Coolier - 新生・東方創想話

妖夢とプリン-白玉楼にて-

2008/06/07 19:04:36
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「プリンが食べたい」

 襖を開けたら畳から無数の筍が突き抜けていた、という様な唐突さで、西行寺幽々子はその言葉を発した。
 少し癖のついた桃色の髪に、雪の様に白い肌。淡い藍で染められた着物には白抜きの桜吹雪を咲かせている。ややもすると童顔に見られがちなその風貌だが、体にまとった優雅な気配が辛うじて品を保っている。全体の印象はおっとりとしていて、良家のお嬢様といったところだ。そしてその予想が外れていないことは幻想郷に住む者なら誰もが知っている。

「はぁ」

 気の抜けたビールのような声で魂魄妖夢はそれに応えた。鈍く光る金属を思わせる銀髪に、強固な意志を持つ瞳。見た目は幼い童にしか見えないこの少女だが、その腰と背に差した二本の刀でいとも容易く命を奪うことが出来ることを知らないものはいない。人、妖怪、そして幽体すら切り裂く魂魄の刀は今は静かに鞘に収まっている。
 間の抜けた要求に気の抜けた応えが白玉楼に響く。「西行妖」の咲く巨大な庭園を有するこの屋敷には、普段は幽々子と妖夢しかいない。白玉楼名物である桜たちも季節外れとあって青々とした葉を広げるばかりである。その誰もいない屋敷の中の間で何か大事なものが抜けた会話は行われていた。

「プリンが食べたい」

 幽々子はもう一度、今度は先ほどよりも少し声量をあげて言った。妖夢にちゃんと聞こえていないと思ったらしい。妖夢は先ほどから開け放していた口を(呆れていたのだ)閉じる間も無く応えた。

「はぁ」
「妖夢、プリンが食べたいわ」

 今度はこちらを向いて言ってきた。おっとりとした目元には薄く笑みが浮かんでいる。呼びかけられてしまった以上いつまでもお茶を濁している訳にもいかないだろう。妖夢は回転が止まってしまっていた脳をしっかりと動かしてから応えた。

「それはプリンが食べたいってことですか?それともプリンさんが何かを食べたいってことですか?」

 妖夢は言ってしまった後に自分でもアホなことを言ったと思った。どうやらまだ回転が安定していないようだ。しかし言われた本人は特に気にしなかったようで、こちらから視線を外しどこか遠い彼方を見ている。

「そうね~。人を飲み込むぐらい大きなプリンだったら食べがいもありそうね~」
「ごめんなさい幽々子様。もう一度おっしゃってもらってもいいですか?」
「だから、プリンが食べたいの」

ぷりん。
妖夢は胸中で反芻した。
ぷりん。
 言葉の響きからはなにやら柔らかそうな物だということは想像できるがそれ以上は見当もつかない。ぷりんは妖夢の人生の中で初めて耳にする言葉だった。しかし分からないからと言ってそうなんども主人に質問をするのは失礼だ。それにそんなことをしては侍従としての沽券にも関わる。とりあえず情報を集めることにしよう。妖夢は立ち上がると言った。

「分かりました。少しお待ちください」

 ゆゆこは満開の桜のような華やかな笑みを浮かべた

「楽しみにしてるわよ」


 妖夢はまず屋敷の書斎に向かった。書斎と言っても幽々子が集めてきた本を妖夢が適当に棚につめただけの部屋。だから文机があるわけでもなく、筆さしがあるわけでもなく、あまつさえごみ箱の周りに散らばる丸まった原稿用紙があるわけでも無かった。幽々子はあまり書き物をしない。最後に筆を取ったのは3ヶ月以上前だったと妖夢は記憶していた。
 棚の端からざっと背表紙を眺める。左上から右下まで見るのに五秒もかからない程の量である。案の定役に立ちそうな本は無かったが、妖夢は予想通りという顔で軽く嘆息した。もとより幽々子様が適当に集めてきた本である。役にたつとは本気では思っていなかったし、何よりここに手がかりがあれば幽々子様が言わないはずはない。
いや、と妖夢は考え直した。幽々子様なら知ってて教えないという事もやりかねない。その勢でこの間もひどくからかわれたものだ。妖夢はその様子を思いだし苦々しく顔をしかめた。
 とにかく屋敷の中で分からない以上外で情報を集めるしか無い。屋敷を出るために妖夢は玄関に向かった。


「…どこに行こう」

 とりあえず顕界まで来たものの妖夢は困っていた。妖夢がまったく聞いたことが無いことからぷりんは幻想郷の外の物の可能性が高い。そうなると候補にあがるのは香霖堂。あそこの店主なら何かを知っている可能性は高い。他には紅魔館の大図書館をあたる手もある。もっとも素直に入らせてもらえるかは分からない。いっそのこと里に下りようか。幻想郷の中の物ならすぐ手に入るだろうし、無かったとしても里に住む上白沢慧音に聞けば何か分かるかもしれない。何しろハクタクは歴史を食う。その知識量は半端ではないだろう。
 と、目の前に障害物を感じ妖夢は立ち止まった。考えごとをしていたので直前まで気づかなかったようだ。目の前で妖夢の進路をふさいでいたのは森に住む霧雨魔理沙だった。黒で統一したエプロンドレスに西洋の魔女が被るようなつば広の帽子を被っている。金髪を一部三つ編みにしてリボンで止めている。

「珍しいな、お前が一人でうろつくなんて。お使いか?」
「違わないけど違う。あなたこそ何をしてたの?」
「キノコ取りだぜ。在庫が少なくなったんで取りに来たんだ」
「この辺りにキノコなんて生えてないけど」
「これから狩りにいくところだぜ」

 ふと思いついて妖夢は聞いてみた。

「あの、ぷりんて知ってる?」
「ぷりん?」

 顔から三つほど疑問符を出した魔理沙の様子を見て妖夢は肩を落とした。どうやら直感は外れたようだ。妖夢が礼を言ってとりあえず里に行ってみようとした時、予想外の言葉が耳に入った。

「あぁ、そういえばアリスの家でそんなモノを食べた気がするな」
「本当に!」

 まさかこんなに早く手がかりが掴めるとは!妖夢ははやる気持ちを抑えながら聞いた。

「いま家にいると思う?」
「そうだな。さっき家に入るのを通りがかりに見たぜ」
「ありがとう!」
「あーただ…」

 まだ魔理沙が何か言おうとしていたが興奮した妖夢の耳には届かなかった。まさかこんなに早く物に会えるとは思わなかった。幽々子様の驚く顔が目に浮かぶ。

 -まさか妖夢がこんな早くぷりんを持ってくるなんて思わなかったわ。さすが西行寺家自慢の庭師だわ。
 -いえ、大変長らくお待ちさせてしまって申し訳ありません

 主のそんな様子と自らの下手くそな謙遜を想像しながら妖夢は魔法の森に急いだ。


「ない?」
「ええ」

 妖夢は本日二度目のアホ面をアリスの前で惜しげもなく披露した。昼でも薄暗い魔法の森の中に、魔法使いアリス・マーガトロイドの家はあった。煉瓦と木材をベースに作られた家屋は森の雰囲気との見事な調和を見せている。
 妖夢はその家の中にいた。魔理沙から話を聞いてすぐにアリスの家に向かった甲斐があったのか、アリスはまだ家にいた。栗色の混じった金髪にカチューシャをはめ、青いワンピースの胸元にある大きな白のフリルと赤いリボンが落ち着いた雰囲気のアクセントになっている。人形使いの名に相応しい容姿の彼女に、ぷりんについて訪ねた答えがこうだった。うちには今は無いわよ。

「無いってどういう…?」
「確かにしばらく前にプリンを食べたけど、大分前よ。いまは残ってないわ」
「あの黒白めー」

 今更恨み言を言っても仕方が無い。責めるなら功を焦るあまりしっかりと状況を把握しなかった自分を責めるべきだ。ともあれせっかく掴んだ手がかりなのだからここで引き下がるわけには行かない。妖夢はなんとか少しでもぷりんに近づこうとアリスを詰問した。
 いわく、どんな料理なのか?
 いわく、材料は分かるか?
 いわく、レシピを知らないか?
 いわく、もしよかったら作ってくれないか?
 そんな妖夢の誠意(もしくは必死さ)が伝わったのか、アリスが若干呆れながらもぷりんを作ってくれることになった。


 妖夢がソファに座らされてしばらくすると甘い匂いが漂ってきた。後姿でよく分からないが、どうやら砂糖を煮詰めているようだ。もう一つの火には蒸し器が置いてある。充分温まっているようでもうもうと湯気が立っているのがこの距離からでもはっきりと分かった。どうやらぷりんは蒸して作るものらしい。茶碗蒸しみたいなものかな、と妖夢は見当をつけた。黙々とぷりんを作るアリスの背中を見ながら妖夢は今度は和菓子だけでなく、洋菓子も作ってみたらどうだろうか。幽々子様はきっと喜んでくださるに違いないなどと考えていた。

「はい、出来上がり」
「うわぁ…」

 アリスが運んできた物を見て、妖夢は思わずうっとりとため息をついた。ぷるぷるとした黄色の物体の頂点に褐色の液体がかかっている。甘い香りが鼻腔をくすぐる。妖夢は今すぐにでもスプーンを入れたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。そんな妖夢の葛藤をよそに、プリンはぷるぷると体をくねらせながら妖夢を誘惑する。いけない。私は幽々子様に頼まれてプリンを探しに来たんだ。これは私のじゃなくて幽々子様の分。幽々子様が喜んでくれることが私の喜び。でも…あぁ、美味しそう。口の中に入れたらどんな触感がするんだろう。見た目通りぷるぷるなのか、それともちょっと弾力もあってもっちりしてるのか、はたまたくずきりのようにネットリと口腔内を舐る様な感触なのか。
 食べてみたい。
 目を据わらせてプリンを睨みつけながら、手をわななかせる妖夢を見てアリスは言った。

「ちゃんと二個あるから、早く持って帰って食べなさい」
「本当ですか!?」
「あなたがお使いで来たって言ってたでしょ?一人分も二人分もそんなに手間は変わらないし、女の子なら誰でも甘いものには目が無いわよね」

 アリスは軽くウィンクをすると台所に戻っていった。その後姿が妖夢には天使に見えた。


「何から何までありがとうございました!」
「どういたしまして、私も気分転換したかったからちょうど良かったわ」

 あの後二人分のプリンを丁寧に箱詰めまでしてもらってから妖夢はアリスの家を出た。この森の中だとほとんど日が差さないため今が何時ごろかは分からないが、まだ日は高いようだった。妖夢は白玉楼を出てからざっと三時間程度と見当をつけた。幽々子様も首を長くして待っているに違いない。でも案外お茶飲みながらのんびりしているかも。そういえば、と妖夢はふと思い出した。今日は紫様がいらっしゃる日だった。もしかしたら幽々子様はそのためにプリンを取りに行かせたのだろうか?なんにせよ早く持って帰ろう。

「それでは失礼しま…」
「ちょっと待ったー!」

 その時妖夢の退去の言葉を両断する声が森に響いた。見上げると木立の中に箒にまたがった魔理沙の姿が見える。魔理沙はこちらに指をつきつけたままのポーズで固まっている。あの魔法使いに私たちが出てくるのを待っている甲斐性は無いだろうから、きっと偶然鉢合わせたのだろう。なんにせよこちらは早く帰りたい身なのだから大人しく待ってあげる気は無い。

「した」

 妖夢は脱兎の如く駆け出した。毎日の鍛錬で培われた肉体が思う通りに妖夢を走り出させる。プリンを抱えている為にそんなにスピードは出せないが、それでも木々の間を抜けて飛ぶ魔理沙よりは速いはずだ。そもそもあいつを待つ必要も無いし、理由も無い。意味も無ければ義理も無い。

「逃がさないぜ!」

 魔理沙の声と同時に妖夢は視界の片隅に純白の輝きが生まれるのを見た。妖夢は素早く反応すると右に急跳躍した。突然あらぬ方向に力をかけられたプリンを気遣いながら、同時に妖夢の左側を光の奔流が通りすぎる。と、その中にアリスのようなものが吹っ飛ばされていくのをちらっと見かけた。直撃を食らったわけでは無さそうだったが無事ではないだろう。振り返るとやはりそこには魔理沙がいた。先ほど現れた位置からほとんど動いていないが、手には八卦炉を持っている。あの危険すぎる汎用大火力兵器を何処で手に入れたかは知らないが面倒なことになった。妖夢はかぶりをふった。案の定アリスの姿は無い。アリスの家も入り口周辺が倒壊している。やっぱり狙われているのは私でアリスはとばっちりを食らっただけのようだ。悪いことをしたなと妖夢は思った。なんにせよこのままやられっぱなしで済ます訳にはいかない。妖夢は魔理沙に向き直った。

「いきなり何をする!」
「おおっ?避けられたのか?」
「背後からスペルカードとは卑怯じゃないか!」
「私はちゃんと待てって言ったぜ」
「待てといわれて待っていたら時間がいつまであっても足りない」
「さっきプリンの話したら急に食べたくなってな」
「そもそも私はあなたの命令を聞く必要は無い」
「プリンを置いていった方がいいんじゃないか?」
「提案してもダメ」
「力押しするのは嫌いだぜ」
「邪魔をするなら斬るまで!」

 妖夢はそっとプリンを地面に置くと魔理沙に向かって走り出した。背中の楼観剣を身をよじって器用に抜刀する。妖怪が鍛えたとされるこの刀は妖夢の身長よりも長く、並みの人間では振るうだけで精一杯である。その長刀を腰溜めに構えたまま妖夢は魔理沙に近づいていく。その距離およそ50メートル。距離を潰してしまえば妖夢が負けることは無い。それは魔理沙も分かっているようで後ろに下がりながら星型弾をばら撒いてきた。七色の光の星が妖夢の視界に充満した。

「はっ!」

 妖夢は短く息を吐くと楼観剣を小さく振るった。剣の軌跡に沿って空間に白い線が走る。一瞬後にはそれが数個の白い三角錐になり前方へ飛んでゆく。同じように二度三度と剣を振るって弾幕を生み出し進路の邪魔になる星型弾を撃墜していった。

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 通常弾だけではこちらの勢いが落ちないと悟った魔理沙はスペルカードを発動してきた。このスペルは以前戦った時に見ている。レーザー光線でこちらの動きを狭め、動きの鈍ったところへ自機狙い弾を打ち込む。たしかに避けるのは難しい。初見ならばだけど。妖夢は速度を緩めずにレーザーの中へ飛び込んだ。右から迫るレーザーと進行方向から来る自機狙い弾をギリギリまで引き付けてからレーザーの方向へ突っ込む。今度は左からレーザーがやってくるので同じようにギリギリで突っ込む。この繰り返しでこのスペルは難なく突破できる。どうやらあの時から改良を加えていないようだ。

「はっ!」

 今度は先ほどより大きく息を吐くと、楼観剣を大きく横に薙いだ。その軌跡から今度は大玉弾幕がレーザーの束を薙ぎ払うように魔理沙に迫る。弾幕は苦手とは言わないが得意でもないためあくまで牽制だ。魔理沙まであと20メートルほど。まだ妖夢の間合いではない。魔理沙は箒をさばきながら狭い森の中で大玉を避けきったようだった。しかし魔理沙のスペルもここでスペルブレイクとなる。レーザーが消えると魔理沙と妖夢を遮るものは何もなくなる。そして魔理沙が牽制の大玉を避けている間に魔理沙との距離は10メートルを切った。妖夢の間合いとしてはギリギリだが、今はチャンスだ。妖夢はそう判断すると一足飛びに魔理沙との距離をつめようと立ち止まり両足に力を込めた。その時

「恋符『マスタースパーク』!」

 魔理沙の声が響く。魔理沙の手元から妖夢に向かって荒れ狂う光の輝きが押し寄せた。もしあのまま走っていたらこのタイミングで打たれた魔砲を避けられなかっただろう。攻撃に転じようと足を止めたのが幸いした。妖夢は前方へ向かう力を全て上昇することに使った。3メートルほど飛び上がったところで足元を魔砲が通過する。妖夢はそのまま上昇しながら腰からもう一本の刀である白楼剣を抜いた。こちらは打刀の標準である2尺6寸程度のもので人間が振るっても問題が無さそうな長さである。邪魔な枝を適当に切り払いつつ地上から5メートルほどのところで近くの幹に白楼剣を突き刺した。刀が大木の皮を50cmほど削り取り勢いが殺され、妖夢はきつつきのように刀を木に突き刺してぶらさがる形になった。魔理沙の位置は見えないが、あいつがいなくなるのはいいんだけどプリンを探すのが面倒だなとか言っている。どうやら今の魔砲で妖夢が吹き飛んでしまったと思っているようだ。

「油断大敵」

 妖夢は小さく呟くと近くの枝へと飛び移った。ガサリと大きな音が立ち魔理沙がこちらを向く気配を感じた。

「昔から悪いことや、やましい事がある奴がコソコソ隠れるもんだぜ!」

 魔砲が枝や幹や葉を粉砕しながら妖夢が降り立った枝に迫り来る。しかし妖夢は枝に触れただけで、その時にはすでに地面に降りて走り出していた。頭上に魔砲を放ったばかりの魔理沙の姿を確認する。自らの魔砲により視界を奪われ妖夢の位置は魔理沙からは完全に死角になっている。妖夢は足を止め楼観剣を抜き打ちの形に構えると、腰を落としスペルカードの発動宣言を行った。

「人符『現世斬』」

 妖夢は今度こそ全身全霊の力を込めて飛び上がった。魔理沙との距離を瞬時につめるとすれ違いざまに強烈な一撃を見舞う。魔理沙の体が大きく後ろに吹き飛ばされた。そのまま木にぶつかるとぐぇとうめき声をあげ落下していった。妖夢はそのまま先ほど差しっぱなしにしていた白楼剣を回収すると、地面に降り立った。地面に落下した魔理沙は完全に伸びている。峰で箒を叩いただけなので直接体にダメージはいっていないだろうけれど、まぁ物凄い勢いで木にぶつかった挙句4、5メートルを落ちてきたのだから無理も無い。もちろん生身ではなく魔法でフォローしているからこの程度で済んでいる。そもそも生身の人間だったら弾幕勝負など挑んでは来ないだろうが。なんにせよ脅威は去った。
 妖夢は楼観剣を鞘に収めると急いでプリンを回収しに戻った。途中で入り口が完璧に崩壊したアリスの家を見てちくりと胸が痛んだが、それはまた今度謝りに来よう。なにせ今は急いでいるのだし、そもそも家主も何処かへ飛ばされてしまった。妖夢はアリスの家も通り過ぎ無事プリンの場所へ戻ってきた。箱をあけて確認する。箱の中にはしっかりとプルプルのプリンが待っていて箱を開けた妖夢へ語りかけてくる。まだ食べないの?

「大丈夫だったぁ」

妖夢はプリンの誘惑を振り切り元通り箱を閉めると白玉楼への道を急いだ。


「遅くなりました!」

 白玉楼へ着くなり無作法に叫ぶ妖夢。しかしそれは無理も無いこと。主からの理不尽な難題に無事応えられたことが今の妖夢には嬉しかった。玄関を通り廊下を抜け幽々子の待つ部屋へと向かう。妖夢は完全に冷静さを見失っていた。もう少しで、あと少しで、ほらそこに幽々子様の笑顔が…!
 妖夢が障子を引き開けるとそこには八雲 紫と談笑する主の姿があった。紫は太い紫のラインが入っているゆったりとしたピンクのワンピースを着ている。金髪は無造作に切った様に見えるが、何故かまとまった印象を受ける。幽々子がお嬢様なら紫はレディといった風体である。

「ゆ、紫さま!?」
「あら、妖夢。慌しいわね」
「お帰り妖夢~」

 紫様がすでにいるなんて想像の外だった。いつも通り日暮れに来ると思っていたのに…。プリンは二つ。一つは当然幽々子様が召し上がるはずだ。そうなるともう一つは…?
妖夢はゆっくりと幽々子を見た。幽々子はいつものように笑っていた。満開の桜のように笑っていた。

「ところでプリンは?」
「あ…はい…」

 プリンの入った箱を幽々子様に渡す。幽々子様は箱を開けるとゆっくりとプリンを取り出す。アリスさんの梱包はとても丁寧であれだけ走ったにもかかわらずプリンの形をとどめていた。ぷるぷると震えながら取り出されるプリン。さっきまでは分からなかったけどプリンの形を保てるように透明な型にはまっているのが取り出すと分かる。幽々子様は事前に準備しておいたのか型から外したプリンをお皿の上に移した。ぷるんと震えながら富士山を作るプリン。その山頂から稜線に沿って砂糖を煮詰めた褐色の液体がとろりと垂れる。そしてあの甘い匂い。

「…ぁ」

 またため息。なんでこんなにもプリンに引き付けられてしまうんだろう。妖夢の頭の中はもうプリンで一杯になってしまっていた。食べたい食べたい食べたい。身を乗り出してプリンを凝視する妖夢の様子を見た紫は、幽々子を半眼で見て呟いた。

「なんか私凄く食べにくいんだけど」
「気にしないで~。はいこっちが紫の分」

 幽々子はあくまでマイペースにプリンを箱から取り出していく。そして一つを紫の方へ差し出す。紫はプリンに妖夢の視線を受けながらスプーンを手に持った。

「いただきまーす」

 幽々子がプリンにスプーンを差す。黄色い柔肌はその繊細な見た目通り抵抗無くスプーンを受け入れると、その身の欠片をスプーンに託した。
ぷるん
 スプーンがプリンから離れる直前にプリンが大きく揺れた。褐色の液体がそのくぼみを少し染めた。そしてそのままスプーンは幽々子の口へ。妖夢はその様子を片時も眼を離さずに見つめていた。そしてついに。

「はむ」
「うーん、やっぱりプリンは美味しいわねぇ」

 紫のプリンへの賛美の声は妖夢には聞こえなかった。美味しそうに口を動かす幽々子の口元を妖夢はまだ見つめていた。そして幽々子がそれを飲み下した。

「うん、美味しい。ありがとうね妖夢」

 いつもと変わらない幽々子の笑顔。それを見たときに妖夢の中で何かが折れた。突然ポロポロと目から涙がこぼれてくる。何でだろう。幽々子様はあんなに喜んでくれてるのに私は何で泣いてるんだろう。妖夢は微動だにせずただポロポロと涙を流し続けた。その様子を見て幽々子は俄かに慌てだした。紫は面白そうにニヤニヤしながら幽々子を眺めている。

「なーかしたー。自分の庭師をなーかしたー」
「どうしたの妖夢?お腹痛いの?」
「だから私は止めた方がいいって言ったじゃない」
「紫が面白そうだからって言ってきたんじゃないのー」
「私は提案しただけ、決めたのはあなたでしょう」

 その間も妖夢は涙をこぼし続けていた。悲しい顔もせず、嬉しい顔もせず。表情の無い顔からただただ涙を流している。なんだろう。分からない。何で泣いてるんだろう。
 幽々子様が慌ててる。私が泣いてるからだろうか。でも私は何で泣いてるのか分からない。

「ね、妖夢。どうしたの?」

 幽々子様が私の横に来たのが分かった。妖夢はその時何で自分が泣いてるのか気づいた。妖夢は幽々子の顔を正面から見据えるとようやく感情の込められた顔で言った。眉はひそめられ、下唇は何かを耐えるように噛まれている。

「幽々子様…私…」
「どうしたの妖夢?」
「食べたいんです…」
「え?」

 妖夢の突然の告白に幽々子は鴉が水鉄砲を食らったような顔をした。妖夢はさらに顔をクシャクシャにして続けた。

「プリンが食べたいんです…」
「それで泣いてたの?」

 幽々子は優しく妖夢を促す。妖夢は幽々子の手を握ると堰を切ったように一気にまくし立てた。

「だって私プリン食べれると思って、でも食べれなくて、でも幽々子様はありがとうって言ってくださって、でもプリンは紫様が食べちゃってて、でも大事なお客様だから、でもプリンも食べたくて」
「分かったわ、妖夢」

 幽々子は妖夢の言葉を遮ると、未だにニヤニヤしている紫に向かって言った。

「つまり紫が悪いのね」
「なんでそうなるのかしら」

 口では非難しているように聞こえるが、紫はニヤニヤを消すつもりは無いようだ。妖夢はしばらく泣いていた。その間幽々子は黙って妖夢の手を握っていた。紫は黙々とプリンを食べていた。やがて落ち着いたのか妖夢は三回しゃくりあげると、幽々子の手を自分の手からそっと外した。とてもじゃないけど幽々子様の目を見ることが出来ない。妖夢は俯いたまま言った。

「幽々子様申し訳ありませんでした」
「あらあら妖夢。謝罪の前にプリンは食べなくてもいいの?」

 幽々子は泣き出してしまった妖夢を見かねたのか自分のプリンを妖夢に差し出した。まだ一口しかスプーンの入れられていないプリンは、皿の上でぷるぷると揺れている。でもこれ以上幽々子様に迷惑をかけるわけにはいかない。

「でもそれは幽々子様の物で…」
「実はねーもともと妖夢とはんぶんこしようとしてたのよ」
「…え?」

 想像もしていなかった言葉が幽々子の口から出てきた。はんぶんこ?じゃあ幽々子様は元から私にもくれるつもりだったの?でも何で?妖夢にとってその言葉は本当に意外であった。そもそもはんぶんこという行為がおかしい。最初からそのつもりなら二個持ってくるように言えばよかったのだ。そうすれば妖夢も幽々子もプリンを食べられる。今回二個持ってこれたのはアリスの気遣いであり、想定外のはずだ。そもそも紫がこんなに早く来ることが分かっているならなおさら二個頼むべきである。一個しかなかった場合最悪幻想郷で三本の指に入る死闘が始まりかねない…。
 妖夢はそんな不可解な状況に頭を悩ませていたが、幽々子の次の一言で頭の上の疑問符がまたひとつ増えた。

「私は食べたことがあるから、プリン」
「…え?」

 食べたことがある。プリンを。そこまではいい。食べたことがあるから私に持ってくるように頼んだ。ということは食べたことがあるから最初から全部は食べる気はなかった?でもさっき持って帰ってきたときに私には何も言ってくれなかった。じゃあ妖夢、もう一つお皿持ってきて。あなたにもご褒美をあげるから。その一言をなんですぐ言ってくれなかったんだろう。妖夢は必死で状況を整理しようとした。そんな妖夢を幽々子に続いて紫がかき乱した。

「もともと私が持ってきたものだから。ちなみに今日も違うお菓子を持ってきたのよ」

 そういって何処からか洋菓子と思われる箱を取り出した。幽々子は妖夢の目をしっかり見据えながら言った。

「だから最初から妖夢とはんぶんこしようと思ってたんだけど、妖夢があんまりにも食べたそうにし
てるから。ちょっと意地悪してあげたくなっちゃって。でもまさか泣くなんて思ってなかったから~」

 そう言って妖夢をギュッと抱きしめた。

「だから、泣かないで妖夢」

 妖夢は抱きしめられながら幽々子の香の匂いを感じた。この前焚いていた白桜の香り。妖夢は少しだけ力を抜いて幽々子に寄り添った。だけどこれだけ言っておかなければ。妖夢は幽々子に抱きしめられながら言った。

「幽々子さま、あんまり虐めないで下さいね…」


「しゅーくりーむが食べたい」

 10円玉だと思って拾ったらそれが魔王を倒す最後の切り札になるのだといきなりテレパシーで告げられた、というような唐突さで西行寺 幽々子はその言葉を発した。

「それはしゅーくりーむさんが何かを食べたいわけでもしゅーくりー無我食べたいでもなくて、しゅーくりーむっていうものが食べたいってことですよね行ってきます!」

 最後の方は部屋を出て行きながら妖夢は言った。しゅーくりーむ。さぁまずは書斎で資料探しだ。妖夢は大して量の無い書棚を漁る為に書斎へ向かった。幽々子はその背中を満開の桜のような笑みで見送った。妖夢は思った。そうだ、あの笑顔だ。三分咲きでも五分咲きでも七分咲きでも無く、満開の笑みを見るために私は今日も幻想郷を走り回る。あわよくばしゅーくりーむを一口もらえることを想像しながら。
【注意】
ある作家さんと文体が似てるのはわざと似せています
ある作家さんとネタが被ってるのもわざと似せています
【注意】

初めましてです。処女作です。よろしくお願いします。
HNは洒落です。深い意味は無いです。
最初はもっとどたばたにする予定がアクションありちょっとしんみりありと予想外の展開を見せました。結果的に綺麗にまとまったかな?
今度は映姫様かゆゆ様メインで書きたいなぁ
ノモンハン
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コメント



0.2150簡易評価
3.70からなくらな削除
あ、なんか妖夢の株が上がったわ

・・じゃなくて、処女作というからにはこういった言葉が必要ですよね
綺麗にまとまってたと思いますよ
妖夢の心の中とか、わかりやすかったですし
5.70名前が無い程度の能力削除
>八卦路   誤字発見。
テンポのいい文章で読みやすかったと思います。
10.100名前が無い程度の能力削除
悶えた。
12.100名前が無い程度の能力削除
おお、同士が居る。
悶えた。転げ回った。オカンに見られた。おふぁ
14.80名前が無い程度の能力削除
アリス優しいな。しかし吹っ飛ばされるとは災難だw
16.60名前が無い程度の能力削除
比喩がいい。そしてずっとにやにやさせられた。
だけど。個人的な趣味なのかもしれないけれど、
バトルシーンを何か別のに変えてどたばたできなかったものかと思った。
その時だけしばらくお話が進まなくなってテンポが気になってしまった。
そしてお腹が減った。どうしてくれる。罰として直ちに私の下にプリンとしゅーくりーむを持ってきなさい
17.90名前が無い程度の能力削除
流れが自然、掛け合いも自然で読みやすい
加えてゆゆようむ好きの俺にストライク
22.90名前が無い程度の能力削除
後書き見て最初「処女作」って名前なのかと思った…吃驚したw
読み易く妖夢の可愛さもにじみ出ていて素敵でした。
これからも良い作品を作って下さる事に期待します。
25.80名前が無い程度の能力削除
ようむへのあいがにじみでていた。
アリスの家が救われないのは置いといて、とてもいい白玉楼でした。
33.無評価ノモンハン削除
皆さん読んでくださってありがとうございました
>5さんご指摘ありがとうございます
ただ、パスワードがミスにより分からなくなってしまったので、編集出来なくなってしまいました
×八卦路○八卦炉です。推敲足らずで申し訳ありませんでした
40.100名前が無い程度の能力削除
さぁまずは←さまぁずは に見えた。
面白かったです。
スキャットマン聴きながら読んでたらプリン食いたくなった。
44.80名前が無い程度の能力削除
読みやすかったし、面白かった。
魔理沙凄まじいウザさだなw
アリス可哀想だが……まぁ。