弾幕ごっこ終了。
本日の勝者は魔理沙。
「はっはっは、霊夢は歯ごたえが無さ過ぎるから困るぞ」
「不意打ちで目潰ししておきながらよく言うわ」
「目潰しとは酷いな、新型炸裂閃光星弾と言って欲しいぜ」
「はいはい、どっちにしろ今日はもうおしまーい」
弾幕ごっこで乱れた服を直して神社境内に降り立った頃には、太陽がやや傾いていた。時間的にはまだ夕方とは言えないが、十分にお八つ時と言える時間だろう。
「れーむー、おやつーはー?」
縁側にぴょんと飛び乗り、座って足をぶらぶらとさせる魔理沙。そんな魔法使いを横目に、霊夢は厨(くりや)でなにやら鍋に何かを入れたりと忙しい様子。
「毎日当たり前のようにタカらないでよ。あなたもたまにはネタを持って来なさい」
軽い悪態をつきながらも、お盆を用意する霊夢。しばらく待っていると、縁側にはお茶とお菓子が置かれた。今日のメニューは、大きめの紅白饅頭に桜茶。色のバランスから、弾幕ごっこの勝利者である魔理沙に対するイヤミのつもりだろうか。
「そんな隠されたイヤミはなんら関係なく食う!」
「いただきます位したらどうなのよ」
イヤミなどまったく意に介さず、平然と口に運ぶ少女たち。その見事なかぶりつきっぷりは、幸せという目に見えぬオーラを周囲に振りまき、その姿を目にするだけで何故か幸せな気分になれそうである。ちなみに、二人とも手を洗い忘れていたが、突っ込む者は誰もいなかった。
―少女喫食中―
「食った食った」
「ご馳走様ー」
ものの数分で楽しい時間は終了。後は時折桜茶を口にしながら、神社の庭をただぼーっと眺めるだけである。縁側を正座で座る二人を、食後独特のけだるい空気がゆっくりと包み込む。
「れーむー」
「ん、なぁに?」
ぼんやりモードの魔理沙が、のろのろと顔だけを霊夢に向ける。そして、そのまま体をぐらりと倒し、頭が霊夢の太ももにぼふりと着地。
「……なにしてるの」
「ひざまくらぁ」
頭を太ももに埋めたまま動かない魔理沙。彼女の性格から考えると、この後いたずら半分に手を這わせてあちこちを触ってきたりしそうなのだが、今日はまったく動かない。膝枕を味わいたいのか、単にじゃれ付きたいのか。
「もう~」
「ふ……にゅぅ~」
何時までたっても魔理沙がじゃれ付いてくる気配は無い。それどころか呼吸がゆっくりと落ち着き、瞼がゆっくりと閉じていく。弾幕ごっこの疲れが出てきたのだろうか。
「寝るな」
「やぁ……」
返答だけは早い。このままでは間違いなく眠られてしまうだろう。眠られるだけなら単に鬱陶しい以外の問題は無いが、こんなシチュエーションを他の人間(妖怪)に見られて、あらぬ噂を立てられたくは無い。特に最近は天狗の新聞屋の活動が活発なので、注意が必要だった。そこで霊夢は先手を打つことにする。
「もう、ちょっといい?」
「ふにゃぁ?」
流れるようにさらさらな魔理沙のブロンドを掻き分けて、小さな耳を露出させる。そして、軽く耳たぶを引っ張りながら耳の中をじーーーっと覗き込んだ。
「なにするのぉ?」
「今日の弾幕ごっこはあなたの勝ち、だから特別に私が耳掻きしてあげるわ。萃香~!」
「はいよ?」
「耳掻きセット持って来て」
「ほいほい」
誰もいない空間に向かって鬼の名を呼ぶと、どこからとも無く返答が返って来る。ものの一分足らずで、トテテテテ…と小さい足音を響かせながら、萃香(ミニVer)が二人、耳掻きの用具を神輿のように担いでやって来た。
「ありがと、あと厨のお鍋を火にかけといて」(なでなで)
「う~♪ 了解であります!」
頭をなでなでされた萃香(ミニVer)がうれしそうに微笑み、霊夢の指示に従ってテトトトトト…と厨に去って行く。縁側から姿を消す直前に、何か意味ありげなアイ・コンタクトが交わされたが、体の向きから今の魔理沙には見えなかった。
「今日のおかずは~?」
「鳥の水炊き、って食べてくのが前提かい」
「うん、あと耳掻きにしては道具が多いぜ」
興味ありげな様子で、目を動かす魔理沙。新しい刺激に、だんだん口調子がはっきりしたものに変化していく。これなら寝られる事も無いだろう、と胸をなでおろしながら銀色に輝く棒状の器具を手に取る霊夢。
「見たことの無い道具だな?」
「ああ、これは穴刀よ」
「穴刀?」
「文字通り穴の中に入れる刀よ。耳そりとかのお手入れには欠かせないの」
「耳そり?」
ぞざぁぁぁぁっ!
鸚鵡返しに聞き返すばかりの魔理沙に聞き慣れない摩擦音が響き、同時に耳殻の輪郭に沿って何かが這うような感覚が通り過ぎた。
「ひゃぁぁう!」
「うふふふふ♪ かわいい反応するじゃないの」
「な、いきなり何をするんだ!」
「だから、耳そりよ」
そう言いながら、先程見せた棒状の物を見せる。それは全体的に平べったい作りで、淵がやや鋭く研がれている。先端に行くにしたがって少し細くなり、耳の穴に入れるなら丁度適した大きさといえる。言ってしまえば、耳版の剃刀のようなものだろう。知っている人には説明するまでも無いが、少なくとも魔理沙には色々な意味で初耳だった。
「こんなものがあったんだ……」
「昔からあったらしいけど、場所によっては普及して無いらしいわ。という事で、博麗に伝わる耳掻き術をご覧あれ♪」
「痛くするなよ」
「ふふふ♪ かわいい声をたっぷり聞かせてね♪」
ぞっ…ぞっ…ぞっ…ぞっ…
まずは耳たぶから入り口の突起を経由して、耳の中を金属質のものが撫で回して行く。穴刀が動くたびに、細かい産毛がぷちぷちと剃られ、その瞬間ごくわずかな抵抗感を神経に伝える。散髪の時や眉毛を整える時にも同様の感覚を味わっている筈なのだが、耳の中を剃られるという初めての刺激を与えられ、無意識に細いため息のようなものが漏れる。
「ん……ふぅ♪」
「やだ、魔理沙ってばえっち~」
「そ、そんなわけないだろ! ひゃう!」
「あらあら、ここが弱いのかしら?」
穴刀を動かす手の角度が変わり、少し奥に進むと又違った刺激が与えられる。ごりごりぞりぞりと徐々に深くまで移動し、いよいよ真奥の敏感な部分に達する寸前、耳そりが引き抜かれた。
「ぁ、あれ?」
「はい、そりはここまで」
「なんか中途半端だな」
「あそこから先はさすがに剃り切れないのよ。だからおしまい」
「なんか中途半端だな。けど……」
「けど?」
「霊夢にはぢめてを奪われちゃったわ」(ぽっ)
ぺち☆
しょうもない魔理沙ボケに、間髪をいれず突っ込みが帰って来る。
「やだぁ、突っ込むのは穴の中だけじゃないのね。霊夢ってば激しいすぎぃ」
ぺちん☆
救い様が無いボケに、もう少し強めの突っ込みが飛んできた。魔理沙の小さいおでこがうっすら赤くなる。
「くだらないボケをしてる暇があったら、次行くわよ」
「あ~ん、霊夢のいけず……ふぉぁぁ!?」
ぼぞぉっ! っと異様な騒音と共に、耳の穴を柔らかい感覚が瞬時に通り過ぎた。横目で見ると、棒の先っぽに綿が付いたアレが目に入る。剃った産毛を綿で取り除いたらしい。
「はい、じゃあ耳掻き行くわよ」
「おう、せいぜいちまちまと細かい耳垢を擦り取っておくれ」
無駄なまでに強がっている。先ほどから不覚にも何度か上げてしまった嬌声(?)を誤魔化す積もりなのかもしれない。
「くふふふふふ……」
「な、なんだよ。その不気味な笑いは」
「その強がり、何時まで持つのかしら♪」
「先に言っておくが、耳の掃除は結構マメにやるほうだぞ。だからそんなに掻き甲斐はない筈だが?」
「くふふふふふ……それは違うわ」
「何がだ」
「あなたは、取れた自分の耳垢を見て背筋を凍らせるの。今まで自分では取り切れなかった所まで取ってあげるわ」
やけに自信満々で、うす気味の悪い微笑を浮かべる霊夢。ならとことんやってもらおうじゃないかと、太ももに顔をふにゅりと埋めて自分から耳をさらけ出す魔理沙。準備万端、と言うよりはこれ以上薄気味の悪い笑顔を見たくなかっただけなのだが。
「あらやだ、ずいぶん溜まってらっしゃるわね」
「もういいから、はやくやっておくれ」
説明するまでも無いが念の為。耳掻きの基本は、掻き棒の先が微妙に曲がった部分を耳内にこすり付けないように入れ、一定の深さになったら外壁に先端を押し当て、そのまま耳垢ごと持ち上げてすくい出す。これをやる際には、気をつけることが二点程ある。一つは入れる時から掻き棒をこすり付けないこと。間違えてこすったまま掻き棒を入れると、せっかく取れた耳垢が奥に落ちてしまい、取リ出せなくなることがあるのだ。もう一つは最初から深い深度で多くの耳垢を掻き出そうとしないこと。掻き棒は耳の奥に入れる構造の為に小さなキャパしか持たず、大きな耳垢が取れた瞬間、キャパを超えて溢れた耳垢が耳の奥に落ちてしまうからだ。つまり、耳掻きとはそれなりに高度なテクニックを有した者がじわり、じわりと慎重にやらなくてはならない一種の技術と言えよう。
「あ、きもちいい……」
「あらあら、またおっきいのが取れたわ」
力加減も重要であり、少しでも強くすると痛みを与えてしまう。気持ちよさを残したまま耳掻きをする博麗の耳掻き術とは、名ばかりではないようだ。耳から出た耳かきを、そばに置いた布にこんこんと叩いて、再度耳の穴に戻す。徐々に、徐々に深くへと進入する気持ちよさに、魔理沙のほっぺたがほうっと紅に染まる。
「はい、ここから先は動いたら危ないからね~」
「んひゃ!?」
掻き棒がある一定の深度に到達すると、突然強烈な刺激が襲って来る事はご存知だろうか。皮膚が一定の場所から敏感になるが、まさに今そこに掻き棒が到達したのだ。
「もひゃう! あ、そんな、かりかりしちゃだめ!」
こんな場所に限って、硬く張り付いた耳垢がある。木の掻き棒で掻き取ろうとしても、取っ掛かりが見付からないので表面をカリカリリ~と、撫で回すだけ。独特のじれったいような、かといって文字通り手が届かないようなもどかしい刺激を受けるたびに「むひょ!」「はぅん!」「うみゅう!」などと、他所では聞けない奇妙な悲鳴が次から次へと飛び出してくる。
「はい、でっかいのが取れたわよん♪」
「はふぅ……」
耳の中から迫ってくる緊迫感が途切れると、ついつい息を落として肩から力が抜ける。しかし、霊夢の攻めはこれだけに留まらなかった。
びちゃぁ!
「きょ!?」
突然、緊迫感が途絶えた耳の中に冷えた水分が襲いかかる。又しても悲鳴が上がるが、正体不明の侵略者はその動きを止めることなく、突き進んでいく。しかも、途中から回転が加わり、内部の壁と言う壁にザラザラとした感覚をこすり付けていくではないか。
「ひゃ、あ、あう!」
「あは♪ 魔理沙ってばこんなに敏感さんだったのね♪」
じゅぽん! と水音と共に侵入者が引き抜かれて、最後に耳殻の凹凸をなぞり、耳たぶをすっと拭った。ようやく侵入者が離れると、すうっと冷たい空気が耳に流れ込んでくる。
「なんか、すうすうとひんやりするよ?」
「アルコールを塗ったんだもの。ひんやりするわよ」
大きい目をくりっと動かして、霊夢が手にしていたものの正体を確かめる。それは、先ほど産毛を剃った後に耳を撫で回した綿付きの棒だったが、今はその綿がしっとりと濡れている。なるほど、傍には液体の入った小瓶もあるし、この香りは実験の際に良く鼻にする。
「さてと、ここはどんな感じかしら?」
耳たぶがぐいん! と引っ張り上げられる。耳の付け根に刺激が加えられて、大きく耳の穴が開いた所に指がぐにぃと突っ込まれる。
「やん♪」
もう慣れたのか、魔理沙の黄色い悲鳴を無視して次の刺激を加える。突っ込んだ人差し指をまっすぐに立てて、指の付け根を軽くトントントントントンと指で叩くと、心地よいリズミカルな振動が耳の奥まで響いて、緊張で凝り固まった筋肉が柔らかく解れていく。仕上げに耳全体を掴んで、ぐいぐいと引っ張ると耳全体の血行が良くなり、暖かさが駆け巡った。
「はう~♪ 気持ちよかった……ぜ……」
「寝るな」
マッサージが終わると、またしても魔理沙の目がとろんと閉じてくる。まるで、膝の上に乗せるといつの間にか眠ってしまう猫のようだ。
「もう、仕方ないわね。はいもう片方もやるわよ」
と言っても、魔理沙が自主的に動こうとしないので、肩とお尻に手を置いて手前に引くと、コロリと体が90度回転する。
「はう~」
位置をずらしてからもう一度コロリと90度転がして、ようやく反対側の耳が見える。これで魔理沙の正面には霊夢のおなかしか見えない。そのタイミングで、くるるるるる~~~っっと、霊夢のおなかから軽く小さな恥ずかしい音が漏れ出た。どうやら、さっき食べた饅頭がおなかの中で消化されつつあるらしい。
「なあ、霊夢さん?」
「何よ突然改まって」
「今、お腹からかわいらしい音が聞こえましたよね?」
「う……うっさいわね! それよりも早く耳を出しなさいって!」
やや乱暴に穴刀を掴む霊夢に、またも魔理沙が冷静な声で呼びかける。
「霊夢さん? 一つ言いたい事があるのですが」
「だから何よ、その気持ち悪い口調子は」
「あのですね……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何」
「…………この状態で屁をこいたらブッ殺す」
「……」
「……」
「……」
「……」
ぞぼっ!!
「ゃん!?」
耳に穴刀が突っ込まれた。しかも、物凄い勢いで。遠慮配慮や斟酌の類は一切消え去った。悲鳴を上げようが、足をもじもじさせようが、霊夢の手は容赦なく産毛を剃り上げ、そのスピードも先程とは段違いである。
「あ、赤い霊夢は三倍の速さはほぇぁぁ!?」
「もともと赤いわよ!」
耳の穴の中に侵略する手は容赦ないが、防御手段を持たない魔理沙はなんら抵抗することが出来ない。しかも、作業の間が置かれずに耳掻きラッシュされるので、息を付く間も無く次々と刺激が加えられ、魔理沙はただ叫ぶことしか出来なかった。いや、叫ぶと危ないので、実際は小声でわめいているだけだったのだが。
「ほらほらほらほら! どう!?」(カリカリカリカリ!)
「ひゃ、ひゃ、ひゃうう~! だめぇ! そこだめなのぉ!」
「ウブな反応しちゃって……ここなんてどう?」(カリッ!)
「ひぃ!? も、もうかんべんして……」
「こんな魔理沙はめったに見られないわね。えい!」
「こ、こんなの初めてぇ! らめぇ! らめなのぉぉぉ!!」
何と言うかもう、文字で表現する限り耳掻きの光景ではない。実際に見てるものもそう感じるのか、遠くの茂みから高感度望遠カメラでベストショットを狙っていた天狗や、死角に開いたスキマからは、興奮したかのようにハァハァと荒い息遣いが聞こえてきたりする。
―少女耳掻き続行中―
~~~中略~~~
―少女耳掻き終了―
「はい、お疲れさまぁ」
「ううう……」
「あら、どうしたのかしら?」
「こんなにされて、もう私お嫁に行けないわ」(めそめそ)
「あらあら、そんなに気持ちよかったのね?」(ニヤニヤ)
「ああもう「霊夢は魔理沙の大変な物を奪っていきました」ってタイトルが付けたくなってきた……」
「なんじゃそら。それより見なさい。今日は本当に良く取れたわ」
「そうそう、あんな雑な耳掻きでどれだけ取れたんだよ――ゥェ?」
背筋が凍るとは、まさにこれだろう。膝から頭を起こした魔理沙が、まさにその体勢で体をぴしっと硬直させたのだ。その視線の先にあるものは、耳掻き用具と耳垢を受ける布。そして、山と積まれた耳垢。
「う……そ、だろ?」
山になったと言っても、それが1~2ミリ程度の高さなら、取れた耳垢を全て集めて固めたと言うなら納得も出来る。百歩譲って、溜まり切った耳垢が、布の中心部2~3平方センチ程度を黄色く染めたと言うならまだ解からなくも無い。しかし、今そこにあるものは、文字通り山だ。玄関に置く盛塩程度の小さい山だが、それにしても一個人から取れた量としては常識外れだ。
「あらやだ、きちゃな~い♪」
「あの、その、これは何?」
「何って、耳垢よ。魔理沙の耳から取れたの」
反論しようとするが、頭が上手く廻らない。これは偽物だとか、中に何かが詰まってるんだろうとか、だいたい、こんなに多くては耳の総面積を超えている等など。突っ込みどころは山ほどあるが、あまりの異常な事態に、脳中枢が麻痺寸前だ。
「あ、あの、これは……何事?」
「こんなに取れたんだから、今まで聞こえなかった物音も聞こえて来るわよ?」
「え? そういえば、よく聞こえるような……」
「ほらほら、もっとよく耳を澄ましてみたらどう?」
動揺しているためか、言われるがままにそっと耳に手をあててしまう魔理沙。そんな事をすれば当然集音効果が増して、様々な音が耳に入って来る。
「本当だ……聞こえる。微風ですぐ傍の茂みがざわめいて、小鳥のさえずりがやかましい……」
普段耳にする音の大半は、人間が無意識により分けて、聞こえない振りをしている。しかし、改めて心構え、全ての音を聞こうとすれば、それは「聞こえる」のだ。
「ほらほら、そんなにも聞こえるようになったって事は……ふふふ」
「風が吹くだけで、神社のあちこちがカタカタと言ってる。おケラの鳴声がやかましい、裏庭の獅子脅しが鳴る音、鍋がぐつぐつと噴いている……」
なので、今の魔理沙は良く聞こえるようになったと錯覚しているだけだった。
「へ? お鍋?」
「ぐつぐつと煮えてる。いい匂いが漂ってくる……って、霊夢! さっきの鍋がそのままじゃ!」
「大変!! 忘れてた!!」
そう言うと、文字通り厨に飛んで行く二人。風圧で積まれた耳垢が辺り一面に飛び散った。
~~少しだけ時間を戻した幻想郷各地。
「――あれ?」
「どうしたんだ? 妙な声を上げて」
「ねえ慧音、耳垢の歴史を消したりしてない?」
「そんなアホな事するわけ無いだろ」
某竹林の小屋で、慧音が妹紅に膝枕されていた。妹紅は耳掻き棒を持ったまま、訝しげな表情を浮かべている。
「おっかしーなー……耳垢が突然消えちゃったよ?」
「なんだそれは」
「だから、耳垢が消えちゃったんだってば」
「バカな、私は能力をそんな方向に使うわけが無いぞ」
「どこいっちゃったんだろ?」(こしょこしょこしょこしょ)
「あ! 妹紅、そこは、そこはだめ!」
「おお! 慧音の弱点はっけ~ん!」
「や、ばかやめ、ひゃん!」
「ふふふ♪ 一千年蓄積された恐怖のテクニックを味わうがいい♪」
「ああっ! そ、そんな、そんな所だめ! ひ! あ!」
「おやおやまぁまぁ、もう体から力が抜けてるじゃない。ほらほら!」
どうやら、耳掻きから慧音弄りへと方針変更した模様である。
「あれ?」
「てゐも感じた?」
「うん、突然耳がすっきりしたんだけど、何かな?」
「二人ともどうしたの?」
そう離れてない近くのとある永遠亭では、妙齢の薬師と兎二匹が。
「突然耳がすっきりしたんです。なにかなこれ」
「まるで耳を丸洗いしたみたい」
「ふーん……」
永琳の目が二匹の兎を行ったりきたり、そして一言。
「あなたたち、その大きい耳ちゃんと洗ってる?」
「「毎日洗ってます!!」」
珍しく、二人の声が重なった。
「えへへ♪ 綺麗に洗えたよー♪」
「よくやったな、橙」
某所のお風呂場では、獣の耳を持つ二人が風呂に入っていた。
「今日は改心の出来栄えです!」
「うん、耳洗いも上手になったな」
「じゃあ、藍様のも洗ってあげるね♪」
「そ、そうか。じゃあ、一つ頼もうかな?」
「あれれ? でも藍様の耳も綺麗だよ?」
「う~ん、普段から洗ってるからかな。軽くこするだけで良いぞ」
「は~い♪」
特に何かに気がつくような事は無かったらしい。二人とも幸せそうだった。
~~そして、場所は博麗神社に戻る。
「危なかったなぁ、ホント」
「そういえば、萃香を忘れてたわ」
「二人とも薄情ものー」
慌てて二人が飛んで行くと、そこにはしっかりと鍋の管理をしている鬼がいた。どうやら、最後の煮立てまでやってくれたようだ。
「今日は汁が白濁してるな。かなり美味そうだぜ」
「鶏がらから煮込んだからね、萃香のおかげよ」
「じゃあ、さっきの耳掻き私にもしてよ」
「あきれた。しっかりと覗き見してたんだ」
もう、様相はすっかり夕餉だった。すでに一杯やってる二人はちょっと顔が赤く、萃香は小さく分裂しながら鍋から具を掬ったり、お酌をしたりと忙しい。
「だいたい、あなたの場合は角が邪魔よ」
「邪魔? ならこれでどう?」
すると、萃香の角が見る間に透き通り、空気中に溶けるようにすっと消えてしまった。
「相変わらず凄いな、密と疎だっけ?」
魔理沙が関心しながら、鶏肉をほおばる。
「これなら邪魔にならないでしょ? だから、さっき魔理沙を悶えさせた様にさぁ、ねぇねぇ~」
すりすりと甘えてくる萃香を押しのけながら、お猪口に口をつける霊夢。この様子から、今夜は3人でプチ宴会になりそうだ。萃香と霊夢が騒がしい中、魔理沙はふと、先程の耳垢の山がどうやって出来たかと考えをめぐらせていた。
「こらこら、それにしても長い髪よね。これじゃ耳掻きにも邪魔よ?」
「そう? なら霊夢におすそ分けしてあげる」
「え? わ! 髪が、髪がおわんに入っちゃうってば!」
すすす、と萃香の髪が肩下まで短くなり、その代わりに霊夢の髪がぐんぐんと伸びて行く。肩口から垂れて来る髪が、手に持ったおわんに入らないようにと、左右往生して慌しい。
「密と疎を操る力、か……凄まじいな」
そう呟いた魔理沙は、あの耳垢が何処からやってきたのかと、なんとなく理解した。しかし、そんな話は酒宴に無粋だろうと、浮かんだ言葉と共にお猪口の中身を飲み干すと、別の萃香(ミニVer)が酒を注いでくれる。
「ま、いいか」
お猪口の中身を飲み干すと、すべてを包み込むようなぼんやりとした感覚が、優しく何もかもをぼやかしてしまう酒の力が、正体などはどうでも良いと誤魔化してくれたらしい。そんな魔理沙を気遣ってか、萃香は無言で酒を注いでくれた。魔理沙もそれに答えて、酒を一気に飲み干した。
本日の勝者は魔理沙。
「はっはっは、霊夢は歯ごたえが無さ過ぎるから困るぞ」
「不意打ちで目潰ししておきながらよく言うわ」
「目潰しとは酷いな、新型炸裂閃光星弾と言って欲しいぜ」
「はいはい、どっちにしろ今日はもうおしまーい」
弾幕ごっこで乱れた服を直して神社境内に降り立った頃には、太陽がやや傾いていた。時間的にはまだ夕方とは言えないが、十分にお八つ時と言える時間だろう。
「れーむー、おやつーはー?」
縁側にぴょんと飛び乗り、座って足をぶらぶらとさせる魔理沙。そんな魔法使いを横目に、霊夢は厨(くりや)でなにやら鍋に何かを入れたりと忙しい様子。
「毎日当たり前のようにタカらないでよ。あなたもたまにはネタを持って来なさい」
軽い悪態をつきながらも、お盆を用意する霊夢。しばらく待っていると、縁側にはお茶とお菓子が置かれた。今日のメニューは、大きめの紅白饅頭に桜茶。色のバランスから、弾幕ごっこの勝利者である魔理沙に対するイヤミのつもりだろうか。
「そんな隠されたイヤミはなんら関係なく食う!」
「いただきます位したらどうなのよ」
イヤミなどまったく意に介さず、平然と口に運ぶ少女たち。その見事なかぶりつきっぷりは、幸せという目に見えぬオーラを周囲に振りまき、その姿を目にするだけで何故か幸せな気分になれそうである。ちなみに、二人とも手を洗い忘れていたが、突っ込む者は誰もいなかった。
―少女喫食中―
「食った食った」
「ご馳走様ー」
ものの数分で楽しい時間は終了。後は時折桜茶を口にしながら、神社の庭をただぼーっと眺めるだけである。縁側を正座で座る二人を、食後独特のけだるい空気がゆっくりと包み込む。
「れーむー」
「ん、なぁに?」
ぼんやりモードの魔理沙が、のろのろと顔だけを霊夢に向ける。そして、そのまま体をぐらりと倒し、頭が霊夢の太ももにぼふりと着地。
「……なにしてるの」
「ひざまくらぁ」
頭を太ももに埋めたまま動かない魔理沙。彼女の性格から考えると、この後いたずら半分に手を這わせてあちこちを触ってきたりしそうなのだが、今日はまったく動かない。膝枕を味わいたいのか、単にじゃれ付きたいのか。
「もう~」
「ふ……にゅぅ~」
何時までたっても魔理沙がじゃれ付いてくる気配は無い。それどころか呼吸がゆっくりと落ち着き、瞼がゆっくりと閉じていく。弾幕ごっこの疲れが出てきたのだろうか。
「寝るな」
「やぁ……」
返答だけは早い。このままでは間違いなく眠られてしまうだろう。眠られるだけなら単に鬱陶しい以外の問題は無いが、こんなシチュエーションを他の人間(妖怪)に見られて、あらぬ噂を立てられたくは無い。特に最近は天狗の新聞屋の活動が活発なので、注意が必要だった。そこで霊夢は先手を打つことにする。
「もう、ちょっといい?」
「ふにゃぁ?」
流れるようにさらさらな魔理沙のブロンドを掻き分けて、小さな耳を露出させる。そして、軽く耳たぶを引っ張りながら耳の中をじーーーっと覗き込んだ。
「なにするのぉ?」
「今日の弾幕ごっこはあなたの勝ち、だから特別に私が耳掻きしてあげるわ。萃香~!」
「はいよ?」
「耳掻きセット持って来て」
「ほいほい」
誰もいない空間に向かって鬼の名を呼ぶと、どこからとも無く返答が返って来る。ものの一分足らずで、トテテテテ…と小さい足音を響かせながら、萃香(ミニVer)が二人、耳掻きの用具を神輿のように担いでやって来た。
「ありがと、あと厨のお鍋を火にかけといて」(なでなで)
「う~♪ 了解であります!」
頭をなでなでされた萃香(ミニVer)がうれしそうに微笑み、霊夢の指示に従ってテトトトトト…と厨に去って行く。縁側から姿を消す直前に、何か意味ありげなアイ・コンタクトが交わされたが、体の向きから今の魔理沙には見えなかった。
「今日のおかずは~?」
「鳥の水炊き、って食べてくのが前提かい」
「うん、あと耳掻きにしては道具が多いぜ」
興味ありげな様子で、目を動かす魔理沙。新しい刺激に、だんだん口調子がはっきりしたものに変化していく。これなら寝られる事も無いだろう、と胸をなでおろしながら銀色に輝く棒状の器具を手に取る霊夢。
「見たことの無い道具だな?」
「ああ、これは穴刀よ」
「穴刀?」
「文字通り穴の中に入れる刀よ。耳そりとかのお手入れには欠かせないの」
「耳そり?」
ぞざぁぁぁぁっ!
鸚鵡返しに聞き返すばかりの魔理沙に聞き慣れない摩擦音が響き、同時に耳殻の輪郭に沿って何かが這うような感覚が通り過ぎた。
「ひゃぁぁう!」
「うふふふふ♪ かわいい反応するじゃないの」
「な、いきなり何をするんだ!」
「だから、耳そりよ」
そう言いながら、先程見せた棒状の物を見せる。それは全体的に平べったい作りで、淵がやや鋭く研がれている。先端に行くにしたがって少し細くなり、耳の穴に入れるなら丁度適した大きさといえる。言ってしまえば、耳版の剃刀のようなものだろう。知っている人には説明するまでも無いが、少なくとも魔理沙には色々な意味で初耳だった。
「こんなものがあったんだ……」
「昔からあったらしいけど、場所によっては普及して無いらしいわ。という事で、博麗に伝わる耳掻き術をご覧あれ♪」
「痛くするなよ」
「ふふふ♪ かわいい声をたっぷり聞かせてね♪」
ぞっ…ぞっ…ぞっ…ぞっ…
まずは耳たぶから入り口の突起を経由して、耳の中を金属質のものが撫で回して行く。穴刀が動くたびに、細かい産毛がぷちぷちと剃られ、その瞬間ごくわずかな抵抗感を神経に伝える。散髪の時や眉毛を整える時にも同様の感覚を味わっている筈なのだが、耳の中を剃られるという初めての刺激を与えられ、無意識に細いため息のようなものが漏れる。
「ん……ふぅ♪」
「やだ、魔理沙ってばえっち~」
「そ、そんなわけないだろ! ひゃう!」
「あらあら、ここが弱いのかしら?」
穴刀を動かす手の角度が変わり、少し奥に進むと又違った刺激が与えられる。ごりごりぞりぞりと徐々に深くまで移動し、いよいよ真奥の敏感な部分に達する寸前、耳そりが引き抜かれた。
「ぁ、あれ?」
「はい、そりはここまで」
「なんか中途半端だな」
「あそこから先はさすがに剃り切れないのよ。だからおしまい」
「なんか中途半端だな。けど……」
「けど?」
「霊夢にはぢめてを奪われちゃったわ」(ぽっ)
ぺち☆
しょうもない魔理沙ボケに、間髪をいれず突っ込みが帰って来る。
「やだぁ、突っ込むのは穴の中だけじゃないのね。霊夢ってば激しいすぎぃ」
ぺちん☆
救い様が無いボケに、もう少し強めの突っ込みが飛んできた。魔理沙の小さいおでこがうっすら赤くなる。
「くだらないボケをしてる暇があったら、次行くわよ」
「あ~ん、霊夢のいけず……ふぉぁぁ!?」
ぼぞぉっ! っと異様な騒音と共に、耳の穴を柔らかい感覚が瞬時に通り過ぎた。横目で見ると、棒の先っぽに綿が付いたアレが目に入る。剃った産毛を綿で取り除いたらしい。
「はい、じゃあ耳掻き行くわよ」
「おう、せいぜいちまちまと細かい耳垢を擦り取っておくれ」
無駄なまでに強がっている。先ほどから不覚にも何度か上げてしまった嬌声(?)を誤魔化す積もりなのかもしれない。
「くふふふふふ……」
「な、なんだよ。その不気味な笑いは」
「その強がり、何時まで持つのかしら♪」
「先に言っておくが、耳の掃除は結構マメにやるほうだぞ。だからそんなに掻き甲斐はない筈だが?」
「くふふふふふ……それは違うわ」
「何がだ」
「あなたは、取れた自分の耳垢を見て背筋を凍らせるの。今まで自分では取り切れなかった所まで取ってあげるわ」
やけに自信満々で、うす気味の悪い微笑を浮かべる霊夢。ならとことんやってもらおうじゃないかと、太ももに顔をふにゅりと埋めて自分から耳をさらけ出す魔理沙。準備万端、と言うよりはこれ以上薄気味の悪い笑顔を見たくなかっただけなのだが。
「あらやだ、ずいぶん溜まってらっしゃるわね」
「もういいから、はやくやっておくれ」
説明するまでも無いが念の為。耳掻きの基本は、掻き棒の先が微妙に曲がった部分を耳内にこすり付けないように入れ、一定の深さになったら外壁に先端を押し当て、そのまま耳垢ごと持ち上げてすくい出す。これをやる際には、気をつけることが二点程ある。一つは入れる時から掻き棒をこすり付けないこと。間違えてこすったまま掻き棒を入れると、せっかく取れた耳垢が奥に落ちてしまい、取リ出せなくなることがあるのだ。もう一つは最初から深い深度で多くの耳垢を掻き出そうとしないこと。掻き棒は耳の奥に入れる構造の為に小さなキャパしか持たず、大きな耳垢が取れた瞬間、キャパを超えて溢れた耳垢が耳の奥に落ちてしまうからだ。つまり、耳掻きとはそれなりに高度なテクニックを有した者がじわり、じわりと慎重にやらなくてはならない一種の技術と言えよう。
「あ、きもちいい……」
「あらあら、またおっきいのが取れたわ」
力加減も重要であり、少しでも強くすると痛みを与えてしまう。気持ちよさを残したまま耳掻きをする博麗の耳掻き術とは、名ばかりではないようだ。耳から出た耳かきを、そばに置いた布にこんこんと叩いて、再度耳の穴に戻す。徐々に、徐々に深くへと進入する気持ちよさに、魔理沙のほっぺたがほうっと紅に染まる。
「はい、ここから先は動いたら危ないからね~」
「んひゃ!?」
掻き棒がある一定の深度に到達すると、突然強烈な刺激が襲って来る事はご存知だろうか。皮膚が一定の場所から敏感になるが、まさに今そこに掻き棒が到達したのだ。
「もひゃう! あ、そんな、かりかりしちゃだめ!」
こんな場所に限って、硬く張り付いた耳垢がある。木の掻き棒で掻き取ろうとしても、取っ掛かりが見付からないので表面をカリカリリ~と、撫で回すだけ。独特のじれったいような、かといって文字通り手が届かないようなもどかしい刺激を受けるたびに「むひょ!」「はぅん!」「うみゅう!」などと、他所では聞けない奇妙な悲鳴が次から次へと飛び出してくる。
「はい、でっかいのが取れたわよん♪」
「はふぅ……」
耳の中から迫ってくる緊迫感が途切れると、ついつい息を落として肩から力が抜ける。しかし、霊夢の攻めはこれだけに留まらなかった。
びちゃぁ!
「きょ!?」
突然、緊迫感が途絶えた耳の中に冷えた水分が襲いかかる。又しても悲鳴が上がるが、正体不明の侵略者はその動きを止めることなく、突き進んでいく。しかも、途中から回転が加わり、内部の壁と言う壁にザラザラとした感覚をこすり付けていくではないか。
「ひゃ、あ、あう!」
「あは♪ 魔理沙ってばこんなに敏感さんだったのね♪」
じゅぽん! と水音と共に侵入者が引き抜かれて、最後に耳殻の凹凸をなぞり、耳たぶをすっと拭った。ようやく侵入者が離れると、すうっと冷たい空気が耳に流れ込んでくる。
「なんか、すうすうとひんやりするよ?」
「アルコールを塗ったんだもの。ひんやりするわよ」
大きい目をくりっと動かして、霊夢が手にしていたものの正体を確かめる。それは、先ほど産毛を剃った後に耳を撫で回した綿付きの棒だったが、今はその綿がしっとりと濡れている。なるほど、傍には液体の入った小瓶もあるし、この香りは実験の際に良く鼻にする。
「さてと、ここはどんな感じかしら?」
耳たぶがぐいん! と引っ張り上げられる。耳の付け根に刺激が加えられて、大きく耳の穴が開いた所に指がぐにぃと突っ込まれる。
「やん♪」
もう慣れたのか、魔理沙の黄色い悲鳴を無視して次の刺激を加える。突っ込んだ人差し指をまっすぐに立てて、指の付け根を軽くトントントントントンと指で叩くと、心地よいリズミカルな振動が耳の奥まで響いて、緊張で凝り固まった筋肉が柔らかく解れていく。仕上げに耳全体を掴んで、ぐいぐいと引っ張ると耳全体の血行が良くなり、暖かさが駆け巡った。
「はう~♪ 気持ちよかった……ぜ……」
「寝るな」
マッサージが終わると、またしても魔理沙の目がとろんと閉じてくる。まるで、膝の上に乗せるといつの間にか眠ってしまう猫のようだ。
「もう、仕方ないわね。はいもう片方もやるわよ」
と言っても、魔理沙が自主的に動こうとしないので、肩とお尻に手を置いて手前に引くと、コロリと体が90度回転する。
「はう~」
位置をずらしてからもう一度コロリと90度転がして、ようやく反対側の耳が見える。これで魔理沙の正面には霊夢のおなかしか見えない。そのタイミングで、くるるるるる~~~っっと、霊夢のおなかから軽く小さな恥ずかしい音が漏れ出た。どうやら、さっき食べた饅頭がおなかの中で消化されつつあるらしい。
「なあ、霊夢さん?」
「何よ突然改まって」
「今、お腹からかわいらしい音が聞こえましたよね?」
「う……うっさいわね! それよりも早く耳を出しなさいって!」
やや乱暴に穴刀を掴む霊夢に、またも魔理沙が冷静な声で呼びかける。
「霊夢さん? 一つ言いたい事があるのですが」
「だから何よ、その気持ち悪い口調子は」
「あのですね……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何」
「…………この状態で屁をこいたらブッ殺す」
「……」
「……」
「……」
「……」
ぞぼっ!!
「ゃん!?」
耳に穴刀が突っ込まれた。しかも、物凄い勢いで。遠慮配慮や斟酌の類は一切消え去った。悲鳴を上げようが、足をもじもじさせようが、霊夢の手は容赦なく産毛を剃り上げ、そのスピードも先程とは段違いである。
「あ、赤い霊夢は三倍の速さはほぇぁぁ!?」
「もともと赤いわよ!」
耳の穴の中に侵略する手は容赦ないが、防御手段を持たない魔理沙はなんら抵抗することが出来ない。しかも、作業の間が置かれずに耳掻きラッシュされるので、息を付く間も無く次々と刺激が加えられ、魔理沙はただ叫ぶことしか出来なかった。いや、叫ぶと危ないので、実際は小声でわめいているだけだったのだが。
「ほらほらほらほら! どう!?」(カリカリカリカリ!)
「ひゃ、ひゃ、ひゃうう~! だめぇ! そこだめなのぉ!」
「ウブな反応しちゃって……ここなんてどう?」(カリッ!)
「ひぃ!? も、もうかんべんして……」
「こんな魔理沙はめったに見られないわね。えい!」
「こ、こんなの初めてぇ! らめぇ! らめなのぉぉぉ!!」
何と言うかもう、文字で表現する限り耳掻きの光景ではない。実際に見てるものもそう感じるのか、遠くの茂みから高感度望遠カメラでベストショットを狙っていた天狗や、死角に開いたスキマからは、興奮したかのようにハァハァと荒い息遣いが聞こえてきたりする。
―少女耳掻き続行中―
~~~中略~~~
―少女耳掻き終了―
「はい、お疲れさまぁ」
「ううう……」
「あら、どうしたのかしら?」
「こんなにされて、もう私お嫁に行けないわ」(めそめそ)
「あらあら、そんなに気持ちよかったのね?」(ニヤニヤ)
「ああもう「霊夢は魔理沙の大変な物を奪っていきました」ってタイトルが付けたくなってきた……」
「なんじゃそら。それより見なさい。今日は本当に良く取れたわ」
「そうそう、あんな雑な耳掻きでどれだけ取れたんだよ――ゥェ?」
背筋が凍るとは、まさにこれだろう。膝から頭を起こした魔理沙が、まさにその体勢で体をぴしっと硬直させたのだ。その視線の先にあるものは、耳掻き用具と耳垢を受ける布。そして、山と積まれた耳垢。
「う……そ、だろ?」
山になったと言っても、それが1~2ミリ程度の高さなら、取れた耳垢を全て集めて固めたと言うなら納得も出来る。百歩譲って、溜まり切った耳垢が、布の中心部2~3平方センチ程度を黄色く染めたと言うならまだ解からなくも無い。しかし、今そこにあるものは、文字通り山だ。玄関に置く盛塩程度の小さい山だが、それにしても一個人から取れた量としては常識外れだ。
「あらやだ、きちゃな~い♪」
「あの、その、これは何?」
「何って、耳垢よ。魔理沙の耳から取れたの」
反論しようとするが、頭が上手く廻らない。これは偽物だとか、中に何かが詰まってるんだろうとか、だいたい、こんなに多くては耳の総面積を超えている等など。突っ込みどころは山ほどあるが、あまりの異常な事態に、脳中枢が麻痺寸前だ。
「あ、あの、これは……何事?」
「こんなに取れたんだから、今まで聞こえなかった物音も聞こえて来るわよ?」
「え? そういえば、よく聞こえるような……」
「ほらほら、もっとよく耳を澄ましてみたらどう?」
動揺しているためか、言われるがままにそっと耳に手をあててしまう魔理沙。そんな事をすれば当然集音効果が増して、様々な音が耳に入って来る。
「本当だ……聞こえる。微風ですぐ傍の茂みがざわめいて、小鳥のさえずりがやかましい……」
普段耳にする音の大半は、人間が無意識により分けて、聞こえない振りをしている。しかし、改めて心構え、全ての音を聞こうとすれば、それは「聞こえる」のだ。
「ほらほら、そんなにも聞こえるようになったって事は……ふふふ」
「風が吹くだけで、神社のあちこちがカタカタと言ってる。おケラの鳴声がやかましい、裏庭の獅子脅しが鳴る音、鍋がぐつぐつと噴いている……」
なので、今の魔理沙は良く聞こえるようになったと錯覚しているだけだった。
「へ? お鍋?」
「ぐつぐつと煮えてる。いい匂いが漂ってくる……って、霊夢! さっきの鍋がそのままじゃ!」
「大変!! 忘れてた!!」
そう言うと、文字通り厨に飛んで行く二人。風圧で積まれた耳垢が辺り一面に飛び散った。
~~少しだけ時間を戻した幻想郷各地。
「――あれ?」
「どうしたんだ? 妙な声を上げて」
「ねえ慧音、耳垢の歴史を消したりしてない?」
「そんなアホな事するわけ無いだろ」
某竹林の小屋で、慧音が妹紅に膝枕されていた。妹紅は耳掻き棒を持ったまま、訝しげな表情を浮かべている。
「おっかしーなー……耳垢が突然消えちゃったよ?」
「なんだそれは」
「だから、耳垢が消えちゃったんだってば」
「バカな、私は能力をそんな方向に使うわけが無いぞ」
「どこいっちゃったんだろ?」(こしょこしょこしょこしょ)
「あ! 妹紅、そこは、そこはだめ!」
「おお! 慧音の弱点はっけ~ん!」
「や、ばかやめ、ひゃん!」
「ふふふ♪ 一千年蓄積された恐怖のテクニックを味わうがいい♪」
「ああっ! そ、そんな、そんな所だめ! ひ! あ!」
「おやおやまぁまぁ、もう体から力が抜けてるじゃない。ほらほら!」
どうやら、耳掻きから慧音弄りへと方針変更した模様である。
「あれ?」
「てゐも感じた?」
「うん、突然耳がすっきりしたんだけど、何かな?」
「二人ともどうしたの?」
そう離れてない近くのとある永遠亭では、妙齢の薬師と兎二匹が。
「突然耳がすっきりしたんです。なにかなこれ」
「まるで耳を丸洗いしたみたい」
「ふーん……」
永琳の目が二匹の兎を行ったりきたり、そして一言。
「あなたたち、その大きい耳ちゃんと洗ってる?」
「「毎日洗ってます!!」」
珍しく、二人の声が重なった。
「えへへ♪ 綺麗に洗えたよー♪」
「よくやったな、橙」
某所のお風呂場では、獣の耳を持つ二人が風呂に入っていた。
「今日は改心の出来栄えです!」
「うん、耳洗いも上手になったな」
「じゃあ、藍様のも洗ってあげるね♪」
「そ、そうか。じゃあ、一つ頼もうかな?」
「あれれ? でも藍様の耳も綺麗だよ?」
「う~ん、普段から洗ってるからかな。軽くこするだけで良いぞ」
「は~い♪」
特に何かに気がつくような事は無かったらしい。二人とも幸せそうだった。
~~そして、場所は博麗神社に戻る。
「危なかったなぁ、ホント」
「そういえば、萃香を忘れてたわ」
「二人とも薄情ものー」
慌てて二人が飛んで行くと、そこにはしっかりと鍋の管理をしている鬼がいた。どうやら、最後の煮立てまでやってくれたようだ。
「今日は汁が白濁してるな。かなり美味そうだぜ」
「鶏がらから煮込んだからね、萃香のおかげよ」
「じゃあ、さっきの耳掻き私にもしてよ」
「あきれた。しっかりと覗き見してたんだ」
もう、様相はすっかり夕餉だった。すでに一杯やってる二人はちょっと顔が赤く、萃香は小さく分裂しながら鍋から具を掬ったり、お酌をしたりと忙しい。
「だいたい、あなたの場合は角が邪魔よ」
「邪魔? ならこれでどう?」
すると、萃香の角が見る間に透き通り、空気中に溶けるようにすっと消えてしまった。
「相変わらず凄いな、密と疎だっけ?」
魔理沙が関心しながら、鶏肉をほおばる。
「これなら邪魔にならないでしょ? だから、さっき魔理沙を悶えさせた様にさぁ、ねぇねぇ~」
すりすりと甘えてくる萃香を押しのけながら、お猪口に口をつける霊夢。この様子から、今夜は3人でプチ宴会になりそうだ。萃香と霊夢が騒がしい中、魔理沙はふと、先程の耳垢の山がどうやって出来たかと考えをめぐらせていた。
「こらこら、それにしても長い髪よね。これじゃ耳掻きにも邪魔よ?」
「そう? なら霊夢におすそ分けしてあげる」
「え? わ! 髪が、髪がおわんに入っちゃうってば!」
すすす、と萃香の髪が肩下まで短くなり、その代わりに霊夢の髪がぐんぐんと伸びて行く。肩口から垂れて来る髪が、手に持ったおわんに入らないようにと、左右往生して慌しい。
「密と疎を操る力、か……凄まじいな」
そう呟いた魔理沙は、あの耳垢が何処からやってきたのかと、なんとなく理解した。しかし、そんな話は酒宴に無粋だろうと、浮かんだ言葉と共にお猪口の中身を飲み干すと、別の萃香(ミニVer)が酒を注いでくれる。
「ま、いいか」
お猪口の中身を飲み干すと、すべてを包み込むようなぼんやりとした感覚が、優しく何もかもをぼやかしてしまう酒の力が、正体などはどうでも良いと誤魔化してくれたらしい。そんな魔理沙を気遣ってか、萃香は無言で酒を注いでくれた。魔理沙もそれに答えて、酒を一気に飲み干した。
耳かきでこんなにエロいとわっ!
つか霊夢と萃香ひでぇw 焦るぞその量はw
いやまぁ実際、誰かに耳かきしてもらうと、自分でするより気持ちいいんですよね
ああ誰かに耳掃除してもらいたいっ…!
普段は入り口の辺りをちょろっと手入れするだけでいいんだぜ。みんなやり過ぎないようにね。
霊夢「ぶっ!!」
しかしうどんげの耳に垢はでき(ry
焦りまくってる魔理沙かわいいよ魔理沙
霊夢魔理沙萃香かわええ…