Coolier - 新生・東方創想話

華やかなる地の底で

2008/07/06 22:44:01
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 酒を口に含む。芳醇な香りが広がり、思わず顔が緩む。

 ここは地の底、元地獄街道の外れにある小さな庵である。私、星熊勇儀はそこでひとり、酒を楽しんでいた。


 …たまには独酌というもの良いものだ。ここ最近は、仲間達と一緒に飲むことが多かった。つい昨日まで飲んでは食い、食っては騒ぎ、やっぱりまた飲むということを繰り返していたのである。飲んでなんぼ、騒いでなんぼの人生(鬼だけど)だとは思うが、飽きることもある。そんな時、私は一人で酒を楽しむ。

 舞い散る雪に感傷的な思いを刺激された所為だろう、私は酒を飲みつつ、昔のことを思い出していた。まだ我々、鬼が地上にいた頃のことだ。

 あの頃は色々な者たちと酒を酌み交わしたものだった。なんだかんだ言いつつ我々と同じくらい飲んでいた天狗。珍妙な物を作ってきてはその都度笑われていた河童。妖怪たちに囲まれてビクビクしながらも酒を飲まされていた人間。

 中でも人間は、色んな奴がいて面白かった。怯えている奴が大半だったが、勇猛にも我々に勝負をしようと言い出す奴もいた。馬鹿で愉快な奴らだった。

 まあその関係は、我々がこの地に移り住むことで終わってしまったのであるが。今では、我ら鬼がここにいることすら覚えていないだろう。

 そういえばちょっと前に地上へ行った奴がいるが、まだ帰っていない。受け入れられているのだとすれば、あの頃の地上とは色々と変わってきているのだろう。




「おーい、勇儀さーん、いるんだろー」

 おっと、独酌の時間はここまでのようだ。

「ヤマメか。入ってきなよ」

「やあ、勇儀さん。一人で酒でも飲んでたのかい?」

 ヤマメはその能力のために疎まれ、この地に住むことを余儀なくされた妖怪である。だが付き合ってみると、なかなか面白い奴であることが分かる。

「私が一人で飲んでたら意外かね?」

「え?ほんとに一人で飲んでたの?似合わないねー!」

 ほっとけ。というか、お前には言われたくない。

「私を何だと思ってんのかね…。ま、とりあえずいっぱい飲みな」

「んじゃ、早速。…んまーい!どうしたのこれ!ずいぶんうまいね」

「はっはっは。最高級の酒虫を手に入れた甲斐があるってもんさ」

「へえ、酒虫ねえ…。それってどこにいるの?」

「おいおい、酒虫は鬼が長い年月かけて品種改良を繰り返してきた、いわば鬼達の宝だぞ。教えるわけには行かないなぁ」

「えー、ケチー。…まあいいや、じゃあ代わりにその酒虫を見せてよ。この中かなー」

 そう言って杓子で瓶の中をじゃぶじゃぶやっている。

「もうちょっと丁寧に扱ってくれよ、死んじまったらどうするんだい」

「おーいたいた!虫って言うか、太った山椒魚みたいだね。結構かわいいじゃん」

「食べるなよ」

「するわけ無いでしょ、そんな事!そこまで餓えてないよ」

「冗談さ、冗談。物欲しそうな顔してるもんだから、からかっただけさね」

「そりゃ欲しいよ、酒が飲み放題になるんだからね。…いいなあー、私のも貰ってきてくれないかなあー?」

 何か言っている。私はにっこり笑うと、すり寄って来る頭にゲンコツを押し当てた。

「なーに都合の良いこと言ってんだか、このちびっ子は。この一匹を手に入れるのがどれだけ大変だったか分かってんのか、おい?」

「あいいいいい、冗談でしたあああああ!許してぇぇええええ!」

 こめかみに捻りこんでいた拳を離す。ヤマメは床に突っ伏したまま震えている。面白いなー、コイツ。

 頭を撫でてやって、杯を渡す。ヤマメはそれを受け取ると、一息に飲み干した。

「だったらこれから毎日来て、飲みまくってやるもんね!勇儀さんの飲む分だって飲んじゃうから!」

 その割りにじっくり飲んでいる。瓶に抱きつきながら飲んでいる姿はどこか微笑ましく、見ていて飽きなかった。


「それにしても最近地霊が少なくなった気がしない?地上にでも噴き出してたりして」

「地上に、ねえ…」

「どうも地霊殿の奴らが何か企んでいるらしいよ。まあ、私達には関係ないだろうけど」

「たまに変なことが起こる位の方が健全さ。退屈しないで済むし」

「地霊が減るくらいで面白いことが起こるなら万々歳だね」

 異変が起きても、見てみぬ振りをする。それが暗黙の了解というやつだ。

「地上でも異変、起こってるのかねー?」

「そりゃあ起こってるだろうさ。私の知り合いが地上に行ってるし、そうでなくても騒ぎを起こす奴は居るだろうね」

「あー、地上懐かしいなー。人間を病気してやりたいよー」

「そんな事言ってるから、地底に落とされる。やりたいことがあるなら、まずそれを我慢しなければならない。辛いところさね」

「わあ、びっくり。勇儀さん、頭良さそうに見えるよ」

 …コイツ馬鹿にしてんのかね。

「…。まあ、飲もうや。飲ましてやるから、口開けな。おらおら」

「ちょっ、勇儀さん怒ったの?冗談だよ、冗談…。いや、それは無理だって!無理、無理無理無理ぃぃいいあががががが」

 強引に口を開けさせ、酒を流し込む。涙目で苦しそうな顔しながらも、必死に飲み込んでいく。

「んんぅ、んーっ。…けふっ」

 いままで飲んだ量はそこそこの量に達している。そこに、この一気飲み。ちょっときついだろうか?

「おーい、大丈夫かー。」

「ううー、まあ大丈夫だけどー。なんか、一気に酒が回った気がするよう。ちょっと、散歩してくるよ」

「ああ、気をつけなよ」

 ヤマメは外へ出て行ったが、どうも地に足が着いていない感がある。…やり過ぎたか?




「うあー、頭がふらつくー」

 酒に弱いわけではないが、一気に飲んだせいで少しつらい。

 自分は今の生活が気に入っている。ここにいる奴らは何か訳ありの奴らばかりだ。だからだろうか。地上にいた頃、胸にいつも抱いていた鬱屈が、今はほとんど無い。それと同時に力が弱くなったのも感じるが、その代わりに得られたものがこれならば不満は無い。ただ、たまにもどかしく思うこともある。妖怪としての在りようが、ずれてしまったと感じる。そのずれを正すために必要なもの。それは、人間なのではないだろうか。

 ぼんやりと街道を歩く。空はないが、天井は高い。建物の光では照らし出せないほどの高さであり、雪も降る。地底でありながらも、閉塞感を感じないのはそれのおかげだろう。

 頭にかかった靄を取り除こうと、頭上を見上げた。雪が舞っている。だがその合間に、雪以外の何かが飛んでいる。

「あれは、地霊?」

 地霊たちが同じ方向へと、まるで示し合わせたように飛んでいく。普段は地霊たちにあんな協調性はない。となると、これは…。

「もしかすると、もしかするかもね…!」

 なにかが起こったに違いない。酔いを醒ますために外に居ることも忘れ、ヤマメは地霊たちの飛んでいった方へ急いだ。


 だいぶ表層が近くなってきたところで、彼女は足を止めた。辺りは見た限り、普段と変わりは無い。だが風が違い、空気も違う。それ以上に、明らかな異変が目の前に立っている。

 人間がいた。紅と白の、おそらく巫女だろう。一人でぶつぶつ言っているのが気になるが、久しぶりの人間だ。話しかけなければ損だろう。

「おお?人間とは珍しいねぇ。何しに来たかは知らんが、まあ楽しんでおいき」

「…紫が用意したテレビ付き携帯電話みたいなもんだって。でも、携帯電話って何?」

「雑談なら後にしなさいよ。…目の前の節足動物は無視してもいいの?」

 妖怪を無視する気か、この人間。

「独り言の多い人間ねぇ、ストレス?」

「お、土蜘蛛じゃん、懐かしいねぇ」

「…私が懐かしい?あんた、何者?」

 お目出度い見た目はしているが、やっぱり人間にしか見えない。だが、人間が私のことを憶えているはずが無い。忘れるために私を、この地底へと追いやったのだから。

「まあいいわ。胡散臭いからこの場で倒してあげる」

 一人で地底へ来て、妖怪である私を無視しようとするくらいだ、普通の人間とは思えない。まあ、空を飛んでいる時点で、普通の人間ではないのだろうが。


 小手調べに弾を放つ。人間は、避けると同時にお札のようなものを投げてきた。やる気は十分なようだし、これは楽しめそうだ。お札を避け、懐に入ろうとした、はずだったが。

「うえっ」

 背中から衝撃を受け、バランスを崩してしまった。見上げると、人間の口元が歪んでいた。笑っている、それを理解した時、頭に血が上った。何が起こったかを理解するのは後回しだ。今度こそ距離をつめ、腕を振るう。

 …だが。信じられないことに人間はそれを受け止めると、私を地面めがけて投げ飛ばしたのだ。

「ひええええぇ」

 地面に叩きつけられた。私は地面に四肢をついた状態のままで呆然とする。元来、妖怪は肉体が強く出来ている。その攻撃を受け止めるとは、どういうことだろう?…よく分からない。だが、このままじめんに這いつくばっているわけにもいかない。妖怪の沽券にかかわる。

 再び近づき、拳を四、五発打ち込む。間髪入れずに弾を撃ち込み攻め立てるも、軽くいなされている。突然、人間の姿が消えた。

「…!後ろか!」

 蹴りが交錯し、足がぶつかり合う。割と強く蹴ったつもりだったが、まったく堪えていないようだ。

「なかなか変則的な動きをするね。人間のくせに随分と丈夫だし」

 腕や足にお札を貼り付けているのが見える。あれで体を強化しているのかもしれない。

「そういうあんたは、ずいぶん真っ正直ね。土蜘蛛じゃなかったのかしら?」

「そんなに言うならやってあげるよ。寝込んでも知らないからね!」

 空間に網を張り、さらに弾を打ち込む。動けば網にかかり、動かなければ撃たれる。これで詰み、と思ったが。

「?もしかして網のつもり?」

 …すいすい避けてく。つかみ所の無い動きで、人間はこちらへ近づいてくる。

「な、なんで避けられるのさ!」

「避けるも何も無いじゃない。こんな網じゃ蝶だって引っ掛からないわよ」

「ううー、馬鹿にするなー!」

 言っている間にも、人間は近づいている。この距離では、もうすでに。

「終わりね。おうちに帰んなさい」

 一気に弾き飛ばされた。顔にはお札が張られている。相手は人間だというのに、どうにも勝てる気がしない。言う通り、引くしかないだろう。

「わ、私に勝ったからって調子に乗らないことね!ここにはもっと強い妖怪たちが…」

「ねえ萃香、さっきの懐かしいって何?」

「ぐー、ぐー」

「寝てるのか、お腹が空いてるのか…」

 聞いてない。微妙に寂しく思いつつ、私は街へと急いだ。これは逃げているんじゃない。あの人間に勝つための作戦を練るために、いったん引くだけである。…情けないのは、自分が一番分かっている。




 ヤマメはまだ帰ってこない。一体どこまで行ったのだろうか。酔い覚ましの散歩にしては、随分と長い。

「もう一杯飲んだら探してくるかね…」

 そこら辺でぶっ倒れていたら、目覚めが悪い。そう思い、最後の一杯を呷ろうとした、ところへ。

「勇儀さあああああん!」

「ぶべっ」

 突然飛び込んできたヤマメに押され、杯に顔を突っ込んでしまった。

「人間だよ、人間がこっちに来てるよ!それもかなり強、…なにやってんの勇儀さん。酒で洗顔?かなり斬新だね」

「んな訳あるか!お前が押した所為だよ、この、ボケ!」

 鉄拳による制裁を加えようかと思ったが、それ以上に言っている内容が気にかかる。

「まあ今はいいや…。それより、人間とか言わなかったか?どういうことだい」

「そうそう!強い人間がこっちに来てるんだよ!独り言の多い、巫女っぽいのが」

 強いと聞いては黙っていられない。しかも、人間。人間の腕を試すのは鬼の役目だ。

「ヤマメ、場所は何処だ?」

「え?えーと、今頃は街道辺りにいるんじゃないかな、たぶん。」

「よし、行くぞ。案内しておくれ、ヤマメ」

「わ、私も行くの?目出度い格好してるから目立つし、私が行かなくてもすぐ分かると思うんだけど…」

 意外なことに、ヤマメは随分と弱気だ。普通なら真っ先に駆けつけようとするはずだが…って、まさか。

「お前、もしかしてもう見てきたのか」

「うっ」

「…もう戦ってきたとか」

「ぎくっ」

「まさか、返り討ちに…」

「ぎくぎくっ」

「…はあ、平和な時間が長すぎるとこうなるのかねえ」

 地上にいた頃は、ヤマメだってもっと強い力を持っていたに違いない。簡単には退治できない、この地に封印するのが最善であると思えるような妖怪だったのではないか。

 ここは私達にとって楽園だ。それ故に、牙を抜かれる妖怪は少なくない。だが、牙は再び生えてくるものだと思う。人間がこの地へ来た。それは失った牙を取り戻す機会が来たということだ。ヤマメは、それが分かっているのだろうか。

「あはははは…。いや、ほんとに強くてね…」

「まあいいさ。今度は私が楽しんでくるよ」

 外に出る。なるほど、確かに普段より騒がしい気がする。問題の人間は、順調に進んできているようだ。

「うわあ、この感じ…、間違いなくあの人間だよ…。気をつけて行ってきてね」

 ただの人間ではないような気がする。何しろ地上へ行った私の知り合いの気配も感じるのだ。

 風が吹き、雪が舞う。地霊たちが吹き飛ばされていくのが見える。

「行くか」

 心気は澄み、体には力と酒が満ちる。この酒に見合うだけの肴であることを祈り、騒乱の中へ飛び込む。楽しませておくれよ、人間。
 初めての投稿です。短めでしたが、いかがだったでしょう?

 内容は地霊殿ネタですが、セリフや大まかな流れが本家のまんまだったりしてます。もうちょっとオリジナルな流れの方がよかったですかね?

 見苦しいところは多々あったかと思いますが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
センぶり
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コメント



0.380簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
ヤマメと勇儀の調子のいい会話が良かったです。
勇儀かっこいいよ勇儀。