お・か・ね・が・な・い!(オーカネガナイ)
お・か・ね・が・な・い!(オーカネガナイ)
ほんとのこぉとさ――♪
“買い物行こう、壹圓持って”
「え。今、何か言いましたか」
「い、いえ。何も」
不思議そうな顔で覗き込んでくる天狗の少女、射命丸文に対して、少し慌てた様子で、けれど無難かつ曖昧な言葉を返す早苗。
「ほらほらどうしたの諏訪子。まだ百十九杯目よ。もうへばったのかしら」
「神奈子の方こそ。何だか顔が真っ赤だか真っ青だかに見えるけど、それは服や髪のせいー?」
いつもの妖怪の山、いつもの宴会騒ぎ。その真ん中に於いて、猛々しいとすら思える程の勢いで次々と空の杯を積み重ねていく二神。それを遠くに見ながら、はあ、と一つ、早苗は息を漏らした。
「どうしたんですか。やっぱりちょっと変ですよ。何か心配事でも」
「あ、いえ、その」
元々、人外あい揃う妖怪の山に在っては決して酒に強くない、と言うよりもはっきりと弱い彼女、普段の宴会でも困った顔で曖昧に笑っているのが常ではあるのだが、それにしても今日は少し様子がおかしい。そう思って言葉を掛ける文に対して、早苗は、ぴらりと一枚、小さな紙切れを見せてきた。
「ちょっと聞きたいのですが。
これ、やっぱり、一円以上では売れませんよねえ」
「え。ええ、そりゃあ、まあ」
取り出された紙切れを見て、早苗の質問を聞いて、その意図する所がまるで掴めぬまま、けれども文は答えてみる。一々あれこれ考える必要も無い、小さな子供でも当然の如くに返すであろう答えを。
「壹圓札が、壹圓以上で売れる訳がありませんよね」
そもそも、お金を売る、という行為自体よく意味が判らないのだが。文は小さく首を傾げて、少し困った笑いを見せた。
早苗が見せたのはお金、紙幣であった。大きな袋を背負った大黒様が描かれ、真ん中には圓壹の文字。そんなお札に視線を落としながら早苗は、やっぱり、と、そうしてまた溜息を吐いた。
「こんな事ならこれ、外に居た時に売っておけば良かったなあ」
この壹圓札、明治の十八年に発行された物であり、且つ、皺の一つ汚れの一つも無い美品であった。まだ神社が外の世界に在った頃、掃除をしていた早苗が箪笥の奥、古い本に挟んであるのを見つけた物で、過去の東風谷の人間がへそくりとして隠しておいたのか、はたまた栞代わりに入れておいてそのまま忘れてしまったのか、それは判らないが、兎に角、現在の外の世界に於いては非常に珍しく、好事家に売ればそれなりの値段がつく物であった。
見つけてすぐにこれを売る事を考えた早苗ではあったのだが、こんな珍しい物、簡単に手放すのもどうも惜しいな、と、生活に窮する迄は手元に置いていても、と、そんなこんなを考えて結局いつまでたっても手放せず、そうして幻想郷にまで持ってきてしまっていた。
そんな壹圓札を、どうして今になって持ち出してきたのか。
それは今が正に、生活に窮する時だからなのである。
正確には、生活に困っている訳ではない。毎日の食事や日常の生活に使う道具に関して難儀した事は、幻想郷に来てからこれまで只の一度も無い。
ただ、お金が無いのである。
幻想郷に来てから暫くは、住居も兼ねている神社に備蓄してあった物で日々を越す事は出来たし、妖怪の山で正式に神様として受け入れてもらってからは、天狗や河童達からお供え物として食事や生活必需品は提供してもらっている。そも、こんな連日の宴会で馬鹿騒ぎをしている状況にあって、どう考えても生活に困ってる等という事態は起こり得ないのである。
けれどもしかし、やはり、お金が無いのである。現金が無いのである。
神事儀式の依頼が無い現在、現金収入の途と言えば、まさか妖怪の山に世話となっている身で妖怪退治という訳にもいかず、そうなるとお賽銭のみが頼りとなる。
さて守矢の神社の賽銭箱、博麗のそれとは違い毎日、少しずつではあるのだがお賽銭、入ってきているのである。それなのに何故、早苗にはお金が無いのか。
お賽銭が、非常に少ないのである。量ではなく、額の面に於いて。
「銭(せん)なんてそんなの、ニュースの最後の、本日の為替と株の値動き位でしか見た事ないのに」
賽銭箱にお賽銭は入ってくる。ただし、単位が違う。円なんて字を見る事はほぼ全く無い。在るのは、社会の資料集でしか見た経験のない様な古いお金ばかり。これでは幾ら月日を重ねても、コンビニで一日働いたその給料にも遠く及ばない。
「例えば古道具屋さんなんかに行ってみても、やっぱり駄目、なんでしょうか」
「いや、それは、まあ。何か特殊な術が付加してあるとか或いは奇妙な謂れが付いているとか、そんな事でもない限りは、まあ、普通に壹圓分の品物と交換してもらえるだけでしょうね」
「はあ、やっぱり」
珍しい物、貴重な物というのは、その存在する数が少ないからこそ価値が出る。なのであれば、昔のお金が普通に使われている幻想郷に於いて、昔の紙幣に特段の価値が無いのもそれ当然。早苗は三度、大きな息を吐き出した。
そんな早苗の様子を見て文は、ここに来てようやく、彼女が何を思い悩んでいるのかの見当が付いた。
「何かさっきからお金の話ばかりですが、もしかして、お金に困ってるんですか」
「ええ、はい、まあ」
はっきりとしない言葉を返しながら手の中で壹圓札を弄くる早苗に対し、けれども、と、文は続けた。
「壹圓札をひらひらさせながらお金が無いって、どうもこう、今一つ説得力に欠けると言うか」
思った事を素直に口にした文に対し、早苗は、はあ、と、要領の得ない顔を見せる。
「あーでも、それが全財産だって言うんなら、確かにちょっとまずいかも」
奇妙な空気の流れ始めた二人の間に、急に河童が割って入った。
彼女、河城にとりの言葉に、文は成る程、と、早苗は違います、と、二人同時に声を上げた。
「違うんですか」
得心がいったのも束の間、また不思議そうな顔に戻って文が訊ねる。
「違いますよ。流石に全財産はもっと有りますよ。
と言ってもまあ、現金では四万円程度なんですが」
四万円。これが女子学生の小遣いなのであれば、それは決して少なくない、寧ろ大きい額である。だがこれで、まともな金額の収入もない現状で、これからずっと生活をしていかなければならないというのであれば、それは余りにも少な過ぎる額である。銀行に行けば勿論、もっと貯金は有るのだが、幻想郷に来た今となってはちょっとそれを引き出しに、と、そういう訳にもいかない。節約を心がけて多額の現金を手元に置いていなかった事が災いした。
そうして四度目の疲れた息を吐き出した早苗の前で、けれど文とにとりの二人は、目と口をいやに大きく開けた不恰好な顔で固まっていた。
「あの、どうかしましたか」
不思議そうな顔をする早苗に対し、文は、やけに硬くてぎこちない笑いを見せながら言った。
「えっと、その、すみません。ちょっと今、どうにも聞き間違いをした様で。四、えっと、四、何って言いましたっけ」
「はあ。四万円、ですが」
「いやその、ちょっと。すみません、どうにも耳の調子が悪い様で」
「ですから。四、万、円、ですって」
意味の判らない文の反応に流石に少々の苛立ちを感じ、心持ち語気を強めて言葉を返す早苗。
そんな彼女の前で、文はにとりの顔を見つめ、そうしてにとりは文の顔を見つめ。
「はははは」
「はははは」
乾いた笑い声が響いた。それから僅かの沈黙。
そうして次の瞬間。
「四万円っ!?」
「現金でえ!?」
声が弾けた。
「それで金が無いとか何とんでもない冗談かましてるんですか貴方何処の国のお姫様ですかパンが無ければお菓子をお食べとかそういう次元に住んでらっしゃる方ですかーっ!?」
「ありえないありえないありえない!」
肩を掴んできてはがくがくと揺さぶる文。奇声を上げて首をぶんぶんと振るにとり。
騒がしい宴会場の片隅で突如発生した異常事態に、早苗は何も言えずただ目を丸くしているだけであった。
◆
「と、いう事があったんです」
翌日の守矢神社。朝ご飯の席で早苗は、自身の仕える神様二人に昨晩の奇妙な出来事を話した。
「んで」
ぼさぼさの頭、寝起きの不機嫌な顔とかすれた声。そんなものを以て八坂神奈子は話の続きを促す。
「で、って言われても。まあ、変な話だなあって、それで終わりなんですが」
そんな早苗の言葉に何の反応も見せず、眠そうに目を細めたままぼりぼりと頭を掻く神奈子。
「もしかしてさあ、早苗」
机の真ん中に置かれた玉子焼きに手を伸ばしながら、洩矢諏訪子が声を上げた。
「判ってなかったりするのかしら。何にも」
「は、あ」
何も判っていない、と、その言葉の指す所からしてまず判らないのだから、とりあえず気の抜けた返事をするしかない早苗。
「ねえ、早苗」
言ってから大きなあくびを一つ、それからまるで熊か何かの様、ゆっくりと重たい動きで首と肩を回し、そうして神奈子は続けた。
「外では高く売れる壹圓札が、ここでは高く売れない。それが何でだかって、判る?」
「それはまあ、はい」
幻想郷では昔のお金が今でも使われている。だから外では貴重な壹圓札も、ここでは只の壹圓札。そんな事は判っている。けれどもそれがどうかしたのか。
未だ得心のいかぬ顔をしている早苗を見て神奈子は、はあ、と、大きな溜息を一つ。それから。
「早苗は本当に馬鹿だなあ」
唐突に爽やかな笑顔になってそう言い放った。
「それが判ってるのに、この話の肝が見えないか。頭が良いのに変な所で抜けてると言うか。流石はどっかの誰かさんの子孫ねえ」
「お褒めに預かり光栄至極。完全無欠の委員長キャラに見えて実はちょっぴりドジッ娘って、それって長所よね。萌えポイントよね」
早苗を放って置いていつもの小競り合い、と言うよりじゃれ合いを始めそうな二神の間に、けれども早苗は、すみません、と割って入る。はっきり面と向かって馬鹿と言われて、流石にそれで黙ってはいられない。
「一体どういう事か、宜しければ説明して戴けませんか」
「ん。ああ、面倒なんだけど」
言葉にはっきりと出し、更には表情も一目でそれと判る、そんな様子の神奈子に向けて、ちょっと、と、諏訪子が一声を掛けた。
二神の視線が交わる。それから暫しの沈黙。
そうして。
「仕方ない。判ったわよ」
ぐぐいっと大きく身体を伸ばし、軽く息を吐く神奈子。
「大黒の壹圓に特別の価値が無いのは、ここでは昔のお金が普通に使われているから」
「そうですね」
「早苗がそれを判ったのは、こっちに来てからのうちの賽銭箱を見て、だと思うけど」
「はい」
「早苗にとっては見た事も無い様な物ばっかりでしょうね。貴方、お金って言ったら円しか知らないでしょうけど、こっちじゃ滅多にお賽銭には入らないからねえ、円は」
「はい、そうですね」
聞いていても端から判っている話ばかり。だからそれがどうしたと言うのか。
少しずつ苛立ちの色を増していく早苗の声と顔に対して、神奈子は逆に楽しそうに、にやにやとした顔になっていく。
「外では価値の有るこのお札も、ここでは額面通りの価値しかない。そんな事は私にだって判っています」
そう言って件の紙幣を持ち出してきた早苗に、神奈子の弾んだ声が掛けられる。
「て言うかまあ、外でだってそれ、ある意味じゃ額面通りの価値しかないんだけどねえ」
「判ってますよ」
「あれ、それも判ってるんだ」
神奈子の表情が僅かに変わった。本気で驚いている風を見せている神様を前に、苛立ちの息を小さく一つ、それから続けた。
「この大黒壹圓は、日本銀行の定める現在有効な銀行券の一つですからね」
実際に受け取ってもらえるのかどうかは兎も角、制度上に於いてはこの大黒壹圓、今現在の外の世界でも普通に使う事が出来る。近所のコンビニに行ってアイスでも買おうとして、その時に財布の中に入っていればこれ、レジに出す事は可能なのである。
「ほうほう。それで、それで」
「それで、ですね。普通のお店で普通のお金として普通に使おうとした場合、この大黒壹圓はアルミで出来た一円玉と全くの同じ価値しかありません。当然ですよね、壹圓札なんですから、これ」
例えばネットオークションか何かで、ある程度の金額を出して未使用の昭和六十四年製硬貨を入手したとする。けれどもそれ、自販機に入れてしまえば、ディスプレイに表示されるのは額面通り数字。昭和六十四年製だろうが平成元年製だろうが、十円と刻んであれば十円、百円なのであれば百円。それと同じ事である。
「日本ではデノミは起こっていませんからね。流通の停止されていない紙幣なのであればそれは、例え百年以上前に作られた物であったとして、現在に於いても額面通りの価値しかない訳です」
「デノミって何ですかー。早苗せんせー」
楽しげな顔で神奈子が手を挙げた。何だか馬鹿にされてる気がする。思いはしても口には出さない早苗。
「デノミというのはデノミネーションの略。通貨の単位を変更する事です。例えば、そうですね、通貨の単位を百分の一に切り下げて、現行の百円を新一円にするとか、そういう事です。こういう事がもしあったとするならば、過去の、デノミ以前に発行された壹圓札は百分の一円、つまりは一銭の価値しかなくなる訳なんですけれども、日本ではそういう事、起きていませんからね。だから昔の壹圓札は、今でも一円なんです」
「硬貨についても同じなんですか、せんせー」
「硬貨についてはちょっと事情が違いますけどね。
最初期に作られた日本円の硬貨は金貨で、金本位制として一円が金1.5グラムと、そういう風にして作られたのですが、後に一円は金0.75グラムに改められましたので、よってそれ以前に発行された金貨は、額面の二倍の価値を持つ様になった訳です。
まあ尤も、これらの金貨は現在では正式に廃止されているので、今回の話とは関係が無いのですけれども。
て言うか」
硬貨についてはどうなのか、と、そんなピンポイントでしかも少々難しめの質問をする以上、目の前の神様は円の仕組みについて充分に承していると思える。それなのにせんせー、などと。
やはり、どうにも馬鹿にされてる気がする。口には出せずとも、早苗は心の中で不満を膨らませる。
「まあ、兎に角、そういう訳で、今この壹円札には、一円の価値しかないんです。
あーあ。タイムマシンが在るのなら、切符を買って旅立てば、このお札が発行された当時に行ってこれでいっぱいお買い物するのに。
今じゃあこれで、百円ショップに行っても、ヒマワリの種チョコ二個セットを買う事も出来ない。あと百四円お願いしますって、そう店員さんに言われちゃう」
そんな事を言って落胆の顔を見せる早苗に対し、神奈子は、本当に面白い、と、声を出して笑った。
「そこまで判っていながら、それでも判らない。
だから早苗は阿呆なのだ」
馬鹿の次は阿呆と言われた。次はターケか、ハンカクサイか、はたまたダラズかダラブチか。
理由も判らず馬鹿扱いをされ、もうそろそろ本気で腹も立ってきた。憮然とした顔で立ち上がりかけた早苗に向けて、笑顔のまま神奈子は続けた。
「大黒壹圓だろうと何だろうと、壹圓には一円の価値しかない」
「そーですね」
「骨董品として見れば特別の価値も出てくるけれど、幻想郷ではそうもいかない」
「そーですね」
「よってそのお札に、一円以上の価値は決して付かない」
「そーですね」
「来週もまた、見てくれるかな」
「いーと。
ちがっ! 違います、ふざけないでください!」
「で、早苗は、その壹圓を発行された当時に持って行けば、今現在で使うよりももっと多くの物が買えると判ってる」
「スルーですか」
「そうしてこの幻想郷では、昔のお金が現役、銭(せん)とか普通に見られる。それも判ってる」
「完全スルーですか。まあ、良いですけど。
て言うか、結局、何が仰りたいのですか。一円には一円の価値しかないんですから、昔のお金が現役だろうが何だろうが、どの道」
「だからさ、一円の価値っていう言葉の、その意味する所がそもそも、外とこっちじゃ違うんじゃあないのかしらって」
固まった。リモコンで一時停止のボタンでも押されたかの様、ぴたりと、綺麗に、早苗の動きが固まった。
「それって。えっと」
早苗はぎこちなく口を動かす。盲点。余りにも馬鹿らしい盲点。何故、どうして、こんな簡単な事に今まで気付かなかったのか。
「幻想郷ではお金に対する価値観が明治の頃と同じって、そういう事ですか」
「まあ、完全に同じかどうかは判らないけれど、これだけ狭く、しかも外から隔離された場所じゃあ、それ程の変化も無いでしょうね」
神奈子の言葉を聞いて、早苗の頭は恥ずかしさで固まりそうになった。馬鹿だ。確かに、間違い無く、馬鹿だった。
だが今は、そんなこんなをあれこれ悔やむべき場面ではない。先程神奈子がそうした様に、早苗は手を挙げた。
「あの、質問です」
「ハイ何かなー、東風谷君」
「何のキャラですか、それ」
「見ての通り女教師。後でイケナイ放課後でもしよっか」
「ここ、幻想郷に於いては、一円って、今の外の世界で言えば幾ら位の価値になるのでしょうか」
「スルーか」
「もしかしたら結構、それなりの額になったりするんですか」
「自分でふっといて完全スルーか。まあ、良いけど。
こっちに来て新聞や書物を読んだ限りじゃあ、ここ、明治十八年頃に外と隔離されたみたいだからね。その辺りの時代をモデルとして考えてみましょうか」
「あ。すみません。ちょと待って下さい」
そう言って早苗は立ち上がり、少し駆け足で部屋を後にした。
暫くして戻って来た彼女の手には、小さな電卓が一つ。
「お待たせしました。それでは、お願いします」
再び席に着き、それからぺこりとお辞儀一つ。それを見届けてから、神奈子はゆっくりと口を開いた。
「昔と今のお金の価値を比べるには幾つか方法が在るんだけれど、先ずは金換算でいってみましょうか。
さっき早苗も言った通り、当時日本は一応は金本位制で、一円は金1.5グラムとされていた。
と言う事は、今、金1.5グラムは幾らするのかって、それを調べれば当時の一円が今では幾らかって、それが出てくる。
現在の金相場は、まあ大体グラムで三千円ちょっと位だから、そうすると」
神奈子の言葉を受けて、早苗は電卓のボタンを押していく。
「四千五百円強、という所ですか」
「ま、大体で五千円って、そう考えれば良いと思うわ」
「それではこの壹圓札は、五千円札と同等の」
「はいちょっと待つ」
片手を差し出して早苗の言葉を止め、話はまだ、と、神奈子は続ける。
「金換算は確かに簡単で判りやすいわ。かなりはっきりとした数字も出せる。でもね、当時は一応は金本位と言っても、実際には色々とごちゃごちゃややこしい事情も在って、実質的にはほぼ銀本位制と言っても良い位だった。そのお札もね、実は兌換銀券、つまりは銀との交換が保障された券だったの」
「と言う事はつまり、金換算で出した数字は当てにならないと、そういう事ですか」
「目安の一つ程度に思っといてって、そういう事。
そこで、他の計算方法でもやってみましょう。今度はもっと、当時の庶民の感覚に近い方法ね」
そう言って神奈子は、自身の目の前にあるお茶碗、大盛りの白米が盛られているお茶碗を手にして高く掲げた。
「今度はこれ」
「ご飯、ですか」
「物価換算ね。当時は一円で何がどれだけ買えて、それと同じだけの物を今買うとしたら幾らかかるのか、そこから計算してみるの。
ただ、まあ、先に言っておくけれど、当時と今じゃ社会全体から見た相対的な物の価値観ていうのが違い過ぎるから」
「と、言いますと」
「ちょと時代の移った話になるけれど、判り易い様に、例えばそれ」
神奈子は早苗の手の中、小さな電卓を指して言う。
「幾らで買ったの」
「百円ショップで、百五円です」
「そうした電池で動く、小型の計算機が昔いくらしたかって、知ってる?
1970年頃に出た物で、約九万円程」
「電卓がですか!?」
「それでも当時は、十万を切ったって、それが凄い事だったんだけどね。
さて、今の話からして、それなら当時の一円は今の千倍近い価値が有ったって、早苗はそう思う?」
「いえ、それはいくらなんでも」
「そう。そういう事ね。これが物価換算の問題点。今の例は流石に極端すぎたけれど。
普通、物価換算に良く用いられるのはお米で、それはお米がこの国の主食であり、政府の手によってある程度価格の安定が保たれているから尺度として具合が良いって、そういう事なんだけど、それでもやっぱり、物価換算で出てくる数字は多少の幅があるものになってくる。まあだから、これも目安の一つ、そんな感じで考えて。
とまあ、前置きが長くなったけど、明治十八年の米一俵の価格は一円七十三銭。これを現在のものと比較すると、まあ大体、当時の一円が今で言う八千円位って、そんな数字が出てくるわ」
「と言う事は、幻想郷の一円は、外の五千から八千倍の価値が有る、と」
「ま、あくまで目安、だけどね。
さて、ここまで理解した上で、もう一度昨日の宴会での話を思い返してみなさい」
そう言われて早苗は、改めて昨晩の文とにとりとの遣り取りを振り返ってみた。大黒壹圓札は、この際わかり易い様、少し高めに一万円札として設定してみる。
一万円札を見せびらかしながら、お金が無い、お金が無いと愚痴る早苗。確かにどうもこれ、少し奇妙にも見える。けれどもその一万円札一枚が全財産なのだとしたら、それはかなり困った状況である。
成る程。ぽんと手を打つ早苗。得心がいった。昨晩の二人の反応、今の彼女にはよく理解できた。となれば、その後の四万円発言も。
「四、万円」
早苗の動きが止まった。眉間に皺を寄せ、口を奇妙に歪ませ、そんな不恰好な顔で目をきょろきょろとしている。
「どうしたのよ、早苗」
「ええと、あの、その、八坂様。ここでは一円が、少なく見積もっても五千円の価値が有るんですよね」
「多く見積もれば八千円ね」
「うち、今、現金で四万円ほど有るのですが」
「ま、単純な数字の計算上ならば、四万っていうのは二億から三億以上、って事になるのかしら」
「三、億」
聞き慣れない単語を耳にしたせいで、一瞬本気で早苗の頭が止まりかけた。気を失いかけた。けれどもぐっとこらえる。
三億円、三億円。耳から入ったその言葉が脳味噌の周りでぐるぐる走り回る。三億円、三億円。
「ってぇー! 三億円!?」
「ええ、三億円」
「億って、万の次の億ですか?」
「兆の前の億ね」
「府中にきぃらぁめぇくぅシロバイクー、ですか!?」
「シロバイクー♪ね。て言うか早苗、貴方歳いくつよ」
「八坂様には言われたくないです」
「おい」
不満顔の神様は完全に無視し、早苗は勝手に走り周る自身の脳味噌を何とか押さえ込み、落ち着かせ、そうして今度は自分自身の手で回し始めた。
何という事か。貧乏、貧乏と思い込んでいた自分は、実はとんでもない金持ちだったのだ。一等前後賞合わせてとか、キャリーオーバーとか、そういう宝クジの宣伝でしか聞いた事の無い様なレベルの幸運が、今まさに自分の目の前に在るのだ。奇跡。これぞ正に奇跡。
貯金か、貯金すべきか。将来に備え、あくまでこのお金は幸運で手に入ったものとして、驕らず、焦らず、今まで通りに日常を過ごすべきか。
否、断じて否。
これはチャンスだ。この奇跡的な幸運を、ここで止めてしまっては駄目だ。このお金を使い、何かを為す。お金は使ってこそ意味がある。ただ置いて飾っておくなど、そんな事ではこの奇跡の意味が無くなってしまう。では、何に使うか。有効に、使い道を考えて。
ポク。ポク。ポク。
チーン。
「閃きましてございます!」
朝飯時の守矢神社を、早苗の吼え声が揺るがした。
「何よ早苗。閃いたって、必殺技でも閃いたの。サイドワインダーとか、蛇剣とか」
そう言って神奈子は、ちらりと横目で諏訪子を睨む。びくりと一つ身体を大きく揺らし、そのまま固まる諏訪子。
「信仰です。この神社により一層の信仰を集める、その為の良い方策が思い付いたのでございます!」
目を輝かし、鼻息は荒く、そうして声高く宣言する早苗に対し、けれども神奈子は、逆に冷めた視線を投げていた。
「はあ。何それ」
「宴会ですよ、八坂様。宴会を開くのです」
「宴会ならちょくちょくやってるじゃない。て言うか昨日だって」
「そうではございません。我々守矢の神社のお金で、大宴会を開くのです」
「はあ」
妖怪の山で連日開かれる宴会。この宴会で供される食料や酒は、全て天狗や河童らが用意した物であった。早苗や神奈子、諏訪子は、祀られる対象として、言うなればお客様として宴会に招待されていると言う、そんな身分であった。
「いつもいつ迄も、妖怪の方達ばかりに負担をさせる。それでは神様として、我々は余りに情けなくはないでしょうか」
「いやそれは、ギブアンドテイクと言うか、向こうはお供え物、こっちは神徳を出すっていうのが世の常な訳で」
「だからこそです。だからこそ、世間の常識を打ち破るだけの財力を見せれば、今にも増してなお一層、この山に於ける我が神社の威光は強まるのではないでしょうか!」
「そうかしら」
「そして更に、宴会に出す食料やお酒は全て、里のお店で調達する。こうすれば里のお店は商売繁盛、我々への信仰だってぐぐっと強まるに間違いありません」
「何かこれ、公共事業の理屈っぽくなってきたわねえ」
どうにもやる気のない空返事ばかりを返す神奈子。そんな神様の様子が、何かおかしなスイッチの入った今の早苗には見過ごせない。
「何ですか八坂様。何かご不満でも」
「ご不満って言うかさー。別に今でもそこそこの信仰は得られてる訳だし、その上ただで宴会も楽しめてる訳だし。
現状維持で良いんじゃないかしら。何も今ここで、勢い込んで攻めに走らなくても」
「何を仰いますか! 千載一遇のこの機会、みすみす逃すは余りに愚か。ここで攻めずにいつ攻めるおつもりですか」
「終わりの無いディフェンスでも良いよ? 別に、私としては」
「そんな事ではいけません。正に今こそが、勝利に向けて立ち上がる時! あえて英語で言うならスタンダットゥーザッビクトリィー!」
「何故そこで英語」
「さあさ八坂様、スタンダッ! スタンダッ!! スタンダッ!!! スタンダッ!!!!」
「あ~~」
幾つもの朝とか夜とかを越えて何かを掴みに飛び出しそうな早苗と、心底やる気のないだれた声を出す神奈子。
そんな二人を前に、一足早く朝食を食べ終えた諏訪子が、小さな声でぽつりともらした。
「勝利に向けて立ち上がるのは良いけど、その向こう側に何が在るのか、知ってるのかしら」
「何にも無いかもね」
諏訪子の言葉を受け取る神奈子。早苗の方は、未だにもの凄い勢いでスタンダッと叫んでいる。
「何も無くてもそれは構わないけど。て言うか、もしかしたら悲しみが待っていたりして」
「ちょっとー! 何ですか、お二人とも」
二神の間に、ずずずいっと顔を入れ込んでくる早苗。
「さっきからネガティブな事ばかり言って。ここはもっと、ポジティブになって、やる気を出して」
「あーうー」
「て言うかぶっちゃけめんどゲフンゴフン」
早苗から視線を逸らす諏訪子。わざとらしい咳き込みを見せる神奈子。
「面倒ってまた、そんな事を言ってる時ではございません!」
「い、いやいや、面倒だなんて。私たちはほら、ねえ、諏訪子」
「そ、そうそう。私達はただ、早苗の涙を見たくないからーって。いやほんと。信じて欲しいわ」
今度は一転、唐突にしおらしい態度を見せる神奈子と諏訪子。
そんな二柱の神様の様子なぞお構いなし、早苗は一人、絶対大丈夫、と、気勢をあげている。
「それでは早速準備に取り掛かります」
「あ。あの、さー、早苗」
未だ半分以上が残ったままの朝食を目の前に置いて立ち上がりかけた早苗に、遠慮がちに、或いは面倒臭そうに、諏訪子が声を掛けた。
「もうこうなったら、早苗の好きにすれば良いとは思うけど。
でも最後に一つ、確認させて」
「はい、なんでしょう」
「流通の停止されていない紙幣なのであればそれは、例え百年以上前に作られた物であったとして、現在に於いても額面通りの価値しかない。
早苗、さっき、そう言ったわよね」
「え。ええ、はい、確かに」
「意味、ちゃんと判ってる?」
「はあ」
自分が以前に放った言葉を今ここに持ち出して、そうしてその意味を問う。質問の意図がまるで理解できない早苗。
だがしかし、答えなら判っている。
「はい、勿論です。
この大黒壹圓は、額面通り一円の価値しか有りません。それは外の世界でも、ここ幻想郷でも同じ事。
けれども外とここでは、一円の価値そのものが違っている。そういう事ですよね」
胸を張って答えた早苗を見て諏訪子は一言、判ってるって言うなら良いや、そう呟いて席を立った。
そうして今度は、神奈子に向かって声を掛ける。
「そいじゃ行きますか」
「はいよ」
応えて神奈子も立ち上がる。いつの間にか綺麗に平らげられている目の前の朝ご飯。
「あの、どちらへ」
「んー、買出し。宴会の」
そんな事なら自分が。諏訪子の返事を聞いて立ち上がった早苗を、けれども神奈子の声が制した。
「良いわよ。人間の里まで行くのに、私らだったら分社経由で近道が出来るけれど、早苗はわざわざ山を下りる手間が生じるでしょう。だから」
「それに早苗、ご飯まだ食べ終わってないじゃない。
買出しは私達に任せて、宴会場の準備とか妖怪達への通達とか、そっちの方をお願いね」
そう言われては、はいと答えるより他も無い。上がりかけた腰を下ろして早苗は、神社を出て行く二神の背中を見送った。
そうしてご飯に手をつける。
冷めている。お味噌汁もだ。
◆
「え、えー。ほ、本日はお日柄も良くう」
その日の晩、早速に開かれた守矢神社主催の大宴会。集まる面々はいつもの通りではあるのだが、今日は神様の側が招待をする役、自分達はお呼ばれのお客様と、そうした今迄に無い状況に、天狗も河童もわくわくとした顔を見せていた。
「きょ、今日はその、お集まりいただきまして、まっ、まことにかんしゃぎゃうっ!」
夜の宴会場、河童特製のマイクが主催者、早苗の挨拶を伝える。
「し、しらかんら~」
小声で言った心算も、しっかりとマイクに拾われて会場に響き渡る。途端、沸き起こる笑い声。
「ほらほら早苗。リラックス、リラックスー」
「そうよ早苗。オンバレ、オンバレー」
集まった妖怪達の中に混じって、手を振って応援してくれる諏訪子と神奈子の姿。それを見て早苗は、緊張で泣きそうになっていた自分の心が、少しだけれども落ち着いていくのを感じた。優しい言葉が、暖かく包み込んでくれる。ありがとう。
そうして早苗は、オンバル事を決意し。
「ってオンバレって何ですか八坂様ーっ!?」
「オーンバレ! こ~ころにファイヤー燃ぉやして、悲しぃみを~ぶーぅっ飛ばっせぇー♪」
「何歌ってんですか~!?」
マイクの音が完全に割れているのにも関わらず全力でツッコミ。
「て言うか実際、オンバレって何なのでしょう。私も気になります」
文が隣に座っている諏訪子に向けて訊ねる。手元には当然、いつもの手帖。
「オンバレって言うのはねえ、今の外の世界、諏訪の地方で頑張れを意味する言葉なのー」
「ほうほう」
「老若男女に関わり無く大人気な言葉なんだけど、特にナウなヤングにバカウケでさー」
「それでそれで」
「毎年運動会シーズンになると、あちこちの学校からオンバレオンバレあっかっぐっみ、オンバレオンバレしっろっぐっみ、とか聞こえてきてねえ。それが諏訪の秋の風物詩になってるのよう」
「それは興味深い。次の新聞記事にでも」
聞きながらペンを走らせる文。昔を懐かしむ老人の顔で夜空を見上げる諏訪子。ああ、諏訪は遠くなりにけり。
「って何その深刻な名誉毀損!? 何か長野県民に恨みでも有るんですかっ!?」
「オーンバレ! あ~したの、ヒ~ロ~さぁ君は♪
元気爆発、オンバシッラー♪」
「だから八坂様も歌わないでえ!」
予定外のコント。けれどツカミには良し。一人赤い顔で肩を上下させてる早苗を除き、会場は良い具合に盛り上がってきた。
「ああもう。まぁ、別に良いか、もう」
小声で愚痴をこぼす。またもやしっかりマイクに拾われる。
「と、兎に角。妖怪の山と守矢の神社の、今後のより一層の発展を願いまして!
では、かんぱーっい!」
◆
「あっれ~、何、これ」
盛り上がる宴会場の片隅、にとりが声を上げた。そうして怪訝な顔をして、杯の中の液体に舌を這わせる。
「どうですか、楽しんでいますか」
明るい声で早苗が話しかけてきた。けれどもにとりは、少々の不満を見せた顔で応える。
「招かれてる立場であんまり言える事でもないと思うんですけど」
「ええと、何か」
首を傾げる早苗。何かまずい事でもあったのだろうか。
「まずいです、これ」
「は?」
「いえ、んー、まずいって程でもないけれど、あんまり美味しくもないと言いますか。かなり安い感じのするお酒だなあって」
「そんな。そんな筈は」
慌てて駆け寄ってくる早苗に向かって、近くでツマミを漁っていた文もまた、難しい顔で声を掛けてきた。
「これも結構、安い物使ってる感じがありますねえ」
これはどうした事だろう。
早苗は確かに、買出しに関しては二柱の神様に全てを任せており、特に高い品を揃えてくれと、その様な事は頼みもしなかった。ただ、今回手に入れた金額、それから朝の会話の流れ、そうしたものからして当然、それなりの品は用意してくれているものだと、そう信じ込んでいた。
まさか土壇場になって、やはり勿体無いと思いだして、そうしてケチな買い物をしたとでもいうのだろうか。
「あの、ちょっと、すみません」
不安に駆られて早苗は、にとりのてから杯を拝借し、口をつけ、ぐっと一気に喉奥へと流し込んだ。
「う」
くぐもった一声。次の瞬間、早苗の手から杯が落とされる、
「えっと、その」
「大丈夫、ですか」
動きの止まった早苗の背中に、にとりと文が心配そうに声を掛けた。
それに応えて、くるうりと振り向く。
「ら~いじょぶれすよ~。らいじょうぶ、これ、ちゃんと美味しいお酒れすよ~」
真っ赤な顔。
「だってほらあ、わらし、このお酒でほら、こおんなに気持ち良くなってますもん~」
安い酒だからこそ悪酔いするのでは。困った笑い顔でそう言う文だが、ただの一杯で完全にできあがってしまった早苗にはまるで届かない。
「さあさ二人とも~、じゃんじゃんじゃあんじゃん、呑んでくらさいよお。今日はわらしの奢りなんれすからあ。ほらほら遠慮せずう」
何のキャラだこれは。笑顔の裏で背中に汗をかく文とにとり。普段の宴会ではごく少量しか飲もうとせず、無理に勧めれば蒼い顔になって手で口を押さえて逃げ出すか、はたまた真っ赤になって眠ってしまうか。そんな早苗しか知らない二人であったものだから、流石に今のこの様子には少々退き気味にならざるを得なかった。
それでも取り敢えず写真は撮る文。これはこれで、後々何かに使えるかも知れない。
「今日だけじゃありませんよお。これからはずっと、ずうっと、私らちのお金で宴会、開きますからあ」
「あ。あ、はい。それはどうも。でも、良いんですかね、そんな。
あ、あと早苗さん、もうちょっと顎、引き気味でお願い出来ます?」
「ら~いじょぶれすよう、うちぃ、お金持ちになったんれすからあ」
「そ、そうですか。それはどうも。ちょっと心苦しい気もしますが。
あ、あとそれと、目線は少し左下に、流す様な感じで」
「宴会らけじゃないれすよう。何か困った事が有ったらいつでも」
「はあ、それはまた。
あ、今度はね、もうちょっと、セクシーっぽくいってみましょうか」
「もぉしもぉ金持ぉちがっ、必っ要な時は、何処へでもぉ呼んでぇくれ~♪」
「必要な時って、どんな時でしょうかね。
あ、それ良い表情。グッド。うん、そしたら次は、左手を頭の後ろに」
「例えば暗くてお靴がわからない時とか、あとは暗くてお靴がわからない時とか、それと他にも暗くてお靴がわからない時とか」
「お靴ばっかりですね、何だか。
あっ。うんうん、そうそう早苗ちゃん。それグッド。とってもセクシー。あとそれと、右の方は肩を強調する感じで」
「ク~ツ~を~探す、それっだっけの為ぇに、金燃そう、灯りとしぃて~♪」
「うんうんいいよいいよ、もっ最高。て言うかちょっとヤバイ、ヤバイ位に最高。
早苗ちゃんもちょっとノッてきてるんじゃない? もうこうなったら今日は、イケるとこ迄いっちゃおっかー?」
撮っている内に段々と楽しくなってきたのか。いつの間にやら変なスイッチの入ってしまっている文。結局は宴席、何のかんのと言って彼女もしっかり酔っている。
「て言うか本当、何でおクツばっかりなのかなあ」
自前のもろきゅうとピクルスをばりぼりと齧りながら、少し離れた場所でにとりがこぼした。
「うちの子、本当、お金と縁の無い生活してたからねぇ」
背後から声。振り向くとそこには神奈子の姿。
「だもんだから早苗、イメージの出来るお金持ちってのが、教科書に載ってるあのおじさん位しか無いのよ」
神奈子の背後から、ぴょっこりと諏訪子も顔を出してきた。
「いやでも、もう少し他に」
「いやいや本当にあの子、ねえ、こんな、形の手合いしか、無かったの」
「哀しいねえ」
にとりの問いに答える神奈子と諏訪子、二人が早苗に向ける視線はとても優しく、そしてどこまでも生温かかった。
「さて、と。諏訪子」
「うん。ぼちぼち、頃合だねえ」
頃合。頃合とは一体、何の。疑問を表情に乗せて顔を向けてくるにとりには何も答えず、神奈子と諏訪子は二人だけで話を進める。
「ああ残念。あと少し時間があったら、あの天狗がもっと素敵な写真を撮ってくれるのだろうに」
「そうね、神奈子。私も残念。だけど仕方ないわよ、ここらが潮時ってやつ」
潮時。未だ宴会が始まって四半刻も経ってはいない今に於いて、潮時とはまさか、ここで宴席を閉めるという事なのだろうか。
流石にそれはどうなのだろう。そう思い、にとりは口を開いた。
「あの、ちょっと」
「ちょっと、すみません」
にとりの声に、彼女とはまた別の少女の声が被さった。
「そちら、東風谷早苗さんで宜しいでしょうか」
二神の後ろからゆっくりと姿を現す少女。それを見て少し驚いた顔をするにとり。人間である。妖怪の山に人間。
「ふええと、どちら様れしたっけ」
「初めまして。私、里に住む人間で、稗田阿求と申します。以後、お見知りおきを」
そう言って丁寧に頭を垂れる少女に向けて、早苗は酔っ払いの上機嫌な声を投げ掛けた。
「あきゅーさんだなんて、それ、なんらかシーアイエーに目ぇ付けられてそうなお名前れすねえ」
「中国っぽいと言われる事は、まま、あるんですけどね。シーアイエーというのを持ち出してきたのは貴方が初めてです」
ところでシーアイエーってなんでしょう。たおやかに笑って阿求は言った。
「さあさああきゅーさんも、せっかく来てくれたんれす。どうぞうどうぞ、呑んでって下さい、食べてって下さい、楽しんでって下さい」
今時役者だって、わざとらしくて恥ずかしくって、と、そう言って拒否しそうな位の見事な千鳥足で迫って来る酔っ払いに対し。
「いいえ。折角なのですが今日は」
にこやかな顔で首を振って見せた。
「何い。わらしの酒が呑めないってえ?」
「いえいえ。もし次の機会がありましたらその時は是非とも。
ただ今回は、別の用が有りまして」
そう言って阿求は、右手をすっと、早苗の前に差し出した。
「代金を、戴きたいのです」
代金。その言葉の意味する所が理解出来ず、あーあーと声を出しながら、早苗はぐるんぐるんと大きく頭を回す。
「より正確に言うならば、前金、と言うか、手付けですね。
本来、お金なんて後に戴くものなんですけど、今回は品の数が膨大、金額も結構な物になりますから。勿論、貴女方を信用していない訳ではないのですが、それでもやはり、幾らかの前金を戴けた方が商売をする身としては安心というものでして」
「あれえ。あきゅーさんって、お店の方なんれすかあ」
「いえ、私はまあ、しがない物書きみたいなものです。
ただ、妖怪の山に普通の人間が近寄る事も出来ませんからね。それで私が、代理としてこちらに出向いたという次第なんです」
「はーああ。なるほろなるほろ」
腕を組んで大きく首を上下し、それから早苗は神奈子に向かって声を上げた。
「八坂様、何で、買う時に先にお金、払っといてくれなかったんれすかあ」
「現代っ子の早苗には判らないかも知れないけどね、その辺は色々あるのよ」
神奈子の答に、なら仕方ない、と、頬を膨らせたままで言って、そうしてまた、阿求へと向き直る。
「で、あきゅーさん。一体お幾ら、払えば良いのれしょーか」
「手付けですからね。全額とは言いません。五円でも六円でも、お気持ちさえ見せていただければ」
「五円? 六円ー?」
途端、早苗の眉間に皺が寄る。
「ああ、これはやはり、こちらの勝手な言い分、お気を悪くさせてしまった様で」
そう言って手を引こうとする阿求に早苗は、違う違う、と、両手と首をぶんぶんと大きく振り回して応えた。
「そんなちまっこい金額、一々払うのが面倒らって、そう言ってんのよお。
ここは一発、どーんと五百円、持ってきなさいなー!」
五百円。見た事ある? 現ナマでは無い。私も。私も。
元々騒がしい宴席が、早苗の発した言葉によって更に盛り上がってきた。
その中心に於いて、アルコールの力と、それから現在の状況と、そうしたものがもたらす高揚感に酔って、早苗はゆっくりと、まるで舞台の上のクライマックス、今まさに愛の言葉を放たんとするヒロインの如き大仰な動きで、少し乱れた懐から財布を取り出し、そうして天高くに掲げて叫んだのだった。
「釣りはいらねえ、とーっとぉきなあ!」
月の光を受けて鈍い輝きを放つ銀色の硬貨が、まるで流星でも落ちていくかの様、阿求の掌に向けて流れていった。
一瞬にして喧騒は消え失せ、静寂がその場に取って代わった。
「ええとこれ、何なのでしょう」
そんな静寂を、少し困った顔の阿求の声が切り裂いた。
「何ってこれ、五百円玉よ、五百円玉。見た事ないの、あきゅーさん」
「そうですね。見た事、無いです」
阿求の手に乗せられたのは銀色の硬貨。大きく書かれた500の数字と、その下に小さく、平成十八年。
「私、これで結構、記憶力には自信の有るほうなんですが。
和同開珎以降、大概の貨幣は目にしてきていますけれども、この様な物を見るのは初めてです」
そうして阿求は手渡された五百円玉を高く掲げ、この場にこれを知っている方は、と、大きく声を上げた。
集まった面々、千年を越える者も少なくないその中で、けれども誰一人、それを見たと言える者は居なかった。
「困ります、早苗さん。こんな訳の判らない物を渡されても」
「え、いや、でも、その。ちゃんとしたお金ですよ、それ。ほら、証拠にここ、ちゃんと500円って」
早苗は阿求の手から五百円玉を取り、逆しまにし、少しの角度をつけて宴席を照らす松明の光にかざした。500の後ろの0と0、その中に浮かび上がる500円の文字。
「はあ、潜像ですか。見事な物です。美術品としてかなりの価値が有りそうですね。ただ、その価値を計るのは私には出来ませんし、ちゃんとしたお金で払っていただきたいのですが」
「だからこれ、ちゃんとしたお金だって、ほら、ここに平成十八年って」
「ええと。平成って、何でしょう」
困った笑顔で首を傾げている阿求。その前で、もう何も言えずに固まっている早苗。沈黙が再び場を支配する。
「ねえ早苗」
急に背後からの声。慌てて振り向く早苗。いつの間にやらそこに諏訪子の姿。
「朝言ってたあれ、意味、理解してなかったんだね」
諏訪子の言葉に、早苗は記憶の糸を手繰り寄せる。朝、幻想郷に於ける一円の価値を知り、守矢神社主催の大宴会を思い付き、面倒面倒と言う二神を説得して、それから。
「あっ」
早苗は小さく声を上げた。諏訪子の問い。その意図する所。
「ま、そういう事ね」
言いながら、ゆっくりと歩み寄ってくる神奈子。
「停止がどうとか言う以前、端から流通してないんじゃそれ、使える訳も無いわねえ」
幻想郷では昔のお金が使われている。幻想郷では、一円の価値が昔と殆ど変わらない。それは、幻想郷が明治の頃に外から隔離されたが故である。それから後の外の世界に於ける変動が、幻想郷内に影響をもたらさなかったからである。という事はつまり。
早苗は財布の中を覗いてみる。そこに在るお金はたったの一枚を除き、全ては昭和以降に作られた物。
「あ。あ、あ、う。う、うあああ」
真っ赤だった顔色が、見る見る内に蒼へと変わっていく。一瞬にして酔いも醒めた。今迄アルコールが見せていた夢の様な時間は消え失せ、目の前に在るのは冷たく、そして揺るぎの無い現実。
「ご、ご、ご」
現実を認識した以上、今の早苗に出来る事は只一つしか無かった。
「ごめんなさいいい!」
物凄い勢いで何度も何度も、何度も頭を上下に振り続ける。
「いえ、その。謝られても、ちょっと」
少々の引きつった顔を見せる阿求。そんな彼女の腕をぐいと掴み、涙ながらに早苗は懇願した。
「どうか、どうか今日はこれで。残りは必ず、後日、必ず用意しますからあ」
そう言って阿求の手に握らせる。大黒様の絵の描かれた、明治十八年発行の壹圓札を。
「ああ、判りました。これは私が預からせていただきますから、代金については後ほど、そちらの神様と、それから直接里の者と話し合って決めて下さい」
そう言って阿求は宴席を離れ、夜の闇の中へと消えて行った。
「皆さん!」
阿求の背中を見送って後、今度は宴会に集まった面々に向かって早苗は声を張り上げた。
「本日の席はここでお開きという事で! 本当に、本当に申し訳ないのですが、どうか、どうかお願いします」
そう頭を下げる早苗の前で、天狗や河童達、けれども残った酒やツマミはどうするのかと、困り顔で相談を交わす。
「これは、残った分だけでも私と諏訪子で里に返しておくわよ」
「そうすれば今回のお代だって、少しは軽くなるでしょう」
神様二人の言葉に、それならば、と、妖怪達は頷く。
「それにしても」
未だ腰を九十度より深く、頭を垂れたままの早苗の前に、ペンと手帖を構えた文が歩み出た。
「今回は災難でって、ええっと、それで良いんでしょうかね、この場合」
言ってぽりぽりと頭を掻く文の前で、早苗は頭を下げたまま動かない。声も出さない。
「そもそも今回、何でこんな大宴会をしようと。大金が入ったと勘違いした時点でも、もっと冷静になって、こんな無茶をしなければ」
そこまで言って、文は言葉を切った。見えたのだ。すぐ目の前、小さな肩がかたかたと震えているのが。
「ごべんな、ざぁい」
小さな声だった。その上かすれていて聞き取り辛い。それでも、そんな声でも早苗は、未だ顔を伏せたままで続けた。
「わ、私、私いっつも、自分じゃ何もしてなくて、出来なくて、お金も無くて、食べ物だって自分では取って来れなくて、それでいっつも、いっつも私、皆さんのお世話にばっかりなってて」
肩の揺れが大きくなる。肩だけではない、全身が震えている。声も大きくなる。聞けばそれ、明らかに涙と鼻水の入り混じった声。
「あ、いや、その、私、別に責めてる訳じゃあ」
ぎょっとした顔の文が、慌てて弁明を始めた。けれども、もはやそんな事は早苗には関係なかった。
「だから、だから私、今回は皆さんに、少しでもお返しがしたくって、それで、それで、私、私、わだ、じぃい」
もう早苗には、自身を抑えきる事は出来なかった。子供みたいだ、恥ずかしい。そんな気持ちは有った。それでも、慣れない酒のせいもあったのだろう。
感情が、爆発した。
「ごめんなさいい! あああああ! ごべんなざいいいい!!」
顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。
その日、夜の妖怪の山には、人間の少女が泣き叫ぶ声が、いつまでも、いつまでも木霊していたと言う。
◆
「申し訳ありませんでした! 本当に、本当にもう、何とお詫びを言えば良いものやら」
翌日、人間の里の真ん中で、集まった人々を前に何度も何度も頭を下げている早苗の姿が在った。
一晩中を泣き明かしたのか、目は真っ赤に腫れている。それでも早苗は、昨晩よりかは大分まともな判断力を取り戻した頭で以て、こうして自ら里へと赴き、今回の件を人々にはっきりと謝罪する事にした。
「これ、今うちに在るお金を残らず集めて来たものです。今日の所はどうかこれで。
足りない分は後日、必ず用意させていただきます。本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
そうして繰り返し頭を垂れる早苗に向かって、里の人間達は皆、別にもう良いからと、口々にそう言っては早苗に頭を上げるよう促す。
けれども、それでは早苗の気が済まなかった。
「お金が遅れるお詫びに、もし、もし宜しければ、皆さんのお仕事の手伝い、何でもさせていただきます。私、バイトですけど接客業の経験は有りますし、風の力を使えば力仕事だって何とかなると思いますし。
兎に角、少しですけれど、きっと、きっと皆さんのお役に立てると思いますから!」
そうしてまた頭を下げる早苗の前に、酒屋の主人が歩み出て行った。
「そのお気持ちだけでも充分に有り難いですよ。ですからどうか、頭を上げてください。お酒の代金だってほら、あんな」
「はいはい。そこまでそこまで」
ぱんぱんと手を叩く高い音が、酒屋の主人の言葉を遮った。宙からふわり、早苗の前に降り立つ神奈子。
「取り敢えずは今渡したお金で。残りは年末迄に必ず用意する。もしその前に必要な額が溜まったら、その時点で即、こちらに持って来る。
それで良いかしら」
「え。ええ、はい、勿論でございます」
突然現れた神様にひれ伏す人々に向け、無理を聞いてもらって感謝する、と。それから今度は早苗に向かって話し始める。
「じゃあ早苗。今日の所は、この話はもうお終い。帰るわよ」
「でも」
「向こうがもう良いって、そう言ってくれてるんだから。ここは素直に厚意に甘えなさい」
「そんな。今迄ずっと、皆さんに甘えてきて、それなのにまたここでもだなんて」
そう言って動かない早苗を見て、かーっと一発、顔をしかめ強く息を放ち、それから改めて神奈子は言う。
「ったくもう。良いかしら、早苗。
他人の厚意に甘えるっていうのはねえ、それ、決して悪い事じゃあないのよ。ううん、むしろ逆。人間関係を潤滑にしていく為にはね、とっても重要な事なの。
他者に甘え過ぎるのは確かに駄目。でもねえ、他者の厚意をいつまでもつっぱねる、それも人としてちょっと問題ありなの。判る?
世の中ギブアンドテイク。昨日の朝も言ったばっかりでしょうに」
早苗は応えない。答えられない。未だ納得を得てない風の顔で、けれどもこくんと一つ、小さな頷きを見せて、それから里の人々に向き直って言った。
「今日の所は、これで失礼させていただきます。本当に申しわきゃふん」
語尾が崩れた。少し涙目になって後頭部をさする早苗。そうして睨みつける。
その視線の先、グーに握った拳もそのままに、神奈子は早苗を戒める。
「申し訳ありませんは、もう良いの。こういう時は別の言葉。ほら、あ、から始まるアイ言葉」
「あ。あ、ああ」
早苗の顔がほんのりと紅く染まる。何故だか、ちょっと照れくさく感じるのだ。その言葉をここで言う、その行為自体が恥ずかしいのか。神奈子の言うがままである自分を人々の目の前で見せるのが恥ずかしいのか。
どちらなのか、早苗本人にも判らなかった。そもそも、どちらも別に、ようく考えてみれば、少しの恥ずかしい事も無いという気がしまくもない。
何が何だかよく判らなくなってきた。でも、ここは。
早苗は里の人達に改めて向き直り、そうしてぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、ございました」
◆
◆
「阿求様!」
稗田の屋敷、書斎の机に向かう阿求の耳に、少し慌てた風の女中の声が聞こえてきた。
「あら」
「お客様がお見えになりましたが……」
「ん? 誰かしら……?」
「それが、『神様』のお客様なのです」
「神様?」
「あちらに」
言われた阿求が玄関に向かう。
「はぁい」
「こんにちはー」
までもなかった。
いつの間にやら書斎の入り口に立っている神様二人。八坂神奈子と洩矢諏訪子。
「これはまた。今回はちゃんと、入り口から入ってきてくれたんですね」
そう小さく笑って言った後、阿求は女中に、お茶とお菓子をお願い、と、それから神奈子と諏訪子の二人を連れて縁側に出た。
「この間は吃驚しましたからね。いきなり枕元に立っているんですから」
「いやほら、神様としてはこう、一応、初対面の人に対しては枕元に立って登場するのが礼儀かな、って」
「熊に会ったら死んだフリをするのが礼儀。そんなのと同じ様なものですか」
て言うか背後霊かと思いましたが。目の前で気軽な笑いを見せている神奈子には聞こえぬよう、小さく呟く。
「背後霊なら枕元じゃなくって背後に立つわよ。背後霊なんだし」
しっかりと聞こえていた。諏訪子には。一人庭に下りて、そこに居る猫とじゃれている。
「背後霊じゃなくても、兎に角、霊ですよ。人の近くにこっそり、いつのまにか立っているのなんて」
聞こえていたのならもう別に構わない。今度は大きな声で阿求は言った。
「おおい、聞いたあ、諏訪子。私ら、霊だってさ。いつも近くに立ってるから」
「それじゃあ、あれね。うちの早苗、二つも霊を持ってる訳だ」
「霊は一人一つの筈なのにねえ」
「群体扱いならそうでもないわよ」
「ちょっとやだ。私とあんたを同種扱いしないでよ。この、水場の近くじゃないと生きられない中途半端生物が」
「おおっと。何を言うかしら、まともに泳ぐ事も出来ない金槌さんが」
「ウーミッヘビッ、ウーミッヘビッ」
「くっ」
途端、周囲の空気が緊張する。諏訪子とじゃれていた猫が、異常を感じて一目散に逃げ出した。
「あ、あの。阿求様、お茶とお菓子を」
「うん、ありがと。そこに置いて、下がって良いわ」
普通の人間である女中にもこの空気が判るのだろう。怯えた顔でそそくさと書斎から出て行く。
「お二人とも、まさかわざわざ人の家の庭で喧嘩をする為に、山から里まで出てきた訳でもないでしょう」
「ん」
「あー、うー」
本来の目的を忘れかけていた二人を、阿求の声が引き戻す。
「まあ、そうね。この続きは諏訪子、家に帰ってからよ」
「良いわね。早苗も入れて三人で、ババ、抜き勝負でもしようじゃない。ババ、抜き勝負でも」
「何故ババを強調するか」
「べっつにい」
再び空気が緊張の棘に満ちる。いい加減、人の家で勘弁してほしいなあ。笑顔のままで溜息を吐く阿求。
「で。例のあれ、もう出来てるのよね」
勝負はとりあえず後回し。先ずは本来の用事を済まそうと、神奈子は阿求に問うた。
「ええ、勿論。こちらに」
そう言って阿求は、自身の手元、細かい文字の書き込まれた数枚の紙を指して見せた。
「本にする為の物ではないですからね。殆ど走り書き、余り見場の良い物でもありませんが」
「良いわよ。私達としても、読んで内容が理解できればそれで充分だから」
「そうですか。とりあえず上に出してある三枚が、天狗、河童、人間、それぞれの中で最も代表的と思える意見です。先ずはそちらから読んでいただければ」
「流石。良い仕事するじゃない。人間と妖怪の両方に通じるって、そんな理由で今回の件、貴方に協力してもらったけど、うん、正解だったわ」
「褒めていただいた所にあれなんですが、私も言う程、妖怪に通じている訳でもないのですけれどね。特に、妖怪の山は排他的ですし。今回の意見収集だって、博麗の巫女やその周辺の者を随分と頼って、その経由で手に入れたものが多いんですから」
阿求のそんな言葉は取り敢えず端に置いて、神奈子は渡された紙に目を通す。
「どれどれ。私にも見せて」
諏訪子も寄って来た。
先ずは一枚目、ある天狗(新聞記者)の声。
『巫女さん最高。今回の件だけで新聞三枚は軽いわね。良い写真も沢山撮れたし。
という訳で私、忙しいのでこれで』
「ちょっと。これで終わりなの。こんなのが天狗の代表意見って」
「天狗は皆、そんな感じです。彼女等、取材対象や身内以外には結構、あっさりとしている所がありますからね。それよりも次」
神奈子の不満を軽くいなし、阿求は神奈子の手に在る紙を捲った。
次は、ある河童(エンジニア)の声。
『いやあ、おいしいね。
いや、酒もツマミも安物で不味かったけどさあ、あの巫女さん、彼女、本当おいしいなぁ。
普段は真面目だってのに、意外と調子に乗り易いと言うか、一度自分の道に入っちゃうと周りが見えなくなると言うか。今回の宴会もさあ、結局は彼女の暴走みたいなものでしょ? その上、お酒一杯であんな。あれ、天狗が大喜びで記事にするわよ、きっと。
で、酔いが醒めた後は大泣き。あれちょっとヤバイでしょ。
可愛すぎる。て言うか面白い。一見堅物に見えて、その実、あれだけ浮き沈みの激しい動きを見せてくれるんだもん。あの危なっかしさはもう、ウリの一つだねえ。この子、放ってはおけないって、そんな気になっちゃう。応援してあげたくなる。普段がしっかりきっちりで、その辺のギャップもあるもんだから、もう尚更。
次回の宴会も楽しみ。これからも頑張ってほしいねえ。そうしてたまには、派手にずっこけて見せてくれれば、もう言う事なし』
「流石は河童。両生類なだけあって見る目があるわね。的確な意見」
「河童って両生類なんですか」
諏訪子の意見に首を傾げる阿求。そんな二人を眺めながら、神奈子は三枚目に目を通す。
三枚目、ある人間(酒屋の倅)の声。
『正直俺さあ、あの巫女さん、現人神だって言うし、もっとこう、神秘的って言うか、ぶっちゃけ近寄り難いって、そんな感じだと思ってたんだけどね。
いやあ、実際は全然違ったね。人間味のある、良い娘じゃん。あんだけ謝ってくれて、こっちはそんな、大した被害も無いっていうのに。
そもそも神様へのお供え物だからね。こっちとしちゃあ初めから、お金取るなんて畏れ多いって、そんなんだった訳だし。その上今回の酒、あれ、神様が里までじきじきに出向いて、急に多量を頼むのだから質は最低の物で良いって、そう言って下さったからあんなのにしたけど、親父なんかもう、本当にあれで良かったのかって、恐縮して震えるくらいの物だったんだから。
それに予め、殆どは返品されるだろうって、そうも神様から聞いてたしね。端から判ってれば、こっちもそれを計算に入れて対処できるし、で、実際に殆どが手付かずで戻ってきたし。
呑んだ分のお代も、半分以上を翌日、現金で渡してくれて、残りも年末までにはって約束してくれている。ここまでされちゃあもう、こっちとしては何一つ文句のつけようも無いって言うのに、それなのにまあ、あんだけ一生懸命になって頭を下げてくれて。仕事の手伝いまでしてくれるだなんて。お袋、感動してたよ。あんな良い娘、そうは見れないよって。
いやでも、本当、良い娘だよなあ。仕事、手伝ってくれるって言ってたし、もし本当にうちで働いてくれたら、うん、良いなあ。何かこう、華やぐというか、まあ、何と言うか、その、へへへへ。
い、いや、何でもないです、はい。巫女さん、これからも応援してます!』
「ねえ神奈子。この助平小僧の家に、ミシャグジ様一匹、憑けても良いかなあ」
「やめときなって。そういうベタな親馬鹿親父は、今時の女の子には絶望的に嫌われるから」
むう、と、頬を膨らませる諏訪子。これはまた蛙っぽい。そう言ってからかう神奈子。
「まあ、残りは後ほど、ゆっくりと見ていただくとして。
全体的にみても評価は良好、否定的な意見はほぼ在りませんね」
阿求の言葉を聞き、神奈子と諏訪子は二人、同時に口の端を吊り上げた。計画通り。
「にしても、まあ。建御名方神の頼みだったから仕方が無かったとは言え」
羊羹を一口、それからお茶をずずいっと、そうして阿求は話し始めた。
「私、近い内にまた、地獄でお世話になる身なんですけどね。だから余り、こういった悪事には巻き込んでほしくはなかったのですが。ここの担当の閻魔様、その辺り結構厳しい方ですし」
そんな阿求の言葉に、悪事だなんて失礼な、と、諏訪子と神奈子、同時に笑う。
「私達別に、何も悪い事なんてしてないわよ。早苗にだってちゃんと、当日の朝の時点で確認入れた訳なんだし。それでも突っ走っちゃったのはあの子なんだし。
それに、実際、今回の件で誰一人として不幸になんかなってないし。ねえ、神奈子」
「そうね。私達は早苗を通じて、より多くの信仰を神社に集める事が出来た。山の妖怪達は、僅かの時間、安い酒とツマミだったとは言え、お客の立場で宴会を楽しめた訳だし、それに可愛い巫女さんを愛でる事も出来た。里の人間には実際、ある程度の経済効果はあった訳だし、その上、心優しい巫女さんとの触れ合いも出来た。
それでもまあ、唯一、悪事が在ったと言うなら、それは」
そうして神奈子は、ゆっくりと阿求を指し示す。より正確には、阿求の着物の袖。
「やれやれ。流石に神様の前、隠せはしませんねえ」
口の端を吊り上げて笑う阿求。その袖の下から出てくる一枚のお札。大黒様の描かれた壹圓札。
「ふっふふふ。稗田の、お主も悪よのう」
「いえいえ、八坂様こそ」
それから二人、一緒に口をあけて下品な笑い声を立てる。
そうしてひとしきり笑った後。
「いやいや。袖の下なんて、テレビじゃない本物を見たのなんてもう、どれ位ぶりかしら。流石は幻想郷」
「ご満足いただけた様で幸いです」
「て言うかそれ、あの日からずっと、袖の中に仕舞っておいたの」
「いえ。意見収集の纏めが終わったのが今朝。よって、今日中にはお二人が来ると踏みまして。それで先程の内に仕込んでおいたのです」
「はあ、天晴れな気遣いね。お見事」
「ありがとうございます」
そこまで言って、けれども、と、阿求は言葉を返した。
「私のこれも、別に、悪事という訳ではないのですけれどもね。だって私、はっきりと言いましたし。私が、預かるって」
「おやまあ。言うねえ」
「良いじゃないですか。人間が妖怪の山にお使いに出た、その駄賃としては決して高くはないと思いますが。一応私、余命幾許も無い身なんですし」
「普通の人間なら、確かにそうかもしれないけれど」
「それはまあ、私、普通とは違いますけれどね。それでも、博麗の巫女やその周辺とは一緒にしないで下さいよ。この間だって、行きにしろ帰りにしろ、八坂様達が送ってくれなかったら、流石に山には入れませんでしたし」
そう言えば。今の話で思い出した、ちょっと気になった事。これも良い機会、阿求は、神奈子に訊ねてみる。
「この間の宴会、排他的な妖怪の山に、見ず知らずの人間が突然、一人で現れた。あの時点で私、もっと怪しまれるんじゃあないかって、そう思っていたんですけれどもねえ」
山に入ろうとする人間は、それが例え博麗の巫女であったとしても、天狗達は余り良い顔をしない。特段の事情でも無い限りは、退去を勧めるのが常である。
そんな妖怪の山に、招かれてもいない人間がいきなりやって来た。山に住んでいる者ならば、こんな事態、不思議に思うのが当然である。実際、近くに居た河童は警戒のそぶりを見せていた。けれども早苗はといえば、何の疑いも抱かず、あっさりと阿求を受け入れてしまった。幻想郷に於いては彼女、新入りだからなのか。それとも、酒に酔っていてまともな判断力を失っていた為か。
そんな阿求の疑問に、神奈子が返したのはたったの一言。
「あの子ぬけてるから」
そう言って笑う。
「基本的に頭良い癖して、たまに面白い所で何かが抜けてたりするのよねえ。
今回のお金の話だってそう。現在有効な銀行券だとかデノミだとか、金本位制だとか新貨条例だとか、そんな小難しい話は知ってるのに、幻想郷でのお金の価値観だとか、今の外のお金は通用しないだとか、そんな、誰でも少し考えれば判る、ううん、一々考えなくても普通に気付く様な、そんな簡単な事に気付かない」
「ま、そんな子だからこそ、今回もこんな事になった訳だし」
そう言って怪しげな笑みを浮かべる諏訪子。組まれた膝の上には猫一匹。先程逃げ出したものが、いつの間にやら戻って来たらしい。その頭を撫でながら諏訪子は話す。
「あの子、ただで宴会に招待してもらってるって、その事をずうっと気にしてたみたいだからね。神奈子が巧くお金の説明をしてあげれば、もしかしたら突っ走り始めるんじゃないかなあって、そう考えていたら見事に予想通り。
一度走り始めたらもう、こっちが一応の探りを入れても全く聞きやしないし」
「その上でこっちが適度に面倒臭がって見せれば、早苗、逆に、より一層燃え上がるからねえ。ほんと真面目」
そうして笑い合う二人の神様を眺めながら、これで悪事ではないのか、と、そんな事を思わずにはいられない阿求。
「そこまで早苗さんの性格、行動を熟知しているのでしたら、今回の様な事態になる前に止められたのではないのですか」
少々溜息混じりのそんな言葉に、けれども神様二人の顔から笑みは消えない。
「あら。私はあの日の朝の時点で、早苗にしっかり確認は取ったわよ。ねえ、神奈子」
「そうね、諏訪子。それにあの後私達、里に行って事態が大きくならない様に予め手を打って、お蔭で実際、被害と言う程の被害は出てないんだし。私達、何か悪い事したのかしら」
「手を打ってって、その内の一つが私、ですか」
あの宴会の日、昼食後の軽い睡眠をとっていた阿求の枕元に突然現れた神様二人。いきなりの事で流石に虚を衝かれた阿求に向かって、妖怪の山で大宴会がある事、酒代などは全て金持ちになった守矢の神社が負担するという事、けれども早苗が勘違いをしているだけで神社は別に金持ちになどなっていはないという事、そうした事を一方的に伝え、その上で、宴会を早めに切り上げるために協力しろと、そう要請してきた。
神様の頼みを断る訳にもいかない。日が沈み、宴会の始まる直前、阿求は二人に連れられて山に入り込み、早苗に見付からぬよう身を隠し、そうして神様から合図が来るのを待つ事となった。
合図となるのは一つの言葉。潮時。
その後は、神様の用意した台本通り、中国がどうとか、和同開珎以降の銭を全て知っているとか、適度なはったり等も交えながら話を進め、早苗に事を認識させて壹圓を受け取って、そうしてまた身を隠し、暫くしてから里へと送り返してもらった。
「確かにまあ、そうしたあれこれを仕込んだ甲斐あって事は大きくならずに済んだ、というのは間違い無いとは思いますが。
そんな面倒を講じる以前、宴会を開く事になる前に、はっきりと、今の外のお金は使えませんって、そう言えば良かったのでは」
そんな阿求の言葉に、神奈子と諏訪子、二人は声を合わせて応える。
それじゃあ面白くない、と。
「鬼、ですねえ」
本物の鬼が居るというのに、何を馬鹿な。そうも思う阿求ではあったが、それでも尚、こうした言葉がこの場にはぴたりと当てはまる。そう考えての言葉。
「そんな事ないよ、私ゃ神様だよ?」
けれども少しも怒らず、悪びれもせず、おどけた声を返す神奈子。
「そうして神様の仕事は、皆を幸せにする事。大丈夫、何も間違って無い。ああ、世はこれ事も無し、ってね」
諏訪子も笑って応える。
確かに、山の妖怪も、里の人間も、決して不幸にはなっていない。実際に、幾らかの利も出ている。阿求だって、簡単な仕事で壹圓を手にした。その事に文句は無い。ただ。
「皆って、早苗さん、彼女は」
一人勘違いをして暴走してしまい、結果、かかなくても良い恥をかく羽目になってしまった。これは幸せな事なのだろうか。
「幸せよ。早苗の目的は、より多くの信仰を神社に集める、そういう事だったんだから。
貴方に頼んだアンケートの結果にある通り、成果は上々。あの子の願いは叶った訳ね」
それにしても少々やり方が。言いかけた阿求の口を、しかし、神奈子の手と言葉が遮った。
「それにね、良い勉強になった」
「勉強、ですか。それはお金についての」
「いいえ。そんなのは別に、どうでも良い事よ。そうじゃなくて」
そうして神奈子は、ふう、と一つ、軽く息を吐いた。顔は笑ったまま。けれどもその笑顔は、先程までより幾分か柔らかくなっていた。
「あの子ねえ、真面目が過ぎて、何をするにも自分自身でやらなきゃあいけない、人様を頼って迷惑をかけちゃあいけない、そう考えてる所があるのよねえ。だからこそ今回も、ずっと飲み食いさせてもらう側の立場に居るって、その事が我慢できなくて弾けちゃった訳だけど。
ほんと、馬鹿な子よ。他者を頼らないなんてそんな事、どうしたって出来る訳が無いのに」
人が世に生きる為には、他者に頼る事が必ず生ずる。自分一人で何でも出来るなどと、そんな事はありえない。腹を空かし食べ物を手に入れる、たったそれだけの事でも、店に買いに行くならば店の人間という他者が居なければならないし、買う為のお金を手に入れるにも、仕事なり何なりに於いて、お金を出してくれる他者の存在がなければ話にならない。
では、野山に交じりて自給自足の生活をする、それならばどうなのか。
その場合も、である。腹が減った。鍋でも作ろう。その為に兎を捕り、薪を作る為に木を切る。それは即ち、兎に、木に、頼るという事なのである。動物であろうと植物であろうと、自分以外の他者に頼る事になるという、その事に変わりは無い。
「人間だけじゃないわ。私達だって信仰してくれる人間が居なければ力を失ってしまうし、妖怪だって襲う対象が居ないのであれば存在する意味を無くしてしまう。
そりゃあねえ、何でもかんでも周りに頼ってばかり、自分じゃあ何にもしないって、それでは駄目だけど。
でもやっぱり世の中、誰かを頼りにしなきゃいけない時、頼りにして良い時、そういう時っていうのはちょくちょくあるものなのよ。それでもってそういう時はね、頼っちゃえば良いのよ、頼っちゃえば。
その上で、ありがとうって、別の機会には今度は自分がお返しするからって、そういう風にやっていけば良いのよ。
自分一人で何でも抱え込む。そんな事、する必要は無い。
大切なのは、あらゆるものに感謝の念を持つ事と、そうして恩に報いようとする心持ち。
あの子、今回は大恥をかいた訳だけれども、これがきっかけで少しは頭を柔らかく、心に余裕を持てる様になってくれればって」
そこまで話して、神奈子は言葉を切った。そうして照れ臭そうに頭を掻く。少し長く話し過ぎた。
「ご免なさいね。若い子を前にするとつい説教臭い話をしてしまうって、これ、年寄りの悪い癖だわ」
そんな事を言われて、思わず阿求は噴き出してしまった。若い、などと、確かに十と少ししか生きてはいない身ではあれども。
「初代の生まれで言えば、千年を超えてるんですけどね、一応」
言って笑う阿求に。
「千年か。ならまだまだ若い」
諏訪子がそう声を掛ける。膝の上の猫は、いつの間にか気持ち良さそうに眠っていた。
「さて、と」
声掛け一つ、神奈子がゆっくりと腰を上げた。
「それじゃぼちぼち、お暇しましょうか。諏訪子」
「そうね」
言われて諏訪子も立ち上がる。膝の猫は起こしてしまわぬ様、優しく座布団の上へと下ろしてやった。
「もうお帰りですか。大したおもてなしも出来ずに」
「あ、そうそう」
見送りの為にと自身も腰を上げた阿求の言葉を切って、小さな紙切れ一枚、神奈子が取り出して見せた。
「これ、貴方にもあげとくわね」
「何、でしょう」
「スタンプカード」
「すたん、ぷ?」
理解できずに首を傾げる阿求に向かって、神奈子は説明を始めた。守矢神社特製、ご参拝客様感謝スタンプカード。
「この間の天狗、惜しくもSランク、坊ちゃん嬢ちゃんが見たら眼が潰れるってぇ、そんなレベルの写真こそは撮れなかったものの、中々の良い写真を結構な枚数、撮ったからねえ。その内の何枚かをお供え物としてうちに奉納させてね、それを河童に焼き増ししてもらったのよ」
「はあ。ええと、よく話が見えないのですが」
「このスタンプカード、参拝を一回する度に判子を一つ押してくの。それが十ポイント貯まる毎に、写真が一枚、貰えるって寸法よ」
「あの。それ、早苗さんにはちゃんと了承を」
「五十回参拝してカードが一杯になれば、何と、激レアの特Aクラスの写真と交換が!」
「いえですから、本人にはちゃんと」
「勿論、分社への参拝でもオッケー。里にもちっちゃな祠だけど、一つ作らせといたしね」
「取ってないんですか。了承」
「さっき話しに出た酒屋の色小僧なんかさ、もう二十六回も参拝してくれて。お蔭で賽銭収入も大幅アップ。この調子なら、年末どころか来月には借金全部返せるわねー」
「さっき迄のちょっと真面目な話とか、見事に全部綺麗さっぱり投げ捨てましたね」
「いやいや。これも、早苗に感謝と報恩の心を教える教育の一環よ?
参拝客の皆様、いつもありがとうございます。そのお礼として私めが、ってね」
そう言って神奈子は、口から真っ赤な舌を見せて、ちろちろと揺らす。気のせいか、その先が小さく二つに割れている様に阿求には見えた。
「信仰もがっぽり。正に早苗様々だわ。ありがとー」
そういって諏訪子は、げっげっげ、と、低くしわがれた声で笑う。その声で飛び起きた猫が、怯えた様子で再び何処かに消えて行った。
「あのう、もし」
何のキャラなのか、それは。言いかけて、阿求は言葉を飲んだ。どうにもこの辺りにはツッコまない方が良い気がする。
代わりに、袖から大黒の壹圓を取り出し、そうして言った。
「これ、お返ししましょうか」
「何よ、いきなり。何でまた」
可哀想だから、巫女が。喉まで出かけた言葉を、けれども再び飲み込む阿求。ここで可哀想と言って認めてしまう事が、早苗にとってより可哀想だと、何故だかそんな気がしたのだ。
「いえ、その。変化の激しいと言われる外の世界に於いて、それなのにこんな古いお札を持っていたという事は、もしかしてこれ、例えば形見の品だとか、そうした特段の思い入れのある物なのかなあと、まあ、今更ながらにそう思いまして」
阿求自身にも何を言っているのかよく判らない、そんな急ごしらえの理由を前に、神奈子は笑って首を振った。
「そんな大した物じゃないわよ。早苗だってそれ、売る心算が単に踏ん切りがつかなくてだらだらと手放せずにいたって、それだけの話なんだから。
貴方には随分手間を掛けさせたのも事実だしね。駄賃としてとっておきなさいな」
神様にそう言われたのならば、はい、と頷くより他も無い。仕方なくまた、袖の中へと仕舞い込まれる大黒様。
けれどもこれ、折を見て返しておこう。今回の顛末話と共に。
「まあ、これも」
一種の照れ隠しなのだろうか。奇妙な顔と声で笑い続ける神様達を眺める阿求。
愛の形もさまざま。
何だかそれっぽい締め言葉を心の中で呟いてみた。
そうして庭に出て、くい、と、空に向けて顔を上げる。高く深い青を背景として、大きな入道雲の白が映える夏の空。
嗚呼、今日も幻想郷は平和である。
暴走する早苗さんかわいすぎるよ!
話もしっかりしてて面白かったです
薀蓄も嫌味がないし、面白かったよー。
つーかどこまで下戸なんだ早苗さんw
ハイテンションで(アレな)ゴールまで駆け抜けちゃう早苗さんかわいいよ。
思い込んだら一直線な風祝と、それを優しくも生暖かく見守る二柱は
やっぱりイイものですなぁ。
薀蓄一つで物語は作れるものなのですね。堪能させていただきました。
もう毎日参拝しちょうよ?
げに恐ろしきは語り手の巧さよ……!!
早苗さんも、もうちょっと黒くなれば、良いのにねw
とにかく逐一の作品構成が綿密だったので読みに詰まるところがなく
SSとしてとても完成度の高い作品になっていたと思います。
さすがに早苗を弄び過ぎだと思ったが、まぁ神様なんてそんなものかな。
すごいよ!神奈子様!
早苗さんオンバレ!
素晴らしい早苗さんをありがとう。ごちそうさまでした。
ス○ンドのことですね。分かります。
こういう端々のセンスが良いと読みやすいですね
時折入ってるネタが面白いw
良い早苗さんをありがとう!
しかし早苗が真面目な暴走キャラって半公式になりつつあるような気がしてきたな。哀れな。
オチは読めたけど面白かったので。
…じゃなくて、きまじめな巫女さんいいなあ。いいなあ。(ミジャグジ様一本の刑)
阿Qの言っていたタケミナカタ様は諏訪子のことを言ってたんですかね?
可愛い
そのポイントカード、外の世界の分社でも有効かッッ!?
そして早苗さんが可愛い。とても可愛い。オンバレオンバレ早苗さん!
なぜか、にとり×早苗を妄想しちまいました。
暴走早苗さんかわいいwwww
それがキャラの性格付けになっているんですね。
勉強になりました。
それよりも、二柱の掴み所のないのがなんとも。
スタンプ下さい。愛の形したスタンプを。
長野県民のオレは、明日からオンバレ使ってやるwww
あとスタンプ下さい毎日外の分社いくのでwww
俺にとってドストライクな早苗さんでした