人里離れた山の中の神社、その境内を掃除して回る巫女服の少女、そんな少女の様子を何をするでもなく縁側で眺める紫色の服を着た少女、
「ねえ霊夢、貴方は本当の〝悪魔〟って見たことあるかしら?」
「藪から棒に何よ?」
霊夢と呼ばれた巫女服の少女は手を止めることなく聞き返す。
「んー、のどかな幻想郷をみてたらちょっと思い出してね」
「何を?」
会話するのには困らないくらいの距離でほとんど形だけになりつつある掃除を続ける霊夢、そんな霊夢の様子が可愛いのか可笑しいのか、ふっとやわらかく目を細める紫色の服を着た少女、
「それを答える前にもう一度問うわ霊夢、貴方は〝悪魔〟をこの幻想郷で見たことがあるかしら?」
「あの吸血鬼の姉妹?」
「あれはあくまでも〝吸血鬼〟よ」
「じゃあ、あの図書館の小悪魔?」
「あの子も確かに悪魔といえば悪魔だけど……本が先か彼女が先かはわからないけど、どちらかといえば本の妖怪よ」
そういわれてみればあの小悪魔は妖怪…というよりは感覚的に九十九神的というか八百万の神々的というかな妙な気配だったなと思い至り、霊夢は「ああ」とうなずいた。
そしてそこまで考えたところである疑問に思い至る。
「あれ、そういえば〝悪魔〟って何?」
言葉としては知っている。どんな姿かたちのものかも一応は知っている。
しかし、それに当てはまるものがこの幻想郷にいないことに気がついた。
「幻想郷にいないということは向こうには居るということなのかしら?」
霊夢のその問いに少女は奇妙な笑みを浮かべたが、しかし答えらしい答えは言わないまま、
「さあねぇ…少し用事ができてしまったみたいだから、この話の続きはまた今度、霊夢、それまでに少し悪魔について考えてみるといいわ」
少女はそういうと霊夢が瞬きをして、視界が閉じて開いた次の瞬間には跡形もなく消えていた。
「まったく、何だったのかしら?」
霊夢は掃除の手がすっかり止まっていたことに気づくと、急いでやろうとしてすぐに立ち止まり、「まあ、急いでやるようなものでもないし」といって掃除道具を片付けると、ふわりと空を飛んである場所を目指した。
霧の湖の中にある紅い館、その名も紅魔館。霊夢は遠目にもわかる紅魔館の時計塔を目印に飛んでいく、そんな彼女の前に門番が立ちはだかったりもしたが難なく彼女は紅魔館に辿り着くと、よく見知ったメイド長に呆れ顔されつつも外からの見た目からはかけ離れた広さと長さの廊下を歩き客間に案内された。
そしてしばらくするとメイド長とともに小さな少女が入ってくる。
「悪魔ねぇ…まあ、私もある意味悪魔だけど、純粋な意味の悪魔かといわれれば確かに違うわね」
霊夢よりも一回り小さい少女はメイドが持ってきた紅茶をすすりながらそう答えた。
「そういえば霊夢の言うとおり〝悪魔〟はこの幻想郷で見たことないわね」
「レミリア、貴方はあるのかしら?」
「ないわね。向こう側に居たころは噂程度に聞くことはあったけど、こっちに着てからは噂も聞いたことないと思うわ」
「そう」
たいした答えを得られなかった霊夢は少し落胆したものの、出されたお茶がそれなりにおいしかったので、まあいいかと思いながらお茶をすする。
「そもそも何だって唐突に悪魔について知りたいと思ったのかしら?」
「紫のやつがね。悪魔を見たことがあるかとか言い出して、挙句立ち去り際に悪魔について少し考えてみるといいわ、とか言い出したから気になってね」
「ふむ、あのうさんくさいのはそんなことを言ってたの」
霊夢の言葉にレミリアは少し考えると。
「そういえば悪魔といえば魔法使いに関係があった気がするし、パチュリーなら何か知ってるかもしれないわよ?」
「ああ……確かにパチュリーならいろいろ知ってそうね」
「多分、相も変わらず図書館に篭ってるだろうから――」
「ええ、帰る前に図書館の方によらせてもらうとするわ、お茶おいしかったわ、ありがとう」
霊夢はそういって礼を言うと図書館に向かって歩き出した。
図書館もまた館同様に異常な広さだったがそれ以上に、その部屋の広さを打ち消してしまうほどに置かれた無限なのではとも思えるほどの数の本たちが空間を埋め尽くしていた。
「あれ、霊夢さん何か御用ですか?」
せわしなく本をもってあっちこっちに飛んでいた赤い髪の少女は霊夢のことに気がつくと近くに飛んできて、霊夢に何事かを訪ねた。
「ええ、ちょっとパチュリーに聞きたいことがあったんだけど……その前に貴方にも聞いておくわ」
「何をですか?」
「貴方って〝小悪魔〟だけど〝悪魔〟について何か知ってる?」
霊夢の問いに小悪魔は困ったように悩み始め。
「えーっと、そうですねぇ、私は本当に端くれみたいなものですし、強い力を持った存在としか言いようがないような、やはり詳しく聞くならパチュリー様にお聞きするほうがいいかと思いますのでご案内いたしますね」
「頼むわ」
それなりに多くのランプの灯があるにもかかわらずそれでも薄暗い図書館の奥、周囲に積み上げられた本たちの間にひっそりと潜むかのようにいすに腰掛け本を読み続ける病的なまでに白い肌の少女。
少女は来訪者の気配にちらりと本から視線をはずし来訪者を一瞥すると、そのまままた読書に戻る。
霊夢はそんな少女の様子を気にも留めずに近づき、「パチュリー、貴方にちょっと聴きたいことがあるんだけど」と言った。
「で、悪魔について教えろと……」
霊夢はパチュリーにことのいきさつを簡単に説明し、パチュリーは本を読むのを辞め、どうしたものかといった顔でしばらく考えた後、こう切り出した。
「貴方は、そもそも〝悪魔〟ってどういうものだと思ってるのかしら?」
「いやだから、それがわからないから聞きにきたって今話したばかりじゃない」
霊夢は人の話を聞いていなかったのかと呆れたといった顔をする。しかしパチュリーは、
「そうね。けど、多少なりともあなた自身の抱くイメージがあるでしょう?私はそれが聞きたいのよ」
「簡単なところだと、あの小悪魔をものすごく強くしたものでいいのかしら?」
さっきここまで案内してくれた小悪魔を強くしたらどんな感じだろうなどと考えながらそう答えた。
「そうね。そのイメージはあながち間違いではない、では、あの小悪魔がどういう存在かは、貴方ならわかるでしょう?」
霊夢の答えを聞いたパチュリーは、さらに別の質問を返す。
「まあ、感覚的には九十九神や私たちが神として祭る八百万の神に近い存在だと思うわ」
それは紫と話していたときにも思ったことだったので即答する。その答えにパチュリーはうなずきながら、ゆっくりと話し出した。
「それであってるわよ、そもそも〝悪魔〟というのは〝神〟のことだったのよ」
「え?」
パチュリーの意外な言葉に驚く霊夢。
「一神教って分かるかしら?」
「一応は、神様は一人だけで、その神様が世界のすべてを作ったとかそういうのよね?私たち神道とは根本的に違うものよね」
「そうよ、その神様を奉るものにとって他の神は存在し得ない、そしてその存在し得ないはずの他の神を信じるものは許せない存在だった。だから他の神々をすべて人を惑わす〝悪魔〟とした。そうやって悪魔とされたものたちは元が神としてあがめられていた連中だから、力の強さも半端じゃないものが多かった。結果的にそれが今の〝悪魔〟の強さのイメージの元、小悪魔なんかは物に宿り力を得たけど多少の信仰じみたものを得た時期もあったりしたのかもしれない、だからああいう形になったのかもしれないわ」
「なるほどね……」
「なるほどと言っている割に納得していないようだけど?」
パチュリーの問いに霊夢はしばし考えた後、
「んー……紫のやつが欲しがってた答えとは違う気がするのよ」
「ふむ?まあ、今の話で〝悪魔〟がどういうものかは分かったでしょう、魔法使いが悪魔と契約したりするというのも元が神様だからと考えればそれほど不自然な話ではないわ」
「紫が欲しがっていたのはそういう答えじゃなくて……」
話を締めたパチュリーに対して霊夢は何が違うのかいまいち言葉にできずに悩んでいた。そして話すことは話したパチュリーはそんな霊夢をさっさと見限り、視線と意識を本に戻し、
「ま、私には関係ないし用が済んだならさっさと出て行ってくれる。読書の邪魔だわ」
「ああ、ごめんね。悪魔に関して教えてくれたことの感謝するわ、それじゃ」
「…………」
パチュリーは挨拶を返したりすることもなく、また霊夢もそれを待つこともせずに答えを探して別の場所へと飛んでいった。
空を飛んで今度は魔法の森と呼ばれる深い森の中にある友人の家を目指す。生い茂った木々が日光をさえぎり、まだよく晴れた日の昼間だというのに曇りの日並みの暗さとじめじめした空気が霊夢の体にまとわりつく、
「いつきても気持ちのいい場所ではないわね」
そうぼやきながら、友人の家にたどり着いた霊夢は家の扉を叩いた。そして出てきた黒い服に白いエプロンをつけた金髪の少女が出てくる。
「おや、霊夢じゃないか、今日は何のようだ?」
「ちょっと分からないことがあってなんとなくね」
霊夢は友人に紅魔館のときと同じように事の顛末を話した。
「それで今度は私のところに来たってわけか」
「なんとなく一人で考えるよりはいい気がしてね」
「なんとなくねえ……まあいいや、で何が違うと思うんだ?答えらしい答えはパチュリーのところで聞いたとおりだと思うが?」
「それが分かってたら悩んでないわよ、そもそもパチュリーのところで聞いたような〝悪魔〟なら紫もああいう謎かけみたいな言い方はしなかったと思うのよ」
「まあ言われてみれば、そんな気もするな」
「でしょ」
そのまま考え込む二人、
「そういえば鬼は居るのにな」
「え?何でいきなり鬼が出てくるのよ?」
「いや、ひどい人間のことを『鬼、悪魔』なんていうじゃないか悪魔は居ないが、幻想郷に鬼はいるなと思ってな」
「ああ、そういえばそうね……ああ、そういうことか」
友人の言葉をきっかけに何かに気づく霊夢。そして何がそうなのか分からない友人はいったいどういうことかと訪ねた。
「つまりこういうことよ――」
そういって〝答え〟にたどり着いた霊夢は魔理沙にどういうことかを説明し始めた。
巡り巡ってもとの神社に帰ってきた霊夢を紫色の服を着た少女、紫が待っていた。
「その様子だと答えが見つかったようね」
「まあね。何で幻想郷に悪魔が居ないのか、単純に言えば最初に言ったとおり〝外〟に居るから、でも外にそんな化け物はもうほとんど存在できてないはず」
「そうね、外の人間はそれほどまでに力をつけた」
「そして多くのものを忘れた」
紫の言葉に付け足すように霊夢はそういうと、そのまま言葉を続ける。
「それでも外の人間が悪魔を忘れないのは身近なところに悪魔が居るから」
「そう、似た存在とすら言われることのある鬼を忘れて悪魔を忘れないのはなぜか、それは鬼が一種の悪事などに対する〝戒め〟の象徴だったのに対し、悪魔はあくまでも〝欲望と非道〟の象徴だったから、そしてそれは今もなお向こう側に存在し続ける」
「鬼の居なくなって悪魔だけになった外はよっぽどすさんでるんでしょうね……だから貴方は『のどかな幻想郷をみて』なんて言ったのね」
霊夢の答えに嬉しそうに目を細めて笑う紫、
「ご名答、そしてそれにわざわざ遠回りさせて気づかせたのは他でもない、幻想郷に悪魔がやってくるようなことがあれば――」
「何一つ躊躇うなって言いたかったのね」
「そういうことよ、そして力をつけなさいともね。今はまだ大丈夫でしょうけど、外の世界の進歩は異常な速度になりつつある。それこそ悪魔の本来の姿である神のごとき力を得る日もそう遠くはないのかもしれない、幻想郷そのものが忘れ去られてしまえば問題はないけれど、もしも力を持った外の人間の欲望がこちらに向くようなことになったとき、貴方は命がけでこの世界を守るために戦わざるを得ない」
そう話す紫の目にはすでに先ほど浮かべた笑みはなく、ただまっすぐに真剣な目で霊夢を見つめていた。
しかし霊夢はそんな紫の視線をまっすぐ受け止めながらはぐらかすわけでもなく、どこか楽観的に笑って、
「ま、そのときは紫も手を貸してくれるんでしょ?」
「さぁ…どうかしら?」
どこか不敵な怪しい笑みを浮かべる紫だったが、霊夢はその笑みの裏の真意を見抜いているのか、少しだけ馬鹿にしたように笑って。
「ま、そういうことにしといてあげるわよ」
「ふふふ…それでいいわ」
紫もまた。それが分かっているのか笑っていた。
いつかどうしようもないような危機が幻想郷に訪れたとしても……。
ここは忘れられてた〝ユメ〟が集う場所なのだから……そのユメが力を合わせれば大丈夫だと思いながらも、それでもユメにすがるだけではだめだと霊夢は、ほんの少しだけ修行をまじめにするようになったらしかった。
時折そんな霊夢の様子を見ては愛しそうに笑う紫の姿がどこかにあったとかなかったとか……。
つまり、所謂『悪徳』以外にも、災害など自然現象も含まれている訳でして…
神道の考えとは、対極に位置する思想だったりするのですね。
正直、伝承などをみると、悪魔のほうが人間よりの気がしますがね。
幻想郷が外に知られたとき、襲ってくるのはきっと力なき悪魔でしょう。
鬼や悪魔の方がまだ誠実な気がしてきました。
最初、小悪魔は悪魔でないと言われた時は「小悪魔、アイデンティティーの危機!?」とか思ってしまったw
>襲ってくるのはきっと力なき悪魔でしょう
?
『力なき』??
それはありえない
この物語で紫や霊夢が言う『悪魔』が我々の世界で幻想になる日はこないんだろうなぁ・・・
で、誤字というか不思議に思った点が
「小悪魔」と「子悪魔」。統一しませんか?
いや、だからどうだって言われると困るけど
天罰とか平気で振舞う神のほうが厄介かと。
もっと厄介なのは、「死んだら返す」な黒鼠か。
あれ? やっぱ人間じゃん……。
吸血鬼な気が
すみません!吸血鬼とは別に悪魔居たっけ