※某所へ投稿したキスメレイプの続編となります。
読んで無くても一応大丈夫ですが、読んだ後の方がいいかも。
某所がわからない人は、頑張って探しましょう。
旧都へ続く道を何かがその身を引きずるようにして動いていた。
人目を避けるように、影へ影へと身を隠しながら。
「……なんだろ?」
隠そうとすれば、気になって余計に見たくなるものである。
友人を送った帰りの黒谷ヤマメも例に漏れず、人目を避ける何かに興味を持った。
「そこの怪しい奴、止まりなさいっ」
「……っ、ゃ……」
その何かはヤマメの声に驚いたのか、か細い声をあげるとそれっきり動かなくなった。
「何か様子が変ね……」
多少の警戒をしつつ、ヤマメは影へと近寄る。
最近の旧都も物騒である。
旧都の中は力の強い妖怪が目を光らせているお陰で治安が保たれているが、旧都から遠ざかってしまえばその威光も届かない。
元々、荒くれ者や、忌避された者たちが集う世界である。
良からぬ事を企む輩が居てもおかしくなかった。
しかし、ヤマメの前に居る存在はそんな危ないモノではなかった。
「ぇ……、もしかして……」
近づくたびに、影に隠れていたモノの正体に気が付き、ヤマメは駆け出していた。
影に隠れていた何かは、桶であり、桶を良く見てみれば、少女が身を隠すように入っていた。
ヤマメの表情が強張り、蒼白になる。
「キスメちゃんっ、キスメちゃんでしょ?」
その少女、――キスメの姿は見るも無残だった。
衣服は破れ、殆ど全裸に近い状態であり、その全身も汚物で汚れ、生臭い異臭を放っていた。
見るからに乱暴された後だった。
キスメの頬は涙の乾いた跡が残り、泣きはらした瞼は腫れあがり、瞳はどこまでも虚ろだった。
怯えて桶の中でうずくまり、隅の方へと身を寄せ、ガチガチと歯を鳴らすその姿は、いくら内気な性格だと知っていても異常だった。
「ちょっとどうしたの!?何があったの?」
問いかけるヤマメに対してキスメはただただ怯えて許しを請うだけだった。
「ィヤっ、イヤぁ……っ、もうゆるしてぇ……」
「お、落ち着いて、私の事分かる? ヤマメよ。黒谷ヤマメ」
「や、まめ……、ちゃん……?」
その呼びかけに正気を取り戻したのか、キスメの目に光が戻る。
それと同時にポロポロと涙が零れ落ちる。
「もう大丈夫だから、ね?」
ヤマメはキスメの肩に手を置いて優しく告げる。
「ぅ……っ、ぅうッ、うっ、うぅぅ~~~っ」
その言葉に安堵したのか、それとも緊張の糸が解けたのか、ヤマメにしがみつくとキスメは声をあげて泣き始めた。
「わ、わたし何にも悪い事して無いのにっ、ぐすっ、どうしてなの? どうしてッ、わたしが……、ううぅ」
「うん、うん、怖かったね。酷いよね……、許せないよね」
感情を爆発させたキスメが泣き止み、落ち着くまでヤマメは優しく抱きとめていた。
「キスメちゃん、もう落ち着いた?」
嗚咽を漏らしながら、ゆっくりと頷く。
「じゃあ、近くに川があるからそこで洗おう。ね?」
「うん……」
§ § §
ヤマメの案内の元、キスメは川辺までやってきた。
「私が見張ってるから、水浴びしてきていいよ」
キスメが内気な性格であり、常に桶に入っている事を知っているヤマメは気を利かせたつもりだった。
しかし、キスメは控えめに、ヤマメの袖を引っ張る。
「ひ、一人は……、怖いから……」
「……うん、じゃあ一緒に水浴びしよう」
そう笑顔で答えると、キスメの手を取って川へと入った。
ヤマメは旧都を歩けば必ず誰かに声を掛けられる程の人気者である。
明るい性格に加え、面倒見も良く、分け隔てなく誰とでも接するので友人も数多い。
もちろんキスメもその友人の一人だった。
逆に気弱で内気なキスメにとってヤマメは数少ない、大事な友人の一人である。
そんなヤマメの前だからこそ、閉所でなければ安堵できないキスメも桶から出る事ができたのだった。
キスメにとって、最初の発見者がヤマメだったのは本当に幸運だったのだ。
体の汚れを洗い流し終えた二人が、愛用の桶の汚れを落としていると、川岸に近づく足音が聞こえてくる。
「ひっ」
キスメは小さく悲鳴をあげて、桶の中へ隠れる。
キスメの入った桶を守るように、ヤマメは川岸へと躍り出ると、近づく足音を警戒する。
「――っ」
そして、足音の主がヤマメ達の前に姿を現す。
「二人きりで水浴びなんて……、さぞかし楽しかったでしょうね」
不機嫌そうにそう告げた少女は、その緑色の瞳を二人に向けて妬ましいわと小さく呟いた。
「なんだ、パルちゃんかー」
数多い友人の一人と判り、ヤマメは警戒を解く。
そして、桶の中に隠れているキスメへと告げる。
「安心して、私の友達だから」
「うん……」
ヤマメの言葉にキスメはおずおずと桶から顔を出す。
「ちょ、ちょっとヤマ、パルちゃんなんて言わないでよ!」
パルちゃん、と呼ばれた少女は憤慨するが、ヤマメは気にせず紹介する。
「私の友達の水橋パルスィって言うの。寂しがり屋なのよ」
「って、ヘンな紹介しないでよ! 寂しいんじゃなくて妬ましいの!」
二人のやり取りを見て、害は無さそうだとキスメは安堵する。
「でもどうしてパルちゃんがこんな所に?」
「私は橋姫よ? 川の近くに居ても不思議じゃないでしょ」
橋姫は地上と地下の洞穴や、川岸と川向こうを繋ぐ橋などを行き来する者を見守るのが仕事である。
「私の事よりもあなた達はどうして水浴びなんてしてるのよ?」
当然教えてくれるんでしょ?とパルスィはヤマメを睨む。
しかし、ヤマメは答える前に、キスメを伺う。
「……キスメちゃん、パルちゃんは信頼できるよ。だから……」
「……うん、いいよ」
そして、キスメは二人に事情を打ち明けた。
二人組みの鬼に絡まれた事から始まり、ヤマメに出会うまでの経緯の全てを。
虚ろな目をしてまるで他人事の様に語るその姿は痛々しかった。
「明日も遊ぼうって言われてようやく去っていったの……」
語り終え、蘇った記憶にキスメの体がカタカタと震える。
己の腕を痛いほど掴み、その震えをごまかすと、にっこりと微笑む。
「そ、それで、その後ヤマメちゃんに会って、ここまで連れてきてもらって体を洗ってたの」
「……っ」
「……」
ヤマメもパルスィも無言のまま俯いていたが、最初にその沈黙を破ったのはパルスィだった。
「キスメちゃんって、言ったっけ……」
「は、はい……っ、きゃあッ」
顔を上げたパルスィはキスメを強引に抱き寄せ、掻き抱く。
「怖かったでしょ、辛かったでしょ、でももう大丈夫だからね……っ」
「むぐぐ……っ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられているキスメは苦しそうにもがいているが、その事にパルスィが気づく様子は無い。
「パルちゃん……」
嫉妬狂いの橋姫であるが、それは嫉妬の対象になればこそである。
不幸であればあるほど嫉妬の対象からは遠ざかり、遠ざかるほどより優しく、愛情を持って接するようになる。
そんな訳でヤマメに対しては妬む事が多かったりする。
「……っ、こんなに可愛い子に乱暴するなんて、絶対に、絶対に許せない……ッ」
非力で泣く事しかできなかったキスメを思い、パルスィは自分の事のように怒り、憤慨する。
「キスメちゃんっ」
「ふぁ、ふぁい」
痛いほどに抱きしめていたキスメを引き離したパルスィはその両肩を掴むと、その緑の瞳に怪しげな光を湛えて告げる。
「これは……、報復するべきよ! ううん、しなきゃいけないわ」
「ぇ? ……えっ?」
突然の提案にキスメは付いていけず、見ていたヤマメは同意できないと意見する。
「ちょっとパルちゃん、相手は鬼だって……、それに二人もいたって話しだし……」
大事な友人を襲われたのだ。
仇を討ちたいのはヤマメも同じである。
しかし相手は鬼であり、しかも二人である。
一人ならばヤマメとパルスィの二人で掛かればどうにかなるかもしれないが、同数では膂力も妖術も勝る相手に単純に考えて勝ち目は無い。
しかし、パルスィは退かない。
「何いってるのよ、ヤマ、あんたの知り合いに腕っ節の強い奴なんていくらでも居るでしょ?」
パルスィの言葉にヤマメの表情がパァっと明るくなる。
「腕っ節……、――そうよ、あの人が居るわ」
§ § §
三人はヤマメに連れられて旧都へと帰ってくる。
「おや、ヤマメちゃんそんなに急いでどうしたんだい?」
「あはは、ちょっとねー」
住人とすれ違う度に、誰かが必ずヤマメに声を掛ける。
その度にパルスィは小さく舌打ちをする。
「もう、なに、何なの? そんなに自慢したいの?」
キスメを抱きかかえたまま、ヤマメに聞こえるようにパルスィが毒づく。
「もう、そんなのじゃないって……」
いつもの事、と気にして無い様子でやんわりと受け流すと、
「あった、ここ、ここよ」
目的の場所に到着したとヤマメが指差す。
店の前には赤い提灯がぶら下がり、暖簾の奥からはにぎやかな喧騒が聞こえてくる。
「い、居酒屋……?」
見上げるキスメが見たままのイメージを呟く。
「そうよ。ここが寺に見えるなら眼を取り替えてもらった方がいいかもね」
クスクスと笑いながら、ヤマメは店へと入ってゆく。
それに続いてパルスィとキスメも店へと入る。
途端に店の親方が声を掛けてくる。
「いらっしゃい……、おや、ヤマメちゃんじゃないか」
「どうもー」
どうやらここの店主も顔なじみらしく、にこやかに笑うとヤマメはカウンターへと向かう。
「偶にはうちでバイトしてくれよー、ヤマメちゃんが手伝ってくれると客の入りが違うんだよ」
「あはは、考えておくね。 それよりもおっちゃん、星熊さん今日は来てないかな?」
「あぁ、大将なら向こうで呑んでるよ。ほら、今丁度一人になった所だ」
と指差す方を見ると、一緒に飲んでいた鬼達が席を立ち、鬼の少女が一人だけポツンと座っていた。
「ありがとー」
パタパタとパルスィ達の下に帰ってくる。
「あそこの席で一人で呑んでる人がそうよ」
と一人酒を呑む鬼の少女を指差す。
その姿を見て、パルスィは何かひっかかりを覚える。
「ん? あの鬼って……」
「それじゃあ、話してくるね」
「って待ちなさいよっ」
喉元まで出掛かっていた事を引っ込めたパルスィは、物怖じせずに鬼の少女の下へと向かうヤマメを追いかける。
「こんばんわ、珍しいですね。一人で呑んでるなんて」
「んー? なんだ、ヤマメかい」
ゆっくりと振り返った鬼の少女は声を掛けたのがヤマメだと知って破顔する。
「珍しい、相手をしてくれるのかい?」
と徳利を手に持ちヤマメを誘う。
「あはは、今日は勇儀さんにお願いに来たんです」
「あ――っ、そうか、山の四天王の一人だ!」
そこで、先ほどの引っ掛かりを思い出したパルスィが大声を出す。
「……煩いねぇ、確かに私は山の四天王の一人、力の勇儀だけど私になんのお願いがあって来たんだい?」
「えっとですね……」
ヤマメはキスメを勇儀の前に引き出すと、真剣な眼差しになる。
「この子が乱暴されたんです。その敵討ちを手伝ってください」
「それは気の毒に。でも、私が手伝う義理は無いよ」
しかし、勇儀は興味無さそうに酒を呷る。
それでもヤマメは引き下がらない。
「その犯人が鬼で、力比べすらせず二人掛りで襲ったとしても?」
この言葉を聞いて、勇儀は酒を呷るのを止めて、ヤマメへと向き直る。
「……ふむ、それは本当かい?」
ヤマメは頷き答える。
「だとしたら……、鬼の面子に泥を塗ってくれたもんだねぇ……」
沸々と湧き上がる怒りで握り締めた徳利がひび割れ、砕ける。
「そういう事なら助力してあげようかね」
この返答に手放しで喜ぶヤマメとパルスィだったが、二人の前に手を出し、三本指を伸ばす。
「ただし、三つ条件がある」
「私たちで出来る事なら、どんな事でも……」
ヤマメとパルスィは顔を見合わせ決意する。
しかし、勇儀は首を振る。
「あんたたちじゃあ無いよ、そっちの子さ」
とキスメを見つめる。
「さっきからあんたは一言も発していない。これはあんたの為に二人がやろうと提案したんだろう?」
睨み付けている訳では無いが、キスメは怯えた様に小さく震える。
「は、はい……、そう、です……」
「だったら、まずはあんたが、私とそこの二人にお願いするんだ。これが条件一つ目」
そう言って指を一本折る。
「もう一つの条件は、犯人二人を懲らしめる訳だけど……、当然あんたにも参加してもらう」
二本目の指を折る。
「そして最後に、私はこの一度しか協力しない。たとえ報復されてもその時は私抜きだという事を覚悟する事」
三本目の指が折られ、握り拳になった腕をキスメに向ける。
「これら三つが呑めないのなら、私は一切協力しないよ」
「ぁ……、う……っ、ぅ……」
拳を向けられたうえに凄まれ、キスメは桶の中に頭を引っ込める。
「……やれやれ」
勇儀は机に向き直ると、店員に酒を注文する。
すぐさま用意された新しい徳利から酒を注ぐ。
「まぁ、考える時間はいくらでもあげるから好きにしな」
そう言って勇儀は酒盛りを再開する。
キスメは桶の中で懸命に考える。
やる側になるという事は、やられるかもしれないという覚悟が必要である。
他の三人に比べ、非力なキスメにとって、その覚悟を決めるのがどれ程恐ろしい事か。
「ど、どうしよう……」
覚悟を決めるか、諦めるかでキスメは大きく揺らいでいた。
そんなキスメを見て、パルスィは口を開く。
「この敵討ちは私が言い出したことだけど、一つだけ言っておくわ」
パルスィは真剣な眼差しでキスメを見つめる。
「う、うん……」
「何もしなければきっと何度も何度もその鬼達に弄ばれる事になるわ。それこそ飽きられるまでね」
弱者はいたぶられ続ける。それが現実である。
変わるためには行動するしかない、とパルスィの目は物語っていた。
その一歩にどれ程の勇気が必要か。
それに、その一歩目に光は射しても、二歩目にはすぐまた暗闇が待っているかもしれない。
諦める事がどんなに楽な事か。
しかし、その先には絶対に光は射さない。
何故なら、変わらないから。
「――っ」
そして思い出す。
理不尽な暴力を、下卑た笑い声を。
そして、ヤマメに吐露した自分の感情を。
「――わ、……わたしは」
キスメは桶から顔を出し、勇儀の背中をまっすぐ見つめる。
「か、覚悟を、決めます……っ 戦う事と、やり返される事を、覚悟します!」
その言葉に、勇儀は首をめぐらしてキスメを視界に入れる。
「……ふむッ」
深々とキスメの頭が下げられる。
「お、お願いします。 ヤマメちゃん、パルスィさん、ゆ……、勇儀さんっ、
わたしは……、わたしは、変わりたいです。 一矢報いたいんです。 ち、力を貸してくださいッ」
ヤマメとパルスィは顔を見合わせ、破顔する。
「もちろんだよ、ねぇパルちゃん」
「私は諦めてても報復しに行く予定だったけどね。 あとあんたはパルちゃんって言うな」
そして、キスメの方へと向き直った勇儀は力強く頷く。
「……うん判った。力の勇儀の名にかけて、助力する事を誓うよ」
「あぁ……、ありがとうございますッ」
何度も何度も頭をさげるキスメに、勇儀はにっと笑う。
「よーし、それじゃあその覚悟を祝おう! おーい、お酒じゃんじゃん持ってきてー!」
§ § §
そして翌日。
旧都を出て、人気の無い道からさらに外れた場所にある岩場。
昨日、悪夢のような出来事があった、その忌まわしい場所でキスメはじっと佇んでいた。
桶の中では足がガクガクと震え、今にも泣き出しそうになりながら。
「こ、怖い……、でも、頑張らなきゃ……」
全ては弱い自分を変えるため。
キスメは歯を食いしばり、その小さな手を握り締めて、鬼達が来るのを待っていた。
そして暫くして、岩場へ近づく足音が聞こえてくる。
「――っ」
びくりと身を震わせ、キスメは緊張する。
心臓が胸を破らんばかりに早鐘を打ち、嫌な汗が全身から噴出す。
そして、赤い鬼と青い鬼がそろって姿を現す。
「ぁ……、ひ……ッ」
二人はキスメの姿を見つけると、驚き、そして喜ぶ。
「おぉっ、本当に居るぜ」
「ほらねぇ、あーいう子は素直で従順なんだよ」
「いやぁ良かった良かった、聞き込みする手間がなくなってよかったよ」
と鬼達はゲラゲラと笑う。
「よく来たねぇキスメちゃん、ヒヒっ、よっぽど昨日のが気に入ったんだねぇ」
青い鬼はニタニタと笑いながら近づいてくる。
キスメは小さく横に首を振りながら、今にも泣き出しそうな程に目に涙を溜めて後ずさる。
「ぃ、ゃ……」
「なぁキスメちゃん、桶を壊されたくなかったら……、分かってるよなぁ?」
早く遊ぼうぜ、と赤い鬼も迫ってくる。
「ぃ……、イヤっ、こないで、こないでよぉッ」
昨日の事がフラッシュバックしたのか、突然泣き出したキスメは狂ったように声を荒げる。
「ンヒヒヒっ、さすがキスメちゃん。 いい泣きっぷりだねぇ」
「ち……っ、おい、桶から出すぞ」
キスメに手を伸ばそうとした途端、二人の背後から白い糸のような物が飛来する。
「ん?」
体に何かが当たったと気が付いた鬼達が振り返ると、さらに大量の糸が降り掛かりその体を拘束する。
「ふっふっふ、そこまでよ!」
突然の事に狼狽する二人の前に、糸を投げかけた張本人であるヤマメとパルスィが姿を現す。
「おほー、可愛い子が二人も」
「おい、なんだお前らッ!」
赤い鬼は二人を睨みつけ、怒鳴りつける。
しかしヤマメはそれには答えず、鬼二人に向けてびしっと指を差す。
「私の友達にヒドイ事をしたのは貴方達ね……、今すぐ謝ってもう二度としないと誓いなさいっ」
「何だ何だ、お嬢ちゃん達も一緒に遊んで欲しいのか」
赤い鬼は糸に縛られながらも目をぎらつかせ、下卑た笑みを二人に向ける。
鬼達が動けない間にパルスィはキスメを手招きする。
「キスメちゃん、こっちに……」
「う、うん……」
鬼達の下を脱したキスメはパルスィに迎えられる。
「頑張ったわね」
パルスィはキスメを後ろに下がらせると、怒りと憎悪に満ちた緑色の瞳を鬼達に向ける。
「あんた達が、私のキスメちゃんに手を出したのね……」
ドサクサにまぎれてとんでもない事を口走りつつ、パルスィの緑色の瞳が大きく見開かれ、爛々と輝きを放つ。
「あなた達は心だけじゃなく、その身も貪り食われればいいわっ」
パルスィの右手が掲げられる。
「――出なさいっ」
鬼達の背後に突如として不定形の怪物が現れる。
「おっ、お、ぉおおおっ!?」
緑色の眼だけがはっきりとわかる霧のようなソレは、鬼達が首をめぐらし、見上げる程にその姿を大きくする。
「くっそぉおっ、こんな糸っ」
塞がれた両腕を振りほどこうと赤い鬼は力むが、糸は千切れる様子が無い。
「無駄よ、蜘蛛の糸はとっても強靭なんだから幾ら鬼でもそんなにすぐには破れないわッ」
巨大になった緑の眼をした怪物は大きく裂けた口のような部分を開くと、動けない鬼達を一呑みにしようと襲い掛かる。
「うわぁああッ」
大きく開いた口が鬼達を頭から丸呑みにする。
が、ビクリと震えた途端、怪物の動きが止まる。
「――ん?」
パルスィが不審に思った次の瞬間には怪物は上空へと弾き飛ばされたように吹き飛んでいた。
「な――っ!?」
怪物が呑み込んだはずの鬼達の両腕は蜘蛛の糸によって拘束されたままである。
ただ違うのは、二人の鬼の足が高々と天に向けられていたという事だった。
「いやぁ、焦った焦った。足まで縛られてなくて本当に良かったよ」
青い鬼がふぃーと息を吐いて足を下ろす。
両腕を封じられた鬼達は唯一自由になる足で化物を蹴り飛ばしたのだった。
撃退された怪物は霧のような体を更に薄くして消え去ってゆく。
「く……、妬ましい程に強いわね……」
「ったく、てこずらせやがって……、フンっ」
気合一閃、体中に絡まっていた蜘蛛の糸がブチブチと音を立てて引き千切れる。
やはり、蜘蛛の糸が強靭とはいえ鬼の膂力の前では時間稼ぎにしかならなかった。
「さぁて、お前たちもキスメちゃんみたいに可愛がってやるよ」
「くぅ……、私達じゃやっぱり無理か……」
「へへ、逃げてもいいんだぜ? お友達を見捨てれば一人くらいなら助かるかもな」
鬼達はゲラゲラと笑いながら三人ににじり寄る。
「まったく、この馬鹿者共が――っ」
そんな呟きと共に、後ずさる三人を庇うように飛び居る乱入者の影があった。
「あん? 今度は誰だ……?」
「げぇ、四天王の勇儀!?」
割って入った乱入者を見て、鬼達は驚愕する。
鬼達の間で山の四天王を知らない者は誰一人としていない。
「自己紹介は要らないみたいだね。 あんた達だね、あの子らを虐めたのは!」
勇儀の眼が鋭くなる。
「あ、姐さん、違うんだ、向こうが先に手を出して」
「そ、そうそう、俺たちは売られた喧嘩を買っただけで……」
鬼達は狼狽しながら自分たちに非は無いと弁明する。
「黙りなっ、もう話は聞いてるんだよ。……ったく、鬼の面子に泥を塗ってくれたねぇ」
勇儀はバキバキと指を鳴らしながら二人を威嚇する。
「選ばせてやる。 私と真っ向勝負して自分たちの正当性を証明するか、それとも全てを認めて背を見せ無様に逃げるかをッ」
それが彼女達鬼の流儀――力試しだった。
持てる力を惜しまず奮い、相手に認めさせ、自らの我を通す。
しかし、二人の鬼はそれを拒否する。
「力の勇儀に敵うはずがねぇ、逃げろっ」
「ひぃ」
鬼達は踵を反すと一目散に駆け出す。
「馬鹿共が――っ」
これには勇儀も苦虫を噛み潰したような苦渋の表情で怒りを露にし、肩膝を胸元まで上げる。
この動きを見て、ヤマメは他の二人に声を掛ける。
「キスメちゃん、パルちゃん、早く伏せてっ」
「う、うんっ」
「判ってるわよ」
事前に打ち合わせていた三人は即座に地面に伏せる。
逃げ出した鬼達は振り向く事無く懸命に駈け続けている。
「私の一歩は地を揺する!」
気を吐き、地を踏みつけた途端、ズンと、地震でも起きたかのように地面が揺れだす。
「うぉ、な、なんだ……?」
「うわっ、じ、地震?」
この揺れにより、逃げ出した鬼達は足を止めてしまう。
そして間髪要れずに、勇儀は次の一歩を踏み込む。
「続く一歩で大地を裂く!」
更なる踏み込みにより、地面には振動と同時に勇儀を中心に放射状に亀裂が走る。
「ひぃ、ひぃいいッ」
「む、無茶苦茶だ……っ」
地割れの最中、駆け出すことはおろか、立つ事すら困難になり、鬼達二人は地に膝を着く。
そして、勇儀は必殺の三歩目を踏み込む。
「最後の一歩は天地を――反す!」
三歩目の踏み込みで亀裂の走った地面は砕け、爆散し、巨大な岩塊となって空へと舞い上がる。
「じ、地面が……ッ!?」
一瞬にして地面を失った鬼達は抉れた地表へと転落する。
そして、舞い上がった地面が容赦なく鬼達へと降り注ぐ。
「ぎゃぁああぁああ……」
断末魔をかき消すような轟音と共に土煙が舞い上がる。
「ふぅ……、さ、もういいよ」
「は、はい……」
勇儀は伏せていた三人に声を掛けると、土煙の方へと歩いてゆく。
三人も慌てて起き上がると、勇儀の後を追う。
もうもうと立ち上っていた土煙が消えると、勇儀は瓦礫へ向かって声を掛ける。
「手加減したから生きてるだろ? さぁ、早く出てきな」
「げほっ、げほっ」
「いってぇ……」
鬼達は土煙を吸い込んだのか、咽ながら瓦礫の中から這いずり出てくる。
「ヤマメ、もう一度縛ってやりな」
「はーい」
鬼達は逆らう気力も無いのか、黙って糸に縛られる。
「ほら、何か言う事があるんじゃないのかい?」
鬼達は地面に額を擦り付けて懇願する。
「も、もうしません、助けてくださいっ」
「ゆ、ゆるしてくれぇ」
「ふむ……、あんた達はどうするんだい?」
勇儀判断を三人に任せる。
「謝ってるし……、私はもういいかな」
とヤマメは二人を許すが、パルスィは頭を下げる鬼二人に近づいてゆく。
そして、二人に確認する。
「本当にもうしない? 約束できる?」
「はい、誓いますっ、だからもう勘弁してください……」
「もし約束破って手を出すようなら……、シタを切るわよ?」
鬼達はブンブンと首を振って誓いを立てる。
「ふふ、それじゃあ約束よ」
とパルスィは目を細めて勇儀の元へと戻る。
鬼達の視線は勇儀へと集まる。
「安心しな、私もこれ以上はしないさ」
勇儀の言葉に鬼達は安堵の溜息を吐く。
「よかった……」
「まぁ、本人はどうかしらないけどね」
と勇儀の口元がニヤリとゆがむ。
それと同時に安堵した二人の頭上が暗くなる。
「は……?」
見上げると、空には桶、――キスメが浮いていた。
鬼達は大慌てでキスメに許しを請う。
「ヒっ、あ、あやまるから、ゆ、ゆるし……」
「わ、わたしだって、あの時、イヤだって言ったのに……ッ」
キスメに許す気が無い事を察した勇儀は鬼達に告げる。
「あんた達もやりかえされる覚悟があったんだろう? まぁ、自業自得ってやつだね」
「そ、そんな……っ」
「たすけ……」
そしてキスメは二人の頭上へと落下し、鈍い音と共に頭を強かにぶつけた鬼達は泡を吹いて昏倒した。
§ § §
あれから数日が経ったある日の事。
軽く飲んで行こうと思い、パルスィが居酒屋へ足を運ぶと、
「いらっしゃいませー」
と妙に聞き覚えのある明るい声が出迎える。
それは当然だった。彼女の前に現れたのはエプロン姿のヤマメなのだから。
「……あんた、何やってるの?」
「あはは……、前にバイトを頼まれてたから」
ヤマメは先日、居酒屋の主人に乞われていたバイトの件を律儀に守っている最中だった。
「また頼られて……、妬ましいわね」
「じゃあ代わってよー」
「それは嫌」
「もうっ、……そうそう、あっちで勇儀さんが呑んでるから付き合ってくるといいよ」
「……そうね、お世話になったし行ってくるわ」
とテーブルを移ると、この日も珍しく勇儀は一人で呑んでいた。
「お一人ですか?」
「ん、あぁ、橋姫の……、偶には一人で呑むのもいいもんさ」
と勇儀は酒を呷る。
「先日はありがとうございました」
とパルスィは空になった盃に酒を注ぐ。
「そういえばあの子はどうしてるんだい?」
嫉妬の対象にならないキスメに随分とご執心
「相変わらず内気で不幸そうな顔をしてるけど……、少しだけ明るくなったわ」
とパルスィは自分の事の様に嬉しそうに話す。
「へぇ、そいつは良い事だ」
その変化は些細な変化だったが、以前の彼女を知るヤマメなんかは随分変わったと評価している。
「そうえいばあの二人本当に反省したのかな?」
ひょっこりヤマメがおしぼりを持って現れる。
「あら、それなら私が仕込んでおいたから大丈夫。……って、バイトはどうしたのよ」
「仕込み? 今は休憩中だから大丈夫」
「あの時約束させたでしょ? あれが仕込みよ」
「へぇ……、たったあれだけの約束で……、以外にやるねぇ」
パルスィの仕込んだのを察した勇儀はその手際の良さを褒める。
しかし、今一理解できないヤマメは首をかしげる。
「パルちゃん、一体何をしたの?」
「簡単に言えば契約したんだよ。約束も契約に変わり無いだろう?」
勇儀はカラカラと笑って説明する。
それを受けてパルスィが続ける。
「そういう事。嫉妬は恨みへと最も昇華しやすい感情なのよ。そして恨みは呪いの根幹でもある訳」
「んーっと、とどのつまり、呪いを掛けたって事?」
「そう。だからあの二人が仕返しを考えてても大丈夫よ」
「確かシタを切るって言ってたよね……、やっぱり舌切り雀の呪いなの?」
「いいや、シタは下。ぶら下がってるモノをジョキリとね」
チョキチョキと鋏のように指を動かし、パルスィはニヤリと微笑んだ。
そんな訳で半々
話の展開は面白かったです。
始まりと結末の両方とも重たいたくて釣り合ってはいるけど、その分メインである話の過程が軽く感じてしまって残念…と言えばいいのかな?
ただ単に自分の心痛むのは受け付けない温室なだけかもしれないけどキスメをイジメちゃやだー!
ヤマメとパルスィのコンビがすごく良かったです。
オチは想像するだけでヒィッ
キャラの掛け合いとか技巧の善し悪し以前に、単純に事の前提が受け付けませんでした。
某所のがあんまりにも……だったんで、オチには納得。
>1さん
妖怪を問答無用で退治したり、逆に食べられるかもしれないという殺伐とした世界観なのに、
人間と妖怪が仲良くしてる一面もあるのが幻想郷。
舞台が地下でも幻想郷なのは変わらないのでこんな感じになりました。
>2さん
キスメを軸にキャラの繋がりを考えてたら幼馴染というか腐れ縁っぽい関係になりました
>4さん
「むむむ」
「なにがむむむだ!」
>5さん
パルスィはキャラが決まってからは書いてて楽しかったです。
勇儀さんには少し仕込みたかったのですが、蛇足になると思ったので頼れる先輩な立ち位置にしました。
>さろめさん
ダークじゃなければグロやホラーを書いてはいけないって事はないと思います。
強姦、去勢に拒否反応が出るのは当然ですね。
その点では人を選ぶ作品になってるかと思います。
タイトルの「猿蟹」の通り仕返しがメインなので、前作を読んで、
キスメやヤマメ、パルスィに感情移入してもらえないと難しいかもしれません。
ただ、去勢については約束を破った鬼達が悪いのです。
事前にパルスィがちゃんと説明していますし。
>8さん
毒を食らわば皿まで。
3人の中でしっかり心得てたのはパルスィさんだけでした。
鬼達には因果応報ですね。
>16さん
良く判りませんが3アウトでチェンジですね。
……何と変わるんだろう
悪いことしたら…ねぇ