いかにこの館の主が夜に生きる者であろうと朝は訪れる。
そして朝が訪れれば館の住人達も目を覚まし始める。
だが決して爽やかな朝、穏やかな一日を送らないのがここ紅魔館。
頭が、痛い……朦朧とした意識が鮮明になるに連れ、痛みが増す。
私はこの痛みを知っている。私とてそれなりに長く生きている妖怪、この痛みは何度も経験した事がある。そう、この痛みは……
「ううん、二日酔い……ですね」
どうも私は昨晩、飲みすぎたらしい。それにしても二日酔いするほど飲んだのはどれ位ぶりだろう。
そもそも何故私はこんなに飲んだんだろうか? それすら憶えていない。
ともかく、いつまでもベットの中にいるわけにはいかない。さっさと目を開いて顔を洗って朝食を食べて門前に行く、その頃には二日酔いも吹っ飛んでいるだろう。
「さて、そろそろ咲夜さんが朝食を作ってくれ――へ?」
私は体を起こし、ベットから出る。いや、正確には出ようとした。そして見慣れない光景を目の当たりにする。
ここは私の部屋、あぁこれはいつも通り。床に転がっている酒瓶、まぁ二日酔いなのだから転がってても不思議じゃない。何故か下着姿で寝ていた私、きっと酔いつぶれてそのまま寝てしまったんだろう。
じゃあ――横で寝息を立ててる咲夜さん、しかも私と同じく下着姿。うん、わけわかんないです。
「……既成事実?」
何故かそんな言葉が私の頭の中を過ぎった。ありえない、ありえないから、ありえないはず、ありえないですよね?
「え、ちょ? 咲夜さん? 起きてくださいよ咲夜さん」
そんなはず無いと思いながら一刻も早く真実を聞きたくて私は咲夜さんを揺すった。
「う、ううん……あら、もう朝?」
「もう朝? じゃ無いですよ! 何ですかこの状況!?」
「うう、美鈴。朝から声が大きいわ」
どうやら咲夜さんも二日酔い気味らしく、大きな声は頭に響くらしい。けど今の私は咲夜さんの頭を気遣う余裕など無い。
「色々聞きたい事がありますが、まず何ゆえ私と咲夜さんがこんな姿で一緒に寝てるんですか!?」
「何ゆえって……貴女憶えてないの?」
だから聞いてるんですよ。ああ、でも目が覚めて少しずつ思い出してきたような、そう昨夜は確か……
「昨夜、珍しく咲夜さんに飲もうと誘われたのは憶えています。ただ途中から記憶がすっぽりと……」
「本当に憶えてないの? 貴女あんなに激しく……」
激しく? 激しく何なんですか? 私何したんですか!?
ひょっとしたら、とんでもない事を仕出かしたのかもしれない。そう思った私は恐る恐る咲夜さんに訪ねた。
「あ、あの、私……咲夜さんに何かしたんですか?」
「……本当に、憶えてないの」
何故か咲夜さんは私から目を逸らし、俯いてしまった。何ですかその寂しげな顔は!? もしかして私本当に咲夜さんの事を……
「酷いわ、貴女から誘ったくせに……それもあんなに強引に」
「ええ!? 私ってば一体何を――」
「……もうこんな時間ね。早く行かないと」
「話しを逸らさないで下さいよ!」
「それじゃまた後で」
「咲夜さん!? 咲夜さーーーん!!」
私の質問に答える間もなく咲夜さんは姿を消してしまう。うう、ホント……何があったんですか?
その後、私は気が気じゃないまま門の前まで来ていた。
「はぁ……やっぱり、やっちゃったのかなぁ……」
考えれば考えるほど気が重くなる。
もし仮に、百歩譲って万が一に私が……その、咲夜さんを……その、押し倒したとします。きっと咲夜さんにとって重大な出来事でしょう。無論、私にとっても重大ですが。
けどそれを朝になって私は覚えてないと言った。
「普通、傷つきますよねぇ……」
逆の立場なら私だって傷つく。私、ひょっとして最低じゃないですか?
しかも咲夜さん、私が強引にとか言ってたっけ。それじゃもしかして昨夜はこんな事が……
パターンA
「ふふ、食前酒はココまでです。そろそろメインを頂きますよ? さ、く、や、さん」
「ま、待って美鈴……まだ心の準備が――」
「何言ってるんですか、本当は期待してたんでしょう? こうなることを」
「そ、そんな、私はただ貴女と……」
「私と、何ですか? 子供じゃないんですから、こんな時間に二人きりならこれ位の覚悟は出来てたでしょうに」
「うう、酷いわ……美鈴」
「鬼! 悪魔! 最低! 私なんて消えちゃえばいいんだ!!」
想像しただけで自分の外道っぷりに嫌気が差します。断じてこうじゃありませんように。
……まぁ、そうと決まったわけじゃありませんし、もしかしたら咲夜さんが私をからかってるだけかもしれない。
そう、もしかしたら私が強引になんていうのは嘘で、むしろその逆かもしれない。お酒で私を酔わせて咲夜さんが……
パターンB
「かわいいわ美鈴。食べてしまいたいくらい」
「ダ、ダメです咲夜さん! そんな強引に……」
「貴女に拒否権はないわ、だって貴女は……私の物なんだから」
「さ、咲夜さん……あぁ」
「ありえそう……」
その光景が容易に想像できる。それと、ちょっといいかもとか思った私の馬鹿。
「でも咲夜さんならお酒とか使わず直接襲ってくるだろうし」
今までだってそんなまどろっこしい事はしなかった。襲ってくる時は鎖で人を縛り付ける様な人だし。この前なんてどっかの大怪盗の孫と同じダイブを目の当たりにした。無論、即座に鎖を引きちぎって逃げ出したが。
そう考えるとまだお酒に頼る方がマシに感じる。大体、咲夜さんは普段からムードとかを気にかけて欲しいです。そう、出来ればこんな感じで……
パターンC
「少し、飲みすぎたわね。そろそろお開きにしましょう」
「え? あ、はい……そうですね」
「それじゃ、部屋戻るわ。お休み美鈴」
「あ、あの咲夜さん!」
「ん? 何かしら?」
「え? あ、その、えーと……」
「どうしたのよ? はっきり言いなさい」
「は、はい! えと、その……い、一緒に寝ませんか!?」
「……それは、意味を分かって言ってるのかしら。ウブなネンネじゃすまないわよ?」
「そ、それくらい……わかってます」
「美鈴……」
「咲夜さん……」
「うわぁ、私思ってたより大胆……って、こんな妄想してる場合じゃないんだった!」
昨日の夜に何があったのか思い出さなきゃいけない。もしもAだったら取り返しの付かない事になる。……もっともBでも困るけど、せめてCであることを祈る。
昼過ぎ。昼食を取った私は相変わらず門前に立ち尽くしていた。
「うう……結局、思い出せないまま時間だけが過ぎていきます」
それから私は自分の脳細胞を全力でフル回転されるが、どうしても昨夜の事だけが思い出せなかった。一週間前の晩御飯ですら思い出せたのに。
このままでは咲夜さんに合わせる顔が無い。昼食の時は幸い出くわさずにすんだけど、夜はそうは行かないだろうなぁ。
それまでにどうにかしなくては、再び私は頭を回し始める。だが、それにブレーキを掛けるように一人の来訪者が門前に顔を見せた。
「こんにちわ、毎日ご苦労様ね」
「ああ、アリスさん。また図書館に用事ですか?」
「今日は用事ってほどでもないわ。気が向いたから足を運んだだけ」
「あまり頻繁に来ると魔理沙が焼きますよ?」
「はは……前に一度だけそんな事があったわ……」
アリスさんが遠い目をして空を眺めています、きっと色々苦労しているのでしょう。普段の私みたいに。
けど、それでもお二人は何だかんだでうまくやっている様で何より。それに比べ私は……発展するどころか問題ばかりですよ。
うまくやっていく秘訣を知りたい所です、具体的には今この状況をどう解決するかを。
そもそも思い出せないのなら、このまま悩んでいてもどうしようもない。ならばいっそ誰かに相談するのも手かもしれない。
「あの、アリスさん。少し相談があるんですけどよろしいでしょうか?」
「え、まぁ私でよければ話くらいは聞くけど」
寧ろアリスさんだから相談するんです。
「もし、もしもですよ。お酒の勢いで意中の人に押し倒されたとします。分かりやすく言うとアリスさんが酔っ払った魔理沙に押し倒されるとします。けど、朝になったら魔理沙がその事をまったく覚えていなかったらどうしますか?」
私の勝手な考えでしかないが、もしも本当にそうだったら咲夜さんは凄く傷ついてるかも知れない。
「……えらく具体的かつ、生々しい状況ね。後、別に分かりやすく言わなくてもよかったわ。ていうか急に言われても想像出来ないわよ」
まぁ普通そうでしょう。私だって今朝の事が無ければこんな想像はしません。
「確かに魔理沙は酒に飲まれるタイプじゃないでしょうけど……例えばですよ、例えば」
「うーん。多分、多分だけど……ぶっ飛ばすじゃすまないと思うわ」
何故か最後の方だけえらい冷たくて低い声で言い放つアリスさん。眉間に皺が寄って怖いですよ、頭の中で白黒が赤い何かを流してませんか?
けど、やっぱり普通は怒りますよね……
「……はぁ、そうですよね……」
ひょっとしてお昼に咲夜さんに会わなかったのも、咲夜さんが私に距離をとってるのかもしれない。
うう、もしそうだったらどうしよう……もの凄くお先真っ暗です……
「けど、それと同時にショックも受けるでしょね、流石に」
そう言い残して館へ入って行くアリスさんを見届けながら私は本格的に頭を痛めていた。私だって馬鹿じゃありません、それくらい……本当はわかってました。
「って質問をされたんだけど、何かあったの?」
私は頭の中で魔理沙を七回ほど叩きのめし、今は図書館でパチュリーと雑談していた。もっとも話題はさっき門前での出来事だけど。
「さぁ、私は知らないわ」
「ふーん。でも、急にあんな質問されても困るわよね」
そもそも、押し倒すとかはレディがそう簡単に口にしていい言葉ではないと思う。まぁ、きっとそれだけ彼女も切羽詰ってたのだろう。
「そう? 魔理沙が貴女を押し倒すのなんて、想像に難しくないけど」
なんか魔理沙を理性の無いケダモノみたいに言われているが強く反論できないのも確かなのでながす。
「問題はそれを忘れているって事でしょう」
「……押し倒される事には異議無いのね」
「有るわよ! 有るけどそれは置いといてよ! 私だって毎晩大変なんだから……」
うん、やはり夜だけはケダモノであってる。
「何か言った?」
「何でもないわ。それより、貴女がその立場ならどう?」
これ以上は墓穴を掘りそうなので話題を戻そう。それに、この日々を無表情で生きている彼女がどう答えるのか興味もある。
「私が?」
不意を付かれたようでパチュリーは言葉に迷っているようだ。これだけでも珍しい、聞いてみた甲斐があった。
「パチュリー様、アリスさん。紅茶を淹れてきました」
言葉を詰まらせているパチュリーに助け舟を出すかのごとくのタイミングで小悪魔が紅茶を持ってくる。私としては日頃から皮肉を言われている分を取り戻したかったが、それもここまでの様、まぁ続きはまた今度にしよう。
「あ、あのパチュリー様、私の顔に何か付いていますか?」
私が今のでどれだけ貸しを取り戻せたか勘定していると、いつの間にかパチュリーが食い入るように小悪魔を見詰めている。何がそんなに珍しいのだろうか?
「アリス、悪いけどそれこそ想像出来ないわ」
一瞬、パチュリーが何を言っているのか理解できなかった。まさかそんな真剣にさっきの質問の答えを考えているなんて思わないわないし。ていうか本人の顔を見ながら考えるのもどうかと思うわよ?
「……そうね、この子いつでも人畜無害そうだものね」
寧ろパチュリーがこの子をいつか取って食ってしまわないだろうかと、私は小悪魔に要らないであろう心配をしといた。
「え? 何の話ですか?」
「何でも無いわ。貴女の爪の垢を魔理沙に飲ませてやりたいって事よ」
もっともそれくらいで夜の魔理沙が理性を得るとは思えないけど。
「はぁ」
曖昧な相槌を打ちながら小悪魔は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。首を傾げる彼女の動作は中々に愛らしい、パチュリーも同じ事を思ったのか彼女に視線を向けたままだ。
「小悪魔、貴女はいつまでも変わらずに私の傍にいなさい」
「どうしたんですか急に、元より生涯離れるつもりはありませんよパチュリー様」
パチュリーの言葉に小悪魔は笑顔で答え、二人はそのまま視線を交わらせ続けている。え? 何この空気?
「……今ひょっとして惚気られた?」
これで今日の借り貸し勘定は完全にマイナスになってしまった。
「いーや限界だ! 押すね!!」
まぁ、どんなに頑張ってみたところで私に時を戻す程度の能力なんて発現するわけも無く、夕日が沈み一番星が見え始めた頃には私はギリギリまで追い詰められていた。こんなに追い詰められているんだから新たな力に目覚めてもいいような気さえする。
帰路に着くアリスさんを見送ってから数時間、もう夕食まで時間が無い。
「うう、こうなったら今日は夕食抜きで……って、何言ってるんだろう私。もう二度と咲夜さんにあんな思いはさせないって決めたのに……」
前にもこんな事があった。わけあって咲夜さんの顔が見づらかった時、私は食堂を避けていた。
咲夜さんにあの時のような思いをさせたくない。手の付けられていない食事を片付けさせる様な思いは。
「やっぱり、直接聞くしかないかなぁ」
もうそれしかない。もしかしたら咲夜さんを怒らす事になるかもしれない、その時は謝ろう。
もしかしたら悲しませる事になるかもしれない、その時はもっと謝ろう。
もしかしたら……嫌われるかもしれない。その時は……もっともっと謝ろう。許してはくれないかもしれない、けどそれでも謝らなきゃいけない。
「私が……悪いですもんね」
いつもは嬉々として食堂へと歩き出す足は、今日は別物のように重く感じた。
食堂の扉を開くと、いの一番に彼女が目に入る。どれだけここにメイド服の妖精がいようと私の目が直ぐに彼女を、咲夜さんを捕らえてしまう。
決して見間違える事の無いその人も、どうやら私に気がついてくれたようで、私に向かって歩みを進めてきた。
「あら、美鈴。十三時間と四分十七秒ぶりね」
「お昼に顔を合わさないとそんなに間が空くんですね」
もっとずっと悩み事をしていた私にとって今日はあまりにも短く感じましたけど。
「まぁいいわ、先に席に着いてなさい。貴女の分も持ってきてあげるから」
無論、私の分とは食事の事だ。いつもそれ位は自分でやるのだが今日の咲夜さんはいつもより二割り増しで機嫌がいい気がする。
「それくらい、自分でやりますよ咲夜さん」
とは言っても自分で出来る事までやってもらうのは気が引けるので、私の分は私が持ってこようとした。
だって、もしかしたらこの後、私は咲夜さんを傷つけるかもしれない。だから、今はあまり優しくしては欲しくない。
「いいわよ、これくらい。だって……昨夜はお世話になったし、色々と」
「え、あの、それは……」
昨夜と言うキーワードを持ち出された瞬間、私の頭はその思考を狂わされた。そして私が言葉を詰まらせているうちに、咲夜さんは二人分の食事と取りに行ってしまう。
完全にタイミングを逃した私に出来る事は、ただ席に座って咲夜さんが戻ってくるのを待つだけだった。
「はい、お待たせ」
「あ、はい……どうも。いただきます」
いつの間にか戻ってきていた咲夜さんが、料理の載ったトレイを私の前に差し出してくれた。もっとも気づかなかったのは、私がこのギリギリにきても、今だ悩み事を続けていたせいだろう。
いつもなら、においだけで笑顔になれるほどの咲夜さんの手料理も、昨夜の事をどう切り出そうかで頭が一杯の私はあまり食欲が出なかった。
「どうしたの美鈴、さっきから上の空で食事も手をつけて無いけど……私の料理、何か不満?」
「い、いえ! そんなわけ無いじゃないですか! 私が今まで一度でも昨夜さんの料理に文句言った事ありましたか? 寧ろそんな事言うやつがいたら例えお嬢様でもただじゃおかないです」
ですからそんな顔をしないで下さい。ますます昨夜の事が聞きづらくなるじゃないですか。それに咲夜さんの料理は私の日々の楽しみなのは本当なんですから。
「そう言ってくれるのはありがたいけど、それじゃさっきからどうしたのよ?」
来た。今だ、今しかない、ここを逃したら絶対に聞けなくなる。もしかしたら咲夜さんを傷つける事になるかもしれない。けど、もしそうなら私は咲夜さんに謝らなくちゃいけないから。
「あの、実はですね。昨夜の事なんですが――」
「ああ、酔いが醒めて思い出したのね」
「え? いや、その事で咲夜さんに聞きたい事が――」
「まって美鈴。その先は言わなくていいわ」
「へ?」
思わぬ強制ストップに私は完全に意表を突かれ間の抜けた声を上げていた。
「無理しなくていいわ。本来ならこれは私が言わなくちゃいけない事だと思うし」
「は、え? 咲夜さん?」
何ですかこれ、何がどうなっているのか全く検討がつきませんよ?
「そう、二度も貴女から誘わせる訳にはいかないわ。私にも甲斐性という物があるの、なのに貴女から迫わせるなんて完全で瀟洒の名が廃るわ」
えと、フレーズだけ聞いてると『すまない、女のお前から……けど、次からはちゃんと俺がリードするから』に聞こえるんですけど。
「という訳で……今夜、時間空いてるかしら?」
「え、あ、まぁ昨日も今日も明日も明後日も一日のスケジュールは変わらないので……」
「あ、明後日!」
な、何をそんなに驚いているんですか咲夜さん? と言うか私の生活スケジュールなんて完全に記憶してましたよね? ちょっと前まで一日に何回トイレに行ったかまでカウントしてたんですから。
「まさか明後日まで予約……いや寧ろこれは毎晩という意味よね?」
あの咲夜さん、何ぶつぶつ言ってるんですか? 何が毎晩なんですか?
「く、またしても美鈴から言わせるなんて……」
何でそんな苦虫を噛み潰したかのような顔をしてるんですか? 私何か変な事言いましたか?
「わかったわ美鈴。今日から夜は時間を空けておきなさい! いいわね!?」
「は、はい! わかりました」
……って、あれ? 何か凄く誤解されてる気がする。しかも私、思いっきり返事しちゃってるし。何故か私は咲夜さんにクールで格好よくビシッと指示を出されるとつい『はい』って答えちゃうんだよなぁ。
そういえば前にお嬢様とパチュリー様が『咲夜と美鈴のイニシャルってSとMよね』『ええ、SとMね』『ふーん。SとMねぇ』『S、Mよ』とか言って何かニヤニヤしてたっけ。
「それじゃ、私は先に行くわ。夜に時間を作るには今のうちに色々やっておかないといけないし」
「はぁ、いつもお仕事大変ですね。頑張ってください」
「私は目を赤くすれば通常の三倍で動けるけど、貴女のエールがある今なら十倍はいける気がするわ」
「身体、壊しますよ?」
「そうならない為にも、貴女が毎晩元気を分けてくれるんでしょ? じっくりと、今晩……楽しみにしてるわ」
「え、咲夜さんそれどういう――」
咲夜さんは私の言葉を耳に入れる前に姿を消してしまった。
「って、私肝心な事聞き忘れてる!?」
うぅ……今晩、何するんだろう……寧ろ何かされそうな気がします。
限界を超えろ私の脳細胞! 考えるんだ、昨夜に何があったら咲夜さんがあんな事を言い出すのか。
「……無理、へこみたくなる様なシーンしか思い浮かばないです」
それも卑猥な物ばかり、私の頭ってこんなにダメなのか。
門の前で自分の妄想に顔を赤らめている私は、他の人がみたらただの怪しい人に見えるだろう。
「そろそろかなぁ、そろそろですよねぇ……きっと」
普段なら咲夜さんが顔を見せに来る時間です、多分こんな事を考えてる間に……
「私が貴女に心奪われた日から、貴女の全ては私の物なのよ美鈴」
来ましたよ、何か凄い自論を口走りながら。
「突然人の背後に立って、とんでもないジャイヤニズムを耳元で囁かないで下さい」
「貴女って耳弱いわよね、軽く息がかかっただけで全身震わせちゃって……」
「それはいつも唐突に後ろから声をかけるから驚いてるだけです」
誰だって真後ろから突然声をかけられたら驚くでしょう。
「……ふふ、そう言うことにしといてあげるわ」
何で『照れ隠ししちゃって、でも私にはわかってるんだから』みたいな顔してるんですか? 本当にただ驚いてるだけですよ? ホントですよ、きっと……多分。
「まぁ、おしゃべりはこれくらいで。部屋、行きましょうか」
やっぱりそうなるんですね。このまま何気ない日常会話で一日を終えることを密かに期待していましたが、やっぱり無理ですか。
「あ、あの、咲夜さん。その前にお話が――」
「だめよ美鈴。今日は私からって決めたんですもの、貴女は私の言う通りにすればいいの」
「は、はい」
って、またやってしまった! 私の馬鹿! パブロフの犬! このまま流されて私はどうなるんでしょうか。
咲夜さんの一歩後ろを歩き、行き着いたは咲夜さんの部屋。
こんな時間に自室に連れ込まれるということは、やっぱりそういう事なんですか? このまま部屋に入るや否や、押し倒されて哀れも無い事されちゃうんですか? うぅ、せめてシャワーくらい浴びたいです……って違う! 誤解を解くのが先決です。
「美鈴、さっきから百面相だけど悩みでもあるの?」
よほど顔に出ていたらしく、ドアノブに手をかけた咲夜さんが私に声をかけてくれる。
「……ええ、まぁ。その事で咲夜さんにちょっと聞いて欲しいかなと」
「結婚式は洋風がいいわ」
「……いえ、そんな事じゃないです」
「ああ、子供の数?」
「違いますって」
「子供の名前は男か女か分かってからでも良いと思うの」
「そろそろ話し戻しますよ?」
部屋に入った咲夜さんはそのままベットに腰を下ろし、私はその前に立つ。
「座らないの?」
「ええ、先にお話が」
「そう、私との将来設計以外で何をそんなに悩んでるんだか」
悩まなくても私と咲夜さんはきっとこの先も門番とメイド長だと思います。私と咲夜さんの関係は……わかりませんけど。
「それで、私に話って?」
「あの、少し聞きづらいんですが……昨夜のことで」
言葉を一つ出すたびに憂鬱になっていきます。
これを聞いたら咲夜さんどんな反応するかなぁ。驚く、怒る、悲しむ、いきなり泣き出すとかはないですよね、きっと。
咲夜さんは何も言わずに私の言葉を待っている。
「咲夜さん。じ、実はですね、私……昨夜の事、何にも覚えてないんです」
言ってしまった。私は咲夜さんの目が見れずに俯いてしまう。
「……本当なの、それ」
聞き返す咲夜さんの声がいつもより少し低い気がします。
「……はい、ごめんなさい」
「そう、それじゃ私は一人で盛り上がってたのね」
自虐的な言葉なのに、何故か私の心がひどく痛む。
「……ごめんなさい」
「止めなさい。謝られたら、私が傷つくでしょ?」
でも、謝るしかないじゃないですか。だって、悪いのは私なんですから。
「顔を上げなさい、怒りはしないから」
俯きっぱなしの私に業を煮やしたのか、咲夜さんは立ち上がり私の前に立った。そして手をそっと私の顎に置き、視線を交じり合わされる。
「咲夜……さん」
「なに泣きそうな顔してるのよ。それくらいで、私が貴女を嫌うとでも思った?」
私は一体どんな顔をしていたのだろう、自分の泣き顔なんて久しく見ていないから思い出せない。
「だって、私……咲夜さんに酷い事したかもしれないって思ったら……」
「馬鹿ね。普段は人のこと冷たく受け流すくせに、自分の時はそんなに悩むなんて」
「べ、別に冷たくしてるわけじゃ……ただ、咲夜さんが強引過ぎるから……」
私は顔を逸らしたくなったが、咲夜さんに添えられてる手もあり、逸らしたのは視線だけだった。
「それで、貴女は私を嫌いになった事はある?」
「……無いです、一度も」
「なら、貴女も気になんてしなくていいわ」
そう言ってくれた咲夜さんは、添えた手でいつの間にか溜まっていた私の涙を拭ってくれていた。
今日の咲夜さんはずるいです。人が必死でどうしようか悩み続けた末に、嫌われる覚悟で謝ったのに、そんな風に簡単に許されたら……もっと、今よりもずっと……
ずっと憧れちゃうじゃないですか、今よりもずっと咲夜さんばっかり見続けちゃうじゃないですか、今よりもずっと咲夜さんのことで頭がいっぱいになっちゃうじゃないですか。今よりもずっと咲夜さんのことが……
「好きになるじゃないですか」
気がついたら私は、しがみつく様に咲夜さんの胸に顔を埋めていた。
「今日の美鈴は珍しい上に面白いわね」
優しく頭を撫でてくれる咲夜さんの手が、凄く心地よかった。
「少しは落ち着いた?」
「いえ、恥ずかしい所を見られすぎて顔から火が出そうです」
私は咲夜さんに招かれるままベットに腰掛けた。
「そんな返し方が出来るなら平気ね。もう少し私の胸で泣きじゃくる貴女を見たかったけど」
「盛大に大泣きしたみたいに言わないで下さいよ」
こっちは一人で馬鹿みたいに悩んだあげく、空ぶって本当に恥ずかしいんですから。
「私に抱かれて『咲夜さぁん、好きです……大好きです』って口にした貴女は本当に可愛かったわよ?」
「いや……言ってませんし、そんな事」
ちょっと目にゴミが入ったくらいの涙を溜めて、少しの間だけ顔を埋めてただけです。ホントですよ? ホントですってば。
「事実は二の次、私にはそう聞こえたからいいのよ」
「妄想が生み出す幻聴ですね」
「やっぱり美鈴……冷たく受け流すじゃない」
「ですから冷たくしてるわけじゃありません。それに無視するよりマシだと思ってください」
「つれないわね」
やっといつもの調子に戻ってきた私、咲夜さんには悪いがさっきのやり取りよりは、このいつもの会話の方がしっくりくる。
だから、この流れなら多分聞ける。
「それで咲夜さん。結局私は咲夜さんに何をしたんですか?」
やはりちょっとだけ声が上ずったが、大丈夫。きっと咲夜さんは気づいてない、いつものノリで答えてくれるはず。
「それは……聞かない方がいいかもしれないわよ?」
全然ダメでした。さっきまで微笑しながらしゃべってたのに、急に真顔に戻らないで下さいよ。
けど、ここで引き下がるわけにはいかないんです。咲夜さんは許してくれたけど、もし私が咲夜さんを傷つけるような事をしたのなら、知らないふりをし続けるわけにはいかない。
だって私は……咲夜さんが好きだから。
「聞きたくなくても、聞かなきゃいけないこともあるんです」
「そう、ならいいわ。教えてあげる」
私は黙って咲夜さんの言葉を待った。もしも昼間に考えたパターンAだったどうしよう……自分の理性の無さに絶望しそうです。
「まず、飲みすぎた貴女が完全に酔っ払って……」
そうでしょうね。記憶が一切なくなるくらいですから。
「貴女が無理やり私をベットに押し倒して……」
や、やっぱりパターンAですか!?
「強引に私の服を脱がして……」
私の馬鹿! ケダモノ!
「まるで舐めるように私の全身を……」
最低だぁ……こうなったら責任とって咲夜さんと……
「マッサージしてくれたの」
「……へ?」
私、何か聞き間違いしました?
「だから、マッサージ」
「……マッサージ?」
マッサージってあれですか? 背中とか腰とか足をぐいぐい押すあれですか?
「酔った貴女が、私に疲れが溜まってるだろうからって、私はいいって言ったんだけど貴女が無理やり」
あの、言葉が見つからないんですが。
「私が貴女に頼むならともかく、貴女に気を使わせるなんて……完全で瀟洒の名が廃るわね」
え、ホントにそんなオチなんですか? 私の苦悩と涙はなんだったんですか!?
「というわけで、今日もお願いできるかしら? スキンシップついでのマッサージ」
「……その前に、お酒ありますか? なんか、全て忘れたい気分です……」
「ねぇパチェ、もし私がメイド服着てメイドに紛れても私だって分かる? 分かるわよね? だって親友だもの」
「……多分気づかないわ」
「何でよ!? 親友でしょ! いや寧ろ心友でしょ!?」
「貴女と私は~友達じゃないけど~♪ 私の使い魔と貴女は友達~♪ だいたいそ~んなか~んじ~♪」
「何よその歌!? 何でこのタイミングで口ずさむの? ねぇパチェってば」
「まぁまぁお嬢様、パチュリー様も冗談が過ぎますよ」
「そ、そうよね。冗談よね? パチェってば、ブラックなジョークかますんだから」
「冗談……ねぇ」
「え、冗談よねパチェ?」
「所でパチュリー様、私がメイドの格好をしても私だと気づいてくれますか?」
「ええまぁ、多分気づくわ」
「何でよ!? 何で小悪魔に気づいて私に気づかないのよ!?」
「……羽とか、妖精とは違うから目立つじゃない」
「いやいやいやいや! 私の羽は目に入らないの!?」
「仕方ありませんよ。愛の力ですから」
「らしいわよレミィ」
「さ、さり気無く惚気られた!?」
「あれ? じゃあ何で私まで下着姿で寝てたんだろう?」
「それはその後、色々あったからよ」
「え? 色々ってなんですか!?」
「だって、あんなにあちこち触れられたらその気になるじゃない?」
「え、ちょ……何ですかその気って!? 何したんですか!」
「色々よ、色々」
「だから色々って何ですか! ホント私に何したんですか!?」
「しょうがないわね、それじゃ今から昨夜の事を再現してあげるわ。ベットの上で」
「け、結局こういうオチなんですか!?」
相変わらずのさくめーがたまりませんでした。
相変わらず氏のSSは読みやすくていいな。
美鈴はもう陥落したな…
貴女の書くさくめーが読める、こんなに嬉しいことはない…
咲夜さんの相変わらずのぶっ飛んだ愛情が素敵でした。
ヒント スカーレットマイスタ
>むしろかなり好きなほうです。本当です。
今までの扱い全部見て信じられると思う?嫌いなようにしか見えないよ。
好きな子ほど~ですね略
良きさくめ~でしたー。
カプネタがやりたいなら他のキャラを貶めないでやれば良いと思いますよ
ところで作者擁護として、好きな子ほど苛めたいって言葉知ってます?嫌いなキャラを一々出すわけないと思うんですが。
とか言ってみるテスト
あと他のキャラを貶めないというのは賛成だがこのSSでは別に貶めてなんかいないと思うんだよJK
しかし魔理沙は自重すべきw
あなたの書く咲美は良いものだ。
しかし、この咲夜さん瀟洒だわ。
お嬢様には、フランちゃんがいるから、きっと大丈夫さ。
どうせならめーりん視点の丁寧語で統一したほうが面白いんじゃないかと思いました。
>……押し倒される事には意義無いのね→異議?
レミリア可愛いよレミリア
ところで例のダイブが頭に残って離れないのですが。
ちょっと咲×美がマンネリな気もしますが…
レミリアの虐められ方は一部の他作品における
美鈴の扱いに比べたらずっとましなんであんまり気になりませんよ
↑でも書かれていますが、レミリア虐めがどうこう言ってる人は他作品の美鈴の扱いと比較してみたらどうですか?
B・E・D!!B・E・D!!
むろんベッ「ト」的な意味で。わざとだったらごめんなさい。
サッカリンも真っ青w
心が掴まれるようだ
レミリアは虐められて
いる訳じゃないよ!
好きな子は虐めたくなる
アレだよ!