雨に濡れた服が冷たい。時折体の節々が針で刺されるように痛む。雨は上がっているはずなのに、しずくは絶え間なく落ち続ける。見上げると、木々の葉が空を覆い尽くしている。
森に迷い込んでどれくらい時が過ぎたのか。
風見幽香はさく、さく、と草を踏みわけ暗い森を歩く。四肢は重い。左腕は千切れかけている。濃い緑の天蓋に覆われたここは、空気がぬるい。
遠い過去に聞いた、あの少女のすすり泣く声が耳から離れない。
「喉が渇いた……」
唇を舐める。乾ききった自分の唇は、血の味しかしない。
ほどほどにじゃれて終わりにするつもりだった。今日に限ってあの泣き声が、いつまでたっても頭から離れなかった。だから暴れまわって、声を消したかった。相手は誰でもよかった。
しかし今日の相手は強かった。途中から楽しくなりすぎて、なぜ自分が戦っているのかも忘れてしまった。最後の方は無我夢中で、どうケリがついたのかさえよく覚えていない。相手が倒れて、起き上がれなくなったのを確認した気もするが、なぜこうして自分が森をさ迷っているのかは、よくわからない。
もう、あの泣き声は聞こえない。
安心する。同時に、少し寂しくもなる。
あの声だけが、切実に自分を求めているのだと、知っているから。
視界が傾く。重力に逆らえない。倒れたという実感もないまま、気づいた時には、仰向けになって、緑でぎっしり埋まった空を見上げていた。
耳元で小さな音がする。幽香は、鼠や鼬などの小動物かと思う。
辛うじて首を横に向けると、青いワンピースに白いエプロンドレスをまとった金髪の人形と目が合った。人形の髪の毛から、甘い香りが漂い、幽香の鼻をくすぐる。
人形の後方に少女が立っている。髪は人形と同じ金色だ。端整な顔立ちといい、妖しいほどに白い肌といい、少女はかたわらにいる人形よりも人形らしかった。なめらかな肌は、触れれば上質の陶器のように指を楽しませてくれるだろう、と幽香は想像した。
少女は、血まみれで倒れている幽香を見ても特に心を動かされた風もなく、幽香を見ている。
「あなた……ここの人?」
幽香が尋ねると、その人形のような少女は、かすかに首を傾げた。そのあどけない仕草が、外見の端整さと比べて、妙に不均衡だった。
「この森を支配しているのは、あなた?」
幽香は質問の仕方を変えた。
「違うわ。私はこの森に住んでいるだけ」
声は、抑揚にこそ乏しかったが、冷徹でも、ぶっきらぼうでもない。きちんと相手の存在と真っ向から向き合って話をしているような、そんな口調だった。
「あなた、風見幽香よね」
名を呼ばれ、胸がしめつけられた。初めて出会ったはずの少女が、ひどく懐かしかった。幽香は肯定する代わりに、生理的欲求を告げた。
「喉が渇いたわ」
「うちに来る?」
もう答える気力もない。ただ、うなずく。体は予想以上に疲労していた。そのまま意識が溶けていく。最後に考えたのは、自慢のブラウスもベストもスカートもズタズタに裂かれており、ところどころ肌も露出していてみっともないな、ということだった。
目を覚ますと、静寂に沈んだ部屋の中にいた。ぼんやりと本棚やカーテンらしきものが見えるが、はっきりしない。室内の灯りは最小限にしぼられている。自分の破れた服があまり目立たないようなので、幽香は安心した。上半身を起こすと、視界の端にさっき見た金髪が映る。机に向って何か書きものをしている。
アリスは、さっきからベッドで眠っている存在が気になって仕方なかった。なぜわざわざこの家まで人形に運ばせたのか、自分自身にも説明がついていなかった。机に向かって本を開いてはいるが、実のところあまり集中できていない。
「名前を教えてほしいの」
「あら、もう起きたの」
頭を起こし、声のあった方を振り向く。
「アリス。アリス・マーガトロイドよ」
幽香は上半身を起こし、こちらを見ている。この部屋は、というよりこの家自体照明をできる限り抑えているが、その中で幽香の眼はなぜかはっきりと見えた。
森の中で出会った時もそうだった。好戦的というわけではない。ただ、鋲のような視線だ、とは思った。自分の気に入ったものを標本にする、鋲。
その日は早朝から、森の妖精が騒がしかった。何か巨大な力と力のぶつかり合いに、恐怖し、興奮していた。それがアリスにも伝染し、今朝は早くから目が覚めてしまった。前日は深夜までお茶会の準備をしていたので、あまり眠れていない。
「森で何かあったみたいね。あなたでしょう」
幽香はその問いには答えず、気だるそうに言った。
「体が重いわ」
アリスは盆をサイドテーブルに置いた。幽香がそちらに視線をやる。ケーキとコーヒーがある。
「あなたに出す予定のものじゃなかったけれど。よかったら」
「ありがとう」
幽香はゆっくりと右手でコーヒーカップをつかみ、一口すする。アリスは、幽香が素直なのに驚いた。彼女と言葉を交わすのは今日が初めてだが、噂は聞いている。というより、幻想郷で花の妖怪を知らぬ者などいないと言っていい。
人里に住む者にとっては、時たま買い物しにやってくる、愛想のいい、よく挨拶をするかわいらしい少女だ。花を咲かせる不思議な力を持っているが、その程度にすぎない。人里では名の知れた歴史家である稗田阿求は、彼女を刺激しないよう注意しているが、誰も好んでちょっかいをかけようとはそもそも思っていないから、皆、稗田が必要以上に神経質になっていると思っている。
妖精や一般の妖怪にとっては、少し自分が羽目を外すとにこやかな笑顔で攻撃を仕掛けてくる意地の悪い妖怪だ。彼女に大量の花弾幕を打ち出されると、手も足も出ない。だが、そういうときの彼女は、明らかに遊んでいる風だ。かといって、彼らは幽香の本気の攻撃を見たことがあるわけではない。
そして人間、妖怪に関わらず、ある程度以上の力を持った者にとっては、風見幽香はこの上なく恐ろしい妖怪だ。幻想郷の中で彼女とまともに戦える者は、アリスの知る限り、両手の指で足りる。さらに同等、もしくは優位に戦いを進められる者に条件を絞るとなると、それは片手で足りる。アリスは自分が、その条件では振り落される側にいることを自覚していた。
弾幕はほとんど使わない。生半可な術ならばひと睨みでその構造を破壊できるほどの妖力を用いて敵の攻撃手段を封じ、その圧倒的な身体能力で状況を制圧する。
そんな風見幽香をこんな状態にまで追い込める者は、アリスが知る限り、幻想郷の中でも数えるほどしかいない。
おそらく相手も無事では済んでいまい。
「疲れた時は甘いものがいい。何があったか知らないけれど、今日一日ぐらいうちで休んでいきなさい。まだろくに動ける状態じゃないから」
「遠慮しておくわ。どうやらお邪魔みたい」
コーヒーカップを置き、ケーキの乗った皿をアリスの方へ軽く押しやる。
「私のために作ったものじゃないんでしょう? きっと特別な誰かのため。それは食べられない」
「変なこと気にするのね。もっと無頓着だと思っていた」
「喉は乾いているから、コーヒーは頂くわね」
幽香の独特な線引きの仕方が、アリスはおかしかった。
「でも、立てないでしょう、今」
「立てないなら飛べばいい」
「左腕」
アリスの目線を追い、幽香はその場所を見る。半ば千切れかけた二の腕を。出血は止まっていたが、骨が露出していた。元は白いはずのブラウスは、血と泥で薄汚いボロ切れのようになっている。
「ああ、これ」
「ちょっと待ってなさい」
アリスは立ち上がり、机の引き出しから糸と針を取り出した。そうして幽香のもとへ戻る。幽香はアリスの動きをずっと追っていたようだ。既にアリスが何をするつもりなのかはわかっているようで、無言で左腕を差し出す。アリスは幽香のブラウスを袖から肩口まで破った。指先から肩まで、剥き出しの、ほっそりとした腕が露になる。アリスは知らず、息を呑んでいた。見ただけでわかる。この一見華奢な細腕の中に、どれほど強大な力が秘められているか。
針を幽香の腕の付け根に突き刺す。
ぷつ、と皮膚を破る音が、静かな部屋に生じた。針の先に生まれた血の球を見、アリスはそのまま針を突き入れる。裂かれた断面から針を出す。骨が間近に見える。肘がある方の断面へ針を突き入れ、内側から皮膚を破り、糸を一本通す。
「妖怪って、痛みは感じるの」
表情ひとつ変えず、興味津々といった風に自分の針さばきを眺める幽香に、アリスは何気なく問いかける。
「感じるわ。痛いのは嫌い」
「そうなの。あなた、痛みとは無縁だと思ってた」
「そうでもないわ」
沈黙が、部屋に満ちる。二人は作業に没頭した。幽香は左腕を水平方向に伸ばしたまま、アリスが縫うさまをじっと見ている。アリスも幽香の二の腕を凝視する。
「いったい、何があったの」
最初に無視された質問をもう一度する。
「ちょっと遊んだだけ」
「遊びにしては、やり過ぎよ。いつもこうなの」
「たまにはね」
「羽目を外したくなる? 巫女がいるのに」
「声が、するの」
「声」
「あなたには聞こえないわ」
沈黙が、急に重苦しくアリスに感じられ始めた。幽香が何かを閉ざしたのだと、わかった。考えてみれば自分も柄になく気安く踏み込もうとしていた、アリスはそう思い、口を閉ざす。
「終わったわ」
「ん」
幽香は左腕を曲げ伸ばしする。
「どう?」
「悪くないわ」
上海人形がチョコレートの入ったクッキーを皿に載せて、持ってきた。
「そのお菓子は普通の客人用。気にしないで食べて」
「かわいい人形ね」
「そう」
自信作をほめられ、アリスは何と返していいか迷い、そう言うにとどめた。
「さぞかし精魂込めて作ったんでしょう。ちょっとやそっとじゃ壊れそうにないのが、見ただけでもわかるわ」
口調に変化はない。ないはずだが、幽香の目に、今までとは違う光が差したように、アリスは感じた。
「見ればわかるの。モノのどことどこをつけば、ソレが壊れてしまうか。この人形には……ほとんど見当たらないわ。二、三十程度ね」
「壊す? やってみれば。あなたに明確な破壊の意図が生じた瞬間、ありったけの人形弾幕をたたきこむ」
アリスの口調は至って平静だった。ただ、思ったことを口にしただけだった。
「怪我人だろうと何だろうと構わないのね」
一瞬見えた、幽香の不穏な目の色は元に戻り、余裕を含んだものになる。
「怪我してなきゃ、あなたみたいな妖怪をうちに入れたりしないわ。うちには大切なコレクションがあるのだから。戦いの余波を食って壊されたら、たまったものじゃない」
「でも入れてくれた。優しいのね」
幽香の言葉は率直で、アリスはすぐに言葉に詰まる。ほめられたことにお礼を言えばいいのか、戦いの余波にこの家を巻き込むことを否定しないことを怒ればいいのか。
「ありがとう」
幽香は頭を下げる。先のちぢれた緑の髪が揺れる。懐かしい匂いが、アリスの胸をつく。季節の変わり目に吹く風のような匂いだ。化粧品の類を、幽香が持っているとは思えない。これは、花の妖怪である幽香が生まれながらに持っている、季節の香水なのだ。
「どういたしまして」
声がうわずる。その自分のうわずった声のおかげで、緑の髪に伸ばしかけた手の動きを止めることができた。意識しなければ、そのまま触れていた。
「それだけの応急処置でそんなに腕が動くのだから、大したものよ」
アリスはベッドから腰を上げる。
「そうじゃなくて」
アリスは振り返る。幽香は前かがみになり、アリスを上目使いに見ている。またあの、鋲のような視線だ。アリスはたじろいだ。なぜそんな目で自分を見るのか、わからなかった。
「あなたが手ずから縫ってくれたことが、嬉しかったの」
幽香は縫合された左腕を差し出す。
「動かして」
「……え」
「できるでしょう。私を操って、動かして」
「何を言ってるの」
アリスは幽香から目をそらし、机に向かう。毎週定期的につけている収集リストを、今日は昼までに仕上げてしまわないといけない。昼からはお茶会だ。明日やってできないことはないが、そうすると明日の予定が明後日になる。そうやって少しずつ予定が狂っていくのは、アリスの好むところではなかった。アリスは自分に厳しいわけではまったくなかったが、物事が順序良く進んでいくのには快楽を覚えるタイプだった。もっとも、急に思い立って、一日中ずっと寝ていることもあったが。
「私、あなたに興味があるの」
突然、逆さまになった幽香の顔が目の前に現れた。とっさに、両腕を眉間と喉、胸をかばうように交差させる。仮に幽香が本気で仕掛けてきたとしたらそんな防御は紙一枚の価値すらないのだが。
幽香はアリスの頭上に浮かんでいた。
「飛ぶのは苦手」
空中で方向を変え、アリスが向かうはずだった机の上にそのまま腰を下ろす。
「あなたに興味があるの」
「……二度言わなくてもわかるわ」
「わかってない。だからあなたが気づくまで何度でも言う」
「あなたの興味に答えられるほど、私は強くない。鬼や吸血鬼や月人と遊べばいいじゃない」
「ひとりが好きなの?」
幽香はアリスの言葉に耳を貸さず、聞きたいことだけを聞く。
「今思い出したわ。魔法の森に人形遣いがいる話、前に聞いたことがある。妖怪も、里の人たちも、あなたのことを知っている。みんな、あなたのことを良く言ってる」
「他人の評価なんて、主観で変わってくるでしょう」
「友達はちゃんといるのに、ひとりが好きな人形遣いだって」
幽香の真意がつかめない。だからアリスは、自分が考えていることを率直に言った。
「ひとりでいる時間は大事よ。どれほど大切な人ができたとしても」
「私はひとりでいる時間が多いけど、ひとりが好きなわけじゃない。いつも誰かと遊んでいたい。遊び相手がいないと、つまらないもの」
「そんなこと言いながら、向日葵と一緒に百年でも二百年でも過ごせそうだけど」
「そういうのも好きだわ。前の、そのまた前の六十年周期の頃だったかしら。向日葵に囲まれて、ずっと横になって、空を見ていた。あの頃私は花だったかしら?」
組んでいた足をほどいて、アリスに顔を近づける。そのまま二人は視線を合わせ続ける。
沈黙に耐えきれず、アリスが口を開く。
「私に聞いてるの?」
「そう。これは問いよ。投げかけられた問いには答えて」
「あなたは花よ」
「うれしい」
幽香は首をかすかに傾け、笑った。あまりに可憐で、幼い仕草だったので、アリスは胸がつまった。自分に向かってあふれこぼれる感謝の笑みを止めないと、アリスの方がどうにかなりそうだった。
「花よ、花の妖怪よ。誰も勝てない」
「それは、うれしくない。不愉快ね」
言葉ほど不愉快がってはいない。むしろアリスとの問答を楽しんでいる風だ。しかし、さっきの危ういほどの可憐さは完全に消えていた。
「クッキー、食べないの?」
自分の緊張を悟られないため、アリスは、盆を持ったままの上海人形を指で差す。上海人形はとことこ、とベッド脇から幽香が座っている机の方へ歩いていく。
「頂くわ」
幽香はひとつつまみ、かじる。そして、窓に目をやる。雨がリズミカルに窓を打っている。アリスも彼女の視線を追い、外の濡れた景色を見た。
「降ってきたわね」
「傘……」
「え?」
「傘がない。行かないと」
「どこに、ちょっと」
幽香は立ち上がろうとし、そのままよろめいた。あまりに無防備な倒れ方だった。アリスは駆け寄って抱きとめる。背にぞくりと震えが走る。
服越しに幽香の体を感じる。腕を縫合した時に感じた通り、華奢だった。だがそんな目に見える形、触れて感じる形ではない。風見幽香の奥底に潜む、〈核〉のようなもの、その一端に触れてしまった気がしてならない。
すべてを喰らい尽す一輪の花。
「あそこに、忘れてしまった」
「横になってないと……」
アリスの言葉は途中で止まる。これ以上、関わってはならない。直感だった。
……関わるな。
アリスは手を放す。幽香は足を引きずるようにして、出口へ向かっていく。
……なら、どうして助けた。そのまま放っておけばよかったじゃないか。いっそ、こいつも言っているように、弱っているうちにとどめを刺せば。
***
「菊はいかが?」
記憶の声は、まるで耳元で囁かれたように生々しかった。
名前も知らない、花の妖精だった。
***
「待って」
幽香が顔をあげると上海人形が傘を差し出していた。振り向くと、傘を差したアリスが立っている。
「送っていくわ」
幽香は唇をかすかに歪めた。余程疲労しているのか、何も言わなかった。
森を歩いていると、唐突に視界が開けた。
森の中にぽっかりと広がった空間。
圧倒的な破壊の爪痕だ。辺り一面の木が軒並みなぎ倒されていた。根元から引っこ抜かれたように横倒しになっていたり、途中から折れたり、真っ二つに裂かれていたりしている。地面が何ヶ所もえぐれている。一軒家がまるごとおさまってしまいそうな穴が少なくとも三つ、それより小さいものは数えきれない。
ここで大きな戦いが起こったのだ。
もしこれが人里で起こっていたら、大災害になっていたところだ。
「あったわ」
振り向くと、幽香がいつの間にか傘を開き、にこりと笑いかけていた。傘は無傷だった。
まただ。
あまりに無邪気な笑顔に、アリスは胸をつかれた。動悸が速まっている。
「何があったの、ここで」
「鬼と遊んだの」
鬼。
伊吹萃香だ。
アリスは即座に思い当った。元々、数えるほどしかいなかった候補の中にあった名前だった。
「ものすごい力で腕を引っ張るんだもの。それでこんなになったの」
そう言って、アリスに縫合してもらった左腕をかざす。アリスは、二人の戦いの凄まじさを想像した。今、目の前に広がっている光景は、その凄まじさの十分の一も現してはいないだろう。
「じゃあ、帰るわ」
「うちで休んでいかなくていいの」
アリスはそう言ったものの、引き留める気はもうなかった。家にいたときに感じていた親密感は、外に出て、彼女が違う次元の存在であると思い知らされた途端、吹き飛んだかのようだ。
「ありがとう。外泊もたまにはいいものね」
「どういたしまして」
「何かお礼したいわね」
「別にいいわよ」
「それじゃ私の気がすまない」
「じゃあ花を」
「お安い御用よ。ひと束、あとで届けるわ。それじゃあ、また会う時があれば、会いましょう」
傘を広げ、雨の中、空を飛んで行った。アリスが別れの言葉を口にする間もなかった。
視線を感じる。あからさまな視線を。幽香と話していた時も、幽香が去った後も、ずっと。隠すつもりなどさらさらないようだ。腹立たしかったのでいっそ無視してやろうとも思ったが、今の自分よりはおそらく状況を把握しているだろう彼女に、渋々声をかける。
「今朝一番のスクープかしら? 新聞屋さん」
数少ない、倒されずに残った木の茂みの中から、カメラが現れる。さらに、小さな帽子を載せた、黒髪のショートカットの少女が顔を出す。
「おやあ、気づかれましたか。さすがですね、〈七色の人形遣い〉アリス・マーガトロイドさん」
カメラ片手に射命丸文は地面に降り立つ。
「いったい何が起こったの」
「すごかったですよー、花の妖怪と鬼の一騎打ち。私も二人の攻撃の余波を交わすので精一杯で、ろくに写真撮れませんでした。それでも、何枚かはいいのを取れましたよ」
しゃべりながら、文はアリスに写真を差し出した。アリスが取ろうとすると、寸前で後ろ手にして隠す。
「ちょっと、私、遊んでいる余裕なんてないんだけれど」
アリスは少し苛立った声を上げる。彼女は、この天狗が苦手だった。
「ふふふ、でもでも、せっかく一生懸命撮った写真を、ただ見せるだなんてもったいないじゃないですか」
「何が欲しいの?」
文は満面に笑みを浮かべると、手のひらを上向きにして、アリスに差し出した。
「情報ですよ。〈四季のフラワーマスター〉風見幽香をあなたは匿いましたね。どうしてそんなことしたんです」
「別にどうもしないわ。それに匿ったんじゃなくて、ただ拾って寝かせてお茶飲ませただけ」
「それを匿ったって言うんですよー」
「まるであいつが悪人みたいな言い草ね」
「だってそうじゃないですか。〈小さな百鬼夜行〉の伊吹萃香さんは、いきなり後ろから殴られたんですよ」
「うるさいな、もう」
アリスの足元で声が聞こえた。手のひらに載るくらいの小さな少女が倒れている。栗色の長い髪の間から角が生えている。鬼の伊吹萃香だ。
「そんなんじゃないよ。ちょっと、遊んだだけさ」
よく見ると、地面や倒れた木の下など、あちこちに同じ姿形をした少女がいる。大きさは手のひら大から爪の先大まで、様々だった。無数の萃香はひとりひとり、集まっていき、やがて元の大きさに戻る。といってもアリスよりはずっと背丈は低い。
萃香は、大きく伸びをした。
「あー負けた負けた。久しぶりに負けた。今夜はヤケ酒だな」
そう言いながら、早くも瓢箪の蓋を開けてどばどばと口に注ぎ込んでいる。
「負け……た? あなたが」
アリスは思わず聞き返す。にわかには信じがたいことだった。
「いえいえそんなことありませんよ萃香さん。今のは幽香さんの不意打ちのせいです。最初から状況はあなたに不利でした。今度はお互い正面からぶつかりましょうよ。それで白黒つくってものです」
アリスには理解できないことだが、文はさっきから場を盛り上げようとしている。早い話が、事件を煽り立てようとしている。
「いいよ、白黒つけるのは私の領分じゃない。
「でもいきなり襲ってきたんでしょう。理由もなく」
「さあね、あいつがむしゃくしゃしてた時に、たまたま私が目に入ったんだろう。誰にでもあることさ」
「だとしても、何のスペルカード宣言もなく、だなんて」
「もういいよ」
萃香の口調が少し改まったものになった。そこには、ごくわずかにしろ、はっきりと苛立ちが含まれていた。
「私は、間違っても、あんたらに不意を打たれたりはしない」
文、アリスを順々に見る。二人は期せずして同時に唾を飲み込む。
「じゃな」
萃香は軽く手を挙げて、去っていった。
「あーあ、行ってしまいましたね。なんだかリベンジって感じじゃなさそうです」
「いったいどういう状況だったの」
「いつものように萃香さんが早朝から酒飲んでました。そうしたら幽香さんが萃香さんをいきなり殴りつけたんです。萃香さんは地面にめり込んでしまいました。それからしばらくは萃香さんが霧になったり、幽香さんが花びらの弾幕を作ったりしてたんですが、そのうちただの殴り合いになりました。今回は先に萃香さんが根を上げました」
アリスの目の前で、写真を振りながら、文は言う。文の手の動きがあまりに早すぎて、目の前にあるはずの写真がぼやけて見えない。
「さあ、こっちの情報は提供しましたよ。アリスさん、次はあなたの番です」
「あの子がボロボロになってたから、助けてあげただけ。誰かが困ってて、それを助けることがそれほど自分にとってリスクにならないとしたら、人助けぐらい、いくら烏天狗のあなたでもするでしょう」
「何か言葉の端々に我々に対する言われなき偏見と悪意を感じますが、全体として私もその考えに賛成です。では、それ以上の意図はアリスさんにはないということですね」
「意図も何も……私が実は風見幽香が好きだった、とでも言えばあなたは満足するわけ?」
「大満足ですね。でも、そうじゃない。でもでも、あなたの風見幽香に対する態度はどこか奇妙です。恐れているのはわかります」
「恐れていないわ」
「恐れているのはわかります。尊敬のような思いも抱いている。でも、それだけじゃないんですよねえ。あなたは何を知っているんでしょう。私にはわかりません」
「私もあなたが何を言いたいのかわからないわ」
「あの子」
アリスは息を呑む。
指摘されて初めて気づいた。
やはり無意識のうちに重ねていたのだ。あの名もない妖精と、強大な花の妖怪を。
「あの子、って幽香さんですよね。あなたが幽香さんより年上とは思えませんが」
「天狗は上下関係が厳しいそうね」
「そうじゃなくて、何て言うんでしょう、憐みじゃないし……慈しみ? 悔い?」
「何それ」
「だから私が聞きたいんです」
「知らないわ。私は今までも、森で迷った人間や妖怪や妖精を家に泊めてあげたりしていた。人里で人形劇をしてあげたりもするわ。要するに私は優しいの」
「そんなまとめ方じゃ、記事になりませんよ」
「そうね。記事にしなければいいのよ。さよなら」
ぼやく文を置いて、アリスは森へ戻った。
扉をノックする、控えめな音。それだけで、もう誰だかわかる。
アリスははやる心をつとめて平静に保ち、扉の前までやってくる。深呼吸をして、扉を開ける。合鍵は渡してある。それでもパチュリーはアリスが開けるまで待っている。
「いらっしゃい。あがって」
青紫のストレートの髪を腰まで垂らした、小柄な少女がいた。彼女の後ろには、午前の雨で濡れた森が広がっている。パチュリーは眩しそうに目を細めて、アリスを見た。
「あなたの家には久し振りに来るわ」
「あがって」
パチュリーの手を取る。
キッチンには、前夜から怠りなく準備をし、昼前に完成させたケーキの匂いと、コーヒーの香りと、いつ来ても熱いお湯が出せるよう、火を焚き続けているせいで生じた熱とで、濃密な空気がこもっていた。
しかしリビングとキッチンは二部屋分隔たっており、そんな気配は微塵も出さず、アリスはパチュリーにケーキとコーヒーをふるまった。
そして、二人が逢う時には決まって持ち寄るものがある。本だ。
「今日は?」
コーヒーに一口だけ口をつけて、パチュリーはアリスに聞く。アリスは何の装飾もない茶色の革表紙の本を差し出す。それほど厚くはない。
「雨月物語。もう読んでいたかしら」
「ええ。でも三、四十年前に一度読んだきり。それにあなたが勧めたのなら、それでまた全然意味が違ってくるし。いいわ」
本の重心が、アリスの手から、パチュリーの手へ、そっと移る。
「あなたは、パチュリー」
「これよ」
粗末な紙で閉じられた、雨月物語よりさらに薄い本を差し出す。
「風姿花伝。あなたが持ってきたものと、ちょっと時代が重なったわね」
「あなたが演劇指南書なんて。紅魔館で劇団でも作るの?」
「まさか。だいたい、そんなことしたって誰も協力しないわよ」
「そうかしら。レミリアとか、はまったら手がつけられなさそう」
「どうせすぐ飽きるわよ。いつもそうなんだから」
「なんか保護者みたいね」
くすくすと笑い、アリスは本を手に取った。
二時間が過ぎた。二人は黙って本を読んだ。時折本を置いてケーキを口に運んだり、コーヒーを飲んでぼんやり天井を眺めたりしていた。
「……それで、あなたが言いたいことは? パチュリー」
「『そもそも、花と言うに、万木千草において、四季折節に咲くものなれば、その時を得て珍しき故にもてあそぶなり』」
パチュリーの視線を、アリスも追う。部屋の隅に飾られた花瓶で、二人の視線は重なる。
「おもしろいコーディネートね。自分で考えたの?」
「もらったのよ、知り合いから」
家に帰ると、既にこの花瓶はあった。これが、幽香の言っていたお礼だろうと、すぐにわかった。
「水仙、牡丹、カーネーション、……色の組み合わせから見てもめちゃくちゃだけど、そもそもこれらの花が同じ時期に咲いていることからしてめちゃくちゃだわ」
アリスは答えない。パチュリーと視界を共有するのみだ。
「芍薬、サルビア、それから……薔薇。薔薇の、絵日傘かしら?」
日傘という言葉に思わず体が反応する。陽光の降り注ぐ草原に、ひとり、傘をさしてほほえむ彼女の姿が脳裏に浮かぶ。そんな光景など見たこともないのに、風見幽香には一番似合うと、確信する。
「絵日傘は蕾から咲き始めまでは黄色なの。それから、次第に花弁の外側から赤く染まっていく。豹変していく。赤い薔薇になるの。茎の先端に花が集まるから、赤や黄色や、赤になりかけの黄色の花弁が密集して、押し合いへしあい咲く。相手を押しのけるようにね。混沌が続くわ。そうこうしているうちに、みんな真っ赤になるの」
アリスにはもう、パチュリーの言いたいことがわかっていた。
「早朝、花の妖怪風見幽香と、鬼の伊吹萃香が干戈を交えている」
急にパチュリーの口調が重くなった。
「ただの弾幕ごっこならいいのだけど、スペルカードを使ったのは最初の二、三回。その後はかなり本気でやりあっている。もしあれ以上エスカレートしていたら、これはもう十分異変と呼べるレベルで、博麗の巫女が出る事態になっていた。ところが肝心の、二人が戦った理由は不明。巫女が鬼に問い質しても、要領を得ない」
「たった半日前に起こったことなのに。すごいわね、パチュリーは、地下にいながらにして幻想郷のことを把握してる」
「今朝、風見幽香がここにいたのね」
それは質問ではなく確認だった。
「また会うの?」
「そういう約束もしたわ」
「もう会わないで」
感情を排した声。だがアリスにはわかる。その抑揚のない声に隠された、パチュリーの心の激しい揺らめきが。
「危険よ。あなたは私と同じで、近接戦闘に弱いわ。そして風見幽香はその間合いでこそ本領を発揮する妖怪……」
「別に何もされなかったし、こちらからも何もしなかったわ。それに彼女、今朝はひとりじゃ歩けないぐらい衰弱していたもの」
「どんなに衰弱していても、生きている限り、彼女は本能で戦う」
「随分警戒しているわね。どうして?」
「前に、紅魔館に来たことがあるのよ」
アリスは目を丸くした。それは初めて聞くことだった。パチュリーはそれ以上、その事件について話したがらなかった。彼女ひとりだけがかかわった事件ではないため、どうしても口が重くなるのだろうと、アリスは推測した。
「彼女に悪意はない。悪意なく暴力を振るう。特に今ほど力をつけていなかった頃は、人間相手にも手を出していたらしいわ。今、そういうことを彼女がしていないのは、人間を襲うことが悪いことだと思うようになったからでなく、つまらなくなったから、ただそれだけ。おもしろいと感じたら、興味を持ったら、見境なく手を出す」
「彼女はそんな不安定な妖怪じゃない」
「根拠は」
「太陽の畑で、彼女をよく見かけたわ」
話をそらした、わけではなかった。そのことを知っているから、パチュリーも黙って先を促す。
「余計ないざこざは起こしたくないから、時々遠くから見るだけだったけれど。向日葵に囲まれたあの子が、すごく綺麗で、そして、とても空っぽに見えた」
「あの子? 誰のことを言ってるの」
「そうよ、風見幽香は私たちよりずっと年経た妖怪。でも、中にあるのは、もっと幼くて未成熟な存在じゃないかって思う。たとえば、一輪の花のような」
「確かに何も考えてなさそうね」
「パチュリー、聞いてよ。あなたならわかる」
「聞いてるし、理解した。あなたが風見幽香にご執心とは、初めて知ったわ」
言ってすぐ、パチュリーは眉根を寄せた。
「ごめんなさい」
アリスは、黙って自分の皿のケーキをフォークで切り分ける。
「こんなこと言いに来たんじゃないのに」
「心配してくれて嬉しい。でも、そんなに危険な妖怪じゃないと思うの。それに、こうも考えられるわ。今のうちにあの妖怪がどうして鬼に喧嘩を吹っかけたのか、解明しておかないと、後々もっとひどいことになるかもしれない。それこそ、巫女が出てこざるをえないような、ね。だから私は幽香との接触をやめない」
アリスはフォークで切り分けたケーキを刺して、パチュリーの唇に押しつける。パチュリーは一瞬ためらい、それを口に含む。何度か噛んで、嚥下する。そして言う。
「建前は理解したわ。本音は?」
「借りを返したいの、昔の」
「どんな?」
「菊の花よ」
アリスは雨月物語を指差しながら、言った。
「それは風見幽香じゃないでしょう」
パチュリーは平坦な口調で言った。
***
籠に盛られた花は、水もないのに生き生きとしていた。彼女は菊の茎をつまみ、差し出す。彼女の手からは、花と土の匂いがした。
「またいつか会いましょう。今度はお花見ね」
「いつかって、いつ」
***
アリスは花屋の前で立ち止まった。匂いを嗅ぎ取る。花でも人でもない、妖怪の匂いを。
「よお、人形遣いのお嬢さんじゃないか。ここ何日か、毎日こっちに顔を出してるそうだな。今日も何か出し物をしてくれるのかい」
花屋の主人が愛想よく声をかけた。アリスは曖昧にほほえんでみせた。
「今日は花が一段と綺麗ね」
アリスが花をほめると、主人の目尻が垂れる。やはり自分の店の花をほめられると嬉しいのだ。アリスとしては、自分の行動についてとやかく聞かれたくなかったらそう言っただけだったので、なんだか花屋に悪い気がした。
「ああ、神様さ」
「神様?」
「花の神様。あの、赤いチェックのベストとスカートの女の子」
「妖怪でしょう」
「お嬢さんだって人間じゃないさ」
「それもそうね」
「あの妖怪を怒らせると怖いって稗田さんが言ってたけど、怒らせなきゃいいんだろう。挨拶もしてくるし、滅多なことでは怒りそうにないけどな」
「いつ来たの」
「さっきさ。誰か待ってる風だったけど、諦めたようにして去っていった」
「どこに。教えて」
アリスの勢いに、主人はたじろぐ。
「どこって、そこのパン屋だよ」
主人の指差した方を振り向く。通りを挟んで左に三軒行ったところにパン屋のショーウィンドウが見えた。そして、中からこちらを見ている少女の姿も。
フランスパンの先が飛び出ている紙袋を抱えながら、アリスは横目で幽香を見た。幽香を介抱した日から四日経つが、あの時の負傷を引きずっているようには見えない。手首に買い物袋をかけて、傘を差し、にこにこしている。
「何を買ったの」
パンだけでも結構な量があり、アリスが持ってやっている。それでも幽香が持っている袋はかなり大きい。
「色々よ。アプリコットジャムとか。梅干しも買ったわね。それと大根。それに砥ぎ石」
「食べ物関係ばっかりね」
「カレンダーも買ったわ」
「人里にはよく来るの?」
「時々ね」
「どうして人間の生活を真似するの」
「深い意味はないわ。気分よ。一月か、半年かに一度くらい、そうしたくなる時があるの」
「いつもは、花と一緒に寝起きしているのに?」
「そう。屋根のある部屋で、ふかふかのベッドにもぐって眠るのがいいの。起きたら自分でパンを切って、ジャムを塗って、紅茶を飲みながら、目を閉じて、音楽を聴くの。終わったら、食器を洗って、片付けて、眠るの」
「どこにあるの。そんな家」
「どこにでも。花が咲いている所なら、ね」
幽香は立ち止まり、足下の蒲公英を見下ろした。
「たとえばこんな小さな花からでも」
しゃがみ込んで、花をそっとなでる。
アリスの背後から、ちゃぷ、と水が揺れる音がした。
振り向くと、一面に睡蓮が広がっている。巨大な湖だった。見たところ、どこまでも続いている。正確には湖ではなく海と表現するべきかもしれない。しかし、足下に生い茂った草や、潮の香りが一切しないところから、アリスの感覚としては湖と言った方が受け入れやすかった。
「これは……」
「こっちよ」
声がして、また振り返ると、幽香は腰の高さまである菜の花の畑を突っ切っていた。その先には、頑丈な煉瓦で造られた洋風の家がある。もう一度睡蓮の湖を振り返ってみる。水平線の上方には起伏のなだらかな山がある。
「ようこそ、私の幽夢へ」
「ここ、あなたが作った世界なの?」
パン袋を抱えて幽香に追いつく。
「だとしたら、ものすごいことだわ」
「残念ながら違うわね。花が見ている夢を、私も一緒になって見ているだけ。だからここは花たちにとってのもうひとつの世界。私たちは場所を借りてるの」
「でもこんなはっきりした夢なんて……しかも二人同時に」
「そのくらい簡単にするわ、こっちの花は」
「こっち?」
「幻想郷」
「ねえ、幽香。あなた、どこから来たの」
菜の花をかきわけながら、アリスが尋ねる。幽香はぽつりと一言で答える。
「外」
菜の花畑は、細長く、うねりながら続いていく。両側の景色は、森や、崖や、沼や、別の花畑へ、くるりくるりと目まぐるしく移り変わっていく。
石造りのアーチをくぐると、菜の花畑は終わり、庭園に入った。
煉瓦造りの洋館は、アリスの立つ位置から見るだけでも、一階と二階に五つずつ窓がある。大邸宅、というわけではないが、少なくとも幽香一人で暮らすには広すぎるように思えた。
アリスは幽香について、洋館に入る。ホールを右に折れてすぐの部屋に入った。そこには長方形の食卓が置かれてあった。テーブルクロスも、椅子も、豪華なものだった。
「そこで待ってて。料理を作ってくるから」
幽香は隣の部屋へ行こうとする。
「何か手伝うわ」
「いいの、今日は私がもてなす番。アリスはそこでぼんやり座っていればいいわ。ぼんやりすることは得意でしょう」
「なんだか引っかかる言い方ね」
「気にしないの」
先日会った時に比べて、幽香は浮ついているようだった。元々、何を考えているのかよくわからないところがある風見幽香だ。理由など、あってないようなものだろう。アリスはそう思い、それ以上考えるのをやめた。内ポケットから風姿花伝を取り出す。
「それは?」
トーストで焼きあがったパンにマーガリンを塗りながら、幽香は尋ねた。アリスは顔をあげ、彼女と目を合わせる。
「ああ、あなたに見せようと思って」
「ふうん。なんていう本」
「風姿花伝。知ってる?」
「知らないわ。どうして私に見せようと思ったの? 私、本なんて読まないわ。天狗の新聞ぐらい」
なぜ、と聞かれると答えに窮する。そもそも幽香が字を読めるかどうかすら、アリスにはわからなかったのだ。
「ううん、興味ないならいいの。ただ何となく持ってきただけだから」
「見せて。随分古めかしい本ね」
当たり前のように手を差し出され、かえってアリスは戸惑った。しかし幽香が人に気を使って、興味あるふりをするなどとは考えられない。アリスは風姿花伝を渡す。
「あら、この手触りいいわね」
本の表紙をひと通り愛でる。それから、ぱらぱらとページをめくり始める。ページは進んだかと思うと逆にめくられたり、三分の一までいったかと思うといきなり最後のページに飛んだりする。幽香の顔を見ると、ふざけているようでもない。普段口元に漂っている笑みもほとんど消え、無言で紙面と向き合っている。
幽香独特の読み方なのだろうと、アリスは考えた。
しばらく待っても幽香が本に没頭したままなので、アリスは手持無沙汰になった。せっかくだから、この奇妙な世界、幽香が言うところの幽夢を探索しようと思い、外に出た。
行動範囲は、アリスの予想通り、睡蓮の湖までだった。飛んで湖の上を渡ろうとしたが、すぐに進めなくなった。物理的な壁があるわけでもないし、魔法によるトラップが仕掛けられているわけでもない。
ただ、進めない。そういうことになっている。
この睡蓮の湖と、煉瓦の洋館。それをつなぐ菜の花畑。
幽夢の構成要素はおよそこの三つと言えた。無限に広がる世界のように見えるが、実際は小さくまとまった、完結した世界のようだった。
菜の花畑の両脇には、様々な花が咲き誇っている。景色もそうだが、咲いている花の方も見るたびに違う種類になっているので、おそらくは花が見る夢だろう。それが、泡のように現れては消え、消えては現れている。
「あっ」
菊の花だ。
アリスは思わず声をあげていた。胸がしめつけられる。懐かしさと、喪失感で。
絶望で何も見えなくなっていた。手のひらに菊の花が載せられた。妖精は、ほほえみ、ありきたりの励ましの言葉を口にして、去っていった。その時は、ただ鬱陶しいと感じた。見ず知らずの妖精にさえ侮られたと、屈辱を抱いた。邪険に追い払った。妖精はさして嫌な顔もせず、そのまま去っていった。
あの時、一言礼を言えていれば。
「ああ、もう」
とめどなく回想を続ける思考の道筋を断つように、アリスは声に出して叫んだ。
アリスが睡蓮の湖から洋館に戻ると、幽香は、アリスが出て行った時と同じ姿勢のままだった。あれからずっと風姿花伝を読んでいたらしい。アリスと目が合うと、幽香は声に出して読み始めた。
「『この道の第一のおもしろづくの芸能なり。物狂いの品々多ければ、この一道に得たらん達者は、十方へわたるべし』」
言葉ひとつひとつを丁寧に舌に載せていた。そのなめらかな朗読に、アリスは聞き入ってしまった。余程その言葉になじんでいなければ口にできないような、そんな口調だった。
「『物狂いの品々』だって。アリスはどう思う?」
「狂人の演技というのは演出効果抜群で、観客の需要もあるからしっかり練習して習得するように、ってことでしょう」
「『狂う所を花に当てて、心を入れて狂えば、感も、おもしろき見所も、定めてあるべし』」
幽香は、まるで幼児に話しかけるようにゆっくりと、読んでいく。
花。
「狂気を花にして……ここでいう花は、おおざっぱにいうと、見どころ、物事の核、そういったものね、演技に没頭し、鬼気迫る狂気を演ずれば、人の心を打つ、すばらしい舞台になるだろう。……だいたいそんな意味だと思うわ」
花。
アリスは、胸を手で押さえる。苦痛と快楽のせめぎあいにじっと耐える。
***
例年にない日照りのせいで、一帯の菊の花はみな枯れていた。
あの花の妖精とは、二度と会うことはなかった。
***
「アリス、時計をなくしたの」
心臓がひときわ、大きく鳴る。すぐに平常に戻る。幽香は風姿花伝を閉じ、まっすぐアリスを見上げている。
「一緒に探して」
「どこに置いたの」
「私の、幽夢に」
「ここの、どこ」
「ここじゃなくて、もっと奥の幽夢に」
視界が歪む。なぜか自分が泣いた気がして、慌てて指を目に触れさせるが、湿り気のあるものは何もなかった。幽香の姿は歪んでいなかった。自分の手を見るが、やはりなんともない。トーストやジャムも、テーブルも無事だった。ただ、二人から少し離れた壁や天井は、水滴を落とされた水彩画のように、滲んで、境界があやふやになっていた。
ぱたぱたと誰かが走り回る足音がする。
自分たち以外にもここにいたのだと思い、アリスは音がした方を見る。
人間だった。エプロンドレスをまとっている、中年の女だ。彼女ははたきを持って、部屋に入り込む。二人の間を通り抜ける。テーブルも突き抜けた。
「え、これ……」
「ピントがまだ合ってないのよ。まあ、いつもこんなんだけど。とりあえずパンを食べてしまいましょう。時計を探すのはそれからでいいから」
戸惑うアリスにそう言い、幽香はトーストを自分の皿に移す。中年の女は掃除を済ませると、部屋から出て行った。しかし部屋が片付いた様子はない。何やら懸命に物を動かしていたようにも見えたのだが、室内の家具は何も動いていない。
さらにまた、ネクタイを締めた男たちが談笑しながら部屋に入ってきた。やはりアリスや幽香、そして二人のまわりにあるものはすり抜けていく。
「これは、幽霊……?」
「気が散るようなら、位相をずらすわね」
幽香が言うと、たちまち男たちの姿は消えた。
「さあ、これで落ち着いて食べられるでしょう」
「説明してもらえるかしら」
「説明できない」
幽香は平然と答える。
「そんな……だって今、位相をずらすとかなんとか」
「私はできることをしているだけ。理解してやっているわけじゃない。そういうややこしいことは、紫にでも聞くことね」
アリスは理解することを諦めた。
「とにかく、あなたの時計を探せばいいんでしょう。どんなもの」
「鎖のついた金時計。ずっと探しているんだけど、見つからない」
「どこにあるの。ベッドの下とかじゃないわよね」
「誰かが持っている。……と思うわ。幽夢の中の物だったら、どこに何があるか全部わかる。例外は、他人が身につけている場合」
「心当たりは?」
「あるわ。だけど、どうして会えばいいかわからない。どうせ、会ってもすぐに消えてしまうだろうけど」
「ああもう、あなたの言っていることがわからない」
「そうね」
二人はトーストを食べ終えた。食後の紅茶を飲んでいると、室内に人が行き来しだした。食事が済んだので、徐々に位相をずらしているのだろう、とアリスは思った。もっとも、彼女には〈位相をずらす〉ことがどういうことなのか、よくわからない。波長を操る月人がいて、彼女も〈位相〉という言葉を使っていたが、それとはまた違うような気がした。
「あ、またさっきの女の人。お手伝いさん?」
「そう」
「このネクタイの人は、さっきのとは違うみたいね」
「そう。生きた時代も違う。ここには私の知らない人もよく出入りするわ。私の家なのにね。他の花の夢かしら」
「あなたが何を言ってるのかよくわからないけど、まあ夢の中と思えば何でもありね」
「そうでもないわ。夢の中って、現実ほど思うように動けないのよ」
「あの子は?」
白いブラウスに赤いベスト、赤いスカート。ベストとスカートは同じチェック柄だ。小さな日傘を差して、スキップをしている。先の縮れた金髪が、日の光を反射してキラキラと輝いている。少女と呼ぶことすら憚られるほどの、幼い女の子だった。
「似ているわね」
そう言って、幽香を振り向く。幽香の表情は、こわばっていた。
似ているなんてものじゃない。
「もう少し年月がたって、あとは髪の色さえ変われば、あなたに……」
アリスは、続く言葉を飲み込んだ。幽香の顔は青ざめていた。鬼気迫るものがある。目の光は、今までになくどす黒かった。
「なんで、ここにいるの」
幽香の声に、女の子はびくりと肩を震わせる。次の瞬間、姿が消えた。部屋も、外の庭園も、館の人々も消えた。アリスは虚空にぽつんとひとりでいた。幽香もいつの間にかいない。
そうして、風の匂いを嗅いだ。
目覚めたのだと気づいた。かたわらには蒲公英が咲いている。幽香の姿はない。太陽を見ると、まだ昼にもなっていない。随分長い間、幽夢の中にいた気がするが、実際は一時間どころか、三十分も経っていないようだった。背中が冷える。下着が汗を吸って、肌にべったりとはりついていた。髪の生え際やうなじにも、汗の粒がはりついている。
フランスパンの入った袋はなくなっていた。アリスの手には、黄色い花が握られていた。菊だった。
魔法で沸かした湯で紅茶を入れる。カップは二つ。盆に載せると、キッチンから寝室に戻った。
「パチュリー、熱い紅茶、入れたわ」
長い紫色の髪がベッドに広がっている。パチュリーはシーツをたくしあげて、上半身を起こす。
「……なんて恰好してるの、アリス」
アリスは、素肌の上から寝巻用のワンピースを一枚身にまとっただけだった。
「あなたこそ、昼前にしては随分な格好よ」
「低血圧で寝起きが悪いの。知ってるでしょ」
「知ってるわ。よく、知ってるわ」
アリスは気分が浮つくのを止められず、自分でも悪戯っぽいと思える笑みを浮かべてみせる。パチュリーは無言のほほえみで応える。アリスは盆をサイドテーブルに置き、ベッドに腰を下ろした。昨夜は一晩中雨が降っていたが、朝方になるとすっかりやんでしまい、今はその名残とも言える、湿った空気が漂うばかりだ。
「パチュリー、花って夢を見るの」
「花単体ではないかもしれないけれど、集団で夢を構築することはあるわ。その場合、夢と言うよりは夢に似た世界。小さな幻想郷みたいなものね」
パチュリーはよどみなく答えていく。まるであらかじめアリスの質問を予測していたかのように。
「力の強い単体が夢を支配する場合がある。そうすると、夢はその単体の記憶や想念の入り乱れた、混沌とした世界になっていくわ。植物の夢というのは、そんなもの。人間や動物が見る夢よりも、もっと影響されやすく、不定型で、つまりは融通が利くということ」
明らかに幽夢の説明をしている。アリスは驚かない。
「何でも知ってるものね、パチュリーは」
「地下室で調べ物をして知ることができる範囲のことなら、何でも。そして」
シーツをたくしあげていたパチュリーの手が、する、とすべりおち、アリスの手に重なる。
「あなたに危害を加える可能性についてなら、何でも」
空気が湿っているせいだろう。肌の匂いが濃く立ち昇る。パチュリーの、暖かい、肌の匂いが。アリスは一瞬酩酊状態に陥る。
「幽香は、大丈夫」
「本当に? ただそう信じたいだけじゃないの」
アリスは目をそらそうとするが、パチュリーがこちらを見つめたままなので、目をそらさず、受け止める。
「たとえそうだとしても、私は信じることをやめない。一度や二度誰かに裏切られたくらいじゃ返せないほどのものを、私はあの子から受け取ったんだから」
「アリス、それは風見幽香のことじゃないのよ」
「知ってる」
アリスが短く言い切ると、パチュリーはそれ以上何も云わず、黙ってアリスの手の甲を指でなぞっていた。アリスはされるがままだった。
夜半、人の気配で目が覚めた。
枕元に誰かが立っている。それに気づいた瞬間、指先に感覚を集中させる。魔法の糸が指に絡みつく。相手が不穏な動きを見せれば、すぐに人形を動かす。
窓から見える空には、星がちらちらと瞬いている。アリスはかすかな灯りを頼りに、真横に立つ何者かを見定めようとする。
相手はいつまでたっても動かない。うつむいているようだ。泣いているようにも見える。ぽた、ぽた、と雫の落ちる音がする。雨漏りではない。やがて、スカートや袖の端から落ちる雫の音だとわかった。
暗闇に、アリスのよく見知った少女が立っていた。
びしょ濡れだった。
赤いチェック柄のベストも、同じ柄のスカートも、白いブラウスも、少し先の縮れた髪の毛も、重たく濡れそぼっている。
「ゆう……」
そこで、アリスは言葉に詰まる。喉に何かが絡みついたように、続きの言葉が出ない。髪の毛の色は、暗くてはっきりとはしないが、緑にも、もっと明るい色にも見える。アリスは上半身を起こし、枕もとのスタンドをつける。ほのかな明かりがアリスと少女を照らす。
少女はうつむき、金髪を揺らし、すすり泣いていた。
「どうして……傘は持ってなかったの?」
アリスが尋ねると、少女は頭上を差した。そこには、やぶれてボロボロになった傘が開かれていた。
「そう、ずっと、持っていたのね」
アリスは申し訳なさそうに答える。少女も悲しげな顔をする。
「風邪ひかない? 休まなくていい?」
アリスが尋ねても、少女は首を振るばかりだった。
「どこか痛い? それとも寂しい? 熱がある? 言いたいことがあったら言っていいのよ」
「寒い」
それだけ言った。しかしアリスは、少女が声を出してくれたことがうれしかった。
「寒いの?」
「うん」
素直にうなずく。
「待って幽香、暖かいものを用意するわ」
アリスがベッドから起き上がろうとした途端、少女の姿が大きくぶれた。湖に映った人の像が、波紋によって歪んでしまうように。
「違う。私は幽香じゃない」
「え……」
少女の姿はますます歪められていく。やがて原形をとどめなくなった。
後には何も残らなかった。水の落ちた後も、少女の体臭も。
家が、大きく揺れた。
「アリス、いる?」
窓に影が映る。
「今、そこを誰か通らなかったかしら」
揺れは収まらない。それどこか、強くなっているようでもある。
「誰か私の知っている人が、そこを通らなかった? と聞いてるの」
幽香の苛立ちと同調するように。
揺れはますますひどくなる。窓ガラスにひびが入った。窓の外で強大な妖気が集まっている。このままでは、家が吹っ飛ばされてしまう。細心の注意を払って扱わなければならない大切なコレクションの数々も、塵と消えゆくだろう。
「幽香。話があるなら、外で」
アリスはドアを開ける。幽香はアリスの頭の高さよりもさらに上に、浮かんでいた。冷酷な視線で、射抜くように見下ろす。
「アリス、あなたが始めてしまった」
「なんのこと。あの女の子のことかしら」
幽香の視線を受け、アリスは身がすくんだ。それを表に出さないようふるまうのに、かなりの努力を要した。幽香と同じ高さに浮き上がり、森の外へ向かって飛行する。幽香は誘われるように、あとからついてくる。
「あれは、私」
アリスの真横を飛行しながら、幽香は呟く。
「そう」
相槌を打ちながら、アリスは舌を巻いていた。今アリスは、ほぼ全力で飛んでいる。しかし幽香は、他のことに気を取られながら、平気な顔をしてついてきている。
「私になる前の私。あなたが来るまでは、同じ日々をただ繰り返すだけだった。変化のない、平和な、終わりもなければ始まりもない日々を、幽夢の中で送るだけだった。私はただそれを見ていればよかった。それなのに、あなたが時を動かしてしまった。もう戻らない。あの子は……わたしは、予定された結末へ導かれる」
アリスはようやく、幽香が震えていることに気づいた。
「どうすればいいの? 教えて、アリス。私はあれを見たくない。あれを体験したくない。だから閉じ込めておいたのに。それなのに……」
幽香はぴたりと止まった。アリスも、それに合わせて止まる。二人の間には、顔は確認できるけれどもその細かい表情まではわからないという、微妙な距離が横たわっている。弾幕合戦をするには、格好の間合いでもある。
今のうちにできる限り距離を取っておくことも考えたが、それはやめた。数秒間全力で幽香から距離をとったとしても、いざ彼女がその気になれば、その距離はないも同じだろうからだ。むしろ正面から向かい合い、相手の動きに素早く対応できるようにしておいた方がいい。
「幽香、あの幽夢に私を呼んだのは、あなたよ」
「わかってる」
「私に、時を動かしてほしかったんじゃないの」
「私は、ただ」
「あの女の子は、これからどうなるの」
それに、ここまで近づけば十分だ。
「忘れた……」
ここまで、紅魔館に近づけば。
「消した!」
幽香を中心に、巨大な弾幕の花が咲く。それは弾幕という体裁を辛うじてとっていたが、殺伐としたものだった。アリスを呑みこもうと、無数の花びらが空気を切り裂き襲いかかる。
人形を操り、こちらも弾幕を作る。防戦一方だ。
人形が一体、二体、と吹っ飛ばされていく。これ以上持たない。
「土金符 エメラルドメガリス」
緑色に輝く柱が頭上から落ちかかり、幽香の弾幕を遮った。上空から降り注ぐ柱の数は十を超える。幽香はいったん弾幕を引っ込め、降りかかる柱を、虫でも追い払うように、手で跳ねのけた。柱は鈍い地響きを立てて森へ落ちる。
「間に合ったようね」
「パチュリー」
隣にふわふわと浮かんできた少女を見て、アリスは顔をほころばせた。対して、パチュリーの顔は浮かない。
「いや、むしろ遅かったというべきかしら」
幽香はほほえんでいる。傘を閉じた。
そう、傘を閉じた。
弾幕は終わりだ。
「来るッ!」
パチュリーは五つの石を二人のまわりにめぐらせた。
「火水木金土符 賢者の石」
パチュリーが持つスペルの中では最高の魔力を誇る。
アリスは思う。このレベルの魔法をとっさに用意できたということは、前もって入念な準備をしていたということだ。パチュリーは、遅かれ早かれ、アリスに危機が訪れることを予測していたのだ。
気づいた時には、幽香が目の前にいた。人も妖怪も弾幕も、あらゆるものを薙ぎ払うような蹴りが繰り出される。
甲高い金属音を立て、賢者の石が破壊される。砕け散った魔力の余波を受けて、アリスとパチュリーは吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられた。だが体に傷は受けていない。
「なんてこと、格が違い過ぎる」
「でも、あなたが来てくれたおかげで無傷で済んだわ」
「これで済むのかしら」
二人は上空の幽香を見上げる。ここまで力の差があると、かえって緊迫感もない。幽香は、所在無げにたたずんでいる。帰り道を見失った子供のように。
「どうしたらいいの」
幽香は呟いた。アリスはそれに対して何か答えようとするが、パチュリーに制される。
「あれは、私たちに聞いてるんじゃない」
幽香は夜空を漂っていく。
「自分に聞いてるのよ。風見幽香になる前の、風見幽香に」
向日葵が一面に広がり、地を黄色に染めている。それと一線を画すように、空は抜けるように青かった。黄と青の境目に、緑色の髪の、日傘の少女がたたずんでいる。
アリスは何と声をかけるべきか迷い、歩くのをやめた。
この一週間、風見幽香から理由もなく襲撃を受けた妖精や妖怪の話が絶えない。通りすがりに突然弾幕を浴びせてくるというのだ。今までにもそういう悪戯めいたことを彼女がしていなかったわけではないが、ごく稀にだったし、どこまでも遊び気分の抜けない弾幕だった。だがこの一週間の幽香の弾幕は、受けた妖精や妖怪をしばらく動けない体にするほど強烈なものだった。遊びの域は完全に超えていた。
そして、昨夜。
妖怪の山で、天狗と壮絶な追いかけっこをした。
逃げに徹した射命丸文を捉まえることは、風見幽香でも不可能だった。しかし幽香は執拗に追いかけた。妖怪の山を吹き荒れる大風で、人里はまるで台風に襲われたようになった。
文と同等とは言わないまでも、多少実力が劣る程度の屈強な天狗を二、三人応援に呼べば、ケリはついたかもしれない。だが文はそれをしなかった。戦いがエスカレートするのを避けた。そうなったとき、どこにも深刻な被害が出ないと、確信できなかったのだ。
結局、文は一晩中逃げ切った。幽香は興が覚めたのか、朝日を見ると姿を消した。精も根も尽き果てた文は、それでも自宅に帰ると最後の力を振り絞って新聞の原稿を書き、山伏天狗に印刷を頼み、そのまま死んだように眠った。
この事件を朝の文々。新聞で知ったアリスは、決心した。
自分がケリをつけなければならない。うぬぼれでなく、おそらく、自分が一番風見幽香に近い位置にいる。
「昔、おせっかいな菊の妖精がいたわ」
アリスは口を開いた。幽香はこちらに背を向けて、立っていた。何百という向日葵が、ゆっくりと動き出す。
「その時私はどうしようもない状態だった。何をやっても駄目で、どん底まで落ち込んでいた。今振り返ってみれば、そうたいした問題でもなかったのだけれど、でもそれは後から見てそう思ったというだけで、やっぱり重大なことには変わりなかった」
すべての向日葵が、アリスを見る。敵対しているのか、歓迎しているのか、その表情は読めない。
「おせっかいな妖精は、私に菊の花をくれた。元気を出してねと、言った。私は、うるさい、私の前から消えろ、と言った」
アリスは自分が何を言おうとしているのかもわからないまま、語り続けた。ふと、幽香が振り向く。
「それでいいじゃない。邪魔な奴は消してしまえばいいの。そのための力がある。あなたにも、私にも」
傘を差した優美な姿勢を崩さず、アリスに一歩近づく。それだけで、何か巨大な壁が動いたかのような圧迫感を、アリスは感じた。
「違う。私は、あの子の優しさを踏みにじった」
「それがどうかしたの」
アリスの首筋に汗が流れる。
「弱い者は、強い者の前にはひれ伏すしかないの。あなたは妖精よりはるかに大きな力を持っている。自分より小さな存在から慰められたから、頭に来たのよ。だから追い払った。正しいことだわ。力というのは、そういうものよ」
「信じてないくせに」
無意識に、後ずさりする。体が、幽香の接近を恐れている。それでも、目はそらさない。
「なぁに?」
「あなたは力を信じていない。ただ、誰にも負けない強大な力を手に入れてしまったせいで、どうしていいかわからないだけ。あなたは力に振り回されている。あなたが本当に好きなことは、花を愛でたり、買い物をして料理をしたり、本を読んで感想を誰かと話し合ったりすること。私と、私たちと、何も変わらない」
「それで?」
幽香の手がアリスの首に伸びる。そのまま、軽々とアリスを宙づりにする。アリスは息が詰まる苦しみを顔に出さず、幽香から目を離さなかった。
「見るのよ。この目で。どんなに怖かろうと、もう起こってしまったことなら、目を背けることはできないわ。どれだけ後悔して、頭の中で何度もやり直したって、起こってしまったことは、もうないことにはできないの」
まるで自分に言い聞かせるように、アリスは言う。幽香は腕の力を緩め、アリスを下ろした。傘を閉じ、花畑に仰向けに倒れこむ。
「あなたの言う通りにしてみるわ、アリス」
幽香の体から張りがとれる。瞼が落ちる。指先まで弛緩する。
「私も一緒に寝るの?」
アリスが聞く。
「いいの、あなたはそのままそこにいれば」
幽香の体は花畑に溶け込んでいく。
そして、睡蓮の湖の、水面が波立つ音。
アリスは幽夢にいる。
以前に来た時より、空気が薄い気がした。そして、体の自由が利かない。そこで、気づく。
地に足がついていない。実体のない幽霊のようにして、アリスは、存在していた。
「この前より、幽夢が揺らいでいる……?」
アリスの推測は、外れていた。菜の花畑を超え、中庭に入ると、そこには人がいた。庭師らしき男たちが、余念なく手入れをしている。アリスが彼らに触れようとしても、すり抜けるだけだった。
「そうか、今回、私は見る存在だから、幽夢に直接関与できないのね」
つまり、どこかで風見幽香もこの光景を見ているということだ。洋館の扉が開き、三人の親子が現れた。父と、母と、娘と。娘は、あの幽香そっくりの少女だった。見る間にアリスの周囲は溶けていき、たちまち別の光景が広がる。
庭園だった。蔦がほうぼうで伸び、絡まっている。人の手を最小限に抑えているようだった。その、ところどころに加えられた人の手は、庭園の味わいをいっそう深くしていた。
やはり、あの親子がいる。母と娘が屈み、花に触れ、父が立って何かを言っている。三人とも、幸せそうだった。
アリスは、自分の視点が固定されつつあることに気づいた。庭園の中に咲く花のひとつになっているようだ。それも、向日葵。
花は人ほど夢を見ない。
その向日葵は、夢はよく見る方だった。
部屋の中で本を読んだり人形と遊んだりするのが好きだった少女が、唯一外に出ることを喜んだのが、母親と花園で花の手入れをすることだった。特にお気に入りは、夏に咲く向日葵だった。少女自身が植え、育てたものだった。毎年毎年、同じ場所に向日葵は咲いたので、少女は彼女を同じ存在として言葉を交わしたし、彼女も事実そのようになった。
「早く大きくなってね、私の向日葵」
はじめ向日葵は、少女を見上げなければいけなかった。すぐに少女を見下ろすようになった。
「あなたも、早く大きくなりなさい」
と、向日葵は少女に言った。
**
「うああ」
ノイズ交じりの幽香の声が、アリスの耳元で聞こえる。
「やめてやめて、やめて」
「幽香……? いるの、どこ」
幽夢に浸りつつあるアリスは、今や自分の体がどこにあるのかすらわからなかった。
「止めて、幽夢を、止めて」
「幽香」
「お願い」
止め方など知らない。それに、たとえ知っていても、アリスに止めるつもりはない。
「幽香、目を開けて。私も見るから」
「アリス……」
**
ある日、庭園で一番高い木に生えている、特別な葉を取ろうとしていた母親は、落ちた。打ち所が悪く、そのまま帰らぬ人となった。母親のあまりにもあっけない死は、父親を変えた。彼は吐く息までがどす黒く感じられるほど、陰気な性格になった。父親が、悲しみをよみがえらせないために花園を閉鎖してしまうと、少女は以前にもまして内向的になり、引きこもりがちになった。それでも、夏になると、決まって少女の夢に向日葵が現れた。少女の手入れがなくても、元気にやっているようで、無人となった花園でどんなことがあっているか、草木の一本、虫の一匹に至るまで、詳しく話して聞かせた。少女は夏の夢を楽しみに日々を生きた。
「門のところにまた鳥の巣が作られたわ」
「あそこは作りやすいのよ」
「昨日雨がひどくて、大変だった。折れてしまった子もいるわ」
「私がいれば治してあげるのに」
「とうとう塀が崩れたわ。木の根が育ちすぎたの」
「木って、すごく生命力があるね」
「ええ、みんな元気よ」
「私は……元気じゃない」
娘が十を越えた頃、父親が死んだ。妻を亡くした傷心のためとも、元々病弱だったとも、事業の失敗による心痛だったとも、言われた。館は売りに出され、少女は伯父のもとに引き取られた。伯父は父親よりもっと金持ちだったが、人格は最低だった。少女は毎日のように罵詈雑言を浴びせられ、暴行を受けた。伯父はそうすることで、対外的なストレスを消化し、社会的に完璧な紳士を演じた。
元から肺が弱かったが、医者にも診せてもらえず、悪化の一途を辿った。暴行はしばしば出血や骨折に至った。少女はほとんど口を利かなくなった。夏でなくとも、毎夜、向日葵の夢を見た。日々の肉体的、精神的な痛みで、眠りの中でも安らかではなかった。砂漠や極寒の地で向日葵と会い、そして乾き、凍えた。
「どうして私を助けてくれないの」
激しくなじる時もあった。その後すぐに後悔して、謝った。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい。私に力がなくて」
向日葵も謝った。少女は慌てて向日葵の頭を抱える。
「違うの。あなたは悪くない。わたしが、強くなればいいのだから」
少女は優しく、想像力が豊かで、風の流れや花の匂いのちょっとした変化にも気付く細やかな感受性を持っていた。しかし、強さという言葉は、少女から最も遠い位置にあるよう、向日葵には感じられた。
**
何か脂ぎった臭いが、鼻につく。アリスに迷いが生まれる。開けてはならないモノを、開けてしまったのではないかという後悔が、じくじくと下腹をつつく。
「幽香?」
試しに呼んでみるが、応えはない。
ただ、重苦しい、少女の呼吸音だけが幽夢に木霊する。
**
少女は十四の時、自分に背を向けた伯父の頭に、花瓶を振り下ろした。
三日三晩走り続けて、かつての花園にたどりついた。
向日葵は、そこにいた。重い雨粒が、少女の髪と向日葵の花弁をたたいていた。
少女は向日葵に傘を差しかけた。顔は腫れあがり、ブラウスは破れ、赤いスカートには泥が飛び散り、靴は片方なかった。
「もうすぐね、嵐が来るんだって」
少女は向日葵に話しかける。声は枯れ切っていた。
「伯父さんが言うには、この花園ももうおしまいなんだって。風と雨で、全部飛ばされてしまうって。跡形もなく。せいせいするんだって。お父さんが生きていたっていう痕跡がなくなって」
少女の顔を無数の雨粒がはっていく。
「憎いよぉ」
かすれた声で、少女は言う。
「悔しいよぉ」
激しい突風を受け、少女は膝をつく。傘が裏返しになり、地面に転がる。たちまち少女は雨に打たれる。雨水は少女の服を濡らし、肌を冷やし、骨の髄まで凍えさせた。痛みと怒りと栄養失調と、そして絶望で、少女は目の前が見えなくなっていた。
「寂しい……よ」
泥水の嵩が上がっていく。意識は上がってくる水面に浸され、散っていく。
ふわりと、何かから包まれる感触がして、少女は目を開けた。傘が少女の上にある。誰に支えられることもなく、宙に浮いている。
暖かい空気が、少女を包んでいた。向日葵が身を傾けていた。見ると、辺り一面向日葵が広がっている。黄色い花びらが散り、それはシーツのように少女に覆いかぶさる。向日葵は大きく体を前後に揺さぶった。ぱらぱらと雨音のような音を立てて、種が落ちてくる。かじると、かすかな甘みが口に広がっていく。
「あったかい……」
風と雨が、この地を蹂躙した。塀は崩れた。垣も吹き飛んだ。無骨な木々は生き残り、繊細な花たちは残らず折れ、潰れた。
一か月も経つと、雑草が生い茂り、廃墟のようになってしまった。
一輪の向日葵だけが、塔のようにそびえている。その根元に横たわる少女に、もはや血の流れはない。息も宿らず、温かみもない。しかし目を開ける。立ち上がる。立ち上がり、見下ろすと、やはり依然として少女は横たわっている。立ち上がった少女は、土を掘り、横たわった少女を埋めてやる。
二人は顔立ちも背丈も服装もそっくりだった。ただ、髪の色だけが違った。埋めた少女は緑色で、埋められた少女は金髪だった。
あの男の家は無事だった。あの程度の嵐では、何枚か窓ガラスが割れ、何ヶ所か雨漏りするのがせいぜいだった。目の前に、いかつい扉が立ちはだかる。両手で押すと、扉は吹き飛びちょうど正面の階段から下りてこようとした男に直撃した。誰も止める者はなかった。止めようと思っても止められなかった。少女は鼬より機敏に動き、狼より獰猛に噛みついた。喉から血を流し叫ぶ男に馬乗りになって、少女は殴り続けた。
男の死が自分の手のひらに載っていることに気付く。そうして、急に怖くなった。
〈自分〉は〈少女〉ではない。向日葵だ。いつの間にかこうして動く体を手に入れ、激情のままに行動している。しかし理解はしている。
何もかももう手遅れだ。
あの子は二度と戻ってこない。
自分が強くなるのが、遅すぎた。
そして今、手のひらに載っている死は少女の救済とまったく関係がない。それどころか、少女と自分を切り離した〈死〉と同じものであると感じると、とてつもなく自分の行為が忌まわしいものに感じられた。少女は、血の泡を吹いて命乞いを続ける男を置いて、館を出た。かつての花園に戻り、傘を拾う。
向日葵はもうそこにはない。あれは自分の正しい姿だった。今の姿は間違っている。誰の痛みを癒すこともできない。
向日葵を探そう。なければ自分で作ろう。
そう思って、長い旅に出た。
崩れた塀に腰掛け、幽香は、去っていくかつての幽香自身の背中を見る。アリスは折れた木の幹にもたれかかっている。
「嫌なこと、思い出してしまったわ」
幽香の顔に、笑みはなかった。笑みのない幽香の顔を、アリスは初めて見た気がした。
「あなたのせいよ、アリス」
幽香はアリスを見る。表情を作る余裕がないほどに、幽香は途方に暮れているのだ。
「違うわ。忘れるはずがない。ただ、それに触れたくなかっただけよ。でも、どんなに目をそらしても、逃げ回っても、必ず追いかけてくるモノがある。見えない恐怖より、見える恐怖の方が何倍もマシ。わかって、幽香」
アリスはしゃべりながらも、自分が間違ったことをしてしまったのではないかという恐れを、ずっと抱いていた。そして、その恐れが幽香に伝わってしまいそうで、それがまたいっそう怖かった。
アリスの言葉に、幽香は首を振る。
「後悔しか思い浮かばないの。どうしてもっと早くこの力を手に入れることができなかったのかって。一番求められている時に応えられず、もうどうでもよくなってから、応えられるようになった。意味がない。本当に、意味がない」
華奢なその拳を握り締める。
「私は守りたかった」
「守れているわ。十分に」
アリスはその拳の固さを和らげるよう、上からそっと手のひらをかぶせる。冷たかった。アリスの手のひらまで冷たくなってしまうほどに。
「太陽の畑の向日葵たち。それだけじゃない。人里でも、野原でも、あなたが来れば、人も花もよろこぶ」
アリスは言葉を尽くそうとする。言葉は曖昧で頼りなく、あやふやで、たやすく揺らぐ。自分の言葉のどれだけが幽香に届くかはわからない。しかし、はじめから言葉をかけることを諦めてしまえば、この距離はずっとこのままだ。
「そう。あの子たちに傷ひとつつけさせない。でも、それでも、一番、守りたかったのは」
拳を振り上げ、地面にたたきつける。地面にひびが入る。ひびは蛇のように這いまわり、地を、空を、この夢を蹂躙する。
幽夢がかき消える。
太陽の畑が広がる。空は一面黒雲に覆われ、絶え間なく雨が降っていた。幽夢の、あの、嵐の続きのように。
「見なければよかった……」
アリスが耳を疑いたくなるほど、それは、弱々しい呟き声だった。
「幽香」
幽香は立ち上がり、去っていく。
「どこに行くの」
アリスは手を伸ばす。幽香の肩をつかむ。ここで離せば、ずっと会えない気がした。
「もう一度、幽夢を作り直すわ」
振り返った幽香の、虚ろな目に、アリスは言葉を失った。今まで尽くした言葉がすべて無駄に終わった気がした。
「そんな……そうじゃなくて」
「私には、あの止まった時が必要なの」
「幽香!」
「さようなら」
幽香はアリスから目をそらす。アリスはもう一度振り向かせようと、腕に力を込める。いざとなったら幽香を引き倒してでも、止めるつもりだった。だが、宙に浮いていたのはアリスだった。そのまま向日葵の花畑にたたきつけられる。水飛沫が散る。幽香は、そっとアリスの手首から手を離した。
家には灯りがついていた。特に扉や窓が破壊された形跡はないから、不審者ではない。アリスが合鍵を渡しているのはひとりだけだ。
「お帰り、アリス。こんな雨の中、どうしてたの」
扉が開き、心配そうに眉をひそめたパチュリーの顔が現れる。
「いきがけは降ってなかったんだけど」
アリスは小さな声で返事した。それから、しばらく二人の間に沈黙が落ちる。
「私じゃ何もできなかった。信頼されていなかった」
雨水を吸って重くなった金髪をかきあげる。パチュリーは何か言おうとしたが、言葉を呑みこみ、アリスを部屋に入れた。室内にも、雨の日特有の湿った空気が流れていた。アリスは棚の上に目をとめた。今朝まではあったはずの花瓶がない。
「花瓶は?」
「枯れたわ。だから、捨てた」
パチュリーの淡々とした語り口に、アリスは苛立ちを感じた。
「どうしてそう簡単に捨てるの」
「枯れた花をいつまでも飾っている方がどうかしているわ」
「わざと言ってる?」
「そう見える?」
パチュリーはアリスの視線を正面から受け止める。
「アリス、あなたが疾しさを感じることはないわ」
「何も疾しいことなんかッ……」
「そう? あなたを見ていると、不用意に優しさを振りまいたせいで、かえってまわりを不幸にしてしまった、とでも思いこんでいるように見える」
「何がわかるの。何も見てないくせに」
「あなたを見てる」
「真顔で言わないで」
アリスは赤面する。そのままわざと足音を荒くして、浴室に入る。
「図書館にこもっている私が言うのもなんだけど、アリス、あなた、もっとたくさんの人と話したり、笑ったり、していいと思う。そういうのが、あなたにはあっている」
アリスは濡れた服を脱ぐ作業に没頭するフリをして、扉越しに聞こえてくるパチュリーの声には応えない。
「花を捨てた、と私が言ったとき、あなたは怒ったわ。わざと私がそう言ったんじゃないかと、理屈で推測するよりも先に、まず怒ったわ。それでいいと思うの。だから、信頼されていないなんて、簡単に、決めつけないで……」
「うるさい、ちょっと黙って」
服を脱ぎ、浴槽に身を浸す。
「私はパチュリーとこうして暗くてじめじめしたところで本を読んだり甘い物を食べたりすることの方がずっと好きよ。外で、騒がしい連中と歌ったり踊ったりするよりね。それのどこが悪いの? パチュリーは私と遊ぶのもう飽きたからそんなこと言ってるの? 外に誰かと出歩きたいなら、紅魔館の連中に頼めばいいじゃない。それか、あなたが幽香のところにいけば」
言っていることが支離滅裂になりつつあるのを自覚して、アリスは話すのをやめた。浴槽からあがり、少し扉を開けてみる。そこには誰もいなかった。
「帰ったんだ……パチュリー」
溜息をつき、浴室に戻った。
ひとりで部屋にいると、鬱々とした考えが湧き上がってくる。金髪の少女の赤くはれ上がった顔が脳裏をよぎる。あの痛みこそが、近親者の暴力に対する恐怖こそが、風見幽香の強さの原動力だったかと思うと、やりきれない気持ちになった。痛みに対する恐怖が、幽香の強さだったのだ。
「そんな強さ、あの子、欲しくなかっただろうな」
机に置いている上海人形に語りかける。
幽夢の中で、世界の時を止めていたのは、単なる逃げではなくて、幽香が考えた末に出した結論なのかもしれなかった。それを一度幽夢を訪れただけの自分が簡単に否定してしまってよかったのか、今となっては甚だ疑問だった。
「でも、じゃあ、幽香は何のために私を幽夢へ呼んだの。やっぱり、変えてほしかったからじゃないの」
変え方がまずかったのか、それとも、幽香の予想を超えて、幽夢の行き着く先は辛く、苦しいものだったのか。確実なことは、どれだけ幽夢の中で加害者を痛めつけても、それで幽香の心が晴れることは絶対にありえない、ということだった。
「それなら、あの子を助けるか……でも、どうやって」
解決策は、あるにはある。問題は、それをどうやって遂行するかだった。
境内へ向かう石段は、おそろしく長い。アリスの足にしてみればなんということもないが、人間にはかなり辛い運動になるだろう。鳥居がやがて見えてくる頃になると、見覚えのある黒紫色の切れ目が、空間に生じていた。
「あら、出迎えてくれるの、八雲紫。こっちから呼ぼうと思っていたのに」
アリスは意外に思い、声をかけた。隙間から、ゆったりした中華風の衣装を着こんだ少女、八雲紫が現れる。といっても上半身までだが。
彼女がどこに住んでいるのか、アリスは知らない。ただ、博麗神社にはよく出没しているようなので、巫女を捉まえて無理やりにでも八雲紫を呼び出そうと思い、神社を目指していたのだ。
「こんにちは、アリス・マーガトロイド。今日はまた随分と切羽詰まった顔をしているわね」
「そうでもないわ」
「嘘よ。昨晩ずいぶん考えたんでしょう。どうやって私に願い事を聞かせるか」
「まあ、ね。境界の妖怪に言うこと聞かせるのは骨が折れそうだったから。一日仕事で利かないかもしれない。ひょっとすると十年仕事かも」
「いいわ、今、私数十年に一度の機嫌のいい日なの。言って御覧なさいな」
隙間の枠に両肘をついて、両手のひらに顎を乗せて、促す。
「過去を変えることはできる?」
「できない」
「……即答ね。現在と過去との境界は弄れないの?」
「そこで弄って、過去に行って、何かをすれば、それは新しい出来事よ」
「記憶を変えることは? 人の生死を変えることは?」
「できない。できない。当事者全員が忘れても想いは残るし、死人を生き返らせても新たな生が始まるだけ」
「どうも無駄足だったみたいね」
「そうね、答えははじめから出ているのにね」
「え?」
アリスは聞き返す。紫は意味深な、とらえどころのない笑みを浮かべている。
「彼女が、出してくれているわ」
「なんなの。あなた、どこまで知ってるの」
「操ってあげればいいのよ。あなたの得意技でしょう」
「あ……」
「気づいた? それじゃあね」
隙間は閉じた。アリスはしばし呆然と立ち尽くしていた。やがて、その目に決意が漲ってくる。不意に何かに弾かれたように、階段を駆け降りた。
「そうだ、そうすればいいんだ。私は人形遣いだ!」
太陽の畑は、曇天に覆われていた。
「もう会うことはないと思っていたわ」
向日葵の群れの中から、幽香の姿が浮かび上がる。笑っていない。しかし臆せず、アリスは幽香に立ち向かう。
「そんなことないわ。せっかく友達になれたんだから。私たちはこれからも会うのよ」
「その目。気に食わないわね。戦いを決意した目よ。そんな切羽詰まったものを、私に押しつけないで」
「幽夢の物語を、自律させる」
アリスは十の指を構える。指先ひとつひとつから、細い糸が伸びている。糸の先は、幽香だ。
「こんな糸でどうするつもり?」
「物語を変えるのよ、あなた自身の力で」
「私は変えたくないの」
そう望んでいるというよりは、それしか方法がないといった風に、幽香はため息をつく。アリスは見ていて歯がゆかった。
「私が操る」
「何がしたいの?」
「もう一度、幽夢へ連れていって」
「今、作りかけよ。花の夢に紛れ込んで、また一から……」
「いいから、そこへ」
アリスの有無を言わせない態度に、幽香は意外そうな顔をする。
「じゃあ、目を閉じて」
アリスは言われた通り、目を閉じる。幽香の嘲るような笑い声が聞こえる。
「どうして私から一度攻撃を受けているのに、こんな目の前で無防備になれるのかしら」
「そういうの、いいから」
アリスが言う。幽香の笑い声が、ぴたりとやむ。
「もう、いいから。お願い、私を、そしてあなた自身を信じて」
水滴が、落ちる。
波紋が、湖に広がる。
睡蓮の、湖へ。
「ついたわ」
三度目の幽夢は、以前の二回の来訪時と、さほど変わったところはないようだった。
アリスと幽香は並んで歩く。
「おかしいわ、アリス」
「でしょうね」
「体が、自由に動かない」
「でしょうね」
「あなたが操っているの」
「そう。もし自分の意思通りに動きたかったら、まず私の意思と合わせて。勝負はそこからよ」
「勝負? 誰かと戦うの」
「そうよ。これから戦いが始まるの。相手は強いわ」
「どれくらい強いの。鬼より? 天狗より? 月人より? 八百万の神より? 天人より?」
「あなたひとりじゃ、勝てないくらい。私が加わって、勝てるかどうか。それもあなた次第だけど」
「誰なの、相手は」
幽香は楽しそうにアリスの横顔を覗き込む。幽香が早くも体を意思通りに動かすことを覚えたようで、アリスは安心した。実際は、幽香がアリスの横顔を覗き込みたいと念じ、それをアリスに伝え、アリスがそういう風に操ったのだ。
これから始まる戦いでは、その幽香からアリスへ伝わる意思、そしてアリスから幽香へ伝わる糸の動き、この時間差を限りなくゼロに近づけなければならない。
「幽夢」
「えっ」
「敵は、幽夢よ」
「私の幽夢が、敵」
「あなたの? 違うわ。幽夢の幽香であっても、幽香の幽夢ではない。あなたはここに縛られている。あなたひとりじゃ、この世界で自由に動けない。傍観者となるか、過去をなぞるかのどちらか。かといって今の私たちが乱入して幽夢を変えても、それは違う幽夢が生まれるだけ。だから、やっぱりあなたが幽夢に入り込んで、決着をつけるしかないの。でもそれだと幽夢に引っ張り込まれるから、私が操ってあげる。現在のあなたの意思は、すべて私に預けて」
「そういう、ことね」
幽香は深呼吸する。
「そういうことね。あなたはまだ、あの子の死を諦めきれていなかったのね」
「そうよ。私は諦めが悪いの」
「いいわ。位相を合わせるわよ。幽夢の物語を、動かすわ」
アリスの体が透き通っていく。幽香の髪の毛が金色になり、背丈が縮んでいく。
物語は、金髪の少女が向日葵の足元に倒れた日、ではなく。
嵐の前日まで三日三晩駆け抜けた日々、ではなく。
腐りきった男に殴られ、罵られた日々、ではなく。
父親が死んだ日、ではなく。
母と娘、二人で庭園に入った日から、始まる。
**
脚立を幹に添えて、母親は軽々と足を運んでいく。
「危ないよ、お母さん」
「平気、平気。たまには運動する方がいいんだって、お医者様も仰っていたもの」
「あとで寝込んでも知らないわよ」
そう言いながらも、楽しそうに、母親の姿を見上げる少女がいる。脚立の一番上まで来ても、木はまだまだ高くそびえていた。
「お母さん、もうそこまでにしようよ」
「まだよ、ここ、足をかければ結構登っていけそうだわ。あの葉っぱがね、とても綺麗なの。あなたに見せてあげるわ」
少女は見上げる。残像がちらつく。落ちる影が。首を振る。この残像こそが誤った幻なのだ。少女は両手を握りしめる。そして開く。また、握り締める。
動く。
幽夢の呪縛から自由でいられる。
正確には、今でも体の自由は利かない。誰かに操られているという自覚はある。
だが、信じていい。
操っている少女を、信じていい。
なぜなら彼女も、わたしを信じてくれている。
脚立を登っていく。幹に移る。母親の後を追っていく。母親は、大振りの枝に移る。生い茂る葉に手を伸ばす。少女はその一メートル下で位置を調整する。幹に絡まった蔦に腕を絡める。力を入れてみるが、ちょっとやそっとでは千切れそうにない。
もちろん、ぶっつけ本番だ。二人一緒に落ちてしまうことだってあるかもしれない。だとしても、ほんのわずかでも衝撃を弱めればそれでいいのだ。元々、不運に不運が重なった事故だったのだから。
「これが、高いところにしか生えない葉っぱでね……」
言葉の途中で、足が滑る。重心が傾き、母親の体が枝から離れる。距離は十分だ。すぐ真下に位置した少女は、手を伸ばそうとする。
動きが止まる。肘が伸びきらない。
(……アリス!)
(意思が……あなたの意思が流れてこない!)
悲鳴交じりの呼びかけに、同じく悲鳴交じりの応えがある。
(そんな、少し、手を伸ばすだけで!)
(あなたの意思がなければ、ここでは動けないの!)
残像が、少女の視界をよぎる。落ちる残像。それこそが唯一絶対の真理であるように。くっきりと、視界に刻印を残す。
落ちていく。
(信じないで、その幻を)
(幻? 違うわ、これこそが本当に起こったこと。落ちたという、紛れもない事実)
(幽香、しっかりして!)
(現実を幻想へと捻じ曲げようとしているのは、私たち……)
(幽香! 駄目、その迷いがあなたを)
(だから)
少女は蔦に絡めていた腕を、解いた。
ふわり、と、少女の体が軽くなる。
ぶちぶちぶちぶちぶちぶち
糸が切れる。
(幽香ぁぁぁぁぁっ!)
ともに落ちていく。母親の体に触れる。支えてやる。空中でゆっくりと、体勢を整える。時間はたっぷりとある。スカートが広がる。下から吹きあがる風はずいぶんゆっくりだ。髪の毛が逆立つ。色は徐々に、金色から、緑へ。背丈が伸びる。
落ちる速度は、緩慢に、緩慢に、やがて止まる。
ゆるやかに着地する。腕の中に、母親を抱えて。
(幽香ッ!)
風見幽香は、腕の中の女性を見下ろす。首に、鎖の付いた金時計がかかっていた。
「あなた……は?」
幽香は女性を立たせた。金髪の少女が、飛びつく。泣きじゃくる。
「よかったね、よかったね、私、お母さん、死んじゃうかと……!」
「もう、こんなところから落ちたぐらいで、死にはしないわよ」
娘の頭をなでながら、女性は幽香を見た。
「どうもありがとうございました。あなたは」
「私は、向日葵の精」
幽香は指先でスカートの両端をつまみ、膝を曲げ、お辞儀をする。頬に一筋の涙が流れる。
「いつもあなた方に可愛がってもらっています。恩返しができて、とても嬉しい」
「まあ」
「ああっ、あの向日葵だね! ありがとう、向日葵!」
飛びついてくる少女を、幽香は愛おしげに抱き上げた。
アリスは先の切れた糸を指先から垂らしながら、駈け出していた。
これで終わった。万事めでたしだ。涙が溢れて止まらなかった。
睡蓮の湖に頭から飛び込んだ。
「よかった、よかったね、幽香。よかった、本当に……」
気づいた時には、太陽の畑ですらなく、魔法の森を、泣きながら帰っていた。
「お疲れさま」
いつの間にか隣を歩いていたパチュリーが、アリスの頭をぽんぽんとたたいた。アリスは黙ってうなずいた。
「今日は疲れたでしょう。たまには私が何か作ってあげるわ」
「材料は、てっ、適当に、冷蔵っ、こっから、あっ、使って」
「はいはい」
「私って、こんな、涙もろかったっけ」
「さあ。でも、悪いことではないわ」
「も、いい、よ」
放っておくといつまでもパチュリーになでられそうな気がしたので、アリスは近づこうとするパチュリーを少し強めに押し返した。パチュリーは柔らかく笑い、先にアリスの家に入っていった。アリスは、放心したように、パチュリーが自分の家に入るのを見、振り向き、今まで自分が歩いてきた道を見た。
「いいなあ……」
呟き、というには大きすぎる声だった。
「お礼が言えて、いいなあ……」
過去は決して消えない。幽香があの親子とこのあとどうしていくのか、これからも付き合っていくのか、それとも再開した物語とは関わらず、二度と会わないのか、いずれにせよ、幽香の悲しい生い立ちが消えることはない。だが、同時に、幽香が助けたあの親子も、確実に存在する。
アリスは自分を顧みる。かつて、わがままや悪意や、妬みや、やり場のない怒りをたたきつけた者たちがいた。取り返せない関係もある。もうこの世にいない者もいる。それでも、今はパチュリーがいるし、幽香とだって、これからもいい関係を築いていけるはずだ。過去を大切に思うなら、今の関係を大事にしないとバチが当たる。アリスはそう思う。
そして、森の中に、花の匂いを嗅ぐ。なぜだか記憶を刺激する香り。
珍しくもないことだ。それでも心躍り、膝をつき、茂みをかき分け、探す。
黄色い花が、笑顔でアリスを見ていた。
蒲公英が、笑い声を振りまいている。
「何よ、そんな露骨にがっかりしなくてもいいじゃない」
「え、そんなにしてた?」
アリスは慌てて両手で頬を抑える。蒲公英の精は苦笑する。
「いいのいいの、無理しなくても。誰と間違えたかしらないけど」
「ごめんなさい」
「いい匂いがするわ」
「そうね、あなたも、いい匂いよ」
「そうじゃなくて、食べ物よ。家の方から漂ってくるわ。私ら植物には縁がないけど。ほら、待ってる人いるんでしょう。早く行ってあげなさい」
「うん」
アリスは茂みから顔をあげ、もう一度自分の家を見、それからすぐに駈け出した。パチュリーと一緒にご飯を食べて、本を読んで、その本の話をして、紅茶を飲んで、また本の話をして、次、何の本にするか話し合って、ついでに人形の作り方も初歩から少しずつ教えていって……したいこと、できることが多すぎて、アリスはなんだか頭がくらくらしてきた。
ゆうかりんをちょっと普段と違う切り口で楽しめました。
独特のリズムも作品の空気と合っていて実にいい感じです。ご馳走様でした。
…しかしアリスとパチュリーの関係が何ともこう、甘くて酸っぱくてといーますか…えーとご馳走様です(ぇ
素晴らしい作品でした。
幽香いいなぁ。
最後にあとがきに注意書きあったので笑っちまったけどw
風見幽香というキャラクターを此処まで掘り下げながら、アリスやパチュリーといった登場人物がとても魅力的に描かれていたと思います。
幽夢をさまよう風見幽香と、誘われたアリス、そしてそんなアリスに心を砕くパチュリー……
近親者への負の感情。向日葵の思い。少女の思い。
多少道中でつんのめる感じを覚えましたが、一読者として非常に魅力ある文章に、画面を下へ下へと追いながらいつの間にか読み終えていた感じです。
幽香の原点という一つの幻想に、ある回答を示していただいた気分です。
良き物語を堪能させていただきました。
読ませてくださって、ありがとうございました。
ぱちゅありにうっひゃーと狂喜乱舞だけれど、物語が、幽香が気になってひたすらに読み進めた。
だからちょっと読み返してにやにやしてくる。
捉えどころの無い会話が良い味を出してますねぇ。
注意書きは文頭にあったほうが良いかと思いますね。
お見事です。
後書きに注意書き入れても意味ないじゃん!
うーん、素でボケてしまいました。なんたること。笑ってやってください。
KFC様に洗脳されて以来、「パチュアリは俺のジャスティス!」です。
幽香は求聞史紀の記述と花映塚のステージがもう最高ですね。
二次では「lotus love」「YU-MU」と「ミュージカルゆうかりん」に
インスピレーションをバシバシ刺激されました。
こんなにコメントもらえるとは思ってませんでした。
みなさんと幽香やアリス、パチュリーの物語を共有できてとてもうれしいです。
また書くと思いますんで、そのときはよろしくお願いします。
そしてパチュアリ御馳走様ww
とてもいいアリス、ご馳走様です。
どんどん召し上がってください。
オリジナル性の高い作品なのに、ここまで読ませるのは
脳内設定のレベルの高さを思わせますね。つまりすげぇ!
私の脳は9割がた東方で構成されています。
ぼちぼち次の作品をあげます……と言いたいところですがどうも難産になりそうです。
7月中には完成させます(多分)ので、よければお待ちください。
最高です。
某板にレビュー載せてくれた方ですか?(違ったらごめんなさい)
日時的に「恋しい静葉」投稿した当日だったのでひょっとしたら、と思って。
半年以上前の作品が、まだ読んでもらう価値を保っていると感じるのは大変うれしいです。
この作品を読んでから2週間はこのことばかり考えていて虜にされていました。
読み物で作品の世界に入り込んだのは久しぶりだったので興奮を覚えて、雨月物語も面白かったです。
ただ、私はこの話でパチュアリじゃなくて幽アリに気持ちがいってしまったんだ。レイアリだったのにw
死に絶えた館に少女がひとりぼっちという図は、くるものがあります。
「秘密の花園」のプロローグですね。
いやあ、それにしてもそんなに作品の世界に浸かっていただけたとは、作者冥利に尽きます。
ますます次回作を書く意欲がわいてきます。
雨月物語はいいですねー。
私でもギリギリ原文で読める程度には読みやすいし
パターン化された話を、独自の表現で作り上げようとしているところがいいです。
あと、官能を追求しようとしているところが。
月一ペースを何とか継続中なので、
よろしければ、今後ともこの名前を見かけたら読んでやってくださいまし。
なんか、たま~にこうして昔の作品読んでくれる人みると、すごくうれしくなります。
なんとなく北方謙三の文章に似てるような
短文が多いからかもしれません
最近のを読むと気づきますがこの作品より明らかに進歩してますね
こればっかは決まった基準もないので悩ましいところです。
そう感じてもらえたのはとてもうれしいです。
某所で読みにくい、わかりにくいのではないかという感想を目にしたもので
どうしたものかなー、と。
せっかくだから、今まで読んでない人にも読んでもらいたいですしね。
先月書いた作品は、過去作に半年とか一年ぶりにつけられたコメントがなければ
多分書けなかったであろう作品です。
読者の声が最大のエネルギーというのは、本当です。
色々書き方を模索してみます。
書いたらまた読んでくださいな。
でもあとがきで注意してどうするw
いやパチュアリも好きなんだけども、序盤の手負いの幽香が素敵すぎて。
お話自体は、幽香の独自設定が無理なく入ってきてよかったです。
あとで普通にカップリングとして認知されていたのを知りました。
もともと、二次創作者をひきつける要素があるんでしょうね。この性格同士だと。
人気投票ベスト10以内には入る二人、今年も固いか……
こういうものが書けたら面白い長編になるのだと勉強になりました。