百合的要素ありです。
苦手な人はバックしたほうがいいかもしれません。
―――――当たる。
そう思った。
七色の光弾は既に目の前にまで迫っている。回避もかすりも間に合わない。完全にチェックメイトだ。
その遥か後方で、美鈴が驚愕に目を見開いていた。
私が『いつものように』、追い詰められる前にマスタースパークを撃つと思っていたからだろう。事実、私だって奴との弾幕ごっこが始まった瞬間から『いつものように』そうしようと思っていたのだ。
ここしばらく紅魔館に軽い気持ちで入り浸っていたせいか、完全に気が抜けていた。八卦炉を置き忘れるなんてどうかしている。私はあれがなければまともに生活も出来ないっていうのに。あまりにも迂闊すぎだ、間抜け。
虹色の光が広がっていく。音速が遅い。死ぬ間際は時間が普通より長く感じられるらしい。走馬灯もその恩恵のひとつで、遅くなっている(と感じられる)時間を利用して、脳の情報―主にエピソード記憶だが―の整理をしているんだとか。
それならば、走馬灯が現実に起こった場合は、フィクションで見られる都合の良い走馬灯と違って、二度と思い出したくない悪い思い出も平等に流れていくんだろう。たまたまその人が不幸な人生を歩んでいる人だったら、悪い思い出の方が良い思い出の方より比率として多いだろうから、死ぬ間際にもう一度、忘れようとしていた後悔や嫌悪感をゆっくりじっくりと刻み付けられることになるんだろうか。そんなのはかなり最悪だ。
「全く・・・・・・死ぬ寸前くらい心穏やかにさせて欲しいもんだぜ」
さて。音速がいくらなんでも遅すぎる。
長すぎる一瞬を目を瞑りながら待っていた自分が少し滑稽に思えた。
恐る恐る目を開けてみる。
今日の天気は穏やかな晴天だ。強すぎない日差しが肌に心地いいが、暗闇に慣れた目に多少痛みを感じる。
箒を握り締めて汗が滲んでいる左手、八卦炉を取り出そうとして懐に入れたままの右手。
どちらも意思に従ってちゃんと動くようだ。
五体満足である。
気がつかない内に吹っ飛ばされていつの間にかベッドの上、というわけでもなかった。
あんなに近くにあった美鈴の弾幕は何故だか消えている。
美鈴の様子を確認しようと前を見ると、誰かと口論をしているのがわかった。
美鈴は困りきった表情で言い訳をするように頭を掻いていた。そして、もう一方の手には傘が握られ、その誰かを日光から守っているようだった。
目を凝らして、手に紅い炎を纏った誰かを観察する。
どういう原理で飛べるようになっているのかがさっぱりわからない、蔓に宝石を吊るしたような羽。
最近は見る機会が多くなった。
赤を基調とし、フリルがふんだんに使われている服と、これもまたフリルをあしらった特徴的な帽子。
まだ幼い体躯と、日差しを浴びれば(浴びられれば)光を反射してさぞ綺麗に天使の輪を作るだろう、さらさらの金髪。
「…………フランドール」
困りきってついに半泣きになってきた美鈴にこれまた半泣きになりながらで怒鳴る、悪魔の妹がそこにいた。
何がなんだかわからないが、フランは美鈴に何かしらの不満を持ったらしい。
おもしろそうなのでしばらく様子を見ていると、破壊の化身が不意にこっちを向いた。
べそをかいていた筈のそいつは一瞬で輝かんばかりの笑顔を取り戻し、しかし再びその目じりに涙を溜めた。
忙しい奴だな、と苦笑する。
羽が翻る。飛翔の予備動作だ。
恐らく一瞬で私の数m前まで加速してくるだろう。
よっこらせ、と体を起き上がらせ、箒を持ち直してフランに相対し
「ぐえっ」
―――止まらずに、私に体ごと突っ込んできた。
「魔理沙っ!」
たまらず魔力を後ろ向きに放つ。
殺人ダイブの威力を半分ほど相殺したが、なおも勢いは止まらず、抱きつかれたまま派手に吹っ飛ばされた。
地面でお尻をしたたかに打ち付ける。とても痛い。
「ねぇ、大丈夫だった!? 弾、当たってない? ごめんね、中国はあとで咲夜に叱ってもらうから!」
息つく暇もなくまくしたて、なおも抱きしめ続ける。万力のような力で締め付けられ、そろそろ人間の身にはきつい負荷になってきた。
「ああ、大丈夫・・・・・・だぜ。それより、メイド長に、言う、のは・・・・・・」
フランは初めて力の強さに気づいたのか、再度謝りながら力を緩めた。
「・・・・・・っはぁ、やめといてやれ」
「どうして? 魔理沙はわたしに会いに来てくれたんでしょう? なのに、美鈴ったら、こんなところで追い返そうとするなんて……」
こんなところはないよな、と少しばかり門番長に同情する。
自分の言葉で怒りが再燃してきたのか、もう一度翼を広げ、美鈴の方に向き直るフラン。
思わず静止しようとすると、そうするまでもなく翼は下がり、しゅん、とうなだれた。
「ごめんね……わたしが誘ったのに」
「気にしなくていいぜ。いつものことだしな」
フランは一瞬顔を上げたが、考え直したかのように目を瞑ってぶんぶんと首を振った。
「うん……とりあえず、行こ?」
フランに手を引かれ、立ち上がる。
晴天だった空はいつの間にか薄く雲に覆われている。
吸血鬼であるところのフランと、陽の当たる可能性のあるところで話していたと思うと少し冷や冷やした。
傘も放り出して一目散に私に突っ込んできた妹君はそんなことは気にも留めていないようで、私と繋いでいない方の手を顎に当て、うんうん唸っている。
何かを真剣な面持ちで考えているフランが、珍しいと思った。
夜。
吸血鬼である館の主が活動を始める、紅魔館で最も重要な時間である。
レミリアは毎日特に決まった行動をするわけではないが、主が起きているというだけで館のメイドたちは常に臨戦態勢なのだ。
実際に何が出来るかは別として、「いつ何時でも、主の命に答えられるように」と、あまり来ることの無い命令を待ちながら、気合を入れて日々の業務に励んでいる。
そんなメイドたちの意気込みなど露知らず、今宵のレミリアは数人の人妖とテーブルを囲んでいた。
俗に「お茶会」と呼ばれる、紅魔館の非公式会議である。
紅魔館が誇る大図書館、ヴワル魔法図書館の一角で、その会議は通常行われる。
大抵はメイド長の淹れる紅茶を片手にとりとめのない雑談をしているため、全員がテーブルを囲んで椅子に座るのが常だ。
卓についているのは、優雅に紅茶を嗜んでいるレミリア、彼女の親友であるパチュリー・ノーレッジ、従者である十六夜咲夜、門番である紅美鈴、そして―――――彼女を常に悩ませる麗しの妹、フランドール・スカーレットの5人。
普段「お茶会」に出席しているのはレミリアとパチュリー、咲夜の三人だ。
時々は美鈴やフランドールも参加するが、二人同時に、というのはごく稀なことだった。
紅魔館のオールスターの集合に、メイドたちの間では、この「お茶会」に関する様々な憶測が飛び交っている。
曰く、「とうとう妹様の自由外出を許すための決戦投票が行われる」。
曰く、「とうとうヴワル大図書館の大掃除と蔵書点検が始まる」。
曰く、「とうとう永遠亭との全面戦争が勃発する」。
あまりに突拍子もない物騒な想像が混じっているのは、このメンバーでの話し合いからは何が起こるか見当もつかないといういい証拠だった。
そして、レミリアが紅茶の一口目を飲み終え、口を開いた。
「―――――で、どうしたの、フラン?」
その一言に、姉妹を除いた全員が反応を見せた。
「……どういう事、レミィ?」
「どういうことも何も、今日のお茶会を提案したのはフランだもの」
「―――妹様が?」
パチュリーの言葉を皮切りに、全員がフランドールに関心を移す。
それぞれ、レミリアは優しく、パチュリーは眠そうに、咲夜は清廉に、美鈴は冷や汗を滝のように流しながら。
フランドールが軽く息を吸い込む。
数秒の沈黙が流れる。
咲夜は不思議そうに美鈴を眺めている。
美鈴の汗は留まることを知らない。
「……お姉様、わたしは、友達を作っちゃいけないの?」
美鈴の表情が凍る。
レミリアは、妹の脈絡のない質問の意図を測りかねた。
「……どうしたっていうの、フラン?」
「お姉様が命令してるんでしょ? 中国に」
話が見えてこない。
責めるような語調もますます私を焦らせる。。
中国という呼び名を妹が使うのは、中国がフランに対して、何か機嫌を損ねるようなことをしたときだけのはずだ。
フリーズしている中国を一睨みし、明らかに機嫌が良くないといった表情をしているフランに向き直る。
「落ち着いて……もう少し、詳しく話して?」
ばごん、とテーブルにフランドールの手のひらが叩きつけられた。木製のテーブルに大きな亀裂が走る。
パチェが「これ、お気に入りだったのになぁ」という意思を込めたジト目をしながらこっちをちらりと見て、読書に戻った。
「……っ! お姉様が、魔理沙を中に入れないように命令したんでしょっ!?」
びりびり、と魔力の余波が走り、カップにもひびが入った。
破壊の属性を持つその魔力は、指向性を持たない姿でも効力を発揮している。
なおも魔力を撒き散らしながら、フランは激昂した。
「はじめて、わたしがちゃんと誘ったのにっ……! 魔理沙も『楽しみだぜ』って言ってくれてたのに!」
堪え切れなかったのか、ぽろぽろと涙が零れはじめる。
思わず絶句する。妹の初めて見る理由のある感情の爆発に怯んで、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
パチュリーですら、本を読むのを止めて二人の動向に目を向けている。
返事がないことを不服に思ったのか、魔力の余波が激しく膨れ上がっていく。
「お姉様は、やっぱり私を閉じ込めたいんだ! 私が邪魔だから、私から魔理沙も遠ざけて、外の世界も独り占めにする気なんだ!」
窓にひびが入る。
コーヒーカップは既にばらばらになり、テーブルクロスは紅く染まっていた。
咲夜も危険を察知したのか、レミリアに視線を向けた。
―――我に返る。
何を呆けている。このままでは妹が暴走しかねない。
門番が門を守るのは当然のこと。
主である私が許可を出していない以上、妹の客人だろうが、親友の客人だろうが、何人であろうと通ることは許されない。
そう言うべき筈なのに、口が渇いて思うように動かなかった。
フランは、495年の空白を必死に埋めようとしている。
友達を誘う、ということが妹にとってどれだけ重要で嬉しいことなのか。
妹は、魔理沙に嫌われることを過度に恐れているに違いない。
フランは、妹の全ては、あの人間との出会いから始まったといっても過言ではないのだ。
当たり障りのない言葉を選ぼうとすればするほど、フランに対する罪悪感が止まらない。
逃げた視線の先に、美鈴の瞳があった。
不安と後悔がありありと浮かんでいる表情。
だが、美鈴は門番として当たり前のことをしただけだ。
職務を果たした門番の為にも、妹にそれを伝えねばならない。館主として。
唇を舐める。
「フラン? ・・・中国は、正しいことをしたのよ」
魔力が炎という形を成した。
言ってから、しまった、と思った。
いくらなんでも言葉が足りなすぎる。言葉も選べないほど慌てていたのか。
(美鈴は、シリアスな話し合いの最中に『中国』はやめて欲しいなあ、と現実逃避気味に考えていた)
「お姉様なんか……!」
フランドールの背後で、炎が膨れ上がった。
明確な意思で形を持たせた魔力が、その本分を発揮しようと動き始めたのだ。
すると、ここまで静観していたパチュリーが刹那の間に姉妹の周りに魔方陣を展開した。魔方陣によって発生した緑色の障壁は二人を包み、ドーム状に広がっていく。
パチェと目が合う。
『良ーく考えて、優しくなだめなさい?』―――――そう、口元が歪んだ気がした。
そして、微妙なにやけ笑いのまま、
「咲夜、美鈴。―――――逃げるわよ」
二人を淡い光で包み、場から離脱した。
直後、
「お姉様なんか、だいっきらい!」
魔方陣の内部で炎の風が吹き荒れ、渦を巻いていった。
パチュリー様の防護魔法の効力が切れ、空中からふわりと床に降ろされる。
論を俟たずに、魔法図書館の方向に振り返った。
距離をとった今でもなお、その熱が伝わってきている。
吸血鬼の―――――いや、妹様の、凄まじい魔力。
気を操る程度の能力を持つ美鈴は、その特性から他人の気を探ることにも長けていた。
今、フランドールから感じられる気は、普段の絶対的な力をなお上回っている。
大きな感情の揺れによって、放出される魔力がブーストされているのだろうが、炎という特性や形には変化がない。ただ、魔力それ自体の量が多すぎる。
純粋な破壊力、魔力量だけで言えば、幻想郷広しといえども匹敵する妖怪は居ないのでは無いか。
美鈴だけでなく、幾多の強敵に打ち勝ってきた咲夜でさえ、そう思わざるをえない程の無比の魔力の奔流だった。
事態のあまりの大きさに放心してしまっている美鈴を、パチュリーが両手で持った本で叩く。
「あいたっ!?」
「そんなに強く叩いてないわよ」
「いや、お尻に何か鋭い感触が………」
痛みに顔を顰める美鈴。背後には咲夜が瀟洒な笑みを浮かべて立っていた。
「そんなに強く刺してないわよ」
「ナイフは軽くでも痛いですよ! っていうか私の体は気で強化されてる筈なんですけど……」
パチュリーがもう一度本で美鈴の、今度はお尻を叩いた。
「あいたぁっ!」
「のんびりお尻を手当てしてる場合じゃなさそうよ」
先ほど脱出した部屋からは、既に派手な戦闘音が響いていた。
「そ、そうでした……」
非常事態を告げた割には非常にのんびりと、パチュリーが聞く。
「で、何があったの?」
美鈴は一瞬言葉を詰まらせ、それから客観的な事実を大雑把に話した。
体中から『わたしがわるいんです』というオーラを発してはいたが。
「………別に普通のことじゃない」
駄目なわたしの報告にいつも通りの咲夜さんの無情な返答が返って……?
わ、わたしに肯定的な返答・・・・・・!?
「え? だ、だって、わたしは……」
「お嬢様からの命令は受けてないんでしょう? じゃ、しょうがないじゃない」
「あ、あれ? え? あ、そうですね……あれ?」
理解が追いつかず取り乱す美鈴に溜息をつく。
「全く。……それにしても、あの黒ネズミが正面突破してくるなんていつものことなのに……なんで妹様はあそこまで? パチュリー様、何かわかります?」
そう問いかけた咲夜に、パチュリーは先ほどの咲夜より深く溜息をついた。
「美鈴がこうなるのは、まぁ予想してたけど……咲夜? あなた、少し妖怪側に慣れすぎたのかもしれないわね」
思ってもみなかったことを言われたからか、常に隙を見せることのないメイド長が珍しく間抜けな表情を浮かべる。
「そ、それは……どういうことですか?」
「本当にわからないのね……。しょうがないわ、教えてあげる。いい? まず、今日の魔理沙の服装を見たでしょう?」
「はい、いつもより少し崩れて……あ」
「そう、どこかで弾幕に当たったかかすったかしたのよ。そして妹様はそれを終始気にかけていた。なぜなら、自分の身内……この場合は美鈴ね。その美鈴が魔理沙に多少なりともダメージを与えていたから。外で負ったものだったのであれば妹様はああはなっていないでしょうね。……そうよね、美鈴?」
「は、はい……」
「で。……多分妹様は、普段魔理沙があまりにも普通に入ってくるものだから、とっくに出入り自由の許可でももらっていると思っていたんじゃないかしら」
「わ、私も一応頑張ってるんですよ・・・・・・?」
「そして今日たまたま門まで迎えに行ってみると、『初めて』美鈴にぼこぼこにされている白黒を目撃した」
「うう・・・・・・ぼこぼこにはしてませんよぉ……ていうか、出来ませんって」
「妹様はきっとこう思った。『いつもは普通に入ってくるのに、今日は美鈴が邪魔をしている。そうか、わたしが自分から誘ったからお姉様が館に入れないように命令したんだ』……で、ああなった」
「お嬢様がそんなことをする筈はないと思いますが……」
「そうね。でも、妹様は自分が閉じ込められていた本当の理由を知らないわ。レミィを恨んではいないとしても、心の奥底に不満や恨みがあってしまっても不思議じゃない。そうでしょ、咲夜?」
「……そうかも、しれません。そうですね、気づける点はいくらでもありました。確かに人の心情に対して大雑把になって、機微を察することが出来なくなっているのかも……」
「それと、美鈴。これは普段から易々と魔理沙の侵入を許していたあなたの責任でもあるわ」
「は、はい……すみません……」
あっという間に落ち込んでいく二人を見ているのは中々面白いが、
「今は落ち込んでる場合じゃないわ」
破砕音と共に飛んできたガラスを障壁で相殺する。
戦闘はますます激しくなっているようだ。二人の周りに展開した障壁に穴が開いてしまった。
「すみません、パチュリー様。ありがとうございます。それで……これからどうされますか?」
「とりあえず、飛来物を叩き落してくれるかしら。障壁を強化するから」
「で、ですが……お嬢様の救援に行かなくてよろしいのですか? 中国、瓦礫」
呆けていた中国が慌てて眼前の瓦礫を叩き潰す。
「は、わ、あー、びっくりしました」
「まだ来てるわよ」
「え? いだぁっ!?」
瓦礫に頭を打たれ、のた打ち回る美鈴を尻目に、咲夜がもう一度聞く。
「いくらお嬢様でも、あの妹様の相手をソロでは厳しいと思いますが……」
「いいのよ。ガチ姉妹喧嘩なんて初めてなんじゃない? あの二人は殺し合うくらいやらないとわだかまりが解けない気がするわ」
優秀なメイド長は窓の外枠を16個の細切れにしながら、よくわかっていない顔をする。
「はぁ……。そういうものなんですか」
パチュリーは更に更に深く溜息をついた。
・・・・・・やっぱり鈍くなってるじゃない。
頬を灼熱の大剣が掠め、熱風をまともに喰らう。
返す刃でこちらを両断にしようと荒れ狂うレーヴァテインから一足飛びに距離をとり、空を切り下ろしている妹を見据える。
頬を伝っている血を拭う。
咄嗟に身を庇った左手が常識はずれの温度を持つ熱風のせいで一部は焼け爛れていたので、妹がこちらを視認していないのを確認してから再生作業に入る。
「……どうしたものか」
フランは暴れてはいるものの、狂ってはいないようだった。
泣きじゃくりながらあんなものを振り回されても対処に困る。
普段だったらパチェにでも協力してもらって、自分が死なない程度に相手をすればいいのだけれど。
さっきのパチェの意地の悪い笑いの意味がようやくわかった。
確かに、『泣きながら反発するフランをなだめる私』という図式は今までの間全く見られることのなかったものだ。ずっと私たち姉妹の歪んだ関係を見てきたパチェにとっては、にやにやしながら見つめざるをえない状況なんだろうと思う。
……冷静に判断すると、なんだか私までにやにやする口元を抑えきれない。
これは、俗に言う『姉妹喧嘩』という奴なのだろうか?
「……ふふっ」
こみ上げる笑いを我慢しきれず、外に笑いが漏れる。500歳過ぎたいい年の癖して、妹と喧嘩できるのがそんなに嬉しいのか。
間違いなく嬉しい。
子どもっぽいとか、カリスマがどうとかは関係が無い次元の話だ。
「……お姉さま」
再生し終わった腕を振ってみる。特に問題はない。
だが、笑っているところを見られてしまったようだ。
余計機嫌を損ねてしまったに違いない。
「なんで、笑ってるの」
新たなスペルを警戒していると、不意にレーヴァテインがふっ、と消えた。
あれだけ激しく空間に満たされていた魔力が消える。
涙を手の甲でごしごし拭いながら、緩慢な動作で床に降り立つフラン。
私も同じスピードで、遠い間合いを保ったまま着地した。
暫く無言の時間が続き、その内に、泣き声が嗚咽に変わり始めた。
「やっぱり、わたしのことが、嫌いなの……?」
やっぱり、可愛い妹だと思う。
フランを泣き止ませるために近づく。警戒させないようにゆっくりと。
ところどころにひびが入った床に注意して歩きながら、妹の目の前にまで進む。
「―――フラン」
呼びかけて、そっと抱きしめた。
フランは一瞬びくっと体を硬直させたが、私に敵意が無いことを悟ったのかすぐ体の緊張を解いた。
「ごめんなさい? でも、侵入者は追い払わないといけないの」
フランの体が強張るのがわかる。声をしゃくりあげながら腕の中でいやいやと首を振った。
「まりさは、まいさは、わた、わたしに、会いに、き、てくれ、くれた、のに…」
「そうね。でも、勝手に館に入る奴は成敗しなくちゃいけない。これはわかるわね?」
泣きながらこちらを強めに抱きしめ返し、縦に首を振る。
「で、でも、まりさは、まりさは、ね? お姉、さま」
「あーもう。顔が凄いことになってるわ、フラン? それにね、私が言ってるのは『侵入者』が来た場合の話よ」
「ぇ……?」
「あなたは、もう物を壊さずに、私にこうやってちゃんと文句を言えるじゃない。ただ当たりちらすんじゃなくて、正面から不平不満をぶつけてくれるんなら、私だって悪いところは直していくわ」
涙でぐしゃぐしゃの、よくわかっていない表情で上目遣いにこちらを見上げるフラン。
大分嗚咽は収まったようで、穏やかに私の次の言葉を待っていた。
「フラン。あなたはね、こう言えばいいの。『あの白黒は私のものなんだから、四の五の言わずに絶対に私まで通せ』ってね。私たちみたいな可愛い可愛いレディにはね、親友を束縛しちゃうぐらいのわがままは許されるのよ」
どこかで見ているだろう魔女へのウィンクも忘れない。
フランの目じりに再び涙が浮かび始める。それでも表情を明るい笑顔を取り戻し、嬉しそうに私を抱き寄せる。
「……うん。ありがとう、ごめんなさい、お姉さま……」
えへへ、と幸せそうなにやけ笑いをするフラン。
パチェや私の怪しいにやにやと違って凄く可愛かったので、ついおでこにキスをしてしまった。
「シスコン」
「うるさいわね」
言葉とは違い、満更でも無さそうな微笑を浮かべながらグラスを傾けるレミリア。
血のように紅いワインが小さな唇へ吸い込まれていく。
既に壊れたテーブルは取り替えられ、卓上には打ち上げの準備がしてあった。
打ち上げといっても、レミリアとパチュリー、それと傍に控える咲夜だけ、それもワインを楽しむだけ、といういつも通りの夜だ。
レミリアの上機嫌な飲みっぷりを見て、パチュリーもワインを軽く流し込む。
咲夜のお手製の年代物だろうが、親友と月夜に飲む酒にヴィンテージかどうかは関係ない。
心地よい沈黙が続くこの図書館は、いつの間にか全ての破壊跡が修復されていて、新しくなった窓から淡く月光が差し込んでいる。
「何も壊していない」とは言ったが、それは人的損害、大規模な損害の意であって、図書館内部の軽い被害は考えに入っていなかったようだ。
妹を連れて部屋に戻った後も、いつパチェからぐちぐち言われるのか、と気が滅入っていたが……。
「本当によく気の利く従者ね」
一礼する咲夜に、ふと、たまには労をねぎらってやろうと思いついた。
「咲夜。今日はすごく気分がいいから、注いであげる。座りなさい」
「……ありがとうございます、お嬢様。ですが、私は……」
パチェの方に視線を移し、申し訳なさそうに頭を下げる。
パチェを気にしているのだろうか?
視線に気づいたのか、パチェがぼそっと呟く。
「……なんで妹様はあそこまで。パチュリー様、何かわかりますー」
棒読みでそれだけ言うと、珍しく愉快そうな表情を明らかにして、グラスに口をつけた。
咲夜は一瞬頭を抱えてしゃがみこみ、すぐ立ちあがったかと思うと、
「お嬢様確か良さそうなチーズがあったはずなのでおつまみにお持ちしますねはいすぐに」
次の瞬間には消えた。
「奇声でもあげたくなったのかしら?」
ほんのりと赤く染まった顔が、楽しそうに言う。本当に、珍しい。
「……さっきから何を言ってるのか、さっぱりわからないわ」
「別にいいのよ、わからなくても。……素直になれればいいの」
「……それ、話変わった? それともいい感じに酔ってきて良いこと言ったつもりになっただけ?」
「シスコン」
「酔っ払いの方ね。あなたフランが寝る前からずっとやってたわね、そういえば」
「あの白黒は私のものなんだから、四の五の言わずに絶対に私まで通せー。ってねー」
脈絡も無く、恥ずかしいセリフを淡々と呟く。
なるほど、これは恥ずかしい。少しだけ頭を抱えたくなる。
だが、パチェの表情は少し面白くなさそうになっていた。
ほんの少し、だけれど。
―――それで、パチェのパチェらしからぬ言動の理由がわかった気がした。
だから、ちょっと意地悪に言ってみた。
「……ねぇ、その先は聞いてなかったの?」
むぅ、と困ったような顔をして俯いてしまった。
席を立って、パチェの隣に回りこんで近づき、肩を抱き寄せる。
「むきゅ……」
「ね、パチェ? 私は悪魔だから……あなたを束縛することに、罪悪感なんて欠片も感じないわ」
細く柔らかな曲線を描く輪郭を指でなぞり、顎で指を止めて軽く持ち上げる。
パチェの透き通るような菫色の瞳を見つめる。
あと少しで触れ合ってしまいそうな距離と、甘い髪の匂いにくらくらする。
「あなたは、私の言葉が気に障った? それとも……」
突然優しく唇が重ねられ、続きは遮られた。
数秒の沈黙の後、唇が離れ、細い指で口を封じられた。
「……レミィは、雰囲気を作るのは巧いけど、口数の多さが少し無粋ね」
顔を真っ赤に染めながら言うパチェに苦笑する。
月とワインの夜は、まだまだ続きそうだ。
アンタはNext Mosoをガッツリ書く使命がある!
じゃあその妄想全部書いて、ついでにゆかれいむとかえーてるとかも書いてくれ!!!
気の利く?
妄想炸裂な感じですがそれが良かった。w
次回は何をその妄想の中から選ぶんでしょうね?
楽しみです。
レミリアはシスコンであり続けるべき。
Next Moso 凄く期待してるのぜ!
奇声上げながらごろごろしたいほど咲夜さんとパッチェがかぁいいよぅ!
お持ちかえr(グングニル
面白かったです ものすごく良かったです
ありがとうございます。生きます。
時間があれば全部かけると思います。
>>3の人
えーてるは僕も大好物です。
えーてるは僕も大好物です。
(大事なことなので2回言いました
>>4の人
自分も凄く書きたいです。
お姫様というからには下々の者の憧れの対象でなくてはならないと思うのです。
>>11の人
はい、そうです。指摘ありがとうございます。
これからも気が向いたらよろしくお願いします。
>>14の人
ありがとうございます。
形にした妄想を楽しいと言ってくれる人がいるのはとても嬉しいです。
>>17の人
シスコンはすばらしいものです。
長年地下に閉じ込めておいたのは常軌を逸した独占欲の強さ故、なんてのはどうでしょう。駄目ですか。ごめんなさい。
>>22
ありがとうございます。
自分も、これを投稿してから15分ぐらいちらちらと様子を見ていたのですが、コメントがなかなかつかないことが恥ずかしすぎて奇声をあげそうになりました。
コメント・評価ありがとうございました。
Next Mosoは多分結構時間かかると思うんですが、また目に付いたら読んでやって下さい。
ところで一つだけ誤字の報告をさせてください。
>普段「お茶会」に出席しているのはレミリアとバチュリー、咲夜の三人だ。
パチュリー…ですよね?
うわwバチュリーwww
指摘ありがとうございます。自分の間違いに吹いてしまいました。
>Next Moso
書いてください頼みます。むしろNext Dream…
それが残念でなりません
百合に物凄い嫌悪を覚える人も居るかと思いまして…
期待させてしまったなら申し訳ありませんww
>>32の人
今回は美鈴メインの話ではないので、救いというかあまり焦点を当ててもいません。
一応「中国」という呼称へのフォローも入れておいたつもりです。
中国ネタが嫌いというよりも、この話で美鈴が中国と呼ばれる意味がまったく感じられません。
フォローを入れておいたつもりとありますが、それならそもそも使わなければよかったのでは?
基本的に特別な場合をのぞいて、中国やPad長等の渾名ネタは嫌う方が多いので、
次回からは特別に意味がある場合をのぞいて使用を控えるべきだと思います。
話自体はとてもよかったので次に期待してます。
一応、この話でも意味を持たせて「中国」という呼び名を使ったつもりです。
今後話を書くときのための呼称の位置づけ、というか…
本名と「中国」を場面によって使い分けているところから察していただけるとありがたいです。
不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。
物足りないけど、面白かったです。
シスコンなお嬢様を書いてくださるとは。貴方が神か!
美鈴は本名で呼んで欲しい派w ですが、この作品は「中国」と
呼ばせる意味があったので不快には感じませんでした。
むしろ必要だったのではないかと。主に妹様の感情メーターとして。
Next Moso 心待ちにしています。