「今日は一日紅魔館を空けるから、門を含む屋敷内の全域警備をお願い」
それは桜が芽吹く春の季節での出来事。
「ひええ……紅魔館全域警備……ですかぁ」
春になると紅魔館の面々(と言っても館主のレミリア・スカーレットとその従者の十六夜 咲夜のみだが)は博麗神社へと花見に赴く。
「何? 文句があるの? 美鈴」
その時は本来門番を勤めるのが主たる紅 美鈴はこうして全域警備を任されたのだが
「い、いえいえ! 文句なんて滅相も無いですよ咲夜さん! ごゆっくりしてってくださいっ!」
紅魔館の全域警備とは簡単に言うものの、実際の忙しさは計り知れない。メイド長がいない事を良いことに仕事をさぼりまくるダメメイド妖精たちに、館主がいないことをいいことにリミッター解除された魔女が屋敷破壊を伴う実験を繰り返したりする。それらの起こり得る事象を未然に嗅ぎ付け、阻止し、尚且つ屋敷内外の見回りに、手薄になったと嬉々として突撃してくる白黒魔法使いの相手なんかもしなくてはいけない。
「じゃあ、頼んだわよ美鈴。さ~参りましょうか~お嬢様っ」
美鈴に対する毅然とした態度はどこへやら。紅魔館のメイド長でる咲夜は目の前に美鈴しかいないことをいいことに、手を繋いでいる紅魔館主のレミリア・スカーレットにデレデレ笑いを浮かべながら告げた。
「めいりん。おみやげにさくら、たくさん持ってくるからねっ!」
余談ではあるが、今現在のレミリア・スカーレットはカリスマ性抜群の吸血姫ではなく、ある事が原因で元々子供っぽい言動や態度が更に退化してしまい、身も心も幼女になってしまったのである。その原因とは紅魔館の地下にいる別名『動かない大図書館』ことパチュリー・ノーレッジの人体実験の結果に他ならない。そしてそのせいで咲夜が長年せき止めていた『従者を越えた想い』が爆発し、暴走。毎日自室に連れ込んではにゃんにゃんな事をしているとかしていないとかもっぱらの噂だが、真相は不明。
「い、いってらっしゃいませ~」
にこにこと満面の笑みを浮かべ合いながら日傘を差して博麗神社へと向かう咲夜とレミリアとは正反対に、美鈴の気持ちは沈みきっていた。
(うううう……全域警備やだよ~面倒だよ~……はぁ……でも任されたし、きちんと管理しないと全部私のせいにされるしなぁ……トホホ)
涙目になりながらも、二人の姿が見えなくなった後、屋敷内で仕事をさぼれることに大はしゃぎしているであろうダメメイド妖精たちに渇を入れ、そして今朝方にはもう既に目をギラギラと光らせ実験の準備に取り掛かっていた紫色の魔女を落ち着かせるために、紅魔館へと向かう美鈴。
しかし
その日の紅魔館は
少しだけ、本当に少しだけ
変わっていた――――――――――――――――。
「……?」
紅魔館に戻った美鈴は違和感に気付く。
(静か過ぎる……)
咲夜とレミリアを見送る時には、いろんな意味の笑顔を携えたメイド妖精たちがたくさんいたのに、今は一匹もいない。それどころか、気配すら無い。
(まさか……敵襲!?)
美鈴が一番に思い浮かんだのは何かしらの敵襲の可能性。何かしらの敵意あるモノが手薄になる機会を遥か遠くから窺っていたのかもしれない。
(それにしても……おかしい)
敵襲が起こったのであれば必ず美鈴の元へ連絡が来るはずである。メイド妖精たちは紅魔館の戦闘要員でもあるが、はっきり言って戦闘には向かない。だからこそ、メイド長の咲夜も館主のレミリアもいない今、妖精たちが頼れるのは美鈴ただ一人なのである(妖精曰く、パチュリーに頼ると見返りに体を差し出せと言われるとかなんとか)
「………………」
無意識に唾を嚥下する美鈴。その唾液を嚥下する音すらも鮮明に聞こえるほどに、紅魔館内は静まり返っていた。外は眩しいばかりの晴天なのに、その暖かい日差しが館内に一切入ってこない。薄暗い館内。廊下も壁も一面の紅。
「………………」
四方八方に『気』を張り巡らせ、動くモノの気配を探る美鈴。冷や汗が、彼女の頬を静かにつたった時だった。
……………………………………コツン。
「っ!」
小さな、本当に小さな音が鳴り響いた。
(……やはり……敵襲か……!)
音が下方向―やや右方向の闇に、視線と『気』を集中させ、いつ仕掛けられても対応できるよう、両手に握り拳を作る。
………………………………コツン。
今度はさっきよりも近くで音が響いた。何かが、床に硬いナニカをぶつけるような小高い音。
…………………………コツン。
音の感覚が短くなってきている。そしてそれはこちらに近づいてきてきているのだと、美鈴は悟る。
…………………コツン。
内心、美鈴はホッとしていた。この侵入者のおかげで、妖精たちの騒ぎを抑えられ、あわよくばパチュリーの実験をも阻止できるのかもしれないと。
……コツン。
そして音が、すぐ近くで止まった。
「……え……?」
声を上げたのは美鈴。そして彼女が見たモノは――――――――――――――――――「あ、わすれてた」
「どうかなされましたか? お嬢様」
「そういえば今日、フランがお部屋から出たいっていってたから、めいりんにフランの事お願いするのわすれてた」
「えっ!? フランドール様をお部屋から出したのですかっ?」
「うん……だめ…だった……?」
うるうると涙目で上目遣いで見上げるレミリアに対し
「そそそそそんなことはございません! 美鈴ならばきっとフランドール様の相手も満足にこなすことでしょう!」
「ほんと!? やったー!」
「お嬢様……かわいいっ」
メイド長たる姿勢はどこへやら。両手を広げて喜ぶレミリアに、頬を染めながら抱きつく咲夜であったとさ―――――――。
(え~っと……確か……う~~~ん……)
「………………」
美鈴の目の前にいるのは、血染めのような真っ赤な衣装を見に纏い、背中に七色の宝石にも似た独特の形をした羽根を持った少女。その少女が、虚ろな赤い瞳で美鈴を見上げていた。
(え~~~……前に話には聞いたことがあるんだけど……名前は何だったっけ……)
「………………」
すっかり戦闘態勢が解けた美鈴は、顎に手をあて、うんうんと唸るばかりである。そしてそれを相変わらず虚ろな表情で見上げる少女。端から見れば、迷子になった子供に遭遇・そしてどう追い払う……もとい、親の元へ届けるかを思考している図に見えるだろう。
(あの時はお嬢様と咲夜さんの前だったけど…………あの日は腹痛でろくに話聞いて無かったしなぁ……)
「………………」
(いや、でも確か相手にしちゃダメ~とか、遭遇したりしたら逃げろ~とかそんな事を言われたような……)
「………………」
(そう! そうよ! 私は今紅魔館全域警備の任を任されているんだから! こんな所で立ち止まってる場合じゃなわ!)
「………………」
「ご、ごめんね~。私、ちょっと用事があって行かないといけないの。だから……行くねっ」
「………………」
美鈴が長い思考を打ち切り、面倒事に巻き込まれる…もとい、紅魔館全域警備のために紅魔館内を進もうと少女の前を通り過ぎようとした時
「……え゛……」
「………………」
それはささやかな抵抗感。美鈴の中華人風服の端を、小さく、白い親指と人差し指が、握っていた。
「……………………」
「………………」
美鈴はそれ以上動かずに少女を見おろし、そして少女もまた、目の前の美鈴を変わらぬ虚ろな赤い瞳で見上げていた。
「あの、さ。私は行かないといけないから……指……離してくれない……かな」
チクリと、胸に痛みが走った。これではまるで……私が悪者みたいじゃない……と一人思う美鈴。
「………………(ふるふる」
そんな思いを知らない少女は、初めて表現らしい表現をする。それはただ首を二度横に動かすモノだったが、それが意味するモノは『否定』
(参ったな~……おやつでもあげたら離してくれないかな……あっ! そういえばこないだメイド妖精たちから恵んでもらったキャンディーがあったはず!)
「………………」
スリッドが入ったスカートのズボンのポケットに手を入れ、中をゴソゴソとさぐる。その様子が気になったのか、少女は目線を美鈴の目からモゾモゾと動いているポケットへとうつる。
「あった! じゃーん! これはすごく美味しいキャンディー……で……あれ?」
「………………」
取り出したのは、クシャクシャになったキャンディーの包み紙だった。
「……………………」
「………………」
お互いに、沈黙。美鈴は引きつった顔で目の前の少女を恐る恐る見る。そしてその少女は再び虚ろな目で美鈴を見上げている。
状況はまた振り出しに戻り、一歩前進してはまた一歩後退するような状況である。
(……こうなったら……!)
美鈴は最後の賭けに出る。
(これを実行してしまえばきっと、少女は手を離さないわけにはいかないはず!)
「私は今から屋敷内全域を見回らないといけないのだけれど……もしも良かったら、一緒に来る?」
普通に考えればこんな見ず知らずな奴に付いてくるわけが…………
「………………(こくん」
少女は美鈴の意図に反し、小さく頷いた。あっちゃぁ! と美鈴は心の中で舌打ちする。しかし提案したのは美鈴。今更言い出したことを放棄などできない
「じゃあ、一緒に行こっ。あ……そう言えば自己紹介がまだだっけ。私の名前は紅 美鈴。あなたのお名前は?」
「……フラン。フランドール・スカーレット」
少女は、小さく、透き通るような声で、呟いた――――――――。
紅魔館内の廊下を歩きながら、美鈴の気持ちは再び沈みこんでいた。
(……そうだ……レミリア様の妹様のお名前がフランドール様だったんだ……なんでもっと早く思い出さなかったんだ私のバカバカバカ!)
「………………」
共に美鈴の右隣を歩くフランドールは、周囲が珍しいのか、キョロキョロと辺りを見回している。
(私…すごく失礼な言葉遣いしてたよぅ……これがレミリア様や咲夜さんに知られたら……良くてお給金カット……最悪な場合クビかなぁ……)
「………………」
紅魔館の廊下に響く二つの足音。その足音はまるで、隔離された世界に二人しかいないような錯覚を覚えさせる音だった。
メイド妖精たちの詰所がある部屋とメイド長の部屋がある東廊下を渡りきったところで、紅魔館の大広間へと出る。
(とにかく今は先の問題よりも、今は全域警備に集中しなくちゃ! とりあえず東廊下は異常無し…と)
「………………」
ふと、美鈴は隣にいたはずのフランドールの姿が無いことに気付き、振り返ると、フランドールは大広間の隅に飾られていた『あるモノ』の前で立ち止まっていた。
(あ、あれはレミリアお嬢様が何処からか気に入ったから拝借してきたシリーズ№31の『タダのツボ』っ!)
「………………」
フランドールはじっとそのツボを見つめ、そして、白く、細い小さな右人差し指でそのツボを、押した――――!
『タダのツボ』はその直立を崩され、傾き始める!
そして美鈴はフランドールが人差し指で『タダのツボ』を押す以前の動作・右腕が持ち上がった瞬間に走り出していた!
『タダのツボ』までの距離はそう離れてはいない。しかし走っている最中でもツボは無常にも傾き、そして……音も無く置かれていた高台の範囲を越え、重力法則に従い地面へと落下していく。
高台から地面までの距離約12cm。『タダのツボ』の重量を考えれば地面まで到達する時間は1秒とかからない!
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
いろいろな意味を込めた叫びと共に、美鈴は疾走する!
「っ!」
フランドールは美鈴の叫びと美鈴のある意味凄まじいまでの形相を見て、思わず身を引く。
しかしなれど『タダのツボ』の落下は止まらず、既に高台の半分程(約6cm地点)まで落下している!
「――――――――どっせぇいっ!」
間一髪。美鈴は勢い良く地を蹴り、跳躍。ヘッドスライディングの姿勢で『タダのツボ』をその両手の中に収めていた。
「はっ! はぁっ! はぁ! はぁ……!」
「――……」
驚き、身を引いていたフランドールはちょこちょこと美鈴の側へかけより
「…………んっ……」
ペコリと、頭を下げた。頭を下げるのと同時に、背中の七色模様の羽根も、ふわりと微かに動く。
「ふ、フランドール様!? そんな…頭なんてお下げにならないでください!」
フランドールの表情には、子供が悪い事をして親に叱られる時のような、そんな表情をしていた。
「私は怒ってなどいませんから。お気になさらないで下さい」
美鈴はニッコリと笑って答えてはいるが、内心は穏やかではない。
(あ、危なかった……このお気に入りシリーズを壊したらお嬢様や咲夜さんに『お仕置き』を受ける……)
ほう……と息をついたのも束の間。またしてもフランドールの姿が美鈴の前から消え
「っ! こ、今度はシリーズ№21の『ヒワイなツボ』ですかぁぁ!?」
フランドールはまた別のお気に入りシリーズの前に立ち、またしても右人差し指でツボを押す―――――――――――――――――その後も、紅魔館内では「ひぎぃ!」だの「らめぇ!」だの理解不能な情けない叫び声が響いたという。
「ぜー……ぜー……ぜー……」
「………………」
汗だくになり、げっそりと身をやつした門番の姿が、そこにあった。
(フランドール様……最初のはともかく、それからのは絶対故意でやってますね……遊ばれてた……のかな)
疲れ果てている美鈴とは対照的に、フランドールはその人形のような白い顔に、ぎこちないながらも笑みを浮かべていた。
(まぁ……フランドール様が楽しんでいただけているのならば、私としては何も言いませんがね。お気に入りシリーズも全部死守したし)
こうして紅魔館の門番である紅 美鈴は、館主のレミリア・スカーレットの妹であるフランドール・スカーレットの遊び相手と、紅魔館の全域警備の両方を担うという大役を、見事務めきったのであった。そして―――――――――――――――。
「ただいま戻りました」
「ただいまー!」
静かに、しかしよく響く声と、幼く、ギリギリ呂律が回っている舌足らずな声が紅魔館に帰館する。
「……静かね。美鈴ー! 美鈴ー!」
いつもならば美鈴や他の大妖精たちが出迎えるはずなのだが、今日に限ってそれがない。
むしろ、館主が帰館したのだから出迎えがなければおかしい。
「……お嬢様。しばしお待ちを」
「ほぇ?」
不穏な空気を敏感に察知した咲夜は即座に戦闘態勢に入る。が、その時紅魔館の大広間の奥から一体の妖精が泣きそうな表情で咲夜の元へ飛んできた。
「どうしたの? 何があったの? ……え……美鈴がっ!?」
咲夜はレミリアを抱き上げ、紅魔館の中を走る。そして、妖精たちの詰所の中で
「美鈴……?」
ベッドに横になった物言わぬ美鈴の姿が、そこにはあった。そしてシクシクと嗚咽を漏らす妖精たち。
その場の雰囲気だけで、美鈴の身に何が起こったのかは理解できた。
「ねえ美鈴……冗談でしょ……? いつものように居眠りよね? 全く……だらしが……っ……ないんだから……っ!」
叱咤の言葉とは裏腹に、咲夜の言葉は怪しいモノに少しずつ変わっていく。レミリアは何も言わず、じっと美鈴を見つめている。
「美鈴っ! 起きなさいっ! あなたまだ仕事中でしょう!? 誰に許可を得てこんな……こんな……!」
門番としては頼りなかったけれど、それでも精一杯に仕事をしてくれた。でも時々手を抜いたり、居眠りをしていたりもする。
居眠りをしている時の美鈴の寝顔はとても幸せそうで、見ているほうが毒気を抜かれる。けれどそれを黙認するわけにはいかない。
だからこそ心を鬼にして起こし、叱咤しなければならない。だから起きなさいと言えば
「さ、さささ咲夜さんっ!? あわわわわ……居眠りじゃありません居眠りじゃありません! ちょっと休憩していただけなんです!」
そう。こんな風にすぐに起きて言い訳を…………――――――。
「……………………美鈴」
「はわ……」
「覚悟は、できているわね?」
「はわわわわ……」
その後、美鈴は一番星となって夜空に輝いたのは言うまでもない。
これは後の話となるのだが、フランドールと美鈴はあの後も遊び続け、いつの間にやら全域警備ではなくフランドールの遊び相手がメインとなっていた。そして疲れ果て、床に突っ伏し動かなくなった美鈴に飽きたのか、フランドールは自分の部屋へと帰っていったという。
メイド妖精たちが騒がなかったのはフランドールがいたためと思われる。恐らく下手に騒いで姉であるレミリアに報告されるのを恐れてのことであると推測される。
その後、詰所で各々の時間を満喫していたメイド妖精たちは部屋の外へ出て大広間に行くと突っ伏した美鈴を発見。何を思ったのか詰所へと連れ込み、メイド妖精たちが仮眠をとるベッド(ハンモックやら布団やらがあったりで妖精ごとに好みが分かれているようだ)の上に寝かし、時既に遅しとでも思ったのか静かに、涙を流していた時に咲夜やレミリアが帰館し、報告と出迎えに向かったとのこと。そして美鈴はただの居眠り。パチュリーはというと体調が良くないため静かに自室の大図書館にて読書をしていたらしい。
何はともあれ、これにて紅 美鈴の紅魔館全域警備という大任は終り、そしてこの日が紅 美鈴にとってもフランドール・スカーレットにとっても、お互いのファースト・コンタクトであった――――――――――――――――――――――――――――――。
「ううぅ……深夜の警備は眠たいなぁ……ふわぁ……」
空が宵闇に染まり、紅魔館内でレミリアが目を覚まし活動を開始する時間帯に、美鈴は一人次から次へと出るアクビと眠気に対して必死で戦っていた。
「それにしても今夜は少しだけ冷える…………ん?」
その時も一人でぶつぶつと独り言を呟き、警備中の暇を何とかして潰そうとしていたら、後ろで気配を感じ、美鈴は振り返る。
「………………」
振り返り、少し見下ろすと門を挟んで物言わぬフランドールの姿が、あった。
「フランドール様? いかがなさいました? 今は外出禁止で外に出すなと命令されておりますので……」
フランドールの真っ赤な衣服と、金色の髪、そして七色の宝石にも似た翼は、宵闇の中でも鮮明に視覚することができ、且つ神秘的な感想を抱かせる。
「………………(ふるふる」
フランドールは否定の意味で、首を左右に軽く振り
「……遊ぼう……」
耳を澄ましていなければ聞こえない程の小さな声で、フランドールは美鈴を見上げながら言った。
「……えっ……と……申し訳ありません……フランドール様……私は、あなた様と遊ぶことはできないのです」
いかにフランドールの願いといえど、美鈴は紅魔館の門番。門を守ることこそが彼女の仕事であり、紅魔館に居られる理由なのだ。
「………………」
フランはその言葉を聞き、俯き、そしてまた何も言わずに、紅魔館へと足を向ける。
もう、何度目だろうか。何度追い返せば、フランドール様は納得してくださるのか。美鈴は一人自問自答する。
フランドールのこの行動は今に始まったことではない。美鈴とフランが初めて出会ったあの日から、フランは真夜中限定ではあるが、自室を抜け出し門の前まで来ては美鈴に『遊ぼう』と提案し、断られ、帰っていく。フランドールは美鈴と遊ぶことだけが目的なのか、それ以上外には出ようとはしない。
だからこそ、レミリアやパチュリー、咲夜はフランの行動を黙認しているのかもしれない。
(けれど……このままでいいのだろうか)
美鈴は思う。いくら何でも、酷すぎないか、と。そんな罪悪感にも似た思いが、美鈴の中に生まれ始めていた。
(レミリア様に改めて話を聞いたけれど……フランドール様はずっと一人で過ごしていたと聞いた。だからこそ、遊び相手らしい相手など、いないのかもしれない)
気付けば、無意識に美鈴は本来背中に預け守護するべきはずの門へと、体を向けていた。視線の先には寂しげに歩くフランドールの姿があった。
(そんなフランドール様が、私のようなただの門番を遊び相手に選んでくださるなど、とても光栄なことではないのか――!)
この瞬間、美鈴の中に生まれた小さな使命感という名の思いは
「――フランドール様っ!」
美鈴に、行動を起こさせた。しかし美鈴とてバカではない。任された仕事を放棄せずに、フランドールと遊び、そして門番としての勤めも両方こなすための最良の案を、彼女は思いついたのだ。しかしそれでフランドールが満足してくれるかはわからない。
「………………?」
もう少しで紅魔館の玄関に辿り着く所であったフランドールは、美鈴の声に反応・振り向いて再び門へと向かってくる。
「フランドール様。私は今、門番としてここにいるのであなた様と遊ぶことはできません。しかしなれど」
「………………」
「ここだけの話、深夜の時間帯の門番は非常に退屈なのです。だから、門番の独り言に、付き合っていただけませんか?」
心なしか小声で提案する美鈴。これが、美鈴が思いついた最良の提案。内心は不安でいっぱいである。実際、暇つぶしに付き合えと言っているようなものなのだ。
「…………私、めいりんと……お話、したい」
しかし、宵闇の中浮かんだフランドールのぎこちない笑顔と答えは、美鈴の胸中を安堵させるには充分なモノであった。
「勝手な我が儘に付き合っていただき、本当にありがとうございます。あ、独り言ですので、いつでも屋敷に戻られて構いませんよ? あと、夜は冷え込みます。大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
フランドールは口数が多い方ではない。しかし、きちんと伝えるべきことは伝えてくる。
「……美鈴はここにいつもいるけれど、ここで何をしているの?」
「えっ?」
口火を切ろうとした矢先、先手をとられたので美鈴は驚かされてしまう。自身が独り言を語るつもりだったのに、まさかフランドールの方から話をしだすとは思わなかったのだ。
しかしこれはこれでいいかもしれないと、美鈴は思った。フランドールが退屈せず、門番としての勤めも果たせるならば。
「そうですね。私がここにいるのは、紅魔館の皆を……いえ、紅魔館を守るためですね」
美鈴は門と紅魔館に背を向け、話をしている間も目線を動かし、周囲に『気』を張り巡らせるのを怠らない。
「それは、私も、守ってくれているの?」
門の内側にいるフランドールは、門と美鈴を背に、夜空に浮かんだ丸く、煌々と光る満月の光に照らされた紅魔館を見上げている。門を挟んで背中合わせの図である。
「もちろんですとも。フランドール様だけじゃありませんよ? レミリア様に、咲夜さん。そしてパチュリー様に、皆です」
その背中合わせの図は、まるで二人の関係のようにも見える。近いけれど、決してお互いが一緒になることは、無い。
「大変、なんだね」
フランドールの口調は淡々としている。しかし、不愉快になる口調では無い。
「大変といえばまぁ大変ですけれど……それでもやはり、門番としての責務ですからね」
「…………そっか」
返す言葉が見つからないのか、フランドールはそこで一旦沈黙する。
「それに、ここの立ち位置は凄く良いんですよ」
「…………え?」
美鈴が視線を、前方から首と共に上へと向ける。
「深夜になると、星が凄く綺麗なんです。見えますでしょう?」
「……わぁ……」
背後で聞こえた感嘆の声に、美鈴は嬉しい気持ちになる。
「門番の勤めは大変ですが、時折こうして夜空を見上げれば、綺麗な星が見えて、気持ちを落ち着けてくれるんです」
夜空に浮かぶのは無数の星々。それは空に浮かんだ宝石のようにも見える。
「私『ほし』って、初めて見た。アレ、取りに行ってもいい?」
「だだだだダメですっ! 取りにいっちゃいけません!」
こうして二人は、他愛も無いやり取りをしながら、同じ時間を過ごしていく。
フランドールはそれからというもの、今までどおりに真夜中の門前までいき、美鈴と話をし、話疲れるか、太陽が昇る前には屋敷に戻っていく。
美鈴もそれを良しとし、門番としての勤めを果たしながら、フランドールとの会話を楽しんでいた。
咲夜もレミリアも、十中八九今のこの真夜中の出来事を把握してはいるだろうけれど、不思議と何も言ってこない。
「――それでね、パチュリーのお部屋にいって、何かおもしろい本は無い? って聞いたら、文字ばっかりの本を渡されて。読んでても何書いてあるのか全然わからない」
「あはは……パチュリー様のお部屋にはフランドール様が楽しめるような本は無いと思いますよ。あそこは難しい本だらけですからねえ」
フランドールも、最初出会ったころに比べると表情も、口数も、明らかに豊富になっている。以前までぎこちなかった笑顔も、今では自然に見える。門とフランドールの姿に背を向けているからこそ、フランドールの姿は見えない。けれど、その弾むような口調は、フランドールの心情を伝えてくれる。時折、とても寂しそうに、そして時には静かな怒りを込めて、けれど嬉しい時には本当に嬉しそうに語る見えないフランドールの表情を思い浮かべながら美鈴は一人静かに微笑み、相槌をうち、返事をする。
フランドールは、雨が降っている時と陽が出ているうちは絶対に外に出てこない。レミリアと血をわけた妹であり、吸血鬼でもあるのだから当然といえば当然である。
(……早く、夜にならないかな……)
知らず、そんなことを考えている美鈴がそこにいた。私情と仕事は共に持ち合わせてはならないと肝に銘じてはいるけれど、それでもやはり、夜が待ち遠しい。
美鈴はいつしか、自分からフランドールに会いたいと思うようになっていた。そして、陽が沈み、夜空は宵闇に包まれ月が煌々と幻想卿を照らす深夜。
(今日はどんなお話をして差し上げよう。もう思い切って咲夜さんの恥ずかしい思い出話なんかもしちゃいたいな)
周囲を見回しながら、美鈴はそんな事を考えていた。
(フランドール様は口が堅そうだし、咲夜さん本人に言わなさそうだもんなぁ。本人には言わないでってお願いすればきっと大丈夫なはず!)
真夜中の紅魔館周辺は不気味な静けさに包まれる。虫も鳥の鳴き声も、昼間には聞こえるのに陽が落ちるとピタリと止む。
(そういえば最近のフランドール様はすごく明るく話をされる。最初出会った時は凄く物静かな印象を受けたけれど、本当は明るいお方なのかもしれない)
時折吹く風の通り抜ける音だけが、周囲に響いていた。
(……フランドール様、今日は来られないのかな)
いつもならば、そろそろ足音が響き、フランドールが挨拶をしてきて話をするのだが、今日に限っては足音も、そして気配も何も感じない。
(まぁ……たまにはそういうこともあるよね)
そう考えて自分自身を納得させる美鈴。だからこそ、美鈴は自身の胸がざわつくのを、気のせいにして感じないフリをしていた――――――――――――――――――――――――――――――――その日を境に、フランドールが門に現れることは無くなった。
(……何をソワソワしているの美鈴。仕事に集中しなさい!)
フランドールが門に現れなくなってからというもの、美鈴は次第に心の落ち着きを失い始めた。
自分自身を叱咤し、落ち着こうとするものの、思いに反して心は落ち着かない。
まるで、スッポリと何かが抜け落ちてしまったような感覚。満たされていたはずの心が、欠けた部分を求めて泳いでいる。
こんな思いを抱いてはいけないのは美鈴本人が良くわかっているし、何よりも美鈴はただの門番なのだ。
だからこそ、フランドールに会えなくて『寂しい』なんて思ってはいけないし、まして『会いたい』などと願ってはいけないのだ。けれど…………
(フランドール様……もしかして、私が嫌いになったのですか……?)
美鈴の胸中は『寂しさ』で一杯で、そして、フランドールに今一度会いたいと願わずにはいられない。
まさかフランドール様が嫌がるような事を言ってしまったのだろうか? 話す言葉遣いには充分注意していたつもりだし、言葉もきちんと選んでいた。
胸がズキズキと痛み、不安を募らせる。けれど、美鈴にはどうすることもできない。
(仕事に……集中……しなくちゃ………)
美鈴は俯き、そして右腕の袖を顔の目の部分にグッと押し当て、そしてまたすぐに顔を上げる。
美鈴は前を向き、門番としての仕事を勤める。それが、美鈴にとっていつもどおりのことなのだ。
だから、悲しくなんてない。また最初に戻っただけ。だから、寂しくなんてない。ただいつも通りになっただけ。
あれは夢だったのかもしれない。甘くて、でも楽しくて、心が安らぐような夢のような……いや、夢の時間。
そんな事を、少しだけ、本当に少しだけ赤くなった目で周囲を見回しながら、美鈴は考えていた。フランドールが門に現れなくなってから、一つの月が終りを告げた頃。
その日の夜も、夜空には満月が出て紅魔館を照らし出していた。
「………………」
美鈴はもう、フランドールのことを考えないようにしていた。考えれば考えるだけ、辛くなる。
そしてその辛さが顔に出てしまい、紅魔館の皆に心配や迷惑をかけてはいけない。
「………………」
けれど、門番をしている時、どうしてもその辛さが心を襲い、顔に出てしまう。この時ばかりは、周囲に誰もいないでくれと、願わずにはいられなかった。
悲しく、泣きそうな顔をした門番など、情けなくて門番などとは言い難い。
「……はぁ……」
この時もまた、考えてはいけないと思いながらもフランドールの事を考えてしまい、知らずため息が出ていた。
「――どうしたの? 何か考え事?」
背後で、声が聞こえた。こんな時間にこの門に来る方など、一人しかいない。けれどあの方はもうここには来ないはずだ。期待してはいけないのに、いけないはずなのに
「フランドール様っ!?」
美鈴は無意識のうちに声を高め、振り返っていた。
「……フランじゃなくて残念だったわね」
門の向こう側には、真っ赤な衣装を身に纏った金髪の少女ではなく、純白のドレスに身を包み、黒く大きい蝙蝠羽根を持った青い髪をした赤い瞳の少女。
「レミリアお嬢様…! し、失礼致しました!」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットであった。余談ではあるが、パチュリーの人体実験による幼女化事件は解決されたので、レミリアの性格も立ち振る舞いも現在は元に戻っている。
「そんなに畏まらなくてもいいわ美鈴。……少しでいい。私の話に付き合ってくれる?」
「あ……はい。何でしょうか?」
何故こんな時間にレミリア様が……と、美鈴は困惑するばかりである。レミリアは基本的に日中でも夜中でもお構いなしに外出するが、こんな真夜中に門まで来ることは初めてであった。
「いえ、こちらに向かなくていい。あなたは門番なのだから門を背に目を前に向けなさい。このまま話すから」
レミリアは門と美鈴に背を向け、真っ赤な紅魔館を見上げながら、そして美鈴は門とレミリアを背に、周囲の闇に目を凝らす。
その図は、いつもフランドールと美鈴が話をしている時の構図だった。
「最近、フランドールと貴女がここで話をしていた事は知ってる」
「っ!」
「だからと言って別に責めているわけじゃない。むしろ感謝しているわ。今のあの子は、とても安定している」
「……はい」
「でも、安定しているからこそ、あの子を再び幽閉しなければならなくなった」
「えっ!?」
(幽閉されていたから、フランドール様はここに来られなかったのか……)
「私がフランを再び幽閉したことにたいして、フランと貴女は私を恨んでいるかもしれない」
「恨むだなんてそんな事――!」
「少しだけ、黙って聞いて頂戴。さっきも言ったけど、最近は力の暴走も精神的不安定さも無く、とても落ち着いてる」
「………………」
「でも、あの子自身が危険な存在には変わりない。だからこそ、何かの弾みで外に出ようものなら取り返しのつかないことになる」
(フランドール様の能力は危険すぎると、レミリア様はかつて言っていたっけ……)
「それにね美鈴。あの子の背中は、とてつもなく大きな見えないモノを背負って生きている。そしてそれにいつ押し潰されて壊れてしまうかわからない」
(その大きなものが何であるかはわかりませんが……それは何となくわかります。私が最初に出会った時のフランドール様は、いつ消えてもおかしくない程に、存在が希薄でした)
「それはあの子の危険すぎる能力であったり、吸血鬼として欠落した部分でもあり、精神的な脆さであったり。他にもたくさんある」
「………………」
「だから私は貴女に問うわ。紅 美鈴。あなたがこれ以上フランに関わろうと思うのなら、あの子の背負っている重荷を共有して、我が妹――フランドール・スカーレットの負担を軽くしてくれる?」
「――!」
いきなりの問いかけに思わず息を呑む美鈴。
それは、普通ならば姉であるレミリアがするべき事。しかしそれを美鈴に頼むということは……
「私では、真の意味であの子とその重荷を共有して、負担を軽くしてあげることができない。その結果が、屋敷の中に幽閉するというものだったから」
「………………」
「もしもそれが果たせないのならば、金輪際貴女とフランとの一切の接触を禁止する。もしもここで引き受けたとしても、その役目をきちんと果たせないのならば――」
(私が……フランドール様の重荷を……)
「私は、貴女を消す」
「っ!」
(そんな大役を、私に出来るのだろうか? ここで引き受けなければ済む話かもしれない。もしも安易に引き受けて、その役目を果たせなかったらとしたらこの命が終わるだろう)
「答えは今すぐに出さなくても――」
「お待ちください。レミリア様」
(けれど、私の気持ちは揺るがない。私の気持ちは、崩せない。自分の気持ちに、嘘は吐きたくないっ!!)
「その役、この紅 美鈴が見事果たしてみせましょう!」
美鈴は背を向けていた門とレミリアに向き直り、レミリアの蝙蝠羽のついた背中に向かって力強く頷き、発言する。
「……いいの?美鈴。私はあなたをこの手にかけるかもしれないのよ」
レミリアもこちらを向き、お互いに見合わせる。レミリアの表情は、冷酷に物を見定める観測者の表情に似ていた。
「構いません」
覚悟を示すのに、言葉はいらない。覚悟とは、言葉で取り繕えるものではないのだ。
「……どうやら、本気みたいね」
「はい」
「引き受けてくれてありがとう、美鈴」
「勿体無いお言葉です、お礼を言うのはむしろこちらの方です」
レミリアのおかげで、美鈴は覚悟を決めることができた。
「じゃあ、コレを貴女に預ける」
そして、美鈴は、自身がフランドールに対して抱く気持ちにも気付くことができた。
「これは……鍵、ですか?」
レミリアが右手で差し出してきたのは、手にスッポリと収まる大きさの鍵であった。
「フランの部屋の鍵。これからは自由に出入りして良いわ。もちろん休憩の合間だけね」
「あ、ありがとうございますっ!」
「……で、美鈴。いつまでそうしているの?」
「はい?」
呆けた返事をした様子の美鈴に対しレミリアは
「私の問いかけに返事をした時点で貴女の役目は始まっているのよ? だからさっさとフランに会いにいきなさい」
少し怒ったような表情で、言い放った。
「……え……でも……! あの、門番は……!」
「美鈴、この私を誰だと思ってるの? 起きている間ぐらい、自分の館ぐらい自分で守ることぐらいできるわ。さっさと行かないとあの子の部屋の前まで『グングニル』に縫いつけて飛ばすわよ?」
「わわわわわかりました! すぐに向かいますっ!!」
美鈴はその場の跳躍で門を飛び越え、レミリアの隣へ着地。レミリアと軽く視線を交えてから真っ直ぐに紅魔館へと走る!
部屋にいるフランドールの元へ遊びに。そして、ようやく気付いた自分自身の気持ちを、フランドールに伝えるために。
「……ねえ咲夜。私って姉として失格、よね」
一人になったレミリアは、夜空の星を見上げながら呟く。
「そんなことはございません。お嬢様は立派な姉でございます」
紅魔館の門のすぐ横にある茂みから、音もなく咲夜が姿を現し、レミリアにそう告げる。
「そうかしら。フランがあんな……私に一度だって見せたことがない表情を美鈴に見せて、それに嫉妬して、またフランを幽閉した私が果たして立派な姉だなんて言える?」
「お嬢様……」
レミリアは咲夜の腰に手を回し、メイド服にその幼い顔をうずめる。
「少しだけでいい。ほんの少しだけ、このままでいさせて。咲夜」
「かしこまりました。お嬢様」
咲夜はレミリアを抱き返し、その微かに震える体と心が落ち着くまで、優しく抱きしめていた――――――――――――――――――――初めて、自分の部屋から出た。
初めて見る自分の部屋以外の空間は、どれもこれもが、見たことのないものばかりだった。
こんなにも広い空間を、歩くのも、飛ぶのも、初めてで、とても気持ちが良かった。
そしてしばらく歩いていたら、変なのがいた。
『……え……?』
それは多分、この館にいるメイドと、同じ生き物だとわかった。でも、初めてみる生き物だった。見たことも無いお洋服を着ているし。
珍しかったから、じっと見ていたらうんうんと言い始めた。何か考え事をしているみたい。パチュリーがよくやる仕草に、似ていた。
うんうん言い始めてから少したって
『ご、ごめんね~。私、ちょっと用事があって行かないといけないの。だから……行くねっ』
と言って、どこかに行こうとしていた。他に誰もいないし、妖精さんたちは私が怖いのか、隠れてビクビクしているし、退屈だから遊んでほしかった。
『……え゛……』
だから、遊んでほしくて変なお洋服の端をつまんだら、変な声が聞こえた。おもしろい。
『………………』
それから、黙り込んでしまった。もう一回、言ってくれないかなぁ。
『あの、さ。私は行かないといけないから……指…離してくれない……かな』
お洋服をつまんでいると、私がワガママを言った時に見せるメイドの顔によく似ている顔をした。ああ、これは『困っている顔』だった。
困っているなら、指を離したほうがいいかもしれない。けれど、私も退屈。遊んでほしい。
そう考えていたら、変なところに手をいれだした。何かするのかな?
『あった!じゃーん!これはすごく美味しいキャンディー……で……あれ?』
出てきたのは、クシャクシャの包み紙。それよりも、ころころと顔が変わるのが見ていておもしろい。『嬉しい顔』になったり『困っている顔』になったり。
メイドやパチュリーも『嬉しい顔』になったり『困っている顔』になるけれど、どちらか一つしか見たことがなかった。
『…………………』
まだ困った顔をしている。次は何をするんだろう? わくわく。
『私は今から屋敷内全域を見回らないといけないのだけれど……もしも良かったら、一緒に来る?』
一緒に来るかと聞かれたので、行きたくなった。一緒にいると、おもしろい。頷いたら、一瞬だけ『困った顔』になったような気がした。
『ありがとう。あ……そう言えば自己紹介がまだだっけ。私の名前は紅 美鈴。あなたのお名前は?』
目の前のは ほん めいりん というらしい。すごく変わった名前。おもしろい。そして私も名前を聞かれたから答えたら、ほん めいりんは少しだけ『驚いた顔』をしていた。
それから、ほん めいりんと一緒に館の中を歩いていた。周りにはまだまだ見たことが無いものが多くて、おもしろかった。
その中で、変な形をした置物があった。これはなんだろう、と思って触ったら
『ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!』
ほん めいりんが見たことも無い顔をして、こっちに向かって走ってきた。一瞬『壊そう』かと思ったけれど、やめた。
ほん めいりんはおもしろい。だから『壊さない』おもしろくなかったら『壊す』だけ。けれど、なんでかわからないけれど、悪いことをした気がした。だからごめんなさいをした。
それから、ほん めいりんと遊んでいた。ほん めいりんと遊ぶのはとても楽しい。時々変な声をあげたりするのが特に。
それからほん めいりんが動かなくなって『壊れた』のかと思って、自分の部屋に戻った。短い時間だったけれど、おもしろかった。
いつも紅茶とケーキを運んできてくれるメイドが
『美鈴とのお遊びは楽しかったですか?』
と聞いてきたから頷いたら
『それはそれは。良かったですね』
といってくれた。でももうめいりんは『壊れた』から遊べない、とメイドに言ったら
『美鈴は壊れていませんよ。ピンピンしています』
と言った。
『壊れてない』と聞いて、まためいりんと遊びたくなった。めいりんに会うにはどうしたらいいかメイドに聞いたら、メイドは少しだけ『困った顔』をしてから
『美鈴は館の門にいますが……お会いにいかれるのでしたら、これだけは約束してください。決して外には出ないと』
お姉様からも言いつけられている。約束は守る。だから頷いた。
そして門のところにいったら、めいりんがいた。また会えて、嬉しかった。
『それにしても今夜は少しだけ冷える…………ん?』
側まで寄ったら、めいりんが振り返った。
『フランドール様? いかがなさいました? 今は外出禁止で外に出すなと命令されておりますので……』
外に出たいわけじゃない。めいりんと遊びたいだけ。
『……えっ……と……申し訳ありません……フランドール様……私は、あなた様と遊ぶことはできないのです』
めいりんは『困った顔』になった。めいりんが『困った顔』になるのは、悲しい。だから屋敷に戻った。
でも次の日なら大丈夫かな?次の日がダメでも、その次の日なら。そう思って、門に行ってみるけれどめいりんは『困った顔』ばかりする。悲しい。
『――フランドール様っ!』
もう門に来るのは止めようかな、と思ったときに、めいりんが私を呼んでくれた。初めて呼ばれた。とてもも嬉しかった。
『フラン様。私は今、門番としてここにいるのであなた様と遊ぶことはできません。しかしなれど』
『ここだけの話、深夜の時間帯の門番は非常に退屈なのです。だから、門番の独り言に、付き合っていただけませんか?』
言ってることはよくわからなかったけれど、遊ぶことはできない。だけど、話ならできる。そう言ってるみたい。
めいりんは遊ばなくても話すだけでもおもしろい。だから、その時からいつも門に行って、めいりんとお話をしていた。
めいりんと門に背中を向けて、真っ赤なこーま館を見上げる。めいりんのころころ変わる顔が見えないのが少し寂しいけれど
それでも、話していておもしろい。こんな日がずっとずっと続けばいいな、なんて思ってた。
けれど、ある時いつものようにめいりんに会いにいこうとしたらお姉様に呼び止められた。
『フラン。あなたは部屋に戻りなさい。そして今後出てきてはダメ』
突然お姉様が、そんなことを言い出した。けれど私は逆らうことなんてできない。だから部屋に戻った。
それから、ずっとめいりんの事を考えていた。めいりんに会いたいな。またお話を聞かせてほしいな。
いつになるかわかないけれど、また初めて会った時のように遊んでほしいな。
私は膝を抱えてうずくまる。嫌なことは何も考えたくない。考えるだけ、辛くなる。
「……めいりん……」
呟いてみても、めいりんが来るはずなんてないのに…………
そう考えていた時、ガチャリと、鍵の開く音がした。メイドかと思ったら
「――フランドール様っ!」
もう会えないと思っていためいりんが、そこにいた――――――――――――――。
フランドールの部屋を開け、中を開ける。
窓も明かりも何も無い、ただの暗い密室。その密室の隅に、膝を抱え、丸まりながらこちらを見るフランドールの姿を見て、美鈴は胸が締め付けられる思いがした。
そして息が上がっているのもお構いなしに、フランドールへと足早に駆け寄る。
美鈴が駆け寄るのと同時に、フランドールも立ち上がり
「フランドール様……フランドール様ぁ……!」
「……めい……りん……」
美鈴はしっかりと、そして優しくフランドールを抱きしめ、そしてフランドールもまた、美鈴の背中に手を回し、身を預ける。
「フランドール様……何故私がここにいるか等の説明は後にして、お伝えしたいことがあります」
「……うん……」
美鈴はフランドールを抱きしめながら、告げた。
「どうやら私は門番の身でありながら……フランドール様に恋心を抱いてしまったようです」
「……こい……ごころ……?」
恥ずかしい気持ちを精一杯押し殺し、頬を紅潮させ、美鈴は改めて告白をする。
「ええ。私にとって、フランドール様は、とても大切な存在です。だからこそ言葉を持って思いを告げます……好きです。フランドール様」
「……うん……うん……! 私も…大好きだよ……めいりん……!」
二人はそうして、長い時間、抱きしめ合っていたという。
それからの美鈴は超多忙な日々を送ることになる。門番の勤めに、フランドールの遊び相手。フランドールの遊び相手は、ある意味紅魔館の全域警備よりも忙しい……らしい。
休憩の合間にフランドールの部屋へと遊びにいき、仮眠をとっているときにはフランドールに夜這いをかけられたとかかけられていないとか。
いずれにしてもフランドールと美鈴は笑いあい、共に支えあって生きている。
さあ、今日も今日とて紅魔館から聞こえる珍妙な悲鳴に、耳を傾けてみましょうか。
門を挟んで背中合わせ END
ただ,美鈴の想いは恋心か?という気もしました・・
シーンが変わっても全く改行がされていないのでリズムが非常に悪いです。
この二人が以後どのように関わっていくのか。とても気になります。
でも、恋心宣言には面食らいましたけどね。
>高台から地面までの距離約12cm。
物を置く台の高さが12cmって事はいくらなんでもないんじゃないでしょうか
dmなら分からないでもないですが
7の人がいってるように恋心なのか?と疑問に思いました
どちらかというと友情とか親心とかそういうのの方が近いような気がしました
フランドールの思考表現がとてもソレらしくてよかったです
無口なフランちゃんも私は好きです
ただ改行をしていただいた方が読みやすいと思います
1・この流れなら恋心に持っていく必要な無かったかなぁ
2・前半レミリアが幼児化する意味はあったのか?
3・改行が詰まってて読み辛い、「」の前後1行づつ明けるだけでもだいぶ違うかと
まぁ2に関しては小ネタの一言で済んでしまうんですが
内容も良く文章も面白かったので次も期待してます
>高台から地面までの距離約12cm。『タダのツボ』の重量を考えれば地面まで到達する時間は1秒とかからない!
自由落下速度に重量は関係ありませんよ
親愛、家族愛もしくは庇護欲の類かと
あ、97集の最新作も読みました。てか読んでからきましたサーセンw
…フラメイに幸あれ…
という題名を見たら思わず
しゃっくり混じりの泣き声〜♪
と続けてしまいました