※注意書き※
この作品にはオリジナルキャラクターが登場します。
また、東方絵真説-其の二-からの続きとなっています。
その辺りをてらっとご留意の上で、本作をお楽しみください。宜しくお願いします。
お勧めBGM:東方妖々夢より「遠野幻想物語」とかその辺。
-本編-
里の者である村上の婆がまず初めに彼を発見した。
見かけない形で旅道具に似た装備を背負った青年。なんともみすぼらしい格好であった。
「おんやぁ、あんた……旅の者かい?」
村上の婆の問いかけに、青年は暫く物を思う仕草をすると
「いえ、絵描き見習いです」
そう苦笑しながら答えた。
東方絵真説 -其の三-
朝食を食べ終えて再び婆に向き直ると、絵描きは深く頭を下げて謝辞を述べた。
「泊めて貰った上に翌日の朝食までご馳走させて頂き、感謝の言葉もありません」
「外から来た人間にしちゃ、しっかりした坊ちゃんだこと」
照れくさそうにそう言って、村上の婆ははにかんだ笑みを浮かべた。
絵描きはあの後、村上の婆の勧めで彼女の家にご厄介になった。
さらに婆は翌日より、彼の衣食住を整える手伝いもするつもりであるらしく
それは絵描きにとって、まさしく至れり尽くせりといった状況であった。
「本当に何から何までお世話になります」
重ね重ね礼を言う絵描きに対して、婆はにっこりと笑顔を見せる。
「この歳になると、もう暇を持て余してしょうがなくなってしまってねぇ」
「ははは」
絵描きに合わせて笑う婆を見て、彼は一つ理解した。この人は暇つぶしの天才。絶対。
「さて、腹も膨れたんだからしっかり今日は動かないとね」
「働かざる者食うべからず」
「いんや、食って寝ると牛になるだけさや。白沢様がお怒りになるのよ」
婆は絵描きに適当な衣服を貸し与え、彼をそれなりの身なりに変身させた。
その服は婆の息子の着ていた服だという。
「明日にゃ返してもらうからね」
「まずは自分の服を洗濯します」
苦笑しながら自分の服を手に取った絵描きを見て、婆はもう一度、
よく出来た坊やだことと口にした。
人間の里は絵描きの想像していたものより幾分騒がしい所だった。
田舎にある市街といえばおおよそ合うと言えるだろうか、そんな感じの印象を彼は抱く。
朝から人々が賑わい、市場では商いに精を出す声が響き、道の端で子供達の遊ぶ声が渡る。
そこに彼の知る機械の音は存在しなかった。
「ここに居る限り、人間が衣食住に困ることはないさね」
少し得意げに婆が言う。ぽんぽんとやってくる挨拶を返しながら。
「やぁ婆さん。隣の子は新しい孫か何かかい?」
のんびりと開店の準備をしている壮年の男から声を掛けられた。
彼の視線は絵描きを捉えている。その表情は絵描きをいぶかしむというよりも
「こういう事って良くあるんですか?」
面食らったように男が絵描きを見る。その後すぐに彼は気を直すと「ああ」と答えた。
隣で村上の婆はカラカラと笑っていた。
棟梁と話をつけてくる。そう話した婆は続けて絵描きに時間を潰すようにと伝えた。
「さて、これからどうしよう」
思いがけず未知の場所に一人絵描きは放り出される形になったが、
特に気にした様子も無くのんびりと彼は歩き始めた。
きょろきょろと辺りを見回しながら絵描きは歩みを進めていく。
どこか懐かしさを感じる風景だと、彼は思っていた。立ち止まって見つめるにしろ、
歩きながら眺めるにしろ、人間の里という場所に彼の心は刺激を受けずにはいれなかった。
どん、と。何かにぶつかった音がする。うっかり何かを蹴ってしまったようだ。
「あいたたた…」
しかも蹴ってしまったのは人間
「あぁ、すみません。よそ見していて」
訂正。妖怪。しかもこう、もふもふしている類の。
「人の仕事の邪魔をするとはどういう了見だい」
言いつつ立ち上がり、その妖怪は不機嫌そうに絵描きに向き合った。
金毛九尾。
「面目ない」
反省しているという表情を浮かべる絵描きに、妖怪はおやと首を傾げる。
「どこかで会ったか」
「何でまた?」
尋ねる絵描きに妖怪が、いやいや無いなと首を振る。
「おそらく主に会ったのでしょう。ともなればこれもあの方の引き合わせか」
呟いてうんうん頷いている妖怪に、絵描きはなんとも場違いな考えを持っていた。
うん。すごく賢い。
賢い獣の化生であるその妖怪は、礼儀正しく自己紹介をする。
「申し遅れました。私は八雲紫の式にして幻想郷に住まう金毛九尾。八雲藍です」
「つまりあれと、貴方はあのとんでもなさそうでとんでもない妖怪に従っていると」
絵描きの問いに藍はゆっくりと目を細める。よく出来た式である。
「我が主の事を良くご存知な様子で、そんな貴方は何処の何某様なのでしょう?」
絵描きは丁寧に自己紹介を返した。その様子を藍はじっくりとばれない様に観察する。
あぁ、なるほど。
「まったく博麗の巫女と来たら、またこんなどこの馬の骨とも知らない者を招いた訳か」
「そいつがどうして、何か悪い事なのかい?」
八雲の式は懇切丁寧にそして色々と大げさに結界について説明をする。
まったくよく出来た式だ。
「なるほど、要するにあっちとこっちがどっちになるための物なんだな」
「大体合ってる」
丁寧に教えたものがいい加減に纏められるとどこか腹立たしいものがある。
それが意外と的を射ている場合であれば尚更。でも顔には出さない。それが年の功。
その辺に彼女の苦労が窺えた。
「だから人も妖怪もなるべく結界は弄らない様にしているというわけよ」
「考えたものだなぁ」
つまり、この景色は結界のお陰なのだ。それを絵描きは理解する。
絵描きが色々と唸りながら考えている内に、藍はテキパキと作業を進めていった。
その作業もそろそろ終わる頃合、不意に出た絵描きの一言によって藍は動きを止めた。
「あぁ、つまりあの妖怪はあっちとこっちをどっちにも出来るわけだ」
藍はしばらく絵描きを眺め、感心した様子で頷き瞳を細めると、
「大体合ってる」
そう言って仕事を完了した。本当によく出来た式である。
礼を言い藍と別れた辺りで絵描きにお呼びがかかる。
見れば視界の先に婆と大工の棟梁が立っていた。鉢巻腰巻足袋煙管。まさしくソレ。
「よぉ兄ちゃん。あんた絵描きなんだって?」
見習いですと返した絵描きに、いやいや謙遜しなさんなと棟梁は言う。
「見せてもらったぜあんたの絵」
隣で婆がカラカラと笑った。
「あれだけ描けりゃあ十分食べていける段階の絵だって思うぜ?」
棟梁は絵心は分からないがそういう所は分かるのだと、職人らしい言葉を添える。
なるほどこの人は名実共に棟梁だった。多分お酒が好き。
「で、家を建てるって話だが。そいつはバッチリ請け負ったぜ」
……あれ?
「一度、アトリエ付きの家を作ってみたかったんだって棟梁も言ってくれてねぇ」
絵描きの反応を満足げに眺めて婆が言う。それを見た絵描きは、そこで漸く確信した。
「つまり何某かの絵を描けばいいんですね」
婆と棟梁が顔を見合わせ、ニヤリと笑う。里の人情此処に在り。
「アトリエ付きの家なんざ、こちとら作った事が無くってなぁ」
「そりゃとんでもなくハイカラな物なんだろう? だったらこう、要るもんがあるねぇ」
「確か確かに、無いと困るぜ」
「あーあー、困った困った」
示し合わせたかのように言葉を繋ぐ二人に、絵描きは
「畏まりお受けさせて頂きます」
最大限の感謝を込めて、全身全霊で頭を下げた。
「それじゃあ此処は一つ、外の芸術とやらを見せて貰うとするか」
「見習いが生きていける程、甘くは無いからねぇ」
必要なのは全力。それだけを信じて、絵描きはスケッチブックに三枚目の絵を描く。
少しずつ、しかし大きく、彼は殻を破ろうとしていた。
この作品にはオリジナルキャラクターが登場します。
また、東方絵真説-其の二-からの続きとなっています。
その辺りをてらっとご留意の上で、本作をお楽しみください。宜しくお願いします。
お勧めBGM:東方妖々夢より「遠野幻想物語」とかその辺。
-本編-
里の者である村上の婆がまず初めに彼を発見した。
見かけない形で旅道具に似た装備を背負った青年。なんともみすぼらしい格好であった。
「おんやぁ、あんた……旅の者かい?」
村上の婆の問いかけに、青年は暫く物を思う仕草をすると
「いえ、絵描き見習いです」
そう苦笑しながら答えた。
東方絵真説 -其の三-
朝食を食べ終えて再び婆に向き直ると、絵描きは深く頭を下げて謝辞を述べた。
「泊めて貰った上に翌日の朝食までご馳走させて頂き、感謝の言葉もありません」
「外から来た人間にしちゃ、しっかりした坊ちゃんだこと」
照れくさそうにそう言って、村上の婆ははにかんだ笑みを浮かべた。
絵描きはあの後、村上の婆の勧めで彼女の家にご厄介になった。
さらに婆は翌日より、彼の衣食住を整える手伝いもするつもりであるらしく
それは絵描きにとって、まさしく至れり尽くせりといった状況であった。
「本当に何から何までお世話になります」
重ね重ね礼を言う絵描きに対して、婆はにっこりと笑顔を見せる。
「この歳になると、もう暇を持て余してしょうがなくなってしまってねぇ」
「ははは」
絵描きに合わせて笑う婆を見て、彼は一つ理解した。この人は暇つぶしの天才。絶対。
「さて、腹も膨れたんだからしっかり今日は動かないとね」
「働かざる者食うべからず」
「いんや、食って寝ると牛になるだけさや。白沢様がお怒りになるのよ」
婆は絵描きに適当な衣服を貸し与え、彼をそれなりの身なりに変身させた。
その服は婆の息子の着ていた服だという。
「明日にゃ返してもらうからね」
「まずは自分の服を洗濯します」
苦笑しながら自分の服を手に取った絵描きを見て、婆はもう一度、
よく出来た坊やだことと口にした。
人間の里は絵描きの想像していたものより幾分騒がしい所だった。
田舎にある市街といえばおおよそ合うと言えるだろうか、そんな感じの印象を彼は抱く。
朝から人々が賑わい、市場では商いに精を出す声が響き、道の端で子供達の遊ぶ声が渡る。
そこに彼の知る機械の音は存在しなかった。
「ここに居る限り、人間が衣食住に困ることはないさね」
少し得意げに婆が言う。ぽんぽんとやってくる挨拶を返しながら。
「やぁ婆さん。隣の子は新しい孫か何かかい?」
のんびりと開店の準備をしている壮年の男から声を掛けられた。
彼の視線は絵描きを捉えている。その表情は絵描きをいぶかしむというよりも
「こういう事って良くあるんですか?」
面食らったように男が絵描きを見る。その後すぐに彼は気を直すと「ああ」と答えた。
隣で村上の婆はカラカラと笑っていた。
棟梁と話をつけてくる。そう話した婆は続けて絵描きに時間を潰すようにと伝えた。
「さて、これからどうしよう」
思いがけず未知の場所に一人絵描きは放り出される形になったが、
特に気にした様子も無くのんびりと彼は歩き始めた。
きょろきょろと辺りを見回しながら絵描きは歩みを進めていく。
どこか懐かしさを感じる風景だと、彼は思っていた。立ち止まって見つめるにしろ、
歩きながら眺めるにしろ、人間の里という場所に彼の心は刺激を受けずにはいれなかった。
どん、と。何かにぶつかった音がする。うっかり何かを蹴ってしまったようだ。
「あいたたた…」
しかも蹴ってしまったのは人間
「あぁ、すみません。よそ見していて」
訂正。妖怪。しかもこう、もふもふしている類の。
「人の仕事の邪魔をするとはどういう了見だい」
言いつつ立ち上がり、その妖怪は不機嫌そうに絵描きに向き合った。
金毛九尾。
「面目ない」
反省しているという表情を浮かべる絵描きに、妖怪はおやと首を傾げる。
「どこかで会ったか」
「何でまた?」
尋ねる絵描きに妖怪が、いやいや無いなと首を振る。
「おそらく主に会ったのでしょう。ともなればこれもあの方の引き合わせか」
呟いてうんうん頷いている妖怪に、絵描きはなんとも場違いな考えを持っていた。
うん。すごく賢い。
賢い獣の化生であるその妖怪は、礼儀正しく自己紹介をする。
「申し遅れました。私は八雲紫の式にして幻想郷に住まう金毛九尾。八雲藍です」
「つまりあれと、貴方はあのとんでもなさそうでとんでもない妖怪に従っていると」
絵描きの問いに藍はゆっくりと目を細める。よく出来た式である。
「我が主の事を良くご存知な様子で、そんな貴方は何処の何某様なのでしょう?」
絵描きは丁寧に自己紹介を返した。その様子を藍はじっくりとばれない様に観察する。
あぁ、なるほど。
「まったく博麗の巫女と来たら、またこんなどこの馬の骨とも知らない者を招いた訳か」
「そいつがどうして、何か悪い事なのかい?」
八雲の式は懇切丁寧にそして色々と大げさに結界について説明をする。
まったくよく出来た式だ。
「なるほど、要するにあっちとこっちがどっちになるための物なんだな」
「大体合ってる」
丁寧に教えたものがいい加減に纏められるとどこか腹立たしいものがある。
それが意外と的を射ている場合であれば尚更。でも顔には出さない。それが年の功。
その辺に彼女の苦労が窺えた。
「だから人も妖怪もなるべく結界は弄らない様にしているというわけよ」
「考えたものだなぁ」
つまり、この景色は結界のお陰なのだ。それを絵描きは理解する。
絵描きが色々と唸りながら考えている内に、藍はテキパキと作業を進めていった。
その作業もそろそろ終わる頃合、不意に出た絵描きの一言によって藍は動きを止めた。
「あぁ、つまりあの妖怪はあっちとこっちをどっちにも出来るわけだ」
藍はしばらく絵描きを眺め、感心した様子で頷き瞳を細めると、
「大体合ってる」
そう言って仕事を完了した。本当によく出来た式である。
礼を言い藍と別れた辺りで絵描きにお呼びがかかる。
見れば視界の先に婆と大工の棟梁が立っていた。鉢巻腰巻足袋煙管。まさしくソレ。
「よぉ兄ちゃん。あんた絵描きなんだって?」
見習いですと返した絵描きに、いやいや謙遜しなさんなと棟梁は言う。
「見せてもらったぜあんたの絵」
隣で婆がカラカラと笑った。
「あれだけ描けりゃあ十分食べていける段階の絵だって思うぜ?」
棟梁は絵心は分からないがそういう所は分かるのだと、職人らしい言葉を添える。
なるほどこの人は名実共に棟梁だった。多分お酒が好き。
「で、家を建てるって話だが。そいつはバッチリ請け負ったぜ」
……あれ?
「一度、アトリエ付きの家を作ってみたかったんだって棟梁も言ってくれてねぇ」
絵描きの反応を満足げに眺めて婆が言う。それを見た絵描きは、そこで漸く確信した。
「つまり何某かの絵を描けばいいんですね」
婆と棟梁が顔を見合わせ、ニヤリと笑う。里の人情此処に在り。
「アトリエ付きの家なんざ、こちとら作った事が無くってなぁ」
「そりゃとんでもなくハイカラな物なんだろう? だったらこう、要るもんがあるねぇ」
「確か確かに、無いと困るぜ」
「あーあー、困った困った」
示し合わせたかのように言葉を繋ぐ二人に、絵描きは
「畏まりお受けさせて頂きます」
最大限の感謝を込めて、全身全霊で頭を下げた。
「それじゃあ此処は一つ、外の芸術とやらを見せて貰うとするか」
「見習いが生きていける程、甘くは無いからねぇ」
必要なのは全力。それだけを信じて、絵描きはスケッチブックに三枚目の絵を描く。
少しずつ、しかし大きく、彼は殻を破ろうとしていた。
これからこの絵描きはどうなっていくんでしょう?
気になってきました。
次回がなんだか楽しみです。
まだはっきり全体像を把握できたわけではないのでこの点数で。
幻想郷の結界が具体的にどんなものなのか、というのはよく考えます。
塀のようにぐるりを囲っているのか、
外の世界と二重写しで重なっているのか。
それにしても人里の描写とは、また地味な所をついてきますね。
絵描きの今後が楽しみです。