ふわり、ふわりと木々の間を漂う黒い塊。
ゆっくりとした速度で動くその妖しい存在のその正体は、宵闇の妖怪ルーミアである。
ただ、この日のルーミアは昼間だと言うのに闇を展開させずにいた。
何故なら彼女の頭上には、あるべきはずの太陽が月に邪魔され、その姿を隠されていたからだった。
そのお陰で彼女は空を駈ける天狗と再会する事が出来た。
「あ、いつかの新聞記者」
「はいはい、毎度おなじみの射命丸です。どうかしましたか?」
「あなたに言われたとおりに待ち伏せしたけれど、結局ダメだったわ」
そう文句を言われた文は自分が「待ち伏せする程度の努力はするべきです」と助言した事を思い出した。
「それはあなたの努力不足です」
そう言い切って、その場を去ろうとした文だったが、ふと考えを変える。
「……そうですね、私が少々鍛えてあげましょうか?」
「えー、面倒だなぁ」
ルーミアは露骨に嫌そうな顔をするが、文は笑顔で返す。
「大丈夫、きっと人間を襲えるようになりますよ」
人間を襲えるようになる、この言葉にルーミアは釣られてしまう。
「で、どうすればいいの?」
「そうですね。まずはルーミアさん、あなたの情報を整理しましょう」
そう言うと、文はメモ帳を取り出した。
「それでは少し動いてみてください」
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宵闇の妖怪 ルーミア
○能力:闇を操る程度の能力。
魔法の闇を発生させてどんな光も消してしまう。
○天候:日蝕
体力ゲージが見えなくなる。
更に画面が薄暗くなり、ゆっくりと明滅する。
最も暗い状態だと立ち位置すら判らなくなる。
A 1段目は片手ぐーパンチを上から振り下ろす。
2段目でもう片手で2度目のぐーパンチ。
3段目で両手で突き飛ばし。
4段目で飛び掛かってのつき飛ばし。
B 針扇弾
C 弓なり弾
▼必殺技
●「それも闇の風物詩」 623+BorC(空中可)
周囲に闇を展開して黒い球体となって浮遊する。
Bなら斜めに上昇。
Cなら上下に揺れながら前進。
闇の範囲は広いけれど当たり判定、食らい判定共に闇より一回り小さい。
ガードされると反撃確定。
出始めに(闇を纏う為)打撃に対して無敵時間が存在する。
●「目の前のが取って食べれる人類?」 421+BorC
両手を広げて相手に飛び掛り、地面に押し倒して噛み付く。
打撃投げ扱いなのでガードすれば防げるが、隙は小さい。
こちらはグレイズ機能を持つが打撃で潰される。
ボタンによって飛ぶ角度と距離が変わる。
Bで高く近い場所を。Cで低くて遠くへ目掛けて飛び掛る。
●「聖者は十字架に磔られました」 214+BorC
相手に向けてレーザーを4箇所からほぼ同時に発射する。
レーザーの発射位置はルーミア広げられた両手、頭上、足元の4箇所。
レーザーは自機狙いで、僅かな時間差で発射される。最大4ヒット。
BとCの違いはレーザーの発射位置の広さ。=レーザーの角度。
●「ほおずきみたいに紅い魂」 236+BorC
赤い連射弾の塊を放つ。
4つの連なった弾を3本同時に放つ。
距離が離れると3本が拡散する為、範囲が広がる。
BとCの違いは弾と拡散する速度。
▼スペルカード
●月符「ムーンライトレイ」(空中可)消費2
ご存知閉じない2本の挟み撃ちレーザー。
上下百二十度の角度にレーザーを発生させ、三十度程度まで挟み込むように一瞬で薙ぐ。
が、出力が持たないのか閉じきる前にレーザーは消えてしまう。
ルーミアと同じ高さに居る場合、遠い間合いだと当たらない。
至近距離なら上下二本ともヒットするので大ダメージが見込める。
●夜符「ナイトバード」(空中可)消費1
二羽の黒い鳥のような塊を時間差で飛ばす。
一羽目は下から上へ浮かぶように。
二羽目は上から下へ潜るように。
1羽2ヒットで最大4ヒット。
●闇符「ディマーケイション」(空中可)消費2
全周囲へ向けて円状弾幕を連続で展開する。
密着しているとヒット数も上がり、高威力に。
●闇符「ダークサイドオブザムーン」消費4
ディマーケイションの強化版。
ルーミアの姿が消えて全周囲へ向けて円状弾幕を連続で展開する。
ディマーケイションより発生が早く、威力も高い。
姿が消えている間は無敵な為、切り替えしに使える。
●夜符「ミッドナイトバード」消費3
ナイトバードの強化版。
鳥が更に大きくなり、数も倍に増え、ホーミングするようになる。
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一通りの事を手帳にメモした文はふむ、と顎に手を当てる。
「っと、こんな所ですか……」
「その数字やAとかBとか一体何なの?」
「それは気にしなくていいですよ」
「そーなのかー」
「それよりも……、あなたは体術、妖術の修行をしてませんね。隙が大きすぎます」
「うぅ、そんな事言われても……、修行とかした事無いからわからないわよ」
それを聞いた文は溜息を吐く。
昔の人間は妖怪や鬼に打ち勝つ為に厳しい修行をしたものだ。
それは妖怪に比べ、自らが弱いという事を知っているからだ。
しかし妖怪は最初から人間以上の力を持つ。
襲う相手が自分よりも弱い人間だから、修行を怠り、退治されてしまうのだ。
「はぁ……、それではあなたにあった戦い方を私が考えますからそれを覚えてください。これなら簡単でしょう」
「う、うん」
「それではまず……、妖術からですね」
そして、文による特訓が始まった。
さすがは天狗。
武芸を伝える逸話が多いのも頷ける程の教え上手だった。
文の手解きはとても判りやすく、面倒臭がりなルーミアもどうにかこうにか文の教えを物にしていった。
そして遂に、手加減しているとはいえ、文から一本取れるまでに成長した。
「やった……、一本とれた……」
「うん、素晴らしいです。もう教える事はありません」
「よーし、それじゃあ早速人間を襲ってみるわ!」
ルーミアはこれまでの特訓の成果を早く試したいと息巻く。
「はいはい、いってらっしゃい~」
飛び去るルーミアを見送りながら、文はにたりと笑みを浮かべる。
「……ふふふ、これでネタには困りませんね」
勝ち続けるなら――ルーミア、大暴れ!巫女は何をしているのかっ!?
負けたら負けたで――不甲斐ない妖怪。人間に後れを取るとでも題するつもりだった。
さっそく追いかけて……っと、思った矢先に烏がカーカーと鳴き出す。
「なに、大天狗様から連絡?」
烏は返事をするようにカーカーと無く。
「うぅ、タイミング悪すぎます……、後で結果だけでも教えてもらいましょう」
§
「やっぱりこの天候は異常だわ……」
雹が頻繁に降る事にアリスは違和感を感じていた。
しかも、先日魔理沙と会いこの雹が自分の周りにしか降らないと知り、確信に変わった。
「まずは他でどうなっているのかを調べなきゃいけないわね……」
彼女が確認しているのは己の雹と、魔理沙の霧雨である。
もしかしたら個人によって天候が変わるのかもしれない。
「急いだ方が良さそうね」
雹がこのまま降り続けば館の方に被害が出かねない。
そうなればせっかく作った人形の保管にも支障がでてしまう。
早速調査に向かおうと家を出た所で、彼女はルーミアと出くわした。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
しかし、今のアリスにはルーミアに構っている暇は無かった。
目の前の妖怪は確かに妖しいが、闇を操る能力しか持たない。
この天候の異変には関わっていない事は明白だった。
それに、こんな森の奥で尋ねるという事は……
「ごめんね、ちょっと先を急いでるのよ。だから……」
どこからとも無く人形を一体取り出すと、それをルーミアに手渡す。
「はい、この子が森の外まで案内してくれるわ」
「え、あの……」
アリスはルーミアを森の迷子と決め付けていたのだ。
これにはルーミアも困惑する。
「人形は欲しかったらあげるし、要らないなら森に置いてっていいからー」
そう告げるとアリスは急ぎ飛び去ってしまう。
急いでいるその様子にルーミアは力試しがしたいとは言い出せず、見送るしかなかった。
「あぅ、行っちゃった……」
その場に残されたルーミアは手に持った人形をじっと見つめる。
「……さすがに人形は食べられないよね」
「うーん、里じゃ襲っちゃダメだから……、どこ行こう……」
目的地も決まらないまま、ルーミアは空へと舞い上がった。
§
紅魔館の地下にある大図書館。
メイドが淹れてくれた紅茶やケーキにはまったく手をつけず、魔女は黙々と本を読み漁っていた。
現在起こっている異変。
その解決の為に魔女――パチュリー・ノーレッジも行動を起こしていた。
「天候の著しい変化はアレの前触れ……、か」
普段動かない彼女がこうして行動を起こすという事は大事変である。
それは同時に、自分の研究を中断しなければならない為、大変機嫌の悪い時期でもある。
当然メイド達は自ら進んで関わろうとはせず、ただ決まった時間にお茶を出すに留まっていた。
「そして、萃められている気質……、つまり原因は……」
積極的に関わろうとするのは彼女の親友であり、家主でもあるレミリアか……
「こっちかな……?」
何も知らない来訪者くらいである。
静寂を守っていた図書館にルーミアがひょっこりと顔を出す。
「……なに、どこから来たの?」
しかしルーミアはその問いには答えず、目を輝かせながら逆に問いかける。
「もしかしてお茶の時間?」
「質問に質問で答えちゃ0点って知らないの?」
流石のルーミアもパチュリーの静かな凄みに気圧される。
「いい匂いがしたから辿ってきたの」
「まったく、うちのメイドは何をやっているのかしら……」
ザルな警備にパチュリーは苛立ちを通り越して呆れてしまう。
しかし、警備がザルになってしまったのも異変が原因である事に彼女は気が付いていなかった。
これだけの異変である。
レミリアが興味を持たない訳が無く、当然その為に咲夜は不在だった。
そして門番の美鈴は突如として太陽が隠れ、光が射さなくなった事を報告に屋敷へ戻っていた。
これだけの偶然が重なり、ルーミアは屋敷に入る事が出来たのだ。
「ねぇねぇ、お茶しないの? 食べないの?」
食い意地の張った妖怪だと見たパチュリーは無理やり追い返すよりも効率の良い方法を取る。
「あぁ、欲しいのなら食べちゃっていいから、さっさと帰りな」
そう言うとパチュリーは本へと向き直る。
「ただし、静かに食べる事」
そう釘をさすと、机に広げられた資料に再度集中する。
「はーい」
と小さな声で返事をしたルーミアは少しだけさめてしまった紅茶とケーキに舌鼓を打つ。
「んふ……、ごちそうさま」
紅茶とケーキを綺麗に平らげたルーミアは小さく呟くと、言われたとおりに静かに屋敷を後にする。
「やっぱり食べられない本よりケーキよね。でもあの場所は好きかも。暗いし」
少しお腹が膨れたルーミアは本来の目的を見失いながら、当ても無く飛び始めた。
§
「わっ、わっ、明るいっ、眩しいっ」
空を飛んでいると、遮られていた日差しが不意に降り注ぐ事が何度もあった。
ルーミアはその度に闇を作り出し、日差しから身を守っていた。
鈍感なルーミアでも流石にこの異変に気が付いていた。
闇を薄くし、きょろきょろと周囲を見渡す。
少し離れた場所に妖怪を見つけた。
「あ、やっぱり居た……」
そう、自分以外の誰かが近寄ると日差しが差し込んだり、雨が降ったりする。という事実に気が付いた。
でも、彼女にとっては「少し困る」程度の事だった。
「うーん、面倒だから出したままにしていよう」
と闇を纏う事でこの問題を解決としてしまった。
「そんな事よりも、出歩いている人間が居ないや……」
天候がコロコロ変わるヘンな日である。
わざわざ出歩く選択をする者が少数だという事に気が付かなかいルーミアは当ても無く漂っていた。
するとそこに声を掛ける者が居た。
「おーい、ちょっと、そこの黒いのー」
誰だろうと思い闇を薄くすると、木の根元に誰か寝転がっていた。
大きな鎌を地面に突き刺して、退屈そうにあくびをするのは死神――小野塚 小町だった。
「もしかして呼んだのは貴女?」
「あぁ、そうさ」
よいしょっと掛け声と共に上体を起こした小町はルーミアににへら、と笑みを向ける。
「霧が出て蒸し暑いからさ、丁度日陰が欲しかったんだよ。後は話し相手も」
「えー、私の避暑地なのにー」
そう言いつつも、気だるそうな彼女にどこか親近感を覚えたルーミアは闇を維持し続ける。
「いいじゃないか、そこの幽霊じゃちょっと冷えすぎるんだよ」
と鎌に纏わりつく幽霊を指差す。
「へー、そーなのかー」
「おや、あんたは幽霊にあんまり縁が無い?」
「うん、肝試しなんかしなくても自慢の避暑地があるからね」
「じゃあ試しに触ってごらんよ」
「幽霊なんて触れないのに……」
と手を近づけるルーミアだったが、あまりの冷たさにひゃんっと鳴いて飛び上がる。
「あはははっ、ほら、涼むには冷たすぎるだろう?」
「うー……、あ、そうだ」
じと目で小町を睨むルーミアだったが、幽霊が冷たいという事で一つひらめく。
鎌に纏わりつく幽霊に近寄ると、
「あー、む」
と幽霊を一飲みにしてしまう。
「お、おいおい……」
触れないと判っていて、冷たいと判っていて、どうしてこんな馬鹿げた行動をするのかと小町は呆れてしまう。
当然幽霊はルーミアの体をすり抜け、何事も無かったかのように鎌に擦り寄る。
そして、ルーミアはと言うと、頭を抱えてうずくまっていた。
「おぉぉ……、やっぱりカキ氷みたいにキーンってするぅ……」
「あっはっはっはッ」
この一連の行動に小町はお腹を押さえて笑い転げる。
「もう、笑いすぎ!」
ルーミアはぷぅっと頬を膨らませるとそっぽを向いてしまう。
「ひぃ、ひぃ、ごめんごめん、でも面白かったよ」
「ふんだ、私、もう行くから」
「ん、引き止めて悪かったね」
ルーミアは言う程怒っていない様子だった。
その証拠に手を振る小町に振り返ったルーミアも手を振って答える。
そして、闇を纏って遠ざかってゆく。
その姿を眺めながら小町は一人呟く。
「うん、暗い奴かと思ったけれどそうでも無かったね」
彼女にだって仕事をサボる理由はある。
多くの人を見て、語らい、自殺するような性質ならば思い止まる様に説く。
名目上の理由だけれど。
「まぁ、今度会ったらカキ氷でも奢ってあげようかね」
§
「そこのあなた……」
「わ……っ」
闇を薄くし、外が見える程度に光を取り入れて飛んでいたルーミアの目の前に、美しい緋色の羽衣が舞い降りる。
「そう遠くない未来に、大きな地震がきますよ」
現れた羽衣の妖怪少女は突拍子も無く、そう告げる。
からかうような様子も無く、緋色の少女はただ淡々と、丁寧に話を進める。
それが彼女――永江 衣玖の仕事だからである。
「何か質問はありますか?」
彼女の仕事は、来るべき大地震の予兆を伝えまわる事。
一人に割ける時間は少ない。
「無いのなら私はこれで……」
次の場所へ伝えに行こうと踵を返したところで、ルーミアがようやく口を開く。
「お……」
「お?」
「おいしそうっ!」
「っ!?」
衣玖はその発言にびくっと身を強張らせ、身構える。
「見たこと無いお魚……」
「た、確かに魚類ですが、私は食用じゃありませんっ」
しかし、ルーミアの目はランランと輝き、衣玖の言葉が届いているとは到底思えなかった。
「少しだけ、一口だけ……」
そういいながら、闇が緋色ににじり寄る。
「……っ、見ての通り私に食べる場所なんて無いですよ」
そう言い捨てると、全速力でその場から飛び退る。
しかし、普段から雲間を優雅に泳ぐ程度の彼女が、腹を空かせたルーミアを振り切れるはずも無い。
振り返れば涎をたらしたルーミアが迫っていた。
「まってーっ、端っこだけでいいからー♪」
本能が食われると警鐘を鳴らす。
「こ、こないでぇええ」
大人しく、他人を見守るような性格の彼女が絶叫と共に雷を放つ。
稲光が視界を白くし、轟音が周囲に響く。
帯電した青白い閃光がルーミアを一瞬で飲み込み焼き尽くす。
「ぎゃんっ!」
普通の人間なら黒焦げになり、死神のお世話になっているだろう。
が、ルーミアは妖怪である。
大怪我に違いないが、彼女は健在である。
「うぅ……、逃げられりゃ……」
すぐさま追いかけたいルーミアだったが、体の方が言う事を聞いてくれなかった。
電撃により、体が痺れてしまっていたのだ。
「ビリビリって痺れるるる」
ルーミアは逃げ去る衣玖の後姿を恨めしそうに見つめるしか無かった。
§
回復したルーミアは衣玖の飛び去った方へ向かう。
もしかしたら追いつけるかもしれないという淡い期待からの行動だった。
しかし、行けども行けども衣玖の姿は無く、知らぬ間に妖怪の山へと来てしまう。
普通ならば天狗が現れて山へ登るのを妨害するのだが、数日間文と行動していたルーミアは不振がられずに山を進むことが出来た。
昇りに昇り、黒い雲を突き抜けると、眩い光が差し込める場所へと到達する。
「きゃう……っ、まぶしい……」
目を瞑りながら、ルーミアは闇を展開して日差しからその身を守る。
日差しの嫌いなルーミアが此処――天界まで来たのには理由があった。
「こっちの方かな……」
黒い雲を飛んでいる最中に微かに甘い匂いを嗅いだのだ。
甘くて柔らかくて瑞々しい、あの果物の香りを。
「――あった! 桃の木!」
見上げればそこには、熟れた桃が無数に成っていた。
人間を襲うという目的を忘れ、ただただ空腹を満たす為に魚を追いかけ、雷に撃たれ、それでも諦めずにようやく辿り着いた桃の木の森。
「一つくらいいいよねー」
ルーミアは早速味見をしようと飛び上がり、桃へと手を伸ばす。
「ダメよ。あなたにあげられる様な物はこの天界には無いわ」
そこに声が掛かり、ルーミアの手が止まる。
「だ、だれ?」
振り返った先には、青い髪の少女が不機嫌そうに腕を組んでいた。
「私は天人。比那名居 天子。地上の妖怪であるあなたはお呼びじゃないわ」
「なによー、一つくらい良いじゃない」
そう文句を言いながらも、注意されたルーミアは地上に降りる。
「天界の物は天人の物。そして私が望むのは異変解決の人間。地上の妖怪はさっさと地上へ帰りなさい」
天子の態度にルーミアも反発する。
「ふーん、じゃあ桃は諦めて、あなたでお腹を満たす事にするわ」
「ふん、やれるもんなら……、やってみなさいよッ」
巨大な要石を中空に呼び出すと、それをルーミアへと投げ下ろす。
「わっ!」
轟音と共に要石が地面へと突き刺さり、土煙が舞い上がる。
気が付いた瞬間に飛びのいた為、ルーミアには直撃してない。
「ふふ、流石にアレくらいは避けられるか……」
地面に突き立った要石は脅威から障害へと変わる。
天子の前に出ようとすれば、必然的に要石の左右か上を通過せねばならず、行動を読まれやすくなる。
「さぁ、あなたはどう出てくるのかしら?」
右か、左か、それとも上か。
しかし、ルーミアはそのどれでもない行動を取った。
「なに、これ……?」
世界から一切の光が消えて、瞬く間に黒一色に塗りつぶされる。
「光が無ければ何にも見えなくなる。知らないの?」
「バカにしないでよ! こんな芸当が出来る事に関心しただけよ」
「それじゃあ今度は私の番ね」
「ふん、どうせあなたも見えて無いんでしょ?」
「見えてないけど、あなたの居場所ならわかるわ」
どうせハッタリ。
天子は自分の周囲に要石を浮遊させる。
確認する為には光を取り込んで目視するはず。
そうなれば自分にも光は届き、相手を確認できるようになる。
既に弾の装填は済んでいる。
後は早撃ち勝負、と天子は意識を集中させる。
その矢先、天子の立っている場所をピンポイントで光が射し込む。
「きゃっ」
射し込んだ光で目が眩み、天子の動きが止まる。
その一瞬の隙を突いて、ルーミアは天子を背後から羽交い絞めにする。
「ど――、どうしてっ?」
闇が薄まり、お互いに姿を確認できるようになる。
その問いに、ルーミアは鼻をスンスンと鳴らして答える。
「だって、桃の木よりも低い位置から桃の香りがするんだもん」
そう言われ、天子は耳まで真っ赤にして
「ばっ、ばかッ、匂いなんて嗅がないでよ!」
「えへ、あばれちゃダメ」
流石の天人でも背後から羽交い絞めにされては振りほどけない。
「うぅ……っ」
「それじゃあ早速……」
宣言通りその肉でお腹を満たそうと、天子の首筋にルーミアの歯がつきたてられる。
ぞぶり、と肉が削がれ熱を持ったように熱くなる。
「っつ……ッ」
天子は痛みに顔をしかめる。
が、何故か体を解放される。
「ぇ……?」
振り向くとルーミアはしゃがみこんで噛み千切った肉を吐き出していた。
「……ぺっ、ぺっ、何よコレ、毒じゃない……」
「な――っ」
天人の肉は妖怪にとって毒である。
ルーミアはこの事を知らずに肉を食べたのである。
しかし、天子もまた自分の肉が妖怪にとって毒であるなんて親からも聞かされておらず、
当然食べられるのも、今回が初の経験だった。
「桃の香りで美味しそうだったのに……、こんなにマズいのは初めてよ……」
涙目でマズいと言われて、天子も激昂する。
「な、な、なんて事を言うのよ! 父様にも母様にも食べちゃいたいくらい可愛いって言われて育ったんだからっ、あなたの味覚がおかしいのよ!」
「なによー、マズいものはマズいんだもの」
ルーミアはじりじりと後ずさりをする。
首の傷も忘れて、天子はルーミアへと一歩近寄る。
「そ、そんな……、私って美味しくないの……?」
ルーミアはコクリと頷くと、もう一歩下がる。
この露骨な避け方に天子は目に涙を浮かべて抗議する。
「ちょ、ちょっと、逃げないでよぉ!」
§
美味しくなく、しかも毒だった天子から逃げるルーミア。
齧っておきながら、マズいと言い放ったルーミアに詰め寄る天子。
そんな二人の間に割り込む人物が現れる。
紅い衣装に身を包み、白い袖をなびかせて、巫女が――霊夢が空から降りてくる。
「っと、ここに地震を起こした奴が……、ってあんた達何やってるのよ?」
にらみ合う二人を交互に見て、霊夢は面倒臭そうに頭を掻く。
「わっ、この前の巫女……」
以前、返り討ちにしてきた巫女が目の前に現れ、ルーミアは身構える。
「……巫女? じゃあ、あなたが異変解決の巫女ね?」
逆に天子は待ち人が来た、と嬉しそうに微笑む。
そんな二人の中心で、霊夢はまずルーミアを見る。
「あんたが犯人な訳ないし……」
そして、天子へと視線を移す。
「という事は、そっちの娘がそうね?」
ルーミアは無視して、天子へと向き直す。
霊夢と対峙した天子は胸を張って自分が犯人だと名乗る。
「そうよ。地震は私が起こしたわ。これから更に大きな――」
しかし、セリフを霊夢が遮り、指摘する。
「って、ちょっとあんた血塗れじゃない!」
「ふふん、こんなの気にする程の事でも――」
無い。そう言い張ろうとした途端、膝から崩れ落ちる。
「あ、れれ? どうして……?」
「きっと血を流しすぎたのよ。いくら死ななくても暫くは動けない筈よ」
「うぅ……」
「まぁ、後でコテンパンにしてから神社の修理をさせてあげるから寝てなさい」
そう告げて今度はルーミアへと向き直る。
「で、あんたはどうしようかしらね」
霊夢と対峙するルーミアは不適に笑う。
「ふふふ、以前の私とは違うわっ、今度こそあなたを食べてあげるわ」
ルーミアは思い出したのだ。自分の本来の目的を。
ぶっつけ本番になってしまったけれど、これで人間を襲う事が出来る。
修行の成果を試す事が出来る。
ルーミアの意気込みは、やる気の無い霊夢からさらにやる気を削ぐ程だった。
「あー、もう、面倒臭いわねぇ」
そして、霊夢は……
§
博麗神社の縁側に、烏天狗の射命丸文が舞い降りる。
縁側ではルーミアがご飯を食べている最中だった。
「こんにちわルーミアさん。それであの後どうなったんですか?」
結末が知りたくて知りたくて堪らないと文の顔に書かれていた。
「もぐもぐ、見ての通りよ」
咀嚼しながら喋った為、ご飯粒が口からポロポロと零れる。
「もう、食べながら喋らないの」
と部屋の奥からお茶を持って霊夢が現れ、ルーミアを嗜める。
「ふぁーい」
返事をしたルーミアは黙々とご飯を食べる事に集中する。
「あの、ご飯食べてるようにしか見えませんが……」
意味が判らないと文は霊夢に助けを求める。
「あぁ、妙に張り切ってて面倒そうだったからね」
と返される。
つまり、ご飯で買収した。という事だった。
「そんなぁ……、せっかく修行付けてあげたのに面白くないじゃないですか」
せっかく記事にできると踏んだのに、こんな詰らない結果になるなんて。と文は憤慨する。
しかし、それを聞いた霊夢の目が据わる。
「へぇ、あんたの差し金だったのね……」
しまった、と悟るも後の祭り。
文は踵を返して空へと逃げ出す。
「いや、その……、し、失礼しますっ」
「待てっ」
逃がすものかと霊夢も飛び立つ。
残されたルーミアは淹れてもらったお茶を啜って両手を合わせた所だった。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
丁度そこへ天子が現れる。
貧血で倒れた天子はあの後暫くして完全復活を果たし、ルーミアを買収した霊夢にボコボコにされていたりする。
そして今日、約束どおり神社を修理しにきたのだ。
「おーい、巫女は居るかしら?」
「んー、どっか行っちゃった」
「はぁ……、今日行くからって言っておいたのに……」
「待ってれば?」
「もちろんそうするわ」
と縁側に座ると、天子は懐から桃を数個取り出す。
「じー……」
羨ましそうに見つめる視線に気が付いた天子は、少し考えてから桃を一つを差し出す。
「……食べる?」
「いいの……?」
「えぇ、天界の物は天人の物だけど、私が持ってきたコレはお土産よ」
「わぁい」
ルーミアは目を細めて嬉しそうに微笑む。
「その代わり、巫女が帰ってくるまで私の暇つぶしの相手をしなさい。……その、話し相手とか」
「うん、いいわよ」
二人の交渉は見事成立。
二人はクスクスと笑いあうと、大粒の見事な桃にかぶりつく。
「「んー、おいひー」」
ゆっくりとした速度で動くその妖しい存在のその正体は、宵闇の妖怪ルーミアである。
ただ、この日のルーミアは昼間だと言うのに闇を展開させずにいた。
何故なら彼女の頭上には、あるべきはずの太陽が月に邪魔され、その姿を隠されていたからだった。
そのお陰で彼女は空を駈ける天狗と再会する事が出来た。
「あ、いつかの新聞記者」
「はいはい、毎度おなじみの射命丸です。どうかしましたか?」
「あなたに言われたとおりに待ち伏せしたけれど、結局ダメだったわ」
そう文句を言われた文は自分が「待ち伏せする程度の努力はするべきです」と助言した事を思い出した。
「それはあなたの努力不足です」
そう言い切って、その場を去ろうとした文だったが、ふと考えを変える。
「……そうですね、私が少々鍛えてあげましょうか?」
「えー、面倒だなぁ」
ルーミアは露骨に嫌そうな顔をするが、文は笑顔で返す。
「大丈夫、きっと人間を襲えるようになりますよ」
人間を襲えるようになる、この言葉にルーミアは釣られてしまう。
「で、どうすればいいの?」
「そうですね。まずはルーミアさん、あなたの情報を整理しましょう」
そう言うと、文はメモ帳を取り出した。
「それでは少し動いてみてください」
----------------------------------------------------------------
宵闇の妖怪 ルーミア
○能力:闇を操る程度の能力。
魔法の闇を発生させてどんな光も消してしまう。
○天候:日蝕
体力ゲージが見えなくなる。
更に画面が薄暗くなり、ゆっくりと明滅する。
最も暗い状態だと立ち位置すら判らなくなる。
A 1段目は片手ぐーパンチを上から振り下ろす。
2段目でもう片手で2度目のぐーパンチ。
3段目で両手で突き飛ばし。
4段目で飛び掛かってのつき飛ばし。
B 針扇弾
C 弓なり弾
▼必殺技
●「それも闇の風物詩」 623+BorC(空中可)
周囲に闇を展開して黒い球体となって浮遊する。
Bなら斜めに上昇。
Cなら上下に揺れながら前進。
闇の範囲は広いけれど当たり判定、食らい判定共に闇より一回り小さい。
ガードされると反撃確定。
出始めに(闇を纏う為)打撃に対して無敵時間が存在する。
●「目の前のが取って食べれる人類?」 421+BorC
両手を広げて相手に飛び掛り、地面に押し倒して噛み付く。
打撃投げ扱いなのでガードすれば防げるが、隙は小さい。
こちらはグレイズ機能を持つが打撃で潰される。
ボタンによって飛ぶ角度と距離が変わる。
Bで高く近い場所を。Cで低くて遠くへ目掛けて飛び掛る。
●「聖者は十字架に磔られました」 214+BorC
相手に向けてレーザーを4箇所からほぼ同時に発射する。
レーザーの発射位置はルーミア広げられた両手、頭上、足元の4箇所。
レーザーは自機狙いで、僅かな時間差で発射される。最大4ヒット。
BとCの違いはレーザーの発射位置の広さ。=レーザーの角度。
●「ほおずきみたいに紅い魂」 236+BorC
赤い連射弾の塊を放つ。
4つの連なった弾を3本同時に放つ。
距離が離れると3本が拡散する為、範囲が広がる。
BとCの違いは弾と拡散する速度。
▼スペルカード
●月符「ムーンライトレイ」(空中可)消費2
ご存知閉じない2本の挟み撃ちレーザー。
上下百二十度の角度にレーザーを発生させ、三十度程度まで挟み込むように一瞬で薙ぐ。
が、出力が持たないのか閉じきる前にレーザーは消えてしまう。
ルーミアと同じ高さに居る場合、遠い間合いだと当たらない。
至近距離なら上下二本ともヒットするので大ダメージが見込める。
●夜符「ナイトバード」(空中可)消費1
二羽の黒い鳥のような塊を時間差で飛ばす。
一羽目は下から上へ浮かぶように。
二羽目は上から下へ潜るように。
1羽2ヒットで最大4ヒット。
●闇符「ディマーケイション」(空中可)消費2
全周囲へ向けて円状弾幕を連続で展開する。
密着しているとヒット数も上がり、高威力に。
●闇符「ダークサイドオブザムーン」消費4
ディマーケイションの強化版。
ルーミアの姿が消えて全周囲へ向けて円状弾幕を連続で展開する。
ディマーケイションより発生が早く、威力も高い。
姿が消えている間は無敵な為、切り替えしに使える。
●夜符「ミッドナイトバード」消費3
ナイトバードの強化版。
鳥が更に大きくなり、数も倍に増え、ホーミングするようになる。
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一通りの事を手帳にメモした文はふむ、と顎に手を当てる。
「っと、こんな所ですか……」
「その数字やAとかBとか一体何なの?」
「それは気にしなくていいですよ」
「そーなのかー」
「それよりも……、あなたは体術、妖術の修行をしてませんね。隙が大きすぎます」
「うぅ、そんな事言われても……、修行とかした事無いからわからないわよ」
それを聞いた文は溜息を吐く。
昔の人間は妖怪や鬼に打ち勝つ為に厳しい修行をしたものだ。
それは妖怪に比べ、自らが弱いという事を知っているからだ。
しかし妖怪は最初から人間以上の力を持つ。
襲う相手が自分よりも弱い人間だから、修行を怠り、退治されてしまうのだ。
「はぁ……、それではあなたにあった戦い方を私が考えますからそれを覚えてください。これなら簡単でしょう」
「う、うん」
「それではまず……、妖術からですね」
そして、文による特訓が始まった。
さすがは天狗。
武芸を伝える逸話が多いのも頷ける程の教え上手だった。
文の手解きはとても判りやすく、面倒臭がりなルーミアもどうにかこうにか文の教えを物にしていった。
そして遂に、手加減しているとはいえ、文から一本取れるまでに成長した。
「やった……、一本とれた……」
「うん、素晴らしいです。もう教える事はありません」
「よーし、それじゃあ早速人間を襲ってみるわ!」
ルーミアはこれまでの特訓の成果を早く試したいと息巻く。
「はいはい、いってらっしゃい~」
飛び去るルーミアを見送りながら、文はにたりと笑みを浮かべる。
「……ふふふ、これでネタには困りませんね」
勝ち続けるなら――ルーミア、大暴れ!巫女は何をしているのかっ!?
負けたら負けたで――不甲斐ない妖怪。人間に後れを取るとでも題するつもりだった。
さっそく追いかけて……っと、思った矢先に烏がカーカーと鳴き出す。
「なに、大天狗様から連絡?」
烏は返事をするようにカーカーと無く。
「うぅ、タイミング悪すぎます……、後で結果だけでも教えてもらいましょう」
§
「やっぱりこの天候は異常だわ……」
雹が頻繁に降る事にアリスは違和感を感じていた。
しかも、先日魔理沙と会いこの雹が自分の周りにしか降らないと知り、確信に変わった。
「まずは他でどうなっているのかを調べなきゃいけないわね……」
彼女が確認しているのは己の雹と、魔理沙の霧雨である。
もしかしたら個人によって天候が変わるのかもしれない。
「急いだ方が良さそうね」
雹がこのまま降り続けば館の方に被害が出かねない。
そうなればせっかく作った人形の保管にも支障がでてしまう。
早速調査に向かおうと家を出た所で、彼女はルーミアと出くわした。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
しかし、今のアリスにはルーミアに構っている暇は無かった。
目の前の妖怪は確かに妖しいが、闇を操る能力しか持たない。
この天候の異変には関わっていない事は明白だった。
それに、こんな森の奥で尋ねるという事は……
「ごめんね、ちょっと先を急いでるのよ。だから……」
どこからとも無く人形を一体取り出すと、それをルーミアに手渡す。
「はい、この子が森の外まで案内してくれるわ」
「え、あの……」
アリスはルーミアを森の迷子と決め付けていたのだ。
これにはルーミアも困惑する。
「人形は欲しかったらあげるし、要らないなら森に置いてっていいからー」
そう告げるとアリスは急ぎ飛び去ってしまう。
急いでいるその様子にルーミアは力試しがしたいとは言い出せず、見送るしかなかった。
「あぅ、行っちゃった……」
その場に残されたルーミアは手に持った人形をじっと見つめる。
「……さすがに人形は食べられないよね」
「うーん、里じゃ襲っちゃダメだから……、どこ行こう……」
目的地も決まらないまま、ルーミアは空へと舞い上がった。
§
紅魔館の地下にある大図書館。
メイドが淹れてくれた紅茶やケーキにはまったく手をつけず、魔女は黙々と本を読み漁っていた。
現在起こっている異変。
その解決の為に魔女――パチュリー・ノーレッジも行動を起こしていた。
「天候の著しい変化はアレの前触れ……、か」
普段動かない彼女がこうして行動を起こすという事は大事変である。
それは同時に、自分の研究を中断しなければならない為、大変機嫌の悪い時期でもある。
当然メイド達は自ら進んで関わろうとはせず、ただ決まった時間にお茶を出すに留まっていた。
「そして、萃められている気質……、つまり原因は……」
積極的に関わろうとするのは彼女の親友であり、家主でもあるレミリアか……
「こっちかな……?」
何も知らない来訪者くらいである。
静寂を守っていた図書館にルーミアがひょっこりと顔を出す。
「……なに、どこから来たの?」
しかしルーミアはその問いには答えず、目を輝かせながら逆に問いかける。
「もしかしてお茶の時間?」
「質問に質問で答えちゃ0点って知らないの?」
流石のルーミアもパチュリーの静かな凄みに気圧される。
「いい匂いがしたから辿ってきたの」
「まったく、うちのメイドは何をやっているのかしら……」
ザルな警備にパチュリーは苛立ちを通り越して呆れてしまう。
しかし、警備がザルになってしまったのも異変が原因である事に彼女は気が付いていなかった。
これだけの異変である。
レミリアが興味を持たない訳が無く、当然その為に咲夜は不在だった。
そして門番の美鈴は突如として太陽が隠れ、光が射さなくなった事を報告に屋敷へ戻っていた。
これだけの偶然が重なり、ルーミアは屋敷に入る事が出来たのだ。
「ねぇねぇ、お茶しないの? 食べないの?」
食い意地の張った妖怪だと見たパチュリーは無理やり追い返すよりも効率の良い方法を取る。
「あぁ、欲しいのなら食べちゃっていいから、さっさと帰りな」
そう言うとパチュリーは本へと向き直る。
「ただし、静かに食べる事」
そう釘をさすと、机に広げられた資料に再度集中する。
「はーい」
と小さな声で返事をしたルーミアは少しだけさめてしまった紅茶とケーキに舌鼓を打つ。
「んふ……、ごちそうさま」
紅茶とケーキを綺麗に平らげたルーミアは小さく呟くと、言われたとおりに静かに屋敷を後にする。
「やっぱり食べられない本よりケーキよね。でもあの場所は好きかも。暗いし」
少しお腹が膨れたルーミアは本来の目的を見失いながら、当ても無く飛び始めた。
§
「わっ、わっ、明るいっ、眩しいっ」
空を飛んでいると、遮られていた日差しが不意に降り注ぐ事が何度もあった。
ルーミアはその度に闇を作り出し、日差しから身を守っていた。
鈍感なルーミアでも流石にこの異変に気が付いていた。
闇を薄くし、きょろきょろと周囲を見渡す。
少し離れた場所に妖怪を見つけた。
「あ、やっぱり居た……」
そう、自分以外の誰かが近寄ると日差しが差し込んだり、雨が降ったりする。という事実に気が付いた。
でも、彼女にとっては「少し困る」程度の事だった。
「うーん、面倒だから出したままにしていよう」
と闇を纏う事でこの問題を解決としてしまった。
「そんな事よりも、出歩いている人間が居ないや……」
天候がコロコロ変わるヘンな日である。
わざわざ出歩く選択をする者が少数だという事に気が付かなかいルーミアは当ても無く漂っていた。
するとそこに声を掛ける者が居た。
「おーい、ちょっと、そこの黒いのー」
誰だろうと思い闇を薄くすると、木の根元に誰か寝転がっていた。
大きな鎌を地面に突き刺して、退屈そうにあくびをするのは死神――小野塚 小町だった。
「もしかして呼んだのは貴女?」
「あぁ、そうさ」
よいしょっと掛け声と共に上体を起こした小町はルーミアににへら、と笑みを向ける。
「霧が出て蒸し暑いからさ、丁度日陰が欲しかったんだよ。後は話し相手も」
「えー、私の避暑地なのにー」
そう言いつつも、気だるそうな彼女にどこか親近感を覚えたルーミアは闇を維持し続ける。
「いいじゃないか、そこの幽霊じゃちょっと冷えすぎるんだよ」
と鎌に纏わりつく幽霊を指差す。
「へー、そーなのかー」
「おや、あんたは幽霊にあんまり縁が無い?」
「うん、肝試しなんかしなくても自慢の避暑地があるからね」
「じゃあ試しに触ってごらんよ」
「幽霊なんて触れないのに……」
と手を近づけるルーミアだったが、あまりの冷たさにひゃんっと鳴いて飛び上がる。
「あはははっ、ほら、涼むには冷たすぎるだろう?」
「うー……、あ、そうだ」
じと目で小町を睨むルーミアだったが、幽霊が冷たいという事で一つひらめく。
鎌に纏わりつく幽霊に近寄ると、
「あー、む」
と幽霊を一飲みにしてしまう。
「お、おいおい……」
触れないと判っていて、冷たいと判っていて、どうしてこんな馬鹿げた行動をするのかと小町は呆れてしまう。
当然幽霊はルーミアの体をすり抜け、何事も無かったかのように鎌に擦り寄る。
そして、ルーミアはと言うと、頭を抱えてうずくまっていた。
「おぉぉ……、やっぱりカキ氷みたいにキーンってするぅ……」
「あっはっはっはッ」
この一連の行動に小町はお腹を押さえて笑い転げる。
「もう、笑いすぎ!」
ルーミアはぷぅっと頬を膨らませるとそっぽを向いてしまう。
「ひぃ、ひぃ、ごめんごめん、でも面白かったよ」
「ふんだ、私、もう行くから」
「ん、引き止めて悪かったね」
ルーミアは言う程怒っていない様子だった。
その証拠に手を振る小町に振り返ったルーミアも手を振って答える。
そして、闇を纏って遠ざかってゆく。
その姿を眺めながら小町は一人呟く。
「うん、暗い奴かと思ったけれどそうでも無かったね」
彼女にだって仕事をサボる理由はある。
多くの人を見て、語らい、自殺するような性質ならば思い止まる様に説く。
名目上の理由だけれど。
「まぁ、今度会ったらカキ氷でも奢ってあげようかね」
§
「そこのあなた……」
「わ……っ」
闇を薄くし、外が見える程度に光を取り入れて飛んでいたルーミアの目の前に、美しい緋色の羽衣が舞い降りる。
「そう遠くない未来に、大きな地震がきますよ」
現れた羽衣の妖怪少女は突拍子も無く、そう告げる。
からかうような様子も無く、緋色の少女はただ淡々と、丁寧に話を進める。
それが彼女――永江 衣玖の仕事だからである。
「何か質問はありますか?」
彼女の仕事は、来るべき大地震の予兆を伝えまわる事。
一人に割ける時間は少ない。
「無いのなら私はこれで……」
次の場所へ伝えに行こうと踵を返したところで、ルーミアがようやく口を開く。
「お……」
「お?」
「おいしそうっ!」
「っ!?」
衣玖はその発言にびくっと身を強張らせ、身構える。
「見たこと無いお魚……」
「た、確かに魚類ですが、私は食用じゃありませんっ」
しかし、ルーミアの目はランランと輝き、衣玖の言葉が届いているとは到底思えなかった。
「少しだけ、一口だけ……」
そういいながら、闇が緋色ににじり寄る。
「……っ、見ての通り私に食べる場所なんて無いですよ」
そう言い捨てると、全速力でその場から飛び退る。
しかし、普段から雲間を優雅に泳ぐ程度の彼女が、腹を空かせたルーミアを振り切れるはずも無い。
振り返れば涎をたらしたルーミアが迫っていた。
「まってーっ、端っこだけでいいからー♪」
本能が食われると警鐘を鳴らす。
「こ、こないでぇええ」
大人しく、他人を見守るような性格の彼女が絶叫と共に雷を放つ。
稲光が視界を白くし、轟音が周囲に響く。
帯電した青白い閃光がルーミアを一瞬で飲み込み焼き尽くす。
「ぎゃんっ!」
普通の人間なら黒焦げになり、死神のお世話になっているだろう。
が、ルーミアは妖怪である。
大怪我に違いないが、彼女は健在である。
「うぅ……、逃げられりゃ……」
すぐさま追いかけたいルーミアだったが、体の方が言う事を聞いてくれなかった。
電撃により、体が痺れてしまっていたのだ。
「ビリビリって痺れるるる」
ルーミアは逃げ去る衣玖の後姿を恨めしそうに見つめるしか無かった。
§
回復したルーミアは衣玖の飛び去った方へ向かう。
もしかしたら追いつけるかもしれないという淡い期待からの行動だった。
しかし、行けども行けども衣玖の姿は無く、知らぬ間に妖怪の山へと来てしまう。
普通ならば天狗が現れて山へ登るのを妨害するのだが、数日間文と行動していたルーミアは不振がられずに山を進むことが出来た。
昇りに昇り、黒い雲を突き抜けると、眩い光が差し込める場所へと到達する。
「きゃう……っ、まぶしい……」
目を瞑りながら、ルーミアは闇を展開して日差しからその身を守る。
日差しの嫌いなルーミアが此処――天界まで来たのには理由があった。
「こっちの方かな……」
黒い雲を飛んでいる最中に微かに甘い匂いを嗅いだのだ。
甘くて柔らかくて瑞々しい、あの果物の香りを。
「――あった! 桃の木!」
見上げればそこには、熟れた桃が無数に成っていた。
人間を襲うという目的を忘れ、ただただ空腹を満たす為に魚を追いかけ、雷に撃たれ、それでも諦めずにようやく辿り着いた桃の木の森。
「一つくらいいいよねー」
ルーミアは早速味見をしようと飛び上がり、桃へと手を伸ばす。
「ダメよ。あなたにあげられる様な物はこの天界には無いわ」
そこに声が掛かり、ルーミアの手が止まる。
「だ、だれ?」
振り返った先には、青い髪の少女が不機嫌そうに腕を組んでいた。
「私は天人。比那名居 天子。地上の妖怪であるあなたはお呼びじゃないわ」
「なによー、一つくらい良いじゃない」
そう文句を言いながらも、注意されたルーミアは地上に降りる。
「天界の物は天人の物。そして私が望むのは異変解決の人間。地上の妖怪はさっさと地上へ帰りなさい」
天子の態度にルーミアも反発する。
「ふーん、じゃあ桃は諦めて、あなたでお腹を満たす事にするわ」
「ふん、やれるもんなら……、やってみなさいよッ」
巨大な要石を中空に呼び出すと、それをルーミアへと投げ下ろす。
「わっ!」
轟音と共に要石が地面へと突き刺さり、土煙が舞い上がる。
気が付いた瞬間に飛びのいた為、ルーミアには直撃してない。
「ふふ、流石にアレくらいは避けられるか……」
地面に突き立った要石は脅威から障害へと変わる。
天子の前に出ようとすれば、必然的に要石の左右か上を通過せねばならず、行動を読まれやすくなる。
「さぁ、あなたはどう出てくるのかしら?」
右か、左か、それとも上か。
しかし、ルーミアはそのどれでもない行動を取った。
「なに、これ……?」
世界から一切の光が消えて、瞬く間に黒一色に塗りつぶされる。
「光が無ければ何にも見えなくなる。知らないの?」
「バカにしないでよ! こんな芸当が出来る事に関心しただけよ」
「それじゃあ今度は私の番ね」
「ふん、どうせあなたも見えて無いんでしょ?」
「見えてないけど、あなたの居場所ならわかるわ」
どうせハッタリ。
天子は自分の周囲に要石を浮遊させる。
確認する為には光を取り込んで目視するはず。
そうなれば自分にも光は届き、相手を確認できるようになる。
既に弾の装填は済んでいる。
後は早撃ち勝負、と天子は意識を集中させる。
その矢先、天子の立っている場所をピンポイントで光が射し込む。
「きゃっ」
射し込んだ光で目が眩み、天子の動きが止まる。
その一瞬の隙を突いて、ルーミアは天子を背後から羽交い絞めにする。
「ど――、どうしてっ?」
闇が薄まり、お互いに姿を確認できるようになる。
その問いに、ルーミアは鼻をスンスンと鳴らして答える。
「だって、桃の木よりも低い位置から桃の香りがするんだもん」
そう言われ、天子は耳まで真っ赤にして
「ばっ、ばかッ、匂いなんて嗅がないでよ!」
「えへ、あばれちゃダメ」
流石の天人でも背後から羽交い絞めにされては振りほどけない。
「うぅ……っ」
「それじゃあ早速……」
宣言通りその肉でお腹を満たそうと、天子の首筋にルーミアの歯がつきたてられる。
ぞぶり、と肉が削がれ熱を持ったように熱くなる。
「っつ……ッ」
天子は痛みに顔をしかめる。
が、何故か体を解放される。
「ぇ……?」
振り向くとルーミアはしゃがみこんで噛み千切った肉を吐き出していた。
「……ぺっ、ぺっ、何よコレ、毒じゃない……」
「な――っ」
天人の肉は妖怪にとって毒である。
ルーミアはこの事を知らずに肉を食べたのである。
しかし、天子もまた自分の肉が妖怪にとって毒であるなんて親からも聞かされておらず、
当然食べられるのも、今回が初の経験だった。
「桃の香りで美味しそうだったのに……、こんなにマズいのは初めてよ……」
涙目でマズいと言われて、天子も激昂する。
「な、な、なんて事を言うのよ! 父様にも母様にも食べちゃいたいくらい可愛いって言われて育ったんだからっ、あなたの味覚がおかしいのよ!」
「なによー、マズいものはマズいんだもの」
ルーミアはじりじりと後ずさりをする。
首の傷も忘れて、天子はルーミアへと一歩近寄る。
「そ、そんな……、私って美味しくないの……?」
ルーミアはコクリと頷くと、もう一歩下がる。
この露骨な避け方に天子は目に涙を浮かべて抗議する。
「ちょ、ちょっと、逃げないでよぉ!」
§
美味しくなく、しかも毒だった天子から逃げるルーミア。
齧っておきながら、マズいと言い放ったルーミアに詰め寄る天子。
そんな二人の間に割り込む人物が現れる。
紅い衣装に身を包み、白い袖をなびかせて、巫女が――霊夢が空から降りてくる。
「っと、ここに地震を起こした奴が……、ってあんた達何やってるのよ?」
にらみ合う二人を交互に見て、霊夢は面倒臭そうに頭を掻く。
「わっ、この前の巫女……」
以前、返り討ちにしてきた巫女が目の前に現れ、ルーミアは身構える。
「……巫女? じゃあ、あなたが異変解決の巫女ね?」
逆に天子は待ち人が来た、と嬉しそうに微笑む。
そんな二人の中心で、霊夢はまずルーミアを見る。
「あんたが犯人な訳ないし……」
そして、天子へと視線を移す。
「という事は、そっちの娘がそうね?」
ルーミアは無視して、天子へと向き直す。
霊夢と対峙した天子は胸を張って自分が犯人だと名乗る。
「そうよ。地震は私が起こしたわ。これから更に大きな――」
しかし、セリフを霊夢が遮り、指摘する。
「って、ちょっとあんた血塗れじゃない!」
「ふふん、こんなの気にする程の事でも――」
無い。そう言い張ろうとした途端、膝から崩れ落ちる。
「あ、れれ? どうして……?」
「きっと血を流しすぎたのよ。いくら死ななくても暫くは動けない筈よ」
「うぅ……」
「まぁ、後でコテンパンにしてから神社の修理をさせてあげるから寝てなさい」
そう告げて今度はルーミアへと向き直る。
「で、あんたはどうしようかしらね」
霊夢と対峙するルーミアは不適に笑う。
「ふふふ、以前の私とは違うわっ、今度こそあなたを食べてあげるわ」
ルーミアは思い出したのだ。自分の本来の目的を。
ぶっつけ本番になってしまったけれど、これで人間を襲う事が出来る。
修行の成果を試す事が出来る。
ルーミアの意気込みは、やる気の無い霊夢からさらにやる気を削ぐ程だった。
「あー、もう、面倒臭いわねぇ」
そして、霊夢は……
§
博麗神社の縁側に、烏天狗の射命丸文が舞い降りる。
縁側ではルーミアがご飯を食べている最中だった。
「こんにちわルーミアさん。それであの後どうなったんですか?」
結末が知りたくて知りたくて堪らないと文の顔に書かれていた。
「もぐもぐ、見ての通りよ」
咀嚼しながら喋った為、ご飯粒が口からポロポロと零れる。
「もう、食べながら喋らないの」
と部屋の奥からお茶を持って霊夢が現れ、ルーミアを嗜める。
「ふぁーい」
返事をしたルーミアは黙々とご飯を食べる事に集中する。
「あの、ご飯食べてるようにしか見えませんが……」
意味が判らないと文は霊夢に助けを求める。
「あぁ、妙に張り切ってて面倒そうだったからね」
と返される。
つまり、ご飯で買収した。という事だった。
「そんなぁ……、せっかく修行付けてあげたのに面白くないじゃないですか」
せっかく記事にできると踏んだのに、こんな詰らない結果になるなんて。と文は憤慨する。
しかし、それを聞いた霊夢の目が据わる。
「へぇ、あんたの差し金だったのね……」
しまった、と悟るも後の祭り。
文は踵を返して空へと逃げ出す。
「いや、その……、し、失礼しますっ」
「待てっ」
逃がすものかと霊夢も飛び立つ。
残されたルーミアは淹れてもらったお茶を啜って両手を合わせた所だった。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
丁度そこへ天子が現れる。
貧血で倒れた天子はあの後暫くして完全復活を果たし、ルーミアを買収した霊夢にボコボコにされていたりする。
そして今日、約束どおり神社を修理しにきたのだ。
「おーい、巫女は居るかしら?」
「んー、どっか行っちゃった」
「はぁ……、今日行くからって言っておいたのに……」
「待ってれば?」
「もちろんそうするわ」
と縁側に座ると、天子は懐から桃を数個取り出す。
「じー……」
羨ましそうに見つめる視線に気が付いた天子は、少し考えてから桃を一つを差し出す。
「……食べる?」
「いいの……?」
「えぇ、天界の物は天人の物だけど、私が持ってきたコレはお土産よ」
「わぁい」
ルーミアは目を細めて嬉しそうに微笑む。
「その代わり、巫女が帰ってくるまで私の暇つぶしの相手をしなさい。……その、話し相手とか」
「うん、いいわよ」
二人の交渉は見事成立。
二人はクスクスと笑いあうと、大粒の見事な桃にかぶりつく。
「「んー、おいひー」」
見ると安心します。
しかしこのるみゃ使って見たい。
霊夢×ルーミアっていうのも良いですよねぇ。
衣玖さんが食べられそうになったのには・・・・ルーミアよりも涙目の衣玖さんに思わずニヤニヤと。
次回のがどんなものになるのか楽しみですね。
そしてさらに×てんこと来たか。これは妄想力が刺激されますねぇ。
ところで、Ver.1.04183のパッチは何処に行けば……
使ってみたいと思いました。面白そうだ。
ルーミアが魅力的過ぎるのぜ?
会話も凄く読んでて楽しかった。
よかったです 次も頑張ってください。