昼も日光を遮る木々に覆われ薄暗い魔法の森の中に、一軒のこじんまりとした洋館がありました。
人形遣いのアリス=マーガトロイドの住居です。
彼女は昼食を済ませた後に、ちょっとした違和感を感じました。
人形の数が足りないのではないか、ということです。
時々同じ魔法使いの霧雨魔理沙が強奪していく他に、人形が無くなる道理はありません。
どの人形が無くなったのか、と確認をしてみると、確かに一体人形が居なくなっていました。
しかもその人形は、アリスがここぞという時によく使う上海人形でした。
爆弾のように使う人形とは違って、魔力を丹精込めて注ぎ込んだアリスご自慢の人形です。
居なくなった、いや無くなったとあっては一大事です。なのでアリスは人形を探しに出かけました。
何の手がかりも無かったのですが、自分の作った人形ですから、警察犬が犯人のかすかな臭いをたどるかのように、
自分の魔力の残滓を探りながら探していくことにしました。
魔力を辿っていくと、魔法の森の出口付近の店に行き当たりました。
そこは人間と妖怪のハーフである経営者森近霖之助が営むお店、香霖堂でした。
ドアをノックすると、中から応じる声が聞こえました。
店に入ると、まず黴臭い臭いが鼻につきます。長い間掃除も行われていないようです。
「おやお客さんか、いらっしゃい」
店の主人が気だるそうにそう挨拶すると、アリスは人形を見なかったか、と尋ねました。
「いや? 僕は今日はずっと本を読んでいたんでね」
どうやら店主は何も知らないようでした。なので彼女は店を出ようとしました、が
「あぁ、ちょっと待ってくれたまえ」
と店主に引き止められたので、しぶしぶ待つことにしました。何か手がかりがあるかもしれませんから。
しばらくすると霖之助はアリスに何かペンダントのようなものを手渡しました。
「これはヒランヤと言ってね、魔よけの効果があるらしい。何故か君を見たときから渡さねばならないという暗示があったんだ」
店主はわけの分からないことを言いつつ、アリスに向かって説明らしきものを行います。
「…そもそもヒランヤはロッポンギのものが最高だといわれてるが、そもそもそれは間違いなのであって、
本当はシンジュクのものが本場なんだ、何故なら…」
彼の話は終わりそうになかったので、気付かれないようにアリスは店から出ました。
再び手がかりを求めて魔力を探っていくと、空から声をかけられました。
「おぉい、アリス。一体何やってるんだ?」
黒白の魔法使い、霧雨魔理沙です。
「あら魔理沙、何って言われてもただの散歩よ」
邪魔をされても困るのでアリスは適当に誤魔化すことにしました。
「へぇそうなのか、そういえばお前の人形らしきものがちょっと前にトコトコ歩いてたんだが、それとは関係ないのか」
意外なところから手がかりが現れました。
「お? やっぱりお前さん、人形を探してたのか。そうならそうと言えばいいんだがな。」
微妙な表情の変化で魔理沙にも気付かれてしまったようです。
「嘘をついちゃいけないんだぜ。ということでだ、お前の人形なら何か面白い魔法がかかってるかもしれん。
私が先に見つけて家で徹底的に調べることにしようか」
「そうはさせないわよ」
アリスが手持ちの人形を展開させます。それと同時に魔理沙も彼女の得物の八卦炉を構えます。
先手を打ったのは魔理沙の方でした。
彼女の代名詞でもある極太のレーザーがアリスの居た地点に向かって発射されます。
しかしそこにはすでにアリスは居らず、扇形に展開された人形が個々に弾幕を形作ります。
丁度レーザーを発射して一瞬隙のできた魔理沙を囲うように展開された弾幕ですが、器用にそれを彼女は回避します。
回避しながら、星型の弾を人形達に撃ち込んでいきます。
哀れそれに当たった人形達はコントロールを失って地面に堕ちていきますが、それよりも多くの人形達が現われては、
次々と弾幕を作っていき、次第に魔理沙を追い詰めていきます。
この展開を読んでいた魔理沙はスペルカードを宣言し、事態の打開を図ります。
「彗星「ブレイジングスター」!」
自らを弾幕の弾へと変える一撃がアリス自身へと向かっていきます。
多数の人形を操る人形遣いには弱点が一つしかないことを経験上魔理沙は知っていたのでした。
ですが今回はアリスの方が一枚上手でした。
魔理沙の速度から未来位置を一瞬で割り出し、そこに自爆型の人形を投げ込みます。
「魔符「アーティフルサクリファイス」!」
数瞬のち、まともに自爆を食らった魔理沙がボロボロになって空に浮いていました。
トレードマークの帽子にも無残に穴が開いています。
「ちくしょう、今日は私の負けか」
「そうね。見かけたって言う人形がどこに向かっていったかを素直に教えてくれてもいい負けっぷりだったわ」
「やれやれだぜ。あの人形は博麗神社に向かっていったよ。一体何の用かは知らないけどな」
そう言うと魔理沙はバツが悪そうに飛んで行きました。
博麗神社は相変わらず参拝客の姿が見受けられない状態でした。
「あら? 珍しいじゃないのあんたが来るなんて。」
神社の縁側ではお茶を啜っている紅白の巫女が居ます。
「今日は探し物をしてるのよ。霊夢、私の人形を見なかった?」
「人形?」
「そう人形。具体的に言うと…、」
「あー、もしかしてこれ?」
と言って霊夢は人形を差し出しました。それは間違いなくアリスの探していた上海人形でした。
「賽銭箱に珍しくお金の音がしたから見に行ったら誰も居なくて、それが転がってたのよ。」
そう霊夢が見つけた時の状況を説明しました。それから考えると、アリスが気付かないうちに出て行って、
神社にお賽銭を上げに行った、というのが今回の事件の顛末のようでした。
アリスは霊夢にお礼を言うと、一応義理で賽銭を入れ、上海人形を連れて家に帰りました。
帰ってから、停止してしまった上海人形に魔力を注ぎ、人形の意思を言語化させる術式を仕掛け、
今回の家出の理由を探ることにしました。
「キョウハアリスノタンジョウビダカラ、ワルイコトガオコラナイヨウニオサイセンヲアゲニイッタノー。」
一時間の術式読み込みの後、発せられた音声がそう語りました。
これはアリスにとっては晴天の霹靂でした。
自分の意思で動かすための人形が、自らの意思を持って勝手に主人の命令以外の行動を取ってしまったのです。
分かり易く言ってしまえば不良品でした。
しかしそれを理由に人形を処分してしまうことにアリスは躊躇しました。
長い間愛用していた人形だから、こういう魂が宿るようなこともヒトガタをしている分可能性もある、という考えがあったからです。
しかし、人形遣いとして、また人形製作者として、やはり主人の意から外れるようなことがあってはならない、と苦しい決断を
しようとした矢先でした。
「シャンハイヲイジメナイデー」
放置してあった術式に上海人形以外の強い意思が乗って、即座に術式が反応してしまったようです。
アリスが周りを見渡すと、夏仕様に荒縄を透明素材の縄に代えたクールビズ蓬莱人形が動かしてもいないのに、
元あった場所から少し動いた場所に座っていました。
「シャンハイヲイジメナイデー」
「イジメナイデー」
「ワタシモクールビズニシテー」
そして次々に術式に反応する強い意思が他の人形からも発せられているようです。
最後の声は夏にも関わらず冬と同じ格好をしていた露西亜人形の発したノイズでした。
アリスは少し考え、結局上海人形はそのままにしておくことにしました。
魂の宿ってしまった人形を処分するのにはやはり忍びなかったということがあり、
また魔法使いとして、人形が意思を持ったということは、彼女が研究している自律する人形に近づくヒントなのかもしれない、
という事実に動かされたということもあります。
という訳で、アリスは意思を乗せる術式を家中に仕掛け、魂を持ち始めた人形達と意思疎通を図ることにしました。
今まで音の少なかったアリス邸に今日も人形達の声が響きます。
「アリスオハヨー キョウモシャンハイハゲンキダヨー」
「ブッチャケオルレアントフランスノチガイッテナニー」
「アリスーヒランヤガスゴクニアッテルネェハァハァ」
「アカイオジサントクロイオジサンデリソウキョウヲツクロウヨー」
「アンラクイスデゴウモンダー!」×3
赤伯爵人形と黒男爵人形、それと西班牙枢機卿人形sは直ちに破棄されましたとさ。
恩恵を受けられそうだぞww
ただ、個人的に「不思議の郷のアリス」という題名なんですから魔法の森と神社だけじゃなく
もっと広範囲に広げた方が面白かったんじゃないかと思います。話も舞台も。
あとオレルアンだけじゃなく上海も都市名だと思うんだ。
上海は破棄されましたとさ