Coolier - 新生・東方創想話

火の鳥 ポテト編

2008/06/27 22:16:30
最終更新
サイズ
53.48KB
ページ数
1
閲覧数
2600
評価数
33/95
POINT
5690
Rate
11.91

分類タグ


 女心と秋の空とはいうものの、幻想郷は十月に入ってから快晴の日が続いていた。

 山々は鮮やかな紅葉に染まり、里には黄金色の稲穂がたわわに実る。
 一年を通して、あまり変化の訪れない竹林に居を構える私も、
 縁側に座り、時折吹く涼しげな風を体に受け、季節の移り変わりを肌で感じていた。

「あー、秋だねえ」

 季節を深く味わうため、分かりきったことをわざわざ言ってみる。間が持たなかった訳じゃないよ。
 夏の暑さも和らぐこの季節、何をするわけでもなく、ただのんびりと過ごすだけで十分な幸福感は得られる。
 ああ、これが風流。日本人に生まれてよかったよかった。

 竹林の間にふわりと風が吹く。
 と同時に、私のお腹がグーグーと音を立てた。

「……お腹すいたな」

 風流とは遠くかけ離れた下品な音。
 朝起きてから何も食べてない私のお腹が、食事を求め恥ずかしい悲鳴をあげる。
 試しに大きく深呼吸をしてみるも、空腹感が収まる気配は無い。
 残念ながら、胃の中に収められるほど風流は万能ではないのだ。

「ご飯食べよ。何かあったっけ?」

 ゆらりと立ち上がり、関節を鳴らしつつ台所へ向かう。
 普段あまり使わないため、辺りには薄く埃が積もっていた。
 私は埃を吹き払い、隅に置いてある米びつに手を伸ばす。

 とりあえずご飯を炊こう。白米さえあれば、後は塩と醤油だけでもある程度は食べれるし。
 日本人の心の拠り所、炊きたてご飯を想像しながら、ゆっくりと米びつの蓋を外す。

「……」

 そして、ゆっくりと蓋を閉める。

「……無い」

 無かった。何が。米が。
 米びつの中には一粒の米さえも入ってなかった。
 思い出した。米は私が全て食べてしまったのだ。もう一ヶ月以上も前に。
 普段から滅多に自炊せず、食事は慧音か永遠亭のどっちかにたかるかしてるせいですっかり忘れてた。

 これは困った。これではご飯が食べられない。
 餓死しようか、餓死すれば満腹感は蓬莱の薬を飲んだ時に戻るし。
 いややっぱやめよう。何回か餓死を経験したことはあるが、あれは普通に死ぬよりきつい。
 飢えの苦しみの中、体も動かせずに徐々に衰弱していく恐怖は、一度体験したら二度としようとは思わない。
 動くたびにHP減っていくしね。あれって低階層でいかに良質のアイテムを拾えるかの運ゲーだよね。違うの?

「……仕方がない」

 米びつを隅に戻し、立ち上がる。

「慧音の家で食べさせてもらおう!」

 買ってこようという考えは、微塵も浮かばなかった。










◆◇◆










「慧音、お腹すいた! ご飯食べさせて!」

 慧音の家の扉を勢いよく開ける。

「妹紅か、いらっしゃい。まあ、あがってくれ。丁度今から昼食を作る所だったんだ」

 軽い音を立て扉が開き、中から割烹着姿の慧音が現れ私を出迎える。
 ふふふ、寺小屋が休みの今日なら、今ぐらいが慧音の昼食時だと思ったよ。
 そしてそれはビンゴ。あまりに見事な的中っぷりに誰かにハイタッチしたくなる。
 慧音はしてくれそうもなかったので、玄関に飾ってあった写楽の奴江戸兵衛とタッチした。
 奴江戸兵衛は口をへの字に曲げ不満そうな顔をしていた。無愛想なやつめ。

「すぐに出来上がるから、それまで居間で寛いでいてくれ」
「ありがとー! 慧音愛してる!」
「私もだよ妹紅、フフフ……」

 来てよかった。慧音の作る料理は全てが私の大好物。
 派手さこそないものの、素材の旨みをよく引き出した繊細な作りでとても美味しい。
 本当に毎日でも食べたいぐらいだよ。嫁にこないか慧音、こないなら私が行く。

「二人分はこれぐらいか。妹紅はお腹が空いてるから、もう少し多いほうがいいかな」

 慧音が台所に立ち料理を始める。
 もうちょっと慧音とお話がしたかったが、料理の完成が遅れるのも嫌なので、言われたとおり大人しく居間で待つことにした。
 居間には香霖堂で買ったのだろうか、前来た時には無かった古めのテレビが置かれていた。
 とりあえず、時間つぶしの為に新聞片手に電源を入れる。

『ハイ、それでは本日のゲスト、アリス・マーガトロイドさんです。どうぞー』
『え、その……こ、こんちにはー』

 おお、お昼の看板番組がやってるわ。
 登場したゲストに観客が「カワイー」だの「こっち向いてー」だの定型文めいた歓声を送る。あれってオンエア前に練習とかしてるのかな?
 しっかし、この観客達も平日の昼間によーやるわー。仕事はどうした仕事は。私も人のこと言えないけど。

「妹紅ー、お茶碗は白いのと紅いのどっちがいいー?」
「紅いのでお願ーい」
「わかったー、もう少しで出来るからなー」

 慧音の鼻歌と一緒に、台所から香ばしい匂いが漂ってくる。
 楽しみだなぁ、何が出てくるんだろう。

『それじゃあ、会場の100人のお客さんにアンケートを。1人にだけ該当したら、番組特製ストラップを差し上げます』
『えー、何がいいかしら。1人だけよねえ……それじゃあ、”丑の刻参りで誰かを呪った事がある”!』
『丑の刻参りで呪った事がある、でスイッチオン!』
『……』
『……』
『あー、いませんでしたねー』
『えぇー、みんな呪いとかかけないんだー』
『アリスさんは、結構呪いとかする方ですか?』
『そうねー、主に魔理沙が浮気した時とか、あ、後は……』

 あんまり面白くないので、床にあった新聞に目を移す。
 えーと、なになに。”因幡製薬社長、詐欺の疑いで全国指名手配”、”マジラブリーな氷精特集”、”イモ類、近年稀に見る大豊作”か。
 あんまり興味をそそられない内容だなぁ。そもそも新聞って文字小さいし文章は堅苦しいし読む気しないんだよね。

『はい、というわけでそろそろお友達紹介の方を……』
『あ、はーい』
『じゃあ、どなたにお電話をかけます?』
『えっと、じゃあ上海を……』
『あ……』
『ん? どうしたんですか?』
『その、アリスさん。出来れば上海さん以外の方を……』
『あらそう? じゃあ蓬莱にするわ』
『……その、上海さんと蓬莱さん以外でお願いできますか?』
『なんで? いいじゃない、このコーナーは自分の友達を呼ぶんでしょ? 親友の上海と蓬莱を呼んで何か問題あるの?』
『問題ですよ! そのニ人とアリスさんでもう一ヶ月もループしてるじゃないですか!』
『上海は友達よ。蓬莱も友達よ。貴方達はそれを認めないっていうの?』
『え、その……あ、すいませーん、一旦CM……』
『可哀想だわ、上海と蓬莱が可哀想だわ。私たちの友情を認めないなんて許せないわ。そんな非道い人達なんて、私のドールズウォーで一人残らず切り裂いて切り裂いて切り裂いて切』

「妹紅できたぞー、テレビ消せー」
「あ、はーい」

 慧音に言われテレビの電源を切る。
 私がちゃぶ台の上を軽く片付け、慧音がそこに次々と料理を置いていく。
 待ってました、もうお腹ぺこぺこ。あと少しで自分の足食い始めるところだったよ。

「うわあ、美味しそうだねえ! いっただっきまーす!」

 ちゃぶ台に並べられた数々の料理。
 里芋の煮っ転がし、お芋の味噌汁、ポテトサラダ。
 どれもこれも美味しそう。私は早速、煮っ転がしに箸を伸ばす。

「どうだ、妹紅?」
「んー、美味しい! 寺小屋で調理実習も開けるよこれ!」
「はは、そう言って貰えると嬉しいよ」
「んー、でもなんだか芋料理ばっかりだね」

 味噌汁を啜りながら慧音に問いかける。
 出された料理は全て芋料理、この味噌汁にも沢山の里芋が入っている。
 慧音ってそんなにお芋好きだったっけ? 記憶に無いなあ。

「ああそれはな、今年は穣子さまの調子が良かったらしく、農作物、特に芋が豊作だったんだ。その収穫量は例年の十倍以上、それこそ山のように収穫されて、その分店頭での値段も例年の半額以下にまで下がっているんだ」
「あー、それなんかさっき新聞でみたかも」
「私もこれを機に大量に買い溜めをして、ここ最近はずっと芋料理ばかりだよ」
「ふーん。でもそんなに安く売って、利益は出るのかな?」
「『お風呂に入る前の穣子さまと同じ匂いがする芋』と言って販売したら、飛ぶように売れたそうだが」

 おお、流石は幻想郷。
 外の世界だと売れるどころかクレーム騒動になりそうなキャッチフレーズに、全員が全力疾走だ。
 本当にどうしようもねえな、お前達は。

「妹紅も買っておいたらどうだ? 安いから子供の小遣い程度でも、結構な量が買えるぞ?」
「んー、いやぁお金ないし……」
「一銭もか? キャラメルとぱれっとの出演料はどうしたんだ」
「うん、一銭も。出演料は全部、飲み代に消えちゃった。そろそろお札のデザイン忘れそう。千円札は西城秀樹だっけ?」
「ボケるなら苗字ぐらい一緒にしないと理解してもらえないぞ」

 竹林に迷い込んだ人間の護衛で、金銭を謝礼に貰えることもあるが、
 基本的に私は無給の生活を送っている。お金が無いのはデフォだ。ニート? 自由人と呼んでくれ。
 お金があったらわざわざタダ飯食いに来たりはしない。いや、やっぱする。自炊面倒くさい。

「いやー食った食った、ごっそーさまー!」
「御馳走様。食べた食器は台所に持っていってくれ」

 お腹一杯で幸せ。
 そして食べたあとは眠くなる。私はそのままごろんと後ろに寝転がった。

「こらっ! 行儀が悪い!」
「だってー、眠たいんだもーん」
「ダメだそんなんじゃ! 食べた後すぐに寝ると牛になるって昔からいうだろ!」
「マジ? 慧音みたいにボインになるの?」
「いや、胃が四つになってゲップが地球温暖化を促進するようになる」

 うおぉ、そりゃ怖えぇ。
 不老不死だけでも厄介なのに、これ以上面白能力が追加されてはたまったものじゃない。
 慌てて体を起こし、自分の食器を台所に持っていく。
 危ない所だった、流石に同じ世界に二人もミノタウロスはいらないよね。

「ワーハクタクだ」

 そうだったね、ごめん。

 食後の柔軟体操をして、ホルスタイン化の恐怖から逃れた私は、
 座布団を枕代わりに改めて横になる。縁側から入る涼しげな風が気持ちよかった。

「妹紅、オヤツがあるが食べるかー?」
「あ、うんうん食べるー。オヤツなーにー?」
「大学芋」
「うへえ!」

 また芋か、さっき沢山食べたばっかりなのに。
 まさか慧音ってば安いのをいいことに、ここ数日芋ばっかり食べてるんじゃなかろうか。
 疎開先かここは。贅沢は敵だ、欲しがりません勝つまでは、ってか。
 おどりゃクソ森。くやしいのう、くやしいのう。ギギギ。

「いらないのかー?」
「いるー、頂戴ー」

 まあ食べるけど。甘いものは別腹よ。
 体の反動を使って身を起こす。大学芋の甘い匂いが私の鼻腔を刺激する。

「んー、甘ーい。やっぱ疲れた体には糖分だよ」
「疲れるほど何かやったのか?」
「いやだなぁ、年中疲れてるよ。主に輝夜との殺し合いで。リザレクションって結構体力使うんだこれが」
「いい加減、殺し合いなんて止めればいいじゃないか。非生産的な」
「それは無理。殺し合いをしない私達なんて、パインの入ってない酢豚みたいなもんだよ」
「無くても構わないだろ、それは」

 そうかな? じゃあご飯のないカップ焼きそばってことで。
 入れるでしょ、焼きそばに。 え、入れない? マジで?

「はい、ごちそうさま!」

 間食だけあって、大学芋はすぐに小皿からその姿を消えた。
 美味しかったが、流石に芋ばかりでは口の中がパサパサだ。
 そんな私の様子を察したのか、慧音は黙って湯飲みを持ってきた。
 中身は麦茶だった。うーむ、これが芋焼酎だったりしたらパーフェクトなのに。
 軒先で鳴く鈴虫の音を聞きながら、そんな下らない事を考えた。

 秋の昼は何事もなく穏やかに過ぎていった。




「おい妹紅起きろー、そろそろ夜になるぞー?」

 リラックスしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
 慧音の呼びかけで私は夢の世界から引き戻された。

「ほえ?」
「ほえ、じゃない。いい加減起きろ。もう夜になるぞ」
「え……もうそんな時間? 私、そんなに寝てた?」

 壁の時計を見ると、既に六時を回っていた。
 西の空は赤く染まり、里の家屋のあちこちから夕飯を作る湯気が上がっている。

「もう夕暮れ? ついさっき昼ごはん食べたと思ったのになぁ」
「妹紅は夕飯はどうするんだ? 家に帰って食べるか?」
「家かー、うーん家かぁ……」

 家に帰ったところで何も無いしなあ。
 それに、お腹空いてると夜なかなか寝れないし、今日みたいに昼寝をした日は特に。
 羊を数えたところで、ラム肉が食べたくなって逆に目がさえるし。
 あ、でも輝夜を殴り飛ばす回数を数えたら、心が落ち着いて結構寝れるよ。発見。

「はあ……家に妖精さんが来て、米びつの中身を増やしてくれないかな」
「仮に妖精が来たとしても、入れてくれるのは米じゃなくて凍ったカエルだろうけどな」
「……幻想郷にはメルヘン分が足りない」

 明日の飯に困るファンタジーワールド。それが幻想郷。

「よかったら、夕飯ついでに今夜は泊まっていくか?」
「え、いいの!?」
「妹紅も初めからそのつもりで来たんだろう? 全く、バレバレだぞ」
「えへへ……」

 やっぱ慧音には分かってたか。
 私が慧音の家に行くと、殆どがお泊りになるんだよね。
 最初はちょっと迷惑かな? って思ったけど、
 ある時慧音が、「一人暮らしが長いからな、妹紅が来てくれると嬉しいよ」って言ってくれたので、
 それ以来、私もあんまり遠慮しなくなった。限度は弁えてるつもりだけどね。

「何なら、何日かここに居てもいいぞ。どうせ今のままじゃ家に帰っても餓死するだけだろう」
「いやぁー、悪いねぇー。あははは」

 お泊り期間延長決定。
 私の懐が自力で生活できるレベルに回復するまで慧音に養ってもらおう。
 ヒモ? つばめ? いやいや、私はフェニックス。

「今晩はそうだな……肉じゃがでも作ろうか」
「ええーっ、また芋料理ー!?」
「嫌なら帰っても構わないんだぞ? ふふっ」

 慧音が悪戯っぽく笑う。
 私が拒否しないのを分かってて言うんだから、全く慧音も意地が悪いなぁ。

「夕飯までまだ時間があるからな、風呂が沸いてるから先に入ってくるといい。寝汗で体が気持ち悪いだろう?」
「うん、ありがとー。じゃ遠慮なくー」
「着替えは洗面所に出しておくからな」
「はーい」

 軽い足取りで洗面所へ向かう。

 ここの風呂は私の家より広いから好きだ。
 里の守護者で特別扱いされてるからか、慧音の家は普通より全体的に大きい。
 だから、ここに泊まるとまるで旅館にでも来たかのような心地よさがある。料理も美味しいしね。
 ま、女将さんが若干柔軟性とユーモアに欠けてるのが珠に傷か。

 ざぶんと湯船につかる。溢れた湯が豪快な音を立てて零れ落ちていく。
 うーん、やっぱり広い。足を伸ばしてもまだ余裕がある。これを慧音は毎日一人で入ってるんだから勿体無いよなぁ。
 これ、二人で一緒に入っても問題ないんじゃない? 当然、面子は慧音と私、構図は胸を潰して抱き合う形で。
 お、これってかなり絵になるんじゃない? 誰か描いて試しに絵板に投稿してみてよ、多分削除されるから。

 想像してみる。私と向き合う形で湯船につかる慧音、そしてその胸に浮かぶはちきれんばかりの超兵器。
 なんという巨大双胴戦艦、大艦巨砲主義者に賛同したくなるその迫力。
 ええい怯むな、迎え撃て! 全軍突撃、目に物見せてくれる! おお、凄え、やわらけぇ!

 風呂に入ってから一分足らずで、私の体はのぼせはじめていた。


 風呂からあがり、慧音の用意した着替えを手に取る。
 広げてみるとそれは白黒の牛柄パジャマ。
 おー、流石慧音。センスねーなー。

「お、あがったか。丁度夕飯が出来上がった所だ」

 居間では慧音がちゃぶ台に料理をならべているところだった。
 メニューは予告通りの肉じゃが。肉と野菜のいい香りが私の鼻腔を刺激する。

「おお、美味しそう!」
「妹紅、日本酒とビール、どっちがいい?」
「え? あ、ビールでお願ーい。本当に至れり尽くせりだねえ」

 風呂上りの火照った体にビールを流し込み、濃い目の味付けの肉じゃがを頬張る。
 幸せってのはこういうのを言うんだね。千年以上生きてても、これだけは譲れないよ。

 体に程よく酔いが回った頃、丁度ちゃぶ台の料理も食べ終わる。
 慧音は談笑を切り上げ、食事の片付けに入る。私も手伝おうと立ち上がったが、その途端、体がふらつき後ろにすっ転んでしまった。
 慧音はそんな私を見て笑いながら「今夜はもう休め」と言ってくれる。割と不満だったが、今の私では手伝うどころか邪魔になるだけだ。
 大人しく慧音に従い、私は居間から離れ和室に敷かれた布団に倒れこむ。
 昼寝をしたはずなのに、酔いのせいか瞼はすぐに落ちてきて、私はうとうとと眠り始めた。

 今夜が満月だと思い出したのは、頭から生える二本の角を輝かせながら、
 鼻息荒く私の寝てる部屋に侵入した、慧音の存在に気づいてからだった。










◆◇◆










 翌日、私は窓から差し込む光と、雀の鳴き声で目を覚ました。
 ボーッとする頭のまま、寝ぼけ眼で視線を天井から真横に移す。
 そこには、寝起きの私を見下ろして妖しげ微笑む慧音がいた。

「おはよう妹紅」
「……おはよう慧音」

 ニヤニヤと普段見せない顔で私に笑いかける慧音。
 その不敵な笑いで、私の頭に昨晩の記憶が徐々に蘇ってくる。

「フフフ、昨日は可愛かったぞ」
「あー……そりゃどうも。……いたたた」

 起き上がろうとすると、臀部に激痛が走る。
 マズッた、昨晩が満月だってことすっかり忘れてた。
 満月の日に慧音の家に泊まると毎回こうだもんなあ。いや、嫌いじゃないんだけどさあ。

「久しぶりに燃えたよ。妹紅、愛してるぞ」
「うん、ありがと……いででで」
「妹紅も昨晩はあんなに激しく乱れて、何回も昇天して、ウフフ……」
「文字通りね。輝夜と戦ったってあんなに死なないっての」

 あれだけ死んだのは久しぶり。
 蓬莱人じゃなきゃ慧音の愛には応えられないのだ。
 あれ? 死なないために慧音の家に来たのに、これじゃ意味なくない?

「じゃあ私は朝食を作ってくるからな」
「あーちょっと待ってー」
「ん?」
「くすり、薬ちょうだい。痛くて動けないよぉー」
「ああ、それならそこの引き出しにあるから、自由に使うといい。患部に直接塗れる奴だ」
「……準備がいいね」

 薬を用意できる余裕があるなら、もう少し優しく扱って欲しいんだけど。
 ……無理か、ハクタクモードの慧音は気性が荒くて話が通用しないもんなぁ。

 「伊達や酔狂で、こんな頭をしてる訳ではない」と、古い鉄よろしく誇らしげに角を振り回す慧音の前には、
 討論番組の自称文化人が垂れ流す戯言のような、安っぽい正義や倫理なぞ通用しない。
 私にできるのは決して抵抗せず、ただ黙って全てを受け入れることのみ。これが慧音と上手く付き合うコツだよ。
 なーるほど、無防備マンが我々に伝えたかったのはこれの事だったのか。
 絶対にPTAや教育委員会から厳重注意がきてると思うんだけど。
 歴史を食ってもみ消してるんだろうか。意外と悪どいな慧音。


「ふぃー、しみるぅ」

 薬を塗ってようやく痛みも和らいできた。
 私はパジャマから普段着に着替え居間へ向かう。

「ようやく来たか。朝食はもうできてるぞ」

 薬を塗っている間に、慧音はすっかり朝の準備を終えたらしい。
 ちゃぶ台の上には既に料理が鎮座していた。

「……またお芋料理かぁ」

 思わず言葉が漏らす。勿論、慧音には聞こえないように。
 私の目に映ったのは、昨日の残りの肉じゃが、それと初日に食べたのと同じ芋の味噌汁。
 いくら慧音が料理上手だからって、ここまで芋が続くとちょっとテンションが下がる。
 が、文句を垂れた所で料理が別のものに変わる訳でもない。
 私は大人しく、自分の席に座り箸を取った。

「妹紅。今日から私は寺子屋に行かなければならないから、留守番を頼んでいいか?」

 半分ほど食べ終わったところで、慧音が私に話しかける。

「えー、じゃあ昼ご飯はどうするの?」
「台所に芋が沢山あるから、適当にサツマイモでも焼いて食べててくれ」
「うぇー、昼も芋ー?」

 なんてこったい、早くも昼ご飯が芋で確定してしまった。
 もう、昨日から一体何個分の芋を胃に入れたことだろう。
 芋をオカズにご飯を食べる。炭水化物×炭水化物って絶対体によくないよ。
 お好み焼き定食を主食にしてる西の方々じゃないんだから。
 あれなに? 定期的に道頓堀に飛び込む生活するとああいう味覚になるの?

「むー、他に何か無いの?」
「里芋とジャガイモとタロイモがある」
「いや、そういう意味じゃなくて……」

 流石は慧音。発言がボケなのかマジなのか区別がつかない。
 私はそれ以上の追及を諦め、再び肉じゃがを突付きはじめた。
 食事が芋オンリーなのを除けば、慧音の家は快適極まりないのに、どうにかならんものかなぁ。



「じゃあ、行ってくる。留守番頼んだぞ」

 食事を片付け、慧音は軽く髪をとかして家を出て行った。
 姿が確認できなくなるまで玄関で見送った後、私はいつものように居間で横になる。

「今日は何をしようかなーっと」

 ごろん、と一回寝転がる。
 このまま慧音が帰ってくるまで寝てるってのも悪くは無いけど、
 それじゃあ昨日と変わらないしな。時間は無限にあるけど、なんか勿体無い気がする。

「……散歩にでも出ようかな」

 久しぶりに里まで降りてきたし、ちょっとその辺を散策でもしてみようか。
 留守番? 慧音が帰ってくる前に戻ればいいんでしょ? 留守番なんてそんなものさ。
 善は急げ、私は早速外出の準備を整え、家から飛び出した。



 里は相変わらず活気に満ちていた。
 子供たちはみんな慧音の寺子屋に行っているせいか姿が見えないが、
 それ以外の者達は皆、周りと談笑しながらそれぞれの仕事に精を出している。

 そんな中、私は大声で客引きを行う魚屋の前で足を止めた。

「はい、いらっしゃいいらっしゃい! 脂の乗った美味しい秋刀魚だよ!」

 営業スマイルを浮かべながら、秋刀魚を片手に店主が話しかけてくる。

「ほら、お嬢ちゃんもどうだい? 秋刀魚は今の時期が一番美味しいんだ、買わないと絶対後悔するよ!」

 秋刀魚かぁ、美味しそうだなぁ。食べたいなぁ。

 海の無い幻想郷では、秋刀魚は高級魚に分類される。滅多なことで口にできるものではない。
 最後に食べたのは果たして何時の話だったか。
 軽く焦げ目がつく位に焼かれた身、そして横に盛られた大根おろし。
 それを炊きたてご飯と一緒に一気に口に書き込む。んん、たまらん。
 私の意識と視線はもう秋刀魚に釘付け。無意識のうちにポケットから財布を取り出していた。

「店主! その秋刀魚、一尾買っ……」

 そこで私は我に返る。
 落ち着いて自分の財布の中身を確認する。
 二ヶ月前の八目鰻屋の領収書が出てきた。しかもツケで。

「……それじゃあ秋刀魚は売れないねぇ」

 店主が苦笑いを浮かべながら言う。
 畜生知ってるよそんくらい、元貴族を舐めるな。
 私が無一文であることを知った店主は、私以外の人に向かって再び呼び込みを始める。

 ああ、私の秋刀魚が遠くに行ってしまう。お金があれば、貴方を振り向かせることができるのに。
 なんで私にはこうもお金が無いんだ、働いてないからか。
 おかしいじゃないか。すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するはずじゃないのか。
 働いてないだけでお金が貰えないなんて、これは無職者差別だ、謝罪と賠償を要求する! 誰に。



「ったく、なんで姫の私が買い物になんて出なきゃいけないわけ?」
「仕方が無いでしょう。ジャンケンで負けたんだから。昔チョキで」

 秋刀魚を買えないことの苛立ちから一人で悶々としていると、
 なにやら後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「昔チョキじゃないわよ。あれはグーチョキパー全ての要素を兼ね備えた究極形態なのよ」
「どこのローカルルールですか、聞いたことありませんよ」
「少なくとも木更津では通じたわ」
「ド田舎じゃないですか」
「失礼ね、ギリギリ東京近郊よ(ソース:JR東日本路線図)」

 悪い予感がする。私は反射的に物陰に隠れた。
 私が身を隠すのとほぼ同時に、曲がり角から二つの人影が現れる。
 それは予想通り、私のよく知っている二人だった。

 永遠亭の主にして我が宿敵、輝夜。それにペットの鈴仙だ。
 なんてこった、こんな所で奴らを見るなんて。特に輝夜は普段、外どころか部屋すら滅多に出ないのに。

「で、どこ行けばいいんだっけ? とら? メロン?」
「そこは姫が行きたい場所でしょう。今日は夕飯を買いに来たんですよ、まずは魚屋です」

 二人は先ほどまで私がいた魚屋に入っていった。あと一歩遅かったら鉢合わせしていたとこだったな。
 竹林でなら即残虐ファイト開始だが、里ではそうもいかない。余計な被害がでるし、慧音に迷惑もかかるしね。
 それにしても輝夜め、一体何を買うつもりだ。

「店主ー、秋刀魚ちょーだーい。十尾ほどー」
「はいっ、まいど!」

「!!」

 思わず声をあげそうになる。

 今、あいつは何て言った? 十尾? 十尾だと!?
 私が一尾も買えないのに、あいつは十? 嘘だろ?
 比率でいうと0:10? 何倍しても追いつかないじゃないか。くそう、金持ちが妬ましい。 

「全部で1024円だね」
「あら、ぴったりの額しかないわ。これじゃ帰りにお菓子が買えないじゃない」
「ダメですよ、寄り道せずにまっすぐ帰って来いって師匠に言われてるじゃないですか」
「仕方ないわ。イナバ、ちょっとパンツを見せて値引きして貰いなさい」
「いや、悪いけどそれじゃ値引きはできないねえ」
「嫌ですよそんな事。……ってオイッ! 私の台詞の前に否定かよ! どんだけ即答!?」

 店内から騒々しい会話が聞こえてくる。
 離れているせいで内容は分からないが、まあわざわざ聞くような内容でもないだろう。
 ニートの口から聞く価値のある話が出るなんてありえまい。

 しばらくして、籠に秋刀魚入りの袋をいれた二人が店から出てくる。
 ぬう、私があれほど切望した秋刀魚をいとも簡単に買いやがった。
 労働の苦しみも知らん奴が生意気な。私も知らないけど。

「全くあのオヤジ、幾ら商売とはいえ、幻想郷随一の美少女である私のパンツを待機時間ゼロで拒否するだなんて、失礼だとは思いません?」
「変な部分で自信一杯なのね、貴女」

 二人は私の隠れてる方向に向かってくる。
 私は更に身をかがめ、耳をすませて二人の話を盗み聞く。

「きっとあの店主ホモですよ。 ほら、それっぽい顔してたじゃないですか!」
「違うんじゃない? きっと貴女のパンツはもううんざりする程見飽きてるんだと思うわ」
「いーや、あれは絶対……って姫、今なんて言いました?」
「あれ、知らない? 定期的に黒髪のイナバが貴女のパンチラ写真や入浴写真を里に売りに来てるのよ」
「なっ、初耳ですよ!」

 相変わらず騒がしい奴らだ。
 今買った秋刀魚は、奴らの今夜の食卓に並ぶのだろうか。いいなあ。
 今日は永遠亭に飯をたかろうかな。いや、でも慧音に留守番頼まれてるしな。

「あまりに大量に売りすぎたせいで価値が下がり、今じゃ誰も見向きもしないって聞いたわ。饅頭一個買うのにも最低百枚は必要なんだとか」
「ジンバブエドル並みじゃないですか! なんで本人の与り知らぬ所でパンツの価値が大暴落してるんですか!」
「さあ? ニートだから社会の仕組みは分からないわ」
「こんな時だけ二次設定を利用しないでくださいよ!」
「ほら、とっとと次に行くわよ。えーと、次は何だっけ?」
「え? あ、……次は混ぜご飯のための松茸ですね。……全く、後でてゐから全部没収しなきゃ」
「そうだったわねー、じゃあ行くわよー。あ、あとイナバ。次はパンツじゃなくてもっとニッチ路線に走ったほうがいいと思うわ。うなじとかヘソとか」
「どっちにも走りません!」

 最後まで私の存在には気づかず、二人は私の前を通り過ぎて行った。

 二人の会話の中に信じられない単語に、思わす私は耳と自分の記憶力を疑った。
 松茸。松茸とな。秋の定番にしてキノコの最高峰に位置する高級食材のあの。
 秋刀魚だけじゃなく、松茸までも永遠亭の夕飯に並ぶというのか。
 なんて奴らだ、まるで漫画の金持ちキャラじゃないか。このセレブどもめ!
 お前らなんて高級料亭で前の客の残飯でも食わされてりゃいいんだ。

 くそっ、心底羨ましい! こっちは昨日から芋ばっか食べてるっていうのに!
 慧音の台所を見た感じ、きっと今日の夕飯も芋料理に決まっている。
 ああ、私も秋刀魚が食べたいなぁ、松茸が食べたいなぁ!
 地団駄を踏む。通行人が冷ややかな目で見ているが、そんなの気にしてられるか。

「せめて芋以外の食べ物があればなあ……」

 このまま慧音の家に帰ったところで、あるのは欧米農家並の籠一杯の芋の山。
 贅沢をいえる立場ではないとはいえ、流石に四食連続で芋は色々とキツイ。
 かといって、他のものを買うお金もないし……。

「……椎茸やシメジ位なら探せば見つかるかな?」

 ふと、そんなことを考えた。
 そうだ、わざわざ金なんて出さなくても、キノコ位なら探せばありそうなものではないか。
 かつて、輝夜を追っていた頃は常にそんな毎日だったじゃないか。今の今まで忘れていた。

 そこで私が思い浮かんだのは、キノコの群生地として知られる魔法の森。
 あそこなら、ちょっと気合を入れて探せば、昼飯分ぐらいのキノコはすぐに集まるだろう。
 問題は、あの森に普通に食うことが出来るキノコが生えてるかどうかだが……。

 私は少し考えた後、背中から翼を生やしその場から飛び立った。
 あれこれ悩むよりも、まずは行動だ。なに、多少毒があっても所詮私は死ねない身。
 死を恐れて芋生活に甘んじるよりも、少しでも食卓に華が添えられる方を選ぶ。
 それが私、藤原 妹紅の生き方ってヤツよ。うん、私格好いいぞ!

 速度を上げ、魔法の森方面へ一直線。
 既に私の中では、採ったキノコをどう料理しようかで頭が一杯になっていた。










 気が付くと、私は見覚えのある天井をボーッと眺めていた。
 横を見ると、慧音が呆れたような顔で私を見下ろしている。

「……キノコは旨かったか?」
「まーまーだね。お腹の中のものが全部出たがるのが難点だけど」

 どうやら私は、いつの間にか部屋の中で気絶していたらしい。

 途中までは記憶がある。
 森で採ってきたキノコをフライパンで炒めて、ご飯と一緒にちゃぶ台に並べて、えーと……。

 あれ? こっから先がトイレでロールを回している映像しか無いよ!?

「一体、どんなキノコを食べたんだ。トイレットペーパーが全部無くなってるじゃないか」
「食べたら急にお通じが良くなってね。これ、便秘薬としても使えるんじゃない?」
「便秘だったのか?」
「うんにゃ、全然」
「だろうな」

 どういう意味だろう。
 なんだか凄く馬鹿にされた気がする。

「まあいい、気絶しただけで死ななかったみたいだしな」
「あ、死んでなかったんだ私。おー、道理で頭がフラフラするわけだ」
「今から夕飯を作るが、大丈夫か? 食べれそうか」

 外を見ると、日はすっかり暮れていた。
 そっか、気絶してる間にそんなに時間経っちゃったんだ。
 なーんかここ数日飯ばっか食ってる気がするな私。

「うん、大丈夫。ご飯なに?」
「カレー。ジャガイモたっぷりのな」

 さっきまで腹を下してた相手にカレーとな!
 慧音、まさかわざとやってるんじゃないだろうな……?

 しかもまた芋かよ。言葉が喉まで出そうになったが、理性で押さえ込む。
 付きっ切りで看病して貰った以上、メニューに文句を言えるはずも無い。
 私はその夜も、ジャガイモのホクホク具合に苦しめられることになるのであった。










◆◇◆










 全てが闇に包まれた世界で、私は走っていた。
 ここがどこなのかは分からない。どの方向を見ても、あるのは濃い霧のような深い黒だけ。
 それでも私は走っていた。後方から迫り来るものから逃げるために。

 そう、私は追われていた。
 奴らはすぐそこまで迫っている、少しでも足の動きを緩めたら追いつかれそうだ。
 両足に激痛が走る、肺が破裂しそうだ。それでも私は走るのを止めない。
 額から流れる汗を拭いながら、首を後ろに向け奴らの動きを確認する。

「くっそぉ、来るな! 来るなぁ!」

 今にも私を飲み込まんとする奴ら。
 それは、私の背丈よりも高い芋の波であった。

 無数の芋がごろんごろんと音を立て、転がりながら私に迫ってくる。
 ジャガイモ・里芋・薩摩芋。何者かに操られてるかのように、正確に私の後を追ってくる。
 追いつかれたらどうなるのだろう。まるで想像できない。想像できない分、恐怖が増す。
 どこだか分からない世界で、どこに向かうのかも分からず、何故追われてるのかも知らず、私は走っていた。

 突然、私の前方に光が現れる。黒で覆われていた世界に突然現れた光。
 あそこに行けば助かるに違いない。そう思った私は、疲れた体に鞭を打ち光に向かって足を動かす。

 光が近付くにつれ、その中にあるものが明らかになってくる。
 巨大な鳥居、つい最近建て直した社、そして石畳を掃除する見覚えのある人影。
 紅白の服を着たあの後姿、間違いない、あれは霊夢だ。

 光のなかにあるのは博麗神社に間違いない。見知った空間を見つけて安心した私は、最後の力を振り絞って速度を上げる。
 神社にまでたどり着き、霊夢に結界を張って貰えばこの恐怖はきっと終わる。
 私はその一点に希望を見出し、神社に向かって一目散に駆け出した。

 神社の境内に足を踏み入れたのとほぼ同時に、私は霊夢に向かって叫んだ。

「霊夢っ! 助けてくれ! 芋が、芋が襲ってくるんだ!」

 そこで私の体は限界を迎え、その場に崩れ落ちる。
 私の声が届いたのか、霊夢はゆっくりと私の方を振り返る。
 これで助かった、私は安堵の表情を浮かべた。
 が、振り返った霊夢の顔を見て、それもすぐに崩れることとなる。。

「!! れ、霊夢、お前……!」

 霊夢は人間の顔をしていなかった。
 いや、顔を呼んでいいのかも分からない。
 霊夢の首の上には目も鼻も口もない、土気色のデコボコとした球体が鎮座していたのだ。
 それは喩えるならまるで、巨大なジャガイモのようであった。
 そして彼女は、怯える私に向けて口もないのに喋りだす。

「私の名前はハクレイ レイモ。幻想郷を芋で包まんとする芋神様に仕える巫女……」

 脳に直接響くような声。
 霊夢と同じ声質で喋るせいか、ひどく不気味なものに感じる。

 次の瞬間、境内全体が巨大な影に覆われる。
 何事かと上を向くと、私は自分の目に映った光景に驚き尻餅をついた。

「おお、芋神様! 芋神様が降臨なされたぞ!」

 霊夢……いや、レイモが天を仰いで叫ぶ。
 私とレイモの目線の先には、全長50mはあろうかといいう巨大な少女の姿があった。
 その巨大少女が神社全体を覆い日光を遮ぎり、私たちを見下ろしていたのだ。

 あの少女、里での収穫祭で見たことがある。確か豊穣を司る神、秋 穣子。
 だが、私の記憶が確かならば、博麗神社の神でもなければあんなに巨大でもない。
 一体何がどうなっているんだ、異常な展開の連続に私の頭はすっかり混乱してしまっていた。
 幻想郷を芋で包むだと? 馬鹿な、なんてことを考えるんだ!

 私は彼女達を止めようと体に力を込める。
 が、疲れきった私の体は脳からの命令を聞かず、その場から全く動けなかった。
 
「さあ芋神様! 今こそ幻想郷を芋で埋め尽くす時!」
『イモオォォォォォォォォォォーーーーッ!!!!』

 穣子の咆哮が響く。
 それに応じるかのように、上空からパラパラと雨のようなものが降り注ぐ。

「痛っ!?」

 それは、私の頭上にも落ちていた。
 何かと思い手に取ってみると、それは大きめのサツマイモだった。上から振ってきたのは芋だったのだ。
 そしてその後もまるで台風でも来たかのような勢いで、様々な芋が次々と境内に落ちてくる。

 一瞬のうちに神社の石畳は芋で全て隠されてしまった。
 だが、それでも芋の雨は止まない。凄まじい勢いで芋の水位(?)が上がっていく。
 始めは足首の辺り、次に膝、腰、腹の辺りまで芋で埋め尽くされる。

「ああ、芋が、芋が……」

 手足はもう動かない。芋はもう首の下まで迫っている。
 私は一体どうなるんだ、このまま芋に囲まれ永遠に生きることになるのか。
 そんなの嫌だ、芋で顔が埋もれる直前、私は声を張り上げて叫んだ。






「助けてーっ、慧音ぇーー!!!」









 がば、と布団から跳ね起きた。

 世界を覆っていた闇は消え、私の体を窓から差し込む朝日が優しく包んでいた。
 芋も、レイモも、芋神もいなくなり、辺りは普段どおりの世界に戻っていた。
 呼吸は乱れ、パジャマは汗でびっしょりと濡れている。

「ゆ、夢か……」

 額に流れる汗を袖で拭う。
 なんて夢を見たんだ。まだ心臓がバクバクいってる。

「大丈夫か妹紅、随分とうなされていたみたいだが」

 私の横に座っていた慧音が、心配そうに語りかける。

「いや……大丈夫だよ」
「そうか、なら良いんだが……何か不安なことがあれば遠慮なく私を頼っていいからな?」

 慧音の優しさが身にしみる。
 だが、まさか芋に追われた夢を見て怖い、などと相談できるはずもなく、
 私はただ彼女に力なく微笑むことしかできなかった。

 くそ、なんだってあんな下らない夢を。芋の食べすぎで精神にも異常をきたしてきたのだろうか?

「朝食はもうできてるが……水浴びを先にしたほうがいいか? 汗が凄いぞ」
「いや……先にご飯食べるよ」

 先ほどまで芋の波に追われていたせいか、あまり水に入ろうという気が起きない。
 私は上着の襟を扇いで、火照った体に風を入れながら居間へと向かう。

「さあ妹紅、朝食を食べて嫌なことなんて忘れろ。今日のカレーは二日目だからな、芋がいい感じに溶けて美味いぞー」

 その言葉に体から力が抜ける。
 そうだ、まだ昨晩のカレーが残ってたんだ。慧音お手製の、ルーと芋が半々のカレーが。
 突如、夢の内容がフラッシュバックする。芋の海に溺れていくあの恐怖。
 夢でも芋、覚めても芋。もうそろそろ私自身が芋になりそうだ。

「どうした妹紅、早く座れ」
「え? あ、ああうん」

 慧音に促され自席に座る。
 程なくして、私の前にカレーが運ばれてくる。
 スプーンを使って一口食べる。流石は慧音のカレー、味は美味い。だが、あまり食は進まなかった。
 食べるごとに手の動きが鈍くなっていく。半分ほどの所で、スプーンを持った手が止まってしまった。

「妹紅、食欲がないのか?」
「……」

 見た目だけなら芋の量は昨日より減っている。 
 だが、それもただルーに溶けただけのこと。カレー全体に混じったせいで芋の味を避けることができない。
 被弾率100%、全画面攻撃とか卑怯にも程がある。

「体調でも悪いのか? 昨日のキノコの毒がまだ効いているのか?」

 慧音が何度も心配そうに話しかけてくる。
 こんなことを言うのは間違っている。それは分かってる。
 だけど、数日に渡る芋生活の辛さに耐え切れず、ついうっかり零してしまった。

「慧音……」
「ん?」
「……もう、芋は食べたくないよ」

 言った瞬間、しまったと思い慌てて手を口に当てる。
 だがもう遅い、そんなことをしても既に出た言葉が戻るわけない。
 私は、金のない私の為にわざわざ料理を作ってくれた慧音に、その料理に文句を言ってしまったのだ。
 いくら私と慧音の仲とはいえ常識が無さすぎる。慧音、傷ついたかなぁ。

「……ふむ」

 恐る恐る慧音に目を向ける。
 見た感じ、慧音は特に悲しい顔をしているわけでもなく、手を顎につけ何かを考えているようだった。

「確かに、最近は芋が多すぎたな。私もそろそろ飽きがきていたところだ」
「え?」
「すまないな、妹紅がわざわざ泊まりに来てるのだから、もっと良い物を用意するべきだった」

 意外な展開。慧音は私の言葉を不快に思う様子もなく、
 真面目な顔で私に謝罪をしてきた。

「え、いや、その……」
「よし、それじゃあ今夜は私が妹紅の為に腕を振るって、特別豪勢な料理を作ってやろう!」
「け、慧音?」
「今の季節は秋刀魚が旨いからな、帰りによく脂の乗った秋刀魚を買ってこよう。それともう一品、そうだな、松茸なんかもあったほうがいいな!」

 てっきり不穏な空気に包まれるかと思ったが、実際はその真逆。
 それどころか、慧音はノリノリで夕飯の提案までしてくる。

「……って、秋刀魚に松茸!?」
「ああ、嫌いか?」
「いやいやまさか! 大好きだよ!」
「そうか、なら決定だな。今夜は秋刀魚の塩焼きに、松茸ご飯だ」

 こ、このメニューは、昨日盗み聞きした永遠亭の夕飯と一緒じゃないか。
 私のような貧民には一生手が届かないと思っていた素敵飯が、突然すぐ目の前に!
 凄え、運命凄え。いやむしろ慧音凄え、もしかして慧音って結構な高給取り?

「と、言ってもだ。秋刀魚も松茸も高級品だ、タダで食べさせるわけにはいかん」
「え?」

 思わぬ奇跡の出会いに小躍りしながら喜んでいると、
 慧音が強めの口調で言葉を追加する。
 え? タダじゃダメ? 何それ、それじゃ普通に買うのと変わらないじゃん。
 タダ飯食いに来た相手に料金を請求するって、ある意味詐欺だよ慧音。

「今日、私が寺子屋から帰ってくるまで、妹紅には家の掃除、それに洗濯をやっておいてもらおう。それらがちゃんとできたら、予告通り今夜はご馳走だ!」

 ……なんだ、そんなことか。
 いきなり慧音が守銭奴になったのかと思ってびっくりしちゃった。
 つまりは、働かざるもの食うべからずってとこか。
 流石は慧音、執拗に私のケツを狙ってくることを除けば、まさに教育者の鑑だよ。

「そんなの、まっかせといてよ! 慧音が帰ってくるまでに、この家全体を熱消毒したかのようにピッカピカにしといてあげるよ!」
「いや、燃やさないでくれよ……?」
「心配しないでって、私は永夜抄キャラの中でも指折りの綺麗好きなんだから」
「蟲や雀と管理能力を競い合うんじゃない」

 心配性だなあ、慧音も。
 この家、火災保険に加入してるし大丈夫だって。

「それじゃあ行ってくる。留守番、頼んだぞ」
「はーい、いってらっしゃーい。晩御飯楽しみに待ってるよー」

 なんだか不安そうな顔をしながら、慧音は寺小屋へと向かっていった。




「よっしゃあ、早速洗濯を始めるかぁ!」

 一声気合をいれ、腕まくりをして脱衣所へ向かう。
 部屋の隅にある籠には、数日分の私と慧音の洗濯物が溜まっていた。
 普段ならここで洗濯物を手に取り、「ああ、慧音の残り香が! 残り香が!」と定型の壊れ系ギャグをかます所だが、あいにく今日はそんな暇はない。

 慧音が帰ってくるまでに掃除洗濯を終わらせる、それが松茸と秋刀魚を得るための約束だ。
 水を張った桶を庭に出し、片っ端から衣服を突っ込み手揉みで洗いはじめる。

「フェニックス幻想、そうさゆーめーだーけはぁー♪」

 物干し竿に歌いながら洗濯物を干していく。
 うーん、雲が多いせいか直ぐに乾きそうもないなぁ。

「ならば、不滅「フェニックスの尾」 !」

 スペカ宣言と同時に、洗濯物の周りに無数の火球が発生する。
 これなら、十分もあれば全部の洗濯物が乾くはず。うん、頭いいぞ私。

 ……おおっ、火が慧音のパンツに燃え移った!


『今日からのゲストは、人形遣いのアリス・マーガトロイドさんです、どうぞ!』
『こんにちはー、よろしくお願いしまーす』
『じゃあ早速サイコロ投げます! 何が出るかな、何が出るかな、ンフフフッフッフ、ンフフフッ♪ はい、「友達との思い出ばな』

「んもー、テレビうっさい」

 箒で埃を集めつつ、テレビのスイッチを足で切る。
 掃除が終わるまでテレビは我慢。これも豪華な夕食の為。

 だが、気合を入れて箒を動かすも、普段からしっかりと掃除をしているらしくあまり埃が集まらない。
 このままではいかん。私は箒をハタキに持ち替え、慧音の書斎へと向かった。
 部屋の隅々まで歴史書が積まれてるこの部屋なら、そこまで掃除も行き届いていないはず。
 ここを綺麗に掃除すれば、きっと慧音も喜んでくれるに違いない。
 やべえ、私ってば超良妻。いつでも結婚できるね、こりゃ。

 ハタキで強く叩きすぎて、巻物類の大半が破れてしまったが大した問題ではない。
 大事なのは結果じゃない。誠意だよ、誠意。



 そうこうしているうちに、いつの間にやら日は西に傾き夕暮れが訪れた。
 人々の行き交う音も収まり、辺りには秋の爽やかな風と鈴虫の鳴き声だけが響いていた。
 掃除・洗濯を一通り終えた私は縁側に座り、沈み行く夕日を見ながら慧音の帰りを待つ。

「秋刀魚、いや慧音まだかなー?」

 足をブラブラさせながら呟く。
 寺小屋が終わり子供たちが帰り始めるのが午後四時ごろ、
 慧音はその日の授業の整理や、明日の準備があるので帰りはそれよりも少し遅い。
 壁の時計は五時半を指していた。うん、買い物の時間を考慮しても、そろそろ帰ってくる頃だね。
 周りの家からは既に調理の湯気が上がり始めている。待ち遠しいなあ、早く帰ってこないかなあ。



 しかし、予想に反して六時を過ぎても慧音が帰ってくる気配はない。
 いよいよ日も落ちてきたので、縁側から室内へ移動する。

「帰り遅いなー。何やってんだろ」

 この時間まで慧音が帰ってこないことは滅多に無い。
 どうしたんだろう、規則正しい生活を心がける慧音が寄り道をするとも思えないが。
 まさか悪い妖怪に襲われたのか、それとも人攫いに誘拐されたのか。

 前者なら問題はない。実戦経験豊富な慧音が早々遅れを取るはずが無い。
 後者だったら厄介だ。なぜなら慧音は、様々なマイナスステータスを持つ私を堕とす為のほぼ唯一とも言える突破口。
 それが誰かの手に落ちたとあれば大変だ。光の玉を前にしたゾーマの気持ちがよく分かる。
 何の話か分からない? いいんだよ分からなくて。説明したらこの話消されるし。

「けいねぇ……おなかすいたよぉ……早く帰ってきてぇ」

 そんな私の言葉も空しく、残酷にも時間だけが過ぎていく。
 時計の針が一周し七時を迎えても、更にそれから三十分経っても一向に慧音が戻らない。
 暇つぶしにテレビを付けてみても、慧音のことで頭がいっぱいで内容がまるで理解できない。
 あと三十分経っても帰らなかったら探しに行こう、そう思ったその時。


「……ただいま。すまない、遅くなった」

 玄関の戸が開く音、それに続き聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 私はちゃぶ台から身を起こし、一目散に玄関へと駆け出した。

「慧音、おそーい! 一体どこ行ってたの!?」
「……」

 わざと怒ったような口調で慧音に問いかける。 

「もう、危うく餓死するとこだったよ! ねえ一体どうしたの!?」
「……」

 だが、慧音は答えない。顔を俯かせ、私と目を合わせようとしない。
 酷く落ち込んだような顔で沈黙を続けている。明らかに様子がおかしい。
 私が何かあったのかを聞こうとすると、それよりも一歩早く慧音が口を開く。

「妹紅……」
「え? な、なに?」
「……すまない」
「?」

 慧音から出たのはその一言だけだった。
 再び顔を下に向け、だんまりを決め込んでしまった。

 すまない? 慧音が何故私に謝る必要があるんだろう。
 普段とは明らかに違う慧音に不信感を抱き、一、二歩後ずさる。
 と、ここで私は慧音の姿におかしな点があるのに気づいた。

「……慧音。買い物してきてないの?」

 慧音の手には何も持たれていなかった。
 朝、寺小屋に向かった時と同様、手ぶらの状態で帰ってきたのだ。
 おかしい、秋刀魚と松茸を買ったなら、手に買い物袋が持たれているはずだ。

「……妹紅」

 慧音は今にも消え去りそうな声で言う。

 私の脳裏に悪い想像が浮かぶ。そしてそれは恐らく実際に的中しているに違いない。
 だが、頭では理解してもそれを現実として受け入れることができない。
 慧音が私との約束を破るなんて、どうしても信じられなかったのだ。
 だからできるなら、慧音にはこれ以上先を喋って欲しくなかった。それが意味の無いことだとは分かりつつも。

「すまない……秋刀魚も松茸も買ってこれなかった」
「……! なんで、なんでよ!」

 悪い予感は的中してしまった。
 私は感情的な声で、慧音を攻め立てるように理由を問いただす。

「……今日の放課後、ちょうど私が帰り支度を始めた頃、生徒の親御さんが寺小屋にやってきて、入ってくるなり私に怒鳴りつけたんだ、ウチの子になんてことをするんだ! ……って」

 慧音は申し訳なさそうに、震える声で遅れた理由を語っていく。

「どうやら、宿題を忘れた生徒に頭突きをしたのが怒りに触れたようで。その親御さんがいうには、私の仕置きは生徒の人権を無視した暴力行為だ、ということらしい。私はその場に座らせられ、一時間以上も説教させられたよ」
「……」
「ものの本によれば、彼女は外界で妖怪両親と呼ばれる生物らしい。始めは私も大人しく聞いてたんだが、親御さんの要求が「学芸会で必ずウチの子を主役にしろ」「遅刻しそうになったら起こしに来い」「給食費は払わん」とだんだんエスカレートしてきて、いい加減私も我慢の限界が来て、そいつに十回ほど頭突きをかまして肥溜めに叩き込んでおいたんだが……、もうその時には魚屋も八百屋も閉まってて……」

 そこまで言うと、慧音は一旦言葉を止める。
 長々と語られた遅刻の訳。だが、私の耳には殆ど届いてはいなかった。
 秋刀魚と松茸が食べられない。この事実だけが私の頭の中をグルグルとまわり続けていた。

「慧音……嘘でしょ?」

 震える声で慧音に問いかける。

「約束したじゃない。ねえ、嘘でしょ、嘘だと言ってよ、けーねぇ……」
「妹紅……」
「私……頑張ったんだよ? 掃除も洗濯も言われたとおりやったよ? ちょっと歴史書がメモ紙にリサイクルされたり、局部的に穴の開いたエロパンツが大量生産されたりしたけど、それでもちゃんとやったよ!? なのに……」

 もしかしたら、これは慧音なりの冗談なのかもしれない。
 ちょっと私を驚かすために一芝居うってるだけかもしれない。
 現実から目を逸らすように、そんなありえない妄想にすがり何度も何度も慧音に確認する。
 だが、慧音の口から出たのは、そんな淡い期待を完全に裏切るものだった。

「……すまない」

 頭の中が真っ白になった。
 秋刀魚も松茸も、もう私のところには来てくれない。
 来るのは芋ばかり。昨日も今日も、そして明日も明後日も。
 まるで今朝見た夢のよう。まさかこれを暗示していたとでも?

 様々な感情が私の中を駆け巡る。
 悲しみか、それとも憤りか、私の目から自然と涙が零れて来る。

「も、妹紅……?」

 そんな私を心配したのか、慧音が不安そうに私に語りかける。
 が、それが引き金となり、私の中の想いは一気に爆発した。





「嘘つきッ! 慧音の嘘つき! 慧音なんて大っ嫌いだ!!!」
「妹紅っ!」





 慧音の差し出した手を振り払い、私は玄関から外に飛び出した。

 人気の無い里の中を、私はただがむしゃらに走った。
 大通りに沿って、昨日来た魚屋の前を通り、本来だったら慧音が来たであろう八百屋の前を通り、
 そして、そのまま私は里から飛び出した。

 どこに向かうと意識している訳でもないのに、私の足は自然と見知った竹林へと動いていた。
 迷いの竹林と呼ばれるここも、何百年も住み続けている私にとっては庭も同然。
 たとえ、視界が涙で歪んでいたとしても、迷うことなく一直線に進むことができる。

 十分ほど走り続けた先に突如、巨大な屋敷が姿を現す。
 私は勢いを殺さないよう玄関を蹴破り、屋敷の中に突入した。


「も、も、妹紅だーーーーっ!!!」


 私の姿を見た下っ端ウサギが喚きながら散っていく。
 迷路のような屋敷の中、一点だけを目指して駆けていく。
 永遠亭に来たら、まずはアイツの所に挨拶にいく、長年の生活で染み込んだ習慣が自然と足を動かす。

「それにしても、げっしょーはいつまで経っても転校生の雰囲気が消えないわねえ」
「まあ原作付きの漫画ですからね、ファン以外は意味が分からないってのもあるんじゃないかと」
「もっとパラドキシアやにゃんことカイザーみたいなノリになれば、雑誌にも馴染むと思うんだけど」
「なんでよりによってその二つなんですか。そんなのの主役なんて張りたくないですよ。あ、でもげっせーは周りから全く浮いてませんね」
「あー、そういやそうね。んー、ていうかコンプの他の漫画は元々読んでな」

「死ねえぇぇぇぇーー! かぐやぁぁーーーっ!!!」
「ふぎっ!?」

 マヌケ面を浮かべて鈴仙と談笑していた輝夜に、私のとび蹴りが炸裂する。
 輝夜は勢いよく後方に吹っ飛ばされ、頭を柱にぶつけ絶命した。
 突然の出来事に、鈴仙が慌てて輝夜の体に近付く。

「ああ、姫の頭から大量の血がっ! 大変だ、また畳取り替えなきゃ!」

 主の命より畳の心配をする。これぞ永遠亭である。

「ちょっと、いきなり何をするんですか!」
「うるせぇエアリセ! お前は不自然なパンチラで新参でも釣ってろ! 輝夜……は死んだから、永琳を出せ永琳を!」
「誰がエアリセじゃコラァ! こっちの方が先だっつーんだよ!」
「パンチラ云々のくだりはどうでもいいのね……」

 騒ぎを聞きつけたのか、永琳が呆れ顔で部屋に入ってくる。

「で、今日は何の用なのかしら? 輝夜との決闘ならなるべく竹林でやって欲しいんだけど」
「勘違いするな、今日は別に輝夜を殺しに来たわけじゃない」
「姫、死んでますけど」
「不幸な事故だ」
「死ねって言ってたじゃん」

 気にするな。輝夜に対しての「死ね」は一般でいう「こんにちは」に該当するんだ。

「じゃあ何? 痔の薬でも貰いに来たの? こないだ満月だったし」
「それはまだあるからいい。それよりも飯だ、飯を食わせろ!」
「あら、また食事をたかりに来たのね」
「松茸に秋刀魚! あれだけ買ったんだ、まだ少しぐらいは残っているだろう! 食わせろ!」

 この単語を聞いた永琳が、目を見開いて驚いたような表情を浮かべる。
 が、直ぐに元の腹黒い顔に戻り私に微笑みかける。

「ちょっと、なんでアンタがウチの昨日の夕飯を知っているのよ!」

 リザレクションした輝夜が私に掴みかかる。

「お前とは話していない! くらえ、もこたんパンチ!」
「んぎゃ!」
「ああ、姫がまた死んだ! 貧弱すぎますよ、スペランカー先生並じゃないですか!」

 鼻血を噴出しながら後ろに倒れこむ輝夜。
 今回は輝夜に用事はない。五月蝿いので少しの間、死んでいてもらおう。
 四人もいると書き分けるの大変だしね。

「さあ、大人しく私に晩御飯を作れ!」
「まあ、別に余ってるからいいけど……秋刀魚と松茸はもう食べたんじゃないの? ワーハクタクの家で」

 永琳が不思議そうな顔で問いかける。
 ぬ、何故コイツが私が慧音の家に泊まっていることを!?
 そしてなんで、今晩予定されていた夕飯の内容を知っているんだ。

「朝、里で彼女と会ったのよ。なんだかえらく楽しそうだったから、何かと聞いてみると「今夜は妹紅に秋刀魚と松茸をご馳走をしてあげるんだ」って張り切ってたから、てっきり向こうで夕飯を食べたと思ってたんだけど」
「……」

 少しだけ胸が痛む。
 そっか、慧音だって今夜を楽しみにしていたんだ。

 ……いや、結局慧音は買ってこなかったじゃないか。
 私との約束を破ったことには変わりない。

「……いいから食べさせろよ。もう腹が減って仕方が無いんだ」
「永琳、こんなヤツに飯をくれてやる必要は無いわ! アンタなんてイナバのフンでも食べてりゃいいのよ!」
「もこたんビンタ」
「ウボァー」
「姫、もう部屋に戻って大人しくしてましょうよ……」
  
 輝夜の遺体が鈴仙によって運びだされる。
 抱っこやおんぶではなく、足を持って引きずって動かす辺りが、
 いかに鈴仙が輝夜を敬っていないかが伺える。

「……わかったわ。昨日の残りを温めてくるから、貴女はそこで待ってなさい。五分もあればできるわ」

 永琳は大きく溜息をつきながら、部屋から出て行った。
 結局、部屋の中に残されたのは私一人。多くのウサギが住んでいるはずなのに、屋敷の中は驚くほど静かだった。

 待っている間、永琳の言葉が私の中でなんども繰り返される。

 ……慧音は、どんな想いで家に帰ってきたんだろう。
 買い物ができず、私が悲しむと分かってて帰路につくのは、どれだけ辛かったことだろう。
 帰ってきたときに見た慧音の顔、本当に悲しそうで、すまなそうで。
 それなのに私は、そんな慧音を罵り、家から飛び出して……。

 考えれば考えるほど気が沈んでくる。私は、これからどうしたらいいんだろう。

「はい、お待たせ。ご注文の秋刀魚の塩焼きと松茸ご飯よ」

 本格的に思い悩む前に、永琳が食事を運んできた。
 部屋の中に良い香りが漂う。と同時に今まで忘れていた空腹感が蘇ってくる。

「おっ、待ってたよ!」

 色々と考えるのは後だ。とりあえず今は食欲を満たすことが優先。
 私は早速箸を取り、ちゃぶ台に置かれた料理に手を伸ばす。
 んー、良い香り。これだよ、私が求めていたものは。それじゃ、いただきまーす。

「……ちょっと待ちなさい」

 秋刀魚に箸が届きそうになったその時、永琳が急にお盆を取り上げる。

「ちょ、何すんだよ!」

 私の猛抗議に、永琳は呆れたように大きな溜息をつく。

「……よく考えなさい。今、ここでコレを食べるという事は、慧音の気持ちを裏切るということよ」
「? どういうことよ!?」
「だって、慧音は貴女の為に料理を作るはずだったんでしょう? 何があったのかは知らないけど、貴女はそれを拒絶し私の料理を選んだ。これが裏切りでなくてなんだと言うの?」
「うっ……」

 永琳は冷たい目線で、淡々と私に詰め寄る。
 うう、コイツのこの表情嫌いなんだよなあ、怖くて。

「所詮は人間、何年生きていようが些細な事で衝突することもあるわ。でも、大抵の場合はどちらかが非を認めれば済む話。たったそれだけなのに、なぜ出来ないのかしら、不思議ね」
「だ、だって、それは慧音が……」
「貴女達の事情なんて知らないわ。でも、ここで私の料理を食べれば、貴女と慧音の間には一生消えない溝ができるでしょうね。それでもいいなら何も言わないわ。遠慮せずに食べなさい」
「……」

 永琳が手に持ったお盆を再びちゃぶ台の上に置く。料理はまだ湯気を立てていた。
 だが、私の箸は動かない。お腹は空いているはずなのに、まるで食べようという気が起きないのだ。
 これを食べれば私は慧音を裏切ることになる。永琳のその言葉が私の動きを止めていた。
 まさか、料理一つでそんなこと。そう思うも、私の手は重しでも付けているかのように全く言う事をきかない。

 情けない。
 死ねぬ体を得たその日から、幾多もの出会いと別れを経験し、
 時には裏切られ、そして裏切ることもあったというのに。
 私は慧音にその時が訪れるのが恐ろしくてしかたがないのだ。
 それほどまでに、慧音は私の中で大きな存在になっていた。

「どうしたの? 食べないの?」

 料理を前に硬直した私に、永琳はわざとらしく煽るように言う。
 私はどうすればいいんだ。千年も生きてて、そんなことも分からないのか。
 慧音ならこんな時どうしただろう。きっと慧音なら……。

「あ、そうそう。これは私の独り言なんだけどね……」

 独り言、とは言いつつも明らかに私に聞かせる目的で永琳が呟く。

「ウサギ達の報告によれば、さっき竹林で永遠亭に向かって走ってくる半獣が目撃されたそうよ。ま、どうでもいいけどね」
「……!!」
「泣きそうな顔で、誰かを探しているようだったって聞いたわねぇ。一体どうしたの……あら?」

 その言葉を聞いた途端、私は反射的に箸を投げ出し走り出していた。
 来た道を全速力で駆け戻る。ウサギたちが再び騒ぎ出すが、そんなこと気にしていられない。
 私は、既に修復されていた玄関の戸を再び蹴破り、屋敷の外に飛び出した。





「あー疲れた。姫ったら無駄に重たくて部屋に運ぶまで一苦労ですよ」
「ごくろうさま、ウドンゲ」
「師匠、今度姫の部屋にあれ作りましょう、ハムスターを走らせるやつ。絶対運動不足ですって。……あれ? 妹紅はどこに行ったんです?」
「千歳のお子様なら、お迎えに連れられてお家に帰っていったわ。あれだけ長生きして精神面がちっとも成長しないなんて、同じ蓬莱人としてある意味羨ましいわね」
「へえ、ウチの姫も似たようなもんですけどね」
「……確かに」










◆◇◆










 永遠亭から飛び出してすぐ、私は竹林の中の開けた空間に、
 一人の少女が月の光に照らされて立っているのを見つけた。

「……慧音」

 私の声に気づき、少女……慧音がゆっくりと顔をあげる。

「妹紅、やっと見つけた……」

 ここまで全力で駆けてきたのだろう。
 慧音は顔一面汗まみれで、肩を大きく揺らして息をしていた。
 背の高い草木に引っかかったのか、服は所々破れ、露出した肌には無数の小さな赤い傷ができていた。

「無理を言って……魚屋と八百屋を開けて貰った……ほら、帰って一緒に食べよう」

 そう言って、慧音は手に持った袋を私に向けて差し出す。
 中には二尾の秋刀魚と、いくつかの松茸が入っていた。

「慧音……そんな、私の為に……」
「なに、大した事じゃない。先に約束を破ったのは私の方なんだからな……」

 慧音が力なく笑う。
 それを見て、私の瞳から自然と涙が零れてくる。

「……ごめんなさい」
「妹紅……」
「けいねぇ、ごめんなさぁい……。慧音の気持ちも考えずに、我侭言っちゃって……」

 鼻声交じりで、今までのことを謝罪する。
 分かったんだ、私には慧音が必要だ。たとえ慧音とは同じ時間を歩めないとしても。


「う゛わ゛あぁぁぁーーーん、けいねぇー!!!」
「妹紅ぉーーーっ!!!」


 両手を大きく広げ、慧音に向かって駆け出す。慧音も同じように私に向かって走ってくる。
 何故だか世界がスローモーションになった気がする。
 私たちは最後まで一緒だ、もう絶対に離れたりするもんか。




「……うっ!!」




 あと少しで慧音に届きそうというその時、私は自分の体の急な異変に気づき足を止めた。
 額から脂汗が噴出し、身も凍るような寒気が全身を駆け巡る。
 ぬ、私の経験からいってこの症状は……。

「もこぉーーーっ!!!」
「ふぐっ!」

 そんな私の変化に気づかない慧音は、遠慮なく私に抱きついてくる。

「妹紅、妹紅! もう、絶対にお前を離したりしないからなっ!」

 慧音の両手が容赦なく私の体を締め付ける。

「お、おぉぉぉぉ……」

 薄着であちこち駆け回ったせいか、それとも昨日のキノコの毒で腸が弱っていたのか、
 私の体は意識が飛んでしまうくらいの強烈な腹痛に襲われていた。

「け、けいね、ちょっと苦しいから離してもらえない……?」
「嫌だ! 妹紅はずっと私と一緒だ!」

 まるで残りの少ない歯磨き粉のように、慧音によって私の体が絞られる。
 これはいかん! 一刻も早く離れなければ。でないと大変なことになる。
 私は背中から炎の翼を生やし、力の限り羽ばたかせて慧音の抱擁から抜け出そうとする。

「いや、マジでヤバイんだって! お願いだから、その腕を解いてぇー!」
「もこう、もこぉーーっ!!」
「うおぉぉぉぉーーーっ!!!」

 が、流石は半獣といったところか。私がどれだけ暴れようと慧音の腕はビクともしない。
 それどころか、私が抵抗するたびに更に力を入れて抱きしめてくる。

 大変だ、このままではとても口に出せない恐ろしい事態になる!
 いけない、よりにもよって慧音の前で『それ』をするわけには!
 体中の筋肉を張り、精神を一点のみに集中させ、私は苦しみに耐える。
 だが、体が圧迫されている以上、人の力だけで『それ』を押さえ込むには限界があった。


 そして遂に、『それ』は私の我慢の限界量を超えてしまった。





























            ぷぅ~



























 閃光、それに続く轟音。

 数日に渡る芋生活で溜められたガスが、背中の炎に引火して巻き起こった爆発は、
 私と慧音を竹よりも高く吹き飛ばすのに十分な威力だった。

 全身が黒焦げになり、力なく地面へと落下していく中、
 私は爆発によって焼かれた秋刀魚と松茸の香ばしい匂いを嗅いだ。
 
 私は幸せだった。
どうも、ら です。

いつぞやの創想話スレで「爆発オチが好き」という書き込みを見ましたので、
今回はその人の為だけに爆発オチで一本書いてみました。どうですか。

感想お待ちしております。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2740簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
あぁ、〆が実弾じゃなくて良かった……
4.無評価名前が無い程度の能力削除
わろた
6.90名前が無い程度の能力削除
オーケー、色々と突っ込みたい所はあるが、言いたい事は良く分かった。
今年は国際ジャガイモ年なんだ!
8.50DB削除
少しお下品。気持ちは判るが。(作品の製作および内容の両面的に)
9.90名前ガの兎削除
まってくれ、まってくれよ。
おばかな話なのになんでこんなに良い話なんだ。
12.80ななしのようなもの削除
まて、お好み焼きにご飯が付くのは変で、ヤキソバにご飯をぶち込むのは普通だというのか!?(by関西人)
テンポよく読めたので面白かった。妹紅のワガママっぷりも嫌味でないしね。
16.100名前が無い程度の能力削除
え、えーっと東方界隈的にヤバそうなネタが満載でまったくそのとお……もとい作者様が存在を消されやしないかドキドキです。


あ、今回アリスは永遠亭のお世話になってないんですね。おめでとうアリス!!
18.80名前が無い程度の能力削除
アリスは可哀想な役(境遇とか頭の中とか)が似合うなぁ
20.100名前が無い程度の能力削除
暖かい人間関係が垣間見える永夜抄組とアリスさんの対比がなんともシュールでしたw
21.100名前が無い程度の能力削除
オチが、なぁwww
22.80無刃削除
上海と蓬莱とアリスって、結局アリス一人(友達0)か…
23.100名前が無い程度の能力削除
アリスがwww
ねたてきによしwww
26.90名前が無い程度の能力削除
>「フェニックス幻想、そうさゆーめーだーけはぁー♪」
この鼻歌で撃沈

そしてなんというオチ。大好き。お芋たっぷりご馳走様でした
27.90名前が無い程度の能力削除
だれの紹介でアリスがでるようになったのか激しく気になるところ。
30.80名前が無い程度の能力削除
永遠亭で秋刀魚10本は半端な気がする
主だった面子には多すぎるし、因幡を含めると少なすぎるし
33.90名前が無い程度の能力削除
いいじゃないか、『それ』は誤魔化せたんだし
36.70名前が無い程度の能力削除
千円札の人は野口五郎ですね、わかります。
44.100名前が無い程度の能力削除
最後のオチで盛大に吹かせて頂きました(笑
ポテト?という思いで読み始めたのですがとても面白かったです。
何かところどころで笑えるところがありました。
今後も頑張ってくださいー。
46.40名前が無い程度の能力削除
妹紅最悪じゃねーかw
51.100名前が無い程度の能力削除
やっぱり、けーね先生はアツいな!
52.90名前が無い程度の能力削除
実が出そうなのかと焦った。
53.100名前が無い程度の能力削除
クソワロタwww
56.100名前が無い程度の能力削除
安心したよ。
屁の方で。
58.90名前が無い程度の能力削除
随所に散りばめられた小ネタが堪らないw
えーりんまるで元から真人間だったかのように振る舞うなw
しかしこれでぐや様のお相手がいなくなってしまった、メディとかか?
レイモの下りが途中までホラーだった。
59.70名前が無い程度の能力削除
永琳いいこというなあと感動しかけましたが、すぐさま「愛してはダメなのですか」を思い出しました。ええいもう。
しかし妹紅はなんて子供っぽいんだ。まったく、これはけーねを助手にして攻略せざるをえない。
66.90名前が無い程度の能力削除
これはひどいww
69.100名前が無い程度の能力削除
生まれて初めて、芋に恐怖した…
70.100名前が無い程度の能力削除
ひどすぎるwwwww
72.100名前が無い程度の能力削除
>もっとパラドキシアやにゃんことカイザーみたいなノリになれば
美川べる○が描いた東方か…すげえ読みてえ。
75.100ぺ・四潤削除
謝れ!!木更津市民に謝れ!!

嵐のような小ネタの使い捨てっぷり驚愕した。
なんだろう。マグロを大トロだけ取ってあとは捨ててるみたいな。
77.100名前が無い程度の能力削除
>「無くても構わないだろ、それは」

酢豚にパインは要らない・・・けーね先生、あなたはどっかの変人警部どのですかw
79.100名前が無い程度の能力削除
お前エアリセディスってんのか
面白くない事には心の底から同意するけど
87.100名前が無い程度の能力削除
いい加減私も我慢の限界が来て、そいつに十回ほど頭突きをかまして肥溜めに叩き込んでおいた
よくやったな先生。
90.100名前が無い程度の能力削除
所々挟んでる小ネタでクスッとできましたw