様々な二次創作ネタの影響を受けて創作されています
原作のイメージを壊したくない人はご注意ください
この小説は続き物となっております
できれば第1章からご覧ください
3章 背水の、陣
「正に慧音の言うとおりになったわね」
霊夢は冷静に現状を見つめながらお茶を飲む。そのお茶はスキマから紫が取り出したものであった。お酒だけでは体に悪いとかなんとか
「あらら、遂に紅い悪魔さんのご登場ね~」
幽々子は何が楽しいのか、扇を両手に持ってくるくると回っている
「こうなると苦しいのは永遠亭の方だろうな。鈴仙を失うと、残りは永琳にてゐ、そしてメディスンか」
「まさか妖怪になりたてのあの子に、軍を動かす才能はないでしょうからね」
「そりゃぁあんたと比べたら大抵の妖怪は赤子も同じだろうな。幻想郷縁起に古くから伝わる大妖ともなれば、な」
「あらあら、それなら私なんかまだ0歳よ?」
規格外の妖怪と亡霊は、楽しそうに状況を見つめていた。霊夢はそんなやり取りに頭痛を覚えかけたが、ふと気がついたように立ち上がる
「そう言えば、彼女たちが戦ってるのって湖の真上よね? 墜ちたってことは、まずいことになってるんじゃない?」
咲夜にせよ、鈴仙にせよ、意識のないまま湖に落ちれば流石に無力だろう。しかし、何を言っているのかと紫が答える
「だから私がいるのよ? 下に墜ちたものはメイドにせよ、兎さんにせよ、私がスキマ送りにしてそれぞれの岸に運んであるわよ」
さも当然といった感じで説明する紫に、霊夢が心底気持ち悪そうな顔をする
「やだ気持ち悪い。あんたが無償でそんな真似をするなんて・・・」
よほど紫という存在に不信感を抱いているのか、その肌には鳥肌が浮かんでいる。そんな霊夢の様子を見て、幽々子がくすりと笑った
「馬鹿ねー霊夢。紫がただでそんな真似をするわけがないじゃない」
「ちょっ、幽々子、それはどういう意味よ?」
紫が幽々子の肩を掴んでがくがくと揺する。や~め~て~という間の抜けた声が幽々子からあがるが、紫は容赦しない
「なるほど、ただじゃないってわけね。でも誰が前もってそんな用意を?」
「当然、永琳だよ」
慧音は事情を知っているのか、モニタに視線を送ったまま答えた
「敵にも味方にも、なるべくの被害は出したくないそうだ。今の幻想郷のバランスを崩したくないんだろうな」
「彼女が言うには、今の幻想郷を壊したくないそうよ」
そう言われてみれば、そんな事を気にするのは彼女くらいなものかと霊夢は今更ながら思う
「はぁー・・・。天才はアフターケアも完璧ね」
「戦って良し、戦った後も良し。どこぞの巫女にも見習ってもらいたいもんだ」
慧音は心底感心した様子でそう呟く。霊夢に睨まれているのは完全に無視していた
「そんな天才が居るんじゃ、このまま紅魔館側が押し切れるってことはなさそうね・・・」
レミリアが出陣したことで、紅魔館は息を吹き返していた。単純な戦力で言えば紅魔館が優勢であるが、どうせこのままでは終わるまいと誰もがわかっていた
と、そこで霊夢はある事実に気づく
「あら、腹黒兎がいない?」
「ほう・・・本当だな。永琳め、次は何を企んでいるのやら」
霊夢と慧音は永遠亭の腹黒兎、てゐの姿をモニタの隅から隅まで探すが、
「私は湖に墜ちてきた者を助けるように言われたのよね」
その紫の発言の意図と同様に、見つけることは出来なかった
「前線から報告! レミリア・スカーレットが出陣しました!」
その報告を聞いて、永琳はゆっくりと続けていた進軍を止める
いよいよ来たか、と思う。今回の戦いで唯一の不安材料は、敵軍の大将であるレミリアそのものであった。彼女の能力は永琳にすら計り知れず、彼女のカリスマ性は絶とうとも断てないものであるからだ
「すぐにここまで来るわよ。気を引き締めなさい」
彼女の性格からして、いきなり本隊を狙ってくるのはわかっている。たとえ待ち構えられているとしても、堂々と正面から突っ切ってくるだろう。そう判断するが早いか否か、暗闇の奥先に紅い煌きが見える
「来るわよ。全員迎撃準備」
永琳は兎兵たちに弾幕の展開を命じる。たとえ彼女に弾幕が通じないとしても、少なからずの影響は及ぼせる筈である。自ら雨に当たりたいと思う者はそうはいまい。彼女の場合、雨の下は歩けないのだが
「目くらまし程度で構わないわ。無理に被弾させようとは思わないこと」
命じる間にも、紅い煌きはものすごい速度で近づいてくる。やはり、前線の部隊は無視したのでしょうね。永琳はその事実に苦笑する
「打ち方用意・・・目標は紅い悪魔よ。放て!」
まだ射程圏に入っていない目標に対し、兎兵たちが弾幕を展開する。目くらまし、嫌がらせ程度で構わない。しかし、永琳はその判断が間違っていたことを知る
「紅符!不夜城レッド!」
兎兵たちの射撃を知ってか知らずか、レミリアはスペルを解放するとさらに加速した。まるで、自らが1つの弾丸と化したかのような超加速
まずい、永琳がそう思った時には手遅れだった
「――ひ・・・ぃっ!」
弾丸は、迷うことなく兎兵たちへと突っ込んだ。そして、回避する暇さえ与えずに貫く。生み出されたのは恐怖、そして悲鳴
「あぁ・・・ぁっ!」
突っ込んでくることはわかっていた。しかし、それが予想をはるかに超えた速さでこちらに向かってきたとき、それを回避すると言う思考に至れるだろうか
ましてやそれが――どうしようもない恐怖を伴っていれば、なおさらである
たった一度のスペルの解放で、20名ほどの兎兵をレミリアは撃墜したのであった
「――ははっ! これはまた府抜けた連中だな!」
永琳の背後、背後から声は聞こえた。永琳ですら、その事実に気づくのにほんの一瞬時間を要した。レミリアは一気に兎兵たちを突っ切って、後方まで移動したのである。それこそ、弾丸のように
「・・・ずいぶんな挨拶ね、お嬢さん」
永琳はゆっくりと振り返り、その存在を確認する。間違いない、これこそが悪魔。紅い悪魔、レミリア・スカーレット――
「あれが――悪魔」
「紅い――紅い悪魔」
兎兵たちはその姿に恐怖を抱く。話に聞いていたのと、実際に目にするのとでは、恐怖の質が違っていた。本能からくる恐れが、兎兵たちを襲う。永琳は弓を構えると、鋭い視線をレミリアへ送る
「紅魔館の主というのは、まともな挨拶の一つすら出来ないのかしら?」
「ふん、雑魚が何匹倒れようが私の知った事じゃないさ。お前たちこそ、私の館に来るならその獣じみた体臭を何とかして欲しいものだな」
永琳はレミリアの言葉に答えずに、矢を放ってレミリアを牽制する。レミリアはそれを高速移動でかわしながら、ある人物へと近づいていく。永琳と同じ不死の存在である、藤原妹紅へと
「おいお前、あれだけでかい口を叩いておきながらその様はないだろう?」
呆れたようにレミリアが言うが、妹紅は言葉すら紡げない。よって、恨めしそうな視線をレミリアへ返すことが、彼女の返答だった
「なるほど、毒にやられたってことか。そう言えば、最近毒を操る妖怪がどうのこうのと咲夜が言っていたかな」
ぎょろり、と音がしそうなほど明確に、レミリアはメディスンを睨みつける。その姿まで自らの従者から聞いていたわけではないが、何しろここにいるのは永琳と兎兵たちのみである。それらしき姿はメディスンの他になかった
「え、永琳様~!」
レミリアに睨まれ、メディスンは情けない声を上げる。まだ妖怪として未熟なメディスンにとって、レミリアと対峙することはすさまじい恐怖を伴うであろう。レミリアの相手をしながらメディスンの精神状態に気を使うことは、流石の永琳も諦めざるを得なかった
「メディスン、貴女は十分に仕事を果たしたわ。これ以上は危険よ、もう下がりなさい」
そう言いながら、自らはメディスンとレミリアの間に立つ
「でも、それじゃぁあの子が!」
あの子、とは妹紅のことであろう。確かにメディスンがいなくなれば妹紅は自由を取り戻してしまう。しかし、これ以上メディスンをこの場にいさせるのは危険である
「大丈夫よ、後は私に任せて貴女は早く下がりなさい」
「・・・はい!」
永琳が大丈夫と言ったのであれば、自分はそれに従った方がいいだろう。メディスンはそう判断すると、紅魔館とは逆の方角へ向かおうとする。その様子を見ていたレミリアは、嘲るように永琳に言う
「そう簡単に、ここから敵を生かして逃がすと思うのかい?」
「逃がさせないとでも思っているのかしら?」
動き出そうとするレミリアに、永琳は真っすぐ弓を構える。それを見て、レミリアは実に楽しそうに笑った
「永琳様、援護します!」
それを見て、兎兵たちは思い出したようにレミリアに対して構える。恐怖はあっても、そこは妖怪兎のはしくれである。流石に戦場から逃げ出すような者はいなかった。しかし、永琳は冷静にそれを止める
「だめよ、あの悪魔には手出し無用。狙われたら命がいくつあっても足りないわ」
言うや否や、永琳は複雑なパターンでレミリアへと矢を放つ。レミリアはそれを器用に回避しながら、永琳に向かって深紅の弾丸を放った
「嬉しいな、随分と評価してくれるじゃないか?」
「ほざきなさい、悪魔が」
本人たちはいたって涼しい顔っをしているが、周りから見ればそれは目もくらむような弾幕の応酬であった
「貴女たちは前線部隊と合流、進軍を続けなさい。このお嬢さんは私が相手をするわ」
永琳の指示を受けて、兎兵たちはすぐに隊列を組む。ほんの少し躊躇いを見せた者もいたが、すぐに紅魔館へ向けて進軍を開始する。そしてそれと同時に、今までしゃべることさえ封じられていた妹紅がようやく口を開く
「何で・・・お前がもう出てきてるんだよ?」
それはレミリアが出陣したことに対する疑問であった。レミリアが出陣すれば、紅魔館は手薄となってしまうのに
「それはお前と咲夜が不甲斐無いからだ」
まだ体が自由に動かない妹紅に、レミリアが厳しい言葉をぶつける。相も変わらず、弾幕の応酬を続けながら
「お陰様でこちらの防衛軍はたじたじだよ」
「だから・・・! 今お前が出てきちまうと、紅魔館が危ないだろうが・・・!」
それを聞いて、レミリアは不敵に笑んだ。にやり、と
「お前はわかっちゃいない。紅魔館にはまだ頼れる存在が残っていることをな。本当に紅魔館を守りたいのなら、私が紅魔館に残っていてはいけないんだ。紅魔館を守るのは、あいつらの役目だからな」
私が出陣できる理由。美鈴はすぐにわかったようだったが・・・
「だから、行ってこい。そうしてくれれば、私も安心してこいつの相手が出来る」
「お見通しかよ・・・。ま、その言葉には従うけどさ」
妹紅は気付き始めていた。自分のような存在が、今回の戦いには邪魔にしかならないことを。そして同時に理解した。自分がなすべきことは何なのかと
紅魔館はキングを投入したが、永遠亭にはまだクイーンが残っている。レミリアが出陣したとなれば、向こうの親玉が出陣してもおかしくはない
「じゃ、私はちょっと邪魔をしてくるよ。まさかとは思うが、死ぬなよ吸血鬼」
妹紅は紅魔館とは逆の方向を向くと、炎の翼を広げた。体の自由は殆ど取り戻している。飛び立つには十分すぎるほどだろう
「妹紅・・・貴女、まさか姫のところへ? 行かせるとでも思ったのかしら?」
永琳はレミリアに矢を放つのを止め、妹紅へとその弓先を向けようとするが
「行かせないとでも、思ったのか?」
レミリアの弾幕に阻まれて、体制を崩す。そして、そのまま妹紅は飛び去ってしまう
「く・・・っ! ・・・どこまでも私の邪魔をしたいようね、お嬢さん」
「どこまで私の邪魔が出来るかなぁ、月人が」
二人はお互いを向き合うと、お互いに口火を切った。レミリアは紅魔館を背負うように。永琳は、紅魔館へと向き合うように
「月の歴史を知るがいいわ!」
「夜の恐怖を見るがいい!」
蓬莱人と吸血鬼
異形同士の戦いが、始まった
「報告。まだ防衛軍はレミリアお嬢様の『死んでも戦え』と言う命令のもと、敵勢力を迎え撃っています」
伝令からの報告を受け、お嬢様あの命令防衛軍にも出したんだ、と美鈴は苦笑した
「報告ご苦労。少しの間休んでいなさい」
とりあえずの所、敵がいきなり門のすぐ近くまで来ることはなさそうね。門を含め、紅魔館の外周の防御を任された美鈴は安堵する。まさかメイド長である咲夜さんがこんなに早く墜とされるとは、予想していなかった。しかし他の部隊とは違い、美鈴の部隊は慌てることはなかった
「美鈴さん、今こそ出世のチャンスじゃないですか?」
などと言う不謹慎な冗談を言う部下までいたくらいである
「門を守る使命、か。メイド長に負けず劣らず、立派な役目だと思うんだけどなぁー」
門番とは、誇り高い仕事である。美鈴はそう思っていた。事実、彼女は頼りがいのある人物だとしてメイド妖精たちからも親しまれていたし。今回の戦いにおいても、最も重要な立場を任されていた
それだけに、咲夜が撃墜された時は、敵が来るのかと気を引き締めた。しかし実際は、レミリアが出陣することで事なきを得ている
「やっぱりお嬢様は偉大だなー」
わかっていたことであるが、それを美鈴は再認識する。そして、同時に誇りに思う
『美鈴、貴女にならわかるはずよ。私が出陣できる理由が』
それは、私を、私の部隊を信じてくれているからだ。今お嬢様が出陣しても、後方が大丈夫であると確信を持っていてくれているからだ。だから、私はその信頼に応えなければならない。それこそ、死んでも戦う気で
「いつ敵が来るかわからないものね・・・」
湖の上空の敵は、今のところ防衛軍が何とかしているようである。しかし、問題は湖面を移動してくる部隊である。湖面擦れ擦れを飛行してこられると、上空からではその姿が確認できない。そのため、パチュリーの指示で見張りを展開してはある
「今のところ、敵を見たという報告は来てないけど・・・」
「美鈴さん! 湖から敵が来てます! その数はおよそ・・・およそ、100!」
その報告に美鈴は耳を疑った。100名もの兵を、見張りに気づかれずに紅魔館の近くまで進軍させたと言うのか
それと同時に、どこか身が踊る想いを抱く。来たか、守る時が
「みんな、戦闘準備は出来てるわね!」
美鈴は近くにいた自分の部下に声をかける。メイド妖精ではなく、普段から紅魔館を守る妖怪の門番たちである
「もちろん、門を守る者はいつだって臨戦態勢ですよ」
「さぁて、今宵は兎鍋といきましょうか?」
全く、いつでも軽いわね、私の部下たちは。いつも通りの部下の様子に、美鈴は微笑んだ
「さぁ、紅魔館流の礼儀を叩きこんでやるわ。着いて早々のお帰りと願いましょうか!」
美鈴以下、60名の部隊が出陣を開始した
「もうこの辺で良いかしらね・・・これ以上は少し難しそうだし」
それから時間を少しだけ遡って、紅魔館の門近くの湖面
因幡てゐは永琳の指示を受けて、湖面を密かに進軍していた。初めは70名ほどの兎兵だったが、途中で追加の兵が送り込まれてきた。湖面にも敵軍の見張りがいたことにてゐは驚きと感心を覚えたが、そこは古くから生きる妖怪兎である。まっ先に逃げようとするメイド兵を集中して狙い、自分たちの存在を兎に角ひた隠しにした
こうして、てゐの潜入部隊は紅魔館に捕捉されることなく、湖面を進軍してきたのである
そして今、慎重を移動を続けるのにも限界が訪れた。待ち構えているメイド兵の数が、今までの数倍に広がったのである
限界ね。そもそも、紅魔館に侵入するなんてことは求めてない訳だし。てゐは兎兵たちに指示を伝える
「ゆっくりと進軍するのはここで終わり。敵軍の勢力を減らしにかかるわよ。絶対に退き際を間違えないこと。無駄に傷を負うほど愚かなことは無いわ。敵の集中している部分を狙いなさい。いいわね?」
的確な指示に、兎兵たちがうなずいた。これもまた、鈴仙とが違った部隊の在り方である
「それじゃ、一気に突撃するわよ。初めは勢いが肝心だからね」
てゐは上昇すると、兎兵たちに突撃の命令を下す
「・・・っ! 因幡、てゐ!」
「総員突撃! 目標は敵軍の殲滅よ!」
メイド兵がてゐに気づくのと同時に、兎兵たちが突撃を開始した。群がるメイド兵の数は、明らかにこちらより少なく、その勢いのまま兎兵が撃破していく
そして、湖面よりも高い位置に来たてゐにははっきりと見えた。悪魔の館、紅魔館の姿が
「さて、永琳の予想通りなら、すぐに来るはずだけれど・・・」
紅魔館の門を守る部隊を上空から探す。それは隊形らしい隊形をなしていなかったが、すぐに見つかった
「なんだ、大した数じゃないじゃない?」
その数はおよそ50名超と言ったところだろうか。ひょっとしたらこのまま数で押し切れるかもしれない。しかし、その考えはすぐに過ちだったと気付く
「・・・! こいつら・・・!」
「弾幕が怖くないのか?!」
先に異変に気づいたのは、兎兵たちだった。今までに対峙したメイド兵とは、訳が違う。兎兵たちは鈴仙による戦闘訓練を受けて実践に投入されてきた。しかし、今目の前で相手をしている防衛部隊は、明らかに実践慣れしていた
それもその筈である。普段から紅魔館の門を守る使命を受けている彼女たちは、毎日訓練を積んでいる。おまけに周知のとおり、紅魔館にはとある泥棒の侵入が絶えない。つまり彼女たちは、日夜実践を行っているようなものなのだ
紅魔館において、最も信頼される部隊。それが彼女たちであった
「あちゃー・・・これはまずいわ。歯が立たないじゃない」
てゐはすぐさま兎兵たちの側へ駆けつけると、指示を出した
「今のまま戦ってたらやばいわ! すぐに引き上げて、上空の前線部隊に合流するわよ!」
当然、無傷での退避を許してはくれないだろうが、今のまま戦うよりはよっぽどましである
「殿は私がやるから、さっさと逃げなさい!」
てゐは矢継ぎ早に指示を出すと、自らは敵軍の正面へと立つ
そして、ここまでが全て永琳の指示通りだった
「あれ? 敵部隊引き上げていきます」
「随分お早いお帰りですねー・・・」
兵たちの報告に、美鈴は違和感を感じた
「ここまで見張りに気づかれずにやってきた部隊が、こんなに簡単に引き上げるの・・・?」
美鈴は自らの目で敵部隊の退却を確かめに、前線へと出る。そして、その姿を目撃してしまう
「あれは・・・確かてゐちゃん?」
因幡てゐ。言うまでもなく、永遠亭の主力の一人である
「鈴仙さんは墜ち、永琳さんはお嬢様が抑えている。つまり、今動けるのは彼女だけ・・・」
もしもてゐをここで撃墜できれば、相手は動ける者がいなくなる。ならば、追う価値は十分にある。美鈴はそう判断した
「誰か10名ほど私と一緒に来て。敵部隊の部隊長を墜とすわよ。残りは元の配置へ戻って、パチュリー様の指示を仰ぎなさい」
美鈴に着いてくる兵はすぐに集まった。退却する部隊には、この程度で十分だろう。美鈴は上空への出撃を開始する
「行くわよ! 遅れないようについてきて!」
「了解!」
因幡てゐの姿を、追いかけて――
来たわね? てゐは内心でほくそ笑んだ
このてゐ様が、やられっ放しで黙ってるほど可愛いもんですかっての!
「エンシェントデューパー!」
追ってきた10数名ほどの敵兵へと弾幕を放つ。見かけが派手のが取り柄の弾幕だが、数名にはヒットしたようだった
「流石、門番長殿は付いて来てる様ね・・・。あんた達、先に行きなさい!」
自分より先行している部隊を、更に急がせる。なるべく自分から離しておかなければ、せっかくの作戦が台無しになってしまう
「行くわよ・・・! エンシェントデューパー×2!」
先ほどと同じ弾幕。しかし、先ほどとは違い、暗闇を裂くように発光する。かといって、眼をくらませるだけの発光量でもなく、辺りを明るく照らす程度である。それは嫌がらせ程度の効果しか発揮していなかった。しかし、これでいい
「全く、ここまで思い通りだと怖いわね」
そう呟くと、高速で急上昇を開始する。自分の役割はまだ残っているのだ。急がなければ、手遅れになる
正に脱兎の如く、鮮やかな逃げ足を披露して、因幡てゐは戦線を離脱した
「くそ、逃がしたか・・・」
やはり深追いはすべきではなかったのかもしれない。ましてや、苦手な空中戦など
「まぁ、ドンマイってやつですよ」
「まさか一目散に逃げるなんて思わなかったですからねー」
部下たちはさほど気にした様子もなく、こちらに笑いかける。先ほど被弾した部下たちも、大した様子はなさそうだった
「そうね、仕方ない。元の任務に戻りますか」
ため息混じりに部下たちに告げて、振り向いた直後
紅美鈴の意識は途絶した
永琳はその合図を見逃さなかった。てゐの得意な弾幕を2連発。その派手さ、夜の闇がここで役に立つ
レミリアへと放っていた矢を止めると、その後方へ向けて力いっぱいに弓を引き絞る。そこから放たれ矢は、今までの矢とは全く異なっていた。鋭く、そして何よりも力強い。より遠くへと届ける事を目的とした矢を、何度も何度も放つ
最初は首をかしげたレミリアだったが、すぐにその意図に気づく
「まさか・・・狙撃だと!」
「この距離でそんな真似は出来ないわよ。正確には迫撃と言う」
正確な狙撃ではなく、大まかな狙いをつけて行う迫撃。場合によっては狙撃よりも脅威となりうる
これは早く止めさせないとまずい。通常弾をでは回避しながら迫撃を続けられるだけだ。レミリアは先のことも考えずにスペルを宣言した
「神鬼!レミリアストーカー!」
その宣言に対し、永琳は流石に迫撃を中断させられる。レミリアに対し、手を抜いていてはこちらが危ない。永琳は自らもスペルを解放する
「神脳・オモイカネブレイン」
神の名を語るスペルが、交錯する
ゆっくりと目を開くと、そこは紅魔館の応接室だった。どうやら自分はソファの上に寝かされているらしい
「気がついた? やはり傷自体は大したものじゃなかったようね」
誰かに声をかけられて、自分が傷を負っている事実に気づく。同時にゆっくりと記憶を取り戻してきた
「パチュリー様・・・? そうか、敵に嵌められたんですね・・・」
紅美鈴はゆっくりとソファから起き上がる。背中に鈍い痛みを感じたが、動けないほどではない
「・・・状況は?」
どれくらいの時間がたったのかはわからないが、とりあえず紅魔館の中に敵が侵入したということはなさそうだった。しかし、パチュリーの答えはそれにも似たものだった
「強いて言うなれば、最悪かしら。貴女が倒れた事実を知って、メイド達は戦意を喪失したわ。当然貴女の部下たちも戦意を喪失。おまけに敵軍は奮起している。・・・どうも月の兎が率いていた部隊が張り切ってくれている様ね」
私の失態で・・・。美鈴はその事実に愕然とする
「申し訳ございません・・・」
「誰も貴女を責めたりはしないわ。事実、貴女は責められるようなことはしていない」
ただ、パチュリーは思う。絶大な信頼を寄せるということは、同時にあらゆるものを背負い込むことにもなる。いまや美鈴の存在は、紅魔館の門そのものと言っても過言ではないのかもしれない。頼られるというのも、大変ね
美鈴はソファから立ち上がると、頭を二度ぶんぶんと振った。こんなところでゆっくりとしている場合ではない
「・・・出陣します!」
「そうね、貴女が出れば状況は打開できるでしょう。でも、それまでよ。敵軍を壊滅させるには遠く及ばない」
「なら、どうすれば・・・」
どうすれば、敵軍を壊滅できるのか。どうすれば、この紅魔館を守りぬけるのか。門番の問いに、魔女は凍りつくような笑みで答えた
「簡単よ。今度は貴女の舞台で戦えばいい」
「私の舞台・・・?」
パチュリーの発言に、美鈴は首をかしげる。果たして、彼女の発言が意図するものとは何なのだろうか
「あまり小悪魔以外に命令ってしたこと無いのだけれど、良いかしら」
何にしても、今の私では敵軍を破るだけの勢いを味方には与えられない。美鈴はソファに乗せられていた帽子を被ると、力強くうなずいた
「何なりとご命令を。私は紅魔館の門です。私の瞳が黒いうちは、敵軍に門を破らせるわけにはいきません」
その発言に、パチュリーはひどく満足した様子でうなずいた
「そうよ、貴女が門を守るのよ」
そして、魔女は門番に命じた
「背水の陣よ」
「腹黒兎ってば、しっかりと役目を果たしたわね」
「数の差を策で埋めるか・・・。やはり天才だな、彼女は」
「紅い悪魔さんも大したことないのね~」
霊夢たちは口々に永琳を褒めたたえる。事実、彼女の戦略がこの戦場を支配しているといっても過言ではなかった
「あの時は弾幕勝負だったからよかったけど、こんな勝負だったら絶対に相手したくないわ・・・」
「私はお前とは弾幕でだけは戦いたくないが・・・。博霊の巫女が弱気になるとは、珍しいこともあるもんだな」
「霊夢だけじゃないわよ。私だって、あんなのの相手はしたくないわよ」
永琳の才には、あの紫でさえも一目を置いているようだった。最も、そうでもなければ永琳からの頼みを彼女が聞くはずもないが
霊夢はモニタの先で行われる戦いを見て、ため息をつく
「このままだと、永遠亭が押し勝つのは間違いないわね」
「意外と早く決着がついちゃうのね~」
幽々子は退屈そうにみかんの皮をむいている。ちなみに、みかんはスキマから取り出した
「なに、紅魔館だってこのまま黙っちゃいないだろう」
慧音はただ静かに状況を見守りながら、そう発言する
「まだ何か動きがあるって言うの?」
霊夢の問いに、慧音は自らの考えを口に出した
「簡単なことだ。永遠亭には永琳がいるように、紅魔館にも軍師たる者がいるだろう?」
慧音に言われ、霊夢は知識と日陰の少女を頭に浮かべる
「彼女ほどの知識人が、未だに何の策も弄していない。それは紅魔館にとって、今回の戦いが防衛戦であるからだ」
「つまり、敵軍が紅魔館に近づきつつある今こそ、パチュリーの策が開始されるってことね?」
霊夢の発言に、慧音がうなずく。霊夢はパチュリーや慧音とも敵対しないようにしようと心に誓った
「あの門番の怪我も大したことはなさそうだったしな。勝負はまだまだこれからだよ」
そう慧音が告げると、まるでそれが合図だったかのように紅魔館の防衛部隊が撤退を開始した
「伝令! 直ちに全軍撤退せよ! 全軍撤退を開始せよ!」
この伝令を聞き、紅魔防衛軍は撤退を開始した。もとより美鈴の負傷を受けて士気がなくなっていただけに、撤退への移行は早かった
当然、それを永遠亭軍が止める必要はなかった。何故なら彼女たちにとって、敵軍の撤退は大きな前進を意味するからである
しかし、彼女たちは知っておくべきだった。戦いにおいて最も攻め立てるべきは、背中を向けた相手なのだと
もしこの時、総員をあげての殲滅行動を開始していたならば。この戦いも、そこで決着がついていたかもしれない。永琳、或いはてゐ、或いは鈴仙。才のあるものが存在していなかったことが、ここにきて大きく災いした
何はともあれ、彼女たちはひとまず、自らの隊列を整える事を優先した。そして、自軍の勢力をしっかりと把握し、進軍の準備を整える。それが十分に整うと、彼女たちは進軍を開始した。敵軍からの弾幕を恐れ、戦力をある程度横に分散させ、彼女たちは前へと進んだ
そして、紅魔館の門が目前まで迫ったその時
魔女の仕掛けた策が、彼女たちに襲いかかった
「敵軍、墜落!」
「奴らは完全に地上に降りました!」
その報告を受けて、美鈴は闘志を燃やした。普段の朗らかさはどこへやら、その表情は見事なほど引き締まっていた
もはや、少しのミスさえも許されない。敵軍を、殲滅して殲滅して殲滅しつくす
「良いか、良く聞け!」
美鈴は、半ば我を忘れながら部下たちへと檄を飛ばす
「私たちの背後には、紅魔館が控えている! 私たちが守りぬくべき館だ!」
まさか自分がこんな立場に立つだなんて、誰が予想しただろうか。咲夜さんでも、お嬢様でも、パチュリー様でもない。今みんなが頼ってくれているのは、この私だ
「聞け! お前たち! 私は門番長としてお前たちに命ずる!
その眼の黒い内は、虫けら一匹門の中へ入りこませるな!
汚らわしい兎どもに、報いを与えてやれ! ここが奴らの死に場所だ!」
普段は見せることのない美鈴の姿に、紅魔全軍は士気を高めていく。そうだ、報いを。報いを奴らに。報いを、報いをと口々に叫ぶ
そして、誇り高き紅魔館の門は、力の限り叫び声をあげた
「死しても守れ! 私たちの全てで、敵軍を殲滅する!」
全軍から、雄叫びがあがる
彼女たちの意思は、ここに一つ
敵軍に、報いを
「かかってこい、兎ども・・・!」
美鈴は自らにつぶやき、門の先に迫った敵を睨む
地に墜とされ戸惑う敵軍を確認すると、突撃を命じた
「全軍ッ! かかれぇッ!!」
突如としてあがる雄叫びに、兎兵たちがその身を竦ませる。美鈴は自らが最前線に立つと、その瞳に敵兵を写す
気がつけば、叫びをあげていた
「悪魔の館を・・・! 紅魔館を舐めるなよ!!」
彼女たちの背後には、紅魔館
もうこれ以上、下がることは出来ない
背水の陣は、ここに完成した
原作のイメージを壊したくない人はご注意ください
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3章 背水の、陣
「正に慧音の言うとおりになったわね」
霊夢は冷静に現状を見つめながらお茶を飲む。そのお茶はスキマから紫が取り出したものであった。お酒だけでは体に悪いとかなんとか
「あらら、遂に紅い悪魔さんのご登場ね~」
幽々子は何が楽しいのか、扇を両手に持ってくるくると回っている
「こうなると苦しいのは永遠亭の方だろうな。鈴仙を失うと、残りは永琳にてゐ、そしてメディスンか」
「まさか妖怪になりたてのあの子に、軍を動かす才能はないでしょうからね」
「そりゃぁあんたと比べたら大抵の妖怪は赤子も同じだろうな。幻想郷縁起に古くから伝わる大妖ともなれば、な」
「あらあら、それなら私なんかまだ0歳よ?」
規格外の妖怪と亡霊は、楽しそうに状況を見つめていた。霊夢はそんなやり取りに頭痛を覚えかけたが、ふと気がついたように立ち上がる
「そう言えば、彼女たちが戦ってるのって湖の真上よね? 墜ちたってことは、まずいことになってるんじゃない?」
咲夜にせよ、鈴仙にせよ、意識のないまま湖に落ちれば流石に無力だろう。しかし、何を言っているのかと紫が答える
「だから私がいるのよ? 下に墜ちたものはメイドにせよ、兎さんにせよ、私がスキマ送りにしてそれぞれの岸に運んであるわよ」
さも当然といった感じで説明する紫に、霊夢が心底気持ち悪そうな顔をする
「やだ気持ち悪い。あんたが無償でそんな真似をするなんて・・・」
よほど紫という存在に不信感を抱いているのか、その肌には鳥肌が浮かんでいる。そんな霊夢の様子を見て、幽々子がくすりと笑った
「馬鹿ねー霊夢。紫がただでそんな真似をするわけがないじゃない」
「ちょっ、幽々子、それはどういう意味よ?」
紫が幽々子の肩を掴んでがくがくと揺する。や~め~て~という間の抜けた声が幽々子からあがるが、紫は容赦しない
「なるほど、ただじゃないってわけね。でも誰が前もってそんな用意を?」
「当然、永琳だよ」
慧音は事情を知っているのか、モニタに視線を送ったまま答えた
「敵にも味方にも、なるべくの被害は出したくないそうだ。今の幻想郷のバランスを崩したくないんだろうな」
「彼女が言うには、今の幻想郷を壊したくないそうよ」
そう言われてみれば、そんな事を気にするのは彼女くらいなものかと霊夢は今更ながら思う
「はぁー・・・。天才はアフターケアも完璧ね」
「戦って良し、戦った後も良し。どこぞの巫女にも見習ってもらいたいもんだ」
慧音は心底感心した様子でそう呟く。霊夢に睨まれているのは完全に無視していた
「そんな天才が居るんじゃ、このまま紅魔館側が押し切れるってことはなさそうね・・・」
レミリアが出陣したことで、紅魔館は息を吹き返していた。単純な戦力で言えば紅魔館が優勢であるが、どうせこのままでは終わるまいと誰もがわかっていた
と、そこで霊夢はある事実に気づく
「あら、腹黒兎がいない?」
「ほう・・・本当だな。永琳め、次は何を企んでいるのやら」
霊夢と慧音は永遠亭の腹黒兎、てゐの姿をモニタの隅から隅まで探すが、
「私は湖に墜ちてきた者を助けるように言われたのよね」
その紫の発言の意図と同様に、見つけることは出来なかった
「前線から報告! レミリア・スカーレットが出陣しました!」
その報告を聞いて、永琳はゆっくりと続けていた進軍を止める
いよいよ来たか、と思う。今回の戦いで唯一の不安材料は、敵軍の大将であるレミリアそのものであった。彼女の能力は永琳にすら計り知れず、彼女のカリスマ性は絶とうとも断てないものであるからだ
「すぐにここまで来るわよ。気を引き締めなさい」
彼女の性格からして、いきなり本隊を狙ってくるのはわかっている。たとえ待ち構えられているとしても、堂々と正面から突っ切ってくるだろう。そう判断するが早いか否か、暗闇の奥先に紅い煌きが見える
「来るわよ。全員迎撃準備」
永琳は兎兵たちに弾幕の展開を命じる。たとえ彼女に弾幕が通じないとしても、少なからずの影響は及ぼせる筈である。自ら雨に当たりたいと思う者はそうはいまい。彼女の場合、雨の下は歩けないのだが
「目くらまし程度で構わないわ。無理に被弾させようとは思わないこと」
命じる間にも、紅い煌きはものすごい速度で近づいてくる。やはり、前線の部隊は無視したのでしょうね。永琳はその事実に苦笑する
「打ち方用意・・・目標は紅い悪魔よ。放て!」
まだ射程圏に入っていない目標に対し、兎兵たちが弾幕を展開する。目くらまし、嫌がらせ程度で構わない。しかし、永琳はその判断が間違っていたことを知る
「紅符!不夜城レッド!」
兎兵たちの射撃を知ってか知らずか、レミリアはスペルを解放するとさらに加速した。まるで、自らが1つの弾丸と化したかのような超加速
まずい、永琳がそう思った時には手遅れだった
「――ひ・・・ぃっ!」
弾丸は、迷うことなく兎兵たちへと突っ込んだ。そして、回避する暇さえ与えずに貫く。生み出されたのは恐怖、そして悲鳴
「あぁ・・・ぁっ!」
突っ込んでくることはわかっていた。しかし、それが予想をはるかに超えた速さでこちらに向かってきたとき、それを回避すると言う思考に至れるだろうか
ましてやそれが――どうしようもない恐怖を伴っていれば、なおさらである
たった一度のスペルの解放で、20名ほどの兎兵をレミリアは撃墜したのであった
「――ははっ! これはまた府抜けた連中だな!」
永琳の背後、背後から声は聞こえた。永琳ですら、その事実に気づくのにほんの一瞬時間を要した。レミリアは一気に兎兵たちを突っ切って、後方まで移動したのである。それこそ、弾丸のように
「・・・ずいぶんな挨拶ね、お嬢さん」
永琳はゆっくりと振り返り、その存在を確認する。間違いない、これこそが悪魔。紅い悪魔、レミリア・スカーレット――
「あれが――悪魔」
「紅い――紅い悪魔」
兎兵たちはその姿に恐怖を抱く。話に聞いていたのと、実際に目にするのとでは、恐怖の質が違っていた。本能からくる恐れが、兎兵たちを襲う。永琳は弓を構えると、鋭い視線をレミリアへ送る
「紅魔館の主というのは、まともな挨拶の一つすら出来ないのかしら?」
「ふん、雑魚が何匹倒れようが私の知った事じゃないさ。お前たちこそ、私の館に来るならその獣じみた体臭を何とかして欲しいものだな」
永琳はレミリアの言葉に答えずに、矢を放ってレミリアを牽制する。レミリアはそれを高速移動でかわしながら、ある人物へと近づいていく。永琳と同じ不死の存在である、藤原妹紅へと
「おいお前、あれだけでかい口を叩いておきながらその様はないだろう?」
呆れたようにレミリアが言うが、妹紅は言葉すら紡げない。よって、恨めしそうな視線をレミリアへ返すことが、彼女の返答だった
「なるほど、毒にやられたってことか。そう言えば、最近毒を操る妖怪がどうのこうのと咲夜が言っていたかな」
ぎょろり、と音がしそうなほど明確に、レミリアはメディスンを睨みつける。その姿まで自らの従者から聞いていたわけではないが、何しろここにいるのは永琳と兎兵たちのみである。それらしき姿はメディスンの他になかった
「え、永琳様~!」
レミリアに睨まれ、メディスンは情けない声を上げる。まだ妖怪として未熟なメディスンにとって、レミリアと対峙することはすさまじい恐怖を伴うであろう。レミリアの相手をしながらメディスンの精神状態に気を使うことは、流石の永琳も諦めざるを得なかった
「メディスン、貴女は十分に仕事を果たしたわ。これ以上は危険よ、もう下がりなさい」
そう言いながら、自らはメディスンとレミリアの間に立つ
「でも、それじゃぁあの子が!」
あの子、とは妹紅のことであろう。確かにメディスンがいなくなれば妹紅は自由を取り戻してしまう。しかし、これ以上メディスンをこの場にいさせるのは危険である
「大丈夫よ、後は私に任せて貴女は早く下がりなさい」
「・・・はい!」
永琳が大丈夫と言ったのであれば、自分はそれに従った方がいいだろう。メディスンはそう判断すると、紅魔館とは逆の方角へ向かおうとする。その様子を見ていたレミリアは、嘲るように永琳に言う
「そう簡単に、ここから敵を生かして逃がすと思うのかい?」
「逃がさせないとでも思っているのかしら?」
動き出そうとするレミリアに、永琳は真っすぐ弓を構える。それを見て、レミリアは実に楽しそうに笑った
「永琳様、援護します!」
それを見て、兎兵たちは思い出したようにレミリアに対して構える。恐怖はあっても、そこは妖怪兎のはしくれである。流石に戦場から逃げ出すような者はいなかった。しかし、永琳は冷静にそれを止める
「だめよ、あの悪魔には手出し無用。狙われたら命がいくつあっても足りないわ」
言うや否や、永琳は複雑なパターンでレミリアへと矢を放つ。レミリアはそれを器用に回避しながら、永琳に向かって深紅の弾丸を放った
「嬉しいな、随分と評価してくれるじゃないか?」
「ほざきなさい、悪魔が」
本人たちはいたって涼しい顔っをしているが、周りから見ればそれは目もくらむような弾幕の応酬であった
「貴女たちは前線部隊と合流、進軍を続けなさい。このお嬢さんは私が相手をするわ」
永琳の指示を受けて、兎兵たちはすぐに隊列を組む。ほんの少し躊躇いを見せた者もいたが、すぐに紅魔館へ向けて進軍を開始する。そしてそれと同時に、今までしゃべることさえ封じられていた妹紅がようやく口を開く
「何で・・・お前がもう出てきてるんだよ?」
それはレミリアが出陣したことに対する疑問であった。レミリアが出陣すれば、紅魔館は手薄となってしまうのに
「それはお前と咲夜が不甲斐無いからだ」
まだ体が自由に動かない妹紅に、レミリアが厳しい言葉をぶつける。相も変わらず、弾幕の応酬を続けながら
「お陰様でこちらの防衛軍はたじたじだよ」
「だから・・・! 今お前が出てきちまうと、紅魔館が危ないだろうが・・・!」
それを聞いて、レミリアは不敵に笑んだ。にやり、と
「お前はわかっちゃいない。紅魔館にはまだ頼れる存在が残っていることをな。本当に紅魔館を守りたいのなら、私が紅魔館に残っていてはいけないんだ。紅魔館を守るのは、あいつらの役目だからな」
私が出陣できる理由。美鈴はすぐにわかったようだったが・・・
「だから、行ってこい。そうしてくれれば、私も安心してこいつの相手が出来る」
「お見通しかよ・・・。ま、その言葉には従うけどさ」
妹紅は気付き始めていた。自分のような存在が、今回の戦いには邪魔にしかならないことを。そして同時に理解した。自分がなすべきことは何なのかと
紅魔館はキングを投入したが、永遠亭にはまだクイーンが残っている。レミリアが出陣したとなれば、向こうの親玉が出陣してもおかしくはない
「じゃ、私はちょっと邪魔をしてくるよ。まさかとは思うが、死ぬなよ吸血鬼」
妹紅は紅魔館とは逆の方向を向くと、炎の翼を広げた。体の自由は殆ど取り戻している。飛び立つには十分すぎるほどだろう
「妹紅・・・貴女、まさか姫のところへ? 行かせるとでも思ったのかしら?」
永琳はレミリアに矢を放つのを止め、妹紅へとその弓先を向けようとするが
「行かせないとでも、思ったのか?」
レミリアの弾幕に阻まれて、体制を崩す。そして、そのまま妹紅は飛び去ってしまう
「く・・・っ! ・・・どこまでも私の邪魔をしたいようね、お嬢さん」
「どこまで私の邪魔が出来るかなぁ、月人が」
二人はお互いを向き合うと、お互いに口火を切った。レミリアは紅魔館を背負うように。永琳は、紅魔館へと向き合うように
「月の歴史を知るがいいわ!」
「夜の恐怖を見るがいい!」
蓬莱人と吸血鬼
異形同士の戦いが、始まった
「報告。まだ防衛軍はレミリアお嬢様の『死んでも戦え』と言う命令のもと、敵勢力を迎え撃っています」
伝令からの報告を受け、お嬢様あの命令防衛軍にも出したんだ、と美鈴は苦笑した
「報告ご苦労。少しの間休んでいなさい」
とりあえずの所、敵がいきなり門のすぐ近くまで来ることはなさそうね。門を含め、紅魔館の外周の防御を任された美鈴は安堵する。まさかメイド長である咲夜さんがこんなに早く墜とされるとは、予想していなかった。しかし他の部隊とは違い、美鈴の部隊は慌てることはなかった
「美鈴さん、今こそ出世のチャンスじゃないですか?」
などと言う不謹慎な冗談を言う部下までいたくらいである
「門を守る使命、か。メイド長に負けず劣らず、立派な役目だと思うんだけどなぁー」
門番とは、誇り高い仕事である。美鈴はそう思っていた。事実、彼女は頼りがいのある人物だとしてメイド妖精たちからも親しまれていたし。今回の戦いにおいても、最も重要な立場を任されていた
それだけに、咲夜が撃墜された時は、敵が来るのかと気を引き締めた。しかし実際は、レミリアが出陣することで事なきを得ている
「やっぱりお嬢様は偉大だなー」
わかっていたことであるが、それを美鈴は再認識する。そして、同時に誇りに思う
『美鈴、貴女にならわかるはずよ。私が出陣できる理由が』
それは、私を、私の部隊を信じてくれているからだ。今お嬢様が出陣しても、後方が大丈夫であると確信を持っていてくれているからだ。だから、私はその信頼に応えなければならない。それこそ、死んでも戦う気で
「いつ敵が来るかわからないものね・・・」
湖の上空の敵は、今のところ防衛軍が何とかしているようである。しかし、問題は湖面を移動してくる部隊である。湖面擦れ擦れを飛行してこられると、上空からではその姿が確認できない。そのため、パチュリーの指示で見張りを展開してはある
「今のところ、敵を見たという報告は来てないけど・・・」
「美鈴さん! 湖から敵が来てます! その数はおよそ・・・およそ、100!」
その報告に美鈴は耳を疑った。100名もの兵を、見張りに気づかれずに紅魔館の近くまで進軍させたと言うのか
それと同時に、どこか身が踊る想いを抱く。来たか、守る時が
「みんな、戦闘準備は出来てるわね!」
美鈴は近くにいた自分の部下に声をかける。メイド妖精ではなく、普段から紅魔館を守る妖怪の門番たちである
「もちろん、門を守る者はいつだって臨戦態勢ですよ」
「さぁて、今宵は兎鍋といきましょうか?」
全く、いつでも軽いわね、私の部下たちは。いつも通りの部下の様子に、美鈴は微笑んだ
「さぁ、紅魔館流の礼儀を叩きこんでやるわ。着いて早々のお帰りと願いましょうか!」
美鈴以下、60名の部隊が出陣を開始した
「もうこの辺で良いかしらね・・・これ以上は少し難しそうだし」
それから時間を少しだけ遡って、紅魔館の門近くの湖面
因幡てゐは永琳の指示を受けて、湖面を密かに進軍していた。初めは70名ほどの兎兵だったが、途中で追加の兵が送り込まれてきた。湖面にも敵軍の見張りがいたことにてゐは驚きと感心を覚えたが、そこは古くから生きる妖怪兎である。まっ先に逃げようとするメイド兵を集中して狙い、自分たちの存在を兎に角ひた隠しにした
こうして、てゐの潜入部隊は紅魔館に捕捉されることなく、湖面を進軍してきたのである
そして今、慎重を移動を続けるのにも限界が訪れた。待ち構えているメイド兵の数が、今までの数倍に広がったのである
限界ね。そもそも、紅魔館に侵入するなんてことは求めてない訳だし。てゐは兎兵たちに指示を伝える
「ゆっくりと進軍するのはここで終わり。敵軍の勢力を減らしにかかるわよ。絶対に退き際を間違えないこと。無駄に傷を負うほど愚かなことは無いわ。敵の集中している部分を狙いなさい。いいわね?」
的確な指示に、兎兵たちがうなずいた。これもまた、鈴仙とが違った部隊の在り方である
「それじゃ、一気に突撃するわよ。初めは勢いが肝心だからね」
てゐは上昇すると、兎兵たちに突撃の命令を下す
「・・・っ! 因幡、てゐ!」
「総員突撃! 目標は敵軍の殲滅よ!」
メイド兵がてゐに気づくのと同時に、兎兵たちが突撃を開始した。群がるメイド兵の数は、明らかにこちらより少なく、その勢いのまま兎兵が撃破していく
そして、湖面よりも高い位置に来たてゐにははっきりと見えた。悪魔の館、紅魔館の姿が
「さて、永琳の予想通りなら、すぐに来るはずだけれど・・・」
紅魔館の門を守る部隊を上空から探す。それは隊形らしい隊形をなしていなかったが、すぐに見つかった
「なんだ、大した数じゃないじゃない?」
その数はおよそ50名超と言ったところだろうか。ひょっとしたらこのまま数で押し切れるかもしれない。しかし、その考えはすぐに過ちだったと気付く
「・・・! こいつら・・・!」
「弾幕が怖くないのか?!」
先に異変に気づいたのは、兎兵たちだった。今までに対峙したメイド兵とは、訳が違う。兎兵たちは鈴仙による戦闘訓練を受けて実践に投入されてきた。しかし、今目の前で相手をしている防衛部隊は、明らかに実践慣れしていた
それもその筈である。普段から紅魔館の門を守る使命を受けている彼女たちは、毎日訓練を積んでいる。おまけに周知のとおり、紅魔館にはとある泥棒の侵入が絶えない。つまり彼女たちは、日夜実践を行っているようなものなのだ
紅魔館において、最も信頼される部隊。それが彼女たちであった
「あちゃー・・・これはまずいわ。歯が立たないじゃない」
てゐはすぐさま兎兵たちの側へ駆けつけると、指示を出した
「今のまま戦ってたらやばいわ! すぐに引き上げて、上空の前線部隊に合流するわよ!」
当然、無傷での退避を許してはくれないだろうが、今のまま戦うよりはよっぽどましである
「殿は私がやるから、さっさと逃げなさい!」
てゐは矢継ぎ早に指示を出すと、自らは敵軍の正面へと立つ
そして、ここまでが全て永琳の指示通りだった
「あれ? 敵部隊引き上げていきます」
「随分お早いお帰りですねー・・・」
兵たちの報告に、美鈴は違和感を感じた
「ここまで見張りに気づかれずにやってきた部隊が、こんなに簡単に引き上げるの・・・?」
美鈴は自らの目で敵部隊の退却を確かめに、前線へと出る。そして、その姿を目撃してしまう
「あれは・・・確かてゐちゃん?」
因幡てゐ。言うまでもなく、永遠亭の主力の一人である
「鈴仙さんは墜ち、永琳さんはお嬢様が抑えている。つまり、今動けるのは彼女だけ・・・」
もしもてゐをここで撃墜できれば、相手は動ける者がいなくなる。ならば、追う価値は十分にある。美鈴はそう判断した
「誰か10名ほど私と一緒に来て。敵部隊の部隊長を墜とすわよ。残りは元の配置へ戻って、パチュリー様の指示を仰ぎなさい」
美鈴に着いてくる兵はすぐに集まった。退却する部隊には、この程度で十分だろう。美鈴は上空への出撃を開始する
「行くわよ! 遅れないようについてきて!」
「了解!」
因幡てゐの姿を、追いかけて――
来たわね? てゐは内心でほくそ笑んだ
このてゐ様が、やられっ放しで黙ってるほど可愛いもんですかっての!
「エンシェントデューパー!」
追ってきた10数名ほどの敵兵へと弾幕を放つ。見かけが派手のが取り柄の弾幕だが、数名にはヒットしたようだった
「流石、門番長殿は付いて来てる様ね・・・。あんた達、先に行きなさい!」
自分より先行している部隊を、更に急がせる。なるべく自分から離しておかなければ、せっかくの作戦が台無しになってしまう
「行くわよ・・・! エンシェントデューパー×2!」
先ほどと同じ弾幕。しかし、先ほどとは違い、暗闇を裂くように発光する。かといって、眼をくらませるだけの発光量でもなく、辺りを明るく照らす程度である。それは嫌がらせ程度の効果しか発揮していなかった。しかし、これでいい
「全く、ここまで思い通りだと怖いわね」
そう呟くと、高速で急上昇を開始する。自分の役割はまだ残っているのだ。急がなければ、手遅れになる
正に脱兎の如く、鮮やかな逃げ足を披露して、因幡てゐは戦線を離脱した
「くそ、逃がしたか・・・」
やはり深追いはすべきではなかったのかもしれない。ましてや、苦手な空中戦など
「まぁ、ドンマイってやつですよ」
「まさか一目散に逃げるなんて思わなかったですからねー」
部下たちはさほど気にした様子もなく、こちらに笑いかける。先ほど被弾した部下たちも、大した様子はなさそうだった
「そうね、仕方ない。元の任務に戻りますか」
ため息混じりに部下たちに告げて、振り向いた直後
紅美鈴の意識は途絶した
永琳はその合図を見逃さなかった。てゐの得意な弾幕を2連発。その派手さ、夜の闇がここで役に立つ
レミリアへと放っていた矢を止めると、その後方へ向けて力いっぱいに弓を引き絞る。そこから放たれ矢は、今までの矢とは全く異なっていた。鋭く、そして何よりも力強い。より遠くへと届ける事を目的とした矢を、何度も何度も放つ
最初は首をかしげたレミリアだったが、すぐにその意図に気づく
「まさか・・・狙撃だと!」
「この距離でそんな真似は出来ないわよ。正確には迫撃と言う」
正確な狙撃ではなく、大まかな狙いをつけて行う迫撃。場合によっては狙撃よりも脅威となりうる
これは早く止めさせないとまずい。通常弾をでは回避しながら迫撃を続けられるだけだ。レミリアは先のことも考えずにスペルを宣言した
「神鬼!レミリアストーカー!」
その宣言に対し、永琳は流石に迫撃を中断させられる。レミリアに対し、手を抜いていてはこちらが危ない。永琳は自らもスペルを解放する
「神脳・オモイカネブレイン」
神の名を語るスペルが、交錯する
ゆっくりと目を開くと、そこは紅魔館の応接室だった。どうやら自分はソファの上に寝かされているらしい
「気がついた? やはり傷自体は大したものじゃなかったようね」
誰かに声をかけられて、自分が傷を負っている事実に気づく。同時にゆっくりと記憶を取り戻してきた
「パチュリー様・・・? そうか、敵に嵌められたんですね・・・」
紅美鈴はゆっくりとソファから起き上がる。背中に鈍い痛みを感じたが、動けないほどではない
「・・・状況は?」
どれくらいの時間がたったのかはわからないが、とりあえず紅魔館の中に敵が侵入したということはなさそうだった。しかし、パチュリーの答えはそれにも似たものだった
「強いて言うなれば、最悪かしら。貴女が倒れた事実を知って、メイド達は戦意を喪失したわ。当然貴女の部下たちも戦意を喪失。おまけに敵軍は奮起している。・・・どうも月の兎が率いていた部隊が張り切ってくれている様ね」
私の失態で・・・。美鈴はその事実に愕然とする
「申し訳ございません・・・」
「誰も貴女を責めたりはしないわ。事実、貴女は責められるようなことはしていない」
ただ、パチュリーは思う。絶大な信頼を寄せるということは、同時にあらゆるものを背負い込むことにもなる。いまや美鈴の存在は、紅魔館の門そのものと言っても過言ではないのかもしれない。頼られるというのも、大変ね
美鈴はソファから立ち上がると、頭を二度ぶんぶんと振った。こんなところでゆっくりとしている場合ではない
「・・・出陣します!」
「そうね、貴女が出れば状況は打開できるでしょう。でも、それまでよ。敵軍を壊滅させるには遠く及ばない」
「なら、どうすれば・・・」
どうすれば、敵軍を壊滅できるのか。どうすれば、この紅魔館を守りぬけるのか。門番の問いに、魔女は凍りつくような笑みで答えた
「簡単よ。今度は貴女の舞台で戦えばいい」
「私の舞台・・・?」
パチュリーの発言に、美鈴は首をかしげる。果たして、彼女の発言が意図するものとは何なのだろうか
「あまり小悪魔以外に命令ってしたこと無いのだけれど、良いかしら」
何にしても、今の私では敵軍を破るだけの勢いを味方には与えられない。美鈴はソファに乗せられていた帽子を被ると、力強くうなずいた
「何なりとご命令を。私は紅魔館の門です。私の瞳が黒いうちは、敵軍に門を破らせるわけにはいきません」
その発言に、パチュリーはひどく満足した様子でうなずいた
「そうよ、貴女が門を守るのよ」
そして、魔女は門番に命じた
「背水の陣よ」
「腹黒兎ってば、しっかりと役目を果たしたわね」
「数の差を策で埋めるか・・・。やはり天才だな、彼女は」
「紅い悪魔さんも大したことないのね~」
霊夢たちは口々に永琳を褒めたたえる。事実、彼女の戦略がこの戦場を支配しているといっても過言ではなかった
「あの時は弾幕勝負だったからよかったけど、こんな勝負だったら絶対に相手したくないわ・・・」
「私はお前とは弾幕でだけは戦いたくないが・・・。博霊の巫女が弱気になるとは、珍しいこともあるもんだな」
「霊夢だけじゃないわよ。私だって、あんなのの相手はしたくないわよ」
永琳の才には、あの紫でさえも一目を置いているようだった。最も、そうでもなければ永琳からの頼みを彼女が聞くはずもないが
霊夢はモニタの先で行われる戦いを見て、ため息をつく
「このままだと、永遠亭が押し勝つのは間違いないわね」
「意外と早く決着がついちゃうのね~」
幽々子は退屈そうにみかんの皮をむいている。ちなみに、みかんはスキマから取り出した
「なに、紅魔館だってこのまま黙っちゃいないだろう」
慧音はただ静かに状況を見守りながら、そう発言する
「まだ何か動きがあるって言うの?」
霊夢の問いに、慧音は自らの考えを口に出した
「簡単なことだ。永遠亭には永琳がいるように、紅魔館にも軍師たる者がいるだろう?」
慧音に言われ、霊夢は知識と日陰の少女を頭に浮かべる
「彼女ほどの知識人が、未だに何の策も弄していない。それは紅魔館にとって、今回の戦いが防衛戦であるからだ」
「つまり、敵軍が紅魔館に近づきつつある今こそ、パチュリーの策が開始されるってことね?」
霊夢の発言に、慧音がうなずく。霊夢はパチュリーや慧音とも敵対しないようにしようと心に誓った
「あの門番の怪我も大したことはなさそうだったしな。勝負はまだまだこれからだよ」
そう慧音が告げると、まるでそれが合図だったかのように紅魔館の防衛部隊が撤退を開始した
「伝令! 直ちに全軍撤退せよ! 全軍撤退を開始せよ!」
この伝令を聞き、紅魔防衛軍は撤退を開始した。もとより美鈴の負傷を受けて士気がなくなっていただけに、撤退への移行は早かった
当然、それを永遠亭軍が止める必要はなかった。何故なら彼女たちにとって、敵軍の撤退は大きな前進を意味するからである
しかし、彼女たちは知っておくべきだった。戦いにおいて最も攻め立てるべきは、背中を向けた相手なのだと
もしこの時、総員をあげての殲滅行動を開始していたならば。この戦いも、そこで決着がついていたかもしれない。永琳、或いはてゐ、或いは鈴仙。才のあるものが存在していなかったことが、ここにきて大きく災いした
何はともあれ、彼女たちはひとまず、自らの隊列を整える事を優先した。そして、自軍の勢力をしっかりと把握し、進軍の準備を整える。それが十分に整うと、彼女たちは進軍を開始した。敵軍からの弾幕を恐れ、戦力をある程度横に分散させ、彼女たちは前へと進んだ
そして、紅魔館の門が目前まで迫ったその時
魔女の仕掛けた策が、彼女たちに襲いかかった
「敵軍、墜落!」
「奴らは完全に地上に降りました!」
その報告を受けて、美鈴は闘志を燃やした。普段の朗らかさはどこへやら、その表情は見事なほど引き締まっていた
もはや、少しのミスさえも許されない。敵軍を、殲滅して殲滅して殲滅しつくす
「良いか、良く聞け!」
美鈴は、半ば我を忘れながら部下たちへと檄を飛ばす
「私たちの背後には、紅魔館が控えている! 私たちが守りぬくべき館だ!」
まさか自分がこんな立場に立つだなんて、誰が予想しただろうか。咲夜さんでも、お嬢様でも、パチュリー様でもない。今みんなが頼ってくれているのは、この私だ
「聞け! お前たち! 私は門番長としてお前たちに命ずる!
その眼の黒い内は、虫けら一匹門の中へ入りこませるな!
汚らわしい兎どもに、報いを与えてやれ! ここが奴らの死に場所だ!」
普段は見せることのない美鈴の姿に、紅魔全軍は士気を高めていく。そうだ、報いを。報いを奴らに。報いを、報いをと口々に叫ぶ
そして、誇り高き紅魔館の門は、力の限り叫び声をあげた
「死しても守れ! 私たちの全てで、敵軍を殲滅する!」
全軍から、雄叫びがあがる
彼女たちの意思は、ここに一つ
敵軍に、報いを
「かかってこい、兎ども・・・!」
美鈴は自らにつぶやき、門の先に迫った敵を睨む
地に墜とされ戸惑う敵軍を確認すると、突撃を命じた
「全軍ッ! かかれぇッ!!」
突如としてあがる雄叫びに、兎兵たちがその身を竦ませる。美鈴は自らが最前線に立つと、その瞳に敵兵を写す
気がつけば、叫びをあげていた
「悪魔の館を・・・! 紅魔館を舐めるなよ!!」
彼女たちの背後には、紅魔館
もうこれ以上、下がることは出来ない
背水の陣は、ここに完成した
To be continue?
どこに反省する必要があるのさ。
全員かっこいいぜこのやろう。