Coolier - 新生・東方創想話

Melodious Good-bye

2008/06/27 22:10:21
最終更新
サイズ
28.71KB
ページ数
1
閲覧数
723
評価数
1/9
POINT
380
Rate
8.10
この作品にはシリアスな展開が含まれております。シリアス展開が苦手な方はご注意ください






「・・・・・・」
 私はヴァイオリンを構えると、空に向かって音を放った。まだ明け方だ、大きな音を立ててはいけない。そっと奏でるのは、鎮魂歌。今は亡き彼女へと捧げる、ささやかな祈り
「姉さん?」
 声をかけられて、私は演奏を止めた。こんな明け方に妹が起きてくるなんて珍しい。もしかして、私が起こしてしまったのだろうか。私はヴァイオリンを手から放し、背中を向けたまま謝る
「ごめん、起こしてしまったかな?」
「ううん~、何となく早めに起きてしまっただけよ」
 振り返ると、寝ぼけ眼の妹が宙に浮いていた。彼女が地面に足をつけることの方が珍しい。浮足立った、と言うわけではないが、その表現がぴったり当てはまる
「もしかして、あの子のこと?」
 優しげに微笑みながら、私の妹メルランが訪ねてくる。こういったものの聞き方は彼女らしい。分かっていながら尋ねるのは、私を気遣ってのことだ
「うん・・・」
 それに対して、私は曖昧に頷くことしかできない。素直に答えれば良いと言うのに、どうも暗い対応しかできない。私は自分の性格が嫌だった。目の前の彼女のように、明るくなれればいいのに
「姉さんも相変わらずね~」
 そんな私の気を知ってか知らずか、メルランは努めて明るく笑う。その性格ゆえではなく、私への気遣いがそこにはあった
「うん、相変わらずなんだ・・・どうしても忘れられない」
 忘れたいとは思わない。しかし、何故忘れられないのかもわからない。こんな曖昧なままでは、騒霊として失格だと、私は思う
「でも、きっとあの子も喜んでるわよ」
「ん、そうかな?」
「あの子は忘れられたくはないから、私たちを生んだんですもの」
 そこにはあの子に対すると言うよりは、私に対する思いの方が強かっただろうけれど
 彼女の言う通りなら素敵なことだと、私は思った
「――そうだね」

 ――Melodious Good-bye


「姉さんってば、ちゃんと聞いてる?」
「ん? あ、すまない。何の話だっけ・・・?」
 これだから我が姉ながら困るわー。リリカは頬を膨らませながらそんな風に文句を言う。騒霊として生まれたのは同時だと言うのに、彼女はいつまで経っても子供じみている。いや、今回は話を聞いていなかった私が悪いのだ、素直に受け止めよう
「んもー・・・最近考え事多くない? 少しはメル姉を見習ったら?」
「私がああなったら、この姉妹は崩壊するぞ・・・」
 ストッパーの居なくなった騒霊など、ただ騒がしいだけである。彼女もそれが分かっているのか、ああなれとは思わないけどねと肩をすくめる
「だとしても、最近ずっとこの調子じゃぁねー」
 最近ずっとこの調子・・・か
「それはあれだ、ほら」
「気圧が下がるとか言ったら容赦しないからね?」
 ごまかせなかった。我が妹ながら実に手強い・・・
「あら、二人で何か相談事~?」
 2階からふわふわとメルランが降りてくる。それだけで広間が明るくなった気がしたのは、気のせいではあるまい。彼女は私たちの中でも一番の魔力を持っている。一人でいさせるのは少し危険なほどに
「聞いてよメル姉―! ルナ姉ったらさ、私が真面目な話をしてるのに全然聞こうとしないんだよ?」
「あぁ、そう言えば次に演る白玉楼での演目についてだったっけ・・・」
「姉さんがそんな大事な話をぼーっと聞くなんて珍しいわね~? 熱でもあるんじゃないのかしら~?」
 まさか、騒霊が病に侵されるわけもない。とは言っても、ここ最近の自分に集中力が欠けているのは自覚している。おまけにこれと言った原因が思い当たらないのが問題だった
「今はまだいいけどさ・・・ステージの上でこんなことになったら大変だよ?」
「それは・・・」
 それは有り得ない、と言いかけて言葉を飲み込む。理由すら分かっていないのに、果たしてはっきりとその言葉を否定できるのか? 答えは否だった
「ほんとに、どうしたのかしらね~」
 メルランが心配そうに私の顔を覗き込む。よく見れば、リリカも心なしか表情が曇っている。全く、心配ごととは二人とも柄にもない。長女の私がそんな思いをさせてどうすると言うのだ
「私なら大丈夫よ。それより、今は次の演目について考えましょう? 毎回同じ内容じゃ、流石に愛想を尽かされてしまう」
「そう言うからには、何かしら案があるんでしょうね?」
「思い切って私のソロ演奏をしてみると言うのはどうかしら~?」
「「却下」」
 私とリリカの声が重なる。私たちはおかしくなって顔を見合せたまま笑い合った。リリカは楽しそうに、メルランは心底可笑しそうに。私は、自分の気持ちが曖昧なままに、笑った


「・・・うーん」
 最近ヴァイオリンの調子が良くない。頭に思い描いたよりも、どこか引っかかる様な音しか奏でる事が出来なくなっていた。こんな事では、あの子の気に入る音だって奏でられやしない
「香霖堂に見せてくるか・・・」
 外は雨が降っていたが、仕方がない。次の演奏会は明日に迫っている。場合によっては違うヴァイオリンを使うことも考えなければならない。だが、それにしても――
「・・・幽霊なのに、調子が悪くなることなんてあるのかな」
 何はともあれ、このままではいけない。私は融通の利かない店主の事をなるべく思い出さないように香霖堂へと向かった

「『騒霊に扱われる程度の楽器』っと。間違いない、何の問題もないよ」
 さほどの時間を要すことも無く、香霖堂の店主はそう言って見せた。彼がそう言うのなら、まず信用していいだろう。客として来ている以上、仕事に手は抜かない筈だ。・・・多分
「ありがとうございます。うーん・・・やっぱり問題ないのよね・・・」
「もうじき白玉楼で演奏会をやるんだろう? 代わりを用意するわけにはいかないのかい?」
 やはり様々な客が訪れるだけあって、情報網は大したものであるらしい。この世にありながら冥界のイベントを知っている者など、そう多くはいまい
「出来ないこともないんだけど・・・やっぱり遣い慣れてる子じゃないと」
「そんなものかね・・・僕は楽器には疎いからよくはわからないけれど」
 会話はそこで終わり、いつも通り店主は店の商品をいじり出すのだろう・・・。と、思っていたが、今日はいつもと違っていた
「問題があるとすれば・・・」
 私は小さく店主が漏らした言葉を聞き逃さなかった。これでも音楽家だ、耳は良い
「あるとすれば、なんですか?」
 私の質問に店主は顰め面をする。いつものことながら、客に対する心構えがなっているとは思えない。まぁ、それを補って余りあるだけの能力を持っているのだろうけれども
「参ったな・・・これはあまり客に向かって言うべきことじゃない」
「出来れば遠慮なく。もし演奏会で何かあったら困る」
 恐らく私は真剣な顔をしていたのだろう。店主はすぐにわかったといって言葉を紡ぎ出した
「問題があるとすれば、それは恐らく君自身の問題だ」
「・・・私自身の?」
 最近の自分を思い出して、私はハッとする。もしかして、知らず知らずの内に演奏に余計な感情を挟み込んでいたのか?
 考え込みそうになる私を無視して、店主はさらに言葉を続けた
「どうやら何か思い当たる節がありそうだが・・・。この楽器は『騒霊に扱われる程度の楽器』としての能力しか持っていない。それはつまり、騒霊にならばしっかりと扱われる存在と言うことなんだ」
 それはつまり、楽器には絶対的に問題がないと言うことだろう。確かに彼の能力を考えれば、それが正しいのはうなずける
 でも、それじゃぁまるで――
「問題は、扱う方さ。扱う方が騒霊じゃなければ、この楽器が思い通りの音色を奏でる保証はどこにもない」
 それじゃまるで私が――
「君は、騒霊としては異端的な存在だ。楽しむことよりも、楽しまない思考の方が先に働く。それが積み重なった結果、君は騒霊から逸脱した存在になってしまったんだろう」
 私が騒霊ではなくなって――
「問題は楽器じゃない、君の方だ。今の君は、騒霊とは呼べない存在になってしまっている」
 ――――!
「そんな曖昧な存在じゃ、この楽器は扱えない」
 私はその言葉を受けて、力無く崩れ落ちた。店主が慌てて駆け寄ろうとするのを、私は片手で制する
 やっぱり、そうか。私は妹達とは違うんだ。妹達のように素直ではないから――
「・・・白玉楼に行くと良い」
「・・・え?」
 店主の言葉に、私は耳を疑う。あの香霖堂の店主が、客に対して助言を行うなどと
「白玉楼の姫様なら、なんとかしてくれるかも知れない。まだ完全にこの楽器を弾けなくなったわけじゃないんだろう? だったら急いだ方がいい、手遅れになる前に」
「でも、私は騒霊としては失格で・・・」
「それを君が認めたら、おしまいだよ」
 店主の言葉に、私は我を取り戻す。そうだ、何も今諦めることはない。私は騒霊であることに誇りを持っている。私がいなくなれば、あの妹達を纏められるものがいなくなってしまう。何より、私達の演奏を楽しみにしている者たちに――
「ありがとう。何が変わるかはわからないけれど、白玉楼に向かってみる」
「そうするといい。君達の演奏を楽しみにしているのは、何も幽霊たちだけじゃないんだからね」
 あぁ、そうか。だから私に助言を――
「・・・出来れば、次の演奏を見に来てください」
「言われなくとも、ね」
 私はお辞儀を一つすると、上空へと昇って行った。手にはヴァイオリン。まだこの子は、私の手に収まることを善しとしてくれている。急がなければ、二度と音を奏でる事が出来なくなってしまう
 そんなことになれば、きっとあの子も悲しむだろう
 私たちを生んだ――レイラ・プリズムリバーも――

「少しお待ちください」
 明日の演奏会について、と言う建前で、私は亡霊姫への面会を許された。正直に言っても良かったのだけれど、信じてもらえるとは限らない。ましてや、対応した相手は白玉楼の庭師・・・。話を聞いて迷いを断ちにこられたらたまったものではない
「何か問題でもあったのかしら~?」
 客室の外から、極めて間の抜けた声がする。こういったところはメルランに似ているのだが、決して同じように対応してはいけない。相手は冥界の主であり、こちらは一介の騒霊。身分の違いと言うよりは、格が違う
「申し訳ありません、少し直々に相談しなければならないことがありまして・・・」
 全くの嘘・・・と言うわけでもない。私が騒霊でいなくなってしまえば、明日の演奏会は行えないのだから。どちらにせよ、明日にはお目にかかれていたのだ
「こちらが依頼したのだし、無視するわけにもいかないわね」
 するり、と障子が開けられ、彼女は姿を現した。傍らにはいつもの半人半霊が付き添っている。いつもながら、一切の隙がない。自然と頭をおろして、まずは呼び出したことに対して謝罪をする
「わざわざ申し訳ありません。実は明日の演奏会の・・・」
「あら、貴女・・・?」
 私の発言を遮って、亡霊姫が不思議そうな声をあげた。まさか、用事を偽ってきたことがばれたか? 思わず顔をあげて弁解しようとする
「あ、あのっ!」
「なるほど・・・そう言うことね」
 何がわかられてしまったのだろうか。なんだか嫌な予感がしてきたが、私は動くわけにいかず、ただ相手からの言葉を待った
「妖夢、ちょっとお願いがあるのだけれど」
「・・・? なんでしょう?」
 傍らの庭師に語りかける亡霊姫。あぁ、間違いない・・・。私は今からあの短刀に迷いを断たれて成仏してしまうのだ。さらば、愛しい我が妹達よ・・・
 半ば本気で泣きかけていたが、どうやら切り捨てるつもりはないようだった。その証拠に、何事か言われた庭師がその場を離れて飛び去っていく
「あの・・・お嬢様?」
「幽々子、よ。お嬢様と呼ばれるのはあまり好きではないの」
「えと・・・じゃぁ、幽々子様。何がそう言うことなのでしょうか?」
「あら、貴女はそのつもりでここに来たんじゃないのかしら?」
 眼を細めながら、彼女は私を諭すように言う。そこで私はようやく理解した。なるほど、私が騒霊で居られなくなったことを一目で察したのか
「・・・その通りです。私はいつの間にか騒霊として曖昧な存在になってしまったようで・・・」
「どうやらその様ね。でも貴女はどうやら勘違いをしてそうだわ」
「勘違い・・・ですか?」
 今度は理解できなかった。一体私は何を勘違いしてしまっていたのだろうか。私が首をかしげていると、今度は諭すのではなく直接彼女は言った
「貴女が騒霊として曖昧になっているのは、貴女の性格によるものではないわ」
「そんな・・・!」
 私はその言葉を信じられずに立ちあがりかけるが、すんでのところで踏みとどまる。恐らく、彼女の言うことに偽りはないとわかるからだ。確かに、私の性格に起因している問題なら、おかしい点がある
「わかっているんでしょう? 自分の性格が問題だったなら、今更になって騒霊として曖昧になる理由がないわ」
 それは、その通りだった。私の性格が問題だったならば、今になって存在が曖昧になる理由がない。だとしたら、一体
「大切なのはわかるけれど、いつかは手放さなければならないものなのよ」
「え・・・?」
 今度こそ本当に、意味不明だった。彼女の発言の意図が全く分からず、私はぽかんとする
「そうでなければ、その思いは未練となる。未練が募れば、いくら騒霊でも、亡霊へとなり果てるわ」
 亡霊――その言葉に私は愕然とする。まさか、私は死んだことを認めていない訳でも、死んだことに気づいていない訳でもない。だと言うのにどうして、亡霊などにならなければいけないのか――
「貴女は騒霊になってから、どれくらいになるのかしら?」
「え・・・えぇと」
 唐突な質問に驚いて、私はしどろもどろになる。なんとか思い出しつつその質問に答えると、彼女は至り顔でうなずいた
「むしろこれまでよく騒霊のままで居られたものだわ。他の妹達に感謝するべきね」
 それはメルランやリリカのことに間違いはないだろう。確かに、妹達の存在は私の中でも大きい。彼女たちがいなければ、私の存在はもっと小さなものになっていたに違いな――
 ――他の、妹達?
「まさか、それじゃ――」
 そうなのか? そう言うことなのだろうか? そう言うことであっていいのか?
 私は問いかけようとして、亡霊姫の方を向き直る。しかし、その表情を見た瞬間、私はそれが正解で間違いないのだと悟った
「――じゃぁ、私の未練と言うのは」
「そうよ、貴女の妹に対する想い」
 レイラ・プリズムリバーへの想い。それが私を騒霊から亡霊へと変えようとしていようとは
「そんな・・・じゃぁ、どうすれば?」
「それは簡単よ。貴女が彼女への想いを断ちきればいい。二度と彼女を想うことなく過ごしていけばいい」
 それは、今までのどの宣言よりも残酷に聞こえた。私たち遺された騒霊はいい。だけどレイラは一人だった。だと言うのに、その妹を想うことすら許されないのか
「・・・・・・・・・」
「受け入れられないかしら? それは当然でしょうね・・・貴女は長女だから、彼女のことを常に気にかけていた。それこそ、騒霊となってからの間ずっと・・・」
 きっとさみしかったのだろう。きっとこころぼそかったのだろう
 だから私たちを呼んだんだ
「自分たちを生み出して、ひっそりと死んでいった妹を、誰が忘れられると言うのですか・・・!」
 だから私たちを呼んだのに――
「なら、今の妹達を捨てられるのかしら?」
「・・・・・・・・・!」
「貴女が亡霊となれば、彼女たちは間違いなく崩壊するわよ。貴女たちは三人同時に生まれた珍しい騒霊。だから、お互いがお互いを補い合うように自然と調律し合っている。そこから一人が欠ければ・・・後は崩れるしかない」
「そんなことは・・・!」
 わかっている。私が欠ければ崩壊すると言うのは、何も冗談の話ではない。それがわかっているから、リリカもあの時あっさりと引いたのだ。私たちは、三人一緒でないと意味がない――
「選びなさい。亡霊として可哀想な妹を思い続けるのか、騒霊として今の妹達と共に歩むのか」
「――――」
 どちらを選ぼうと、どちらかは消える。それは、私の中の大切な存在が消えることを意味している。そんな残酷な選択を前にして、私は――
「だめだ・・・私には選べない・・・」
 なんて、情けない。これで長女だと言うのだから、お笑い草だ
「メルランもリリカもレイラもっ! みんな私の大切な妹だ! 私の大切な家族なんだ! それなのに、それを捨てるような真似なんて・・・!」
 明るくて、危なっかしくて、いつも世話を焼かせる妹
 お調子もので、計算高くで、いつも頭を悩ませる妹
 寂しくて、私たちを想い、世話を焼く暇なく消えた妹
「私はどの妹も捨てられない・・・!」
 みんな私の、大切な家族だから――
「でしょうね。羨ましいわ、そう言うの・・・」
 くすくすと、亡霊姫が私を見ながら笑う。その声には全くの悪気がなく、心底家族という存在に憧れているようだった
「・・・・・・・・・」
 私はその様子に思わず見とれる。冥界の主がこんな明るい顔をして笑うとは、知らなかった。私の視線に気づくと、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ
「あらあら、ごめんなさいね。私には経験がないから、そう言うのがいいなぁって・・・」
 彼女は咳払いをすると、改めて私に向き直り、告げた
「一つだけ、方法があります」
 信じられない彼女の言葉に、私は眼を見開いた
「ほ・・・!」
「本当よ、疑ってもらっては困るわ」
 そんな私の様子に、彼女はもう一度くすりと笑う。私はなんだか恥ずかしくなって、眼を下にそらしたまま疑問を口にする
「だけど・・・そんなこと、どうやって?」
「それ自体はとても簡単なことなの。だけれど、決して途中で投げ出してはいけない。貴女の騒霊としての全てを賭けてもらうわ」
「それで、私はどうなるんですか・・・?」
「貴女は騒霊のまま、今までと同じように過ごしていくことができます。当然、可愛い妹のことを想っていても大丈夫。亡霊になることはないわ」
 今まで通り、今の妹達と暮らしつつ、レイラへの想いも忘れない。今まで当然のように行っていたことが、まるで嘘のように聞こえた
「それで、その方法は!?」
「あらら、慌てないことよ。まずは妖夢からの報告を・・・」
「幽々子様!」
 まるではかったかのようなタイミングで、庭師が部屋の中へと駆け込んでくる。その表情には疲労が見て取れた
「あら・・・随分と早かったのね。説得には時間がかかると思っていたのだけれど・・・」
「それが・・・直接こちらにお出向きになられるとかで」
「・・・えっ?」
 途端に彼女がうろたえ始める。まぁどうしましょうなどと口にしているせいで、まるで慌ててるように見えない。しかし、どうやら彼女にとっては一大事らしく、その表情にはいつもの余裕が消えていた
「えっと・・・幽々子様?」
「妖夢、彼女を外まで案内してあげて? ごめんなさいね、方法はまた明日にちゃんと伝えるから」
 ばたばたと彼女は部屋から出ていく。取り残されるのは私と庭師。漂うのは沈黙
「・・・隠れるつもりね。全く、そんなことしても意味のある相手じゃないのになぁ・・・」
「あのー・・・私はどうすれば?」
 ここに居てはいけない気がしてきたので、早々に立ち去りたい。それを彼女は汲み取ってくれたのか、ため息をつくとすぐに私を案内しようとした
「とりあえず、今日のところはお帰りください。幽々子様もあんな調子ですから」
「はい・・・」
「それと、明日の演奏、楽しみにしてますよ」
 気遣い、と言うわけではないのだろう。彼女はこちらの事情を知らない筈だ。気遣いなどではなくとも、私たちの演奏を楽しみにしてくれている人がいる。私はそんな事が嬉しくなって、自然と微笑んでいた
 明日、再び来るのが少しだけ怖かったけれど、今の私に迷いはなかった

「ただいまー・・・」
「姉さん遅―い!」
 帰ったとたんにリリカから小言をいただく。いたっていつもどおりな我が家に、私は安心を覚えた
 まさか自分が騒霊から亡霊になろうとしてるだなんて、思ってもいないだろうからなぁー・・・
「悪い悪い・・・ちょっと香霖堂へね」
「香霖堂でよくここまで時間つぶせるね・・・私には無理だよ。それで、楽器の調子はどうだって?」
「問題ないわ。明日の演奏はばっちりよ」
 嘘ではない、楽器に問題はなかったのだ。問題があるのは私の方で・・・
「姉さん・・・顔色悪いよ?」
 気が付くと、リリカが私の顔色をうかがっていた。いけない、迷いを表に出しては妹達に心配をかける
「私ならだいじょ・・・」
「まぁ、ルナ姉なら大丈夫だよね。繊細な私とは違うもんねー」
「ちょっと待て、それは聞き捨てならん」
 私がリリカを掴みにかかると、彼女はその身をひらりと翻して逃げて行った。おのれ、乙女の気持ちを踏みにじるか
「リリカ、待ちなさい!」
「あら姉さん、鬼ごっこ?」
「メルランは入ってこなくていい!」
 逃げ回るリリカと、私を追いかけてくるメルラン。決して広くはない屋敷の中が笑い声で満ちるのに、それほど時間は要らなかった。そうだ、レイラはこれを望んでいたんだ。だったら、私がそれを壊すわけにはいかない
「全く・・・どうして騒霊同士で騒がなきゃならないのよ」
「あら、騒霊はいつでも騒がしくなくちゃだわ~」
「そう思うならそんな必死に追いかけてこないでよね・・・」
 疲れ果てた私とリリカはその場にへたり込む。メルランだけが元気そうに私達の周りをくるくる回っていた
 大丈夫、明日の演奏もうまくいく。私は心のどこかにあった不安がなくなったことを確信した。それはまぎれもなく、ここにいる妹達のおかげであることも
「よーし・・・明日のライブも成功させるわよ!」
「リリカ、そう言うことは長女の私に言わせなさい・・・」
「ライブだとリリカが一番目立たないものねぇ~」
 明日がくるのが、心なしか待ち遠しかった


「・・・・・・・・・」
 ヴァイオリンをそっと奏でる。やはり、思う通りの音は出てこない。それでも、音を外してしまうようなことはなく、奏でることはできている。大丈夫、今日の演奏もうまくいく
「レイラ・・・」
 そっと、彼女へと届くように音を奏でる。それは決して彼女には届かない音、彼女には伝わらない音
「・・・駄目だな、今は演奏会のことだけを考えないと」
 私はヴァイオリンを手放すと、妹達を起こしにかかった。私は先に白玉楼に向かうから、と告げて先に屋敷を出る。早くあの亡霊姫の所へ向かわなければ。演奏会までに私の音色を取り戻そう

「・・・それだけ、ですか?」
「あら、簡単に言って見せるのね? 絶対に手を抜いてはいけないのよ?」
 白玉楼。昨日と同じ客間で、私は彼女から騒霊のままで居られる方法を聞いていた。その方法は、私からすれば至って簡単なことのように思えた
『今日の演奏を、貴女の全身全霊をかけて行いなさい』
「私はただの騒霊ですが、演奏家としては誇りがあります。待ち望んでいる客がいる前で、手を抜くような真似はしません」
 言われるまでもなく、私は常に今までの演奏を全身全霊で行ってきた。そこには私の、私達の誇りがあるからだ。プリズムリバーとしての、誇りが
「・・・どうやら要らない杞憂だったみたいね。それなら言うことはないわ、冥界の住人たちを楽しませてあげてちょうだい。もちろん、私と妖夢もね」
 彼女はそう言って嬉しそうに笑った。あの庭師と同じように彼女も私達の演奏を楽しみにしてくれているのだと知り、私は微笑んだ
「言われるまでもありません。プリズムリバー楽団の演奏、どうか存分に楽しんでください」

 開演。音合わせでは、うまくごまかす事が出来たけど、やはり音色は元通りとは程遠い。それでも、この子はまだ私に従ってくれている。なら、やることはいつもと同じだ。全身全霊をかけて、演奏するだけだ
 今日も今日とて、白玉楼は超満員だった。幽霊を員とくくることが出来るのかどうかは、定かではないけれども。しかし、どちらにせよ、こんなにもたくさん人が私達の演奏を楽しみにしてくれたのは事実だ
「みんなー! 今日は私達の演奏会に集まってくれてありがとうー!」
 リリカがいつもの調子で愛想を振りまく。私にはああいった真似が出来ないから、ああいったところには感心してしまう
「私たちは最後まで頑張るから、応援をよろしくね~!」
 負けじとメルランも声を張り上げる。二人の放った声に、幽霊たち次第にボルテージを上げていく。このままでは、とてもではないが演奏を始められない
 そのために、私が声を上げる
「それでは!」
 ざわついていた幽霊たちが、私の声に動きを止める。落ち着け、幽霊たち。本当の騒ぎはこれからだ
「プリズムリバー楽団の演奏! 楽しんでいってください!」
 幽霊たちから歓声があがる。それを合図に、私たちは演奏を開始する
 さぁ、最高のステージの幕開けだ――!


 気づけば、汗が次から次へと流れていた。周囲を冷たい霊たちが囲んでいるにもかかわらず、私達の熱気は収まらない。熱い。熱いから、奏でる。奏でるから、熱い
「ふぅ・・・っ!」
「えーっと・・・! 次が最後の曲になりまーす!」
 演じる事数時間。会場の熱気は最高潮に達していた。リリカが予定通り、最後の曲目を観客たちに伝える。私は何の気なしに観客たちを見渡していた
 どこかで見たような顔もちらほら伺えて、私はそれが嬉しくなった。約束通り、香霖堂の店主も来ているようだ。他にも、白玉楼の庭師や、亡霊姫。さらには閻魔の姿も――
 ――閻魔の、姿?
「なんで閻魔がここに・・・?」
 間違いない。彼女は四季映姫ヤマザナドゥ――幻想郷の死者を裁く閻魔である。彼女は仕事が忙しいと聞いたが、どうしてここに――
「・・・・・・?」
 なんだか、変な感じを覚える。彼女に寄り添うようにして漂っている霊に、どこか懐かしい感じがする様な――
「あ――」
『大切なのはわかるけれど、いつかは手放さなければならないものなのよ』
『貴女の騒霊としての全てを賭けてもらうわ』
『今日の演奏を、貴女の全身全霊をかけて行いなさい』
 そうか、そう言うことだったのか――
「ちょっとルナ姉・・・!」
「姉さん? 大丈夫?」
 気づけば、妹達が私に心配そうな顔を向けていた。私は我に返ると、妹達に頷いて見せる
「大丈夫、いくわよ」
 私が大丈夫だと肌で感じ取ったのか、妹達はそれ以上の追及をせずに観客たちへと向き直る。リリカが最後の曲と知り消沈する霊たちに声をかけていく
「大丈夫大丈夫! 私たちは騒霊なんだからさ!」
「最後まで楽しんでくれたら、おまけでもう1曲追加しちゃうかもしれないわ~!」
 そうか、そうだったんだ
 私の未練とは、レイラと楽しい時間を過ごせなかったことじゃない
「だから、最後まで盛り上がってよね!」
「私達も最後まで頑張るわよ~!」
 私の未練とは、レイラに私達の音色を届けられなかったことなんだ――
 それを知って、幽々子様は――
「それじゃ、最後の曲いくわよ!」
 私は様々な想いを振り切って、声を張り上げた
 今は最高のステージの上! 今は最高の演奏をしよう!
「「「大合葬!プリズムコンチェルト!」」」
 最後の曲が、始まった――

「――不思議な旋律ですね」
 幻想郷の閻魔。四季映姫ヤマザナドゥは初めて聞く旋律にほんの少し心を躍らせた。もっとも、本人はその事実を否定するだろうが
「あら、閻魔さまは彼女たちの演奏を聞いたことがなかったかしら?」
「噂は聞いたことがありましたが・・・まさかここまで盛り上がるものだとは」
 全く、揃いも揃ってだらしがない。私は声を張り上げそうになるのを必死でこらえる。霊達に娯楽があることは、何も悪いことではないだろう。ほんの少し、それに夢中になりすぎている感はあるが
「それにしても・・・無茶を言うものですね。誰某の霊を連れてきてほしいだなんて」
「無茶じゃなかったでしょう? 現に彼女の霊はこうしてここにいるんだもの」
「転生待ちだからよかったものの・・・すでに現界していたらどうするつもりだったんですか?」
「それだとつじつまが合わないのよ。この子が既に転生しているのであれば、あの子が未練を抱くはずなんてないわ。なにしろ、相手は既に別の人生を歩んでいるんですもの。それでは抱く相手が存在しないことになってしまう」
 ・・・まぁ、そこまで分かっての行動なら、今回は不問にしておくか。どちらにせよ、冥界を治めている彼女の頼みは出来るだけ聞いておかないとまずい。もし冥界の統治を投げ出されたら、こちらとしてはたまったものではない
「でも人が悪いわ・・・。まさか直接こっちにくるだなんて・・・」
「たまには怠けていないかどうかを見に来なければいけないですからね」
「お陰様で心臓が止まるかと思ったわ~」
「貴女、すでに止まってるわよ・・・」
 相変わらずの態度に、私は肩をすくめる。それにしても、たかが一騒霊のために閻魔に直訴してくるとは、随分と高く買われているものだ。私はもう一度だけ彼女――ルナサ・プリズムリバーを見やった
「とにかく・・・これで貸し1ですからね」
「あら、それはおかしいわ? こんなにも素敵な演奏を聞かせてあげたじゃないの~」
「貴女と言う人は・・・! それで帳消しになるとでも思ってるの?」
 私は思わず語気を強めて彼女に迫る。だが、彼女は少しも臆することなく答えた
「思ってるわ。誰かの為に必死になって奏でる音が、無価値なはずがないもの」
「・・・なかなか言いますね」
 どうやら、嘘偽りではないらしい。彼女は本気でこの演奏に冥界の理を崩すだけの価値があったと言っている。でも、そう言われてみれば確かに――
「――まぁ、今回は不問です。私も冥界の監視という名目で、臨時に休暇が取れましたからね」
「あら、やっぱり貸し借りはなしじゃない」
 くすくすと笑う彼女を無視して、私は演奏に耳を傾ける
 全く、大したものだ。冥界の亡霊姫も、幻想郷の閻魔でさえも、その演奏で魅了してしまったのだから
 私は彼女たちの演奏を心に刻みこむことに決めた。少なくとも、それだけの価値が、彼女たちの演奏にはあった

「みんなー! 今日は本当にありがとうー!」
「私達も最高に楽しかったわ~!」
 全ての演目が終わって、会場は一気に熱が冷めていく・・・わけもなく。会場の熱は未だに収まることなく、とてもではないが終えられる雰囲気ではなかった
 と、その時だ。私達が重要な事実に気づいたのは
「ルナ姉・・・どうしよう」
「あぁ、迂闊だった・・・」
 アンコールの曲目など、すっかり決める事を忘れていた
 アンコールが待っていることは、もはや先ほどの発言から明らかである。今更アンコールもなしに引っ込むことなんてできやしない。そんなものは、全身全霊の演奏とは言えない
 と、私の視界に再び閻魔が映る。自然と、そこに漂っている霊の姿も
 あぁ、そこにいるのか、レイラ
 声を上げそうになるのをこらえる代わりに、私はアンコールの曲目を思いつく。しかし、この曲は・・・
「メルラン、リリカ。ごめん、少しだけわがままを言わせてもらっていいかな?」
「え? なぁに、姉さん?」
「ルナ姉がわがままとは珍しい」
「うん、実は――」
 私は既に覚悟が出来ていた。大切なものを手放す用意が出来ていた。騒霊としての全てを賭ける用意が出来ていた。全身全霊で、最後までやりとおす覚悟が出来ていた
 終わらせよう、私の未練を――

 急に楽器を片づけ始めるメルランとリリカの姿に、霊達は動揺を隠せなかった。どよめきが広がっていき、それはステージに残った一人へのブーイングに近い何かとなってステージを埋め尽くす
 ステージにひとり残った、ルナサ・プリズムリバーへと
「今日は私達の演奏を聴いてくれてありがとう!」
 突然大声を張り上げたルナサに、霊達が騒ぐのをやめる。彼女はまだ、楽器をしまっていない。彼女が誇らしげに構えたヴァイオリンが、まだ終わりではないことを告げていた
「どうやらみんなさっきの演奏で逆にヒートアップしちゃったみたいだから、その熱気に応えたいと思います。・・・最後は私一人のソロになっちゃうけど、どうか我儘を聞くと思って我慢してください」
 ルナサの行動に、幽々子と映姫は顔を見合わせる。間違いない、彼女はレイラのためにあの場所に立っている。レイラのための演奏をするつもりだ
「今日はどうやら特別なお客さまもいらっしゃるようなので、趣向を凝らして静かな曲で締めたいと思う。みんなが気に入ってくれるかどうかが不安だけど、精一杯やるから、最後まで聞いてほしい」
 いつの間にか、霊達からざわめきはすっかり消えていた。それはきっと、ステージに立つ彼女の表情が、どこまでも真剣だったからだろう。これから素晴らしい演奏をしてくれると、誰もが信じられるだけの表情で、彼女はその舞台に立っていた
「これから奏でる曲は、プリズムリバー楽団の曲じゃない。私たちが騒霊として、初めて作った、プリズムリバーの曲だ。だから、ほんの少し古臭い感じがするかもしれない」
 彼女はヴァイオリンを奏でると、その曲目を告げにかかる。いつまでも、誰もの心に残るように

 メルラン、リリカ、そしてレイラ。この曲を奏でるのは、きっと最初で最後になると思う。きっと私はこれで、未練を無くすことが出来るから。レイラへと想いを伝える事が出来るから。だから、今だけはこの曲を――
「Melodious Good-bye」




「姉さんってば!」
「うわっ! そんな声を出さなくても聞こえてるってばー・・・!」
「あ、聞いてたんだ? ごめん、糸目だったから分からなかった」
 あの演奏から1ヶ月。私はすっかり元の調子を取り戻していた。だと言うのに、この妹は・・・
「わざとのくせに白々しい・・・」
「あは、わかってるんなら本当に聞いてたみたいだね。いやぁ、手強い姉さんが帰ってきてリリカ嬉しいなぁ」
「だめよリリカ~。姉さんをあまり苛めたらまた前みたいに戻ってしまうわ~」
「心配してくれるのは嬉しいんだけど、私は苛められるほど姉の威厳がないんだろうか・・・」
「「それはもちろん」」
 見事なデュオを聞かされ、私の心は完全にくじけた。マイハートブレイク。言い返す気力もわかない
 結局のところ、あれ以来劇的に何かが起こったと言うわけではない。ましてや、元々それほどに困っていなかったのだから、解決したのだかしていないのだかも曖昧だ
 だけど、確実に分かることがある。それは、レイラは既に私たちの及ぶところには居ないと言うこと。そして、いつでも近くに居続けると言うことだ
「ちょっと紅魔館へカリスマを取り返しに行ってくるわ」
「姉さん! それは自殺行為よ!」
「ちょっルナ姉! いくらなんでもそれは洒落になってないってば!」
「いや、普通に演奏会の打ち合わせに行くだけだけどね」
 だって、そうだろう?
 私たちは、こんなにも騒がしい毎日を送っている
 まるで、四人分の想いを三等分したかのように、騒がしい
「なら私達も行くってば! ほら、したくするよメル姉!」
「あらら、リリカはせっかちねぇ~」
「全く・・・。お前たちが来ると話がややこしくなるからなぁ・・・」
 明るくて、危なっかしくて、いつも世話を焼かせる妹
 お調子もので、計算高くで、いつも頭を悩ませる妹
 寂しくて、私たちを想い、誰よりも騒がしいのが好きな妹
 みんな私の家族だから――
「ほらほら、このままじゃ私が一番乗りよ~?」
「メル姉飛ばしすぎだって!」
「全く・・・お前ら一回張り倒すぞ!」
 私たちは今日も、騒がしい毎日を過ごしている



 今だけは、このさよならを――


――End
 独白
 人は寂しいから騒ぐのではない 騒ぎたいから騒ぐのだ
 本当に寂しいのは、騒いだ後だと 誰もが知っているから

 ルナサが好きです。理由はわかりません
 好きなキャラで、ついでにあまり人気のないキャラと言ったらルナサでした
 よし、書いてみよう とは思ったんだけど まさかこんなシリアスるとは・・・

 書き始めてから5時間も経ってないのは驚異 勢いってすげぇ

 08’06/08
DawN
http://plaza.rakuten.co.jp/DawnofeasterN/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.290簡易評価
1.90煉獄削除
私もルナサが好きです。 良い話でした。
ルナサのレイラに対しての気持ち、妹たちへの想い。
とても良かったです。