前作、『チルノの引越し』と多少リンクしておりますが、単品でも楽しむことは出来ると思われます。文章内で「あぁ、こんなことがあったのか」と思って頂けるようにはしましたが、前作を閲覧していただけると尚分かりやすいと思われます。ただ、前作のチル霖に感情直入されている方は二人の扱いに不快感を感じる恐れがございますので、注意していただけるよう、お願い申し上げます。
今日は本当に蒸し暑いです。さて、それはさて置き、今日は大きな獲物が釣れそうです。
おっと、いけません。こんな陽気に跳ねていては見つかってしまいます。今日はわざわざ文々丸を留守番させての張り込みなのですから、つまらないことで失態を犯すわけにはいきません。
魔法の森でも、一際大きな一本の木。香霖堂のすぐ脇にそびえ立ち、魔法の森の核とも言えるほどの大きさは、異様で禍々しい雰囲気を漂わせている。香霖堂の湿気が高いのも、この巨木が日当たりを悪くしているからに他ならない。文はその巨木に、身を委ねるようにして香霖堂の主人の帰りを待っていた。
先日、主人からは今日のこの時間、二時間ほど出かけると聞き、こうして三十分前から待ち構えている。どこに何をしに行くといったことは聞かなかった。あまり深く追究すると、主人に怪しまれる可能性もあるからだ。ここで待つ理由は勿論ただ一つ、以前から嗅ぎついている『香霖堂主人 ロリコン疑惑』の記事を書くため。疑惑の段階で既に見出しは考えている辺りから、文の強い執着感を覚える。
背中に照りつける陽光で、背中がじりじりと焼ける。このままでは焼き鳥になってしまう。笑えない冗談を思いつつも、巨木の影に隠れるようなことはしたくない。万が一にも、主人に見つかってしまってはこの三十分を棒に振ることになる。そんな結果を防ぐため、左手の小さな手帳で鼻息にも及ばない風を作り、右手で服を仰いで風を通す。汗でシャツが透け、ブラジャーが薄く見える。年齢の割には発達した自分の胸を見て、思わず鼻が高くなる。媚を売れば、主人はすぐに口を割るかもしれない。ただ、あまり親しくもない相手に媚を売るのはいくら記事のためとはいえ、気が引ける。それに、今の相手にはロリコンという疑惑が掛かっている。私に興味すら見せず、鼻で笑い、幼女の小さな胸を見て頭とアソコを奮い立たせる可能性だってありうる。
足元に生えている雑草が、私の足首を突いているような気がする。気になって足首を見ると、一匹の蟻が五里霧中しながら辺りをうろついている。ぞっとして振り払うと、急に身体全体が暑くなった。思わず巨木に蹴りを入れる。下駄の歯の角が気に食い込み、黄緑色の樹液が漏れる。落ち着け、文。こんなことで腹を立てるな。こんなことでは、すぐに失態を犯すに決まっている。冷静になれ、文――
響き渡る笑い声が、私の鼓膜を小突く。香霖堂の主人、森近 霖之助。低くも高くもない特徴的な笑い声は間違いなく彼のもの。だが、主人が一人で笑うのは何故だ。ロリコンという疑惑を持つ立場上、既に正常、正道とは思えないが、彼も流石に一人で笑い出すほど奇異ではない。誰かと一緒にいるか、暑さで頭がやられたか。確立でいうなら、若干前者が高い。案の定、主人は――チルノと一緒に歩いていた。数ヶ月前、私が取り上げた記事『チルノ=⑨、バカは過去のもの』というのを書いて以来、二人はすっかり仲が良くなっていた。たまにフィルムを買ったり記事を書いたりしに香霖堂へ来ると、毎回チルノは霖之助にべったり。見ているこっちが暑くなるほどだった。主人はチルノが冷たいから快適そうな表情をしていたが、そのときの目の奥にある、黒光りする妖しい水晶を見逃さなかった。
チルノは主人と手を繋ぎ、主人は左手に何かの袋を持って微笑みかけていた。傍から見れば、仲の良い親子、兄妹。そんな風に見えるだろう。だが、私は知っている。主人の、霖之助の黒い光を、水晶を。チルノは主人に何かをせがんでいる。主人は一瞬と惑った様子を見せたが、袋を手首に掛けてしゃがみ込んだ。
お姫様抱っこ。私は暑さなどすっかり忘れて、物陰から二人の様子をうかがっていた。チルノは首に手を回し、主人は太股の裏と背中に腕を置き、チルノを抱きかかえる。主人の性格からすれば、極自然な光景。現に、私もその昔、怪我をしたときに抱えられたことがある。だが、チルノと私を抱えるときの、決定的な違いは見逃さなかった。チルノを抱える前、主人は周囲を何度か見回す。誰も見ていないか、ばれることはないか――主人の行動そのものが、言葉として現れている。私はひもで首からぶら下げたカメラを握り、巨木の陰から飛び出したい衝動を抑えた。普段なら、ここで写真を撮ってすぐさま逃げ去るのだが、それでは張り込みの意味がない。それに、このままことが進めば二人のあんなことやこんなことの写真が極めて自然に写せるかもしれない。そこまではいかなくとも、二人は接吻を交わすという可能性は十二分にある。お姫様抱っこなんかよりも、ずっと価値がある。
主人はチルノを抱えたまま、香霖堂の玄関を開いた。ガラスを爪で引っかくような音が鳴り、鳥肌が立つ。こんな需要もない粗末な店、いつ潰れてもおかしくないというのに未だに利益をもたらさない客を相手に商売を続けている。まぁ、その客には私も含まれているのだが。
香霖堂の窓の配置は実に酷い。何故なら、とてもプライバシーを考慮した作りではないからだ。窓は全部で七箇所存在するのだが、そこからは全ての部屋、全ての場所を覗くことが出来る。トイレと浴室を除いても五つの窓からは部屋のいたるところが丸見えである。こんなことに気が付くには、私くらいの洞察力と観察力、追求心を持ち合わせていないと難しいとは思うが、もしかすると主人はこんなこと承知の上なのかもしれない。いずれにせよ、この致命的ともいえる窓の配置が、私の潜入調査を速やかに、楽に運んでくれることは間違いなかった。
玄関側にある窓からこっそりと顔を覗かせる。霖之助がテーブルの上に袋の中身を置き始めていた。缶詰、本、用途不明のプラスチック用品、チルノはそれらにべったりと指紋を残し、元の位置に戻す。本や缶詰に書いてある字を読む素振りも見せるが、すぐに放り出す。漢字が読めない所為だろう。いくら背伸びをしたとしても、所詮は子ども。加減乗除、ひらがなカタカナを書けるくらいで調子に乗っているのだ。
漢字が読めなければ文字が読めない今の世の中、ひらがなを覚えたところで実用性の欠片もない。
がめなければがめないのの、ひらがなをえたところでのもない。
漢字が読めなければ、文章としての意味は伝わらない。せめて、漢字を読めるようになってからえばってほしいものだ。チルノを持ち上げたのも記事にするため。努力したことは認めるが、チルノ本人に何か劇的は変化があったわけでもない。変ったのは、世間の目だけ。傍から見て、チルノの勉強が生活を潤わせているようには見えない。チルノが勉強――心の中で嘲笑う。
暫らく様子を見ていると、主人は袋の中身を別々の場所にしまい、二人分のお茶を淹れた。主人は人里に買い物に行っていたのだと想定することが出来た。チルノは笑顔を絶やさず、終始霖之助の脇に寄り添っていた。
潜入を続けて二時間。疲労と焦りばかりが塵のように溜まる。喜悦と写真はお金のように溜まらない。体中の汗が搾り取られ、血液が汗に混じって滲み出ているような錯覚にさえ陥る。この二時間、二人はずっと勉強を続けている。どうやら、幻想郷内の組織について説明を施しているようだった。途中、妖怪の山や天狗、私の名前も出てきたときは冷や汗を掻いた。意味の無い教養。
妖精は人間に次ぐ弱者だ。弱い者は強い者の餌食となり、弱き者の犠牲によって強き者は繁栄する。これは種族に関するだけの話ではない。より良い記事を載せる強者は評価され、ネタさえ掴めないような弱者は強者を際立たせるための、相対的な存在でしかない。弱肉強食。厳しい競争世界ではあるが、私もその世界に生きている以上、そのことは自覚している。チルノは弱者に位置するはずの妖精でありながら、それなりの戦力を持ち合わせている。それも、先天的なもの。彼女は運が良い。その代償か、彼女はまたとない精神的幼さを授かってしまった。弱者は弱者らしく、強者に食われれば良いのだ。そのうち、私達が格の差を思い知らせてやろうか。
おっと、そんなことをしてはロリコンである主人に一生怨まれてしまいます。どこよりも良質なカメラとフィルムを、どこよりも安価で売ってくれる店に訪れなくなってしまって、困るのは私です。私のようなお客がいるから、ここは潰れないのでしょうか。香霖堂がここに居座り続ける理由も分かるような気がしますね。
結局、これといって面白い場面はなかった。強いて言うなら、主人がチルノの頭を撫でることくらい。それなら、お姫様抱っこの方がよっぽど価値がある。待ち伏せする時間も含めて、およそ二時間半。これだけの時間があれば、他のネタをつかみ事も出来たというのに、勿体無い。壁を蹴りたくなる衝動を抑える。カメラを叩きつけたくなる衝動を抑える。罵声を浴びせたくなる衝動を抑える。
千切れるほど強く唇を噛み締め、窓から見られないようにして静かに飛び上がった。空はチルノの頬のように赤く、遠くで黒い粒が集団で飛んでいる。妖怪の山の方向、身内の天狗達だろうか。
「――文?」
突如、背後から聞こえた私の名前。背筋が凍った。四肢が震える。
いや、何を怯えているのだ。背後にいるのは霖之助でも主人でもない。その事実がある以上、何も恐れることはないはずだ。未だに、潜入を続けている気分になっていたのかもしれない。
「あ、あぁ、霊夢さんですか。何かご用ですか?」
「いいえ。ただ、貴女が窓から中の様子をうかがっていたから」
ギクッとした。肩がすくんだのが自分でもよく分かった。まさか、霊夢に私の潜入調査を見つかってしまったのか。いや、それにしてはタイミングが良すぎる。するとこれは――。
罠?
主人の警戒心が生んだ見張り、という可能性も捨てきれない。霊夢になら金次第でどうにでもなりそうだ。もしかすると、魔理沙も共に見張っていたのかもしれない。脳内に浮かぶ、言い訳の言葉。誰かに頼まれた、奇妙な様子だった、実は主人が好きだった――何を言われても大丈夫なように、脳がフル回転する。
「霖之助さんって案外視野広いから、あんなことしていたら変な言いがかりつけられるかもしれないわよ。気を付けなさい」
「え、あっ……は、はい。分かりました」
霊夢はそう言うと、何事もなかったかのように香霖堂へと降りていった。
――それだけ?
私が深読みしすぎたのか? 霊夢は見張りではなく、たまたま香霖堂を訪れただけなのか?
いずれにせよ、これからは気を付けなければならない。迂闊だった。玄関の前にある窓から中の様子をうかがっていれば、否が応でも人目についてしまう。二時間もの間、誰の目にも留まらなかったのは非常に運が良い。日ごろの行いが良いからだろう。次に張り込むときには文々丸を上空で見張らせ、発見されるという危険を回避する必要がある。
それにしても、主人は盲目で鈍感だ。二時間もの間、私の存在、気配にさえ気が付かなかったのだから。いや、私ほど潜伏が上手ければ、相手が彼でなくても仕方ないのかもしれない。
天狗になっている自分を可笑しく思いつつ、私は黒い集まりへと飛んでいった。
やっと去ったか、悪質なストーカー天狗め。
頭を撫でる手を背中に回し、チルノを引き寄せる。上目遣いにこちらを見上げ、頬を赤らめる。可愛らしげなチルノの様子を見て、思わずぎゅっと抱き締める。もがくように両腕を振り回すが、次第にチルノは力を失い、両手で僕の袖を握り締めた。目の前にある、紙と鉛筆を机の隅に置き、お茶を啜る。
それにしても、どのくらいの時間、文は見張っていたのだろう。帰ってきたときには既に姿があった。帰ってから二時間、待ち伏せを十五分と考えても、よくもまぁこの真夏日に二時間も外で粘っていたものだ。あの天狗の執着心というか、物欲というか、野次馬根性というか、そういったものに関しては甚だ感心する。しかし、盗撮、少し綺麗な言い方をすれば潜入の能力に関しては霊夢や魔理沙以下だ。頭を隠したつもりでも、頭に付けた特徴的な帽子は自己主張をするように窓から顔を覗かせていた。巨木に隠れていたときも、スカートの裾がちらついていた。身を隠すのが下手という以前に、彼女にはそういった才能が皆無だ。僕は終始気が着かない振りをしていたが、本人は心の中で自らを褒め称え、自信に満ちていることだろう。彼女の見え透いた虚栄心が僕を失笑させる。しかも、彼女は僕の決定的な『何か』を撮影できてはいない。彼女が僕の何をネタにしようと辺りを嗅ぎまわっているのかは知らないが、せめてそれを回りに、せめて僕にだけでも知られないように行動してほしいものだ。あんなスパイごっこを見せ付けられると、一人で抱腹絶倒してしまいそうだ。そうしたら、それはそれで彼女のネタにでもなるだろう。
『香霖堂の店主 狂気の瞬間』
彼女の書きそうな見出しを考え、思わず顔がにやつく。チルノが不安げな表情でこちらを見つめる。髪を撫で、優しく背中を擦る。チルノは笑みを零す。本当に純情で素直な子だ。あの陰湿なストーカー天狗に、こんなチルノの純粋さを見習ってほしいものだ。彼女も、あのひねくれた性格さえ直してくれれば結構好みでもあるのだが。
文が壁と睨めっこをしていた二時間、チルノは何度かキスをせがむ素振りを見せた。その度、彼女に聞き取られないように諭し頭を撫でた。彼女の目にはどのように映っていたかは知らないが、少なくともキスを交わせば写真に収められることは目に見えていた。
チルノが目前まで詰め寄り、ゆっくりと目を閉じる。唇をやや突き出したまま、僕に催促をしてくる。チルノの頬に手を添え、静かに顔を寄せる。唇に触れる暖かく柔らかな感触。数秒間そのまま静止していると、チルノの口内から何かが侵入してきた。
「――よくもまぁ、こんな真夏日にそんな蒸し暑いことが出来るわね」
その正体を確信するよりも先に、霊夢の声が聞こえてきた。チルノは慌てて顔を離し、顔をトマトにして俯いている。こういうことに、僕はあまり羞恥心を覚えないのだが、誰かにこういったところを見られるのは羞恥とは別の何か、近いもので言い換えれば、後ろめたさのようなものを感じる。それに、チルノと一緒なら暑いなどという言葉を発する心配は万が一、いや、億が一にも必要ない。
霊夢は魔理沙と一緒ではなく、そんな予定も聞いてはいない。一体何をしに来たのか。
「何か用かな? 今日はここに泊まるとか」
「それでもいいんだけどね。いえ、文が店の周りをうろついていたから」
「何だ、そんなことか。文の隠密行動の下手さを何とか言ってやってくれ」
「あら、霖之助さん何か変な疑惑でも掛けられているのかしら」
「そうかもしれないな。霊夢、あの天狗を懲らしめてやってくれないか」
「そうね……考えておくわ」
霊夢は不適に笑い、僕たちの傍に腰掛けた。それにしても、文は僕の何を探っているのか。品物の仕入れ方、僕の私生活、チルノとの関係――思いあたる内容はないこともない。しかし、それらの記事を書くために、わざわざ下手な潜伏をするとは思えない。盗撮をするということは、対象にばれてはいけないようなものを撮影するということ。強いてあげるとすれば、僕とチルノの接吻現場くらいだ。さすがに、チルノとのキスシーンを写真に収められ、変な見出しでも掲げられたらたまったものではない。
数日ほど前から、文はここへよく訪れていた。その間、無論チルノは僕と勉強をしたりしていたのだが、文はその度に風変わりな視線を送ってきた。白い目でもなく、温かい目でもなく、何かの疑念を持った目。暫らくそんな日が続いたと思ったら、今日になってこれだ。言いたいことがあるなら素直にいえばよいものを。
霊夢はチルノが口を付けていない湯飲みに触り、まだ温かいことを確認し、わざわざ正座をしてお茶を啜り始めた。チルノは顔を真っ赤にして俯いたまま、両手を膝の上に置き、もごもごと口が動いている。恥ずかしさでいっぱいのチルノに追い討ちを掛けるが如く、霊夢は思いがけない一言を口にした。
「チルノ、霖之助さんとはもう事済んだ?」
チルノから霊夢に向けて首を動かすと、ざわつく昆虫共のように七つの頸骨が軋んだ。頬が引きつり、苦笑を浮かべる。以前のように唾液が喉に詰まるといったみっともない惨事は免れた。
「……今からするところだったのに」
「それは悪かったわ、それじゃあ私は帰りま――」
「た、頼むからここに居てくれ」
立ち上がる霊夢の腕を掴む僕、ほくそ笑む霊夢、頬を膨らませて僕を睨むチルノ。妙な三角関係というか、霊夢は僕とチルノの関係のストッパーとしての役割を果たしている。それは魔理沙も然り。僕が霊夢先生、魔理沙先生なんておだててしまったばっかりに、二人はよからぬ方向へとチルノをたぶらかした。チルノは万年子どもなのだから性教育など不必要だ。大体、子孫を残す必要もないだろう。
チルノは不満そうにしていたが、頭を撫でるとじゃれついてくるのは相変わらずだった。結局、今日は霊夢を無理矢理泊まらせることにした。霊夢の監視下ならば、チルノもそう簡単に行動は出来まい。いや、もしかすると、チルノの肩を持つかもしれないが……。
空は綺麗な夕焼け色に染まり、月が遠慮がちに顔を覗かせていた。チルノは一度、体を洗いに湖へ出かけていった。一ヶ月の大半をここで過ごすようになったチルノはその度に湖へと足を運ぶ。その途中、仲間を虐める妖怪をやっつけたとか、さらわれそうになっていた仲間を助けただとか、そういった自称武勇伝を聞くのも微笑ましい。
さて、チルノは今傍にいない。こういう時こそ、本人の前では言えないようなことを言う必要がある。縁側で空を眺め、一人和んでいる霊夢を呼びつける。湿気た面でこちらを睨む。
「何よ」
「チルノをどうにかしてくれないか?」
「どうにか、って言われても――あぁ、雰囲気作り?」
小さくせせら笑いを見せ、舐めきった態度で僕の面を見る。こんな奴に相談ごとなど――いやいや、ことの発端は霊夢だ。その本人以外に相談をしてどうする。
「そんな事は微塵も望んでいない。チルノは少し……色々なことを知りすぎた」
「そうかもね」
あっさりとした返事。まるで何事も思っていないかのような、他人事として見ている。小さな怒りが積もる。
「中でも致命的なのが……性のことについてだ。それについては君たちに責任がある」
「あら、咎めもしないで面白半分に催促したのは誰だったかしら」
「と、ともかく、僕はチルノのことが――」
「好きなんでしょ?」
言葉に詰まる。好きだと訊かれればイエス。嫌いかと訊かれればノー。
ただ、愛しているかと訊かれたら――ノー。
その微妙な合間が、僕のゆとりと優しさを偽りのものとしている。チルノは本気で僕のことを好いているのかもしれない。それだけでも僕は嫌気が差しつつあったというのに、追撃に二人の性知識。幼いチルノが刺激され、一刻も早く行動に移したくなるのは自然の条理というものだ。可能ならば、僕はチルノとの親密な関係を壊したくはない。ただ、チルノの気持ちも踏みにじりたくはない。苦悩の念だけが頭を支配する。僕はただ、チルノとの関係を円滑にしたいだけなのに、どうしてそれができないのだろう。
霊夢の息遣いが重くなる。俯き気味の僕に、きつい罵声を浴びせた。
「そんなことだからロリコンなんて言われるのよ」
「なっ……ロリ――何だって?」
「だからロリコ――な、なによ。怒っているの?」
心外な一言だった。
ロリコン? 僕が異常心理の持ち主? 性愛の対象に幼女、少女を選ぶ?
甚だ馬鹿馬鹿しい。僕はチルノに対して性欲も働きかけないし、恋に見られる症状も現れない。チルノに対する想いは恋ではない。親愛だ。ただ、チルノは僕に恋焦がれていると、魔理沙から聞くこともある。チルノの一方的な感情で、僕の心理までをも決め付けられては困る。だいたい、チルノの心境こそがロリコンと言うべきなのだ。
「まったく、変な濡れ衣を着せるのは止してくれないか」
「いえ……この間、文がそんなことを言っていたから」
僕の剣幕にたじろいだのか、霊夢はあっさりと口を割った。瞬間、脳内で何かが閃いた。
間違いない、文の取り上げたかった記事はこれだ。チルノと僕の恋沙汰を取り上げ、僕をロリコンと罵り、世間の笑いものにしようといった企み。だが、甘い。文は単独一人。こちらには霊夢と魔理沙、二つの駒がある。対価を支払えば、期待以上の活躍をしてくれることは間違いない。霊夢は金、魔理沙は品物でどうにかなる。あの尻の青い天狗を懲らしめてやろうか、いやいや、まだ早い。流石に、何の被害も受けていないのにこちらから手を出すのは僕の信条に反する。
何か適当に、文に罪を被せる。いや、乳臭さの抜けない彼女なら、自ら自爆してくれる可能性もある。コストを出さずとも、文は無料で罪を買ってくれるかもしれない。そう考え出したら、何だが心が弾んできた。あの間抜けな烏天狗の泣き目を見ることが出来る。上手くいけば、そのまま彼女を虜にすることが出来るかもしれない。いや、そんな事は万が一にもない。第一、僕は盗撮といった、姑息で陰湿な手口は大嫌いだ。
とりあえず、時が進むまでは何があろうとも動きはない。今は辛抱し、彼女が階段を踏み外すのを、口を広げて待っていれば良い。いや、僕はもう既にストーカーをされるという被害にあっている。こちらから手を出しても、文には文句は言えまい。軽い復讐の念を込めて、頭が回る。心が躍る、胸が弾む、時が待ち遠しい。
そんな矢先、チルノが帰ってきた。いつもより早い帰宅。
そうだ、まずはチルノをどうにかして諭し、説く必要がある。チルノは何の疑いの様子もなく、僕を見つけて駆け寄ってくる。霊夢の深刻そうな表情、チルノの無邪気な笑みを他所に、僕は憎悪を溜め込み、ぶくぶくと膨れあがった仮面を外した。
今日は体勢を立て直すため、警戒心を解くため、もう一度現場を一つ残らず確かめるため、香霖堂へと赴く。前回の失敗は大きかった。最大の獲物を期待しすぎていたが為に、とんでもなく惜しい結果となってしまった。
天狗内で行われる、博打の原理と一緒。今は勝ち越しているから、まだまだ勝ち越せる――そう思い博打を続けるも、どんどんと負け越し、最終的には無一文になってしまう。今は負けこんでいるから次は勝てる――負け越しているときにはこんな心理になっているのだから恐ろしい。私は博打などという下劣な遊びはしないのだが、これでは下等な彼らと同類だ。あんな不道徳な奴らと同じだと思うと、胸が疼いて止まないが、反省こそ成長には欠かせない代物だ。これで、幻想郷一の最速、幻想郷一の新聞記者を肩書きを持つというのに、まだまだ成長するというのだから、私もいずれ悟りを開くようになってしまうのだろう。冗談交じりに自賛しつつも、文の虚飾は磨きを増していった。
香霖堂が見える。玄関は開いたままだ。この日差しの強い今日では無理はない。ただでさえ湿気の高い香霖堂はこのまま腐ってしまうのではないかと心配になるが、かれこれ十年以上は日照りの真夏日も、荒れ狂う洪水の日も、凍てつく真冬の日も耐え忍んでいる。この家のどこにそんな根性が隠れているかは知らないが、それが何ともおぞましく、不快にも感じられた。
玄関口に降りると、主人は瞬間的に私を睨んできた。私は反射的に肩がすくんだが、何も恐れることはない。前回のことを気にしておどおどしているよりは、いつも通りの穏やかで優美な私を見せ付けたほうが効果的だ。
しかし、主人は興味もなさそうに、亀裂の入った古臭い壺を丁寧に磨いている。ロリコン疑惑が掛かっているのだから、私のように発達した濃艶な体つきに興味を示さないのはいささか仕方がないが、古びた何の価値もなさそうな壺を一心不乱に磨く主人には腹が立つ。そんな胴回りばかりを極めた壺より、バストとヒップを強調した釣り鐘状の体の方が良いに決まっている。私は壺以下か。いけない、ついつい事実が出てしまった。いや、主人にとっては色々と平らであるほうが官能的なのだろうけれど。
用がないのにここへ来るというのも不自然なので、まずは適当な会話から入ることにする。今日一日の大まかな流れはこのメモ帳に記してある。まずは極自然な会話、世間話から持ちかけよう。
「今日も暑いですね主人。そんな服を着て大丈夫なんですか?」
始めの台詞に今日の天気の内容が入るとは、自分も随分とばれやすい演技を選んだものだとひやひやしつつも、咄嗟に主人の服装に話題を摩り替えることが出来たので、滑り出しは快調にいきそうだった。
「確かに暑いね」
「そ、そうですよね。えっと、ほら……夏服とかはないんですか?」
「無いな」
まともに世間話をすることすら出来ないのですか、この引きこもり主人は。こんなことだからろくに会話をすることが出来ないのですよ。私みたいにもっと外へ出て、いろいろな方と交友を増やしてほしいものです。
一言ずつが冷たい主人の返答に、こちらも言葉に詰まる。順調に滑り出した文の言葉を受け取った霖之助は、丁寧に潤滑油を拭き取って彼女に言葉を投げ返した。もしかすると、今日は何か嫌なことでもあったのか。読む本がないとか、霊夢がツケを返さないとか、魔理沙が破壊衝動を起こしたとか、理由はいろいろと考えられる。が、それらはどうも見当違いのようだ。奥の部屋では霊夢と魔理沙、チルノの三人がなにやら話し込んでいる。少なくとも、主人との間に何か抗争があったわけではなさそうだ。カウンターの上には四冊もの分厚い本が横たわっているし、そのような様子は見られない。
「元気がないじゃないですか、主人。どうかしましたか?」
必殺、上目遣い攻撃。心配そうな表情で顔を覗きこみ、口を噤む。効果が薄いことは承知の上だが。
「いや、特に何も」
「そんなことないです。いつもより口数が少ないじゃないですか」
「何も思い当たる節がないならそれでいいんだが」
心臓が弾けた。咄嗟に笑顔を作り、適当に声を発して首を傾ける。気のせいか、主人の目が、水晶が妖しく黒光りしているように見えた。
思い当たる節――無いはずがない。ただ、先日の潜伏作戦がばれていたとは考えにくい。いや、それは考えられない。もし仮に私が発見されていたなら、主人は真っ先に私を捕まえようとするはず。あの陰湿な性格と周囲の芽を気にする主人に限って、そんな事はあり得ない。記憶の糸をたどり、主人に何か不快なことをさせた日を思い出す。
「あ、あぁ……お金がないときにフィルムを値切ってもらったときのことですか?」
「……まぁ、そんなところだな」
「はは、勘弁してくださいよ……はい、あの時の分の御代。二割り増しですよ?」
まったく、二週間も前のことをねちねちと覚えているとは思いもしなかった。主人を執念を恐ろしく思い、その無意味な記憶力に感心した。あの日の二割り増しの賽銭を取り出し、優しくカウンターの上に置く。主人は一瞬微笑みかけ、壺を拭く手を休めた。
よし、こちらのペース。後はこのまま、上手い具合に会話を――
時間にして十五分ほど、私と主人は笑顔を交えた会話をすることが出来た。私の笑顔が偽りであるとも知らずに、主人は親しげに話しかけてくれた。これで主人の警戒心、私に対する疑心も薄れたはずだ。私の潜伏が見つかってしまったとしても、適当に言い訳をすれば大目に見てくれるだろう。これなら媚を売ったほうが楽な気がしてくるが、それでは私の面子が潰れてしまう。陰湿で低脳な人と交わったなどという事実が生まれれば、一生の不名誉になってしまう。私の体はそんなに安くはない。
霊夢と魔理沙、チルノがこちらの部屋へなだれ込んできた。チルノは不安を全身から漂わせ、おどおどとしている。こんな変体主人に愛されてしまっているのだから、本当に不憫な話だ。いつ汚されてもおかしくない状況下で、霊夢と魔理沙の存在感は海よりも大きいだろう。チルノを暫らく見つめていると、何やら胸がちくちくと痛んだ。
顔を上げると、霊夢と魔理沙がこちらを睨みつけていた。淫靡な彼女らからは想像も出来ないほどの剣幕を放たれ、思わず後退を強いられる。私が何をしたかは知らないが、用件はこれで済んだ。二人を利用するというのも一つの手だが、栄光ある記事を作り上げるためには一人で任務を遂行しなければならない。
濡れ衣を着たような気分で、この糞忌々しい湿気の漂う香霖堂を後にした。
「霖之助……」
文が去った後の沈黙を破ったのはチルノだった。目を潤ませながら鼻を啜り、股間に手を当ててもじもじとしている。優しく微笑みかけ、しゃがみ込む。泣いているのを悟られないためか、チルノは更に俯く。
「全部霊夢と魔理沙から聞いた……霖之助は人間と妖怪の子どもで、血が汚れているから……あたいみたいな人と、その……しちゃうと……えっと……」
「……僕の汚れた血が君に混じって、チルノも汚れちゃうんだ」
「で、でもっ……それでもいい、それでもいいから――」
チルノは感情が高ぶっているのか、目付きを鋭くして涙を滲ませる。ゆっくりとチルノを抱き寄せ、背中を擦る。チルノは僕の胸で涙を拭い、頬を擦りつける。
「駄目だよ、チルノ。君が君でなくなっちゃう。君までも汚したくはないんだ……分かってくれるかい?」
出来る限りの悲しい表情を作り、チルノに訴えかける。チルノは涙を流しながら、僕の胸で泣き続けた。霊夢の白い目、魔理沙の苦笑。自分でも、心が痛い。疑うことを知らない子どもを騙すことに慈悲を感じないほど、僕も鬼畜ではないのだ。
僕の血が汚れている? そんなはずはない。仮にそうだとしても、世間は何とも思わない。
交わった相手と血が混じる? 何をふざけたことを。どうしたら血が交わるというのだ。
君を汚したくない? ……それは変えがたい事実だ。チルノにはこれからも目覚しい成長を続けてほしいと願っているし、何よりも僕みたいな男と交わってしまっては一生の傷になる。
チルノは泣き止んだ後、鼻の先を赤くして口をもごもごと動かした。
「で、でも……嫌いじゃないでしょ?」
「……勿論さ。大好きだよ、チルノ」
もう一度チルノを抱き締める。チルノは何度か頷くと、黙って僕の胸に顔を埋めた――眠ってしまった。
それにしても、先程の文の慌てぶりには思わず笑ってしまった。笑みを隠すために顔を反らすのにも自然に行う必要があったし、困るといえば困る。ちょっとかまを掛けただけであの反応のしよう。あれこそ本当に、抱腹してしまいそうだった。あの様子だと、罠に掛かった後はさぞ面白い表情を見せてくれるに違いない。
霊夢と魔理沙は顔を見合わせ、重く溜息を吐き、怪訝な表情でにやついている僕を見る。
「本当に演技が上手いのね、霖之助さんは」
「あぁ、敵じゃなく本当によかったぜ」
「チルノを出来るだけ悲しませない最善手だ。悲しい結末なんて誰も望まないだろう?」
演技が上手い――いや、表情が死んでいると言ったほうが適切かもしれない。僕の顔は僕の物ではない。本当の顔は僕自身忘れてしまった。いくつもの仮面が用意され、状況に応じて被る仮面を変える。作り話ではなく、確かに僕は汚い生き物なのかもしれない。チルノを騙したことには変わりない。その挙句、経験の浅いカラス天狗に一泡吹かそうと考えている。人にストレスを与えることと演技力の高さ。二人に賞された二点に加え、情報処理能力や判断能力には多少の自信がある。カラス天狗に関する計画も、殆ど瞬間的に思いついた。
そのために、二人を駒とする。
「さて、暫らく二人には役目を与えよう。魔理沙は文の傍で気付かれない程度に監視をしてくれ。些細なことでもいい、事細かな情報をお願いするよ。霊夢はチルノの世話を頼む。ただ、変な真似をしたら報酬云々以前に、僕は君を許さないからな」
「随分と面倒だな。その分、割に合った報酬はいただくぜ」
「貴方を敵に回したくないもの。報酬はお賽銭ってことで」
「ふ……君たちみたいな人に気に入られて、僕も運が良いな」
霊夢も魔理沙も淫靡で妖艶。そして何より、強力で融通が利く。とても僕みたいな人には勿体無い『駒』だ。二人は既に他言できないような関係を持っているため、僕が手を出すことは出来ないが。いや、手を出すつもりはないが。僕としては広く浅く人付き合いを続けたい。恋愛に関しても、友情に関しても、それなりの場所で止める。深く付き合えば、必ず化けの皮は剥がれる。そこに、相手のどんな本性が隠れているか。人が一番優しく接してくれるのは、知り合い始めて間もない間だけ。その間を出来る限り引き伸ばす。
それが、僕なりの人付き合いだ。
「香霖、文には明日の正午、お前たちと二時間ほど出かけるってほのめかしておいたぜ」
「霖之助さん、チルノには明日、四人で出かけるって伝えてきたわよ」
準備は整った。思わず、笑みが零れる。一週間掛けての文の行動分析を知り、日程を聞き出し、日時を調整して、自意識過剰な天狗を美味しく頂く。罠に掛かって困惑する文、悔しさに表情を強張らせる文、羞恥に涙を零す文――おっと、僕にはこんな趣味はない。彼女に自分自身の未熟さを思い知らせることが出来ればそれで良いのだ。あとは、トラバサミを踏む愚かな天狗を待つことだけ。霊夢と魔理沙には今日ここで寝泊りするように言いつけた。明日の行動を迅速なものへとするために。
胸の高鳴りを抑えつつも、僕は鮮やかな青空を無意味に見つめていた。
今日はあまり天気がよろしくない。今にも雨が降りそうな石綿が上空を漂っている。一応、二人分の傘を用意しているがこれもどうなることかは分からない。今は霊夢がチルノを呼びにいっているはず。後五分もすれば出発できるだろう。目的地は人里。妖精であるチルノが人里に足を踏み入れるのもどうかとは思うが、冷気は押さえることが出来るようになっていたし、見境なく喧嘩を売るようなこともなくなっている。知り合いにさえ遭遇しなければ、完璧である。
チルノが到着。霊夢に手を引かれ、万遍の笑みを浮かべて跳ね回る。お出かけと聞いてはしゃぎまわるのは子どもならではの生粋な反応だ。微笑ましい。チルノは僕の手を取り、玄関口に指差し、早く行こうと催促する。魔理沙を連れて外へ出る。空は相変わらず、石綿が広がっている。
僕の店は魔法の森のすぐ入り口、人里からそう遠くはない。本当に稀に、客足があったりする。ただ、かなり奇妙な店に見えるのか、商品を買ってもらったことは一度もない。霊夢や魔理沙の存在感でも、僕の性格でも、物価の高さでもない。湿気の高い場所で、一刻も早くここを出たいという念が強まるのだろう。
チルノは元気よく行進を始めた。僕の腕を取って、足を腰まで上げて歩く。小さく笑いながら、僕たちも歩く――魔理沙に肩を叩かれた。早くも、文の姿が確認出きたらしい。侮れない視力だ。魔理沙の指す方向を睨んでみても、何一つ見えない。これから尾行させる恐れはないと思うが、万が一と言う可能性はある。いや、人里で何か事を起こすわけでもない。尾行されても、そのまま自宅へ帰り、計画通り事を進めればよい。文が待ち伏せするかしないかの違いだ。
人里に着いたのは良いものの、人影が殆どなかった。妖怪に襲われたわけでもなく、何か異変があるわけでもないだろう。今すぐに雨が降りそうな天気で、外をうろつくような人が少ないだけだろう。洗濯物を干している家も見当たらないし、そう考えるのが妥当だろう。チルノが人里に来るのは始めてらしく、見慣れない家屋や家の造りに目を配っている。
幻想郷で一つの社会組織を築き上げているのは天狗くらいのものである。妖精、幽霊、魔物など様々な妖怪がいるが、どれも独立した一個人。助け合うということはあっても、上下関係などは殆んど無い。ガキ大将やいじめられっ子といった立場はあるかもしれないが、それらは社会組織ではない。一種の差別だ。天狗の社会組織に、文がいる。一体、彼女の組織内での立場はどのようなものなのだろうか。少なくとも、詰られているような素振りはないし、人を引き付ける威厳は博麗神社の賽銭箱ほどもない。幻想郷最速以外にはいたって平凡、凡庸な立場にいるのだろう。
暫らく歩みを進めていると、いつの間にか様々な品々が並ぶ商店街へと入っていた。鼻をくすぐる果実の香り、生臭い魚の匂い。高貴な雰囲気漂う洋服、一際大きな等身大の鏡、緑と黒のコントラストが特徴的な西瓜。どれも僕の店には売っていない、日常で使われそうな品々が一瞬で目に入る。チルノは目を輝かせ、霊夢と魔理沙は無表情で辺りを見回している。
ふと、声を掛けられた。威勢の張った、生き生きとした男性の声。
「そこのお兄さん! 新鮮な鰹があるんだがどうだい?」
「魚は傷みやすいから駄目よ。それよりあんた、この西瓜なんかどうだい? 瑞々しくて美味しそうだろう」
「お姉さんももう立派な大人だろう? 身だしなみを整えるのに、ほら、この服似合うと思うよ?」
鰹の尻尾を高々と揚げて声を掛ける魚屋、対抗心を燃やしたように卑屈する八百屋、後ろの二人を捕まえようとする洋服店。僕はどこの店に対しても苦笑いを見せて首を振ったが、地面へ大量に落とされるパチンコ玉のような騒々しさが止むことはなかった。運良く客を捕まえることに成功した雑貨店は他店の視線を他所に、口上手な店主は客に様々な品を勧める。
ふと気が付くと、チルノが傍から離れていた。さらわれたり喧嘩を売ったりということはないと自分に言い聞かせたが首はぐるぐると回り、両目はカメレオンのように別々のところを見渡す――洋服店の店員に口説かれていた。二人を連れてそちらへ向かうと、チルノに話しかける店員の目が光った。釣った獲物を逃がしてたまるか、といった具合に。
「お譲ちゃん、この服が気に入ったのかい?」
「うん。似合うと思う?」
「とっても似合うと思うけど、お父さんやお母さんは居ないのかな?」
チルノは店員の持つ白いワンピースに目を奪われたまま小さく首を振った。所詮は餓鬼の好奇心か、と言わんばかりに店員はチルノに興味をなくし、近くの鉄棒にワンピースの掛かったハンガーを吊るした。そしてすぐさま、僕たちの方へと愛想を振りまいて近寄ってくる。薄汚い商売心だ。
「おや、お兄さんも後ろのお姉さん方も随分と整った容姿なことで。これでは私が服を選ぶ必要もないですかな?」
「……この子の知り合いです。先程のワンピースの値段はいくらですか」
チルノはどこか困惑した表情で僕を見上げた。僕はにっこりと微笑んだが、チルノは首を振って僕を店内から引きずり出そうと袖を掴んだ。遠回しに、チルノは遠慮をしているのだろう。直接口に出さないのは綺麗な服を着たいという欲求と、僕に迷惑を掛けまいという遠慮、接近回避型の葛藤をしているからだろう。引っ張るチルノを無視し、僕は子供用の白いワンピースを購入した。チルノを騙した代償にしては無も同然の値段だった。ワンピースの入った紙袋をチルノに渡すと恥ずかしげに笑い、僕の手を取ってぴょんぴょんと跳ね回った。店員は二人に服を買うように催促していたが、上の空だった。何を考えているのかは分からないが、冗舌な店員を邪魔くさく思うのは僕と同じ心境のようだった。
店を出ると、再び沢山のパチンコ玉が金属音を打ち鳴らす。喧しく思いながらも耳を塞いでいると、魔理沙が顔をこちらに寄せてきた。何を血迷ったのかと顔を引いたが、くだらない演技でも見たかのように呆れた顔をして口パクで二つの文字を描いた。
文、そう言っている。
僕は表情を出来るだけ冷静に繕い、顔を僅かにかがめる。魔理沙の言うようだと、家を出てからずっと尾行されているとのこと。今すぐにでも上を振り向けば文が見えるというほどまで接近しているらしい。自分を過信しすぎる結果は必ずと言っていいほど負に転ぶ。今の今まで、今でも僕は自分の存在に気が付いていないと思っているのだろう。まったく、誰か彼女自身のことを客観的に伝えることが出来る人は居ないのか。主観的な見方しか出来ない文は自分に酔いしれ、自分を正当化、高等化しているに違いない。だが、それも今日まで。精々理想の自分に惑わされ、快楽に浸っていると良い。
すると、珍しく霊夢が僕に案を投げかけた。――今からこっそり、文の背後に回る。
賄賂を受け取った代官のように頬が緩む。霊夢は賄賂を差し出す代官のように微笑する。魔理沙も今後の展開をせせら笑うようにして首を縦に振った。
商店街の途中の十字路まで来た時、僕たちはごく自然に霊夢と分かれた。僕たちは更に億へ、霊夢は右折して僕たちに手を振る。任せなさい、と言わんばかりに意味ありげな微笑を残し、霊夢は文の視線を避けるように民家の影に身を潜めた。チルノは服を買ったことで満足しているのか、霊夢が分かれることには何のためらいもないようだった。それが、文を罠に掛ける作戦だとも知らずに。
様々な声を浴びせられ、その度に苦笑をし、首を横に振る。頬が引きつり、頚骨が軋む。こうなったらどこかの茶屋で時間を潰そう。座ってお茶と団子を頼めば、後は話し込んでいれば時は流れる。
商店街を早足に抜け、茶屋に足を止める。魔理沙はちらりと上空を振り向くと、にやりと笑みを作った――文の後ろで、霊夢が手を振っていた。
帰宅した頃には丁度二時間だった。結局、出費はチルノのワンピースと茶屋の団子代だけ。文を一泡拭かせる資金としては実に低コストだ。チルノは早速白いワンピースを引っ張り出し、服を脱ぎだす。白い肌に白のワンピースはチルノと一体化し、一瞬は全裸で僕の目の前に表れたのかと思い、無意識に吹き出した。だが、あの店員の言った通り、良く似合っていた。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、適当に似合うだとか綺麗だとか褒めておけば、何人かに一人は本当に似合う人もいるだろう。勿論、それは店員のセンスの問題ではなく、ただ一銭でも儲けを出したいという卑しさの産物だ。
チルノを抱きかかえて膝の上に置くと、玄関口から足音が漏れた。霊夢は不敵な笑みを見せ、カウンターに頬杖を作る。様子を見る限りでは、なかなか面白い展開に繋がったようだ。
「どうだった? 文のたじろぐ表情でも嘲笑ってきたのかい?」
「ふふ、滑稽で惨めだったわね。霖之助さんに頼まれたのかって訊いてきたけど、一応首を振っておいたわよ。私の独断だ、ってね」
一応首を振っておいた、私の独断。霊夢は少し引っかかる言い方をしたが、然程気にはならなかった。これから始まるメインイベントのことを考えるだけで脳が沸騰する。
作戦を実行するため、魔理沙を外で見張らせておく。勿論、魔理沙は文のようなへまは起こさないし、なにより泥棒家業を続けている身として、気配の隠し方は自然と身についているだろう。まぁ、力でゴリ押しの魔理沙が身を隠すといったような防御の類は行わないかもしれないが。
「それじゃあ霖之助さん、私の役目はこれで終わりでしょう?」
「あぁ、一応ね。ただ、君も彼女の歪んだ表情を見てみたいんじゃないか?」
微笑して霊夢に話題を振ると、興味なさそうに鼻で笑われた。
「別にいいわよ。――あぁそうだ、やっぱり報酬は要らないわ」
チルノのうなじを撫でる指先が固まった。接着剤で指がくっ付いてしまった。それだけではなく、全身が瞬間冷凍された。背筋が凍った。冷や汗が全身の毛穴から吹き出た。分からない。あれほどお金に執着する霊夢が金銭の受け入れを拒否するなどあり得ない。ギプスでがちがちに固定された口をゆっくりと開く。
「どういう風の吹き回しだ? これから巨大隕石でも落ちるのか?」
「いいえ。彼女の面白い顔見ていただけで、お金なんかどうでもよくなったわ」
霊夢にもそんな日があるのだろうか。いや、近いうちにそんなことをすっかり忘れ、魔理沙と一緒に金を求めてくるだろう。それなりのお金は用意することに越したことはない。魔理沙は適当にゴミでも漁って貰っていくのだろう、実に扱いやすい。本当に有能な『駒』たち。幻想郷で一番信頼しているのはこの二人かもしれない。
興味なさそうに霊夢は僕に背中を見せ、玄関から飛び去っていった。
さて、これからが本番だ。まずはチルノを家に帰す。どういう訳か、チルノは文に懐いているようなので、彼女の惨めな姿を見せるわけにはいかない。適当な理由をつけてチルノを諭し、家へと帰らせた。今日一日は忙しいから帰ってほしい、と。チルノは口惜しそうに俯いたが、いつものように髪を撫でると、垂れた頭は生気を取り戻し、沈んだ表情は眩しい光で照らされる。チルノは飛び跳ね、僕の頬に口付けをして店を去っていった。――文がいなくて助かった。
文が来たら、すぐに魔理沙に捕まえてもらう。そうしたあと、文にたっぷりと渇を入れる。たったそれだけ。改めて考えると、随分と馬鹿馬鹿しい気もするが、これくらいあっさりしていたほうが文も愕然とするだろう。チルノの脱ぎっぱなしの服が目に映った。そうだ、チルノの服で自慰にふけっている真似でもすれば――いや、ただ手に取るだけとはいえ、このような事に利用されてしまってはチルノが不憫だ。近くに置いて置くだけでもそれなりの効果はあるだろう。
文の困惑した表情、絶望に満ちた表情――考えるだけでも身震いがする。
雨が降りそうだ。数百数千の鼠が団子状になって空を覆いつくしている。灰色のよどんだ空。灰色の入道雲が、歪んだ文の顔を連想させた。
いつ雨が降ってもおかしくはないというのに、主人とその三人は用もない人里へと向かっていった。今日はお祭りがあるとも、何かイベントがあるとも聞いてはいない。やはり、ただの気紛れだろうか。チルノは霖之助の手を引き、元気良く引っ張っている。霖之助がどのような表情をしているかは分からないが、鼻の下を伸ばしていることは大方予想できる。ただ、霊夢と魔理沙の存在が気になる。一体何のために? チルノが襲われないようにするためのお目付け役? ……まぁ、私ほど有能なら見つかる心配もないのだが。
この機会を狙うため、一週間ほどの時を過ごした。大きな記事を求めて、最近は小さなネタには髪の毛一本反応しない。それにしても、私もいつの間にか他人から情報を聞き出すのが上手くなったものだ。この一週間、不思議と魔理沙と話す機会が多かったが、何とか会話を運び、主人の予定を聞きだすことに成功した。自分でも気が付かないうちに、いつの間にか魔理沙は口を開いていた。それほど自然な会話の流れだったということだろう。どんどんと、自分が磨かれているのが分かる。どんどんと、文が沼に沈んでいく。
人里。上空からでも活気付いた商店街の盛り上がり具合は良く分かる。主人たち一行から目を離さないよう、それでいて見つからないように後を追う。二十メートル程の距離を置いたまま尾行をする。いざとなったら、この最速の足で目の前から消え去れば良い。一向は商店街へと足を踏み入れた。数人が一行を取り巻き始める。どこの店も、売り上げ競争に必死だ。あそこの商店街に香霖堂を置いたら、売り上げはどうなっていただろう。いや、そのガラクタ収集の悪癖が転じて、質屋として儲かり始めるかもしれない。
暫らく様子を見ていると、チルノが三人の輪から外れて一つの店に向かっていった。洋服店。霖之助は店番の人々の対応に遅れ、チルノに手が回っていないといった様子だった。霊夢と魔理沙は、辺りを見回しながらもチルノのことは気にしていない。薄情、いや、放ったらかしにされるチルノが可哀想だ。しかし、三人はすぐにチルノの元へ向かい、店内へと吸い込まれていった。中の様子が気になる、気になるが――妖怪、カラス天狗がこの大きな翼を広げたまま人里をうろつけば疎外、迫害、軽蔑。そんな目にあうことは分かっている。取材以外の用件で、人里に下りるつもりはサラサラない。わざわざ翼を隠し、着慣れない服を着て、違和感のある靴を履き、転びそうになりながらもよろよろ歩く。そんな経験が過去に一度あったが、自分でも嫌気が差し、途中で取材を断念したことを覚えている。
店内から出てきたチルノは小さめの紙袋をぶら下げ、嬉しそうに跳ね回っていた。大方、チルノの我侭に耐えられず、寒い懐からなけなしの金銭を手放したのだろう。まったくもって、ロリコン、異常性愛とは恐ろしい。フィルムを少し値切ったくらいでねちねち根に持つような卑しい人でさえ、性愛には敵わない。もしかすると、チルノはそれを利用しているのかもしれない。主人たちの役にも立たない教養の中から得た、唯一の学習。主人はそれにも気が付かず、まんまとチルノの言うがまま。近い将来、チルノの座布団になっている主人が目に浮かぶ。嘲笑よりも先に、哀れみと不安を覚えた。世の中の条理も知らないような餓鬼に利用され、変体主人の店の物が今も私のカメラに収まっている。考えるだけで肌が粟立つ。止めよう。汚らわしい。
店を出てきてすぐ、霊夢は三人を別の道へと向かった。何か個人的な用事だろうか。待て、今の目的は主人の尾行だ。不味い道草を食うわけにはいかない。主人たち一向は早足に商店街を抜けていった。どうやら、騒がしいお誘いの無視の仕方を覚えたようだった。
突如、右のふくらはぎに走る激痛。確認するよりも早く、左足、左手、右手のそれぞれに、電流が走ったかのような鋭い痛み。何とか落下することは防いだものの、間接がピクリとも動かない。そして、四肢の感触がない。神経がやられている。瞬間的に、汗が湧いてくる。何だ? 私が誰かに恨みを買うような真似でもしたのか? 事実無根の記事を書いたことはないし、自ら何かをでっち上げたことも覚えがない。ましてや、無差別に暴力を振るったり、罵声を浴びせたこともないし、人付き合いも極めて良好。私を恨む者といったら新聞の売り上げ競争をする天狗、これから忌々しい真実を晒される主人の逆切れ。だが、後者はまだあり得ない。では、身内の天狗? いやまさか。私達天狗は相手を拘束するような技術は携えてはいない。
追い討ちを掛けるようにして、口元を塞がれた。抵抗するにも、腕も動かなければ足も動かないし、私の戸惑いも動かない。かろうじて動く首元を何度か揺すってみるも、細くて綺麗な指先からはかけ離れた腕力には歯が立たなかった。
首を揺すった際に見える黒い髪、紅い服、白い服――
「あらあら文ちゃん? こんなところで何してるんでちゅかねぇ?」
博麗の巫女――いや、こんな卑劣な行為をする娘、巫女とは呼び難い。霊夢、何故? 私が彼女に何をした?
「貴女、今まで気が付かなかったの?」
「んっ、んぐぅっ! んんっ!?」
霊夢の左手の平にあるお札。私の口を押さえる右腕と交代するように、左手で口を塞がれる。痺れるような痛み。不快で粘着質な物が張り付く。喉も痺れ、唸り声さえ出ない。ただ許された出入り口は鼻孔のみ。脳が重い。自分が何を考えているのか、霊夢が何を考えているのか――聡明な私だが、こればかりは理解できない。霊夢は私を抱きかかえるようにして、重そうに持ち上げた。だんだんと、人里が遠ざかっていく。私と距離を置かないのは霊夢と、怪しげな暗雲だけ。考えることも馬鹿馬鹿しい。これから何が起こるか――もうどうでも良い。
霊夢が茶屋に向かって気味悪く微笑み、小さく手を振っていた。
おかしい。いや、あり得ない。魔理沙からの合図が未だにないばかりか、文の気配さえしない。まさか、どこかで過程を誤ったのか? いや、ここへ誘い込むのに魅力的な餌がなかったのか? 恐らく後者だろう。頭の弱い鳥とはいえ、カラスはなかなか利口な類だ。引く勇気というものを覚えたのかもしれない。確かに、振り返ってみれば欠点だらけの作戦だったかもしれない。何故、文をおびき寄せるのに、わざわざ出かける必要があるのか。ただ誘い込むだけなら、僕が下劣な行為に浸っているとでも言えばそれでよかったのだ。文を罠にはめるという動機も、いささか身勝手な気がする。チルノを諭したように、時間を掛けて口で伝える事だってできるはずだ。未熟さを痛感させるだけなら、わざわざ自身の幹を蹴倒してまでもいたぶる必要はない。
急に、体の熱が冷めたような気がした。糸が切れたように降り出した大雨に打たれれば、身体も頭も冷えるような気がしてきた。そうだ、哀れな人に手を差し伸べないでどうする。文だって、チルノと同じように優しく接してあげればよかったではないか。それをどうしてわざわざ、羞恥を叩きつけるような道を選んだのだ?
雨粒がみぞれのように屋根を叩きつけ、ごつごつとした耳障りな音を室内へと運び込む。暗雲は僕の憎悪と悪性を吸い込んだように黒ずんでいて、あのような暗雲が僕の胸のうちにあったのかと思うとぞっとする。風はなく、窓を閉める必要はなさそうだ。湿気が高いとはいえ、水が撒かれれば気温は下がる。蒸し暑かった店内が急激に冷やされた。最も気温が上がるであろう二時は本日最低の気温だった。
気のせいか、軽くなった体を椅子へと降ろし、本に目を走らせる。
水洗いされた心を墨染めするが如く、玄関の金切り声が耳を引っ掻く。鳥肌を抑えつつも、玄関を見る――文だった。
ずぶ濡れのまま店内に上がりこみ、壁に瀬を任せて力なくへたり込む。お気に入りのカメラは再起不能が目に見えるほど濡れていて、同じく毎日手放さないネタ帳もふにゃふにゃになり、文がぽとりと手帳を落とすと、ぺちゃりと不快な音を残してその場で絶える。表情はどこか陰鬱で、話す気力も動く気力もないといった様子だった。痛々しい文を見て、きりきりと胸が痛んだ。文の歪んだ表情は卵の黄身が緑色であるくらい似合わなかった。脳内の混沌とした文の表情と、現実で見る文の力なき表情とは似ても似つかなかった。
思わず、文に駆け寄る。
「だ、大丈夫か?」
「……はい」
「風邪を引くぞ。適当な着替えを用意しておくから……これで体を拭いて」
「……ありがとうございます」
文は震える腕でタオルを受け取り、座ったまま雑に髪を拭く。まともに拭けていない。相当雨の強さが堪えたのか、目は虚ろ、口は半開きのまま、意識が朦朧としている。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ……。――いっ!」
突如体を捻らせる文。左手で腹部を押さえ、それと同時に右腕で背中を押さえる。そのうち僕も訳が分からなくなってきて、文は自分の尻尾を追いかけるトカゲのように見えた。腹部を押さえたかと思えば背中を押さえ、そうかと思ったら体を捩って胸部を押さえる。一体何が起こっているというのか。生まれて間もない小動物のように全身が震えている。文は悶絶しそうに表情を歪め、涙を浮かべて僕の方を見つめてくる。まるで、何かを訴えかけてくるように。切なく、苦しむ瞳。唇を噛み締める様が実に痛々しく、視線を外したくなる。
突如、目に飛び込む赤い亀裂。濡れたシャツが肌に張り付き、ミミズが何匹も肌に張り付いているように見える。亀裂付近はシャツを赤く滲ませ、痛々しさを目の当たりにさせる。それに加え、両手首には何かできつく縛り付けられた跡。青紫に変色し、縄のような跡を掘り込んでいる。無意識のうちに、腕が文に伸びた。
「お、おい! 何だこの跡は!? 血が滲み出ているじゃないか!」
「……はは……見つかっちゃいましたか……尾行もばれるし、今日は最悪の一日ですね……」
文の有無を言わさず、僕は文を抱き上げた。うなじと膝の裏に手をかけ、傷口を擦らないために胸元からやや距離を置く。文は苦痛に顔を歪めるが、自然と抵抗はなかった、いや、抵抗する気力もないのだろう。寝室まで運び、寝かせる――訳にはいかない。あまり傷口には触れたくないはずだ。静かに床へ降ろすと、骨を抜かれてしまったようにふにゃりと倒れ、崩れた長座で呼吸を整えていた。
救急箱から塗り薬を取り出す。あの傷跡間違いない、ミミズ腫れが切れ、出血した跡。鞭のようにしなやかで硬いものによって何度も執拗に叩かれた跡。一体誰がこんな惨いことを? 文は光沢のない目で僕の様子を見つめ、人形のように表情は変化しなかった。文と絶望は同じ極を持つ磁石のように反発しあう。僕がしゃがみ込むと、薄ら笑いを浮かべる文。ゆっくりと、シャツのボタンに手を伸ばす。
「な、何するんですか……?」
「いや……済まない」
死んだ目で聞き返す文。最早、生気が宿っているとは思えない。何者かに操られる人形のように、言葉も動きもぎこちない。僕の腕を振り払う両腕も、空気同然の存在だった。シャツのボタンを上から順々に外してゆく。その途端、文は観念したようにうな垂れて、涙を流し始めた。外の大雨にも劣らぬ洪水。雨粒は頬を伝い、憎悪と無気力を吸い込んだシャツに染み込む。今、文は自分を打ちのめした本人と、勝手に脱がせ始める僕を憎み、怨んでいるに違いない。ただ、今は文の苦痛に耐えかねる表情を見たくはなかった。
白いブラジャー、ふくよかな胸。ほっそりとしたくびれ、魅惑的な腰骨。ただならぬ妖気が襲い掛かるが、それらは脳内に入り込む前に不安と驚愕で遮断された。傷口は無数の亀裂を作り、文の綺麗な肌に血の隆起と傷口の亀裂を作っていた。手元にある塗り薬――大分前、永遠亭の兎が対価として置いていった塗り薬。深い切り傷でもなければ、たいていの傷はうたた寝するよりも早く完治する、と。当初は胡散臭く思いながらも、しぶしぶ受け取ったのだが、まさかこんな形で役に立つとは思いもしなかった。文は僕の手元を力なく見ると、小さく微笑んだような気がした。タオルで刺激を与えないように優しく雨水を拭き取り、ねとねとした塗り薬が付着した指先を下腹部の傷口に沿わせる。氷のように冷え切った肌が、指先から全身に掛けて肌を震わせた。歯を噛み締めつつも、文は声を押し殺し、なるべく抵抗しまいと両拳は強く握り締められていた。
半脱ぎ状態のシャツを脱がし、背中に回る。数多の傷跡。赤く滲み出た血が縞模様のように背中を彩り、その醜さといったら、とても女性の背中とは思いたくもない。犯人は集中して背中と腹部を狙っていたのだろう。その二箇所は普段は服に隠れて傷跡が目立たない。陰湿な下衆野郎。表情を失った文を見れば、その卑劣な犯行とサディスティックな性格は容易に想像が付く。
傷口全てを塗り終え、タンスから適当な寝巻き用のシャツとズボンを引っ張り出す。寝巻きに誘われて他の衣服もお供してきたが、それらを蹴散らして文の元へと向かう。最初に薬を塗りたくった傷口はいつの間にか跡形もなく消滅していた。文は頬を濡らしたまま、無理矢理な笑みを見せて口を開いた。
「はは……主人は優しいんですね。私、主人のことを誤解していたのかもしれません」
「……下着はそのままか脱ぐかは好きにしてくれ。風邪を引くといけないから今はこれを着てくれ」
無視するように、文に寝巻きを渡す。文はゆっくりと頷き、背中に手を回してブラジャーを外し、上から寝巻きを被る。再び救急箱の中身を漁り、体温計を取り出す。風邪を引いている可能性もある。寝巻き姿になった文は体温計を受け取り口に咥える。文の眼にはいつの間にか光が差し込み、稀に見る不機嫌そうな表情を見せる。何か飲みたいものは無いか、気分は悪くないか、痛い場所はないか――いずれも、文は首を横に振った。
体温は三十六度二分。平熱。ほっと吹き返される呼吸。それに応じるように、文は悪戯に息を吐いた。夏だというのに冷え切った室内は二人の息を白く染め上げていた。既に傷の痛みは引いたのか、文はぺこりと頭を下げてにっこりと微笑んだ。
「本当にありがとうございます」
「いや……感謝されるほどのことはしていないよ。それより――」
「えへへ、そんなことないですよ。感謝してもしきれないくらいです」
文は愛想笑いか、彼女らしい明るい笑顔を見せてくれた。絶望に満ちた表情を見ようとしていた自分を呪いたくなる。やはり、文には笑顔が似合うと思いつつも、僕も小さく愛想笑いを返す。そして、その笑顔を奪ったのは誰なのか。つい先程まであった、文への軽蔑や悲哀は過去のものとなっていた。僕が犯人を訊き出す前に、文は一人でに話を進めた。
「私、自分にうぬぼれていたみたいです。取り上げる記事も、潜入も、スタイルも、全てにおいて私の右に並ぶ者は居ないと思っていました。けど、私は井の中の蛙だったんですね。この傷も、私を矯正させるための制裁です」
「一体誰が――」
「いいんです。今回の失態は私自身が招いた結果です。主人は何も気にしないでください」
ことごとく僕の言葉を遮り、一方的に話を続ける。心配する僕の心に拍車を掛けるように文は苦々しい表情で微笑んでいるが、目の奥は親とはぐれた獅子の如く震え上がっていた。そんな自分が知られることを恐れたのか、文は風呂を貸してもらうといって浴室へと向かっていった。外の豪雨は次第に落ち着きを取り戻し、瞬く間に雲の千切れ目から光が差し込んだ。夜明けのような、薄暗い明るさ。
文を打ちのめした犯人を捜そう。文は何も離したがらないだろうから、霊夢と魔理沙に――魔理沙は今、どうしている? 未だに待機しているとは考えにくい。だとすると、もう家へ帰って薬の調合でもしているのか。今回は僕の誤算が生み出した失態だ。報酬はいつも通り払っておこう。そうでないと、僕に対する協力も薄れ、いずれこの関係は崩壊するだろう。今日はもう、二人が顔を出すことはないだろう。
突如、肌を引き裂く金切り音。玄関の向こうには霊夢と魔理沙が傘を差してクスクスと笑っていた。予想外の来客。いや、一刻も早く犯人の捜索を手伝わせよう。報酬は今回の二倍と言っておけば、すぐにかじりついてくれるだろう。
「おい香霖、文は見つからなかったぞ?」
「分かっている。それより、予定が変った。文のことなんだが……」
「何かしら? 出来ることなら何でもするけど」
「実は……文が全身に酷い傷を負っていたんだ。その犯人を捜してほしい」
「……報酬はいくらだぜ?」
「今回の倍。それで手を打とう」
二人から湧き上がる冷笑。二人は顔を見合わせると、互いにほくそ笑んでもう一度笑い声を上げた。まるで、僕自身を嘲笑うかのような、挑発的な高笑い。僕の剣幕に気が付いたのか、二人は笑うのを止めて僕に向き直った。
「本当に二倍? 犯人が分かればいいんでしょ?」
「犯人の目星でも付いているのか?」
霊夢と魔理沙は怪しげな笑みを浮かべると、互いを指差した。
「私たち二人。さて、報酬は頂きましょうか、魔理沙」
「いやぁ、まさかこんなに楽な仕事だとは思わなかったぜ」
他愛無い会話をするように、二人は平然とし、霊夢は両手を僕の目の前に、魔理沙は商品棚を物色し始める。
「悪い冗談は止してくれ。そんな嘘を誰が――」
「霖之助さんの『信じる』基準って何かしら?」
上目遣いに怪しげな笑みを浮かべ、僕の剣幕を打ち破る。黒い瞳の奥には生気を失ったどす黒い何かが蠢いている。ぞっとして一歩後退すると、追い討ちを掛けるようにして霊夢は口を開いた。
「霖之助さんってあまり人と親しくしようとしないでしょ? 前に言っていたわよね、化けの皮が剥がれたときが一番怖いって。それじゃあ、今まで私達を信用してきたのは一体何?」
「香霖、お前は私達を利用しようとして利用されていたんだよ。操り人形と同じ原理だぜ。操作側は人形を思い通り動かそうとするがな、人形は自分が動くために操作側を操っている。思い通りに動かないのはその所為だぜ」
「この数日間、何度も文の陰湿さ、未熟さを説いてきたけど……霖之助さんにはその像がぴったりだったわよ」
かつてない速度で脳が回転する。遠心力で脳が千切れてしまいそうなほどに。
ひとまずは状況の整理だ。
犯人は霊夢と魔理沙。文を捕まえたのは人里で別れた時だろう。しかし、それは以前から計画されていたことなのか? あの時、咄嗟になって思いついたとは考えにくい。つまり、二人は元からグルで、魔理沙を見張りとして出したときから、二人は犯行に及んだ、と。しかし、一体二人は何を考えていたのか。何故、文を痛めつける必要があった?
「香霖って馬鹿だよな。私達を手下みたいな存在だと思っていたんじゃないか? 言っとくが、香霖なんて殺そうと思えばいつでも殺せるし、裏切ろうと思えばいつでも裏切れるんだぜ?」
「ついでに言っておくとね、主犯格は私よ。まさか私を怨むなんて言わないでよ?霖之助さん、私に『あの天狗を懲らしめてやってくれないか』って言ったんだもの。二つの依頼を一気にこなしてもらって、感謝の念でいっぱいでしょう?」
「策士の気分でいたんだろ、香霖。お前も文と同じように痛め付けられて、自分の未熟さを知るか?」
歯に衣を着せぬ言い方で、続けざまに僕を圧倒し、浅はかさを伝える。思考能力が麻痺していて、思うように言葉が思い浮かばない。空はやっとのことで晴れ間を見せているというのに、僕の体には生気を失った黒雲が包み込み、全身を蝕む。霊夢と魔理沙は不審な笑みから軽蔑と蔑視の表情へとすり替えられていた。何か、何かを言わなければ、二人の威圧感に押し潰されてしまう。
「つ、つまり……き、君たちは僕をう、裏切って……だ、だが、文は……」
「自業自得より、自分の所為で誰かが傷ついたほうが苦しいでしょう?」
「文はお前を正すための材料だった。こう言い換えれば、少しは気が楽になるか?」
「一度は自分を見つめ直すことね。そうでないと、また別の人が同じような目に遭うかもしれないわよ」
「チルノみたいに、お前を慕う奴だっているんだからな。もう少し自覚を持てよ、香霖」
意味ありげに留意を残し、二人は何も求めずに玄関に砂を掛け、霖之助の視界から消えていった。
入浴を終えた文は濡れた髪を拭きながら、笑顔で霖之助へと歩み寄る。瞬き一つない瞳から、生暖かい流動体が零れだす。固まる彼の表情を心配そうに覗き込み、文はバスタオルで霖之助の涙を拭った。
すっかり晴れきった空。憎たらしいほどの陽光が、店内の蒸し暑さに拍車を掛ける。僕の胸の内には暗雲を全て吸い込んでしまったかのように、黒く、暗くよどんでいた。
今日は本当に蒸し暑いです。さて、それはさて置き、今日は大きな獲物が釣れそうです。
おっと、いけません。こんな陽気に跳ねていては見つかってしまいます。今日はわざわざ文々丸を留守番させての張り込みなのですから、つまらないことで失態を犯すわけにはいきません。
魔法の森でも、一際大きな一本の木。香霖堂のすぐ脇にそびえ立ち、魔法の森の核とも言えるほどの大きさは、異様で禍々しい雰囲気を漂わせている。香霖堂の湿気が高いのも、この巨木が日当たりを悪くしているからに他ならない。文はその巨木に、身を委ねるようにして香霖堂の主人の帰りを待っていた。
先日、主人からは今日のこの時間、二時間ほど出かけると聞き、こうして三十分前から待ち構えている。どこに何をしに行くといったことは聞かなかった。あまり深く追究すると、主人に怪しまれる可能性もあるからだ。ここで待つ理由は勿論ただ一つ、以前から嗅ぎついている『香霖堂主人 ロリコン疑惑』の記事を書くため。疑惑の段階で既に見出しは考えている辺りから、文の強い執着感を覚える。
背中に照りつける陽光で、背中がじりじりと焼ける。このままでは焼き鳥になってしまう。笑えない冗談を思いつつも、巨木の影に隠れるようなことはしたくない。万が一にも、主人に見つかってしまってはこの三十分を棒に振ることになる。そんな結果を防ぐため、左手の小さな手帳で鼻息にも及ばない風を作り、右手で服を仰いで風を通す。汗でシャツが透け、ブラジャーが薄く見える。年齢の割には発達した自分の胸を見て、思わず鼻が高くなる。媚を売れば、主人はすぐに口を割るかもしれない。ただ、あまり親しくもない相手に媚を売るのはいくら記事のためとはいえ、気が引ける。それに、今の相手にはロリコンという疑惑が掛かっている。私に興味すら見せず、鼻で笑い、幼女の小さな胸を見て頭とアソコを奮い立たせる可能性だってありうる。
足元に生えている雑草が、私の足首を突いているような気がする。気になって足首を見ると、一匹の蟻が五里霧中しながら辺りをうろついている。ぞっとして振り払うと、急に身体全体が暑くなった。思わず巨木に蹴りを入れる。下駄の歯の角が気に食い込み、黄緑色の樹液が漏れる。落ち着け、文。こんなことで腹を立てるな。こんなことでは、すぐに失態を犯すに決まっている。冷静になれ、文――
響き渡る笑い声が、私の鼓膜を小突く。香霖堂の主人、森近 霖之助。低くも高くもない特徴的な笑い声は間違いなく彼のもの。だが、主人が一人で笑うのは何故だ。ロリコンという疑惑を持つ立場上、既に正常、正道とは思えないが、彼も流石に一人で笑い出すほど奇異ではない。誰かと一緒にいるか、暑さで頭がやられたか。確立でいうなら、若干前者が高い。案の定、主人は――チルノと一緒に歩いていた。数ヶ月前、私が取り上げた記事『チルノ=⑨、バカは過去のもの』というのを書いて以来、二人はすっかり仲が良くなっていた。たまにフィルムを買ったり記事を書いたりしに香霖堂へ来ると、毎回チルノは霖之助にべったり。見ているこっちが暑くなるほどだった。主人はチルノが冷たいから快適そうな表情をしていたが、そのときの目の奥にある、黒光りする妖しい水晶を見逃さなかった。
チルノは主人と手を繋ぎ、主人は左手に何かの袋を持って微笑みかけていた。傍から見れば、仲の良い親子、兄妹。そんな風に見えるだろう。だが、私は知っている。主人の、霖之助の黒い光を、水晶を。チルノは主人に何かをせがんでいる。主人は一瞬と惑った様子を見せたが、袋を手首に掛けてしゃがみ込んだ。
お姫様抱っこ。私は暑さなどすっかり忘れて、物陰から二人の様子をうかがっていた。チルノは首に手を回し、主人は太股の裏と背中に腕を置き、チルノを抱きかかえる。主人の性格からすれば、極自然な光景。現に、私もその昔、怪我をしたときに抱えられたことがある。だが、チルノと私を抱えるときの、決定的な違いは見逃さなかった。チルノを抱える前、主人は周囲を何度か見回す。誰も見ていないか、ばれることはないか――主人の行動そのものが、言葉として現れている。私はひもで首からぶら下げたカメラを握り、巨木の陰から飛び出したい衝動を抑えた。普段なら、ここで写真を撮ってすぐさま逃げ去るのだが、それでは張り込みの意味がない。それに、このままことが進めば二人のあんなことやこんなことの写真が極めて自然に写せるかもしれない。そこまではいかなくとも、二人は接吻を交わすという可能性は十二分にある。お姫様抱っこなんかよりも、ずっと価値がある。
主人はチルノを抱えたまま、香霖堂の玄関を開いた。ガラスを爪で引っかくような音が鳴り、鳥肌が立つ。こんな需要もない粗末な店、いつ潰れてもおかしくないというのに未だに利益をもたらさない客を相手に商売を続けている。まぁ、その客には私も含まれているのだが。
香霖堂の窓の配置は実に酷い。何故なら、とてもプライバシーを考慮した作りではないからだ。窓は全部で七箇所存在するのだが、そこからは全ての部屋、全ての場所を覗くことが出来る。トイレと浴室を除いても五つの窓からは部屋のいたるところが丸見えである。こんなことに気が付くには、私くらいの洞察力と観察力、追求心を持ち合わせていないと難しいとは思うが、もしかすると主人はこんなこと承知の上なのかもしれない。いずれにせよ、この致命的ともいえる窓の配置が、私の潜入調査を速やかに、楽に運んでくれることは間違いなかった。
玄関側にある窓からこっそりと顔を覗かせる。霖之助がテーブルの上に袋の中身を置き始めていた。缶詰、本、用途不明のプラスチック用品、チルノはそれらにべったりと指紋を残し、元の位置に戻す。本や缶詰に書いてある字を読む素振りも見せるが、すぐに放り出す。漢字が読めない所為だろう。いくら背伸びをしたとしても、所詮は子ども。加減乗除、ひらがなカタカナを書けるくらいで調子に乗っているのだ。
漢字が読めなければ文字が読めない今の世の中、ひらがなを覚えたところで実用性の欠片もない。
がめなければがめないのの、ひらがなをえたところでのもない。
漢字が読めなければ、文章としての意味は伝わらない。せめて、漢字を読めるようになってからえばってほしいものだ。チルノを持ち上げたのも記事にするため。努力したことは認めるが、チルノ本人に何か劇的は変化があったわけでもない。変ったのは、世間の目だけ。傍から見て、チルノの勉強が生活を潤わせているようには見えない。チルノが勉強――心の中で嘲笑う。
暫らく様子を見ていると、主人は袋の中身を別々の場所にしまい、二人分のお茶を淹れた。主人は人里に買い物に行っていたのだと想定することが出来た。チルノは笑顔を絶やさず、終始霖之助の脇に寄り添っていた。
潜入を続けて二時間。疲労と焦りばかりが塵のように溜まる。喜悦と写真はお金のように溜まらない。体中の汗が搾り取られ、血液が汗に混じって滲み出ているような錯覚にさえ陥る。この二時間、二人はずっと勉強を続けている。どうやら、幻想郷内の組織について説明を施しているようだった。途中、妖怪の山や天狗、私の名前も出てきたときは冷や汗を掻いた。意味の無い教養。
妖精は人間に次ぐ弱者だ。弱い者は強い者の餌食となり、弱き者の犠牲によって強き者は繁栄する。これは種族に関するだけの話ではない。より良い記事を載せる強者は評価され、ネタさえ掴めないような弱者は強者を際立たせるための、相対的な存在でしかない。弱肉強食。厳しい競争世界ではあるが、私もその世界に生きている以上、そのことは自覚している。チルノは弱者に位置するはずの妖精でありながら、それなりの戦力を持ち合わせている。それも、先天的なもの。彼女は運が良い。その代償か、彼女はまたとない精神的幼さを授かってしまった。弱者は弱者らしく、強者に食われれば良いのだ。そのうち、私達が格の差を思い知らせてやろうか。
おっと、そんなことをしてはロリコンである主人に一生怨まれてしまいます。どこよりも良質なカメラとフィルムを、どこよりも安価で売ってくれる店に訪れなくなってしまって、困るのは私です。私のようなお客がいるから、ここは潰れないのでしょうか。香霖堂がここに居座り続ける理由も分かるような気がしますね。
結局、これといって面白い場面はなかった。強いて言うなら、主人がチルノの頭を撫でることくらい。それなら、お姫様抱っこの方がよっぽど価値がある。待ち伏せする時間も含めて、およそ二時間半。これだけの時間があれば、他のネタをつかみ事も出来たというのに、勿体無い。壁を蹴りたくなる衝動を抑える。カメラを叩きつけたくなる衝動を抑える。罵声を浴びせたくなる衝動を抑える。
千切れるほど強く唇を噛み締め、窓から見られないようにして静かに飛び上がった。空はチルノの頬のように赤く、遠くで黒い粒が集団で飛んでいる。妖怪の山の方向、身内の天狗達だろうか。
「――文?」
突如、背後から聞こえた私の名前。背筋が凍った。四肢が震える。
いや、何を怯えているのだ。背後にいるのは霖之助でも主人でもない。その事実がある以上、何も恐れることはないはずだ。未だに、潜入を続けている気分になっていたのかもしれない。
「あ、あぁ、霊夢さんですか。何かご用ですか?」
「いいえ。ただ、貴女が窓から中の様子をうかがっていたから」
ギクッとした。肩がすくんだのが自分でもよく分かった。まさか、霊夢に私の潜入調査を見つかってしまったのか。いや、それにしてはタイミングが良すぎる。するとこれは――。
罠?
主人の警戒心が生んだ見張り、という可能性も捨てきれない。霊夢になら金次第でどうにでもなりそうだ。もしかすると、魔理沙も共に見張っていたのかもしれない。脳内に浮かぶ、言い訳の言葉。誰かに頼まれた、奇妙な様子だった、実は主人が好きだった――何を言われても大丈夫なように、脳がフル回転する。
「霖之助さんって案外視野広いから、あんなことしていたら変な言いがかりつけられるかもしれないわよ。気を付けなさい」
「え、あっ……は、はい。分かりました」
霊夢はそう言うと、何事もなかったかのように香霖堂へと降りていった。
――それだけ?
私が深読みしすぎたのか? 霊夢は見張りではなく、たまたま香霖堂を訪れただけなのか?
いずれにせよ、これからは気を付けなければならない。迂闊だった。玄関の前にある窓から中の様子をうかがっていれば、否が応でも人目についてしまう。二時間もの間、誰の目にも留まらなかったのは非常に運が良い。日ごろの行いが良いからだろう。次に張り込むときには文々丸を上空で見張らせ、発見されるという危険を回避する必要がある。
それにしても、主人は盲目で鈍感だ。二時間もの間、私の存在、気配にさえ気が付かなかったのだから。いや、私ほど潜伏が上手ければ、相手が彼でなくても仕方ないのかもしれない。
天狗になっている自分を可笑しく思いつつ、私は黒い集まりへと飛んでいった。
やっと去ったか、悪質なストーカー天狗め。
頭を撫でる手を背中に回し、チルノを引き寄せる。上目遣いにこちらを見上げ、頬を赤らめる。可愛らしげなチルノの様子を見て、思わずぎゅっと抱き締める。もがくように両腕を振り回すが、次第にチルノは力を失い、両手で僕の袖を握り締めた。目の前にある、紙と鉛筆を机の隅に置き、お茶を啜る。
それにしても、どのくらいの時間、文は見張っていたのだろう。帰ってきたときには既に姿があった。帰ってから二時間、待ち伏せを十五分と考えても、よくもまぁこの真夏日に二時間も外で粘っていたものだ。あの天狗の執着心というか、物欲というか、野次馬根性というか、そういったものに関しては甚だ感心する。しかし、盗撮、少し綺麗な言い方をすれば潜入の能力に関しては霊夢や魔理沙以下だ。頭を隠したつもりでも、頭に付けた特徴的な帽子は自己主張をするように窓から顔を覗かせていた。巨木に隠れていたときも、スカートの裾がちらついていた。身を隠すのが下手という以前に、彼女にはそういった才能が皆無だ。僕は終始気が着かない振りをしていたが、本人は心の中で自らを褒め称え、自信に満ちていることだろう。彼女の見え透いた虚栄心が僕を失笑させる。しかも、彼女は僕の決定的な『何か』を撮影できてはいない。彼女が僕の何をネタにしようと辺りを嗅ぎまわっているのかは知らないが、せめてそれを回りに、せめて僕にだけでも知られないように行動してほしいものだ。あんなスパイごっこを見せ付けられると、一人で抱腹絶倒してしまいそうだ。そうしたら、それはそれで彼女のネタにでもなるだろう。
『香霖堂の店主 狂気の瞬間』
彼女の書きそうな見出しを考え、思わず顔がにやつく。チルノが不安げな表情でこちらを見つめる。髪を撫で、優しく背中を擦る。チルノは笑みを零す。本当に純情で素直な子だ。あの陰湿なストーカー天狗に、こんなチルノの純粋さを見習ってほしいものだ。彼女も、あのひねくれた性格さえ直してくれれば結構好みでもあるのだが。
文が壁と睨めっこをしていた二時間、チルノは何度かキスをせがむ素振りを見せた。その度、彼女に聞き取られないように諭し頭を撫でた。彼女の目にはどのように映っていたかは知らないが、少なくともキスを交わせば写真に収められることは目に見えていた。
チルノが目前まで詰め寄り、ゆっくりと目を閉じる。唇をやや突き出したまま、僕に催促をしてくる。チルノの頬に手を添え、静かに顔を寄せる。唇に触れる暖かく柔らかな感触。数秒間そのまま静止していると、チルノの口内から何かが侵入してきた。
「――よくもまぁ、こんな真夏日にそんな蒸し暑いことが出来るわね」
その正体を確信するよりも先に、霊夢の声が聞こえてきた。チルノは慌てて顔を離し、顔をトマトにして俯いている。こういうことに、僕はあまり羞恥心を覚えないのだが、誰かにこういったところを見られるのは羞恥とは別の何か、近いもので言い換えれば、後ろめたさのようなものを感じる。それに、チルノと一緒なら暑いなどという言葉を発する心配は万が一、いや、億が一にも必要ない。
霊夢は魔理沙と一緒ではなく、そんな予定も聞いてはいない。一体何をしに来たのか。
「何か用かな? 今日はここに泊まるとか」
「それでもいいんだけどね。いえ、文が店の周りをうろついていたから」
「何だ、そんなことか。文の隠密行動の下手さを何とか言ってやってくれ」
「あら、霖之助さん何か変な疑惑でも掛けられているのかしら」
「そうかもしれないな。霊夢、あの天狗を懲らしめてやってくれないか」
「そうね……考えておくわ」
霊夢は不適に笑い、僕たちの傍に腰掛けた。それにしても、文は僕の何を探っているのか。品物の仕入れ方、僕の私生活、チルノとの関係――思いあたる内容はないこともない。しかし、それらの記事を書くために、わざわざ下手な潜伏をするとは思えない。盗撮をするということは、対象にばれてはいけないようなものを撮影するということ。強いてあげるとすれば、僕とチルノの接吻現場くらいだ。さすがに、チルノとのキスシーンを写真に収められ、変な見出しでも掲げられたらたまったものではない。
数日ほど前から、文はここへよく訪れていた。その間、無論チルノは僕と勉強をしたりしていたのだが、文はその度に風変わりな視線を送ってきた。白い目でもなく、温かい目でもなく、何かの疑念を持った目。暫らくそんな日が続いたと思ったら、今日になってこれだ。言いたいことがあるなら素直にいえばよいものを。
霊夢はチルノが口を付けていない湯飲みに触り、まだ温かいことを確認し、わざわざ正座をしてお茶を啜り始めた。チルノは顔を真っ赤にして俯いたまま、両手を膝の上に置き、もごもごと口が動いている。恥ずかしさでいっぱいのチルノに追い討ちを掛けるが如く、霊夢は思いがけない一言を口にした。
「チルノ、霖之助さんとはもう事済んだ?」
チルノから霊夢に向けて首を動かすと、ざわつく昆虫共のように七つの頸骨が軋んだ。頬が引きつり、苦笑を浮かべる。以前のように唾液が喉に詰まるといったみっともない惨事は免れた。
「……今からするところだったのに」
「それは悪かったわ、それじゃあ私は帰りま――」
「た、頼むからここに居てくれ」
立ち上がる霊夢の腕を掴む僕、ほくそ笑む霊夢、頬を膨らませて僕を睨むチルノ。妙な三角関係というか、霊夢は僕とチルノの関係のストッパーとしての役割を果たしている。それは魔理沙も然り。僕が霊夢先生、魔理沙先生なんておだててしまったばっかりに、二人はよからぬ方向へとチルノをたぶらかした。チルノは万年子どもなのだから性教育など不必要だ。大体、子孫を残す必要もないだろう。
チルノは不満そうにしていたが、頭を撫でるとじゃれついてくるのは相変わらずだった。結局、今日は霊夢を無理矢理泊まらせることにした。霊夢の監視下ならば、チルノもそう簡単に行動は出来まい。いや、もしかすると、チルノの肩を持つかもしれないが……。
空は綺麗な夕焼け色に染まり、月が遠慮がちに顔を覗かせていた。チルノは一度、体を洗いに湖へ出かけていった。一ヶ月の大半をここで過ごすようになったチルノはその度に湖へと足を運ぶ。その途中、仲間を虐める妖怪をやっつけたとか、さらわれそうになっていた仲間を助けただとか、そういった自称武勇伝を聞くのも微笑ましい。
さて、チルノは今傍にいない。こういう時こそ、本人の前では言えないようなことを言う必要がある。縁側で空を眺め、一人和んでいる霊夢を呼びつける。湿気た面でこちらを睨む。
「何よ」
「チルノをどうにかしてくれないか?」
「どうにか、って言われても――あぁ、雰囲気作り?」
小さくせせら笑いを見せ、舐めきった態度で僕の面を見る。こんな奴に相談ごとなど――いやいや、ことの発端は霊夢だ。その本人以外に相談をしてどうする。
「そんな事は微塵も望んでいない。チルノは少し……色々なことを知りすぎた」
「そうかもね」
あっさりとした返事。まるで何事も思っていないかのような、他人事として見ている。小さな怒りが積もる。
「中でも致命的なのが……性のことについてだ。それについては君たちに責任がある」
「あら、咎めもしないで面白半分に催促したのは誰だったかしら」
「と、ともかく、僕はチルノのことが――」
「好きなんでしょ?」
言葉に詰まる。好きだと訊かれればイエス。嫌いかと訊かれればノー。
ただ、愛しているかと訊かれたら――ノー。
その微妙な合間が、僕のゆとりと優しさを偽りのものとしている。チルノは本気で僕のことを好いているのかもしれない。それだけでも僕は嫌気が差しつつあったというのに、追撃に二人の性知識。幼いチルノが刺激され、一刻も早く行動に移したくなるのは自然の条理というものだ。可能ならば、僕はチルノとの親密な関係を壊したくはない。ただ、チルノの気持ちも踏みにじりたくはない。苦悩の念だけが頭を支配する。僕はただ、チルノとの関係を円滑にしたいだけなのに、どうしてそれができないのだろう。
霊夢の息遣いが重くなる。俯き気味の僕に、きつい罵声を浴びせた。
「そんなことだからロリコンなんて言われるのよ」
「なっ……ロリ――何だって?」
「だからロリコ――な、なによ。怒っているの?」
心外な一言だった。
ロリコン? 僕が異常心理の持ち主? 性愛の対象に幼女、少女を選ぶ?
甚だ馬鹿馬鹿しい。僕はチルノに対して性欲も働きかけないし、恋に見られる症状も現れない。チルノに対する想いは恋ではない。親愛だ。ただ、チルノは僕に恋焦がれていると、魔理沙から聞くこともある。チルノの一方的な感情で、僕の心理までをも決め付けられては困る。だいたい、チルノの心境こそがロリコンと言うべきなのだ。
「まったく、変な濡れ衣を着せるのは止してくれないか」
「いえ……この間、文がそんなことを言っていたから」
僕の剣幕にたじろいだのか、霊夢はあっさりと口を割った。瞬間、脳内で何かが閃いた。
間違いない、文の取り上げたかった記事はこれだ。チルノと僕の恋沙汰を取り上げ、僕をロリコンと罵り、世間の笑いものにしようといった企み。だが、甘い。文は単独一人。こちらには霊夢と魔理沙、二つの駒がある。対価を支払えば、期待以上の活躍をしてくれることは間違いない。霊夢は金、魔理沙は品物でどうにかなる。あの尻の青い天狗を懲らしめてやろうか、いやいや、まだ早い。流石に、何の被害も受けていないのにこちらから手を出すのは僕の信条に反する。
何か適当に、文に罪を被せる。いや、乳臭さの抜けない彼女なら、自ら自爆してくれる可能性もある。コストを出さずとも、文は無料で罪を買ってくれるかもしれない。そう考え出したら、何だが心が弾んできた。あの間抜けな烏天狗の泣き目を見ることが出来る。上手くいけば、そのまま彼女を虜にすることが出来るかもしれない。いや、そんな事は万が一にもない。第一、僕は盗撮といった、姑息で陰湿な手口は大嫌いだ。
とりあえず、時が進むまでは何があろうとも動きはない。今は辛抱し、彼女が階段を踏み外すのを、口を広げて待っていれば良い。いや、僕はもう既にストーカーをされるという被害にあっている。こちらから手を出しても、文には文句は言えまい。軽い復讐の念を込めて、頭が回る。心が躍る、胸が弾む、時が待ち遠しい。
そんな矢先、チルノが帰ってきた。いつもより早い帰宅。
そうだ、まずはチルノをどうにかして諭し、説く必要がある。チルノは何の疑いの様子もなく、僕を見つけて駆け寄ってくる。霊夢の深刻そうな表情、チルノの無邪気な笑みを他所に、僕は憎悪を溜め込み、ぶくぶくと膨れあがった仮面を外した。
今日は体勢を立て直すため、警戒心を解くため、もう一度現場を一つ残らず確かめるため、香霖堂へと赴く。前回の失敗は大きかった。最大の獲物を期待しすぎていたが為に、とんでもなく惜しい結果となってしまった。
天狗内で行われる、博打の原理と一緒。今は勝ち越しているから、まだまだ勝ち越せる――そう思い博打を続けるも、どんどんと負け越し、最終的には無一文になってしまう。今は負けこんでいるから次は勝てる――負け越しているときにはこんな心理になっているのだから恐ろしい。私は博打などという下劣な遊びはしないのだが、これでは下等な彼らと同類だ。あんな不道徳な奴らと同じだと思うと、胸が疼いて止まないが、反省こそ成長には欠かせない代物だ。これで、幻想郷一の最速、幻想郷一の新聞記者を肩書きを持つというのに、まだまだ成長するというのだから、私もいずれ悟りを開くようになってしまうのだろう。冗談交じりに自賛しつつも、文の虚飾は磨きを増していった。
香霖堂が見える。玄関は開いたままだ。この日差しの強い今日では無理はない。ただでさえ湿気の高い香霖堂はこのまま腐ってしまうのではないかと心配になるが、かれこれ十年以上は日照りの真夏日も、荒れ狂う洪水の日も、凍てつく真冬の日も耐え忍んでいる。この家のどこにそんな根性が隠れているかは知らないが、それが何ともおぞましく、不快にも感じられた。
玄関口に降りると、主人は瞬間的に私を睨んできた。私は反射的に肩がすくんだが、何も恐れることはない。前回のことを気にしておどおどしているよりは、いつも通りの穏やかで優美な私を見せ付けたほうが効果的だ。
しかし、主人は興味もなさそうに、亀裂の入った古臭い壺を丁寧に磨いている。ロリコン疑惑が掛かっているのだから、私のように発達した濃艶な体つきに興味を示さないのはいささか仕方がないが、古びた何の価値もなさそうな壺を一心不乱に磨く主人には腹が立つ。そんな胴回りばかりを極めた壺より、バストとヒップを強調した釣り鐘状の体の方が良いに決まっている。私は壺以下か。いけない、ついつい事実が出てしまった。いや、主人にとっては色々と平らであるほうが官能的なのだろうけれど。
用がないのにここへ来るというのも不自然なので、まずは適当な会話から入ることにする。今日一日の大まかな流れはこのメモ帳に記してある。まずは極自然な会話、世間話から持ちかけよう。
「今日も暑いですね主人。そんな服を着て大丈夫なんですか?」
始めの台詞に今日の天気の内容が入るとは、自分も随分とばれやすい演技を選んだものだとひやひやしつつも、咄嗟に主人の服装に話題を摩り替えることが出来たので、滑り出しは快調にいきそうだった。
「確かに暑いね」
「そ、そうですよね。えっと、ほら……夏服とかはないんですか?」
「無いな」
まともに世間話をすることすら出来ないのですか、この引きこもり主人は。こんなことだからろくに会話をすることが出来ないのですよ。私みたいにもっと外へ出て、いろいろな方と交友を増やしてほしいものです。
一言ずつが冷たい主人の返答に、こちらも言葉に詰まる。順調に滑り出した文の言葉を受け取った霖之助は、丁寧に潤滑油を拭き取って彼女に言葉を投げ返した。もしかすると、今日は何か嫌なことでもあったのか。読む本がないとか、霊夢がツケを返さないとか、魔理沙が破壊衝動を起こしたとか、理由はいろいろと考えられる。が、それらはどうも見当違いのようだ。奥の部屋では霊夢と魔理沙、チルノの三人がなにやら話し込んでいる。少なくとも、主人との間に何か抗争があったわけではなさそうだ。カウンターの上には四冊もの分厚い本が横たわっているし、そのような様子は見られない。
「元気がないじゃないですか、主人。どうかしましたか?」
必殺、上目遣い攻撃。心配そうな表情で顔を覗きこみ、口を噤む。効果が薄いことは承知の上だが。
「いや、特に何も」
「そんなことないです。いつもより口数が少ないじゃないですか」
「何も思い当たる節がないならそれでいいんだが」
心臓が弾けた。咄嗟に笑顔を作り、適当に声を発して首を傾ける。気のせいか、主人の目が、水晶が妖しく黒光りしているように見えた。
思い当たる節――無いはずがない。ただ、先日の潜伏作戦がばれていたとは考えにくい。いや、それは考えられない。もし仮に私が発見されていたなら、主人は真っ先に私を捕まえようとするはず。あの陰湿な性格と周囲の芽を気にする主人に限って、そんな事はあり得ない。記憶の糸をたどり、主人に何か不快なことをさせた日を思い出す。
「あ、あぁ……お金がないときにフィルムを値切ってもらったときのことですか?」
「……まぁ、そんなところだな」
「はは、勘弁してくださいよ……はい、あの時の分の御代。二割り増しですよ?」
まったく、二週間も前のことをねちねちと覚えているとは思いもしなかった。主人を執念を恐ろしく思い、その無意味な記憶力に感心した。あの日の二割り増しの賽銭を取り出し、優しくカウンターの上に置く。主人は一瞬微笑みかけ、壺を拭く手を休めた。
よし、こちらのペース。後はこのまま、上手い具合に会話を――
時間にして十五分ほど、私と主人は笑顔を交えた会話をすることが出来た。私の笑顔が偽りであるとも知らずに、主人は親しげに話しかけてくれた。これで主人の警戒心、私に対する疑心も薄れたはずだ。私の潜伏が見つかってしまったとしても、適当に言い訳をすれば大目に見てくれるだろう。これなら媚を売ったほうが楽な気がしてくるが、それでは私の面子が潰れてしまう。陰湿で低脳な人と交わったなどという事実が生まれれば、一生の不名誉になってしまう。私の体はそんなに安くはない。
霊夢と魔理沙、チルノがこちらの部屋へなだれ込んできた。チルノは不安を全身から漂わせ、おどおどとしている。こんな変体主人に愛されてしまっているのだから、本当に不憫な話だ。いつ汚されてもおかしくない状況下で、霊夢と魔理沙の存在感は海よりも大きいだろう。チルノを暫らく見つめていると、何やら胸がちくちくと痛んだ。
顔を上げると、霊夢と魔理沙がこちらを睨みつけていた。淫靡な彼女らからは想像も出来ないほどの剣幕を放たれ、思わず後退を強いられる。私が何をしたかは知らないが、用件はこれで済んだ。二人を利用するというのも一つの手だが、栄光ある記事を作り上げるためには一人で任務を遂行しなければならない。
濡れ衣を着たような気分で、この糞忌々しい湿気の漂う香霖堂を後にした。
「霖之助……」
文が去った後の沈黙を破ったのはチルノだった。目を潤ませながら鼻を啜り、股間に手を当ててもじもじとしている。優しく微笑みかけ、しゃがみ込む。泣いているのを悟られないためか、チルノは更に俯く。
「全部霊夢と魔理沙から聞いた……霖之助は人間と妖怪の子どもで、血が汚れているから……あたいみたいな人と、その……しちゃうと……えっと……」
「……僕の汚れた血が君に混じって、チルノも汚れちゃうんだ」
「で、でもっ……それでもいい、それでもいいから――」
チルノは感情が高ぶっているのか、目付きを鋭くして涙を滲ませる。ゆっくりとチルノを抱き寄せ、背中を擦る。チルノは僕の胸で涙を拭い、頬を擦りつける。
「駄目だよ、チルノ。君が君でなくなっちゃう。君までも汚したくはないんだ……分かってくれるかい?」
出来る限りの悲しい表情を作り、チルノに訴えかける。チルノは涙を流しながら、僕の胸で泣き続けた。霊夢の白い目、魔理沙の苦笑。自分でも、心が痛い。疑うことを知らない子どもを騙すことに慈悲を感じないほど、僕も鬼畜ではないのだ。
僕の血が汚れている? そんなはずはない。仮にそうだとしても、世間は何とも思わない。
交わった相手と血が混じる? 何をふざけたことを。どうしたら血が交わるというのだ。
君を汚したくない? ……それは変えがたい事実だ。チルノにはこれからも目覚しい成長を続けてほしいと願っているし、何よりも僕みたいな男と交わってしまっては一生の傷になる。
チルノは泣き止んだ後、鼻の先を赤くして口をもごもごと動かした。
「で、でも……嫌いじゃないでしょ?」
「……勿論さ。大好きだよ、チルノ」
もう一度チルノを抱き締める。チルノは何度か頷くと、黙って僕の胸に顔を埋めた――眠ってしまった。
それにしても、先程の文の慌てぶりには思わず笑ってしまった。笑みを隠すために顔を反らすのにも自然に行う必要があったし、困るといえば困る。ちょっとかまを掛けただけであの反応のしよう。あれこそ本当に、抱腹してしまいそうだった。あの様子だと、罠に掛かった後はさぞ面白い表情を見せてくれるに違いない。
霊夢と魔理沙は顔を見合わせ、重く溜息を吐き、怪訝な表情でにやついている僕を見る。
「本当に演技が上手いのね、霖之助さんは」
「あぁ、敵じゃなく本当によかったぜ」
「チルノを出来るだけ悲しませない最善手だ。悲しい結末なんて誰も望まないだろう?」
演技が上手い――いや、表情が死んでいると言ったほうが適切かもしれない。僕の顔は僕の物ではない。本当の顔は僕自身忘れてしまった。いくつもの仮面が用意され、状況に応じて被る仮面を変える。作り話ではなく、確かに僕は汚い生き物なのかもしれない。チルノを騙したことには変わりない。その挙句、経験の浅いカラス天狗に一泡吹かそうと考えている。人にストレスを与えることと演技力の高さ。二人に賞された二点に加え、情報処理能力や判断能力には多少の自信がある。カラス天狗に関する計画も、殆ど瞬間的に思いついた。
そのために、二人を駒とする。
「さて、暫らく二人には役目を与えよう。魔理沙は文の傍で気付かれない程度に監視をしてくれ。些細なことでもいい、事細かな情報をお願いするよ。霊夢はチルノの世話を頼む。ただ、変な真似をしたら報酬云々以前に、僕は君を許さないからな」
「随分と面倒だな。その分、割に合った報酬はいただくぜ」
「貴方を敵に回したくないもの。報酬はお賽銭ってことで」
「ふ……君たちみたいな人に気に入られて、僕も運が良いな」
霊夢も魔理沙も淫靡で妖艶。そして何より、強力で融通が利く。とても僕みたいな人には勿体無い『駒』だ。二人は既に他言できないような関係を持っているため、僕が手を出すことは出来ないが。いや、手を出すつもりはないが。僕としては広く浅く人付き合いを続けたい。恋愛に関しても、友情に関しても、それなりの場所で止める。深く付き合えば、必ず化けの皮は剥がれる。そこに、相手のどんな本性が隠れているか。人が一番優しく接してくれるのは、知り合い始めて間もない間だけ。その間を出来る限り引き伸ばす。
それが、僕なりの人付き合いだ。
「香霖、文には明日の正午、お前たちと二時間ほど出かけるってほのめかしておいたぜ」
「霖之助さん、チルノには明日、四人で出かけるって伝えてきたわよ」
準備は整った。思わず、笑みが零れる。一週間掛けての文の行動分析を知り、日程を聞き出し、日時を調整して、自意識過剰な天狗を美味しく頂く。罠に掛かって困惑する文、悔しさに表情を強張らせる文、羞恥に涙を零す文――おっと、僕にはこんな趣味はない。彼女に自分自身の未熟さを思い知らせることが出来ればそれで良いのだ。あとは、トラバサミを踏む愚かな天狗を待つことだけ。霊夢と魔理沙には今日ここで寝泊りするように言いつけた。明日の行動を迅速なものへとするために。
胸の高鳴りを抑えつつも、僕は鮮やかな青空を無意味に見つめていた。
今日はあまり天気がよろしくない。今にも雨が降りそうな石綿が上空を漂っている。一応、二人分の傘を用意しているがこれもどうなることかは分からない。今は霊夢がチルノを呼びにいっているはず。後五分もすれば出発できるだろう。目的地は人里。妖精であるチルノが人里に足を踏み入れるのもどうかとは思うが、冷気は押さえることが出来るようになっていたし、見境なく喧嘩を売るようなこともなくなっている。知り合いにさえ遭遇しなければ、完璧である。
チルノが到着。霊夢に手を引かれ、万遍の笑みを浮かべて跳ね回る。お出かけと聞いてはしゃぎまわるのは子どもならではの生粋な反応だ。微笑ましい。チルノは僕の手を取り、玄関口に指差し、早く行こうと催促する。魔理沙を連れて外へ出る。空は相変わらず、石綿が広がっている。
僕の店は魔法の森のすぐ入り口、人里からそう遠くはない。本当に稀に、客足があったりする。ただ、かなり奇妙な店に見えるのか、商品を買ってもらったことは一度もない。霊夢や魔理沙の存在感でも、僕の性格でも、物価の高さでもない。湿気の高い場所で、一刻も早くここを出たいという念が強まるのだろう。
チルノは元気よく行進を始めた。僕の腕を取って、足を腰まで上げて歩く。小さく笑いながら、僕たちも歩く――魔理沙に肩を叩かれた。早くも、文の姿が確認出きたらしい。侮れない視力だ。魔理沙の指す方向を睨んでみても、何一つ見えない。これから尾行させる恐れはないと思うが、万が一と言う可能性はある。いや、人里で何か事を起こすわけでもない。尾行されても、そのまま自宅へ帰り、計画通り事を進めればよい。文が待ち伏せするかしないかの違いだ。
人里に着いたのは良いものの、人影が殆どなかった。妖怪に襲われたわけでもなく、何か異変があるわけでもないだろう。今すぐに雨が降りそうな天気で、外をうろつくような人が少ないだけだろう。洗濯物を干している家も見当たらないし、そう考えるのが妥当だろう。チルノが人里に来るのは始めてらしく、見慣れない家屋や家の造りに目を配っている。
幻想郷で一つの社会組織を築き上げているのは天狗くらいのものである。妖精、幽霊、魔物など様々な妖怪がいるが、どれも独立した一個人。助け合うということはあっても、上下関係などは殆んど無い。ガキ大将やいじめられっ子といった立場はあるかもしれないが、それらは社会組織ではない。一種の差別だ。天狗の社会組織に、文がいる。一体、彼女の組織内での立場はどのようなものなのだろうか。少なくとも、詰られているような素振りはないし、人を引き付ける威厳は博麗神社の賽銭箱ほどもない。幻想郷最速以外にはいたって平凡、凡庸な立場にいるのだろう。
暫らく歩みを進めていると、いつの間にか様々な品々が並ぶ商店街へと入っていた。鼻をくすぐる果実の香り、生臭い魚の匂い。高貴な雰囲気漂う洋服、一際大きな等身大の鏡、緑と黒のコントラストが特徴的な西瓜。どれも僕の店には売っていない、日常で使われそうな品々が一瞬で目に入る。チルノは目を輝かせ、霊夢と魔理沙は無表情で辺りを見回している。
ふと、声を掛けられた。威勢の張った、生き生きとした男性の声。
「そこのお兄さん! 新鮮な鰹があるんだがどうだい?」
「魚は傷みやすいから駄目よ。それよりあんた、この西瓜なんかどうだい? 瑞々しくて美味しそうだろう」
「お姉さんももう立派な大人だろう? 身だしなみを整えるのに、ほら、この服似合うと思うよ?」
鰹の尻尾を高々と揚げて声を掛ける魚屋、対抗心を燃やしたように卑屈する八百屋、後ろの二人を捕まえようとする洋服店。僕はどこの店に対しても苦笑いを見せて首を振ったが、地面へ大量に落とされるパチンコ玉のような騒々しさが止むことはなかった。運良く客を捕まえることに成功した雑貨店は他店の視線を他所に、口上手な店主は客に様々な品を勧める。
ふと気が付くと、チルノが傍から離れていた。さらわれたり喧嘩を売ったりということはないと自分に言い聞かせたが首はぐるぐると回り、両目はカメレオンのように別々のところを見渡す――洋服店の店員に口説かれていた。二人を連れてそちらへ向かうと、チルノに話しかける店員の目が光った。釣った獲物を逃がしてたまるか、といった具合に。
「お譲ちゃん、この服が気に入ったのかい?」
「うん。似合うと思う?」
「とっても似合うと思うけど、お父さんやお母さんは居ないのかな?」
チルノは店員の持つ白いワンピースに目を奪われたまま小さく首を振った。所詮は餓鬼の好奇心か、と言わんばかりに店員はチルノに興味をなくし、近くの鉄棒にワンピースの掛かったハンガーを吊るした。そしてすぐさま、僕たちの方へと愛想を振りまいて近寄ってくる。薄汚い商売心だ。
「おや、お兄さんも後ろのお姉さん方も随分と整った容姿なことで。これでは私が服を選ぶ必要もないですかな?」
「……この子の知り合いです。先程のワンピースの値段はいくらですか」
チルノはどこか困惑した表情で僕を見上げた。僕はにっこりと微笑んだが、チルノは首を振って僕を店内から引きずり出そうと袖を掴んだ。遠回しに、チルノは遠慮をしているのだろう。直接口に出さないのは綺麗な服を着たいという欲求と、僕に迷惑を掛けまいという遠慮、接近回避型の葛藤をしているからだろう。引っ張るチルノを無視し、僕は子供用の白いワンピースを購入した。チルノを騙した代償にしては無も同然の値段だった。ワンピースの入った紙袋をチルノに渡すと恥ずかしげに笑い、僕の手を取ってぴょんぴょんと跳ね回った。店員は二人に服を買うように催促していたが、上の空だった。何を考えているのかは分からないが、冗舌な店員を邪魔くさく思うのは僕と同じ心境のようだった。
店を出ると、再び沢山のパチンコ玉が金属音を打ち鳴らす。喧しく思いながらも耳を塞いでいると、魔理沙が顔をこちらに寄せてきた。何を血迷ったのかと顔を引いたが、くだらない演技でも見たかのように呆れた顔をして口パクで二つの文字を描いた。
文、そう言っている。
僕は表情を出来るだけ冷静に繕い、顔を僅かにかがめる。魔理沙の言うようだと、家を出てからずっと尾行されているとのこと。今すぐにでも上を振り向けば文が見えるというほどまで接近しているらしい。自分を過信しすぎる結果は必ずと言っていいほど負に転ぶ。今の今まで、今でも僕は自分の存在に気が付いていないと思っているのだろう。まったく、誰か彼女自身のことを客観的に伝えることが出来る人は居ないのか。主観的な見方しか出来ない文は自分に酔いしれ、自分を正当化、高等化しているに違いない。だが、それも今日まで。精々理想の自分に惑わされ、快楽に浸っていると良い。
すると、珍しく霊夢が僕に案を投げかけた。――今からこっそり、文の背後に回る。
賄賂を受け取った代官のように頬が緩む。霊夢は賄賂を差し出す代官のように微笑する。魔理沙も今後の展開をせせら笑うようにして首を縦に振った。
商店街の途中の十字路まで来た時、僕たちはごく自然に霊夢と分かれた。僕たちは更に億へ、霊夢は右折して僕たちに手を振る。任せなさい、と言わんばかりに意味ありげな微笑を残し、霊夢は文の視線を避けるように民家の影に身を潜めた。チルノは服を買ったことで満足しているのか、霊夢が分かれることには何のためらいもないようだった。それが、文を罠に掛ける作戦だとも知らずに。
様々な声を浴びせられ、その度に苦笑をし、首を横に振る。頬が引きつり、頚骨が軋む。こうなったらどこかの茶屋で時間を潰そう。座ってお茶と団子を頼めば、後は話し込んでいれば時は流れる。
商店街を早足に抜け、茶屋に足を止める。魔理沙はちらりと上空を振り向くと、にやりと笑みを作った――文の後ろで、霊夢が手を振っていた。
帰宅した頃には丁度二時間だった。結局、出費はチルノのワンピースと茶屋の団子代だけ。文を一泡拭かせる資金としては実に低コストだ。チルノは早速白いワンピースを引っ張り出し、服を脱ぎだす。白い肌に白のワンピースはチルノと一体化し、一瞬は全裸で僕の目の前に表れたのかと思い、無意識に吹き出した。だが、あの店員の言った通り、良く似合っていた。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、適当に似合うだとか綺麗だとか褒めておけば、何人かに一人は本当に似合う人もいるだろう。勿論、それは店員のセンスの問題ではなく、ただ一銭でも儲けを出したいという卑しさの産物だ。
チルノを抱きかかえて膝の上に置くと、玄関口から足音が漏れた。霊夢は不敵な笑みを見せ、カウンターに頬杖を作る。様子を見る限りでは、なかなか面白い展開に繋がったようだ。
「どうだった? 文のたじろぐ表情でも嘲笑ってきたのかい?」
「ふふ、滑稽で惨めだったわね。霖之助さんに頼まれたのかって訊いてきたけど、一応首を振っておいたわよ。私の独断だ、ってね」
一応首を振っておいた、私の独断。霊夢は少し引っかかる言い方をしたが、然程気にはならなかった。これから始まるメインイベントのことを考えるだけで脳が沸騰する。
作戦を実行するため、魔理沙を外で見張らせておく。勿論、魔理沙は文のようなへまは起こさないし、なにより泥棒家業を続けている身として、気配の隠し方は自然と身についているだろう。まぁ、力でゴリ押しの魔理沙が身を隠すといったような防御の類は行わないかもしれないが。
「それじゃあ霖之助さん、私の役目はこれで終わりでしょう?」
「あぁ、一応ね。ただ、君も彼女の歪んだ表情を見てみたいんじゃないか?」
微笑して霊夢に話題を振ると、興味なさそうに鼻で笑われた。
「別にいいわよ。――あぁそうだ、やっぱり報酬は要らないわ」
チルノのうなじを撫でる指先が固まった。接着剤で指がくっ付いてしまった。それだけではなく、全身が瞬間冷凍された。背筋が凍った。冷や汗が全身の毛穴から吹き出た。分からない。あれほどお金に執着する霊夢が金銭の受け入れを拒否するなどあり得ない。ギプスでがちがちに固定された口をゆっくりと開く。
「どういう風の吹き回しだ? これから巨大隕石でも落ちるのか?」
「いいえ。彼女の面白い顔見ていただけで、お金なんかどうでもよくなったわ」
霊夢にもそんな日があるのだろうか。いや、近いうちにそんなことをすっかり忘れ、魔理沙と一緒に金を求めてくるだろう。それなりのお金は用意することに越したことはない。魔理沙は適当にゴミでも漁って貰っていくのだろう、実に扱いやすい。本当に有能な『駒』たち。幻想郷で一番信頼しているのはこの二人かもしれない。
興味なさそうに霊夢は僕に背中を見せ、玄関から飛び去っていった。
さて、これからが本番だ。まずはチルノを家に帰す。どういう訳か、チルノは文に懐いているようなので、彼女の惨めな姿を見せるわけにはいかない。適当な理由をつけてチルノを諭し、家へと帰らせた。今日一日は忙しいから帰ってほしい、と。チルノは口惜しそうに俯いたが、いつものように髪を撫でると、垂れた頭は生気を取り戻し、沈んだ表情は眩しい光で照らされる。チルノは飛び跳ね、僕の頬に口付けをして店を去っていった。――文がいなくて助かった。
文が来たら、すぐに魔理沙に捕まえてもらう。そうしたあと、文にたっぷりと渇を入れる。たったそれだけ。改めて考えると、随分と馬鹿馬鹿しい気もするが、これくらいあっさりしていたほうが文も愕然とするだろう。チルノの脱ぎっぱなしの服が目に映った。そうだ、チルノの服で自慰にふけっている真似でもすれば――いや、ただ手に取るだけとはいえ、このような事に利用されてしまってはチルノが不憫だ。近くに置いて置くだけでもそれなりの効果はあるだろう。
文の困惑した表情、絶望に満ちた表情――考えるだけでも身震いがする。
雨が降りそうだ。数百数千の鼠が団子状になって空を覆いつくしている。灰色のよどんだ空。灰色の入道雲が、歪んだ文の顔を連想させた。
いつ雨が降ってもおかしくはないというのに、主人とその三人は用もない人里へと向かっていった。今日はお祭りがあるとも、何かイベントがあるとも聞いてはいない。やはり、ただの気紛れだろうか。チルノは霖之助の手を引き、元気良く引っ張っている。霖之助がどのような表情をしているかは分からないが、鼻の下を伸ばしていることは大方予想できる。ただ、霊夢と魔理沙の存在が気になる。一体何のために? チルノが襲われないようにするためのお目付け役? ……まぁ、私ほど有能なら見つかる心配もないのだが。
この機会を狙うため、一週間ほどの時を過ごした。大きな記事を求めて、最近は小さなネタには髪の毛一本反応しない。それにしても、私もいつの間にか他人から情報を聞き出すのが上手くなったものだ。この一週間、不思議と魔理沙と話す機会が多かったが、何とか会話を運び、主人の予定を聞きだすことに成功した。自分でも気が付かないうちに、いつの間にか魔理沙は口を開いていた。それほど自然な会話の流れだったということだろう。どんどんと、自分が磨かれているのが分かる。どんどんと、文が沼に沈んでいく。
人里。上空からでも活気付いた商店街の盛り上がり具合は良く分かる。主人たち一行から目を離さないよう、それでいて見つからないように後を追う。二十メートル程の距離を置いたまま尾行をする。いざとなったら、この最速の足で目の前から消え去れば良い。一向は商店街へと足を踏み入れた。数人が一行を取り巻き始める。どこの店も、売り上げ競争に必死だ。あそこの商店街に香霖堂を置いたら、売り上げはどうなっていただろう。いや、そのガラクタ収集の悪癖が転じて、質屋として儲かり始めるかもしれない。
暫らく様子を見ていると、チルノが三人の輪から外れて一つの店に向かっていった。洋服店。霖之助は店番の人々の対応に遅れ、チルノに手が回っていないといった様子だった。霊夢と魔理沙は、辺りを見回しながらもチルノのことは気にしていない。薄情、いや、放ったらかしにされるチルノが可哀想だ。しかし、三人はすぐにチルノの元へ向かい、店内へと吸い込まれていった。中の様子が気になる、気になるが――妖怪、カラス天狗がこの大きな翼を広げたまま人里をうろつけば疎外、迫害、軽蔑。そんな目にあうことは分かっている。取材以外の用件で、人里に下りるつもりはサラサラない。わざわざ翼を隠し、着慣れない服を着て、違和感のある靴を履き、転びそうになりながらもよろよろ歩く。そんな経験が過去に一度あったが、自分でも嫌気が差し、途中で取材を断念したことを覚えている。
店内から出てきたチルノは小さめの紙袋をぶら下げ、嬉しそうに跳ね回っていた。大方、チルノの我侭に耐えられず、寒い懐からなけなしの金銭を手放したのだろう。まったくもって、ロリコン、異常性愛とは恐ろしい。フィルムを少し値切ったくらいでねちねち根に持つような卑しい人でさえ、性愛には敵わない。もしかすると、チルノはそれを利用しているのかもしれない。主人たちの役にも立たない教養の中から得た、唯一の学習。主人はそれにも気が付かず、まんまとチルノの言うがまま。近い将来、チルノの座布団になっている主人が目に浮かぶ。嘲笑よりも先に、哀れみと不安を覚えた。世の中の条理も知らないような餓鬼に利用され、変体主人の店の物が今も私のカメラに収まっている。考えるだけで肌が粟立つ。止めよう。汚らわしい。
店を出てきてすぐ、霊夢は三人を別の道へと向かった。何か個人的な用事だろうか。待て、今の目的は主人の尾行だ。不味い道草を食うわけにはいかない。主人たち一向は早足に商店街を抜けていった。どうやら、騒がしいお誘いの無視の仕方を覚えたようだった。
突如、右のふくらはぎに走る激痛。確認するよりも早く、左足、左手、右手のそれぞれに、電流が走ったかのような鋭い痛み。何とか落下することは防いだものの、間接がピクリとも動かない。そして、四肢の感触がない。神経がやられている。瞬間的に、汗が湧いてくる。何だ? 私が誰かに恨みを買うような真似でもしたのか? 事実無根の記事を書いたことはないし、自ら何かをでっち上げたことも覚えがない。ましてや、無差別に暴力を振るったり、罵声を浴びせたこともないし、人付き合いも極めて良好。私を恨む者といったら新聞の売り上げ競争をする天狗、これから忌々しい真実を晒される主人の逆切れ。だが、後者はまだあり得ない。では、身内の天狗? いやまさか。私達天狗は相手を拘束するような技術は携えてはいない。
追い討ちを掛けるようにして、口元を塞がれた。抵抗するにも、腕も動かなければ足も動かないし、私の戸惑いも動かない。かろうじて動く首元を何度か揺すってみるも、細くて綺麗な指先からはかけ離れた腕力には歯が立たなかった。
首を揺すった際に見える黒い髪、紅い服、白い服――
「あらあら文ちゃん? こんなところで何してるんでちゅかねぇ?」
博麗の巫女――いや、こんな卑劣な行為をする娘、巫女とは呼び難い。霊夢、何故? 私が彼女に何をした?
「貴女、今まで気が付かなかったの?」
「んっ、んぐぅっ! んんっ!?」
霊夢の左手の平にあるお札。私の口を押さえる右腕と交代するように、左手で口を塞がれる。痺れるような痛み。不快で粘着質な物が張り付く。喉も痺れ、唸り声さえ出ない。ただ許された出入り口は鼻孔のみ。脳が重い。自分が何を考えているのか、霊夢が何を考えているのか――聡明な私だが、こればかりは理解できない。霊夢は私を抱きかかえるようにして、重そうに持ち上げた。だんだんと、人里が遠ざかっていく。私と距離を置かないのは霊夢と、怪しげな暗雲だけ。考えることも馬鹿馬鹿しい。これから何が起こるか――もうどうでも良い。
霊夢が茶屋に向かって気味悪く微笑み、小さく手を振っていた。
おかしい。いや、あり得ない。魔理沙からの合図が未だにないばかりか、文の気配さえしない。まさか、どこかで過程を誤ったのか? いや、ここへ誘い込むのに魅力的な餌がなかったのか? 恐らく後者だろう。頭の弱い鳥とはいえ、カラスはなかなか利口な類だ。引く勇気というものを覚えたのかもしれない。確かに、振り返ってみれば欠点だらけの作戦だったかもしれない。何故、文をおびき寄せるのに、わざわざ出かける必要があるのか。ただ誘い込むだけなら、僕が下劣な行為に浸っているとでも言えばそれでよかったのだ。文を罠にはめるという動機も、いささか身勝手な気がする。チルノを諭したように、時間を掛けて口で伝える事だってできるはずだ。未熟さを痛感させるだけなら、わざわざ自身の幹を蹴倒してまでもいたぶる必要はない。
急に、体の熱が冷めたような気がした。糸が切れたように降り出した大雨に打たれれば、身体も頭も冷えるような気がしてきた。そうだ、哀れな人に手を差し伸べないでどうする。文だって、チルノと同じように優しく接してあげればよかったではないか。それをどうしてわざわざ、羞恥を叩きつけるような道を選んだのだ?
雨粒がみぞれのように屋根を叩きつけ、ごつごつとした耳障りな音を室内へと運び込む。暗雲は僕の憎悪と悪性を吸い込んだように黒ずんでいて、あのような暗雲が僕の胸のうちにあったのかと思うとぞっとする。風はなく、窓を閉める必要はなさそうだ。湿気が高いとはいえ、水が撒かれれば気温は下がる。蒸し暑かった店内が急激に冷やされた。最も気温が上がるであろう二時は本日最低の気温だった。
気のせいか、軽くなった体を椅子へと降ろし、本に目を走らせる。
水洗いされた心を墨染めするが如く、玄関の金切り声が耳を引っ掻く。鳥肌を抑えつつも、玄関を見る――文だった。
ずぶ濡れのまま店内に上がりこみ、壁に瀬を任せて力なくへたり込む。お気に入りのカメラは再起不能が目に見えるほど濡れていて、同じく毎日手放さないネタ帳もふにゃふにゃになり、文がぽとりと手帳を落とすと、ぺちゃりと不快な音を残してその場で絶える。表情はどこか陰鬱で、話す気力も動く気力もないといった様子だった。痛々しい文を見て、きりきりと胸が痛んだ。文の歪んだ表情は卵の黄身が緑色であるくらい似合わなかった。脳内の混沌とした文の表情と、現実で見る文の力なき表情とは似ても似つかなかった。
思わず、文に駆け寄る。
「だ、大丈夫か?」
「……はい」
「風邪を引くぞ。適当な着替えを用意しておくから……これで体を拭いて」
「……ありがとうございます」
文は震える腕でタオルを受け取り、座ったまま雑に髪を拭く。まともに拭けていない。相当雨の強さが堪えたのか、目は虚ろ、口は半開きのまま、意識が朦朧としている。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ……。――いっ!」
突如体を捻らせる文。左手で腹部を押さえ、それと同時に右腕で背中を押さえる。そのうち僕も訳が分からなくなってきて、文は自分の尻尾を追いかけるトカゲのように見えた。腹部を押さえたかと思えば背中を押さえ、そうかと思ったら体を捩って胸部を押さえる。一体何が起こっているというのか。生まれて間もない小動物のように全身が震えている。文は悶絶しそうに表情を歪め、涙を浮かべて僕の方を見つめてくる。まるで、何かを訴えかけてくるように。切なく、苦しむ瞳。唇を噛み締める様が実に痛々しく、視線を外したくなる。
突如、目に飛び込む赤い亀裂。濡れたシャツが肌に張り付き、ミミズが何匹も肌に張り付いているように見える。亀裂付近はシャツを赤く滲ませ、痛々しさを目の当たりにさせる。それに加え、両手首には何かできつく縛り付けられた跡。青紫に変色し、縄のような跡を掘り込んでいる。無意識のうちに、腕が文に伸びた。
「お、おい! 何だこの跡は!? 血が滲み出ているじゃないか!」
「……はは……見つかっちゃいましたか……尾行もばれるし、今日は最悪の一日ですね……」
文の有無を言わさず、僕は文を抱き上げた。うなじと膝の裏に手をかけ、傷口を擦らないために胸元からやや距離を置く。文は苦痛に顔を歪めるが、自然と抵抗はなかった、いや、抵抗する気力もないのだろう。寝室まで運び、寝かせる――訳にはいかない。あまり傷口には触れたくないはずだ。静かに床へ降ろすと、骨を抜かれてしまったようにふにゃりと倒れ、崩れた長座で呼吸を整えていた。
救急箱から塗り薬を取り出す。あの傷跡間違いない、ミミズ腫れが切れ、出血した跡。鞭のようにしなやかで硬いものによって何度も執拗に叩かれた跡。一体誰がこんな惨いことを? 文は光沢のない目で僕の様子を見つめ、人形のように表情は変化しなかった。文と絶望は同じ極を持つ磁石のように反発しあう。僕がしゃがみ込むと、薄ら笑いを浮かべる文。ゆっくりと、シャツのボタンに手を伸ばす。
「な、何するんですか……?」
「いや……済まない」
死んだ目で聞き返す文。最早、生気が宿っているとは思えない。何者かに操られる人形のように、言葉も動きもぎこちない。僕の腕を振り払う両腕も、空気同然の存在だった。シャツのボタンを上から順々に外してゆく。その途端、文は観念したようにうな垂れて、涙を流し始めた。外の大雨にも劣らぬ洪水。雨粒は頬を伝い、憎悪と無気力を吸い込んだシャツに染み込む。今、文は自分を打ちのめした本人と、勝手に脱がせ始める僕を憎み、怨んでいるに違いない。ただ、今は文の苦痛に耐えかねる表情を見たくはなかった。
白いブラジャー、ふくよかな胸。ほっそりとしたくびれ、魅惑的な腰骨。ただならぬ妖気が襲い掛かるが、それらは脳内に入り込む前に不安と驚愕で遮断された。傷口は無数の亀裂を作り、文の綺麗な肌に血の隆起と傷口の亀裂を作っていた。手元にある塗り薬――大分前、永遠亭の兎が対価として置いていった塗り薬。深い切り傷でもなければ、たいていの傷はうたた寝するよりも早く完治する、と。当初は胡散臭く思いながらも、しぶしぶ受け取ったのだが、まさかこんな形で役に立つとは思いもしなかった。文は僕の手元を力なく見ると、小さく微笑んだような気がした。タオルで刺激を与えないように優しく雨水を拭き取り、ねとねとした塗り薬が付着した指先を下腹部の傷口に沿わせる。氷のように冷え切った肌が、指先から全身に掛けて肌を震わせた。歯を噛み締めつつも、文は声を押し殺し、なるべく抵抗しまいと両拳は強く握り締められていた。
半脱ぎ状態のシャツを脱がし、背中に回る。数多の傷跡。赤く滲み出た血が縞模様のように背中を彩り、その醜さといったら、とても女性の背中とは思いたくもない。犯人は集中して背中と腹部を狙っていたのだろう。その二箇所は普段は服に隠れて傷跡が目立たない。陰湿な下衆野郎。表情を失った文を見れば、その卑劣な犯行とサディスティックな性格は容易に想像が付く。
傷口全てを塗り終え、タンスから適当な寝巻き用のシャツとズボンを引っ張り出す。寝巻きに誘われて他の衣服もお供してきたが、それらを蹴散らして文の元へと向かう。最初に薬を塗りたくった傷口はいつの間にか跡形もなく消滅していた。文は頬を濡らしたまま、無理矢理な笑みを見せて口を開いた。
「はは……主人は優しいんですね。私、主人のことを誤解していたのかもしれません」
「……下着はそのままか脱ぐかは好きにしてくれ。風邪を引くといけないから今はこれを着てくれ」
無視するように、文に寝巻きを渡す。文はゆっくりと頷き、背中に手を回してブラジャーを外し、上から寝巻きを被る。再び救急箱の中身を漁り、体温計を取り出す。風邪を引いている可能性もある。寝巻き姿になった文は体温計を受け取り口に咥える。文の眼にはいつの間にか光が差し込み、稀に見る不機嫌そうな表情を見せる。何か飲みたいものは無いか、気分は悪くないか、痛い場所はないか――いずれも、文は首を横に振った。
体温は三十六度二分。平熱。ほっと吹き返される呼吸。それに応じるように、文は悪戯に息を吐いた。夏だというのに冷え切った室内は二人の息を白く染め上げていた。既に傷の痛みは引いたのか、文はぺこりと頭を下げてにっこりと微笑んだ。
「本当にありがとうございます」
「いや……感謝されるほどのことはしていないよ。それより――」
「えへへ、そんなことないですよ。感謝してもしきれないくらいです」
文は愛想笑いか、彼女らしい明るい笑顔を見せてくれた。絶望に満ちた表情を見ようとしていた自分を呪いたくなる。やはり、文には笑顔が似合うと思いつつも、僕も小さく愛想笑いを返す。そして、その笑顔を奪ったのは誰なのか。つい先程まであった、文への軽蔑や悲哀は過去のものとなっていた。僕が犯人を訊き出す前に、文は一人でに話を進めた。
「私、自分にうぬぼれていたみたいです。取り上げる記事も、潜入も、スタイルも、全てにおいて私の右に並ぶ者は居ないと思っていました。けど、私は井の中の蛙だったんですね。この傷も、私を矯正させるための制裁です」
「一体誰が――」
「いいんです。今回の失態は私自身が招いた結果です。主人は何も気にしないでください」
ことごとく僕の言葉を遮り、一方的に話を続ける。心配する僕の心に拍車を掛けるように文は苦々しい表情で微笑んでいるが、目の奥は親とはぐれた獅子の如く震え上がっていた。そんな自分が知られることを恐れたのか、文は風呂を貸してもらうといって浴室へと向かっていった。外の豪雨は次第に落ち着きを取り戻し、瞬く間に雲の千切れ目から光が差し込んだ。夜明けのような、薄暗い明るさ。
文を打ちのめした犯人を捜そう。文は何も離したがらないだろうから、霊夢と魔理沙に――魔理沙は今、どうしている? 未だに待機しているとは考えにくい。だとすると、もう家へ帰って薬の調合でもしているのか。今回は僕の誤算が生み出した失態だ。報酬はいつも通り払っておこう。そうでないと、僕に対する協力も薄れ、いずれこの関係は崩壊するだろう。今日はもう、二人が顔を出すことはないだろう。
突如、肌を引き裂く金切り音。玄関の向こうには霊夢と魔理沙が傘を差してクスクスと笑っていた。予想外の来客。いや、一刻も早く犯人の捜索を手伝わせよう。報酬は今回の二倍と言っておけば、すぐにかじりついてくれるだろう。
「おい香霖、文は見つからなかったぞ?」
「分かっている。それより、予定が変った。文のことなんだが……」
「何かしら? 出来ることなら何でもするけど」
「実は……文が全身に酷い傷を負っていたんだ。その犯人を捜してほしい」
「……報酬はいくらだぜ?」
「今回の倍。それで手を打とう」
二人から湧き上がる冷笑。二人は顔を見合わせると、互いにほくそ笑んでもう一度笑い声を上げた。まるで、僕自身を嘲笑うかのような、挑発的な高笑い。僕の剣幕に気が付いたのか、二人は笑うのを止めて僕に向き直った。
「本当に二倍? 犯人が分かればいいんでしょ?」
「犯人の目星でも付いているのか?」
霊夢と魔理沙は怪しげな笑みを浮かべると、互いを指差した。
「私たち二人。さて、報酬は頂きましょうか、魔理沙」
「いやぁ、まさかこんなに楽な仕事だとは思わなかったぜ」
他愛無い会話をするように、二人は平然とし、霊夢は両手を僕の目の前に、魔理沙は商品棚を物色し始める。
「悪い冗談は止してくれ。そんな嘘を誰が――」
「霖之助さんの『信じる』基準って何かしら?」
上目遣いに怪しげな笑みを浮かべ、僕の剣幕を打ち破る。黒い瞳の奥には生気を失ったどす黒い何かが蠢いている。ぞっとして一歩後退すると、追い討ちを掛けるようにして霊夢は口を開いた。
「霖之助さんってあまり人と親しくしようとしないでしょ? 前に言っていたわよね、化けの皮が剥がれたときが一番怖いって。それじゃあ、今まで私達を信用してきたのは一体何?」
「香霖、お前は私達を利用しようとして利用されていたんだよ。操り人形と同じ原理だぜ。操作側は人形を思い通り動かそうとするがな、人形は自分が動くために操作側を操っている。思い通りに動かないのはその所為だぜ」
「この数日間、何度も文の陰湿さ、未熟さを説いてきたけど……霖之助さんにはその像がぴったりだったわよ」
かつてない速度で脳が回転する。遠心力で脳が千切れてしまいそうなほどに。
ひとまずは状況の整理だ。
犯人は霊夢と魔理沙。文を捕まえたのは人里で別れた時だろう。しかし、それは以前から計画されていたことなのか? あの時、咄嗟になって思いついたとは考えにくい。つまり、二人は元からグルで、魔理沙を見張りとして出したときから、二人は犯行に及んだ、と。しかし、一体二人は何を考えていたのか。何故、文を痛めつける必要があった?
「香霖って馬鹿だよな。私達を手下みたいな存在だと思っていたんじゃないか? 言っとくが、香霖なんて殺そうと思えばいつでも殺せるし、裏切ろうと思えばいつでも裏切れるんだぜ?」
「ついでに言っておくとね、主犯格は私よ。まさか私を怨むなんて言わないでよ?霖之助さん、私に『あの天狗を懲らしめてやってくれないか』って言ったんだもの。二つの依頼を一気にこなしてもらって、感謝の念でいっぱいでしょう?」
「策士の気分でいたんだろ、香霖。お前も文と同じように痛め付けられて、自分の未熟さを知るか?」
歯に衣を着せぬ言い方で、続けざまに僕を圧倒し、浅はかさを伝える。思考能力が麻痺していて、思うように言葉が思い浮かばない。空はやっとのことで晴れ間を見せているというのに、僕の体には生気を失った黒雲が包み込み、全身を蝕む。霊夢と魔理沙は不審な笑みから軽蔑と蔑視の表情へとすり替えられていた。何か、何かを言わなければ、二人の威圧感に押し潰されてしまう。
「つ、つまり……き、君たちは僕をう、裏切って……だ、だが、文は……」
「自業自得より、自分の所為で誰かが傷ついたほうが苦しいでしょう?」
「文はお前を正すための材料だった。こう言い換えれば、少しは気が楽になるか?」
「一度は自分を見つめ直すことね。そうでないと、また別の人が同じような目に遭うかもしれないわよ」
「チルノみたいに、お前を慕う奴だっているんだからな。もう少し自覚を持てよ、香霖」
意味ありげに留意を残し、二人は何も求めずに玄関に砂を掛け、霖之助の視界から消えていった。
入浴を終えた文は濡れた髪を拭きながら、笑顔で霖之助へと歩み寄る。瞬き一つない瞳から、生暖かい流動体が零れだす。固まる彼の表情を心配そうに覗き込み、文はバスタオルで霖之助の涙を拭った。
すっかり晴れきった空。憎たらしいほどの陽光が、店内の蒸し暑さに拍車を掛ける。僕の胸の内には暗雲を全て吸い込んでしまったかのように、黒く、暗くよどんでいた。
何故自分の前作を汚すような真似をして、こんなの書いたのかわからないですが
動機もひどいなぁ…
霖之助、チルノ、文だけでなく
魔理沙、霊夢にも。
暗いから、という理由でなく、下品だからという理由でこの点数を
視点切り替えが分かりづらい。もうちょっと分かりやすい印みたいなのがあれば……。
テーマが個人的に受け付けなかった。
偶にはこーいうのも悪くはない
うん、楽しかった
今度は、幸せな物も書いてください
お嬢ちゃん
1:感想のような改行方法
2:五分ぐらい
それぞれのキャラクターを表す記号が、作品の雰囲気に上手に反映されていて
コイツ等こんな事やってそうだよなーと、読んでいて妙に納得出来ました。
・何者にも束縛されない幻想郷の素敵な巫女と
・何処までも我が儘で自分の生き方を曲げない普通の魔法使い
そんな2人だからこそ、自分達を軽く見て都合良く使おうとする霖之助に対して
不快な感情を抱いていたとしても違和感無いですしね。
略奪行為・破壊行為を繰り返し行っても、絶対に噛みつかない従順な下僕に
改めて己の立場を教え込んだと言うところでしょうか?
文に激しい暴行を加える部分も、妖怪退治を生業としている者にとっては
いつもと変わらない日常の一コマでしか無いのだろうなー。
魔理沙も相手が気に入らないって理由だけで、通りすがりにスペルカードとか
叩き込みそうだし。
どちらが上の存在なのか教え込むために、あえて霖之助本人に制裁を加えず、
文を見せしめに活用する事で、戦闘能力だけでなく頭脳的・策略的にも上に
立っているのだと思い知らせ、徹底的に心を踏みにじる外道っぷりに痺れました。
身の程を弁えないと、どうなるか脅しを入れて去って行く所なんか、もう最高です。
最後に、どうかチルノが見せしめにされませんように~
【アンケートの回答】
1:感想のような改行方法
2:10分ぐらい
面白くないか? と聞かれたら「ノー」というのでしょうが…。
だからといって面白いか? と聞かれても「イエス」とは言えないものでした。
そして文にそこまでのことをする必要があったのでしょうか?
そこが疑問です。
色々と作中に突っ込みたくなりますが、そう思わされた時点である意味楽しませて頂いたのだろうなぁと、勝手に自己完結。
1:感想のような改行方法
2:10分ぐらい
うーん人間関係と行動ロジックがしっかりしてるだけに突っ込みにくいのですが、ちょっとチルノが本来のキャラと離れているような印象を受けました。
1は、どちらでも構いません。
2は、20分くらいです。
次に、何故これがあの「チルノの引越し」の続きなのだろうと、ちょっと哀しくなりました。
あの気持ちのいい終わり方から何故文がこうも屈折してるのかと。
けど最後で改心(?)したし、ていうか落とされ(ry のでセーフ・・?
霖之助と霊夢、魔理沙の関係は他のssにまずない(というか初めてみました)ので、
なかなか興味深く読ませていただきました。あとがきでも言ってるように、うわべだけの関係なんて
ちょっとしたことで崩れてしまうものですね。霖之助はそもそも弱者側であるわけですし。
まぁこんな気持ちの悪い関係、今までどのssにもなかったので、万人受けは決してしないでしょうねw
で、次は文チル霖のハートフルコメディですk
仮にそうだとしても、霊夢魔理沙がどう動くのかほんとに怖い!
思うに、暗黒小説書きたいからという理由だけで
東方というキャラクターを思うがままに使っているように私には感じられたからなのでしょう。
ですが東方が好きな人の書くものとはとても思えず、珍しい事してちやほやされたいだけのように思えました。
……あなた東方やりました?
単なる一介のSS好きですが、以後よろしくお願いします。
さっそくですが感想など(少し長くなりますが…)。
まず感想ですが、一言で言えば「悲しい」となるでしょうか。
チルノを除いた登場キャラ全員があまりにも歪みすぎていて…。
自業自得といえばそれまでかも知れませんが、かなり後味の悪い結末となっていますしね…。
不幸中の幸いは、チルノだけでも無事に済んだことでしょうか?
(余談ですが、霊夢と魔理沙に関しては、前作からしてアレなので、嫌な予感はしてました。)
もし救いが許されるのであれば、文と霖之助にはこの悲しい事件を乗り越えて、自分を見つめなおして、
どのような形であれ本当の意味で幸せになってほしいと願います。(文×霖でも、そうでなくてもいいので)
ついでに、ここまで来たら霊夢と魔理沙にも天罰が下らないかなー、とか思ってみたり。
さて、話は変わって文章としての感想を。
まずは皆さんのご指摘にもあるように、視点の切り替えが分かりづらいので、
改行するなり、印をつけるなり、何か一工夫あるとうれしかったように思います。
その一方で、各キャラの歪んだ内面を描く心理描写が丁寧に描かれていて、
素人目ながら、その点には好感が持てました。
まあ、そうは言っても、次はやっぱり明るい作品が見たいと願ってしまったり。
(なにしろ殺人級の甘党なもので…)
なお、余談ですが、「性と暴力という内容が暗いSS意外で~」
という点については、全くもって同感です。(性はともかく、特に暴力については本気でそう思います。)
さて、長くなってしまいましたが、ここでアンケートの回答を一つ。
1:感想のような改行方法
2:2秒
個人的にはこんな感じでした。
最後に、次回作に期待しつつ、終わりとさせていただきます。
ギャグで誤魔化さない分、話の中心である香霖のキャラが香霖堂で内面描写がなされているものと比べると違和感が残ります。その違和感が残ったまま最後まで行くので、何か読んでいて苛立ちを覚えました。
だとしても、結末がどうなるか最後までわからず、暗い展開にもグイグイ引っ張られる面白い作品だと思います。
個人的には文の心情描写と最後の霊夢が良かった。悔しいくらいに良かったです。まことに勝手ながら、お手本にさせていただきます。
1:感想
2:25分(自分の読むペースが遅い為かと)
見知った名前は出てくるも、東方の二次創作を読んだという読後感は無いね。
頭の足らない子達の劇のようでした。小学校学芸会レベルの。
アンケートの回答2は、2~30分程度かと。
2秒ってなんだ、2秒って。
本当にすみませんでした。
オリジナルならともかく二次創作でこんなことをすれば多くの人が不快に思うのは当然です。
特にチルノの役割を彼女にやらせたのは、原作、他の二次創作のファンから見れば非常に下品に感じ、腹立たしく思うのではないでしょうか?
せめて自分のHPでやるくらいの心配りが必要なんではないかと
1:感想
2:15分くらい
じゃなきゃ霖之助報われないな
復讐劇まではいかなくていいけど、霊夢とまりさを懲らしめてほしい
続きに期待で80
できれば前作の引越しからの二次並行世界にしてほしいです 鬱展開もいいがニヤニヤ展開も大いに期待しているので
ルール違反もしてないし、話としても成り立ってる
ただ、随分と勝手な感想かも知れんがこの手の作風はここじゃ受けないと思う
どちらも借りを返されてるけど、そもそもそういう展開を中心とした話が見てて面白くないと感じる人のほうが多い
要するに汚い話を綺麗に書いてもやっぱ汚いモンは汚いわけでありましてね
が、面白かったんで得点はしっかり入れさせてもらいますね
1.感想
2.20分
霖之助のチルノに対する思い・不誠実さが少しショックでしたが
霖之助の内面もよく描写されてましたし、
目を背けられがちな人の暗黒面をあえて加え、面白かったです
1:どちらでも。陰湿な部分は改行方法を変えるとか
2:15分ぐらいです
感想で、作者や、他のレスに対して感情的な言葉を叩き付けてる方が居ますが、
これって、暗黒小説とやらへの最大級の賛辞になりうるのでしょうか?
1:感想でしょうか。
2:20分くらい
あれはギャグで済む下品さだけどこれはギャグでは済まない下品さと思いますよ。いや、別に悪い意味ではないですが。
考えすぎかもしれませんが、描写の中にちょくちょくと『天狗が下駄を脱いだなら』を意識した描写がちょくちょく有るように思いました。あとがきにもそれっぽい物読んだ様な発言載せてますし。
正直、本作品の中身がその作品と対照的なだけに、悪意めいたものがあるのではないか、と疑ってしまいます。
そんな意図は無いと言うのでしたら謝りますが。
作品自体はあまりここでは見ない切り口で、テンポよく読めて面白かったです。。
後、綺麗な結末を迎えた前作の続編にしない方が余計なしがらみも無く楽しめたと思います。
1、どちらかといえば感想です。
2、25分位でした。
とはいえ、これ以上読むのが辛いと思いつつ最後まで読んでしまったということはやはり文章が上手いということなのでしょう。
そういうわけでそれなりの評価を。
次は皆が心から笑っているような幸せな話を期待します。
1.どちらかといえば感想ですね。
2.20~25分。体感ですが。
ただ、気分が悪いとかだけを書いている人が居ますが、感想に書く内容ではないと思います。思うのは勝手だけどもね。
1 感想
2 20分
話としては面白いかなと思いました。
冒頭の注意書きで、暗黒小説であることをもっとわかりやすく明記してほしかったです。
同じ理由で、「キャラが違う」という意見も的外れ。公式だとみんなもっと自分勝手だし。
チルノ報われないなぁとは思いましたが、面白い作品でした。
1.感想
2.35分ほど。
読後感は、まぁ悪いです。むしろ最悪です。これがあの『チルノの引越し』の続篇なのかと思うと、ものすごく凹みました。
でも、もしこの展開で「みんな笑い合って大団円!」な結末だったら、それはもっと嫌です。ていうか気持ち悪い。狂ってますよそんなの。
要するに何が言いたいかと言うと、
暗黒小説は「不快」で「下品」で「悪趣味」のまま終わらなきゃ、それは暗黒小説じゃないと言うこと。
人と人が居るところに「闇」があるのは当たり前。
それから目をそらすのも、正面から向き合うのも、どちらにも優劣なんて無いと、私は思います。
読後感の悪さ、内容の鬱展開、キャラのイメージが悪すぎる云々という自己の印象だけを取り上げて、
作品自体の良し悪しを論じるのはナンセンスというものでしょう。
あと、作者様あとがきの「性と暴力という内容が~」云々については、私もほぼ同意見。
別にそういった作品を全否定するわけじゃありませんが、特にここ最近はあまりにも軽すぎるかと…
1、どちらでも良いと思いますが、読み易い=目が疲れにくい、とするなら後者ですかね
2、初読時は20分弱、読み返しで15分くらいでした
まずはアンケートからー。
1.ネットという媒体上なら、感想のほうが読みやすいですね。
2.15分ぐらい。
じゃあ内容について。
話の内容は好みじゃないんですが、読ませる面白さはあると思いました。ただ、文章は読みにくいですね。ちょくちょく違和感も感じるし、キャラの内面描写にしろ風景描写にしろ、もうちっと簡潔に出来ないのかと感じました。
「チルノの引越し」とまとめて読んだのですが、あれの後にこれをもってくるあたり、捻くれてんなーと感じます。創作を行う上で、そういうのって大事だと思うので、どうかそのままでw
ここから先は完璧に好みだけで感想を書きます。
僕はこの「偽朋」のせいで、前作が台無しになっていると思います。
「ああ、結局チルノはピエロで馬鹿扱いのままなのね」と感じてしまうのが、とてつもなく哀しいです。
あれだけチルノに構ってるのに、あーだこーだ言いつつ手前勝手な理由で一線を越えたがらない霖之助に、ラストで悪趣味な発言を残していく主人公コンビと、一体前作で描かれた関係はなんだったの? と言いたくなります。いっそ別物ならば、もっと楽しめたのかも。
もう一つ感じた事。作者さんはノワールをテーマにこのSSを書かれたそうですが、そもそも東方シリーズにこれほどマッチしないテーマもそうないように思います。
東方でノワールをやろうという、ある意味逆転の発想や、実行に移し書き上げる創作力は素直に感心します。でも、霊夢や魔理沙や霖之助でコレをやる必要性をさほど感じないのです。
二次創作とはいえ、東方のキャラを動かすのであれば、そのベースはあくまで原作のままでなければならないと僕は思います。
他人にほとんど無関心であるはずの霊夢や、真っ直ぐで努力家であるはずの魔理沙が、この作品のような行動をとるのは、なんとなく違和感がありました。特に魔理沙。チルノの努力とその成果を見ているはずなだけに。
とまあこんな所でしょうか。
これからも頑張ってください。
ちと前作等引きすぎてる感じが無ければ、より純粋に偽朋ノリに没入できたかもしれない…
こんな事書いてるけど個人的には良いと思いました、前作と色々な意味で違う作品だと
思うけど、注意書きの明示をしっかりすれば全然良いと思います。
個人的に暗黒系もよかったがパラレルで引越しのノリのまま暗黒面に落ちずに進んだ未来も見てみたくなった(*´ω`*)
1:感想
2:氷結娘聴きながらとろとろ30分ほどで
悪者ぶっている子供みたいな香霖がほほえましい。
文には申し訳ないですが、黒い霊夢と魔理沙がいい雰囲気を出したと思います。
1:本文の方が『文章』って感じがして好きです
2:15分程度でしょうか
他の方もコメントされてますが
「これは暗黒SSです」というのをわかりやすく表記されてはいかがかと思います
登場キャラクタに関してもさほど違和感は感じませんでした。
1:感想
2:15分
キャラ改変とか以前に元のキャラに対する理解度がまるで足りていないように思えました(この部分は前作でも感じましたが)
まあ霖之助以外も全員そんな感じですが。
話の都合で原作キャラの性格や設定を俗悪かつネガティブな方向ににねじ曲げる手法はどこでやっても反発を生むのではないでしょうか。
暗黒小説がテーマって幻想郷の雰囲気に合致するのか?
なんてドキドキしながら物語を追って行きましたが、原作上で明言されている
それぞれの個性に、綱渡りの様なバランスで陰鬱に味付しつつ、最後まで
破綻させずに書ききった才能に舌を巻く思いです。
こういった作品は、ある意味やった者勝ちの部分もありますが、コレまでの
スタンダードなキャラ付けや、大道、お約束といった手本となる道標が無い分、
書き手の力量がダイレクトに現れる分野だと思います。
CO2氏には是非、このままの勢いで様々なシチュエーションへチャレンジいただき、
新たな可能性を切り開いてもらいたい、なんて勝手に期待しちゃってます。
多少の違和感はありましたが、アレ? っと感じた部分も、殆どスレ上や二次創作等で
味付けされた創作部分からのズレでした。
通常と違うシチュエーションである以上、登場人物にテンプレと同じ行動、言動を
強要するのも不自然だと思いますし、十分納得出来る内容です。
大体、そんな部分にまで難癖を付け始めたら切りの無い話になりますし、
原作で得られる情報と関係無しに、スレッド上で味付けされた無茶設定ばかり
使ってる作品が、既に溢れかえっていますからね。
読後感が悪く、正直、自分の中の幻想郷イメージにそぐわない作品でしたが、
これだけ陰鬱な作品を、原作と大きな矛盾も無く書ききった手腕が妬ましかったり。
っと、長文に成ってしまいました。すみません。
次回作も楽しみに待ってます。
1:感想の方が好きかも
2:20分くらい
が、悪意は伝われど魅力を感じません。
オチも消化不良です。
あと、前作とは完全に切り離した方が良かった……
せっかく前作でいい味を出していたキャラクタ達が
すべて台無しになった気がします。
文章や話の組み立て自体は巧いなと思ったので+30点で。
キャラ壊し・世界観壊し云々といった意見に関しては、その最極北たる甘々百合モノが割と広まっていることから
個人が受け入れられるか否かの違いでしかないのは明白ですね。
ちなみに私個人は、所々見受けられる粘着質なキャラの思考や行動が受け付けませんでした。
あと散々言われていることですが、なぜ前作の続編という位置づけにしたのかお聞きしたいです。一度読んだ限りでは、
・人間関係の説明やそれに付随する内面描写を大幅に省ける(単作ですが長いので不自然ではないと思います)
・前作の読者に衝撃を与える(注意書きの書き方からこちらの意図は少なからずあったと確信しています)
以外の意味は読み取れませんでした。
連作になったとしても一から設定を組んだ方が(作者様の心残り的な意味での)中途半端さは抜けたと思います。
面白く読ませていただきましたが他者にオススメできる内容ではないので評価欄はフリーで。
個人評点では80~90といったところです。
・・・でも場が悪かったですね
暗黒小説を否定するわけではありませんし、自分は十分に楽しめました
霊夢と魔理沙が文を懲らしめる場面を描写して裏に投稿しておけば相当良かったと思います
プライドを傷つけるような事でごめんなさい
ただどうしても感情的に素直になれない、納得がいかない部分がありましたので評価はフリーにさせて頂きます
暗黒小説として、最後の後味の悪さをそのままにする事は簡単なようで難しいモノですから。
ただ、キャラ全体を見ると違和感が多かったかなぁと思います。
特にチルノ・霊夢・魔理沙が。
犯人の二人は文と霖之助の中を改善するために心を鬼にしてあのような酷い事を。
などという、ナンセンスな妄想もしてしまいましたが。
あの話が好きな身としても、不愉快しか感じません。
自分が好きなカップリングの為にこんなひどい陥れ方しないで下さい。
上述感想の中にキャラ設定の可塑性を指摘してあるものが数件ありますが、
それを無限定に認めてしまっては東方の世界観を軸にしてSSを書く必然性がなくなってしまうでしょう。
テーマ設定は作者様の自由とは言え、舞台と役者はあくまでも東方の世界なわけですから
やはりある程度はキャラ固有の行動アルゴリズムを前提として書くべきではないかと思います。
具体的に本作品について検討すると前作の続きであるという事を踏まえなければ、話の進行上
チルノでなければならない必然性も射命丸でなければならない必要性もほとんどありません。
前作の続きという留保がなければ話単体として評価できず
また続き物として評価するにしてもキャラの行動が一貫していないため、そこに違和感を感じざるを得ません。
残念ながらストーリー的な評価にとどまるばかりです。
東方という世界観を潰さないようにしながら、かつ本作品のような試みをするのは
骨が折れると思いますが、そこをもう少し徹底して積めて頂きたかったです。
あらゆる要素が初めから狂っている、というのをべったりとした地の文で描写されても「ああそうですか」としか言いようがないように思います。
そういう意味で、キャラの壊し方が下手です。
そしてファン小説としての後味は個人的に最低だと感じました。こういうのはどうも後を曳くんですよね。
この、人に不愉快さを与える文体の個性はオリジナルでこそ力を発揮するのでは、という気がします。
最後に老婆心ながら、賛否を巻き起こすことだけを狙って二次創作をするようにはならないで欲しいと願ってやみません。
この後味の悪さがたまらない
創作というより、単に狙ってるだけに見えます。後書きで上記のように書いてあるということは、狙ってるのでしょうけど。
人と違う方向で攻めるのはありだとは思いますが、これは「なにこれ?」という感じです。
全員始めから変な方向に向いてるのも違和感、前作とはまた微妙にキャラの性格違うように見えますし。
楽しむとか面白いとか以前に、これ東方でやる必要あるのかなあ。
2:30分ほど
前作とのギャップを狙ったのは何となくわかるのですが、読み終わった後の気持ちは正直どんよりしてます。
終盤の嫌な汗が出てきそうな展開はドキドキで面白かったですが、この小説が好きか嫌いかで言えば嫌いです。
「自己の印象だけを取り上げて~ナンセンスです」と言うレスがありましたが、感想というのはそういうものでしょう。
ただやはりこの手の作品は評価の明暗が分かれるのは仕方ないかと思われます。
この後の文とのやり取りを見てみたいと思いました。
>(霖之助の)瞬き一つない瞳から、生暖かい流動体が零れだす。
>固まる彼の表情を心配そうに覗き込み、文はバスタオルで霖之助の涙を拭った。
いろんな意味で読み応えがあった。
チルノを除いて、全員下衆なのが暗い小説ってことになるのかなぁ?
そのチルノも愚か故に汚くなかっただけで、この話の起点に設定された道具でしかないと思える。
(おざなりな扱いだったしね! メインにかかわる必要がなかったからかもしれんけど)
さて、上記引用部分は、『この情景だけで良い作品であった』と思わせた部分です。
心の幹を切り刻まれ、蹴倒され、打ちのめされた二人、加害者と被害者であったはずの二人、その二人のこうした陰湿に美しいシーンが好き。
(表現はちょっとわかりにくかったけど)
地の文がネガティブな要素を込めて綴られているので雰囲気は暗い。
東方二次創作として猥雑な小説を作るなら、文章の裏を読むことで気がつくような含みのある文で表現するほうが似つかわしいと思う。
本文の文章表現を簡潔に(シーンの削減、文章量を圧縮する)するとまた違った印象かも。
暗い雰囲気の描写との両立が難しいだろうけども。
幻想郷の血はサラサラですよ、出血が止まらないぐらい。
アンケート回答:1、感想風改行 2、体感的には30分ぐらいだったけど15分弱
これなら独立した、一話完結の話で良かったんじゃないかと。
操っているつもりが操られている、という展開ですね。
最後はもうちょっとほのぼので終わるかとも思ったのですが、後味の悪さで予想をマイナス方面に裏切られた感じがします。
1.感想
2.15分弱
暗黒小説?ピカレスクとでも書いといてくれ
その定義は「ファンタジー=剣・魔法・長耳エルフ」といわれてるみたいで
多少なりとまじめに研究してた側にとって不快だ
暗黒小説って範囲すごく広いんだよ
wikiのこの項目が片手落ち(禁止用語)だからしょうがないけど
話としては好きだが、霖之助の地の文が、あざと過ぎる
読者に霖之助に対する不快感を持たせようとする意図が透けていて展開が読める
どいつもこいつも小悪党なうえ
霖之助が「悪ぶりたいけど、嫌われたくない」自意識過剰な中学生みたいな人物になっている
一次での人間関係と前作の繋がりのせいなんだろうけど
実際に人間の少女である霊夢と魔理沙に「頑張って」この役回りを振っているせいで違和感がひどい
力量しだいでは「年端も行かない少女たちに振り回される男」としてまとまったんだろうけど…
紫とかでもよかったんじゃないのか?
二次創作する意味云々は正直どうでもいいけど、
せめてそれぞれのキャラを魅力的に書く努力はすべきだと思う
最後に必罰をもってきたり、すっきり終わらせないのは
きっちりパターンを踏襲していてある意味好感が持てる
どんなギスギスしたやりとりしてても、基本ジャレ合ってるだけで
最後には宴会で酒の肴にしてわけだ
で、それを理解した上で、これ東方か?
流石に必死に弁護は出来ないw
霖之助がやたらヘタレで陰湿だったり、文が同じく陰湿で無駄に傲慢だったり、この二人が馬鹿になってるあたり安易な二次創作のキャラ設定見て書いた感が否めない
東方でやる必要がない 自前のオリ小説に作り直してオナってろ
こんな下品なものに高評価付けてる当時の読者はやべーやつしかいなかったんか?(笑)