お品書き(注意事項)
・本SSは、百合です。ど百合です。
その手のお話が苦手な方は、申し訳ありませんがブラウザバックでお戻りください。
11月10日 おひさま
てくてく、てくてくとわたしは大きくてて高いかいだんをのぼっていく。
わたしがおつとめするじんじゃは、とても高いところにあるのだ。
ときどきつまずきそうになるけど、わたしはそのたびにぐっとりょう足に力をいれ、ころばないようにがんばった。
いつもならころぶところも、いっぱいがんばってころばない。
きょうは、八坂さまにおわたしするものがあるからだ。
とことこ、とことことわたしは大きなかいだんをのぼりきり、とんっとけいだいにあしをのせた。
とたんに、ひゅうとすずしい風が、わたしのあせがながれるほっぺに当たる。
この風は、八坂さまのごあいさつ――よくきたね、早苗。
八坂さまは『そんなことに力はつかわない』と言っていたけど。
でも、ふつうの風は、ながれていくものだ。
わたしのほっぺをなでる風は、わたしのあせがなくなるまで、やさしくわたしをなでる。
だから、この風は八坂さまのごあいさつ。
てってこてってこ、わたしはけいだいをあるき、おやしろをとおりすぎる。
わたしのもくてきちは、おやしろのずっとうしろにある、大きな大きな木。
そこに、いつも、八坂さまはいる。
『八坂さま、こんにちは』
大きな木をみあげて、わたしは言った。
『――きょうはえらく、大きなにもつをせおってるね』
とん、と八坂さまは木からおちてきた。
『?大きなにもつをもってると、えらいんですか?』
『あぁ、いや――えらくって言うのは、『たいへんな』『すごい』とか言ういみがあるんだよ』
一つ、おりこうになりました。
『――ともかく。なにをもってきたんだい?』
『あ、はい、えと――』
リュックをおろし、がさごそとおわたしするものをとりだす。
それは――『おむすび、かな?』
『わ、わ、すごい、すごいです、八坂さま!どうしてわかったんですか?』
八坂さまは、わたしがもったぎん色のものを、言いあてた。八坂さまはすごい。
『いやほら、かたちで………まぁ、いいや』
なんでもないことのように、八坂さまは言った。やっぱり、八坂さまはすごい。
『で、早苗は、いまからおそめのおひるごはん?』
『ちがいます。わたしはちゃんと、おひるごはんをたべてきました』
ふるふるとくびをふって、わたしは八坂さまにそう言って。
はいっ、とげんきよく、ぎん色のもの――おむすびを八坂さまにプレゼント。
『………えーと。わたしに、くれるのかな?』
『はいっ。八坂さまはいつもおさけばかりのんでて、ごはんをたべてるのみたことありません』
ちょっとだけ八坂さまはじぶんのほっぺをぽりぽりとかいてから。
ありがとう、とうけとってくれた。
『これ、早苗のてづくりかね?』
『わ………、八坂さまは、そんなことまでわかるんですね。そうです、わたしがつくりました』
『そうかい、そうかい。――早苗は、ぜったいにすばらしいおよめさんになるね』
わしわしとわたしのあたまをなでながら、八坂さまはほめてくれた。
わたしは、それがちょっとだけくすぐったくて、めをとじる。
『いや、その、なんだ。ちかいのくちづけははやぶぁっ!?』
『??八坂さま?』
八坂さまがきゅうに大きなこえをだしたので、びっくりした。
ぱちっと目をあけると、八坂さまのあたまの上に、大きなかえるさんのおきもの。
『あんのめろうめ………どこできいてやがる――早苗?』
『かえるさん………かわいい』
『………そぅ』――八坂さまは、あたまの上のかえるさんをどかして、よくわからないおかおで言いました。
むずかしいおかおをしている八坂さまは、ちょっとだけこわかったので、わたしは八坂さまにわらってもらおうとおもった。
そのほうほうは、さっきのおはなし――八坂さまは、わたしのおはなしをするとき、いつもわらってくれるから。
『――八坂さま、八坂さま。早苗はすばらしいおよめさんになれるんですか?』
『ん、あぁ、もちろんだ。早苗は、いま、かわいらしいむすめさんで、………ふむ』
そこでことばをきって、八坂さまはなにかをかんがえはじめました。
じっと見ながらまっていると、またわしわしとあたまをなでられた。
『すばらしいおよめさんになるのには、もうわんすてっぷひつようだった』
よかった。わたしがかんがえたとおり、八坂さまはわらってくれた。
『わんすてっぷ?』
『あぁ。そのまえに、いい女にならないとね』
『いい女?』
『あぁ、そうだよ』
いい女がどういう女の子なのかわからなかったけど、すばらしいおよめさんになるのにはひつようらしい。
だから、わたしは八坂さまにきいた――『どうすれば、いい女になれますか?』
八坂さまは、くすりとわらって、こたえてくれた――『あぁ、いい女になるためにはね。こいをするんだ。そして』
――そこで、幼い、覚え始めたばかりの漢字を嬉々として使った、語尾が統一されていない日記は途切れていた。
………二つばかり訂正しよう。
一つ、途切れていたのは当日のものだけで、その後も読んでいて恥ずかしくなるような日記は続けられている。
一つ、正確には途切れていない――最後の文字『て』の下部分が延々と伸ばされている。
眠かったんだろう、当時当夜の私は。
肌を撫ぜる風が涼しいから寒いに変わりそうな時期の麗らかな昼下がり。
私―東風谷早苗―は守矢神社の自室にて、5,6歳頃の自身の日記を読み、苦笑していた。
表紙には『わたしのにっき』と黒いマジックで書かれていた――使い慣れていなかったのだろう、
文字は交互に太くなったり細くなったりしている。
捲って目に最初に飛び込むのは、辛うじて読める程度の黒々とぼやけた文。
最初に使ったのは2Bだったかな、と振り返る。
その頃の私に、使っても短くならない、もしくは芯を変えればいい道具の知識はなかったようだ。
さて、何故私がこんな数年前の日付で打ち切られている日記を引っ張り出してきたかと言うと。
先日、博麗神社にて行われた宴会で知り合った、上白沢慧音さんとその事についてお話ししたからだ。
――後から他の方に聞いた話だと、慧音さんは日記と言うモノ自体が好きなようで、会う人会うモノに勧めているらしい。
尤も、慧音さんがお勤めしている寺子屋の子供たちはともかく、他の幻想郷の住人や妖怪の皆さんへの
普及率は芳しくないとの事だったが。
ついでに、話を伺った『他の人』―博麗霊夢さんに、貴女はどうかと問うてみると。
『私がそんな毎日続けなきゃいけない事をするほど几帳面に見える?』と、肩を竦めてはぐらかされた。
ともかく、慧音さんや霊夢さんと話している内に、自身が以前に書いていた事を思い出し、今に至ると言う訳だ。
流し読む程度だった他の日付と違って、その日―文章が途切れている日―をしっかりと読んだのは、恐らく故意だと思う。
途切れている事自体が奇異であったし、内容も他の日と比べて、私らしくないから。
そう、私らしくないのだ。『当時の』でも通じるし、『今の』でも通る。
つまりは、私は当時から今にかけて、それに―『恋』に関する記憶がない。
………しょうがないじゃない、と誰にでもなく微苦笑。
のほほんとしていた―今でも、と神奈子様は言われるが―小学校。
風祝の修業が本格的になった―日記が止まっているのもこの時期―中学校。
で、中学校から特に受験もせずあがった高校は、当然の如く女子高だったと言う訳で。
その手の事に関しては、何をするでもなく―何もしていないからだろうか―過ごしていた私には、
恋愛云々という同年齢の子が多いに大いに情熱をかけるイベントに全く縁がなかった。
………全く、という程に断言できるのもどうかと思い、何かなかったかと考え直してみる。
小学校時代、よくクラスの男の子に悪戯されてたっけ。
クラス替えの度に違う男の子が悪戯してくるものだから、その頃の私に至らない所が多かったのだろう。
悪戯と言っても、スカートを捲られたり、髪を引っ張られたりと言った可愛らしい類だったし。
いやいやいや、待て、私。今思い出したいのは、懐かしいものじゃない。
むぅ………流石に小学生の私に甘酸っぱいものを求めるのは酷か。
中学校の時はどうだったかな………。その頃の記憶はほとんど風祝の修業で埋められているけれど。
時々、学校のクラスメイトや小学校時代の友達が、『体験入学』と称して何度か遊びに来たっけ。
そんな時は軽めの内容―祝詞の意味や謡い方、信仰は如何にしてあるべきかと言った精神論―で済ませたのだが。
『諦めた』と彼ら彼女らは、一日もしくは数日で肩を落としていた。
そんなところか。………つ、次いってみよう。
高校の頃には、修行も一段落を終え、ほどほどに普段の生活を満喫していた気がする。
一年目のヴァレンタインデーには、初めて私も参加してしまったり――尤も、渡した相手は神奈子様だったけど。
そう言えば、当日私もチョコレートを頂いた。
私にチョコをくれたのは、去年まで私が着ていた制服を身に纏った女の子―この場合も後輩と言うのだろうか。
彼女は―そう、確か、『先輩、憧れてます』――そう言いながら、可愛らしいリボンのついたそれを渡してくれた。
校門を出ていきなりのプレゼントに、私は一瞬ぎょっとしたけれど。
一生懸命に『どうぞっ』と差し出してくる彼女に、『ありがとう』と告げ受け取った。
目的を果たせてほっとしたのだろう――ぼぅとする彼女に、もう一度『ありがとう』とお礼を言い、
そんな様子の彼女が幼い頃の自分にだぶって見え、ついつい頭を撫でてしまった。
――って、少しは恋愛云々に近づいたと思ったら、これはまた別口だ。
彼女が私に向ける感情は、彼女の言う通り『憧れ』であり、それでは、小さな私が神奈子様に向けていたモノと同じである。
あらかたの記憶を探り終え――はふ、と小さな溜息を洩らす。
確かに、私は自身、恋愛というものに余り向いているとは思っていない。
けれど、何一つ――それこそ全く縁がないと言うのも悲しい気がしないでもない。
それこそこの調子では神奈子様の言う『いい女』なんて、千里の道もいい所。
しかも、『恋をする』のは条件の一部であって、全部ではない。
『そして』に続く何かがないと、『いい女』にはなれないらしいから。
その続きはなんだったのだろう――記憶の欠片を集めていると、私を呼ぶ声が聞こえた。
「早苗ー」――しっかりとした、だけど奇麗な声。神奈子様。
「さなえー」――可愛らしい、けれど漂漂とした声。諏訪子様。
「何処にいるんだ、早苗」
「さなえー、寂しいとけろちゃんは死んじゃうんだよー」
お二人の呼びかけに、私はくすくすと笑いながら、日記をぱたんと閉じ、年代物の学習机の奥に放り込む。
大事な諏訪子様に死なれてはたまらない。
部屋を出て、声のした方に駆けだしていくと――。
「ふ………私の勝ち。らぶりーぷりてぃーきゅーてぃーな私のさなげふぁ!?」
「く………っ。さなえー、わ、私の可愛い可愛いかわいい、さないたぁっ!?」
――神奈子様が、諏訪子様の顔に見事な右ストレートを決めていて。
――諏訪子様が、神奈子様の伸ばされた右腕の肘にカウンターの左フックを入れていた。
あぁなるほど、だからすわこさまはつぶれたようなひめいだったんだ、
かなこさまはかなこさまでそりゃいたいでしょう、かんせつはかいわざだ――「何をされているんですか、お二人とも!」
「あぁ………早苗が見えるよ………お迎えが来たのかな………今行くよー………。
わぁ、早苗、胸おっきくなったね、でもけろちゃん、早苗に赤髪は似合わないと思うな―………」
駆け寄ると、『まてーまてー』と言う様に手を伸ばしてくる諏訪子様。
「一緒に暮らしているんですからそりゃ見えますよ!勝手に三途の川の渡し守にしないでください!
――神奈子様も、やりすぎですよ………って、ほね、ほねが!?」
振り返り、神奈子さまを見ると、右肘の内側から骨が生えていた。
あらまぁ、かみさまにもほねってあるんですね。
「だいじょうぶだよ、さなえ、わたしがこのていどのきずでどうこうなるわけないじゃないカ」
「いや、不自然な笑顔で言われても!早く治さないと――グィグィゴキン――っていやぁぁ骨を触らないで無理やり中に戻さないでー!?」
凄惨な光景に目を閉じて、無骨な音に絶叫する。
骨が鳴っているのに無骨とはこれいか――ゴキングジュガキィ――いやぁぁぁぁぁ。
耳を両手で蔽い、膝を折って嘆く――と。
小さな手と、それよりも少し大きな手に頭を撫でられた。
「あはは、ごめんよ、早苗。冗談が過ぎちゃったね」
「あぁ、全くだ。――私達が悪かったよ、早苗」
恐る恐る目を開き、見上げると何時ものお二人が。
「私がさっき見たのは、幻影だったんでしょうか………」
「いやいや。ほら、まだ顔赤いし――神奈子、大分力が戻ってきたみたいだね」
「ふん、諏訪子こそ、相変わらずやるじゃないか。――ん、と、――コキン――よし、これで大丈夫だろう」
………私はまだまだ神の領域に辿り着けていないと、認識。
「えーと。ところで、呼ばれていたのは――?」
「ん、あぁ、ちょっと出かけるんでね。声をかけておこうと思って」
「そーそ。――あーうー、やばいよ、神奈子、そろそろ行かないと」
言いつつも、諏訪子様は玄関の方に走っていった。
――あぁ、そう言えば。お二人は月に二度ほど、こうやって何所かにでかけているな、と思いだす。
お出かけの後には決まって、とても疲れたような………だけど、満足感がある様な顔をしていた。
だから、物騒な事ではないのだろうと私は結論付けている。
「――あ、その前に一つだけ。神奈子様、十年ほど前の話なんですけど………」
「ん?もう少し絞ってくれないか?」
「あ、はい。私が初めておにぎりを持って――」
「あぁ、九年前の霜月、9日………いや、10日だったかな。すぐに思い出せないとは、私も歳をとったもんだ」
いえ、全くそんな事ないと思います。
神奈子様の尋常じゃない記憶力に口をポカンと開けていると、それで、と促された。
「あ、はい。その日のお話でちょっと気になる所があって。
神奈子様、『いい女』に――「神奈子ー、置いてくよー?」――ぁ、と」
「あーもぉ、今行くってば!――早苗、急ぐ用かい?」
いえ、と微苦笑しながら首を横に振り、歩きだした神奈子様の後ろに従う。
玄関に着くと、既に諏訪子様はお気に入りの靴を履き終え、出かけるのが待ちきれないという様子で、
ぴょこぴょこと跳ねていた。
「おーそーいー!ほら、待たせちゃ悪いんだしさっ」
「わかってるって。――あぁ、そうだ、早苗。早苗も偶には、外に遊びに行ったらどうだい?」
「え………?」
「信仰集めとかお使いとかじゃなくて、さ」
息抜きをしろと言う事だろうか。
神奈子様の言う通り、確かに私は先の二件以外では余り外に出ない。
山・麓問わず、宴会でも場の空気に馴染むのに必死で、宴会そのものを楽しめているとは言えない気がした。
「――はは、早苗。そんな厳めしい顔をするな。もっと単純でいいんだ――外に出て、遊ぶ。言葉通りで。
何か、素敵な出会いがあるかもしれないし、ね」
ぱちりと片目を瞑り、神奈子様。
靴を履く間も私を見ていてくれたのだろう。
「そだね、早苗も遊んできなよ。私達、夕方位までは帰ってこないと思うし」
にこりと笑い、諏訪子様。
開け放たれた玄関の扉を後ろに、眩しい笑顔が私を照らす。
涼しい、心地よい風が玄関の外より招かれて。
私は少し癖っ毛のある髪を左手で押さえ。
神奈子様が諏訪子様の横に並び立ち、振り向き――お二人は同時に、口を開く。
「「――じゃあ、行ってくるよ、早苗」」
「お二人とも、行ってらっしゃいませ」
さて、と玄関に残された私は一人ごちる。
――洗濯物は午前中に取り込んだし、晩御飯の準備は夕方以降でも大丈夫だろう。
外の天気は見事な秋晴れ。是で神社に籠っていては神罰が下ってしまいそうだ。
――来客が来たらどうしようか………あぁ、書き置きをしてもらおう。
ついぞ出番のなかった、玄関の内側にかけられた一枚の木札を背を伸ばして取り上げて。
――よし、是で大丈夫。さぁ、頑張って遊びに行こう!
玄関の出っ張りにちょこんと札をかける。勿論、外側に――『二柱及び一人、外出中』。
遊びに行くのに『頑張り』が必要なんだろうか、なんて自分に苦笑しつつ、私は風に身を投げだした。
《幕間》
「ねぇ、神奈子。実際にさ、早苗に『素敵な出会い』があったらどうすんの?」
「泣く」
「早っ!?しかも泣くの!?」
「三日三晩泣き晴らす。早苗との思い出に浸りながら」
「………あんたさ、昔っから変なとこで女々しいよねぇ」
「で、あんたは雄々しいんだ」
「へーへー、そん時ゃ付き合うよ、胸貸すよ」
「………硬そうだ」
「煩いよ!」
《幕間》
「………で、ウチに来たと」
「あ、あはは………まぁ、その」
あちらとしては突然の来訪………の割には、それでも然して興味もない様に、赤と白の巫女―博麗霊夢さんは呟いた。
合いの手を打つ必要はなかったのだが、流石に此処を追い返されると行く所がなくなる――そう思い、
私は曖昧な微笑を浮かべて、言葉を吐きだした。
霊夢さんは持っていた箒に両手を置き、その上から顎を乗せ、じとりと此方を半眼で見てくる。
「もう一回、細かい所を省いて経緯を説明してくれる?」
何故か凄みを感じさせる瞳で、霊夢さん。
私としては彼女に会った直後にした説明に何の落ち度もなかったと思うのだが、そうでもないのかもしれない。
遊びに来ただけなのに――と思う心はとりあえず脇に置き、頬に流れる冷汗を感じつつ、彼女の求めに応えた。
「え、と。最初は、椛ちゃんの所に行ったんです。でも、彼女、『今から文様と取材なんです』って」
「あー………あの子にしてみれば、デートに近い感覚かもねぇ」
「次に、にとりさんのお家に寄ったんですが、どうもお仕事中だったみたいで………」
「微妙に可愛らしいクレイジーな笑い声が漏れていた、と」
「慣れない片仮名のお心遣い感謝します。――で、雛さんが何時もいる辺りに向かったんですが」
「頑張るわね………。まぁ、何所かに―多分、丘と思うけど―行ってて、いなかった」
「ですね。そのまま麓まで降りて、静葉さんと穣子ちゃんにお会いしたんですけど」
「あぁ、うん、まぁ。蜜月を邪魔するのは遠慮したのね」
「あはは………――その後は、里の方に行って、慧音さんを尋ねてみたんですが」
「け、結婚式の手伝いに駆り出されていて、話す暇もなかったと。………ウチでやりなさいよ、結婚式!」
「外では割とそうなんですけどね。あ、でも、ウェディングドレス着てたから、教会式だった様な」
「此処は幻想郷よ!?それともなに、紅魔館の連中が流行らせてるとでも言うの!?」
「里の方曰く『親切な金髪美女が年に数回何処からともなく持ってきてくれる』と」
「すきまぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
霊夢さんの絶叫は、虚しく青空に吸い込まれていった。
「――まぁ、いいわ。で、最後に」「はい、此処に来ました」
咆哮をあげたのも今や昔、霊夢さんは落ち着きを取り戻し、またも半眼で見据えてくる。
なんとなく、その気迫に押され、私は半歩後退る。じりじり。
そんな私を見てか、それとも先程の遣り取りを反芻してか――彼女は微苦笑を零し、言葉を繋いだ。
「あのねぇ。あんたの言ってる事、ものすごーく失礼よ?」
「………へ?」
「『仲の良い友達と遊ぼうと思ったら無理だったので、知人に会いに行きました』」
「………あー」
「『でも、知人も用事があったので、とにかく知ってる暇そうな奴の所に来ました。今ここ』」
「あははははは………ごめんなさい」
物凄く端的に言われてしまったが、確かに失礼だ。
ぺこりと頭を下げる私に、霊夢さんは気だるげに手をひらひらと振る。
「はぁ………いいけどさ。――あんたって普通に素直よね。妖夢や鈴仙―うどんげね―なんかと気が合うかも」
「んー………素直、ですか」
首を傾げて考えてみる。素直なんだろうか、私は。
「ええ。だって、幾らでも此処に来る理由なんて考えられるもの。例えば、『分社の様子を見にきた』とかね」
「なるほど、言われてみれば――って、でも、それって誤魔化しですし」
「そう言う所が素直だって言うのよ」
不出来な生徒、もしくは至らない妹を注意するように、霊夢さんは苦笑する。
本人にそう言うつもりはないだろうから、私が彼女を先生や姉に見立てているのだろう。
………おかしいな、歳は変わらないか、上だと思うんだけど。
「――ん?あの、『普通に』ってどういう意味です?」
「魔理沙なら『霊夢が暇じゃないなんてありえない!私も暇だ!遊べ!』ってところかしらね」
「あ、あはは………す、素直ですね」
「頭に無遠慮とか考えなしとか付けるけども」
「あはははは………」
酷い言われ様の黒白魔法使いさんを思い出し、渇笑いを浮かべる。当然の如く、広がる青空に吸い込まれていった。
どうしよう、やっぱり駄目かな………――場を繕う言葉を探しながら、私が半ば諦めかけていると。
こほん、と霊夢さんが空咳を打った。
「――来てくれたんだし、お茶位は出せるけど?ま、お茶請けは生憎とないけどね」
箒を肩に預け、言うや否や、境内の奥に歩きだす。
「――どうする?」
振り向いて、然して興味なさ気に聞いてくる。
寸前の、皮肉も何も込められていない来訪への感謝の言葉を思い出しながら、私は少し考えた。
私を素直と評した彼女だけれど。彼女自身はどうなのだろうか。
「お茶請けなら、私が持ってきました。里で買った紅葉まんじゅ――」
聞いて瞬間、見て刹那、霊夢さんは喝采をあげる。
「その包装は黄龍堂!?お茶請け一箱とお一人様はいりまーす」
………とりあえず、食に関しては素直だな、と。
「もぅ、酷いです!私はおまけなんですか!」
「………。おまけじゃないと思う?」
「もー!」
赤の巫女は意気揚々と、青の風祝は怒気墳々と。
二人の少女はけれど、どちらも笑いながら、白い道を駆けだしたのでした、と。
――ふと見上げた空は、少しだけ黒い雲が増えた様な気がした。
《幕間》
「――今日はまた、盛大に揃ってるじゃないか」
「みたいだねぇ………あれ、でも、八雲の紫がいないような?」
「申し訳ない。紫様は『外せない用事があるの』と。恐らく、里の人間の結婚式に」
「へぇ………まぁ、詮索はしないさ。――ともかく、進行は誰がしようか?」
「基本的には、前回の勝者である貴女達なんだけどねぇ………よければ、代わろうか?」
「………どうする、神奈子?」
「ふむ………私達はまだ慣れちゃいないからね。任せるよ、『霧雨魔理沙の師匠』さん」
「了解。じゃあ、………八意永琳、最初で良いかい?」
「進行役が最初、がルールなんだけど………今日は、とっておきがあると思っていいのかしら?」
「ふふ、察しが良くて助かるよ。まぁ、そう言う訳さね」
「いいわ、なら、引き受けましょう。――内容は、『地の兎と月の兎』………うふふふふふふ」
「――!?諏訪子、腹に力を込めろ………っ」
「わかってる!早苗………私達は、負けないよ………っ」
《幕間》
少女飲食中。縁側にて。
黄龍堂の紅葉饅頭は、結果として、私達のハートをぐっと掴んだ。
いや、言葉を正確にするならば、私のハートを、だ。
だって、霊夢さんは、お茶を沸かす間も即興の鼻歌を奏でるほど、端から掴まれていたのだから――
「おやつのもっみじ、もっみじー、もっみじ、もっみぃじー、だぁれかぁがーこっそわぷ」。
「あぁ確かにここならいそうですねこのへんないきものは、じゃなくてその節は危険が危ないので止めてください」
「なにをそんなに慌ててるのよ………?――もぉみじ、もみじ、もみじ、おかしのこぷわ」
「あぁぁぁぁよくわかんないけどそれも駄目です!絶賛上映中です!現人神の奇跡がなんとなくそう告げています!」
とまぁ、こんな有様で。
一方の私はと言えば、余り積極的に甘い物を取りたくない気分だったので、一つで済まそうと思っていたのだが。
「おいひぃ♪――ん、早苗、あんた、もういいの?」
「え、えぇ、まぁ。やんごとなき事情により糖分は暫くさけよ――」
「………弾幕に当り易くなった?」
「なんですか、その具体的かつ婉曲的な表現は………っ?」
「太った?」
「直球すぎます!もう少し優しく!」
「ふとましくなった?」
「――仕方無かったんです………っ、お酒は苦手だから食べてるしかなかったんです………っ!」
「そう………辛かったのね。――ほら、かつ丼はないから、紅葉饅頭でもお食べ」
「あぁ………美味しい………。神奈子様、諏訪子様、早苗は明日からダイエットを始めます………」
はらはらと涙を流すふりをしながら、私はお二人に誓いつつ、三つ目の饅頭を口に入れた。
あぁ、甘ぁい餡子が口に含んだ瞬間、全身にいきわたる。美味しいなぁ。
………なんだか誓ったお二人が首を横に振っている気がする――『それ無理フラグ』。
「んー………でも、そんな風に見えないけどなぁ」
――両手で一つの饅頭を持ち、此方を見上げながら霊夢さん。
単に背が、私の方が高いからなのだが。
因みに、割とお饅頭が大きめの為、彼女は栗鼠の様にかぷかぷと食べている。
「幸いな事に、着痩せするみたいなんです」
『私、脱いだら凄いんです』と数年前のCMキャッチコピーが頭に浮かんだが、言っても怪訝な顔をされると思ったので、
忘却の彼方に追いやった。
「ふーん、ま、私には縁がないからよくわかんないけど」
「太らないんですか!?『何を食べても太らない程度の能力』!?代えませんか!?」
「何をよ?――じゃなくて、太れないの。太らないんじゃなくて」
何でもない事の様に返してくる。がっでむ。
「………あのね、早苗。人は、食べないと太れないの」
「はぁ、そうですね………?」
「………そう言う事よ」
ふ………と、切なげな流し目を紅葉饅頭に向ける。
目だけではなくて口も向けていたようで、切なげに美味しそうに頬張る、という滅多に見れない表情が見れた。
いや、見たかったわけじゃないけど。
「でも、痩せてるのはやっぱり羨ましいですよ。私なんてすぐに身に付いちゃうから」
「いやだからね、付くものがそもそもな………まぁ、いいけど。――大丈夫だって、そんな見た目で太ってるわけじゃ」
「きつくなっちゃったんです、晒。着崩れしやすくなるからヤだなぁ………」
ぴきん――大気が震えた。様な気がする。
「………早苗さん、一つ聞いてもいいかしら?」
「あ、はい、なんでしょうってなんでそんな笑顔なんでしょうか」
「おまえ、むね、おおきさ、はく」
「片言!?え、っと、確か、少し前に計った時は、はち」
「格差社会を是正するー!」
ひゅ………――と、耳に音が入ってきた時には、既に霊夢さんの手が伸ばされていた。
だけど、私とて伊達に風祝をやっているわけではない。
微かに感じる風の流れを読み、稲妻のように迫る右手を、身を捻ってかわす。
やらせはしない………!――眼下に揺れる赤い大きなリボンに、にぃと笑みを向ける――「甘いわっ」
見下ろす私、見上げる彼女………瞳と瞳が、交差する――「負け惜しみを………!?」
ふにゅ。むにむに。
………ふぇ?――「えぇぇぇぇぇ、よ、避けましたよね、わたしっ!?」
「右手はね。だけど、私には黄金の左手があるの」
「貴女、ゴールキーパーじゃないじゃないですか!?」
「何の話かわからないけど!とりあえず、小さくなれー小さくなれー………っ」
「く、くすぐった………くぅ、やられっ放しは性に合いません!」
「えぇ!?」
「ほんとに驚いたって顔しないでください!――ピンチをチャンスに!チャンスをピンチに!………あれ?」
「やっぱへたれーじゃないの!?」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
何やってんだろ、と二人して我に返った時には既に、汗が服にしみ込んでいた。
雲が空の大半を占める天気でこの状態なのだ、相当にはしゃいでしまったんだろう。
それでも、収穫があったので良しとする。
「細………なにあのウェスト………五十の………前半?ずっこぃ………」
碌でもない情報だという気はするが。
「くぅ………私や魔理沙以上だとは思ってたけど………アリスや鈴仙並みだとばかり………!」
………痛み分けかな。多分。
乱れが残る装束の襟元を正し、気分を落ち着かせる為に緑茶を喉に流し込む。
出された時には当然の様に熱かったが、今は程よい温さとなっていた。
胃に落ちたカテキンに、ほぅと一息柔らかい唸りを上げる。
さて、話を続けよう――と、霊夢さんをちらりと見ると、彼女は私の視線に欠片も気付かず、ただ一点に視線を集中させていた。
彼女の熱い視線を独占するのは、私を先程苦悩させ、蕩けさせた憎いあんちくしょう――紅葉饅頭。
最後の一個だった。
「………要ります?」
控え目にお伺いしてみる。
瞬間、霊夢さんは此方を見上げ、その瞳は見開かれて。
少しの間、奥歯を噛み、何事かを考え――努めた冷静さを取り戻したようだ。
そして、今日二度目のポーズ―肩を竦ませながら、口を開く。
「私が、お客さんに遠慮させるほど、饅頭を食べたい様に見える?」
「霊夢さん、涎、涎」
ごしごし。
「も、もう一度聞くわ。――この私が、博麗霊夢が、お客さんに」
「よければどうぞ」
「わーい」
両手をあげて歓声をあげる霊夢ちゃん。なんて。
そのまま手を箱に伸ばし、心持是まで食べていたものよりも大きめの饅頭を掴む。
かぷかぷと齧りつくその光景からは、普段札やら陰陽玉やら腋やらを見せつけ、空を闊歩する姿は想像し得なかった。
霊夢さんが最後の饅頭を平らげている間、聊か時間を持て余し気味になった私は、適当な話題を二三、口にする。
「空、暗くなってきちゃいましたね」
「むぁー」
「お饅頭、お口に合って何よりでした」
「まぅまぅ」
「そう言えば、里で見た新婦さん綺麗だったなぁ。凄く幸せそうだったし」
「………もふぁ!?」
意外。その話に反応するとは思わなかった。
けほこほと噎せる彼女の背を摩りながら、話を続けてみる。
「胸元と腰についたフリルも可愛かったし、白と淡い緑色の配色も似合ってたし」
「………え?ウェディングドレスって白色だけじゃないの?」
「基本は白ですけどね。最近は赤いのや黄色いのもありますよ」
「ふーん………私は白が一番いいと思うけどなぁ」
どうやら予想以上に、今の話題は、霊夢さんの興味を引いた様だ。
だって、お饅頭と対等の勝負をしている。
比較対象がどうかと思うが、実際、彼女を食から切り離すのは難しい様に思えた。
なんとなく嬉しくなって、話を広げる。
「………あれ?さっき、『いいと思う』って言われてましたけど………見た事、あったんですか?」
「ぅ………っ」
自分に矛先が向けられるとは思っていなかったのだろう、霊夢さんは言葉を詰まらせた。
「――霊夢さんも、そういうの、憧れます?」
追撃。
「ぅ、ぐ………」
直撃。
「わ、私が、そんなものに興味があると思う?」
伝家『紅白巫女の肩竦め』。
「はい」
宝刀『青白風祝の頷き』。
――ピチューン。
霊夢さんは、うぅぅぅと唸りながら俯き、悔しそうに肩を震わせていた。
それでも―観念したのだろう―顔をあげ、忌々しそうに言葉を吐きだす。
尤も、頬を朱に染めているモノだから、怖くも何ともないのだが。
「………今から話すのは、秘密の話。もしくは、饅頭の甘さに頭がやられた巫女のどうでもいい話」
「オフレコですね。わかります」
「おふ………なに?」
「あ、いえいえ。続けてください」
しまった、話の腰を折ってしまう所だった。
「見た事、ね。小さい頃に、一回だけあるのよ」
すぅ、と息を一つ吸って吐いてから、語りだす。
その横顔は、巫女ではなく、一人の少女。
――何所か遠くで、音が一つ、聞こえた気がした。
「その時見たのは、さっき早苗が言ってたような装飾がついてるものじゃなくて………もっと簡単なもの。
だけど、それが凄く綺麗に見えて………新婦さんも、勿論とても綺麗でさ。
それで、すっごく幸せそうに、新朗さんと腕を組んでたの」
こんな感じ、と私の上腕―というよりは腋下―に自身の腕を柔らかく絡ませる。
部位が高すぎる事に気づき、少しだけ、絡ませたままで腕を下にずらす。
――何所か近くで、音が一つ、聞こえた気がした。
「周りの人たちは、みんな笑ってたり、泣いたり。――やっぱりみんな、幸せそうで。
………私はさ、結構小さい頃からこんな性格だったから、捻くれた事ばっかり思ってたんだけど。
その時だけは、いいなぁって、素直に、思った」
幼い、遠い昔の記憶。だけど、彼女は寸分違わず、覚えているようだ。
過去の思い出は美化されると言う。――いいじゃないか。少なくとも、彼女を見て、今はそう思う。
――何所かドコカで、音が一つ、聞こえた気がした。
「だからさ。だから、もし仮に、万が一、私がそんな風になれるとしたら――。
その時は、集まった、集まってくれたみんなが、笑って、泣いて――幸せそうで。
………うん、あり得ないんだけどね。
みんなって、だって、私、人間も、妖怪も、神様も、妖精も、蓬莱人も、半人半獣も、考えてる。
あはは、あり得ない。そんなに一杯集まったら、笑って泣いて――幸せそうで、っていうのは無理だよね。
――だけど、さ。そんな素敵な結婚式………」
顔を真っ赤にして、半ばやけ気味に。
博麗霊夢は、そんな、あり得ない結婚式を、素敵で綺麗に可愛らしく、……おしい照れ笑いを浮かべながら、紡いだ。
――ドコカどこかで、音が一つ、聞こえる――どくんっ。
「――できたら、いいよね」
どくんっとくんとくんとくんとくんとくんとくん………――「って、さなえ、早苗!?」
………頭上から、霊夢さんの声がする。
大音響で鳴り響く原因不明の音に呆然としていた私は、自分でも気付かないうちに胸に手を当て、蹲っていたようだ。
ゆっくりと顔をあげると、当然の様に何時も通りの霊夢さんの顔が――いや、何時も通りじゃないか。
霊夢さんは、心配げで、でも何か不思議なモノでも見ている様な、複雑な表情だった。
大丈夫ですから――嘘吹きつつ、少し暑くなってきた為、身を遠ざける。
………少しだけ、嘘が本当になった様な気がした。
「ほんとに、大丈夫なの?」
「………はい。すいません、驚かせてしまって」
「………いいけどさ。ったく、酷いわねぇ、引きつけ起こすほど、驚いたの?」
「………え?」
「だから………さっきの」
頬を膨らませてそっぽを向きながら、そんな事を尋ねてくる。
――また、さっきの音が聞こえた気がした。
「も一回念を押しとくけど………アレは、頭が糖分でふやけてたから出てきた話よ。
………魔理沙や咲夜―あぁ、いや、誰にでもだけど―に言ったら、承知しないからね」
と言う事は、その二人も―他の誰も、知らない話なんだ。
私は少し、くすぐったいような、嬉しいような………暖かい気分に包まれた。
だから、最後のお饅頭の一欠片をあむあむとほうばる霊夢さんの言った言葉は、不意打ち。
何でもない事の様に――事実、彼女にとっては何でもないのだろう。お饅頭の方に意識がいってたし。
――どこかで、音がした。
「それにしても、さっきのあんたの表情、不思議だったわよ。
苦しそうなんだけどね………綺麗に見えた」
《幕間》
「ちぇん………ちぇんん………ちぇぇぇぇぇぇぇぇんっ」
「くぅ………あの八雲の藍が、あんなに壊れて………――神奈子、あんたも」
「さなえ、さなえ………あぁぁぁぁぁぁ、さなえぇぇ………」
「って、あんたもかぃ!?」
「――ふふぅ………あの子の言葉を借りるなら、『蕩けさせられないモノはあんまりない』と言った所かしらぁ」
「ちぃ、やるじゃないか………西行寺!でも、エクストラな私はまだやられないよ!?」
「そぉう………でもね、洩矢。貴女以外は沈んでいるわよぉ?」
「え………?ぅっわ、八意、鼻血で溺死できそうだよ!?あとこの不定形どろどろしたモノは何!?」
「紫」
「とけたー!?って、何時の間にきてたのさ!?」
「んー、私のお話の中盤位からかしらぁ………それはともかくぅ………最後は貴女よぉ、祟り神さん」
「ふ、ふふ………いい感じに場を温めてくれたじゃないか」
「あらぁ………まだそんな事が言え――な………!何故貴女にそそり立つアホ毛―サイドポニーが!?」
「ぬうりゃぁぁぁぁぁ」「なんか出てきたー!?」「はーい♪」
「………まずい、まずいわ、けろちゃん!?」「どういう事、ゆっこちゃん!?」
「わからないの!?あの二人と言う事は………最大級のジャスティスが来るわよっ」
「遠くは耳をかっぽじろ!」「近くはその身を悶えさせなさい!」
「「『七色マスタースパーク』!!」」
《幕間》
黒々とした雲は、まるでそれが義務であるかのように、激しい雨を叩きつけてきていた。
早送りでも巻き戻しでも同じ様に見える情景だが、こういう水滴でも諏訪子様は喜ぶんだろうか。
けろけろ――「あ、諏訪子様」
「自分のとこの神を、その辺のアマガエルと一緒にするんじゃないわよ」
後ろから、半眼で注意してくる霊夢さん――振り返ってはいないけど、なんとなく表情が読めてしまう。
すっかり中身がなくなってしまった急須に新しいものを入れてきてくれたのだ。
じめじめとしていた空気の匂いが、緑茶の仄かな香りに更新される。
「違いますよ、霊夢さん。この鳴き声は多分シュレーゲルアオガエルです」
「しゅれ………何?」
「アマガエルの鳴き声は『ゲェッゲェッ』ですから。それに、大きさも」
「いや、いい。と言うか、なんでそんなに詳しいのよ?諏訪子の影響?」
「?――蛙、可愛いですよ?」
「………まさかとは思うけど、トノサマカエルとかは」
「ふっくらしてて可愛いですよね。あ、格好いいって言った方が良いかな」
額に手を当てて、霊夢さんは首を横に振った。
あー、懐かしいなぁ、その反応。昔、神奈子様やクラスメイトによく返されたものと一緒だ。
因みに、蛇に対する情熱を語った時も似たような反応が返された。
神奈子様ではなく諏訪子様に、だけど。
「あんたはまともだと思ってたのに」
「失礼な!」
「雨、止みそうにないわねぇ………」
一瞬の躊躇いも、少しの懸念もなく私の鋭い声を無視する。流石だ、霊夢さん。
「――でも、是だけざーざー振ってると、きつかふ」
「………早苗、今言おうとしていたのが、きから始まる三文字の動物を含んだ言葉なら、止めておきなさい」
「わふ………?」
後ろに立ち、そのまま私の口を両手で塞ぎ、微かに震える声で、言う。
「慣用句だものね。言いたくなる気持ちもわからないでもない。
でもね――それを使うつもりなら、死を覚悟しなさい」
なんでそんなきっつい覚悟が必要なのでしょうか。
「『藍がお嫁さんだなんて早すぎるわよぉぉぉぉぉ!』――それが、閉じる結界の中、私が聞いた最後の言葉………」
経験談でしたか。
「と言う訳で、止めておきなさい。貴女の為にも。確実に巻き添えを喰らう私の為にも」
「はーい」
「ん、いい返事。って………雨、きつくなってない?」
ざーざーごぅごぅ。
「き………嫁入りだと、こんな感じなんですけどね」
「嫁入り、かぁ………」
「止んでくれるといいんですけど………霊夢さん?」
ぽつりと………頭上から零された言葉は、意識の範囲外から咄嗟に出た類のもののようで。
だから、私がここで彼女を見上げなければ、その呟きを意識しなければ、本当に単なる独白だったんだろう。
見上げられた霊夢さんは、自分が口にした言葉を、其処で初めて意識したように見えた。
ことんと急須が乗ったお盆を私の横に降ろし、私の後ろに座る――背中合わせと言うやつだ。
くっついてはいないのに、理解不能できないほどに、体温が上がった気がした。
なんでかなぁ………、先程と同じ様な、呟き。
雨の音にかき消されそうなのに、何故か私の耳にはしっかりと聞き取れた。
或いは、私が聞き洩らさない様に、意識しているのだろうか。
しかし、それこそ『何故か』だ。何故、私は――。
「普段、こんな事、話さ――思わないのに。絶対、思ってても、人になんて言わないのに」
ざーざー、ごぅごぅ。
「………さっきね。あれだけ、結婚式いいなぁウェディングドレス素敵だなぁって言ってたけど」
ざーざー、ひゅーひゅー。
「………私さ、人を『好き』になるのって、よくわかんないんだ」
ざーざー、さーさー。
「あ、違うわよ。だからって『嫌い』なんじゃないの。そういう意味じゃなくて――」
ざーさー、さーさー。
「特別な誰か、を『好き』になるのが、ね。わからないは………わからないん、だ」
さーさー、ぽつりぽつり。
「あはは、なんでかな。簡単な、単純な事なのに。わかっちゃいけないんだ………って、思う」
ぽつり、ぽつり。
「――れい、む、さんは………」
「………え?」
「それを、そーいうのを、どう、おもわれます、か?」
ぽつりぽつり。
「――私がそういうのに、興味あると、思う?」
「………は、い」
「むぅ………躊躇いもなく返答されると、流石に恥ずかしい。――ん、そうね」
――ちょっとだけ、勿体ない、かな。
背中合わせだから見えないけれど。きっと、霊夢さんは笑っている。
素敵で綺麗に可愛らしく、いとおしい照れ笑いを――。
ぽつりぽつり………どくんどくん………。
雨の音は、叩きつける音から静かな音に代わり。
何処からか聞こえてくる静かだった音は叩きつける音に変わった。
だけど、私の目から流れ、手に落ちるものは、代わらず音を立て続けた――ぽつり、ぽつり。
「あーもぅ、柄じゃないわ、うん。――でも、こんな事、人に話すなんて初めてだから、ちょっと楽しかったかも。
あ、早苗が遊びに来たのって『素敵な出会い』云々って言うのも目的の一つよね。
うん、あったんじゃないかしら。いえ、私にとってはだけど。話しやすいと言うか、相性がいいと言うか」
雨が、上がり切る前でよかった。
是なら、もしお二人が先に神社に帰ってきていても、誤魔化せるだろう。
頭が痛い。理解できるはずの事柄を、理解したくないと思考が押し留めている。
ならば、理解しないでいられるうちに、此処を離れよう。
霊夢さんに、私の、涙でぐしゃぐしゃな顔は、見せたくない。
慣れない心情の吐露を終え、緊張が解けたのだろう、霊夢さんは私にもたれかかってきた。
彼女の、私より少しだけ小さい背中から、私より少しだけ低い体温が伝わってくる。
彼女には、きっと好……ひ…が……んだ。それは、絶対に、………じゃ、ない――
「――今更だけどさ、私達、いい友達になれそうだよね」
ゆっくりと、立ち上がる。
自身が訳もわからぬ動揺を、感じさせない為に。
背を預けてきている霊夢さんが、倒れないように。
「――はい。でも、今日は帰りますね。洗濯物、干しっ放しなのを思い出しちゃいました」
能力を代えなくて良かった。奇跡が起こっている。
だって、私の声は、震えていない。
――だと、言うのに。
「いや、もう全滅じゃ――早苗………?どうか――」
――したの?
勘が良すぎる。先程の動揺を読み取られなかったのは、彼女自身が緊張していたからだろう。
だから、言葉を紡がせる前に、私はもう一度奇跡を起こしながら、座ったままの彼女を振り返る。
「ふふ、何でもないですよ。――霊夢さん、それじゃあ、また」
「ぁ、うん。そんな綺麗に笑ってるなら、見間違えか。――またね、早苗」
ふわりと、体を宙に浮かし、風に任せる。
霊夢さんは手でも振っているだろうか、それとも、もう引っこんでしまっただろうか。
一度も振り返らまま敷地を飛び出た私には、わからなかった。
《幕間》
「泣きました」
「もう一回聞きたいです」
「私達が忘れていたもの――それを、思い出させてくれました」
「いやぁ、ほんとマリアリっていいものですね」
「………器用だねぇ、みんな。溶けながら話すって」
《幕間》
どれ程飛んだのかわからなかった。
正確に帰路についていたかも定かじゃない。
だけど、帰巣本能とでも言うのだろうか、私は空が赤くなる頃には、神社に帰りついた。
境内に降り立ち、酷く疲れた足取りで玄関の方に向かう。
「おかえり、早苗」
「さなえー、おかえりー」
――迎えてくれたのは、私より先にお出かけから帰ってきていた神奈子様と諏訪子様。
血色は酷く悪いのに晴れやかな顔、となかなか想像しづらい表情をしていた。
いや、想像も何も、目の前にいるんだけど。
「ただいまです、お二人とも――って、ちかい、近いです!」
目の前だったお二人の顔が、眼前に迫ってきていた。
「早苗………目が赤いような?」
諏訪子様のお言葉に、心臓が大きな音をあげる。どくん。………あれ?
「――えぇと、あ、ほら、月の兎にあったんですあはは」
苦し紛れに返した言葉は、自分でも頭を覆いたくなるほど意味不明だった。
そう私は思ったけれど、何故か諏訪子様は納得顔。
ついでに、にへらと締まりのない顔。何か思い当たる節でもあったのだろうか。
神奈子様も同じ質問なら切り抜けられる――そう、思ったのだが。
「早苗………。なんか、うーん、数時間見ないだけなのに、きれいに………いや――」
どくん、と何所かで音がした。
何処で?――諏訪子様のご質問の時と同じ場所。いや、部位。
つまるところ、心臓。
簡単に言うならば、心。――こころ。――あぁ、あぁ………。
「早苗………?お前、泣い――」
「………雨です。神奈子様。だって、私は、笑っているでしょう?」
「だから!笑いながら泣いてるんじゃないか!それに、雨なんて――」
「――雨だよ、神奈子。土砂降りだ。私もけろけろと鳴いちまいそうな程の」
「諏訪子………」
あぁ。そう言う事か。そう言う事だったのか――「神奈子様、諏訪子様」
条件を、思い出した――恋をするんだ――「私は――」
理解できなかったものを、理解しだした――私は、恋をした――「早苗は――」
条件の全文を、思い出した――そして、恋に破れるんだ――「二つ――」
理解したくなかったものを、理解しだしてしまった――私は、恋に破れたんだ――「――『いい女』に、なりまし、た」
『恋をするんだ、そして、恋に破れるんだ。一度でも、二度でも。何度でも。
それが、いい女になる条件。繰り返す度、早苗はいい女になれる。――って、早苗にはまだまだ早かったな』
――神社の縁側から続いていた奇跡は、今ここで、途切れてしまった。
「ぅ、ぁ、ぅぅ………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………っっっ」
泣き崩れる私を、小さな手と、それよりも少し大きな手が、優しく撫でた。
何を言うでも、告げるでもなく。ただただ、優しく、暖かく。
それは、私が泣きつかれ寝てしまうまで、――――続けられた。
<幕>
《蛇足への幕間》
「………くそっ、私があんな事言わげふぁ!?」
「阿呆な事言ってるんじゃないよ」
「――諏訪子!何が阿呆だ!あぁ、私は確かに阿呆さ!あの子を、早苗を泣かせっぱぁ!?」
「泣かせたのはあんたじゃない。泣いた原因もあんたじゃない。――いや、違うな」
「何が違う!?事実、早苗は泣いた!あんなに哀しい声で!私じゃなけりゃ、相手をっほぅ!?」
「そうじゃない。あんたじゃないとか、相手とか、そんな話じゃないんだ」
「じゃあなんだ!?あんたか!諏訪子が悪どらぁぁ!?」
「――少し落ち着け。スキンシップは嫌いじゃないが、あんたにそんな面は似合わない」
「だけど………!でも………!」
「あの涙は、早苗のものだ。あんたでも、相手とやらでも、勿論私のでもない。早苗だけのものだ」
「だから………何だって言うのさ………」
「それを糧にして、事実、あの子は『いい女』になった。それだけの話じゃないか」
「………!――やっぱり、私が焚きつわぷっ?」
「約束だからな。あんたと違って硬いけど我慢しろ。――早苗は『素敵な出会い』をして『いい女』になった」
「………」
「何所にでもある、誰にでもある、初恋の話だ。例にもれず、叶わなかっただけ」
「う………うぅ………」
「あの子も、明日にゃ、いや、起きたら元気になってるさ。そんな弱い子じゃないだろう、私達の早苗は」
「ぅ………さなえ………さなえぇ………」
「三日三晩だっけ。私も当然話すから、一週間位かな」
「………やだ。七日も早苗に会えないなんて、やだ」
「意外と冷静じゃないか………」
「いや、ほんとに残念なほど、硬かったから」
「残念って言うなー!?」
《蛇足への幕間》
《蛇足》
起きると、既に太陽が真ん中気味になっていた。
ずきずきと鈍い痛みを訴える頭に手を当てながら、此処は何処だろうと辺りを見回す。
折りたたまれた装束、年代物の学習机、使い古された箪笥に本棚。それとオンバシラ。
あぁ、私の部屋か。歩いてきた覚えはないから、お二人が運んで「オンバシラァ!?」
叫んでみたけど、目をごしごしとこすってみたけど、現実は悲しい事に何も変わらなかった。
つまり、私の部屋におんばしらー。
目が覚めるとそこにおんばしらー。
どうしよう。割とほんとにどうしよう。
茫然とオンバシラを眺めていると、そこに文字が刻まれているのを見つけた。
『第三回幻想郷早苗ノ着替エハドッチガサセルカ杯』
『規定:武力行使ノ禁止(尚、此ノオンバシラハ開始前ニ神奈子ガ)』
『方法:早苗ヲ称エ倒シタ方ノ勝利トス(諏訪子ガ抜ケ駆ケシヨウトスルカラ)』
其処まで読んだ所で、私はゆらりと蒲団から抜け出た。
――第三回って何ですか、わざわざ幻想郷って入れてる辺り、あっちでもやってたんですか、とか。
――勝負をする前にオンバシラを出していたんならなんで直してくれてないんですか、とか。
――そもそも、褒め倒すって何ですか。勝負になるんですかそれ、とか。
諸々の感情や言葉を呑み込んだ私の背には、今、『神』の字が浮かび上がってるに違いない。
………何時もの装束ならまだしも、お気に入りのパジャマだと頗る滑稽な気もするが。
………うん、滑稽だ。着替えよう。
ともかく、ともかくだ。体に満ちる神の波動を放出しつつ、ゆらりゆらりと神奈子様と諏訪子様の寝室に向かう。
『少女会話中』
寝室の襖には、そんな張り紙がぺたんと貼られていた。
漏れ出る声と張り紙から判断するに、お二人が此処にいる事は間違いないだろう。
『ひっく………ついぞ前にはかなこさまかなこさまーってひっついてきてくれたのに』
『あー………ねー………早苗も、大人になってきたって事だよ』
『おとななんて、おとななんてー!』
………うん、間違いない。
今の調子だと、私を部屋に運んでから、ずっとこんな感じなんだろう。
襖を閉めていると言うのに、色々な種類のお酒の匂いが漏れてきてるし。
何時もよりもずっと可愛らしい神奈子様の声を聞いてか。
何時もよりもずっと格好いい諏訪子様の態度を想像してか。
私の毒気は、微苦笑に取って代わられた。
元々、私が泣き疲れてそのまま寝ちゃったのが原因だし――「それでも、やり過ぎだと思わないでもないですが」
「思わないでもない………って。やり過ぎでしょ、あいつらの年で『少女』は」
「いえいえ。お二人がそう言うんでしたら、3000歳だろうが4000歳だろうが、『少女』なんです」
「わー、紫が聞いたら泣いて喜びそー」
「勧誘したら入信してくれま………………え?」
ことばがかえってくるほうにしせんをむけると、おっきなあかいりぼんがいました。
「するんじゃない?パワーバランスとか一切合財無視で。………どうしたの?」
あかいりぼんはさしてきょうみもなさそうに、こたえます。
「………………れいむさん?」
「他に誰がいるのよ。――あぁ、おはよう………も、遅いわね。こんにちは、かしら」
えーと。
「ひとのいえにたずねてきたら、おじゃましますだとおもいます」
「あぁ、それは家長―と言うか、そこで管巻いてる神様達に言っといたから」
「そーですか」
「尤も、聞いてたかどうかは怪しいけど。なんか、盛り上がってたし。早苗が最後に夜尿したのはななさ」
がらっ――「奇跡‘白昼の客星の明るすぎる夜‘」――「えきすとらっ!」「ふぁんたずまっ!?」ピピチューン。
「――って、混ざってない!?」
「まぜました」
「さらっと限界を超えないで!?」
「こえました。………じゃ、なくて!どうして、霊夢さんが此処にいるんですか!?」
「あー………」
ぽりぽりと頬を掻き、私に背を向ける彼女。
――ようやっと。
ようやっと、頭が回りだした。
現状を鑑みるに回りださなかった方がいいのかもしれないが、一旦動き始めた思考は止まらず………纏まらない。
疑念と後悔、悲哀………そして、微かに灯る歓喜。
ぐるぐると渦巻く思考が、頭を苛む。
ぐるぐると渦巻く感情が、涙を呼び戻す。
爆発寸前の思考と感情は………だけど、振り向いた霊夢さんの照れ笑いと言葉で、平静を取り戻した。
「――『友達』の家に遊びに来るって、そんなに可笑しい事かしら」
………素敵で綺麗に可愛らしく、愛おしい照れ笑い。
素直に言う事に慣れていないんだろう―最初の単語はキーが少し高かった。
昨日、私を強く乱暴に揺さぶった一つの事象と一つの単語は、今日はさほど心音を上げさせない。
だからと言って、上がらない訳ではなく、胸もまだ少しだけ痛い。
だけど――「な、なんで笑うのよ、そこで」――自然に笑える程度には、受け入れられたようだ。
「だって、可愛らしかったんですもの」
「………なによ、その上から発言」
「そういうつもりはありませんでしたけど………まぁ、私の方が、実際多分、一つ上ですし」
年齢でも、『いい女』、としても。
「乳!?乳が上だと言いたいの!?」
そーきたか。そこしかないのか。そーなのかー。
「いやいや。胸ならどういう数え方しても、一つ以上、上ですよ?」
「私がAだと言いたいのか!?」
「いえ、私がDなだけ―「むがー!」―ふ、何度も同じ手は食いません!」
迫りくる霊夢さんの両手を、此方も両手を伸ばし、手首を掴む。上手い事言った。
身長も私の方が上。リーチに差があるのだ。落ち着いて対処すれば、どうと言う事はない。
見下ろす私、見上げる彼女………瞳と瞳が、交差する――あれ、何このデジャヴ?
「――なら、頭を喰らえー!」「きゃー!?」――どてん。
背筋を伸ばしたままならともかく、腰を落とした上での頭突きを止められるほど、私はタフではない。
「どう、喰らって覚えた慧音直伝のハリケーンミキサー!」
「あー、霊夢さんの場合、リボンが角代わりなんですね」
「うそ………あの衝撃を吸収している!?」
そこまで大きくありません。
「いや、でも、これ………昨日より、大きくなってない?」
「………あの、ぐりぐり頭動かしながら言うの、どうかと思うんです。くすっぐたい」
「な、なにをしたの!?異変、これは異変よ!?」
「あの時より真剣な口調ですね。――ぁ、思い当たる節が」
「言いなさい!?」
「昨日、霊夢さんに揉まれました。ぽ」
「ふざけんな―!?」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
「うぅ………確かにこの感触は、余裕で結界を超えられるランク………」
魔界と人間界を行き来できるんですね、わかります。
「両手で包み隠せる大きさがまた………」
けしからん情報を手得しました。文字どおり。
とりあえず、白昼堂々と少女二人が宙に向かって両手をわきわきさせてるのはどうなんだろう、とぼんやり思っていると。
霊夢さんが上目遣いで此方を見ている事に気が付いた。
真っ黒の双眸は、どこまでも澄んでいて――だから、また少し、とくんと音がした。
「………どうかしましたか?」
「ん………大丈夫そうだなぁ、って」
「え………?」
「昨日、別れの時、泣いてるように見えたから。だけど、これだけ元気なら、大丈夫かな、って」
「………………」
「………早苗?え、ちょっと、さな――「あは、く、あはは」――………へ?」
「あはははははははっ」
私は笑った。大きく口をあげて、大きな声で。
「な、何がそんなにおかしいのよ!?」
「だ、だって、あは、あはは………霊夢さん、が、人の心配をするのって、何だか可笑しくて………っ」
「スキマが言いそうな事、あんたが言うなー!」
がるる、と噛みついてきそうな霊夢さん。だけど、それでも、私は笑った。笑い続けた。
「だ、大体ねぇ、――「私が、人の心配なんて、すると思う?」」
「………」「………」
「口真似をするかふっ!?」「あはははははっ」
怒鳴り声を、笑いながら、ぎゅっと抱き締めてかき消す。
もがもがと、霊夢さんは暴れている。
彼女の顔が赤くなってきているのは、言葉を重ねられた恥ずかしさだけではないだろう。
段々と青くなってきている気もするし。
――だけど、もう少し待って下さい。
「もぅ、あんまり霊夢さんが可笑しなことを言うから、涙まで出ちゃったじゃないですか」
「もふぁっ、もひゃひゃけひゃひぇへひゃひぇっ」
「あはは、何を言ってるかわからない上に、くすぐったいですよー」
――もう少しだけ、私を見ないでください。
――もう少しで、貴女を心配させるような事はしなくなりますので。
――もう少しで、………涙も、痛みも、消しますので………。
「――ひゃっ!?か、噛むのは反則ですよ!?」
「ひゅひゃ―煩い!そりゃ、あれだけ笑えば涙も出るわよ、って――」
「――言ってたんですね。あはは、確かにその通りですね」
ったく………と、忌々しげに呟きながら、霊夢さんは頭をふるふると左右に振る。
両腕でしっかりロックしていたから、意識がまだ少しぼぅとしているのだろう。
その隙に、私は左目に留まる最後の一滴を、左手の人差し指で拭おうと――
――した、所で。
「………霊夢、さん?」
「忘れてた。今日の、も一つの用件」
「あ、じゃあ、やっぱり心配――」
「ぐ、ぁ、………混ぜっ返すなぁぁぁぁぁ!」
図星―だったんだろう―を突かれ、霊夢さんは俯き、叫ぶ。
私はその間に、右手の人差し指で水滴を拭う。
左手は、何故か霊夢さんに掴まれているから。
「あはは、ごめんなさい、大丈夫です。――もう、大丈夫」
「うっさい!こっちは全然大丈夫じゃない!――で、用件なんだけどっ」
霊夢さんは言葉尻を荒げながら、自身の左手で右腕の裾部分の赤い刺繍を引き千切り――え?
「昨日のっ!私が話した事、とか、その、一切合財、全部、二人の秘密だから!」
くるりと、掴んでいた私の左手の人差し指に巻いて、小さく結び、霊力を込め――
「私も、早苗の体重の事とか、胸の事とか、言わないから!」
――乱暴に私の袖の解れを千切り、自身の指に絡ませ、んっ、と突き出してきた。
「言ったら、千切れる様に力を込めるのっ――言ったら、と、友達、解消だから!」
私は。
私は、笑った。大笑いした。腹を抱えて笑った。本当に、心の底から、笑った。
「ま、また笑う!あんたね、いい加減、私も――」
「い、いえ、あは、あっははは………いや、だって!重さが全然違うじゃないですか!」
――霊夢さん。私は昨日、貴女に恋をして、恋に破れて………二つ、いい女になりました。
「ぐ………な、何よ、じゃあ、言ってもいいって事!?」
――大好きな霊夢さん。今の私では、貴女にとって、友達としか思ってもらえません。
「えー、それは困りますねー」
――大好きになった霊夢さん。私は、是からも、いい女になろうと思います。
「その余裕がむかつく!?」
――大好きだった霊夢さん。私がもっといい女になって。その時。その時にまだ、貴女の傍に誰もいなければ。
「あははっ――ご、ごめんなさい、ゆ、指を出して下さいよ!菩薩掌の形だと力こめられませんって!?」
――私は、この約束を破ります。私と貴女の、左手の人差し指の約束を――友達の誓いを、破ります。
「自然とこんな風に握ってたの。――んっ」
――早苗は、その時、もう一つだけいい女になって、約束を誓います。二脚飛びに。
「はい、では………――………――是で、込め終わりました。――友達の誓い、ですね。ふふ」
「ん。はは………ったく、私まで、早苗の笑いが移っちゃったじゃないの」
「ふふ」「はは」――あははははっ。
――東風谷早苗は、博麗霊夢に、左手の薬指の約束を――永遠の愛を―素晴らしいお嫁さんになる事を、誓います。
<了>
最近何処とは言わないが、レイサナの供給が途絶えたのですよ!
みんな欠乏してたのデスヨ!
式の日取りが決まったら呼んで下さい。御祝儀包んで待ってます。
そして幕間で何を読んで溶け合ってますか保護者の皆さん。
ご馳走さまでした
神奈ちゃん、にっぶーい
幻想郷トップ勢何してんすか
ケロちゃんの堅い胸板にダイヴしたいです。
惜しむらくは若干誤字らしきが見つかった事
彗音→慧音
だったと思うぉ
ところでその幕間に俺も混ぜ(ピチューン
諏訪子様、雄々しいと申しましょうか、いろんな意味で漢らしいとも申しましょうか。一言でいえば
>硬かった
だが、それがいい!
レイサナだ。
それにしてもレイサナの懐があったかくなりました(^^)
今ならブラックコーヒーをそのまま飲んでもカフェオレ並に甘く感じられそうだw
乙女神奈子がツボでした。
それはそれとして霊早ひゃっほーい。このほんのりこしょばい感じがたまらんです先生!
久々に見れたけど、ありがたいですねぇ・・・
そして、幕間wwwものすごく気になるw
・・・あれ?上にムーンサイド住民が・・・
それはともかくレイサナ最高!と言わざるを得ない
随分長らくレイサナ見てなかったからなぁ
ありがたやありがたや
>>42さんが云うとおり記号を使いすぎかと…
ってけーねがいってた
霊夢が早苗に早く追いついてほしいねー。
物書きとしては割と常識
いいですねこれ…
百合っぽいレイサナ最強じゃね?
神様同士の喧嘩にわろたwwwww
今度は全開ギャグでお願いします。
人と何かを比べるなんておこがましい。ただ、以前の自分に勝てればいい。そう思っていました。
で。
何この点数。ぎぶぎぶ。無理無理。
軽い絶望感を背負いながら、以下、主な言葉に対するコメントレスー。
>>レイサナ
言葉はいらぬ――皆様も書いてください。読ませてください。ぎぶみーレイサナ。
でも、この話、失恋してるんで厳密に言うと(オンバシラー
>>甘い
甘い……ですかね。個人的にはビタースィート風味に仕上げたつもり。あれ、糖分の感覚がおかしくなってる……?
>>《幕間》
点線で区切るのはちょいと味気ないかなぁ、というのが建前。
これないと単なるこそばゆい話じゃねーかハズカシィィ!、というのが本音(要望には応えず浮かぶ月にランナウェイ。
>>結界
貴方、それが言いたかっただけとちゃうんか、と。
あと、Aの上はダブルァッー(少なくとも私は是が言いたかっただけ)。
>>ダッシュと三点リーダ
意図的に使っている部分が多すぎて、確かに使用過多になっていると、指摘頂いた後に見返して思いました。
もう少し巧く扱えるよう、頑張ってみます。
二個ワンセットは……正直、全く知りませんでした。妄想垂れ流しが丸わかり、タハハ。精進します。
>>シリアスorギャグ
シリアス全開だと私が耐えられません。ギャグだと皆様が耐えられません(寒過ぎて)。
私は中途半端を扱う程度の能力。
ところで、早苗が失恋に至る過程が今ひとつ分からないんですが・・
初めて友人になって、恋をしたその当日に「霊夢が自分を好きじゃないから失恋」というのは変ですし、
それまでの霊夢の言動に「他に好きな人がいる」というようなニュアンスを読み取れませんでした
巫女巫女イイネ!( ゚∀゚)=3 ムッハー
軽く何かに目覚めそうですよ
「友達」っていいね
「Dカップ」っていいね
ところどころにあるギャグもいい感じ
幕間がなんか意味ありげに見えて実はないあたりもサイコーです
溶けるなと
幕間も良かったです。
続きは書かれないんですかね? 気になるし読みたいな。
今まで読んだいくつかのレイサナ物の中で一番面白かった!
ところで私が読み落としてたのかもしれないのですが
狐の嫁入り=天気雨なのでちょっと違うような気もするのですがどうなんでしょうか
二度目の感謝をおんばしらーおんばしらー。
幾つかご質問&指摘を頂いているので、それについてのレスを……。
>>至る過程
物凄くぼやかしていますが、一応、早苗さんが気付ける言動で入れているつもりです。
私自身、わかるかんなもんで、というレベル(具体的に言うと、2or3/1400行)。
雰囲気で引っ張った感はありますので、もう少し霊夢を素直にした方がよかったかな、と思います。ケフ。
>>続き
有難う御座います。
いつか、『約束を破る日』を書きたいとは思ってるんですが……ジャスティスが多すぎるので、予定は未定。申し訳ない。
>>狐の嫁入り
……ぁ。
あんぎゃああああああああああああああ、すんません自分『急に大量に降る雨』だと思いながら書いてましたっ。
辞書を引け馬鹿野郎と自分への戒めの為にこのまま残しときますサー!ご報告有難う御座います!
そして硬くて残念ww
これわすごい、いやなんていうかうん。
幕間の同人発表会はけしからんので混ぜてください
後編の流れとか素晴らしい。映画のようでした。
レイサナとしても良し、守矢組としても良し。
爽やかな読後感とすさまじいまでの癒しパワーのコラボレーション。
まさに「アンタは最高だ!」私の中では100点満点です。
それにしても幕間は気になるなー?
こちらも本格的に読みたいところですが、それは言わぬが華、というやつですね。
ご馳走様でした。
だってバランスが取れn(鉄の輪
早苗さんが乙女の鑑過ぎてもうねどうしようも無い位に悶えますっ。
点数はもしかしたら簡易で入れてしまったかもなので御容赦下さい~。
早苗さんとても良い女です。
おかげで読んでるこっちも蕩けっぱなしですよ、ええ。
星蓮船リリース後は、もっとレイサナが増えるといいなあww
この作品を超えるサナレイに出会いたい。
早苗さんのイメージが壊れた今この作品を超えるレイサナは生まれるのだろうか…