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紅魔永夜運命譚.2 狂気の月時計~Luna Die All

2008/06/27 22:55:58
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様々な二次創作ネタの影響を受けて創作されています
原作のイメージを壊したくない人はご注意ください

この小説は続き物となっております
できれば第1章からご覧ください




2章 狂気の月時計~Luna Die All

「むぅ・・・流石に遠すぎていまいち見えないわ」
「そう言えばお前は鳥目だったな。私からははっきりと見えるんだが」
「距離に鳥目が関係あるか! あんたの視力が異常なのよ!」
 投げやりに慧音に答えつつ、なんとか両軍の動きを捕捉する。とてもではないが、細かい動きまでは伝わってこない。霊夢が半ば諦めていたその時だった
「じゃぁ、もっと見やすくしてあげようかしら?」
 しゅるり。なにもない空間からそんな音がした。そして、その空間に見るもおぞましい裂け目が浮かぶ。その様子に、霊夢が溜め息をついた
「そう言えばもう一人二人イベント好きの奴を忘れてたわ・・・」
「呼ばれて飛び出て!」
「じゃじゃじゃ・・・じゃじゃ馬?」
 そんなふざけた言葉と共に、広がった裂け目から二人の影が現れる
「だめじゃない霊夢。こんな楽しそうなイベントに私を忘れるだなんて」
「全くよ~。まさかお茶もお酒も用意していないなんて」
 現れたのは八雲紫と西行寺幽々子。危険度Sクラスの、幻想郷のトラブルメーカーである。ついでに幽々子は一升瓶を握っている。霊夢は泣きそうな・・・泣きたそうな顔をしていた
「たまには静かにイベント鑑賞させてよね・・・」
「やはり来たか、お祭り妖怪どもが」
 慧音は二人が来ることがわかっていたのか、苦笑交じりに霊夢の肩に手を置いた
「あらら、つれないわね。せっかくこのイベントをもっと見やすくしてあげようと思ったのに」
「そのスキマに顔を突っ込んで見ろってんなら、遠慮するわよ」
「違う違う・・・よっと」
 おばさんくs(スキマ送り)セリフと共に、紫がスキマの中から何やら巨大なものを取り出す。巨大な一枚のパネルのようだが、黒光りするだけで、特にこれといって状況を変えそうにはない
「何よこれ? 幻想郷に変なもの持ち込まないでよね・・・」
「人が親切心でこのモニタに戦いの様子を映し出してあげようって言うのに、その言い草は失礼じゃない?」
 霊夢と紫が言い合いを始めるのをよそに、幽々子は慧音に酌を済ませていた
「どうでもいいがお前ら、ついに戦いが始まったぞ」
 慧音が幽々子に酌を返しながら言うのと、紫がモニタのスイッチを入れるのとは、ほとんど同時だった。そしていきなり窮地に立たされる咲夜の様子が映し出される
「なによこれ? 咲夜の奴いきなり敵に囲まれてるじゃない」
「瀟洒な従者が珍しく焦ったのね~」
 幽々子はいささか驚きながらモニタの向こうへと視線を送る。戦いは、永遠亭軍の思い通りに進んでいた


 やられた――咲夜は素直にそう思った
 空間を操ることで、敵軍の中央へと移動し、敵の隊形を崩す。多少の被害は出るものの、いきなりの奇襲に敵軍は総崩れになる。これが咲夜の考えた作戦であった。結論からいえば、敵軍の中央への移動は成功した。成功したのだが
「いらっしゃい、紅魔館のメイド長殿。今宵のご機嫌はいかがかしら?」
 まさか既に私たちを相手取る隊形が組まれているなんて――!
「その人の身には過ぎた能力があだとなったわね」
 読まれていた。咲夜は改めて目の前の敵を過小評価していたことを知る。敵軍の中央へ潜り込むのと、敵軍の中央へ放り込まれるのでは、訳が違う!
 そして同じことが防御に回していた軍でも起こっていようとは、流石の咲夜も知りえなかった

 紅魔防衛部隊は、いきなり出現した敵軍に先手を取られ、総崩れとなっていた
「本当に咲夜がいない・・・! この勝負貰ったわ! 全員で中央を集中的に狙いなさい! 敵の防御網を突き破るのよ!」
 鈴仙の指示の下、月の兎隊が弾幕を浴びせる。特に鈴仙から発せられる弾幕は、隊形を復活させようとする敵軍を混乱に陥れていた。その数は月の兎隊50対、紅魔防衛部隊150。実に3倍もの物量差であった。しかし、敵軍の中央に放り込まれるのと、敵軍の中央に潜り込むのでは、訳が違う
 鈴仙は自らの能力を使い、月の兎隊を敵軍から目視されないように波長を弄った。そのまま敵軍に近づき、どこを攻めるべきかを判断する。そして、敵メイド兵がこちらに感づいたその瞬間、猛攻を開始した。勢いと戸惑いは、その物量差を帳消しにしていた
 だから褒めるべきだろう。鈴仙が現れた時点で、紅魔館へ報告に走った伝令の存在を
 そして褒めるべきだろう。その勢いのまま攻め続けず、敵が隊形を復活させたのを見て引き上げた、鈴仙の判断を
 何故なら、この伝令がなければ防衛軍は総崩れとなっていたし。鈴仙の判断がなければ、月の兎隊は壊滅していたかもしれないからだ
 そう、伝令を受けた紅魔館からは、藤原妹紅が出陣していた
 時間にして僅か、10分に満たない地獄であった


「月の兎隊から伝令・・・!」
 伝令に使わされた兎兵が見たものは、飛び交うナイフと、一切の戦闘を行わずに後退するメイド兵たちであった
 咲夜の判断は賢明であった。今このまま戦えば、全滅はまず免れない。咲夜は全員に退却を命じた。無論それを許す永遠亭軍ではなかったが、咲夜は一切の戦闘を禁じて、自らはその援護に徹した
 全く、大したものだ。永琳は思わず感心する。これほど絶望的な状況でも、活路を見出すことを忘れないとは
 しかし、ここで簡単に逃すわけにはいかない。退き時が攻め時であることは、日の目を見るよりも明らかである。永琳はすぐ後ろにいた彼女に命じる
「メディスン! 今よ!」
「うぅ~・・・大丈夫かなぁ? でも永琳様が大丈夫って言ったし・・・! いくよ!」
 一瞬の躊躇いを見せたものの、メディスンはその能力を発動する。毒を操る程度の能力――その中でもこの状況にうってつけのスペル
「毒符・神経の毒!」
 神経毒――この毒を浴びたならば、当然足取りは遅くなり、ただ逃げることすらままならない。しかしこのような状況で放てば、当然味方である永遠亭軍にも影響が出るはずである
「これは・・・!」
 やられた――咲夜は再びそう思わずにはいられなかった。永琳は完全に状況を読み切っていた。咲夜が自軍の中央に飛び込んでくることも。戦闘を禁じて撤退に徹することも。そして、毒を用いれば簡単には逃げられないことも。当然、毒が自らの軍をも襲うことを
 しかし、薬作りは彼女の本業である。ましてや、永遠亭に何度も訪れたメディスンの毒に対する薬ともなれば――!
 永遠亭軍は紅魔軍の動きが鈍くなるのをみて、更にその追撃に拍車をかける。兎兵たちには、あらかじめ永琳から薬が投与されていたのである。メディスンの神経毒に対する、抗体を
「くっ・・・!」
 咲夜のスペルは、敵味方が入り混じった状態では使えない。見方に与える被害が大きすぎるのだ。しかし今スペルを宣言し、メディスンを止めなければ、確実に自軍は崩壊する
「やるしかない・・・」
 そう思い、スペルを解放しようとしたその時であった
「!? メディ、危ない!」
 それまで兎兵たちに指示を出していたてゐが、メディスンを力任せに引っ張る。なにが起こったのか分からないメディスンは、スペルを中断させられる。そしてちょうどメディスンの存在していたその場所に、灼熱の弾幕が降り注いだ
 誰しもがその弾幕の飛来した方向を見る。そこに居たのは不死鳥であった。否、不死鳥などではない。しかしそれを不死鳥と呼ぶことになんら違和感はないだろう。彼女もまた、人ならざる不死の存在なのだから
「ほぅ・・・輝夜のペットが! やるじゃないか!」
「妹紅・・・こんな時まで邪魔をするのね」
 炎を纏ってそこに現れたのは、藤原妹紅だった。現れた妹紅を、永琳が睨む。メディスンは突然現れた陰に怯え、スペルを中断してしまった
「あぁ、邪魔をするさ。何度でも、何度でも何度でも何度でも。お前らに少しでも被害が及ぶのならな」
 妹紅の背中から燃え盛る翼が生じる。その熱気に兎兵たちが怯んだのを、咲夜は見逃さなかった
「攻撃開始! 突破口を開くわよ!」
 神経毒から解放されたメイド兵たちは、咲夜の命令に行動で応じる。てゐが指示を出してメイド兵たちを迎撃するが、妹紅の出現で兵の士気が下がり、行動が遅れてしまった
 これならなんとかなる。咲夜は妹紅に近づくと礼を述べた
「助かったわ」
 二人の周りには自然と空間ができていた。悪魔の狗に、紅蓮の不死者。相手をしたくないのは当然だった。ましてや、先ほどの妹紅の攻撃を見てはなおさらである。妹紅は永琳を睨んだまま、咲夜に言った
「今お前が倒されたら総崩れになるだろ。この場は私に任せて、お前は一旦下がれ」
「あら、私はまだ戦えるつもりだけど?」
 そう言って見せる咲夜の手にはいつの間にか銀のナイフが握られていた。ようやく本領発揮ってわけか、妹紅は歪な笑みを浮かべたが、直ぐにそれを消して続けた
「良いから今は退いておけ。私が出てきたのは、防衛軍が崩れかけたからだ」
 後方の状況は咲夜を求めていたのを、妹紅はしっかりと目撃していた。誰からも信頼を集める者は、居なくなればそれだけの影響を及ぼす。今永琳の相手をするのは咲夜でないと、妹紅は知っていたのだった
「・・・成る程。今は従っておきますわ」
 咲夜は手に持っていたナイフを永琳へと投擲すると、近くにいた兵だけを集めて紅魔館のほうへと飛び去った。賢明な判断だろう。いくら士気が下がったとはいえ、相手は数が多い。今のうちに退いておかなければ、確実に兵を消耗する
 妹紅はその様子を見届けると、辺りを見回した。永琳は咲夜の投擲したナイフをゆっくりとかわすと、てゐに何やら指示を出していた。あちらには無傷の主力軍。こちらは傷ついた少数の軍・・・まともに戦えはしない、か
「紅魔軍、よく聞け!」
 不意に叫んだ妹紅に、永遠亭軍を散らしていたメイド兵たちが妹紅に注目する
「今ここで戦っても無駄死にしてしまうだけだ! お前たちは咲夜の後を追え!」
 その発言にメイド兵たちは躊躇する。まさかこれだけの敵兵を前に妹紅だけを残していくわけにはいかない。おまけに、今は無傷でここから抜け出すことのほうが難しい。全員が抱いた気持ちを、一人のメイド兵が代弁する
「しかし、貴女を一人で戦わせるわけには!」
 しかし、妹紅はそれに不敵な笑みで答えた
「心配するな。私はこんなところでやられやしないし、お前らの逃げ道だって確保してやる」
 メディスンが先ほどの攻撃から精神状態を落ち着かせつつあるのを、妹紅は見逃さなかった。もしここで退かせることに失敗すれば・・・。その先は考えたくもない。
「確かに私は紅魔館の者じゃないさ。しかし、今は友軍であるお前らに間違ったことを言うほど堕ちちゃいない」
 ぼぅ、と音を立てながら、妹紅の周囲に赤い焔が立ち込める。それにまたしても兎兵たちは怯んでしまう。妹紅はメイド兵たちに告げた
「今は、私を信じろ」
 メイド達は妹紅に従うことを決めたのか、素早い動きで隊列を作り上げる。兎兵たちはそれを阻止しようとはするのだが、妹紅に気圧されて動きが鈍い。最後にメイドが妹紅へと声をかけるのと、永琳が妹紅から離れる指示を出すのは同時だった
「お気をつけてください!」
「気をつけなさい。妹紅の周りにいるのは危険よ」
 メイド兵たちが兎兵たちの壁を突き破ろうとする。それを見て妹紅はスペルを宣言した
「滅罪!正直者の死!」


「圧倒的じゃない、永遠亭は」
「だから永琳がいると言ったんだ」
 丘の上では変わらずに霊夢たちが状況を見守っていた。いつの間にか霊夢も慧音もほんのりと頬が赤く染まっているあたり、幽々子の一升瓶が役に立ったらしい
「しかし時期に紅魔館も陣形を整えるだろう。妹紅の奴、張り切ってるな」
「なんだか貴女たち、解説役みたいね」
 紫はモニタの映像よりも、霊夢と慧音の会話を楽しんでいるようだった
「まさかメディスンを使うなんて、永琳の奴考えるわね」
「あの妖怪の能力を最大限に活かしているあたり、流石というところか」
「紅い悪魔さんはいつになれば登場するのかしら~?」
「幽々子、こう言うときあまりラスボスは動かないものよ」
「あんたらも少しは動かないってことを覚えてほしいもんだわ・・・」
 それぞれが思い思いに感想を出し、誰かがそれに答える。少なくとも彼女たちは、この戦いを楽しんでいるようであった
「さて、そろそろ次の動きがありそうだな」
「本当に貴女解説者みたいね・・・」
「それじゃ慧音先生はこれからの動きをどう見るのかしら?」」
「まさか幻想郷最強の大妖から先生といわれる日が来るなどとは、夢にも思っていなかったが。そうだな・・・」
 全員が知識ある半獣に耳を傾ける。これまでのところ、彼女の発言は概ねが当たっているからであった。そして、ハクタクの血をひく彼女は予言する
「それが永遠亭か、紅魔館かはわからんが・・・部隊長クラスの脱落だろうな」


 まずいことになった・・・
 鈴仙は永琳の下へ引き返す道中で動きを止めた。目の前からメイド兵たちが近づいてくるのを確認したからである。紅魔館を防衛する軍は大したもので、引いていく鈴仙たちを追うような真似は一切しなかった。つまり、挟撃の心配はないということである
 鈴仙はその慎重な性格からか、退く際にも自分と部下たちを目視できないよう波長をいじっていた。要は、向こうからこちらは確認できていないということである。ここでメイド達を叩けば、先ほど同様に戦果を得られるが
「悪魔の狗・・・!」
 その中には、あの悪魔の狗が存在していることが、単純な判断を許さなかった。加えて、数の違いである。ある程度師匠とてゐたちが数を減らしてくれただろうが、未だに100名近くのメイド達が悪魔の狗につき従っている。一方こちらは、50名から38名に減少しているのを確認している
 行くべきなら、このまま進軍。行かぬならば、迂回。どちらにせよ、早く決断せねば
「鈴仙様、ここは敵軍を叩くべきです」
 鈴仙にそう告げたのは、他ならぬ自分の部下たちであった
「もしあの悪魔の狗を堕としたとなれば、我々の勝利は目前ですよ!」
「そうでなくとも、壊滅的な被害を与えられるのは確かです」
「戦いましょう、鈴仙様。姫様の為にも!」
 敵軍のすぐ近くまで行き、援護なしで戦闘を行う。それを言葉で言うのは簡単だが、実行するのにはとてつもない恐怖が伴うものだ
しかし彼らは、私を信じてくれている。どうしようもない恐怖を前に、私を信じてくれている
 鈴仙は、決断した
「私を最前列に置き、先ほどと同じように急襲するわ。これより先の私語は厳禁。復唱の必要は無し」
 部下にそう告げると、振り返って敵軍を紅い瞳で睨む
「行くわよ、みんな」
 私の狂気の瞳を発動させれば――
 狂気の瞳さえ敵軍に及ぼせれば、敵軍は総崩れになる。混戦状態では味方にも影響を及ぼすため使えないが、敵軍のみに及ぼせれば、絶大な効果を期待できる。混乱したままに敵軍に蝕まれるという恐怖を、相手に植え付けるのだ
 だから、この瞳で敵軍を混乱させてやれば――!
 そう思い、鈴仙が睨みつけた先に、敵軍の姿はなかった
「・・・!?」
 不意に、敵軍が消えたのを確認して――
「!! 総員戦闘態勢に・・・!」
 ――振り返った、その視線の先
「ようこそ、可哀想な兎さん?」
 そこには、悪魔の狗が存在していた

 咲夜は紅魔館へと急ぎながら違和感を覚えた。後方から味方が近づいてくことに気付き、隊列を組ませる。恐らくは妹紅がこちらへとよこしたものだろうと判断する
 それよりも、前方であった
 なにかが、違う。そんな感覚を咲夜が襲う。自らの能力が影響しているのか、咲夜自身は勘がいいほうだった。特に目には見えないものを見るという点では、恐ろしいほどの勘を発揮する
 そして、先ほどの妹紅の発言がその違和感を決定づける
「・・・貴女たち、前方に何か感じない?」
 移動速度が変わらないように心掛けながら、咲夜は近くにいたメイドに尋ねる
「前方・・・ですか? そう言われてみれば・・・」
 不意に言われて驚いたのか、メイド達は訝しみながらも前を見る。そして、咲夜と同じ結論に至る
「なにか・・・ゆっくりと動いている?」
 やっぱり、気のせいではない。咲夜は確信すると、自らの能力を発動させる準備にかかる
「少しずつ、私が中心となるように隊形を変更して。おそらく敵軍が目の前にいるわ」
 メイド達は緊張した様子で咲夜に言われたとおりに隊形を整える。ゆっくりと、しかし確実に咲夜を中心とする円形の隊形が形作られる。そして、咲夜は宣言する
「いままで一方的にやられて苦しかったでしょうけど、臆することはないわ。今から私たちは敵軍の中央へと移動し、それを殲滅する」
 そして咲夜は自らの能力を発動する。これが紅魔館から行う、事実上初めての反撃だった。移動目標は、目の前に存在する違和感。そして、時間を操ることで――空間跳躍を開始する

「貴女のミスは簡単よ。わざわざ姿を消したこと」
 瀟洒な笑みと共に、悪魔の狗が自分に告げる。突然現れた敵軍に、自軍は隊形を崩され、散り散りになってしまった。そして目の前には、ナイフを投擲する悪魔の狗
「鈴仙様!」
 私へとたどり着く寸前のナイフを、兎兵の一人がその身をもって防ぐ
「ぁ・・・」
 そして目の前に、赤い花が咲いた
 私を勇気づけた兎兵たちは、次々とメイド兵たちに圧され、倒れていく
「・・・なぜ貴女たちが」
「不死のあの子が言ってたわ。防衛軍にも被害があったと」
 戦意を失いつつある鈴仙に、咲夜はとうとうと語る
「それなのに、私たちの前には一切敵軍の姿が見えてこない」
 鈴仙は傷つき倒されていく兎兵たちを呆然と見ている
「居た筈の軍がいないなんて、そんなバカな話は有り得ない」
「どうして私は・・・」
「貴女の軍が潜んでいる事実は、容易に知れてしまうのよ」
 咲夜はチェックメイトを宣言するかのように、鈴仙へとナイフを放つ。呆然とその場に留まる鈴仙に、そのナイフをかわす術はない
 ――が
「鈴仙様っ!」
 再び、兎兵が鈴仙の盾となる
 そして飛び散る、赤い飛沫
 あぁ、同じ光景を月でも見たなと、鈴仙はぼんやりと思い出す
 じゃぁ、何故私はここに居るんだっけ? そう、私は戦いから、月から逃げたんだ
 じゃぁ、何故私はここに居る? 戦いから、逃げれば良いじゃないか
 どうして逃げた先で、また戦わなければならないんだ
「逃げれば・・・」
 そこまで考え、目の前の景色に思考が復活する。倒れる兎兵の姿が、不思議とゆっくりとしていて
 そして、確かに見た
 兎兵の顔は、笑っていて
 その笑顔は、私を救えた末の笑顔であった
「・・・ち」
 悪魔の狗が舌打ちをするが、鈴仙はそれに構わず周りを見た。周りの兎兵たちは、いつの間にか急襲の衝撃から立ち直り、メイド兵たちを相手に戦っている。
 なぜみんな戦っているのか? 決まっている、信じているからだ。勝利を信じて疑わないからだ!
 ならば、私がみんなを信じないでどうする!?
「これで最後よ」
 悪魔の狗が、素早くナイフを投擲するのを見た
 だが今度は、私のほうが早い
「みんな、私の後ろを支えて!」
 そう兎兵たちに告げながら、投擲されたナイフを弾丸で撃ち落とす
「鈴仙様・・・!」
 兎兵たちが必死で私の後ろへと回りこむ。兎兵たちは静かに私の命令を待っていた
「みんな、ごめんね、ありがとう」
 周囲はメイド兵たちに囲まれている。逃げ道は殆ど皆無だった
「覚悟を決めたのかしら? 貴女たちはもう、袋の中の兎よ」
 悪魔の狗がそう言い終わった瞬間、無数のナイフが展開される
 しかし、もう私には通じない
「命令を伝えます。私たちはこの空域を離脱し、師匠の部隊へと合流。その後師匠の部隊へ再編成します」
 兎兵たちに命令を伝えながら、私は向かってくるナイフを全て撃ち落とす。悪魔の狗は驚異の眼差しを浮かべると、メイド兵たちに突撃の命令を伝える
「殲滅するわよ!」
 そして私は、狂気の瞳を発動した
「全員生きて戻ること! これが、私の命令ラストワードよ!」
 狂気の瞳を受けたメイド達が、赤い瞳をしながら自軍へと弾幕を放つ。味方からの突然の攻撃に、メイド兵たちは戸惑う。それをみて兎兵たちは離脱を開始し、私もそれに続く――
 ――わけにはいかなかった
「やったわね・・・月の獣が!」
 ナイフを両手に一つずつ構えながら、悪魔の狗がこちらへと突っ込んでくる。彼女の瞳もまた、メイド兵と同じように赤く染まっていた。しかし、その赤は他のメイド兵たちよりもより紅い――
「傷符!ソウルスカルプチュア!」
 彼女がスペルを宣言すると同時に、紅い無数の斬撃が私たちへと襲いかかる。ソウルスカルプチュア彫刻。魂すらも切り刻み、まるで彫刻か何かにせんとするその斬撃に、兎兵たちは身を震わせる
「鈴仙様・・・!」
 このままでは――まずい!
「貴女たちは早く逃げなさい!」
「しかし・・・!」
「全員生きて戻るのが、私の命令よ。大丈夫、すぐに追うわ」
「・・・了解!」
 混乱したメイド兵たちが逃げ道を開いたことは、既に確認している。つまり逃げるためには・・・
 目の前の障害を排除する!
「よくも・・・! 悪魔の狗が・・・!」
「くたばりなさい! 月の害獣!」
 引けば負ける。私は彼女の胸元へと飛び込み、スペルを解放する
 私を信じてくれた兎兵たちが、背後から遠ざかっていくのを感じた
 彼女たちは、私を信じてくれた。もう、逃げようとは思わない
 さぁ、月ではできなかったことをしよう――
「散符!真実の月Invisible Full-Moon!」

 この時、二人の思考は全く一緒だった
 お前が早いか、私が早いか、ここで決めてやる――!
「沈めっ! 悪魔の狗!」
「堕ちろ! 月の害獣!」
 衝撃と斬撃が、交錯した――


「くっそ・・・!」
 妹紅は悔しげに唇を噛む。まさか、輝夜の従者がここまで用意周到だったとは
「どう妹紅? びっくりしたでしょう? まさか私たちにも通じる毒があるなんてね」
 私にも通じる毒だと? 意識が朦朧とする。たとえそれがどんな毒であろうと、蓬莱の薬がそれを瞬時に無力化するはずだ。だというのに、何故私はこんなに弱らされているんだ・・・
 そして、思い至る。体が毒だと判断できなければ、それは無力化されないことを
「酸素中毒・・・だと?!」
「あら、ご明察よ。長時間が必要だから、メディが持つかどうか心配だったんだけど・・・」
「本当にこんなのが効くんだ~!」
 なぜ毒を操る能力を身につけた自分に、酸素を操る能力が備わったのか。メディスンはようやくその解答を見つけ出した。
 酸素中毒。ある程度高圧の酸素を長時間加えられつづけると、人体は様々な異常をきたす。重要なのは酸素の濃度ではなく、その圧力。いかに蓬莱の薬といえど、人体に無くてはならない成分を毒と認知することはできなかった
 今にして思えば、自分の周囲から兵を離したのはこのためだったのだろう。いかに妹紅が強力なスペルを放とうとも、周りを囲んでいる状況のほうが、有利に戦えるはずである
「そのまま妹紅に酸素を与え続けなさい。殺しては駄目よ。死ねばまた1から酸素の与え直しになってしまうわ。私たちはこのまま妹紅を拘束しつつ前進。ウドンゲの部隊・・・月の兎隊と合流するわよ」
「この外道・・・!」
 妹紅のつぶやきは完全に無視され、兎兵たちは手早く進軍の準備を進める。その準備が整ったのと同時に、赤を基調とした武装の兎兵達が飛び込んできた
「永琳様! 鈴仙様が・・・!」


「咲夜が墜ちた・・・だと?」
 レミリアは門の内側でその報告を聞いて愕然とした。レミリアは紅魔館の外、門から玄関へと通じる庭で報告を次々と受けていた。そこへ飛び込んできたのが、この報告である。咲夜が月の兎と合い討ち、倒れると
 まさかあの完全にして瀟洒な従者が倒されるとは・・・
「状況は、あまり良くないわね」
 自らの親友、パチュリー・ノーレッジの冷静な声が、今は煩わしかった。パチュリーはレミリアのすぐそばで、敵軍の動きを慎重に探っている。軍師と大将。そう表現するに相応しい組み合わせだろう。この組み合わせの相手をしたいという者はそうはいない筈である。しかし
 完全に敵の戦力を読み違えていた。その事実にレミリアは己の鋭い牙で唇を噛む。その決断は早かった
「考えるのに意味はない、か。・・・パチェ、館内は任せたわ」
「出るの?」
「咲夜はな、私の所有物メイドだ。私の所有物メイドがやられて黙っているほど、私も紅魔館も大人しくはないさ」
 レミリアの言葉に、パチュリーは短くそう、と零しただけだった。その反応にレミリアは少し意外さを覚えてきょとんとする
「止めないの?」
「止めたって行くくせに、白々しいわね。どれくらい貴女の親友をやっていると思っているのかしら? それに、出るなら早いほうがいいわ」
 それは全てが全て、言われるまでもないことだった
 咲夜はただのメイドではない。他のメイド達にとって、ある種の畏怖を抱かせるほどカリスマ性を持った存在だ。その咲夜が倒れたとなれば、メイド兵たちの士気は低下し、崩壊を迎えるのも近いだろう
 ならば、あるいは咲夜以上のカリスマ性を持った存在が前線に立つべきである
「館は私と美鈴に任せて、レミィは敵軍を蹴散らしてらっしゃい」
 知識の魔女に、紅魔の門番。なんだ、私の紅魔館にはこんなにも頼れる存在が居るじゃないか。レミリアは心の片隅に存在していた迷いを捨て去る
「そうね。他でもない親友がそう言ってくれるなら、とっとと行ってくるわ」
 レミリアは静かに羽を広げると、門の外へ向かう。レミリアが出陣せんとする事実を知り、メイド兵たちから次々に歓声があがる。そこに揺らぎない勝利を見るかのように。そこに揺らがない勝機を得たかのように
 そしてレミリアは、メイド兵たちへ命令を告げた
「私は出る。お前たちは守れ。いいか、非常に申し訳ないが、死守だ。私の為に死ね」
 レミリアのその命令に、メイド兵たちは一斉に応える。否、一斉に吼えたのだ。仰せのままに! と
「お嬢様、お気をつけて。紅魔館は私たちに任せてください」
 美鈴が場違いな敬礼をレミリアへと向ける。レミリアはそれを横目で見やると、不敵に笑んだ
「美鈴、貴女にならわかるはずよ。私が出陣できる理由が」
 その言葉を受けて、美鈴はほんの少し眉根を寄せた。そしてすぐに至り顔でレミリアへと返した
「ありがたきお言葉、です。どうか、咲夜さんの仇を」
「言われるまでもない」
 レミリアはその言葉と同時に羽を広げた。雄々しく、禍々しく、不吉の象徴であるかのようなその翼を、勝利の確信と共に
 それ以上の言葉を紡がずに、レミリアは漆黒の空へと飛び去った。たちどころに、レミリアの姿が闇へと消える。その空に向かい、美鈴はまた一つ敬礼をした
「・・・格好良いなぁー、お嬢様」
「馬鹿なことを言ってないで、兵の配置をしっかりと済ませておきなさい」
 緊張感のない事をいう美鈴に、パチュリーが棘をさす。パチュリーはいつの間にか門の外へと来ていた。美鈴は全く締まりのない様子でそれに答えてみせる
「わかってますよ。お嬢様のことですから、少数の部隊はそのまま放っておきますもんね。そうなれば、その部隊はそのまま防衛部隊にぶつかってくる」
「流石ね。戦闘に関してなら、貴女のほうが専門そうだわ」
 パチュリーは小さくつぶやくと、門の内側へと引き返していく。その途中で振り返ると、美鈴に短く自らの意思を告げた
「守るわよ」
「当然至極」
 言い合うや否や、二人は互いの顔を見て薄く笑い合った


 誰しもが誰しもを信じ。そして誰しもが、誰しもの為に戦う
 悪魔の狗が墜ち、紅い悪魔は宵闇に出陣した
 月の狂気が破れ、月の頭脳は前進を再開する
 戦いは今、次なる局面を迎えようとしていた

To be continue?
狂気の月時計~Luna Die All
 月は全てを殺す
 鈴仙と咲夜さんを意識した章題

最初は永琳の思惑通り
 実際にこういった戦いになれば、永琳の右に出る者はいませんよね
 過去に月の部隊を指揮していたような描写もあるし
 生まれ持った才能ってやつですか

鈴仙と咲夜さん
 両者とも能力に月が絡んでる なんとか相討ちにしたかった
 その能力は対軍では使いづらそう 与える影響が絶大なだけに
 鈴仙の過去に抵触してますね 格好良くなりすぎた感が・・・
 なんか、咲夜さんが悪役みたいになってしまった
 というかやっぱり、鈴仙が格好良すぎ(苦笑

妹紅とメディスン
 あっさりとやられてます、藤原妹紅
 妹紅が強すぎて困った結果、こんな不甲斐無いことに
 元々メディスンは妹紅用に登場させました
 酸素中毒の描写は、かなり正確です でも本当に動きが止まるのかは微妙・・・

レミリアの出陣
 あれ、早く出陣しすぎかも? いやいや、そんなことはないはず・・・
「貴女にならわかるはずよ」 レミ様は美鈴を信じているからこそ、前に出たのでした
 レミリアのカリスマ性も実際はかなりのもの カリスマの具現だし
 こういった存在がいる事が、紅魔館の強みですかね
 格好良い出陣になったんじゃないかと、こっそり満足
DawN
http://plaza.rakuten.co.jp/DawnofeasterN/
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
一気に読んでしまいました。
こんな良いところで終わりますか。焦らさないでください(笑
個人的に輝夜の出番あったらいいな~と次回に期待しときます。
9.30名前が無い程度の能力削除
>おばさんくs(スキマ送り)
いらなくね?というか、いらないと思うよ

誤字が多かったです