「ふぅ、今日はこんなもんかな」
すらすらと達筆な文字を綴っていた筆をすっと紙から垂直に持ち上げ、脇に置く。
長時間正座をして若干痺れを感じる足を少し崩し、傍にあるティーカップに手を伸ばす。
受け皿を左手に、カップを右手に取り静かに身体の近くまで寄せる。
その純白のカップを口の高さまで持ち上げ、軽く左右に傾けた後に口に運ぶ。
ほのかな甘味と微かな渋味が口の中を満たしていく。
至福の一時だ。
時は夕刻の六時を回ったところ。
空全体は紅に染まり、太陽の放つ西日が襖越しに浸透し、部屋を茜色に照らす。
稗田家九代当主である阿求は今日もいつもと同じように幻想郷縁起を綴っていた。
それは彼女の日課、というより生きている理由といった方が適当か。
彼女は幻想郷縁起を編纂するためにこの世に生を受けた存在なのだから。
より正確には生を受けた、というよりも御阿礼の子として転生されて生まれた存在なのだが。
一世紀ほどの歳月を経て八代目当主『阿弥』に続く者として生まれてきた。
つまり生まれて来た時点で彼女の役目は決まっていたのだ。
もちろん、常日頃机に向かって書物を記しているわけではなく、私用で出かけるたりもする。
彼女だって機械ではないのだ。
それに彼女自身が周りの様子・出来事を体感しないことには書きようがない。
しかし、そういった時以外は筆を走らせるのに精を出すことが多い。
求聞持の力によって一度の経験で多くの事柄を記すことができるためであろう。
「さてと、そろそろ」
カップを机に戻し、すっと立ち上がる。
「お風呂にでも入ろうかな」
部屋を出て、廊下に人がいないか左右を見て確認する。
ちょうどその時、角から使用人がこちらに向かってきた。
「あっ、丁度いいところに。これからお風呂にするから、火をお願いできないでしょうか」
「はっ、かしこまりました。すぐにご用意致しますので、少々お待ちください」
そう言って来た道を戻っていく。
風呂は一人では入れない。
誰かが火加減を調節しないといけないから実に面倒だ。
その分湯に浸かっている時の気持ち良さはまた格別なものなのだが。
火番担当者も決まり、部屋に戻って入浴の準備をしておくことに。
箪笥から浴衣やタオルを取り出し一ヶ所にまとめる。
程無く準備が出来たとの知らせを受け、それらを両手に抱え浴室に向かう。
脱衣所で腰に巻かれた真紅の帯をするするとほどき、長着を脱いで綺麗に畳む。
色白く華奢な阿求の身体。
その右手に手拭いを握り準備万端、浴室の引き戸に手を掛ける。
戸を開けた瞬間に温まった湯が放つ柔らかな熱が阿求を迎え入れる。
檜で出来た浴槽に目一杯満たされているお湯を桶に汲み取り身体に軽くかける。
程良い温度となった湯の温もりが身体にじんわりと浸透していく。
その刺激を受けてか腕には鳥肌が現れていた。
その後湯船にまず右足を入れる。
次に左足、そして身体全体を湯の中に沈めていく。
浴槽に入りきらない湯がざあっと滝のように勢いよく流れて落ちる。
肩まで浸かると、両腕で思いっきり伸びをした。
「ん~、やっぱりお風呂は気持ちいいなぁ」
指の隙間から滴がぽたりと落ちて阿求の顔を濡らす。
それを消し去るかのように両手で湯を掬いぱしゃぱしゃと顔にかける。
ふぅ、と一息。
やはり風呂というものは疲れを取るには最適だと改めて実感する。
リラックス効果も高く気持ちが安らぐ。
「阿求様。湯加減はどうでしょうか?」
「丁度いいわ、ありがとう」
風呂を管理している者に感謝しつつ、心地よい時を満喫していた。
そんな時……
「こんばんわ~、元気ぃ?」
「ひゃあっ」
突如目の前の何もない空間から現れたのは八雲紫であった。
スキマから半身を乗り出して話しかけている状態だ。
「阿求様、どうされました?」
「な、何でもないです。気にしないでください」
いきなりのひょんな声に反応して心配の声が上がる。
まぁ無理もない。
説得して分かってもらうにも一苦労だ。
「あら、入浴中だったのね、これは失礼。じゃあ、上がる頃合いを見計らってまた来るわ」
そう言ってスキマの中に潜ってしまった。
スキマもすぐに閉じて、普段と何一つ変わらぬ浴室に戻った。
「何だろう、こんな時期に……」
少し疑問に思ったが、阿求には思い当たる節があった。
(もしかして、『あれ』でなのかな?でも、あの方はいつも突然やって来るし……)
考えてるうちに今までのにこやかな顔とは打って変わり表情が曇る。
綺麗な三日月が浮かぶ空の下、浴室は一人物思いにふける阿求が作り出す静寂によって支配されていた。
しばらくして風呂から出た阿求。
身体には桃色の浴衣を纏っている。
髪が濡れているためか花の髪飾りは付けていない。
素足で廊下をぺたぺたと歩いて部屋に戻ろうとすると、部屋の前に紫がちょこんと腰掛けていた。
「あっ、やっと来た~随分と長湯だったのねぇ」
「そっ、それは……」
ごく普通なやり取りだが阿求は少し動揺して口籠ってしまう。
そんな様子を見た紫は特に追求することもなくすぐさま次の話題に切り替える。
「ねぇ、花火をしましょうよ」
そう言って花火一式を取り出す。
その言葉に、何だ、そういうことかと安堵の表情を浮かべ誘いを承諾する。
「いいですね。今準備をするのでちょっと待っててください」
そう言って阿求は近くにあった草履を履いて行ってしまった。
少しして、水の入った桶を両手に抱え戻ってきた。
ちゃんとマッチも用意済みだ。
「では、始めましょうか」
桶を地面に置き、マッチを片手に阿求が言う。
紫は適度に一本を取り阿求に手渡し代わりにマッチを受け取る。
花火の先端を斜め下に向けたところに、しゅっとマッチを擦り灯った火が命を吹き込む。
青白い光と白煙が一気に吹き出し、流星群のごとく火花がキラキラと溢れ出す。
紫も自分の分に火を付け、阿求の傍で身体を屈めた状態で花火を眺める。
「風流ですね、やっぱり夏は花火に限ります」
「そうね、うふふっ」
二人はそうやって夏の風物詩を楽しんでいた。
花火はあっという間に少なくなり、残すは線香花火のみとなった。
その糸の先に火を付け、揺らさないように垂らしてその小さくて可愛らしい火花を二人で眺める。
「紫様、今日は如何様でいらしたのでしょうか?単に花火を、というのでしたらもっと大勢の方が盛り上がることでしょう」
花火の時間も佳境に入り、話を聞くタイミングを伺っていた阿求がついに切り出す。
さっきは話の流れもあって納得したものの、今思うとやはり合点がいかない。
本当のことが知りたい。
その眼が訴えかけていた。
阿求のその表情と言葉から、やっと紫も真意を語ることにしたのか、顔つきが真剣なものに変わる。
「急にね、あなたの顔が見たくなったの。もう見ることもできなくなるかもしれないから」
その瞬間、阿求が手にしていた線香花火の灯火がポトリと地に落ち役目を終える。
「やはりご存知でしたか。妖怪の賢者ともあろうお方が知らないはずないですよね。実は、あと三月程で次の肉体への転生準備が整うそうです。つまり、私ももう長くは……」
長くはない、そう言おうとした時に紫に人差し指で口を噤まれてしまう。
「ダメよ、そんなマイナスなこと考えちゃ。今を楽しく生きる、それでいいじゃない」
「そうですね、貴方のおっしゃる通かもしれません。いずれは来る日だとわかっていたことですし」
口ではそう言ってはみても身体は正直だ。
顔はうつ向き暗いままだ。
その眼からはうっすらと涙が流れ落ちる。
「ねぇ、線香花火って貴方みたいよね」
しんみりとした雰囲気の中いきなりそんな話を振られて反応に困る阿求。
「えっ、それはどういう?」
「私のような妖怪からすれば人間の寿命なんてほんの一瞬のようなもの。まして普通の人間の普通の人生を過ごすことすらできない貴方の命は尚更、ね。でもそんな短い生涯だからこそそれは輝き、大きな価値がある。ほら、見てっ」
紫の手には一本の線香花火が。
火を付けると雪の結晶のような形の趣きのある彩光を放つ。
「短いからこそ人は努力し、限りある時間を大切にする。私にはそんな生き方、とてもじゃないけど真似できないわ。貴方の今まで生きてきた時間というのは短いものかもしれないけど、その間の貴方が築いてきた友情や作った思い出はとても素敵なものだと私は思うわ。もちろん、貴方が生涯を費やして書いている本もね。だから、そんな貴方には」
「最後の時まで、笑顔でいて欲しいの。私個人の勝手な考えだけど、貴方に悲しい顔は似合わないわ。できることなら、いつまでもその太陽のような笑顔でいて欲しい」
「まさか貴方からその様なお言葉を聞けるとは。大変嬉しく思います。紫様のおっしゃる通りですね。人間の生き様を貴方に教わるなんてなんかおかしいですね」
紫の言葉に、阿求は滴る雫を袖で拭い笑みを浮かべる。
紫とは幻想郷縁起のチェックのため阿求より前の御阿礼の子(紫の話では阿夢)の頃から面識があった。
そのためか、阿求のところにやって来ることもしばしばである。
それ故に案外仲が良かったりもする。
だからこそ、その言葉には重みが感じられた。
いつもの冗談交じりの会話でないこともすぐに分かる。
「そうですね、大切なことを忘れてました。有限だからこそ、人は一時一時を後悔しないようにしないといけませんね。私もくよくよなんてしていられない。今の私にできることをやらないと」
その目は先ほど自分の余命を自白した時の虚ろなものとは違い、月の優しい明かりと相まって輝きを増していた。
‐後日‐
「阿求様、今日は随分と早いお目覚めで」
「いろいろと調べたいことがあってね。ちょっと出かけてきます」
「そうですか。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
風呂敷に紙や硯、炭に筆といった書き物道具一式を積め、軽快な足取りで門を出る阿求。
私にできること、それは一つでも多くのことを書に記し、後世の人々に伝えることだ。
阿求はまだ見ぬ先の世を生きる自分やこれを見てくれる人のために残りの時間を使うことを決めた。
幻想郷を見聞し伝道する彼女らしい選択だ。
もっとも、今は自分がやりたいからやっているとのことだが。
私の大好きなこの世界について多くの人に知ってもらえるように……
そんな想いを胸に秘め、今日も阿求は幻想郷縁起に綴る事柄探しに里を出る。
すらすらと達筆な文字を綴っていた筆をすっと紙から垂直に持ち上げ、脇に置く。
長時間正座をして若干痺れを感じる足を少し崩し、傍にあるティーカップに手を伸ばす。
受け皿を左手に、カップを右手に取り静かに身体の近くまで寄せる。
その純白のカップを口の高さまで持ち上げ、軽く左右に傾けた後に口に運ぶ。
ほのかな甘味と微かな渋味が口の中を満たしていく。
至福の一時だ。
時は夕刻の六時を回ったところ。
空全体は紅に染まり、太陽の放つ西日が襖越しに浸透し、部屋を茜色に照らす。
稗田家九代当主である阿求は今日もいつもと同じように幻想郷縁起を綴っていた。
それは彼女の日課、というより生きている理由といった方が適当か。
彼女は幻想郷縁起を編纂するためにこの世に生を受けた存在なのだから。
より正確には生を受けた、というよりも御阿礼の子として転生されて生まれた存在なのだが。
一世紀ほどの歳月を経て八代目当主『阿弥』に続く者として生まれてきた。
つまり生まれて来た時点で彼女の役目は決まっていたのだ。
もちろん、常日頃机に向かって書物を記しているわけではなく、私用で出かけるたりもする。
彼女だって機械ではないのだ。
それに彼女自身が周りの様子・出来事を体感しないことには書きようがない。
しかし、そういった時以外は筆を走らせるのに精を出すことが多い。
求聞持の力によって一度の経験で多くの事柄を記すことができるためであろう。
「さてと、そろそろ」
カップを机に戻し、すっと立ち上がる。
「お風呂にでも入ろうかな」
部屋を出て、廊下に人がいないか左右を見て確認する。
ちょうどその時、角から使用人がこちらに向かってきた。
「あっ、丁度いいところに。これからお風呂にするから、火をお願いできないでしょうか」
「はっ、かしこまりました。すぐにご用意致しますので、少々お待ちください」
そう言って来た道を戻っていく。
風呂は一人では入れない。
誰かが火加減を調節しないといけないから実に面倒だ。
その分湯に浸かっている時の気持ち良さはまた格別なものなのだが。
火番担当者も決まり、部屋に戻って入浴の準備をしておくことに。
箪笥から浴衣やタオルを取り出し一ヶ所にまとめる。
程無く準備が出来たとの知らせを受け、それらを両手に抱え浴室に向かう。
脱衣所で腰に巻かれた真紅の帯をするするとほどき、長着を脱いで綺麗に畳む。
色白く華奢な阿求の身体。
その右手に手拭いを握り準備万端、浴室の引き戸に手を掛ける。
戸を開けた瞬間に温まった湯が放つ柔らかな熱が阿求を迎え入れる。
檜で出来た浴槽に目一杯満たされているお湯を桶に汲み取り身体に軽くかける。
程良い温度となった湯の温もりが身体にじんわりと浸透していく。
その刺激を受けてか腕には鳥肌が現れていた。
その後湯船にまず右足を入れる。
次に左足、そして身体全体を湯の中に沈めていく。
浴槽に入りきらない湯がざあっと滝のように勢いよく流れて落ちる。
肩まで浸かると、両腕で思いっきり伸びをした。
「ん~、やっぱりお風呂は気持ちいいなぁ」
指の隙間から滴がぽたりと落ちて阿求の顔を濡らす。
それを消し去るかのように両手で湯を掬いぱしゃぱしゃと顔にかける。
ふぅ、と一息。
やはり風呂というものは疲れを取るには最適だと改めて実感する。
リラックス効果も高く気持ちが安らぐ。
「阿求様。湯加減はどうでしょうか?」
「丁度いいわ、ありがとう」
風呂を管理している者に感謝しつつ、心地よい時を満喫していた。
そんな時……
「こんばんわ~、元気ぃ?」
「ひゃあっ」
突如目の前の何もない空間から現れたのは八雲紫であった。
スキマから半身を乗り出して話しかけている状態だ。
「阿求様、どうされました?」
「な、何でもないです。気にしないでください」
いきなりのひょんな声に反応して心配の声が上がる。
まぁ無理もない。
説得して分かってもらうにも一苦労だ。
「あら、入浴中だったのね、これは失礼。じゃあ、上がる頃合いを見計らってまた来るわ」
そう言ってスキマの中に潜ってしまった。
スキマもすぐに閉じて、普段と何一つ変わらぬ浴室に戻った。
「何だろう、こんな時期に……」
少し疑問に思ったが、阿求には思い当たる節があった。
(もしかして、『あれ』でなのかな?でも、あの方はいつも突然やって来るし……)
考えてるうちに今までのにこやかな顔とは打って変わり表情が曇る。
綺麗な三日月が浮かぶ空の下、浴室は一人物思いにふける阿求が作り出す静寂によって支配されていた。
しばらくして風呂から出た阿求。
身体には桃色の浴衣を纏っている。
髪が濡れているためか花の髪飾りは付けていない。
素足で廊下をぺたぺたと歩いて部屋に戻ろうとすると、部屋の前に紫がちょこんと腰掛けていた。
「あっ、やっと来た~随分と長湯だったのねぇ」
「そっ、それは……」
ごく普通なやり取りだが阿求は少し動揺して口籠ってしまう。
そんな様子を見た紫は特に追求することもなくすぐさま次の話題に切り替える。
「ねぇ、花火をしましょうよ」
そう言って花火一式を取り出す。
その言葉に、何だ、そういうことかと安堵の表情を浮かべ誘いを承諾する。
「いいですね。今準備をするのでちょっと待っててください」
そう言って阿求は近くにあった草履を履いて行ってしまった。
少しして、水の入った桶を両手に抱え戻ってきた。
ちゃんとマッチも用意済みだ。
「では、始めましょうか」
桶を地面に置き、マッチを片手に阿求が言う。
紫は適度に一本を取り阿求に手渡し代わりにマッチを受け取る。
花火の先端を斜め下に向けたところに、しゅっとマッチを擦り灯った火が命を吹き込む。
青白い光と白煙が一気に吹き出し、流星群のごとく火花がキラキラと溢れ出す。
紫も自分の分に火を付け、阿求の傍で身体を屈めた状態で花火を眺める。
「風流ですね、やっぱり夏は花火に限ります」
「そうね、うふふっ」
二人はそうやって夏の風物詩を楽しんでいた。
花火はあっという間に少なくなり、残すは線香花火のみとなった。
その糸の先に火を付け、揺らさないように垂らしてその小さくて可愛らしい火花を二人で眺める。
「紫様、今日は如何様でいらしたのでしょうか?単に花火を、というのでしたらもっと大勢の方が盛り上がることでしょう」
花火の時間も佳境に入り、話を聞くタイミングを伺っていた阿求がついに切り出す。
さっきは話の流れもあって納得したものの、今思うとやはり合点がいかない。
本当のことが知りたい。
その眼が訴えかけていた。
阿求のその表情と言葉から、やっと紫も真意を語ることにしたのか、顔つきが真剣なものに変わる。
「急にね、あなたの顔が見たくなったの。もう見ることもできなくなるかもしれないから」
その瞬間、阿求が手にしていた線香花火の灯火がポトリと地に落ち役目を終える。
「やはりご存知でしたか。妖怪の賢者ともあろうお方が知らないはずないですよね。実は、あと三月程で次の肉体への転生準備が整うそうです。つまり、私ももう長くは……」
長くはない、そう言おうとした時に紫に人差し指で口を噤まれてしまう。
「ダメよ、そんなマイナスなこと考えちゃ。今を楽しく生きる、それでいいじゃない」
「そうですね、貴方のおっしゃる通かもしれません。いずれは来る日だとわかっていたことですし」
口ではそう言ってはみても身体は正直だ。
顔はうつ向き暗いままだ。
その眼からはうっすらと涙が流れ落ちる。
「ねぇ、線香花火って貴方みたいよね」
しんみりとした雰囲気の中いきなりそんな話を振られて反応に困る阿求。
「えっ、それはどういう?」
「私のような妖怪からすれば人間の寿命なんてほんの一瞬のようなもの。まして普通の人間の普通の人生を過ごすことすらできない貴方の命は尚更、ね。でもそんな短い生涯だからこそそれは輝き、大きな価値がある。ほら、見てっ」
紫の手には一本の線香花火が。
火を付けると雪の結晶のような形の趣きのある彩光を放つ。
「短いからこそ人は努力し、限りある時間を大切にする。私にはそんな生き方、とてもじゃないけど真似できないわ。貴方の今まで生きてきた時間というのは短いものかもしれないけど、その間の貴方が築いてきた友情や作った思い出はとても素敵なものだと私は思うわ。もちろん、貴方が生涯を費やして書いている本もね。だから、そんな貴方には」
「最後の時まで、笑顔でいて欲しいの。私個人の勝手な考えだけど、貴方に悲しい顔は似合わないわ。できることなら、いつまでもその太陽のような笑顔でいて欲しい」
「まさか貴方からその様なお言葉を聞けるとは。大変嬉しく思います。紫様のおっしゃる通りですね。人間の生き様を貴方に教わるなんてなんかおかしいですね」
紫の言葉に、阿求は滴る雫を袖で拭い笑みを浮かべる。
紫とは幻想郷縁起のチェックのため阿求より前の御阿礼の子(紫の話では阿夢)の頃から面識があった。
そのためか、阿求のところにやって来ることもしばしばである。
それ故に案外仲が良かったりもする。
だからこそ、その言葉には重みが感じられた。
いつもの冗談交じりの会話でないこともすぐに分かる。
「そうですね、大切なことを忘れてました。有限だからこそ、人は一時一時を後悔しないようにしないといけませんね。私もくよくよなんてしていられない。今の私にできることをやらないと」
その目は先ほど自分の余命を自白した時の虚ろなものとは違い、月の優しい明かりと相まって輝きを増していた。
‐後日‐
「阿求様、今日は随分と早いお目覚めで」
「いろいろと調べたいことがあってね。ちょっと出かけてきます」
「そうですか。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
風呂敷に紙や硯、炭に筆といった書き物道具一式を積め、軽快な足取りで門を出る阿求。
私にできること、それは一つでも多くのことを書に記し、後世の人々に伝えることだ。
阿求はまだ見ぬ先の世を生きる自分やこれを見てくれる人のために残りの時間を使うことを決めた。
幻想郷を見聞し伝道する彼女らしい選択だ。
もっとも、今は自分がやりたいからやっているとのことだが。
私の大好きなこの世界について多くの人に知ってもらえるように……
そんな想いを胸に秘め、今日も阿求は幻想郷縁起に綴る事柄探しに里を出る。
の直ぐ後に
まして普通の人間のように『長く』生きることができない
はちょっと
普通の人間程は、などの別の文を考えてみて下さい
稗田家の人という意味で書きたかったのですがどうも上手い言葉が出てこなくて
単純に『家の者』、とかの方がいいのかな
6>
自分で読み返したら確かに、と思いました
ここで対比するのはマズイですね
ご指摘ありがとうございます。
なるほど、ご指摘どうもです。