『 幽々子の憂鬱 』
梅雨が漸く明け、これから段々と暑くなろうという幻想郷の夏。
若葉は瑞々しく緑に萌え、紫陽花はその役目を終えようとしていた。
ここ、冥界はそんな下界とは違い相も変わらず涼しく穏やかな気候を呈していた。
とは言っても勿論冥界にも四季はあるし、景色も様々な姿を見せてくれる。
しかし、気温だけは大体涼しいか寒いかのどっちかなのだ。
朝、冥界の柔らかな光が障子を通して私に降りかかってくる。
明るくなれば生物は皆活発に活動を始める、それは至極当然な事であるだろう。
ただ、私はもう死んでいるのでその当然な事に当てはまらない。
大体幽霊だの亡霊だのというのは夜活動するのが自然な事なのだ。
まあ、確かにこの時期っていうのは私達が一番張り切って活動する時期なのだけれど。
ほらっ、夏って言うのは怪談話や心霊体験で盛り上がるでしょう?
アレは暑い夏の夜に幽霊を呼び出して自分達の周りを涼しくするという人間の知恵らしいわ。
でも安易に呼び出して痛い目見るのはいつも人間達なのよね~。
そんな事を考えながら逃れがたい二度寝の誘惑に耐えつつ微睡んでいるとどうやら呼ばれている事に気付く。
「…子様っ、幽々子様っ!起きて下さい!!」
「…あらっ?妖夢。おはよう~」
この子は魂魄妖夢。西行寺家に仕える少女である。外見は幼いが、やっぱり内面も幼い。
よく私に仕えてはくれているけれどまだまだ未熟で目が離せない。
それでまた、非常に頑なで生真面目な性格をしているのでちょいと冗談を言ってもすぐ本気にする。
嘘がばれると顔を真っ赤にして怒るのが可愛くて、からかうのを止められないのよね。
「はい、おはようございます…じゃありません!もう何度も朝食の用意が出来ましたって言いに来たのにすぐ行くわ~って言って
結局来ないじゃないですか!!ご飯が冷めてしまいますよ!?」
「…そうだったかしら?でも、もう大丈夫よ。色々バッチリだから。」
「…はあ、そういうことでしたら身支度を整えてからお越し下さい。」
納得のいったのか、いかなかったのか曖昧な顔で下がっていく妖夢。
それにしても起こされた記憶がサッパリだわ。あの子が嘘を吐くはずなんてないし…
そう思いながらふと枕元に目を移して納得する。
そこに在るのは黒い四角い箱。
コレは妖夢の声に反応して「すぐ行くわ~」と私の声で応えてくれる不思議な箱だ。
朝、妖夢がうるさいのよと紫に愚痴ったところコレをくれた。
何とかっていうきかいで外の世界の導具らしい。
便利なので重宝しているけど、こういった具合に時々妖夢の連絡をすっぽかしてしまう。
いじけるあの子も可愛いからまあ良しとしている。
流石にこれ以上無視してしまうとあの子も怒るのでいそいそと身支度をして居間へと向かう。
食卓には既に食事の用意がされていて、質素でありながらも栄養をしっかり考えられたであろう丁寧な料理たちが彩られていた。
妖夢はもう席について私の到着を待ち構えている。
私が席に着くと目の前には当たり前のように丼飯がよそってある。
「それでは、頂きましょう。」
「どうぞ、召し上がってください。」
私が箸に手をつけたのを確認してから、妖夢もご飯を食べ始める。
あの子の料理はとても美味しい、そこに文句は無い。
…ただ、何故こうもごく自然に丼飯が用意されているのかしら?
こんな扱いをされているから大食い姫だとか食欲魔神だとか不憫な謂れを受けるというのに…
それに、あの子は一体いつになったら気付くのかしら?
亡霊は食事を必要としないという事に。
勿論味覚だってあるけど食べないと死に至るわけでもなしって言うか死んでる。
どっちかというと嗜好品という意味合いが強い。
私がご飯を食べるようになったのは妖忌がいなくなってから。
きっとあの子はもう覚えていないでしょうけど、昔はずっと妖忌と妖夢の二人で食卓を囲んでいた。
しかし、妖忌はいなくなった。
そして一人ぼっちになってから、食事の度に涙を流すようになった。
それを見かねた私が一緒にご飯を食べたのが始まりって訳。
ここまで聞くと良いお話だって思うじゃない?
でもこの話には続きがあるの。私が不憫な謂れを受ける理由がね…
問題だったのが妖忌がとても厳しかった事。
ご飯は必ず五十回咀嚼してから飲み込む事、なんて言われてあの子は律儀にもそれを実行する。
だから遅いのよ、食べるのがとても…
それだけならまだ我慢できるわ。
お話でもしながら優雅な食事の時間を楽しむのも悪くは無い。
でも食事中に言葉を発するなかれ、なんて事もあの子は愚直にもそれを実行する。
そして出来上がるのが黙々と口に食べ物を放り込む食事空間。
更に極め付けにあの子の料理が美味しい事。
私の言いたいことが分かったかしら?
結局やる事がなくてあの子がご飯を食べ終わるまで、私も食べ続けるしかなかったということ。
…まあ、悪戯して言い訳するのが面倒くさい時にお腹すいた~なんて話題をそらしていたのも原因かもしれないけど。
満腹にならないのかって?亡霊は排泄なんて野暮な行為はしないし満腹にもならないわ。
随分昔に飲み込んだ紫のスキマからどっか行っちゃうのかしら…
モチロン冗談よ。
「ご馳走様でした。」
「お粗末さまでした。」
そんなこんなで妖夢がご飯を食べ終わったのは私が三杯のご飯を食べ終わったときだった。
別に食べ終わるまで付き合わなくてもって思うかもしれないけど途中で退出しようとするとあの子地味に泣きそうな顔するのよね。
ホントに子供なんだから。
食後休みも一段落して妖夢は庭の掃除に向かった。
私は特にやることも無く暇だったので久しぶりに下界に行くことにした。
何処に行こうかしら…幾つか目星をつけるが何処に行っても厄介事に出会うのは目に見えていた。
まあそれが目的でもあるのだけれどやっぱり近くて気楽な博麗神社にしようっと。
紫が顔を出してる可能性もあるし。
庭に出ると妖夢と目が合う。
「何処かへお出掛けでしょうか?」
「ん~…ちょっと下を散歩してくるわ。妖夢はついて来なくてもいいわ、掃除をお願いね。」
先手を打って牽制する。
あの子と一緒だと私に向かう有象無象を切り捨てようとするからおちおち散歩ものんびり出来ないのよ。
どうも妖忌の言葉を間違って解釈しているらしく通り魔紛いの事をしたこともあると聞く。
お陰で私が閻魔に怒られた。でも其れは教えられて学ぶものじゃない。自分で気付かなければならないのだ。
だから半人前のあの子には当分無理な話かしらね。
妖夢は何か言いたそうな顔で、口を開くが俯いて小さく行ってらっしゃいませと呟くだけだった。
久しぶりに来る下界は随分と暑かった。
亡霊である私は別に暑さを不快に感じる事は無いがそれでも正直堪える暑さだわ。
冥界と比べると随分な温度差ね。閻魔があっちとこっちを行き来するのは良くないみたいなことを言ってたけど分かる気がする。
これでは体調を崩してしまう。寝ているときにおヘソ丸出しの妖夢なら尚更だ。
しばらく飛んでいると紅い鳥居が目に入る。
と、同時に境内を掃除している紅白の少女博麗霊夢が見えてきた。
飛んできた私の気配に気付いたのかこっちを向いて露骨に面倒くさそうな顔をする。
別にそんな顔しなくたって良いじゃないの、失礼な子ね。
「こんにちは、こんな暑いのに精が出るわね~」
先ずは軽く挨拶。
まあ帰ってくるのは八割がた皮肉でしょうね。
「あんたが来たせいで余計暑苦しくなったわよ。よくそんな格好でうろつけるわね。」
…やっぱり。この子は思ったことをそのまま口に出すから見ていて気持ち良い。
「ふふっ亡霊は暑さなんて感じないのよ。なんなら貴女も誘ってあげましょうか?」
「当分御免被るわ。っていうか死んでも、あんたの世話にはなりたくないわね。まあお茶を入れてくるから縁側にでも
座ってなさいな」
そういって、箒を放り出して建物の中に入って行ってしまった。
きっとあの子もサボる口実が欲しかったに違いないわ。
縁側に座っていると虫の鳴き声や鳥の羽ばたく音、生命の営みの音が耳に入ってくる。
これらは全て冥界には無い心地の良い音だ。
この音を聞く為だけにだってにこっちに来る価値がある。
残念な事にまだ妖夢は気付けないでいる。
花が、空が、世界が美しいと教えなかったのは妖忌にも原因があるわね。
そんな事を考えていると霊夢がお茶を注いで来てくれた。
「珍しいわね。今日は妖夢は一緒じゃないんだ。」
開口一番霊夢はそんな事を聞いてきた。
まあいつも私が出かけるときは一緒にいるから、私一人だと不思議なのかしらね。
「偶には妖夢にも悩む時間が必要なのよ。」
「…?ふ~ん。」
特に興味無さそうに応える霊夢。
この子は全てに平等で、付かず離れず其処にいる。
そして美しく残酷なこの世界を体現した存在。
この齢にて完成された器には最早感服するしかない。
少しは妖夢に見習わせたいわ。
「どうかした?」
「ちょっと御口が寂しいな~って思っているのよ。」
「残念ながらお茶請けなら無いわよ。食べたかったら次から自分で持ってくることね、勿論私の分も。」
そんなやり取りをしばらくしていると、霊夢がついと上を向く。
私もつられて霊夢の視線の先を追う。
空の果てには豆粒が一つ、どうやらこっちに向かっているようだ。
こっちに向かってくるのが黒白豆だと判る。
…霧雨魔理沙、恐れと懼れを知るただの人間。
しかし、其れをおくびにも出さない真の意味で強い人間。
「幽々子、そこを退いた方がいいわよ。あの馬鹿いつもブレーキかけないでその場所に突っ込んでくるから。」
ため息混じりに私にそう忠告する霊夢。
なるほど、この子も苦労してるのね。
「ふぅん…その必要は無いわ。」
私はそういいながら懐に差し込んでいた扇をパチリと開く。
「どけどけええぇぇ、ぶ~つか~るぞ~!」
かなり速いスピードで突っ込んできているのかグングンその姿は大きくなってくる。
その表情まで確認できるくらいになったとき私が避ける気が無いのを察してかニカリと笑う彼女。
勝負だとでも言わんばかりに体に流星を纏い狙いを私につける。
私は構わず扇をパタパタと仰ぎながら挑戦的な視線を返す。
そのまま一気に私にぶつかるかと思われたとき、がきぃんっと甲高い音がそこに響き魔理沙が宙を舞っていた。
「っとと!あっぶない危ない。不意打ちとはやってくれるぜ、妖夢!」
そう言いながら空中で姿勢を制御してそのまま地面に着地する魔理沙。
そして私の前には刀を抜いて立ち塞がる妖夢がいた。
「ご無事でしょうか、幽々子様?」
「ええ、お陰様で。ご苦労様、妖夢。」
恐縮です、と言いながら凛々しく刀を納める。
「ただ、私は貴女に掃除を命じていなかったかしら?」
そう言うと、ギクリと目に見えてうろたえる。
…判り易い子ね。
大方、私が心配で後ろからコッソリ着いてきたつもりなのだろう。
「も、申し訳ございません。幽々子様が心配で付いてきてしまいました…」
まったく、あなたの方が頼りないというのにね…。
「何だよ、突然横から飛び出てきたと思ったら、幽々子のこと見張ってたのかよ!?しかも助けたつもりで叱られてやんの!」
こっちを指差しケタケタと笑い転げる魔理沙。
むっとした顔で魔理沙を睨むが何も言い返せない妖夢。
「魔理沙、私を狙って突っ込んできた罪はとても重いわ。紫、やっておしまいっ!」
私がそういうと黒白の腋のスキマからにょきっと二本の手が生える。
そしてそのまま、魔理沙をくすぐり始める。
「紫!?アンタどっから湧いてきたのよ?」
「うをっ!?紫か!ちょ、ちょっと待った、ぎゃははははっ、まっ待てってぎゃははははひ~ぐるし~。ぎゃひはははは。
ごっごめっぎゃははははははははは、ゆるひひひひひひぃ」
半ば悲鳴のような笑い声をバックに私は妖夢を見つめる。
しゅんと落ち込んで下を向いている。
やっぱりまだまだ半人前ね。
「貴女は命を破った罰として今日は特別美味しいご飯を作りなさい。それで許してあげるわ。」
ぱちんと扇を閉じて私は優しく語りかける。
そうするとみるみる明るい顔になっていき
「はいっ!!」
と小気味よく返事を返す。
そしてその後ろで甲高い笑い声が空高く何処までも響いていた。
梅雨が漸く明け、これから段々と暑くなろうという幻想郷の夏。
若葉は瑞々しく緑に萌え、紫陽花はその役目を終えようとしていた。
ここ、冥界はそんな下界とは違い相も変わらず涼しく穏やかな気候を呈していた。
とは言っても勿論冥界にも四季はあるし、景色も様々な姿を見せてくれる。
しかし、気温だけは大体涼しいか寒いかのどっちかなのだ。
朝、冥界の柔らかな光が障子を通して私に降りかかってくる。
明るくなれば生物は皆活発に活動を始める、それは至極当然な事であるだろう。
ただ、私はもう死んでいるのでその当然な事に当てはまらない。
大体幽霊だの亡霊だのというのは夜活動するのが自然な事なのだ。
まあ、確かにこの時期っていうのは私達が一番張り切って活動する時期なのだけれど。
ほらっ、夏って言うのは怪談話や心霊体験で盛り上がるでしょう?
アレは暑い夏の夜に幽霊を呼び出して自分達の周りを涼しくするという人間の知恵らしいわ。
でも安易に呼び出して痛い目見るのはいつも人間達なのよね~。
そんな事を考えながら逃れがたい二度寝の誘惑に耐えつつ微睡んでいるとどうやら呼ばれている事に気付く。
「…子様っ、幽々子様っ!起きて下さい!!」
「…あらっ?妖夢。おはよう~」
この子は魂魄妖夢。西行寺家に仕える少女である。外見は幼いが、やっぱり内面も幼い。
よく私に仕えてはくれているけれどまだまだ未熟で目が離せない。
それでまた、非常に頑なで生真面目な性格をしているのでちょいと冗談を言ってもすぐ本気にする。
嘘がばれると顔を真っ赤にして怒るのが可愛くて、からかうのを止められないのよね。
「はい、おはようございます…じゃありません!もう何度も朝食の用意が出来ましたって言いに来たのにすぐ行くわ~って言って
結局来ないじゃないですか!!ご飯が冷めてしまいますよ!?」
「…そうだったかしら?でも、もう大丈夫よ。色々バッチリだから。」
「…はあ、そういうことでしたら身支度を整えてからお越し下さい。」
納得のいったのか、いかなかったのか曖昧な顔で下がっていく妖夢。
それにしても起こされた記憶がサッパリだわ。あの子が嘘を吐くはずなんてないし…
そう思いながらふと枕元に目を移して納得する。
そこに在るのは黒い四角い箱。
コレは妖夢の声に反応して「すぐ行くわ~」と私の声で応えてくれる不思議な箱だ。
朝、妖夢がうるさいのよと紫に愚痴ったところコレをくれた。
何とかっていうきかいで外の世界の導具らしい。
便利なので重宝しているけど、こういった具合に時々妖夢の連絡をすっぽかしてしまう。
いじけるあの子も可愛いからまあ良しとしている。
流石にこれ以上無視してしまうとあの子も怒るのでいそいそと身支度をして居間へと向かう。
食卓には既に食事の用意がされていて、質素でありながらも栄養をしっかり考えられたであろう丁寧な料理たちが彩られていた。
妖夢はもう席について私の到着を待ち構えている。
私が席に着くと目の前には当たり前のように丼飯がよそってある。
「それでは、頂きましょう。」
「どうぞ、召し上がってください。」
私が箸に手をつけたのを確認してから、妖夢もご飯を食べ始める。
あの子の料理はとても美味しい、そこに文句は無い。
…ただ、何故こうもごく自然に丼飯が用意されているのかしら?
こんな扱いをされているから大食い姫だとか食欲魔神だとか不憫な謂れを受けるというのに…
それに、あの子は一体いつになったら気付くのかしら?
亡霊は食事を必要としないという事に。
勿論味覚だってあるけど食べないと死に至るわけでもなしって言うか死んでる。
どっちかというと嗜好品という意味合いが強い。
私がご飯を食べるようになったのは妖忌がいなくなってから。
きっとあの子はもう覚えていないでしょうけど、昔はずっと妖忌と妖夢の二人で食卓を囲んでいた。
しかし、妖忌はいなくなった。
そして一人ぼっちになってから、食事の度に涙を流すようになった。
それを見かねた私が一緒にご飯を食べたのが始まりって訳。
ここまで聞くと良いお話だって思うじゃない?
でもこの話には続きがあるの。私が不憫な謂れを受ける理由がね…
問題だったのが妖忌がとても厳しかった事。
ご飯は必ず五十回咀嚼してから飲み込む事、なんて言われてあの子は律儀にもそれを実行する。
だから遅いのよ、食べるのがとても…
それだけならまだ我慢できるわ。
お話でもしながら優雅な食事の時間を楽しむのも悪くは無い。
でも食事中に言葉を発するなかれ、なんて事もあの子は愚直にもそれを実行する。
そして出来上がるのが黙々と口に食べ物を放り込む食事空間。
更に極め付けにあの子の料理が美味しい事。
私の言いたいことが分かったかしら?
結局やる事がなくてあの子がご飯を食べ終わるまで、私も食べ続けるしかなかったということ。
…まあ、悪戯して言い訳するのが面倒くさい時にお腹すいた~なんて話題をそらしていたのも原因かもしれないけど。
満腹にならないのかって?亡霊は排泄なんて野暮な行為はしないし満腹にもならないわ。
随分昔に飲み込んだ紫のスキマからどっか行っちゃうのかしら…
モチロン冗談よ。
「ご馳走様でした。」
「お粗末さまでした。」
そんなこんなで妖夢がご飯を食べ終わったのは私が三杯のご飯を食べ終わったときだった。
別に食べ終わるまで付き合わなくてもって思うかもしれないけど途中で退出しようとするとあの子地味に泣きそうな顔するのよね。
ホントに子供なんだから。
食後休みも一段落して妖夢は庭の掃除に向かった。
私は特にやることも無く暇だったので久しぶりに下界に行くことにした。
何処に行こうかしら…幾つか目星をつけるが何処に行っても厄介事に出会うのは目に見えていた。
まあそれが目的でもあるのだけれどやっぱり近くて気楽な博麗神社にしようっと。
紫が顔を出してる可能性もあるし。
庭に出ると妖夢と目が合う。
「何処かへお出掛けでしょうか?」
「ん~…ちょっと下を散歩してくるわ。妖夢はついて来なくてもいいわ、掃除をお願いね。」
先手を打って牽制する。
あの子と一緒だと私に向かう有象無象を切り捨てようとするからおちおち散歩ものんびり出来ないのよ。
どうも妖忌の言葉を間違って解釈しているらしく通り魔紛いの事をしたこともあると聞く。
お陰で私が閻魔に怒られた。でも其れは教えられて学ぶものじゃない。自分で気付かなければならないのだ。
だから半人前のあの子には当分無理な話かしらね。
妖夢は何か言いたそうな顔で、口を開くが俯いて小さく行ってらっしゃいませと呟くだけだった。
久しぶりに来る下界は随分と暑かった。
亡霊である私は別に暑さを不快に感じる事は無いがそれでも正直堪える暑さだわ。
冥界と比べると随分な温度差ね。閻魔があっちとこっちを行き来するのは良くないみたいなことを言ってたけど分かる気がする。
これでは体調を崩してしまう。寝ているときにおヘソ丸出しの妖夢なら尚更だ。
しばらく飛んでいると紅い鳥居が目に入る。
と、同時に境内を掃除している紅白の少女博麗霊夢が見えてきた。
飛んできた私の気配に気付いたのかこっちを向いて露骨に面倒くさそうな顔をする。
別にそんな顔しなくたって良いじゃないの、失礼な子ね。
「こんにちは、こんな暑いのに精が出るわね~」
先ずは軽く挨拶。
まあ帰ってくるのは八割がた皮肉でしょうね。
「あんたが来たせいで余計暑苦しくなったわよ。よくそんな格好でうろつけるわね。」
…やっぱり。この子は思ったことをそのまま口に出すから見ていて気持ち良い。
「ふふっ亡霊は暑さなんて感じないのよ。なんなら貴女も誘ってあげましょうか?」
「当分御免被るわ。っていうか死んでも、あんたの世話にはなりたくないわね。まあお茶を入れてくるから縁側にでも
座ってなさいな」
そういって、箒を放り出して建物の中に入って行ってしまった。
きっとあの子もサボる口実が欲しかったに違いないわ。
縁側に座っていると虫の鳴き声や鳥の羽ばたく音、生命の営みの音が耳に入ってくる。
これらは全て冥界には無い心地の良い音だ。
この音を聞く為だけにだってにこっちに来る価値がある。
残念な事にまだ妖夢は気付けないでいる。
花が、空が、世界が美しいと教えなかったのは妖忌にも原因があるわね。
そんな事を考えていると霊夢がお茶を注いで来てくれた。
「珍しいわね。今日は妖夢は一緒じゃないんだ。」
開口一番霊夢はそんな事を聞いてきた。
まあいつも私が出かけるときは一緒にいるから、私一人だと不思議なのかしらね。
「偶には妖夢にも悩む時間が必要なのよ。」
「…?ふ~ん。」
特に興味無さそうに応える霊夢。
この子は全てに平等で、付かず離れず其処にいる。
そして美しく残酷なこの世界を体現した存在。
この齢にて完成された器には最早感服するしかない。
少しは妖夢に見習わせたいわ。
「どうかした?」
「ちょっと御口が寂しいな~って思っているのよ。」
「残念ながらお茶請けなら無いわよ。食べたかったら次から自分で持ってくることね、勿論私の分も。」
そんなやり取りをしばらくしていると、霊夢がついと上を向く。
私もつられて霊夢の視線の先を追う。
空の果てには豆粒が一つ、どうやらこっちに向かっているようだ。
こっちに向かってくるのが黒白豆だと判る。
…霧雨魔理沙、恐れと懼れを知るただの人間。
しかし、其れをおくびにも出さない真の意味で強い人間。
「幽々子、そこを退いた方がいいわよ。あの馬鹿いつもブレーキかけないでその場所に突っ込んでくるから。」
ため息混じりに私にそう忠告する霊夢。
なるほど、この子も苦労してるのね。
「ふぅん…その必要は無いわ。」
私はそういいながら懐に差し込んでいた扇をパチリと開く。
「どけどけええぇぇ、ぶ~つか~るぞ~!」
かなり速いスピードで突っ込んできているのかグングンその姿は大きくなってくる。
その表情まで確認できるくらいになったとき私が避ける気が無いのを察してかニカリと笑う彼女。
勝負だとでも言わんばかりに体に流星を纏い狙いを私につける。
私は構わず扇をパタパタと仰ぎながら挑戦的な視線を返す。
そのまま一気に私にぶつかるかと思われたとき、がきぃんっと甲高い音がそこに響き魔理沙が宙を舞っていた。
「っとと!あっぶない危ない。不意打ちとはやってくれるぜ、妖夢!」
そう言いながら空中で姿勢を制御してそのまま地面に着地する魔理沙。
そして私の前には刀を抜いて立ち塞がる妖夢がいた。
「ご無事でしょうか、幽々子様?」
「ええ、お陰様で。ご苦労様、妖夢。」
恐縮です、と言いながら凛々しく刀を納める。
「ただ、私は貴女に掃除を命じていなかったかしら?」
そう言うと、ギクリと目に見えてうろたえる。
…判り易い子ね。
大方、私が心配で後ろからコッソリ着いてきたつもりなのだろう。
「も、申し訳ございません。幽々子様が心配で付いてきてしまいました…」
まったく、あなたの方が頼りないというのにね…。
「何だよ、突然横から飛び出てきたと思ったら、幽々子のこと見張ってたのかよ!?しかも助けたつもりで叱られてやんの!」
こっちを指差しケタケタと笑い転げる魔理沙。
むっとした顔で魔理沙を睨むが何も言い返せない妖夢。
「魔理沙、私を狙って突っ込んできた罪はとても重いわ。紫、やっておしまいっ!」
私がそういうと黒白の腋のスキマからにょきっと二本の手が生える。
そしてそのまま、魔理沙をくすぐり始める。
「紫!?アンタどっから湧いてきたのよ?」
「うをっ!?紫か!ちょ、ちょっと待った、ぎゃははははっ、まっ待てってぎゃははははひ~ぐるし~。ぎゃひはははは。
ごっごめっぎゃははははははははは、ゆるひひひひひひぃ」
半ば悲鳴のような笑い声をバックに私は妖夢を見つめる。
しゅんと落ち込んで下を向いている。
やっぱりまだまだ半人前ね。
「貴女は命を破った罰として今日は特別美味しいご飯を作りなさい。それで許してあげるわ。」
ぱちんと扇を閉じて私は優しく語りかける。
そうするとみるみる明るい顔になっていき
「はいっ!!」
と小気味よく返事を返す。
そしてその後ろで甲高い笑い声が空高く何処までも響いていた。
妖夢はいつまでも未熟なままでいて欲しいなあw
やっぱりこの二人はいいなあ…