※吸い殻はきちんと灰皿へ
ポッと、火が灯る。
人差し指の先から出た小さな火。煙草の先に火が点く。
フィルター部分を口に当て、胸いっぱいに有毒な煙を吸い込み、
「ふぅ・・・」
吐き出す。
これまた有毒な煙が空へと散っていった。
竹林の奥、こじんまりとした広場。
ここは普段誰の姿も無く、良い筍が採れる場所からも離れている。
そんな広場、竹林に似つかわしくない大きな石の上に妹紅は座っていた。
「・・・ほぉ」
月のように丸い煙が、彼女の頭上に浮かんでは竹林を吹き抜ける風にかき消される。
「落ち着くねぇ」
風貌に似つかわしくない年寄りめいた言葉だが、彼女の素性を知る人間からすればそれはむしろ年相応な言葉。
ここは、彼女にとっての喫煙場所。
「・・・この楽しみは、アイツには分かんないだろうな」
好奇心から喫煙をしてみたところ「子供の教育上よろしくない」なんて言った友人の顔を彼女は思い浮かべる。
「ほんと、お堅いんだから」
堅いのは角だけではなかったようだ。
変にお洒落で変に真面目な友人に思いを馳せながら彼女は煙を吐く。
丸い輪っかが浮かんで消えた
「・・・んにしても、そろそろ残りが少ないか」
フィルター部分にまで届くほど吸った煙草の吸い殻を右手で弄びながら、左手に持った煙草の箱を探ってみる。
振ってみると、軽い音がした。
「二、三本ってところか・・・また頼もうかな」
煙草の供給源、自らは煙管なんて洒落た物を使う胡散臭い大妖怪の姿が思い浮かぶ。
妹紅は、ここ最近彼女と出会っていないことを思い出した。
「丁度良いや」
今では良き友人である彼女の元へ行く口実が出来たことに喜びながら、妹紅は自らの能力で煙草を燃やした。
灰がさらさらと流れ落ちていく。
「灰皿ぐらい持ちなさいよ」
爽やかな声が竹林に響いた。
笹を踏む音とともに、新しい存在がこの場所に増える。
「良いじゃないか、面倒くさいし」
「能力の無駄遣いよ、ほんと」
そう良いながら、蓬莱山輝夜は妹紅の隣に腰掛けた。
そして自らも煙草を一本取り出し、端を妹紅に向けた。
「火、つけて」
「私はライターか」
そう良いながらも火をつけてやる妹紅。「ありがと」と一言、輝夜も煙草を吸いはじめた。
「火、落とすなよ」
心配そうに輝夜の服装を見る。
いつものように趣味の良い着物を着こなしている輝夜だが、その服装はほんのすこし火種が落ちれば大変なことになろそうなものだった。
「大丈夫よ、どうせ生き返るし」
「いや着物が勿体無さ過ぎる」
「・・・命<着物かい」
とはいえ彼女達にとってその公式は正しかったりする。
最近は滅多にやらないが、二人は殺し愛・・・ではなく殺し合いの仲だったりする。
蓬莱の薬なんていういろいろと馬鹿げた薬を飲んだ二人は、死なない―――というより死んでもすぐに生き返る。長寿どころの話ではない。
煙草の灰より彼女達の命は軽い。
「・・・ふぅ」
輝夜の口からは丸い煙は出てこない。煙は煙のまま、不定形という形を保って空へと消えていく。
流れてきたその煙に妹紅は閉口した。
「まだそんなきついの吸ってるのか」
「良いじゃない。好きなんだから」
妹紅の言葉に、輝夜はわざと煙を勢い良く吐き出した。矛先は妹紅の顔。
死なない身体でも、特徴としてはただ“死なない”だけ。妹紅は軽く咳き込んだ。
「お前なぁ―――」
「あら、久し振りに“殺る”のかしら」
煙草を咥えたまま、輝夜はにやりと笑う。
その顔をにらみつけて、妹紅はだが視線を逸らした。
「殺らないよ、めんどくさい」
「・・・残念ね」
輝夜は煙草を吸い続ける。妹紅はもう吸わない。残りが少ないから。
あたりには、輝夜の吸う煙草の臭いが立ち込める。
「着物についたら臭くならないか?」
「大丈夫よ。健康にうるさい兎も居ないし」
どこか投げやりな口調の輝夜に、妹紅は溜め息を吐く。
見る者が見なくても高いと分かる着物だというのに、輝夜はそんなことに頓着しない。
(そんな風になったのはいつからだったろうか)
美味しそうに煙草を嗜む輝夜を横目に、妹紅はそんなことを考える。
と、輝夜が彼女の方を向いた。
「ねぇ、妹紅」
「ん?」
声は疑問系だが、その先の輝夜の言葉を妹紅は知っていた。
何せ、たまに出会うと必ず話題になることだから。
「永遠亭に、引っ越さない?」
その日も、やはり話題は同じだった。
「・・・前にも断ったと思うけど」
「押して駄目なら―――もっと押せ、よ」
「いや意味わかんないから」
いたたまれなくなって、煙草の箱に視線を落とす。
そんな妹紅を、輝夜は薄い笑みを浮かべて追い込む。
「こっちも少し寂しいのよ。まるで火の気が消えたようだから」
「そっちの都合なんて知ったこっちゃないよ。私の家はあそこ、帰る家は、あそこしかない」
「貴方を待つ存在が、もう居なくても?」
風が、通り抜ける。
煙草の臭いがかき消された。
「確かに、そうだな」
煙草を吸い始めたのはいつからだろうか。
一度、好奇心で吸おうとして慧音に止められたのは何時だろうか。
―――ああ、そうだ。
慧音が死んでから、私は煙草を吸うようになった。
「貴方は、独りがいいの?」
「いや、独りじゃないよ。里の人が居るからさ」
慧音に頼まれたのは何時だったろうか。
「自分が死んだら、里を頼む」と。
その時は、ただの冗談だとばかり思っていた。
―――忘れていたのだ、自分と歩む者の必衰について。
「私は・・・寂しいわ。永琳も―――ここ最近はマシだけど、ちょっと前まで研究に打ち込むばかりで」
「・・・最近マシになったなら快方じゃないか」
・・・何故自分は、そんな慧音の頼みを聞いてやったのだろう。
里の人間にそこまで恩義は感じていない、いくら慧音の頼みだといえ、聞いてやる義理もなかったはずなのに。
「貴方は、寂しくないのね」
「いやぁ寂しいさ」
「そんなことはないわ・・・里の人間は、貴方を慕っている」
―――ああそうだ、寂しかったんだ。
だから、私は人との繋がりを選んだ。
結局、最後には寂しくなるというのに。
「・・・そっちだって、たまに手伝ってるくせに」
寂しいのはお互い様。
妹紅一人で手に負えない獣の群れの場合、姫とその従者が手伝っていることを妹紅は知らないわけではない。
「貴方が不甲斐ないからよ」
煙草を取り出す。もう残りなんて気にしていられない。
吸わずにはいられなかった。
能力で火をつけ、口に咥える。
「はぁ」
煙が、灰を満たす。
仮初の充足を得る。
「・・・やっぱり私は、慧音の家が良いよ」
博麗の巫女の代替わりを数えなくなったのは何時からだろうか。
その辺りから、あの隙間妖怪も変わった。
時の流れに逆らう者と悠久の時を生きる者。親交を深めるのに障害はなかった。
「そう、残念ね」
顔は笑顔、だが心底残念そうに輝夜は言う。
懐から取り出した携帯灰皿に吸殻を入れ、輝夜は立ち上がった。
「・・・また、そっちに寄らせてもらうよ」
「ええ、楽しみにしているわ」
「・・・・・・ふぅ」
フィルターぎりぎりまで吸うのが妹紅の吸い方。
仮初の充足を得るがための、偽りの幸福感。
「虚しいねぇ」
吸殻を、灰に変える。
「飛んでけ」
虚しさを詰め込んだ灰は、竹林をどこまでも流れていった。
SPAN>
また、慧音に止めてもらいたかったんでしょうかね。
後書き…灰原哀ですね、さすがグーグル先生です。
寂寥感が始終漂ってるなあ
慧音が死んだ悲しさ、寂しさを何かで埋めたくてタバコを吸うようになったんでしょうか…。
彼女たち二人の会話が時間の流れを非常なまでに物語っていますね。
脱字の報告
>(そんな風になったは~)
「の」が抜けていますね。
改行が変なところにあって読み辛かったです
文の流れが良いだけに、気になります
惰性で数ばかり増えていくからなぁ・・・
なんか違和感が。
輝夜も吸うのがちょっぴり新鮮でした。
寂しさの解消のためにタバコですか……これは妹紅を止められないですね。
切ない話か、いい話か、正直線引きは出来ませんでしたが、いい話でした。