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原作のイメージを壊したくない人はご注意ください
この小説は続き物となっております
できれば第1章からご覧ください
5章 Strobe-Very Crisis!!
Introduction――
「しつこいわね、全く・・・」
「生憎、お前を足止めするって目的で来てるからな。もっともっと楽しもうじゃないか?」
戦場から、遥か
倒れた兎兵たちを周囲に置き、二人の不死が対峙していた
藤原妹紅――
――蓬莱山輝夜
因縁の、二人である
「だからー・・・私は戦場に行く気なんかないってば! 私は争いも痛いのもご免よ」
「そんなのはこっちにとっては何の理由にもならないね。大切なのは、私がお前の邪魔をするということだ」
憎しみを隠すことなく、妹紅はその身を灼熱に躍らせる。輝夜はそれを見て何度目かの舌打ちをした
「こんの・・・変態が!」
毒づきながら、距離を取る。そこから放つ妹紅の技は、嫌と言うほど知っていた
技だけでない。間合い、動作、回避、攻撃に防御。お互いの戦闘法など、我が身のことのように知っている
「虚人!ウー!」
「難題・蓬莱の玉の枝」
それでも互いの身は傷ついていく。未来永劫続くかの如く、傷を刻んでいく
「楽しもうじゃないか輝夜! お互い時間は嫌と言うほど遺されてるんだからな!」
「遺された時間をあんたなんかに燃やされたくないっての・・・!」
互いに力を余さずぶつけ合う
それが生きる証であるかのように
それが、生きる灯であるかのように
――Introduction out
「存外に粘るわね。いくら不死とは言え、その体に宿る疲労までは拭えないでしょうに」
どこか余裕のある様子で、紅い悪魔は月の頭脳に語りかける
「我儘なお姫様や、言う事を聞かない兎の相手をしていれば、嫌でもタフになるわよ」
一方永琳は、この戦いに活路を見いだせないでいた
お互いに決定打がヒットせず、ある種の消耗戦に持ち込まれたか・・・。まさか、不死たる私が消耗戦で苦しめられるなんてね
「お嬢さんも疲れたら言ってちょうだいね。間違ってその心臓に矢が刺さりでもしたら大変だわ」
「私はそんなちんけな矢に心臓を貫かれたからって、どうこうなりゃしないわよ」
永琳からの皮肉にも、紅い悪魔は全く動じない。そして、永琳を睨みつけると、今まで胸に抱いていた疑問をぶつける
「お前たち、何が狙いだ?」
その言葉に、永琳は顔を強張らせる。それはほんの一瞬のことだった。すぐに口元に不気味な笑みを浮かべると、永琳は逆に聞き返した
「あら、ご存知じゃなかったのかしら? 私たちは、少しの間あなたの妹を預かりに・・・」
「そんな妄言は必要ない。私が知りたいのはその先だ」
レミリアは冷笑を浮かべながら、矢継ぎ早に質問を投げかける
「私の能力くらい知っているだろう? 月を壊す? そんなことが成功するとでも?」
その紅い瞳に力を込め、夜の王は再度問う
「もう一度だけ聞いてやる。何が狙いだ?」
こいつ・・・やっぱり全部知っててここに居るのか。その能力、その存在に、永琳は心の中で畏怖を抱く
運命を操る程度の能力――やはり見通していたか
だが、その質問に答えるわけにはいかない。目的に感づかれては意味がないのだ。こちらにとっても、あちらにとっても
冷笑を消したレミリアに対し、尚も笑みを浮かべたまま永琳が答える
「流石ね、紅い悪魔。貴女を少し過小評価していたみたい。でも、全てを知っているわけではないのね」
ふん、とレミリアは鼻を鳴らす。そんなことはどうでも良いと言うように。そんな言葉に興味はないと言ったように
しかし次の永琳の発言に、その態度を一変させる
「運命を知りながら、それを変えようとも、理解しようともしないのか」
それは禁忌。紅い悪魔に対する禁忌――
「大したこと無いな。傷ついた紅い魔が」
気づけば、レミリアの周囲にはバラバラになった、八意永琳だったものが散乱していた。それすら何も感じないほど、彼女は我を見失っていた
「汚らわしい侵略者めが! 私をその名で呼ぶか!
良いだろう! 何度でもその身を滅ぼしてくれる! 傷ついた紅い魔の力を、貴様に知らしめてやろう!
さぁ、早く蘇生しろ・・・! 死すらも失った異端者!」
取りあえずは、興味を失わせることに成功したか・・・
レミリアの言葉を受けるまでもなく。蓬莱の薬がその身を蘇生させる
「永遠亭のみんなが頑張っている手前、私もやられっ放しと言うわけにはいかないわ」
無論、彼女は本心からレミリアを侮辱したわけではなかった。夜の王たるその能力には、一種の畏怖とも取れる尊敬を持っていたし。何よりも、レミリア本人を高く評価していた
だから、本来ならこの手段は使いたくなかった。それが永琳の本心である
しかし、今はこの紅い悪魔を引きつけておかなくては・・・
「来なさい。夜の王たる所以を、私に見せつけられるものなら」
永琳は冷静に、レミリアに対して口を開く
「上等だ侵略者! 死して還られると思うなよ!」
白熱する争いは、留まる事を知らず
いつしか、月が傾きだしていた
「大口を叩いておきながら、これはまずいぜ・・・」
紅魔館の門を巡る争いは、壮絶さを増していた。次々と兵が倒れ、倒れた兵が立ち上がる。まさに総力戦である
「無様だな、この魔理沙さんが」
霧雨魔理沙は、自らの力のなさを痛感する。まさか、地上戦がこんなにも制約を課するものだとは思わなかった
思えば最初の特攻にしたって、途中からは重力にかかり、ただの墜落と変わらなかった。マスタースパークやノンディレクショナルレーザーと言ったスペルは、味方に被害を及ぼしてしまい。ブレイジングスターの様な、箒を使った戦い方も封じられている
せいぜい出来るのは、マジックミサイルを乱射するくらいである。それは紅魔館側からしたら十分な脅威だが、決定的な何かを及ぼすには至らない
「っつーか、あいつらがおかしいんだよ・・・」
妖夢や美鈴と言った存在に対し、魔理沙は頭を痛める。先ほど見えた二人の戦いは、凄まじかった。拳と剣であれば、リーチの長い剣が有利かと言えば、そんな単純なものではない。リーチが長いだけに、一度外せば必殺の一撃を貰ってしまう。どちらも決定打に踏み切れずに、息もつけない牽制の送り合いだった
「私も少しは地上で戦えるようにしておけば・・・」
「無様ね、恋色の魔法使い」
唐突にかけられた声に、魔理沙は意識を戻す。そこに立っているのは、なるべく相手をしたくない存在だった
「よぉ、パチュリー。お前が外に出るなんて、珍しいんじゃないか?」
まずい。魔理沙は軽口を叩きながら、背中に冷汗を感じる
慣れない地上戦。封じられた弾幕。相手は属性魔法使い
「たまにはこちらからこそ泥を叩き潰そうと思ってね」
「そいつはまた剣呑な話だな・・・」
どうする? 魔理沙は必死で考える
地上戦である以上、相手も条件は同じだ。しかし、操る魔法が違いすぎる。空中で猛威を抑えられていた火符や土符が牙を剥く。その他の符はその威力をそのまま発揮するだろう。五行を知る魔女に、死角はなかった
魔理沙は必死で考える。考えるが、結論は一つ
「普段ならこんな真似はしないんだがな」
今は自分のことよりも、味方全体のことを考えて行動しなければならない
「覚悟はいいかしら? のこのこと魔法使いの領域に踏み込む愚かさを、私が教えてあげるわ」
「お生憎様、私がここでやられるわけにはいかないんだぜ!」
そして魔理沙は、予想外の行動をとった
「な・・・待ちなさい!」
「こんな所でお前と戦ってられるかよ!」
魔理沙はパチュリーに背を向けると、一目散に逃げ出した
まさか、あの霧雨魔理沙が敵前逃亡を開始するなんて。パチュリーは予想だにしなかった展開に、一瞬気を取られる
「追いますか?」
近くにつけていた兵が、パチュリーの指示を仰ぐ。当然、敵の副将クラスを逃がす理由はなかった
「退き時が叩き時・・・。あの魔法使いを討ちなさい!」
パチュリーの命令に、複数の兵がいっぺんに魔理沙へと攻撃を開始する。空中でこその移動速度が封じられ、魔理沙はそれを回避することすら危うい
「おいおい、これはまずいぜ!」
当然直進などできるはずもなく、敵兵との距離は縮んでいく。そして、魔理沙がダメージを覚悟で振り返ろうとしたその時だった
「ここは任せて、早く後退してください!」
「味方は魔理沙の援護につくのよ! 早く弾幕を展開しなさい!」
魔理沙を救ったのは、因幡てゐの率いる兎兵たちだった。その援護射撃に、魔理沙は思わず安堵の息をもらす
「た、助かったぜ・・・」
てゐに礼を述べるべきかと思ったが、その本人がそれを一蹴する
「一人で敵陣に突っ込む馬鹿がどこに居るのよ! あんたはさっさと下がりなさい。あんたのことだから、どうせ何かを狙ってるんでしょ?」
てゐに言われ、魔理沙はにやりとする。その笑顔を見て、兎兵たちは魔理沙が味方であることを心の底から安堵した
「当然、やられっ放しの魔理沙さんじゃないぜ」
逃がしたか。パチュリーは苛立たしそうに唇を噛む。地上ではさほどの脅威にはならない筈だと言うのに、この不安感は何だろうか。彼女を逃がしたことが、戦況に大きく響く気がして仕方がない
ならばこそ、今のうちにしっかりと戦況を整えるべきだ。パチュリーはそう思い、近くにいた門番に指示を出す
「美鈴はどこかしら? 彼女に門の近くまで来るように伝えなさい」
そのパチュリーの発言に対して、門番はとんでもないと言った様子で首を振る
「今美鈴さんに近づける者は居ませんよ!」
パチュリーは首を傾げる。いかに彼女が鬼のような戦いを繰り広げていようと、味方なら近づける筈である
「どういうこと? 美鈴は何をしているの?」
今度は門番が疑問に思う番だった
「まさかパチュリー様、報告を受けていないんですか!?」
「報告? そうか、私が門から離れたからね・・・。一体何があったの?」
まさか美鈴に何かあったのだろうか。しかしパチュリーに伝えられた事実は、それ以上に最悪の事実だった
「そんな・・・!! 敵陣から魂魄妖夢が出陣! 門番長はそれを単独で迎え撃っています!」
パチュリーは愕然とする。地上戦における最悪の敵が、この戦場に?
確かに、彼女の相手を出来る者は美鈴しかいないだろう。しかし、あれほどの傷を負っていては・・・!
「すぐに案内しなさい!」
パチュリーは焦ったように門番に指示を出す。門番は急いでその場所へと向かった
2対1であれば、いかにあの剣士といえども・・・。パチュリーは必死に考える。これからの動き、これからの流れを、必死に
残念な結末だ。妖夢はこの戦いの終わりを予感した
自らを紅魔館の門と言うその実力は、たいしたものであった。幾度となく危うい一撃を放たれ、こちらもそれに必殺の一撃で応じる。実力は拮抗していた
しかし、時が経つにつれて、それにも限界が訪れる
「・・・もう限界か」
美鈴はぼそりとそう呟く
血を流しすぎた。すでに手先の感覚は、蛍の光よりも頼りない。体中にしびれのような感覚が襲い、寒くて仕方がない
だがそれでも、私は倒れるわけにはいかない。私は今、私こそが今。紅魔館の門なのだから
「・・・なんという、精神力だ・・・」
妖夢は思わず唸る。思えば、最初に対峙した時からその傷の多さは異常だったのだ
それが常人だったなら・・・否。それが屈強な強者だったとしても、とっくに地に伏せていた筈である
「それほどまでに、彼女が背負うものは大きいのか・・・」
しかし、これも勝負の世界。果てなく続かせるわけにはいかない
妖夢は構えを解く。その様子に美鈴は怪訝な顔をしたが、構えを解くようなことはしなかった。それに構わず、妖夢は紅魔の門番に話しかける
「こんな事を、この戦場で言うのは非常識だろうが・・・」
突然の妖夢の言葉に、美鈴は身構える
まさか、まだ投降を要求するとでも言うのか?
しかし、二の次で放たれた言葉は、予想の斜め上を行った
「今度は、お互い万全の状態でお手合わせを願うわ」
「・・・・・・・・・」
あまりの場違いさに、美鈴は言葉を失ったが
「・・・その時はもちろん、貴女のリベンジマッチと言う形でお受けしますよ」
真っ直ぐな妖夢の瞳を受けて、自然と口が動いていた
妖夢はその言葉に頷くと、二刀を構えて微笑んだ
「その言葉を聞いて安心した。私の全身全霊の一撃を、誇り高き紅魔の門番に捧げよう」
・・・全く、真っ直ぐな人だなぁ
妖夢の言葉に身構えながらも、美鈴は内心で微笑んでいた
ならば私の最後の一撃を、彼女へと捧げない道理はない
「良いでしょう。私の拳と、貴女の刀。どちらが速いか、勝負といきましょう」
これまでの速度は、全くの互角
これで、二人の戦鬼による戦いが決まる
その最後の、最期の一撃を、告げる
「人鬼!未来永劫斬!」
人ならざる、鬼となりて
「極光!華厳明星!」
光を極め、明星を超える
「――美鈴!」
そして、紅魔館の門は、ここに倒れたのであった
「願わくば、次の勝負では心置きなく戦えん事を」
それが意識を失う彼女が聞いた、最後の言葉であった
「――美鈴!」
パチュリーがその場に駆け付けた瞬間、彼女がゆっくりと倒れるのを目撃する。その体が倒れる前に、冥界の剣士がその体を支えて、何事かを囁いた
まさか、まさか美鈴が地上戦で敗れるとは。あまりの展開に、彼女は言葉を失う
それを知ってか知らずか、妖夢は戦場の中央で勝ち名乗りをあげた
「両軍とも良く聞け! 紅魔館の門番長は、この魂魄妖夢が踏破した!」
その叫びに、周囲に居た両軍の動きが止まる
「美鈴さんが・・・」
「まさか、あんな鬼のような・・・」
妖夢の勝ち名乗りに、両軍はしばし呆然とする。不思議なことに永遠亭軍までもが、その事実を悲しむように沈黙した
「・・・冥界の剣士。出来ることなら、彼女を離してもらいたい」
その沈黙を破るように、パチュリーが妖夢へと言葉をかける。妖夢はそこで初めてパチュリーの姿に気づき、眼を細める
「あなたは・・・。そうか、あなたも戦場に立っているのですね」
妖夢はゆっくりとパチュリーへと近づいていく。その腕には美鈴を抱えたままである
「紅美鈴殿は見事に戦い抜きました。出来る事ならば、彼女を安全な所へ」
一時戦いの止んだ戦場で、妖夢は美鈴の体を差し出す。パチュリーはその身を受け取ると(とは言っても、彼女にその身は支えられない。地面に静かに置く形になったが)、パチュリーはその体に声をかける
「ゆっくり休みなさい。後は、私が敵軍の相手をするわ」
そして、兵士へ美鈴を運ぶように指示を出し、自らは妖夢へと向き直る
「心遣いには感謝する。だけど、今すぐこの場からは退いてちょうだい。いくら私だからって、仲間がやられて黙ってはいられないのよ」
言うが早いか、パチュリーの周囲にメイド兵が集う。妖夢は少しだけパチュリーを睨むようにしたが、すぐにその顔を緩める
「了解した。私は一度下がることにしよう」
その言葉に、パチュリーは安堵する。負ける気はなかったが、無傷でいられる相手ではない。今はお互いに鞘を納めるべきなのだ
「感謝するわ。ええ、本当に・・・」
そしてパチュリーもすぐにその場を離れようとする。考えなければ、いかにして妖夢を退かせるかを。そこに妖夢が声をかける
「恨みはないが、次にこの戦場で会った時は斬らせていただきます。どうか、そのつもりで」
当然、彼女にもわかっていた。今妖夢が大人しく下がるのは、美鈴に対して敬意を払ったからだ。もし私が美鈴をおざなりに扱えば、彼女はすぐにでも斬りかかってきただろう
果たして・・・。彼女は考える。果たして自分に妖夢を抑えることができるだろうか? いつもの自分であれば、そんな不安は抱かないだろう。しかし、今私には枷がある
それは――重力魔術を思考するため、脳裏に術式を描いてなければならないということ。他のスペルを発動する際に、少なからず意識が鈍くなること
これだけ大掛かりな魔術を、何の準備もなく施行できるはずがない。慧音の判断は正にその通りであった。彼女は今日の日の為に、紅魔館の中央に魔法陣を描いていた。そして、必要なのは準備だけではない。それを試行している間は、常に術式を構築していなければならない
それゆえに、今の彼女は普段よりも枷をつけられた状態なのだ。そうでもなければ、すぐにでも敵軍を火の海に沈めているだろう。最も、それは重力で相手が縛られていなければ成しえない。つまり、大勢を考えればどちらを優先するかは一目瞭然なのだった
「わかったわ。当然、大人しく斬られるつもりもないけれどね。とにかく今は、お互いに退きましょう」
しかし、彼女は妖夢に対して臆することなく言葉を紡ぐ。それでも私は負けはしないと、自らの力にゆるぎない自信を持つが故だった
それ以上二人は言葉を紡がなかった。妖夢は一旦自軍の中央を目指して、パチュリーは門の中へ向かい移動を開始する
周囲の兵も一旦それに従った。戦場の真ん中に、不自然な穴が開く。しかし、再びそこが戦場となるのに、さほどの時間は要しなかった
美鈴が破れた事実にも、門番たちは全く揺るがなかった。むしろ、その士気を高めたと言ってもいい。先ほどとは違い、堂々と戦って敗れたのである。その思いに応えずに、何が門番だろうか
そして、永遠亭の軍も負けてはいない。美鈴を破ったことにより、確実に士気が高まっていた。さらにこちらには未だ妖夢が健在している。苦手な地上戦でも、これならばなんとか戦える
両軍の勢いは、いつの間にか拮抗していた。しかしそれでも、拮抗状態ならば俄然門番たちに軍配が上がる。地上戦であると言うのは、それほどまでに大きな要因なのだ
それゆえに、妖夢が次に出陣したならば、正しくそれを止める者は存在しないだろう。パチュリーはそのことを知っていた。そうなれば、自分が出ていくしかないと
門の内側で味方に治癒魔法を施しながら、パチュリーはその時を待った。妖夢が出陣すれば、いつでも自分が出られるようにと
しかし、そこにその一報が飛び込んできたのはすぐだった
「報告! 魂魄妖夢が!」
遂に、か。パチュリーは思わず顔をこわばらせる。結局のところ、彼女に対する有効な策は浮かばなかった。火符や土符を駆使しながら、何とか退けるより他にない。相手は接近戦を得意としている。ならば近づかないように戦うよりほかにあるまい
パチュリーは応接室に寝かされている美鈴の存在を思い出す。そうだ、そもそも彼女がいなければ、私が出る前にすべてが終わってしまっていた。彼女が良くやってくれたから、望みをつなぐことができたのだ
今ここで冥界の剣士を退けなければ、こちらの勝ちはありえない。ならば、私が戦わないでどうするというのか?
「・・・あなたの覚悟を、少しだけもらうわ」
誰にも聞かれないようにそう呟くと、紅魔の魔女は誇りを取り戻す
「私が冥界の剣士の相手をするわ。私の周囲には兵を配置しないこと。ここはしばらくの間あなたたちでなんとか・・・」
覚悟を決め、出陣しようとするパチュリー。しかしそんな彼女に対し、伝令が信じられないことを告げる
「いえ、違いますパチュリー様! 魂魄妖夢は、戦場から離脱しました!」
「・・・なんですって?」
信じられない朗報に、パチュリーは驚愕を隠せない。今こそが攻め時だと言うのに、いったいどうして?
「どうやら彼女は、八意永琳の所へ向かったようで・・・」
なるほど、彼女は恩義の人と言うことか。それはつまり、あの薬師をレミリアが抑えていると言うことなのだろう。パチュリーは再びこの戦場に勝機を見出した
「何にせよ、助かったのに違いはないわね。今のうちに体制を少し整えましょう」
次の指示を出さなければ。パチュリーは敵と味方の勢力を把握しようと、移動を開始しようとする。そこにまたしても信じられない一報が飛び込んできた
「こ、高速で飛行する影ありとの情報!」
息を切らせて飛び込んでくる伝令に、パチュリーは怪訝な眼差しを向ける。それはそうである。この紅魔館の周囲を飛行できる存在などありはしないのだ
「馬鹿な・・・紅魔館の周囲を飛行可能な物体なんて・・・」
言いかけて、その発言に意味がないことを知る。何故なら、彼女にもはっきりと見えたからだ
伝令の背後に見える、煌く彗星の姿が
永遠亭軍の中央。そこには将らしき将は存在しない。それでも紅い装備を纏った兎兵が中心となり、本陣と呼ぶにふさわしい形態を成していた
妖夢はその場所にたどり着くと、大きく息をつく。まさしく突破口を開いてくれた妖夢に対し、兎兵たちが口々に歓声を上げる。しかし妖夢の耳にはその歓声が入ってこなかった
流石に疲れた。相手は正しく強敵だった。一歩間違えれば、私がこの戦場に倒れ伏せていただろう。しかし、いくらなんでも手負いの相手に時間をかけすぎた。自分はまだ大勢に響くようなことを果たせてはいない
「私は・・・どこを援護すればいいだろうか?」
誰にでもなく、妖夢は言葉をかける。その場に居た兎兵たちは驚いた。敵の副将と、あれほどの戦いを繰り広げたのである。お互いに攻撃がヒットしなかったとはいえ、その体には疲労がたまっているだろう。だと言うのに、彼女はすぐにでも出陣しようと言うのか
「体の方は、大丈夫なのですか? 今は少しでも体を休めた方が・・・」
その身を気遣い、兎兵が休むように進言する。しかし妖夢はそれには頷かなかった
「私が休む間にどれほどの味方が傷つくと思うのです。それに、敵軍には未だに余力が残っています。あの魔女でさえ、既に戦場に立っている。休む暇はありません」
それは妖夢の言う通りであった。いかに美鈴が倒れたとはいえ、舞台は未だに地上戦。おまけに、敵軍には大量のメイド兵が残っている。当然ながら、パチュリーの存在も
今妖夢が動けば、後々の戦いが有利に進むのは間違いない。兎兵たちは申し訳なさそうにしながらも、妖夢に頼ることにした
「本来なら貴女は、この戦いには無縁なのです。危なくなったら、すぐにでも離脱してください。それを約束してくださらなければ、出撃は控えてもらいます」
「・・・承知しました」
妖夢は深くうなずく。敵前逃亡は武士の恥、などとぬかすつもりはない。自分が戦場で倒れれば、味方の士気が下がるのは当然。それならば一旦離脱した方が、味方の士気は下がらずに済むだろう
「それでは・・・今の状況を簡単に説明します」
リーダーと思わしき兎兵が、妖夢へと近づいてくる。だが、妖夢へと状況を説明しようとしたその瞬間、か細い声が伝わってくる
「・・・助けて」
それは湖の方向から、確かに聞こえてきた。頼りなくはあるが、同時に強い意志を感じる声。その声に、妖夢は目を細め、兎兵たちはハッとする
「まさか・・・どうして?」
その声の主は疲れた様子で飛び込んでくると、泣きそうな顔で叫んだ
「誰か・・・! 永琳様を助けて・・・!」
その声の主はメディスン・メランコリーだった。兎兵たちはメディスンの言葉に驚愕の顔を浮かべる。まさか、永琳様に何かあったと言うのか? だが、兎兵たちよりも先に反応したのは、他でもない妖夢だった
「八意殿が?」
妖夢の短い声に、メディスンはびくりと体を震わせる。それが怯えだと気付くのに、妖夢は少し時間を要した。そして彼女はまだ生まれて間もない妖怪であることを、妖夢は思い出す
「八意・・・永琳様に何かあったの?」
妖夢は出来る限り優しく話しかける。内心のざわめきを、必死で抑えながら
「紅い悪魔と戦って・・・永琳様、苦戦してました。私じゃ役に立てなくて・・・。私じゃ紅い悪魔を倒せないから」
メディスンの言葉に、妖夢は自らの役目を考える。本音を言えば、今すぐにでも永琳の下へ駆けつけたいのだろう。永琳に恩義を感じているならば、なおさらである
しかし、今奮戦を続けている味方を放って助けに行くことが、果たして最善なのだろうか?
妖夢と同様に、兎兵たちも悩んでいた。妖夢が助けに行きたがっているのはわかっている。当然、彼女たちも出来れば妖夢に助けに行ってもらいたい。自分たちでは紅い悪魔をどうとも出来ないからである
しかし、今妖夢を失ってしまえば、味方は総崩れにはならないだろうか?
どうすればいいのか。その判断を下したのは、永遠亭の参謀役だった
「助けに行って来なさい。ここは私たちだけで十分よ」
「・・・てゐ様! お戻りになられたのですね!」
魔理沙の援護を終え、因幡てゐが永遠亭軍へと帰還した。その登場に、兎兵たちは希望を見出した。てゐが大丈夫と言えば、大丈夫なのであろう。兎兵たちはそう思い、妖夢に言葉をかける
「どうぞ、永琳様を助けに行って来てください」
「出来る事なら、早く。相手はあの紅い悪魔です」
妖夢は決めかねていた。永遠亭と深い関わりのない彼女には、因幡てゐの言葉に絶対の信頼はおけない。それは兎兵たちの言葉を受けても、同じだった
「しかし私がいなくなれば、あなたたちは・・・」
地上戦。今のこの状況が妖夢を動かせずにいた。地上戦を行える者が、妖夢の他に居たならば悩まなかったに違いない。そんな彼女に、てゐはある事実を告げる
「大丈夫よ、もうじきこの区域の重力魔術は解除されるわ。そうなれば、相手のペースで戦っていた味方が復活する」
「それは・・・本当なのか?」
信じられない言葉に、妖夢は思わず聞き返す。てゐはにやりと笑って返した
「ま、私を信じろとは言わないけどさ。この戦場には、いつかアンタを苦しめた魔法使いがいるのよ。まさか、あの魔法使いがこのまま黙ってるわけないでしょう?」
その言葉に、妖夢は自らの迷いを断ち切る。どちらにせよ、決断はせねばならないのだ。ならば自分に正直に生きて見せよう
「大した役に立てずに、申し訳ない。私は転身して、八意殿の援護に向かいます」
そして、小さく震えているメディスンへと言葉をかける
「私は永琳様を助けに行きたいの。悪いけど、案内してくれるかしら?」
「・・・永琳様を、助けてくれる?」
怯えながらも、意思を宿した瞳に、妖夢は驚く。きっと、途方もない恐怖と闘いながらここまで来たのだろう。途方もない悔しさに苛まれながらここまで来たのだろう。もう少しで私は、その気持ちを無駄にするところだったのか・・・
「相手があの紅い悪魔だろうが、必ず助けだして見せる」
力強く、妖夢は頷く。その手は腰に携えた刀を握っていた
「ほら、さっさと行くのね。永琳に何かあったら、私たちがただじゃおかないわよ?」
てゐが急かす。彼女と言えど、レミリアと永琳の対決と言うのは予想がつかないのだ。なんでこのてゐ様がこんなに不安にならなきゃならないのよ・・・! 自分でもよく分からない感情を、てゐは兎兵たちの手前、抑え込む
妖夢はてゐの言葉に頷く。もはや、言葉を紡ぐことすらもどかしい
「急ぐわ。案内して」
妖夢はメディスンを背負う。メディスンはもう震えていなかった。妖夢に永琳の場所を伝えるために言葉を紡ぐ
「本当に、申し訳ない」
最後に一つ言葉を残し、妖夢は地を駆けた。兎兵はその様子にぽつりと呟いた。あれが、剣士と言う存在なのかと
加速を続けるうちに、妖夢は自らが焦っていることに気づいた。永琳が危ういという事実にではない。自分があの紅い悪魔の相手をすると言う事実に、である。果たして、私なんかが相手になるのだろうか・・・?
みるみるうちに、湖の淵が近づいてくる。メディスンは必死でしがみつきながら妖夢に言った
「永琳様は殆ど湖の中央に居る筈です!」
「わかった。飛ぶから気をつけてね」
流石に湖の上を走る様な芸当はできない。妖夢は両足に力を込めると飛翔を(と言うよりは跳躍に近かったが)開始する
そして、彗星とすれ違った
疾風と轟音、そして星屑。それらを残しながら、彗星はあっという間に妖夢の後方へと消えていった
ものすごい速度で真横を抜けて行った影に、妖夢は目を疑う。あれは、何だ? 外の世界の近代兵器か何かだろうか? それとも、天狗の大群でも通り抜けたか?
「まさか・・・魔理沙!?」
それに答えはなかったが、妖夢は他にそんな芸当をやってのける存在を知らなかった。思わず振り返ろうとして、自らの役目を思い出す
「・・・いや、今は後方を確かめる場合ではない」
いろいろと脳裏によぎるものがあったが、それを振り払う。メディスンはあまりにも非現実的な光景に言葉を失っていたが、妖夢に言葉をかけられて我に返る
「あそこまでは流石に無理だけど・・・急ぎましょう。しっかりつかまってね」
こうして剣士は戦場を後にした。冥界の剣士と、紅魔の門番。そのいずれもが、戦場を去ったのであった
一方、妖夢とすれ違った魔理沙は、ありったけの力を込めて加速を続けていた
あの重力魔術圏内じゃ、私はただのお荷物だ。大した魔法も撃てること無く終わってしまう。だったら話は簡単だ、重力魔術圏外から突っ込んでやればいい!
それを実行するために、魔理沙はパチュリーから逃げ出したのだった。ちょうどその時、パチュリーがどの方向から出陣してきたのかを知った。どうやら、門の内側にパチュリーの待機している場所があるらしい。魔理沙はその事実を確認すると、行動に移った
問題は、今この瞬間である
「く・・・そぉ・・・!」
湖の上ではさほどでもなかった重力が、紅魔館に近づくにつれて魔理沙に襲いかかる。魔力をありったけ詰め込んでも、その出力は低下しようとしていた
冗談じゃない・・・! この私が、このまま終われるか!
彼女を支えたのは、意地であった。そもそも彼女の魔法とは、彼女の努力そのものである。彼女自身が血のにじむような思いで修練を積んだからこそ、彼女は幻想郷でも恐れられるようになったのだ
だから、諦めることには慣れていなかった
だから、諦めないことには慣れていた
だから、彼女は不可能を可能にする!
呼吸も、魔力も、体力をも犠牲にして、力と言う力を振り絞る
――見つけた!
両軍の頭上すれすれを超高速で突き抜け、彼女はその影を見つける。この重力魔術を施行しているであろう、知識の魔女を。もしその魔女が移動していたら、危なかった。最後は、彼女の勝負強さが勝ったのだろうか
「くぬぉ・・・!」
あと少し・・・ほんの、少しでいい! 体よ、持ってくれ・・・!
こちらに気づいた魔女の顔が、驚愕に染まるのが見えた
それが彼女の確認した、最後の光景であった
まさに弾丸の如く、霧雨魔理沙は門の内部へと突っ込んだのだった
「・・・何、が」
ほんの数瞬、パチュリーは意識を失った。それは時間にしても数秒のことだっただろう。彼女自身もその感覚からそうであろうことを認識する
「まさか・・・普通の魔法使いがやってくれたわね」
パチュリーは砂塵の立ち込めた周囲を見渡す。衝撃で門の内側には巨大な穴が穿たれていた
「とりあえず・・・美鈴は無事ね」
幸いなことに、紅魔館の方までは被害が及ばなかったらしい。その事実を確認すると、パチュリーは急いで魔理沙の姿を探す。この混乱に乗じて、得意の魔砲を放ってこられてはまずい
しかし、その姿は見当たらなかった。何事かと近づいてくるメイド兵たちに、パチュリーは指示を出す
「すぐに被害を確認しなさい。それから、外に出ている門番の一部を下がらせなさい。急ぐのよ」
パチュリーは次第に落ち着きを取り戻す。門の内側には大量の敵が攻めてくることもなく、味方にも被害は少ない。パチュリーは眉をしかめる。だとすれば、何のためにこんな無駄な事を?
とりあえず、大勢に支障はなさそうだ。状況を確認したら、すぐに軍を立て直さなければ
しかし、その判断は間違っていた。何故なら彼女はいま、重要なことを忘れていたからである。彼女はそのことをすぐに知る
「パチュリー様! 敵軍が・・・空中に展開しています!」
「――成るほど」
パチュリーは魔理沙の特攻の意味をようやく理解した。こちらの混乱に乗じた急襲が狙いではなかった。私の意識を少しでも途絶させ、脳裏に描いていた術式を途切れさせるのが狙い
「こちらも空中に展開しなさい。門番たちだけでは危ういわ。メイド兵部隊はすぐに出陣し、門番たちの援護につきなさい」
パチュリーの言葉に、メイド兵が動く。すぐに残ったメイド兵たちが部隊を編成していく。一方彼女自身は、一時の撤退を決めた。こうなれば、兵力と士気が勝敗を決するだろう
紅魔館の門は今、最大の危機を迎えたのであった
原作のイメージを壊したくない人はご注意ください
この小説は続き物となっております
できれば第1章からご覧ください
5章 Strobe-Very Crisis!!
Introduction――
「しつこいわね、全く・・・」
「生憎、お前を足止めするって目的で来てるからな。もっともっと楽しもうじゃないか?」
戦場から、遥か
倒れた兎兵たちを周囲に置き、二人の不死が対峙していた
藤原妹紅――
――蓬莱山輝夜
因縁の、二人である
「だからー・・・私は戦場に行く気なんかないってば! 私は争いも痛いのもご免よ」
「そんなのはこっちにとっては何の理由にもならないね。大切なのは、私がお前の邪魔をするということだ」
憎しみを隠すことなく、妹紅はその身を灼熱に躍らせる。輝夜はそれを見て何度目かの舌打ちをした
「こんの・・・変態が!」
毒づきながら、距離を取る。そこから放つ妹紅の技は、嫌と言うほど知っていた
技だけでない。間合い、動作、回避、攻撃に防御。お互いの戦闘法など、我が身のことのように知っている
「虚人!ウー!」
「難題・蓬莱の玉の枝」
それでも互いの身は傷ついていく。未来永劫続くかの如く、傷を刻んでいく
「楽しもうじゃないか輝夜! お互い時間は嫌と言うほど遺されてるんだからな!」
「遺された時間をあんたなんかに燃やされたくないっての・・・!」
互いに力を余さずぶつけ合う
それが生きる証であるかのように
それが、生きる灯であるかのように
――Introduction out
「存外に粘るわね。いくら不死とは言え、その体に宿る疲労までは拭えないでしょうに」
どこか余裕のある様子で、紅い悪魔は月の頭脳に語りかける
「我儘なお姫様や、言う事を聞かない兎の相手をしていれば、嫌でもタフになるわよ」
一方永琳は、この戦いに活路を見いだせないでいた
お互いに決定打がヒットせず、ある種の消耗戦に持ち込まれたか・・・。まさか、不死たる私が消耗戦で苦しめられるなんてね
「お嬢さんも疲れたら言ってちょうだいね。間違ってその心臓に矢が刺さりでもしたら大変だわ」
「私はそんなちんけな矢に心臓を貫かれたからって、どうこうなりゃしないわよ」
永琳からの皮肉にも、紅い悪魔は全く動じない。そして、永琳を睨みつけると、今まで胸に抱いていた疑問をぶつける
「お前たち、何が狙いだ?」
その言葉に、永琳は顔を強張らせる。それはほんの一瞬のことだった。すぐに口元に不気味な笑みを浮かべると、永琳は逆に聞き返した
「あら、ご存知じゃなかったのかしら? 私たちは、少しの間あなたの妹を預かりに・・・」
「そんな妄言は必要ない。私が知りたいのはその先だ」
レミリアは冷笑を浮かべながら、矢継ぎ早に質問を投げかける
「私の能力くらい知っているだろう? 月を壊す? そんなことが成功するとでも?」
その紅い瞳に力を込め、夜の王は再度問う
「もう一度だけ聞いてやる。何が狙いだ?」
こいつ・・・やっぱり全部知っててここに居るのか。その能力、その存在に、永琳は心の中で畏怖を抱く
運命を操る程度の能力――やはり見通していたか
だが、その質問に答えるわけにはいかない。目的に感づかれては意味がないのだ。こちらにとっても、あちらにとっても
冷笑を消したレミリアに対し、尚も笑みを浮かべたまま永琳が答える
「流石ね、紅い悪魔。貴女を少し過小評価していたみたい。でも、全てを知っているわけではないのね」
ふん、とレミリアは鼻を鳴らす。そんなことはどうでも良いと言うように。そんな言葉に興味はないと言ったように
しかし次の永琳の発言に、その態度を一変させる
「運命を知りながら、それを変えようとも、理解しようともしないのか」
それは禁忌。紅い悪魔に対する禁忌――
「大したこと無いな。傷ついた紅い魔が」
気づけば、レミリアの周囲にはバラバラになった、八意永琳だったものが散乱していた。それすら何も感じないほど、彼女は我を見失っていた
「汚らわしい侵略者めが! 私をその名で呼ぶか!
良いだろう! 何度でもその身を滅ぼしてくれる! 傷ついた紅い魔の力を、貴様に知らしめてやろう!
さぁ、早く蘇生しろ・・・! 死すらも失った異端者!」
取りあえずは、興味を失わせることに成功したか・・・
レミリアの言葉を受けるまでもなく。蓬莱の薬がその身を蘇生させる
「永遠亭のみんなが頑張っている手前、私もやられっ放しと言うわけにはいかないわ」
無論、彼女は本心からレミリアを侮辱したわけではなかった。夜の王たるその能力には、一種の畏怖とも取れる尊敬を持っていたし。何よりも、レミリア本人を高く評価していた
だから、本来ならこの手段は使いたくなかった。それが永琳の本心である
しかし、今はこの紅い悪魔を引きつけておかなくては・・・
「来なさい。夜の王たる所以を、私に見せつけられるものなら」
永琳は冷静に、レミリアに対して口を開く
「上等だ侵略者! 死して還られると思うなよ!」
白熱する争いは、留まる事を知らず
いつしか、月が傾きだしていた
「大口を叩いておきながら、これはまずいぜ・・・」
紅魔館の門を巡る争いは、壮絶さを増していた。次々と兵が倒れ、倒れた兵が立ち上がる。まさに総力戦である
「無様だな、この魔理沙さんが」
霧雨魔理沙は、自らの力のなさを痛感する。まさか、地上戦がこんなにも制約を課するものだとは思わなかった
思えば最初の特攻にしたって、途中からは重力にかかり、ただの墜落と変わらなかった。マスタースパークやノンディレクショナルレーザーと言ったスペルは、味方に被害を及ぼしてしまい。ブレイジングスターの様な、箒を使った戦い方も封じられている
せいぜい出来るのは、マジックミサイルを乱射するくらいである。それは紅魔館側からしたら十分な脅威だが、決定的な何かを及ぼすには至らない
「っつーか、あいつらがおかしいんだよ・・・」
妖夢や美鈴と言った存在に対し、魔理沙は頭を痛める。先ほど見えた二人の戦いは、凄まじかった。拳と剣であれば、リーチの長い剣が有利かと言えば、そんな単純なものではない。リーチが長いだけに、一度外せば必殺の一撃を貰ってしまう。どちらも決定打に踏み切れずに、息もつけない牽制の送り合いだった
「私も少しは地上で戦えるようにしておけば・・・」
「無様ね、恋色の魔法使い」
唐突にかけられた声に、魔理沙は意識を戻す。そこに立っているのは、なるべく相手をしたくない存在だった
「よぉ、パチュリー。お前が外に出るなんて、珍しいんじゃないか?」
まずい。魔理沙は軽口を叩きながら、背中に冷汗を感じる
慣れない地上戦。封じられた弾幕。相手は属性魔法使い
「たまにはこちらからこそ泥を叩き潰そうと思ってね」
「そいつはまた剣呑な話だな・・・」
どうする? 魔理沙は必死で考える
地上戦である以上、相手も条件は同じだ。しかし、操る魔法が違いすぎる。空中で猛威を抑えられていた火符や土符が牙を剥く。その他の符はその威力をそのまま発揮するだろう。五行を知る魔女に、死角はなかった
魔理沙は必死で考える。考えるが、結論は一つ
「普段ならこんな真似はしないんだがな」
今は自分のことよりも、味方全体のことを考えて行動しなければならない
「覚悟はいいかしら? のこのこと魔法使いの領域に踏み込む愚かさを、私が教えてあげるわ」
「お生憎様、私がここでやられるわけにはいかないんだぜ!」
そして魔理沙は、予想外の行動をとった
「な・・・待ちなさい!」
「こんな所でお前と戦ってられるかよ!」
魔理沙はパチュリーに背を向けると、一目散に逃げ出した
まさか、あの霧雨魔理沙が敵前逃亡を開始するなんて。パチュリーは予想だにしなかった展開に、一瞬気を取られる
「追いますか?」
近くにつけていた兵が、パチュリーの指示を仰ぐ。当然、敵の副将クラスを逃がす理由はなかった
「退き時が叩き時・・・。あの魔法使いを討ちなさい!」
パチュリーの命令に、複数の兵がいっぺんに魔理沙へと攻撃を開始する。空中でこその移動速度が封じられ、魔理沙はそれを回避することすら危うい
「おいおい、これはまずいぜ!」
当然直進などできるはずもなく、敵兵との距離は縮んでいく。そして、魔理沙がダメージを覚悟で振り返ろうとしたその時だった
「ここは任せて、早く後退してください!」
「味方は魔理沙の援護につくのよ! 早く弾幕を展開しなさい!」
魔理沙を救ったのは、因幡てゐの率いる兎兵たちだった。その援護射撃に、魔理沙は思わず安堵の息をもらす
「た、助かったぜ・・・」
てゐに礼を述べるべきかと思ったが、その本人がそれを一蹴する
「一人で敵陣に突っ込む馬鹿がどこに居るのよ! あんたはさっさと下がりなさい。あんたのことだから、どうせ何かを狙ってるんでしょ?」
てゐに言われ、魔理沙はにやりとする。その笑顔を見て、兎兵たちは魔理沙が味方であることを心の底から安堵した
「当然、やられっ放しの魔理沙さんじゃないぜ」
逃がしたか。パチュリーは苛立たしそうに唇を噛む。地上ではさほどの脅威にはならない筈だと言うのに、この不安感は何だろうか。彼女を逃がしたことが、戦況に大きく響く気がして仕方がない
ならばこそ、今のうちにしっかりと戦況を整えるべきだ。パチュリーはそう思い、近くにいた門番に指示を出す
「美鈴はどこかしら? 彼女に門の近くまで来るように伝えなさい」
そのパチュリーの発言に対して、門番はとんでもないと言った様子で首を振る
「今美鈴さんに近づける者は居ませんよ!」
パチュリーは首を傾げる。いかに彼女が鬼のような戦いを繰り広げていようと、味方なら近づける筈である
「どういうこと? 美鈴は何をしているの?」
今度は門番が疑問に思う番だった
「まさかパチュリー様、報告を受けていないんですか!?」
「報告? そうか、私が門から離れたからね・・・。一体何があったの?」
まさか美鈴に何かあったのだろうか。しかしパチュリーに伝えられた事実は、それ以上に最悪の事実だった
「そんな・・・!! 敵陣から魂魄妖夢が出陣! 門番長はそれを単独で迎え撃っています!」
パチュリーは愕然とする。地上戦における最悪の敵が、この戦場に?
確かに、彼女の相手を出来る者は美鈴しかいないだろう。しかし、あれほどの傷を負っていては・・・!
「すぐに案内しなさい!」
パチュリーは焦ったように門番に指示を出す。門番は急いでその場所へと向かった
2対1であれば、いかにあの剣士といえども・・・。パチュリーは必死に考える。これからの動き、これからの流れを、必死に
残念な結末だ。妖夢はこの戦いの終わりを予感した
自らを紅魔館の門と言うその実力は、たいしたものであった。幾度となく危うい一撃を放たれ、こちらもそれに必殺の一撃で応じる。実力は拮抗していた
しかし、時が経つにつれて、それにも限界が訪れる
「・・・もう限界か」
美鈴はぼそりとそう呟く
血を流しすぎた。すでに手先の感覚は、蛍の光よりも頼りない。体中にしびれのような感覚が襲い、寒くて仕方がない
だがそれでも、私は倒れるわけにはいかない。私は今、私こそが今。紅魔館の門なのだから
「・・・なんという、精神力だ・・・」
妖夢は思わず唸る。思えば、最初に対峙した時からその傷の多さは異常だったのだ
それが常人だったなら・・・否。それが屈強な強者だったとしても、とっくに地に伏せていた筈である
「それほどまでに、彼女が背負うものは大きいのか・・・」
しかし、これも勝負の世界。果てなく続かせるわけにはいかない
妖夢は構えを解く。その様子に美鈴は怪訝な顔をしたが、構えを解くようなことはしなかった。それに構わず、妖夢は紅魔の門番に話しかける
「こんな事を、この戦場で言うのは非常識だろうが・・・」
突然の妖夢の言葉に、美鈴は身構える
まさか、まだ投降を要求するとでも言うのか?
しかし、二の次で放たれた言葉は、予想の斜め上を行った
「今度は、お互い万全の状態でお手合わせを願うわ」
「・・・・・・・・・」
あまりの場違いさに、美鈴は言葉を失ったが
「・・・その時はもちろん、貴女のリベンジマッチと言う形でお受けしますよ」
真っ直ぐな妖夢の瞳を受けて、自然と口が動いていた
妖夢はその言葉に頷くと、二刀を構えて微笑んだ
「その言葉を聞いて安心した。私の全身全霊の一撃を、誇り高き紅魔の門番に捧げよう」
・・・全く、真っ直ぐな人だなぁ
妖夢の言葉に身構えながらも、美鈴は内心で微笑んでいた
ならば私の最後の一撃を、彼女へと捧げない道理はない
「良いでしょう。私の拳と、貴女の刀。どちらが速いか、勝負といきましょう」
これまでの速度は、全くの互角
これで、二人の戦鬼による戦いが決まる
その最後の、最期の一撃を、告げる
「人鬼!未来永劫斬!」
人ならざる、鬼となりて
「極光!華厳明星!」
光を極め、明星を超える
「――美鈴!」
そして、紅魔館の門は、ここに倒れたのであった
「願わくば、次の勝負では心置きなく戦えん事を」
それが意識を失う彼女が聞いた、最後の言葉であった
「――美鈴!」
パチュリーがその場に駆け付けた瞬間、彼女がゆっくりと倒れるのを目撃する。その体が倒れる前に、冥界の剣士がその体を支えて、何事かを囁いた
まさか、まさか美鈴が地上戦で敗れるとは。あまりの展開に、彼女は言葉を失う
それを知ってか知らずか、妖夢は戦場の中央で勝ち名乗りをあげた
「両軍とも良く聞け! 紅魔館の門番長は、この魂魄妖夢が踏破した!」
その叫びに、周囲に居た両軍の動きが止まる
「美鈴さんが・・・」
「まさか、あんな鬼のような・・・」
妖夢の勝ち名乗りに、両軍はしばし呆然とする。不思議なことに永遠亭軍までもが、その事実を悲しむように沈黙した
「・・・冥界の剣士。出来ることなら、彼女を離してもらいたい」
その沈黙を破るように、パチュリーが妖夢へと言葉をかける。妖夢はそこで初めてパチュリーの姿に気づき、眼を細める
「あなたは・・・。そうか、あなたも戦場に立っているのですね」
妖夢はゆっくりとパチュリーへと近づいていく。その腕には美鈴を抱えたままである
「紅美鈴殿は見事に戦い抜きました。出来る事ならば、彼女を安全な所へ」
一時戦いの止んだ戦場で、妖夢は美鈴の体を差し出す。パチュリーはその身を受け取ると(とは言っても、彼女にその身は支えられない。地面に静かに置く形になったが)、パチュリーはその体に声をかける
「ゆっくり休みなさい。後は、私が敵軍の相手をするわ」
そして、兵士へ美鈴を運ぶように指示を出し、自らは妖夢へと向き直る
「心遣いには感謝する。だけど、今すぐこの場からは退いてちょうだい。いくら私だからって、仲間がやられて黙ってはいられないのよ」
言うが早いか、パチュリーの周囲にメイド兵が集う。妖夢は少しだけパチュリーを睨むようにしたが、すぐにその顔を緩める
「了解した。私は一度下がることにしよう」
その言葉に、パチュリーは安堵する。負ける気はなかったが、無傷でいられる相手ではない。今はお互いに鞘を納めるべきなのだ
「感謝するわ。ええ、本当に・・・」
そしてパチュリーもすぐにその場を離れようとする。考えなければ、いかにして妖夢を退かせるかを。そこに妖夢が声をかける
「恨みはないが、次にこの戦場で会った時は斬らせていただきます。どうか、そのつもりで」
当然、彼女にもわかっていた。今妖夢が大人しく下がるのは、美鈴に対して敬意を払ったからだ。もし私が美鈴をおざなりに扱えば、彼女はすぐにでも斬りかかってきただろう
果たして・・・。彼女は考える。果たして自分に妖夢を抑えることができるだろうか? いつもの自分であれば、そんな不安は抱かないだろう。しかし、今私には枷がある
それは――重力魔術を思考するため、脳裏に術式を描いてなければならないということ。他のスペルを発動する際に、少なからず意識が鈍くなること
これだけ大掛かりな魔術を、何の準備もなく施行できるはずがない。慧音の判断は正にその通りであった。彼女は今日の日の為に、紅魔館の中央に魔法陣を描いていた。そして、必要なのは準備だけではない。それを試行している間は、常に術式を構築していなければならない
それゆえに、今の彼女は普段よりも枷をつけられた状態なのだ。そうでもなければ、すぐにでも敵軍を火の海に沈めているだろう。最も、それは重力で相手が縛られていなければ成しえない。つまり、大勢を考えればどちらを優先するかは一目瞭然なのだった
「わかったわ。当然、大人しく斬られるつもりもないけれどね。とにかく今は、お互いに退きましょう」
しかし、彼女は妖夢に対して臆することなく言葉を紡ぐ。それでも私は負けはしないと、自らの力にゆるぎない自信を持つが故だった
それ以上二人は言葉を紡がなかった。妖夢は一旦自軍の中央を目指して、パチュリーは門の中へ向かい移動を開始する
周囲の兵も一旦それに従った。戦場の真ん中に、不自然な穴が開く。しかし、再びそこが戦場となるのに、さほどの時間は要しなかった
美鈴が破れた事実にも、門番たちは全く揺るがなかった。むしろ、その士気を高めたと言ってもいい。先ほどとは違い、堂々と戦って敗れたのである。その思いに応えずに、何が門番だろうか
そして、永遠亭の軍も負けてはいない。美鈴を破ったことにより、確実に士気が高まっていた。さらにこちらには未だ妖夢が健在している。苦手な地上戦でも、これならばなんとか戦える
両軍の勢いは、いつの間にか拮抗していた。しかしそれでも、拮抗状態ならば俄然門番たちに軍配が上がる。地上戦であると言うのは、それほどまでに大きな要因なのだ
それゆえに、妖夢が次に出陣したならば、正しくそれを止める者は存在しないだろう。パチュリーはそのことを知っていた。そうなれば、自分が出ていくしかないと
門の内側で味方に治癒魔法を施しながら、パチュリーはその時を待った。妖夢が出陣すれば、いつでも自分が出られるようにと
しかし、そこにその一報が飛び込んできたのはすぐだった
「報告! 魂魄妖夢が!」
遂に、か。パチュリーは思わず顔をこわばらせる。結局のところ、彼女に対する有効な策は浮かばなかった。火符や土符を駆使しながら、何とか退けるより他にない。相手は接近戦を得意としている。ならば近づかないように戦うよりほかにあるまい
パチュリーは応接室に寝かされている美鈴の存在を思い出す。そうだ、そもそも彼女がいなければ、私が出る前にすべてが終わってしまっていた。彼女が良くやってくれたから、望みをつなぐことができたのだ
今ここで冥界の剣士を退けなければ、こちらの勝ちはありえない。ならば、私が戦わないでどうするというのか?
「・・・あなたの覚悟を、少しだけもらうわ」
誰にも聞かれないようにそう呟くと、紅魔の魔女は誇りを取り戻す
「私が冥界の剣士の相手をするわ。私の周囲には兵を配置しないこと。ここはしばらくの間あなたたちでなんとか・・・」
覚悟を決め、出陣しようとするパチュリー。しかしそんな彼女に対し、伝令が信じられないことを告げる
「いえ、違いますパチュリー様! 魂魄妖夢は、戦場から離脱しました!」
「・・・なんですって?」
信じられない朗報に、パチュリーは驚愕を隠せない。今こそが攻め時だと言うのに、いったいどうして?
「どうやら彼女は、八意永琳の所へ向かったようで・・・」
なるほど、彼女は恩義の人と言うことか。それはつまり、あの薬師をレミリアが抑えていると言うことなのだろう。パチュリーは再びこの戦場に勝機を見出した
「何にせよ、助かったのに違いはないわね。今のうちに体制を少し整えましょう」
次の指示を出さなければ。パチュリーは敵と味方の勢力を把握しようと、移動を開始しようとする。そこにまたしても信じられない一報が飛び込んできた
「こ、高速で飛行する影ありとの情報!」
息を切らせて飛び込んでくる伝令に、パチュリーは怪訝な眼差しを向ける。それはそうである。この紅魔館の周囲を飛行できる存在などありはしないのだ
「馬鹿な・・・紅魔館の周囲を飛行可能な物体なんて・・・」
言いかけて、その発言に意味がないことを知る。何故なら、彼女にもはっきりと見えたからだ
伝令の背後に見える、煌く彗星の姿が
永遠亭軍の中央。そこには将らしき将は存在しない。それでも紅い装備を纏った兎兵が中心となり、本陣と呼ぶにふさわしい形態を成していた
妖夢はその場所にたどり着くと、大きく息をつく。まさしく突破口を開いてくれた妖夢に対し、兎兵たちが口々に歓声を上げる。しかし妖夢の耳にはその歓声が入ってこなかった
流石に疲れた。相手は正しく強敵だった。一歩間違えれば、私がこの戦場に倒れ伏せていただろう。しかし、いくらなんでも手負いの相手に時間をかけすぎた。自分はまだ大勢に響くようなことを果たせてはいない
「私は・・・どこを援護すればいいだろうか?」
誰にでもなく、妖夢は言葉をかける。その場に居た兎兵たちは驚いた。敵の副将と、あれほどの戦いを繰り広げたのである。お互いに攻撃がヒットしなかったとはいえ、その体には疲労がたまっているだろう。だと言うのに、彼女はすぐにでも出陣しようと言うのか
「体の方は、大丈夫なのですか? 今は少しでも体を休めた方が・・・」
その身を気遣い、兎兵が休むように進言する。しかし妖夢はそれには頷かなかった
「私が休む間にどれほどの味方が傷つくと思うのです。それに、敵軍には未だに余力が残っています。あの魔女でさえ、既に戦場に立っている。休む暇はありません」
それは妖夢の言う通りであった。いかに美鈴が倒れたとはいえ、舞台は未だに地上戦。おまけに、敵軍には大量のメイド兵が残っている。当然ながら、パチュリーの存在も
今妖夢が動けば、後々の戦いが有利に進むのは間違いない。兎兵たちは申し訳なさそうにしながらも、妖夢に頼ることにした
「本来なら貴女は、この戦いには無縁なのです。危なくなったら、すぐにでも離脱してください。それを約束してくださらなければ、出撃は控えてもらいます」
「・・・承知しました」
妖夢は深くうなずく。敵前逃亡は武士の恥、などとぬかすつもりはない。自分が戦場で倒れれば、味方の士気が下がるのは当然。それならば一旦離脱した方が、味方の士気は下がらずに済むだろう
「それでは・・・今の状況を簡単に説明します」
リーダーと思わしき兎兵が、妖夢へと近づいてくる。だが、妖夢へと状況を説明しようとしたその瞬間、か細い声が伝わってくる
「・・・助けて」
それは湖の方向から、確かに聞こえてきた。頼りなくはあるが、同時に強い意志を感じる声。その声に、妖夢は目を細め、兎兵たちはハッとする
「まさか・・・どうして?」
その声の主は疲れた様子で飛び込んでくると、泣きそうな顔で叫んだ
「誰か・・・! 永琳様を助けて・・・!」
その声の主はメディスン・メランコリーだった。兎兵たちはメディスンの言葉に驚愕の顔を浮かべる。まさか、永琳様に何かあったと言うのか? だが、兎兵たちよりも先に反応したのは、他でもない妖夢だった
「八意殿が?」
妖夢の短い声に、メディスンはびくりと体を震わせる。それが怯えだと気付くのに、妖夢は少し時間を要した。そして彼女はまだ生まれて間もない妖怪であることを、妖夢は思い出す
「八意・・・永琳様に何かあったの?」
妖夢は出来る限り優しく話しかける。内心のざわめきを、必死で抑えながら
「紅い悪魔と戦って・・・永琳様、苦戦してました。私じゃ役に立てなくて・・・。私じゃ紅い悪魔を倒せないから」
メディスンの言葉に、妖夢は自らの役目を考える。本音を言えば、今すぐにでも永琳の下へ駆けつけたいのだろう。永琳に恩義を感じているならば、なおさらである
しかし、今奮戦を続けている味方を放って助けに行くことが、果たして最善なのだろうか?
妖夢と同様に、兎兵たちも悩んでいた。妖夢が助けに行きたがっているのはわかっている。当然、彼女たちも出来れば妖夢に助けに行ってもらいたい。自分たちでは紅い悪魔をどうとも出来ないからである
しかし、今妖夢を失ってしまえば、味方は総崩れにはならないだろうか?
どうすればいいのか。その判断を下したのは、永遠亭の参謀役だった
「助けに行って来なさい。ここは私たちだけで十分よ」
「・・・てゐ様! お戻りになられたのですね!」
魔理沙の援護を終え、因幡てゐが永遠亭軍へと帰還した。その登場に、兎兵たちは希望を見出した。てゐが大丈夫と言えば、大丈夫なのであろう。兎兵たちはそう思い、妖夢に言葉をかける
「どうぞ、永琳様を助けに行って来てください」
「出来る事なら、早く。相手はあの紅い悪魔です」
妖夢は決めかねていた。永遠亭と深い関わりのない彼女には、因幡てゐの言葉に絶対の信頼はおけない。それは兎兵たちの言葉を受けても、同じだった
「しかし私がいなくなれば、あなたたちは・・・」
地上戦。今のこの状況が妖夢を動かせずにいた。地上戦を行える者が、妖夢の他に居たならば悩まなかったに違いない。そんな彼女に、てゐはある事実を告げる
「大丈夫よ、もうじきこの区域の重力魔術は解除されるわ。そうなれば、相手のペースで戦っていた味方が復活する」
「それは・・・本当なのか?」
信じられない言葉に、妖夢は思わず聞き返す。てゐはにやりと笑って返した
「ま、私を信じろとは言わないけどさ。この戦場には、いつかアンタを苦しめた魔法使いがいるのよ。まさか、あの魔法使いがこのまま黙ってるわけないでしょう?」
その言葉に、妖夢は自らの迷いを断ち切る。どちらにせよ、決断はせねばならないのだ。ならば自分に正直に生きて見せよう
「大した役に立てずに、申し訳ない。私は転身して、八意殿の援護に向かいます」
そして、小さく震えているメディスンへと言葉をかける
「私は永琳様を助けに行きたいの。悪いけど、案内してくれるかしら?」
「・・・永琳様を、助けてくれる?」
怯えながらも、意思を宿した瞳に、妖夢は驚く。きっと、途方もない恐怖と闘いながらここまで来たのだろう。途方もない悔しさに苛まれながらここまで来たのだろう。もう少しで私は、その気持ちを無駄にするところだったのか・・・
「相手があの紅い悪魔だろうが、必ず助けだして見せる」
力強く、妖夢は頷く。その手は腰に携えた刀を握っていた
「ほら、さっさと行くのね。永琳に何かあったら、私たちがただじゃおかないわよ?」
てゐが急かす。彼女と言えど、レミリアと永琳の対決と言うのは予想がつかないのだ。なんでこのてゐ様がこんなに不安にならなきゃならないのよ・・・! 自分でもよく分からない感情を、てゐは兎兵たちの手前、抑え込む
妖夢はてゐの言葉に頷く。もはや、言葉を紡ぐことすらもどかしい
「急ぐわ。案内して」
妖夢はメディスンを背負う。メディスンはもう震えていなかった。妖夢に永琳の場所を伝えるために言葉を紡ぐ
「本当に、申し訳ない」
最後に一つ言葉を残し、妖夢は地を駆けた。兎兵はその様子にぽつりと呟いた。あれが、剣士と言う存在なのかと
加速を続けるうちに、妖夢は自らが焦っていることに気づいた。永琳が危ういという事実にではない。自分があの紅い悪魔の相手をすると言う事実に、である。果たして、私なんかが相手になるのだろうか・・・?
みるみるうちに、湖の淵が近づいてくる。メディスンは必死でしがみつきながら妖夢に言った
「永琳様は殆ど湖の中央に居る筈です!」
「わかった。飛ぶから気をつけてね」
流石に湖の上を走る様な芸当はできない。妖夢は両足に力を込めると飛翔を(と言うよりは跳躍に近かったが)開始する
そして、彗星とすれ違った
疾風と轟音、そして星屑。それらを残しながら、彗星はあっという間に妖夢の後方へと消えていった
ものすごい速度で真横を抜けて行った影に、妖夢は目を疑う。あれは、何だ? 外の世界の近代兵器か何かだろうか? それとも、天狗の大群でも通り抜けたか?
「まさか・・・魔理沙!?」
それに答えはなかったが、妖夢は他にそんな芸当をやってのける存在を知らなかった。思わず振り返ろうとして、自らの役目を思い出す
「・・・いや、今は後方を確かめる場合ではない」
いろいろと脳裏によぎるものがあったが、それを振り払う。メディスンはあまりにも非現実的な光景に言葉を失っていたが、妖夢に言葉をかけられて我に返る
「あそこまでは流石に無理だけど・・・急ぎましょう。しっかりつかまってね」
こうして剣士は戦場を後にした。冥界の剣士と、紅魔の門番。そのいずれもが、戦場を去ったのであった
一方、妖夢とすれ違った魔理沙は、ありったけの力を込めて加速を続けていた
あの重力魔術圏内じゃ、私はただのお荷物だ。大した魔法も撃てること無く終わってしまう。だったら話は簡単だ、重力魔術圏外から突っ込んでやればいい!
それを実行するために、魔理沙はパチュリーから逃げ出したのだった。ちょうどその時、パチュリーがどの方向から出陣してきたのかを知った。どうやら、門の内側にパチュリーの待機している場所があるらしい。魔理沙はその事実を確認すると、行動に移った
問題は、今この瞬間である
「く・・・そぉ・・・!」
湖の上ではさほどでもなかった重力が、紅魔館に近づくにつれて魔理沙に襲いかかる。魔力をありったけ詰め込んでも、その出力は低下しようとしていた
冗談じゃない・・・! この私が、このまま終われるか!
彼女を支えたのは、意地であった。そもそも彼女の魔法とは、彼女の努力そのものである。彼女自身が血のにじむような思いで修練を積んだからこそ、彼女は幻想郷でも恐れられるようになったのだ
だから、諦めることには慣れていなかった
だから、諦めないことには慣れていた
だから、彼女は不可能を可能にする!
呼吸も、魔力も、体力をも犠牲にして、力と言う力を振り絞る
――見つけた!
両軍の頭上すれすれを超高速で突き抜け、彼女はその影を見つける。この重力魔術を施行しているであろう、知識の魔女を。もしその魔女が移動していたら、危なかった。最後は、彼女の勝負強さが勝ったのだろうか
「くぬぉ・・・!」
あと少し・・・ほんの、少しでいい! 体よ、持ってくれ・・・!
こちらに気づいた魔女の顔が、驚愕に染まるのが見えた
それが彼女の確認した、最後の光景であった
まさに弾丸の如く、霧雨魔理沙は門の内部へと突っ込んだのだった
「・・・何、が」
ほんの数瞬、パチュリーは意識を失った。それは時間にしても数秒のことだっただろう。彼女自身もその感覚からそうであろうことを認識する
「まさか・・・普通の魔法使いがやってくれたわね」
パチュリーは砂塵の立ち込めた周囲を見渡す。衝撃で門の内側には巨大な穴が穿たれていた
「とりあえず・・・美鈴は無事ね」
幸いなことに、紅魔館の方までは被害が及ばなかったらしい。その事実を確認すると、パチュリーは急いで魔理沙の姿を探す。この混乱に乗じて、得意の魔砲を放ってこられてはまずい
しかし、その姿は見当たらなかった。何事かと近づいてくるメイド兵たちに、パチュリーは指示を出す
「すぐに被害を確認しなさい。それから、外に出ている門番の一部を下がらせなさい。急ぐのよ」
パチュリーは次第に落ち着きを取り戻す。門の内側には大量の敵が攻めてくることもなく、味方にも被害は少ない。パチュリーは眉をしかめる。だとすれば、何のためにこんな無駄な事を?
とりあえず、大勢に支障はなさそうだ。状況を確認したら、すぐに軍を立て直さなければ
しかし、その判断は間違っていた。何故なら彼女はいま、重要なことを忘れていたからである。彼女はそのことをすぐに知る
「パチュリー様! 敵軍が・・・空中に展開しています!」
「――成るほど」
パチュリーは魔理沙の特攻の意味をようやく理解した。こちらの混乱に乗じた急襲が狙いではなかった。私の意識を少しでも途絶させ、脳裏に描いていた術式を途切れさせるのが狙い
「こちらも空中に展開しなさい。門番たちだけでは危ういわ。メイド兵部隊はすぐに出陣し、門番たちの援護につきなさい」
パチュリーの言葉に、メイド兵が動く。すぐに残ったメイド兵たちが部隊を編成していく。一方彼女自身は、一時の撤退を決めた。こうなれば、兵力と士気が勝敗を決するだろう
紅魔館の門は今、最大の危機を迎えたのであった
To be continued?
冒頭のところとかやってるからてっきり元ネタ知ってて書いたのだとばっかり。
まだ途中ですが紅魔館≪永遠亭という状況が完璧になりたちましたね
あと魔理沙が何をしたのか理解できなかった
ブレイジングスターじゃパチェを気絶させる前に墜落して終わるでしょう(一回目のときにできなかったし)
というか生身の人間が重力落下+加速して突撃したらミンチになるってレベルじゃないと思う(結界をはっていたとしても耐えられるものじゃない)
特に重力加速度は通常よりもでかくなってるわけだし、高度を上げればその分落下の運動エネルギーは増大するし
とするとマスパとかそういうのになるのかなぁと思えば全く違うようだし
特攻と言う言葉からブレイジングなんだろうと思いますが、重力が増大(飛べなくなるほどの増大だと十倍二十倍程度じゃ済まないだろう)してる中高度を上げられたのもイミフ
そこのとこの説明がほしいなぁ