「こんなにも薄暗い日は、灯りを点けて本を読むに限る」
その日、香霖堂の窓から覗く空には黒く分厚い雲のカーテンが掛かっており、店内に差し込むべき光を遮ってしまっていた。
そのせいで店内は薄暗くなっており、客が訪れたとしても商品が見づらいような状況だ。
そして何よりこのままでは僕が本を読む事もままならない。
僕は手元のランプに明かりを灯し、勘定代の内側の指定席に腰を下ろした。
さて、こうやってランプに明かりを灯す作業を行うのは何回目になるのだろう。
それというのも、ここ最近、いつ空を見上げても同じような雲ばかり出ていて、太陽をとんと拝んでいない。
いつ雨が降り出してもおかしくないような天気なのだが、だからといって雨が降るわけでもなく、なんとも中途半端な空模様。
そんな曇り空が連日続いているのだ。
以前にも、妖精のせいで雨が連日降り続くという事態があったのだが、今回もそうなのだろうか?
もしそうだとすると、霊夢か魔理沙辺りに異変の解決を頼む事になるのだが、ここしばらくは太陽だけでなく二人の姿も見ていない。
神社にでも出向けば、ほぼ確実に会う事は出来るだろうが、こんな空模様ではどうにも出かける気にはなれない。
もし、出かけている途中に雨でも降り出したなら、嫌な気分になるだろう。
それならば傘でも持っていけば良いのだろうが、そこまでして逆に雨が降らなかったら、もしくはこの天気が異変ではないのだとしたら、せっかく出かけたのにと損をした気分になるのではないだろうか。
それならばどうしたものか、と考えながらいつも通りの曇り空を見上げる。
そもそも「曇り」の語源は「暗い森」だったはず。
入り口とはいえ、暗くて深い魔法の森の入り口に位置するこの店は一年中「く(らい)もり」といってもおかしくは無い。
いつもより、もう少しだけ暗い日が続く程度の事。
特に困った事も起きていないし、取り立てて騒ぐような事でもないだろう。
そう納得して、手元の本に視線を落とした。
バタン
突然響くドアを開く大きな音。
その音に書物の世界から現実へと引き戻された。
「霖之助さん、今回の異変はあなたが犯人ですね!」
声の主のほうへ視線を向けると、そこには自信有り気に胸を張り、僕をズビシッと指差したままの格好で固まっている青い巫女の姿があった。
……彼女は比較的に常識的な人物だと思っていたのだが、今ではすっかりと幻想郷に毒されてしまったのだろうか。
なんとも悲しい話だ。
天を仰ぎたい気持ちだったが、曇天の空を仰いだ所で気持ちは晴れるとは思わなかった。
~☆~
「とりあえず何の事だか説明してくれないか」
入り口で固まっていた早苗を椅子に座らせ、何が起こっているのか説明を求めた。
いきなり犯人扱いされても何の事だかさっぱりだ。
そんな僕の事情を察したのか、早苗はポツリポツリと事の次第を語り始めた。
「今日の昼前の事なんですが、八坂様が博麗神社に置いてある守矢の分社に何か異変があったと申されまして、私はその調査に向かったんです」
/
めまぐるしく天気が変化する空を超え、博麗神社に着いた早苗が目にしたのは、ボロボロに壊されている分社だった。
そして、ボロボロなのは分社だけには止まらない。
そこにあったのは、守矢の分社よりもよっぽどボロボロになった博麗神社、そして、神社とおそろいでボロボロになっている魔理沙の姿だった。
「ちょっと、魔理沙さん大丈夫なんですか!?」
「よう、早苗も来たのか。ずいぶんと遅いお出ましだな」
こちらに向かって片手を挙げている、見た目とは裏腹に元気そうな魔理沙の姿に早苗はほっと息をつく。
そして次に浮かび上がる疑問。
「どうして神社が壊れてるんですか!? そうだ、霊夢の姿が見えないけど大丈夫なんですか!?」
「霊夢ならピンピンしてるぜ。ここに居ないのは今回の異変を起した犯人を捜しに行ってるからだ」
異変という事場に早苗は反応する。
八坂様が言っていたのは、博麗神社に起こった異変とは別なのだろうか。
それとも何か関係が?
「異変ですか?」
「ああ、ここのところずっと同じような天気ばかり続いていたり、博麗神社辺りだけ大きな地震が起こったりしてるんだ。この神社が壊れてるのもその地震のせいらしいぜ」
言われてみれば早苗にも天気の異変には思い当たる節があった。
守矢神社ではここのところ雨ばかり続いて、洗濯物が乾かず苦労していたのだ。
早苗は季節外れの梅雨みたいな物だと思い深く考えていなかったが、あれも異変の一部だったのだろう。
そして、ここに来た原因である分社の異変も魔理沙の言う地震のせいだろう。
「そうすると、一部の場所で天気がめまぐるしく変わったり、私の所で雨ばかり降っていたのも異変のせいだったんですね」
「お前のところで雨が降っているのは、蛙の神様が雨を呼んでるんじゃないのか?」
「ちょっと、洩矢様を変な風に言わないでくださいよ」
確かにここのところ諏訪子は妙に元気だったが、流石にそこまではしていないだろう。
「それで、魔理沙さんはどうしてそんなにボロボロになってるんですか?」
「ん? あぁ、これは霊夢とどちらが異変を解決するかを賭けて戦ったんだけど、惜しくも負けた。いやぁ、実に微妙な判定だった」
「え、どうしてそれで勝負するんですか? 異変を解決するなら二人で行ったほうが早くて確実だと思うんですけど」
早苗の言葉に魔理沙は犬のクソでも踏んだような顔をする。
「せっかくの異変なのにそんな事をしたらつまらないだろ」
「つまらない……ですか?」
「まぁ、幻想郷のルールだと思ってくれ」
「はぁ、ルールですか……」
魔理沙の言葉に釈然としない物を感じたが、スペルカードルールの様に、一風変わったシステムが浸透している幻想郷だ。
自分が知らないだけでそのようなルールも有るのだろうと早苗は自分を納得させた。
「お前も早く行かないと終っちまうぜ」
「え? 行くってどこにですか?」
「そりゃ、この異変を起した犯人のところだよ。グズグズしてると霊夢が犯人をやっつけちまうぜ」
「そんな事を言われても……行くのはかまわないのですが、どこへ行けばいいのか解らないし、誰が犯人かなんて分かりませんよ。何か情報はないんですか?」
「情報ねぇ……あぁ、そうだ。天叢雲って知ってるか? 剣を持ってる奴の頭上にはいつも雲が掛かっているらしいな。その剣を持ってる奴が犯人かも知れないぜ」
あぁ、きっとそいつが犯人だな。
と、魔理沙は名案とばかりに笑う。
早苗には天叢雲と呼ばれる剣に心当たりがあった。
日本の神話よりも外国の魔法に興味がある魔理沙や、巫女でありながら少々勉強不足である霊夢は気づいていないかもしれないが、天叢雲はとある古道具屋の壁に掛けて有った事を思い出す。
「天叢雲ですね。分かりました早速行ってきます。霊夢には……負けません!」
「は? お、お~ぃ……」
魔理沙に、そう言い残すと早苗は魔法の森の方角へと飛び去った。
~☆~
「―――と、いう訳です。天叢雲、別名草薙の剣の持ち主、森近 霖之助。草薙の剣で天候を操り、地震を起して博麗神社を壊したのは貴方ですね!」
早苗は名探偵よろしく「犯人は貴方です」といった態度で再び僕の方をズビシッと指差す。
いや、この場合は「貴方を犯人です」と言った方がより正解に近いのかもしれない。
どうやら僕を完全に犯人に仕立て上げている様だ。
……とりあえず、この香霖堂の外を覆う分厚い雲は、やはり異変だったようだ。
それでも霊夢が動いているのならば、早ければ2、3時間、長くても1日程度で解決するだろう。
奇妙な訪問者が来たのは誤算だが、博麗神社に行く手間が省けたので良しとする事にしよう。
そう自分を納得させ、僕は再び手元の本へと視線を落とした。
「おーい、霖之助さん? ここは、『バレたのなら仕方がない』とか、『私が悪かったんです探偵さん』とか、言う所ですよ。無視しないでくださいよ~」
再び書物の世界から現実へと引き戻され、仕方なくその原因へと顔を向ける。
今回の異変はずいぶんと面倒な訪問者を連れてきたものだ。
「確かに僕が草薙の剣の持ち主であるし、草薙の剣の力を持ってすれば今回のような異変を起せるかもしれないね」
「そうですね。つまり貴方が犯―――」
「でも、僕が異変を起したわけじゃない」
「にん……って、えーーー!? 犯人じゃ無いんですか!?」
当たり前だ。
そもそも僕が天気を操ったり、博麗神社を壊して何になるというのだ。
「そもそも犯人には動機というものがあるだろ。そして、その事件を起こす事によるメリット。残念ながら、僕には天候を操って得をする事など一つもないよ」
「う、うぅ、確かに……」
たったこれだけの説明で青巫女は反論できなくなったようだ。
どうやら論理武装も何もないらしい。
「じゃあ、誰がこの異変の犯人は誰なんですか?」
「さあね、どんな奴が異変を起したのかは分からないけど、どうせ我儘な奴だろう」
「我儘?」
「ああ、異変を起すのは大体が我儘な奴らだよ」
吸血鬼なのに昼間に出歩きたいからと赤い霧を出したり、桜を咲かせたいからと幻想郷中の春を集めたり、宴会がしたいからと人を萃めたりと、幻想郷で異変を起すのは自分の勝手な奴だと相場が決まっている。
例外があるとすれば……
「それ以外で異変を起すのは幻想郷のルールを解っていない、幻想郷以外の住人くらいかな」
皮肉を込めて、以前に山と神社を幻想郷に持ち込むという、ちょっとした異変を起した元外の住人の方をジロリと見る。
「あはは……」
誤魔化す様に笑う早苗に僕は疑問をぶつける。
「そもそも君は異変が起こったからといって、連中と一緒に騒ぐようなタイプじゃないと思っていたんだが、違ったのかな?」
「え?」
僕の言葉に対し、早苗はなぜ不思議そうな顔をする。
僕は何かおかしな事でも言っただろうか?
「異変が起こってるんですよ? 解決しないといけないでしょう」
「別にそんなもの、わざわざ出かけなくても、放っておいたら霊夢や魔理沙やその辺の誰かが解決してしまうよ」
「そうかもしれませんが、人任せは感心しないじゃないですか。それに私はそれなりの力を持っているので、事件解決に協力する義務があると思うんですよ」
今まで気がつかなかったが、この早苗と言う少女は随分と真面目な子の様だ。
このような性格だと、性質の悪い河童やら天狗等が数多く住んでいる妖怪の山での生活は苦労しているのではないかと思われる。
「それにほら、私が異変を解決すると幻想郷を救った救世主が居る神社として守矢神社を参拝してもらえそうじゃないですか」
前言撤回。
この少女は真面目なだけではなく、したたかな面も持ち合わせているようだ。
この様子なら案外、幻想郷での暮らしに適応しているかもしれないな。
ただ問題は、少々勘違いをしている所が有ることだろうか。
外の世界ではどうなのかは知らないが、幻想郷では少々強い力を持っている程度で、異変の解決に乗り出さなければならないという理由はないのだ。
そもそも、早苗程度の力の持ち主など、この幻想郷には掃いて捨てるほど存在する。
だが、それらの存在は彼女ほど自分の力に責任感を持ち合わせては居ない。
それに―――
「異変なんて解決したところで信仰心は集められないだろうね」
「え? どうしてですか? ズバッと異変を解決したら、ヒーローでヒロインな感じじゃないんですか?」
「君の言い回しはよく分からないが、何かしらの異変が起きるのは幻想郷では良くある事でしかないよ。そんなものを解決して信仰心を得られるのだったら、霊夢が居る博麗神社は参拝客でいっぱいだろうね」
「そんなに霊夢は異変を解決してるんですか?」
「ああ、霊夢は何度も異変を解決しているし、しょっちゅう妖怪を退治しているけど、博麗神社に参拝客増えたと言う話は聞かないね。巫女が頼りになるのと信仰心が集まるのは必ずしもイコールじゃないのだろう」
「むぅ……いいアイデアだと思ったんですが……」
早苗にはこのように言ったが、博麗神社に参拝客が少ないのは、霊夢の宣伝不足に依るところも大きい。
霊夢が異変を解決したり、妖怪を退治している事は一部の人間しか知らない。
そのため、里の人間の大半は霊夢の神社でブラブラしている姿か、偶に里まで買出しに来ている姿しか知らない。
そんな仕事もしていない巫女しか居ないと思われている神社に、参拝客が訪れないのも当然だろう。
早苗が異変を解決したらならば、霊夢とはまた違った結果になるかもしれないが、面倒なのでその事は黙っておく。
「そもそも、異変なんて起したい奴が起して、騒ぎたい奴らが首を突っ込む。そんな遊びの一種じゃないかな。君も深く考えずに宴会の余興だと思って、気が向いたときにだけ参加をすればいいと思うよ」
「そんなに軽く考えていいものだったんですか?」
「ああ、本当に困ったことなんてそう簡単には起きないものだよ。それよりも君にはするべきことがあるんじゃないのかい? たとえば、壊れた分社の修理とか」
「あ、そうでした。早く帰って修理道具を持って行かなきゃ」
背を向けて帰ろうとしている、僕をいきなり犯人扱いした少女に声を掛ける。
「ところで君は此処に何しに来たんだい?」
「それはもちろん―――」
「まさか、勘違いで人を犯人扱いして、無実の人間を弾糾しに来たわけじゃないだろうね?」
「……これ下さい」
早苗はバツが悪そうにしながら、近くにあった犬のぬいぐるみを抱き上げ、僕の前に差し出した。
「お買い上げ、ありがとうございます」
僕の営業用の不器用なスマイルは、東風谷早苗嬢にはあまり受けなかった様だ。
~☆~
早苗を送り出してからしばらくすると、静かになった店内にうっすらと光が差し込む。
光のほうへ顔を向けると、窓から見える四角い空に久しぶりに目にする太陽が顔を出していた。
どうやら霊夢が上手くやったのだろう。
だとすると、ここしばらくのような静かな日々はもうすぐ終わりを告げる事になる。
異変が起こった後はいつもそうだ。
今日になるか明日になるかは分からないが、しばらくすると服やらマジックアイテムやらをボロボロにした少女達が此処に駆け込んで来るのだから。
それにしても幻想郷全体で異変が起こっている時に、此処に少女が訪ねてくるとは、今回は珍しい事があったものだ。
珍しい事では有るが、少なくとも一人は異変解決に参加させずに済んだ。
つまり、巫女服やらお払い棒の修理を一人分減らす事ができたということなので、良しとしておこう。
とりあえず今は、残り少ない静かな時間を堪能する事にしよう。
僕はランプの灯りを消し、勘定台の内側に戻る。
「こんな明るい日は、明かりを消して本を読むに限る」
だろうねぇw 風の原因も元を正せば早苗の独断専行が招いた結果っぽいしw
しかしこれはいいこーりん、はしばしに窺えるしたたかさに幻想卿らしさを感じましたw
はて何の事やら
緋想天に出られないのがなんだ!
本編の方にきっと出てくれるはずだ!
俺はそう信じている!
今までの流れからいっても前作の5ボスは次回作に出てるし!
きっと大丈夫だ!大丈夫に違いない!
ヒント:旧作
ほんまこーりんどーさんはお人好しやでー(金銭的な意味で
>今までの流れからいっても前作の5ボスは次回作に出てるし!
俺と君に悲しいお知らせがあるんだ ヒント:えーりん (花や文を別にしても
永夜の5ボスはうどんげだぞ?
旧作は全部やってないからわからんが
こーりんが草薙の剣で緋想の雲消したら地震おきないんじゃね?
問題は小町
変な議論が目に付いたのが残念。
香霖が犯人じゃない証拠なんて無いのに・・・
>他人の感想文もその作品の評価基準です。
いつからそんなルールが?
それは作者というより管理人の責任でしょう。
犬のぬいぐるみを買って帰る早苗もカワイイヨ
脱字でしょうか
それにしても香霖も転んでも
ただでは起きない商売人ですねw
かなりデキルなww