近くで、犬の鳴き声がした…気がした
「…ふぅ。暇ね。」
一人の少女が、息を漏らした。
少女は日課である掃除をすませると、縁側に座り一人お茶をすすっていた。
繰り返される毎日
繰り返される時間
繰り返される台詞
そんなある朝。
「…あら?」
少女に来客があった。
ワンッ
目の前には、小さな影。
舌を垂らし、尾を振り、目を輝かせた。
そんな犬がいた。
「犬…?どこから来たのかしら。」
犬は、ハッハッと荒い息づかいで少女を見ていた。
「…ちょっと待ってなさい。」
少女は、立ち上がり台所へ向かった。
(まぁ、水ぐらいならあげてもいいかな。)
小皿を出し水を注ぐ。
「待たせた…って、あぁっ!何してんのよっ!」
畳みには足跡。引っ張り回された座布団からは綿が。ウゥゥ…ワンッワンッ
家に、無断で上がる客は沢山いるが、荒らすヤツはそういない。
「ちょっと…待ちなさいっ!」
少女は、荒らした犯人を追い回す。
ワンワンッ
犯人は楽しそうに逃げ回り、また足跡を残す。
「…このぉ…。私から逃げようなんざいい度胸ね。」
少女は、いつしか楽しんでいた。
来客を
騒動を
いつもと違う一日を
久しぶりに楽しい
久しぶりに騒がしい
久しぶりに…
「ハァッ…ハァッ…。くっ、こんなときに…。」
少女は空腹で満ちていた。「…っはぁ……。もぅだめぇ…。」
その場に座り込み、少女はうなだれた。
少女は疲れはて、目をとじた。
「ふぅ……ひゃあっ!?」少女の頬に何かがあたる。「あなた…心配してくれてるの?」
来客であり、犯人でもある一匹の犬が、少女の頬をなめていた。
「…ありがと。」
顔を赤らめ、少女は一言そう言った。
そして、少女はいつしか眠りについた。
気がつくと、犬はもうそこにはいなかった。
「帰っ…たのかな。」
少し寂しそうに少女は、外を見た。
「…って、汚なっ!」
心なしか、先程より、家の中が荒れていた。
遠くで、犬の遠吠えが聞こえた…気がした
「んっ……んー。…ふぁぁ。」
少女の朝は早い。
体に染み付いた習慣だ。
(結局、掃除終わったの深夜になっちゃったなぁ)
昨日は、家の中まで掃除をするハメになった少女が、あくびをする。
「……。………。………あるぇー?」
(ナニコレ?あぁ、アレだ…なんだっけ?デジャなんとか?)
そこには、昨日掃除したはずなのに、昨日同様、荒れた景色が(ry。
「嘘でしょー…。」
座布団の上で、寝息をたてている毛玉に少女は、思わずため息をついた。
「…。」
(…ふーん。寝てるんだ?散っ々、暴れといて寝てるんだ?)
少女が、毛玉に手をかけようとした、瞬間…
動物の自己防衛本能が発動した。
「あっ!ちょっと待ちなさい!」
ワンッワンッ
毛玉は勢いよくはねあがり、逃げ出した。
「…勘弁してよ、もぅ。」少女は、雑巾を手に掃除を始めた。
「はぁっ、やっと終わった…。」
太陽は、すでに傾き始めていた。
「おーっす。邪魔するぜーって、アレ?なんか今日綺麗だな?」
「…いつもが汚いみたいな言い方はやめて。」
一人の魔法使いが、庭に舞い降りた。
「それで?今日はどうしたの?」
少女は、疲れた様子で立ち上がる。
「いやー、最近忙しくてさ、あんま来れなかったから顔見に来たっつーか…なんかあったか?」
魔法使いは、縁側に座り訪ねた。
「別に。あんたより、タチの悪い来客があったのよ。待ってて。お茶淹れてくる。」
「ふーん…。」
こんな他愛もない会話を、少女は楽しんでいた。
空が茜に染まるころ、魔法使いは立ち上がり
「それじゃ、そろそろ行くぜ。」
そう言い放った。
「えっ、もう…いっちゃうの?」
「あぁ。言ったろ?忙しいって。」
箒をつかみ、魔法使いは庭にでる。
「あの…さ、今度は…いつ来てくれる?」
「はぁ?らしくないぜ?迷惑じゃないのかよ。」
「そん…な…ことは…」
少女は赤面しうつむく。
魔法使いは、やれやれ、と肩をすかし
「暇になりゃ、また来るぜ。呼ばれなくてもなっ!」そう言い、飛び立った。
「…。」
少女は、なんとなく寂しかった。
理由なんかなく、ただ、寂しかった。
「あっ、掃除しなきゃ。」少女は、境内の掃除をし忘れていることに気付き、歩き始めた。
星が瞬いている。今夜は三日月だ。
「うー…。お腹すいたなぁ…。」
少女は掃除を終え、一人、縁側に寝そべっていた。
「…。…ん?」
遠くで犬の遠吠えが聞こえた、気がした
「犬…か。」
少女は、あの犬を思い出していた。
「今日も来るのかな…。」(でも、もしそうなら、寝ずの番ね。)と、少女は覚悟した。
深夜。この辺りは、家もなく、暗く静かになる。
まるで、世界に自分しかいないかのように。
少女は、この静寂が嫌いだった。
「ふぁぁ。…もぅ…寝ようかしら…。」
そのときだった。
なにかが動いた。
足跡が鳴る。
カチャカチャと爪と木材が擦れる音が鳴る。
「…捕まえたっ!!」
少女は、動く何かをつかんだ。
「観念しなさい。」
照明をつけると、少女は驚いた。
「あなた…ケガしてるの?」
犬は足を引きずっていた。「ちょっと待ってなさい。…今度は動いちゃダメよ!」
少しきつめに言い、少女は救急箱をとりに走った。
「あーもー、なんで大事なときに見つかんないかなー…っ、あった!」
戸棚の奥から、救急箱を取りだし、少女はまた走り出した。
「ごめんね、今治してあげるわ。」
少女は、犬の足に刺さっていた、木のトゲをぬいて、包帯をまいてやった。
「よしっ。もう平気よ。」犬は、3本の足でよろめきながら、少女の膝に乗った。
「…安心して。大丈夫だから。」
頭を撫でてやると、犬は寝息をたて始めた。
「…ふぅ。一息ついたわね。」
犬を、膝から座布団へと移して少女は、自分の部屋へと向かった。
翌朝。
「んっんーー……ん…ん?」
少女の布団の中に、普段なら入ってないモノがあった。
「まったく…じっとしてなきゃダメじゃない…。」
丸くなってるそのモノは、少女が体を起こすと、目を覚まし、寄り添ってきた。「…。…かわいい。」
少女は小さくつぶやいた。
そんな日が続き、犬のケガもよくなった。
犬は、ずっと少女の近くにいるわけではなく、度々外に出掛けていた。
少女は、止めることもなく夕飯時にくるのを、ただ待っていた。
そんな毎日が楽しかった。
ある日、魔法使いが少女を訪ねてきた。
「よーっす元気してるかー?遊びに来たぜ。」
「あら、いらっしゃい。今、お茶淹れてくるわね。」少女は微笑んでいた。
「…お、おぅ。」
普段と違った様子の少女に、魔法使いはとまどった。「なぁ、なんかあったのか?」
「なんでー?」
「いや、なんとなく。」
魔法使いは、お茶をすすり、うまい、とつぶやいた。「…そーね、強いて言うなら…、騒がしくなったことかしら?」
「さわ…がしい?いつもと変わらないぜ?」
魔法使いは、周りを見渡す。
「…。あー、前言撤回するぜ…。」
「そーゆぅこと。」
魔法使いは、我が物顔で歩く、一匹の犬を見つめた。「かわいいでしょ?」
「あー、いや、どーゆう風の吹き回しだ?ペット飼うなんて…」
「飼ってる訳じゃないわ。遊びに来てるの。」
「遊びに…ねぇ。」
魔法使いは苦笑いをうかべる。
「物好きってもんだぜ。」また一口お茶をすすった。
「あら?もう帰っちゃうの?」
魔法使いは不思議な顔をした。
「それは…、帰れってことか?」
「あんたじゃないわよ。」少女はクスッと笑い、指を指した。
「…あぁ。なるほどな。」犬が名残惜しそうに、こっちを見ていた。
「また明日ね。」
少女がそう言うと、犬は走り去っていった。
「やれやれだぜ…。」
魔法使いは、読み途中の本に意識を戻した。
「それで?」
少女は唐突に言った。
「んー?なにが?」
魔法使いは本を見ながら答えた。
「今日は?泊まってく?」「へっ?」
あまりに急で、魔法使いは本を落とした。
「ttt泊まるって…」
「??」
少女は首をかしげる。
「あのー、だって、なぁ、私ら確かに仲はいいだろうけど…その、そーゆぅことは…まだ…。」
「はぁ?なに考えてんの?」
「いや、そのゴニョゴニョ…」「まぁいいわ。泊まってくなら、そっちの部屋好きにしていいから。」
「へっ?…なに?」
「だぁかぁら、泊まんなら、そっちの部屋使えっつってんの!私はもう寝るわ。おやすみ。」
「…ですよねー。」
こんな毎日が続いた
これが日常となっていた
少女の感じていた寂しさは消えていた
突然だった。
「…今日は来ないのかしら…。」
日常に変化が起きる。
久しぶりに寂しい
久しぶりに静か
久しぶりに…
「…ふぅ。暇ね。」
繰り返されなかった毎日
繰り返され始めた時間
繰り返してしまった台詞
そんな日が続いた
今日も
今日も
そして今日。
「おかしいわね…。」
そんなことが続き、少女は、歩き出していた。
森に向かい、歩いた。
森の中で犬を見つけた。
意外とすぐに見つかった。
犬は少し痩せていた。
犬は少し小さかった。
犬は少し窶れていた。
犬は少しも動かなかった。犬は少しも吠えなかった。
犬に温かみはなかった犬に生気はなかった犬に反応はなかった犬におもかげはなかった犬に…
少女は、道に転がる犬の貌(かたち)をした物を拾い、帰った。
少女は、家の裏手に穴を掘った。
少女は、犬をそこに埋めた。
少女は、不思議と涙をこぼさない。
少女は、何も考え付かない。
少女は、犬を埋めた場所をただ見つめる。
見つめる
見つめる
見つめる。
何も変化はない。
見つめる
見つめる
見つめる。
小さな山がそこにある
見つめる
見つめる
見つめる。
次第に雨が降り始める
魔法使いが、庭に降り立った。
「おーっす。いやー、この前忘れ物しちまったぜ。…って、何してんだ?濡れてるぜ?」
魔法使いは少女に近づく。「…ちゃ…た。」
「??なに?」
「なく…ちゃった。」
「聞こえないぜ。」
雨が強くなってきた。
「いなく…なっちゃった」「いなく…なった?」
「ずっとね…来てくれなかったの…。だから…探しに行ったの…。そしたらね…。そしたら…。」
「ま…さか…。」
魔法使いは、小さな山を見た。粗末に作られた山は、雨で削られ、そこにあるモノの姿を晒した。
「……」
魔法使いは言葉が見つからない。
「落ちてたの…拾ってきちゃった…。」
「落ち…てた、って…。」少女は、笑っていた。
雨のせいか、泣いているようにも見えた。
「いなくなっちゃった…いなくなっちゃった…いなくなっちゃったぁぁ!!」
少女は叫んだ。
叫んだ。
叫んだ。
魔法使いは、少女を強く抱き締めた。
他にどうしていいかわからなかった。
「うっ…っ。くっ…うぅ。…。」
少女は泣いていた。
何も考え付かない頭で、何を思ったか、泣いていた。「泣いていいんだぜ…。私が傍にいるから…。ずっと…ずっと。」
魔法使いは、心に決めた。今度はずっと、私が傍にいよう。絶対に。
「うっ、うぅぅ…。」
少女の泣き声を雨音が消していく。
雨の音だけが響いていた。
「おーっす。あっそびに来たぜ!」
「…あんたも暇ねぇ。」
「ンだよー。久しぶりに会いに来た友人に冷たいな。」
「久しぶりって…2日だけじゃない。来なかったの。」
「いーだろー、こっちは会いたくて仕方なかったぜ。」
「なっ、ばっ、ばかなコト言わないで。」
「あっれ?照れてんの?照れちゃってんのー?」
「…殴るわよ?」
「わりぃわりぃ。それにしても…良い天気だぜー。」「…。そうね。」
少女は縁側にでた。
近くで、犬の鳴き声がした…気がした
しかしどさくさに紛れてちゃっかり告白してる魔理沙はありえ過ぎる。