タイトル通りのキャラについてのお話ですが、界隈での一般的な人物像とはかけ離れています。
そういうのが苦手な方、嫌いな方、許せない方はここで回れ右をお勧めします。
それは、何時からそこにいたのか知らない。
もしかしたら、意識を持つよりもずっと前かもしれない。
もしかしたら、意識を持つ直前に発生したのかもしれない。
もしかしたら、存在すらしていないのかもしれない。
けれど。
何故そこにいるのかは知っている気がする。
それは、自分の名前を持たない。
もしかしたら、そもそも名前が無いのかもしれない。
もしかしたら、本当はあるのだけど誰も知らないだけかもしれない。
もしかしたら、みんな名前がない事を認識していないのかもしれない。
けれど。
名前は、自分には必要ないと思っている。
名前は、意味を持つ。
特に、それの様に不安定な存在であれば尚更に。
だからそれは、名前を必要だとは思っていない。
図書館。
具体的には、紅魔館にある大図書館。
それは、そこにいた。
羽音が、微かに響く。
図書館にいるのは二人だけで、一人には翼はない。
だから、もう一人。
名前のないそれが動き回っている音。
せわしなく、カサカサとパタパタの中間のような音が鳴り続ける。
同時に、何かが擦れる音も。
それは本の表紙が擦れる音で、つまりは本を閉まっている音だった。
一つしかない机には、平積みにされた本の山。
読みふける図書館の主は、動こうとしない。
もう一人に本を持ってこさせて、ただひたすらに読み続ける。
当然、本は増えていく。
そうして重なりに重なった本が崩れてしまう前に、もう一人が片づける。
何時も通りの、変わらない生活だった。
図書館の主、パチュリー=ノーレッジは思う。
便利な物だ、とそれだけを。
あれは、何も言わなくてもこちらのしたい事をしてくれる。
本を持ってきたり、片づけたり。
本に宜しくない虫や黴や菌を駆除したり。
この広すぎる図書館中をたった一人で守っているような物なのだから、大した物だ。
勿論、自分だって本の事を蔑ろにしているつもりは無いけれど。
同時に、不安定だ、とも思う。
あれは、名前を持たない。
そして、名前を欲しがらない。
それは、存在しないのと同義だというのに。
名前。
誰かに観測され、認識されるために必要な物。
例えばそれが未確認飛行物体とか未確認動物とか、そういった物でも良い。
要するに、それが何かを指せればいいのだから。
けれどあれは、それすら必要としていない。
あれは、存在していないのとニアイコールで結ばれている。
目を離したら、音を聞き逃したら。
それだけでいなかった事になってしまうような、そんな不安定さを持っている。
そうして目は本に向けたまま、意識と耳はあれへと向ける。
それは彼女自身が思考したことではなく、無意識の行動。
多分それは、あれを失わないための防衛策。
何故そんな事をするのかは、きっと彼女にもわからない。
それは、何時も通りの仕事をしていた。
本を持っていき、片づけ、時々掃除して、その繰り返しを。
誰かに言われたわけではない。
何か命令されているわけではない。
ただそうしたいから、している。
例えばそこにいるのが紫の彼女で無かったとしても、やる事は変わらない。
それは、何時も通りの仕事をしていた。
それが発生したときから何も変わらず、同じ仕事をしていた。
さて。
図書館を訪れるのは、魔法使い達だけではない。
例えば紅魔館のメイド長。
紅茶を持ってくる程度の簡単な事が殆どではあるが、時には本を読むために来る事もある。
大抵の場合は情報収集が目的ではあるが、それでも本を読む事には違いない。
今回の目的は、調べ物と暇つぶしだった。
付け加えると、今は早朝である。
彼女の主人は熟睡している時間帯で、だからこそ図書館まで脚を運ぶ事が出来る。
図書館の重い扉を開けて、心の中でため息を吐く。
相も変わらず凄い量だと、ただそれだけの事ではあるけれど。
この奇妙な威圧感は、視覚的な物だけではないのだろうと、そう思う。
本が持つ魔力とか、或いは記された文字そのもの。
そういう物が積み重なって、折り重なって。
圧倒的な質量となって、この場に存在しているのだろう。
一歩、踏み出す。
まとわりつく空気が、一変する。
この場が紅い吸血鬼が支配する紅い館ではない事を、肌で知る。
ここは魔法使いの領土。
誇りにまみれた埃が積もる、知識の海。
いつもの事ではあるけれど、圧倒される。
古くさい魔女。
そういう存在がよく似合う場所だった。
嫌いかといえば、そんなことはないのだけど。
ともあれ、本を探さなくてはいけない。
そのために来たのだから。
30分経過。
本は見つからない。
目当てのジャンルが何処にあるのかすらわからない。
というか、どういう区分で分けられているのかすらわからない。
人に聞こうにも聞くべき相手がいない。
聞ける相手は二人いるが、どちらもまともに答えてくれるとは思えない。
一人は本の虫だし、もう一人は――意思疎通が出来るのかもわからないし。
悩んでも仕方ない。
過ぎていく時間は、無駄になってしまうのだから。
時間を止めればいい、なんてことはない。
暇つぶしが目的の一つでもあるし、何より。
つまらない、とそう思うから。
何が、と問われて明確に答える事は出来ないけれど、でも。
こんなにも膨大な本の森の中から、目的の一冊を見つける。
そう考えると、何故だかワクワクしてくる。
年甲斐もなく。
いやそんな歳でもないけど。
そんなどうでも良い事を考えていたら、音が聞こえた。
カサカサとパタパタの中間のような、そんな独特な音。
つまりは、本の虫ではない方の住人。
名前は、知らない。
名前は知らないけれど、特に害があるわけでもなし。
この大図書館の主も特にどうこうしようという気は無いようなので、私も従う。
無駄に広い図書館を管理してくれるのは、個人的にも有り難い事であるし。
それはともかくとして。
私の傍まで来たところで、ぴたりと動きを止めてしまった。
こちらを見上げる目には明確な意思は見えないけれど、無意味という事は無いだろう。
30秒待ち、動きが見えない事を確認してから歩き出す。
いくら暇つぶしでも、これと見つめ合っているのは不毛に過ぎるから。
すると、どういうわけか私の後を追ってくる。
私に用があるのだろうか。
立ち止まり、振り返る。
やはりそこには意思の見えない瞳があって、私を見つめていた。
せめて会話が出来れば良かったのだけど。
そういえば、と思い出す。
以前、図書館の主があれを指して言った言葉。
――司書みたいね
司書。
司書のつもりなのだろうか、これは。
だとすれば、一つ聞いてみるのも悪くない。
もし間違っていても、特にどうと言う事はないだろう。
強いて言うなら、私が少々恥ずかしい思いをするだけで。
「ねぇ、―――という本を探しているのだけど」
場所、わかるかしら。
と、聞く前に、何時も通りの羽音を立てながら本棚の影へと言ってしまった。
はて、見込み違いだっただろうか。
誰も見ていないとはいえ、間抜けな光景になってしまった。
仕方ない、自分の脚で探そうか。
再び30分経過。
やはり本は見あたらない。
本の並びがあまりにも雑然としすぎていて、見当の付けようがない。
何かしらの法則はあるように見えるのだが、その法則がわからないのでは仕方ない。
五十音順なりアルファベット順なり、それか内容の区分別なり。
そうやって分けておいて貰えると、私のような魔法の知識が無い者にも助かるのだけど。
そもそも、魔法の知識が無い者が此処を訪れる事など、滅多にない気もするけど。
・実践!脅威のダイエット術!
―必要なし。
・手相で見る運命
―お嬢様にでも見て貰えばいい。
・誰も知らない裏技全集
―誰も知らないのにどうやって執筆したんだろう。
・上司・部下の扱い方。
―人を扱うという言い方は好きじゃない。
その他諸々。
もしかしてこの本棚は胡散臭い本ばかり置いてあるのだろうか。
妙な徒労感を感じつつ、次の本に手を伸ばし。
手を伸ばしたところで、再びあの音が聞こえた。
まだ何かあったのだろうか。
音は時に右往左往しつつ、こちらに向かっているように思える。
迷っている、という事はないだろう。
あれは私何かよりもよっぽど図書館の事を知っている。
という事は単に何かの仕事をしているか、或いは。
もしかしたら、私を捜しているのかもしれない。
あれがそんな行動を取るのかは、わからないけれど。
流石に探されているのに何もしないのも、悪い気がする。
あくまで、かもしれない、ではあるけれど。
時を止めて、あれの傍に行く。
無駄に入り組んだ構造のおかげで、予想以上に疲れた。
疲れたが、言ってしまえばそれだけなのでどうということはない。
時を動かす。
あれは、いつの間にか目の前にいた私にびっくりした、様に見えた。
けれどもそれは一瞬だけで、今はもう何時も通りに見える。
ふと、あれが胸に抱えた本に気づく。
それは私が探していた、名前を伝えた本で。
差し出されたその本を、すぐに受け取る事は出来なかった。
まさか本当に持ってくるなんて、思わなかったから。
なので、あれが首を傾げるという珍しい行動をとるまで、我に返る事が出来なかった。
引っ込めようとした腕を、慌てて掴む。
「合ってるわ、それで」
その言葉を聞いてか、再び本が差し出される。
今度はしっかりと受け取って、少しだけ考える。
何を言うべきだろう、と。
けれど、考えるのは少しだけ。
かけるべき言葉は、一つしかないのだから。
「ありがとう。助かったわ」
その言葉を聞いてから、あれはまた何処かへと行ってしまった。
きっと、何時も通りの仕事に戻ったのだろう。
私も、仕事に戻ろうか。
手にした本を、少しだけ読んでから。
せわしなく、カサカサとパタパタの中間のような音が鳴り続ける。
1時間ほど前だろうか。
あれが、突然入り口の方へと行ってしまったのは。
普段ならあまり無い事だから少しだけ驚いて、だけどすぐに納得した。
仕事をしに行った、ただそれだけなのだから。
30分ほどして、奥の本棚へ飛んでいくあれが見えた。
普段よりもほんの少し速く飛んでいたから、きっと急いでいたのだろう。
すぐに取って返していたけれど、本を抱えていたからそういう事なのだろう。
流石に毎日本を片づけているだけあって、場所は完全に把握しているようだ。
すぐに戻ってきて、ふらふらと何処かへ行ってしまったけれど。
本はまだ抱えていたから、渡せなかったのだろうか。
あちこち飛び回って、また戻ってきて、また何処かへ行って。
多分、本を渡す相手を探しているのだろう。
それにしても、用件を言いつけて何処かへ行ってしまうとは。
そんな傍若無人な事をするのはレミィだろうか。
けれど、今はまだ早朝だ。
ならば紅魔館の主は寝ているはずなので、では一体誰だろう。
結局見当がつかない内に、あれの仕事は終わってしまったようだ。
あれはまた何時もの様に、カサカサとパタパタの中間のような羽音を立てながら本棚の向こうにいる。
「司書、ねぇ」
何時だったか、あれを指して言った言葉。
時々、あれを指して言う言葉。
忘れないように、あれを認識するために言う言葉。
私があれを認識する。
あれは私の認識を認識する。
回りくどい事だ。
恐らく、あれは恐れている。
名前を持って、そして司書では無くなってしまう事を。
勿論、私の憶測でしかないけれど。
名前を持ったからといって、何が変わるわけでも無いというのに。
あれは、有り始めた時からああなのだから。
今更、名前程度で変わる事など有りはしない。
だから、私は。
あれがそれに気づいて、自分の名前を欲するまで待とうと思う。
自分からこの図書館の司書であろうとするまで、待とうと思う。
……多分、その方が便利だから。
それ以上の感情はない、はずだ。
そういうのが苦手な方、嫌いな方、許せない方はここで回れ右をお勧めします。
それは、何時からそこにいたのか知らない。
もしかしたら、意識を持つよりもずっと前かもしれない。
もしかしたら、意識を持つ直前に発生したのかもしれない。
もしかしたら、存在すらしていないのかもしれない。
けれど。
何故そこにいるのかは知っている気がする。
それは、自分の名前を持たない。
もしかしたら、そもそも名前が無いのかもしれない。
もしかしたら、本当はあるのだけど誰も知らないだけかもしれない。
もしかしたら、みんな名前がない事を認識していないのかもしれない。
けれど。
名前は、自分には必要ないと思っている。
名前は、意味を持つ。
特に、それの様に不安定な存在であれば尚更に。
だからそれは、名前を必要だとは思っていない。
図書館。
具体的には、紅魔館にある大図書館。
それは、そこにいた。
羽音が、微かに響く。
図書館にいるのは二人だけで、一人には翼はない。
だから、もう一人。
名前のないそれが動き回っている音。
せわしなく、カサカサとパタパタの中間のような音が鳴り続ける。
同時に、何かが擦れる音も。
それは本の表紙が擦れる音で、つまりは本を閉まっている音だった。
一つしかない机には、平積みにされた本の山。
読みふける図書館の主は、動こうとしない。
もう一人に本を持ってこさせて、ただひたすらに読み続ける。
当然、本は増えていく。
そうして重なりに重なった本が崩れてしまう前に、もう一人が片づける。
何時も通りの、変わらない生活だった。
図書館の主、パチュリー=ノーレッジは思う。
便利な物だ、とそれだけを。
あれは、何も言わなくてもこちらのしたい事をしてくれる。
本を持ってきたり、片づけたり。
本に宜しくない虫や黴や菌を駆除したり。
この広すぎる図書館中をたった一人で守っているような物なのだから、大した物だ。
勿論、自分だって本の事を蔑ろにしているつもりは無いけれど。
同時に、不安定だ、とも思う。
あれは、名前を持たない。
そして、名前を欲しがらない。
それは、存在しないのと同義だというのに。
名前。
誰かに観測され、認識されるために必要な物。
例えばそれが未確認飛行物体とか未確認動物とか、そういった物でも良い。
要するに、それが何かを指せればいいのだから。
けれどあれは、それすら必要としていない。
あれは、存在していないのとニアイコールで結ばれている。
目を離したら、音を聞き逃したら。
それだけでいなかった事になってしまうような、そんな不安定さを持っている。
そうして目は本に向けたまま、意識と耳はあれへと向ける。
それは彼女自身が思考したことではなく、無意識の行動。
多分それは、あれを失わないための防衛策。
何故そんな事をするのかは、きっと彼女にもわからない。
それは、何時も通りの仕事をしていた。
本を持っていき、片づけ、時々掃除して、その繰り返しを。
誰かに言われたわけではない。
何か命令されているわけではない。
ただそうしたいから、している。
例えばそこにいるのが紫の彼女で無かったとしても、やる事は変わらない。
それは、何時も通りの仕事をしていた。
それが発生したときから何も変わらず、同じ仕事をしていた。
さて。
図書館を訪れるのは、魔法使い達だけではない。
例えば紅魔館のメイド長。
紅茶を持ってくる程度の簡単な事が殆どではあるが、時には本を読むために来る事もある。
大抵の場合は情報収集が目的ではあるが、それでも本を読む事には違いない。
今回の目的は、調べ物と暇つぶしだった。
付け加えると、今は早朝である。
彼女の主人は熟睡している時間帯で、だからこそ図書館まで脚を運ぶ事が出来る。
図書館の重い扉を開けて、心の中でため息を吐く。
相も変わらず凄い量だと、ただそれだけの事ではあるけれど。
この奇妙な威圧感は、視覚的な物だけではないのだろうと、そう思う。
本が持つ魔力とか、或いは記された文字そのもの。
そういう物が積み重なって、折り重なって。
圧倒的な質量となって、この場に存在しているのだろう。
一歩、踏み出す。
まとわりつく空気が、一変する。
この場が紅い吸血鬼が支配する紅い館ではない事を、肌で知る。
ここは魔法使いの領土。
誇りにまみれた埃が積もる、知識の海。
いつもの事ではあるけれど、圧倒される。
古くさい魔女。
そういう存在がよく似合う場所だった。
嫌いかといえば、そんなことはないのだけど。
ともあれ、本を探さなくてはいけない。
そのために来たのだから。
30分経過。
本は見つからない。
目当てのジャンルが何処にあるのかすらわからない。
というか、どういう区分で分けられているのかすらわからない。
人に聞こうにも聞くべき相手がいない。
聞ける相手は二人いるが、どちらもまともに答えてくれるとは思えない。
一人は本の虫だし、もう一人は――意思疎通が出来るのかもわからないし。
悩んでも仕方ない。
過ぎていく時間は、無駄になってしまうのだから。
時間を止めればいい、なんてことはない。
暇つぶしが目的の一つでもあるし、何より。
つまらない、とそう思うから。
何が、と問われて明確に答える事は出来ないけれど、でも。
こんなにも膨大な本の森の中から、目的の一冊を見つける。
そう考えると、何故だかワクワクしてくる。
年甲斐もなく。
いやそんな歳でもないけど。
そんなどうでも良い事を考えていたら、音が聞こえた。
カサカサとパタパタの中間のような、そんな独特な音。
つまりは、本の虫ではない方の住人。
名前は、知らない。
名前は知らないけれど、特に害があるわけでもなし。
この大図書館の主も特にどうこうしようという気は無いようなので、私も従う。
無駄に広い図書館を管理してくれるのは、個人的にも有り難い事であるし。
それはともかくとして。
私の傍まで来たところで、ぴたりと動きを止めてしまった。
こちらを見上げる目には明確な意思は見えないけれど、無意味という事は無いだろう。
30秒待ち、動きが見えない事を確認してから歩き出す。
いくら暇つぶしでも、これと見つめ合っているのは不毛に過ぎるから。
すると、どういうわけか私の後を追ってくる。
私に用があるのだろうか。
立ち止まり、振り返る。
やはりそこには意思の見えない瞳があって、私を見つめていた。
せめて会話が出来れば良かったのだけど。
そういえば、と思い出す。
以前、図書館の主があれを指して言った言葉。
――司書みたいね
司書。
司書のつもりなのだろうか、これは。
だとすれば、一つ聞いてみるのも悪くない。
もし間違っていても、特にどうと言う事はないだろう。
強いて言うなら、私が少々恥ずかしい思いをするだけで。
「ねぇ、―――という本を探しているのだけど」
場所、わかるかしら。
と、聞く前に、何時も通りの羽音を立てながら本棚の影へと言ってしまった。
はて、見込み違いだっただろうか。
誰も見ていないとはいえ、間抜けな光景になってしまった。
仕方ない、自分の脚で探そうか。
再び30分経過。
やはり本は見あたらない。
本の並びがあまりにも雑然としすぎていて、見当の付けようがない。
何かしらの法則はあるように見えるのだが、その法則がわからないのでは仕方ない。
五十音順なりアルファベット順なり、それか内容の区分別なり。
そうやって分けておいて貰えると、私のような魔法の知識が無い者にも助かるのだけど。
そもそも、魔法の知識が無い者が此処を訪れる事など、滅多にない気もするけど。
・実践!脅威のダイエット術!
―必要なし。
・手相で見る運命
―お嬢様にでも見て貰えばいい。
・誰も知らない裏技全集
―誰も知らないのにどうやって執筆したんだろう。
・上司・部下の扱い方。
―人を扱うという言い方は好きじゃない。
その他諸々。
もしかしてこの本棚は胡散臭い本ばかり置いてあるのだろうか。
妙な徒労感を感じつつ、次の本に手を伸ばし。
手を伸ばしたところで、再びあの音が聞こえた。
まだ何かあったのだろうか。
音は時に右往左往しつつ、こちらに向かっているように思える。
迷っている、という事はないだろう。
あれは私何かよりもよっぽど図書館の事を知っている。
という事は単に何かの仕事をしているか、或いは。
もしかしたら、私を捜しているのかもしれない。
あれがそんな行動を取るのかは、わからないけれど。
流石に探されているのに何もしないのも、悪い気がする。
あくまで、かもしれない、ではあるけれど。
時を止めて、あれの傍に行く。
無駄に入り組んだ構造のおかげで、予想以上に疲れた。
疲れたが、言ってしまえばそれだけなのでどうということはない。
時を動かす。
あれは、いつの間にか目の前にいた私にびっくりした、様に見えた。
けれどもそれは一瞬だけで、今はもう何時も通りに見える。
ふと、あれが胸に抱えた本に気づく。
それは私が探していた、名前を伝えた本で。
差し出されたその本を、すぐに受け取る事は出来なかった。
まさか本当に持ってくるなんて、思わなかったから。
なので、あれが首を傾げるという珍しい行動をとるまで、我に返る事が出来なかった。
引っ込めようとした腕を、慌てて掴む。
「合ってるわ、それで」
その言葉を聞いてか、再び本が差し出される。
今度はしっかりと受け取って、少しだけ考える。
何を言うべきだろう、と。
けれど、考えるのは少しだけ。
かけるべき言葉は、一つしかないのだから。
「ありがとう。助かったわ」
その言葉を聞いてから、あれはまた何処かへと行ってしまった。
きっと、何時も通りの仕事に戻ったのだろう。
私も、仕事に戻ろうか。
手にした本を、少しだけ読んでから。
せわしなく、カサカサとパタパタの中間のような音が鳴り続ける。
1時間ほど前だろうか。
あれが、突然入り口の方へと行ってしまったのは。
普段ならあまり無い事だから少しだけ驚いて、だけどすぐに納得した。
仕事をしに行った、ただそれだけなのだから。
30分ほどして、奥の本棚へ飛んでいくあれが見えた。
普段よりもほんの少し速く飛んでいたから、きっと急いでいたのだろう。
すぐに取って返していたけれど、本を抱えていたからそういう事なのだろう。
流石に毎日本を片づけているだけあって、場所は完全に把握しているようだ。
すぐに戻ってきて、ふらふらと何処かへ行ってしまったけれど。
本はまだ抱えていたから、渡せなかったのだろうか。
あちこち飛び回って、また戻ってきて、また何処かへ行って。
多分、本を渡す相手を探しているのだろう。
それにしても、用件を言いつけて何処かへ行ってしまうとは。
そんな傍若無人な事をするのはレミィだろうか。
けれど、今はまだ早朝だ。
ならば紅魔館の主は寝ているはずなので、では一体誰だろう。
結局見当がつかない内に、あれの仕事は終わってしまったようだ。
あれはまた何時もの様に、カサカサとパタパタの中間のような羽音を立てながら本棚の向こうにいる。
「司書、ねぇ」
何時だったか、あれを指して言った言葉。
時々、あれを指して言う言葉。
忘れないように、あれを認識するために言う言葉。
私があれを認識する。
あれは私の認識を認識する。
回りくどい事だ。
恐らく、あれは恐れている。
名前を持って、そして司書では無くなってしまう事を。
勿論、私の憶測でしかないけれど。
名前を持ったからといって、何が変わるわけでも無いというのに。
あれは、有り始めた時からああなのだから。
今更、名前程度で変わる事など有りはしない。
だから、私は。
あれがそれに気づいて、自分の名前を欲するまで待とうと思う。
自分からこの図書館の司書であろうとするまで、待とうと思う。
……多分、その方が便利だから。
それ以上の感情はない、はずだ。
バストアップ体s……いや、なんでもない
―必要なし。
何と、・・・何と羨ましい!
何よりあとがきの会話がぐっと来ました。
二人とも望んでいる方向は一緒なのね。
淡々とした素敵なお話でした。
良いお話をありがとう。