※このSSには多量のニコチンやタールなどが含まれています。
あなたの嫁への妄想を損なうおそれがありますので読みすぎに注意しましょう。
「・・・ふう」
ここは妖怪の山、射命丸 文の家。今しがた最新号の文々。新聞の推敲を終えて作業が一段落したところだ。
んー、と背筋を伸ばし、愛用のソレ、に手を伸ばす。ソレ、とはキセルのこと。長年使っているがその艶は衰えるどころか
使えば使うほど増していっているような気がする。箱からちょっと上質の葉を取り出しキセルに備えて火をつけた。
そして、一服。
「う、まーい! あぁ、これだから仕事のあとの一服は止められないんですよねー」
誰に言うでもなく至福の笑顔。ところがそれを聞いていたものがひとり。
「あぁ! 文様また煙草なんて吸ってらっしゃる!!」
入り口からひょこと顔を出したのは白狼天狗の犬走 椛。その地位のため文の専属の部下のようなこともやって
いる生真面目な哨戒天狗が眉をひそめている。
「あぁ椛。もうすぐ原稿ができますからね。私が出かけたら掃除を・・・」
「その前に煙草です! 前から言ってますように煙草は百害あって一利なし! 文様の健康を損ね害する恐れが」
「またその話ですか・・・。もう聞き飽きました。いいじゃないですか煙草くらい。ジャーナリストってものはストレスとの
戦いでもあります。いわば戦士ですよ。その戦士の心の潤いをですね・・・」
「いくら心が潤っても体を痛めては話になりませんっ!!」
うー、と唸りそうな勢いで文、というか文の持つキセルに憎々しげともいえるような視線を飛ばす椛。うんざりした
表情でその椛を見やる文という構図は、それらが幾度となく繰り返されたことを物語っている。
「今日という今日は話を聞いていただきますっ! そもそも煙草は・・・」
「ぷーっ」
説教を始めようとした椛の顔に紫煙が吹き付けられた。
「ぎゃぁぁっ!? げっほっ! げほげほっ・・・、あ、文様っ! 話は・・・げほげほげほ」
「じゃあ椛、掃除は頼みましたよ」
絶大な視覚と嗅覚を持つ白狼天狗に煙草の煙はまさにポイズンブレス。目と鼻を押さえのた打ち回る椛を
横目に、文は自分の家を飛び出した。後ろから咳交じりの文句だかなんだか聞こえてきた気がしたが思いっきり
無視して超高速で空を行く。軽く翼のひとふた羽ばたきで妖怪の山の頂上まで到達する。
「ふう・・・」
「おや、なかなか良いもん持ってるじゃないの」
「あやっ!?」
いきなり後ろから声をかけられ、そこを見やると背に持つ極太注連縄も神々しく、守矢の一柱八坂 神奈子が
そこにいた。先の守矢神社の幻想郷入りで一悶着あったが、今では引越しが騒がしすぎたお隣さん程度の
感覚である。とはいえ文はいまいち警戒心が薄れないでいた。今も緊張した面持ちで神奈子を見、その言葉の
真相を探ろうとした。私が良いものを持っている? 持っているものたっていつものカメラしか・・・と手にしたものを見て
「あやややややっ!?」
驚いた。そこには何故か煙管箱がある。あのまま放っておけば椛に捨てられるかもと無意識で持ってきてしまったのか。
やれやれ、ジャーナリストがお笑い種ですね。そんなことを思いつつ、文ははっと気付く。
「良い物ですけど・・・あ、あげませんよ?!」
「誰が欲しいといったかな。私にはこれがあるわ」
がばと煙管箱を隠す文を笑いつつ、神奈子は服の袖から文のそれより小さな箱を取り出した。かぱりと箱を
開けると、
「あ、葉巻・・・ですか」
「そう。私は断然これ派かな。・・・火、持ってると嬉しいんだけど」
「えっと・・・どうぞ」
文の特注煙管箱には火口もついている。焼けた炭に切った葉巻の先端が押し当てられると、文にも嗅ぎ慣れた
香りの煙がじきに上がる。ありがとうとひとこと言うと神奈子は葉巻を咥え、口の中に旨い煙を溜め込むと、ぱぁっと
空に吐き出した。
「・・・あぁ、いいね」
しみじみと呟く神奈子に文はまだ声をかけられない。と、
「八坂さまー! 八坂さまどこにいらっしゃるんですかーっ!」
下に小さく見える社から風祝の娘の声が聞こえた。その声に、まるで悪戯が見つかったような顔をした祀られた
神の表情を文は見逃さない。
「あちゃぁ。見つかったら怒られるのよね」
「・・・え? あの娘にですか?」
オフだろうとなんだろうと記事になりそうな面白い言葉に首を突っ込むのは記者としての業か。それとも己が
境遇を重ね合わせたのか。
「うん。早苗はどうも煙草全般が苦手でね。 『乾、つまり天を象徴する八坂様が自ら空気を汚してどうするの
ですか!!』 だなんて事を言って見つかるとうるさいのよね。そもそもそう言うなら自動車・・・はあなたには分らないか。
そうさね、炭焼き小屋を一つ残らず無くした方がよっぽど煙は空に立たない。そう思わないかい?」
「えっと・・・ジドウシャは分りませんが、それ以外はよく分ります、よく」
椛と同じ顔をして神を叱る早苗の姿を想像し、文は思わずがっしと神奈子の手をとっていた。そこには同じ趣味と
同じ苦しみを持つものの連帯感が生まれていた。
「人里にでも降りましょうか。あそこでなら咎める人もいなさそうですし」
「そうだね」
今だ神奈子の名を呼び続ける早苗の声を背に、二人はこっそり人里へと逃避行を開始した。
「さて、このあたりなら・・・」
文がそう呟いたとき、
「まったく!! 何度言わせれば分るのだ妹紅!! 今日という今日は勘弁ならん!!」
取材で聞き覚えのある声が寺小屋の付近から上がった。しかしその声は始めて聞いた怒りの声。どうやら相手は
声の主の友人であり、烏天狗さえ脅すとんでもない娘。
「・・・なんでしょうか?」
カメラを持ってないことを後悔しつつも、体が勝手にそっちに向かう文。神奈子はおや、と言う表情をしたが、
ひとまず後をついていく事に決めた。
寺小屋の主、上白沢 慧音は眉を吊り上げて目の前の少女を睨みつけている。しかしその相手、藤原 妹紅は
まるで反省の色も見えない至極鬱陶しそうな表情をしている。このワーハクタクと不死の少女の仲の良さは
折り紙つきなのだが何が起こったのであろうか。文の興味を引くには十分すぎる状況である。
「お二人が喧嘩とは珍しい。どうも、射命丸です。取材させていただいて構いませんか?」
「ぬ・・・。いや、喧嘩というわけでは・・・」
まさに空気を読まない突撃インタビュー。その唐突さに慧音は若干たじろぎ、妹紅はといえば、鬱陶しさが
加速を増してあからさまに嫌げな溜息をついた。・・・なんだかヤニくさい。見ると足元には何本かの紙巻煙草の
吸殻があった。
「・・・いや、そうだな。ちょうどよかったかもしれない。幸い貴方は新聞屋だ。これを機会に少し話を聞いて
くれないかな。啓蒙したいことがある」
「えぇ、はい」
状況把握をしている間に立ち直った慧音が文に言う。自分から取材に答えてくれるひとは結構貴重だ。妹紅は
といえば、本気で興味がないらしく大あくびをした。ヤニくさい。
「今日もなんだが・・・私の友人・・・ほらそこ、女の子なんだからせめて口元を隠せ口元を! ・・・すまない、話が
それた。ともかく妹紅の事なんだが毎日のように煙草を吸うのだ。他人の趣味嗜好に口を挟むのは良い事では
ないとは分っているが、しかし、煙草の吸いすぎは看過できない。肺にも血液にも良い影響を及ぼさないのは
明らかだからな」。
「・・・私は不死だから今更煙草の害とか言われてもねぇ」
角でも生やしそうな勢いの慧音の熱弁に冷水を浴びせるような妹紅のつぶやき。しかしそれは水でなく油か
何かになってしまった。
「そーのー考えがっ!! 甘いというのが分らないか妹紅っ!! そう、影響があるのが自分だけならばまだ
百歩譲って許しもしよう。煙草の煙には大量の害悪物質が混在している。それらは拡散して、煙草を吸わない
人や、あろうことか子どもたちにまで被害にあってしまうのだ! 子ども達が被害にあうのだぞ!?」
「・・・だから迷惑にならないようこっそり吸ってるんじゃん・・・」
なるほど、寺小屋の影でこっそり煙草をふかしてたらしい。それを慧音に見つかってこの様、ということなのだろう。
あと慧音はやたら子どもの部分を強調していたことはこの際置いておく。
「文さん。貴方の新聞でこの事を広めてくれはすまいか。何が正しいかは火を見るよりも明らかだが、改めてここで
啓蒙を・・・」
「わかります」
慧音の言葉も終わらないうちに頷く文。その目の光は赤く力強く輝いていた。
「おお・・・」
「・・・ふん」
対照的な表情、感動の笑みの慧音とふてくされた妹紅。
「わかりますよ妹紅さん! 貴方のその辛さ! 貴方のその悲しみが!」
「そうだろうそうだ・・・何ィ!?」
「へ!? わ、私!?」
予想の言葉と180度の違いがあったとき、ひとは面白い反応をする。それはワーハクタクでも不死人でもそう
変わらないらしい。そんな二人をさておいて文は
「煙草を嫌うものの言い分は皆同じです!! やれ健康がどうだ、やれ他人の迷惑だ。私たちはきちんと趣味と
して対価を払い、穏やかにそれを続けたいだけなのに、煙草を吸うだけでまるで犯罪者のような顔をされ
嫌われる! おかしい事なんですよ。吸わないものの権利があるなら吸うものにだって権利が与えられて当然
じゃないですか!! ・・・妹紅さん、貴方もさぞかし辛い迫害を受けているんですね・・・わかります、
わかりますよ・・・ッ!!」
「え、あ、あぁ。えっと、うん」
先の慧音の熱弁が燃え盛るどんど焼きなら、今の文の言葉は里を焼き尽くす神の火だ。余りの熱っぷりに妹紅も
思わず頷いてしまった。後ろでは神奈子が拍手をしている。よっ、射命丸! とかも言ったかもしれない。
「あー・・・・・・えっと、文さん?」
「てりゃっ!」
「何だそれは・・・。・・・ぬ、煙管箱、ということは」
「そうです。私も喫煙者ですよ。私は今、決心しました。この理不尽な弾圧に対抗するため、私は闘います。
着いてきてくれますか? 神奈子さん、妹紅さん」
煙管箱を慧音の眼前に突きつけ、表情を引き締めた烏天狗の少女は、同じ悲しみを持つであろう仲間たちに
問いかける。
「・・・いいけど。私もゆっくり煙草を吸いたいのは同感だしね」
「・・・まぁ、私も暇だし」
温度の差はあるが、おおむね喫煙者連合としての行動には協調したらしい。
「そういう訳で慧音さん。貴方のお話には賛同できかねます。よって記事にもしません。それでは、また」
決別の言葉と共に、仲間と共に空へと消えていく文。それをなんともいえない表情で見送りながら慧音は
「・・・百年ほど前に禁煙したその体験者からとしてのアドバイスなのだがなぁ・・・」
と憂いに眉を下げた。知的美女に煙管は似合いますね、わかります。
「この幻想郷には私たちと同じく迫害された仲間が居るはずです。仲間としないと」
「数をそろえて言葉に力を増す、基本ではあるわね」
「しかし・・・うーん」
里のカフェで思い思いの飲み物と、同じ紫煙をくゆらせながらの三人。会話の内容は”第一回幻想郷喫煙者連合
嫌煙家による迫害への対策会議”らしいが適当に愚痴を喋ってるだけにも聞こえる。
「妹紅さん、永遠亭の方はどなたか・・・」
「あぁ。あそこは見込み無しと思った方がいい。輝夜がタバコを嗜むなんて見たことも聞いたこともないし、永琳も
そう。・・・なんかもっとヤバイ物をやってるかどうかは知らないけど。同じく二匹のイナバもダメそうだね。てゐなんか
『健康のためなら死んでもいい!』とか言うくらいだし」
「しょせんは薬師連中ということですか・・・」
何がしょせんなのかは不明である。妹紅自身も健康マニアだ、などといっているがアレは不老不死の隠れ蓑に
言ってるだけと思った方がいいのだろう。その点てゐは筋金入りの健康マニアである。ちなみに師匠や輝夜や
てゐからの扱いにグレて煙草で憂さを晴らす鈴仙というのも絵にはなりそうだ。ウサだけに。もとい。戦場ではこの
煙草だけが生きてるって実感させてくれたんだ、とか言いそうだし。そうだったとしても妹
紅が知る由はなかった。
文は次いで神奈子に話を振る。
「神社のほうはどうです? 妖怪の山・・・は私が知ってますけど」
「いや、うちも私以外は誰も吸わない。山の力ある連中もほとんど吸わないんでしょう? にとりちゃんなんか
河童だし、煙管とか似合いそうなんだけどねぇ」
「あの娘は潤滑油とか石炭のにおいのほうが好きみたいです」
意外と賛同者が見つからなさそうで、先行き不安になりそうになる、が
「っていうかさ。文、貴方新聞記者じゃない。めぼしいところが一番わかってそうなんだけど」
ともっともなことを妹紅が指摘する。
「うー・・・ん。仕事をプライベートに持ち込むのは好きじゃないんですが、そうも言ってられませんね」
そこまでの事態じゃないとも思うが、どうやら文には文なりのこだわりがあるらしい。
「まず・・・霊夢さん、魔理沙さんはアウトですね」
「なんで?」
「シュジンコウホセイ、とかいうやつらしいです。よくわかりませんが霊夢さんにはそもそも煙草を買う財力がない
ですし、魔理沙さんは煙草よりキノコの方が良いとかそういう理由ではないかと」
主人公補正に新たな意味を作った文はさらに思いを巡らす。
「紅魔館・・・も居ないでしょうね。意外と健康志向なんですよあそこ」
「吸血鬼も病気にはなりたくないのかねぇ」
神奈子の中で乾布摩擦をする吸血鬼の絵とかが浮かぶ。
「当主があのちんちくりんじゃ煙草のうまみはわからないだろうさ」
聞いてないとおもって散々な事を言う妹紅。横でどんどん神奈子の吸血鬼像がおかしくなっていく。
「健康じゃない魔法使いが一人居ますが喘息持ちなんでスルーします。次に白玉楼まわりは・・・」
「幽霊も煙草吸うのかな」
「まだ人としての自我がある内は吸うよ。だけど冥界まで行っちまったらそんな欲もなくなっちまうんだなぁこれが」
神奈子の疑問に答えたのは文ではなかった。
「あ、あれ、小町さん? 今日もまたいつものごとくサボりですか?」
「お、オフだって!」
幻想郷一のサボリマイスターにして三途の渡し守、死神の小野塚 小町がそこにいた。確かに鎌も持っていないし
私服っぽい格好なのでどうやらやはりおそらく言う事を信じるとしてオフなのだろう、きっと、たぶん。もっともこの死神に
オンとオフの区別が付いているかどうかは謎だが。
「隣、いいかい? いやなんか面白そうな話してるなぁと思ってさ」
文の承諾を受ける受けないの別なしにもう隣に座っている。そして当然のように懐から煙管を取り出した。
「へぇ、って事は」
「お仲間に入れさせて頂いて構わないですかね?」
赤毛を二つに結った死神は、人懐っこい笑みを浮かべた。
「いやまぁ・・・悪いとは言いませんけど、趣旨わかってます?」
煙管に火を入れひと吸いし、弛緩しきった笑顔で紫煙をたなびかせる死神娘に文は言う。これは闘争であって
サークル活動じゃないんですよ、みたいな若干非難を込めた目つきだ。しかし傍目にはどう見ても和気藹々とした
馴れ合いの場にしか見えないが。
「んあー? わかってるわかってるよ。こうして煙草を嗜みながら日々の愚痴をぶちまけてストレス発散するとかゆー」
「違いますよ! ダメだこの死神ぜんぜん分ってない!」
どちらかというとボケ気味の文さえツッコミに変えるほどのこまっちゃんのボケっぷり。ベタだなぁ、と神奈子も妹紅も
思っている。あはーとゆるい笑みを浮かべて、煙を吐き出す小町。
「冗談だよじょーだん。話をちょっと小耳に挟んだ限りじゃ、喫煙家の地位向上とかそういったことだろう?
うちの上司はそこんところ理解があるというか頓着してないんだけど、お仲間が困ってると聞いちゃぁ黙っていられなくてねぇ」
などと言いつつぱちりとウィンクをした。世の男どもならこの仕草一つで魂を彼岸の向こうまで飛ばされるだろう。
その気はない文が一瞬ぐらりとしたほどだ。それをごまかすためか、
「わかりましたいいでしょう、煙草を愛するもの拒まずです。ところで、先の白玉楼の件ですが・・・何か知ってらっしゃるん
ですか?」
いつの間にか火が消えた煙管からコン、と灰皿に灰を落とし、聞く。
「あぁ。申し訳ない情報だけど、あそこも望み薄だね。あそこの主殿はもっぱら食べられる物専門。こないだは客人の
忘れた煙草を口にして、庭師から激しいボディブロゥをかまされてたよ」
「まるで赤ん坊ですね」
手にしたものを何でも口に入れる辺りが、であろう。でも普通は赤ちゃんにボディブローはかまさない。
「で、その庭師の娘も煙草はダメっぽかったよ。あたいが煙管咥えてたら煙たがってた。まぁあの娘もおこちゃまだからねぇ」
「うーむ、白玉楼もバツ、と」
かんばしくないなぁ、と頭を掻く文、しかし
「けど、少なくともあたいの知る限りあと二人のツテはあるよ」
頼もしい言葉が小町から出てきた。おお、と他の三人が喜色ばむ。
「行くかい?」
「行きますとも!」
「あー・・・うまぁ」
幻想郷の一角の森。大樹の下でぼんやりと青空を眺めながら、少女は煙草をくゆらせていた。
「はいゲットー」
「ひゃん!?」
ひょい、と長身の女性に襟首掴まれてそのちびっ子は宙に浮いた。じたばたする。
「ちょ、ちょっと離してよ!?」
「うむ」
急に離されたせいでぼと、と地面に尻餅を付く少女。うーと涙混じりの物凄い顔で睨む先には、死神娘の笑顔が
あった。しかも他に数人の影。ちびっ子、ことリリカ・プリズムリバーはいつでも戦えるように思考を働かそうとする。と、
「リリカさんですね」
「見れば分るじゃない・・・って、その声は新聞屋じゃん。何か用?」
投げかけられた声に聞き覚えがあったので答える。まだ警戒は解かないが。
「こんなところでお一人で煙草ですか? お姉様方は?」
「・・・別に。いいじゃない、一人だろうとなんだろうと」
その拗ねたような声に、文は確信する。
「なるほど。音楽家で喫煙者でないお二人に気を使って、こんな人気の無い所で一人、ですか。あぁ、責めてる訳じゃ
ありません。ただ、お仲間としてその姿は寂しすぎるかな、と思っただけです」
「仲間ぁ?」
文に事実を突きつけられて不愉快な思いが湧き上がったが、それにも増して不思議な言葉が出た。視線を
周りにやって、それで気付く。みな煙管や葉巻などめいめい好みは違うが、確かにこれは喫煙者という仲間だ。
とはいえ素直にその言葉に乗っかるのも何か癪に障ったらしい。
「別に、煙草を吸うってだけの共通点じゃない。それを仲間だなんて」
突っぱねたリリカの言葉にふぅむと考える文。仲間たちに目をやると首をかしげられたり微妙な笑みで返されたりした。
目が合った小町はやれやれとしつつも、リリカに喋りかける。
「いやまぁ、そうかも知れんけどね。お前さんはそれでいいのかい?」
「・・・?」
「お前さんが姉思いなのは今の話でなんとなく分ったさ。ずいぶん気を使ってるみたいだけど、心を落ち着かせる
ための煙草で心労してどうするね」
「・・・」
リリカは何も言えないでいる。二人の姉、ルナサは煙草のヤニが楽器に付くのを嫌うはずだし、メルランは煙草を
吸っていても気にしないだろうが、トランペット吹きの喉を痛めるわけにはいかない。能力を使えば音なんて簡単に
出せるが、それでも音楽家の誇りってのもある。キーボード使いのリリカとしては少々のヤニだの喉が痛いだのは関係ないから
・・・関係ないからこそ煙草を吸うとなると孤独を作る必要があった。
しかし、本心は姉達と一緒に居たいのである。
「確かにあたい達じゃ姉代わりになれないけど、さ。それでも一人よりは人数が多い方が楽しい。うちの閻魔さまも
仰ってただろ? 寄る辺がない霊ってのは消えやすいもんだと。さ、そんなふてくされた顔より、笑顔で一服しようや」
「ふぅ・・・。全くおせっかいな死神だね」
「あたいも自分でそう思う」
へへ、と笑う小町につられたのか、リリカの表情も和らぐ。
「しょうがない。私は一人でも構わないんだけれど、あんた達と一緒に居れば色々面白そうな音も聞けそうだしねー」
ちょっとだけ強がりを見せつつ、リリカは新しい煙草に火をつけた。肺に吸い込んだ煙の味は、不思議といつもより
おいしい気がした。
「ところでリリカさんはわかりましたが、もう一人のツテって、誰なんです?」
普段余り接点がないメンバーだからか、挨拶から他愛無い話をしているなかで、文は小町に問う。
「ん? あぁ、あの大妖怪の式、八雲の藍だね。映姫さまへの言伝があるとかで出合った時に、三途のほとりで
待たせてたんだけど、そのとき煙管を咥えてたからね」
「ははぁ、なるほど」
確かにあのお狐様に煙管はよく似合う。しかし、彼女に会うにはちょっとした問題があった。
「前にあったときはアポありでしたから・・・今あそこのお屋敷に行くとなるとあてがないですね」
むうぅと唸って、いつも万年筆でやるように煙管を手の上でくるくると回す文。火が入ってないからできる技だが。
そんな文の様子を見て
「あはは。なんだ、そんなことか」
と小町が笑い飛ばした。
「そんなことって・・・何か方法があるんですか? もしかして、小町さんの距離を操る能力を・・・」
「違う違う。やろうと思えばお前さんにもできる、すごく簡単な方法さ」
小町の言葉は少なからず文には衝撃だった。あのどことも分らない屋敷へ行くことを簡単と言い張る小町の存在が、
急に大きく見えたこと。そしてアポなしであの大妖怪の所へ行けるなら、取材がもっともっとできそうだということに。
「それじゃ、いっちょやろうかね」
すうと息を吸って仁王立ちの小町。それをどこか恋する少女のように熱を持った瞳で見守る文。・・・もっとも、恋と
いうよりブン屋としての情熱かもしれないが。そして、不敵な笑みと共に小町は大きく叫んだ。
「出てこい! 大年増妖怪スキマバb」
「殺すわy」
「ゴメンナサイゴメンナサイウソデスジョウダンデスホンノチイサナキノマヨイデスゴメンナサイゴメンナサイモウシワケアリマセン
ゼッセイノビショウジョユカリサマコノムシケラノヨウナコマチメヲアワレンデクダサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ
ゴメンナサイ」
「五体倒地ッ!?」
周辺ほぼ全てを飲み込むスキマ経由で八雲家。境界操りの大妖怪が殺意をぶち込む隙もあらばこそ、小町は
余りに見事な五体倒地で大謝罪。紫も思わずツッコミを入れてしまったせいで毒気も何も抜かれてしまった。
小町はサボリマイスターであると同時に謝罪マイスターでもあったようだ。
「えっと・・・」
「あの、どうも。射命丸です。なんと言っていいかわかりませんが、えっと、すみません」
「い、いいのよ、たぶん」
地に伏し壊れた蓄音機のような小町をなるべく視界に入れないようにしつつ、文はぺこりとお辞儀をする。とりあえず、
こんな方法は簡単にできた方がおかしい。例えば頭とか。
ざわめく後ろを見ると、仲間たちも一緒にここに来ている。八雲流のサービスの一環だとしたらありがたいことだ。
「・・・ここまでの見事な五体倒地を見せられたら怒る気力がなくなっちゃうわ。ところで、これは何の集まりで、
何で私に用があるのかしら?」
いまだ何かを呟き続ける小町の頭をつつきつつ、紫は文に尋ねる。確かに、ここにいる面々は普通に考えれば
接点を見出すことは難しい。ひとまず説明が必要だな、と思った文に一つ疑問が生まれた。
「分りやすく言えば喫煙者の権利を勝ち取ろうとする集まりです。ところで・・・紫さんはお煙草はお吸いにならないん
ですか?」
この大妖怪の賛同を得ることができれば運営に大きな推進力ができる。そんな打算も少しだけ働いて聞いてみる。
んー、と下唇に人差し指を当てて考えた紫は、ふと立ち上がり
「吸わないわよ。だってほら、私って永遠の少女ですもの」
全身からありえないほどの少女パワーをかもし出してかわいこぶった紫。というかほんとありえない。
「あぁそうですかそれならもう用はありません用があるのは藍さんだけですのでそれではさようなら良い夢見ろよ」
言葉も区切らずに言い切り、紫を一瞥もせず文は屋敷の奥に向かった。その対応が正解であろう。
「あ、それじゃ私も邪魔するわね。へぇ、ここが八雲亭か~」
「おっと、待ってよ神奈子。じゃ、私も行くわね」
「ちーっす。お邪魔しまーす。・・・ここの庭でライブってのも楽しそうだなぁ」
めいめい文に続いて紫を半ば無視しつつ屋敷に向かう。
その紫といえば、かわいこぶった少女の姿のまま真っ白な灰と化し凍っていた。その足元でへこへこと芋虫のように
移動を開始する小町。酷い絵では、ある。
「おお。確かに私は煙管を嗜むよ?」
縁側で客人をもてなしつつ、九尾のべっぴんさんの式は文の言葉に答えた。
「そうですか! じゃあ交流もかねて早速ここで一服しましょう」
「おっと。できればここで、はちょっと」
困ったような笑顔を見せて、めいめいの煙草が取り出される前に藍が制止の声をあげる。
「へ? 禁煙でもしてるの? そんな体に毒な事を・・・」
藍が出したお茶をうまいうまいと飲んでいた妹紅が聞く。明らかに後半は何か間違ってるが。
「いや、うーん。煙草をやめるつもりはないよ。ただなぁ、橙が・・・」
「あや? あなたの式がどうかされましたか」
「私が煙草を吸っていると、酷く嫌うんだよ・・・。どうにも煙が駄目らしくてねぇ・・・」
世界が明日終わると知ったら人はこんな顔をするんじゃなかろうか、藍の親馬鹿っぷりがわかる一面である。
「おや、うちと同じだね」
妹紅の隣で神奈子が同調する。お茶と煎餅はうまいがそれより葉巻を一服したいといった風ではあるが。
「おや、そちらのお社も。吸いたいのは山々なんだけどねぇ・・・」
藍が橙を、神奈子が早苗を深く愛しているのは文も十分知っている。妹紅と慧音も親友同士であるし、リリカの
姉妹愛もそれは強いと思っていいだろう。そして、文も自らを慕う椛のことを少なからず可愛いと思っている。
しかし、その愛のためにもう一つ愛する物を捨て去るのはどうであろうか。本当は皆、誰にはばかることもなく
ゆるりと紫煙をくゆらし、笑顔で談笑しあいたいのだ。そしてそれがひととひととの交流を深め、お互いの明日に
向かう活力にもなる。慧音には闘いだなどと大見得を切ってしまったが、突き詰めれば自由な場が欲しいだけ
なのだ。
ふぅむと考え込む文の横で
「・・・そうなんだよ。よくやったな、と頭を撫でたときの早苗の照れた表情ったらもう・・・」
「・・・いやいや。ご褒美の鰹節を抱いてごろごろにゃんにゃんしている橙の可愛さったらもうな・・・」
神馬鹿主馬鹿大会が始まっていた。お互い話がかみ合ってるようで勝手に話してる気がする。妹紅やリリカの
うんざりした表情を見ると、そろそろ区切りを設けた方がよさそうだ。
「ところで藍さん。私たちのお仲間に入っていただけます?」
「ひ、膝に抱いた橙のお日様の匂いのする髪の毛をくんかくんか・・・え、なに?」
文は何も聞かなかったことにしてもう一度、
「ところで藍さん。私たちのお仲間に入っていただけます?」
と聞いた。優しいなぁ、文。
「ああ・・・その件だが私は一向に構わないよ」
「ありがとうございます」
さっきまでの緩みきった表情を笑顔に変えた藍にお辞儀する文。どんな相手でもこういう時に私心を殺して
付き合えるのが文の処世術である。例えそれが自分の式の髪の毛をヤバイ表情でくんかくんかする九尾の美女でも。
「しかし、ここで吸えないとなると場所を代えるしかありませんね。藍さんは今ここを離れられます?」
「うー・・・ん、紫様のお許しがあればいいだろうが・・・。よし、聞いてこよう」
主の名を呼びながらとてとてと縁側を曲がる九尾の式。縁の曲がりの先で見たのは、暗黒少女力を駄々漏らし
しながら地面にしゃがみこみ、無数の”のの字”を描く紫であった。
「う、うわぁ!? ごごごご主人様一体どうなさったんですか! 地面にざっと計算する限り24016個の”のの字”を
書いているだなんて!?」
さすが式だと頷ける驚き方をしつつ、見たこともないような状況に陥った主を気遣う藍。ゆらぁりとそちらを見た
紫の眼は、拗ねに拗ねて今にも泣きそうだ。そして、
「ちがーもん。にまんよんせんとんでじゅうきゅうだもん。いいもんいいもん。ゆかりんつよいからむしされてもなかない
びしょうじょだもん。たばこなんかすうやんきぃなしきなんかすきにどこでもいけばいいんだもん。うわぁぁん」
半ばどころか九割がた幼児退行しつつもきっちり大妖怪の片鱗をチラ見せし、また”のの字”作りに没頭し始める紫。
何か声をかけようと思ったが、どこでも行けと命令が飛んだからには従うしかない。藍はくらくらする頭を抱えて
文たちの縁側に戻った。
「首尾はどうでした?」
「えーっとなんだ、まぁ、たぶん、大丈夫」
大丈夫でないのはうちのご主人様だなぁ、と思う藍。なるほど、これは一服しないとやっていけなさそうだ。
深い溜息をついて、文たちに合流することにした。
「くあぁ、うまいっ」
天を行きつつ藍は久方ぶりの煙の味に満面の笑みをこぼす。何のことはない、やはり我慢していたのだ。しばし
藍に至福の時間を楽しんでもらった後、全員で他の賛同者がいないか話し合った。ひとところの居を持たない
妖怪や妖精の類、それらにもこの素晴らしい嗜好品を好むものがいないだろうかと。しかしこのメンバーを持っても、
直に見てみるまでわからないという結論に落ち着く。萃香なんかは煙管など似合いそうだが、なにより酒を口に
してるイメージしか沸かない。ちなみにアリスの名前がカスりもせずに出なかったことは泣いていいと思う。
「しくしくしく」
「ところで皆さん。気付いたことがあります」
人里のカフェに立ち戻り、紫煙立ち上るなか文の提案。5つの視線が集中する。それを感じてこほんと咳払いを
一つ。
「私たちには活動拠点が必要なんです」
「活動拠点?」
妹紅が眉を顰める。
「ここでいいじゃんここで」
リリカがコーヒー片手に。
「私はどこでもいいけどね」
神奈子が二本目の葉巻を取り出す。
「あたいも」
器用に煙で輪っかを作りながら小町。
「・・・まぁ待て皆。言うからにはその真意があるに違いない。私としてはそれを聞きたいところだ」
と、いまいちばらばらな喫煙者連合にブレインとして心強い藍だった。文、藍の好感度を上方修正。どうやら
ただの猫耳幼獣大好き狐娘ではなかったようだと。
「では、話していいですか?」
全員が頷くのを確認して話を続ける。
「確かにここでも構わないかもしれませんが、ちょっと周りを見てください」
おのおの辺りに目をやる。それを見ながら
「見事に私たちの周りに壁ができています。流石にこの状況で平然とするのはいかがなものでしょうか、と思うんですよね」
と告げる。確かにうっすらとした煙の側には給仕すら近づこうとしていない。弾幕ならぬ煙幕注意といったところか。
「とはいえ、せっかく集まったのに談笑する場所もないというのは意味がありません。そこで、気兼ねなく煙草を
吸える場所が必要だと思うんです」
ふむふむ、と5人。と、
「あぁ、ならちょうど良い場所がある」
ナイスアドバイザー藍。文まで含んだ5人が式の美女を見る。
「妹紅の庵」
「へっ!? ちょ、ちょっと!?」
いきなり予想だにしない事を言われて焦る妹紅。だが、
「あぁ。確かに妹紅さんは一人暮らし。全員で行っても誰も困りませんね」
文がいい笑顔で太鼓判を押す。それでも、
「困るよ! 私が困る! 言っとくけど私の庵まで行くには迷いの竹林を通らないといけないのよ?! 迷うよ!?」
「飛んでいくし」
抵抗する妹紅をリリカが一刀両断。だがまだまだ、
「そ、そうかもしれないけど! あ、あれよ? 時々刺客とか来るよ?!」
「この6人でかかればそう倒せない相手も居るとは思えないわね」
デメリットを楽勝で粉々にする神奈子の一言。しかし、
「か、火事とかの心配も・・・」
「火の鳥背負ってるお前さんが言うかいね」
身を削る言葉を三途の川に沈めるこまっちゃん。とうとう半泣きに近い妹紅は、
「狭いのよ!!」
「あ、じゃあダメですね」
「それはダメだな」
「狭いのは勘弁してもらいたいねぇ」
「じゃあパス」
「あたいも」
「・・・うぅ」
身も蓋もない最後の抵抗をしたら、身も蓋もない全員の却下。プライベートを守った代わりに何かを失った妹紅は
やけくそ気味に煙草をふかした。
「しかし妹紅さんの狭い庵が狭いからダメとなると、そこそこ間取りがあって煙草に理解があって燃やしても問題ない
・・・じゃない、少々煙が出ても誰も困らない場所が必要ですね」
狭い狭い言うなーとじたばたする妹紅をなだめる神奈子。藍とリリカはそんな場所ってあるのかと思案する。文も、
言ってそんなところありましたかね、などと煙管を咥えながら考え込む。少しばかりの静寂の後、文ははたと気付く。
「そうですよ! いい所を思い出しました!!」
「それで、僕のところかい?」
「はい。記事にしていた事をすっかり忘れてました」
そこは香霖堂。文は以前の新聞の記事で煙草について大いに語ったこの店の主、森近 霖之助のことを思い出した
のである。その彼は美女美少女の来訪に、あからさまにめんどくさそうな表情をしていた。事実、めんどくさがっている。
「それでですね、この高尚な活動のために香霖堂の一角を貸していただきたいと思いまして」
「僕がそんなお人よしに見えるかい?」
普通の男ならたいした理由がなくとも見目麗しい女性が家に来てくれることを拒むことはまずない。もちろん、
霖之助は普通の男とは違った。彼は女性より静寂と益体もない思索の方が好きなのである。
「・・・ダメ、ですか?」
憂いを帯びた文の黒い眉がハの字になっても、霖之助の心は動かないのだろうか。
「タダで、ってわけにはいかないな。あぁでも、借り賃を取り立てようとも思わない」
微妙に理解しがたい言葉とともに、文に向き直る霖之助。その瞳のけだるげさに、文はなぜか死んだ岩魚の
目を思い出した。結構失礼。しばし霖之助の言葉の意味を探ろうとして思いを巡らし、なんだかここで言われるのも
はばかられる妄想をして文の顔が赤らんでいく。
「条件がある」
「あ、あやっ。そ、そのぅ」
死んだ岩魚をその瞳に飼ってようが、霖之助はわりと美男子の部類に入る。まとった幽玄たる雰囲気も決して
彼の魅力を損なうわけではない。だからといってそんな簡単に
「ここで煙草を買っていくこと」
「え、そそそんな私にも心の準備が、って・・・煙草?」
「煙草の話をしているんじゃないのか」
あげちゃわなくてすみそうだ。後ろのメンバーは文の様子で何を想像したか分ったらしく、クスクスだのニヤニヤだのの
笑いの空気。幸いなことに霖之助だけは怪訝な表情で、何にも気付いてないことを表している。
「いいえ! 煙草の話です! 煙草の話なんです!!」
「そんなに声を荒げなくてもいいよ・・・。で、どうするんだい?」
「そうですね・・・。悪くない話ですけれど、品揃え見せていただけます?」
「そうこないと」
店主は始めて笑みを浮かべた。そういえば彼は店の商品を説明してるときが一番嬉しそうだったことを文は
思い出す。その間に霖之助は意外としっかりした造りの小棚を持ち出してきた。
「ご存知のとおり僕も喫煙家だ。ヘビースモーカーではないぶん、こだわりはしてるつもりだけどね」
引き出しを開けたその中には、そこらの煙草屋ではお目にかかれそうにないほどの芳醇な香りを放つ煙草の
葉が鎮座していた。他の引き出しには葉巻や紙巻煙草もある。後ろから覗き込むメンバーの口から知らず感嘆の
声が沸きあがった。しかし、文は冷静な判断をした。
「確かに素晴らしい品です。・・・ですが、これだけの物、お値段も張るのでは? 買い続けるとなるとやはり少し
厳しいです」
「確かにね。ここにあるのは他所じゃぁそうお目にかかれない。一番安いものでも市場の2,3倍はすると思って
もらった方がいいね」
その声に、流石に落胆の声も上がる。ここにいる皆が潤沢な資金を持っているわけではない。文も蓄えは余り
ないほうなので、生活を考えると厳しいところだ。
「いやはや。確かにこれは恐れ入ったよ」
藍が感心仕切りといった声を上げる。藍としてはあまり懐具合を考える必要はないのか。
ところが余裕の声はそういうことで生まれたわけではなかった。
「で、ご主人殿。当然普通の煙草も置いてらっしゃるんだね?」
「あぁ」
「え、そうなの?」
妹紅がきょとんとした声を出す。清貧に慣れた彼女からすれば高級煙草の資金をどうやって捻出しようか
うんうん唸っていたところだ。
「僕は普通の煙草を置いてないだなんて一言も言っちゃいないよ」
「じゃあ今のはただの自慢!?」
「いやいや。お客様からどうしてもと言われれば売るかもしれないけれど」
これである。この商売っ気のなさが森近 霖之助。あまり付き合いのない妹紅やリリカ、神奈子は思わず呆れ返って
いる。文も藍の誘導がなければ彼の話のペースに付き合わされていたに違いない。
「で、どうするんだい?」
「普通の煙草でもよろしければ、こちらとしても願ったり叶ったりなんですが」
「じゃあ、決まりだね。壊したり汚したりしない程度に居間を使ったらいい。僕がそこを使うのは朝夕の食事と寝るとき
ぐらいだしね」
相当以上に腐っても商売人、霖之助はうまいことやったと笑みを浮かべ、ようやく安住の地を得た喫煙者連合も
ほっとした笑みを浮かべた。
きゃいきゃいと明るい女性陣の声が香霖堂の居間から響く。喫煙少女の溜まり場と化してからどこから噂を
聞きつけたのか、初期メンバーの他に今では紅魔館の妖精メイドなんかの姿もちらほらと見える。
「”黄色い阿片窟”とでも名付けられそうだ」
やれやれと言った雰囲気の霖之助だがその表情は柔らかい。恒常的に誰か、しかもそれなりに力のある少女達が
居着けば、黒白紅白の強奪者もおいそれと近づくわけにはいかず利益は増える損益も減ると嬉しい誤算も起こって
いるからだ。多少の姦しさは代償としてはお値打ちである。
今日は最初に訪れた6人が集まり、積もる話を紫の煙に変えて空へと飛ばしている。そちらに向かって歩く二つの
影に霖之助は気付いた。見知りの顔でもこんな場には珍しいとは思ったが、特に自分からは何をするつもりも
ないので手元の本に視線を戻す。お気に入りになってしまった水煙草・・・本来の使用法とは少し違ってはいるが、
その煙をゆるりと肺から吐き出した。
「あや?」
その二つの影に真っ先に気付いたのは文である。その声に他のメンバーも反応し、来訪者に目を向けた。
そこに居たのは誰あろう、紅魔館の主にして強大なる吸血鬼。レミリア・スカーレット、そしてその完全なる
従者である十六夜 咲夜であった。レミリアはいつものやたら不遜な笑顔を浮かべているが、咲夜は珍しく眉を歪め、
どこか困ったような居辛いような顔をしている。嫌煙家によく見る表情だな、と文は思った。
「・・・誰かに用かい?」
煙管を咥えた藍が二人に話しかける。レミリアはふんと鼻を一つ鳴らし
「えぇ。お前達達全員にね」
いつもの雰囲気で言い放つ。組んでいた腕を解くとおもむろに
「咲夜、例の物を」
「・・・かしこまりました」
咲夜に命令し、従順なメイドはその手にあった美しい装飾の小箱を主に渡す。レミリアはそれを開け、中にあった
物をその小さな手で取り出す。そして、思い思いの煙草を楽しんでいるメンバーにそれを突きつけた。
「そのボディは職人の手によって作り上げられた究極の曲線!! 素材は女王の格式を持つメシャム製・・・当然その
色艶は重厚な飴色に染め上げられたアンティーク最高級品!! マウスピースも見事な造詣を彫り上げた
琥珀の逸品・・・。さぁ、お前達、このパイプを見て言うべきことがあるだろう!!」
カリスマをバリバリと発動させつつにやりと片頬を吊り上げる吸血鬼。その姿を見やり、次いでお互い顔を
見合わせた喫煙者連合はうむと頷き、見事なハーモニーで、言った。
「煙草は大人になってから!!!!!!」
小町がいいキャラしてるなぁ。
煙草は吸わない身ですが素直に楽しめました。
霊夢や魔理沙あたりに追い出されて終わるかと思っていたので
大団円(と言うと大げさですが)で終わってすっきり。
煙くも和む話をありがとうございます。
リリカの姉達へのちょっとした気配りが地味に沁みました。なんか吸いたくなったので吸ってきます。
ご馳走様でした
煙草云々は抜きにしてもこの話の構成は良くできてるなぁ。
アンタの書くお話が大好きだ!
喫煙者叩きオチでなくて一安心
ところで魔理沙は魅魔さまの真似をしてキセルをふかしてみたことがあると思うんだぜ
細かい事ですが、葉巻は肺に入れないものですよー。
吹かして香を楽しむものなのですよ。
他だと美鈴あたりは吸ってもなかなか似合いそうですね。
煙で白い香霖堂に顔を顰める霊夢と魔理沙まで妄想した
読みやすかったですよん
学校のトイレで煙草吸う奴と、校舎の出入り口に吸い殻入れ置いて喫煙場所にしてる学校側は許せねえ
現実でもこの面子みたいにマナーを守った吸い方の人が多ければ良いんですけどねぇ……(自分の近所の喫煙マナーが悪いだけかもしれませんが)
緋想天以来カリスマがまとめてどっか行ったまんまだw
>普段余り接点がないメンバーだからか、挨拶から他愛無い話をしているなかで、文は小町に問う。
リリカのツテではなく小町のツテでは?
全体的に小町がいい味出してますね。神奈子が空気になっていたのが少々残念でしたw
紅魔館では実は美鈴あたりが吸ってそうなイメージがあったりなかったり。
橙が吸い出したら幻想郷の危機。
同感。えーき様は吸っちゃ駄目だよ!!!
煙草は嫌いだけど普通におもしろい作品でした。
でも迷惑になる喫煙はやめてほしいものです。
ですがSSとしては面白かったのでこの点数をば。
タバコは大嫌いですが、小町が紫を呼ぶ所とか主人公補正とか笑いどころが多かったのでこの話は好きです。
喫煙への熱意や喫煙場面の描写から、てっきり喫煙者が書いていると思っていました。
紫様、愛煙家と嫌煙家の平和のためにタバコの煙の拡散を防ぐ結界をください。
普通のタバコにはフィルターが付いていて、それのお陰で吸っても平気なわけだ
ところが葉巻などの昔のタバコにはフィルターが無い
当然、タバコの有害物質が肺にダイレクトに来るわけだから身体にも悪いってーか普通の人間なら死ぬレベル
だから葉巻は煙の香りを楽しむものであって吸うものではないのですよ
むしろ、最近の禁煙風潮は気の毒で…
職場でも、狭い喫煙室に篭ってる姿に哀愁を感じます。
現実の煙草は大嫌いですがフィクションや歴史の小道具としての煙草は大好きです。
嫌いな人が多いのはわかっているので、基本的には家か車で細々と。
ちょっと展開的にダレかけたところもあったけどネタが美味しく文章がテンポよく、面白かったです。
最初スルーされた紅魔館がお嬢様がやってきたと思ったらこういうオチとはwww
でもそうするとリリカもちょいと怪しい気もしますがwww
愛煙家の肩身が狭いのはしょうがないと割り切るしかないのね・・・
とてもいい話でした
確かに煙草は大人になってからとはいえ500歳だってのに。
ん?ということはリリカは(ry
健康に悪いとか言っても「人間だけよ、ガンなんて単純で不合理な病気にかかるのは」とか言われそうです。
あと、紅魔館だったら美鈴吸ってる気がします。中国は禁煙どころか分煙習慣が最近まで無かった国ですし。
ついでに。煙管・紙巻タバコは吸うもの、葉巻・パイプは吹かすものです。ご注意を。
しっかりオチがついた面白い作品でした。
ちょいとそこを修正してからコメントお返ししますのでしばし。
どうも! 皆様読んでくださってありがとうございます!
コメント読んで嬉しさをひしひしと感じました。
・自分もこれを書いてる途中でえらく小町が好きになってきました。これって恋ですか。
・リリカに関してはなんだろう。ぼーっと頭で考えてたらなんとなく似合いそうだったので。
ちびっ子ですけどちょっとはすっぱで、こー大人びたいみたいな。かわいいよぅ。
・おぜうさまは・・・ねぇ(w カリスマおぜうさまも大好きなんですが(w
・神奈子様はもうちょっと生かしたかったんですが、よーし、守矢周辺作品でリベンジだ! たぶん!
・ゆかりんかわいいよゆかりん。 前作であそこの周辺が改めて好きになったのでつい。
・えーきさまはどうやってストレス解消すればいいのか(w
・美鈴も結構悩みはしたんですよね。でも太極拳のイメージで健康志向っぽいかなぁ、と。
今回はホント皆さまのコメントに助けられたり、なんかもうすっごいうれしいこと書いてくださって作家冥利に尽きます。
まだまだ至らない所も多いんですが、次回、あまり期待せずにお待ちくださいませ・・・!
なんとなく妹紅はたばこ似合うなぁ、と思っていたり
サクサク読めていいSSだと思います。
ゆかりん普通に吸ってそうな気がするよ。
うちも分煙じゃなくて全面禁煙になっちゃったしなあ……
個人的には水タバコに興味津々なんですよね。
ストレス発散や美味いからとか言われると説得力不足で「止めろ」と勧める私。でも「格好いいから」って理由なら許せてしまいます。何故だ。
そんな禁煙家な私ですが、叩いて終わり、じゃなかったことにホッとした。副硫煙さえ何とかなれば……
ホント喫煙者に厳しい世の中ですよ…でも分煙は心がけてます、最低限のマナーだと思ってるのでとにかく作者さんGJでした。
あー、煙草がうまい
自分はちょっと前まで嫌煙厨だったのですが、冷静に考えれば体に悪い物なんて嗜好品の中には腐るほど転がってるわけで、ある程度の分煙さえしていてば別にいいやと思っています。
というか喫煙者になりました。たまに葉巻も吸うのですが、バニラフレーバーとかあるのが楽しいですねw
結局、おじょーさまは喫煙者じゃなくて、ただ煙管自慢しに来ただけだったのかなぁw
キセル、紙煙草、葉巻何でもごじゃれ。
紫煙をくゆわす毎日です
リリカが愛煙家にびっくり、
最後のオチが素晴らしいかった~~。
そっか・・・幻想郷も肩身が狭くなってきてるのか・・・
愛煙家には寂しいですな。
・やはり話を彩るアイテムとしての煙草っていうのは外せない存在だと思うんですよ!
それが美しい女性ならなおのこと!!
・霊夢はまず・・・いやほんと・・・毎日の食事を・・・優先してくれ・・・
・おぜうさまは一応緋想天で探偵ごっこしてますし、吸えない事はないのではないかと。
そこ、チュッパチャップスとかシガレットチョコとか言ってあげない!
いやほんと、ここまで好評いただいて嬉しい限りです。
彼の人の作品の女性も、喫煙率高いんだよなあw
香霖には水煙草が似合いそう
香霖堂に、煙の出ない嗅ぎ煙草とか塗り煙草とか噛み煙草も揃ってたら阿片窟加減はより完璧に
歩き煙草やポイ捨てを見るとそいつを蹴飛ばしたくなる。
香霖堂みたいな建物が現実にもあればいいんダヨ!
て感じでなかなか考えさせられる作品で面白かったです。オチのレミリアは不憫だなww
こまっちゃんと文さんはかなり煙草が似合う方ですよね
実は「狐は煙草が苦手」なんて伝承があったりするのだけれど、非常に似合うので無問題。
しかし、リリカは予想外だった。
金鵄という名称は既に幻想入りしてるんだろうか、なんて思いを馳せたりするバット飲み。
いやぁ、いいですね、喫煙家の集まり。
特にこまっちゃんはキセル似合うだろうなって思ってたので、凄ぇ面白かったです。
また、この面々とか人数増えた版とかを少し期待してまってま~す。
マルボロの旧パッケージデザイン版とかは幻想入りだろうなぁ…
しかし、Exやらラスボスが混ざってるこの面子恐ろしい、恐ろしすぎる・・・
話変わりますが、煙草吸ってる未成年って吸い方汚いですよね。鼻から漏れたり。やっぱり、余裕かました大人が燻らせるのがカッコいい。
煙草は…咥えて様になる人は好き。吸うのは勘弁。
個人的に小町がストライクでした。ボーっとサボりながら一服してるんだろうな、と。
おお。図らずとも10000点。
めでたい!
ですがおもしろかったのでこの点数。
あのメンツで一番タバコが似合うのは妹紅だと思う。
ただ一つ言いたいのは、絶対に永淋も似合うはず。
続編期待。
自分が喫煙者であるからか?
昨今は喫煙者のマナーも問題だが喫煙者が文字通り煙たがられるのが悲しいね
ssとしては面白かったです。
さて、店主には「空気を清浄にする」物品を作製していただきたい。
自演乙
それはさておき、極度の嫌煙厨から愛煙家になった自分としてはどっちの言い分も理解できそうでできなかったり
いや、体に最悪なのは分かってるけど、それでも離れられないのよね
霖之助は幻想入りしたアンティークのジッポーとか使ってそうだ
あと、煙草の値上がりで煙草が幻想入りしてないかとか考えたり
霖之助がそれを他の喫煙少女に売っぱらって大儲けとか
やっぱり小道具としての煙管やタバコにカッコよさを感じる
でも俺は吸えない(つーか吸ったら常人の数倍早死にするorz)
恐らく嫌煙家に入るであろう者から言わせてもらうと、
まあ他人の迷惑にならんところでふかすのは一向に構わん訳で
ただ人混みで吸うやつと歩きタバコ、てめーらはダメだ
灰皿持ってても他所で立つか座るかしてくれ
こっそり人のいないところで吸ってるのに、言われるとイラッとしますな。
たのしかったです
良い事なのかもしれないけど愛煙家だって良いじゃないか