所謂オリキャラがメインです。名もない一般人Aですが。
そういうのが苦手な方、嫌いな方、許せない方はここで回れ右をお勧めします。
大分昔の事である。
暗い森を、一人の少年が駆けていた。
人里にある、それなりに名の売れた菓子屋の息子だ。
日は既に沈み、地平線から漏れたわずかな光が空を染める時間。
けれど、木々に遮られた光は獣道へと届く事はなく、つまるところ夜と相違ない空間を作り出していた。
夜。
人が、獣が、あらゆる動物が、無意識に恐れる時間。
見上げれば木陰から覗く空はまだ明るく、それが非現実感を増し、少年の心を駆り立てる。
怖い、と。
少年はただそれだけを思い、家路を走る。
父の言いつけを破るんじゃなかった。
一人でこんな所まで来るんじゃなかった。
こんな時間になるまで遊び呆けているんじゃなかった。
後悔が溢れて止まらず、恐怖で今にも蹲ってしまいそうだ。
それでも足を止めないのは、とても簡単な事だった。
何かが迫ってくる。
夜が迫ってくる。
”夜の塊”がやってくる。
夜と黄昏の境界を、何も見えない空間が飛び越えてくる。
僅かな力で叫びを上げて、少年はただ走る。
夜から逃げるために、走り続ける。
実のところ、夜の中心、つまりそれを作り出している妖怪には、何も見えていなかった。
そして、彼女は空腹だった。
そんな時に子供の、つまりは捕まえやすい生き物の声が聞こえたのだ。
下した判断は、人を喰う妖怪としては至極当たり前の物だった。
まだ追いかけてくる。
段々と距離を詰めてくる。
空を飛び、真っ直ぐこちらに向かってくる。
足がもつれ、草に絡まり、それでも必死に走る。
走って、走って、転んで、起きあがって、走って、
「捕まえた」
左腕を、捕まれた。
振り返る。
目の前には、闇。
何も見えない闇から、腕が伸びていた。
「う、あ、」
その腕を振り払う事は出来なくて。
少しずつ、闇の中へと引かれてしまう。
足は竦んで動かない。
脳は怯えて動かない。
けれどほんの少し暴れた右腕が、膨らんだ懐に触れた。
その感触に、思考は再び回り始める。
もしかしたら。
もしかしたら、助かるかもしれない。
そんな淡い期待と共に、声を上げる。
「あ、あの!お願いがあります!」
はたして願いは通じたのか、腕はぴたりと動きを止めた。
「……何?」
ひどく億劫そうな、そんな声が闇の中から聞こえた。
それは少女の物で、よく見れば腕も人間のそれとさして変わりない物ではあったのだが。
焦りに焦っている少年にそれを気にかける余裕があるはずもなく、これ幸いとひたすら口を動かしている。
「僕の家は菓子屋です。もし今見逃してくれるなら、明日も、明後日も、それから先も、貴方に菓子を持ってきましょう」
無茶苦茶な提案だった。
そもそも、妖怪が菓子を食うのか彼は知らない。
分の悪すぎる賭だったが、それでも何もしないよりはマシだと、そう思ったのだ。
「……私は今お腹が空いてるんだけど」
もっともだ。
だからこそ、少年を襲ったのだから。
そんな口約束だけで目の前の食料を逃がすな妖怪なんて、いるはずがない。
勿論、少年も馬鹿ではない。
ただで見逃して貰えるなんて、そんな事は思っていない。
なので、
「これ、うちの饅頭です」
そう告げて、懐の饅頭を差し出す。
何の事はない、おやつとして持ってきたただの饅頭だ。
ただの饅頭だが、現状を打破するための唯一の手段だ。
正直、心許ない。
しかし頼る物が他に無いのも事実なので、今は信じるしかない。
自慢の味を、と言ってしまえば、冗談か何かにしか聞こえないのだけれど。
ともあれ、出してしまった言葉は消えてはくれない。
後は、目の前の妖怪の判断を待つだけだ。
「まんじゅう……?」
そして肝心の妖怪はといえば、そもそも饅頭の存在を知らなかった。
仕方がない。
人を食って生きる妖怪が、人の嗜好品の事など知っているはずがないのだから。
一応食べ物らしい事は察したが、さてどうした物かと手に取ってみる。
第一印象は、小さい、だった。
その次に、柔らかい、と思った。
とにかく。
とりあえず食べてみよう、と、そう思った。
この人間が逃げたところで、また捕まえればいい話なのだし。
あまり腹が膨れそうではないけど、等と考えながら、一口齧り付く。
それからたっぷり60秒。
少年は固唾を呑んで見守り、妖怪は一言も喋らなかった。
そして、
「……甘い」
と、一言だけ、妖怪が言葉を零した。
妖怪にとって、甘味は無縁の存在である。
食べられる甘い物と言ったら、せいぜい果物しかない。
そして、しつこいようだが、彼女のような人を食う妖怪ならば尚の事。
衝撃的だった。
未知の体験だった。
横文字を使えばカルチャーショックだった。
知っていればヤックデカルチャとでも叫んでいたのかもしれない。
とにかく、そういった色々な物が脳裏を駆け巡っては消えていった。
ようやく絞り出した一言が、それだったのだ。
「ねぇ」
と、声をかけられて、少年はようやく我に返った。
よくよく聞けば可愛らしい声だ、とか。
腕だって力は強いけど柔らかくて小さい、とか。
そんな不埒な事を考えていた事は、少年の胸の内に秘めておく。
「本当に毎日、持ってきてくれる?」
等と、そんな風に、甘えたような声で尋ねてくる物だから。
「はい!」
と、元気よく返してしまうのは男の性とか、そういうものなのだろう、きっと。
ともあれ、彼はそのまま無事に家まで辿り着く事が出来た。
勿論親にはこっぴどく怒られたが、それでも殆ど無傷で帰ってきた事を喜ばれた。
子が愛おしくない親など、いるはずがないのだから。
それから、少年と妖怪の奇妙な関係が始まった。
奇妙とは言っても、何の事はない、夕暮れ時に菓子を持っていき、それを食べるだけだ。
けれど、それは有り得ないはずの光景。
人と、人を食う妖怪がいて、それでいて食われるのは菓子なのだから。
当たり前だが、親は勘ぐった。
それでも少年は止める事はなかったし、結局何時も無事に戻ってくる物だから、黙認するしか無かった。
春の暖かい日も、少年は続けた。
「これ、新しいのです。どうでしょう?」
「うん、美味しい」
「何時もそれですね、貴女は」
夏の暑い日も、少年は続けた。
「今日は暑いので、わらび餅です」
「どうやって食べるの、これ」
「ええとですね……」
秋の涼しい日も、少年は続けた。
「柿が豊作だったので、月餅にしてみました」
「柿は好きだよ」
「それは良かった」
冬の寒い日も、少年は続けた。
「最近、飴も始めようかと思ってるんです」
「アメ?」
「ええ、こういう物なんですが……」
そうやって季節は巡り、少年も歳を経る。
家業を継いだ彼は、それでも妖怪に会う事を止めなかった。
新しい菓子を作る時、彼は決まって妖怪に会いに来た。
「今度、こういう饅頭を作ろうかと思うんです」
「うん、良いんじゃないかな。もうちょっと小さい方が食べやすいかも」
「そうですか。それではこれくらいの大きさに……」
何時の間にやら妖怪もそんな状況に慣れていて、菓子作りの意見を出す程になっていたのだが。
人も、妖怪も、不思議とそれが嫌いではなかった。
或いはそれは、恋に似た感情だったのかもしれない。
二人とも、それを正しく把握出来る程知識も経験も持ち合わせていなかったが。
まぁ、ともあれ。
二人の関係は、続いてた。
妻を娶り、子が出来て、家業が忙しい日も彼は妖怪に会いに来た。
「すいません、遅くなってしまって」
「ううん、気にしないよ」
「いえ、そういうわけにも。なので今日は多めです」
決して浮気とか逢い引きとか、そういう場面ではない。
そうしてまた時は流れて。
彼の髪には白髪が増えて、妖怪は何時までも変わらないままで。
それでもこの奇妙な関係は続いていた。
やれ、新作の出来がどうだの。
やれ、この砂糖菓子はちょっと硬すぎるだの。
やれ、子供向けにこういう菓子を作ってみたいだの。
毎日毎日、休む事無く彼は妖怪と会い続けた。
おかげで里で妙な噂が流れたりもしたが、彼は気にも留めなかった。
彼は律儀な男で。
それ以上に、多分、あの妖怪の事が――――
けれど、彼は人間で。
人間である以上、終わりはやって来る、
そして彼女は妖怪で。
終わりは来るけれど、それは人よりも遙かに遅い。
だから、彼は、一つの選択をした。
「ああ、すいません。遅くなってしまって」
そう言って、彼はゆっくりと腰を下ろす。
その姿は既に老人のそれで、ここまで歩くのも重労働だったはずだ。
「最近は、いつもじゃない」
そう笑う妖怪は、あのころと何も変わっていなかった。
彼は軽く笑い、そして言葉を告げる。
「私を、食べてくれませんか」
と、ただそれだけを。
妖怪は、なんで?と首を傾げるだけだった。
彼との約束はまだ生きている。
明日もまた、何か持ってきてくれるのだろうと、妖怪はそう思っていたから。
「見ての通り、私はもう歳です。恐らく、ここに来れるのは今日が最後でしょう」
だから、と、彼は続ける。
「私を食べてください。あの日の約束が、果たせなくなる前に」
彼の命は、限界だった。
それでもなお妖怪に会いに来たのは、単純な理由で。
あの日、約束と共に伸びた命を、今終わらせるなんて、そんな事だった。
妖怪には、良くわからなかった。
わからなかったけれど、多分、他に選択肢は無いんだろうと思った。
彼はもう死ぬ。
ならば、あの時見逃した命を今食べてしまえばいい。
どうせ残しておいても、他の獣に食われるだけだから。
それが本心だったのかは、妖怪にもわからない。
多分、食べたくない気持ちもあった。
彼の持ってくる物はどれも美味しくて、それがもう食べられなくなるのが残念だったから。
だけど、彼はもう約束を果たせない。
だから、妖怪は。
彼の体を抱きしめて。
「ああ……最後に、貴女の名前を教えて頂けますか?」
「……ルーミアだよ」
「ありがとうございました、ルーミアさん」
その会話を最後に、彼を食った。
随分と久方ぶりに食べた気がする人間の味は、良くわからなかった。
その晩、森には一人の妖怪の泣き声があったという話である。
そして、今。
妖怪は相変わらず、人を食う。
だけどその前に、一つ尋ねるのだ。
多分それは、失った人を探す無意味な行為。
もう一度あの約束が果たされるんじゃないかという、無駄な行為。
それでも彼女は、こう尋ねる。
「あなたは食べても良い人類?」
そういうのが苦手な方、嫌いな方、許せない方はここで回れ右をお勧めします。
大分昔の事である。
暗い森を、一人の少年が駆けていた。
人里にある、それなりに名の売れた菓子屋の息子だ。
日は既に沈み、地平線から漏れたわずかな光が空を染める時間。
けれど、木々に遮られた光は獣道へと届く事はなく、つまるところ夜と相違ない空間を作り出していた。
夜。
人が、獣が、あらゆる動物が、無意識に恐れる時間。
見上げれば木陰から覗く空はまだ明るく、それが非現実感を増し、少年の心を駆り立てる。
怖い、と。
少年はただそれだけを思い、家路を走る。
父の言いつけを破るんじゃなかった。
一人でこんな所まで来るんじゃなかった。
こんな時間になるまで遊び呆けているんじゃなかった。
後悔が溢れて止まらず、恐怖で今にも蹲ってしまいそうだ。
それでも足を止めないのは、とても簡単な事だった。
何かが迫ってくる。
夜が迫ってくる。
”夜の塊”がやってくる。
夜と黄昏の境界を、何も見えない空間が飛び越えてくる。
僅かな力で叫びを上げて、少年はただ走る。
夜から逃げるために、走り続ける。
実のところ、夜の中心、つまりそれを作り出している妖怪には、何も見えていなかった。
そして、彼女は空腹だった。
そんな時に子供の、つまりは捕まえやすい生き物の声が聞こえたのだ。
下した判断は、人を喰う妖怪としては至極当たり前の物だった。
まだ追いかけてくる。
段々と距離を詰めてくる。
空を飛び、真っ直ぐこちらに向かってくる。
足がもつれ、草に絡まり、それでも必死に走る。
走って、走って、転んで、起きあがって、走って、
「捕まえた」
左腕を、捕まれた。
振り返る。
目の前には、闇。
何も見えない闇から、腕が伸びていた。
「う、あ、」
その腕を振り払う事は出来なくて。
少しずつ、闇の中へと引かれてしまう。
足は竦んで動かない。
脳は怯えて動かない。
けれどほんの少し暴れた右腕が、膨らんだ懐に触れた。
その感触に、思考は再び回り始める。
もしかしたら。
もしかしたら、助かるかもしれない。
そんな淡い期待と共に、声を上げる。
「あ、あの!お願いがあります!」
はたして願いは通じたのか、腕はぴたりと動きを止めた。
「……何?」
ひどく億劫そうな、そんな声が闇の中から聞こえた。
それは少女の物で、よく見れば腕も人間のそれとさして変わりない物ではあったのだが。
焦りに焦っている少年にそれを気にかける余裕があるはずもなく、これ幸いとひたすら口を動かしている。
「僕の家は菓子屋です。もし今見逃してくれるなら、明日も、明後日も、それから先も、貴方に菓子を持ってきましょう」
無茶苦茶な提案だった。
そもそも、妖怪が菓子を食うのか彼は知らない。
分の悪すぎる賭だったが、それでも何もしないよりはマシだと、そう思ったのだ。
「……私は今お腹が空いてるんだけど」
もっともだ。
だからこそ、少年を襲ったのだから。
そんな口約束だけで目の前の食料を逃がすな妖怪なんて、いるはずがない。
勿論、少年も馬鹿ではない。
ただで見逃して貰えるなんて、そんな事は思っていない。
なので、
「これ、うちの饅頭です」
そう告げて、懐の饅頭を差し出す。
何の事はない、おやつとして持ってきたただの饅頭だ。
ただの饅頭だが、現状を打破するための唯一の手段だ。
正直、心許ない。
しかし頼る物が他に無いのも事実なので、今は信じるしかない。
自慢の味を、と言ってしまえば、冗談か何かにしか聞こえないのだけれど。
ともあれ、出してしまった言葉は消えてはくれない。
後は、目の前の妖怪の判断を待つだけだ。
「まんじゅう……?」
そして肝心の妖怪はといえば、そもそも饅頭の存在を知らなかった。
仕方がない。
人を食って生きる妖怪が、人の嗜好品の事など知っているはずがないのだから。
一応食べ物らしい事は察したが、さてどうした物かと手に取ってみる。
第一印象は、小さい、だった。
その次に、柔らかい、と思った。
とにかく。
とりあえず食べてみよう、と、そう思った。
この人間が逃げたところで、また捕まえればいい話なのだし。
あまり腹が膨れそうではないけど、等と考えながら、一口齧り付く。
それからたっぷり60秒。
少年は固唾を呑んで見守り、妖怪は一言も喋らなかった。
そして、
「……甘い」
と、一言だけ、妖怪が言葉を零した。
妖怪にとって、甘味は無縁の存在である。
食べられる甘い物と言ったら、せいぜい果物しかない。
そして、しつこいようだが、彼女のような人を食う妖怪ならば尚の事。
衝撃的だった。
未知の体験だった。
横文字を使えばカルチャーショックだった。
知っていればヤックデカルチャとでも叫んでいたのかもしれない。
とにかく、そういった色々な物が脳裏を駆け巡っては消えていった。
ようやく絞り出した一言が、それだったのだ。
「ねぇ」
と、声をかけられて、少年はようやく我に返った。
よくよく聞けば可愛らしい声だ、とか。
腕だって力は強いけど柔らかくて小さい、とか。
そんな不埒な事を考えていた事は、少年の胸の内に秘めておく。
「本当に毎日、持ってきてくれる?」
等と、そんな風に、甘えたような声で尋ねてくる物だから。
「はい!」
と、元気よく返してしまうのは男の性とか、そういうものなのだろう、きっと。
ともあれ、彼はそのまま無事に家まで辿り着く事が出来た。
勿論親にはこっぴどく怒られたが、それでも殆ど無傷で帰ってきた事を喜ばれた。
子が愛おしくない親など、いるはずがないのだから。
それから、少年と妖怪の奇妙な関係が始まった。
奇妙とは言っても、何の事はない、夕暮れ時に菓子を持っていき、それを食べるだけだ。
けれど、それは有り得ないはずの光景。
人と、人を食う妖怪がいて、それでいて食われるのは菓子なのだから。
当たり前だが、親は勘ぐった。
それでも少年は止める事はなかったし、結局何時も無事に戻ってくる物だから、黙認するしか無かった。
春の暖かい日も、少年は続けた。
「これ、新しいのです。どうでしょう?」
「うん、美味しい」
「何時もそれですね、貴女は」
夏の暑い日も、少年は続けた。
「今日は暑いので、わらび餅です」
「どうやって食べるの、これ」
「ええとですね……」
秋の涼しい日も、少年は続けた。
「柿が豊作だったので、月餅にしてみました」
「柿は好きだよ」
「それは良かった」
冬の寒い日も、少年は続けた。
「最近、飴も始めようかと思ってるんです」
「アメ?」
「ええ、こういう物なんですが……」
そうやって季節は巡り、少年も歳を経る。
家業を継いだ彼は、それでも妖怪に会う事を止めなかった。
新しい菓子を作る時、彼は決まって妖怪に会いに来た。
「今度、こういう饅頭を作ろうかと思うんです」
「うん、良いんじゃないかな。もうちょっと小さい方が食べやすいかも」
「そうですか。それではこれくらいの大きさに……」
何時の間にやら妖怪もそんな状況に慣れていて、菓子作りの意見を出す程になっていたのだが。
人も、妖怪も、不思議とそれが嫌いではなかった。
或いはそれは、恋に似た感情だったのかもしれない。
二人とも、それを正しく把握出来る程知識も経験も持ち合わせていなかったが。
まぁ、ともあれ。
二人の関係は、続いてた。
妻を娶り、子が出来て、家業が忙しい日も彼は妖怪に会いに来た。
「すいません、遅くなってしまって」
「ううん、気にしないよ」
「いえ、そういうわけにも。なので今日は多めです」
決して浮気とか逢い引きとか、そういう場面ではない。
そうしてまた時は流れて。
彼の髪には白髪が増えて、妖怪は何時までも変わらないままで。
それでもこの奇妙な関係は続いていた。
やれ、新作の出来がどうだの。
やれ、この砂糖菓子はちょっと硬すぎるだの。
やれ、子供向けにこういう菓子を作ってみたいだの。
毎日毎日、休む事無く彼は妖怪と会い続けた。
おかげで里で妙な噂が流れたりもしたが、彼は気にも留めなかった。
彼は律儀な男で。
それ以上に、多分、あの妖怪の事が――――
けれど、彼は人間で。
人間である以上、終わりはやって来る、
そして彼女は妖怪で。
終わりは来るけれど、それは人よりも遙かに遅い。
だから、彼は、一つの選択をした。
「ああ、すいません。遅くなってしまって」
そう言って、彼はゆっくりと腰を下ろす。
その姿は既に老人のそれで、ここまで歩くのも重労働だったはずだ。
「最近は、いつもじゃない」
そう笑う妖怪は、あのころと何も変わっていなかった。
彼は軽く笑い、そして言葉を告げる。
「私を、食べてくれませんか」
と、ただそれだけを。
妖怪は、なんで?と首を傾げるだけだった。
彼との約束はまだ生きている。
明日もまた、何か持ってきてくれるのだろうと、妖怪はそう思っていたから。
「見ての通り、私はもう歳です。恐らく、ここに来れるのは今日が最後でしょう」
だから、と、彼は続ける。
「私を食べてください。あの日の約束が、果たせなくなる前に」
彼の命は、限界だった。
それでもなお妖怪に会いに来たのは、単純な理由で。
あの日、約束と共に伸びた命を、今終わらせるなんて、そんな事だった。
妖怪には、良くわからなかった。
わからなかったけれど、多分、他に選択肢は無いんだろうと思った。
彼はもう死ぬ。
ならば、あの時見逃した命を今食べてしまえばいい。
どうせ残しておいても、他の獣に食われるだけだから。
それが本心だったのかは、妖怪にもわからない。
多分、食べたくない気持ちもあった。
彼の持ってくる物はどれも美味しくて、それがもう食べられなくなるのが残念だったから。
だけど、彼はもう約束を果たせない。
だから、妖怪は。
彼の体を抱きしめて。
「ああ……最後に、貴女の名前を教えて頂けますか?」
「……ルーミアだよ」
「ありがとうございました、ルーミアさん」
その会話を最後に、彼を食った。
随分と久方ぶりに食べた気がする人間の味は、良くわからなかった。
その晩、森には一人の妖怪の泣き声があったという話である。
そして、今。
妖怪は相変わらず、人を食う。
だけどその前に、一つ尋ねるのだ。
多分それは、失った人を探す無意味な行為。
もう一度あの約束が果たされるんじゃないかという、無駄な行為。
それでも彼女は、こう尋ねる。
「あなたは食べても良い人類?」
今から学校なのに涙が止まりませぬ
とても幻想郷らしいお話であったと思います。
ルーミアサイコー!
表面だけを見ればちょっと残酷なようにも見えるけれど、どこかでこういう流れがある。
そんな幻想郷っぽさが素敵です。
文章が最後まで淡々としているあたりとか、凄い好み。
子供っぽくないルーミア、いいなぁ。
いい幻想を見せてもらいました
「これぞ幻想郷」というお手本ようなSSですね
そこであのセリフに持って行きますか。いや、まいりました。
本当に綺麗な作品でした。読ませていただきありがとうございました。
ただの無邪気な問いかけと思っていたセリフが、
重みのある問いに思えました。
なんか3700とか評価貰ってビビってます。夢ならテンションが手遅れになる前に覚めて欲しいところです。
まぁ、それはともかく。
妖怪の子達はアレでも人間なんかよりよっぽど長く生きてるんだから、その間に色々あったんだろうなと妄想します。
あと、直前までタイトルが「人妖恋の饅頭」でしたが、変えて良かったと心底思ってます。
ちょっと紅魔郷やってくる。
焦らずゆっくり書いてみるか、完全に全体をぼんやりさせてみるか、どっちかに徹してみれ
掛け値なしに、いい。
オリキャラが(いい意味で)気にならなくてよかったです。
けれど引き込まれる作品でした。とても素晴らしかったです。
キャラだけじゃなくて幻想郷全体に目を向けられてないと書けない、いい話だと思います。
哀しくもいとおしい幻想郷の生きざまよ。