紅魔湖と呼ばれる、幻想郷最大の湖。
そしてその畔に立つ悪魔の棲む館、紅魔館。
外の世界から館ごと引っ越してきたと言われるその館は、日本という国をベースに持つ幻想郷からは酷く浮いていて、なじまない。人里の建築物となど比較にならないくらい広大で巨大なそれは、まるで館自体が幻想郷の中に生まれたもうひとつの異世界だと錯覚させるようだ。
いや、幻想郷のように結界で閉ざされてはいなくとも、吸血鬼の主、魔法使いの客人、数多のメイドなどの異分子を内包し、門番とメイドという二層の防壁に護られた館は、既に異世界と言っても過言では無いかもしれない。
そんな異世界に今、少しばかりの変化が訪れようとしていた。
※
「もう一度言ってくれるかしら」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットはそう言った。
自らの正面に立つメイド服姿の少女、十六夜咲夜へ。
「申し上げた通りです」
主たる吸血鬼の視線を真正面から受け止め、咲夜は続けた。
「お暇を頂きたいと思います」
レミリアの眼が不快を示すように歪められた。だが、それも一瞬のこと。すぐに、何かに気がついたような表情を見せる。
その傍らに座る魔法使い、パチュリー・ノーリッジは、開いた本から顔を上げることも無く。
ソファーの上で胡座をかくように座る吸血鬼、フランドール・スカーレットは、意味がわからないのかキョトンとした表情で、ふたりの会話を聞いていた。
「……ああ、そう。もうそんな時期か」
今度は不快、というよりうんざりしたような表情がレミリアに現れた。頭痛を抑えるかのようにこめかみをつつきながら、スカーレットの当主は言う。
「幻想郷の連中を知っているあなたなら、いくらでも方法があることはわかっているわよね」
「はい」
「知りながら、そのまま受け入れると言うの?」
「はい。それが私の誇りですから」
咲夜が『誇り』と口にした瞬間、パキンと軽い音が響く。レミリアの手にしていたティーカップが、取っ手だけを残して砕けた音だ。中に入った紅茶はテーブルクロスを濡らし、それを伝って床にまで垂れている。
「随分とつまらないことを言う。人としての誇りか? 狩人としての誇りか?」
不快を通り越し、怒りに彩られた表情と共にレミリアは吐き捨てるように言った。小さな体から、発せられるのは、息の詰まるような怒気。常人ならそれだけで身がすくみ、妖怪なら逃げ出すほどのものだ。
しかし咲夜はそれに怯むこと無く、レミリアの紅い瞳を見据えたまま、言う。
「いいえ。お嬢様の従者としての誇りです」
次の瞬間、レミリアの手には紅茶の注がれたティーカップがあった。砕けたはずの破片も、テーブルクロスと床を濡らした紅茶も消え失せている。自らの能力を生かした、完璧で瀟洒なメイドと評されるにふさわしい仕事だ。
レミリアの生涯にとっては僅かな期間のことだというのに、その力が側にあるのが当たり前だと感じるようになったのはいつの話か。そして今、それは当たり前ではなくなろうとしている。
「……頑固な従者を持ったものだ」
空間を押しつぶすような重圧が、空気の抜けた風船のように萎んでいくのが感じられた。今のレミリアの顔にあるのは、呆れとあきらめだ。
レミリアがカップに口をつければ、それが好みの味と温度に淹れられているのがわかる。咲夜の願いを叶えるなら、今ここにあるのが最後の味。
レミリアがカップを傾け、紅茶を口内へ流し込むようにして飲んだ。好みの温度とはいえ急に飲むには熱すぎるだろう。その幼顔をしかめ、口の端からポロポロとこぼしつつも、喉を鳴らして飲み込んでいく。
飲み切ると同時にフゥと息をつき、口元を袖で拭く。
そして、言った。
「好きになさい」
呟きと同時に、カップを置く。その音に合わせるように、テーブル上のティーセットが消え失せていた。紅茶で汚れた顔と袖も、そんな事実が無かったかのように元の美しさを取り戻していた。
最後までいい仕事をする物だ、とレミリアは思う。
「狩人の成り損ないに過ぎない私にとって、お嬢様に御仕えできたことが一番の幸せでした。この御恩は忘れません」
レミリアへと一礼すると、咲夜はフランドールとパチュリーへと向き直った。
「フランドール様。いつまでも元気なままでいてください」
「う、うん?」
「パチュリー様。御体を大切にしてください。小悪魔にもよろしくと」
「ええ」
未だ理解出来ずに目をパチパチと瞬かせながら答えるフランドール。
やはり本から顔を上げないまま、だがページを捲る指と文字を追う目を止めて答えるパチュリー。
そんな二人にも一礼し、咲夜は部屋の入り口へと下がった。
「咲夜」
カーテンで締め切られた窓を眺め、咲夜に目を合わせないままにレミリアが呟く。
「世話になったわ」
言葉と共に、咲夜の体が震える。
レミリアに仕え、幾世霜。主に害を成す敵にも、害は無くとも気を抜けない大妖怪達にも、そして主であるレミリアにも震えを見せなかった咲夜が、今震えている。
だが、それを生み出すのは恐怖ではない。心の底へと染み渡り、咲夜の体をじんわりと暖めてくれるような感覚だ。
自らを満たし、そして込み上げるものをこれ以上押さえ込みたくはない。今すぐにでも解き放ち、幼く、強く、気高く、厳しく、そして優しい我が主へと伝えたい。
それをしないのは、誰のせいでもない。自分が勝手に唱えた誇りとやらに縛られているだけだ。そんな物を破ったところで、責める者はこの館には居ないだろう。この館で働きつづけた自分には、彼女達のそんな優しさが痛いほどにわかっていた。
そして――――だからこそ、この想いを吐き出すわけにはいかない。
「……勿体無いお言葉です」
絞り出すような声を残し、咲夜の姿が扉の向こうへと消えた。
扉の外からコツコツと足音が響き、それもすぐに小さくなる。足音が聞こえなくなると、レミリアはテーブルに突っ伏すように倒れた。
「最後まで可愛くない娘だったわ」
腕を顎の下に敷いたまま、眉根に皺を寄せてレミリアは言う。ふと何かを思い出したような表情と共に、顔を上げた。
「例の連中を雇い入れたのは、この日のためというわけか……本当に可愛くない」
「引継ぎもアフターケアも完璧ということかしら? さすが完璧で瀟洒なメイドと言われるだけのことはあるわ」
「もっと見苦しく醜い所を見せてくれたっていいでしょうに。人間だったら」
その口調は咲夜を責めるというよりは、ただの愚痴に近い物だ。既に終わり、受け入れた事実に対して漏らす、何の意味も無いただの戯言。
「ねえ……咲夜なんか変なこと言ってたけど、どうしたの?」
意味はわからなくとも二人の会話から良くない物を感じ取ったのか、フランドールが不安そうな表情で尋ねる。
「暇をくれと言っていたでしょう。メイドを辞めさせてくれということよ」
「へ……?」
パチュリーの答えに、フランドールがポカンと間の抜けた表情を見せた。
レミリアと同じく、その幼い容姿からは想像できないほど長く生き続けているフランドールだが、その殆どは地下にこもっていたせいか、人生(?)経験という点では驚くほど未熟だ。そんな彼女にとっては咲夜=メイドということは常識であり、それが覆されるということが理解できなかった。
頭を抑えて考え込んでいる妹へ、姉が助け舟を出す。
「つまり、紅魔館から出て行くのよ」
シンプルに結果のみを伝えた瞬間、フランドールが目を見開き、跳ねるようにして立ち上がる。
「や、やだよそんなの!! お姉さまだって嫌でしょ!? 困るでしょ!?」
「……別に今更、紅魔館は何も変わらないわよ。メイド長はとっくの昔に代替わりしてるんだから」
そう、数年前より咲夜はメイド長の座を降り、後任の者へと明け渡していた。それからはレミリアの専属メイドとなり、館の管理からは手を引いていたのだ。そして後任のメイド長により、今の紅魔館は問題なく機能していると言ってよい。
咲夜の能力による大図書館の空間拡張も、今ではパチュリーの組み上げた術式によって完全に再現、管理されている。
つまり、紅魔館当主としてのレミリアには、咲夜を引き止める理由など何も無いのである。
「もういい!! 私が咲夜を止めてくる!!」
姉の冷たい物言いに苛立ったのか、犬歯を剥き出しにしてフランドールが叫ぶ。そのまま姉に背を向け、突き破らんかとするような勢いで扉へと向かった。
「やめなさい」
背後からレミリアの声が聞こえるが、そんなこと聞いていられない。扉を開くのももどかしい、力づくで吹き飛ばすか、能力で破壊するか、どっちに――――
「お願いだから、やめて」
二度目のレミリアの声が、フランドールの動きを拘束した。その声に魔力が込められていた、というわけではない。フランドールにとって、それが初めて聞く声だったからだ。
それはいつも聞き慣れた、上から語りかけるような、誇り高く、威圧的な物ではない。すがりつくような、情けない懇願の声だ。そんな声がこの忌々しい姉から発せられるなんて、驚いて立ちすくむには充分だった。
ギョッとした表情でレミリアへと向き直ると、そこに居たのはうつむいたまま、目線を合わせようとしない姉の姿だ。
「お願いだから……最後まで咲夜をあのままでいさせてあげて」
フランドールは、先程までの憤りが急速に静められていくのを感じた。おそらくは、『わかってしまった』からだろうと思う。
咲夜がなぜ突然辞めるなどと言い出したのか、それをレミリアはなぜ引き止めなかったのか、フランドールにはまだ理解できてはいない。
それでも
「紅魔館の誇る、完璧で瀟洒なメイドに……」
レミリアの咲夜を想う心は自分と同じ、いやそれ以上の物だということだけは、わかってしまった。
※
レミリアへ最後の挨拶を終えた後、咲夜は館の一階へと降りていった。向かうのは一階のはずれ、従者達の寝室が並ぶ一画である。
紅魔館で働く多くの妖精や妖怪達は大部屋で雑魚寝であるが、美鈴や咲夜のような隊長格にある者には個室が用意されていた。一応は紅魔館に長く勤め、それなりに真面目に働けば個室に入る権利はあるのだが、基本的に妖精や妖怪は一人で部屋に閉じこもるよりは大勢で騒ぐほうが好きなため、プライベートタイムを楽しむような風情のある者は滅多に居ない。よって、従者で自分の部屋という物を持っているのは咲夜に美鈴、その他極々一部の変わり者と呼ばれる連中である。
ちなみにパチュリーの使い魔である小悪魔はあくまで『客人であるパチュリーの従者』であり、紅魔館の従者ではなく、形式上は客人として扱われている。そのためにパチュリーと同じく客室が用意されているが、そうは言っても彼女は図書館から出ることはほとんど無いため、その客室は空き部屋と同じような物である。
今日で最後ということで改めて自分の部屋を見回してみるが、つくづく殺風景でつまらない部屋だと思う。簡素なベッドに、寝間着とメイド服しか入っていないクローゼット。化粧台には手鏡といくつかの化粧品は置いてあるが、それはレミリアの傍にひかえていても見苦しくなく、目立たないという従者としての化粧を施すための物だ。
それ以外には殆ど何も無い。必要最低限の物しか置かないようにしていたが、文化的な水準というものを考えれば最低限すら怪しいかもしれない。
隣の美鈴の部屋を思い出す。自分と同じく質素で簡素な部屋ではあったが、自作だという家具とわずかに置かれた大陸風のインテリアが、彼女らしさをよく表現していたものだ。自分ももう少し可愛げがあればよかったかな、と思う。後悔しているわけではまったく無いのだが。
館を出る前に私物を処分しようと思っていたのだが、全部集めても木箱の半分にも満たない。手間がかからなくて良いとは思うが、つい苦笑が漏れる。
身に纏うメイド服は、本来は支給品なので返却すべきだろうか。そうは言っても、これ以外には寝巻きぐらいしか持っていない。それによく考えれば、館に来た当初に支給された物は、メイド長という激務の中でとっくに雑巾の材料とされている。現在着ているこれは確か、自分で繕った物だ。
少し悩んだが、退職金代わりに貰っておくことに決めた。クローゼットに入っている分は、他のメイドに使ってもらえばいいだろう。
簡単に掃除を済ませると、それだけで僅かに感じられていた生活感という物がさっぱりと消え失せてしまっていた。私物の入った木箱を抱え、部屋の位置以外で他の空き部屋と区別することが難しくなった自室を後にする。
寝て起きるだけとはいえ、それなりに長い間世話になったはずの部屋なのだが、たいした感慨もわかない。館の主と違い、薄情な主で悪かったわね、などと思ってしまった。
館裏口のゴミ捨て場へ向かい、木箱を置いた。後は誰かが燃やしてくれるだろう。これで片付けは終了、と。
あまりにも簡単な後片付けに、思わず溜息をついていると、
「あ、こんにちわー咲夜さん」
呼ばれて振り返れば、そこに居るのは小柄な少女だ。身に纏うのは門番長の美鈴と同じ、大陸風の衣装。ただし色は紺色を基調としており、恥ずかしいのかスリット付のスカートの下にはショートパンツを履いている。
緑のショートカットヘアからは、虫の触角を思わせる突起が飛び出し、その上にはこれまた美鈴と同じ帽子をかぶせられていた。ただしその星飾りには、『蟲』の字が刻印されている。
闇に蠢く光の蟲、蛍の妖怪リグル・ナイトバグだ。だが、この場における彼女の立場はただの妖怪ではない。
「ええ、こんにちわリグル。門番の方はいいの?」
「ちょっと代わってもらってます。ここの仕事終わったら戻りますよ」
今の彼女は、美鈴直属の門番隊に所属している。その足技に目をつけた美鈴によって体術を仕込まれた彼女は、副門番長として抜擢される程の存在になっていた。最も格闘に特化しすぎたためか、弾幕勝負は不得手というのは師匠ゆずりだが。
そして副門番長以外に、兼任する仕事がもうひとつ。
「えへへ、今日はいいのが収穫できますよ」
そう言って彼女が立つのは、様々な野菜、果物が植えられた農園だった。紅魔館は吸血鬼の館であるため、表側が日当たりが悪く、裏側が日当たりが良くなるように建てられている。よって、日当たりが良く、人の目に付きにくいここは、農園として使われていた。その管理をしているのが、リグルなのである。
「よーし、皆集合ー!!」
彼女の声に答えるかのように、草むらからガサガサと音が鳴った。そこから地面を這いまわり、もしくは跳ねて、又は宙を飛んでリグルの元へと集まる物がある。ひとつひとつは小さいが、その数は『いっぱい』、『大量』としか表現できないほど膨大だ。
リグルには悪いが生理的な嫌悪感を覚えるそれは、彼女の使役する虫達だった。
「さて皆、今日の仕事はわかってるよね。じゃ、作業開始ーーー!!」
パンと掌を叩くと、虫の群れが霧散した。砕けた群体は、農園のあちこちへと吸い込まれていく。
土の上では、虫達が波のように蠢いているのがわかった。そして彼らが通り過ぎた後に残るのは、土と育てるべき農園の作物だけだ。いくらか生えていた雑草達は、綺麗に刈り取られている。
その頭上では、羽虫達が花から花へと移り飛び回っていた。その体についた花粉によって、花々が無駄なく、効率よく受粉されていく。
「そっちのはっぱは落としちゃって。あと、実が痛んでるのは食べちゃっていいよ」
リグルの指示に答え、虫の動きが変わっていく。その様はまるで、楽団を操る指揮者のようだ。
「いつ見ても驚くわね、この光景には」
「ふふん、虫の力を甘く見てもらっちゃ困りますよ」
植物を育てるにあたって虫の存在は害となることが多いが、彼女の能力をもってすれば別の話。虫による食害や病気を防ぐだけでなく、小さく、数の多い彼らを使役することで大幅な作業性の向上も可能となった。ちなみに報酬は、彼らが刈り取った雑草や、間引かれた芽に傷のついた実などだ。
薬に頼らず、なおかつ管理の行き届いた紅魔館産の野菜は、人里の食通の間でも噂されるほどの代物である。もっとも『虫が育てた』という評判のせいか、最初の一口は勇気が居るという話だが。
元々は、美鈴が門番の片手間に管理していた庭園で、虫が害虫として扱われているのに彼女が憤慨したのが始まりだ。『虫が役立つってことを見せてやるわ!!』と言った彼女は、今のように虫を使役して見せたのだった。
それを見た咲夜は美鈴と相談し、リグルを庭師に任命して、庭園の管理を任せたのだ。それからという物、彼女は庭師としての腕前をメキメキと上げていった。その腕前は白玉楼の少女が危機感を覚える程。しばらく後には館裏手の農園―――これも美鈴が片手間に管理していた―――の管理を任されるようになった。
したがって今のリグルの役職は、副門番長兼庭師兼農園主といったところか。
「今日は、トマトとナス、あとカボチャがいい感じかな」
さすがに実の収穫までは非力な虫達では難しいので、これはリグル自身の仕事だ。慣れた手つきで鋏を動かし、野菜を竹篭に放り込んでいく。程なくして、籠の上に野菜が山盛りになった。
「これ、厨房に持っていくのかしら」
「はい、そのつもりですけど」
「じゃあ貸しなさい。ちょうど寄るつもりだったから」
返事を聞く前に竹篭を奪った。人間の腕力には少しこたえる重さだが、そんなことを表情に出さないのがメイドとしての嗜みだ。
「すいません、じゃあお願いします」
「ええ。早く門番としての仕事に戻りなさい」
「はーい」
ペコリと頭を下げてから駆け出していくリグル。その背中へ眺めつつ、咲夜が一言。
「ところでリグル。美鈴はどうしてるの?」
「美鈴さんなら、お昼寝……あああっ!!」
少し頭が足りないと評されることも多い彼女は、言ってしまってから口元を両手で抑える。『しまった』という表情を隠そうともしないリグルへ、咲夜は微笑を見せた。
「お、お昼寝と言うかシェスタというか瞑想というか禅というか、ええと……」
「あらそう。後で寄らせてもらうから」
「ひえぇ」
自分の事でもないのにガタガタと震える彼女を見て、苦笑しつつ咲夜は言う。
「美鈴のこと、これからも助けてあげてね」
「は、はい?」
怯えたまま答える彼女に背を向け、咲夜は館の中へと姿を消した。
※
紅魔館の食糧事情をつかさどる厨房。主であるレミリアと訪れる客人を満足させる『質』と、メイド達の腹を満たす『量』を要求される戦場と言っても差し支えない場所である。
今、そんな戦場に場違いなメロディが流れていた。
「ぐるぐるぐっつぐつ~~♪ ぐっつぐるぐる~~~♪」
軽やかな歌声に合わせて鍋の中のお玉が回される。その中を満たすのは、食欲を誘う匂いを発する褐色の液体だ。
鍋の前に立つ彼女がその液体をスプーンですくい、ぺロリと一舐め。目を閉じたまま味を確かめ、満足そうに頷いた。
「ヤツメウナギのコンソメスープ完成~~~♪」
歌うように、いや歌いながら言うのは夜雀、ミスティア・ローレライだった。その身に纏うのは清潔感溢れる白の調理服。腰から下には音符の刺繍が入ったエプロンを、首元には赤紫のスカーフを巻き、頭には妙な羽飾りのついたコック帽を被っている。
そして、そんな彼女の背後に忍び寄る闇がひとつ。
「そーなのか~~~っと」
ミスティアの後ろから伸びた手が鍋のお玉を掴み、そのままスープをいっぱいに掬う。その行き先は皿ではなく、ぽっかりと空間に開けられた大穴だ。
「あああ食べちゃだめだってーー!!」
「お腹すいたんだもーん。ちょっとだけー」
大穴へ、いや宵闇の妖怪、ルーミアの口の中へとスープが流し込まれた。出来立ての熱々だというのに、そんなことに介することも無くゴクゴクと飲み干していく。
ちなみに、彼女が纏うのもミスティアと同じ調理服だ。エプロンとスカーフは彼女の持つ闇と同じ漆黒。ミスティアよりはいくらか低いコック帽には赤いリボンが巻かれている。
「ごっくんぷはー……うーん?」
シチューを飲み干した後、何か考え込むような素振りを見せ、そして言う。
「みすちー、これいまいちだよ。コンソメ強すぎてヤツメウナギのダシが消えてる。臭み消しなら香草使ったほうが、旨味も引き立つんじゃないのー?」
表情と雰囲気はそのままだが、その口から発せられる言葉は衣装に見合う、料理人としてのものだった。
「いいんだって。あのお嬢さんは子供味覚だから、これくらいわかりやすい味の方がいいの。妹さんと魔法使いさんには別の出すわよ」
「うーん? だからって料理に手を抜くのは変だと思うー」
「抜いてないわよ。食べる人に喜んで貰うのが先決でしょ」
「そーなのかなー?」
厨房に、二人の言い争う声が響く。紅魔館の料理長、ミスティアと副料理長のルーミアの声が。
同じく厨房で働いていた数人のメイド達は、『またか』とでも言うような表情で見守るだけだった。特に止めようとする者は居らず、彼女達の口論をBGMにするかのように、自分の仕事をこなしていくだけだ。そこにあるのは諦めというよりは、馴れと呆れ、そして信頼。
今日も長引きそうだな、とメイドの誰かが考えた。
しかし、今回はそれが思わぬ形で中断されることになる。
「あ」
ルーミアが不意に言葉を止める。その視線が向けられているのはミスティアではなく、さらにそのむこう。
何事かと思って振り返れば、そこに立つのは野菜の入った籠を抱えた咲夜の姿が。その姿を見た瞬間、串を打たれた魚のようにミスティアの体が硬直した。
「……忙しい所悪いけれど、リグルからお届け物よ」
籠を近くの机に置くと、表情を変えぬままゆっくりとふたりへ歩み寄る咲夜。コツコツと靴が床を叩く音が、ミスティアにはまるで死刑執行のカウントダウンのように聞こえた。
メイド達も怯えを浮かべた表情でこちらを伺っている。中には早々にあきらめて、十字を切っている者さえ居た。
無理も無い。咲夜がどれほどレミリアを慕い、誇っているかなど、この館で働く者達にとっては常識なのだから。主に対する侮辱に対して、どのように答えてくれるかということも。
もちろん、ミスティア自身に侮辱の意図は無い。しかし『子供味覚』、『わかりやすい味』という言葉は侮辱と受け取られても仕方ないかな、と思う。
咲夜の手に何か、金属の光沢を放つ物体が握られているのに気がつく。昼寝が見つかった門番の様にナイフの雨を受けることになるのか。それを覚悟して、ミスティアは目を瞑った。
だが、予想に反して何の衝撃も来ない。恐る恐る目を開けると、咲夜が手に持っていた物体を、スープの入った鍋に入れていた。それはナイフではなく、ただのスプーンだ。
ポカンとするミスティアとメイド達、何も考えていないようなルーミアの前で、咲夜はスープを掬い、口へ運んだ。口内で転がすようにして味わい、こくりと飲み込む。そしてミスティアへと向き直った。
「うん、たしかにお嬢様好みの味ね」
笑顔で答えられた瞬間、緊張の糸が切れたのかミスティアの体が脱力して倒れかける。側のルーミアに受け止められて事無きを得たが。
「でも、お嬢様は誇り高い御方なんだから、気づかれないように注意しなさいよ。あと、今の味で満足されているからといって、それで終わりにしないこと。様々な味を受け入れられてもらえるように、あなたも精進しなさい」
「は、はいっ!!」
脱力した体が、咲夜によって一瞬で引き締められた。その様子を微笑ましい様子で見つめながら、側に立つルーミアへと視線を移す。
「ルーミアも。味を追求する姿勢はいいけど、食べる対象の存在を忘れてはいけないわよ」
「はーい」
理解できているかは怪しいが、返事だけは素直だと思う。咲夜はそんなふたりを、改めて眺めてみた。
屋台を引いていたという経験のせいか、食べる人の事を考えた料理を作るミスティア。
本来持つ食への欲求のせいか、味について厳しく追求するルーミア。
方針の違うふたりが、今のように口論となるのはいつものことだ。だがそうやって互いにぶつかり合うことで、結果的に料理人としての腕を高め合っていることを咲夜は知っていた。だからいつもなら、仕事の邪魔や弾幕勝負にでもならない限りは続けさせてやりたいのだが、さっきはつい水を差してしまった。
彼女達には悪いが、今日で辞める自分には待っている時間も惜しいから。
「あの~~~なにか?」
ミスティアが不思議そうな表情を浮かべ、言った。自分としたことが、つい物思いに耽ってしまったらしい。
「ああ、そうだわ。メイド長はどこに居るか知ってる?」
誤魔化したように聞こえたかも、と思いながら咲夜は尋ねる。自分ではない、メイド長のことを。
「えーと、明日のパーティーのことで、打ち合わせって言ってたかなあ」
「私達も下ごしらえで大忙しー」
そういえば、そんな予定があった。間の悪い時に辞めてしまったかな、と思うが、こればかりはどうにもならない。散々引き伸ばした挙句の今日なのだから。
「だったら、詰め所かしらね。それじゃあふたりとも、邪魔をしたわ」
ミスティアとルーミアに背を向け、咲夜は厨房を後にする。
背後からは、咲夜が持ってきたリグルの野菜をどう使うか、で彼女達が話し合っているのが聞こえた。歩みの速度を落として耳を傾けると、その声にだんだんと熱がこもっていくのはわかる。どうやらもう一波乱ありそうだ。
「……これからも頼むわよ。紅魔館の食を司る者として」
聞こえるはずの無い声を漏らし、咲夜はその場を去った。
※
ミスティアの言ったパーティーとは、レミリアの好きだった神社での宴会ではない。紅魔館にスカーレット家の傘下や友好関係にある有力者―――腕っぷしや弾幕ではなく、金や権力での―――を招待し、当主の威厳を示す社交会のようなものだ。
当主であるレミリアは面倒だと散々にぼやいていたが、かといって手を抜ける物でもない。招待客をもてなすメイド達にも、紅魔館の名を汚さないだけの働きが求められる場所だ。今頃はそれを可能とする為の特殊シフトでも話し合っているのだろうか。
今、咲夜が立つ扉の向こうで。
ここはメイド達の詰め所である、大部屋の前。普段は休憩中、またはサボリ中のメイド達がたむろしていることが多いが、時には集まって会議を行う場所でもあった。そしてドアを通して感じられる大勢の気配と、談笑とは思えない雰囲気からすると、現在の用途はやはり後者のようだ。
ドアを少しだけ開けて中の様子を伺うと、長机に座るメイド達の姿が。そして彼女らの視線はほぼ全て一方へと向けられている。
そこに立つ、少女の影が二つ。メイド達の視線を堂々と正面から受け止める姿と、それを支えるかのように寄り添う姿だ。
「―――んじゃ、明日のパーティー用のシフトはこんなとこだけど。なんか問題あるー?」
黒板をバンバンと叩きながら、正面に立つ少女が言った。その体には、かって咲夜が纏っていた物と同じデザインのメイド服が。ただしその体躯は人間の子供と見紛うばかりに小さく、服もそのサイズにピッタリと合わせて仕立てられた物だ。
純白のヘッドドレスの下にあるのは、水色のショートカット。そして背中からは、服に穴を開けることなく鋭くとがった氷の柱、いや氷の翼がそびえ立っていた。
氷の妖精、チルノ。彼女こそが、紅魔館の現メイド長である。
「メイド長さん、うちの班なんですが」
メイドの一人が手を挙げながら、言った。チルノの視線を了承と得たのか、椅子から腰を上げる。
「昨日、あの魔法使いが門番さんをふっ飛ばしたときに巻き添え食ってしまって。何人か寝込んでるんです」
そう話すのは、長身の女性だった。その体躯から、彼女が妖精でないということがわかる。そして発する気配から、妖怪でもないということが。
「そんなの、ほっとけば治るじゃん」
当たり前のように答えるチルノの袖を、隣に立つ少女が引いた。
ヘッドドレスを纏うのは、緑のサイドポニー。その背中から生えるのは、他の妖精達とは一線を画す白く美しい翼。
妖精の頂点に立つとも言われる存在、大妖精だ。もっとも、能天気な妖精達の前では大して威厳ある肩書きでも無い。ただ敬意も何も無く、大妖精という名前として使われているだけだ。
紅魔館における現在の役職、副メイド長という肩書きのほうがよっぽど威厳に満ち溢れているだろう。
「チルノちゃん、B班の人達は人間だから」
姉代わりの妖精の言葉に、ああと思い出したような表情を見せるチルノ。不死身では無いが死と再生を日常的に繰り返す妖精には、怪我や病気で休息が必要になるといったことがいまいち理解しにくいらしい。
「そういうことです。永遠亭の薬を飲んで休ませていますけど、明日はちょっと無理させられないと思います」
長身の女性が困ったような表情で言うと、すぐ側からゲラゲラという笑い声が響いた。女性が睨みを伴って声のした方向へ振り向くと、そこに居たのは小柄な体躯の少女だ。
「あははは、人間ってのはホント打たれ弱いねー。どーせだからアンタも寝てりゃいいんじゃない?」
先ほど発言した人間の女性に比べればずっと小さいが、それでも妖精にしては大きい。だが彼女の周りを渦巻く澱んだ様な瘴気が、少女が人間ではなく妖怪だということを伝えている。
長身の女性は妖怪の少女を前に全く臆することなく、口を開いた。
「悪うございました。貴女がた妖怪ほど大雑把にできてないもので。体も頭も」
さらりと毒をこめた発言に、少女の笑顔が強張った。それをほぐすかのように大笑いしてから、ギロリと女性を睨みつける。
「へへへ……言うじゃん。何なら今すぐ寝かせてあげようかー?」
「子守唄が必要なのは、お嬢ちゃんじゃないんですか?」
「へぇー……黙れよ」
少女が立ち上がると同時に、渦巻く瘴気が彼女の体内へと収束していくのがわかった。内部へと集められた瘴気は凝縮、さらに練り上げられ、少女の全身を満たしていく。それを眺める女性の手には、既に何枚かの紙切れ―――呪符が握られている。紅魔館で働いている以上、妖怪に臆するようなただの人間では無いと言うことだろう。
人間の女性と妖怪の少女、ふたりの肉体が戦闘体制へと以降―――する直前。
「こら―――――ぁぁぁぁ!! 会議中だぞ――――!!」
チルノの怒号が響き渡り、その瞬間。
数十を越える氷の弾丸が『現れた』。
そう、撃たれたのでも放たれたのでもない。
女性と少女の周囲の空間に、ふたりを包囲するかの如く、一瞬にして氷の弾丸が現れたのだ。
それはかつて咲夜が得意としていた、時間を操る能力を活用したナイフの包囲網を連想させるものだった。
「チルノちゃん、床に穴開けたら取替え大変だよ」
大妖精がオロオロと、どこかズレたようなことを言う。ナイフのように鋭く尖った氷弾に囲まれたふたりは、身動きもできず凍らされたように硬直していた。
「あーそれは面倒だなー。ねーふたりとも、もう喧嘩しないって約束できるー?」
必死な様子でリズムを合わせるかのように、ふたりでコクコクと頷いて返事する。それを見たチルノがパチンと指を鳴らすと、氷のナイフは空間に溶けるようにして、一瞬で消えてしまった。包囲網から開放されたふたりが、脱力した様子でペタンと尻餅を着く。
「あ……よくよく見たら、無理っぽいのはアンタも同じみたいじゃん」
チルノの視線の先には、尻餅を着いたおかげで露になった人間の女性の脚がある。先程までロングスカートに隠されていたそれには、びっしりと包帯が巻かれていた。
「こ、これは掠り傷だから、大したことはありません」
スカートを直し、脚を隠しながら女性が言う。ただ、床から立ち上がった瞬間に顔をしかめたのは隠せなかった。
「アンタら人間のいいとこって、妖怪や妖精には無い、細かいトコまで気の利いた仕事っぷりでしょ? 今の状態で、その仕事に影響出ないって言えんの?」
「そ、それは……」
「完璧でショーシャってのをウリにしてるあたいらとしては、そんな人間を働かせるわけにはいかないなー」
チルノの言葉に長身の女性が言い澱むと、妖怪の少女が便乗するように叫んだ。
「そーだそーだ、人間はおとなしく引っ込んであぐぎゃあああっ!?」
顔面へと飛んだ巨大な氷塊が、妖怪の少女の口を封じた。顔面をへこませて激痛にのたうち回る少女を眺めつつ、呆れたようにチルノが呟く。
「アンタもさー。心配ならそう言えばいいじゃん。人間はちゃんと言わないとわかってくんないよ」
「なぐらっ!?」
跳ねあがるようにして、少女が身を起こす。氷塊が激突した顔面は既に治っていたが、それは真っ赤に染まっていた。流れた血ではなく、頬を中心とした顔そのものによって。
「ち、違うよ!? わっ、私はね!? こいつが人間の癖に無理しちゃってるもんだからね、たまには大人しく休んどけって思っただけでねっ!?」
短い手足をぶんぶんと振り回して、少女が叫ぶ。その様子を見ていた周りのメイド達からも先程の緊迫した雰囲気は消え、残ったのはニヤニヤとした呆れと冷やかしの視線だ。
長身の女性の方は、少女と同じく顔を真っ赤にして身をすくませている。
「と、とにかく!! あ、あんたなんか居なくても私らが居るんだから、余計なこと考えずにゆっくりしとけってこと!!」
大声で捲し立てると、『これでこの話は終わり』とでも言うように、椅子にドッカリと腰を下ろした。未だニヤニヤとした視線を浮かべながら見守る同僚達を、シャーと蛇のように鳴いて威嚇している。
「この娘はこう言ってるけど。今回は休んでくれる?」
少女を指差しつつ問いかけるチルノに、長身の女性は頬を染めつつ、こくりと頷いた。
「よし。じゃあ、他になんか問題あるとこー?」
どことなく甘ったるい雰囲気を引きずりながら、会議は続けられていく。
『何人かまだ出られそうにない』
『ここはもうちょっと人数欲しい』
『人数よりは熟練者が欲しい』
『スケジュールが厳しい』
『休憩時間が足りない』
『そもそもめんどい』
『お腹すいた』
と、様々な意見がメイド達から飛び出していく。それを纏め、効率良くシフトを組み上げていくのは、チルノの傍らに立つ大妖精だ。チルノの出番は頭脳面ではなく、先程のように会議が脱線しかけた時の修正である。
そして三十分後、黒板が文字でびっしりと埋まり、チルノによる修正が十を越えた頃。
「~~~と、こんなトコでいいかな。ヘルプについてはあたいが探しておくから」
特に反論も無いのを了承とし、会議はとりあえずの終わりを見せた。メイド達から一気に溜息が漏れ、それなりに緊張していた雰囲気がほぐされていく。そんなメイド達を、チルノは改めてぐるりと見回した。
「よし、じゃあみんなよく聞いて」
チルノの言葉に答えるように、抜けた気が再び引き締められる。
「あの吸血鬼のお嬢に。その妹に。紫のもやしに。そして、お客様共に」
メイド達の視線をその小さな身に一斉に浴びながら、少しもひるむことなくチルノは続けた。
そしてメイド達ひとりひとりへとぶつけるように、叫ぶ。
「あたいら紅魔館のメイドこそが、完璧にしてショーシャにして、そして最強だってこと思い知らせてやるぞ!!」
チルノの怒号にメイド達の体が震え、だが答えるようにメイド達が立ち上がる。そして、
『応!!』
と、声が揃えられた。
その頼もしい返事を、チルノは笑顔で受け取る。
「解散!! さっさと今日の仕事と明日の準備にとりかかれーーーー!!」
その言葉と共に、メイド達が詰め所から溢れ出すように飛び出した。
だがその前に、咲夜は反射的に物陰へと隠れていた。別に隠れる必要は無いのだが、盗み見をしてしまったせいか何となく恥ずかしかったのだ。
物陰からメイド達の姿を眺めてみる。その大半は妖精だが、他にも妖怪、少数だがちらほらと人間も混じっているのがわかった。自分がメイド長だった時と比べて、随分とバラエティ豊かになった物だと思う。先程の会議の様子も思い出し、自分がメイド長だった時には考えられない事だとも思った。
しばらくして詰め所から出るメイド達の姿も無くなった。物陰から出て詰め所の中を再び覗く。そこにはまだ、チルノと大妖精が残っていた。
「出られないのが妖精で三、人間で四。あと、もっと人数欲しいのがこことここ。贅沢を言えばあわせて十くらい欲しいね」
「森の三馬鹿に声かけてみる。あと、ハクタクにも暇な奴居ないか聞いてみるよ。山の連中にもあたってみるかな」
新しく書き直された黒板とにらめっこしながら、ふたりは話していた。
「で、魔理沙さんどうする? パーティー中に乱入されたらパニックだよ」
「うーん。めーりんとリグルでかかっても、安心できないなー」
あの魔法使いが迷惑なのは、自分がメイド長の時から今も変わっていない。門番がいまいち期待できないところもだ。
しばらく考え込んでいたチルノだが、何か思いついたような表情でポンと掌を叩いた。
「ああ、そだ。どうせだからあいつにも手伝わせりゃいいじゃん」
「え? あの人が働いてくれるかな? そもそもメイドなんてできるの?」
「たぶん。この前、こーりんどーで掃除してたし、ご飯も作ってたよ」
性格はともかく、育ちはいいのが霧雨魔理沙である。彼女の家は拾った、または盗んだ魔法道具や魔術書で溢れかえってはいるが、整理整頓がされていないだけで汚れや埃はしっかりと掃除されていることを咲夜は知っていた。
「あいつ性格悪いけど、同じくらい甘いから。あんたのせいで人数足りないって言えばやってくれると思うよ」
魔理沙の性格を的確に表した言葉に、思わず苦笑する咲夜。
「頼んでダメだったらもやしのとこの本でもあげればいいんだ」
まずい、このままでは交渉材料として、勝手に本を持って行きかねない。そう思った咲夜は釘を刺しておく為に、詰め所へと入った。
「ちょっとふたりとも」
「あ、咲夜だ」
「こんにちは咲夜さん」
ふんぞり返ったままのチルノと、ペコリと頭を下げる大妖精。
「アイデアは悪くないけど。持っていくときは、パチュリー様に相談しなさいよ」
「でも、あんな本どれだって同じよーな物だと思うんだけどなー。もやしだって黒白に本持っていかれるの楽しみにしてるくせに」
「チルノちゃん、あれは本を持っていかれるのが楽しいわけじゃないよ。ええと勿論です、咲夜さん。ちゃんと相談しますから」
「ええ、その時は任せたわよ」
この娘が側についていれば大丈夫だろう。その短絡思考のおかげでなにかと暴走しがちなチルノだが、大妖精の存在がいいブレーキになっていると思う。彼女にあるのは妖精の頂点というカリスマではなく、保護者としての管理能力だろう。
「それはそうと、チルノ。さっき見てたんだけど……あなたもだいぶ手品が上手くなったようね」
咲夜の言葉に、チルノが薄い胸を張るようにして、得意気な表情を浮かべた。
「へへーん。最強のあたいにかかれば、できないことなんて何も無いもん」
「でもね」
咲夜の手が背後を一閃した。その手に握られるのは、愛用の銀のナイフ。さらにその先端には、一本の氷の刃が串刺しにされていた。それは、先程チルノが喧嘩を止めるために使った、氷刃の包囲網の内の一本だ。
「まだ甘いわね。種が見えていたわよ」
「あーーーーーー!! あたい秘儀『雪刃ドール』がーーーー!!」
串刺しにされた氷のナイフを前に、チルノが叫ぶ。
「微細な氷の粒を対象の周囲に散布……それを核に大気中の水分を凝縮、凍結させる。もしくはその粒自体を寄せ集めて、氷のナイフを作ったのでしょう?」
「うー、言ってることはよくわかんないけど、当たってると思う」
「勘のいい連中なら気がつくわね。そうでなくても、角度によっては粒が光を反射して光って見えるわ」
「む~~~ちくしょーーー!!」
必殺の手品をあっさりと看破されたチルノが、地団駄を踏んで悔しがる。だが、咲夜は彼女の技、そしてその姿勢をむしろ高く評価していた。
時を操るといった能力によって会得した自分の秘技だが、突き詰めればそれはナイフの発射と配置を対象に察知されず、一瞬にして行うというだけのこと。チルノはその本質を見抜き、氷を操るというシンプルな能力で形だけでも再現したのだ。少し改良すれば全盛期の自分の技と同じ、いやそれ以上の脅威になると思う。
普通の知恵のある者なら、『時を操る能力』で成し得た技を再現するなどは考えないだろう。バカと蔑まれることも多いチルノだが、だからこその発想力といったところか。
「覚えとけー!! 次こそはそのお高くとまった顔面をへっこましてやるー!!」
いつも通りのチルノの罵声だが、『次こそは』という言葉が胸にグサリと突き刺さるのを感じた。ナイフ投げは教えてないのにな、と自嘲気味に咲夜は思う。
次が無いことを心の中で詫びながら、咲夜は口を開いた。
「それはいいとして、ちょっとメイド長のあなたに頼みたいことがあるの」
「良くないー!!」
「はいはいチルノちゃん、次はがんばろうね。で、なんですか?」
わめくチルノと、それをなだめる大妖精。ふたりを微笑ましい表情で見つめながら、咲夜は続ける。
「実はね、この館を出ることになったの」
静かに呟いた咲夜の言葉を、ふたりはキョトンとした表情で受け取った。
「ふーん。で、いつ帰ってくんの?」
当たり前のようにチルノは返した。フランドールと同じく、咲夜がメイドをやめることなど最初から思いつかないといった様子だ。だが隣の大妖精は、ハッと何かに気がついたような表情で、口元を押さえている。妖精にしては聡い子だとつくづく思った。
大妖精にそっと目配せし、人差し指を口に当てるジェスチャーを見せる。聡い彼女は、了解と言うようにコクリと頷いた。
「……さて、いつ帰ってくるのかしら。ちょっとわからないわ」
「あはは、自分のことなのにわかんないなんて変なの!!」
「チ、チルノちゃん…」
無邪気な笑顔を見せるチルノの側で、オロオロと泣きそうな表情を浮かべる大妖精。
「だからね、私が居ない間、あなたにお嬢様の身の回りのお世話を頼みたいの」
レミリアの世話。それはチルノがこの館に来る前からの、咲夜の仕事。メイド長の座を明け渡した後でさえ、他者に任せようとしなかった仕事だ。それを今、咲夜は目の前の妖精へと託そうとしているのだ。
その行為は、紅魔館からの完全な決別を意味していると言っても良かった。
「ふーん。ようやくこのあたいの腕前がわかったようね!!」
隣の大妖精と違い、そんな意図に気がつかない、理解できないチルノは、自信たっぷりに咲夜の言葉を受け止める。
「最強のあたいにかかれば、あのお嬢の世話なんて赤子に手を噛まれるようなもの!! 安心して任せとけっ!!」
安心して任せられるわけが無い。チルノのメイドとしての腕前は、長年かけて必死で叩き込んだといっても自分と比べれば数段は劣るものだ。きっと彼女は、これからも色々な失敗をしていくのだろう。レミリアに貫かれ、フランドールに壊され、パチュリーに蒸発させられる。そんな未来が容易に想像できた。
だが、同時に思う。この氷精なら、それらを切り抜けていけるのだと。完璧で瀟洒なメイドと言われた自分とは、違う力とやり方で。
「やれやれ。この私が妖精如きに頼みごとをするなんて。ヤキが回ったものね」
咲夜の言葉に、チルノが『なんだとー!!』と叫ぼうとした、直前。
チルノの体が抱きしめられていた。抱きしめる腕の持ち主は、チルノの小さな体躯に合わせて腰を下ろした、咲夜。
「……あなたをメイド長にしてよかったわ。あなたがメイド長で本当によかった」
触れると少し冷たい、しかしその奥に熱を感じる体を抱きしめ、表情を見せないままに、咲夜は言う。
「へ? な、なに? なにやってんの……?」
うろたえた声を上げつつも、チルノはその腕を振り払おうとはしなかった。
彼女の拙い頭でも、その腕を振り払ってはいけないということだけはわかったから。
十数秒の抱擁の後、咲夜の腕が解かれた。
「じゃあね。次の手品は期待しているわ」
チルノから離れると、大妖精へと向き直る。瞳を潤ませた表情の彼女へ、笑顔と共に咲夜は告げた。
「大変だと思うけど、これからもサポートは任せたわよ」
「は、はいっ!!」
チルノが驚くほどの大声で答えた大妖精に苦笑しつつ、『じゃあね』とだけ告げて咲夜は背を向ける。詰め所を出て向かうのは、正門に続く通路だろうか。その姿も足音もすぐに消えてしまった。
※
咲夜を見送ったふたりの妖精。先に口を開いたのは、まだわかっていない、知らないほうだ。
「……なにあれ。変なの」
「うん、そうだね……」
チルノにはわからない。今の咲夜の言動がなにを意味するのか。
そして、同時にわかっている。隣に立つ親友は、その意味を知っているのだと。
だが、それを聞く気にはならなかった。それはいつか、自分でわからなければいけないことだと思ったから。
それになにより、今の自分はその意味を知る必要が無い。咲夜に託された最後の仕事を、メイド長である自分がこなさなければいけないのは同じなのだから。
「……よーーーしっ!!」
両の頬をバアンと叩き、紅く腫らしながらチルノは叫んだ。胸の中に浮かぶ、もやもやとした違和感を全て吐き出すように。
「あいつが帰ってきても居場所なんか無いくらい、思いっきり働いてやるぞー!!」
「……うんっ!!」
メイド長、チルノ。
副メイド長、大妖精。
ふたりの仕事はまだ続く。
※
紅魔館の正門、そこから両脇に延びる、高く、厚く、堅い塀。空を飛び弾幕を放つ少女達の前にはあまり意味を成さないそれに、背中を預ける者が居た。
草むらに座り、背中を壁に委ねたまま、俯いている影がひとつ。近づけばスースーと規則正しい息遣いが聞こえ、顔を覗き込めばだらしなく口を開け、よだれをたらしているのがわかるだろう。
豊かな肢体を大陸風の衣装に包んだ女性。紅髪の上にかぶさった帽子には、『龍』の刻印を持つ星飾りが。
紅魔館の門番長、紅美鈴である。穏やかな寝顔を無防備に晒したままの彼女からは、少し連想しにくい肩書きであるが。
そんなふうに、いつも通りのやり方で門番という仕事をこなしている彼女の前に、影がひとつ。悪意や敵意、殺気の感じられないそれは、緩やかに美鈴の意識を覚醒させる。
「む~~?」
寝ぼけ眼の美鈴の視界に映った物は、銀の軌跡。日光を反射し、煌きと共に顔面へと迫る一本のナイフだ。
「びゃあああうーーーーっ!?」
美鈴の妙な悲鳴を効果音とし、銀のナイフが突き立てられた。
背後にあった、紅魔館を囲む塀に。頑強な石材で組まれたはずのそれに、ナイフが深々と突き立てられていた。
「少しは目が覚めた?」
美鈴の前に立つのはもちろん、咲夜である。美鈴にはナイフを見た時点でわかっていた。
「びっくりしたな~~~いきなりひどいじゃないですか~~~」
「直接当てなかっただけでも感謝しなさい」
そういえばそうかな、と美鈴は思う。頑丈さがとりえの自分にとって、銀のナイフで刺されるのはそれなりに痛いが、人間で言えばかすり傷程度の物でしかない。実際、咲夜に昼寝を見つかってナイフで針鼠にされることなど、珍しくも無いのだが。
だからと言って、ナイフを投げられて感謝するというのもなんだかな、と思う美鈴だった。
「リグルには言っておいたつもりなんだけど。聞かなかった?」
「えーと、どうせ怒られるんだったら、もう思いっきり堪能させてもらおうかな、なんて……」
気を使うのは得意だが嘘をつくのは下手だな、と自分で思う。さすがに今度はいつものように針鼠の刑だろうな、と覚悟せざるを得ない。
だがそんな美鈴に投げかけられたのは、ナイフの雨ではなく、予想だにしない咲夜の言葉だった。
「……昼寝ってそんなに気持ちいいものなのかしらね」
へ、と間の抜けた返事をする美鈴の隣へと、咲夜が動く。そのまま草の上に腰を落とし、背中を塀に当ててもたれかかった。
人間と妖怪、メイドと門番が隣り合って座る。塀の影で、示し合わせてサボるように。
「あの、咲夜さ……!?」
美鈴の表情が、疑問から驚愕に変わる。その豊かな表情だけで、彼女が何に気づいたのかすぐにわかった。
「ああ、あなたなら注意して見ればわかってしまうんでしょうね。見た通りよ」
気を操る程度の能力である美鈴から見れば、今の自分の気、とやらがどういう状態かわかってしまうのだろう。気功には詳しくないが、あまり面白いものは見られないことは容易に想像できた。
「若作りで誤魔化してきたつもりだったけどね。流石にもう限界らしいわ」
背中を塀に預けつつ、何も無い空間を見つめるような体勢のまま咲夜は言った。よく見れば顔色も悪く、その体にも温度とは関係の無い、震えと汗がある。
思えば、先程のナイフが美鈴ではなく背後の石塀を狙ったのも。頑強と言ってもただの石に過ぎない塀を穿つことはできても、格闘に特化した美鈴の硬く、しなやかな皮膚と肉を傷つけることができなかったからではないか。
そして今、隣でだらしなく座っているのも。もう、再び立ち上がる力が残されていないから。
「そんな……昨日までなんとも無かったじゃないですか」
言いながら、思い出す。
門番とメイドの仕事の合間に顔を合わせ。
昼食に手製のサンドイッチを頂いて。
午後には軽くお茶とおやつを楽しみ。
仕事終わりには秘蔵のワインをふたりで一本頂いた。
もう何十年も繰り返されてきた日常と、何も変わらないはずの一日だったはずだ。それ以前にも、前兆のような物は何も無かった。
そう、何も無さ過ぎたのだ。
美鈴の知る咲夜は、何十年も前から。
髪も伸びず、体型も変わらずに、ただ同じ姿で紅魔館にあり続けた。
永遠亭の薬師が診察をしていれば、脈拍や心拍数、血圧や体温といった全てのデータが、何十年も変わっていないことに気がついていただろう。
「だから、そういうことよ。先送りにしていたツケを、まとめて支払うことになっただけ。今日、今から」
生まれ、成長し、老いて、死ぬ。生物である以上、この運命は等しく全ての物に等しく与えられる。
その運命から逃れる方法、または遅らせる方法なら、いくつかは存在する。だが、咲夜はそのいずれかの方法も選んでいない。初めて会ったときから今この瞬間まで、咲夜がただの人間であり続けたことを美鈴は知っていた。
少し考えればわかることだ。特殊な能力を持っているとはいえ、ただの人間が、妖怪である自分達と共にあり続けるなどおかしいと。
未だ殺しあっている姫君達のように、蓬莱の薬を飲んだわけでもなく。
あの魔法使い達のように、捨食の魔法を完成させたわけでもなく。
幼き当主の血を受け、その眷族になったわけでもなく。
元から授かった寿命を、ただ少し違う形で過ごせられるようにしただけにすぎない。
そんなただの人間が、妖怪の時計に合わせて共に居てくれる筈が無いことなど、わかっていたはずだ。
短き生を繰り返す文筆家、外界より訪れた奇跡の担い手、そして――――あの、博麗の巫女のように。
なんで、隣に座る彼女だけが特別などと思ってしまったのだろう。なんでそんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。
いや、美鈴は既に気がついていたはずだ。
ただ、訪れる未来から目を逸らし、平和な日常を謳歌していただけのこと。
気がつかないフリをしていただけなのだ。
おそらくは、運命を読み、そして操る能力を持つ、我が主も。
そしてその報いが、今の状況。何の心構えもできないまま突然に訪れる、咲夜との別れだ。
「……そんな顔しないでくれる? ギリギリまで誰にも気づかれないようにしたのは私なんだから」
自問自動する美鈴を見かねたのか、咲夜が苦笑する。
その青ざめた表情を見て美鈴が少し腰を浮かせた。そのまま、正座を横に崩したように形に座り直す。
「あの、どうぞ」
スカートをパンパンと叩きながら、美鈴が勧めるのは自分の膝。
「じゃあお言葉に甘えて」
咲夜が隣の美鈴へと、倒れこむように――――いや、実際に倒れこんだ。瞬間的に伸びた美鈴の腕が咲夜の体を捕まえ、優しく草むらの上に横たえる。そして頭は、彼女の脚を枕にするように置かれた。
咲夜の視線の先にあるのは、こちらを見下ろす美鈴の顔。一応はいつもと同じく間の抜けた笑顔を取繕っているが、その下にある素顔は簡単に予測できた。
「お嬢様と妹様にしか許したことないんですよ」
「それは光栄だわ」
有事の際は大地を駆けて空を裂き、敵を薙ぎ倒すこともある彼女の脚だが、今はただ柔らかく、温かい。咲夜の頭を優しく受け止めてくれるそれは、先程の石塀とは比較にならない極上の枕だった。
眼を閉じてその感触に身を任せていると、不意に頭に何かが触れた。感じるのは頭を撫でる、掌と指の存在。
ん、と呟いて眼を開けば、美鈴がその手を頭から離した。だが頭を浮いた掌へ当てるようにして、もう一度催促する。
美鈴の脚を枕にしたまま、頭を撫でられ、その銀髪を指で梳かれる咲夜。そんな彼女へ語りかけるように、脚と手の持ち主が口を開いた。
「私、昔は咲夜さんのこと大っ嫌いだったんですよ」
笑顔のまま、美鈴は言葉を紡いでいく。それを受ける咲夜も、脚の上で、笑顔で答えた。
「ああ、人間だからってわけじゃないですよ。昔から人当たりの良さがウリの妖怪でしたから」
眼を閉じて何かを思い出すような仕草を見せながら、美鈴は続ける。
「そんな私でも、咲夜さんみたいな人間には本気でむかついたなぁ……なんでだろ」
それまでは人間など、少し撫でるだけで壊れ、少し放っておけば死に絶えてしまう物だと思っていた。だからこそ率先して襲おうとも、相手にしようとも思わなかっただけ。
そんな美鈴だが、なぜか咲夜だけは初めて会ったときから、そういう物だとは思えなかった。ただ無性に気に食わなかった。人間に殺意を覚えたのは、この時が初めてだ。
「奇遇ね。私もあなたが大嫌いだったわ」
クスクスと笑いながら、咲夜が続ける。
「狩人だったからというわけでもない。あなたの存在そのものが気に入らなかったわね」
狩人としての力と共に生まれた咲夜には、妖怪を初めとする人外の存在など、ただ目の前にあれば殺すだけの物に過ぎなかった。そういう物だから殺し続けていただけであって、そこに怒りや憎悪、使命感など入る余地は無かったはずだ。
そんな咲夜だが、なぜか美鈴だけは初めて会った時から、そういう物だと思えなかった。ただ無性に気に食わなかった。感情を以って殺そうと思ったのは、この時が初めてだ。
「咲夜さんに、ほんと首の皮一枚でばっさりやられたことありましたね」
「私だって、あなたに肺を潰されたことがあったわ」
傍から聞いていれば、身も凍るような凄惨な体験。それをふたりは、やんちゃな子供時代の思い出のように語り合う。
「咲夜さんのこと、そんなに嫌いでも無くなったのっていつでしたっけね?」
「さあね。私は今でもけっこう嫌いよ」
「ひどいなぁ」
軽口と苦笑を交し合い、ふたりは思い出話を続けていく。
話しながら、美鈴は思う。自分の数百年の半生からすれば咲夜との記憶など一瞬の出来事に過ぎないはずだ。
だと言うのに、咲夜との思い出の多さは何なのだろうか。話しても話しても、自分の奥底から尽きることなく浮かび上がってきてくれる。
絶対的な量では少なすぎるはずなのに、それがこうも自分を満たしてくれるとは。つくづく、目の前のメイドが、人間が、咲夜がすごいと感じた。
そして、最初からそういう所が気に入らなかったのかもな、とも思う。
「咲夜さん、前から聞きたかったことがあるんですけど」
溢れ続ける思い出にとりあえず蓋をし、美鈴は言った。 『なに?』と視線だけで咲夜は答える。
「なんであの子をメイド長に……いえ、なんであの子達を紅魔館に雇い入れたんですか?」
「あら、あなたは不満?」
「いえいえそんなこと。リグルちゃんにはがんばってもらってるし、料理も美味しいし、館の管理も上手く行ってると思います」
咲夜が居なくなっても大丈夫なほど、とは言わないが、伝わってしまっているだろう。
「でも、普通はあの子達を雇おうなんて考えませんよ。まして、完璧で瀟洒な咲夜さんが直々にスカウトなんて」
「確かに私は完璧だったでしょうね。当時の紅魔館も、私一人居れば問題なかったと言えるわ。でもね、私は人間だから」
今のように、必ず紅魔館を去る日が訪れるということだ。美鈴とは違い、咲夜自身はその道を選んだ瞬間から、それを覚悟していた。だからこそ、自分が去った後に紅魔館を任せられる存在が必要だと思った。
「でも、私ほどよく働いてくれるメイドって中々居ないのよね。お気楽な妖精や妖怪じゃあ無理、といっても普通の人間にもやっぱり無理」
かといって普通じゃない人間は、妖精や妖怪以上に扱いにくいのが幻想郷だ。
狩人としての身体能力、時と空間を操る能力、そして主への忠誠心。咲夜が完璧で瀟洒なメイドであったのは、それら全てを兼ね備えていたからだ。そのような奇跡の産物が、そう何度も現れるわけが無いだろう。
「それで考え方を変えてみたのよ。私のように、たった一人で完璧である必要は無いって」
ひとりでは咲夜に及ばなくても。それぞれが得意分野を生かし、全員で力を合わせれば、咲夜一人分くらいの働きはできるだろう、というわけだ。例え誰かが紅魔館を去るとしても、自分のように紅魔館の仕事全てを請け負っていなければ、ダメージは最小限で済むだろう。
結局のところ、組織として当たり前の考えに過ぎない。だが、当時の自分はそこに行き着くまでに随分回り道してしまった、と思う。
「それはわかりますけど、なんであの子達を?」
「暇そうにしてたから、サンプル代わりに育ててみようと思っただけよ」
彼女らを紅魔館へ連れて行き、雇い入れて欲しいと進言した時のレミリアの表情を、咲夜は今でも覚えている。美鈴にも頭の調子を心配されたものだ。
それからの育成は、咲夜の予想以上に骨の折れるものだった。
八目鰻の屋台を引いていたミスティアは、その経験を生かして厨房へ。そして今は料理長に。
白兵戦向きの身体能力を持つリグルは、美鈴の門番隊へ。そして今は副門番長に。
妖精にしては落ち着いて頭のいい大妖精は、比較的楽にオールマイティーなメイドへと育った。そして今は、副メイド長に。
悪食のルーミアにはかなりてこずらされたが、咲夜はある方法を取った。口に入れば何でも食べるという彼女に対し、咲夜は敢えて自分の持てる技術全てを尽くした料理を振舞った。
その結果、ルーミアの持つ食への欲求を『量』から『質』へと転換させたのだ。そんなルーミアに『自分で美味しい料理を作ってみたくないか』と持ちかけると、二つ返事で了承した。
『質』へとベクトルを変えられた食への欲求によって、ルーミアはスポンジが水を吸うように咲夜の技術を習得した。つまみ食いが多いのが玉に瑕だが、今では立派な副料理長だ。
しかしもっとも苦労させられたのが、やはりチルノ。
もの覚えも、ものわかりも悪いうえに、思考そのものが単純で大雑把。しかも自身が最強だという無根拠な自信に満ち溢れている。
そんなチルノを育てるのにどれほどの時間と労力とナイフを犠牲にしただろうか。その挙句出来上がったのは、オールマイティというよりは、なんの仕事をやらせても人並み程度かそれ以下のメイドだった。
だが、そんな彼女こそが咲夜の後釜に、メイド長という座に納まっているのである。
「一番わかんないのはそれですよ。なんでよりによって、チルノちゃんなのかなって。仕事だけ見るなら大ちゃんじゃないんですか?」
確かにメイドとしての総合的な能力を見るのなら、紅魔館の頂点に立つのは大妖精だった。順当に考えるなら、彼女がメイド長になるのが自然だ。紅魔館に住む殆どの者達もそう思っていただろう。
だが館ひとつ驚愕させても、咲夜はチルノをメイド長に選んだ。当の本人は『最強だから』と当たり前のようにその役職を受け入れていたが。
チルノをメイド長へ据えると進言したときのレミリアの凍りついたような表情を、咲夜は今でも覚えている。美鈴にも、本気で頭の心配をされたものだ。
「私がメイド長だった時代の紅魔館と、今の紅魔館を比べればわかるわよ」
咲夜がメイド長だった時は、館の仕事の殆どは彼女一人で行っていた。当時からメイドとして妖精は雇われていたが、それは単にレミリアの『こんなに広いのに空っぽじゃ格好つかないでしょう』という要望によるもの。つまり、ただの飾りでしかなかった。
当時の妖精メイドの仕事は、ただメイド服を着て館内を飛び回っているだけ。あとはただの妖精と同じく仲間同士で遊んでいるだけだ。気まぐれに箒やモップを持ち出して掃除の真似事をすることもあったが、ゴミや水をぶち撒けてはすぐに飽きて放り出すので、結局は咲夜の仕事が増えるだけだった。
だが、今の紅魔館は違う。殆どが暇つぶしとおやつ目当てで集まった妖精だった咲夜の時代とは違い、妖精以外に妖怪や人間の姿も見られるようになった。人間の姿を取らず人語を介さないような妖獣でさえ、メイド達に混じって荷物を引っ張っていることもある。組織のしがらみゆえに正式に雇われてはいないが、時には天狗や河童といった山の妖怪達までもが館の仕事を手伝っていた。
昔のようにメイド長一人が働いているのではなく、大勢のメイド達が、幾つもの種族が力を合わせて、紅魔館のために働いているのだ。そして彼女達を動かすのは、メイド長であるチルノの声。
種族を問わず他者をひきつけ、まとめ、そして引っ張っていく力。
かって紅魔館の門を破り、図書館を荒らし、館内を汚し、主の輝かしい戦歴に傷をつけた、魔女と巫女。彼女らと同じ力を、チルノは持っている。
「私はひとりで完璧で瀟洒なメイドだった……いえ、ひとりでしか、完璧で瀟洒なメイドになれなかった」
だが、チルノは違う。チルノが率いるメイド達は違う。
「あの子達は、ひとりじゃない。全員で、皆で完璧で瀟洒なメイドになろうとしているのよ」
私にはできなかったことだけどね、と咲夜は続けた。
その答えをかすかな寂しさと共に受け取った美鈴の手が、頭を撫でていたのとは別の手が、冷たい感触を得る。咲夜の手が、美鈴の手を握っていたのだ。
「ねえ美鈴。手を握っていてくれる?」
手を握り返して答えとする。互いの指を交差するように絡ませるのは、最後まで離さないという意志を示すため。
「……わかってはいるのよ」
握り締めた掌から感じるのは、震え。それは咲夜の心から生じる震えだ。
「船に乗って河を渡り、裁きを受ける。地獄に落ちるか転生を待つか知らないけれど、私という存在がすぐに消えるわけじゃない」
咲夜が美鈴の手を強く握り締める。美鈴もその手を壊さないように注意しつつ、できる限りの強い力で握り返して答えた。
「わかってはいるのに……震えが止まらないわ」
それは当然だと、美鈴は思う。
最後の時の直前に、恐怖を感じないということ自体は難しくないだろう。詭弁、妄想、自己満足、現実逃避、何でも良い。訪れる運命から目を逸らし、誤魔化せばいいだけなのだから。
だが、今の咲夜のように。自らの末期と正面から向き合いながら、恐怖を感じない者がいるだろうか。震えを起こさない者がいるだろうか。
「こんな無様な姿、誰にも見られたくなかった。仕えるべき主人達にも」
レミリア・スカーレット。
フランドール・スカーレット。
「もてなすべき客人にも」
パチュリー・ノーレッジ。
小悪魔。
「従えるべき部下達にも」
チルノ。
大妖精。
ルーミア。
ミスティア・ローレライ。
リグル・ナイトバグ。
そして数多のメイド達。
「でも、不思議ね。あなたには見られてもいいと思った……いいえ、あなたには見ていてほしかった」
だからこそ、最後の場所をここに選んだ。
自分にはあるまじき弱さを、誰の目にも見せないために。同時に、その弱さを美鈴にだけは見てもらうために。
「最後の瞬間、あなたには傍にいてほしいと思ったのよ」
そう呟いた瞬間、咲夜の手がズキリと痛んだ。珍しいことに美鈴が一瞬だけ、結びついた掌の力加減を誤ったらしい。すぐに力を緩め、しかし固く握り締めつつ、美鈴は口を開いた。
「嬉しいけど……嫌だなあ、そういうの……!!」
あはは、といつもの間の抜けた笑顔を見せる。いや、見せようとしていた。
その引きつった笑顔を伝い、ポタポタと零れ落ちるものがある。膝上にある咲夜の顔まで濡らすそれは、一筋の涙だ。
咲夜はその濡れた頬に手を伸ばし、涙を拭ってやる。指先から伝わるその熱さが自分の為に流された物だと思うと、申し訳ない気持ちにはなるが、同じくらい嬉しいと思ってしまう。
そして気がつく。彼女のこの暖かさが、自分をどれほど支えてくれたかということに。たったひとりで紅魔館の仕事を引き受けていた時にも、この暖かさを忘れたことは無かったから。
「……美鈴。ひとつだけ訂正させてくれる?」
笑いながらポロポロと涙を零し続ける美鈴を見上げ、咲夜は言った。
「さっき、私はひとりだけで完璧で瀟洒なメイドだったって言ったけど、それは間違いだったわ」
「え……?」
「あなたが居たから。あなたが紅魔館の外を護ってくれたから、私はひとりでも紅魔館の中を守ることができた」
確かに自分はひとりだったのかもしれない。だがひとりで居られたのは、美鈴が居てくれたからだ。
「あなたが居たからこそ、私は完璧で瀟洒なメイドで居られたのよ」
内と外、場所を隔てていても、美鈴が紅魔館を護っているということ自体が、咲夜に力を与えてくれた。彼女の暖かさが、館ごと抱きしめてくれていたように感じられたのだ。
自分と美鈴、ふたりで完璧で瀟洒なメイドだったのかもしれない。咲夜はそう思った。
「あはは、そんな……私なんかが……いっつも門破られてばっかりなのに……」
「知っているわよ。あなたが通すのは、全て客人だけでしょう?」
たとえ館の住人達が彼女の来訪を望んでいるといっても、紅魔館としては泥棒を素通りさせるわけにはいかない。しかし弾幕ごっこで門番を破ったとなれば、泥棒といえどその来訪を認めざるを得ないのが、幻想郷のルールだ。
つまり毎度毎度の門番破りは、破る泥棒も破られる門番も納得済みの社交辞令のようなもの。もちろん、だからといってお互いに手を抜くようなことはしないが。
これまで門を破られたことについては叱責もするし罰も与えてきたが、そういった実情を踏まえた上での形式的なものに過ぎない。もちろん、だからといって手を抜くような咲夜ではなかったが。
「あなたが客人以外には、どれほど高く厚い壁となるのか……私は知っているつもりよ」
一度は破ろうとし、そして阻まれたことのある咲夜からの言葉。それは、美鈴にとって最高の賛辞のひとつ。
そして、だからこそ辛い。これではまるで――――いや実際にそのような物なのだろうが――――遺言ではないか。
「もうそんな、嬉しいこと言わないでくださいよ……!! いつもの咲夜さんみたく、ザルだとか役立たずとか言えばいいじゃないですか!!」
堪えきれない様子で、美鈴が吐いた。
「そんなこと言わなくたって……咲夜さんの優しさは、暖かさは、私にだってわかってますから!! だからもっと、いつも通りに、今まで通りに、してくれたら……!!」
「美鈴」
静かな呼びかけが、美鈴の言葉を遮る。そして紡がれるのは、美鈴へと贈る言葉。
聞きたくないと美鈴は思った。だが、聞かなければいけない思った。何よりも、聞いていたかった。
「これからも、紅魔館の皆を護ってあげてね」
咲夜がそう言った瞬間、一陣の風が吹く。
それは美鈴の紅い髪を巻き上げ、彼女の視界を一瞬だけ塞ぐ。
そう、一瞬だけのはずだった。
「あ……」
膝の上の重みが消えていた。もちろん、さっきまでそこにあったものも。
美鈴の脚を枕とし、草むらに横たわっていた咲夜の体、そのものが。一瞬のうちに消えていた。
圧縮され続けていた、数十年に及ぶ時の反動。それが解放された瞬間、人間の身に何が起こるか――――その答えが、ここにあった。
美鈴には難しいことはわからない。だが、これだけはわかった。
十六夜咲夜は、旅立ったのだと。
その事実を受け止める前に、自身の手が何かを握り締めていることに気がつく。つい先程まで、震える咲夜の手を握っていた方の手に。
そこにあるのは、咲夜が肌身離さず持ち歩いていた銀の時計だった。まだ彼女が紅魔館に来る前から持っていたという、その人生を共に過ごし続けたもの。
それだけがここにあるということに気がついた瞬間、実感できてしまった。もう咲夜がここに居ないということに。
「うっ……」
眼から熱い物がさらに激しく零れ、口から声にならない嗚咽が漏れだすのを美鈴は感じた。
座り込んだまま、銀の時計を胸に抱いて、美鈴は喘ぐ。
咲夜と共に過ごした数十年、妖怪の自分にとってはたった一瞬のはずの出来事。
にも関わらず、自分の数百年の半生を埋め尽くすような矛盾を抱えた、咲夜との想い出。
そこから産み出される感情を、ただ美鈴は吐き出し続けた。言葉の代わりに、涙と嗚咽を以って――――
※
「美鈴」
正面から、声が聞こえた。反射的に顔を起こせば、目の前に立つ小さな影がひとつ。
当主、レミリア・スカーレットがそこに居た。
「お、お嬢様……?」
涙に濡れた自分の顔を慌てて拭いつつ、美鈴は思った。
いつの間に現れたのだろう。先程まで、自分と咲夜しか居なかったはずなのに。それに気を読むのが得意な自分でさえ、その接近に全く気がつけなかった。
狼狽する美鈴を見て、レミリアが苦笑しつつ答える。
「ずっとここに居ただけよ……見てはいなかったけどね」
その言葉を聞いて、美鈴は理解する。
あなた以外に見られたくなかったという咲夜の言葉通りなら、きっと最後の瞬間まで空間を操り、自身と美鈴を一時的に隔離していたのだろう。そして咲夜がどこを最後に訪れるか見当をつけていたレミリアは、隔離された空間を前にして、ただ立っていた。そして空間による隔離が解かれたため、美鈴だけがあるべき場所へと戻っただけだ。
レミリアほどの実力者なら、空間を無理矢理こじ開けて割り込むことも、覗くことも出来たはずだ。だが、幼き当主はそれを行わず、隔たれた空間の向こうにいる従者のことを想っていたのだ。咲夜への想いなら、美鈴に勝るとも劣らないはずだろうに。
そんなレミリアだからこそ、咲夜は生まれ持った人としての生を全て捧げられたのだろう。美鈴も改めて誇らしく思う。
誇り高く優しき当主を、そして彼女に全てを捧げた従者のことを。
「咲夜は、どうだった?」
「……柄にも無く、私のこと誉めてくれちゃったりしましたよ」
「あらそう」
プッと噴出すレミリア。それ以上、何も聞こうとはしなかった。
「お嬢様、これを」
胸に抱いていた銀の時計を、レミリアへと差し出した。彼女に一生を捧げた咲夜のものだから、そうするのが自然だと思ったのだ。
だがレミリアは時計を受け取ることなく、掌を向けて美鈴の手を制する。
「いらないわ。もう咲夜からは貰ったから」
そう答えながら、自らの胸を抱く。咲夜が残した物を、確かめるように。
そして、紡いだ。
「私とフランは、従者としての忠誠を捧げられた」
「パチェ達は客人としてのもてなしをいただいた」
「メイド達は、咲夜の持つメイドとしての技術の粋を受け継いだ」
「そして紅魔館には、完璧で瀟洒なメイド達を残した」
詠うようにして言い終わると、優しき笑みを以って美鈴へと告げる。
「だから、咲夜の想いはあなたが受け取っておくといいわ」
「……はい!!」
紅魔館のメイドとしてではない、十六夜咲夜自身が残してくれた物。
自分の手の中にある、幾千幾万の想い出が込められた時計を、美鈴は改めて握り締めた。
その様子を優しく見つめながら、レミリアは口を開く。
「そうそう。あの氷精がなんだか私の世話をするとかはりきっていてね。お茶を入れてくれるらしいから、手が空いたらあなたも来なさい」
ほんと、妙なものを残していったわね、とぼやきつつ、レミリアは背を向けて行ってしまった。
門前に残され、再びひとりになる。時計を握り締めつつ、美鈴はポツリと呟いた。
「……私も同じですよ、咲夜さん」
思い出すのは、咲夜の言葉。自分が居たからこそ、完璧で瀟洒なメイドでいられたという告白。
何を言うんだ、と思った。それはこっちの台詞なのだから。
「あなたが守る紅魔館だからこそ、私は命を賭して護ることができたんです」
命を賭ける価値のある物だったから。命を捨てても悔いの無い物だったから。
自分は、門番であり続けることができた。
「完璧で瀟洒には程遠かったでしょうけどね」
あははと苦笑しつつ、門前に立ち、改めて自分が護るべき場所を見つめ直す。
敵であり、味方であり。
上司であり、部下であり。
母親であり、娘であり。
姉であり、妹であり。
親友であり、恋人であり。
そして、かけがえの無い同志だった存在。
彼女が守り続け、そして残したものが、美鈴の目の前にある。
だったら自分の成すべきことは、決まっている。これからも今まで通り、紅魔館を護り続けていくこと。
時計を胸に抱き、空を見上げる。
新たな決意を込めて、美鈴は言った。彼女に届くかどうかはわからないが、必ず届くと信じて。
「咲夜さん、おやすみなさい」
※
もしも、あなたに客人としての資格があるのなら。
一度は紅魔館を訪ねてみると良いだろう。
完璧で瀟洒なメイドはもう居ないが――――
完璧で瀟洒なメイド達が、あなたをもてなしてくれるはずである。
了
そしてその畔に立つ悪魔の棲む館、紅魔館。
外の世界から館ごと引っ越してきたと言われるその館は、日本という国をベースに持つ幻想郷からは酷く浮いていて、なじまない。人里の建築物となど比較にならないくらい広大で巨大なそれは、まるで館自体が幻想郷の中に生まれたもうひとつの異世界だと錯覚させるようだ。
いや、幻想郷のように結界で閉ざされてはいなくとも、吸血鬼の主、魔法使いの客人、数多のメイドなどの異分子を内包し、門番とメイドという二層の防壁に護られた館は、既に異世界と言っても過言では無いかもしれない。
そんな異世界に今、少しばかりの変化が訪れようとしていた。
※
「もう一度言ってくれるかしら」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットはそう言った。
自らの正面に立つメイド服姿の少女、十六夜咲夜へ。
「申し上げた通りです」
主たる吸血鬼の視線を真正面から受け止め、咲夜は続けた。
「お暇を頂きたいと思います」
レミリアの眼が不快を示すように歪められた。だが、それも一瞬のこと。すぐに、何かに気がついたような表情を見せる。
その傍らに座る魔法使い、パチュリー・ノーリッジは、開いた本から顔を上げることも無く。
ソファーの上で胡座をかくように座る吸血鬼、フランドール・スカーレットは、意味がわからないのかキョトンとした表情で、ふたりの会話を聞いていた。
「……ああ、そう。もうそんな時期か」
今度は不快、というよりうんざりしたような表情がレミリアに現れた。頭痛を抑えるかのようにこめかみをつつきながら、スカーレットの当主は言う。
「幻想郷の連中を知っているあなたなら、いくらでも方法があることはわかっているわよね」
「はい」
「知りながら、そのまま受け入れると言うの?」
「はい。それが私の誇りですから」
咲夜が『誇り』と口にした瞬間、パキンと軽い音が響く。レミリアの手にしていたティーカップが、取っ手だけを残して砕けた音だ。中に入った紅茶はテーブルクロスを濡らし、それを伝って床にまで垂れている。
「随分とつまらないことを言う。人としての誇りか? 狩人としての誇りか?」
不快を通り越し、怒りに彩られた表情と共にレミリアは吐き捨てるように言った。小さな体から、発せられるのは、息の詰まるような怒気。常人ならそれだけで身がすくみ、妖怪なら逃げ出すほどのものだ。
しかし咲夜はそれに怯むこと無く、レミリアの紅い瞳を見据えたまま、言う。
「いいえ。お嬢様の従者としての誇りです」
次の瞬間、レミリアの手には紅茶の注がれたティーカップがあった。砕けたはずの破片も、テーブルクロスと床を濡らした紅茶も消え失せている。自らの能力を生かした、完璧で瀟洒なメイドと評されるにふさわしい仕事だ。
レミリアの生涯にとっては僅かな期間のことだというのに、その力が側にあるのが当たり前だと感じるようになったのはいつの話か。そして今、それは当たり前ではなくなろうとしている。
「……頑固な従者を持ったものだ」
空間を押しつぶすような重圧が、空気の抜けた風船のように萎んでいくのが感じられた。今のレミリアの顔にあるのは、呆れとあきらめだ。
レミリアがカップに口をつければ、それが好みの味と温度に淹れられているのがわかる。咲夜の願いを叶えるなら、今ここにあるのが最後の味。
レミリアがカップを傾け、紅茶を口内へ流し込むようにして飲んだ。好みの温度とはいえ急に飲むには熱すぎるだろう。その幼顔をしかめ、口の端からポロポロとこぼしつつも、喉を鳴らして飲み込んでいく。
飲み切ると同時にフゥと息をつき、口元を袖で拭く。
そして、言った。
「好きになさい」
呟きと同時に、カップを置く。その音に合わせるように、テーブル上のティーセットが消え失せていた。紅茶で汚れた顔と袖も、そんな事実が無かったかのように元の美しさを取り戻していた。
最後までいい仕事をする物だ、とレミリアは思う。
「狩人の成り損ないに過ぎない私にとって、お嬢様に御仕えできたことが一番の幸せでした。この御恩は忘れません」
レミリアへと一礼すると、咲夜はフランドールとパチュリーへと向き直った。
「フランドール様。いつまでも元気なままでいてください」
「う、うん?」
「パチュリー様。御体を大切にしてください。小悪魔にもよろしくと」
「ええ」
未だ理解出来ずに目をパチパチと瞬かせながら答えるフランドール。
やはり本から顔を上げないまま、だがページを捲る指と文字を追う目を止めて答えるパチュリー。
そんな二人にも一礼し、咲夜は部屋の入り口へと下がった。
「咲夜」
カーテンで締め切られた窓を眺め、咲夜に目を合わせないままにレミリアが呟く。
「世話になったわ」
言葉と共に、咲夜の体が震える。
レミリアに仕え、幾世霜。主に害を成す敵にも、害は無くとも気を抜けない大妖怪達にも、そして主であるレミリアにも震えを見せなかった咲夜が、今震えている。
だが、それを生み出すのは恐怖ではない。心の底へと染み渡り、咲夜の体をじんわりと暖めてくれるような感覚だ。
自らを満たし、そして込み上げるものをこれ以上押さえ込みたくはない。今すぐにでも解き放ち、幼く、強く、気高く、厳しく、そして優しい我が主へと伝えたい。
それをしないのは、誰のせいでもない。自分が勝手に唱えた誇りとやらに縛られているだけだ。そんな物を破ったところで、責める者はこの館には居ないだろう。この館で働きつづけた自分には、彼女達のそんな優しさが痛いほどにわかっていた。
そして――――だからこそ、この想いを吐き出すわけにはいかない。
「……勿体無いお言葉です」
絞り出すような声を残し、咲夜の姿が扉の向こうへと消えた。
扉の外からコツコツと足音が響き、それもすぐに小さくなる。足音が聞こえなくなると、レミリアはテーブルに突っ伏すように倒れた。
「最後まで可愛くない娘だったわ」
腕を顎の下に敷いたまま、眉根に皺を寄せてレミリアは言う。ふと何かを思い出したような表情と共に、顔を上げた。
「例の連中を雇い入れたのは、この日のためというわけか……本当に可愛くない」
「引継ぎもアフターケアも完璧ということかしら? さすが完璧で瀟洒なメイドと言われるだけのことはあるわ」
「もっと見苦しく醜い所を見せてくれたっていいでしょうに。人間だったら」
その口調は咲夜を責めるというよりは、ただの愚痴に近い物だ。既に終わり、受け入れた事実に対して漏らす、何の意味も無いただの戯言。
「ねえ……咲夜なんか変なこと言ってたけど、どうしたの?」
意味はわからなくとも二人の会話から良くない物を感じ取ったのか、フランドールが不安そうな表情で尋ねる。
「暇をくれと言っていたでしょう。メイドを辞めさせてくれということよ」
「へ……?」
パチュリーの答えに、フランドールがポカンと間の抜けた表情を見せた。
レミリアと同じく、その幼い容姿からは想像できないほど長く生き続けているフランドールだが、その殆どは地下にこもっていたせいか、人生(?)経験という点では驚くほど未熟だ。そんな彼女にとっては咲夜=メイドということは常識であり、それが覆されるということが理解できなかった。
頭を抑えて考え込んでいる妹へ、姉が助け舟を出す。
「つまり、紅魔館から出て行くのよ」
シンプルに結果のみを伝えた瞬間、フランドールが目を見開き、跳ねるようにして立ち上がる。
「や、やだよそんなの!! お姉さまだって嫌でしょ!? 困るでしょ!?」
「……別に今更、紅魔館は何も変わらないわよ。メイド長はとっくの昔に代替わりしてるんだから」
そう、数年前より咲夜はメイド長の座を降り、後任の者へと明け渡していた。それからはレミリアの専属メイドとなり、館の管理からは手を引いていたのだ。そして後任のメイド長により、今の紅魔館は問題なく機能していると言ってよい。
咲夜の能力による大図書館の空間拡張も、今ではパチュリーの組み上げた術式によって完全に再現、管理されている。
つまり、紅魔館当主としてのレミリアには、咲夜を引き止める理由など何も無いのである。
「もういい!! 私が咲夜を止めてくる!!」
姉の冷たい物言いに苛立ったのか、犬歯を剥き出しにしてフランドールが叫ぶ。そのまま姉に背を向け、突き破らんかとするような勢いで扉へと向かった。
「やめなさい」
背後からレミリアの声が聞こえるが、そんなこと聞いていられない。扉を開くのももどかしい、力づくで吹き飛ばすか、能力で破壊するか、どっちに――――
「お願いだから、やめて」
二度目のレミリアの声が、フランドールの動きを拘束した。その声に魔力が込められていた、というわけではない。フランドールにとって、それが初めて聞く声だったからだ。
それはいつも聞き慣れた、上から語りかけるような、誇り高く、威圧的な物ではない。すがりつくような、情けない懇願の声だ。そんな声がこの忌々しい姉から発せられるなんて、驚いて立ちすくむには充分だった。
ギョッとした表情でレミリアへと向き直ると、そこに居たのはうつむいたまま、目線を合わせようとしない姉の姿だ。
「お願いだから……最後まで咲夜をあのままでいさせてあげて」
フランドールは、先程までの憤りが急速に静められていくのを感じた。おそらくは、『わかってしまった』からだろうと思う。
咲夜がなぜ突然辞めるなどと言い出したのか、それをレミリアはなぜ引き止めなかったのか、フランドールにはまだ理解できてはいない。
それでも
「紅魔館の誇る、完璧で瀟洒なメイドに……」
レミリアの咲夜を想う心は自分と同じ、いやそれ以上の物だということだけは、わかってしまった。
※
レミリアへ最後の挨拶を終えた後、咲夜は館の一階へと降りていった。向かうのは一階のはずれ、従者達の寝室が並ぶ一画である。
紅魔館で働く多くの妖精や妖怪達は大部屋で雑魚寝であるが、美鈴や咲夜のような隊長格にある者には個室が用意されていた。一応は紅魔館に長く勤め、それなりに真面目に働けば個室に入る権利はあるのだが、基本的に妖精や妖怪は一人で部屋に閉じこもるよりは大勢で騒ぐほうが好きなため、プライベートタイムを楽しむような風情のある者は滅多に居ない。よって、従者で自分の部屋という物を持っているのは咲夜に美鈴、その他極々一部の変わり者と呼ばれる連中である。
ちなみにパチュリーの使い魔である小悪魔はあくまで『客人であるパチュリーの従者』であり、紅魔館の従者ではなく、形式上は客人として扱われている。そのためにパチュリーと同じく客室が用意されているが、そうは言っても彼女は図書館から出ることはほとんど無いため、その客室は空き部屋と同じような物である。
今日で最後ということで改めて自分の部屋を見回してみるが、つくづく殺風景でつまらない部屋だと思う。簡素なベッドに、寝間着とメイド服しか入っていないクローゼット。化粧台には手鏡といくつかの化粧品は置いてあるが、それはレミリアの傍にひかえていても見苦しくなく、目立たないという従者としての化粧を施すための物だ。
それ以外には殆ど何も無い。必要最低限の物しか置かないようにしていたが、文化的な水準というものを考えれば最低限すら怪しいかもしれない。
隣の美鈴の部屋を思い出す。自分と同じく質素で簡素な部屋ではあったが、自作だという家具とわずかに置かれた大陸風のインテリアが、彼女らしさをよく表現していたものだ。自分ももう少し可愛げがあればよかったかな、と思う。後悔しているわけではまったく無いのだが。
館を出る前に私物を処分しようと思っていたのだが、全部集めても木箱の半分にも満たない。手間がかからなくて良いとは思うが、つい苦笑が漏れる。
身に纏うメイド服は、本来は支給品なので返却すべきだろうか。そうは言っても、これ以外には寝巻きぐらいしか持っていない。それによく考えれば、館に来た当初に支給された物は、メイド長という激務の中でとっくに雑巾の材料とされている。現在着ているこれは確か、自分で繕った物だ。
少し悩んだが、退職金代わりに貰っておくことに決めた。クローゼットに入っている分は、他のメイドに使ってもらえばいいだろう。
簡単に掃除を済ませると、それだけで僅かに感じられていた生活感という物がさっぱりと消え失せてしまっていた。私物の入った木箱を抱え、部屋の位置以外で他の空き部屋と区別することが難しくなった自室を後にする。
寝て起きるだけとはいえ、それなりに長い間世話になったはずの部屋なのだが、たいした感慨もわかない。館の主と違い、薄情な主で悪かったわね、などと思ってしまった。
館裏口のゴミ捨て場へ向かい、木箱を置いた。後は誰かが燃やしてくれるだろう。これで片付けは終了、と。
あまりにも簡単な後片付けに、思わず溜息をついていると、
「あ、こんにちわー咲夜さん」
呼ばれて振り返れば、そこに居るのは小柄な少女だ。身に纏うのは門番長の美鈴と同じ、大陸風の衣装。ただし色は紺色を基調としており、恥ずかしいのかスリット付のスカートの下にはショートパンツを履いている。
緑のショートカットヘアからは、虫の触角を思わせる突起が飛び出し、その上にはこれまた美鈴と同じ帽子をかぶせられていた。ただしその星飾りには、『蟲』の字が刻印されている。
闇に蠢く光の蟲、蛍の妖怪リグル・ナイトバグだ。だが、この場における彼女の立場はただの妖怪ではない。
「ええ、こんにちわリグル。門番の方はいいの?」
「ちょっと代わってもらってます。ここの仕事終わったら戻りますよ」
今の彼女は、美鈴直属の門番隊に所属している。その足技に目をつけた美鈴によって体術を仕込まれた彼女は、副門番長として抜擢される程の存在になっていた。最も格闘に特化しすぎたためか、弾幕勝負は不得手というのは師匠ゆずりだが。
そして副門番長以外に、兼任する仕事がもうひとつ。
「えへへ、今日はいいのが収穫できますよ」
そう言って彼女が立つのは、様々な野菜、果物が植えられた農園だった。紅魔館は吸血鬼の館であるため、表側が日当たりが悪く、裏側が日当たりが良くなるように建てられている。よって、日当たりが良く、人の目に付きにくいここは、農園として使われていた。その管理をしているのが、リグルなのである。
「よーし、皆集合ー!!」
彼女の声に答えるかのように、草むらからガサガサと音が鳴った。そこから地面を這いまわり、もしくは跳ねて、又は宙を飛んでリグルの元へと集まる物がある。ひとつひとつは小さいが、その数は『いっぱい』、『大量』としか表現できないほど膨大だ。
リグルには悪いが生理的な嫌悪感を覚えるそれは、彼女の使役する虫達だった。
「さて皆、今日の仕事はわかってるよね。じゃ、作業開始ーーー!!」
パンと掌を叩くと、虫の群れが霧散した。砕けた群体は、農園のあちこちへと吸い込まれていく。
土の上では、虫達が波のように蠢いているのがわかった。そして彼らが通り過ぎた後に残るのは、土と育てるべき農園の作物だけだ。いくらか生えていた雑草達は、綺麗に刈り取られている。
その頭上では、羽虫達が花から花へと移り飛び回っていた。その体についた花粉によって、花々が無駄なく、効率よく受粉されていく。
「そっちのはっぱは落としちゃって。あと、実が痛んでるのは食べちゃっていいよ」
リグルの指示に答え、虫の動きが変わっていく。その様はまるで、楽団を操る指揮者のようだ。
「いつ見ても驚くわね、この光景には」
「ふふん、虫の力を甘く見てもらっちゃ困りますよ」
植物を育てるにあたって虫の存在は害となることが多いが、彼女の能力をもってすれば別の話。虫による食害や病気を防ぐだけでなく、小さく、数の多い彼らを使役することで大幅な作業性の向上も可能となった。ちなみに報酬は、彼らが刈り取った雑草や、間引かれた芽に傷のついた実などだ。
薬に頼らず、なおかつ管理の行き届いた紅魔館産の野菜は、人里の食通の間でも噂されるほどの代物である。もっとも『虫が育てた』という評判のせいか、最初の一口は勇気が居るという話だが。
元々は、美鈴が門番の片手間に管理していた庭園で、虫が害虫として扱われているのに彼女が憤慨したのが始まりだ。『虫が役立つってことを見せてやるわ!!』と言った彼女は、今のように虫を使役して見せたのだった。
それを見た咲夜は美鈴と相談し、リグルを庭師に任命して、庭園の管理を任せたのだ。それからという物、彼女は庭師としての腕前をメキメキと上げていった。その腕前は白玉楼の少女が危機感を覚える程。しばらく後には館裏手の農園―――これも美鈴が片手間に管理していた―――の管理を任されるようになった。
したがって今のリグルの役職は、副門番長兼庭師兼農園主といったところか。
「今日は、トマトとナス、あとカボチャがいい感じかな」
さすがに実の収穫までは非力な虫達では難しいので、これはリグル自身の仕事だ。慣れた手つきで鋏を動かし、野菜を竹篭に放り込んでいく。程なくして、籠の上に野菜が山盛りになった。
「これ、厨房に持っていくのかしら」
「はい、そのつもりですけど」
「じゃあ貸しなさい。ちょうど寄るつもりだったから」
返事を聞く前に竹篭を奪った。人間の腕力には少しこたえる重さだが、そんなことを表情に出さないのがメイドとしての嗜みだ。
「すいません、じゃあお願いします」
「ええ。早く門番としての仕事に戻りなさい」
「はーい」
ペコリと頭を下げてから駆け出していくリグル。その背中へ眺めつつ、咲夜が一言。
「ところでリグル。美鈴はどうしてるの?」
「美鈴さんなら、お昼寝……あああっ!!」
少し頭が足りないと評されることも多い彼女は、言ってしまってから口元を両手で抑える。『しまった』という表情を隠そうともしないリグルへ、咲夜は微笑を見せた。
「お、お昼寝と言うかシェスタというか瞑想というか禅というか、ええと……」
「あらそう。後で寄らせてもらうから」
「ひえぇ」
自分の事でもないのにガタガタと震える彼女を見て、苦笑しつつ咲夜は言う。
「美鈴のこと、これからも助けてあげてね」
「は、はい?」
怯えたまま答える彼女に背を向け、咲夜は館の中へと姿を消した。
※
紅魔館の食糧事情をつかさどる厨房。主であるレミリアと訪れる客人を満足させる『質』と、メイド達の腹を満たす『量』を要求される戦場と言っても差し支えない場所である。
今、そんな戦場に場違いなメロディが流れていた。
「ぐるぐるぐっつぐつ~~♪ ぐっつぐるぐる~~~♪」
軽やかな歌声に合わせて鍋の中のお玉が回される。その中を満たすのは、食欲を誘う匂いを発する褐色の液体だ。
鍋の前に立つ彼女がその液体をスプーンですくい、ぺロリと一舐め。目を閉じたまま味を確かめ、満足そうに頷いた。
「ヤツメウナギのコンソメスープ完成~~~♪」
歌うように、いや歌いながら言うのは夜雀、ミスティア・ローレライだった。その身に纏うのは清潔感溢れる白の調理服。腰から下には音符の刺繍が入ったエプロンを、首元には赤紫のスカーフを巻き、頭には妙な羽飾りのついたコック帽を被っている。
そして、そんな彼女の背後に忍び寄る闇がひとつ。
「そーなのか~~~っと」
ミスティアの後ろから伸びた手が鍋のお玉を掴み、そのままスープをいっぱいに掬う。その行き先は皿ではなく、ぽっかりと空間に開けられた大穴だ。
「あああ食べちゃだめだってーー!!」
「お腹すいたんだもーん。ちょっとだけー」
大穴へ、いや宵闇の妖怪、ルーミアの口の中へとスープが流し込まれた。出来立ての熱々だというのに、そんなことに介することも無くゴクゴクと飲み干していく。
ちなみに、彼女が纏うのもミスティアと同じ調理服だ。エプロンとスカーフは彼女の持つ闇と同じ漆黒。ミスティアよりはいくらか低いコック帽には赤いリボンが巻かれている。
「ごっくんぷはー……うーん?」
シチューを飲み干した後、何か考え込むような素振りを見せ、そして言う。
「みすちー、これいまいちだよ。コンソメ強すぎてヤツメウナギのダシが消えてる。臭み消しなら香草使ったほうが、旨味も引き立つんじゃないのー?」
表情と雰囲気はそのままだが、その口から発せられる言葉は衣装に見合う、料理人としてのものだった。
「いいんだって。あのお嬢さんは子供味覚だから、これくらいわかりやすい味の方がいいの。妹さんと魔法使いさんには別の出すわよ」
「うーん? だからって料理に手を抜くのは変だと思うー」
「抜いてないわよ。食べる人に喜んで貰うのが先決でしょ」
「そーなのかなー?」
厨房に、二人の言い争う声が響く。紅魔館の料理長、ミスティアと副料理長のルーミアの声が。
同じく厨房で働いていた数人のメイド達は、『またか』とでも言うような表情で見守るだけだった。特に止めようとする者は居らず、彼女達の口論をBGMにするかのように、自分の仕事をこなしていくだけだ。そこにあるのは諦めというよりは、馴れと呆れ、そして信頼。
今日も長引きそうだな、とメイドの誰かが考えた。
しかし、今回はそれが思わぬ形で中断されることになる。
「あ」
ルーミアが不意に言葉を止める。その視線が向けられているのはミスティアではなく、さらにそのむこう。
何事かと思って振り返れば、そこに立つのは野菜の入った籠を抱えた咲夜の姿が。その姿を見た瞬間、串を打たれた魚のようにミスティアの体が硬直した。
「……忙しい所悪いけれど、リグルからお届け物よ」
籠を近くの机に置くと、表情を変えぬままゆっくりとふたりへ歩み寄る咲夜。コツコツと靴が床を叩く音が、ミスティアにはまるで死刑執行のカウントダウンのように聞こえた。
メイド達も怯えを浮かべた表情でこちらを伺っている。中には早々にあきらめて、十字を切っている者さえ居た。
無理も無い。咲夜がどれほどレミリアを慕い、誇っているかなど、この館で働く者達にとっては常識なのだから。主に対する侮辱に対して、どのように答えてくれるかということも。
もちろん、ミスティア自身に侮辱の意図は無い。しかし『子供味覚』、『わかりやすい味』という言葉は侮辱と受け取られても仕方ないかな、と思う。
咲夜の手に何か、金属の光沢を放つ物体が握られているのに気がつく。昼寝が見つかった門番の様にナイフの雨を受けることになるのか。それを覚悟して、ミスティアは目を瞑った。
だが、予想に反して何の衝撃も来ない。恐る恐る目を開けると、咲夜が手に持っていた物体を、スープの入った鍋に入れていた。それはナイフではなく、ただのスプーンだ。
ポカンとするミスティアとメイド達、何も考えていないようなルーミアの前で、咲夜はスープを掬い、口へ運んだ。口内で転がすようにして味わい、こくりと飲み込む。そしてミスティアへと向き直った。
「うん、たしかにお嬢様好みの味ね」
笑顔で答えられた瞬間、緊張の糸が切れたのかミスティアの体が脱力して倒れかける。側のルーミアに受け止められて事無きを得たが。
「でも、お嬢様は誇り高い御方なんだから、気づかれないように注意しなさいよ。あと、今の味で満足されているからといって、それで終わりにしないこと。様々な味を受け入れられてもらえるように、あなたも精進しなさい」
「は、はいっ!!」
脱力した体が、咲夜によって一瞬で引き締められた。その様子を微笑ましい様子で見つめながら、側に立つルーミアへと視線を移す。
「ルーミアも。味を追求する姿勢はいいけど、食べる対象の存在を忘れてはいけないわよ」
「はーい」
理解できているかは怪しいが、返事だけは素直だと思う。咲夜はそんなふたりを、改めて眺めてみた。
屋台を引いていたという経験のせいか、食べる人の事を考えた料理を作るミスティア。
本来持つ食への欲求のせいか、味について厳しく追求するルーミア。
方針の違うふたりが、今のように口論となるのはいつものことだ。だがそうやって互いにぶつかり合うことで、結果的に料理人としての腕を高め合っていることを咲夜は知っていた。だからいつもなら、仕事の邪魔や弾幕勝負にでもならない限りは続けさせてやりたいのだが、さっきはつい水を差してしまった。
彼女達には悪いが、今日で辞める自分には待っている時間も惜しいから。
「あの~~~なにか?」
ミスティアが不思議そうな表情を浮かべ、言った。自分としたことが、つい物思いに耽ってしまったらしい。
「ああ、そうだわ。メイド長はどこに居るか知ってる?」
誤魔化したように聞こえたかも、と思いながら咲夜は尋ねる。自分ではない、メイド長のことを。
「えーと、明日のパーティーのことで、打ち合わせって言ってたかなあ」
「私達も下ごしらえで大忙しー」
そういえば、そんな予定があった。間の悪い時に辞めてしまったかな、と思うが、こればかりはどうにもならない。散々引き伸ばした挙句の今日なのだから。
「だったら、詰め所かしらね。それじゃあふたりとも、邪魔をしたわ」
ミスティアとルーミアに背を向け、咲夜は厨房を後にする。
背後からは、咲夜が持ってきたリグルの野菜をどう使うか、で彼女達が話し合っているのが聞こえた。歩みの速度を落として耳を傾けると、その声にだんだんと熱がこもっていくのはわかる。どうやらもう一波乱ありそうだ。
「……これからも頼むわよ。紅魔館の食を司る者として」
聞こえるはずの無い声を漏らし、咲夜はその場を去った。
※
ミスティアの言ったパーティーとは、レミリアの好きだった神社での宴会ではない。紅魔館にスカーレット家の傘下や友好関係にある有力者―――腕っぷしや弾幕ではなく、金や権力での―――を招待し、当主の威厳を示す社交会のようなものだ。
当主であるレミリアは面倒だと散々にぼやいていたが、かといって手を抜ける物でもない。招待客をもてなすメイド達にも、紅魔館の名を汚さないだけの働きが求められる場所だ。今頃はそれを可能とする為の特殊シフトでも話し合っているのだろうか。
今、咲夜が立つ扉の向こうで。
ここはメイド達の詰め所である、大部屋の前。普段は休憩中、またはサボリ中のメイド達がたむろしていることが多いが、時には集まって会議を行う場所でもあった。そしてドアを通して感じられる大勢の気配と、談笑とは思えない雰囲気からすると、現在の用途はやはり後者のようだ。
ドアを少しだけ開けて中の様子を伺うと、長机に座るメイド達の姿が。そして彼女らの視線はほぼ全て一方へと向けられている。
そこに立つ、少女の影が二つ。メイド達の視線を堂々と正面から受け止める姿と、それを支えるかのように寄り添う姿だ。
「―――んじゃ、明日のパーティー用のシフトはこんなとこだけど。なんか問題あるー?」
黒板をバンバンと叩きながら、正面に立つ少女が言った。その体には、かって咲夜が纏っていた物と同じデザインのメイド服が。ただしその体躯は人間の子供と見紛うばかりに小さく、服もそのサイズにピッタリと合わせて仕立てられた物だ。
純白のヘッドドレスの下にあるのは、水色のショートカット。そして背中からは、服に穴を開けることなく鋭くとがった氷の柱、いや氷の翼がそびえ立っていた。
氷の妖精、チルノ。彼女こそが、紅魔館の現メイド長である。
「メイド長さん、うちの班なんですが」
メイドの一人が手を挙げながら、言った。チルノの視線を了承と得たのか、椅子から腰を上げる。
「昨日、あの魔法使いが門番さんをふっ飛ばしたときに巻き添え食ってしまって。何人か寝込んでるんです」
そう話すのは、長身の女性だった。その体躯から、彼女が妖精でないということがわかる。そして発する気配から、妖怪でもないということが。
「そんなの、ほっとけば治るじゃん」
当たり前のように答えるチルノの袖を、隣に立つ少女が引いた。
ヘッドドレスを纏うのは、緑のサイドポニー。その背中から生えるのは、他の妖精達とは一線を画す白く美しい翼。
妖精の頂点に立つとも言われる存在、大妖精だ。もっとも、能天気な妖精達の前では大して威厳ある肩書きでも無い。ただ敬意も何も無く、大妖精という名前として使われているだけだ。
紅魔館における現在の役職、副メイド長という肩書きのほうがよっぽど威厳に満ち溢れているだろう。
「チルノちゃん、B班の人達は人間だから」
姉代わりの妖精の言葉に、ああと思い出したような表情を見せるチルノ。不死身では無いが死と再生を日常的に繰り返す妖精には、怪我や病気で休息が必要になるといったことがいまいち理解しにくいらしい。
「そういうことです。永遠亭の薬を飲んで休ませていますけど、明日はちょっと無理させられないと思います」
長身の女性が困ったような表情で言うと、すぐ側からゲラゲラという笑い声が響いた。女性が睨みを伴って声のした方向へ振り向くと、そこに居たのは小柄な体躯の少女だ。
「あははは、人間ってのはホント打たれ弱いねー。どーせだからアンタも寝てりゃいいんじゃない?」
先ほど発言した人間の女性に比べればずっと小さいが、それでも妖精にしては大きい。だが彼女の周りを渦巻く澱んだ様な瘴気が、少女が人間ではなく妖怪だということを伝えている。
長身の女性は妖怪の少女を前に全く臆することなく、口を開いた。
「悪うございました。貴女がた妖怪ほど大雑把にできてないもので。体も頭も」
さらりと毒をこめた発言に、少女の笑顔が強張った。それをほぐすかのように大笑いしてから、ギロリと女性を睨みつける。
「へへへ……言うじゃん。何なら今すぐ寝かせてあげようかー?」
「子守唄が必要なのは、お嬢ちゃんじゃないんですか?」
「へぇー……黙れよ」
少女が立ち上がると同時に、渦巻く瘴気が彼女の体内へと収束していくのがわかった。内部へと集められた瘴気は凝縮、さらに練り上げられ、少女の全身を満たしていく。それを眺める女性の手には、既に何枚かの紙切れ―――呪符が握られている。紅魔館で働いている以上、妖怪に臆するようなただの人間では無いと言うことだろう。
人間の女性と妖怪の少女、ふたりの肉体が戦闘体制へと以降―――する直前。
「こら―――――ぁぁぁぁ!! 会議中だぞ――――!!」
チルノの怒号が響き渡り、その瞬間。
数十を越える氷の弾丸が『現れた』。
そう、撃たれたのでも放たれたのでもない。
女性と少女の周囲の空間に、ふたりを包囲するかの如く、一瞬にして氷の弾丸が現れたのだ。
それはかつて咲夜が得意としていた、時間を操る能力を活用したナイフの包囲網を連想させるものだった。
「チルノちゃん、床に穴開けたら取替え大変だよ」
大妖精がオロオロと、どこかズレたようなことを言う。ナイフのように鋭く尖った氷弾に囲まれたふたりは、身動きもできず凍らされたように硬直していた。
「あーそれは面倒だなー。ねーふたりとも、もう喧嘩しないって約束できるー?」
必死な様子でリズムを合わせるかのように、ふたりでコクコクと頷いて返事する。それを見たチルノがパチンと指を鳴らすと、氷のナイフは空間に溶けるようにして、一瞬で消えてしまった。包囲網から開放されたふたりが、脱力した様子でペタンと尻餅を着く。
「あ……よくよく見たら、無理っぽいのはアンタも同じみたいじゃん」
チルノの視線の先には、尻餅を着いたおかげで露になった人間の女性の脚がある。先程までロングスカートに隠されていたそれには、びっしりと包帯が巻かれていた。
「こ、これは掠り傷だから、大したことはありません」
スカートを直し、脚を隠しながら女性が言う。ただ、床から立ち上がった瞬間に顔をしかめたのは隠せなかった。
「アンタら人間のいいとこって、妖怪や妖精には無い、細かいトコまで気の利いた仕事っぷりでしょ? 今の状態で、その仕事に影響出ないって言えんの?」
「そ、それは……」
「完璧でショーシャってのをウリにしてるあたいらとしては、そんな人間を働かせるわけにはいかないなー」
チルノの言葉に長身の女性が言い澱むと、妖怪の少女が便乗するように叫んだ。
「そーだそーだ、人間はおとなしく引っ込んであぐぎゃあああっ!?」
顔面へと飛んだ巨大な氷塊が、妖怪の少女の口を封じた。顔面をへこませて激痛にのたうち回る少女を眺めつつ、呆れたようにチルノが呟く。
「アンタもさー。心配ならそう言えばいいじゃん。人間はちゃんと言わないとわかってくんないよ」
「なぐらっ!?」
跳ねあがるようにして、少女が身を起こす。氷塊が激突した顔面は既に治っていたが、それは真っ赤に染まっていた。流れた血ではなく、頬を中心とした顔そのものによって。
「ち、違うよ!? わっ、私はね!? こいつが人間の癖に無理しちゃってるもんだからね、たまには大人しく休んどけって思っただけでねっ!?」
短い手足をぶんぶんと振り回して、少女が叫ぶ。その様子を見ていた周りのメイド達からも先程の緊迫した雰囲気は消え、残ったのはニヤニヤとした呆れと冷やかしの視線だ。
長身の女性の方は、少女と同じく顔を真っ赤にして身をすくませている。
「と、とにかく!! あ、あんたなんか居なくても私らが居るんだから、余計なこと考えずにゆっくりしとけってこと!!」
大声で捲し立てると、『これでこの話は終わり』とでも言うように、椅子にドッカリと腰を下ろした。未だニヤニヤとした視線を浮かべながら見守る同僚達を、シャーと蛇のように鳴いて威嚇している。
「この娘はこう言ってるけど。今回は休んでくれる?」
少女を指差しつつ問いかけるチルノに、長身の女性は頬を染めつつ、こくりと頷いた。
「よし。じゃあ、他になんか問題あるとこー?」
どことなく甘ったるい雰囲気を引きずりながら、会議は続けられていく。
『何人かまだ出られそうにない』
『ここはもうちょっと人数欲しい』
『人数よりは熟練者が欲しい』
『スケジュールが厳しい』
『休憩時間が足りない』
『そもそもめんどい』
『お腹すいた』
と、様々な意見がメイド達から飛び出していく。それを纏め、効率良くシフトを組み上げていくのは、チルノの傍らに立つ大妖精だ。チルノの出番は頭脳面ではなく、先程のように会議が脱線しかけた時の修正である。
そして三十分後、黒板が文字でびっしりと埋まり、チルノによる修正が十を越えた頃。
「~~~と、こんなトコでいいかな。ヘルプについてはあたいが探しておくから」
特に反論も無いのを了承とし、会議はとりあえずの終わりを見せた。メイド達から一気に溜息が漏れ、それなりに緊張していた雰囲気がほぐされていく。そんなメイド達を、チルノは改めてぐるりと見回した。
「よし、じゃあみんなよく聞いて」
チルノの言葉に答えるように、抜けた気が再び引き締められる。
「あの吸血鬼のお嬢に。その妹に。紫のもやしに。そして、お客様共に」
メイド達の視線をその小さな身に一斉に浴びながら、少しもひるむことなくチルノは続けた。
そしてメイド達ひとりひとりへとぶつけるように、叫ぶ。
「あたいら紅魔館のメイドこそが、完璧にしてショーシャにして、そして最強だってこと思い知らせてやるぞ!!」
チルノの怒号にメイド達の体が震え、だが答えるようにメイド達が立ち上がる。そして、
『応!!』
と、声が揃えられた。
その頼もしい返事を、チルノは笑顔で受け取る。
「解散!! さっさと今日の仕事と明日の準備にとりかかれーーーー!!」
その言葉と共に、メイド達が詰め所から溢れ出すように飛び出した。
だがその前に、咲夜は反射的に物陰へと隠れていた。別に隠れる必要は無いのだが、盗み見をしてしまったせいか何となく恥ずかしかったのだ。
物陰からメイド達の姿を眺めてみる。その大半は妖精だが、他にも妖怪、少数だがちらほらと人間も混じっているのがわかった。自分がメイド長だった時と比べて、随分とバラエティ豊かになった物だと思う。先程の会議の様子も思い出し、自分がメイド長だった時には考えられない事だとも思った。
しばらくして詰め所から出るメイド達の姿も無くなった。物陰から出て詰め所の中を再び覗く。そこにはまだ、チルノと大妖精が残っていた。
「出られないのが妖精で三、人間で四。あと、もっと人数欲しいのがこことここ。贅沢を言えばあわせて十くらい欲しいね」
「森の三馬鹿に声かけてみる。あと、ハクタクにも暇な奴居ないか聞いてみるよ。山の連中にもあたってみるかな」
新しく書き直された黒板とにらめっこしながら、ふたりは話していた。
「で、魔理沙さんどうする? パーティー中に乱入されたらパニックだよ」
「うーん。めーりんとリグルでかかっても、安心できないなー」
あの魔法使いが迷惑なのは、自分がメイド長の時から今も変わっていない。門番がいまいち期待できないところもだ。
しばらく考え込んでいたチルノだが、何か思いついたような表情でポンと掌を叩いた。
「ああ、そだ。どうせだからあいつにも手伝わせりゃいいじゃん」
「え? あの人が働いてくれるかな? そもそもメイドなんてできるの?」
「たぶん。この前、こーりんどーで掃除してたし、ご飯も作ってたよ」
性格はともかく、育ちはいいのが霧雨魔理沙である。彼女の家は拾った、または盗んだ魔法道具や魔術書で溢れかえってはいるが、整理整頓がされていないだけで汚れや埃はしっかりと掃除されていることを咲夜は知っていた。
「あいつ性格悪いけど、同じくらい甘いから。あんたのせいで人数足りないって言えばやってくれると思うよ」
魔理沙の性格を的確に表した言葉に、思わず苦笑する咲夜。
「頼んでダメだったらもやしのとこの本でもあげればいいんだ」
まずい、このままでは交渉材料として、勝手に本を持って行きかねない。そう思った咲夜は釘を刺しておく為に、詰め所へと入った。
「ちょっとふたりとも」
「あ、咲夜だ」
「こんにちは咲夜さん」
ふんぞり返ったままのチルノと、ペコリと頭を下げる大妖精。
「アイデアは悪くないけど。持っていくときは、パチュリー様に相談しなさいよ」
「でも、あんな本どれだって同じよーな物だと思うんだけどなー。もやしだって黒白に本持っていかれるの楽しみにしてるくせに」
「チルノちゃん、あれは本を持っていかれるのが楽しいわけじゃないよ。ええと勿論です、咲夜さん。ちゃんと相談しますから」
「ええ、その時は任せたわよ」
この娘が側についていれば大丈夫だろう。その短絡思考のおかげでなにかと暴走しがちなチルノだが、大妖精の存在がいいブレーキになっていると思う。彼女にあるのは妖精の頂点というカリスマではなく、保護者としての管理能力だろう。
「それはそうと、チルノ。さっき見てたんだけど……あなたもだいぶ手品が上手くなったようね」
咲夜の言葉に、チルノが薄い胸を張るようにして、得意気な表情を浮かべた。
「へへーん。最強のあたいにかかれば、できないことなんて何も無いもん」
「でもね」
咲夜の手が背後を一閃した。その手に握られるのは、愛用の銀のナイフ。さらにその先端には、一本の氷の刃が串刺しにされていた。それは、先程チルノが喧嘩を止めるために使った、氷刃の包囲網の内の一本だ。
「まだ甘いわね。種が見えていたわよ」
「あーーーーーー!! あたい秘儀『雪刃ドール』がーーーー!!」
串刺しにされた氷のナイフを前に、チルノが叫ぶ。
「微細な氷の粒を対象の周囲に散布……それを核に大気中の水分を凝縮、凍結させる。もしくはその粒自体を寄せ集めて、氷のナイフを作ったのでしょう?」
「うー、言ってることはよくわかんないけど、当たってると思う」
「勘のいい連中なら気がつくわね。そうでなくても、角度によっては粒が光を反射して光って見えるわ」
「む~~~ちくしょーーー!!」
必殺の手品をあっさりと看破されたチルノが、地団駄を踏んで悔しがる。だが、咲夜は彼女の技、そしてその姿勢をむしろ高く評価していた。
時を操るといった能力によって会得した自分の秘技だが、突き詰めればそれはナイフの発射と配置を対象に察知されず、一瞬にして行うというだけのこと。チルノはその本質を見抜き、氷を操るというシンプルな能力で形だけでも再現したのだ。少し改良すれば全盛期の自分の技と同じ、いやそれ以上の脅威になると思う。
普通の知恵のある者なら、『時を操る能力』で成し得た技を再現するなどは考えないだろう。バカと蔑まれることも多いチルノだが、だからこその発想力といったところか。
「覚えとけー!! 次こそはそのお高くとまった顔面をへっこましてやるー!!」
いつも通りのチルノの罵声だが、『次こそは』という言葉が胸にグサリと突き刺さるのを感じた。ナイフ投げは教えてないのにな、と自嘲気味に咲夜は思う。
次が無いことを心の中で詫びながら、咲夜は口を開いた。
「それはいいとして、ちょっとメイド長のあなたに頼みたいことがあるの」
「良くないー!!」
「はいはいチルノちゃん、次はがんばろうね。で、なんですか?」
わめくチルノと、それをなだめる大妖精。ふたりを微笑ましい表情で見つめながら、咲夜は続ける。
「実はね、この館を出ることになったの」
静かに呟いた咲夜の言葉を、ふたりはキョトンとした表情で受け取った。
「ふーん。で、いつ帰ってくんの?」
当たり前のようにチルノは返した。フランドールと同じく、咲夜がメイドをやめることなど最初から思いつかないといった様子だ。だが隣の大妖精は、ハッと何かに気がついたような表情で、口元を押さえている。妖精にしては聡い子だとつくづく思った。
大妖精にそっと目配せし、人差し指を口に当てるジェスチャーを見せる。聡い彼女は、了解と言うようにコクリと頷いた。
「……さて、いつ帰ってくるのかしら。ちょっとわからないわ」
「あはは、自分のことなのにわかんないなんて変なの!!」
「チ、チルノちゃん…」
無邪気な笑顔を見せるチルノの側で、オロオロと泣きそうな表情を浮かべる大妖精。
「だからね、私が居ない間、あなたにお嬢様の身の回りのお世話を頼みたいの」
レミリアの世話。それはチルノがこの館に来る前からの、咲夜の仕事。メイド長の座を明け渡した後でさえ、他者に任せようとしなかった仕事だ。それを今、咲夜は目の前の妖精へと託そうとしているのだ。
その行為は、紅魔館からの完全な決別を意味していると言っても良かった。
「ふーん。ようやくこのあたいの腕前がわかったようね!!」
隣の大妖精と違い、そんな意図に気がつかない、理解できないチルノは、自信たっぷりに咲夜の言葉を受け止める。
「最強のあたいにかかれば、あのお嬢の世話なんて赤子に手を噛まれるようなもの!! 安心して任せとけっ!!」
安心して任せられるわけが無い。チルノのメイドとしての腕前は、長年かけて必死で叩き込んだといっても自分と比べれば数段は劣るものだ。きっと彼女は、これからも色々な失敗をしていくのだろう。レミリアに貫かれ、フランドールに壊され、パチュリーに蒸発させられる。そんな未来が容易に想像できた。
だが、同時に思う。この氷精なら、それらを切り抜けていけるのだと。完璧で瀟洒なメイドと言われた自分とは、違う力とやり方で。
「やれやれ。この私が妖精如きに頼みごとをするなんて。ヤキが回ったものね」
咲夜の言葉に、チルノが『なんだとー!!』と叫ぼうとした、直前。
チルノの体が抱きしめられていた。抱きしめる腕の持ち主は、チルノの小さな体躯に合わせて腰を下ろした、咲夜。
「……あなたをメイド長にしてよかったわ。あなたがメイド長で本当によかった」
触れると少し冷たい、しかしその奥に熱を感じる体を抱きしめ、表情を見せないままに、咲夜は言う。
「へ? な、なに? なにやってんの……?」
うろたえた声を上げつつも、チルノはその腕を振り払おうとはしなかった。
彼女の拙い頭でも、その腕を振り払ってはいけないということだけはわかったから。
十数秒の抱擁の後、咲夜の腕が解かれた。
「じゃあね。次の手品は期待しているわ」
チルノから離れると、大妖精へと向き直る。瞳を潤ませた表情の彼女へ、笑顔と共に咲夜は告げた。
「大変だと思うけど、これからもサポートは任せたわよ」
「は、はいっ!!」
チルノが驚くほどの大声で答えた大妖精に苦笑しつつ、『じゃあね』とだけ告げて咲夜は背を向ける。詰め所を出て向かうのは、正門に続く通路だろうか。その姿も足音もすぐに消えてしまった。
※
咲夜を見送ったふたりの妖精。先に口を開いたのは、まだわかっていない、知らないほうだ。
「……なにあれ。変なの」
「うん、そうだね……」
チルノにはわからない。今の咲夜の言動がなにを意味するのか。
そして、同時にわかっている。隣に立つ親友は、その意味を知っているのだと。
だが、それを聞く気にはならなかった。それはいつか、自分でわからなければいけないことだと思ったから。
それになにより、今の自分はその意味を知る必要が無い。咲夜に託された最後の仕事を、メイド長である自分がこなさなければいけないのは同じなのだから。
「……よーーーしっ!!」
両の頬をバアンと叩き、紅く腫らしながらチルノは叫んだ。胸の中に浮かぶ、もやもやとした違和感を全て吐き出すように。
「あいつが帰ってきても居場所なんか無いくらい、思いっきり働いてやるぞー!!」
「……うんっ!!」
メイド長、チルノ。
副メイド長、大妖精。
ふたりの仕事はまだ続く。
※
紅魔館の正門、そこから両脇に延びる、高く、厚く、堅い塀。空を飛び弾幕を放つ少女達の前にはあまり意味を成さないそれに、背中を預ける者が居た。
草むらに座り、背中を壁に委ねたまま、俯いている影がひとつ。近づけばスースーと規則正しい息遣いが聞こえ、顔を覗き込めばだらしなく口を開け、よだれをたらしているのがわかるだろう。
豊かな肢体を大陸風の衣装に包んだ女性。紅髪の上にかぶさった帽子には、『龍』の刻印を持つ星飾りが。
紅魔館の門番長、紅美鈴である。穏やかな寝顔を無防備に晒したままの彼女からは、少し連想しにくい肩書きであるが。
そんなふうに、いつも通りのやり方で門番という仕事をこなしている彼女の前に、影がひとつ。悪意や敵意、殺気の感じられないそれは、緩やかに美鈴の意識を覚醒させる。
「む~~?」
寝ぼけ眼の美鈴の視界に映った物は、銀の軌跡。日光を反射し、煌きと共に顔面へと迫る一本のナイフだ。
「びゃあああうーーーーっ!?」
美鈴の妙な悲鳴を効果音とし、銀のナイフが突き立てられた。
背後にあった、紅魔館を囲む塀に。頑強な石材で組まれたはずのそれに、ナイフが深々と突き立てられていた。
「少しは目が覚めた?」
美鈴の前に立つのはもちろん、咲夜である。美鈴にはナイフを見た時点でわかっていた。
「びっくりしたな~~~いきなりひどいじゃないですか~~~」
「直接当てなかっただけでも感謝しなさい」
そういえばそうかな、と美鈴は思う。頑丈さがとりえの自分にとって、銀のナイフで刺されるのはそれなりに痛いが、人間で言えばかすり傷程度の物でしかない。実際、咲夜に昼寝を見つかってナイフで針鼠にされることなど、珍しくも無いのだが。
だからと言って、ナイフを投げられて感謝するというのもなんだかな、と思う美鈴だった。
「リグルには言っておいたつもりなんだけど。聞かなかった?」
「えーと、どうせ怒られるんだったら、もう思いっきり堪能させてもらおうかな、なんて……」
気を使うのは得意だが嘘をつくのは下手だな、と自分で思う。さすがに今度はいつものように針鼠の刑だろうな、と覚悟せざるを得ない。
だがそんな美鈴に投げかけられたのは、ナイフの雨ではなく、予想だにしない咲夜の言葉だった。
「……昼寝ってそんなに気持ちいいものなのかしらね」
へ、と間の抜けた返事をする美鈴の隣へと、咲夜が動く。そのまま草の上に腰を落とし、背中を塀に当ててもたれかかった。
人間と妖怪、メイドと門番が隣り合って座る。塀の影で、示し合わせてサボるように。
「あの、咲夜さ……!?」
美鈴の表情が、疑問から驚愕に変わる。その豊かな表情だけで、彼女が何に気づいたのかすぐにわかった。
「ああ、あなたなら注意して見ればわかってしまうんでしょうね。見た通りよ」
気を操る程度の能力である美鈴から見れば、今の自分の気、とやらがどういう状態かわかってしまうのだろう。気功には詳しくないが、あまり面白いものは見られないことは容易に想像できた。
「若作りで誤魔化してきたつもりだったけどね。流石にもう限界らしいわ」
背中を塀に預けつつ、何も無い空間を見つめるような体勢のまま咲夜は言った。よく見れば顔色も悪く、その体にも温度とは関係の無い、震えと汗がある。
思えば、先程のナイフが美鈴ではなく背後の石塀を狙ったのも。頑強と言ってもただの石に過ぎない塀を穿つことはできても、格闘に特化した美鈴の硬く、しなやかな皮膚と肉を傷つけることができなかったからではないか。
そして今、隣でだらしなく座っているのも。もう、再び立ち上がる力が残されていないから。
「そんな……昨日までなんとも無かったじゃないですか」
言いながら、思い出す。
門番とメイドの仕事の合間に顔を合わせ。
昼食に手製のサンドイッチを頂いて。
午後には軽くお茶とおやつを楽しみ。
仕事終わりには秘蔵のワインをふたりで一本頂いた。
もう何十年も繰り返されてきた日常と、何も変わらないはずの一日だったはずだ。それ以前にも、前兆のような物は何も無かった。
そう、何も無さ過ぎたのだ。
美鈴の知る咲夜は、何十年も前から。
髪も伸びず、体型も変わらずに、ただ同じ姿で紅魔館にあり続けた。
永遠亭の薬師が診察をしていれば、脈拍や心拍数、血圧や体温といった全てのデータが、何十年も変わっていないことに気がついていただろう。
「だから、そういうことよ。先送りにしていたツケを、まとめて支払うことになっただけ。今日、今から」
生まれ、成長し、老いて、死ぬ。生物である以上、この運命は等しく全ての物に等しく与えられる。
その運命から逃れる方法、または遅らせる方法なら、いくつかは存在する。だが、咲夜はそのいずれかの方法も選んでいない。初めて会ったときから今この瞬間まで、咲夜がただの人間であり続けたことを美鈴は知っていた。
少し考えればわかることだ。特殊な能力を持っているとはいえ、ただの人間が、妖怪である自分達と共にあり続けるなどおかしいと。
未だ殺しあっている姫君達のように、蓬莱の薬を飲んだわけでもなく。
あの魔法使い達のように、捨食の魔法を完成させたわけでもなく。
幼き当主の血を受け、その眷族になったわけでもなく。
元から授かった寿命を、ただ少し違う形で過ごせられるようにしただけにすぎない。
そんなただの人間が、妖怪の時計に合わせて共に居てくれる筈が無いことなど、わかっていたはずだ。
短き生を繰り返す文筆家、外界より訪れた奇跡の担い手、そして――――あの、博麗の巫女のように。
なんで、隣に座る彼女だけが特別などと思ってしまったのだろう。なんでそんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。
いや、美鈴は既に気がついていたはずだ。
ただ、訪れる未来から目を逸らし、平和な日常を謳歌していただけのこと。
気がつかないフリをしていただけなのだ。
おそらくは、運命を読み、そして操る能力を持つ、我が主も。
そしてその報いが、今の状況。何の心構えもできないまま突然に訪れる、咲夜との別れだ。
「……そんな顔しないでくれる? ギリギリまで誰にも気づかれないようにしたのは私なんだから」
自問自動する美鈴を見かねたのか、咲夜が苦笑する。
その青ざめた表情を見て美鈴が少し腰を浮かせた。そのまま、正座を横に崩したように形に座り直す。
「あの、どうぞ」
スカートをパンパンと叩きながら、美鈴が勧めるのは自分の膝。
「じゃあお言葉に甘えて」
咲夜が隣の美鈴へと、倒れこむように――――いや、実際に倒れこんだ。瞬間的に伸びた美鈴の腕が咲夜の体を捕まえ、優しく草むらの上に横たえる。そして頭は、彼女の脚を枕にするように置かれた。
咲夜の視線の先にあるのは、こちらを見下ろす美鈴の顔。一応はいつもと同じく間の抜けた笑顔を取繕っているが、その下にある素顔は簡単に予測できた。
「お嬢様と妹様にしか許したことないんですよ」
「それは光栄だわ」
有事の際は大地を駆けて空を裂き、敵を薙ぎ倒すこともある彼女の脚だが、今はただ柔らかく、温かい。咲夜の頭を優しく受け止めてくれるそれは、先程の石塀とは比較にならない極上の枕だった。
眼を閉じてその感触に身を任せていると、不意に頭に何かが触れた。感じるのは頭を撫でる、掌と指の存在。
ん、と呟いて眼を開けば、美鈴がその手を頭から離した。だが頭を浮いた掌へ当てるようにして、もう一度催促する。
美鈴の脚を枕にしたまま、頭を撫でられ、その銀髪を指で梳かれる咲夜。そんな彼女へ語りかけるように、脚と手の持ち主が口を開いた。
「私、昔は咲夜さんのこと大っ嫌いだったんですよ」
笑顔のまま、美鈴は言葉を紡いでいく。それを受ける咲夜も、脚の上で、笑顔で答えた。
「ああ、人間だからってわけじゃないですよ。昔から人当たりの良さがウリの妖怪でしたから」
眼を閉じて何かを思い出すような仕草を見せながら、美鈴は続ける。
「そんな私でも、咲夜さんみたいな人間には本気でむかついたなぁ……なんでだろ」
それまでは人間など、少し撫でるだけで壊れ、少し放っておけば死に絶えてしまう物だと思っていた。だからこそ率先して襲おうとも、相手にしようとも思わなかっただけ。
そんな美鈴だが、なぜか咲夜だけは初めて会ったときから、そういう物だとは思えなかった。ただ無性に気に食わなかった。人間に殺意を覚えたのは、この時が初めてだ。
「奇遇ね。私もあなたが大嫌いだったわ」
クスクスと笑いながら、咲夜が続ける。
「狩人だったからというわけでもない。あなたの存在そのものが気に入らなかったわね」
狩人としての力と共に生まれた咲夜には、妖怪を初めとする人外の存在など、ただ目の前にあれば殺すだけの物に過ぎなかった。そういう物だから殺し続けていただけであって、そこに怒りや憎悪、使命感など入る余地は無かったはずだ。
そんな咲夜だが、なぜか美鈴だけは初めて会った時から、そういう物だと思えなかった。ただ無性に気に食わなかった。感情を以って殺そうと思ったのは、この時が初めてだ。
「咲夜さんに、ほんと首の皮一枚でばっさりやられたことありましたね」
「私だって、あなたに肺を潰されたことがあったわ」
傍から聞いていれば、身も凍るような凄惨な体験。それをふたりは、やんちゃな子供時代の思い出のように語り合う。
「咲夜さんのこと、そんなに嫌いでも無くなったのっていつでしたっけね?」
「さあね。私は今でもけっこう嫌いよ」
「ひどいなぁ」
軽口と苦笑を交し合い、ふたりは思い出話を続けていく。
話しながら、美鈴は思う。自分の数百年の半生からすれば咲夜との記憶など一瞬の出来事に過ぎないはずだ。
だと言うのに、咲夜との思い出の多さは何なのだろうか。話しても話しても、自分の奥底から尽きることなく浮かび上がってきてくれる。
絶対的な量では少なすぎるはずなのに、それがこうも自分を満たしてくれるとは。つくづく、目の前のメイドが、人間が、咲夜がすごいと感じた。
そして、最初からそういう所が気に入らなかったのかもな、とも思う。
「咲夜さん、前から聞きたかったことがあるんですけど」
溢れ続ける思い出にとりあえず蓋をし、美鈴は言った。 『なに?』と視線だけで咲夜は答える。
「なんであの子をメイド長に……いえ、なんであの子達を紅魔館に雇い入れたんですか?」
「あら、あなたは不満?」
「いえいえそんなこと。リグルちゃんにはがんばってもらってるし、料理も美味しいし、館の管理も上手く行ってると思います」
咲夜が居なくなっても大丈夫なほど、とは言わないが、伝わってしまっているだろう。
「でも、普通はあの子達を雇おうなんて考えませんよ。まして、完璧で瀟洒な咲夜さんが直々にスカウトなんて」
「確かに私は完璧だったでしょうね。当時の紅魔館も、私一人居れば問題なかったと言えるわ。でもね、私は人間だから」
今のように、必ず紅魔館を去る日が訪れるということだ。美鈴とは違い、咲夜自身はその道を選んだ瞬間から、それを覚悟していた。だからこそ、自分が去った後に紅魔館を任せられる存在が必要だと思った。
「でも、私ほどよく働いてくれるメイドって中々居ないのよね。お気楽な妖精や妖怪じゃあ無理、といっても普通の人間にもやっぱり無理」
かといって普通じゃない人間は、妖精や妖怪以上に扱いにくいのが幻想郷だ。
狩人としての身体能力、時と空間を操る能力、そして主への忠誠心。咲夜が完璧で瀟洒なメイドであったのは、それら全てを兼ね備えていたからだ。そのような奇跡の産物が、そう何度も現れるわけが無いだろう。
「それで考え方を変えてみたのよ。私のように、たった一人で完璧である必要は無いって」
ひとりでは咲夜に及ばなくても。それぞれが得意分野を生かし、全員で力を合わせれば、咲夜一人分くらいの働きはできるだろう、というわけだ。例え誰かが紅魔館を去るとしても、自分のように紅魔館の仕事全てを請け負っていなければ、ダメージは最小限で済むだろう。
結局のところ、組織として当たり前の考えに過ぎない。だが、当時の自分はそこに行き着くまでに随分回り道してしまった、と思う。
「それはわかりますけど、なんであの子達を?」
「暇そうにしてたから、サンプル代わりに育ててみようと思っただけよ」
彼女らを紅魔館へ連れて行き、雇い入れて欲しいと進言した時のレミリアの表情を、咲夜は今でも覚えている。美鈴にも頭の調子を心配されたものだ。
それからの育成は、咲夜の予想以上に骨の折れるものだった。
八目鰻の屋台を引いていたミスティアは、その経験を生かして厨房へ。そして今は料理長に。
白兵戦向きの身体能力を持つリグルは、美鈴の門番隊へ。そして今は副門番長に。
妖精にしては落ち着いて頭のいい大妖精は、比較的楽にオールマイティーなメイドへと育った。そして今は、副メイド長に。
悪食のルーミアにはかなりてこずらされたが、咲夜はある方法を取った。口に入れば何でも食べるという彼女に対し、咲夜は敢えて自分の持てる技術全てを尽くした料理を振舞った。
その結果、ルーミアの持つ食への欲求を『量』から『質』へと転換させたのだ。そんなルーミアに『自分で美味しい料理を作ってみたくないか』と持ちかけると、二つ返事で了承した。
『質』へとベクトルを変えられた食への欲求によって、ルーミアはスポンジが水を吸うように咲夜の技術を習得した。つまみ食いが多いのが玉に瑕だが、今では立派な副料理長だ。
しかしもっとも苦労させられたのが、やはりチルノ。
もの覚えも、ものわかりも悪いうえに、思考そのものが単純で大雑把。しかも自身が最強だという無根拠な自信に満ち溢れている。
そんなチルノを育てるのにどれほどの時間と労力とナイフを犠牲にしただろうか。その挙句出来上がったのは、オールマイティというよりは、なんの仕事をやらせても人並み程度かそれ以下のメイドだった。
だが、そんな彼女こそが咲夜の後釜に、メイド長という座に納まっているのである。
「一番わかんないのはそれですよ。なんでよりによって、チルノちゃんなのかなって。仕事だけ見るなら大ちゃんじゃないんですか?」
確かにメイドとしての総合的な能力を見るのなら、紅魔館の頂点に立つのは大妖精だった。順当に考えるなら、彼女がメイド長になるのが自然だ。紅魔館に住む殆どの者達もそう思っていただろう。
だが館ひとつ驚愕させても、咲夜はチルノをメイド長に選んだ。当の本人は『最強だから』と当たり前のようにその役職を受け入れていたが。
チルノをメイド長へ据えると進言したときのレミリアの凍りついたような表情を、咲夜は今でも覚えている。美鈴にも、本気で頭の心配をされたものだ。
「私がメイド長だった時代の紅魔館と、今の紅魔館を比べればわかるわよ」
咲夜がメイド長だった時は、館の仕事の殆どは彼女一人で行っていた。当時からメイドとして妖精は雇われていたが、それは単にレミリアの『こんなに広いのに空っぽじゃ格好つかないでしょう』という要望によるもの。つまり、ただの飾りでしかなかった。
当時の妖精メイドの仕事は、ただメイド服を着て館内を飛び回っているだけ。あとはただの妖精と同じく仲間同士で遊んでいるだけだ。気まぐれに箒やモップを持ち出して掃除の真似事をすることもあったが、ゴミや水をぶち撒けてはすぐに飽きて放り出すので、結局は咲夜の仕事が増えるだけだった。
だが、今の紅魔館は違う。殆どが暇つぶしとおやつ目当てで集まった妖精だった咲夜の時代とは違い、妖精以外に妖怪や人間の姿も見られるようになった。人間の姿を取らず人語を介さないような妖獣でさえ、メイド達に混じって荷物を引っ張っていることもある。組織のしがらみゆえに正式に雇われてはいないが、時には天狗や河童といった山の妖怪達までもが館の仕事を手伝っていた。
昔のようにメイド長一人が働いているのではなく、大勢のメイド達が、幾つもの種族が力を合わせて、紅魔館のために働いているのだ。そして彼女達を動かすのは、メイド長であるチルノの声。
種族を問わず他者をひきつけ、まとめ、そして引っ張っていく力。
かって紅魔館の門を破り、図書館を荒らし、館内を汚し、主の輝かしい戦歴に傷をつけた、魔女と巫女。彼女らと同じ力を、チルノは持っている。
「私はひとりで完璧で瀟洒なメイドだった……いえ、ひとりでしか、完璧で瀟洒なメイドになれなかった」
だが、チルノは違う。チルノが率いるメイド達は違う。
「あの子達は、ひとりじゃない。全員で、皆で完璧で瀟洒なメイドになろうとしているのよ」
私にはできなかったことだけどね、と咲夜は続けた。
その答えをかすかな寂しさと共に受け取った美鈴の手が、頭を撫でていたのとは別の手が、冷たい感触を得る。咲夜の手が、美鈴の手を握っていたのだ。
「ねえ美鈴。手を握っていてくれる?」
手を握り返して答えとする。互いの指を交差するように絡ませるのは、最後まで離さないという意志を示すため。
「……わかってはいるのよ」
握り締めた掌から感じるのは、震え。それは咲夜の心から生じる震えだ。
「船に乗って河を渡り、裁きを受ける。地獄に落ちるか転生を待つか知らないけれど、私という存在がすぐに消えるわけじゃない」
咲夜が美鈴の手を強く握り締める。美鈴もその手を壊さないように注意しつつ、できる限りの強い力で握り返して答えた。
「わかってはいるのに……震えが止まらないわ」
それは当然だと、美鈴は思う。
最後の時の直前に、恐怖を感じないということ自体は難しくないだろう。詭弁、妄想、自己満足、現実逃避、何でも良い。訪れる運命から目を逸らし、誤魔化せばいいだけなのだから。
だが、今の咲夜のように。自らの末期と正面から向き合いながら、恐怖を感じない者がいるだろうか。震えを起こさない者がいるだろうか。
「こんな無様な姿、誰にも見られたくなかった。仕えるべき主人達にも」
レミリア・スカーレット。
フランドール・スカーレット。
「もてなすべき客人にも」
パチュリー・ノーレッジ。
小悪魔。
「従えるべき部下達にも」
チルノ。
大妖精。
ルーミア。
ミスティア・ローレライ。
リグル・ナイトバグ。
そして数多のメイド達。
「でも、不思議ね。あなたには見られてもいいと思った……いいえ、あなたには見ていてほしかった」
だからこそ、最後の場所をここに選んだ。
自分にはあるまじき弱さを、誰の目にも見せないために。同時に、その弱さを美鈴にだけは見てもらうために。
「最後の瞬間、あなたには傍にいてほしいと思ったのよ」
そう呟いた瞬間、咲夜の手がズキリと痛んだ。珍しいことに美鈴が一瞬だけ、結びついた掌の力加減を誤ったらしい。すぐに力を緩め、しかし固く握り締めつつ、美鈴は口を開いた。
「嬉しいけど……嫌だなあ、そういうの……!!」
あはは、といつもの間の抜けた笑顔を見せる。いや、見せようとしていた。
その引きつった笑顔を伝い、ポタポタと零れ落ちるものがある。膝上にある咲夜の顔まで濡らすそれは、一筋の涙だ。
咲夜はその濡れた頬に手を伸ばし、涙を拭ってやる。指先から伝わるその熱さが自分の為に流された物だと思うと、申し訳ない気持ちにはなるが、同じくらい嬉しいと思ってしまう。
そして気がつく。彼女のこの暖かさが、自分をどれほど支えてくれたかということに。たったひとりで紅魔館の仕事を引き受けていた時にも、この暖かさを忘れたことは無かったから。
「……美鈴。ひとつだけ訂正させてくれる?」
笑いながらポロポロと涙を零し続ける美鈴を見上げ、咲夜は言った。
「さっき、私はひとりだけで完璧で瀟洒なメイドだったって言ったけど、それは間違いだったわ」
「え……?」
「あなたが居たから。あなたが紅魔館の外を護ってくれたから、私はひとりでも紅魔館の中を守ることができた」
確かに自分はひとりだったのかもしれない。だがひとりで居られたのは、美鈴が居てくれたからだ。
「あなたが居たからこそ、私は完璧で瀟洒なメイドで居られたのよ」
内と外、場所を隔てていても、美鈴が紅魔館を護っているということ自体が、咲夜に力を与えてくれた。彼女の暖かさが、館ごと抱きしめてくれていたように感じられたのだ。
自分と美鈴、ふたりで完璧で瀟洒なメイドだったのかもしれない。咲夜はそう思った。
「あはは、そんな……私なんかが……いっつも門破られてばっかりなのに……」
「知っているわよ。あなたが通すのは、全て客人だけでしょう?」
たとえ館の住人達が彼女の来訪を望んでいるといっても、紅魔館としては泥棒を素通りさせるわけにはいかない。しかし弾幕ごっこで門番を破ったとなれば、泥棒といえどその来訪を認めざるを得ないのが、幻想郷のルールだ。
つまり毎度毎度の門番破りは、破る泥棒も破られる門番も納得済みの社交辞令のようなもの。もちろん、だからといってお互いに手を抜くようなことはしないが。
これまで門を破られたことについては叱責もするし罰も与えてきたが、そういった実情を踏まえた上での形式的なものに過ぎない。もちろん、だからといって手を抜くような咲夜ではなかったが。
「あなたが客人以外には、どれほど高く厚い壁となるのか……私は知っているつもりよ」
一度は破ろうとし、そして阻まれたことのある咲夜からの言葉。それは、美鈴にとって最高の賛辞のひとつ。
そして、だからこそ辛い。これではまるで――――いや実際にそのような物なのだろうが――――遺言ではないか。
「もうそんな、嬉しいこと言わないでくださいよ……!! いつもの咲夜さんみたく、ザルだとか役立たずとか言えばいいじゃないですか!!」
堪えきれない様子で、美鈴が吐いた。
「そんなこと言わなくたって……咲夜さんの優しさは、暖かさは、私にだってわかってますから!! だからもっと、いつも通りに、今まで通りに、してくれたら……!!」
「美鈴」
静かな呼びかけが、美鈴の言葉を遮る。そして紡がれるのは、美鈴へと贈る言葉。
聞きたくないと美鈴は思った。だが、聞かなければいけない思った。何よりも、聞いていたかった。
「これからも、紅魔館の皆を護ってあげてね」
咲夜がそう言った瞬間、一陣の風が吹く。
それは美鈴の紅い髪を巻き上げ、彼女の視界を一瞬だけ塞ぐ。
そう、一瞬だけのはずだった。
「あ……」
膝の上の重みが消えていた。もちろん、さっきまでそこにあったものも。
美鈴の脚を枕とし、草むらに横たわっていた咲夜の体、そのものが。一瞬のうちに消えていた。
圧縮され続けていた、数十年に及ぶ時の反動。それが解放された瞬間、人間の身に何が起こるか――――その答えが、ここにあった。
美鈴には難しいことはわからない。だが、これだけはわかった。
十六夜咲夜は、旅立ったのだと。
その事実を受け止める前に、自身の手が何かを握り締めていることに気がつく。つい先程まで、震える咲夜の手を握っていた方の手に。
そこにあるのは、咲夜が肌身離さず持ち歩いていた銀の時計だった。まだ彼女が紅魔館に来る前から持っていたという、その人生を共に過ごし続けたもの。
それだけがここにあるということに気がついた瞬間、実感できてしまった。もう咲夜がここに居ないということに。
「うっ……」
眼から熱い物がさらに激しく零れ、口から声にならない嗚咽が漏れだすのを美鈴は感じた。
座り込んだまま、銀の時計を胸に抱いて、美鈴は喘ぐ。
咲夜と共に過ごした数十年、妖怪の自分にとってはたった一瞬のはずの出来事。
にも関わらず、自分の数百年の半生を埋め尽くすような矛盾を抱えた、咲夜との想い出。
そこから産み出される感情を、ただ美鈴は吐き出し続けた。言葉の代わりに、涙と嗚咽を以って――――
※
「美鈴」
正面から、声が聞こえた。反射的に顔を起こせば、目の前に立つ小さな影がひとつ。
当主、レミリア・スカーレットがそこに居た。
「お、お嬢様……?」
涙に濡れた自分の顔を慌てて拭いつつ、美鈴は思った。
いつの間に現れたのだろう。先程まで、自分と咲夜しか居なかったはずなのに。それに気を読むのが得意な自分でさえ、その接近に全く気がつけなかった。
狼狽する美鈴を見て、レミリアが苦笑しつつ答える。
「ずっとここに居ただけよ……見てはいなかったけどね」
その言葉を聞いて、美鈴は理解する。
あなた以外に見られたくなかったという咲夜の言葉通りなら、きっと最後の瞬間まで空間を操り、自身と美鈴を一時的に隔離していたのだろう。そして咲夜がどこを最後に訪れるか見当をつけていたレミリアは、隔離された空間を前にして、ただ立っていた。そして空間による隔離が解かれたため、美鈴だけがあるべき場所へと戻っただけだ。
レミリアほどの実力者なら、空間を無理矢理こじ開けて割り込むことも、覗くことも出来たはずだ。だが、幼き当主はそれを行わず、隔たれた空間の向こうにいる従者のことを想っていたのだ。咲夜への想いなら、美鈴に勝るとも劣らないはずだろうに。
そんなレミリアだからこそ、咲夜は生まれ持った人としての生を全て捧げられたのだろう。美鈴も改めて誇らしく思う。
誇り高く優しき当主を、そして彼女に全てを捧げた従者のことを。
「咲夜は、どうだった?」
「……柄にも無く、私のこと誉めてくれちゃったりしましたよ」
「あらそう」
プッと噴出すレミリア。それ以上、何も聞こうとはしなかった。
「お嬢様、これを」
胸に抱いていた銀の時計を、レミリアへと差し出した。彼女に一生を捧げた咲夜のものだから、そうするのが自然だと思ったのだ。
だがレミリアは時計を受け取ることなく、掌を向けて美鈴の手を制する。
「いらないわ。もう咲夜からは貰ったから」
そう答えながら、自らの胸を抱く。咲夜が残した物を、確かめるように。
そして、紡いだ。
「私とフランは、従者としての忠誠を捧げられた」
「パチェ達は客人としてのもてなしをいただいた」
「メイド達は、咲夜の持つメイドとしての技術の粋を受け継いだ」
「そして紅魔館には、完璧で瀟洒なメイド達を残した」
詠うようにして言い終わると、優しき笑みを以って美鈴へと告げる。
「だから、咲夜の想いはあなたが受け取っておくといいわ」
「……はい!!」
紅魔館のメイドとしてではない、十六夜咲夜自身が残してくれた物。
自分の手の中にある、幾千幾万の想い出が込められた時計を、美鈴は改めて握り締めた。
その様子を優しく見つめながら、レミリアは口を開く。
「そうそう。あの氷精がなんだか私の世話をするとかはりきっていてね。お茶を入れてくれるらしいから、手が空いたらあなたも来なさい」
ほんと、妙なものを残していったわね、とぼやきつつ、レミリアは背を向けて行ってしまった。
門前に残され、再びひとりになる。時計を握り締めつつ、美鈴はポツリと呟いた。
「……私も同じですよ、咲夜さん」
思い出すのは、咲夜の言葉。自分が居たからこそ、完璧で瀟洒なメイドでいられたという告白。
何を言うんだ、と思った。それはこっちの台詞なのだから。
「あなたが守る紅魔館だからこそ、私は命を賭して護ることができたんです」
命を賭ける価値のある物だったから。命を捨てても悔いの無い物だったから。
自分は、門番であり続けることができた。
「完璧で瀟洒には程遠かったでしょうけどね」
あははと苦笑しつつ、門前に立ち、改めて自分が護るべき場所を見つめ直す。
敵であり、味方であり。
上司であり、部下であり。
母親であり、娘であり。
姉であり、妹であり。
親友であり、恋人であり。
そして、かけがえの無い同志だった存在。
彼女が守り続け、そして残したものが、美鈴の目の前にある。
だったら自分の成すべきことは、決まっている。これからも今まで通り、紅魔館を護り続けていくこと。
時計を胸に抱き、空を見上げる。
新たな決意を込めて、美鈴は言った。彼女に届くかどうかはわからないが、必ず届くと信じて。
「咲夜さん、おやすみなさい」
※
もしも、あなたに客人としての資格があるのなら。
一度は紅魔館を訪ねてみると良いだろう。
完璧で瀟洒なメイドはもう居ないが――――
完璧で瀟洒なメイド達が、あなたをもてなしてくれるはずである。
了
なんだと
そうだな
咲夜さんと美鈴の関係はこういうのが一番いいのかもしれませんね。
全体的に、らしかったです。
咲夜さんの想いを伝える作品の中でこういうの大好きです。
レミリアたちの咲夜への想いなども伝わってくるようでしたね・・・。
とても素敵な作品でした。
骨すら残らない終わりとは、ある意味咲夜さんらしい。
-10はチルノの処遇について・・・いや、咲夜さんのやり方は理解できるんですけどどうも違和感が。
・・・あれ、目から汗が・・。
最初で既にどういう話かわかってしまったがこの四人とはわからなかった、うん見事だ
最後の美鈴との会話で鼻水がとまらなくなった
100点じゃたりんよ
特にリグルが庭師ってのは上手いなと。
完全に消え去るなんて咲夜さんらしい……。
鼻水が出てきた
咲夜さんの遺志を継ぐ完璧で瀟洒な従者たち超応援。
次回作も楽しみにしております。
誤字:「ミスティア」が「ミステリア」とかなってるところがありました。
他にもちらほら。
次回作も楽しみにしてますよ
何かこの作品の咲夜さんの最後を見てると、
ふと、風(旋風?)と共に完全に消え去った、漢塾のあの方を思い出さずにはいられない
個人的に残念なのはリグルの足技うんぬんのところでしょうか。この雰囲気にそういうネタはいらないと思いました。
100点じゃ足りませんね~私的に言えば云百万と点数あげられますよ~
咲夜さんは本当に瀟洒でしたけどこれからの紅魔館にも期待期待
最後の会話でもぅ涙が止まりませんでしたよー
少しだけ文字読めなくなりましたよ読めなくっていうのはかすんでねw
すごいしんみりとくる作品でした!
次回作も期待期待!楽しみにしてますよぉ!
うまい配置だったと思います。特にリグルとかが。死体を残さない咲夜さんがかっこよくてもう・・・。
次回作は魔理娑か霊夢か、はたまた早苗か。楽しみにしてます。
誤字脱字が多かったですが、その分を引いてもこの点数じゃ足りないくらいの評価です。
かつての紅魔館にあった絆の深さ、新しく生まれた絆の強さ。そして咲夜さんらしい幕切れの美しさ。
どれも見事に混ざり合って、新たな紅魔館像を見せてくれました。
おっと目じりに水が……梅雨だから仕方ないよね。
まさに完璧で瀟洒な彼女らしい。
何回よんでも胸が苦しくなります…
美鈴との会話が良すぎて涙がね……。
違う時間を生きるならば当然訪れること。
ただ悲しいだけじゃなく、遺る物がある。
心にじぃんと来る物語でした。
次回作、期待してます。
そして美鈴との話、切なすぎだろ・・・
あとメイド長はレティさんかな?と思っていたのに意外だった
作者さんのように、これでもかと文章を重ねる書き方、一から十まで書いちゃうやり方は、一歩間違うと、読む側からすればうるさく感ぜられると思うのですが、さほどそうでもなかったのは配役の面白さとラストの掛け合いがよかったからですかね。
最後まで完全で瀟洒であろうとする姿勢と、今際の際にちらりともらした弱さに、咲夜も人間なんだなと感じさせられて、切ないやらもどかしいやら。
作中でも語られてますが、阿求や早苗や霊夢も、もうこの幻想郷にはいないのでしょうね。
( ´;ω;`)ブワッ
目から汗が止まらんよ!
全てにおいて私を超えているように見える。完敗だ。拍手。そして握手したい。
客人の資格をがんばって得てみすちーの料理食べるぞー
意外なメンバーが出てきたけど
読んでいく内に納得した。
一人が皆に、皆が一人に・・・
めいりんとのシーンはすごく…よかった。
ただひとつ、
>あの魔法使い達のように、捨食の魔法を完成させたわけでもなく。
これは魔理沙のことを言っているのかなぁと、その前にも魔理沙の名前が出てきましたし。
魔理沙は魔法に対する研究意欲でそういう魔法は作るかもしれないけれど、人として人生を全うすると思う。
まあ、その辺は人それぞれですが…そういうわけで点数は-10ほど
底抜けに元気な声と顔いっぱいの笑顔で「頑張ろう」って言われたらどんな時でもテンション上がりそうだ。
名配役に乾杯
ただ上でも言ってますが、魔理沙が捨食の魔法を使うと言うのは個人的に違和感が
ありました。
それとも何十年後か分かりませんが、元気なおばあちゃんとして図書館を強襲しているのでしょうか?
最後まで完全で瀟洒を貫き通した彼女に乾杯。
どれほどの想いで館を後にしたのでしょう。
感服です。自ら信じる生き様を貫いた咲夜に。そして作者殿にも。
惜しみない賞賛の拍手を。
これで映姫様が地獄に落としたりしたら殺意が沸く
そのあたりの小説を書かれる方は多いですが、
その中でも相当よいできだったと思います。
次は霊夢や早苗もみてみたいです。
しかし、それをいくらか受け入れることが出来るのは、やはり彼女が遺していった物があるからなのかね
100点じゃ足りないよ~
霊夢も早苗も阿求も、もう居ないのか・・・。次はこの三人の物語も見てみたいところです。
・・・霊夢は魔理沙と語らうことになると予想。
素晴らしい作品です。感動しました。
とにかく泣いた
十六夜咲夜に幸せあれ・・・
とっても完璧で瀟洒でした。
一緒に過した時間と想い出を、大事に思ってくれる人達に残せる人生なら本懐でしょう。
…欲を言えば次メイド長はやはり美鈴にこそ、ですけど。
東方小説で泣きそうになるモノはいくつかあったけど本当に泣いたのはこの小説が初めてです。
続きが読みたいと言うのは野暮ってなもんですがチルノ達のスカウト編や教育編なんかはぜひ読んでみたいですね、
どこかのなにかでカナシミで感動するのはストレスなどを回避するために自己防衛本能が引き起こす錯覚である、という旨の話を目にしたことがあります。
個人的にも人がいなくなるとそれだけで行き場の無い感情を抱いてしまいます。そして僕は咲夜さんが大好きです。
彼女は満ち足りた綺麗な結末を迎えたんだとは思います。
だけど/だから、僕は100点どころか点数そのものをつけることができません。ごめんなさい。
こういうの弱いんだよなぁ…
最後まで瀟洒な咲夜さんに泣きました。
しかし、いいものを読ませて頂きました。
映姫様の優しさすらも十六夜咲夜は…完璧で瀟洒なメイドは拒むんでしょうか…
ないっちゃった(手へ
電話がかかってくる度にボロ泣きです。
切ないね
実に丁寧な、情緒ある掌編でした。
このテーマを描き切る、凄い。
強い。
毛皮着てる。
ムフン。
涙がポロポロ出るということはありませんでしたが、それは感動しなかったということでは決してありません。ただ、心にじんわりと沁み込み、切ないけれど暖かいお話でした。
「寿命」という概念を恐らく意識することがない妖怪や妖精。そして、人間として「死」を迎える元メイド長。この両者の対比が素晴らしい。