Coolier - 新生・東方創想話

紅魔永夜運命譚.7 唯一の薬

2008/06/27 23:42:28
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様々な二次創作ネタの影響を受けて創作されています
原作のイメージを壊したくない人はご注意ください

この小説は続き物となっております
できれば第1章からご覧ください





7章 唯一の薬

Introduction――

「・・・・・・・・・」
 なんだか、外が騒がしい気がする。さっきの振動は何だったんだろうか
「・・・・・・・・・」
 確かめに行こうかとも思い、諦めた。私はなるべく外に出ない方がいい
「・・・・・・・・・」
 レミリアは何をしているんだろうか・・・。或いはレミリアが何かしているのか
「・・・・・・・・・」
 いつもはどうしていたっけ? あぁ、いつもこうやって何もしないんだっけか
「・・・・・・・・・」
 だけど、まるでこれはレミリアのセリフみたいだけど。なんだか今日は・・・
「・・・・・・ふふ」
 誰かが来そうな気がして――仕方がない
 来るなら、来ればいい。狂うなら、狂えばいい
 私はいつでもこうやって、ここで待っているだけなんだ
「あははっ! 実に私らしい! まるであいつの妹だ!」
 運命を変えられはしない。運命は操れやしない
「あははははははははっ!」
 運命なんてものは、とっくの昔に――壊れてしまった
「あはっはははははははははっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは・・・!!」
 笑い声は、すぐに消えた
「・・・・・・・・・」
 待っていたって、何も変わりはしない
 動いたからって、何も変わりはしない
 わかっている、姉様のせいじゃない。わかっている、誰のせいでもない
 私が勝手に――コワしたんだから
「・・・・・・・・・」
 毎日繰り返しているような思考を止めて、私は眼を閉じた
 私がこうしている限り、何も変わりはしない。何も変わらない
 それでいいんだ。何も、変わらなくていい
 もう何も、壊したくはない
「・・・・・・・・・」
 なんだか今日は、外が騒がしい気がした

 彼女の名前は、フランドール・スカーレット
 悪魔の妹。抗いようない能力を持った、紅魔館の最終存在――

Introduction is out――


「なるほど、お前たちの言う通りかもしれないな。自惚れとやらは自らを滅ぼすようだ。自らに惚けていては、そうなるのも無理はない」
 ゆっくりと、不思議とゆっくりと見えた。まるでそれは、何かしらの終わりを示しているかのように
「ぁ――」
 か細く、吐息のように漏らしたのは、或いは悲鳴だったのだろうか。悲鳴だったならば、それほど今の状況に相応しい不協和音(ノイズ)も珍しいだろう
 そして、そのまま彼女の体は落下していく。前のめりになりながらなのは、その衝撃が後ろから襲ったからだろうか。しかし、彼女にその衝撃を与えた人物は既に私の前に悠然と構えている
「久しぶりに、良い気分だよ。誰かに出し抜かれることなんて、ここしばらく味わってなかったからな」
 雄々しく広げているのは、禍々しいまでに不吉な黒翼。鋭く尖った八重歯は、彼女が畏怖すべき存在であることを表している。何よりも――紅い。まるでその姿は、紅い悪魔
「レミリア――スカーレット」
 妖夢は淡々とその名を口にする。まるで、こうなることが分かっていたかのように。悪魔の手にかかることがわかっていたかのように。付き添う半霊は、その身を恐怖に震わせる
「なんだ、驚かないんだな? 私がここにいることは、そんなに当たり前のことなのか?」
 不敵に、どこまでも傲岸に、紅い悪魔――レミリア・スカーレットは微笑む。自分に歯向かってくる存在が楽しくて仕方がないと言ったように
「いえ・・・驚いてるわ。まさか、紅魔館ではなくこちらに向かってくるとは思わなかった」
 頭を振りながら、妖夢は答える。やれやれ、やっぱりこうなってしまったか。言葉と思考は全く逆のことを紡いでいた

 レミリアを撃墜して、妖夢と鈴仙は永琳の下へ向かおうとしていた。だが、レミリアの脅威がなくなったのであれば、何も二人で永琳の下へ向かう必要はないはずである。一人、或いは二人ともが紅魔館へと向かった方が、大勢を考えれば当然の行動となる
 しかし、二人はそれをしなかった。その思考には辿り着いてはいたのだ。それでも、それを口に出す事も行動に移す事もしなかった
 何故だろうかと聞かれれば、答えはないだろう。逆に自分たちの方が疑問に抱いているのだから。何故それを提案できずにいるのかを。何故行動に移せないのかを
 何故こんなにも――レミリアに対する脅威が残っているのかを
 結果として、この判断は正しかったのだろう。移動を再開してほんの僅かな時間のうちに、答えは訪れた。その瞬間、鈴仙は力尽き、妖夢は全てを理解した
 紅い悪魔は――倒れてなどはいなかったことに

「ってことは、私が倒れていなかったことには驚いていないと言うことか? なるほど、相手に恐れられすぎるのも問題だな、これは」
「驚いてはいないけれど・・・驚愕はしているわ。一切の手加減なく斬り伏せた筈だと言うのに、あっさりと復活するなんてね」
 妖夢はため息混じりにレミリアに答える。本当に、やれやれと言った感じである。そんな妖夢の様子に、レミリアが怪訝な顔をする
「・・・? 随分と府抜けた態度で応じてくれるわね。それとも、冥界の剣士とやらはそれが普通の対応なのかい?」
「今の私は冥界の剣士じゃなくて、冥界の庭師よ。確固たる目的もなく刀を抜くほど、私は闘争狂じゃないわ」
 妖夢の言葉に、レミリアはきょとんとする。それはつまり、戦う意思がないと言うことだろうか。だとすれば、どうして?
「・・・わからないわね。さっきはあんなに手痛い一撃を繰り出してくれたって言うのに」
「あれ、わからなかった? 私は永琳への恩を返すためにここに来ていたの。それを超えるような範囲での戦いをしようとは思ってないわ」
 それは、つまりどういうことか。流石にレミリアにはもうわかったらしい。面白くなさそうな顔を浮かべると、妖夢を睨む
「くだらない・・・。がっかりさせてくれるなよ、せっかく私は盛り上がってきたのに。つまり、もう私は手遅れだって言いたいんだな?」
「その通りよ。もはや貴女は大勢には響かないわ。何故私たちの方へ向かってきたのかはわからないけれど、それが運の尽きね」
 恐らく紅魔館はもう――妖夢は口にこそ出さないものの、レミリアに対し暗にそう示唆した。しかしレミリアは動ずることなく、言葉を紡ぐ
「そんなことは、わかりきっている。わかりきっているからこそ、私はここに来たのよ」
「・・・なんですって?」
 こんどは妖夢が怪訝な顔を浮かべる。レミリアの発言の意図が読めないからだ。その様子をレミリアは楽しそうに笑う
「私がお前たちのところへ向かうことによって、紅魔館の門は破られたかもしれない。結果的に、私達の敗北が決定してしまったかもしれない。だとして、それがどうしたと言うんだ?」
「・・・それは」
 目の前の悪魔は、何を言いたいのだろうか? 妖夢は得体の知れないものを見るかのように、眉をしかめている
「じゃぁ、逆に私が紅魔館に向かったとしよう。その結果、私達の勝利が決定したとしよう。だとしたら、それがなんだというんだ?」
「・・・・・・・・・」
 まるで、禅問答のようだと妖夢は思う。勝利や敗北になんの価値があるのかと、目の前の悪魔は聞いてくる。勝利や敗北とは、それだけでは価値のないことだと、目の前の悪魔は説いてくる
「それよりももっと、価値のあるものを見つけたんでね」
 ぞわり、と妖夢の背筋が震える。レミリアの発言の意味が、わかったからだ。わかってしまったからに、他ならない。この悪魔の目的は――私だ
「なるほど。つまり貴女は、私たちと戦いたくてこちらへ来たのね。大勢よりも、個人の目的の為に――」
「察しがいいな。つまりはそう言うことさ。まさかこの戦場に、私を倒して見せる存在がいるなんて思いもしなかったんでな。そんな存在がいるなら、もっと早く駆け付けたさ」
 ばさり、と派手な音をたてながら、レミリアの翼が広がる。その翼でさえも、愉悦に満ちているように見えるのは、気のせいではあるまい
 一方の妖夢は、自分の気持ちに気づいていた
 戦う必要など、無い。それは向こうからしても同じことである。にもかかわらず、相手はこちらに向かってきた。その動機は他でもない、戦いたいという意思そのものである
 ならば――話は早い
「――失礼した、紅い悪魔よ。貴女がそれを望むのなら、私も確固たる意志を持って相手しよう」
 いきなり態度を変えた妖夢に、レミリアは眼を見開く。それと同時に、心の中がざわめく思いを抱いた。これだ、この感覚だ、間違いない
「なるほど――府抜けているわけではなさそうだ。相手が望むなら、それに応じるってわけか」
 一気に空気が変わる。それは先ほど妖夢と美鈴が対峙した時のような、張り詰めるような空気である。ぴりぴりと、音が鳴るほどに
 しかし、妖夢はレミリアの言葉に頭を振る
「否――さっきも言ったはずだ。私は確固たる目的もなく刀を抜くほど、闘争狂ではないと」
 妖夢の言葉に、レミリアは首をかしげる。たったいま彼女は、確固たる意志を持って相手すると言ってはずだ。それは、私がそれを望んでいるからではないのか? だとすれば、何故?
 妖夢はレミリアの疑問に答えることなく、行動を開始する。そうだ、私は相手が望むからと言って、無闇にその切っ先を向けはしない。自らの意思なくして、その刃を振るいはしない。だからこれは――
「私も貴女と同じだ、紅い悪魔よ。貴女がそれを望むのと同じなのだ」
 ひゅっと音を残しながら、妖夢は背負っていた長刀を右手で抜く。同時に反対の手で腰に構えた短刀をも抜き去る。長刀の切っ先は悪魔へ、短刀の切っ先は自分へと向けて――
「ふ――っ!」
 一息に、短刀で自らを貫く
「な・・・っ?」
 突然の出来事に、レミリアは息を呑む。しかし、すぐにそれの意図することを理解したのか、ゆっくりとその顔を歪ませる。愉悦に満ちた、表情へと
「迷いは、ない。私は貴女と――戦いたい」
 だからこれは、私の望み。私個人の目的。確固たる意思、確固たる目的
 あの紅い悪魔を相手に、私はどれだけ戦えるのか。それはきっと――斬ればわかる
「お相手を、紅い悪魔」
「最高だ、冥界の剣士」
 妖夢の構えに対し、レミリアも悠然と構える。二人ともが自覚している。この戦いは、永遠亭と紅魔館の争いには全く関係のない戦いであることを。だからこそ、本気で戦えることを

 最高じゃないか? レミリアは思わず笑う。本気で戦える相手なんて、それこそどれくらい久しぶりだろうか? あの巫女を相手にしたときとはまた違う。異変がどうのこうのと言った約束調和ではない。これこそ真の――
 そこで、違和感に気づく。目の前の妖夢から、何かを与えられている。何か、違っている感覚
 何だ? 何が違う? 何が異なっている――?
 しかし、考えている時間はない。相手はゆっくりと、しかし確実に殺気を増していく。鋭く、鋭く、真っ直ぐに
 来る――そう思った瞬間、違和感のことなど頭から消え去っていた
 どちらが勝とうと、どちらが負けようと、この戦いには意味がない
 ただ己と相手とを競うためだけに、彼女たちはここに居る
 その宣言は、同時だった
「魂魄――!」
「紅符――!」


「火&土符・ラーヴァクロムレク」
 その宣言は、戦場を瞬く間に凍りつかせた。敵も味方も、同時にである。そして紅魔館の扉の向こうから、声の主は戦場へと姿を現した
「紅魔の魔女・・・!」
 兎兵はその姿を見ると、突撃を開始する。しかし、それよりも早く、火と土の魔法が彼女たちを襲った。降り注ぐ火炎と、大地の振動。それを避ける術を、兎兵たちは持っていなかった
「しまった・・・全員空中へ展開するのよ!」
「パチュリー様! 指示をお願いします!」
 てゐが部下へと命令を下す。それと同時に、小悪魔がパチュリーの下へと近づいていく。そのどちらをも無視して、パチュリーは次の宣言を開始した
「木&火符・フォレストブレイズ」
 空中に出現する、異なった2種類の弾幕。二つの弾幕が重なると、それは助長し合うように激しさを増した。上空へ逃れようとする兎兵たちを阻んでいく
「小悪魔、兵を下がらせなさい。門の内側に居る兵だけね」
「は・・・はい!」
 小悪魔は慌てて指示を出す。言われなくても、この弾幕の中では味方とて無事では済まない。兵を下げるのは当然の判断である。兎兵たちも門の外側へと退却してく

「紅魔の魔女、見境を捨てたわね・・・」
 てゐは門の外で舌打ちをする。近づかなければ被弾はしないだろうが、近づけなければ意味はない。とはいえ、こんな恐ろしい状況下でついてくる部下がいるだろうか・・・
「てゐ様! 突撃の準備はできています!」
「どうか、御指示を!」
 声に振り返ると、周囲に居たのは紅い装備の兎兵たちであった。月の兎隊、鈴仙の遺した、部隊である
「あんた達・・・ただじゃ済まないのはわかってるでしょうね?」
 てゐは月の兎隊に問いを投げかける。門の内側は、正に弾の幕が張られている。被弾の覚悟がなければ、中に踏み入ることは叶わないだろう。しかし
「ただで済むような戦いならば、私たちはここにいません」
「倒れていった者たちのためにも、私たちは向かいますよ」
 彼女たちには、その覚悟がある
「・・・仕方ないわね。本当に、仕方がないわね。いいわ、私も覚悟を決めたわよ。こうなったら死力を尽くして突撃するだけ・・・」
 全く、鈴仙も厄介な部下を残してくれたもんね。てゐは月の兎隊たちを頼もしく思う一方、苦笑せざるを得なかった。こんなにも頼もしい部下を残されちゃ、私だけ安全な場所に居るわけにはいかないじゃない
 しかし、その意思を彼女たちは受け入れなかった
「それは駄目です! もしも突撃に失敗したとき、てゐ様までもが倒れれば、わが軍は崩壊します」
「貴女の他に指揮官を務められる存在は、最早いません。貴女は安全な場所に居てください」
「・・・あんた達」
 本当に、鈴仙は厄介な部下を残してくれる・・・。てゐは、今度は苦笑しなかった。ならば、彼女たちに任せてみよう
「わかった、任せるわ。もしも貴女たちが失敗したとしても、必ず私が敵を破る方法を見つけるわ。だから・・・死なない程度に気張りなさい」
「了解。後は任せます」
 次々に、月の兎隊の兎兵が準備を整えていく。これから彼女たちの向かう先は死地。だと言うのに、その表情は少しも竦んでいない
 そして、彼女たちが突撃の支度を終えた瞬間であった
「火符・アグニレイディアンス」
 突如としてその宣言がなされ、兎兵たちはその身を竦ませた。まさか、敵から動いてくると言うのか? しかし、その考えは間違っていることにすぐ気づいた
「・・・紅魔館が!」
「やってくれるわね・・・」
 てゐは汗が滲むのを感じた。彼女たちの目の前で、紅魔館が炎をあげている。否、決して紅魔館が燃えているわけではない。しかし、炎は確実に紅魔館を囲んでいた。これはまるで――
「炎の壁・・・」
「これじゃ、突撃どころか近づくことすら出来ないわ・・・」
 攻めに転じたわけではない、攻めと防御を同時に行っているのだ。てゐは思わず唇をかんだ。目標は目の前にあるのに、近づくことすらままならないなんて・・・!
「・・・あまり近くに居ると体力を消耗するわ。一旦距離を取るのよ」
 てゐは月の兎隊へと指示を出す。このままここに居ても意味がない、今は下がるしかないだろう
 しかし、彼女は気付いていた。彼女はすでに、知っていた
 自分たちに、この状況を覆す要素は何一つ存在していないことを――


「――滅茶苦茶だぜ」
 魔理沙は思わず喉を鳴らした。こんな出力の高い魔法なんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。紅魔館全体を炎で包むなんて、狂っているとしか言いようがない
「せめて、私が戦えれば――」
 休んでいる間に、魔力は徐々に回復していた。しかし、問題は体の方である。これは休んでいるだけで回復する程度の問題ではない。なにせ、彼女はその場から動くことにすら苦痛を伴っているのだ
「・・・くそ」
 事実、魔砲を放つだけの魔力は溜まっている。しかし、その反動に体が耐えられる保証はない。むしろ、確実に体が壊れてしまうだろう。どうすればいいんだ・・・
「あれ、白黒? 何でこんなところに居るの~?」
 唐突に背後から声をかけられる。一度聞いたら忘れない、聞く者を惑わすかのような甘い声である。その声に、魔理沙は質問と同じ疑問を抱いた
「お前・・・メディスンか? お前こそ何でこんなところに・・・」
「私は鈴仙様の指示でここに来たのよ~。永琳様は大丈夫だから、味方の援護をお願いって・・・」
 魔理沙はきょとんとする。鈴仙の指示と言うことは・・・
「つまり、永遠亭の味方ってことか・・・」
 永遠亭はこんな戦力も用意していたのか。なるほど、彼女の能力なら対軍にはうってつけだろう。流石は月の頭脳と言ったところか・・・
「うわぁー! 紅魔館が燃えてるー・・・!」
「いや・・・紅魔館が燃えてるわけでは・・・」
 待てよ? メディスンの能力なら、あの炎の壁を越えた攻撃が可能じゃないか?
「なぁ、メディスン。お前の毒を操る能力で、あの炎の向こうに毒を届けることはできないか?」
 思いついたまま、言ってみる。薬ならば多少の知識はあるが、あいにく毒に関しては知識が乏しい。もしかしたら、あの炎に阻まれずに届く毒があるかもしれない・・・
 魔理沙の質問に、メディスンは考え込む。今の現状がいまいち呑み込めなかったが、どうやら味方はあの炎の壁のせいで攻めることが不可能らしい。なら、自分の能力を役立てたいところである
 だが
「・・・無理よ。大抵の毒は炎の前には無力だわ。その熱に毒性を消されてしまう。それに、届いたとしても遅行性の毒ばかり・・・。ダイオキシン・・・いや、味方に毒が・・・やっぱり無理」
「・・・そう、か」
 やはり、無理なのだろうか。あの壁をどうにかするには、外側から大きな攻撃を与えるしかない
 くそ、本当に無様じゃないか。私が動ければあんな壁なんて――
「ぇ・・・?」
 メディスンの驚いた声で、我に返る。炎の壁だけでも常識外だって言うのに、一体何があったと言うんだ?
 その魔理沙の疑問は、一瞬で解けることとなる
「あれは――シルバードラゴン・・・!」
 銀色の、龍。幻想郷での最高神と呼ばれる竜を模したそのスペルは、紅魔館の周囲に居る兎兵たちに襲いかかる。しかし、紅魔館は未だに炎に包まれたままである。それはつまり――
「スペルの――二重解放だと?」
 魔理沙は震える。そんな馬鹿げたことをやってのけるのか、あの魔女は。確かに理屈の上で言えばそれは可能だろう。脳内に別々の魔法を構成しながら、異なった魔力を練ればいい。しかし、それはあくまで理屈の上でしかない
「滅茶苦茶どころじゃない。無茶苦茶だぜ・・・」
 これでは永遠亭の兎兵はたまらないだろう。紅魔館から一定の距離を保つことすら、脅威となるのである。事実、兎兵たちは次々と後退してきている
「・・・白黒、これってまずいよね?」
「言うまでもない――窮鼠猫を噛むどころの話じゃなかったぜ」
 追い詰めたつもりでいたのに、まさかこんな返し手を喰らうとは・・・
「敵が近づけば近づくほど――か。くそ、死角がないにもほどがある・・・」
 魔理沙は歯ぎしりする。何か、何か私に出来ることはないのか――?
 だけど、わかっていた。わかりきっていた
 自分に、この状況を覆す要素は何一つ在り得ない事を――


「・・・流石、と言うべきか。危なかった」
「く――!」
 あと、数瞬と言うところか。気づくのが遅かったら、私は背後から真っ二つにされてしまっていただろう。しかし、大したものだ
 レミリアは妖夢に対し正面を向いている。妖夢の頭上には、長刀楼観剣が振り上げられている。それを振り下ろすだけで、目の前の悪魔は切り裂ける筈である。だが、それでは遅すぎる
「まさか、半霊を自らの分身にするなんてな。そうか、そんな使い方もできるのか」
 その刀を振り下ろした瞬間――レミリアは彼女をねじ伏せるだろう
「魂魄・幽冥求聞持総明の法――だったか? 良い技を使うようだけど、私には通じないよ」
 あのとき覚えた違和感。その正体は簡単だった。目の前の彼女には、半霊が存在していなかったのだ。それどころじゃない。目の前の彼女こそが半霊だったのだから、違和感を覚えるのは当然である
 半霊をデコイとして利用し、自らは敵の背後に気配を断ちながら移動する。そして、敵が行動を開始した瞬間が――最期である

「たった一瞬でそこまで見抜くとは――流石は紅い悪魔かしら?」
 背中を冷たい汗が伝うのを感じる。手詰まり、というやつか。たった一瞬の攻防で、私の敗北は、決定したらしい
「賢明だな。これ以上の抵抗は無駄とみたか」
「相手が悪すぎるのよ、もともと」
 やれやれ――体中から力が抜けていくのが分かる。緊張から一気に解き放たれたのだ、無理もないだろう
「私の負け、よ」
「しかと承った・・・と。本当ならもう少し楽しみたいところなんだけど、貴女はそれどころじゃなさそうね」
「勘弁してよね・・・。貴女と言い貴女の部下と言い、手強すぎるのよ」
 流石に、疲れた。こんなに気を張ったのはいつ以来だろうか? 春度を集めていたとき以上に、本気で挑んだ気がする。何しろ相手はあの紅い悪魔だ。本気で挑むなと言う方が無理だろう
「私の部下・・・と言うと、美鈴あたりの相手をしたのかしら?」
「ご明察・・・。いい部下を持ったわね」
「だから私は、ここに居るのよ」
 目の前の悪魔は幼く笑う。全く――気楽なものだ。私も、彼女も、揃いも揃って
「――で? 貴女はいつまでここに居るのかしら? 私を下したなら、すぐにでも紅魔館に向かうのが賢明だと思うけれど?」
「そうね・・・そうしたいのはやまやまだけど、私も疲れたわ」
「――え?」
 流石に、驚く。いくらなんでも、そんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。今すぐ紅魔館に戻らなければ、本当に手遅れになってしまう。それとも、何か勝算でもあるのだろうか・・・
「レミリア、貴女・・・?」
「何だ、心配してくれるのか? 冥界の剣士は親切だな」
 悪魔は笑う。それは万人が見れば万人が意地の悪い笑みと言うだろう。こちらを小馬鹿にしたような、そんな笑みである
「何か、勝算があるのね・・・?」
 間違いない。こちらの思いなど見通している。それでも尚笑うと言うことは、そう言うことなのだろう
 しかし、レミリアは尚笑った
「いや、そんなものは存在しない。すっからかんだ」
「・・・なんですって?」
 妖夢は混乱する。この悪魔は何を言っているのか? 敗北の瀬戸際に居て、何故こんなにも余裕をかましていられるのだ?
「私がなんで焦っていないか不思議か? 私が何故動こうとしないのかが不思議かい?」
 レミリアは、その真紅の瞳を歪ませる。それは、それはまるで――
「こいつは余裕でも、諦観でも、落胆でも何でもないさ」
「じゃぁ、一体――」
 それはまるでさながら
「こいつは、夜の王の自覚――さ」


 なかなかどうして――神様は数奇な運命を与えてくれるじゃない。神の存在など、全くと言っていいほどに信じていなかったが、今だけは感謝してもいいかも知れない。因幡てゐはメディスンの姿を見つけるとそう思った
「これは、魔理沙が人間であることに感謝するべきかしらね」
 ひょっとしたら、私の能力が役に立ったのかも知れない。人間を幸運にするという能力は、人間が相手でなければ意味がない。なんにせよ、これで攻めきることが出来るかも知れない
「魔理沙! メディスン!」
 この状況を覆す要素は――この二人だ

「魔理沙、私たちにはもうあんたしか居ないわ。正直なところ、これ以上あんたに負担はかけたくなかったけど、そんなことは言っていられない」
 一度彼女の提案で動き出した以上、彼女に最後まで頑張ってもらうしかない
 魔理沙は状況が呑み込めず、戸惑う。私しかいないと言われたって、私は動くことすらままならないと言うのに――
「私の負担なんかどうだっていい。魔力だってもう十分に回復しているしな。だが、今の私は動くことすら――」
 魔理沙の言葉を無視して、てゐは言葉を続ける。魔理沙が動けないと言うことは、とっくの昔に知っている。だから状況を覆す要素など、存在しなかったのだから
「魔理沙――覚悟を決められるかしら? 何よりも先に、それを聞かせてちょうだい」
 覚悟――だと? 魔理沙はてゐの真剣な眼差しを受け止めた
 間違いない。こいつは、因幡てゐは本気で覚悟を問うている。私の身に確実な危険が及ぶことを表している。私が覚悟を決めたなら、私がどんな目に遭おうとも文句は言えないってことか
 だから、迷いなんて、微塵もなかった
「私に出来る事があるのなら――私はその方法を受け入れよう」
「――あんたなら、そう言うと思ったわよ。もう、驚かないわ」
 てゐは笑う。覚悟さえ揃えば、大丈夫だ。あの魔女の布陣を突き崩す事が出来る
「最後よ、これで最後にするわ。今まで散々と引っ張ってきたけど、それもここでお仕舞い。これで全てを終わらせるわ」
 らしくもない。自分は今、彼女たちを信じている。自分以外を信じて、戦おうとしている。だけどそれは、らしくなんかないけれど
 悪くは、ない
 魔理沙もメディスンも、まだ理解が出来ないと言った感じでこちらを見ていた。どうやってあの炎の壁を破るのか。どうやって紅魔館へ突入するのか。その方法は、いたって簡単であると言うのに
「魔理沙――あんたには、あの炎の中に突っ込んでもらうわ。当然、そんなことをすればただじゃ済まない。高速で突っ込むことを心掛けてちょうだい。湖で体を濡らしてた方が賢明ね」
「お、おい・・・! だから私は・・・!」
 そんなことは、わかりきっている
「突入したら、あの魔女に手痛い一撃を食らわしてやりなさい。大丈夫、相手は二種類のスペルを解放している最中よ。あんたの敵にはなりもしないわ。あんたが魔女を破ったら、私達も紅魔館へ突入する」
「私の体はもう・・・!」
 魔理沙の体が悲鳴をあげていることぐらい、わかっている
「だけどあんたはそのまま紅魔館の中へ侵入してちょうだい。正直、あんたが誰よりも紅魔館の内部について詳しいでしょうからね。中に這入ったら、そのまま妹様を探すのよ。わかったかしら?」
「分かったも何も――今の私の体じゃ!」
 だから――わかりきっている
 それを覆す要素は、一つしかない
「だから、メディスンを使うのよ」
 そう、最後を決定づけるのは他の誰でもない。永琳の策でも、悪魔の能力でも、剣士の技でも、門番の意志でも、魔理沙の魔砲でも、魔女の魔法でも、ましてや、私の浅知恵なんかじゃ――ない
「・・・私?」
 メディスン・メランコリー。彼女こそが、この戦いの最後を決定づける、鍵だった

 戦いには、やがて終わりが見える
 だけど、それでは終わらない
 この戦いの意味は、変わろうとしていた

To be continued?
悪魔の妹
 フランドールって、よくわからないキャラなんですよ
 二次創作でも設定がしっかりとしてないキャラで、作品によってまちまち
 だから結局のところ、自分にとってのフランにするしかないんですよね
 レミリアを尊敬し、自らを危険だと自覚している
 だから、閉じこもるしかない 閉じこもるしか、無い
 そんな悲しいキャラになってしまいました

紅い悪魔再び
 はい、あっさりと再登場です
 場を持たせるためだけに、最初から予定されていたシーン
 実際は、妖夢に鈴仙が狂気の瞳を使って――って感じだったんですが、カット
 このシーン、妖夢が普通の喋り方に戻ってるんですが・・・
 まぁ、剣士としての妖夢と、それ以外の妖夢とを書き分けたかったんですね
 しかし、半霊って小説だと書きづらいね・・・ 書かなくてもいいからだね、きっと

魔女の奮起
 本気出しすぎだよパチェ・・・
 レミリアが戻らないのはパチェが怖いからじゃなかろうか もとい
 本来なら、魔理沙のファイナルスパークであっさり勝負が決まる予定でした
 しかし、だがしかし なんか知らないけど、パチェが奮起しちゃったんだよなぁー・・・
 なんでだろう・・・ こんなの攻めきれないぜ!
 そして、予定は大きく狂ったまま、見事に締め切られる

ダイオキシン・・・
 ごめん、調子に乗った
 たぶんあの状況を打破できる毒も、探せばありそうなんですけどね・・・
 毒に関してはそこまで詳しくないですし
 なにより、殺生はいかんかんらね 毒ではどうにもならないと言うことで

最後の鍵
 まさか最後の鍵となるのがメディスンだなんて 誰が予想したでしょうか
 実際作者もびっくりです だって前述のとおり、御退場願ってたキャラですから
 しかし予定を大きく外れてここでまた登場することで
 これまた予定を外れたパチュリーの活躍が生きてくる
 んー・・・ 書いててびっくりだ 作者も知らない伏線だったとは
 世の中、わからんもんだね
 タイトルの『唯一の薬』ってのも、彼女の名前からとってます
DawN
http://plaza.rakuten.co.jp/DawnofeasterN/
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