Coolier - 新生・東方創想話

剣の稽古~妖夢と魔理沙~

2008/07/03 13:39:55
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 買い物帰り、今日の夕飯と買い置きを買い込み、上半身が隠れてしまうくらい紙袋を抱え、帰宅途中の妖夢。
 里から幾らか離れた径。周りには芝と叢と木々しかなく、風がそよぐと木の葉がこすれあう音が耳に心地よく響く。午後のうららかな日差しは幻想郷に等しく射して、空気を柔らかくしている。
 こうして妖夢は時たま、現世にやってきて買い物をするのである。食料調達ならば冥界だけで事足りるのだが、主である幽々子がたまには向こうの物が食べたいと駄々を捏ねるので、こうして月に一度くらいの頻度で買い物に来るのである。
「よお。随分と買ってるじゃないか。」
 上空からの声。妖夢が空を仰ぐと空に一人、逆光でよく見えないが少女が降りてきていた。妖夢は思わず目を細める。
 彼女は箒に跨っていて、そこからやや飛び降り気味に地上に立った。その反動でずれた帽子を直し、妖夢に向かい不敵に笑う。
 妖夢はその顔に見覚えがあった。
「誰かと思えばいつかの白黒じゃないの。何か用?」
「魔理沙、だぜ。人の名前くらいは覚えておくもんだぜ?」
 自ら名乗った少女、魔理沙はシニカルな笑みを顔に張り付かせたまま、答える。
「そうね。……じゃあ改めて魔理沙、一体何の用かしら?用が無いなら帰ってくれない?用が有るなら手短に頼むわ。見ての通り、コレ、重いのよね。」
「じゃあ帰らないぜ。まあ、取り敢えず荷物、降ろせよ。」
 顎で径の横にあった小さな岩を指す。妖夢はそれに従って其処に紙袋を立てかける。体が自由になったので、負担をかけていた腰を左右に捻らせる。背骨から関節の鳴る小気味良い音がした。
「で、用件なんだが。」
 話を切り出す魔理沙。妖夢はストレッチを止めて魔理沙に向き直り、首を傾げて無言で続きを促す。魔理沙は妖夢の腰に下げた長刀、楼観剣に目を一瞬やると、自信満々に言った。
「私に剣を教えてくれ。」
「え………?」
 少しあっけにとられた。
 ――剣を教えて欲しいだって?
 この魔法使いがサイコロを振ったような性格なのは、話題に上る度に聞きながら感じていたが、また変なことを考えているのだろうか?
「何で?」
「へ?」
「だから、どうしてまた急に剣をしたくなったのよ?」
 尋ねてみたのは真っ当な理由か聞きたかったのではなく、単にこの頭が年中春の白黒が、どのようにしてそんな考えに至ったのか知りたいという好奇心からだった。
「だって、カッコイイだろ?」
「は?」
 魔理沙はあっさりと答えた。さも当然というように、それ以上の理由は必要ない、とその表情が物語っている。
「カッコいいじゃないか、剣士ってさ。刀と一体となって、有象無象をたたっ切る!!憧れるぜ。」
 目を輝かせ、箒で剣を振る真似をする魔法使い。殺陣師のように箒を振り回しながら、くるくると回る。
 恐らく何か本で、そういうものを読んだろう。はた迷惑な話だが。
 一通りやると妖夢の肩を掴み顔を近づける。
「な、いいだろ?お嬢様の指南のついでで良いんだ。な?な?」
 熱意の篭った瞳。その目を見ながら妖夢は迷っていた。
 正直、幽々子様の剣の指南はここ数年、殆どしていないし、庭師の仕事もある。面倒事を増やしたくは無いが……
 しかし、こんなにお願いしている人間を無下にすることなんて、彼女の性格では出来なかった。相変わらず押しに弱いなあしみじみと思う。
 本当にやりたいみたいだし、どうせ直ぐ飽きるだろう。
 まあ、いいか。
「…………いいわよ。」
「ホントかっ!?サンキュー妖夢!!」
 顔がみるみる明るくなり、手を握り締め、上下に激しく振る。
「じゃあ、明日からね。」
「分かったぜ。有難うな。じゃあ明日、絶対行くぜ!」
 颯爽と箒に跨り、飛んでいく。
「まさに嵐ね……」
 呟き、明日から忙しくなりそうだ、と妖夢は確信しながら魔法の森の方へ点になった魔理沙を見つめた。

 …

 朝。天候は穏やかに晴れ。雲は薄く淡く、いくつか浮かんでいた。
「さあ、始めるわよ。」
「よろしく頼むぜ。」
 冥界、つまりはあの世。そこに広大な土地を構える白玉楼。
 妖夢と魔理沙は屋敷の縁側の前の庭で向かい合っていた。庭と入ってもその広さは尋常ではない。当主曰く、幅弐百由旬に渡るとのこと。普通ならば冗談としても笑えないが、この広さを目の当たりにすれば成る程納得せねばなるまい。何しろ、あの地平線の向こうまで庭なのであるのだ。
 そして其処に数多く立つ桜の木々。盛りは既に過ぎ、今は花は既に散り、枝に若葉を萌やしている。
「稽古を始めるわよ。」
「応!望む所だぜ!」
 鼻息を荒くし、興奮した様子の魔理沙。これから何をするのか楽しみで仕方が無いようだ。
「じゃあ、手始めに――」
「応!」
「すり足からね。」
「すりあしぃ?」
 知らない言葉に魔理沙は若干の不快さを示す。
「そう。こんな風に足を擦らせる様に動かすの。」
 妖夢はお手本としてやってみせる。足を動かすと砂利の擦れる音がする。数回前後運動をしてみせると――
「貴女もやってみなさい?」
 と促す。魔理沙は言われるがままに妖夢の真似をする。
「こ、こうか?」
 妖夢はすり足を止め、指摘を始める。
「違う違う。足が浮いてる。できる限り上下運動が無いように心掛けなさい。」
「ん…。」
「ほら。左足の踵が地面についてる。背筋は正して下を向かない。」
「これは、ムズい、ぜ。」
 取り敢えず何とか形になったすり足をする魔理沙とその様子を見る妖夢。
 暫くの間、砂利の音だけが響く。
「………。」
「………。」
 ずり。ずり。
「………………。」
「………………。」
 すり。ずり。ずり。
「…………………………。」
「……………………なあ。」
 ずり。ずり。ずり。ぴた。
 音が止んだ。魔理沙は足をとめて、妖夢を見る。
「ん?どうかした?」
 怪訝そうに、見つめ返す妖夢。
「私は剣を教えてもらいたいんだ。こういうのは端折ってくれないか?」
 バツが悪そうに魔理沙は言う。それを聞き妖夢は肩で大きく息を吐く。明らかな溜息であった。
「それは駄目よ……。いい?剣術の基本は何よりも足腰なの。体を揺らさず移動できるこの歩法は、一瞬で静と動、攻と守を切り替えられるの。」
「へえ?そんなものか?」
 興味無さげに応じる魔理沙。妖夢は再び溜息をつき、右掌を額に当てる。
「兎に角、もう少しそれが身に付くまでは竹刀は握らせないわ。本来なら一年はこの稽古だけでも十分よ。」
「私はお前たちみたいに長生きじゃないんだ。そんなにのんびりしてたら、あっという間に婆さんになっちまうぜ。」
 そんな魔理沙の茶々に苛ついたのか、妖夢は眉に険を作った。
「ふざけないで。」
「ふざけてなんかいないぜ。私は何時だってすこぶる真面目さ。」
 益々腹を立てる妖夢。三度目の溜息が知らず、漏れた。
「じゃあ、すり足で屋敷を五周しなさい。………それでいいわ。」
 それでも魔理沙は不服そうな表情を浮かべたが、わかったぜ、と言うと渋々といった感じで不恰好なすり足で、屋敷の角を曲がっていった。
 妖夢は横目で屋敷の中を見る。障子の向こうでは幽々子が寝ている。
 ――稽古なんて久しぶりだな。
 と小さくなっていく砂利の音を聞きながら妖夢は思う。
 昔、私が父上から庭師と幽々子様の指南役を受け継いで、未だ日が浅かった頃。初めは幽々子様の剣の指南もしていたが、幽々子様は剣に興味が無い様で、面倒くさがって、私も庭師の仕事の要領を得なくてお留守にしていたため、何となくしなくなっていった。
 庭師が大分板に付いてきた時には、幽々子様はもう剣の稽古をする気なんて微塵も持っていなかった。その時にはスペルカードとか言う物を使って弾幕ごっこをするようになっていたから、幽々子様もそちらをするようになっていた。私も稽古をしようと言い出す機会を得られず、そのまま今日まできた。
 桜の合間を縫って風が流れる。爽やかな若葉の香りが空気の流れに運ばれてきた。それは、初夏の訪れを感じる匂いだった。

 …

「五周……終わった、ぜ………。」
 腰を曲げ、手を当てて魔理沙はそう言った。息は荒くないものの顔には疲労の色が濃く出ていた。額にはじっとりと脂汗が滲んでいた。
 さもありなん。今までとは全く違う歩法での移動。自然に歩くのではない、臨戦態勢での動き。慣れない姿勢は体を緊張させ、より疲労を強めた。
「お疲れ様。」
 濡らした手拭いを渡す妖夢。魔理沙はそれを受け取ると、ぐるりと顔を一周拭き、次いで首筋を拭く。やっと一息いれることが出来た様だ。
「少し休む?」
 縁側に目をやる妖夢。そこには、盆の上に乗った湯飲み二つと急須があった。その意図を読み取った魔理沙はしかし、首を横に振った。
「いや、いいぜ。それよりも次に進みたいぜ。」
 昨日ほどの活力は無いが、それでもなお熱意の篭った魔理沙の瞳。何処で知ったが知らないが。
 ――随分と剣士に入れ込んでるみたいね。
「分かったわ。」
 妖夢は雨戸に立てかけた二本の棒らしき物を取り、そのうちの一本を魔理沙に渡す。
「じゃあ、はいこれ。」
「何だコリャ?」
 手渡された物をまじまじと観察する魔理沙。それは竹を縦に細長く割ったものを四つ、皮で纏められている。
「竹刀よ。」
「シナイ?」
 本日二回目の知らない単語を繰り返し言う魔理沙に妖夢は、そう、と置いて応える。
「外の物で、この前霖之助さんの所で見つけたの。名前どうり竹で出来た刀よ。稽古に仕えそうだったから安く譲って貰ったの。貴女にはこれで練習して貰うわ。」
「えー。刀貸してくれないのか?」
 膨れる魔理沙。
「当たり前でしょ?貴女に渡したら返ってこないでしょうが。」
「心外だな。人を盗人みたいに言うもんじゃないぜ。」
「じゃなかったら強盗ね……。あ、だからってそれ、盗まないでよ?二本しかないんだから。」
「分かってるさ。教えてくれる相手にそんな事はしないぜ。」
 なら良いけどと会話を締めくくり、新たにじゃあと言葉を紡ぐ。
「先ず、構えからね。」

 …

 日も大分高くなり、少し暑くなり始めている。場所は変わらす白玉楼。そこから空を切る音が断続的に聞こえる。音の主は矢張り魔理沙で、竹刀を振っている。妖夢は先程と同じように指摘をしている。この状態が数刻続き、魔理沙は汗を滝のように掻き、髪の先から、顎からと滴り落ちている。息も荒くなっていて、疲労の色は一層濃くなっている様だ。
「は、は……、おい、よう、む……。」
 たまらず、声を出す。竹刀は最早力なく、頼りない軌道を描いている。
「ん?どうしたの?」
「これ、何時、まで……、続け、るんだ…?ふ…。」
 動きも段々と遅く雑になってきている。それを見受けた妖夢が口を開く。
「そうね。休憩にしましょう。」
 そう言うが早いか、魔理沙は竹刀を放り出し縁側に走り、温くなったお茶を一気に飲み干した。次いで手拭いで顔と首筋、髪を拭いた。
「ふう…。明日は腕が筋肉痛だな、こりゃ。」
「腕を使ってる証拠よ。腕じゃなく肩を使うのよ。」
 そう言って手本としてしてみせる。竹刀を構え、それが消えたか思うと鋭く乾いた音がして、竹刀は振り下ろされていた。元からそこにあったかと思うほどに竹刀は一切のズレ無く静止していた。
 それを見て首に手拭いをかけた魔理沙は感心した様に言った。
「流石だな。……なあ、それが出来る様になるまで一体どれ位かかるんだ?」
「そうねえ…。人それぞれだと思うけど…。」
 構えを解き、質問に答える妖夢。
「じゃあ、お前の場合はどうだったんだ?」
 さらに聞いてくる魔理沙。余程妖夢の素振りに感動したらしい。
「私?私の場合…。」
 視線だけを上に向ける妖夢。
 私は物心ついたときから、剣を握っていた。それが魂魄家の仕事だったから。その為に、一人前になる為に父上の指導のもと来る日も来る日も、剣を振ったものだ。
「気付いた時には、素振りは大体出来てたわ。だから、そうねえ…五年以上はかかるんじゃないかしら?」
「五年もか?」
 魔理沙は答に辟易した様子で言う。
「”以上”よ。当然でしょう?剣とは生涯を掛けて磨くもの。だから剣に完成も終わりも無いのよ。」
「マジかよ…。」
 うな垂れている魔理沙。かなり落ち込んでいる様だ。
「まあ、貴女は覚えが速いみたいだし、そんなにはかからないと思うわ。」
 励ます妖夢。それを聞き顔を明るくする魔理沙。
「ホントか!?やっぱり私はすごいんだな!」
 一人で納得する魔理沙。妖夢は呆れた調子で呟いた。
「単純ね……。」
「ん?何か言ったか?」
「別に。――私は庭の手入れをしてくるから、その間に素振りを千回、しておくこと。」
「千!??おいおいマジかよ?私は覚えが速かったんじゃあ?」
「そうだけど、忘れるのも速そうだから。忘れないようにする為に千回。きちんとすること。お腹が空いたら、台所に御握りがあるわ。幽々子様の分もあるから、起きたら言っておいて。じゃあ。」
「お、おい待てっ!」
 飛び去る妖夢。後ろからは魔理沙の文句が暫くの間聞こえていた。

 …

「こんなものかしらね。」
 白楼剣と楼観剣を鞘に戻す。彼女の前には美しく整えられた桜。地面には、桜の小枝が散乱していた。
 少し前までは、ここで彼女の超絶技巧が展開されていたのだが、今はまた穏やかな時間が周りを囲んでいる。
 その後、切った箇所に薬を塗ってやる。桜は病気に弱く、枝を切るとそこから菌が入り、枯れてしまう。以前は油を塗っていたが、竹林で宇宙人を見つけてからは、薬屋の物を使い始めたのだ。
 薬を塗り終え、箒で小枝と葉を掃き集め、袋に移す。この作業も今日だけで数十回になる。
「取り敢えず、今日はこれ位ね。」
 空になった弁当箱を手に取り、屋敷に戻っている。
 ――魔理沙はどうしてるかしら。流石にもう終わってるわよね。
 今日は彼女に夕食を馳走しようかな、と考えながら、屋敷に辿り付いた。縁側からは音が聞こえない。
 帰ったのかと思い覗いてみると。
 そこには魔理沙がいた。
 縁側に魔理沙は仰向けで、大きないびきをかいて寝ていた。口には御飯粒をつけて、涎を垂らしている。御丁寧に鼻提灯まで作っている。竹刀は、あの時放り投げられたまま庭に置き去りになっている。
 ――決めた。今日の夕食はコイツにしよう。
「起きなさい、魔理沙。」
 自分が思ったより低い声で驚いた。魔理沙は少し唸ったかとだけで起きなかった。妖夢は雨戸に立てかけてあったもう一方の竹刀を取り、目にも止まらぬ動きで鼻提灯を切った。
「フガッ!?」
 跳ねるように起き上がる魔理沙。半目で慌てて辺りを見渡す。暫くそうしていたが傍に足が有るのに気付き、凝視する。
 少しそうしていたかと思うと、この足が誰かということとある結論に行き着いた魔理沙の顔から血の気が引き、見上げる。
 顔には引きつった笑顔が張り付いていた。その先にはこめかみに青筋を浮かべ、こちらを睨んでいる妖夢の顔が有った。
「魔理沙?」
「は、はい…。」
 怯えた様子の魔理沙。その顔から自分の顔がどうなっているのかが分かった。
「私は貴女に、一体なんて言ったか、覚えてる?」
「さ、さあ?なんだったかなあ?忘れちまったぜ。はは、ははは。」
「ふざけないで!!」
 普通に言おうと思ったのに、怒鳴っていた。魔理沙はそれに驚いて、何とか落ち着かせようと宥める。
「スマン。悪かった。だから落ち着い――」
「大体何よ!いちいち私の言うことに難癖つけて、文句があるならやらなきゃいいじゃない!!」
 言わなくていいことまで、決壊したみたいに溢れて出た。魔理沙も流石にその台詞に腹が立ったのか、顔をしかめる。
「悪かったって言ってるだろ。そんな風に言わなくたっていいだろうが。」
 魔理沙の声にも怒りが混じり始めていた。
「文句だっていいたくなるぜ。少し厳し過ぎるだろ。私は初心者だぞ。少し優しくしてくれてもいいじゃないか!何だよ千回って。ふざけるなよ!」
「貴女が早く教えてくれと言うから、してあげたんでしょ!」
 二人とも、もう自分では止められない。感情の高ぶりをぶつけ合うだけだった。
「仕方ってもんがあるだろ!?お前の教え方は――」

  下手糞なんだよ!

 そう魔理沙は言い放って、肩で息をする。暫時、荒い呼吸だけが聞こえた。
 少し落ち着いてきた魔理沙は、ふと我に返った。見上げると、妖夢は顔を真っ赤にしていた。しかし先程までの怒りの顔ではなかった。今までとは違う筋肉の弛緩。
 妖夢の目から涙が溢れた。
 俯き、下唇を噛む。反論を予想していた魔理沙は意外な反応に驚きに、呆然とする。妖夢はかすかに口を動かす。
「どうして…。」
「?」
 消えそうな声で呟く妖夢。魔理沙には聞こえず怪訝顔になる。震える妖夢の呼吸音が二三回聞こえたかと思うと。
「どうしてみんなそんなこと言うのよ!!私だって、私だって頑張ってるのに!!」
 割れんばかりの声で叫ぶ。それは、魔理沙にではなく何かに訴えている様だった。
 そう叫ぶと、妖夢は逃げる様に屋敷から逃げ出した。
「何なんだよ…。一体…?」
 魔理沙の声は矢張り、妖夢にではない自分に言っていた。

 …

”面白くないわ。”
 ある日の剣の指南。幽々子様は剣を放り投げ、そう言った。
 その時は自分に力が無いからと納得して――
”はい、そうですね。”
 と力なく笑うしかなかった。確かにあの時の私は無力だった。それから幾星霜、欠かさず毎日剣の修行をした。だから、強くなった筈だったのに。
 私はあの時から、変わってなど、いなかったのだ。
 そう思うとまた涙が零れ出してきて、嗚咽が漏れた。誰もいない庭を歩き続けた。行く場所など無い。只、そうしていないと耐えられなかっただけだった。
 顔が疲れた。吐きそうだ。大声で泣きたかったが、出来なかった。声を出そうとしても自然と声を飲み込んでしまう。泣き方まで忘れてしまったのか。
「ひっく、……ひっ、うう。」
 日が暮れてきた。幽々子様ももう起きているだろう。もう帰らねば。
「帰って、夕食を、作らなきゃ。」
 とぼとぼと歩いて帰る。その帰り道も中々涙は止まらなかったが、暫くするとそれも大分収まってきた。
 屋敷に着いた。
 ――もう帰ったかしら。
 誰とは言わなかったのは、思い出したくなかったかもしれない。
 それでも足は自然と縁側に向かった。

 …

「よお、遅かったな。妖夢。お嬢様ならまだお休みだ。」
 魔理沙は竹刀を振りながらそんな台詞を吐いた。汗に塗れた顔が夕日で光っている。その顔は生気に満ち満ちていた。
 人目で素人と分かる不恰好な素振り。それでも彼女からは熱意が感じられた。真剣さが伝わってきた。いやいややっていたいた時とは違う、一所懸命な素振りだった。
「何で…?どうしてここにいるの…?」
 妖夢の目にまた涙が矯められる。未だ乾き切っていない涙痕にそって涙が一度流れる。それを見た魔理沙は、素振りを止め申し訳なさそうな照れた様な顔で向き直る。
「あの……、さっきは悪かった。自分から言い出しておいてあんなことを言って、今になって考えると私が馬鹿だった。許してくれ。この通りだ。」
 深々と頭を下げる魔理沙。汗が額から落ちていた。
 それを目の当たりにして、妖夢もやっと正常な思考を取り戻した。
「……ううん。私も良くなかったわ。今日始めてする人に沢山言って…。一度に言われたって焦るだけなのに。」
「いや、それは私がそうしてくれって言ったから…。」
「でももっと良い教え方はあった筈なのに。」
「私だって、取り組む姿勢が良くなかった。」
「でも!」
「だけど!」
 黙って見詰め合う二人。風が木々を揺らす。夕日が二人を眩しく照らしていた。
「…夕食。」
 先に動き出したのは妖夢だった。妖夢は背を向け夕日を見る。
「食べていく?」
 妖夢の顔が赤いのは、夕陽の所為だけではあるまい。それを見て魔理沙は微笑む。
「是非…、と言いたいが、今日のところはお暇させてもらうぜ。」
「そう…。」
 ああ、と応えると竹刀を雨戸に置き、箒を手に取る。それに跨り宙に浮く。
「今日はありがとうな。それじゃあな。」
 そう言い去り飛び去ろうとする所に。
「魔理沙!!」
 妖夢は叫んでいた。振り返る魔理沙を真っ直ぐに見つめて妖夢は聞いた。
「また、来る?」
 その問いに、魔理沙は困った様に微笑むと答える。
「止めとくよ。これは…剣術ってヤツは、カッコいいから、なんて軽い気持ちでしちゃ駄目だって、分かったから。」
「そんな事…」
 ないと言おうとしたが魔理沙の目を見るとその先を何故だか言えなかった。
「それに…、こんなにキツいもんだとは思わなかったぜ。これじゃあ私は耐えられない。」
 悪いな、根性無しな弟子でと続ける。妖夢はそれでも泣きそうな顔のままだった。
「じゃ、じゃあ。これ…。」
 妖夢は雨戸に駆け寄り、今日ずっと魔理沙が使っていた竹刀を取るとそれを魔理沙に向かって投げる。魔理沙はそれを片手で器用に受け取る。
「あげる。それさえあれば何時だって練習出来るわ。」
「いいのか?二本しかないんだろう?」
「良いのよ。受け取って。」
「じゃあ、有り難く。」
 竹刀を持ち上げ、感謝の意を表す魔理沙。その仕草をみて妖夢の表情も少し解れた。
「じゃあね。魔理沙。」
「ああ、じゃあな。妖夢」
 そう交わして、魔理沙は現世に向かって飛び去っていた。
 見えなくなるまで妖夢はそれを見送った。見えなくなると、竹刀とお盆を片付け始めた。すると、障子が開き幽々子が出てきた。やっと眼が覚めたようで、大きな欠伸をしている。
「ようむ~、お腹すいたわ~。ごはん~。」
「あ、はい。今から支度しますので、待っててください。」
「早くしてね~。」
 そう言い残して引っ込む幽々子。竹刀を倉庫に戻していると、居間の方から御握りがあるから食べていいかと声がした。
 それに返事をした。その後、腕で目を擦り頬を両掌で挟むように一度叩くと、気分を切り替えるように、よし、と意気込んだ。
 ――明日から剣の稽古を始めよう。
 そう胸に決め、私は台所に急いだ。
(あとがき)
 始めまして。酷頭 辞円と申します。今回始めての投稿ですが、如何だったでしょうか?自分は元剣道部でしたが、魔理沙にはその時自分が先輩に言いたかったことを代弁してもらいました。
 まあ、駄文をつらつら書きましたが、最後まで読んでくれた方、愛してます。読み返してみると自分のボキャブラリーの無さにびっくり。
 最後に。幽々子様は二人の様子をずっと見てました。そんでみょんに萌え狂っていました。そうに決まってる!
酷頭 辞円
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コメント



0.660簡易評価
1.40名前が無い程度の能力削除
素振り千回放置プレイってのは頑張って教えてるとは言わないんじゃないですかね?
2.70名前が無い程度の能力削除
>私が父上から庭師と幽々子様の指南役を受け継いで
父上じゃなくて祖父ね

あと、竹刀より木刀の方がいいんじゃないかと
3.無評価名前が無い程度の能力削除
魔理沙は努力家というイメージが強いので少し違和感を覚えました。
8.70大天使削除
少し妖夢のしゃべり方に違和感を覚えました
後は↑の方々が言われていることとほぼ同じです
次回に期待しています~
10.50名前が無い程度の能力削除
一人称と三人称が入り混じっているように見受けられました。
どちらかに統一することで、より読みやすい作品になるかと思います。
話のテーマ、流れは面白いと思うのですが、そういった理由でこの点数です。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
自分も魔理沙のキャラクターが少し違和感があるかなーと思いました
13.60名前が無い程度の能力削除
魔理沙のキャラが少し違うような・・・魔理沙は隠れ努力家のはずなので、努力のきつさ、苦労を知っているはず。
だから安易な決意はしないだろうし、逆に決意したらひたすらそれに向かって頑張れるイメージがありました。
まあ単に暇つぶしだったと考えればいいのでしょうが・・・。
起承転結は上手いと思いました。
17.50名前が無い程度の能力削除
上の方達と同じで、魔理沙が魔理沙らしくないように感じました。話の流れはいい感じなので、これからに期待してます!
22.50名前が無い程度の能力削除
既に皆さん言われてますが隠れて努力するのが魔理沙なだけに教えてくれる人に対して茶々を入れることがあっても真剣に取り組むのではないかと思います。つまり文句は言っても言われたとおりにするタイプかと。
剣術をやりたがるのは色んなことに興味を持つ魔理沙なら別に違和感ないですし、文章自体も悪くなかっただけにそこが残念に思います。