欠伸をかみ殺し、秘蔵の煎餅を噛み砕く四季映姫。
普段は忙しく働く身だが、ごく稀にこういった暇な時間が出来る。大抵はめぼしい人妖のところに言って説教をすることで時間を潰しているのだが、それも繰り返せば候補がいなくなるのは当然のこと。
同じ説教を二度しても意味はない。よって、四季映姫はとても暇だった。
「どうしたものですかね」
仕事机に顎を乗せ、椅子をギコギコと揺らす。部下の小町ならこういった時間の使い方を会得しているのだが、尋ねるのは抵抗がある。
だからといって、どこか行くところがあるわけでもない。
永遠を生きる者達は、こんな退屈と戦っているのだろうか。だとすれば、四季映姫は永遠など御免だった。
「うぅ~、暇ぁ~」
部下には聞かせられないような、だらしのない声で不満をぶちまける。
と、机の端に置かれた新聞に目がとまった。いらないというのに届けられる、文々。新聞。読んだことはあるものの、愛読しているわけではない。
何と無しにそれを手に取り、書かれていた記事に目を通す。
「……こ、これは!」
驚愕が映姫を立ち上がらせ、椅子をひっくり返した。わなわなと震える手はそれでもしっかり新聞を握り、真剣な瞳は何度も何度も上から下へと記事を読む。
そして映姫は新聞を握りしめ、妖怪の山へと飛んでいった。
「射命丸文はどこですか!」
妖怪の山へたどり着いた四季映姫。辺りを彷徨いていたというか警邏していた椛を捕まえ、開口一番にそう訊いた。
「どうしたんですか、そんなに血相を変えて?」
「この記事について話したいことがあります」
怒りそのままに、新聞を椛にたたきつける。怪訝そうな椛は新聞を受け取り、記事を読んでから合点がいったという顔をした。
「大体はわかりましたけど、この記事を書いたのは射命丸文じゃないです。別の天狗です」
新聞を返却しながら、椛はそう言った。
確かに、射命丸文だけが新聞を書いているわけではない。他の天狗だって書いてる奴はいる。
しかし、文々。新聞という名前で他に書いてる天狗などいるのだろうか。
今度は映姫が怪訝な表情を浮かべる番だった。
「いま呼んで来ます」
質問する暇も与えず、椛は山の奥へと飛んでいく。
やがて、五分ぐらい経ってから射命丸文そっくりの天狗がやってきた。というか、完全に射命丸文だった。
「お待たせ」
違いがあるとすれば、黒い色眼鏡をかけていることぐらいか。普段の言動も相まって、非常に胡散臭い天狗に早変わりしている。
映姫は眉間の皺をほぐすように指圧しながら、怒りを抑えて言葉を発する。
「どう見ても、射命丸文ですよね」
「いやいや、私は射命×文よ」
伏せ字ではない。
「しゃめいばつあや、ですか……」
「その通り。どこぞの熱心で真面目な新聞記者と一緒にしないでくれる」
空を見上げる。今日も雲は厚い。
とりあえず事の真偽は置いておくとして、映姫は本題を切り出すことにした。
「この記事はなんですか?」
「私の書いた記事」
「そんな事は知っています。内容についてお話しているんです!」
映姫の映姫の持っている記事には『四季映姫・ヤマザナドゥ。川で溺れてカワザナドゥに改名』という題名が踊っていた。
文は何を怒ってるのか分からないといった顔で、
「洒落がきいてるでしょ?」
と言った。
「事実無根です! 私は川で溺れていませんし、こんな名前に改名する予定もない! 洒落がきいていようと無かろうと、こんな記事を認めるわけにはいきません!」
「生憎と私は真実を求めていない。求めるのは、ただ大衆の知的好奇心を満たせるような情報。その為だったら、捏造だって喜んでするわ」
そもそも、この記事で大衆の知的好奇心を満たせるのかどうか疑問だ。
「真実を無視するつもりですか?」
「真実は私が決めるわ」
射命×らしい言い分で、文は言葉を締めくくった。満足げな表情から、これ以上は映姫の言葉を求めていない事が分かる。
この手の相手に説教をしたところで、馬耳東風なのは経験上理解している。映姫は説得を諦め、とにかくもっとちゃんとした記事を書くようにと注意して、その場は丸く収まった。
丸じゃないけど。
翌日。
「射命×文を出しなさいぃぃ!」
遠く離れた紫をたたき起こすような怒りの声でもって、妖怪の山へ乗り込んできた四季映姫。
すわ敵襲かと起きた天狗の数は二桁にも及んだという。
「二日連続でどうしたんですか」
今日も対応に当たるのは犬走椛。他の天狗は映姫の表情に恐れをなして、文字通り草場の陰で見守っている。
「どうもこうもありません! この記事についてお話があります!」
新聞に目を通した椛は、合点がいったという顔で口を開いた。
「二日連続ですけど、この記事を書いたのは射命×文じゃありません。別の天狗……」
「誰でもいいから連れてきなさい!」
身体をビクッと震わせながら、椛は慌てて山へと戻っていった。
五分後。百人に訊いたら百人が射命丸文と答えるであろう天狗がやってきた。
「お待たせしました」
違いがあるとすれば、丸い眼鏡をかけていることぐらいか。
「私がその記事を書いた射命△文です」
×ときて、次は△。ちょっと考えればわかりそうなことだが、今の映姫にはそれだけの余裕がなかった。
「これはなんですか!」
突きつけた新聞には、『四季映姫・ヤマザナドゥ。温暖化の影響で夏映姫・ヤマザナドゥに改名』という題名が小粋なビートで踊っている。
「ああ、これはですね。温暖化で季節の変化が乏しくなり、四季が夏だけになったという現代の環境問題を風刺した……」
「そんなことは聞いていません! どうしてまた事実無根の記事を載せたのかということを聞いているんです!」
文は眼鏡のずれを気にしながら、淡々と答えた。
「四季映姫さんの意見を元にしまして、こちらとしても最大限譲歩した形で記事を作成したのですが」
「どこが譲歩してるんですか! 思いっきり捏造のオンパレードです!」
「まあ、それは個人の受け取り方次第です。ただ、こちらとしてはなるべく真実に近い形で報道するよう出来る限りの努力をしたつもりです」
なんとも、要領を得ない答え方である。
「つまり、私の意見は無視したんですね」
「そういった見方もあるかもしれません」
まるで波を蹴り飛ばしているような感覚である。このまま話し合いを続けたところで、望むような結果は得られないだろう。
映姫は溜息をつき、次からは気を付けてくださいと忠告した。
「今後は前以上の努力でお客様が満足されるような新聞を作っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
最後まで△っぽい言い方であった。
翌日。
「もう言葉はいらないっ!」
対応に当たろうとした椛を空気投げでいなし、映姫は山の奥へと猛スピードでつっこんだ。
岩の上で寝そべっていた文を発見し、メンコをたたきつける要領で新聞をぶつける。
「あやややや、どうしたんですか?」
赤くなった鼻をさすりながら、驚いたように文は言う。
無言で、映姫は新聞を指さす。
そこには、『四季映姫・ヤマザナドゥ。すったもんだでモケーレムベンベ・ヤマガエリィに改名』という文字が、許嫁の誘いを断って愛する男を選んだ女と男の華麗なワルツのように踊っていた。
「好きな数字を言ってください。その数だけあなたを殴ります」
向日葵もひれ伏すような極上の笑みで、映姫は文の胸ぐらを掴んだ。
映姫の本気が伝わったのか、乾いた笑いで文で答える。
「ゼ、ゼロ」
殴られはしなかったが、スペルカードでボコボコにされたことは言うまでもあるまい。
翌日。
「文さーん、また閻魔様が来てるみたいですけど」
椛の報告を聞いて、文は溜息をついた。顔に張られた湿布を取り、傷口をおさえる。まだ傷は癒えていなかった。
そしておそらく、今日もまた傷が増えるのだろう。
「すぐ行くから、待ってもらって」
「良いですけど、今日は誰でいくんですか?」
四角い眼鏡をかけながら、文は答えた。
「今日の私は、射命□文です」
自信満々に胸を張る文に、椛は未だに言えずにいた。
名前を変えたところで、ボコボコにされるのはあなたです、と。
なんというPSコントローラー。
名前だけでなく姿まで変わっていそう。四季様がんばれ。
誤字
>射命丸文氏にどうしてこのような捏造を尋ねたところ、
捏造をと尋ねた
文ちゃんの頭が夏っぽくて