※この作品は作者の妄想の産物です。独自設定満載の上、漢字多めで読みづらいですが、お許しあれ
ここは幻想郷のとある場所。竹林に囲まれた一軒の建物である。時刻はようやく日が昇り始めた、という頃だ。
その中で、一人の少女が目覚めようとしていた。
「・・・知ってる天井だ」
少女の名は、藤原 妹紅。この家の主である。未だ半覚醒であるためか、どうも意識がはっきりしていないようだ。
「・・・というか私の家じゃないか。知ってるのは当たり前だ」
寝起きとはいえ、何ととぼけたことを言ったものか、と呟いた。
その彼女に忍び寄る影があった。
「目が覚めたか」
「・・・慧音」
それは彼女の友人とも言うべき人物だった。それは人里を守護する者であり、知識ある者、『白澤』の名をもつ、上白沢 慧音である。
「どうして、慧音が私の家に?」
「どうしてだと?お前が竹林で倒れているのを見つけたからここまで連れてきてやったのではないか」
「私が・・・竹林で?」
「そうだ。大方あの月の姫と戦ったのだろう?また殺し合ったのか・・・」
そこまで聞いて、妹紅はようやく覚醒した。そして何があったかをはっきり思い出した。
彼女は慧音の言葉通り、月の姫である、蓬莱山 輝夜と争いをしていたのだ。それこそ、どちらかの心の臓が動きを止めるまで終わらない争いを。
「そうだった・・・。輝夜と殺し合って、そして・・・」
「負けた・・・いや、殺されたのだろう?」
「・・・うん」
そう、彼女は真実『殺された』。また、彼女自身も件の月の姫を『殺したことがある』。
然れども、二人は依然として生きている。それもそのはず、彼女らは禁じられた妙薬、不死へと至る『蓬莱の薬』に手を出した者たちなのだ。死ぬ訳がない。
「ごめん、慧音。迷惑かけちゃったね」
「今更この様なことで迷惑などと思うものか。むしろお前は手が掛からなさ過ぎる。ずっと言い続けているが、もっと私を頼っていいのだぞ?」
「うん、ありがとう慧音。気持だけもらっておく」
「・・・まったく」
妹紅にしてみれば、こうして倒れた自分の世話をしてくれるだけで十分ありがたいのだ。この上さらに甘えて、ただでさえ多忙な慧音を困らせることはできない、と考えているのだ。いわば彼女なりの気遣いである。
慧音もそれを理解しているからこそ、相変わらずの妹紅の言葉に、ため息混じりの言葉を漏らすしかない。
「もう大丈夫だよ、慧音。看病してくれてありがとう」
「それはいいのだが・・・」
彼女は何か思案しているようだ。そして、おもむろに口を開いた。
「しかし・・・これまでにお前がやられることは幾度となくあったが、最近の頻度は異常ではないか?」
「・・・そうかな?」
「そうだとも。お前たちがどれ程の頻度で争っているのか、それは私の知るところではない。だが、私が知る限りでも、お前はこのひと月で三回も殺されているのだぞ?」
「・・・」
言われてみれば確かにそうだと妹紅は感じた。彼女の最近の記憶には、輝夜に勝利した覚えがない。それに、大凡だが週に一回あるかないかの割合で殺し合いをしているのだから、ここひと月で三回の敗北とは、まさに連敗である。
「・・・ここまでやられるのは、確かに最近じゃあ珍しいけど、別に今までになかったことじゃないよ。それに昔はもっと酷かったんだから」
妹紅は、輝夜と初めて殺し合った頃を思い出しながら言った。
それもそうだろう。普通の人間の娘が不死を得たからと言って、月の姫の実力に敵うはずがない。まして、姫の傍には常に月の頭脳が侍っていたのだから、一方的な虐殺にしかならなかった。
「そうは言っても、もう少し何とかならんものか?」
「大丈夫だよ。次は必ず輝夜を殺して見せるから」
「違う。私はそういうことを言ったのではない」
だから安心して、という妹紅に対して、慧音は眉間に手を当てて顔を隠すようにして言った。
「えっ?」
「だから、私が言ったのはおまえの敗北についてじゃない。お前たちの殺し合いについてだ。もっと言えばお前の安否についてでもある」
「どういうこと?」
慧音は彼女たちの殺し合いのことは知っているし、間近で見たこともある。それなのに、今更何を言っているのかわからない、といった感じの妹紅が返事をした。
「その前に聞くが、殺し合いをやめることはできないのか?」
「無理ね」
即答かつ簡潔だった。さも当然といった風に返す妹紅を見て、慧音は深いため息をついた。
「いくらお前たちが死なぬ存在とはいえ、なぜそう軽々と命のやり取りができるのだ。死ぬということは、当然痛みも伴うのだろう?」
「そりゃあ死ぬのはすっごく痛いよ。けど、私たちは例え粉々に砕け散ったとしても完全に生き返ることができるんだもの。そんなありふれた命に、ありがたみなんて今更持てないよ」
「それが問題だと言っているのだ。蘇生が約束されている、だからと言って自分の命を軽んじてよい理由には決してならない。なぜもっと自分を大事にできないのだ」
「それはそうかも知れないけど・・・。私にとって、死ぬなんて事は怪我をする事と大差ないんだもの。生き返るってことが当然だ、って意識しちゃってるし」
「確かにお前はそうなのかもしれない。だが・・・お前の傍にいる者の気持ちを考えたことがあるか?」
「慧音・・・」
妹紅は、いつの間にか慧音の瞳が、悲しみに沈んでいるのに気づいた。
「なぁ、妹紅。私はお前のことを心からの友だと思っている。だからこそ、お前が傷つく姿を見るのは・・・苦しい」
「・・・」
「妹紅。私からの一生のお願いだ。お前が私のことを少しでも友人だと思ってくれているのなら、頼むから・・・殺し合いをやめてくれないか?」
「・・・慧音」
「お願いだから・・・」
慧音は、妹紅の体に縋るようにして乞い続けた。
下を向いているため表情はわからないが、見える背中が震えている。
あの気丈な慧音をここまで苦しめていたのかと、妹紅は思い至った。しかし、彼女の答えは既に決まっている。
「ごめん、慧音。あなたをこんなに傷つけていたなんて知らなかった」
その言葉に、慧音が顔をあげる。
「私にとっても、慧音は心の友だよ。それだけは自信を持って言える。だけど、いくら慧音の頼みでも、こればっかりは聞き入れられない」
「・・・わかっていたさ。お前がそう答えることぐらいは。・・・だが一つ聞かせてくれ。これからもお前は殺し合いを続けるのか?」
「そうだね。私が輝夜を憎み続ける限りは終わらないと思う。私とあいつのどっちかが死ねば終わるだろうけど、そんなことあり得ないし」
「お前はずっと輝夜を憎み続けるのか?」
「あいつが生きている限り、私の憎しみは消えない」
顔をあげ、どこか諦めたような笑みを見せる慧音に妹紅は答えた。
つまり、世界が滅びて消え失せるその時まで、殺し合いを止めるつもりはないということだ。いや、不死であるなら、その後ももしかしたら生き続けるのかもしれない。
ともかく妹紅は、この殺し合いの螺旋が永遠に続くと断言した。
「なぜだ?なぜそうまでして一人の人間を憎むことができるのだ?」
「慧音には話したことあると思うけど、大昔に・・・」
「お前の御父上があの月の姫に恥をかかされたというのだろう?それはとうに承知している。私が聞きたいのは、なぜそれだけのことで千年以上も誰かを憎むことができるのか、ということだ」
「それだけのこと・・・?慧音、それはちょっと聞き捨てならない。家族の無念を晴らそうとするのが『それだけのこと』だと言うの?」
「あぁ、何度でも言ってやろう。『それだけ』では誰かを恨み続けるには不十分だ。そもそも、お前はどうすることで御父上の無念を晴らすことができると考えたのだ?」
「それは・・・。父様に恥をかかせたあの女を懲らしめられれば、それでいいと・・・」
「そう考えたのならばお前の復讐は達せられている筈だ。ただの小娘でしかなかったお前が、月の姫を殺した。それだけでも輝夜にとっては十分な恥となる。そら、お前は既に輝夜を懲らしめているではないか」
「でも、あいつはまだ生きてる」
「それもおかしい。自分で言ったではないか、『輝夜を懲らしめる』と。そもそもお前に、彼女を殺すまでの思いはなかったのではないのか?」
「・・・慧音」
「曲がりなりにもお前の御父上が心惹かれ、求婚した相手を殺してどうするというのだ?それとも、お前は御父上から輝夜を殺してほしいとでも頼まれたのか?」
「慧音・・・やめて・・・」
「なぁ、妹紅。本当にお前は殺し合いをしなければならないのか?」
「もうやめて!!!」
慧音の言葉を遮るように、妹紅の悲痛な叫びが響き渡った。
「慧音・・・。もうやめて・・・」
「妹紅・・・」
「私は慧音みたいに賢くないし、今までそんなこと考えたことないから、わかんないよ・・・」
「・・・」
「慧音はすごいね。何でも知ってるし、頭の回転も凄く速い・・・。だけど、慧音に私の気持ちなんて、わかんないよ」
「そんなこと・・・!」
「ごめん、慧音が私のことを思って言ってくれてるのはわかってるし、凄く感謝もしてる。だけど、今日はもう帰って・・・」
「妹紅・・・」
「お願いだから・・・。このままだと私、きっと慧音に非道いこと言うと思う・・・」
「・・・わかった。今日はこれでお暇するとしよう。だが妹紅、私の言ったことをよく考えてはくれないか?」
「・・・うん、わかった。それと、ごめんね慧音」
「気にするな。私も言い方が悪かった。だからお相子だ」
邪魔をしたな、と一言残して慧音は帰って行った。
慧音が去った後、妹紅はスッキリしない気持ちを抱えたまま寝転んでいた。そして、慧音に言われた言葉が彼女の頭の中を、縦横無尽に飛び交っていた。
「私が輝夜を憎む理由、か・・・」
それは妹紅がこれまで生きることができた原動力たるものだ。確固たる意志があったからこそ、彼女は自分を保ったまま生きることができたのだ。
だが、ここにきて初めてその意志が揺らいだ。生きる力そのものが揺らぐ彼女のその苦しみは、一体如何程のものなのだろう。
「・・・何をいまさら悩むことがある。私は父上の恥辱を雪ぎたい。そのために輝夜を殺す。それでいいじゃないか・・・」
そう言って、誰あろう自分がその言葉に納得できていないのに気づく。
「なんだよ・・・。それだけじゃ足りないって言うのかよ・・・。だったら他にどんな理由がある?私があいつに執着する理由なんて・・・」
自問を続ける妹紅だが、とうとう行き詰まり、そして爆発した。
「あーーーーわからん!こんなこといくら考えても無駄だ!もう寝る!」
おやすみなさい!と誰に言うでもなく言葉を放ち、妹紅は就寝した。
繰り返すが、時刻は未だ夜明けである。
「ん~~~!よく寝た。・・・ってもう夜になってるし、それにどうして私は外で寝てたのかな?そんなに寝相は悪くないはずだけど・・・」
ふと妹紅が気づくと、そこは彼女の住居ではなかった。うっそうと竹藪が生い茂る場所で、なによりも周囲に彼女の家がどこにも見当たらなかった。
「知らない竹藪だ・・・なんてことはないな。私はここを知っている・・・。でも、どこで見たんだっけ?それに、今日って満月だったっけ?」
腕を組み、眉間にしわを寄せながら首を傾げる。しばし考え込むが、どうしても思い出せない。
「まぁいいか。歩いてればそのうちわかるかもしれないし」
妹紅はとりあえず歩くことにした。
「しっかし、酷い場所だねぇ。道らしい道が全くないじゃない」
その言葉通り、その竹藪に道はなく、人が歩いたという形跡が見られない。こんな道を通るのはまさしく獣ぐらいだろう。
「・・・だけど、私は確かにここを知っている。何かをこの先で見つけたような・・・。でも、何を?」
自問しながら歩みを進める妹紅だが、ただ漠然と進んでいるのではなく、まるで何かに引き寄せられるように、その方角に向わなければならないような、どこか焦燥感にも似た感情に駆られていた。
「そうだ・・・ここをまっすぐ進むんだ。そうすると少し開けた場所に出る。私はそこで・・・」
彼女は漠然と、自分が夢を見ているのだと悟った。そして、思ったとおり、開けた場所に出ることができた。
妹紅はそこで、自分が夢の中にいることを確信する。そして、なぜ自分がここまで道なき道を知っているのかも理解した。
(道理で見覚えがあると思ったよ・・・。私がこの光景を忘れるはずがない。だって私はこの場所で初めて見たんだから・・・。あいつを・・・)
彼女がそこで見た者・・・
それは、幻想的なまでの美しさと儚さを身に纏い、月を見上げ、その光をその身に浴びる少女だった
地面に届きそうなほど長く、しかし艶やかな黒髪に、黒真珠のように穢れのない瞳。
均衡のとれた、芸術品のようなつくりの顔に、その雰囲気にあつらえたような、豪奢な着物。
妹紅の一番新しい記憶と照らし合わせても、一切変わりの見受けられないその少女こそは・・・
「・・・輝夜」
どうやら彼女は妹紅に気付いていない様で、依然として月を見上げている。
しばらくその姿に目を奪われていると、妹紅はそこである違和感に気づいた。穢れのないはずの黒真珠が、曇っているのだ。
(こいつ・・・。なんて目をしてやがるんだ・・・)
輝夜の眼はどこか虚ろで、淋しげだった。いや、それだけではない、表情全体からも生気が感じられない。その風貌と相まって、その姿はまるでがらんどうの人形のようだった。
(あいつは、こんな顔をする様な奴だったか・・・?)
容姿はまるで変わらないのだが、纏う雰囲気が異常だ。それは、妹紅の記憶にある、どの輝夜とも一致しない。
呆然としていると、いつの間にか輝夜がこちらを見ていた。突然視界に妹紅が現れたからか、少し驚いている様子だった。
「・・・誰?」
声を聞いて、妹紅はさらに愕然とした。声色にまで生気が宿っていないのだ。
妹紅はますます混乱する。
(これが・・・あの輝夜だと?)
何も喋らない妹紅に興味を失ったのか、彼女は再び月を見上げた。
その輝夜を見て、何か言おうと思ったところで、唐突に景色がぼやけた。
(くそ!こんなところで目を覚ますのかよ!)
最後のあがきにと輝夜を見やると、相変わらず人形のままだった。
妹紅が目をあけると、とうに日は沈んでいた。今度はきちんと自分の家で目覚めたようだ。
「やっぱり夢か・・・。妙に気分の悪い夢だったな、っと」
ぼやきながら彼女は起き上った。
「本当にあれは輝夜だったのかな?私の夢だから確かなことも言えないし・・・。でも思い返してみればあんな顔してたのかも・・・」
またも自問する妹紅。しかし、やはり答えは出なかった。
「こんなこと考えてたって仕方無いか・・・。だったらあの方法しかないけど、正直やりたくないなぁ・・・。でもしょうがないか。よし!」
気合いを一つ入れ、妹紅は夜空に飛び立った。その手には酒瓶と二つの湯呑を持って。
しばらくすると、目的の場所が見えてきた。目的の人物もそこにいるに違いない、と妹紅は踏んでいた。
妹紅は意を決し、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「輝夜ぁーーーーーーーーー!!!出てこぉーーーーーーーーーーーい!!!」
永遠亭どころか、竹林全体にこだましたその声に、彼女は満足した。
(これなら引きこもりのあいつにも届いただろ)
そうしてしばらく待つと、目的の人物が屋敷からゆったりと、不機嫌そうに飛んできた。
「・・・うるさいわねぇ。馬鹿みたいに大きい声出して。昨日の今日でまた殺されたいのかしら?」
「まぁそうカリカリするなよ。それに今日は別に殺し合いに来たってわけじゃないんだ」
「はぁ?あなたが私に他の用事なんてあるの?」
「いつもだったらないんだが、今日は特別だな。今日の用事はホラ、これだ」
そう言って妹紅は手に持った酒瓶を掲げた。その酒瓶を輝夜は訝しげに見る。
「その酒瓶がなんだというの?私に貢いでくれるとでも言うの?」
「どうして私がお前に貢がないといけないんだよ。空気読めよ。この酒を一緒に飲もうって誘ってるんだよ」
「・・・自分が何を言っているのか理解しているの?まさか今さら私と馴れ合うつもり?だったらお断りよ」
「そんなの私だってお断りだ。いいから人の話を最後まで聞けって。私はお前に聞きたいことがあるだけなんだよ」
「私はあなたに話すことなんて無いのだけど?」
「いいじゃないか、別に。どうせ暇だったんだろ?」
「・・・お生憎様、やることが山積みで体が幾つあっても足りないくらいだわ。だからあなたの相手をしている暇はないの」
「はぁ・・・。仮にも月のお姫様ともあろう者が小さい嘘をつくなよ」
「うぐっ!な、なんで私が嘘をついていると思うのよ?」
「だってお前、いつだったか『お姫様は何もしないことが仕事なのよ~』とか、『私が仕事をする必要はないの、そこにいるだけで下々に活力と奉仕の精神を注ぐことができてこそ立派なお姫様なのよ』とか言ってたじゃないか」
「くっ!・・・えぇそうよ、暇で暇でする事がないわよ!何か文句でもある!?」
「文句なんか無いって。だったら一緒に酒を飲んでくれてもいいじゃないか」
「・・・はぁ。どうあっても私と話をしたい訳ね」
「その通り!」
「・・・わかったわよ。付き合えばいいんでしょう?で、どこで飲むのよ?」
「それについてはいい場所がある。私に任せておけ」
「そうさせてもらうわ。・・・そういう訳だから、永琳。しばらく留守にするわ。今日はついてこなくても大丈夫よ」
「・・・はい」
(いつの間に・・・)
いかなる妖術か、月の頭脳の異名を持つ、八意 永琳がいつのまにか輝夜の傍に侍っていた。下手なことを喋っていたら彼女に殺されていたかもしれない。そう思うと妹紅は背筋が寒くなった。
「姫様」
「なによ、永琳?」
「帰ってきたら、姫様のお仕事について言及させてもらいますから、そのおつもりで」
「え、えーりん・・・?」
「では、お帰りを『首を長くして』お待ちしております」
行ってらっしゃいませ、とだけ残して永琳は永遠亭に戻った。
口調も穏やかだったし、笑顔も見せていて、とても柔らかな雰囲気だったが騙されてはいけない。
・・・目が全く笑っていなかった。
妹紅は正直怖いと感じた。現に体の震えが止まらない。その恐怖を一身に受けることが確定している輝夜などは、既に硬直してしまって、動かぬままに何かを呟いている。
なので、妹紅は輝夜を抱えて無理やり連れてゆくことにした。
「・・・重い。脱力した人間ってのはどうしてこう重いんだ?」
そう呟きながら、妹紅は輝夜の顔を見た。
ここまで近くで見るのは初めてのことだが、やはり綺麗な顔をしている。仇敵とはいえ、こればかりは疑いようのない事実だ。
「やっぱりさっきまでの話し方や表情は、夢の中のこいつと一致しないな・・・。私の思い過ごしだったのか?まぁ、聞いてみればわかることか」
そう自分に言い聞かせて、妹紅は目的の場所を目指して飛んだ。
そうしてたどり着いたのは、周りが竹藪に囲まれた広めの空間だった。
「おい、輝夜!着いたぞ!」
「えーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわいえーりんこわい・・・」
「いい加減目を覚ませ!ばかぐや!!」
「なんですって!!・・・ってあれ?ここどこ?」
「ここは私のとっておきの場所だ。月がよく見えるし、良い所だろう?」
「えぇ、そうね。ところで今私に何か言ったかしら?」
「気のせいだろ」
「そう?ならいいわ」
なんとも気の抜けたお姫様の相手をして、妹紅は頭が痛くなった。
(やっぱり私の思い過ごしか?こいつと話しても意味が無いような気がしてきた・・・)
「なに頭なんて抱えているのよ。それより飲むのでしょう?さっさとお酌しなさいよ」
「わかった、わかったから少し落ち着け。こっちはお前を抱えて飛んだから疲れてるんだ」
「私を抱えて?なんだってそんなことになるのよ」
なぜか意思伝達に齟齬が見られる。
(まさかとは思うけど・・・)
「・・・お前、覚えてないのか?」
「だから何をよ?言いたい事があるならハッキリ言いなさい」
「いや・・・。何でもない。私の気のせいだった」
「?」
どうも記憶が一部分抜けてしまっているようだ。だが、思い出させるとまた話が進まないので、妹紅は好都合とみて、放置することにした。そして二人は手ごろな岩に腰を降ろし、向かい合って座った。
「おかしな妹紅ね。まぁいいわ、だったらさっさとお酌しなさい」
「わかったよ。だからそう急かすな。時間は腐るほどあるんだ」
「わかっていないわね。時は永遠に訪れるけれど、無駄にしていい時などないのよ?」
「あぁそうですか。それは失礼いたしました」
気だるげに返しながら妹紅は輝夜の湯呑に酒を注いでやる。輝夜はそれを一口含み、呟いた。
「ふぅん、まぁまぁいいお酒じゃないの。あなたがこんなにいいお酒を持っていたとは驚きだわ」
「こいつは慧音が私にくれたものだ。何でも人里で造られた物らしいが、あまりに大量に譲り受けたからって私の家に持ってきた」
「そうなの?だったら下々の民草に伝えてあげなさい。あなたたちの造ったお酒は月の姫のお墨付きよ、って」
「そうさせてもらうよ。ほら、お前ばっかり飲んでないで私にもお酌しろよ」
「仕様がないわねぇ。高貴な私にお酌してもらうなんて、本来ならばあり得ないことなのよ?」
「はいはい。わかったわかった」
「・・・なんか納得できないわね」
「気にするなよ。いいからさっさと注げ、時間を無駄にしたらいけないんだろ?」
「くっ!人の揚げ足を取るものじゃないわよ」
「はいはい、っと。・・・うん、さすがにおいしいな」
「そうでしょうとも。なんたってこの私が認めたほどのお酒だもの。不味いわけがないわ」
「・・・なんでお前が得意げなんだよ?」
そうして二人で、穏やかに笑いあう。昨日までの二人では考えられない光景だ。
「それで、あなたは私に何を聞きたいの?」
「え?」
「だから、私に聞きたい事があるから誘ったのでしょう?だったら早く本題に入ったらどうかしら?」
「あ、あぁ。うん、そうだな・・・」
突然雰囲気が変わり妹紅は戸惑う。
(そう言えばそうだったな。こいつに聞かなきゃならないことがあるんだった。・・・でもどうやって切り出そう?いきなりこいつの過去を聞くなんて、さすがに失礼だし・・・)
妹紅が言葉を選んでいると、ふと輝夜が口を開いた。
「・・・ねぇ、妹紅」
「ん、何だよ?」
「こうして月の下で向かい合っていると、初めて出会った時のことを思い出さない?」
「・・・初めて出会った時?」
「そう・・・。あの時は見事な満月だったわ。奇しくも、今宵も満月だもの。否が応でも思い出すというものよ。それとも、あなたは覚えていないのかしら?」
「・・・いや、そんなことはない。はっきり覚えてるよ」
まさしく先ほどの夢で見た光景だ。まさか向こうから切り出してくるとは考えていなかったため、妹紅はしばし呆然としてしまった。
「あの時は吃驚したわ。なにせ月を見上げていて、視線を戻したらいつの間にか見知らぬ人が立っていたのだもの」
「・・・私だって驚いたさ。獣道を進んでいった先に、まさか探してた奴がいるとは思わなかった」
「ふふっ、だったらお相子ね。でもあの時のあなたの顔、酷いものだったわよ?阿呆みたいに口を開けて呆然としていたのだから。そんなに私に会えたことが嬉しかったのかしら?」
「そりゃそうだろう、長年探してた相手が見つかったんだ。嬉しくないわけがないだろう」
「その台詞だけ聞くと、私があなたに口説かれているみたいね」
袖で口を隠しながら上品に笑う輝夜を見て、妹紅の顔は真っ赤になった。
「ばっ、馬鹿なこと言うな!誰がお前なんか口説くもんか!」
「あら酷い、そんなに私には魅力がないかしら?」
「あ・・・!いや、決して輝夜に魅力がない訳じゃなくて、むしろ私が男だったら絶対に手放さないくらいに美人なんだが・・・」
「ふふっ、ありがとう妹紅。嬉しいわ」
沈んだ表情で言葉を漏らす輝夜に、妹紅が慌てて取り繕う。
しかし、クスクス笑う輝夜を見て、妹紅はようやく自分がからかわれていることに気づいた。
「か~ぐ~や~、お前なぁ~!」
「あははっ、あなたって本当に面白いわ。出会った頃からずっと私を楽しませてくれるもの」
無邪気に笑う輝夜に毒気を抜かれたか、妹紅はいちいち起こるのが馬鹿らしくなってきた。
加えて、輝夜に気を遣う必要などないのでは?とまで思った。
「はぁ・・・、もういいや。じゃあ私の聞きたい事を聞かせてもらうとするよ」
「どうぞ、何でもお聞きなさい。肩の力も抜けたでしょう?」
言われてみると、初めの緊張はすっかり消えている。
(まさかこいつ、私を気遣ってくれたのか?)
そう思い、輝夜を見ると、さっきと変らずふわふわした雰囲気で微笑んでいる。
「?」
(いや、まさかな)
妹紅は、輝夜のにこにこしたまま小首を傾げる様子を見て、それはないと判断した。
「じゃあ聞くぞ。さっきお前が話した、私たちの出会った頃に関係のある話だ」
「あら、それは奇遇ねぇ」
「それでだ。単刀直入に聞くぞ。輝夜・・・
お前は昔から、今みたいに笑えていたか?」
聞いた瞬間、周囲から音が消えたような気がした。
しかし、何よりもの変化は、輝夜から・・・表情が消えたということだろう。
突然の輝夜の変わり様に、妹紅はこの上なく戸惑う。
「・・・輝夜?」
「・・・質問に答えるならば、否、よ。
どうして気づいたのかしら?あの頃のあなたは我武者羅に向かってくるばかりで、とても周りに気を遣っているようには見えなかっのだけれど?」
「それは・・・、さっき夢を見たんだ」
「夢?」
「そう、初めて私とお前が出会った時の夢を・・・。その夢の中で、私は正直お前に見惚れてた。多分、現実でもそうだったんだろう。でも夢の中のお前は、どこかおかしいことに気づいた」
「・・・どこがおかしかったの?」
「姿形は当然一緒だ。だけど、雰囲気は今とは完全に別物だった。何て言うか・・・生きてるように見えなかったんだ」
「生きているように見えなかった・・・か。夢というのも侮ってはいけないわね。そんな過去の記憶まで引っ張り出してしまうなんて」
「輝夜・・・」
「妹紅、あなたの見た夢は、正真正銘過去の光景よ。そしてあなたの私に対する評価も、実に的を射ているものだわ」
「じゃあ、あの時のお前は・・・」
「あなたの言うとおり、死んでいたようなものよ。当時の私は、生きながらに死んでいた、亡霊のような存在だったの」
「そんな、どうして・・・?」
「理由を知りたいの?
簡単よ。あなたと出会った頃、私はあなたと同じように、住む場所を転々としながら、最後に隠れるようにしてあの竹林に移り住んだの。その時はまだ因幡たちもいなかったし、私と永琳だけの生活だったの。それは退屈だったけど、決して寂しいものではなかったわ。
でもね、かつて住んでいた月をすてて、地上でお世話になった人たちにも別れを告げた。もう私の居場所はどこにもないって悟った時、全てがつまらなくなったの。あなたが現れたのはそんな時。初めは驚いたわよ。私が遺した『蓬莱の薬』を奪って、勝手に使った人間がいたなんて知らなかったし、腹も立ったわ」
「そうだったのか・・・」
「だけどね、妹紅。私が何より腹立たしかったのは、あなたの眼だったのよ」
「私の、眼?どういうこと?」
意味がわからない、と妹紅が聞くと、輝夜はそのまま話を続けた。
「あの時のあなたの目は、私に対する憎しみで満ち満ちていた。
わかる?私と同様に、最早真っ当に暮らすことが出来なくなった筈のあなたが、私と違って目的をもって生きていたのだもの。私はそれが我慢できなかった。だからあなたを憎んだ。そして、ありとあらゆる残虐な手段を使ってあなたを殺したりもしたわ」
「・・・そうだったな。あればっかりは痛かったし、苦しかった」
「苦痛にまみれれば、いつか私のように死んでくれるかもしれない。私が死んでいるのに、あなたが生きているのが許せない。そう思っていたのよ。・・・だけど誤算があったの」
「誤算?」
「そう、何をしてもあなたは死ななかったし、いつの間にか力を付けてしまっていたということ」
「そりゃあ、やられっぱなしじゃ悔しいし、何より殺され続けるのはもう懲り懲りだったからな。力だってつくさ」
「それこそが最大の誤算だったの。まさか只の人間の娘が、私を殺すまでの力を持つとは考えていなかったの。あなたが初めて私の命を奪った時を覚えている?」
「もちろん覚えてるよ。なにせ積年の恨みを晴らせたんだから、忘れるわけがない」
「そう、あなたは嬉しかった。だけど私はとても悔しかったわ」
「悔しかった?お前が?」
いつもふわふわしている輝夜が悔しがるとは、俄には信じがたい話だった。
(でも言われてみれば、あの後のこいつの顔、妙に苦々しかったような・・・)
「そうよ。憎くて仕様がなかったあなたが、終ぞ眼に宿る炎を消すことなく、挙句私を殺したのだもの。悔しさで身がはち切れそうだったわ」
「知らなかった・・・」
「必死で隠そうとしていたもの。当然じゃない。でもね、本当はあなたに感謝していたの」
「え?」
なぜそのようなことになるのか、と言わんばかりに、輝夜の話に耳を傾けていた妹紅が大きく反応した。
「だから、感謝していたの。あなたに殺された後、とても悔しくて、次は絶対にあなたを殺してやるって考えていたの。でも、そこで気付いた・・・、
私もいつの間にか、あなたと同じ眼をしていたということに」
そこまで聞いて、朝方に慧音に言われてからずっと靄が掛かっていた妹紅の心は、涼やかな風が吹いたように晴れ渡った。
(そうか・・・私はきっと、初めてこいつを見た時から、ずっと心惹かれていたんだ。
初めはもちろん父様の無念を晴らすためだったけど、初めて輝夜を殺したとき、それはもう終わっていたんだ。あいつの顔が悔しさで歪むのを見て、輝夜もしっかり生きているんだってことを感じたから、それが嬉しかったんだ)
「あなたがいたから私は今生きている。だから私はあなたが求めるならば殺し合いだって喜んで付き合うわ。・・・殺してくれてありがとう、妹紅」
(単純なことだったんだ、私はもはや輝夜を恨んでなんかいない、むしろ惹かれている。
人形みたいだったこいつの表情が変わって、私をしっかり見てくれるようになった。私がこいつを殺せば、こいつは私を見てくれる、それだけだったんだ!)
「ねぇ、輝夜」
「なに、妹紅?」
「今でも私に負けたら、悔しい?」
「もちろんよ。悔しくない訳がないわ」
「えへへ・・・。そっかぁ」
「どうしたのよ?変な笑い方して?」
「別にぃ・・・。ねぇ、輝夜」
「今度は何よ?」
「生きてるって、素晴らしいね!」
あの夜からひと月が過ぎた。日もそろそろ暮れようかという頃に、上白沢 慧音が独り竹林を闊歩していた。すると、向こう側から見知った顔がやってきた。
「妹紅ではないか。久しぶりだな」
「うん。あの日以来だから、ひと月ぶりかな?」
「そう・・・だな。どうだ、考え直してはくれたか?」
「あぁ、それなんだけどね。慧音には本当に悪いと思ってるんだけど、殺し合いを止めるのは無理」
「そうか・・・。やはり輝夜を憎むのか・・・?」
慧音の質問に妹紅は一瞬ポカンとする。そして、吹き出してしまった。
「・・・?一体何を笑っているのだ?私が何かおかしなことを聞いたか?」
「いやいや、ごめんごめん。でも、私はもう輝夜を憎んでなんかいないよ」
「・・・は?」
「それにね、殺し合う回数も減らせるよ。これからは正式に月一回になったから」
「・・・」
慧音の理解が全く追いついていないようだ。彼女にしては珍しく、放心状態に陥っている。
「それは・・・前向きに善処した結果と捉えていいのか?」
「そんなところかな?あっ、私は用事があるからもう行くね」
「行くって何処に・・・?そっちの方角には・・・永遠亭!
妹紅!まさか今日が!?」
「やっぱり慧音は賢いね。そうだよ、月に一度、満月が訪れる晩に殺し合うことにしたの」
「・・・なんとも晴れやかな表情で、物騒な台詞を吐くものではない。まったく・・・」
「あれ?今度は止めないの?」
「そんなに無邪気に笑われたら、何を言うのも馬鹿馬鹿しくなっただけだ。それに、言ったところで聞かないのだろう?」
「うん、ごめんね」
「もういいさ。お前が悩んだ末に出した答えだ。お前の好きにしたらいい。ただな・・・」
「ただ?」
「どうせやるからには、思いっきりやって勝ってこい!・・・それだけだ」
「・・・・・・もちろん!」
慣れない大声を出したからか、咳払いを一つして、少し恥ずかしそうに慧音は目を伏せた。
そんな慧音の様子に唖然としながらも、妹紅は力強く答えた。
そして別れ際に、慧音が口を開いた。
「あぁ、そうだ。妹紅」
「なに?慧音」
「お前はどうして殺し合うのだ?」
「それはね・・・」
「それは?」
「生きているからよ!!!」
でも作者さんが最後にそれをことわっていたので、
わかった上でやっていたということで丸く収まりました
次回作(嘘)を見てみたいですね
サザンクロス編迄と言わず、世紀末覇者に会うまで・・