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4章 永夜の救い
「あの門番たちって、こんなに強かったっけ・・・?」
霊夢はモニタの向こうで繰り広げられる戦いに目を見開く。状況は圧倒的。門番たちが次々と敵兵を駆逐していく様が映し出されていた。霊夢の記憶では、紅魔館を守る門番たちはここまでの強さではなかったはずだが・・・
「彼女たちは、もうこれ以上後ろに下がることが出来ない。普段ならあの屋敷の中にはメイド長や紅い悪魔が控えているが、今はそれすら存在しない。彼女たちは、必死になって戦っているのさ。それこそ、必ず死ぬような覚悟でな」
慧音の発言に、霊夢は思わず紅魔館を見る。いつもと変わらぬその佇まいは、しかしどこか難攻不落の牙城のように見えた
追い詰められれば、人間は予想以上の力を発揮する。ならば、それは妖怪にも同じことが言えるだろう。守りたいと思えば思うほどに、彼女たちは力を発揮する
「まるで背水の陣だな。自らを追い詰めることで、その力を最大限まで引き上げるとは」
「でも、それにしたって・・・」
あまりにも、強い。流石に私も、今の門番たちに囲まれたら危ういかもしれない。そう思わせるほどに、彼女たちは圧倒的な強さを見せていた
「当然、それだけでこれほど圧倒的な状況にはならないさ。いやはや、流石は動かない大図書館と言ったところか。まさか、重力を制御する魔法を扱うとは」
そう、それは永遠亭の兎兵たちが紅魔館に近づいた時だった。それまで飛行しながら前進していた兎兵たちが、突如として墜落したのである。その結果、永遠亭軍は地上で戦わざるを余儀なくされていた
「地上戦では、あの門番長の部隊に勝る妖怪たちもそうそういないだろうさ」
そう言われて、霊夢は気付いた。弾幕を展開しようとする永遠亭の兎兵たちに対し、紅魔館の門番たちは肉弾戦で襲いかかっている。これが空中であれば、とてもではないが肉弾戦などが通じるはずもあるまい
「地上戦、ね。なるほど、それは盲点だわ」
紫が面白そうに口元を歪ませる。またぞろ良くない思いつきでも起こしてなければいいけど、霊夢は不安に思った
「それにしても、重力を操るなんてことが出来るのね~」
「恐らく、戦いの前から準備していたんだろう。そして紅魔館の周囲だけ、飛行不可能な領域を作り出す。用意周到だったのは永遠亭側だけではないということか」
思えば、地上戦など久しく行っていないことに気づく。いままで勝利をおさめていた相手と地上で戦うと、いったいそれはどんな結末になっただろうか
魔理沙やアリスが相手ではさほど変わらないだろう。それ以外の者とは、正直予測もつかない。そう言う意味では、あの門番長の相手など絶対にしたくなかった。なるほど、地上戦と空中戦では実力差が異なるらしい。どこぞの庭師の相手をしたときなんか、年貢の納め時かしらね、と霊夢はため息をつく
そして、その存在を思い出した(つまり、それまではすっかり忘れていたわけだが)
「幽々子、あんたいつもの庭師はどうしたのよ? 付き人もなくこっちに来るなんて、珍しいじゃない」
「私だってしょっちゅう妖夢と一緒にいるわけじゃないわよ? たまにはひとりで出歩くわよ~」
それに妖夢は今出かけてるのよ、と幽々子はつまらなそうな顔をした。あんたは歩かないで浮いとるがな、と心の中で突っ込んでおく
そう言われてみれば、慧音に魔理沙の所在に聞かれた時は何でと思ったか。いつも居るから、今もいなければならない道理などあるまい。しかし、それにしたって
「出かけてるって・・・。今は完璧に真夜中じゃない。いったいこんな時間に何してるのよ?」
「知らないわよ~。行き先も言わずに、恩義がどうのこうのと言って出かけてしまったんですもの」
「恩義ねぇ・・・いったいどの時代の子よ」
古臭い言葉を聞いて、だんだんと興味が薄れていった。そもそも、ここに居ない者のことなど、考えてもわかるわけがないのだ
モニタの向こうでは、相変わらず一方的な戦闘が続いていた。このままじゃ、兎さんは全滅しちゃいそうね。霊夢はぼんやりとそんな事を思う
と、そこで再び気づいた
またしても、あの腹黒兎の姿がなくなっていることに
「存外に粘るわね、宇宙人のくせに」
「生憎、しつこいのには慣れてるのよ。あの子のせいでね」
紅魔館から離れることいくばくか。二人の異形は、互いをけん制しつつ軽口を飛ばし合う。しかし、永琳はその軽い口調とは裏腹に焦っていた
こいつ、本物の月の下だとこんなにも強いのか・・・
こちらの放つ矢は、まるで当たりそうな気配がしない。対して向こうが放つ紅い弾丸は、常にこちらのすれすれを通っていく
「まさかこのまま夜が明けるまで粘ろうってんじゃないだろうな?」
「嫌ならさっさとお屋敷に戻ったら? きっと魔法使いさんも心配しているでしょうよ」
軽口を飛ばし合いながらも、お互いに攻撃の手を緩めたりはしない。さて、この状況をどうやって打破しようかしらね。永琳がそう思考を巡らせようとした時だった
「毒符・ポイズンブレス」
悪魔の周囲に、目にはっきりと見えるほどの毒がまき散らされた
「まさか・・・メディスン!?」
「うわー・・・全然効いてないや」
泣きそうな顔をしながら、メディスン・メランコリーが永琳の側へと近づいてくる
「メディ、貴女なんでここに?」
決まっている。この子は、私の役に立とうとしたのだ。そうでなければ、こんな場所に来たりなどするものか。まだ生まれて間もない妖怪にとって、この場所は恐怖そのものでしかないはずだ
「餓鬼が・・・貴様、死にたいのか?」
不意打ちを受けて、悪魔がその瞳をメディスンへと向ける。メディスンはそれに己の身を震わせながら、それでもしっかりとした口調で答えた
「死にたくはない・・・」
「だったら、失せろ。今宵は既に貴様のような存在の出る幕じゃない」
レミリアはその手先をメディスンへと向け、弾丸を放とうとする。しかし、それよりも早くメディスンが続けた
「死にたくはない。でも、大切な人の役には立ちたい」
メディスンは恐怖に負けることなく、精一杯の声を上げる
「私は捨てられた存在・・・。捨てられた身に、毒を受けて生まれた存在。望まれなかった、存在」
いつの間にか、彼女の体から震えが消えていた。レミリアはその事実に驚き、目を細める
「だけど今、私を必要としてくれる人がいる。望まれなかった私を、必要としてくれる人が」
メディスンは永琳の方を向き、笑顔を見せてこういった
「私は、その人の為に戦いたい」
「メディ、貴女・・・」
レミリアは複雑な表情で、複雑な心境でメディスンの様子を見ていた
全く、誰かさんと重なるようなことばかり言ってくれるじゃない
しかし、そこは紅い悪魔と恐れられるレミリアである。余計な感傷はすぐに捨て去る
悪いけれど、敵の味方は敵なのよ
「危うく涙を頂戴しそうなところ悪いけれど、私にも負けられない理由があるもんでね。ここで引き下がってちゃ、頼りないメイド達や、引き籠ってばっかの本の虫に顔向けが出来ん」
レミリアは冷たい笑みを浮かべると、その手を握りしめる
「来いよ、月の侵略者が。そろそろ終わらせてやろうじゃないか」
「そうね、私もいつまでもこうしていては兎兵たちに申し訳ないわ。メディスン、貴女は下がっていなさい」
メディスンを置いて、二人は再び戦わんと対峙する
「永琳様・・・」
メディスンは、自らが無力である事実を嘆いた。悲しいかな、毒にも薬にもなるその能力は、的にも味方にも通じないのだ。今のメディスンに出来ることは、ただ一つ
「私、前線へ向かいます。少しでも多くの味方を守るために。少しでも多くの敵を倒すために」
はっきりとした口調でそう告げると、返事も待たずにできる限りの速さで紅魔館へと飛び去っていく。その様子に、レミリアは思わず笑い出す
なかなかどうして、立派に妖怪をしているじゃないか?
「まさか、またそう簡単に通すとでも、なんて言い出すのかしら?」
「ほざけ。私の部下はあんな小娘にやられるほどにやわじゃないさ」
二人は冷たい夜空の下で、視線を交錯させる。そこに飛び散る火花が弾幕と変わるのには、さほど時間を費やさなかった
メディスンが目指そうとしているその場所は、正しく死地であった。それは両軍にとってであったが、特に永遠亭にとっては、地獄のような展開だった。普段の敵とは違い、肉弾戦で挑みかかってくる敵。封じられてしまった、上下の移動。横へと展開するしかない、薄い弾幕。加えて、鬼気迫る敵の猛攻である
その中で気をはくのは、赤を基調とした装備の兎兵たちである
「駄目だ怯むな! 怯んだら負ける! 絶対に弾幕を絶やすんじゃない!」
「目標は目の前にあるぞ! 敵も必至だ! 弾幕を展開しろ!」
当然、門番たちも無傷とはいかない
圧倒的多数の敵から、容赦なく浴びせられる弾幕。その弾幕を受けながら、それでも敵軍の進軍を阻み、すさまじい戦果をあげていた。もしもパチュリーの防御魔法が無ければ、より多くの被害があっただろう。永遠亭側を地獄とするなら、こちらは煉獄と言ったところだろうか
しかし、やはりこちらにも一人気をはく存在があった
「倒れるな! 膝を折るんじゃない! 私たちが守るべきものはすぐ後ろだ!」
それは、紅美鈴その人である
彼女には、普通の兵よりもさらに鬼のような弾幕が浴びせられていた。彼女はそれをかわすことなく浴び続ける。流れ出る血が、服を紅く染めつつあった。それほどの傷を受けてなお、彼女は叫びつづける
「紅魔館の門はやぶらせないぞ!!」
正に、死地であった
しかし、確実に永遠亭軍は摩耗していく
どちらに勢いがあるかは、歴然だった
そこに、拍車がかけられる
「パチュリー様がメイド兵を率いて出陣なさいました!」
門番たちにたちに伝えられたのは、そんな信じられない一報だった。それは奮戦を続けていた美鈴の動きさえも止める
「パチュリー様が?」
なぜ今彼女が前へ出てきたのか? 美鈴は門まで後退し、その真意を確かめに行く。そこには確かに、メイド兵に指示を出すパチュリー・ノーレッジの姿があった
「なぜパチュリー様がここに?!」
彼女が門の外へ出るなんて。彼女が、自ら行動を起こすだなんて。あの、密室に閉じこもった少女(ラクト・ガール)が
パチュリーは、美鈴が近づいてくるのに気づくと、その到着を待って告げた
「今まで散々あの薬師の策に翻弄されてきたわ。恐らく、レミィが紅魔館に居ないのも、彼女の思惑通りなのでしょうね。けど、今は私たちが敵軍を策に弄している。勝機は今しかないわ」
「しかし、パチュリー様自らが外に出てまで・・・」
それこそ、敵の策にまんまと嵌っているのではないかと、美鈴は疑ってしまう。しかし、美鈴は疑問を口に出しきる前に気づいた
目の前に居る彼女の瞳が、滅多に見る事の出来ない闘志を宿していることに
「レミィがね・・・帰ってこないのよ」
「・・・・・・・・・」
静かに、しかしはっきりと告げる魔女に、美鈴は言葉を失う。こんな彼女を見るのは、初めてだった
「彼女に私は言ったわ。『敵軍を蹴散らしてらっしゃい』と」
ゆっくりと、パチュリー・ノーレッジは語る。自らに告げるかのように。自らの意思を解き放つかのように
「私は彼女に言ったわ『館は私と美鈴に任せて』と」
自ら意識を高めながら、彼女は魔力を解放する
「だから死んでもこの館を守って、敵を蹴散らせなかったレミィを、笑ってやるのよ」
そこにあるのは、親友を気遣う心と、敵軍への怒り。しかし、魔女は実に楽しそうに笑ってみせる。その様子に、門番も笑わずにはいられなかった
「そうですね、たまには私たちが格好良く決めるのもありですね」
「わかったら、行きなさい。貴女の使命はまだ終わってないわ」
パチュリーは美鈴に己の両手をかざすと、呪文を唱える。流れ出た血はそのままだが、それにより傷は塞がっていた
「分かりました。何としても敵軍を殲滅し、紅魔館の門を守り抜きます」
「後ろは任せなさい。と、言っても貴女が敗れれば、私たちが敗れるのは変わらない。それだけは忘れないことね」
魔女と門番は背中を向け合うと、自らの仕事を果たしにかかる。門番は前に出て敵を撃ち砕くために。魔女は前に出た味方を援護するために
「往きます!」
「往きなさい」
ここに紅魔館は、難攻不落の牙城となったのだ
紅魔の門番の戦いを奮戦と言うのならば、永遠亭の兎兵たちもまた、奮戦であった。紅魔の魔女が操るのが魔法ならば、この状況で彼女たちが戦闘を続けられることもまた、魔法であった。なぜこれほどまでに絶望的な状況で、彼女たちは戦いをやめないのか?
そこには、2つの思いがあった
「魔女が出てきたなら、紅魔館はいよいよがら空きか・・・!」
「奴らにはもう切るべき札がない! 数で押すんだ!」
1つは、紅魔館が最後の主力を投入したこと
「今倒れれば鈴仙様に笑われるぞ! 救われた命の限りを尽くすんだ!」
「こんなところで倒れて、鈴仙様に恥ずかしいとは思わないのか! 最後まで全員生き残るんだ!」
そして1つは、中途で倒れた鈴仙と、生き残った月の兎隊の存在であった
この2つの事実が彼女たちを支え、彼女たちを助け、彼女たちを奮わせた
見よ、この状況下において、逃げだす者は一人もいない
まるで彼女たちそのものが、難攻不落の牙城であるかの如く。攻勢を続ける紅魔軍を必死で抑えていた
そこに突如、一陣の風が吹いた
否、それは風などでは決してない。しかし、戦場に居た誰もが、それを風だと感じただろう
そう感じたのも無理はない。彼女は縮地の術を身につけていたのだから
だから、実際は地を走って現れた彼女を、目の前に突然現れたと勘違いしても、仕方がなかった
そう、突然である。突然、彼女は現れたのだ
まるで、至極当然のように。ここに居るべくして居るかのように
銀色の頭髪は、漆黒の闇でもなお輝き、落ち着きのある緑の服がその輝きを引き立てる。頭と首元には黒いリボンを結び、それが酷く幼さを印象付ける。しかしこの戦場において、恐らくその幼さを笑える者はいない
当然であろう。この戦場では、彼女は恐るべき存在だ。地上で戦えば、それは年貢の納め時だろう。博霊の巫女ですらそう思ったのだ。背負う二刀に、誰もが恐怖を隠せまい
「な・・・!」
両軍は突如として戦場の真ん中に現れた影に、しばし呆然とした
そして、再びその戦いを再開するよりも早く、彼女は名乗りを上げる
「両軍とも良く聞け! 我が名は魂魄妖夢! 西行寺家専属二代目庭師にして、二代目剣術指南役なり!
故あって只今より、私は永遠亭軍の援護に付く! 誇り高き紅魔の門番たちよ、死にたくなければ直ちに退け!
もし、退かぬというのであれば・・・」
少女は背負う長刀を鞘から抜くと、紅魔軍へとその切っ先を向けた
漂う半霊もそれに合わせるように、鬼気を放つ
「この楼観剣の錆にしてくれよう!」
突如として現れ、突如として名乗りをあげて、突如として宣戦を布告する
それが白玉楼の庭師――魂魄妖夢の登場であった
最悪の敵。門番たちはそう判断したのだろう。妖夢から一定の距離を置いて、近づこうとはしない。しかし、彼女たちには守るべきものがある。たとえ刀の錆にされようとも、そこから退くような真似だけはしなかった
「あなたは・・・しかし、どうしてここに?」
兎兵たちが妖夢に近づくと、その真意を訪ねる。彼女が味方として現れるなどと、兎兵たちは一切聞いていなかったためだ。妖夢は紅魔軍を睨みつけたまま、兎兵たちの疑問に答えた
「私は八意永琳殿に借りがあるのです。今日はその借りを返しに参りました」
妖夢はちらり、と永遠亭軍の状況を見渡す。とてもではないが、まともな戦闘などできなかっただろうに、彼女たちは諦めずに戦い抜いた。ならば、それに応えずに何が剣士だろうか
「よくぞいままで戦い抜きましたね。もう大丈夫です、ここから先は私にお任せください」
自信に満ちたその言葉に、兎兵たちは活路を見出した。妖夢が援軍として現れた事実は、すぐに離れた味方たちにも伝わっていく。状況の変わりゆく戦場の中、妖夢は自らの宣言を実行にうつす
「退かぬか、紅魔の門番たちよ。ならば覚悟せよ! ・・・妖怪が鍛えたこの楼観剣に、切れないものなど、さほど無い!」
その言葉に門番たちは怯むようにほんの少し下がったが、それでも退くことだけはしなかった。妖夢は一瞬だけ瞳を閉じると、カッとその瞳を見開いて、構えた
「人符!現世斬!」
戦場の勢いは、未だ圧倒的だった
「てっ! 敵陣からっ魂魄妖夢が出陣!」
信じられない報告が飛び込んできたと同時に、美鈴はその姿を確認する。見えたのではない、飛び込んできたのだ。大量の味方を切り裂きながら、自軍の中央まで
「魂魄・・・妖夢!」
考えうる、最悪の敵だった。まさか永遠亭がこんな隠し玉を用意しているとは、露にも思わなかった
「全員妖夢から離れなさい! 私が相手をする!」
周囲の門番たちを妖夢から遠ざけさせると、自分はその正面へと立つ。妖夢を封じ込めていれば、その間に部下たちが兎兵を壊滅させるはず・・・。もしくは、パチュリー様が何らかの対策を練るまでで良い。とにかく、今は私が相手をしておかなければ
「止まりなさい、白玉楼の庭師よ。私は紅魔館の門番長、紅美鈴だ。今すぐにその刀を納めなければ、私があなたの相手をする」
妖夢は美鈴の姿を確認すると、一旦その刀を鞘に戻した。そして、その姿に目を疑う。満身創痍などと言う段階はすでに超越している。まさか、これほどの傷を受けてまだ戦っているとは・・・
おそらく、彼女は一筋縄ではいかない。妖夢は再び名乗ることで、彼女に応えた
「ご存じの通り私は白玉楼の庭師、魂魄妖夢です。誇り高き紅魔館の門番長よ、貴女はもう十分に戦った。降参なされよ」
これ以上は戦えまい。妖夢は半ば本気で美鈴に降参を進言する。その身でこれ以上の戦いを行うべきではないと
美鈴は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべると小さく呟く
「ほんと、いつの間に私が紅魔館を守る羽目になったんでしょうね・・・。いつもなら咲夜さんにお嬢様もいるんだけどなぁ・・・」
少し、ほんの少しだけ美鈴は息を吸い込んだ。そして気を練るように力を込めながら、裂帛の意思と共に言葉を吐き出す
「だけど、今は私が紅魔館を背負っている。みんなが倒れながら、守りぬくと誓った紅魔館を。みんなの意思を、背負っている」
拳を握り、前へと突き出す。一瞬空を見上げると、大気を震わすような声で、目の前に立つ剣士へと言った
「だから私は退くわけにも、倒れるわけにもいかない! 貴女が紅魔館の門を脅かす存在であるならば、私は貴女をも倒しきる!」
それはまさしく、勇士であった。そしてその雄姿に、門番たちが鬨の声を上げる。妖夢はもはや彼女は言葉では止まらぬことを知り、再び刀を抜いた
「ならば私は、その意思さえも切り裂いて見せよう。恨みはないが、貴女を相手に手加減をするつもりはない。全身全霊で参る」
「手加減は無用、来るならば来い! 世の中には、決して切り裂けぬものがあることを知れ!」
それ以上の言葉は必要なかった。二人はゆっくりと間合いを詰めていく
片や、絶対の意思をその拳に込め
片や、絶対の意気をその剣に込め
ぴりぴりと音が聞こえるのは、決して幻聴ではあるまい。それほどまでに、二人の強者は緊張感を高め合っていた
妖夢の傍らに控える半霊が、ぶるぶるとその身を震わせる。二人から放たれる殺気を、敏感に感じ取っているのかもしれない
先に動いたのは、どちらだったであろうか。もしかしたら、同時に動いたのかもしれない。それでも、その宣言を開始したのは妖夢の方が早かった
「断命剣!瞑想斬!」
遅れること、数拍。うねる様な妖気とともに振り上げられた刀に恐れることなく、美鈴もスペルを解放する
「三華!崩山彩極砲!」
視線は一直線にぶつかり合う。そこから先に、言葉は必要なかった
周囲の兵たちが弾幕を展開する中で、二人は互いをぶつけ合った
地上最強。そう呼ぶに相応しい二人が、その雌雄を決さんとしていた
「友軍はまさしく孤軍奮闘。このままじゃぁ崩壊は免れないな」
「だからわざわざアンタを呼んだんじゃない! 間に合わなかったら報酬は渡さないからね」
紅魔館の上空。重力魔法の圏外から、二つの視線が戦況を見つめていた。一つは因幡てゐから発せられる視線。一度戦場を離れた彼女は、自らの役目を果たし、この戦場へと戻ってきたのであった
「わかってるよ。依頼として頼まれたんなら、私情は抜きだぜ!」
言うが早いか、もう一つの視線の主は、戦場を目指し飛び去って行った。箒にまたがり、まるで流星の如く、一陣の光となって空を駆け抜ける
「ったく、私に内緒で楽しそうな真似をしやがって・・・! 最初からアクセル全開で行くぜ!」
少女は笑む。これから始まる戦いが、楽しみで仕方ないといったように。箒に魔力を込めると、少女はさらに加速を開始した
「彗星!ブレイジングスター!」
加速していく中で、敵軍の驚くような視線を幾つも捉える。そうさ、こんな度派手なイベントに、私を忘れてもらっちゃ困るぜ。呼吸することすらままならない超加速の中、彼女はにやりと口元をゆがませる
流星を超え、彗星の如く、敵軍の中央を目指して突き刺さる
それが彼女――霧雨魔理沙の登場だった
「霧雨魔理沙出現! 敵軍の援護を開始しました!」
門のすぐ近くに立ち、味方に治癒魔法を施していたパチュリーは、その報告に眉根を寄せた。星の魔法使いが、何故この戦場に?
「地上戦なのが救いか・・・」
これが空中線であったなら、流石の彼女も絶望していたに違いない。しかし、今は地上戦である。まして魔理沙の魔法は、空中戦でこそ真価を発揮する
「地上での小蠅など、恐るるに足りないわ。なるべく多くの兵で魔理沙を取り囲みなさい」
言うが早いか、報告に来た兵に正確な位置を訪ねる
「私も行くわ。これ以上彼女らの好きにさせるわけにはいかない」
地上戦であれば、あれしきの魔法使いに私が手こずる筈もない。魔理沙を退けたら、いったん美鈴を下がらせましょう。彼女を破るような者などいるはずもないが、傷を癒さなくてはさすがに危ない。美鈴の治癒を完了したら、メイド兵も投入して、一気に敵軍を壊滅させる
「あなたとあなた、私の援護に付きなさい。こそ泥の分際で、紅魔館に楯ついたことを後悔させてあげましょう」
パチュリーは近くに居た適当な兵に援護を命じると、出陣を開始する
成る程、流石は動かない大図書館。流石は知識と日陰の少女である。その戦略には、一切の穴がない。しかし、ただ一つだけ、彼女には誤算があった。それは、霧雨魔理沙が出現したのとほぼ時を同じくして、魂魄妖夢が出陣したことである
もしも、ほんの少しだけ妖夢の出陣が早かったなら。或いは、ほんの少しだけ魔理沙の出現が遅かったなら。しかしそれはもしもの話でしかない。こうして彼女は、その存在を知らないままに出陣を開始したのである
ここに、舞台は整い、役者は揃った
月の頭脳を、紅い悪魔が抑え
冥界の剣士を、紅魔の門番が迎え
普通の魔法使いを、生粋の魔法使いが撃つ
後々に語り継がれる紅魔館と永遠亭の争いが。そして紅魔の門を巡る死闘が。今まさに、終局に向かっていくのであった
「ここで妖夢と魔理沙が用意されてるとは・・・」
思いもしなかった展開に、慧音が唸る。それは霊夢も同じだった
「魔理沙には依頼、妖夢には恩義。全く、嫌んなるくらい良いところついてるわ」
魔理沙は霧雨魔法店と言う、いわゆる何でも屋を開いている。あの気まぐれな様でいて、規律を重んじる性格、依頼という形は最も彼女を活かしやすいだろう
妖夢に至っては言わずもがなである。彼女は半ば現代に生きる剣士であり、その生き方は一本の刀そのもの。私欲の為よりも、恩義の為にこそ尽くす少女である
「でも、永琳への恩義ってなんのことよ?」
「ひょっとして、あの件かしら? 永夜の異変の時、妖夢は彼女に両目を治療してもらったのよ」
なるほど、借りがあるとはそのことか。しかし、それだけのことで危険な戦場に駆けつけるとは・・・。やはり彼女は生粋の剣士なのだろうか
「でも妖夢ってば、私にこんな面白い事を隠しているだなんて・・・」
よよよ、と口で言いながら幽々子は泣き崩れる。白々しい演技だな。霊夢と慧音の思いは同じだった
「ようやく、役者がそろったわね」
笑みを浮かべながら、紫は手にしていた盃に酒を注ぐ
「何よ、あんた。まさかこの状況が最初っから読めてたっていうの?」
「冷静に戦況を判断していけば、わかりきったことよ。それとも、博霊の巫女さんにはこの展開が予測できなかったのかしら?」
「博霊の巫女は預言者でも何でもないわよ。全く、あんたひょっとして結末も見えてるんじゃないの?」
呆れたようにため息をつく霊夢に、楽しそうな様子で紫が答える
「まさか、結末がわかってるのに楽しめるもんですか。むしろここから先が楽しみなのよ。一体どれほど私の予想を超えたことが起こるのかしら」
相変わらず悪趣味な奴。霊夢はいつも通りの紫にまたため息をつく
「それに、これくらいだったら月人や、そこに居る慧音先生にも予想できてたはずよ」
紫の発言に、霊夢は慧音を見る。確かに、どのような展開になるかと言った事なら、この知識ある半獣は言い当ててきたが。当の本人は困ったように肩を広げた
「まさか、私は戦況から展開を読んだだけだ。流石に霧雨の娘や冥界の庭師が出てくることなんか、わかりもしなかったさ。もっとも、それこそ永琳の奴になら、今の展開なんてわかりきっているだろうけどな」
妖夢や魔理沙は、永琳が用意した駒である。それゆえに、彼女には今の展開がわかっているはずであろう。つまり、ここまでは彼女の思い通りと言ってもいいと言うことか
「でも重力を操るなんて、流石に驚いたわ~」
幽々子が楽しそうに笑う。そう言われてみれば、永遠亭の兎兵が墜落した時、紫も感心した様子で見ていた気がする
「って、幽々子。あんたにも今の状況が読めてたってわけ?」
「あら、配役から状況が読めないだなんて。私はそこまでお馬鹿さんじゃないわよ?」
つまりここには常識的な人間は私しかいないらしい。霊夢はため息をついた後で、最初から人間は自分だけだったと、またため息をついた
「そうだな・・・。永琳の奴も、自軍が手こずっていることぐらいはわかるかもしれないが、流石に地上戦を強いられていることまではわからないだろう」
或いは、魔法使いが月の頭脳を上回ったということか。慧音は永琳の様子をじっと見つめる
「そうね、地上戦であることを知っていたら、魔理沙に依頼なんかしなかったでしょうね」
魔理沙が空中戦を得意としていることは、誰でもが知っている事実である。それゆえに、永琳が地上戦を強いられると予測できなかったことはわかった
しかし、霊夢はハッとする
「・・・でも、妖夢が用意されていた。地上戦であることを知らなかったのに、どうして?」
「ああ、気づいたか。それこそ奴が天才である証だよ。魔理沙と妖夢、全く異なる二つの戦力を用意することで、どの様な状況でもどちらかが戦えるようにしておくのさ。丁と半にかけるならば、丁と半に半分ずつ。それが彼女の戦い方なんだろう」
用意周到も、ここまで来れば完璧だな。慧音は腕を組んで頷いた
「だからこそ、私にはこの配役が予測できたってわけ。わかったかしら、博霊の巫女さん?」
紫が細い眼で霊夢を見る。全ては理にかなった事なのだと、その眼は語っていた
「あんたたち、もう少しは馬鹿になってもいいと思うわよ・・・。チルノを見習いなさいよ、チルノを」
げんなりとする霊夢の様子に、紫は楽しそうな笑顔(不気味な笑顔とも言う)を浮かべたが、モニタを一目するなり、眼の色を変えた
それは恐らく、今宵に初めて見る驚愕の色をしていた
「そうね、私がチルノだったなら、こんな状況もあまり驚かなかったでしょうね」
紫の発言に、霊夢は理解できないと言った顔をする。果たしてモニタに何が映っているというのか、霊夢は目を凝らすが、特に変わった様子は見えない
「・・・何よ、どうしたって言うの?」
「もっと良く全体を見なさい。戦いとは、争いが起こってる場所だけを指すわけじゃないわ」
そう言って、紫はどこからか取り出した扇子をモニタへと伸ばす。扇子が指し示したのは、墜ちた兵が寝かされている湖の岸だった
そして、そこに小さく映されている影こそが、紫を驚かせたのだった
「・・・役者がそろったって言ったけど、彼女も含まれていたのかしら?」
霊夢はそれを確認すると、紫に向かって言葉を投げる。やがて慧音と幽々子も気づいたのか、それぞれに難しい顔を浮かべた
「まさか。私はリキャストなんかした覚えはないわ」
実に楽しそうに、紫は霊夢に答える。思惑を外されたのが、楽しくて仕方なさそうだった
彼女たちが視線を送る、湖の岸。そこで今まさに立ち上がり、空に舞いあがろうとする姿があった
リキャスト。その表現は言い得て絶妙だろう。配役はいつの間にか、書き換えられていたのだから
紫の思惑を外れ、配役を変えてみせたのは、鈴仙・優曇華院・イナバの姿だった――
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4章 永夜の救い
「あの門番たちって、こんなに強かったっけ・・・?」
霊夢はモニタの向こうで繰り広げられる戦いに目を見開く。状況は圧倒的。門番たちが次々と敵兵を駆逐していく様が映し出されていた。霊夢の記憶では、紅魔館を守る門番たちはここまでの強さではなかったはずだが・・・
「彼女たちは、もうこれ以上後ろに下がることが出来ない。普段ならあの屋敷の中にはメイド長や紅い悪魔が控えているが、今はそれすら存在しない。彼女たちは、必死になって戦っているのさ。それこそ、必ず死ぬような覚悟でな」
慧音の発言に、霊夢は思わず紅魔館を見る。いつもと変わらぬその佇まいは、しかしどこか難攻不落の牙城のように見えた
追い詰められれば、人間は予想以上の力を発揮する。ならば、それは妖怪にも同じことが言えるだろう。守りたいと思えば思うほどに、彼女たちは力を発揮する
「まるで背水の陣だな。自らを追い詰めることで、その力を最大限まで引き上げるとは」
「でも、それにしたって・・・」
あまりにも、強い。流石に私も、今の門番たちに囲まれたら危ういかもしれない。そう思わせるほどに、彼女たちは圧倒的な強さを見せていた
「当然、それだけでこれほど圧倒的な状況にはならないさ。いやはや、流石は動かない大図書館と言ったところか。まさか、重力を制御する魔法を扱うとは」
そう、それは永遠亭の兎兵たちが紅魔館に近づいた時だった。それまで飛行しながら前進していた兎兵たちが、突如として墜落したのである。その結果、永遠亭軍は地上で戦わざるを余儀なくされていた
「地上戦では、あの門番長の部隊に勝る妖怪たちもそうそういないだろうさ」
そう言われて、霊夢は気付いた。弾幕を展開しようとする永遠亭の兎兵たちに対し、紅魔館の門番たちは肉弾戦で襲いかかっている。これが空中であれば、とてもではないが肉弾戦などが通じるはずもあるまい
「地上戦、ね。なるほど、それは盲点だわ」
紫が面白そうに口元を歪ませる。またぞろ良くない思いつきでも起こしてなければいいけど、霊夢は不安に思った
「それにしても、重力を操るなんてことが出来るのね~」
「恐らく、戦いの前から準備していたんだろう。そして紅魔館の周囲だけ、飛行不可能な領域を作り出す。用意周到だったのは永遠亭側だけではないということか」
思えば、地上戦など久しく行っていないことに気づく。いままで勝利をおさめていた相手と地上で戦うと、いったいそれはどんな結末になっただろうか
魔理沙やアリスが相手ではさほど変わらないだろう。それ以外の者とは、正直予測もつかない。そう言う意味では、あの門番長の相手など絶対にしたくなかった。なるほど、地上戦と空中戦では実力差が異なるらしい。どこぞの庭師の相手をしたときなんか、年貢の納め時かしらね、と霊夢はため息をつく
そして、その存在を思い出した(つまり、それまではすっかり忘れていたわけだが)
「幽々子、あんたいつもの庭師はどうしたのよ? 付き人もなくこっちに来るなんて、珍しいじゃない」
「私だってしょっちゅう妖夢と一緒にいるわけじゃないわよ? たまにはひとりで出歩くわよ~」
それに妖夢は今出かけてるのよ、と幽々子はつまらなそうな顔をした。あんたは歩かないで浮いとるがな、と心の中で突っ込んでおく
そう言われてみれば、慧音に魔理沙の所在に聞かれた時は何でと思ったか。いつも居るから、今もいなければならない道理などあるまい。しかし、それにしたって
「出かけてるって・・・。今は完璧に真夜中じゃない。いったいこんな時間に何してるのよ?」
「知らないわよ~。行き先も言わずに、恩義がどうのこうのと言って出かけてしまったんですもの」
「恩義ねぇ・・・いったいどの時代の子よ」
古臭い言葉を聞いて、だんだんと興味が薄れていった。そもそも、ここに居ない者のことなど、考えてもわかるわけがないのだ
モニタの向こうでは、相変わらず一方的な戦闘が続いていた。このままじゃ、兎さんは全滅しちゃいそうね。霊夢はぼんやりとそんな事を思う
と、そこで再び気づいた
またしても、あの腹黒兎の姿がなくなっていることに
「存外に粘るわね、宇宙人のくせに」
「生憎、しつこいのには慣れてるのよ。あの子のせいでね」
紅魔館から離れることいくばくか。二人の異形は、互いをけん制しつつ軽口を飛ばし合う。しかし、永琳はその軽い口調とは裏腹に焦っていた
こいつ、本物の月の下だとこんなにも強いのか・・・
こちらの放つ矢は、まるで当たりそうな気配がしない。対して向こうが放つ紅い弾丸は、常にこちらのすれすれを通っていく
「まさかこのまま夜が明けるまで粘ろうってんじゃないだろうな?」
「嫌ならさっさとお屋敷に戻ったら? きっと魔法使いさんも心配しているでしょうよ」
軽口を飛ばし合いながらも、お互いに攻撃の手を緩めたりはしない。さて、この状況をどうやって打破しようかしらね。永琳がそう思考を巡らせようとした時だった
「毒符・ポイズンブレス」
悪魔の周囲に、目にはっきりと見えるほどの毒がまき散らされた
「まさか・・・メディスン!?」
「うわー・・・全然効いてないや」
泣きそうな顔をしながら、メディスン・メランコリーが永琳の側へと近づいてくる
「メディ、貴女なんでここに?」
決まっている。この子は、私の役に立とうとしたのだ。そうでなければ、こんな場所に来たりなどするものか。まだ生まれて間もない妖怪にとって、この場所は恐怖そのものでしかないはずだ
「餓鬼が・・・貴様、死にたいのか?」
不意打ちを受けて、悪魔がその瞳をメディスンへと向ける。メディスンはそれに己の身を震わせながら、それでもしっかりとした口調で答えた
「死にたくはない・・・」
「だったら、失せろ。今宵は既に貴様のような存在の出る幕じゃない」
レミリアはその手先をメディスンへと向け、弾丸を放とうとする。しかし、それよりも早くメディスンが続けた
「死にたくはない。でも、大切な人の役には立ちたい」
メディスンは恐怖に負けることなく、精一杯の声を上げる
「私は捨てられた存在・・・。捨てられた身に、毒を受けて生まれた存在。望まれなかった、存在」
いつの間にか、彼女の体から震えが消えていた。レミリアはその事実に驚き、目を細める
「だけど今、私を必要としてくれる人がいる。望まれなかった私を、必要としてくれる人が」
メディスンは永琳の方を向き、笑顔を見せてこういった
「私は、その人の為に戦いたい」
「メディ、貴女・・・」
レミリアは複雑な表情で、複雑な心境でメディスンの様子を見ていた
全く、誰かさんと重なるようなことばかり言ってくれるじゃない
しかし、そこは紅い悪魔と恐れられるレミリアである。余計な感傷はすぐに捨て去る
悪いけれど、敵の味方は敵なのよ
「危うく涙を頂戴しそうなところ悪いけれど、私にも負けられない理由があるもんでね。ここで引き下がってちゃ、頼りないメイド達や、引き籠ってばっかの本の虫に顔向けが出来ん」
レミリアは冷たい笑みを浮かべると、その手を握りしめる
「来いよ、月の侵略者が。そろそろ終わらせてやろうじゃないか」
「そうね、私もいつまでもこうしていては兎兵たちに申し訳ないわ。メディスン、貴女は下がっていなさい」
メディスンを置いて、二人は再び戦わんと対峙する
「永琳様・・・」
メディスンは、自らが無力である事実を嘆いた。悲しいかな、毒にも薬にもなるその能力は、的にも味方にも通じないのだ。今のメディスンに出来ることは、ただ一つ
「私、前線へ向かいます。少しでも多くの味方を守るために。少しでも多くの敵を倒すために」
はっきりとした口調でそう告げると、返事も待たずにできる限りの速さで紅魔館へと飛び去っていく。その様子に、レミリアは思わず笑い出す
なかなかどうして、立派に妖怪をしているじゃないか?
「まさか、またそう簡単に通すとでも、なんて言い出すのかしら?」
「ほざけ。私の部下はあんな小娘にやられるほどにやわじゃないさ」
二人は冷たい夜空の下で、視線を交錯させる。そこに飛び散る火花が弾幕と変わるのには、さほど時間を費やさなかった
メディスンが目指そうとしているその場所は、正しく死地であった。それは両軍にとってであったが、特に永遠亭にとっては、地獄のような展開だった。普段の敵とは違い、肉弾戦で挑みかかってくる敵。封じられてしまった、上下の移動。横へと展開するしかない、薄い弾幕。加えて、鬼気迫る敵の猛攻である
その中で気をはくのは、赤を基調とした装備の兎兵たちである
「駄目だ怯むな! 怯んだら負ける! 絶対に弾幕を絶やすんじゃない!」
「目標は目の前にあるぞ! 敵も必至だ! 弾幕を展開しろ!」
当然、門番たちも無傷とはいかない
圧倒的多数の敵から、容赦なく浴びせられる弾幕。その弾幕を受けながら、それでも敵軍の進軍を阻み、すさまじい戦果をあげていた。もしもパチュリーの防御魔法が無ければ、より多くの被害があっただろう。永遠亭側を地獄とするなら、こちらは煉獄と言ったところだろうか
しかし、やはりこちらにも一人気をはく存在があった
「倒れるな! 膝を折るんじゃない! 私たちが守るべきものはすぐ後ろだ!」
それは、紅美鈴その人である
彼女には、普通の兵よりもさらに鬼のような弾幕が浴びせられていた。彼女はそれをかわすことなく浴び続ける。流れ出る血が、服を紅く染めつつあった。それほどの傷を受けてなお、彼女は叫びつづける
「紅魔館の門はやぶらせないぞ!!」
正に、死地であった
しかし、確実に永遠亭軍は摩耗していく
どちらに勢いがあるかは、歴然だった
そこに、拍車がかけられる
「パチュリー様がメイド兵を率いて出陣なさいました!」
門番たちにたちに伝えられたのは、そんな信じられない一報だった。それは奮戦を続けていた美鈴の動きさえも止める
「パチュリー様が?」
なぜ今彼女が前へ出てきたのか? 美鈴は門まで後退し、その真意を確かめに行く。そこには確かに、メイド兵に指示を出すパチュリー・ノーレッジの姿があった
「なぜパチュリー様がここに?!」
彼女が門の外へ出るなんて。彼女が、自ら行動を起こすだなんて。あの、密室に閉じこもった少女(ラクト・ガール)が
パチュリーは、美鈴が近づいてくるのに気づくと、その到着を待って告げた
「今まで散々あの薬師の策に翻弄されてきたわ。恐らく、レミィが紅魔館に居ないのも、彼女の思惑通りなのでしょうね。けど、今は私たちが敵軍を策に弄している。勝機は今しかないわ」
「しかし、パチュリー様自らが外に出てまで・・・」
それこそ、敵の策にまんまと嵌っているのではないかと、美鈴は疑ってしまう。しかし、美鈴は疑問を口に出しきる前に気づいた
目の前に居る彼女の瞳が、滅多に見る事の出来ない闘志を宿していることに
「レミィがね・・・帰ってこないのよ」
「・・・・・・・・・」
静かに、しかしはっきりと告げる魔女に、美鈴は言葉を失う。こんな彼女を見るのは、初めてだった
「彼女に私は言ったわ。『敵軍を蹴散らしてらっしゃい』と」
ゆっくりと、パチュリー・ノーレッジは語る。自らに告げるかのように。自らの意思を解き放つかのように
「私は彼女に言ったわ『館は私と美鈴に任せて』と」
自ら意識を高めながら、彼女は魔力を解放する
「だから死んでもこの館を守って、敵を蹴散らせなかったレミィを、笑ってやるのよ」
そこにあるのは、親友を気遣う心と、敵軍への怒り。しかし、魔女は実に楽しそうに笑ってみせる。その様子に、門番も笑わずにはいられなかった
「そうですね、たまには私たちが格好良く決めるのもありですね」
「わかったら、行きなさい。貴女の使命はまだ終わってないわ」
パチュリーは美鈴に己の両手をかざすと、呪文を唱える。流れ出た血はそのままだが、それにより傷は塞がっていた
「分かりました。何としても敵軍を殲滅し、紅魔館の門を守り抜きます」
「後ろは任せなさい。と、言っても貴女が敗れれば、私たちが敗れるのは変わらない。それだけは忘れないことね」
魔女と門番は背中を向け合うと、自らの仕事を果たしにかかる。門番は前に出て敵を撃ち砕くために。魔女は前に出た味方を援護するために
「往きます!」
「往きなさい」
ここに紅魔館は、難攻不落の牙城となったのだ
紅魔の門番の戦いを奮戦と言うのならば、永遠亭の兎兵たちもまた、奮戦であった。紅魔の魔女が操るのが魔法ならば、この状況で彼女たちが戦闘を続けられることもまた、魔法であった。なぜこれほどまでに絶望的な状況で、彼女たちは戦いをやめないのか?
そこには、2つの思いがあった
「魔女が出てきたなら、紅魔館はいよいよがら空きか・・・!」
「奴らにはもう切るべき札がない! 数で押すんだ!」
1つは、紅魔館が最後の主力を投入したこと
「今倒れれば鈴仙様に笑われるぞ! 救われた命の限りを尽くすんだ!」
「こんなところで倒れて、鈴仙様に恥ずかしいとは思わないのか! 最後まで全員生き残るんだ!」
そして1つは、中途で倒れた鈴仙と、生き残った月の兎隊の存在であった
この2つの事実が彼女たちを支え、彼女たちを助け、彼女たちを奮わせた
見よ、この状況下において、逃げだす者は一人もいない
まるで彼女たちそのものが、難攻不落の牙城であるかの如く。攻勢を続ける紅魔軍を必死で抑えていた
そこに突如、一陣の風が吹いた
否、それは風などでは決してない。しかし、戦場に居た誰もが、それを風だと感じただろう
そう感じたのも無理はない。彼女は縮地の術を身につけていたのだから
だから、実際は地を走って現れた彼女を、目の前に突然現れたと勘違いしても、仕方がなかった
そう、突然である。突然、彼女は現れたのだ
まるで、至極当然のように。ここに居るべくして居るかのように
銀色の頭髪は、漆黒の闇でもなお輝き、落ち着きのある緑の服がその輝きを引き立てる。頭と首元には黒いリボンを結び、それが酷く幼さを印象付ける。しかしこの戦場において、恐らくその幼さを笑える者はいない
当然であろう。この戦場では、彼女は恐るべき存在だ。地上で戦えば、それは年貢の納め時だろう。博霊の巫女ですらそう思ったのだ。背負う二刀に、誰もが恐怖を隠せまい
「な・・・!」
両軍は突如として戦場の真ん中に現れた影に、しばし呆然とした
そして、再びその戦いを再開するよりも早く、彼女は名乗りを上げる
「両軍とも良く聞け! 我が名は魂魄妖夢! 西行寺家専属二代目庭師にして、二代目剣術指南役なり!
故あって只今より、私は永遠亭軍の援護に付く! 誇り高き紅魔の門番たちよ、死にたくなければ直ちに退け!
もし、退かぬというのであれば・・・」
少女は背負う長刀を鞘から抜くと、紅魔軍へとその切っ先を向けた
漂う半霊もそれに合わせるように、鬼気を放つ
「この楼観剣の錆にしてくれよう!」
突如として現れ、突如として名乗りをあげて、突如として宣戦を布告する
それが白玉楼の庭師――魂魄妖夢の登場であった
最悪の敵。門番たちはそう判断したのだろう。妖夢から一定の距離を置いて、近づこうとはしない。しかし、彼女たちには守るべきものがある。たとえ刀の錆にされようとも、そこから退くような真似だけはしなかった
「あなたは・・・しかし、どうしてここに?」
兎兵たちが妖夢に近づくと、その真意を訪ねる。彼女が味方として現れるなどと、兎兵たちは一切聞いていなかったためだ。妖夢は紅魔軍を睨みつけたまま、兎兵たちの疑問に答えた
「私は八意永琳殿に借りがあるのです。今日はその借りを返しに参りました」
妖夢はちらり、と永遠亭軍の状況を見渡す。とてもではないが、まともな戦闘などできなかっただろうに、彼女たちは諦めずに戦い抜いた。ならば、それに応えずに何が剣士だろうか
「よくぞいままで戦い抜きましたね。もう大丈夫です、ここから先は私にお任せください」
自信に満ちたその言葉に、兎兵たちは活路を見出した。妖夢が援軍として現れた事実は、すぐに離れた味方たちにも伝わっていく。状況の変わりゆく戦場の中、妖夢は自らの宣言を実行にうつす
「退かぬか、紅魔の門番たちよ。ならば覚悟せよ! ・・・妖怪が鍛えたこの楼観剣に、切れないものなど、さほど無い!」
その言葉に門番たちは怯むようにほんの少し下がったが、それでも退くことだけはしなかった。妖夢は一瞬だけ瞳を閉じると、カッとその瞳を見開いて、構えた
「人符!現世斬!」
戦場の勢いは、未だ圧倒的だった
「てっ! 敵陣からっ魂魄妖夢が出陣!」
信じられない報告が飛び込んできたと同時に、美鈴はその姿を確認する。見えたのではない、飛び込んできたのだ。大量の味方を切り裂きながら、自軍の中央まで
「魂魄・・・妖夢!」
考えうる、最悪の敵だった。まさか永遠亭がこんな隠し玉を用意しているとは、露にも思わなかった
「全員妖夢から離れなさい! 私が相手をする!」
周囲の門番たちを妖夢から遠ざけさせると、自分はその正面へと立つ。妖夢を封じ込めていれば、その間に部下たちが兎兵を壊滅させるはず・・・。もしくは、パチュリー様が何らかの対策を練るまでで良い。とにかく、今は私が相手をしておかなければ
「止まりなさい、白玉楼の庭師よ。私は紅魔館の門番長、紅美鈴だ。今すぐにその刀を納めなければ、私があなたの相手をする」
妖夢は美鈴の姿を確認すると、一旦その刀を鞘に戻した。そして、その姿に目を疑う。満身創痍などと言う段階はすでに超越している。まさか、これほどの傷を受けてまだ戦っているとは・・・
おそらく、彼女は一筋縄ではいかない。妖夢は再び名乗ることで、彼女に応えた
「ご存じの通り私は白玉楼の庭師、魂魄妖夢です。誇り高き紅魔館の門番長よ、貴女はもう十分に戦った。降参なされよ」
これ以上は戦えまい。妖夢は半ば本気で美鈴に降参を進言する。その身でこれ以上の戦いを行うべきではないと
美鈴は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべると小さく呟く
「ほんと、いつの間に私が紅魔館を守る羽目になったんでしょうね・・・。いつもなら咲夜さんにお嬢様もいるんだけどなぁ・・・」
少し、ほんの少しだけ美鈴は息を吸い込んだ。そして気を練るように力を込めながら、裂帛の意思と共に言葉を吐き出す
「だけど、今は私が紅魔館を背負っている。みんなが倒れながら、守りぬくと誓った紅魔館を。みんなの意思を、背負っている」
拳を握り、前へと突き出す。一瞬空を見上げると、大気を震わすような声で、目の前に立つ剣士へと言った
「だから私は退くわけにも、倒れるわけにもいかない! 貴女が紅魔館の門を脅かす存在であるならば、私は貴女をも倒しきる!」
それはまさしく、勇士であった。そしてその雄姿に、門番たちが鬨の声を上げる。妖夢はもはや彼女は言葉では止まらぬことを知り、再び刀を抜いた
「ならば私は、その意思さえも切り裂いて見せよう。恨みはないが、貴女を相手に手加減をするつもりはない。全身全霊で参る」
「手加減は無用、来るならば来い! 世の中には、決して切り裂けぬものがあることを知れ!」
それ以上の言葉は必要なかった。二人はゆっくりと間合いを詰めていく
片や、絶対の意思をその拳に込め
片や、絶対の意気をその剣に込め
ぴりぴりと音が聞こえるのは、決して幻聴ではあるまい。それほどまでに、二人の強者は緊張感を高め合っていた
妖夢の傍らに控える半霊が、ぶるぶるとその身を震わせる。二人から放たれる殺気を、敏感に感じ取っているのかもしれない
先に動いたのは、どちらだったであろうか。もしかしたら、同時に動いたのかもしれない。それでも、その宣言を開始したのは妖夢の方が早かった
「断命剣!瞑想斬!」
遅れること、数拍。うねる様な妖気とともに振り上げられた刀に恐れることなく、美鈴もスペルを解放する
「三華!崩山彩極砲!」
視線は一直線にぶつかり合う。そこから先に、言葉は必要なかった
周囲の兵たちが弾幕を展開する中で、二人は互いをぶつけ合った
地上最強。そう呼ぶに相応しい二人が、その雌雄を決さんとしていた
「友軍はまさしく孤軍奮闘。このままじゃぁ崩壊は免れないな」
「だからわざわざアンタを呼んだんじゃない! 間に合わなかったら報酬は渡さないからね」
紅魔館の上空。重力魔法の圏外から、二つの視線が戦況を見つめていた。一つは因幡てゐから発せられる視線。一度戦場を離れた彼女は、自らの役目を果たし、この戦場へと戻ってきたのであった
「わかってるよ。依頼として頼まれたんなら、私情は抜きだぜ!」
言うが早いか、もう一つの視線の主は、戦場を目指し飛び去って行った。箒にまたがり、まるで流星の如く、一陣の光となって空を駆け抜ける
「ったく、私に内緒で楽しそうな真似をしやがって・・・! 最初からアクセル全開で行くぜ!」
少女は笑む。これから始まる戦いが、楽しみで仕方ないといったように。箒に魔力を込めると、少女はさらに加速を開始した
「彗星!ブレイジングスター!」
加速していく中で、敵軍の驚くような視線を幾つも捉える。そうさ、こんな度派手なイベントに、私を忘れてもらっちゃ困るぜ。呼吸することすらままならない超加速の中、彼女はにやりと口元をゆがませる
流星を超え、彗星の如く、敵軍の中央を目指して突き刺さる
それが彼女――霧雨魔理沙の登場だった
「霧雨魔理沙出現! 敵軍の援護を開始しました!」
門のすぐ近くに立ち、味方に治癒魔法を施していたパチュリーは、その報告に眉根を寄せた。星の魔法使いが、何故この戦場に?
「地上戦なのが救いか・・・」
これが空中線であったなら、流石の彼女も絶望していたに違いない。しかし、今は地上戦である。まして魔理沙の魔法は、空中戦でこそ真価を発揮する
「地上での小蠅など、恐るるに足りないわ。なるべく多くの兵で魔理沙を取り囲みなさい」
言うが早いか、報告に来た兵に正確な位置を訪ねる
「私も行くわ。これ以上彼女らの好きにさせるわけにはいかない」
地上戦であれば、あれしきの魔法使いに私が手こずる筈もない。魔理沙を退けたら、いったん美鈴を下がらせましょう。彼女を破るような者などいるはずもないが、傷を癒さなくてはさすがに危ない。美鈴の治癒を完了したら、メイド兵も投入して、一気に敵軍を壊滅させる
「あなたとあなた、私の援護に付きなさい。こそ泥の分際で、紅魔館に楯ついたことを後悔させてあげましょう」
パチュリーは近くに居た適当な兵に援護を命じると、出陣を開始する
成る程、流石は動かない大図書館。流石は知識と日陰の少女である。その戦略には、一切の穴がない。しかし、ただ一つだけ、彼女には誤算があった。それは、霧雨魔理沙が出現したのとほぼ時を同じくして、魂魄妖夢が出陣したことである
もしも、ほんの少しだけ妖夢の出陣が早かったなら。或いは、ほんの少しだけ魔理沙の出現が遅かったなら。しかしそれはもしもの話でしかない。こうして彼女は、その存在を知らないままに出陣を開始したのである
ここに、舞台は整い、役者は揃った
月の頭脳を、紅い悪魔が抑え
冥界の剣士を、紅魔の門番が迎え
普通の魔法使いを、生粋の魔法使いが撃つ
後々に語り継がれる紅魔館と永遠亭の争いが。そして紅魔の門を巡る死闘が。今まさに、終局に向かっていくのであった
「ここで妖夢と魔理沙が用意されてるとは・・・」
思いもしなかった展開に、慧音が唸る。それは霊夢も同じだった
「魔理沙には依頼、妖夢には恩義。全く、嫌んなるくらい良いところついてるわ」
魔理沙は霧雨魔法店と言う、いわゆる何でも屋を開いている。あの気まぐれな様でいて、規律を重んじる性格、依頼という形は最も彼女を活かしやすいだろう
妖夢に至っては言わずもがなである。彼女は半ば現代に生きる剣士であり、その生き方は一本の刀そのもの。私欲の為よりも、恩義の為にこそ尽くす少女である
「でも、永琳への恩義ってなんのことよ?」
「ひょっとして、あの件かしら? 永夜の異変の時、妖夢は彼女に両目を治療してもらったのよ」
なるほど、借りがあるとはそのことか。しかし、それだけのことで危険な戦場に駆けつけるとは・・・。やはり彼女は生粋の剣士なのだろうか
「でも妖夢ってば、私にこんな面白い事を隠しているだなんて・・・」
よよよ、と口で言いながら幽々子は泣き崩れる。白々しい演技だな。霊夢と慧音の思いは同じだった
「ようやく、役者がそろったわね」
笑みを浮かべながら、紫は手にしていた盃に酒を注ぐ
「何よ、あんた。まさかこの状況が最初っから読めてたっていうの?」
「冷静に戦況を判断していけば、わかりきったことよ。それとも、博霊の巫女さんにはこの展開が予測できなかったのかしら?」
「博霊の巫女は預言者でも何でもないわよ。全く、あんたひょっとして結末も見えてるんじゃないの?」
呆れたようにため息をつく霊夢に、楽しそうな様子で紫が答える
「まさか、結末がわかってるのに楽しめるもんですか。むしろここから先が楽しみなのよ。一体どれほど私の予想を超えたことが起こるのかしら」
相変わらず悪趣味な奴。霊夢はいつも通りの紫にまたため息をつく
「それに、これくらいだったら月人や、そこに居る慧音先生にも予想できてたはずよ」
紫の発言に、霊夢は慧音を見る。確かに、どのような展開になるかと言った事なら、この知識ある半獣は言い当ててきたが。当の本人は困ったように肩を広げた
「まさか、私は戦況から展開を読んだだけだ。流石に霧雨の娘や冥界の庭師が出てくることなんか、わかりもしなかったさ。もっとも、それこそ永琳の奴になら、今の展開なんてわかりきっているだろうけどな」
妖夢や魔理沙は、永琳が用意した駒である。それゆえに、彼女には今の展開がわかっているはずであろう。つまり、ここまでは彼女の思い通りと言ってもいいと言うことか
「でも重力を操るなんて、流石に驚いたわ~」
幽々子が楽しそうに笑う。そう言われてみれば、永遠亭の兎兵が墜落した時、紫も感心した様子で見ていた気がする
「って、幽々子。あんたにも今の状況が読めてたってわけ?」
「あら、配役から状況が読めないだなんて。私はそこまでお馬鹿さんじゃないわよ?」
つまりここには常識的な人間は私しかいないらしい。霊夢はため息をついた後で、最初から人間は自分だけだったと、またため息をついた
「そうだな・・・。永琳の奴も、自軍が手こずっていることぐらいはわかるかもしれないが、流石に地上戦を強いられていることまではわからないだろう」
或いは、魔法使いが月の頭脳を上回ったということか。慧音は永琳の様子をじっと見つめる
「そうね、地上戦であることを知っていたら、魔理沙に依頼なんかしなかったでしょうね」
魔理沙が空中戦を得意としていることは、誰でもが知っている事実である。それゆえに、永琳が地上戦を強いられると予測できなかったことはわかった
しかし、霊夢はハッとする
「・・・でも、妖夢が用意されていた。地上戦であることを知らなかったのに、どうして?」
「ああ、気づいたか。それこそ奴が天才である証だよ。魔理沙と妖夢、全く異なる二つの戦力を用意することで、どの様な状況でもどちらかが戦えるようにしておくのさ。丁と半にかけるならば、丁と半に半分ずつ。それが彼女の戦い方なんだろう」
用意周到も、ここまで来れば完璧だな。慧音は腕を組んで頷いた
「だからこそ、私にはこの配役が予測できたってわけ。わかったかしら、博霊の巫女さん?」
紫が細い眼で霊夢を見る。全ては理にかなった事なのだと、その眼は語っていた
「あんたたち、もう少しは馬鹿になってもいいと思うわよ・・・。チルノを見習いなさいよ、チルノを」
げんなりとする霊夢の様子に、紫は楽しそうな笑顔(不気味な笑顔とも言う)を浮かべたが、モニタを一目するなり、眼の色を変えた
それは恐らく、今宵に初めて見る驚愕の色をしていた
「そうね、私がチルノだったなら、こんな状況もあまり驚かなかったでしょうね」
紫の発言に、霊夢は理解できないと言った顔をする。果たしてモニタに何が映っているというのか、霊夢は目を凝らすが、特に変わった様子は見えない
「・・・何よ、どうしたって言うの?」
「もっと良く全体を見なさい。戦いとは、争いが起こってる場所だけを指すわけじゃないわ」
そう言って、紫はどこからか取り出した扇子をモニタへと伸ばす。扇子が指し示したのは、墜ちた兵が寝かされている湖の岸だった
そして、そこに小さく映されている影こそが、紫を驚かせたのだった
「・・・役者がそろったって言ったけど、彼女も含まれていたのかしら?」
霊夢はそれを確認すると、紫に向かって言葉を投げる。やがて慧音と幽々子も気づいたのか、それぞれに難しい顔を浮かべた
「まさか。私はリキャストなんかした覚えはないわ」
実に楽しそうに、紫は霊夢に答える。思惑を外されたのが、楽しくて仕方なさそうだった
彼女たちが視線を送る、湖の岸。そこで今まさに立ち上がり、空に舞いあがろうとする姿があった
リキャスト。その表現は言い得て絶妙だろう。配役はいつの間にか、書き換えられていたのだから
紫の思惑を外れ、配役を変えてみせたのは、鈴仙・優曇華院・イナバの姿だった――
To be continued?
的にも味方にも通じないのだ は 敵にも じゃないか?