人に学問を教えては其れを生業とし、其の時でなければ歴史というものの編纂につとめる。
人生にそれ以外の事など、無い。
故人は現実は小説より奇なり、とは仰せど、小説こそ現実から出ずるもの。
奇なぞ、関わりは無いというもの。
さあ、今日も里の子供達が集まった。
黒板を白墨で染めれば、子供が曰く、「夜空に輝く星だね。」と。
「星は白く輝くものだけではないのだよ。」
南の空に輝く星には、赤い星が覗える。
其れが何故赤いのか、人々は多くを語るものの、真実こそ神のみぞ知る。
はい、と子供が手を上げる。
「先生、太陽も赤い星です。」
「ああ、そうだなあ。」
可愛らしい発言に、ほほえましく思われるものだ。
赤く輝く星は、きっと太陽のようにギラギラと燃えているのでしょう。
それでは、黄色いお月様はどうされているのでしょう。
さあて。私には分からない。
子供達が帰っていった。
皆が帰るのは日が暮れる頃である。
今日は空が赤く染まっている。
空が燃えている。
空が燃え尽きれば、黒の海が姿を覗かせる。
空の本来の姿は、本当は此方なのだ。
元の姿に戻る前の、この赤く燃える空に、故人達は趣を感じていたらしい。
この、胸にしみるような景色は、歴史の中にいた人々が望んでいたものである。
沈む太陽を見送るのも、日課。
今日は、嵐。
このような日には、客はやって来ない。
未だ、嵐はやってきてはいない。しかし、朝から雲が空を一面覆い、その雲が風によって蠢いている。
段々と風が強くなってきている。辺りの木々がざわめいている、と言えば想像が付くだろうか。
早く処置をしないと、戸が風で吹き飛んでしまう。
当て木を打ち付けていたところ、先生、と声が掛かる。
里の長様であった。心配して手伝いに来てくださったようだ。
人の手を煩わせる事は、とは思いながら、しかし一人では骨が折れる。手伝って頂く事にした。早く、事を済まさねば。
がたがた、がたがた、と音がする。
上手く固定できなかったようで、桟の両岸にぶつかって音を立てているのだろう。
また風が強くなってきたようだ。
雨の香も強くなってきた。
ああ、作業をするのであれば、早めにやらなければ。
えいっ、と外にでる。
雨にぬれるかも、と思って足踏みをしたが、仕方が無い。
一度当てた木を、外してもう一度当てなおす。
少し時間が掛かりそうだ。
雨が降る前に決そう。
風が吹き荒れる。髪が乱れる。
はぁ、と、ため息が漏れる。
嵐は、中で音を聞くだけならば面白いと思うことはあるが、これが来るたびにこのような作業を強いられる。全く、面倒甚だしい。
ざぁっ、と水しぶきが掛かる。
ああ、雨だ。雨粒の群れが風に煽られたのだろう。
幸い、後少しで作業も終わる。
水滴が徐々に大きくなる。
「こんにちは。」
作業が終わる頃に、声を掛けられた。
何だ、今日は客が多い。
そう思い、振り返ると、紅白の衣を纏った少女が立っていた。
「少々雨宿りさせてもらえないかしら?」
少女は、人を背負っていた。
里の子供だった。
「お前が助けたのか。」
「木の陰で倒れていたものだから。」
運ばれた子供は、頭を打ち付けていた。落ちてきた何かがぶつかったのであろうか。手当てをして、今は布団に寝かせている。
「お前も着替えたらどうだ。随分と泥に塗れているじゃないか。」
「お構いなく。巫女はこの装束でないと。」
濡れた体を震わせて火に当たる彼女。
さて、この巫女が嵐の日に出歩くなどとは思わない。何事かが有ったのだろうか。
その珍客は、私がしげしげと彼女を見つめているのに気づく。
「大丈夫、温まったら直ぐに出るから。」
「そうか。」
ぼんやりした火を眺めていると、お湯の沸いた薬缶の蓋がカタカタと鳴りだす。
火からおろして急須に入れれば、忽ちに香ばしい匂いが立ち込める。
「はい、どうぞ。」
「頂くわ。」
「何をしにきた?こんな所に。」
「妖怪退治。」
「はあ。」
物ぐさで周知されている彼女にしてみれば、愈々おかしな話ではある。
「この嵐の原因よ。放っておけばこの辺りのものを色々吹き飛ばしてしまうわ。」
「嵐なんて季節がめぐれば現れる。そういうものではないのか?」
「奴は私の家を吹き飛ばしてくれたのよ。退治するまで許さない。」
成程、恨みでここまで追ってきたという話か。
「追いかけてきたから、その身なりというわけ。」
「そういうこと。」
ざぁっ、と雨が戸に当たる音が聞こえてくる。いよいよ本降りという頃合だろう。
目の前では、薪を舐る火が、パチッと音を立てる。其の音が、嵐の中のこの暗闇をそうと思わせるようで、静寂を醸す。
闇に踊るくれないの火。
……パキッ。
火を見つめる彼女の瞳は、赤の光を受けて赤く光っている。
「……ヒッ」
その小さな悲鳴にぞくりとした。
奥に目をやると、子供は既に目が覚め、柱の角に手を当てながら此方を覗いていた。
「ごめんなさい。あの時は間違えてしまったの。大丈夫?」
彼女は子供に近づき、頭に手を当てようとしたが、子供は酷くおびえた風にのけぞる。
「おれん、来なさい。」
駆け寄ってきた彼女の頭を抱きかかえる。
「せんせい……」
相当怖い思いをしたに違いない。震えがとまらないようだ。
「やはり、お前、危険だな。」
敵意を感じたときから、博霊の巫女の気配は深く広がっていた。
深海の淵。
そう感じさせるのは、彼女からくる重圧によるものなのだろうか。
「その言葉、そのままあなたに返すわ。」
「何?」
「妖怪もあなたが匿っているとか。そうじゃない?」
「断じて違う。」
「そうなんでしょうね。ここにはいないみたいだし。」
「はあ?」
「別に、あなたと戦おうと思ってここにきたわけではないもの。からかってみただけ。」
「笑えないな。」
「笑わなくてもいいわ。」
危うい均衡の儘、
息を一呑みすれば、冷たい風が入り込んできて噎せ返りそうになる。
嗚呼、意識の外では嵐は更に威力を増していたのだ。
「お前、一体この子に何をしたんだ。」
「捕らえたと思ったら、間違えてその子だった、っていうだけよ。」
「謝ろうと思っても、この様子ではだめね。怖がらせたのは悪かったけど、人里で悪さをするものは野放しにはできないわ。」
「なら、嵐が抜ける前に、早々に出て行ってもらおうか。」
今、ここに彼女を置いておくのは危険だ。また、何かしでかすかもしれない。
「それはそうするけど、あなたはどうするの?」
「だから、未だ私には関わりない事だと。」
「そう。被害が及ばないうちにどうにかする事ね。」
何かが起こったら、私が出張って、その間の歴史を喰らうだけというものだ。
紅の衣の巫女は、薄暗の中に消えていった。
嵐の前の静けさ、嵐の後の晴天。
太陽がここぞとばかりに自己主張をするような、かんかん照り。
土砂を巻き上げた強風は、そのまま空に溜まっていた雲を引き連れていってしまった。
「……まあ、立つ鳥跡を濁す、って事。」
太陽の下にはじわり滲む汗がつき物というもの。
はあ、それにしてもこんなにも天気が様変わりするのには辟易する。
土砂を巻き上げた強風は、私に余計な仕事まで残していった。
幸いにも、屋根は壊されなかったが、庭のあちこちのものとが、いろいろと散乱していて見るにも堪えない。
私の学び子達の家も後片付けで忙しいようだ。
「ああ、勿体無い。」
庭には、どこから飛んできたのか、瓢箪が真っ二つに割れ落ちていた。
ほかにも、折れて飛んできたらしい木の枝葉が散り乱れている。
空き家の庭のようで、なんともみっともない。
成程、嵐にここまでされてしまえば苛立つのも分からないことではないだろう。
「はあ……。」
額から汗が流れ落ちるのを感じる。
こういう天気では、麦藁帽子でも欲しいものである。その方が気分的にも涼しくていい、うん。
「ところで、何故日陰で呆けているのだ。」
「あー、うん、現実逃避。」
博霊の巫女は人の家の縁側で大の字に寝そべりながら寛いでいる。
片づけをしている最中に、昨日と同じ様にふらりとやってきたのである。
あの夜、彼女に何があったのかは分からない。
「結局妖怪か何かの仕業だったのか。」
「あー、うん。」
尋ねても、彼女は詳しくを語ろうとはしなかった。
いい風が吹くので、休憩することにした。
「誰かうちを掃除してくれないかしら。するけど。」
「風神様にでも吹き飛ばしてもらえばよいのではないか?」
「呼ぶのが面倒だわ。」
草木に滴る雫と陽気に誘われてか。
チリチリ、虫が鳴き始めた。
幻想郷の、夏の始まり。
人生にそれ以外の事など、無い。
故人は現実は小説より奇なり、とは仰せど、小説こそ現実から出ずるもの。
奇なぞ、関わりは無いというもの。
さあ、今日も里の子供達が集まった。
黒板を白墨で染めれば、子供が曰く、「夜空に輝く星だね。」と。
「星は白く輝くものだけではないのだよ。」
南の空に輝く星には、赤い星が覗える。
其れが何故赤いのか、人々は多くを語るものの、真実こそ神のみぞ知る。
はい、と子供が手を上げる。
「先生、太陽も赤い星です。」
「ああ、そうだなあ。」
可愛らしい発言に、ほほえましく思われるものだ。
赤く輝く星は、きっと太陽のようにギラギラと燃えているのでしょう。
それでは、黄色いお月様はどうされているのでしょう。
さあて。私には分からない。
子供達が帰っていった。
皆が帰るのは日が暮れる頃である。
今日は空が赤く染まっている。
空が燃えている。
空が燃え尽きれば、黒の海が姿を覗かせる。
空の本来の姿は、本当は此方なのだ。
元の姿に戻る前の、この赤く燃える空に、故人達は趣を感じていたらしい。
この、胸にしみるような景色は、歴史の中にいた人々が望んでいたものである。
沈む太陽を見送るのも、日課。
今日は、嵐。
このような日には、客はやって来ない。
未だ、嵐はやってきてはいない。しかし、朝から雲が空を一面覆い、その雲が風によって蠢いている。
段々と風が強くなってきている。辺りの木々がざわめいている、と言えば想像が付くだろうか。
早く処置をしないと、戸が風で吹き飛んでしまう。
当て木を打ち付けていたところ、先生、と声が掛かる。
里の長様であった。心配して手伝いに来てくださったようだ。
人の手を煩わせる事は、とは思いながら、しかし一人では骨が折れる。手伝って頂く事にした。早く、事を済まさねば。
がたがた、がたがた、と音がする。
上手く固定できなかったようで、桟の両岸にぶつかって音を立てているのだろう。
また風が強くなってきたようだ。
雨の香も強くなってきた。
ああ、作業をするのであれば、早めにやらなければ。
えいっ、と外にでる。
雨にぬれるかも、と思って足踏みをしたが、仕方が無い。
一度当てた木を、外してもう一度当てなおす。
少し時間が掛かりそうだ。
雨が降る前に決そう。
風が吹き荒れる。髪が乱れる。
はぁ、と、ため息が漏れる。
嵐は、中で音を聞くだけならば面白いと思うことはあるが、これが来るたびにこのような作業を強いられる。全く、面倒甚だしい。
ざぁっ、と水しぶきが掛かる。
ああ、雨だ。雨粒の群れが風に煽られたのだろう。
幸い、後少しで作業も終わる。
水滴が徐々に大きくなる。
「こんにちは。」
作業が終わる頃に、声を掛けられた。
何だ、今日は客が多い。
そう思い、振り返ると、紅白の衣を纏った少女が立っていた。
「少々雨宿りさせてもらえないかしら?」
少女は、人を背負っていた。
里の子供だった。
「お前が助けたのか。」
「木の陰で倒れていたものだから。」
運ばれた子供は、頭を打ち付けていた。落ちてきた何かがぶつかったのであろうか。手当てをして、今は布団に寝かせている。
「お前も着替えたらどうだ。随分と泥に塗れているじゃないか。」
「お構いなく。巫女はこの装束でないと。」
濡れた体を震わせて火に当たる彼女。
さて、この巫女が嵐の日に出歩くなどとは思わない。何事かが有ったのだろうか。
その珍客は、私がしげしげと彼女を見つめているのに気づく。
「大丈夫、温まったら直ぐに出るから。」
「そうか。」
ぼんやりした火を眺めていると、お湯の沸いた薬缶の蓋がカタカタと鳴りだす。
火からおろして急須に入れれば、忽ちに香ばしい匂いが立ち込める。
「はい、どうぞ。」
「頂くわ。」
「何をしにきた?こんな所に。」
「妖怪退治。」
「はあ。」
物ぐさで周知されている彼女にしてみれば、愈々おかしな話ではある。
「この嵐の原因よ。放っておけばこの辺りのものを色々吹き飛ばしてしまうわ。」
「嵐なんて季節がめぐれば現れる。そういうものではないのか?」
「奴は私の家を吹き飛ばしてくれたのよ。退治するまで許さない。」
成程、恨みでここまで追ってきたという話か。
「追いかけてきたから、その身なりというわけ。」
「そういうこと。」
ざぁっ、と雨が戸に当たる音が聞こえてくる。いよいよ本降りという頃合だろう。
目の前では、薪を舐る火が、パチッと音を立てる。其の音が、嵐の中のこの暗闇をそうと思わせるようで、静寂を醸す。
闇に踊るくれないの火。
……パキッ。
火を見つめる彼女の瞳は、赤の光を受けて赤く光っている。
「……ヒッ」
その小さな悲鳴にぞくりとした。
奥に目をやると、子供は既に目が覚め、柱の角に手を当てながら此方を覗いていた。
「ごめんなさい。あの時は間違えてしまったの。大丈夫?」
彼女は子供に近づき、頭に手を当てようとしたが、子供は酷くおびえた風にのけぞる。
「おれん、来なさい。」
駆け寄ってきた彼女の頭を抱きかかえる。
「せんせい……」
相当怖い思いをしたに違いない。震えがとまらないようだ。
「やはり、お前、危険だな。」
敵意を感じたときから、博霊の巫女の気配は深く広がっていた。
深海の淵。
そう感じさせるのは、彼女からくる重圧によるものなのだろうか。
「その言葉、そのままあなたに返すわ。」
「何?」
「妖怪もあなたが匿っているとか。そうじゃない?」
「断じて違う。」
「そうなんでしょうね。ここにはいないみたいだし。」
「はあ?」
「別に、あなたと戦おうと思ってここにきたわけではないもの。からかってみただけ。」
「笑えないな。」
「笑わなくてもいいわ。」
危うい均衡の儘、
息を一呑みすれば、冷たい風が入り込んできて噎せ返りそうになる。
嗚呼、意識の外では嵐は更に威力を増していたのだ。
「お前、一体この子に何をしたんだ。」
「捕らえたと思ったら、間違えてその子だった、っていうだけよ。」
「謝ろうと思っても、この様子ではだめね。怖がらせたのは悪かったけど、人里で悪さをするものは野放しにはできないわ。」
「なら、嵐が抜ける前に、早々に出て行ってもらおうか。」
今、ここに彼女を置いておくのは危険だ。また、何かしでかすかもしれない。
「それはそうするけど、あなたはどうするの?」
「だから、未だ私には関わりない事だと。」
「そう。被害が及ばないうちにどうにかする事ね。」
何かが起こったら、私が出張って、その間の歴史を喰らうだけというものだ。
紅の衣の巫女は、薄暗の中に消えていった。
嵐の前の静けさ、嵐の後の晴天。
太陽がここぞとばかりに自己主張をするような、かんかん照り。
土砂を巻き上げた強風は、そのまま空に溜まっていた雲を引き連れていってしまった。
「……まあ、立つ鳥跡を濁す、って事。」
太陽の下にはじわり滲む汗がつき物というもの。
はあ、それにしてもこんなにも天気が様変わりするのには辟易する。
土砂を巻き上げた強風は、私に余計な仕事まで残していった。
幸いにも、屋根は壊されなかったが、庭のあちこちのものとが、いろいろと散乱していて見るにも堪えない。
私の学び子達の家も後片付けで忙しいようだ。
「ああ、勿体無い。」
庭には、どこから飛んできたのか、瓢箪が真っ二つに割れ落ちていた。
ほかにも、折れて飛んできたらしい木の枝葉が散り乱れている。
空き家の庭のようで、なんともみっともない。
成程、嵐にここまでされてしまえば苛立つのも分からないことではないだろう。
「はあ……。」
額から汗が流れ落ちるのを感じる。
こういう天気では、麦藁帽子でも欲しいものである。その方が気分的にも涼しくていい、うん。
「ところで、何故日陰で呆けているのだ。」
「あー、うん、現実逃避。」
博霊の巫女は人の家の縁側で大の字に寝そべりながら寛いでいる。
片づけをしている最中に、昨日と同じ様にふらりとやってきたのである。
あの夜、彼女に何があったのかは分からない。
「結局妖怪か何かの仕業だったのか。」
「あー、うん。」
尋ねても、彼女は詳しくを語ろうとはしなかった。
いい風が吹くので、休憩することにした。
「誰かうちを掃除してくれないかしら。するけど。」
「風神様にでも吹き飛ばしてもらえばよいのではないか?」
「呼ぶのが面倒だわ。」
草木に滴る雫と陽気に誘われてか。
チリチリ、虫が鳴き始めた。
幻想郷の、夏の始まり。
なぜ魅力的に感じないのかなーと考えてみると、災いは予防しなくても歴史を食ってしまえばいい
という考え方をしているからなのかなと。
あと、なぜ霊夢と急に緊張感が高まったか、理由はなんとなくわかるけど
不自然なきがして微妙な感じです。
慧音ぐらい長く生きてればこうなるかもなぁ
評価に値する作品ではないです。