Coolier - 新生・東方創想話

ただいま、おかえり

2008/06/04 02:21:23
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 復讐はいけない事だと、遠い昔に読んだ本にはそう書いてあった。
 私もその本を読んだ当時はきっと頷いていただろう。
 だが今は違う。
 復讐したいと考えたことの無い者の言葉だと妹紅は思う。
 人間も自分のようなバケモノも、心に復讐心という炎を燻らせたままに生きる事は難しい。
 ならその炎を消すために自分は何が出来るのだろう。

 決まっている、復讐だ。
 この汚い気持ちだけが自分の人間らしさの残りカスだと思った。






「あら、今日はもう打ち止め?」
 クスクスと愉快そうに笑う声が聞こえる。
「着物が血まみれだよ、お姫さん」
「全身血まみれの貴女よりましだわ、お嬢さま」
 ああ、今日は何回死んだのだろう。
 ああ、今日は何回殺したのだろう。
 ただ一つ今日は星空がきれいな事だけが分かった
「じゃあ、―たね、また楽――――ね」
 憎いあいつが何を言っているのかも分からなくなって、私は意識を手放した。



 目を開けるとそこに星空はなく見知らぬ天井が目に入った。
 どうやらお節介な奴が怪我を負った自分を運び込んだようだ。
 身体中に巻かれた包帯と既に傷の無い自分の身体が、お前はもう人間じゃないと伝えようとしている気がした。
 自分の数少ない武器であるはずの不死の身体が堪らなく恐ろしくなる事がある。
 早く心まで復讐にとりつかれたバケモノにならなくては。そうなればもう恐れるものなど無くなる。
「この疲れを癒すのが先決か」
 死なないが痛いし苦しい。中途半端な薬を作りやがって。あいつの付き人にそう言いたかった。

 急にふすまが開いて、女が一人入ってきた。
「おっ、もう動けるのか?」
 少し驚いた顔をして、すぐに心配そうな顔に戻る。
「貴女が森で倒れているところを村の者が見つけてな、家まで運んでもらった。どうだ調子は?」
「あ、ああ。すまないな。助かったよ」
 医者だろうか、しかし変わった服だ。ただの村人ではないだろう。魔力だか霊力だかが彼女を包んでいるように見えた。
「貴女は?」
「私は上白沢慧音。村人の相談役みたいなものだ」
 あり得ないと思った。この女には人間には持ち得ないチカラがある。
 きっと人間も彼女から湧き出るチカラには気づくはず。なにせ恐怖の対象である妖怪のチカラだ。
 人間は自分の持ち得ないチカラに、自分の理解できない存在には敏感だ。
 今までの自分の経験がなによりもそう教えてくれていた。
「何故、妖怪が人里に住める?」
 自分の声が妙にとがっている。私には無理だった事だ。嫉妬でもしているのだろうか。
「……今は傷を治す事だな」
 そう言って彼女が私に近づく。手に包帯を持って。
「包帯を替えるのか?」
「うん? ああ、そうだ」
 さて、人間ゴッコももう終わりの時間か。
 お節介なヤツはなかなか多いもので、私の傷の手当てをしてくれる人は今までにもいた。
 だが彼らは私の傷が一晩で治っているのを見ると笑顔が凍りつく。
 彼らは人間を助けたつもりだったのだ。人のカタチをしたバケモノとは関わりたくなかったのだ。
 そう分かっていても、疲れきった私の目に映る恐怖に満ちた顔はいつも私の心に深く刻み込まれた。
 だから私はいつも目閉じて顔を見ない。そして震える声でバケモノと叫ぶ声を背中に逃げるように立ち去る。
 今回のお節介は人間ではないようだが、私のする事はいつもと変わらない。そのはずだった。

「一応、安静にしておけ」
 私の傷の無い身体を見ても、彼女はうろたえなかった。
 彼女は私が生き返っている最中でも見たのだろう。傷の無い事が当然のように私に接した。
「妖怪さんは私のようなバケモノに親近感でも沸くのかね」
 彼女は少し寂しそうな顔をして、好きなだけ休んでいくといい。それだけを言って部屋から出ていった。
 開いた襖の先には、変哲のない村で子供たちと親しげに話す慧音の姿があった。
 それは私が、自分は人間だと信じられなくなった頃に描いた夢ではなかったか。
 この場所は自分のいるべき所ではない。そう思いながらも、彼女と彼女に優しいこの村に興味を持つ事を止められなかった。
 彼女が置いていった薬湯が、甘く感じるほどに彼女たちは笑顔だった。



 夜になると彼女が夕食を二人分持ってきた。
 暇と空腹を持て余していた私は、素直に喜んだ。
 ぎらついた目で料理を見ていると、いただきます、と言う声が聞こえた。
 流石に少し恥ずかしさを覚えて、それに習う。
「いただきます」
 こそばゆかったが、嫌な気持ちではなかった。

 夕食を食べ終えた私は軽い自己紹介と、少しの間この村に滞在したい旨を伝えた。
「うん、そうか。よし、この部屋は今日から妹紅、おまえの部屋だ」
「よろしく頼むよ、慧音」
 幾つか、村の話や村に住む人の話を聞いた。
 慧音はずっと笑顔だった。その笑顔は私が憧れ、私が諦めたモノだ。
 もう一度憧れてもいいのだろうか? ダメだといわれる事が怖くて私は耳をふさいだ。



 暖かな布団の中で目が覚めた。
 死の匂いも滅びの気配もない朝だった。
 朝食は慧音と二人で食べる。いただきますも忘れない。
「私に何かできることは無いか?」
 ただ飯食らいと思われるのは嫌だった。慧音はまるで用意していたかのように言う。
「収穫の時期だしな。村の畑を手伝ってもらおう」

 村は基本的に排他的だ。ましてや農家にとって宝物である田畑をよそ者にさわらせるなどあり得ない事だ。
 そう思っていたが、慧音が私を紹介するとすぐに彼らは私にも親しげに接してきた。
「お嬢ちゃん、そんな細腕で大丈夫かね?」
 人懐こい笑顔のおじさんの心配を背中に私は一所懸命に手伝った。
 夕方慧音が迎えに来る頃には畑の芋は残らず篭の中にあった。
「ありがとう妹紅ちゃん。助かったよ」
 今日会ったばかりの人に褒められるのは何とも言えない喜びがあった。

 慧音は親睦を深めよう、と同じ部屋に布団を2枚敷いた。子供のように楽しそうだった。
 私の質問に慧音は何でも答えてくれた。
 慧音が私と同じく人間でも妖怪でもない存在である事。
 慧音が私と違って人間の中で生きてきた事。
 人間が好きだ、人間を守りたいと真剣な顔で話す慧音は、今まで見た何よりも気高いと感じた。
「かよわい人間達を慧音一人で守るのは大変じゃないか? 何故そんな事を続けてきたんだ?」
 慧音は苦笑いをしながら答えた。
「大変だとも。でも好きでやっている。だからそれでいいんだ」



 私は慧音と村の人たちの好意に甘え続けた。
 慧音の家には絶えず客がいる。
 村の子供達には勉強を教えていたし、老人たちと将棋を打つ事もある。
 慧音はいつもみんなから頼られていた。それが誇らしくもあり、寂しくもあった。

 妹紅ちゃん、妹紅おねえちゃんと呼ばれるようになってから数日たったある日、
 私と慧音は村の北の森で妖怪を見たと聞き、追い払おうと村の外へ出かけた。
 森の中にはごろごろと狼の亡骸が転がっていた。
「なぜ狼ばかり死んでいるのだろう?」慧音は独り言のつもりだったのかもしれない。
「さあね、理由なんてないんじゃないか」自分の心が震えているのがわかった。

 もしかして私にはこの大量の死骸の意味が分かっているのではないか?
 何も分からない振りをしながら慧音の後ろを歩くのが精一杯だった。

 ガサガサと草を掻き分ける音がした。
 ああ、やっぱり。やっぱりそうだったか。
 そこには狂気とチカラを纏った狼のようなバケモノがいた。
 ああ、やっぱりこんな結末だったか。
「ただの狼じゃないな。狼が妖怪の肉でも食らったのだろう」
 慧音の声が聞こえる。ちがうよ慧音。私の心は雄弁だった。
 アレは、あのバケモノは私だ。
 唐突にチカラを手に入れた私の過去だ。
 チカラを恐れられ、同種から排斥された私の過去だ。
 排斥された悲しみから、同種を皆殺しにするのは私の何だ?
「お、おい、どうした妹紅? 大丈夫か?」
「……大丈夫だよ慧音。大丈夫」
 何も考えたくなかった。あのバケモノは殺さなければならない。それだけは簡単に分かった。
 深い悲しみと憎悪に彩られた傷跡を持つ死骸が、もう一匹増えた。ただそれだけだった。

 帰り道、慧音は私に何度となく大丈夫かと聞いてきた。
 私は大丈夫だと、明るい声で答え続けた。
 大事な人に嘘をつく事に心が悲鳴をあげる前に、村へと帰ってくる事ができた。
「慧音様、妹紅ちゃん、大丈夫だったか!?」
 見張り台の上から低い声が聞こえる。
「ああ! もう安心だ!」
 慧音が力強く答える。そうだ、もうあのバケモノはいない。

 慧音の家までの道沿いに見知った顔が並んでいた。
 私の髪を綺麗だと言ってくれた女の子。
 仕事中の私に差し入れを持ってきてくれたおじさん。
 私の事を孫のように可愛がってくれたお婆さん。
 皆が慧音と私に感謝してくれていた。
 ありがとう、まもってくれてありがとう。

 それはバケモノを殺してくれてありがとう、って意味なのか?
 守ってくれさえすれば妖怪だろうが、バケモノだろうが構わないのか?

 そんな筈ないと言い聞かせたところで、私の心は冷たくひび割れたままだった。



「すまない、少し風に当たってくる」
 慧音と私に感謝を告げにくる人たちの列が無くなった時、私はそう言って家を出た。
 考えるのは村と慧音と私の事だった。
 村の人たちや慧音に拒絶されたら? 考えないようにしてきた事の答えをあの狼が知っていたのだろうか。
 私は彼らの笑顔が好きだった。彼らの生気にあふれた声も好きだった。
 もし、彼らの恐れに満ちた顔を見れば。もし、彼らの恐怖に染まった叫びを聞けば。
 私の心、彼らの命。どちらかが、いや二つともが壊れてしまうだろう。
 そして心の壊れた私を慧音が止めにくるだろう。絵に描いたような悲劇だ。
 半ば他人事のように笑いながら、私は里から姿を消した。



 家などバケモノには必要の無いものだし、口に入れるものも食べれさえすればそれでよかった。
 笑顔の作り方を忘れてから数日たったある日、あいつが久しぶりに現れた。

「よい月だと思わない?」
 あいつは、蓬莱山輝夜は満面の笑顔を浮かべて私に話しかけた。
「お前があそこに居ないから綺麗なんだろうよ」
 輝夜は満月の日によく私の前に現れる。戦いの舞台に相応しいとでも思っているのだろう。
「それで今日も死ににきたのか?」
「あははっ。そのジョーク、人間にでも教えてもらったのかしら?」
 やはり性格の悪い奴だ。貴女の事は何もかも知っているとでも言いたいのか。
「ジョークかどうか、炎に包まれながら考えるんだな!」
 私の心が憎悪よりも諦めに満たされている事まで輝夜は知っているのだろうか?



 何かが地面に叩きつけられた音がした。何か? 自分の身体だ。
「つまらないわ」
 輝夜は私の足元に降り立って心底つまらなそうに呟いた。
「全然じゃない。妹紅、あなた弱くなったわね」
 自分でもそう思う。何故かは分からないが、自分は弱くなっていた。
「不思議そうね。でも私には何故だか分かるわ」
「……」
「貴女が負け犬になったからよ」
 ふふ、今度は負け犬か。バケモノよりはマシか。
「貴女の炎は憎しみの炎だった。私に対する憎しみが貴女の炎を強くしていたのよ」
「永琳が、そう言ってたのかい?」少しは皮肉に聞こえただろうか。
「ふふ、なんにせよ今のままじゃ貴女はもうダメね」
「くくく、ならどうする? 殺す方法でもわかったか?」それでもよかった。
「違うわ」冷たい声だ。
「もう一度、憎しみの炎を燃え上がらせてもらうわ」

 虫の声が止まった。
「どう、いう、ことだ?」私の声も止まりそうだ。
「分かるでしょ」愉快そうな声。
「貴女が腑抜けた原因を消してあげるのよ」
「かぐやあぁぁぁぁ!」目の前が真っ赤に染まった。
「あら、頑張るわね。でも、まだ足りないわ」
 吹き飛ばされたのか一瞬気を失う。目を開けると輝夜の顔が目の前にあった。
 輝夜の指が私の首に絡みつく。
「おやすみなさい妹紅。目が覚めたら村に挨拶に行かないとダメよ」
 輝夜の顔がどんどん見えなくなってくる。
「かぐ、や。まて、や、め、」
 嫌だ嫌だ。何のためにあの村での日々があったんだ。何を私はかんじたんだ。
 あのむらをふこうにするためか。ちがう! むらのみんなにしあわせになってほしかったんじゃないのか。
 けいねにしあわせにいきてほしかったんじゃないのか。――わたしがしあわせになりたかったんじゃないのか。
 だれでもいい、なんでもいい、たすけてくれ! わたしをたすけてくれ! わたしをまもってくれ!

「待て! その人間に手を出すな!」

 ああ、わたしを人間と呼んでくれている声がする。
 薄れ行く意識の中でその事だけが記憶に残った。



 目が覚めるとそこには見知った天井があった。
 身体中に巻かれた包帯と既に傷の無い自分の身体、どちらも私の身体を癒そうと頑張ってくれていた。
 私ははやく襖が開くようにと、子供のように願った。

「もう動けるようだな」
 彼女は何も無かったかのように言う。
 その姿を見るだけで私は泣きそうになった。
「治りが早いんだ」強がりでもいい。もう自分のことをバケモノだなんて言わない。
「それは、よかった」彼女は顔をあげた。私の大好きな笑顔だった。
 涙を拭くものを探した。無かったので仕方なく彼女の胸を借りた。
「ありがと、慧音」 「気にするな」
「ありがと、慧音」 「好きでやったんだ」
「守ってくれてありがとう、慧音」 「ああ」
「助けてくれてありがとう、慧音」 「ああ」
 今なら分かる。私は守ってほしかった。私は助けてほしかった。
 途方もない時間に押しつぶされそうな心を。憎悪の炎に焼かれた心を。一人は寂しいと泣き叫ぶ心を。
 慧音は私を守ってくれた。私を人間と呼んでくれた。それだけで私は救われた。
 慧音といれば、憎しみとさえも仲良くなれる気がした。
 慧音の傍が私の居る場所だ。私の命がそう私に伝えてきた。
 そうだな、じゃあまずは

「ただいま、慧音」
「おかえり、妹紅」

 精一杯に生きるとしよう!
「しかし、炎が使えないのは頼りないな」
「憎しみじゃなくても燃えるような感情なら大丈夫なんじゃないか?」
「なるほど。例えば?」
「ほら、その、愛、とかゴニョゴニョ」
「……慧音、恥ずかしくないか?」

 プスプス
「うぅ、妹紅強くなったわね」
「輝夜! 冗談だろ!」
「いや、この炎は愛の……」
「説明するな!」



どうも読んでくださってありがとうございます。
手塚治虫の火の鳥なんか読むと不老不死は罰ゲームにしか見えませんよね。
子供にはトラウマですよ、アレは。
何が言いたいかというと妹紅と慧音には幸せになってほしいものだな、という事です。ってけーねがいってた。
めびうす
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コメント



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6.100名前が無い程度の能力削除
イイヨイイヨー
13.100芳乃奈々樹削除
もこけね!もこけね!
人の数だけ「妹紅と慧音の出会い」はありますよね。
とてもよかったです♪

ピンチに駆けつけるけーねかっこいいww