・苦手な人は苦手な話です。
ご注意ください。
「おーい、でてこい」
境内の植え込みを竹箒でつつきながら、東風谷早苗は誰に言うでもなく呟いた。
つい先ほどのことである。彼女が境内の落ち葉を掃いていたところ、落ち葉の下から飛び立つ一匹の甲虫がいた。陽光を受けて、きらきらと七色に輝かく羽に早苗の目が奪われたのも束の間、その虫はすぐに植え込みに飛び込んで、見えなくなった。
一瞬しか見えなかったが、とても綺麗な虫だった。メタリックな光沢を持つ羽は、コガネムシのそれを連想させたが、コガネムシにしては大きかった。飛び立つフォルムも、コガネムシよりだいぶ細長かった。普段なら虫など気にも留めない早苗だったが、一瞬だけ目にしたその綺麗な羽は、早苗の好奇心を刺激するのに十分だった。二柱が留守にしている気安さもあっただろう。そうして彼女は今、その虫を植え込みから誘い出すべく、竹箒を振るっている。
二度三度、虫が飛び込んだと思われる植え込みをつついた時である。前触れなく、件の虫が再度飛び立った。虫は早苗の眼前を掠める。そうして、甲虫らしいゆっくりとした飛翔速度で、脇の雑木林の方へと飛んで行った。
「わ……綺麗」
早苗は、思わず呟いていた。彼女は、グライダーのように広げられた濃緑の甲羽が、確かに陽光を受け止めて、虹色に輝くのをはっきりと見た。追いかけようかとも思ったが、年甲斐もないと思い直し、眼で追うだけに留める。
(あれは何という虫だろう、見覚えがあるような、ないような……)
結局、早苗は虫が雑木林に消えていくのをずっと見ていた。そのせいで、来訪者に気づかなかった。
「あれは、玉虫だよ」
突然背後から声をかけられて、早苗は驚いて振り向く。そこには、見覚えのない洋装の少女が1人、立っていた。
「え、と。……どちら様でしょうか」
若干の警戒心を胸に秘めて、早苗は聞いた。早苗が警戒するのも、当然といえば当然で、なぜなら―――少女の頭に、明らかな触覚が2本、生えているのが見て取れたのだ。
(人間じゃ、ない)
そんな早苗の警戒心を知ってか知らずか、目の前の少女は、にこにこと微笑みながら言った。
「守矢神社の東風谷早苗さん、で間違いないよね?」
「そうですけど……あなたは?」
名乗らない相手に、再度名前を聞く。僅かな苛立ちが、早苗の語気に含まれていたかもしれない。しかし相手は、気にした風もなく平然と答えた。
「あっと、初めまして、だね。私はリグル・ナイトバグ。妖怪です」
臆面もなく自分を妖怪です、と自己紹介する相手に、早苗の気勢が削がれた。つられて、あ、始めまして、などと気の抜けた返事を返す。
「……で、その妖怪さんが今日は一体どのような御用件でしょう」
「御用件……御用件かー。えへへ、なんかかっこいいね」
「……御用件が格好良いんですか?」
「かっこいいじゃない。御用件」
……いまいち会話が噛み合わない。ひょっとすると、あまり賢くない妖怪なのかもしれない、と早苗は思う。
「御用件。そう、私は大切な御用件があって、ここに来たのです」
リグルは、御用件が気に入ったようだ。得意げな様子で御用件御用件と繰り返す彼女は、頭の上でひょこひょこと動く触覚に目をつぶれば、本当にただの子供のように見える。
「そうですか、大切な御用件なのですね」
「そう、大切なんです。御用件ですから」
「それは、長くなりそうな御用件?」
リグルは人指し指を唇に当てて、んー、と、少し考え込む様子を見せてから、言った。
「……ひょっとしたら、長くなるかも」
「そうですか。じゃあ、立ち話も何ですから、お茶でも飲みながら御用件を伺いましょう」
うん、伺って伺ってー、とリグルは跳ねる。当初の警戒心はどこへやら、早苗はこのリグルと名乗る妖怪のことを、ちょっと可愛らしいと思い始めていた。
「……へぇ、リグルちゃんは蟲の妖怪なんですか」
守矢神社の客間。早苗は熱いお茶をすすりながら、リグルの長話に相槌を打った。
「うん。正しくは蛍なんだけどね。だから、水にはうるさいよ」
対するリグルの湯呑には、水しか入っていない。本人が、そう望んだのだ。その水を一口飲んで、リグルは長話で乾いた口中を潤す。
「その点、ここの水は合格。さすがは妖怪の山の水、甘くておいしいね」
「蛍のリグルちゃんに言われると、説得力がありますね、ふふ」
いつの間にかリグルはちゃん付けで呼ばれていたが、双方特に気にする様子もない。すっかり二人は打ち解けていた。
もともと、早苗は虫が嫌いではない。山深い神社で生まれ育った早苗にとって、虫は馴染み深い存在だった。さすがにゲジゲジやムカデの類ともなると嫌悪感があるが、彼らも一つの生命であると思うと、無条件で忌み嫌う気持ちにはなれなかった。加えて、今目の前で蟲を名乗っている少女は、見た目だけならあどけない女の子である。両手で湯呑を抱えて、ぺろぺろと水を舐める姿は、心和みこそすれ、とても邪険には扱えなかった。
「でも、水の味見だけが私の取り柄じゃないよ。蟲を操ることができる、それが私の能力」
「へぇ、それは便利そう」
「でしょ? そうそう、これこそが御用件なの。忘れるところだった」
話の内容が、ようやく本題に入るようだった。
「私ね、この能力を生かして、新しく商売を始めようと思ったの。名付けて、『蟲に知らせサービス』! どう?」
「……? どう、と言われても。妖怪のあなたでも、商売なんてするの?」
リグルはぷぅと頬を膨らませて、するよー、と不満げに言った。
「あなた、『蟲の知らせサービス』を知らない? かつて一世を風靡した、私の素敵なサービスを」
とんと聞き覚えがない。
「ごめんね、私はこの土地に来て日が浅いから、知らないことが多いの。良かったら教えてちょうだい」
なだめてすかして。まさしく、小さい子を相手に話をしているようだと、早苗は思う。
「そっか、早苗は最近引っ越して来たんだったね。じゃあ仕方ないや、教えてあげるよ。『蟲の知らせサービス』っていうのはね……」
リグルは一転して機嫌を直し、嬉々としてかつての自分の事業内容を語りだした。しかしその内容は、お世辞にもあまり魅力的な商売だとは、早苗には思えなかった。どうやらそれは早苗だけではなく、幻想郷の人々も同じであったようで、リグルの言によれば『蟲の知らせサービス』は、惜しまれつつも早々にそのサービス提供を休止したそうである。
「そうですか、それは残念でしたね」
「そう、残念だったね。早苗ももう少し早く引っ越して来ていれば、私のサービスを利用できたのにね」
何が残念なのか、双方の認識に若干のズレがあるように思えたが、早苗は気にしないことにした。
「でも安心して早苗。私は『蟲の知らせサービス』の経験を踏まえて、新しく商売を始めることにしたの。それがさっき言った、『蟲に知らせサービス』。これなら早苗も利用できるよ!」
「蟲『に』知らせ……? 蟲『の』知らせ、じゃないの?」
「ふふーん、違うんだな、これが」
リグルはよくぞ聞いてくれました、とばかりにオホンとわざとらしい咳を一つすると、ポケットから何やらメモを取り出し、それを読み上げ始めた。どうやら前もって用意していたらしい。
「人妖共生が唱えられて久しいこの幻想郷。それは人と蟲の間柄においても適用されるべき理念であります。へ……ヘイ?……弊、社の提供する『蟲に知らせサービス』はこの理念に基づき、人と蟲双方に快適な幻想郷ライフを過ごしてもらうべく、意思ソ通の困難な両者の間を取り持ち、お互いに利益となるアドバイスをコンサルタントすることでグッドなライフをクリエイトすることを、約束するものであります」
後半は明らかに適当だった。おおかたリグルに代筆を頼まれたどこかの誰かが、途中で面倒臭くなったのだろう。メモにはまだ続きがあるようだった。
「サービスその1。種々の人的活動に対する、蟲側の視点に沿った環境マネジメント。サービスその2。蟲側の社会活動に対するコーポーレートガバナンスの提唱。サービスその3。人と蟲双方の利点を生かした、ほ、包括的ヘルスケア。サービスその4……」
「ちょ、ちょっと待ってリグルちゃん。サービス内容がまったくもって意味不明なんだけど」
「うん。私もわからないよ、これ」
リグルは、アキュー使えないなぁ、と呟いて、メモを丸めてポケットに戻した。どうやらこのメモの作者はアキューというらしい。頭の良い妖怪なのだろうか、と早苗は思った。
「要はね、何かと喧嘩しがちな人間と蟲の間を取り持って、蟲達に人間の求めていることをお知らせするの。だから、蟲『に』知らせサービス」
早苗には、いまいちリグルの言わんとすることがぴんとこない。
「えーと、例えば?」
「例えば、そうだね……早苗、ムカデは嫌いでしょ? あの子達、人間を噛むから」
「え、と。それは、まあ」
本当は見た目からして苦手なのだが、やはり嫌う原因となると、人を噛む、ということに尽きる。
「だから、ムカデにお知らせするの。この人はあなたを殺したりしないから、どうか噛まないであげてね、って。そうしたら、ムカデも早苗を怖がることはないし、早苗もムカデを怖がらなくていいようになるじゃない。ね? これって、お互いにとっていいことだと思わない?」
リグルの言っていることは、一理あるように思えた。
「他にも、そうね、例えばシロアリ。家の柱をだめにするから嫌われているあの子たちに、その木は大黒柱だから、エサにしてたら駆除されちゃうよ、と伝えてあげるとか、ね。代わりに、おいしそうな朽木を人間に用意してもらう、とか」
「へー、なるほど。すごいじゃないリグルちゃん。そんなサービスなら繁盛間違いなしだと思うわ」
早苗は本心から言った。
「えへへ、やっぱりそう思う? 私も、これは冴えてる、って思ったんだー」
「でもどうして、私にそんなサービスがあることを伝えに来てくれたの?」
リグルはちょっと寂しそうな顔をして答えた。
「うーん、最初は人里で売り込もうと思ったんだけどね。里の人間は、良くも悪くも蟲の扱いに慣れているから、いまいち話に乗ってくれなかったんだよ。今更、妖怪に力を借りるまでもないよな、って感じで。そうしたら、あまり蟲とかに慣れていなさそうな人間がいる、って教えてもらったんだ。それが、あなただったの」
誰が教えたか知らないが、その通りなのがちょっと癪に障る。実際、早苗はこの地の自然にはまだ不慣れだった。蟲は馴染み深いとはいえ、おそらくは早苗の元いた土地と、ここのそれとは、桁が違うだろう。思えば、ここではまだ秋、冬、春しか経験していない。もっとも自然に生命が溢れる夏は、これからなのだ。沸いてくる虫も、半端ではないと思う。見たことも無いような大きな虫や、グロテスクな虫が跋扈する光景を想像して、早苗はげんなりした。
だから。
「そうね、その通り。私はここの蟲にはまだ慣れてないの。だから、リグルちゃんがここの蟲をどうにかしてくれるというのなら、とっても有難い話です」
それを聞いて、リグルの顔がぱっと明るくなる。
「え、じゃあ!」
つられて、思わず早苗も笑顔になる。
「ええ、『蟲に知らせサービス』お願いしましょうか」
リグルは文字通り飛び上がって喜んだ。
「やった! 守矢神社のお墨付きが貰えたら、評判もうなぎ登りってもんだよ! よーし、初仕事がんばるぞー」
別にまだお墨付きをあげたわけじゃないんだけどなあ、と早苗は苦笑する。しかし、目の前ではしゃぐリグルの様子を見ていると、
(きっとお墨付きをあげちゃうでしょうね、私)
そう思えた。
やると決めたリグルの行動は素早かった。それじゃあ早速! と早苗の手を取ると、どこにどんな虫が住んでるか確認するから、神社中を案内して欲しい、と頼んできた。早苗はリグルに請われるままに、神社の端から端まで、リグルとともに歩き回ることにした。
途中、リグルは触覚を震わせながら
「へー。ふーん。なるほどー」
などと、虫と会話でもしてるのか、何やら楽しげな声を上げていたが、だんだんとその声は真剣味を帯びていき、最後には
「ほうほう。ほー」
と、納得したような、関心したような声を上げるようになっていった。そうしてあらかた神社内を見終わったところで、リグルは神妙な面持ちで早苗に言った。
「うーん、噂には聞いていたけれど、やっぱりここの神社はすごいね」
リグルの真面目な声に、早苗は少しばかり驚く。
「すごいって?」
「うん。ここに住んでる子達の意見を聞いたんだけどね。すごいよ、みんなこう言ってたよ。『守矢の風祝が望むなら、ここから出て行くのもやぶさかではない』だって」
「……え? それはどういう……」
「だから、みんな出て行くって言ってたよ。みんな遠慮というか、ここの神様に心服しているみたい。よっぽどの神様が居るんだね、ここは」
言って、リグルはじろじろと早苗を頭からつま先まで眺め回す。
「そんなすごい巫女に見えないけどなー」
歯に絹着せぬリグルの物言いに、ちょっとムッとする早苗であったが、すごいのは八坂様であって私じゃないんだからしょうがない、と思い直す。そんな早苗の思いをよそに、リグルは機嫌良くしゃべり続けた。
「と、いうわけで、みんなの同意も得られたんだけど、どうする? さっそく、『蟲にお知らせ』する?」
言われて、うーん、と早苗はちょっと考えた。この場合の『お知らせ』とは、『みんな神社から出て行って』とお知らせすることだろう。何も、全員に出て行ってもらう必要もないんじゃないだろうか。虫一匹いない神社というのも、それはそれで不気味なところのような気がする。かといって、地蟲の類は正直なところ、あまり進んでお目にかかりたいものではない……、などと、考え込んでいる早苗を見て、リグルはちょっと悪戯っぽく付け加えた。
「ところで、早苗がここの蟲の扱いに慣れていないのは、本当みたいだね」
「え?」
「言っとくけど、このまま夏を迎えたら、ここの神社はすごいことになるね。さながら、蟲地獄。いや、蟲天国、かな?」
私はそれでも良いんだけどなー、と楽しそうに言うリグルの言葉を聞いて、早苗の心は決まった。
「今すぐサービスの実行をお願いします」
「そうこなくっちゃ!」
早苗は、リグルに連れられて境内に出た。すでにだいぶ日も傾いて、辺りは茜色に染まりつつある。石畳には二人の長い影が落ちている他、動くものは見当たらない。早苗は、夕焼け空に黒く浮かび上がる守屋神社の拝殿を仰ぎ見て、そういえば今日は八坂様達のお帰りは遅いなぁ、と、未だ帰らぬ二柱のことをふと思い出してみたりもした。
「じゃあ、そろそろ始めるよ」
傍らのリグルが呟いた。
「ええ、お願いします」
これから起こることに、若干の好奇心から来る期待を込めて、早苗はリグルに答えた。リグルはすぅっ、と大きく息を吸い込むと、両手をメガホンのようにして口に添えると、大きく叫んだ。
「おーい、でてこいっ! みんなっ!」
ひゅう、と少し強めの風が吹き、周囲の木々がざわめく。
最初に、砂の流れるような音がした。サラサラと、幽かに耳に届いたその音は、しだいに大きく、はっきりと聞こえてくるようになっていく。そうして、一匹のムカデが縁の下の暗がりから、体をうねらせて出てきたかと思うと、その後に続いて―――神社から黒霞のごとく、蟲の大群が吹き出てきた。
地を這う黒霞はおびただしい数の地蟲。先陣を切る素早いムカデに続き、肌色のアシダカグモが機械のような動きで走る。その脇をぴんぴんと跳ねるようにして、小型のハエトリグモが前に進む。大量のチャバネゴキブリが、長い触角を揺らしながら疾走する。その他、名前も知らぬハサミを持った蟲や、足の多い蟲、足のない蟲、動きの遅い蟲、硬い殻を持った蟲、様々な蟲が、列を成して神社から出てくる。
ポタポタと、まるで雨だれのように雨どいから落ちてくる黒い粒は、屋根裏を住処とする類の蟲。ハエやハチ、ガガンボといった羽を持つ蟲は、ありえない編隊飛行を成して、地を這う蟲達に寄り添って飛ぶ。いつしかサラサラという音は、ワァァァンと唸る羽音に取って代わられ、雪崩打つ黒霞は呆然と立ちすくむ早苗の脇を掠め、そのまま敷地外の林へと流れていく。そうして、速い蟲が過ぎ去った後に、のたのたと動きの遅い蟲々が連なって続く。結果蟲の列は数十メートルの長さに及び、それらが全て林に消えていくまで、たっぷり数分は掛かっただろう。
その間、早苗は一歩も動けず、声を発することもできなかった。普通なら、悲鳴を上げて逃げ出したくなるであろう、気持ちの悪い行列であった。実際、早苗はその気持ちの悪い光景に、背筋を凍らせていたのだが、それ以上に、このおぞましくも幻想的な光景に衝撃を受けていたのだ。知性など感じたこともない蟲の類が、その大きさも食性もバラバラの蟲の類が、一糸乱れぬ歩調でもって、わき目も振らずに突き進む。その様子は、まさに小さな百鬼夜行。黄昏の境内の雰囲気も相まって、それはとても奇妙な光景だった。この地に越してきてから、早苗は幾つもの摩訶不思議を見てきてはいたが、この小さな蟲々の行進は、面妖さでは勝るとも劣らないものだった。
「すごい……」
早苗は、そう呟くのがやっとだった。傍らでは、そんな早苗の様子を見るリグルが、満足げに頷いている。
「うっふっふ、初仕事が大きな仕事になったねー。ここの神社に住んでた子達は、あんなにいたんだよ?」
なるほど、リグルの言った蟲地獄とやらも、あながち大げさな表現ではなかったようだ、と早苗は思う。こんな未開の地の山奥に、神社など建てたら、いくら清潔を心がけていたところで蟲の巣になるはずであったのだ。
「……すごい」
早苗はもう一度呟いた。そうして、堰を切ったように賛辞の言葉があふれ出る。
「すごいじゃないですか、リグルちゃん! こんなすごいことが出来るなんて! 蟲の妖怪ってすごいんですね!」
いやぁそれほどでも、と、リグルは顔を赤らめテレテレと照れた。
「ありがとう、リグルちゃん! きっと八坂様達も喜ばれると思います。それにしても、本当、すごいなぁ」
すごいすごいと繰り返す早苗の言葉に、リグルはモジモジと身をよじらせる。
「いやぁ、そんなにすごい?」
「すごいですよ、『蟲に知らせサービス』繁盛間違いありません!」
「あはっ、そっかー、そう言ってもらえると嬉しいなー。でも、こんな『お知らせ』は、たぶん今回だけだよ」
「そうなんですか?」
「うん、だって蟲達に、あまり得るもののない『お知らせ』だからね。この守矢神社だからこそできたんだ」
「そうですか……なんだか申し訳ないですね」
「人と蟲、両方の益になってこその『お知らせサービス』だからね。でも、喜んでくれて嬉しいよ」
リグルはニコニコと上機嫌で言う。そうして、
「ようし、仕方ないなぁ。人間側にサービスし過ぎたついでに、もう一つだけ『お知らせサービス』をつけちゃうよ!」
甘いお水も貰ったことだし、と付け加えて言った。
思わぬリグルの申し出に、早苗は驚いた。
「え? いや、そんなにしてもらわなくても」
恐縮する早苗だったが、リグルは良いから良いから、と変わらぬ上機嫌さで話を続ける。
「いやいや、だって早苗、本当に蟲に慣れていないみたいだからさ」
リグルはそう言って、早苗の肩をぽんぽんと叩いた。早苗はリグルの言わんとすることがわからず、
「はあ……?」
と気の抜けた返事を返した。そもそも、守矢神社からは蟲がいなくなったのではなかったのか? と不思議に思う。
「良い、早苗? 私が言うのも変だけど、一応アドバイスしておいてあげるよ。生野菜はちゃんと洗って食べなきゃだめだし、川魚はきちんと火を通して」
「……え?」
いよいよ、早苗にはリグルの言わんとすることがわからない。リグルはそんな早苗を半場無視するように、独り言のように話を続ける。
「やっぱりこれも、蟲側に得るもののないお知らせになっちゃうんだけどね。まあいいや、サービスだよ」
言いながら、リグルはきょとんと立ちすくむ早苗の背後に回る。
「え? あの、リグルちゃん?」
リグルは、早苗の不安げな声を意に介する様子もなく。
そうしてリグルは、早苗のお尻に向かって囁いた。
「おーい、でてこい」
エンディングテーマ:天狗が見ている ~ Black Eyes
ご注意ください。
「おーい、でてこい」
境内の植え込みを竹箒でつつきながら、東風谷早苗は誰に言うでもなく呟いた。
つい先ほどのことである。彼女が境内の落ち葉を掃いていたところ、落ち葉の下から飛び立つ一匹の甲虫がいた。陽光を受けて、きらきらと七色に輝かく羽に早苗の目が奪われたのも束の間、その虫はすぐに植え込みに飛び込んで、見えなくなった。
一瞬しか見えなかったが、とても綺麗な虫だった。メタリックな光沢を持つ羽は、コガネムシのそれを連想させたが、コガネムシにしては大きかった。飛び立つフォルムも、コガネムシよりだいぶ細長かった。普段なら虫など気にも留めない早苗だったが、一瞬だけ目にしたその綺麗な羽は、早苗の好奇心を刺激するのに十分だった。二柱が留守にしている気安さもあっただろう。そうして彼女は今、その虫を植え込みから誘い出すべく、竹箒を振るっている。
二度三度、虫が飛び込んだと思われる植え込みをつついた時である。前触れなく、件の虫が再度飛び立った。虫は早苗の眼前を掠める。そうして、甲虫らしいゆっくりとした飛翔速度で、脇の雑木林の方へと飛んで行った。
「わ……綺麗」
早苗は、思わず呟いていた。彼女は、グライダーのように広げられた濃緑の甲羽が、確かに陽光を受け止めて、虹色に輝くのをはっきりと見た。追いかけようかとも思ったが、年甲斐もないと思い直し、眼で追うだけに留める。
(あれは何という虫だろう、見覚えがあるような、ないような……)
結局、早苗は虫が雑木林に消えていくのをずっと見ていた。そのせいで、来訪者に気づかなかった。
「あれは、玉虫だよ」
突然背後から声をかけられて、早苗は驚いて振り向く。そこには、見覚えのない洋装の少女が1人、立っていた。
「え、と。……どちら様でしょうか」
若干の警戒心を胸に秘めて、早苗は聞いた。早苗が警戒するのも、当然といえば当然で、なぜなら―――少女の頭に、明らかな触覚が2本、生えているのが見て取れたのだ。
(人間じゃ、ない)
そんな早苗の警戒心を知ってか知らずか、目の前の少女は、にこにこと微笑みながら言った。
「守矢神社の東風谷早苗さん、で間違いないよね?」
「そうですけど……あなたは?」
名乗らない相手に、再度名前を聞く。僅かな苛立ちが、早苗の語気に含まれていたかもしれない。しかし相手は、気にした風もなく平然と答えた。
「あっと、初めまして、だね。私はリグル・ナイトバグ。妖怪です」
臆面もなく自分を妖怪です、と自己紹介する相手に、早苗の気勢が削がれた。つられて、あ、始めまして、などと気の抜けた返事を返す。
「……で、その妖怪さんが今日は一体どのような御用件でしょう」
「御用件……御用件かー。えへへ、なんかかっこいいね」
「……御用件が格好良いんですか?」
「かっこいいじゃない。御用件」
……いまいち会話が噛み合わない。ひょっとすると、あまり賢くない妖怪なのかもしれない、と早苗は思う。
「御用件。そう、私は大切な御用件があって、ここに来たのです」
リグルは、御用件が気に入ったようだ。得意げな様子で御用件御用件と繰り返す彼女は、頭の上でひょこひょこと動く触覚に目をつぶれば、本当にただの子供のように見える。
「そうですか、大切な御用件なのですね」
「そう、大切なんです。御用件ですから」
「それは、長くなりそうな御用件?」
リグルは人指し指を唇に当てて、んー、と、少し考え込む様子を見せてから、言った。
「……ひょっとしたら、長くなるかも」
「そうですか。じゃあ、立ち話も何ですから、お茶でも飲みながら御用件を伺いましょう」
うん、伺って伺ってー、とリグルは跳ねる。当初の警戒心はどこへやら、早苗はこのリグルと名乗る妖怪のことを、ちょっと可愛らしいと思い始めていた。
「……へぇ、リグルちゃんは蟲の妖怪なんですか」
守矢神社の客間。早苗は熱いお茶をすすりながら、リグルの長話に相槌を打った。
「うん。正しくは蛍なんだけどね。だから、水にはうるさいよ」
対するリグルの湯呑には、水しか入っていない。本人が、そう望んだのだ。その水を一口飲んで、リグルは長話で乾いた口中を潤す。
「その点、ここの水は合格。さすがは妖怪の山の水、甘くておいしいね」
「蛍のリグルちゃんに言われると、説得力がありますね、ふふ」
いつの間にかリグルはちゃん付けで呼ばれていたが、双方特に気にする様子もない。すっかり二人は打ち解けていた。
もともと、早苗は虫が嫌いではない。山深い神社で生まれ育った早苗にとって、虫は馴染み深い存在だった。さすがにゲジゲジやムカデの類ともなると嫌悪感があるが、彼らも一つの生命であると思うと、無条件で忌み嫌う気持ちにはなれなかった。加えて、今目の前で蟲を名乗っている少女は、見た目だけならあどけない女の子である。両手で湯呑を抱えて、ぺろぺろと水を舐める姿は、心和みこそすれ、とても邪険には扱えなかった。
「でも、水の味見だけが私の取り柄じゃないよ。蟲を操ることができる、それが私の能力」
「へぇ、それは便利そう」
「でしょ? そうそう、これこそが御用件なの。忘れるところだった」
話の内容が、ようやく本題に入るようだった。
「私ね、この能力を生かして、新しく商売を始めようと思ったの。名付けて、『蟲に知らせサービス』! どう?」
「……? どう、と言われても。妖怪のあなたでも、商売なんてするの?」
リグルはぷぅと頬を膨らませて、するよー、と不満げに言った。
「あなた、『蟲の知らせサービス』を知らない? かつて一世を風靡した、私の素敵なサービスを」
とんと聞き覚えがない。
「ごめんね、私はこの土地に来て日が浅いから、知らないことが多いの。良かったら教えてちょうだい」
なだめてすかして。まさしく、小さい子を相手に話をしているようだと、早苗は思う。
「そっか、早苗は最近引っ越して来たんだったね。じゃあ仕方ないや、教えてあげるよ。『蟲の知らせサービス』っていうのはね……」
リグルは一転して機嫌を直し、嬉々としてかつての自分の事業内容を語りだした。しかしその内容は、お世辞にもあまり魅力的な商売だとは、早苗には思えなかった。どうやらそれは早苗だけではなく、幻想郷の人々も同じであったようで、リグルの言によれば『蟲の知らせサービス』は、惜しまれつつも早々にそのサービス提供を休止したそうである。
「そうですか、それは残念でしたね」
「そう、残念だったね。早苗ももう少し早く引っ越して来ていれば、私のサービスを利用できたのにね」
何が残念なのか、双方の認識に若干のズレがあるように思えたが、早苗は気にしないことにした。
「でも安心して早苗。私は『蟲の知らせサービス』の経験を踏まえて、新しく商売を始めることにしたの。それがさっき言った、『蟲に知らせサービス』。これなら早苗も利用できるよ!」
「蟲『に』知らせ……? 蟲『の』知らせ、じゃないの?」
「ふふーん、違うんだな、これが」
リグルはよくぞ聞いてくれました、とばかりにオホンとわざとらしい咳を一つすると、ポケットから何やらメモを取り出し、それを読み上げ始めた。どうやら前もって用意していたらしい。
「人妖共生が唱えられて久しいこの幻想郷。それは人と蟲の間柄においても適用されるべき理念であります。へ……ヘイ?……弊、社の提供する『蟲に知らせサービス』はこの理念に基づき、人と蟲双方に快適な幻想郷ライフを過ごしてもらうべく、意思ソ通の困難な両者の間を取り持ち、お互いに利益となるアドバイスをコンサルタントすることでグッドなライフをクリエイトすることを、約束するものであります」
後半は明らかに適当だった。おおかたリグルに代筆を頼まれたどこかの誰かが、途中で面倒臭くなったのだろう。メモにはまだ続きがあるようだった。
「サービスその1。種々の人的活動に対する、蟲側の視点に沿った環境マネジメント。サービスその2。蟲側の社会活動に対するコーポーレートガバナンスの提唱。サービスその3。人と蟲双方の利点を生かした、ほ、包括的ヘルスケア。サービスその4……」
「ちょ、ちょっと待ってリグルちゃん。サービス内容がまったくもって意味不明なんだけど」
「うん。私もわからないよ、これ」
リグルは、アキュー使えないなぁ、と呟いて、メモを丸めてポケットに戻した。どうやらこのメモの作者はアキューというらしい。頭の良い妖怪なのだろうか、と早苗は思った。
「要はね、何かと喧嘩しがちな人間と蟲の間を取り持って、蟲達に人間の求めていることをお知らせするの。だから、蟲『に』知らせサービス」
早苗には、いまいちリグルの言わんとすることがぴんとこない。
「えーと、例えば?」
「例えば、そうだね……早苗、ムカデは嫌いでしょ? あの子達、人間を噛むから」
「え、と。それは、まあ」
本当は見た目からして苦手なのだが、やはり嫌う原因となると、人を噛む、ということに尽きる。
「だから、ムカデにお知らせするの。この人はあなたを殺したりしないから、どうか噛まないであげてね、って。そうしたら、ムカデも早苗を怖がることはないし、早苗もムカデを怖がらなくていいようになるじゃない。ね? これって、お互いにとっていいことだと思わない?」
リグルの言っていることは、一理あるように思えた。
「他にも、そうね、例えばシロアリ。家の柱をだめにするから嫌われているあの子たちに、その木は大黒柱だから、エサにしてたら駆除されちゃうよ、と伝えてあげるとか、ね。代わりに、おいしそうな朽木を人間に用意してもらう、とか」
「へー、なるほど。すごいじゃないリグルちゃん。そんなサービスなら繁盛間違いなしだと思うわ」
早苗は本心から言った。
「えへへ、やっぱりそう思う? 私も、これは冴えてる、って思ったんだー」
「でもどうして、私にそんなサービスがあることを伝えに来てくれたの?」
リグルはちょっと寂しそうな顔をして答えた。
「うーん、最初は人里で売り込もうと思ったんだけどね。里の人間は、良くも悪くも蟲の扱いに慣れているから、いまいち話に乗ってくれなかったんだよ。今更、妖怪に力を借りるまでもないよな、って感じで。そうしたら、あまり蟲とかに慣れていなさそうな人間がいる、って教えてもらったんだ。それが、あなただったの」
誰が教えたか知らないが、その通りなのがちょっと癪に障る。実際、早苗はこの地の自然にはまだ不慣れだった。蟲は馴染み深いとはいえ、おそらくは早苗の元いた土地と、ここのそれとは、桁が違うだろう。思えば、ここではまだ秋、冬、春しか経験していない。もっとも自然に生命が溢れる夏は、これからなのだ。沸いてくる虫も、半端ではないと思う。見たことも無いような大きな虫や、グロテスクな虫が跋扈する光景を想像して、早苗はげんなりした。
だから。
「そうね、その通り。私はここの蟲にはまだ慣れてないの。だから、リグルちゃんがここの蟲をどうにかしてくれるというのなら、とっても有難い話です」
それを聞いて、リグルの顔がぱっと明るくなる。
「え、じゃあ!」
つられて、思わず早苗も笑顔になる。
「ええ、『蟲に知らせサービス』お願いしましょうか」
リグルは文字通り飛び上がって喜んだ。
「やった! 守矢神社のお墨付きが貰えたら、評判もうなぎ登りってもんだよ! よーし、初仕事がんばるぞー」
別にまだお墨付きをあげたわけじゃないんだけどなあ、と早苗は苦笑する。しかし、目の前ではしゃぐリグルの様子を見ていると、
(きっとお墨付きをあげちゃうでしょうね、私)
そう思えた。
やると決めたリグルの行動は素早かった。それじゃあ早速! と早苗の手を取ると、どこにどんな虫が住んでるか確認するから、神社中を案内して欲しい、と頼んできた。早苗はリグルに請われるままに、神社の端から端まで、リグルとともに歩き回ることにした。
途中、リグルは触覚を震わせながら
「へー。ふーん。なるほどー」
などと、虫と会話でもしてるのか、何やら楽しげな声を上げていたが、だんだんとその声は真剣味を帯びていき、最後には
「ほうほう。ほー」
と、納得したような、関心したような声を上げるようになっていった。そうしてあらかた神社内を見終わったところで、リグルは神妙な面持ちで早苗に言った。
「うーん、噂には聞いていたけれど、やっぱりここの神社はすごいね」
リグルの真面目な声に、早苗は少しばかり驚く。
「すごいって?」
「うん。ここに住んでる子達の意見を聞いたんだけどね。すごいよ、みんなこう言ってたよ。『守矢の風祝が望むなら、ここから出て行くのもやぶさかではない』だって」
「……え? それはどういう……」
「だから、みんな出て行くって言ってたよ。みんな遠慮というか、ここの神様に心服しているみたい。よっぽどの神様が居るんだね、ここは」
言って、リグルはじろじろと早苗を頭からつま先まで眺め回す。
「そんなすごい巫女に見えないけどなー」
歯に絹着せぬリグルの物言いに、ちょっとムッとする早苗であったが、すごいのは八坂様であって私じゃないんだからしょうがない、と思い直す。そんな早苗の思いをよそに、リグルは機嫌良くしゃべり続けた。
「と、いうわけで、みんなの同意も得られたんだけど、どうする? さっそく、『蟲にお知らせ』する?」
言われて、うーん、と早苗はちょっと考えた。この場合の『お知らせ』とは、『みんな神社から出て行って』とお知らせすることだろう。何も、全員に出て行ってもらう必要もないんじゃないだろうか。虫一匹いない神社というのも、それはそれで不気味なところのような気がする。かといって、地蟲の類は正直なところ、あまり進んでお目にかかりたいものではない……、などと、考え込んでいる早苗を見て、リグルはちょっと悪戯っぽく付け加えた。
「ところで、早苗がここの蟲の扱いに慣れていないのは、本当みたいだね」
「え?」
「言っとくけど、このまま夏を迎えたら、ここの神社はすごいことになるね。さながら、蟲地獄。いや、蟲天国、かな?」
私はそれでも良いんだけどなー、と楽しそうに言うリグルの言葉を聞いて、早苗の心は決まった。
「今すぐサービスの実行をお願いします」
「そうこなくっちゃ!」
早苗は、リグルに連れられて境内に出た。すでにだいぶ日も傾いて、辺りは茜色に染まりつつある。石畳には二人の長い影が落ちている他、動くものは見当たらない。早苗は、夕焼け空に黒く浮かび上がる守屋神社の拝殿を仰ぎ見て、そういえば今日は八坂様達のお帰りは遅いなぁ、と、未だ帰らぬ二柱のことをふと思い出してみたりもした。
「じゃあ、そろそろ始めるよ」
傍らのリグルが呟いた。
「ええ、お願いします」
これから起こることに、若干の好奇心から来る期待を込めて、早苗はリグルに答えた。リグルはすぅっ、と大きく息を吸い込むと、両手をメガホンのようにして口に添えると、大きく叫んだ。
「おーい、でてこいっ! みんなっ!」
ひゅう、と少し強めの風が吹き、周囲の木々がざわめく。
最初に、砂の流れるような音がした。サラサラと、幽かに耳に届いたその音は、しだいに大きく、はっきりと聞こえてくるようになっていく。そうして、一匹のムカデが縁の下の暗がりから、体をうねらせて出てきたかと思うと、その後に続いて―――神社から黒霞のごとく、蟲の大群が吹き出てきた。
地を這う黒霞はおびただしい数の地蟲。先陣を切る素早いムカデに続き、肌色のアシダカグモが機械のような動きで走る。その脇をぴんぴんと跳ねるようにして、小型のハエトリグモが前に進む。大量のチャバネゴキブリが、長い触角を揺らしながら疾走する。その他、名前も知らぬハサミを持った蟲や、足の多い蟲、足のない蟲、動きの遅い蟲、硬い殻を持った蟲、様々な蟲が、列を成して神社から出てくる。
ポタポタと、まるで雨だれのように雨どいから落ちてくる黒い粒は、屋根裏を住処とする類の蟲。ハエやハチ、ガガンボといった羽を持つ蟲は、ありえない編隊飛行を成して、地を這う蟲達に寄り添って飛ぶ。いつしかサラサラという音は、ワァァァンと唸る羽音に取って代わられ、雪崩打つ黒霞は呆然と立ちすくむ早苗の脇を掠め、そのまま敷地外の林へと流れていく。そうして、速い蟲が過ぎ去った後に、のたのたと動きの遅い蟲々が連なって続く。結果蟲の列は数十メートルの長さに及び、それらが全て林に消えていくまで、たっぷり数分は掛かっただろう。
その間、早苗は一歩も動けず、声を発することもできなかった。普通なら、悲鳴を上げて逃げ出したくなるであろう、気持ちの悪い行列であった。実際、早苗はその気持ちの悪い光景に、背筋を凍らせていたのだが、それ以上に、このおぞましくも幻想的な光景に衝撃を受けていたのだ。知性など感じたこともない蟲の類が、その大きさも食性もバラバラの蟲の類が、一糸乱れぬ歩調でもって、わき目も振らずに突き進む。その様子は、まさに小さな百鬼夜行。黄昏の境内の雰囲気も相まって、それはとても奇妙な光景だった。この地に越してきてから、早苗は幾つもの摩訶不思議を見てきてはいたが、この小さな蟲々の行進は、面妖さでは勝るとも劣らないものだった。
「すごい……」
早苗は、そう呟くのがやっとだった。傍らでは、そんな早苗の様子を見るリグルが、満足げに頷いている。
「うっふっふ、初仕事が大きな仕事になったねー。ここの神社に住んでた子達は、あんなにいたんだよ?」
なるほど、リグルの言った蟲地獄とやらも、あながち大げさな表現ではなかったようだ、と早苗は思う。こんな未開の地の山奥に、神社など建てたら、いくら清潔を心がけていたところで蟲の巣になるはずであったのだ。
「……すごい」
早苗はもう一度呟いた。そうして、堰を切ったように賛辞の言葉があふれ出る。
「すごいじゃないですか、リグルちゃん! こんなすごいことが出来るなんて! 蟲の妖怪ってすごいんですね!」
いやぁそれほどでも、と、リグルは顔を赤らめテレテレと照れた。
「ありがとう、リグルちゃん! きっと八坂様達も喜ばれると思います。それにしても、本当、すごいなぁ」
すごいすごいと繰り返す早苗の言葉に、リグルはモジモジと身をよじらせる。
「いやぁ、そんなにすごい?」
「すごいですよ、『蟲に知らせサービス』繁盛間違いありません!」
「あはっ、そっかー、そう言ってもらえると嬉しいなー。でも、こんな『お知らせ』は、たぶん今回だけだよ」
「そうなんですか?」
「うん、だって蟲達に、あまり得るもののない『お知らせ』だからね。この守矢神社だからこそできたんだ」
「そうですか……なんだか申し訳ないですね」
「人と蟲、両方の益になってこその『お知らせサービス』だからね。でも、喜んでくれて嬉しいよ」
リグルはニコニコと上機嫌で言う。そうして、
「ようし、仕方ないなぁ。人間側にサービスし過ぎたついでに、もう一つだけ『お知らせサービス』をつけちゃうよ!」
甘いお水も貰ったことだし、と付け加えて言った。
思わぬリグルの申し出に、早苗は驚いた。
「え? いや、そんなにしてもらわなくても」
恐縮する早苗だったが、リグルは良いから良いから、と変わらぬ上機嫌さで話を続ける。
「いやいや、だって早苗、本当に蟲に慣れていないみたいだからさ」
リグルはそう言って、早苗の肩をぽんぽんと叩いた。早苗はリグルの言わんとすることがわからず、
「はあ……?」
と気の抜けた返事を返した。そもそも、守矢神社からは蟲がいなくなったのではなかったのか? と不思議に思う。
「良い、早苗? 私が言うのも変だけど、一応アドバイスしておいてあげるよ。生野菜はちゃんと洗って食べなきゃだめだし、川魚はきちんと火を通して」
「……え?」
いよいよ、早苗にはリグルの言わんとすることがわからない。リグルはそんな早苗を半場無視するように、独り言のように話を続ける。
「やっぱりこれも、蟲側に得るもののないお知らせになっちゃうんだけどね。まあいいや、サービスだよ」
言いながら、リグルはきょとんと立ちすくむ早苗の背後に回る。
「え? あの、リグルちゃん?」
リグルは、早苗の不安げな声を意に介する様子もなく。
そうしてリグルは、早苗のお尻に向かって囁いた。
「おーい、でてこい」
エンディングテーマ:天狗が見ている ~ Black Eyes
星新一ファンの自分が見ても、ニヤリとできる素敵な作品でした。
いいオチだー。とてもいいオチだー。
こういう話は大好きです
……このひねくれ者め! 好きよ!
言葉が出ないwwwwww
早苗さんにとって、最悪のオチだwwwww
今宵の(ピー)は、御嬢ちゃんのトラウマになるよ!
最悪だ! だがそれがいい!
ハリガネムシみたいなのが出てくると怖いな
偉大なる星先生も尻の穴にキスするSS書いてんだから誤らなくてもいいですよ。
早苗さんかわいそう過ぎるwwwwwww
でもあれやこれやを予防できた早苗さんは幸せかも。
早苗が今後リグル様とどう接するのか気になります。
ま、まさか、サナダ‥‥‥‥!?
あえて言おう、こwれwはwひwどwいwwwwwww
最後のオチでちょっと興奮したオレは間違いなく変態。
途中までニヨニヨしてたのに、最後のそれは…
…ねちょい想像をしてしまったことは内緒
むだにえろいよね
今後早苗さんがリグルにどう接するか気になるところw
さて。文から写真を買い取る作業に入らねば。
あいさつならば、始めまして→初めまして だと思います。
いいぞもっとやれ
納得の評価です。
これは恐ろしすぎる
最後に寒気を残すオチが秀逸ですw
蟲が苦手な私は神社から大量に出てくる蟲をみただけで卒倒しそう…
…と思いきや素晴らしいオチに喝采。
いや、サナダはともかく回虫ぐらいは誰の腹にでもいる…のかも?(汗)
時々、正体不明の蟲がでるんだorz
誤字指摘ありがとうございます、修正しました。
だがそれがいい。
あさりよしとおのただいま寄生中以来のこの興奮、素晴らしい。
作者は実はこれがやりたかっただけじゃないのか?wwww
早苗とリグルとはおもしろい組み合わせと思いましたが、とっても納得。
まって、お願いだから最後のオチだけはぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー・・・
しかし、出てくる描写があるとすれば、それはそれで……えr…いや、今度は筒井康隆の話みたいになるのかw
さらば、早苗さん
アヤノフスキー同志が貴女を見ています
まぁあの御方達なら一切動じなさそうだけどw
ころしてでもうば(ry
蟲の大群見ててんやわんやなんだろうなーとか思ってたのに次元が違った。
早苗の青い表情が頭に浮かんだ。
この後の展開が容易に想像できるおぞましさ
星テイストに溢れてるなw