖怪じゃないか。お前は亡霊だが」
「元人間も人間よ。そのついでだけど貴女も亡霊になってみない? まあ、閻魔様の裁きで速攻地獄行きだけどね」
殺されることが前提。外へいなくなることは許さない。
むしろそのおかげで救われたのだが。
「さあ、そろそろ終わらせましょうか。あまり長引いても霊夢の心に良くないでしょうし」
「霊夢の?」
「あなたが強く、そして近くなりすぎた所為。霊夢はあなたを強く意識するようになり、博麗の巫女としての心が揺らいだ。その揺らぎが結界に直結した。分かる?」
霊夢の心が揺らいだ、だから結界に変化が生じた。それはわかる。
でも魔理沙は自分のせいで霊夢の心が揺らいだ、その意味がわからなかった。自分は何もしていないのに、どうしてそんなことになったのか分からない。
霊夢に振り向いてもなぜか彼女は魔理沙と顔を合わせてはくれない。
「そうか。じゃあ紫とか呼んで結界を直せばなんとかなるじゃないか」
「本当にそれで終わると思う? 紫にもできないことはある。結界を埋めることはできても雲はスキマさえ溶かしてしまう」
「……なあ、それって私がいなくなったとしても雲は残るんじゃないか?」
「そのとおり。だが少なくとも結界は元通りになる。これ以上に何か言葉が必要か?」
レミリアたちが迫る。槍を、枝を、あるいは蝶を従えて。
「霊夢、さっきのことは不問にしてあげるわ。だから邪魔はしないで頂戴。あなただって他に手段がないことぐらい分かっているでしょう」
「……レミリア、魔理沙は」
「わかっているよ。それでも霊夢以上に優先するものなんてないよ」
レミリアの言葉を受けて霊夢は悲しそうに俯く。
(……異変を起こしているのは霊夢じゃない)
魔理沙のなかでひとつの確信が生まれつつあった。霊夢の心がどうとか、結界にできた穴とかはこの際、後回しでいい。
――――雲。幻想郷を覆い始めている雲を失くせばなんとなる。
だとしてもどうやって雲を消滅させる? 時間もない、助けもない。この状態でいったい何ができる?
「どうやら形勢逆転のようだねえ、天狗? さっきは私を足止めしようとしていたみたいだが、今は足止めされているなんて滑稽だわ」
「くっ……」
上空では萃香と文がいまだ戦闘を続けている。だが文は霊夢が穴を作るための時間稼ぎのために全力を出していたため疲労が窺えた。
魔力のない魔理沙に抗う手段はない。逃げ出すこともできない。考えを口にしたところでそれを受け入れてもらえるはずもない。
「これでチェックメイト。もう逃げ場はないよ」
何か、もっと何か方法はないのか。魔理沙はレミリアたちとの距離を保つため、後ろに後ずさりながら考えを巡らせる。
「じゃあ雲を消せばいいのよね」
レミリアたち以外の声。それは鳥居の向こうからやってきた。
アリスとフランドール。二人は殺意に満ちた神社に悠々と踏み入ってきた。
「アリス……!? それにフランじゃないか、一体どうして」
「どうしたじゃないわよ。この子に事情を聞いてみればとんでもないことになってるじゃない。何か様子がおかしいと思ったけど、どいつもこいつも頭がおかしいわ」
「……人形遣い、それはどういう意味かしら」
レミリアの紅い瞳がアリスに向けられる。
一触即発の空気のなか、言葉を発したのは二人のどちらでもなくフランだった。
「お姉様。魔理沙を殺すの? おかしいわ、お姉様は私に魔理沙と好きなだけ遊んでいいって約束したわ」
空気が揺れた。比喩ではなく、まるで地震のように空気そのものが揺れて神社にいる全員の体に戦慄が奔った。
そう、フランが魔理沙と霧の湖上空で対峙したとき。
『お姉様が魔理沙を使って好きなだけ弾幕ごっこしてもいいって言ってくれたの』
今のレミリアは魔理沙を消そうとしている。つまり、フランとの約束を違えている。
殺気が満ちていたレミリアの顔に焦りが生まれる。そして彼女の表情を見なくとも誰もが危険と感じていた。
フランの周囲に高密度の魔力が集約されていく。
「ふ、フラン……? これには理由があってね……?」
「嘘吐き。お姉様なんて大嫌いだわ。だからお姉様も、私から魔理沙を奪おうとしているあなたたちもみんな――――――」
――――――みんな、壊れちゃえ。
それは無意識の呪詛だった。フランの瞳がうっすらと輝いた瞬間、神社の境内が空に向かって爆ぜ、土が舞い上がった。
「くっ、この時間が惜しいときに!!」
「レミリア嬢、彼女を抑えるわ。異論はないわね?」
「これじゃあ魔理沙を消すどころじゃないよ、まったく!!」
もはや魔理沙どころではなかった。レミリアだけではなく幽々子と萃香もフランへと攻撃を開始した。
吸血鬼特有の再生能力と姉をも凌ぐ破壊力をあわせ持つフランドールには、幻想郷で上位に君臨する妖怪たちも無視ができないのだろう。
そんな光景を遠くから見ていた魔理沙と霊夢のところにアリスが余裕で歩み寄ってきた。
「危ないところだったわね」
「お前、本当タイミングよく現れるな。ストーカーか?」
「失礼ね、情報源くらいちゃんとあるわよ。まあほとんど一方的に提供されたんだけど」
「提供された? 誰に?」
「閻魔様にね。今彼岸に来られても困るからって、怠惰な死神を私のところに寄こしてきたの。それでさっき聞かされた解決策なんだけど、霊夢」
アリスは霊夢へと向き直る。
「結界の歪みはあなたが原因だそうね。そしてそれを魔理沙のせいにして、あとは紫が何とかする算段なのでしょう。ここで博麗の巫女として魔理沙を襲わないところから、少しくらいは負い目を感じているようね?」
「…………」
「けれど今はそんなことを言ってる場合じゃなかったわね。閻魔様によると結界を今すぐ塞ぐことは不可能らしいわね。でも雲さえなくなればスキマ妖怪が結界に応急処置を施せる、だったら雲を破壊すればいい」
「簡単に言うがアリス、あれは紫のスキマも溶かすんだぜ? それにどうやってもなくならないし、どうやって消すつもりだ?」
幻想を削る雨を降らす雲。魔理沙のマスタースパークでも霧散せず、紫のスキマさえも通用しない。
幻想郷に住まう者にとって天敵ともいえる事象を相手に、一体何をしろというのか。
その問いに、アリスはやれやれと肩を竦めた。
「私が連れてきたのを誰だと思っているの? 彼女なら雲を破壊できる」
「それは危険すぎます」
話に割り込んできたのはさっきまで萃香を足止めしていた文。萃香の注意がフランに向いたため、彼女の役目はなくなっていた。また椛も一緒に立っていた。
「下手をすれば結界に影響を及ぼすかもしれない。それを踏まえた上での提案ですか?」
「閻魔様の話では大丈夫らしいわ。けれど、ねえ霊夢、あなたは博麗の巫女としての心を取り戻せるのかしら」
「………私、は」
「できないと困るのよ。でなければまた同じことが起きるかもしれない」
霊夢が克服しないと意味がない。そうでなければ紫が何度結界を修復しようとも同じことの繰り返しになる。
「でも、今までの私がどんな私だったのか分からない」
「それは違うぜ霊夢。変わっても変わらなくてもそいつは同じ人間だ。だから霊夢はいつもどおり巫女でいいんだぜ」
「なによそれ。それじゃ私が巫女しかしていないみたいじゃない」
「実際そうじゃないか。とゆうか巫女をしていない霊夢なんて気持ち悪くて想像できないぜ」
「気持ち悪いは余計。でも」
ふっと霊夢に笑みが戻る。
「確かに、魔理沙の言うとおりかもね」
彼女の笑顔を見て魔理沙が笑い、つられてアリスと文と椛も笑う。
霊夢が笑った。たったそれだけで場の空気が軽くなった。
「……それでどうします? フランドールさんに手伝ってもらうにしてもレミリアさんたちをなんとかして説得しなければなりません」
「霊夢が行くから大丈夫だろ」
「イヤよ。文、あんたが行きなさいよ」
「あんな避ける隙間もない弾幕に飛び込んだらいくらなんでも死にますよ」
「あら、面白い話をしているじゃない」
やってきたのは唯一戦いに参加していない輝夜だった。
そもそも彼女は術の維持で手一杯なのだから戦闘に加わりたくてもできなかったのだろうが。
「よお輝夜。そろそろ限界か?」
「馬鹿言わないで………と言いたいところだけどそろそろ弱音吐きたいわ。本当なら今すぐにでもあなたを殺したいところだけど―――――」
輝夜が言い終わる前に魔理沙と彼女の間にアリスたちがすばやく割り込んだ。
しかし輝夜は驚いた様子もなく、クスッと笑って。
「―――――暇を潰す相手が減っても困る、かしらね。正直なところどちらでもいいのよね、暇さえ潰せれば」
「案外やる気ないんだな。幻想郷がなくなったら消えるんだぞ?」
「別に。私の存在が無に帰すのならむしろ喜ばしいわ。ただ、うどんげや永琳まで消えてもらったら困るというだけよ。それに」
「……それに?」
「ここは幻想たちの最後の隠れ家。ここにいる時点で、消えようが消えまいが同じこと。亡霊嬢でさえ理解しているというのに、あの吸血鬼嬢にはそれが分からないのかしら」
袖で口元を隠しながら笑う輝夜。
幻想は、失われつつあるからこそ幻想。もしくはすでになくなっているからこその幻想。ならば今さら消滅しようがしまいが同じこと。
違うと言い切れるだろうか。幻想があるからこそ美しい、とは、本当にそうなのだろうか。
外の世界からすれば幻想はすでにないのだ。だからこそ消えていても、残っていても認識が変わることはない。
「で、レミリア止めてきてくれるんだろうな」
「そうね、もう時間もそんなにないことだからさっさと止めてくるわ」
時間がない割にはやたらのんびりとしながら説得は輝夜に頼み、魔理沙は空を見上げた。
やはり空は黒い。今すぐにでも雨が降りそうなほど風が吹いており、木々は世界の消滅するかもしれない危機に怯えていた。
「そういや紫の姿がないけどどこかしら」
「仕事ができたら現れるだろ。来ないかもしれないが」
「そうですね。あっ、どうやら上手く収まったようですよ」
文の言葉に一同が振り向くと、境内の騒ぎが止まっていた。
しかしフランはまだイライラしているのか攻撃の隙を窺っており、首謀者と思われる萃香からも不穏な空気と視線を感じる。
不安だったが話をしないわけにもいかないので魔理沙たちも境内へと移動した。
◆―――――少女説明中――――――◆
「……フランを使って騒動を収めるのはわかったわ。でもあの子がそれで納得するかしら」
真っ先に異論を唱えたのはレミリアだった。それはそうだろう、一番の不安要素を用いて解決するというのだから。
「いいや、フランならやってくれるって。なあ?」
「私があの雲を壊したら魔理沙は遊んでくれるの?」
「ああいくらでも遊んでやる。でもフランのおもちゃにはならないぜ」
「うん。じゃあ、私、やる」
方法そのものは単純だ。フランが雲を破壊し、霊夢が結界を修復する。
レミリアはフランの怒りが収まるならと魔理沙を攻撃することを止め、幽々子はどちらでもいいということで魔理沙の提案に応じた。
ただ、萃香だけは納得していなかった。
「私は反対だよ。そんな不確定要素に頼るぐらいなら魔理沙を潰したほうが確実で早い」
「この私の妹を侮辱するか、小鬼」
「邪険にしたり贔屓したり忙しいですねレミリアさん」
「茶々を入れるな天狗。で、フランじゃ不満な理由は説明してくれるんだろうな?」
「もちろん。まだ結界の揺らぎは止まっていない、これはつまり霊夢の心はまだ持ち直していないことを意味している。
そんな状態で結界が修復できるとは思えないよ」
結界が安定しないかぎり元通りにはならない。そんな萃香の言葉を受けて霊夢は辛そうに俯く。
まだ霊夢は自分を取り戻していない。けれど他に方法はない。
「だったら私の命を賭けるぜ」
「! 魔理沙!?」
「霊夢が時間ギリギリまで粘っても結界が直らなかったら私の命を奪えばいい。それならいいだろ?」
霊夢だけでなく全員が驚いた。
飄々と、何のためらいもない魔理沙の言葉に萃香は苛立ちを募らせた。
「……どういうこと? ふざけているの」
「私はいつだって大真面目だぜ。私はフランと霊夢なら絶対に成功させてくれるって確証がある。だから万が一なんて考えてない」
「ああそう。いいよ、ただし五分だけ。それ以上は待てない」
「わかった」
分の悪い賭けだ。たった五分で雲を消し、結界も直す。誰がどう見ても魔理沙の不利は明らかだった。
「何を考えているのよ、この馬鹿! 私が失敗したら死ぬのよ!?」
「なんだ、失敗するのか?」
「するかもしれないってことよ! なんであんたは自分の命を簡単に任せちゃうのよ!!」
「そいつは嘘だ。私は簡単に命を預けたりなんかしてない。霊夢なら当たり前みたいに成功するさ」
「そんなの……っ!!」
今の自分にはできない。霊夢がそう言おうとして止めたのを、魔理沙はなんとなくわかっていた。
霊夢は自信も、自身も見失っている。どうすれば以前のように振舞えるのか、そればかり考えている。
昔の、もしかしたら今の魔理沙みたいに必死な彼女の姿はとても小さく見える。
「大丈夫だって。もしやってみてダメなら無理だって言えばいいからさ。私に遠慮なんかすることはないぜ」
「でも……」
「魔理沙ー、もう雲の“目”を集めちゃったけど壊していい?」
魔理沙を呼んだフランの手には血走った不気味な眼球があった。あれが雲の壊れる“目”なのだろう。
「ほら、もう始まっちまうぜ。準備よろしく」
「できるわけ、ないわ。だって私はあなたの命を背負っているんだもの、簡単に言わないで」
「じゃあ幻想郷に住んでいるみんなの命を背負っていると思えばいいじゃないか。私一人に気が向かなくなるから楽だろ?」
「余計に重いわよ! あんた一人だけでも大変なのに、これ以上背負ってどうするのよ!」
「ははは。じゃあ頼んだぜ」
霊夢の集中を乱さないところまで離れる。
静寂が周囲を包み込んでからやがて、フランが目を潰す。すると空に広がっていた雲が引きちぎられたみたいに一斉に左右に広がって、すぐに消えて無くなった。
……空が、見えた。
満天の星の向こうにひび割れた結界があった。それを見つけた霊夢がすぐに結界の修復に取り掛かる。
不浄の霊力が空へと昇り、結界に触れる。傷口を塞ぐ血小板のようにそれらは修復箇所に向かい、覆う。
しかし傷は塞がらない。いや、霊力が覆っているために結界から雲が流れ出てくることはないのだが、ひび割れがまったく塞がらないのだ。
それもそのはず。一人で雲を抑えながら結界を修復しているのだ、そんな簡単にできるわけがない。
ダメかと誰もが落胆するなか、魔理沙だけは諦めていなかった。
「霊夢! 頑張れ!!」
声をかけても邪魔になることは彼女にも分かっていた。けれど、声をかけずにはいられなかったのだ。
「頑張れって、これ以上何を頑張れっていうのよ……!」
「できるよ、霊夢なら!! だってお前は―――――」
なぜなら霊夢は魔理沙にとって。
「お前は私の好敵手(ライバル)だろ!!!」
―――――かけがえのない親友だから。
だから、きっと霊夢ならできると信じている。
「何よ、それ」
霊夢の右手が上がる。
「……馬鹿なこと言わないで」
霊力が膨れ上がる。強く、大きく、彼女の手の平に集って。
「アンタ、私を誰だと思っているのよ」
バネに弾かれたみたいに一瞬で霊力が空へと駆け上がる。
そしてそれは天蓋にぶつかり、一瞬でひび割れを塞ぎ、光が雨となって地上へと降り注ぐ。同時に永夜の術も解け、結界は元の姿を取り戻す。
やっと。長い、長い一日が終わろうとしていた。
◆ エピローグ 朝の博麗神社 ◆
すべてが終わったあと、八雲紫が霊夢の元へとやってきた。
「全部、アンタの仕組んだとおり?」
「どうかしらね」
そう言って紫は答えをはぐらかしたが、しかし彼女の内心はかなり動揺していた。
(言えないわ、藍に結界の見回りを任せたあとしばらくしたら寝てしまったなんて……言ったら霊夢にふっとばされる……!!)
騒動が終わったあとで紫は藍に起こされて、急ぎ様子を見に来たが魔理沙は生きたままで霊夢も元通り。
否、“完全に”元通りではなかった。
結界は直った。霊夢もいつもどおり楽園の素敵な巫女として機能している。
ただ、紫の計算とは違うことが二つ。
ひとつは霊夢の心。他人の命の重みを知ったことが原因か、それとも単なる心境の変化かは不明だが以前より態度が柔らかくなった。
ひとつは魔理沙の影響力。彼女をどんな苦境でも助けてくれる者がいたこと、そして彼女の心に惹かれている者が多いこと。
魔理沙の人を惹きつける力が騒動を乗り越える強さとなり、彼女を助けた。騒動を仕組んだ本人としてはあまり喜ばしいことではないが、結果として良い方向になっているので気にはしていない。
紫とて魔理沙のことが嫌いなわけではない。ただひとつの解決策として魔理沙を消去するとしただけ。
フランドールの存在も考えてはいなかったが明らかに彼女を説得するだけの交渉素材が紫の手元になかった。
肝心のレミリアは姉としての信用が薄かったため、フランドールを魔理沙と戦わせることしかできなかった。
また閻魔の行動も予想外であった。部下を使い、魔理沙の近所であるアリスを助けに向かわせたことで魔理沙を遠くから助けた。
ただでさえ仕事が多いのに、というのは表向きで本心は彼女も魔理沙に惹かれた一人なのだろう。
「そういえばアンタのところの式神は見なかったわね。何をしていたの?」
「藍は他にひび割れている箇所がないか点検させていたわ。橙はレミリアたちの間をつなぐ連絡係ってところかしら」
「あっそ。で、この騒動を起こした張本人さんは優雅に昼寝ってわけか」
ドキッと紫の心臓が跳ねた。否、むしろ心臓を鷲づかみにされて全身が驚いたみたいな錯覚。
まずい、と紫は霊夢に悟られないように後ろ手でスキマを開く。
「な、なんのことかしら」
「幽々子があなたのところに妖夢を向かわせていたそうよ。それで、彼女の話だとあなたは寝ていたって言っていたわ」
「どうして妖夢が!? そもそもなんで幽々子は妖夢を私のところに来させたの!?」
「神社から帰る折に楽ができるように、ですって。いい友達じゃない」
「幽々子の馬鹿~!!!」
泣きながら背後のスキマへと飛び込む紫。しかし霊夢が黙って逃がすはずがなかった。
「色々と騒がせた罰、受けなさい!! 夢・想・天・生!!!!」
霊力を帯びた御札が次々とスキマ空間へと流れ込んでいき、それから空間の奥で悲鳴が聞こえた。
そして悲鳴がしてからしばらくしてスキマが閉じた。悲鳴が聞こえたかもしれないが、霊夢は聞こえなかったことにした。
「よう、霊夢」
「あら魔理沙、素敵な腕ね。どうかしたの?」
「アリスのやつに作ってもらったんだがなかなか面白いぜ。それに義手って重いんだ、試しに付けてみるか?」
「腕は二本で足りてるわ」
箒でやってきた魔理沙の左腕は、すでに再生不可能だった。
本人は特に問題ないと言っているがきっと不便だろう。使い慣れた、否、生まれてからずっとあるのが当たり前のものがないのだから。
奪ったのはフランだが元はといえば霊夢のせい。そして霊夢は魔理沙がなくした腕の代わりに何もできない。
でも魔理沙は気にしていない。むしろ霊夢のせいじゃないから気にするなと言った。
けれど霊夢にも負い目はある。だから、霊夢は魔理沙に言われたとおり気にしないことにした。
いつまでもイヤなことを引きずらず、以前の自分たちであり続けること。それが魔理沙に対するせめてものお詫びだった。
友達のような
好敵手のような。
家族のような。
あるいは、そのどれでもない素敵な関係として。
「そういえば萃香とは仲直りできた?」
「一応な。とりあえず今日は宴会だ、みんなで騒いで朝まで無礼講だ。倒れるまで飲むぜ」
「境内は見てのとおり使用不可能よ。どこで宴会するつもり?」
「地ならしすればいいじゃないか。萃香の巨大化で」
「余計に荒れるわよ。却下」
昨日の張り詰めていた空気はもうない。
暑い、暑い夏の幻想郷の一日。きっとあれは本物の蜃気楼だったのだろう。なぜなら幻想郷にいるすべての人妖たちが今までとまったく変わらない日々を過ごしているのだから。
蜃気楼は触れられない、でも触れればそれは現実になってしまう。だからみんな見ないフリをしているのだ。
それは嘘だって。そんな現実なんか知らないって、みんなで見てみぬフリをしている。その蜃気楼に映っている自分たちが嘘だから。
平和でいい。平和がいい。たったそれだけのこと。
とりあえず今日は魔理沙と飲み明かそうと決める霊夢であった。
………終わり。
霊夢はずっと考えていた。魔理沙を消去しないで解決させる方法を、この騒動を収める方法を。
結界の歪みを生んだのは自分の責任。強くいられなかった自分の所為。
だから魔理沙には何の罪もない。
(私にできること。私にしか、できないこと)
境内を見やる。そこには角を生やした少女、伊吹萃香が霊夢に背を向けてどこか遠くを見つめていた。
彼女は霊夢の監視役。霊夢がどこへ行ってもついていく、霊夢が魔理沙への手助けをしないように見張る役目。
もちろん神社から出て行くこと事態に制限はない。だが神社から出て行くことは魔理沙と敵対することを意味する。
(動けないのに何ができる? 今も魔理沙は追われているというのに)
今も魔理沙を追っている妖怪連中は皆、魔理沙を消さなければ幻想郷が保てないと思っている。
けれどそれは違う、魔理沙がいなくなっただけでは事態は沈静化しない。魔理沙がいなくなればきっと博麗霊夢はそのことに精神的な衝撃を受ける。
自分は自分、他人は他人。来るものは拒まないが去るものは追わない。どんなときも自己であり続けようとしていた。
だが、いつの間にか白黒の魔法使いが心の奥底に強烈な存在として入り込んでいた。
(すべて私のせい。私が、魔理沙に迷惑をかけている)
嬉しかった。でも同時に怖かった。いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろうかと。そして弱くなった自分がどんな影響を及ぼすかも怖かった。
その結果が今、目の前にある。
紫は言った。「人間は博麗の手によって守られ、博麗によって均衡を保たれる」。そして「魔理沙がいたら人間の心が博麗に集まらない」と。
守られるべき人間が博麗よりも、もしくは博麗と同じことをしてはならない。それがバランスを崩す要因になる。つまりはそういうこと。
そして出る杭は打たれる。霊夢がその杭を打たなければならない。
模倣はしてはならないのは幻想郷がひとつのシステムだから。もしも完璧に模倣するというのであれば模倣する対象を押しのけるしかない。
(このままじゃ本当に私が魔理沙を……。いいえ、そんなことはない。他に方法はあるはず)
逆にこうは考えられないだろうか。博麗の手によって人間が守られるべきなら魔理沙もその対象となり、霊夢には彼女を守る義務があるのではないか。
(そう、そうよ。何も魔理沙を消すことなんてない。私が魔理沙と接触する機会を失くすことができれば結界は元通りになる)
これがもし正しい答えなら。ついに霊夢はひとつの考えに至る。
(魔理沙を外の世界に逃がす。私の勘が正しければ魔理沙の幻想は結界を通るときに失われ、彼女は外で常識の存在として証明される)
なにも魔理沙を消すことはない。だったら外へ逃がしてしまえばいい。
そうなれば紫とて簡単には手を出さない。外の世界で人間を手に欠けることは彼女の望むところではないだろうし、何より再び幻想郷へ戻すのは騒動の主旨に反する。
そして今宵は満月、結界を越すにはちょうどいい。あとはタイミングだけ。
(魔理沙が来てすぐに結界へ向かわせるのは危険すぎる。紫だって馬鹿じゃない、すぐに妨害してくるに決まっている)
できるだけ自然に結界ギリギリまで魔理沙を誘導し、彼女を外へと飛ばすことができれば。しかしそれには障害が数多く存在する。
魔理沙を追っている妖怪たち、萃香、紫、そして何より博麗の巫女という自分の立場。
霊夢は神社から動けない。だから魔理沙には自力で博麗神社まで来てもらうしかない。
(レミリア、幽々子、輝夜。お願いだから魔理沙がここに来るまで事を終わらせないで)
心のなかで強く祈りながら彼女は自分を落ち着けようと茶を淹れる。
――――――彼女は信じた。何よりも自分と、魔理沙を。
◆ 博麗神社境内 17:07 ◆
境内ではひとりの少女が山の向こうへ沈んでいく夕陽を眺めていた。
「もうじき夜になる」
伊吹萃香。忘れられた小さな鬼である彼女は悲しげに呟いた。
「まだ魔理沙は生きている。本当にしつこい、ここまでしつこいとは思ってもいなかった」
彼女は感じ取っていた。幻想郷で起きているこの騒動を。
霧雨魔理沙を消去することで幻想郷を守るという荒唐無稽な騒動を憂いながら、萃香は神社へと振り返る。
神社のなかでは霊夢が静かに茶を飲んでいた。しかし彼女はひどく悩んでいるのか暗い面持ちで俯いていた。
「……かわいそうな霊夢、誰にも心を許すことができない寂しい巫女。心が揺らいだのは自分の所為なのに罪は他人になりつけられようとしている」
誰にもなびかない。誰とも深く関わらない。
守る心とは拒絶の力であり結界である。彼女の持つ常識の結界は他人の常識を拒絶し、自らを非常識として認知させる。
だから強く、そして人を惹きつける。その存在の非常識ゆえに。
しかし結界は揺らいだ、霧雨魔理沙というたった一人の人間が霊夢の心を揺らした。
節介を焼く。心配する。それはやがて相手を友達として強く、強く意識させるきっかけになる。そうやって長い時間をかけて霊夢の心のなかに魔理沙の居場所が出来上がった。
本来なら微笑ましいその現象は幻想郷を維持する博麗の巫女にとって致命的だった。
―――――だから、八雲紫が動いた。
「霊夢の罪を霊夢自身が切り捨てる。なんて非情な運命、永久の理想郷であるために大切になりかけたものを死に追いやるなんて」
境界に棲む紫だからこそ察知したのだろう。霊夢の心のなかで、魔理沙の存在が一定の境界を越えたことを。
朝、霊夢は紫が現れたことが「前兆」であるとした。それは魔理沙に対してではなく自分に対して向けた言葉だったのだ。
霊夢のなかで誰かが境界を越えた、ゆえに博麗大結界に変化が現れた。その修正のために何かが起こる、その前兆として。
「でも大丈夫だよ霊夢。霊夢は私が守る。霊夢は私の大切な友人なんだから」
決意を秘めた瞳が遠い山に沈んでいく夕陽を眺める。
「………ん?」
羽のはためく音を聞き、萃香は思考を中断して空を仰いだ。
そこには―――――。
「どうもどうも」
「アンタか、天狗」
―――――魔理沙とともに守矢神社にいるはずの射命丸文がいた。
「“監視”のくせに持ち場を離れてもいいのか?」
「魔理沙さんは熟睡していますから何の問題ありませんよ。それに記事にするには被害者と加害者、両方の視点があったほうが面白いですからね」
「ああそう」
心底関心がなさそうに声だけ返事をする萃香。
彼女、文は妖怪の山からの協力者だが傍観者として直接介入することはないということで協力してきている。
しかし萃香からして見れば彼女もよく分からない人間のひとり。記事にするなら黙って見ていればいいのに、どうしてわざわざ協力を申し出てきたりしたのか。
「そういえばアンタさ、魔理沙を助けたんだってね」
「これはまた随分と耳の早いことで」
「紫に言っておいたのさ。アンタから目を離すなってね。で、なんで助けた?」
「禅宗の僧侶に弟子入りした天狗の話を知っていますか? それと同じで私は魔理沙さんの人徳に惚れ込んでいるんです。だから助けたのです」
意味ありげなウインクをして文は飄々と笑った。
ふざけやがって、と萃香は心のなかで毒づいて不快を露わにする。
「……待て。じゃあアンタが監視を引き受けたのは魔理沙を見守るためか」
「そんな大層なものではないですけどね。人を惹きつけるのは何も霊夢さんの特権ではないということですよ」
「裏切ったくせに堂々としやがって。なら、それなりの覚悟はできているんだな」
萃香の周囲に濃密な妖気が発生する。ギリ、と強く歯を噛んだ音がする。
―――――裏切り者には相応の罰を。
硬く握り締められた鬼の拳が制裁をと叫ぶ。
魔理沙が生きていられた理由、魔理沙を生かす運命の連鎖。
どんなに万全を期していても必ず綻びは生まれる。八雲紫の言った因果律は、彼女の知らないところで牙を剥いていた。
このままでは魔理沙が生き延びてしまう。霊夢が行ったとしても間に合わないかもしれない。
(そんなことがあってたまるものか)
幻想郷を、なによりも大好きな霊夢を守る。そのために萃香は修羅となる。
「今ならまだ間に合うぞ、道化。もう一度私たちに協力すると誓え」
「嫌だと言ったらどうします?」
「……そう。ならば死よりも怖い百鬼夜行、その目に焼き付けるがいい!!!」
本気の弾幕ごっこが始まる。
天狗と鬼、どちらかが倒れるまで。
◆ 守矢神社 17:10 ◆
地を揺るがすほどの轟音に彼女は目を覚ました。
「な、なんだぁ!?」
布団を跳ね除け、左腕の痛みを堪えながら服を着替え、魔理沙は外に飛び出した。
境内にはすでに早苗がいて、音がしたらしい方向を見ていた。
「早苗、さっきの音はなんだったんだ?」
「誰かが派手な弾幕ごっこをしているのよ、ホラ」
早苗が指差した方角の空、まるで天へと昇る龍と見紛うほどすさまじい竜巻と爆音とともに咲く花が見られた。
魔理沙にはわかった、今見えている弾幕がただの弾幕ごっこではないことが。
そして弾幕が行われている方角には博麗神社があるということも。
「今からちょっと博麗神社に行ってくる」
「魔力もすっからかんの状態でどうするつもり。まさか走っていくの?」
「走るさ、麓まで全速力で」
「妖怪に襲われたら?」
「全速力で逃げる」
「常に全速力じゃない。というか博麗神社まで体力が持つはずないでしょ、普通に考えて」
「とにかく急ぐんだ!! いいから邪魔するな!」
早苗の横をすり抜けていく魔理沙。
そのとき、誰かが神社に向かって走ってきた。
やってきた誰かは天狗の衣装を纏い、剣と盾を持った見覚えのある姿をしていた。
「あれは……椛さん? どうしたんですか、そんなに慌てて」
駆け寄ってきた白狼天狗に声をかける早苗。椛は息を荒くしながらも早苗に尋ねる。
「文さんを、文さんを見かけませんでしたか!?」
「え、文さんですか? さっきまでいましたけど、博麗神社に行くって言っていましたよ。どんな用があるのかは聞けませんでしたけど」
またしても博麗神社。後ろから聞こえた声に、魔理沙は階段を下りようとする足を止めた。
そして早苗たちのところまで戻り、椛に頭を下げた。
「なあ、わんこ。私を神社まで乗せていってくれないか。お前は文に用がある、私は霊夢に用がある。目的は一致しているはずだぜ」
これは何かの運命なのか、それとも偶然なのか。魔力も尽きて飛ぶこともできない魔理沙のところへとタイミングよく転がり込んできた椛。神社で弾幕ごっこが行われているのとときに行方の知れない文。
何もかもが上手く行き過ぎている。だからといって魔理沙は歩みを止めるわけにはいかなかった。
何もできない自分にもこの騒動の結末を見る権利はある。そして騒動の発端と目的を知る必要がある。
それが危険な道だとしても、行かずにはいられない。
「……わかりました、協力します。あと私は犬ではなく狼です」
「わかったわかった。じゃあ行ってくるから、フランのことは頼むな」
「任せて、とは言えないけど努力はしてみるわ」
早苗の返事に魔理沙は強く頷き、行こう、と椛に声をかけると彼女は強靭な脚力で空へと跳んだ。
目では終えぬ疾風のごとき駿足で、瞬く間に早苗からは見えなくなった。
まだ、遠くの轟音は鳴り止まない。
◆ 博麗神社 17:15 ◆
――――戦いは一方的なものだった。
「天狗ごときが鬼に敵うわけがない、巨大な岩をそよ風などで動かせないのと同じさ。さっさと諦めて地に頭擦りつけて無様に謝りな」
どんなに風に当たっても鬼の体は微動だしない。それどころか己が身で風を押しのけて天狗を襲おうと怪力を振るってくる。
文はただ風を操って萃香の動きを遅くして攻撃をかわすしかなかった。
(攻撃に転じても効果がない。防御に回っても埒があかない。これでは八方塞ですね)
攻撃が攻撃にならない。このままではいずれ押し切られるしかない、文は内心焦りを感じ始めていた。
(かといって鬼に接近戦を挑むのはあまりにも無謀、それに岩のごとく頑丈な彼女には効果も薄い。童子切安綱でもあれば話は別でしょうが)
空を飛んで萃香と一定の距離を保ちながら文は勝つための手段を模索する。
弾幕ごっこであれば素直にあちらも負けを認めてくれるだろうが、今回ばかりはそうはいかない。
だが、彼女にとって欲しいのは勝利ではなく終わりだった。
「あと数十分、それだけ稼げば………!!」
この騒動の終わりはすでに近い。なぜなら萃香自身がそれを明かしたから。
妖怪たちの会合が行われたときに蓬莱山輝夜の手によって十時ごろに急遽、永夜の術がかけられることになった。
答えは単純。騒動によって霊夢の心に余計な負担がかかり、そのために結界の強度がさらに弱まったからだ。
よってレミリアの再予測により、限界時刻は20時と見直されたという。
しかし永夜の術は止めた時間が反動となって現れ、そして何より時間内に魔理沙がいなくならなければ意味がない。
現状の結界は十時ごろの強度を保っているが術が解けたらどうなるかは分からない。
「しつこいね、いい加減に地面に叩き落してやる!!」
一際高く萃香が飛翔する。そして文の頭上から弾幕を展開し、自身も肉弾戦を仕掛けてくる。
「そう簡単に当たるものですか!」
左右にかわして、さらに萃香の攻撃も文は避ける。そして再び距離をとって風を起こす。
できることなら萃香を行動不能にして、魔理沙のところへ戻りたいところだったが思うようにいかない。
萃香を止めているだけでは魔理沙は救えない。こうしている間にも他の妖怪が魔理沙を探しているかもしれない。
(しかし解せないのは霊夢さんの行動。騒動が起きてから彼女が動いたという情報をなかった)
そして文が戦っている間も霊夢に動きはなく、外から見たかぎり神社内に彼女の姿は見られない。これはいったいどういうことか。
(確かに霊夢さんの霊力を感じるのに。ここにいることは間違いないけれどいったいどこ、に……?)
萃香から逃げながら慎重に神社周辺へと視線を走らせる文。
――――――と、木々の陰に見覚えのある紅白を見つけた。
(あれは……!! なるほど、そういうことですか。確かに事態を収拾させるならそれが一番。時間切れの場合“アレ”の対処ができませんし、ここは霊夢さんの考えに従いましょう)
巫女の行動を理解したうえで文はその場所から離れ、萃香に自分が気づいたことを悟られぬように弾幕を放つ。
もちろん効果がないのは承知のうえ。目的はあくまで彼女の気を逸らすこと。
時間を稼ぐこともひとつの手段。だが巫女の方法であればすぐにでも解決するであろう。
「ちょこざいな!! うろちょろされると目障りだよ!!!」
「この程度の風で目障りとはね。ならば視界をも覆う天狗の神風、あなたの目にどう映るのかしら!?」
無謀とは之、無策と同意也。
しかし文には時間さえ稼げば霊夢が何とかしてくれるという確信があった。だから彼女は全力で萃香と戦う、それが敗北の見えた戦いだとしても。
すべてを飲み込む竜巻と夜を脅かす鬼の炎。極限の衝突は終幕へと向かいつつあった。
◆ 魔法の森 19:18 ◆
魔理沙を乗せた椛は枝から枝へと飛び移りながら森のなかを疾走していた。
「すごいな、もうすぐ博麗神社に着きそうじゃないか。ところでわんこ、やけに道に詳しいな?」
「私の能力は千里先まで見通す程度。すべての道は暇つぶしで覚えてしまいました。あと犬ではなく狼です」
「遠くが見えるって便利だよな。今度そういう薬を作ってみようかな」
陸路と空路。この二つでより安全なのはどちらだろうか。
陸には障害物が多く存在する。そのため直線に移動することができず、時には思わぬ遠回りをすることもある。一方の空には障害物がほとんどなく、軌道が常に直線であるため非常に早く目的地にたどり着く。
だが発見される危険を考慮するのであれば圧倒的に陸を選ぶであろう。空には隠れる場所がないが、陸ならば生い茂る木々や森が隠れ蓑となるからだ。
「遠くが見えてもいいことなんてあまりないです。自分の足元が見えないうちに遠くを見ようとしたら石につまずいてしまいますから」
「案外ドジっ子なんだな。私だったらそんなことにはならないぜ、足がつまずく前に蹴り飛ばす」
隠れる理由は恐れるからではない。本当の理由は相手が障害物だからだ。
意思を持った障害物ほど避けにくいものはない。こと幻想郷において弾幕を張る相手ほど無視できないものはない。
空を飛ぶ人間を見れば妖怪もちょっかいを出す。今に限っては魔理沙を狙って妖怪が襲い掛かる。人が空を飛び、弾幕を撃ち合う世界だからこそ生まれる障害物。
ゆえに地上を歩けば滅多なことがないかぎり襲われることはない。さらに隠れてしまえば発見される可能性はさらに低くなるということだ。
「文さんも同じことを言っていました。『私なら足がつまづく前に吹き飛ばす』って」
「いいや、違うな。私は自分の足で蹴り飛ばすがあいつは風を起こして吹き飛ばす。私は文みたいに他人の背中を押して傍観しているようなやつじゃないぜ」
「それこそ違います」
椛の声のトーンがわずかに下がった。魔理沙はそれだけで彼女が怒っているらしいというのがなんとなく分かってしまった。
「文さんはそんな無責任な人じゃない。あの人の起こす風は赤ん坊を眠らせる揺籃みたいに優しいんです」
「アリスを襲えとか、あやうく新聞のネタにされそうになったがなぁ」
「それはきっと………魔理沙さんを、記事にしたかったの、だと」
「じゃあやっぱり合っているんじゃないか。いや、違っているのか。私からすれば合っているがわんこにしてみれば違うわけだし」
日本語って難しいな、と魔理沙は顔を上げて流れる木々の隙間から空の様子を覗く。
空は曇天。黒く分厚い雲が覆いつくし、心なしか風もジメジメとしてきた気がする。
「空に誰かいますか?」
わずかに魔理沙のほうを見て、椛が尋ねてきた。
「いんや、今のところは」
「そうですか。後方は見えないので、誰かが追ってきたら言ってください。速度を上げます」
「あー、なるほど。前方の様子を見て妖怪がいないルートを走っているわけだ。やっぱり遠くが見えると便利だな」
空から逃げる椛を見つけることは難しいだろう。彼女にしてみればすべての行動が見えており、見られている相手は行動の全部が筒抜けなのだから。
千里先から見ている椛を肉眼、あるいは気配(察知できるかどうかは疑わしいもの)で捉えることは非常に難しい。
さらに椛は俊足、彼女には鬼ごっこで勝つための要素がすべて揃っている。
別に鬼ごっこをしているわけではない。しかし逃げる側であることは事実であり、逃げ切っていることもまた事実。
鬼ごっこの面子には誘いたくないやつだな、と魔理沙は冗談半分で思いながら再び視線を地上に戻す。
神社には再び巨大な竜巻が出現していた。
さきほど守矢神社で見かけたときの比ではない。土や塵を巻き上げ、周囲の木々を薙ぎ倒し、触れるすべてを両断する無慈悲な刃の塔。
やはりただの弾幕ごっこではない。そしてあの竜巻を作っているのは文に違いない。
神社では何が起こっているのだろうか。思わず息を呑んだ魔理沙は周りの風景が過ぎ去っていくのがさっきまでよりも早いことに気が付く。
椛も、きっと同じことを考えているのだろう。神社には文がいて、そして誰かと危険な戦いを繰り広げていることを。
「―――――急ごう」
椛から言葉は返ってこない。
代わりに、彼女の足はさらに早く神社へ向かっていた。
◆ 守矢神社 同刻 ◆
守矢神社から竜巻を眺めていた早苗のもとへ近づく影があった。
「こんばんは。ちょっといいかしら」
「あ、咲夜さん。なんでしょう」
魔理沙を追っていたうちの一人、咲夜だった。
「お嬢様の妹がここにいると思うのだけれど」
「フランドールさんですか? 確かにいますけど……でもどうしてここだと?」
「妹様の魔力の残り香を辿って、ね。お嬢様が心配なさっていたから探していたのよ。その様子だと無事なのね?」
「ええ。案内しましょうか?」
「お願いするわ」
早苗は咲夜とともにフランドールが寝ている部屋へと向かう。
その途中、早苗は咲夜に質問をした。
「失礼なことを聞きますがいつもの咲夜さんですね」
「本当に失礼ね。でもそれがどうかした?」
「魔理沙が咲夜さんに殺されそうになった、と言っていたのでもっと目が血走っているんじゃないと思っていました」
「それにしては平然としているのね。自分も襲われるとか考えないの?」
「………あ」
「思っていなかったのね。まあ襲う気はないから安心しなさい、魔理沙しか狙っていないから」
淡々と恐ろしいことを告げる咲夜を怖いと思いながら、早苗は廊下を歩いていく。
廊下が長い所為か、沈黙の間が怖くなった早苗は慌てて違う話題を振った。
「そっ、そういえば曇っていますね、空」
「そうね。けどそのおかげでお嬢様に日傘を差し出す必要がなくなったのだけれど。少し寂しいわ」
ふぅとため息をつく彼女を見ていて早苗は「あれ?」と違和感を覚えた。
雲は、パチュリーが広げたもののはず。それならばわざわざ“そのおかげで~”などとまるで他人の行いを指すような言い方はしないはず。
パチュリーは客人というよりは身内に近いはず。ならば普通はパチュリーの名前が出てきてしかるべき場面のはず。
疑問に思った早苗は少しためらってから思い切ってそのことを咲夜に尋ねた。
「咲夜さん。その……あの雲ってパチュリーさんが広げたものでは?」
「パチュリー様が? まさか。パチュリー様なら魔理沙を追いかけたときの無理が祟って今もお休み中のはずよ。あれは自然にできた雲じゃないの?」
「……え? でも魔理沙さんがフランドールさんと戦ったときは彼女の上に雲が広がっていたって言っていましたよ」
「そうなの? おかしいわね、どういうことかしら」
二人して考えながら廊下を歩いていると、やがてフランのいる寝室の前に着いた。
「あ、ここです。ここにフランドールさんが」
「そう、ありがとう。……妹様? 咲夜です、お迎えにあがりました」
声をかけてから咲夜が障子を開ける。
ところが部屋には誰もおらず、ただ放り投げられたみたいに剥がされた毛布と布団だけが残っていた。
「あら? 誰もいないじゃない。もしかして別の部屋じゃないの」
「そんなまさか……」
「あの吸血鬼ならいないよ」
廊下から聞こえた声に二人が振り返ると、そこには諏訪子が立っていた。
「……どういうことか説明してもらえる?」
「誤解はしないで、彼女は死んだわけじゃない。
じゃあ一体どこに? その答えをあなたはすでに見ているはず。なぜならそれは彼女には似つかわしくない故にわかりにくいものだから」
「それはいつ?」
「昨日だったかもしれないし、さっきだったかもしれない。
でも彼女は吸血鬼、探すのは気配ではなく血の匂い。さすがの悪魔の犬も乾いた血の匂いまでは追えないでしょう?」
「だから、その答えは何」
神様の言い回しにイライラしたのか、咲夜の口調が鋭くなる。
しかし諏訪子はまったく気にした様子もなくその答えにつながるヒントを言った。
「怪我をしたのは誰? 怪我をさせたのは誰? 必要なのは想像力とその想像を百八十度回転させることができる柔軟性。
ここにいる意味を理解できていれば私に聞かなくても分かるはず」
「そんなこと、ここへ来たばかりの私にわかるはずないじゃない」
「わかるわよ。あなたは誰を追ってここへ来た? その誰かは誰といた? それだけで十分じゃない」
しばし咲夜は思考する。だが彼女よりも先に早苗が口を出した。
「諏訪子さま、それって………」
「なんで早苗が答えちゃうのよう。まあいいわ、答えは魔理沙なの。魔理沙に怪我を負わせた吸血鬼は再び彼女を追った。血の匂いを辿って」
「なんだ、そういうこと。だったら問題ないわね。途中でお嬢様が魔理沙を待ち構えているからきっと妹様と合流なさるわ」
じゃあ、と咲夜は廊下へ出ると空へと飛び上がる。心配事がなくなった、と彼女の背中が語っていた。
ところが諏訪子は笑う。それは憎たらしいほど満面の笑顔で、隠しごとを自慢する子どもみたいに口の端をつりあげていた。
奇妙に思った早苗は諏訪子に尋ねる。
「諏訪子さま、まだ何か?」
「ん~? 別に。普段から見慣れていると当たり前のことを忘れてしまうものなのね、と思っただけ」
「?」
「そんなことより早苗、アリス見なかった? せっかくだから何か面白い人形でも見せてもらおうと思ったんだけど」
「あれ? そういえば……」
二人はアリスを探したが、神社のどこにも彼女の姿はなかった。
◆ 博麗神社 17:30 霊夢 ◆
幾重にも重なった風の壁が飛んできた岩を両断、一瞬にして塵にする。
豪風、巨岩を断つ。霊夢はその光景を神社端から見ていた。
「文……」
彼女は気づいていた。文が、霊夢のいる場所に気づいたことを。
先程とは圧倒的に弾幕の密度が違う。戦い方も、鬼である萃香から逃げるような撃ち方から必死な攻めに変わっている。
だが、鬼と天狗では霊的な格の違いが存在する。こと修験において鬼の格は天狗の上位に位置する。ゆえに一定のルールなしでは天狗の敗北は決まっている。
ではなぜ負けの見えた戦いに、文は全力で抗おうとしているのか。
否、抗っているのではない。これは時間稼ぎの戦い。負けるからこそ一分、一秒でも長く相手を自分に引きつける戦い。
ペース配分をする暇はない。なぜなら文は相手よりも下位、常に全力をもって対抗しなければ防ぐことは敵わない。
もちろん牽制を全力で振り払うほど文も馬鹿ではない。相手の攻撃の威力を感覚で計り、それを少し上回る力で相殺する。
「ありがとう、あなたのおかげで穴は完成した」
外の世界へ抜けるための穴。魔理沙を逃がすための通路。
文が萃香の目を引きつけていたおかげで完成したのだが、これだけでは魔理沙を逃がすには至らない。
「魔理沙、早く……時間がない」
霊夢は文と萃香が戦う、その向こう側へと目をやる。
魔理沙はまだ来ない。むしろレミリアたちが待ち構えているのに無事に神社へ来られるはずがない。
もし、ここへ来られるとしたらそれはどれほどの幸運か。
「霊夢っ!!!」
それとも、運命を覆すほどの悪運か。
◆ 博麗神社 19:34 魔理沙 ◆
境内に着くと、そこでは鬼と天狗が熾烈な戦いを繰り広げている最中だった。
境内の石畳は剥がれ、周囲の木々は吹き飛ばされた惨状のなかで魔理沙は霊夢の姿を見つけ、思わず叫んでしまった。
「霊夢っ!!!」
叫んだ声に反応したのは奥にいる霊夢だけではなく、境内で戦っていた二人の妖怪も魔理沙に気づいた。
「魔理沙!? そんなっ、レミリアたちは!?」
「レミリア? いや、会ってないぜ。わんこは見ていたかもしれないが」
とんっ、と軽やかに椛の背から降りて魔理沙は萃香を見上げた。
空から見下ろしてくる萃香の表情は殺意に満ち溢れていた。普段の陽気さなど微塵も感じられない。
敵意と殺意の違いは経験、もしくは程度。だが常識外れた妖怪の敵意は殺意とほぼ同意に近い。それでも萃香は弾幕ごっこで今のような迫力を表に出すことはなかった。
「文さん!! ご無事ですか!?」
「椛? ……なるほど。これは思いがけない幸運でしたね、魔理沙さん。しかしこれで準備は整ったわけですね」
「準備?」
「さ、早く霊夢さんのところへ。私が萃香さんの相手をしている間に」
訳が分からないと首を傾げる魔理沙だったが、文はお構いなしに萃香と対峙する。萃香も文を無視することができないのか、今すぐには魔理沙を追ってこないようだ。
とにかく文に言われたとおり霊夢のところへと向かう。
そこには灰色の渦を巻いた穴があった。空間の穴からは風が吹き出ていて、どことなく幻想郷とは違う空気を感じた。
「魔理沙……」
「朝ぶりだな、霊夢。なんだか数日ぐらい会ってない気がするぜ」
「気分も最速だからそんな気がするだけよ。それよりも」
「何よりも?」
「早く、この穴を通って外の世界へ逃げて。迷惑をかけた私にはこれぐらいしかできない」
予想していなかった言葉に魔理沙は硬直してしまった。
静かに、諭すように霊夢は言葉を続ける。
「よく聞いて魔理沙。あの雲はただの自然現象でもなければパチュリーの発生させた雲でもない。
あれは幻想を覆い尽くす雲。幻想を削る雨をもたらすもの。
やがてあれは幻想の土地を覆い、すべてを溶かしていく。あれは結界の隙間から出てきた外の世界の毒であり、概念そのものなの。
だから私にはどうすることもできない」
侵す毒。溶ける毒。毒とはすなわち呪いそのもの。
人が忘れたものは戻らない、そして忘れられたものが戻ってくることはない。そういう類の呪い。
忘れた記憶はきっかけを与えないかぎり戻ってこない。けれど自分から忘れた記憶はきっかけすら与えられない。
だから戻らない。逆にその忘れたものを失くそうとする。だから毒が用いられる。
「なんでだよ? マスタースパークで簡単に穴が空いたぞ? 霊夢どころか誰にだってできるんじゃあ……」
「そんなことしたって柳に風よ。あれは壊れないし無くなりもしない。
それに無くなったところで結界が揺らいでいるかぎり、ずっとあれは幻想郷へと入り続ける」
「そんな……」
「だから魔理沙、あなたを外へ逃がすわ」
思ってもいない言葉に魔理沙は目を大きくして霊夢を見た。彼女は本気だった。冗談など微塵もない、何か強い覚悟を秘めた目をしていた。
おそらく穴は外の世界へと通じているのだろう。
それから霊夢は魔理沙へと振り向いて言った。
「この穴を通れば外に出られる。あなたは狙われなくてもよくなるわ」
「外って………あの雲を放っておいて逃げろっていうのか!?」
「でもここにいれば確実に殺される。それでもいいの?」
「だからって、お前を放ってなんかいけるかよ!!」
生まれ育ってきた幻想郷を離れろ、なんて話は聞きたくなかった。確かに外の世界への興味はある。でも見に行ってみたいと思ったことは一度もなかった。
この幻想郷に生まれたのだから、どんなことがあっても離れたくない。自分の歴史がない世界などただの地獄だから。
それに命の危機だからといって外へ逃げる気も魔理沙にはない。
「ごめん、アンタの意見は聞けない」
しかし無慈悲にも霊夢の手は魔理沙を穴へと突き飛ばす。
「れ―――――」
「さよなら魔理沙。もう会えなくなると思うと、少し、寂しいわ」
悲しげに手を振る霊夢に、魔理沙は自分のなかに苛立ちを感じた。
……勝手なことを言うな。
穴に落ちるつもりなんてないとばかりに霊夢へと手を伸ばし、穴に体が飲み込まれようとした――――――そのとき。
「往け、神槍」
遠くからざらついたノイズが耳に届いた。
―――魔理沙の左目に、紅い点が映し出される。それは見る者を萎縮させ、必ず主の下へと帰還する神の槍、グングニル。
まずい、と身を捩ろうとするが突き飛ばされた身では思うように動かない。
どうすることもできないまま槍が迫り。
「あ………!!」
魔理沙の背後にあった穴が粉々に砕け散った。
霊夢の魔力で作られたそれは別の魔力に触れたことによって歪み、自ら崩壊したのだ。
そして穴へと吸い込まれそうになった魔理沙は受け皿を失い、背中から地面に倒れた。
「っ、いっつ~……。今の、レミリアのスペルか?」
「そのとおり」
境内の向こうの鳥居に紅く小さい悪魔が立っていた。さらには蓬莱の月の姫、美しき亡霊が顔をそろえていた。
宴会だったならばおかしくない光景だったが、状況が状況だけに笑うことができなかった。
肩を押しつけられているような威圧感。足を釘で打ちつけられているような。ただひとつ確かなことは動くことも容易ではないということ。
「まさかすでに来ているとはね。手間をかけさせる」
「こっちが勝手に到着していたんだから手間はかけさせていないぜ」
「時間があるときは手間をかけてもいい。でも今は時間がない。霊夢からすでに聞いているでしょう? あれは幻想を削るわ」
幽々子の扇子が空を指す。そこには変わらず黒く厚い雲が広がり続けていた。
「ちょっと……術を維持したまま移動するのも楽じゃないのよ、さっさといなくなれ」
「は? 何のことだ?」
疲労困憊といった感じで魔理沙を睨みつけたのは輝夜。
術、と言っているが一体何を指しているのかわかっていない魔理沙だったが、すぐにレミリアが説明を付け足した。
「いつぞやの永夜の術の特殊版よ。結界の強度を午前十時のものに限定させて維持している。雲そのものの流出は止まっていないけれど、この引きこもりのおかげでまだ幻想郷に毒の雨は降っていない」
「じゃあ輝夜がもうちょっと頑張ればいいじゃないか。この異変が解決するまで」
「………アンタが死ねば解決よ?」
さすがに冗談が過ぎたのか、輝夜の殺気が増した。
口八丁で折れてくれるような雰囲気ではない。これは魔理沙がいなくならなければ意味がないのだ。
「なあ、一応聞くけど本を返さないとかそういう理由で殺されるんじゃないよな、私?」
「当然。そんなことで殺すほど私たちも心の狭い人間じゃないわ」
「妖怪じゃないか。お前は亡霊だが」
「元人間も人間よ。そのついでだけど貴女も亡霊になってみない? まあ、閻魔様の裁きで速攻地獄行きだけどね」
殺されることが前提。外へいなくなることは許さない。
むしろそのおかげで救われたのだが。
「さあ、そろそろ終わらせましょうか。あまり長引いても霊夢の心に良くないでしょうし」
「霊夢の?」
「あなたが強く、そして近くなりすぎた所為。霊夢はあなたを強く意識するようになり、博麗の巫女としての心が揺らいだ。その揺らぎが結界に直結した。分かる?」
霊夢の心が揺らいだ、だから結界に変化が生じた。それはわかる。
でも魔理沙は自分のせいで霊夢の心が揺らいだ、その意味がわからなかった。自分は何もしていないのに、どうしてそんなことになったのか分からない。
霊夢に振り向いてもなぜか彼女は魔理沙と顔を合わせてはくれない。
「そうか。じゃあ紫とか呼んで結界を直せばなんとかなるじゃないか」
「本当にそれで終わると思う? 紫にもできないことはある。結界を埋めることはできても雲はスキマさえ溶かしてしまう」
「……なあ、それって私がいなくなったとしても雲は残るんじゃないか?」
「そのとおり。だが少なくとも結界は元通りになる。これ以上に何か言葉が必要か?」
レミリアたちが迫る。槍を、枝を、あるいは蝶を従えて。
「霊夢、さっきのことは不問にしてあげるわ。だから邪魔はしないで頂戴。あなただって他に手段がないことぐらい分かっているでしょう」
「……レミリア、魔理沙は」
「わかっているよ。それでも霊夢以上に優先するものなんてないよ」
レミリアの言葉を受けて霊夢は悲しそうに俯く。
(……異変を起こしているのは霊夢じゃない)
魔理沙のなかでひとつの確信が生まれつつあった。霊夢の心がどうとか、結界にできた穴とかはこの際、後回しでいい。
――――雲。幻想郷を覆い始めている雲を失くせばなんとなる。
だとしてもどうやって雲を消滅させる? 時間もない、助けもない。この状態でいったい何ができる?
「どうやら形勢逆転のようだねえ、天狗? さっきは私を足止めしようとしていたみたいだが、今は足止めされているなんて滑稽だわ」
「くっ……」
上空では萃香と文がいまだ戦闘を続けている。だが文は霊夢が穴を作るための時間稼ぎのために全力を出していたため疲労が窺えた。
魔力のない魔理沙に抗う手段はない。逃げ出すこともできない。考えを口にしたところでそれを受け入れてもらえるはずもない。
「これでチェックメイト。もう逃げ場はないよ」
何か、もっと何か方法はないのか。魔理沙はレミリアたちとの距離を保つため、後ろに後ずさりながら考えを巡らせる。
「じゃあ雲を消せばいいのよね」
レミリアたち以外の声。それは鳥居の向こうからやってきた。
アリスとフランドール。二人は殺意に満ちた神社に悠々と踏み入ってきた。
「アリス……!? それにフランじゃないか、一体どうして」
「どうしたじゃないわよ。この子に事情を聞いてみればとんでもないことになってるじゃない。何か様子がおかしいと思ったけど、どいつもこいつも頭がおかしいわ」
「……人形遣い、それはどういう意味かしら」
レミリアの紅い瞳がアリスに向けられる。
一触即発の空気のなか、言葉を発したのは二人のどちらでもなくフランだった。
「お姉様。魔理沙を殺すの? おかしいわ、お姉様は私に魔理沙と好きなだけ遊んでいいって約束したわ」
空気が揺れた。比喩ではなく、まるで地震のように空気そのものが揺れて神社にいる全員の体に戦慄が奔った。
そう、フランが魔理沙と霧の湖上空で対峙したとき。
『お姉様が魔理沙を使って好きなだけ弾幕ごっこしてもいいって言ってくれたの』
今のレミリアは魔理沙を消そうとしている。つまり、フランとの約束を違えている。
殺気が満ちていたレミリアの顔に焦りが生まれる。そして彼女の表情を見なくとも誰もが危険と感じていた。
フランの周囲に高密度の魔力が集約されていく。
「ふ、フラン……? これには理由があってね……?」
「嘘吐き。お姉様なんて大嫌いだわ。だからお姉様も、私から魔理沙を奪おうとしているあなたたちもみんな――――――」
――――――みんな、壊れちゃえ。
それは無意識の呪詛だった。フランの瞳がうっすらと輝いた瞬間、神社の境内が空に向かって爆ぜ、土が舞い上がった。
「くっ、この時間が惜しいときに!!」
「レミリア嬢、彼女を抑えるわ。異論はないわね?」
「これじゃあ魔理沙を消すどころじゃないよ、まったく!!」
もはや魔理沙どころではなかった。レミリアだけではなく幽々子と萃香もフランへと攻撃を開始した。
吸血鬼特有の再生能力と姉をも凌ぐ破壊力をあわせ持つフランドールには、幻想郷で上位に君臨する妖怪たちも無視ができないのだろう。
そんな光景を遠くから見ていた魔理沙と霊夢のところにアリスが余裕で歩み寄ってきた。
「危ないところだったわね」
「お前、本当タイミングよく現れるな。ストーカーか?」
「失礼ね、情報源くらいちゃんとあるわよ。まあほとんど一方的に提供されたんだけど」
「提供された? 誰に?」
「閻魔様にね。今彼岸に来られても困るからって、怠惰な死神を私のところに寄こしてきたの。それでさっき聞かされた解決策なんだけど、霊夢」
アリスは霊夢へと向き直る。
「結界の歪みはあなたが原因だそうね。そしてそれを魔理沙のせいにして、あとは紫が何とかする算段なのでしょう。ここで博麗の巫女として魔理沙を襲わないところから、少しくらいは負い目を感じているようね?」
「…………」
「けれど今はそんなことを言ってる場合じゃなかったわね。閻魔様によると結界を今すぐ塞ぐことは不可能らしいわね。でも雲さえなくなればスキマ妖怪が結界に応急処置を施せる、だったら雲を破壊すればいい」
「簡単に言うがアリス、あれは紫のスキマも溶かすんだぜ? それにどうやってもなくならないし、どうやって消すつもりだ?」
幻想を削る雨を降らす雲。魔理沙のマスタースパークでも霧散せず、紫のスキマさえも通用しない。
幻想郷に住まう者にとって天敵ともいえる事象を相手に、一体何をしろというのか。
その問いに、アリスはやれやれと肩を竦めた。
「私が連れてきたのを誰だと思っているの? 彼女なら雲を破壊できる」
「それは危険すぎます」
話に割り込んできたのはさっきまで萃香を足止めしていた文。萃香の注意がフランに向いたため、彼女の役目はなくなっていた。また椛も一緒に立っていた。
「下手をすれば結界に影響を及ぼすかもしれない。それを踏まえた上での提案ですか?」
「閻魔様の話では大丈夫らしいわ。けれど、ねえ霊夢、あなたは博麗の巫女としての心を取り戻せるのかしら」
「………私、は」
「できないと困るのよ。でなければまた同じことが起きるかもしれない」
霊夢が克服しないと意味がない。そうでなければ紫が何度結界を修復しようとも同じことの繰り返しになる。
「でも、今までの私がどんな私だったのか分からない」
「それは違うぜ霊夢。変わっても変わらなくてもそいつは同じ人間だ。だから霊夢はいつもどおり巫女でいいんだぜ」
「なによそれ。それじゃ私が巫女しかしていないみたいじゃない」
「実際そうじゃないか。とゆうか巫女をしていない霊夢なんて気持ち悪くて想像できないぜ」
「気持ち悪いは余計。でも」
ふっと霊夢に笑みが戻る。
「確かに、魔理沙の言うとおりかもね」
彼女の笑顔を見て魔理沙が笑い、つられてアリスと文と椛も笑う。
霊夢が笑った。たったそれだけで場の空気が軽くなった。
「……それでどうします? フランドールさんに手伝ってもらうにしてもレミリアさんたちをなんとかして説得しなければなりません」
「霊夢が行くから大丈夫だろ」
「イヤよ。文、あんたが行きなさいよ」
「あんな避ける隙間もない弾幕に飛び込んだらいくらなんでも死にますよ」
「あら、面白い話をしているじゃない」
やってきたのは唯一戦いに参加していない輝夜だった。
そもそも彼女は術の維持で手一杯なのだから戦闘に加わりたくてもできなかったのだろうが。
「よお輝夜。そろそろ限界か?」
「馬鹿言わないで………と言いたいところだけどそろそろ弱音吐きたいわ。本当なら今すぐにでもあなたを殺したいところだけど―――――」
輝夜が言い終わる前に魔理沙と彼女の間にアリスたちがすばやく割り込んだ。
しかし輝夜は驚いた様子もなく、クスッと笑って。
「―――――暇を潰す相手が減っても困る、かしらね。正直なところどちらでもいいのよね、暇さえ潰せれば」
「案外やる気ないんだな。幻想郷がなくなったら消えるんだぞ?」
「別に。私の存在が無に帰すのならむしろ喜ばしいわ。ただ、うどんげや永琳まで消えてもらったら困るというだけよ。それに」
「……それに?」
「ここは幻想たちの最後の隠れ家。ここにいる時点で、消えようが消えまいが同じこと。亡霊嬢でさえ理解しているというのに、あの吸血鬼嬢にはそれが分からないのかしら」
袖で口元を隠しながら笑う輝夜。
幻想は、失われつつあるからこそ幻想。もしくはすでになくなっているからこその幻想。ならば今さら消滅しようがしまいが同じこと。
違うと言い切れるだろうか。幻想があるからこそ美しい、とは、本当にそうなのだろうか。
外の世界からすれば幻想はすでにないのだ。だからこそ消えていても、残っていても認識が変わることはない。
「で、レミリア止めてきてくれるんだろうな」
「そうね、もう時間もそんなにないことだからさっさと止めてくるわ」
時間がない割にはやたらのんびりとしながら説得は輝夜に頼み、魔理沙は空を見上げた。
やはり空は黒い。今すぐにでも雨が降りそうなほど風が吹いており、木々は世界の消滅するかもしれない危機に怯えていた。
「そういや紫の姿がないけどどこかしら」
「仕事ができたら現れるだろ。来ないかもしれないが」
「そうですね。あっ、どうやら上手く収まったようですよ」
文の言葉に一同が振り向くと、境内の騒ぎが止まっていた。
しかしフランはまだイライラしているのか攻撃の隙を窺っており、首謀者と思われる萃香からも不穏な空気と視線を感じる。
不安だったが話をしないわけにもいかないので魔理沙たちも境内へと移動した。
◆―――――少女説明中――――――◆
「……フランを使って騒動を収めるのはわかったわ。でもあの子がそれで納得するかしら」
真っ先に異論を唱えたのはレミリアだった。それはそうだろう、一番の不安要素を用いて解決するというのだから。
「いいや、フランならやってくれるって。なあ?」
「私があの雲を壊したら魔理沙は遊んでくれるの?」
「ああいくらでも遊んでやる。でもフランのおもちゃにはならないぜ」
「うん。じゃあ、私、やる」
方法そのものは単純だ。フランが雲を破壊し、霊夢が結界を修復する。
レミリアはフランの怒りが収まるならと魔理沙を攻撃することを止め、幽々子はどちらでもいいということで魔理沙の提案に応じた。
ただ、萃香だけは納得していなかった。
「私は反対だよ。そんな不確定要素に頼るぐらいなら魔理沙を潰したほうが確実で早い」
「この私の妹を侮辱するか、小鬼」
「邪険にしたり贔屓したり忙しいですねレミリアさん」
「茶々を入れるな天狗。で、フランじゃ不満な理由は説明してくれるんだろうな?」
「もちろん。まだ結界の揺らぎは止まっていない、これはつまり霊夢の心はまだ持ち直していないことを意味している。
そんな状態で結界が修復できるとは思えないよ」
結界が安定しないかぎり元通りにはならない。そんな萃香の言葉を受けて霊夢は辛そうに俯く。
まだ霊夢は自分を取り戻していない。けれど他に方法はない。
「だったら私の命を賭けるぜ」
「! 魔理沙!?」
「霊夢が時間ギリギリまで粘っても結界が直らなかったら私の命を奪えばいい。それならいいだろ?」
霊夢だけでなく全員が驚いた。
飄々と、何のためらいもない魔理沙の言葉に萃香は苛立ちを募らせた。
「……どういうこと? ふざけているの」
「私はいつだって大真面目だぜ。私はフランと霊夢なら絶対に成功させてくれるって確証がある。だから万が一なんて考えてない」
「ああそう。いいよ、ただし五分だけ。それ以上は待てない」
「わかった」
分の悪い賭けだ。たった五分で雲を消し、結界も直す。誰がどう見ても魔理沙の不利は明らかだった。
「何を考えているのよ、この馬鹿! 私が失敗したら死ぬのよ!?」
「なんだ、失敗するのか?」
「するかもしれないってことよ! なんであんたは自分の命を簡単に任せちゃうのよ!!」
「そいつは嘘だ。私は簡単に命を預けたりなんかしてない。霊夢なら当たり前みたいに成功するさ」
「そんなの……っ!!」
今の自分にはできない。霊夢がそう言おうとして止めたのを、魔理沙はなんとなくわかっていた。
霊夢は自信も、自身も見失っている。どうすれば以前のように振舞えるのか、そればかり考えている。
昔の、もしかしたら今の魔理沙みたいに必死な彼女の姿はとても小さく見える。
「大丈夫だって。もしやってみてダメなら無理だって言えばいいからさ。私に遠慮なんかすることはないぜ」
「でも……」
「魔理沙ー、もう雲の“目”を集めちゃったけど壊していい?」
魔理沙を呼んだフランの手には血走った不気味な眼球があった。あれが雲の壊れる“目”なのだろう。
「ほら、もう始まっちまうぜ。準備よろしく」
「できるわけ、ないわ。だって私はあなたの命を背負っているんだもの、簡単に言わないで」
「じゃあ幻想郷に住んでいるみんなの命を背負っていると思えばいいじゃないか。私一人に気が向かなくなるから楽だろ?」
「余計に重いわよ! あんた一人だけでも大変なのに、これ以上背負ってどうするのよ!」
「ははは。じゃあ頼んだぜ」
霊夢の集中を乱さないところまで離れる。
静寂が周囲を包み込んでからやがて、フランが目を潰す。すると空に広がっていた雲が引きちぎられたみたいに一斉に左右に広がって、すぐに消えて無くなった。
……空が、見えた。
満天の星の向こうにひび割れた結界があった。それを見つけた霊夢がすぐに結界の修復に取り掛かる。
不浄の霊力が空へと昇り、結界に触れる。傷口を塞ぐ血小板のようにそれらは修復箇所に向かい、覆う。
しかし傷は塞がらない。いや、霊力が覆っているために結界から雲が流れ出てくることはないのだが、ひび割れがまったく塞がらないのだ。
それもそのはず。一人で雲を抑えながら結界を修復しているのだ、そんな簡単にできるわけがない。
ダメかと誰もが落胆するなか、魔理沙だけは諦めていなかった。
「霊夢! 頑張れ!!」
声をかけても邪魔になることは彼女にも分かっていた。けれど、声をかけずにはいられなかったのだ。
「頑張れって、これ以上何を頑張れっていうのよ……!」
「できるよ、霊夢なら!! だってお前は―――――」
なぜなら霊夢は魔理沙にとって。
「お前は私の好敵手(ライバル)だろ!!!」
―――――かけがえのない親友だから。
だから、きっと霊夢ならできると信じている。
「何よ、それ」
霊夢の右手が上がる。
「……馬鹿なこと言わないで」
霊力が膨れ上がる。強く、大きく、彼女の手の平に集って。
「アンタ、私を誰だと思っているのよ」
バネに弾かれたみたいに一瞬で霊力が空へと駆け上がる。
そしてそれは天蓋にぶつかり、一瞬でひび割れを塞ぎ、光が雨となって地上へと降り注ぐ。同時に永夜の術も解け、結界は元の姿を取り戻す。
やっと。長い、長い一日が終わろうとしていた。
◆ エピローグ 朝の博麗神社 ◆
すべてが終わったあと、八雲紫が霊夢の元へとやってきた。
「全部、アンタの仕組んだとおり?」
「どうかしらね」
そう言って紫は答えをはぐらかしたが、しかし彼女の内心はかなり動揺していた。
(言えないわ、藍に結界の見回りを任せたあとしばらくしたら寝てしまったなんて……言ったら霊夢にふっとばされる……!!)
騒動が終わったあとで紫は藍に起こされて、急ぎ様子を見に来たが魔理沙は生きたままで霊夢も元通り。
否、“完全に”元通りではなかった。
結界は直った。霊夢もいつもどおり楽園の素敵な巫女として機能している。
ただ、紫の計算とは違うことが二つ。
ひとつは霊夢の心。他人の命の重みを知ったことが原因か、それとも単なる心境の変化かは不明だが以前より態度が柔らかくなった。
ひとつは魔理沙の影響力。彼女をどんな苦境でも助けてくれる者がいたこと、そして彼女の心に惹かれている者が多いこと。
魔理沙の人を惹きつける力が騒動を乗り越える強さとなり、彼女を助けた。騒動を仕組んだ本人としてはあまり喜ばしいことではないが、結果として良い方向になっているので気にはしていない。
紫とて魔理沙のことが嫌いなわけではない。ただひとつの解決策として魔理沙を消去するとしただけ。
フランドールの存在も考えてはいなかったが明らかに彼女を説得するだけの交渉素材が紫の手元になかった。
肝心のレミリアは姉としての信用が薄かったため、フランドールを魔理沙と戦わせることしかできなかった。
また閻魔の行動も予想外であった。部下を使い、魔理沙の近所であるアリスを助けに向かわせたことで魔理沙を遠くから助けた。
ただでさえ仕事が多いのに、というのは表向きで本心は彼女も魔理沙に惹かれた一人なのだろう。
「そういえばアンタのところの式神は見なかったわね。何をしていたの?」
「藍は他にひび割れている箇所がないか点検させていたわ。橙はレミリアたちの間をつなぐ連絡係ってところかしら」
「あっそ。で、この騒動を起こした張本人さんは優雅に昼寝ってわけか」
ドキッと紫の心臓が跳ねた。否、むしろ心臓を鷲づかみにされて全身が驚いたみたいな錯覚。
まずい、と紫は霊夢に悟られないように後ろ手でスキマを開く。
「な、なんのことかしら」
「幽々子があなたのところに妖夢を向かわせていたそうよ。それで、彼女の話だとあなたは寝ていたって言っていたわ」
「どうして妖夢が!? そもそもなんで幽々子は妖夢を私のところに来させたの!?」
「神社から帰る折に楽ができるように、ですって。いい友達じゃない」
「幽々子の馬鹿~!!!」
泣きながら背後のスキマへと飛び込む紫。しかし霊夢が黙って逃がすはずがなかった。
「色々と騒がせた罰、受けなさい!! 夢・想・天・生!!!!」
霊力を帯びた御札が次々とスキマ空間へと流れ込んでいき、それから空間の奥で悲鳴が聞こえた。
そして悲鳴がしてからしばらくしてスキマが閉じた。悲鳴が聞こえたかもしれないが、霊夢は聞こえなかったことにした。
「よう、霊夢」
「あら魔理沙、素敵な腕ね。どうかしたの?」
「アリスのやつに作ってもらったんだがなかなか面白いぜ。それに義手って重いんだ、試しに付けてみるか?」
「腕は二本で足りてるわ」
箒でやってきた魔理沙の左腕は、すでに再生不可能だった。
本人は特に問題ないと言っているがきっと不便だろう。使い慣れた、否、生まれてからずっとあるのが当たり前のものがないのだから。
奪ったのはフランだが元はといえば霊夢のせい。そして霊夢は魔理沙がなくした腕の代わりに何もできない。
でも魔理沙は気にしていない。むしろ霊夢のせいじゃないから気にするなと言った。
けれど霊夢にも負い目はある。だから、霊夢は魔理沙に言われたとおり気にしないことにした。
いつまでもイヤなことを引きずらず、以前の自分たちであり続けること。それが魔理沙に対するせめてものお詫びだった。
友達のような
好敵手のような。
家族のような。
あるいは、そのどれでもない素敵な関係として。
「そういえば萃香とは仲直りできた?」
「一応な。とりあえず今日は宴会だ、みんなで騒いで朝まで無礼講だ。倒れるまで飲むぜ」
「境内は見てのとおり使用不可能よ。どこで宴会するつもり?」
「地ならしすればいいじゃないか。萃香の巨大化で」
「余計に荒れるわよ。却下」
昨日の張り詰めていた空気はもうない。
暑い、暑い夏の幻想郷の一日。きっとあれは本物の蜃気楼だったのだろう。なぜなら幻想郷にいるすべての人妖たちが今までとまったく変わらない日々を過ごしているのだから。
蜃気楼は触れられない、でも触れればそれは現実になってしまう。だからみんな見ないフリをしているのだ。
それは嘘だって。そんな現実なんか知らないって、みんなで見てみぬフリをしている。その蜃気楼に映っている自分たちが嘘だから。
平和でいい。平和がいい。たったそれだけのこと。
とりあえず今日は魔理沙と飲み明かそうと決める霊夢であった。
………終わり。
ただ、何か釈然としない。理由は分からない。なんでだろ
釈然としないのは、事態が変化するあたりの文章量が足らなかったからでしょうかね。
多少、納得のいかないまま次に進んだ印象があります。
あとわかってて書いたのかもしれませんが永夜抄で永夜の術を使っていたのはプレイヤーサイドです。
> フランドールの存在も考えてはいなかったが明らかに彼女を説得するだけの交渉素材が紫の手元になかった。
も考えていない訳では無かったが、明らかに~
では無いでしょうか?
全部通してのすっきりしない点として
・各勢力の当主達があまりに簡単に紫に騙されてて、薄っぺらい存在に
・特に、幻想郷の仕組みを永夜異変まで全く知らなかった上、小説げっしょーでも
「幻想郷の住民としての義務を果たしていない」とまで言われてる永遠亭が
(途中までとはいえ)必死に協力している所が変
・霊夢の人としての心の揺らぎ程度で結界が壊れて幻想郷が破滅するという設定に違和感がある
たかだか120年存在した程度のシステムとはいえそんなに危なっかしいものなのであろうか
霊夢以前の歴代巫女達はもっと心に揺らぎのない(=人間味のない)存在だったとでもいうのか
・一番ヒドいのが紫がこの機会を利用して漁夫の利を得ようとする小物に貶められてる点
個人的にはこういった部分につき説得力がないと感じました
紫のキャラ造形を「幻想郷の管理人」として描きその一点が物語の中で魔理沙が殺される理由に説得力を付けているのに、これでは話が破綻してしまっている
別に小物くさい紫像が合ってもいいし、そのキャラ造形で作られた話があってもいいと思う
けれど今回の話のストーリーの根幹の部分と紫の「幻想郷の管理人」というキャラ造形は密接に関わっていて、尚且つそれを踏まえて他のキャラの行動も作られているのだから、その部分は一本筋を通すべきであるように思った
最新の儚月抄で明かされている設定などと別にズレていても創作なのだから構わない
が、自分の話の中で各キャラに割り振った役割・その上での各きゃら間の関係ぐらいは、最初から最後まで筋を通すべきだろう
ようは、幻想郷は紫の玩具箱で、気に入らない人形はなんくせつけて排除、他の人形はなんだかんだで紫の言いなりと
このタイトルが「紫の戯れ」とかだったら、少しは点も入れれたんだけどね~
(by不沈艦とかブレーキの壊れたダンプカーとか称された有名レスラー)
この台詞に100%の賛同を覚える者としては、この締めで個人的には満足してます。
なので点数としては80点を。
そう、映画と考えれば多少展開が唐突であっても問題はないかなと。
ただ、幻想郷のシステムでは難しいですが、
この紫の後ろにさらに真の黒幕がいてもいいなとは思いました(笑)。
あと続編で「深夜」もあるんでしたっけ?
結界のほころびは霊夢の心の揺らぎであって、霊夢が直したとして、魔理沙がどうのっていうのもその揺らぎの元だからで、じゃあ霊夢の心情は博麗として正しくあるように出来たのか?
という疑問はさておき、まあ、終わってよかったと言うか紫の扱いに涙というか・・・。
多分藍や妖夢が紫の八つ当たり系弄りにあうんだろうか?w
> 他人になりつけられようとしている
> 彼女が動いたという情報をなかった
ハッピーエンドが悪いとは思いませんけど、結局はご都合主義で終わらせた感じです。
紫の計画や行動が杜撰すぎることを筆頭に、つっこみどころが山ほどありました。
ラスボスは間抜け揃いですか? 根本的な問題は解決しているんですか?
> ひとつは魔理沙の影響力。彼女をどんな苦境でも助けてくれる者がいたこと、
> そして彼女の心に惹かれている者が多いこと。
> 魔理沙の人を惹きつける力が騒動を乗り越える強さとなり、彼女を助けた。
この部分も釈然としないのですが、この作品の魔理沙のどこにそんなカリスマ性が
あるのでしょう?
アリスや早苗は「魔理沙に惹かれているから助けた」のではなく、単に「困っている
者に手を差し伸べた」だけのように見えます。
ただそれだと普通過ぎるので個人的には魔理沙を外界に逃して、霊夢がそれ相応の処置を施されての
終わりが良かった。
こんな幻想郷全体が動いた規模の大きい異変なのに以前と変わってる事が霊夢の心情と
魔理沙の片腕だけというのには違和感を感じざるをえない。
前の方も仰ってるが、幻想郷を救うために僅かの代償も必要としない方法があったなら
見当違いのやり方で(しかもそれを最善の方法だと思って)幻想郷の崩壊を防いでたラスボス陣が
小物に見えてしまう。
最後に、これは咎めるところでは無いと思うけど、
なぜ魔理沙がライバル云々言わなきゃ霊夢は極限まで力を出せなかったのかが分からない。
自分のせいで魔理沙が殺されそうになっていると負い目を感じてるならそんな中二くさい
演出がなくても全力を出せたはず。
でも私はこの終わり方が良いとは思えません。
無理やりハッピーエンドにしたかのように思えるのです。
間違っては無いのです、このお話を作ったのはあなたなんですから。
でも、間違いではないから良いというものでもないと思います。
頑張ってください。
結局読む人による、自分は好きでした
自分的にはこういう展開も終り方も好きです。
この一言につきますね
かといって雰囲気で引き込まれるほどの緊迫感も無い。
何しろキャラが立っていない、故に臨場感が無い。
辻褄なんて無理やり合わせなくてもいいんじゃないですか。
映画のキューブみたいも何でそんな状況になったのかを無理に説明しようとしないことも大事だと思いますよ。
恐らくたくさん寄せられた批判コメになびかれてボツった、
壮絶なバットエンドこそがあなたの中にあった本当の物語なのではないでしょうか?
物語の足取りが感想に迎合してふらっふらしている。
そのように感じました。
とりあえず、自分は魔理沙好きなので、悪者にされたりしないでよかったです。
作者様の中で本当は大団円だったのか、バッドエンドだったのかはどうでもいいことですし、実際分かりませんが、もうこの作品は出来上がってしまってるのでそれに対する評価があるだけですね。
ただ、こういう希望コメントのせいで本来の話が歪められたりされたのなら、それはとても残念に思います。
逆に作者様の中にあった話を貫かれたのなら、すごいことだと思います。
あれだけの希望があったら、普通はバッドエンドに流されそうな気がするので・・・。
正直他の方が言われているように展開が唐突過ぎるのと、少し矛盾があるように思います。
ただ、文章は読みやすいですし、自分はハッピーエンドに特に不満はないので、楽しく読ませていただきました。
フランに代表されるように、しっかりと布石を打っておいたつもりでも何処かしら欠損は生じている
時間がたつにつれて綻びが大きくなり、最後にはひっくり返ったと
悪くない解決策であったとは思うが、やはりしぼんだ感じがするな
個人的感情としては魔理沙には死んでもらいたくなかったのでその点ではいいと思っているが、もう少しどうにかならなかったのかと
まぁ、だったらどうすればいいのかと突っ込まれてもなかなか思いつかないのですが・・・、題材が難しすぎる
後は他にも言っている方々がいますが、幻想郷における実力者たちが易々と紫の話を信じ込んでいることに違和感を感じざるを得なかった
いくら幻想郷における大賢者が崩壊への警鐘を鳴らしたといってもね。いや、大きいことだけどよ
あと大変すまないが最後に一言言わせてくれ
紫死んでくれ
他の人が書いているように、話がぶれすぎてるような気がする。
つまらなくはないんだけど釈然としない。
そこら辺の描写が欲しかった。ただほのぼのとして終わり、じゃ魔理沙が馬鹿みたいじゃね。
バッドエンドを望んでるわけじゃなくて表現とか設定がバッドエンド向きにしか見えない。だから違和感がある。
紫のドジのせいで魔理沙を殺す?紫は大体そんなに責任感が安いようなやつじゃない。
一応管理者なんだから、それなりの責任感はあるはずだし、大体自分のミスを魔理沙になすりつけようとしているみたいで解せない。
紫は小さいことなら(例えば、○○の物をつまみ食いしたのは紫だが、紫はほかの人が食べたと言った、程度)ありえるかもしれないが、それ以前にまず幻想郷を守るためだったら、紫は自分のミスだったら自分で清算すると思う。魔理沙に擦り付ける意味が分からん。
それ以前に魔理沙を殺す、と言う前になぜフランがその雲を壊す、と言う結論を出すことが出来なかった?
紫とかならもうすぐ分かるでしょう。
それと紫から魔理沙への謝罪も無いのが気になる。魔法使いにとって腕を失うのは相当キツいだろうし。
この作品は紫をバカにしすぎた。
キツい物言いになってしまってすまない。
みんなは魔理沙に死んでほしいのか、そーなのかー
この騒動で最大の問題となるのは紫が何故安直な方法に出たか
これに尽きる
解決策としては何も問題はないし、合理的で最も効率的だろう
また管理者という立場に立って考えればそういう非情なところがあって然るべきなんだろう
だから紫の行動云々は何も問題は無い
最大の問題なのは紫が眠ってしまったという点に尽きる
幻想郷の危機なのに紫が眠ってしまうというのはありえないことだろう
管理者失格
はっきり言えばこういうことだ
だからこそ釈然としないものが残る
てか核心部分も何も人間たる霧雨魔理沙が博麗霊夢の心に踏み込んだがために博麗霊夢の『人間と妖怪の中間であれ』という存在意義が揺らぎ、博麗大結界が揺らいでしまったってことが核心だろう
八雲紫は騒動が起こってからでなければ行動しないのは常識、その段階で既に紫の手に負えない所まで来てしまっていたというだけのこと
いや、解決策が無かったわけではないので手に負えなかったわけではないのか
その方法の善し悪しに賛否両論があるだけで
ただ、色々と矛盾している点が多いのも事実
原作の東方だと皆気軽に異変解決に乗り出してるので一番最初の設定の時点で違和感を覚えてる人が多いのでしょうね
できたら。紫が魔理沙に謝罪をしているのを書いてほしいです。
でもバットエンドの方がまだましだったかなーとも思います
ちなみに自分は魔理沙が好きです
が、
魔理沙が助かっても嬉しくありませんでした
そもそも上の人がいっているようにこんな理由で追っかけまわされてる時点ですでにかわいそうだし
どうせなら魔理沙が最後死んだ方が
そういうサド小説なのだと、ある程度納得がいっただろうなー
色々とちぐはぐ
途中の経過を無視同然の最後はやめてくれ、本当に止めてくれ
魔理沙と少なからず親交のあった連中が彼女を殺す決意をしたのに
それに対する葛藤があったにせよ無かったにせよ、本心が何も描写されていないのだから。
本気で殺しにきたのに、「解決したから、ハイあっさり仲直りで今まで通り」という風にしか見えないのが
本編の浅くさせている原因の一つだと思う。
熱さも、感動もそこにはある。
問題はそこに至る理由とその解法が紫や閻魔に丸投げってこと。
しわ寄せが全部この二人いっちゃって酷くいびつな感じが。
いっそのこと
理由→不明
生死→不明
おれたちの戦いは→これからだ
魔理沙の明日を信じて…未完。
そんな形想定でのびのびとやってもよかったかとw
御都合主義すぎるのでは?
最終話前の話の流れがググッ!と来てただけに、残念ですね・・・個人的には、バッド成分を含んだシリアスENDが良かったと思われます。
次の作品でどうか、思う存分リベンジなさって下さい
前半はとてもステキな流れだったんだけど
登場人物が霊夢贔屓しすぎておかしい
原因霊夢の気持ちなんでしょ?いくら魔理沙のせいで心が揺らぐかといって魔理沙にあたるのお門違いだと僕は思いますね
お前らただ単に魔理沙嫌いなんじゃねぇの?って感じがしました
あと上でもあったように紫はもう少し空気読めるやつですし異変起こってるのに「寝てた」とか本当に笑えません
キャラを把握するのはとても難しいことだと思いますが
なんていうかこの作品は面白い要素はたっぷりあるのにキャラの設定がおかしくてもったいなくなっています
批判的な意見でごめんなさい
別にバットエンドが見たかったわけではないのですがそこが残念でした。