序
八目鰻の屋台へと足繁く通った頃。若かりしころは、冒険心というか、何か人と違うものに魅了というか、そういうものが魅力的なものなのだと感じていた気がする。
それが過ちであり、今、私がこうして筆を取っていることが正しいことなのだということは言うに及ばず。ここに軌轍として、私の青臭き道程を記す。
◆
壱
初めて夜雀と会った日は、一体どんな日だったろうか、とてもとても暑い、日が地面を焼き尽くさんとばかりに照り付けている日ことだったように思う。
私がいつものように一人遊びをしていると(私は名主の息子であるが、あまり交友関係は広くなかったのだ)どこからか酷く擦れた、助けを求める声が耳に入った。私に友人がいない理由というのは性格が一役買っており、厄介ごとを避けるというか、他人と関わることを億劫がる節があった。初めは当然、その言葉を無視しようとしたのだが、単なる気紛れかそれともまた別の感情が働いたのか。その辺の感情の機微は当時の私に聞かなくてはわからないのだが、兎に角、私はその声の主を探した。
案外、というのも可笑しいのだが、青々と茂った草むらの影に、声の主である「彼女」は見つかった。一目でわかる、妖怪だ。小豆色の服を着た、羽の生えた鳥の化け物。「彼女」は私を視認すると、どこか諦めたような空気を漂わせながら、白い歯を見せ笑った。
「こんにちは」
私の言葉が意外だったのだろう、「彼女」は目をまん丸にして、もごもごと口を動かしてから声を紡いだ。
「こんにちは」
言い合ってから、私たちは奇妙な空気とこみ上げる可笑しさにケタケタと笑い声をあげた。
「名前は?」
「ミスティア。ミスティア・ローレライ」
「いい名前だと思う」
今となれば、女性を口説くときにはもう少し舌が回るはずだが、細君へとそのようなことを話せば、寡黙なほうが女性には受けるのですよと窘められた。結局、私は気の効いた一言もミスティアにかけられず、所在なさげに目線を泳がせた。
「あのさ」
「……ん?」
わざとぶっきらぼうに返事をすると、ミスティアは困ったような目で一言呟くのだ。
「罠、外してくれないかな」
「あ……」
頭をかく彼女に、私は頬を赤らめた。奇妙な話である。罠にかかった妖怪に対し挨拶をし、名前を聞く。それだけでも十分に可笑しいというのに、妖怪はその間、ずっと罠にかかったままだったのだ。
ミィンミィンと、蝉が静寂な森から怒鳴りたてるのを聞きながら、私は珠のような汗を垂らして罠と格闘した。
いわゆるトラバサミは、ミスティアのふくらはぎへと痛々しいほどに食い込んでいて、じんわりと赤黒い血が滲んでいた。この罠がもしも外れなかったらどうなるか。
私の知る限りでは、こういった罠にかかった間抜けな妖怪は、ある程度痛い目にあわされてからまた野へと帰される。要するに、妖怪たちへの牽制材料として使われたのだった。もちろん博麗の巫女のような妖怪退治の専門家も存在するには存在するのだが、すべてそのようなものへと頼ろうとはせずに、自衛手段も講じていたのだ。
トラバサミに取り掛かって数十分。悪戦苦闘、まさにその言葉が似合うだろう。手に食い込むほどに金具を引っ張り、押し、捻る。赤みを帯びた指先と、ジンジンと伝う鈍痛が涙が出るぐらいに辛かった。次第に、妖精たちがふわふわ寄ってきて周囲をくるくる回り、何かをするわけでもなく笑う。私はその態度に大層嫌気がさし、ますます押し黙って金具を弄くった。
突如、背から伝わる寒気(風邪のようにゾクリと震える悪寒の類ではなく、もっと肉体的な寒さである)私が驚き振り向くと、当時の私の胸ほどしかない(大体、120cmほど)氷精が、苛立たしげに私を睨みつけていた。この暑さに参っていた私は、失礼ながらも、氷精から漂う寒気で束の間の安息に浸ったのだが、残念ながら氷精は私に対して友好的ではなかった。空の色のように爽やかに見える彼女は、どうやらそれとは対照的に攻撃的なようで、頬を激情に染めていた。
「ミスティアをいじめるな!」
「チ、チルノ……」
当の本人は、チルノと呼ばれた氷精の言葉に戸惑っているようだった。刺激しないようトラバサミから手を離すと、突き飛ばさんばかりに駆け寄ってきたので、ふっと一歩身を引く。大丈夫かと、痛くはないかとしきりに問いかける姿に、私は一抹の寂しさのようなものを感じた。妖怪と人間とのセンチメンタルな距離感と言うべきか、私を明らかに敵とみなした氷精がむしろ、この世界では正しい姿だということに。
くっつくほどに顔を近づけるチルノへと、呆れながらも順繰りに説明をするミスティア。私は何も手を加えていない、それどころかむしろ助けようとしていたということを知ると、彼女は押し黙って金具を外しにかかった。凍らせて見たり引っ張ってみたりはするけれど、トラバサミは足に食いついたまま離れようとはしない。それどころか、グイグイと動かすたびに、ミスティアの表情が苦痛に歪むのだった。見てはいられない、そう思うのだが、私もついさっきまでまったく同じことをしていたのだから口出しもできない。むしろ、痛みを与えていることに気づくことができなかったことに自責の念を抱えるばかりで、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
しばらく格闘し、お手上げとばかりに地団駄を踏むチルノ。このまま罠にかかっているのが大人に見つかれば、きっとミスティアは袋叩きにされてしまうだろう。冷えた空気で、火照った頭を冷静に回す。何のこともない、家から工具を持ち出して、金具を外してしまえばいいのだ。こんな単純なことに気づけなかったのは、この暑さが私の判断力を奪いさっていたことと、ミスティア・ローレライに、私の心がユラユラ揺らされていたからである。
「工具を、持って来る」
ポツンと、彼女らに声をかける。チルノのほうは目を丸くしていたが、ミスティアは柔らかく私に微笑んだ。
「ごめん、お願い」
それだけで、当時の私は満たされた。
◇◆
「あなた、お茶がはいりましたよ」
「ん、ああ」
原稿用紙に向かっていた私に、細君が茶と饅頭の差し入れをもってきた。湯気立つ熱い番茶を一口啜り、隣で立っている細君を見やる。
「何を書いていらしたのですか?」
「上白沢先生に頼まれて、私小説をだね」
「さいですか」
得心したように頷くと、そのまま盆を提げて書斎を出て行く。私とミスティアの間にあったことというのは細君も承知している。結婚してからもう10年にもなるか、時折夫婦の会話にも、当時の思い出話というのをしみじみと語り合う。私の、いや、私とミスティア・ローレライを含めた妖怪との思い出を。
饅頭を口に運び、ぷかりと思考を浮かべる。壊れていく関係をもう一度歩みなおすというのは、少し辛いものがあるのだが。
◆
弐
私とミスティアの交流というのは、あの夏の日からも続いていた。日が傾く時間帯になると、私は里から少し離れた切り株で座り、ミスティアが来るのを待つというのが日課となっていた。彼女はそこへ来るときもあったし、こないときもあった。私も用事があればそこへは行かなかったし、事前に伝えることもなかった。それを許容できるだけの緩い空気が私たちの間には流れていた。時折彼女は友人を連れてきたが、私はついぞ一度も、誰かを連れて切り株には行かなかった。
切り株でするという会話というのは大抵くだらないことで、辺りが完全に暗くなるころにはお開きになる、逢引というにもそれは短すぎる時間だったし、薄い内容でもあった。私はそれを公言するということもなかったが、隠そうともしなかった。妖怪と仲の良い人間というのは珍しいにせよ、そこまで異質なものでもない。
家族も私の奇行を咎めるつもりはないようだった。それは私が次男であり、家督を継ぐ予定がその時点では皆無だったということもあるだろう。兄は体が弱かったが聡明で、大病をしない限り家は安泰であろうと、誰もが思っていた。
私とミスティアの、不思議な関係が、数年続いたころだった。私は少年というには余る年齢にまで達し、嫁を貰っていてもおかしくはない青年に。しかし相変わらず、ミスティアは少女のまま、彼女の友人たち(妖怪を人と言うのも変な話だが、人と変わらない姿をしている)もずっと変わらないままだった。
そんな折である、いつものように私が切り株で待っていると、ミスティアは屋台を引いてそこへと現れた。
前から八目鰻を売る屋台をしているとは聞いていたが、こうして引いている姿を見るのは初めてだったので、その時は思わずたじろいでしまった。
「驚いた?」
「うん、そりゃ」
ニッコリと微笑むと、彼女は屋台の設営に入った。手伝おうと腰を浮かせたのだが、彼女の設営は傍目から見る分にも相当に手馴れていて、素人の私が手を加えれば余計な手間がかかるということは明確だった。
ふがいないことに、準備が済むまでに私ができたことは、彼女の手際に感心しながら切り株に腰を掛けているだけだった。
「よし、できた」
満足気に、彼女は宙に向かって微笑む。私はその横顔に、どこか安息のようなものを感じていた。この時期私は、嫁を取れどこそこの娘との見合いがどうたらと、そういった重圧ばかりかけられていた。のらりくらりとその場はなんとかかわしてはいるのだが、それに屈すれば……。きっと私は、この場に座ることはできなくなるだろう。いつかは訪れるであろうそのときのことを思い、私は今を噛み締める。ほんのりと、甘い味がした。
「きなよ、今日一番最初のお客さんは君だよ」
屋台から身を乗り出して、私へ声をかけるミスティア。酒瓶を持っているところを見ると、私に飲ませるつもりらしい。幻想郷では十を過ぎれば酒を嗜むものも多い。しかし私はいわゆる下戸の部類であり、そんなことでこの先やっていけるのかと父や兄によくからかわれていたものだ。
落ち着きなく屋台に座ると、すっとコップが差し出され、そこへ酒がなみなみと注がれる。目で飲めないことをアピールするのだが、どうやら飲むまで許してはくれないようだった。観念して、どうせならと一息に飲み干す。冷たいはずなのに、熱いものが嚥下され、すぐに体が火照った。
「おめでとう、これであんたも一人前の男だね」
彼女はそういって柔和な笑みを見せ、八目鰻を掻っ捌く。
「今日は私の奢り、次からはちゃんと代金払ってね」
正直なところを言えば、私はこの日あったことをよく覚えてはいない。たった一杯の酒で酔いが回り、ぽわぽわとした気分で、集まってきた妖怪と会話をしたことは覚えている。
その日、夜の帳も降りきった頃に家路につくと、母にこっぴどく叱られた。
こんな時間までどこへ行っていたのかと、またあの妖怪のところかと、名家の息子である自覚はあるのかと。
正直言って、私はこの言葉には疑問符をつけざるをえない。
この狭い幻想郷。序列やしきたりを重視することは、愚行に過ぎないのではないかと。
もっとも、亡くなってからそんなことを言っても、どうしようも無いのだが。
◆
伍
肺を病む。
私が二十歳に達しようかというとき、母と兄が、肺を病んだ。
当時、この労咳にかかるということは、すなわち死であった。
いや、その認識は当時としても誤っているといわざるをえない。
竹林に突如現れた、永遠亭という屋敷には、腕のいい薬師がいる。彼女が現れてからというもの、この労咳は不治の病とは呼べなくなった。兄や母が肺を病んだときも、永遠亭は既に存在し、認知されていた。その永遠亭に掛からなければ、不治の病であったのだ。
いわば座敷牢とも言うべき場所に隔離された母と兄。決まっていた婚約が破棄され、陽の目を見ることが許されなくなった兄。そうなると誰に白羽の矢が立つか。当然私である。今まで自由に振舞っていた私の足には、家というトラバサミが深く肉を裂いて食いつくこととなる。
私は父へと何度も直訴した。なぜ永遠亭の薬師に掛からないのか、町医者の、効きもしない薬草に頼るのかと。その度に、やれ面子がどうの。どこの馬の骨とも知れぬものに労咳が治せるわけがないと。ならば、なぜ結核は不治の病ではなくなった。私は今でも、無理やりにでも永遠亭に駆け込んでいればよかったと悔やむときがある。父の古い考えが母と兄を殺した。父には逆らえなかった臆病が、母と兄を殺したのだ。結局、死者はほんの僅か。その大半が、永遠亭に掛からぬという選択をしたものたちだった。
しばらくして母が焼かれた。密葬だった。
またしばらくして、兄が焼かれた。やはり、外には報せぬ密葬だった。
しとしとと雨の降る、梅雨の頃だった。
兄の死に際して、私は漠然とこのようなことを考えていた。ああ、私が家督を継ぐことになるのか。もう以前のように切り株へ座ることもできなくなってしまう、と。誤解ないよう書いておくが、家族の死にたいしては心から涙を流した。家の中は灯りを落としたように暗くなり、父も塞ぎ込んで部屋からあまり出てこなくなった。
満月が昇った次の日の昼下がり、私の恩師でもある上白沢先生が屋敷を訪ねてきた。彼女の連れは、当時面識はなかったが、藤原妹紅という竹林に住んでいる忍者の末裔とも噂される方だということは知っていた。
彼女らは下女が案内し、どうやら客間で父と話をしていたらしい。というのも私はそのとき本を読んでいて、その場には立ち会ってはいなかったからである。疎ましい曇り空を睨んでから、面白みも無い書籍へと目を落としているとき、突然怒号が響いた。
「なぜ永遠亭に行かなかった」
「よせ、慧音」
先生の声のあと、激昂した窘めるような声が聞こえた。父が何も言わないところを思うに、母と兄の死の一端は、自らが担ったということを自覚しているからに違いない。その後も、先生の父を咎める言葉が続いた。途中からは上手く言葉を紡げずに、くぐもった声で。時折すすり泣くような声も漏れてきたが、それを藤原妹紅は優しく宥めているようだった。
いつのまにか私は、ピッタリと襖に耳をつけていた。
立ち聞きとはこれまた趣味が悪い、そうは思うのだが、これは人としての性と言わざるをえないのではないだろうか。自己正当化を済ませ、私はそっとその場を離れた。
居心地悪い家にいるよりも、ぶらりと里の中を散歩したほうが気分も晴れるというものだ。散歩するというときに、このどんよりとした曇り空というのは至極残念なのだが、ごちったところで急に晴れるわけでもあるまい。厭世気分でいたところで、世の中が急に良くなるわけでもあるまい。
屋敷を出て数分、ゴロゴロと喉を鳴らし顔を洗う猫を見かけた。もうすぐ一雨くるかもしれない。傘を持ってこなかったことに小さな後悔を覚えながらも、雨に打たれるのもまた一興だと思いなおした。
母と兄を病で亡くしているというのに、この危機感のなさは滑稽だと思う。風邪だって、こじらせれば命に関わるというのに。自嘲しながらとぼとぼと道を歩むうち、私はふと、この感情の正体に気づいた。冷たい雨を求めたのは、ズタズタに体中を引き裂いてもらいたいという気持ちの表れ、自らを切り刻むための道具を求めたに過ぎない――それは家だとか父だとか、権威に逆らうことのできなかった哀れな自分を慰めるために。
私の気持ちを受け取ったか、空は突然表情を変え、車軸を流すような雨が容赦なく叩きつけた。
傘を開き、悠々と歩く人。頭の上に荷物を掲げて駆けて行く人、屋根のあるところでやれやれ安心、ここでしばらく雨宿りと、雑談に花を咲かせる男女。
私はというと、目を瞑り、その場でしばらく雨に打たれていた。雨が、陰鬱な気持ちまですべて押し流してくれればいいのに。
「何してるの?」
声のほうへと目を向けると、割烹着を来たミスティアが傘を差して立っていた。提げている籠を見ると、醤油やみりんが入っていた。どうやら屋台の買出しに里へ来ていたようだ。(今でもこうして買い物をしているミスティアを、里で見ることがある)
「泣いてるの?」
雨でずぶ濡れになっているのに、泣いているか泣いていないか判断できるわけがない。そういった表情を読み取られたのだろう、ミスティアはまるで慈母のような笑みを見せた。
「悲しいことが、あったんだね」
堪え切れず、私は膝を折って地面に突っ伏し、おいおい声を放って泣いた。いったい何が悲しかったのか、それが未だにわからない。家族が死んだことか、自分が抱えるしがらみか、これから起こる、別れを思ってか。
その日以降、ミスティアの屋台へ通う回数が極端に減った。母と兄が病む前は、それこそ暇な夜は顔を出していたものだが今はそうではない。一挙に二人を亡くして以来、父は急に老け込んだ。そしてさっさと隠居をしたいらしく、縁談をそれこそ毎日3件は持ってこようとした。前はそれこそのらりくらりとかわすことができたが、そうできなくなるのも時間の問題だった。
この日私は、久しぶりに切り株の前に立つことができた。いつも通り、日の傾く頃に現れるミスティアと、彼女の友人であり、何度か相席をしたことがある因幡てゐ。私の姿を見つけると、彼女らは心底嬉しそうに、私へと微笑んでくれた。
屋台の設営を始めるミスティアと、それを眺める私と因幡てゐ。
「ねえ、ミスティアのことどう思う?」
「え?」
せっせと働くミスティアを見て、その問いについて考え込む。
「答えは出ないと思うよ、ミスティアは妖怪。それに、あんたは旧家の人間」
「……」
ミスティアをどう思うか。私はミスティア・ローレライに惹かれている、遠いあの夏の日から。それは紛れもない事実だった。しかし、放蕩ができた次男坊では私はもうないのだ。今は、家督を継ぐことが決まっている身。いくら思いを焦がしても、それが叶うことなど、ない。
憐れみの篭った目で私を見る少女。答えなど、ない。私にできるのは、綺麗にこの関係を壊すことだけなのだから。
「うん、それでいいんだ。終わりぐらい、綺麗にね。始まったときみたいに。私は幸運を授ける兎、あんたに幸せが訪れるといいね」
「できたよー、ふたりとも早くー」
私たちが席へと座ると、彼女は上機嫌に歌いながら鰻を焼きだした。
「ミスティア」
私が話を振ろうとすると、その言葉を遮ってミスティアはどこか懐かしむような目をしながら話を始めた。
「私ってさー、あんまし頭がよくないじゃない」
そう言って、言葉を一拍置く。
「だから、いっつも、このノートに日記を書いてるんだ、どこそこで何があったかって」
そういって、ノートを何冊もまとめて取り出すミスティア。はじめの一冊とおぼしきノートは時間の経過ゆえか酷く薄汚れていた。
「あの日、何があったかとか、どういう話をしたかとか。たまーに読み返さないと、すぐにぼんやりしてきちゃうんだよね」
歌うように彼女は続けた。
「私、馬鹿だからさ、いつかは人間にもなれるんじゃないかっていう夢を見ちゃった」
トクトクと、いつもは注がない酒を注ぎ、コップを私と因幡てゐの前へと差し出す。
「八雲紫が、その声を引き換えに人間にしてくれるーだなんていってさー、そんなのもちろん嘘なんだけど」
「私、その嘘信じ込んじゃったりして、嬉しくなって」
「私、馬鹿だから、妖怪なのに、人間とずーっと仲良くできるって思いこんでた」
「紫から聞いたの、ダメなんだって、妖怪と人間が結ばれたことが過去に例がないわけじゃないけど、それは家を捨てる覚悟がないといけないって。家を継ぐ人にはそんなことできないんだって、とくに偉い人はダメなんだって。それに私って、人間を襲う妖怪だから」
――人間とは、相容れないって。
「それれでも、私ばかだから、ばかだから。夢を見ちゃったの、ずーっとこうやって、屋台で楽しくお話してる夢、私がいて、ルーミアやてゐや、リグルにチルノとか、ううん、人間もいっぱい来てくれて、楽しく、みんなで仲良くできる夢を」
いつのまにか私たちは、ボロボロと大粒の涙を零していた。この場にいる三人の誰もが、不思議な関係の終わりを感じていたから。
◇◆
ここまで書き終えたところで一息つくと、既に陽は昇り、チュンチュンと鳥たちが囀っていた。軽く伸びをして、軽く首を回す。
真っ白だった原稿用紙は、途中抜けているエピソードや、書きなおしの跡が目だってはいるが、大体半分は書き終えることができただろう。この分なら、上白沢先生にも早めに提出することができそうだ。
誤字や脱字がないかと再度見直していくと、あの懐かしき甘い日々が思い起こされた。
あの日、ノートを一緒に焼いてから、私は一度だけ、屋台へと足を運んだ。
妖怪たちは私を暖かく迎え入れてくれ、コップに水を注いで出してくれた。
私たちは会話のひとつも交わさなかったが、それが私たちの正しい形なのだ。
その日以来、私は屋台へと足を運んでいない。
ところで、今も不思議に思うことがある。
ノートを一緒に焼いてから数日後、私は父に言われるがままに見合いの席を持った。そのときの相手が今の細君なのだが。その細君というのは、寺子屋の同期ではあったがそこまで家柄が良いというわけでもない、聡明ではあるが極普通の女性である。なぜ、色々な女性を飛ばして彼女と縁談を持つこととなったのかが今でも疑問でならない。
しかし、妖怪との付き合いがあったと不気味がられていた私にも彼女は怯まず、むしろ、私が交流を持った妖怪たちの話を聞きたがった。また、結婚してからは子宝にも恵まれ、私は今、3人の子供に囲まれている。父も一時は塞ぎこんではいたが、今では孫を追いかけまわす普通のおじいちゃんだ。
要するに、都合が良すぎるほどに、あっさり幸せが手に入ってしまったのだ。
滅多に吸わない紙タバコへと火をつけ、ぷかぁと煙を吐く。
私は今幸せだが、果たしてミスティアは、幸せを掴むことができたのだろうか。
「あら、こんな時間まで書いていたの?」
「ん、ああ」
起きてきた細君へと疲れた笑顔を向け、お茶が欲しいと催促をする。
「はいはい。ところであなた」
「ん?」
「昨日は、夜雀が鳴いていましたね」
「そうさなぁ」
昨夜は静かな夜だった。
しかし、私の胸の内には、今も美しい歌声が響いている。
そしてなによりも乙女なみすちーが良いですね。
きっとみすちーも幸せを手に入れられたよ!
そんな感じ。異種族の壁ってのはやっぱ厚いのかな。
てゐがいぶし銀のような渋さでとてもいい味。
やっぱり伊達に長生きs(杵
やっぱ君は只者ではないな。
仕事中に鼻の奥が熱くなり、危うく不審者になりかけたのでこの点数を。
そういった事をしみじみと感じさせてくれる作品でしたね。
人里にいるのはともかく、そこから外れた迂闊者は食っても良かったような気がする(これ二次設定だっけ?)のですが、それでも妖怪たちが主人公を襲わなかったのはやはり、みすちーとの間にあるものを考慮してなんでしょうか。
ミスチーが好きになってしまうSSですね
個人的に、てゐの立ち位置が上手すぎると思うんだが。
君の意見を聞こう、作者ッ!
でもほんのり幸せになれる作品です。
でも舞姫とは違って、このお話ではきっとみんなしあわせになっているのだろうと、私は信じます
心に響きましたのでこの点数をお受け取りください。
みすちーかわいいよみすちー!
うん、良かった。
乙女なみすちーが良かったっす!
GJ!
久しぶりに、また漱石とか太宰とか読みたくなりました。
感動しました。
どこか寂しくも懐かしくて、暖かな読後感が最高です
ほんと良い作品だなぁ…