田植えでも見に行くか。
なんとなく、そう思った。
*
傍らを、風車を持った子供たちが駆けて行く。
穏やかな風では満足せず、思い切り回そうとしているのだろうか。
それとも、どこか他のところに。
「おー、やっとるやっとる」
後ろを歩いていた姉がぴょこぴょこと跳ねるように前に出て眉のあたりに手を当てた。
ふたり、少し広めに作られたあぜ道で立ち止まって植えられた苗を臨む。
昼前の陽光を水が空に返していて、その光が目に入るのが煩わしかったがそれもまた風情と言うものだ。
田んぼの中からこちらを見つけ笑顔で手を振ってきた村の若い男に、風にはためく髪を押さえながら笑みを返した。
「ほぉ。穣子はああいう男がタイプか」
「んなわけないでしょ、ばか静葉」
「そう? けっこーいい男じゃん。あたしはタイプじゃないけど」
「へぇ。ばか」
ただの挨拶なのに茶化して来た姉を蔑み、また歩き始める。
おねえちゃんに向かってばかはないでしょばかはー、などと言いながら何故か抱きつこうとしてきたので足を払う。
が、コケなかった。存外運動神経のいい姉である。まぁ、運動神経よくなくちゃ神様なんてやってられないのだが。
喧嘩売ってくる巫女とかいるし。
「はぁ……」
「恋煩い?」
「いい加減そのネタから離れてよ」
巫女との思い出に溜め息を吐き、姉の言葉に繰り返しまた溜め息。
普段は比較的静かなのに、どうにも初夏の空気に中てられて上機嫌のようだ。
秋の神様が夏に上機嫌じゃ、夏の神様が怒りそうだと穣子は思う。
幻想郷には海がない分だけその辺を司る神様が少なかったりするのだが。
あぜ道を抜け、家屋の並ぶ一角に差し掛かる。
その境界あたりの木陰から声がかかった。
「これまた、珍しい顔ね。なにやってのあんたたち」
「ん、お久しぶりね」
「やぁや、こんちわ巫女さん」
枝葉の隙間から差し込む斑な光を受け、たけづっぽう片手に座り込んでいたのは、博麗 霊夢。
軽く手を上げて先に挨拶をする。数ヶ月前にやりあったとは思えないくらいに和やかだった。
何かと開かれた宴会の賜物ではある。
「こんにちは。どうしたのよ、秋の神様方がこの時期に人里なんて」
「秋の神様だからよ。豊穣の神様が田植え見に来たっていいでしょ?」
「ま、あなたたちの勝手よね。でも、いいことよ。村の連中も喜ぶだろうし」
特に若い衆はね、と意地悪く霊夢が笑う。
かく言う霊夢自身も若い衆が喜びそうなくらいには可愛らしかったりするのだが、やっぱり妖怪退治とかしてるとそうでもないのかなぁと穣子は思う。
持って生まれたセンスなのか戦ううちに得たのか、体術もどこぞのメイドとは張り合えるくらいには強いと聞いた覚えもあった。地味にえげつない。
くわばらくわばら、と無意識に僅か笑みを歪めてしまう穣子。
その横、何故かピンと人差し指を立てながら静葉は口を開く。
「あたしゃ別にそこまでしないでいいって言ったんだけどねー。ほら、向こうから呼んでくるのだって収穫祭の時だけだし」
「そりゃ山が枯れなきゃ秋になれば勝手に紅くなってくれる静葉は楽だろうけど。私はね、それなりに気を遣うのよ」
「なにをー? それじゃあたしがまるで山の木々の状態にまったく気を遣ってないみたいに聞こえるじゃないの」
「まさにそう言ったつもりだったんだけど……」
「そんであたしが付いて来たのはほら、あたしのかわいー穣子ちゃんに変な虫がつくと困るし」
聞こえなかったふりをして、そんな事をのたまう。
いきなりそんな呼び方されたらなんか怖気が、とは言えなかったが穣子は目を半眼にして呆れを示す。
が、
「ふぅん、意外と妹想いね」
「でしょでしょ?」
霊夢の一言で何やら自慢げに胸を張った静葉の視界から外れてしまったらしい。
「で、姉的にこれはダメだってやつは?」
「……まぁほれ、例えばああいう優男は逆にダメだね。裏がありそう」
田んぼの方を指差し、けらけらと笑いつつ言った。
あれあんたがさっき結構いい男って言った人だよ。
やっぱり突っ込む気力もなく、溜め息を吐きながらぽりぽりと首のあたりをかいた。
そんであれはー、ほんでからむこうのはー、などと寸評を開始した姉の頭に、すこん、と軽い手刀が入った。
「これこれ、本人が見てないからってあんまり指差すものじゃないぞ」
「おや、珍しい顔だ。ちわっすハクタクさん」
「こんにちは。あと、珍しいのはあなたたちだよ。私はこの里に住んでるんだから」
「いやもう、ホントうちの姉がすいません。帰ったらよぉく言い聞かせますので」
穣子が静葉の後頭部に手を当ててくいくい下げる。
暑いからだろうか、いつもは頭に乗せているへんてこな帽子を手に持った慧音が、苦笑しつつ3人に歩み寄ってきた。
木陰には入らず、僅か外。
「霊夢」
「ん」
「お前に頼みたい事はこれに書いてある。任せたぞ」
「りょーかい。承ったわ」
妖怪退治の依頼か何かだろうか。
投げられた小さな巻物を掴み、霊夢は立ち上がる。
「じゃあ、私は行くわね。秋に美味しいお米やお芋がたんと食べられるように頑張って頂戴」
「頑張るのは私じゃなくて人間たちよ。自主的に来ただけだから豊作にする義務はないし」
「冷血ねぇ」
「規律的、って言ってよ。頼まれりゃなんかするけど頼まれなきゃなにもしない。それが秋の神様のお仕事なのよ」
「あれ、それって現状じゃ山眺めてるだけのあたしと変わらなくない?」
静葉の問いにんー? と少し首を捻った穣子の視線の先、紅葉は綺麗だけど食べられないしねぇ、とそんな台詞を置いて霊夢は飛び去った。
遠く小さくなって行く紅白を見ながら、現金なもんだなぁと穣子は呟き、静葉が頷いた。
巫女はもうちょっと無欲なもんじゃなかろか。
「で、あなたたちは何をしに来たんだ」
「うら若き乙女が汗流し働く男たちを激励がてら漁りに」
「静葉、さっきから言う事がころころ変わりすぎ……」
何やら色恋ネタに拘っているらしいところだけは一貫していたが。
「田植え見物にね。秋には私が神様たる理由であるものに成長するんだから、見に来たっていいでしょう?」
「まぁ確かに。こちらとしてもありがたい事だよ」
「だから、私は何もしないよ? 呼んでくれない限りは」
「…………来てくれるだけ、居てくれるだけで十分なんだよ、神様は」
「そんなものなのねぇ」
「わからないさ。神様には、神様の事は」
言い、木陰に入って木に背中を預けた。
それもそっか、と納得して穣子もまたその隣で木に背中を預ける。少しごわごわした。
いつの間にか静葉は胡坐をかいて座っていて、気付けば3人して田植えに勤しむ老若男女を目に映す。
「外では、な」
「なに?」
「聞いた話でしかないが幻想郷よりも遥かに効率的に、かつ大量の農作物を生産しているそうだ」
「へぇー」
思い当たる節が、穣子にも静葉にもあった。
それは多分、河童やらが随分とご執心な『機械』とやらのおかげだろう。
神様のありがたみもどこへやら。その場合、神様はどこへ行くのだろうか。
「間違いなく人間が人間だけで築き上げた文明の賜物だが……それでも天候やらで変わるし、神様には感謝しているそうだよ」
「なるほど、だからいるだけっていいって事ね」
「そういうこと」
なんだかんだ、外と幻想郷で違いはあれど人間は自分たちの力だけで豊作まで手に入れてしまうのだ。
求められれば神様は手を出すが、人間は求められなくて実はちょこっと寂しい神様なんか知らず、努力する。
そのくせ眼中にないかと言えばそうでもなく、神様には報告するし感謝もする。もちろん冷害にでもなれば縋り祈る。なんだかよくわからない生き物だ。
「居るだけどころか目に見えるんだから、いいところだよ幻想郷は」
「あたしらはここにいるけど、神様は幻想になっちゃいないのねぇ」
「日本には八百万もの神がいるからな。外ではきっと、あなたたちとは別の神様が秋を司っているさ。多分、さらに地域の特色に合わせた形でたくさんの神様が」
静葉の何気ない言葉に返した慧音は、どこか楽しそうだった。
人間のためになるからだろうか。穣子としてはわざわざそこまで人間に尽くす気もなかったが、悪い気分ではない。
自然に、微笑みが零れた。
「そうだ。どうせだから、あなたたちも田植えを手伝っていかないか?」
「はえ? ……ちょっとめんどいなぁ」
「いるだけでいい、って言っておきながらそういう事は要求するのね」
「折角来たんだからな。神様と人間が一緒に田植えをするのも、悪くはないと思うよ?」
後ろ向きな返答をした静葉と穣子に対し、慧音はくすくすと笑う。
「里の男たちもやる気が出るだろうし」
またそれかい、と思ったが、靴と靴下を脱ぎ捨てながら、穣子は不敵な笑みで答える。
「どこぞで奥さんや恋人にぶっ飛ばされる奴が出なきゃいいけど」
「最近の里の女子は強いからな。こらしめるとき、人体に置いて打つべき箇所と打たぬべき箇所はよくわかっているよ」
「くわばらくわばら」
言いながら、くいくいともうひとつ乗り気でないらしい静葉の手を引っ張った。
んーむー、と少し考えるように呻いたあとで、立ち上がり。
「んじゃまー、穣子に変な虫がつかないように監視してるわー」
「おっけ、よし、行こうか」
「空からね」
穣子がすこぉん、と靴で静葉の頭をはたいた。もちろん軽めに。
んだってー、あたしは紅葉の神様なんだよーなどぶつくさ文句を垂れる静葉を何かと丸め込み、2人で田んぼへ向かって歩き始める。
まぁ、お天道様の下で田植えに勤しむ神様も、たまにはいいだろう。
大人しくしているだけでご利益のある神様ってのも、なんか嫌だったから。
神様の力を求められないのなら、苗の1本でも植えてやりゃあいい。
そしてまたひとつ増えた。
情景を細かに書かないこういう作品は、「読む」ことに集中できて好きです。こういう書き方が自分にもできれば‥‥
ところで、一部のシャーマニズムを取り入れるなら、機械には機械の精霊がいるようですよ?それが証拠に、ちゃんとメンテしていたわってあげないとすぐスト起こしますw
何だかんだで、新型コンバインの完成祝いに稲の神様が「よ」とかやって来て機械の神様と一緒に騒いだりしてる気がします。日本はあちこちの神様がいくつかの共通司り事項を持ってネットワークを作ってる本当に不思議なところですから。
神様たちとはこういうぬるい関係でありたい
書かれていて良かったです。
けれどそれだけに、短さを「惜しい!」と感じてしまいました。
そういうタイプの作品ではないと解ってはいるのですが、もうちょっと何か
あってくれれば……。
うん。地球は女の星だねw
秋姉妹は里の人にきっと愛され敬われているんだろうなーと思います。
稔りを司る神なんて神の中でもかなり大事にされる神ですもんね。
その神様にため口のけーねもすごいなw
姉妹を通して描かれるのどか和やかな農村の姿が心地良かったです。