※この物語には入浴的な表現が含まれています。お風呂アレルギーの人はシャワーでも浴びててください。そこがアメリカなら、きっと殺人鬼に襲われるでしょう。
日が沈み、月は昇って、梟が鳴く。
いつも通りの静寂と、少しばかりの慌ただしさに包まれた紅魔館。僅かに開いた窓から、庭の花々の香りが届けられる。妖精達はその匂いに一瞬だけ意識を奪われ、怖いメイド長の顔を思い出しては、そそくさと早足で持ち場へと戻っていく。
「っと……」
屋根から顔を覗かせる妖怪の姿があった。
特徴的な人民帽を握りしめ、屋根に供えられた入り口らしきところから這い上がってくる。スリットは逮捕されそうなほど露出しているが、別にそのことで快楽を得ているわけではない。単に、屋根裏を這っている最中に破れただけだ。
無惨なまでに破れたスリットを悲しげな子犬のような目で見ながら、汗を拭い、美鈴は帽子を頭に乗せた。
「何してるんですか、美鈴さーん!」
屋根の下から声が聞こえた。ひょいと顔を覗かせてみれば、本を抱えた小悪魔の姿がある。落ちないように気をつけながら、美鈴は手を振った。
「屋根裏の修理! 妹様が壊したでしょ!」
ああ、と小悪魔は頷く。つい先日のことだった。どっちがよりスカーレットっぽいかという事でフランドールとレミリアが口論をして、最終的にはいつものように弾幕が飛び交うこととなった。
その結果として館は半壊。下手に手先が器用だったばっかりに、美鈴は便利屋として東奔西走させられていたのだ。
ちなみにフランドールは修復の際に、ついでにお風呂を檜風呂にして欲しいと提案してきた。なんでも、外の世界には檜で作ったお風呂があるそうだ。美鈴は見たことがなかったものの、フランドールの頼みを断るわけにはいかず、見本の写真を片手に四苦八苦。昨日、ようやく完成させたばかりだった。
フランドールは大層喜び、ふやけるんじゃないかと思うぐらい風呂を堪能している。この我が儘に、てっきりレミリアは怒るものだと思っていたのだが、
「あの子が喜ぶのなら、それでいいわ」
と全てを容認した。なんだかんだ言いながら、仲の良い姉妹である。ただ、その姉の部屋には妹の写真が沢山飾ってあり、果たして仲が良いで済ましていいのかは甚だ疑問だ。ただ歩いているだけの写真ならまだしも、寝顔はどうやって撮ってたというのか。不思議だ。
などと回想しつつ、梯子を降りて、地上へと戻った。
「大変ですねえ」
久しぶりの労いの言葉に、美鈴は顔を明るくする。照れくさそうに頭を掻いたので、危うく帽子が落ちるところだった。
「これも仕事だからね」
「お互い、苦労しますね」
互いに頷く。その瞬間だけ、何かを分かり合えた気がした。
小さく頭を下げて、小悪魔は館の中へと戻る。美鈴は梯子を外しながら、さて次は何をしたものか考えていた。
その時だ。
館の中から、金ダライを落としたような甲高い悲鳴が聞こえてくる。驚く暇もなく、美鈴は近くにあった窓を開き、流れるような動作で中へと入った。そして、間髪入れず悲鳴の元へと走り出す。
その頃になってようやく、悲鳴がフランドールのものであったこと、どうしてフランドールが悲鳴などあげるのか、という疑問が沸いてきた。訓練のたまものだろうか、そういった雑念は大抵動いてから考えることにしていた。
足を止め、悲鳴のあった方を不思議そうな顔で見つめる妖精メイド。彼女たちの間をすり抜け、少々乱暴に赤絨毯の上を駆ける。咲夜が見れば文句を言いそうな速度だが、非常事態なのだから仕方ない。
折れ曲がった廊下を抜けて、やがて目的の場所へとたどり着いた。妙に安っぽい木製の扉には、『大浴場』と彫られたプレートがぶらさげられている。そのすぐ側には、『大欲情』と彫られたプレートが落ちていた。
パチュリーが入れ替えようとしたのだが、咲夜に邪魔されたのだろう。
どういうわけか、パチュリーは『大欲情』のプレートに酷くご執心のようで、魔理沙が本を盗みに来た時も、
「本より欲情!」
と言って咲夜と激しいカバディのような戦いを繰り広げたという。魔理沙は空しくなって、帰っていったらしい。結果的には防衛成功だが、肝心のプレート交代は失敗に終わった。以来、隙を見てはプレート交換を企んでいたのだが。
「フランドール様!」
扉を開ける。そこは三メートル四方の脱衣場だった。
和風の浴槽に合わせて、脱衣場も和をイメージして造ったのだ。衣類は全て、割れた卵の殻のような藤の籠に入れる。
フランドールの服もそこにあるのかと思いきや、それは何故かレミリアの手の中にあった。
レミリアがいて、フランドールの服に顔をうずめていた。
「……お嬢様?」
はっと顔をあげたレミリアは、咳を一つして、不適な笑みを携える。
「行儀がなっていないわね、美鈴。ノックぐらいしたらどうなの?」
「そういう台詞は、フランドール様の服を手放してからおっしゃってください」
「新しい呼吸法を考えていたの」
「呼吸しにくいでしょ。どう考えても」
黙りこくるレミリア。やがて、持っていた服を丁寧に畳み、籠の中へと戻した。
「今の悲鳴は何だったのかしら?」
全部無かったことにするつもりらしい。歴史喰いの半獣がおらずとも、こうして都合の悪い歴史は無かったことにされていく。世界の真理を悟りながら、とりあえず話を合わせることにした。
「フランドール様の声に聞こえました」
「私もよ。そして、声はこの中から聞こえてきた」
二人の視線の先には大浴場が。もっとも、大浴場と言っても大きさはタカがしれている。十人くらいは優に入れるが、紅魔館の妖精メイド全員は入れない。その程度の大きさだ。
唾を飲む。レミリアは大浴場への扉に手をかけ、思い切りそれを引いた。
「あ、お姉さまと美鈴!」
芸術的な絵画のような、あるいは猿から進化したばかりの人類の真似をしているような、はたまた着る物がなくてそのまま外へ飛び出して捕まったような、ようするに全裸のフランドールがそこにいた。
「しまった!」
てっきりレミリアは鼻血を噴水のように吹き出しながら、恍惚の笑顔で失神すると思っていたのだが、何故か打ちひしがれたようにタイルの上へ膝をつく。
「お嬢様?」
「どうして! どうして、私の両目はカメラじゃないのよっ!」
無視することにした。
「どうしたんですか、フランドール様?」
優しく尋ねる。フランドールは頬を膨らませながら、子供のような口調で言った。
「誰かがね、覗いてたの」
「はぁ、誰かが……」
密かに美鈴はレミリアへ視線を向ける。まだ挫折中だった。
「でも、どうして悲鳴なんかあげたんですか。フランドール様なら、そのまま覗いていた奴を倒すことだってできるでしょ?」
美鈴の問いかけに、満面の笑みでフランドールは答える。
「だって、せっかくのお風呂を壊したくないじゃない。美鈴が造ってくれたんだし、それに私、このお風呂結構気に入ってるし!」
何気ないその言葉に、美鈴は胸の内が熱くなるのを感じた。自分のしてきた事を、評価して喜んでくれる人がいる。それはなんと温かく、嬉しいことなのだろう。
思わず緩む涙腺を引き締めて、フランドールに向き直る。
「お心遣いありがとうございます。覗いていた奴は、この私が見つけてみせますからね」
「うん、お願いね」
「というわけで、お嬢様」
「えっ、一眼レフ?」
タイルに向かってぶつぶつと何かを喋っていたレミリアが、美鈴の声に反応して顔をあげる。拍子に意味不明な事を言っていたが、敢えてそこにはつっこまない。フランドールに聞こえないよう気を付けながら、耳打ちするように美鈴は言った。
「自首されるなら今のウチですよ」
何を言っているのか。しばし呆気にとられたように惚け、やがてレミリアは美鈴の言葉の意図するところを把握したらしい。口元を引きつらせながら、それでも賢明に笑顔を浮かべる。はっきり言って怖い。
「つまり何? あなたが私がフランの入浴を覗いていたと言うの? この私が?」
「……その『私』は先ほどフランドール様の服に顔をうずめていたわけですが」
「目の四角よ」
「錯覚です」
「三角ね」
「わざと間違えて話を逸らそうとしても駄目です」
レミリアは眉をひそめ、鼻の付け根に皺を寄せる。不快感を露骨に表し、隠そうともしていない。疑われたことが腹立たしいのか、それとも誤魔化しが無駄に終わったことがカンに障ったのか。
「とにかく、もし本当に覗いていたのなら今のうちに謝った方が傷も浅く……ちょっ、無言で足を踏もうとしないでください!」
美鈴の抗議もどこ吹く風。何事も無かったように、レミリアはフランドールに向き直り、そして惜しげもなく晒された裸体に密かなるガッツポーズを見せる。握り拳が熱い。
「妹の裸を覗くだなんて。私たちが吸血鬼と知っての行動かしら。だとしたら、これは我々に対する挑戦状。いいわ、受けてあげようじゃない!」
と、妹の服をくんかくんかしていた姉が高らかに宣言する。
「犯人はこの中にいるわ!」
ちなみに、浴室にいるのは三人。そのうちの一人は被害者だから、候補者は二人。
美鈴とレミリアの視線が交差する。
咳を一つ。改めて、レミリアは言い直した。
「犯人はこの中か紅魔館。あるいは幻想郷のどこかにいるわ!」
大雑把になった。
「あの、お嬢様。さすがにそれだと捜しようが無いんですけど」
幻想郷中を捜すだなんて、気が遠くなる。思わず、その辺の天狗を覗き魔に仕立て上げたいくらい幻想郷は広いのだ。
さすがに無理だと自分でも気付いていたのだろう。それもそうね、とレミリアはあっさり諦めた。
「でも、この館の中にいるのは間違いないはずよ。つまり、容疑者は紅魔館の人妖」
「素直に自分だと認められてはどうです?」
無言で脛を蹴られた。
「とにかく、容疑者達に話を訊きにいきましょう。そうね、最初はパチェから」
「呼んだかしら?」
枯れ枝のざわめくような声が浴場の壁に反射する。
気が付けば、浴槽の中にパチュリーが立っていた。目は水中眼鏡で覆われ、口元にはシュノーケルが常備されている。そして何故かスクール水着を着ていた。
「……一つ訊いてもいいかしら?」
水を滴らせる友人に、レミリアは呆れた口調で問いかける。
レミリアが口を開かなければ、きっと美鈴が言っていただろう。どうして、こんなところに。
「どうして白のスクール水着を着ているの! 紺でしょ、スク水は!」
唾を散らしながら出した発言は、美鈴の考えとはまるっきり違ったものだった。最早、角度を例えに出すことすら出来ない。四次元的に捻くれた発想だった。
パチュリーは冷めた態度で、
「馬鹿ね、レミィ。旧時代の価値観にいつまでもしがみついているだなんて。吸血鬼は古式ゆかしいものが好みなのかしら?」
と、同類であることを主張した。
「幻想郷のスク水は全て紺色だと、会長もおっしゃっているのよ!」
紺色愛好会。会長は洩矢諏訪子。紺以外のスク水は、全て脳内で紺色に変化させているそうだ。いわゆる、紺を想像する程度の能力。
しかし物語とは何の関係もない。いい加減、話を元に戻すべきだ。
「あの、それよりも気になることがあるんですけど。どうして、パチュリー様は浴槽の中に潜んでいたのですか?」
本来であれば、いの一番に訊かれるべきこと。レミリアの妙な拘りのせいで、随分と遠回りしてしまった。
パチュリーは水中眼鏡を外し、開いた口に水が入ってむせて、しばらくして落ちついてから話し始めた。面倒な人だ。
「スキューバーダイビングというものに興味があったのよ」
「スキューバーダイビングですか?」
「ええ。あっ……むきゅーバーダイビングね」
「わざわざ言い直さなくても。そのネタ、それほど面白くはないですよ」
無言で水中眼鏡をかけるパチュリー。最近は無言で行動するのが流行っているらしい。
「ところで、私に何か用? 顔を上げてみれば、名前を呼ばれたような気がしたのだけど」
パチュリーの言葉に、美鈴ははっとする。遠回りの道を更に遠回りしていたおかげで、本来の目的をすっかり見失っていたようだ。当のフランドールなど、とっくの昔に着替えて、風呂上がりのコーヒー牛乳を摂取するべく小走りで出ていった。
可愛らしい後ろ姿を見ながら、絶対に犯人を捕まえてやると意気込んだ誓いはどこへ。美鈴はようやく、自分がすべきことを思い出した。
「パチュリー様。いつからお風呂でスキューバーを?」
「妹様が入ってくる前からずっと」
半ば犯行を認めたパチュリーの発言に、レミリアが密かに不夜城レッドを取り出すのが見えた。止めて、風呂が壊れる。
「つまり、あなたがフランドール様の入浴シーンを覗いていたのですね」
「覗いていたというか、自然と見えたというか」
曖昧なパチュリーの発言に、レミリアが密かに一夜城墨俣を取り出すのが見えた。あれが発動したならば、レミリアが猿と呼ばれるのもそう遠くはない。
「観念してください、パチュリー様。今ならフランドール様と弾幕ごっこをするだけで済みます」
「ほぼ死刑ね、それ。でも、少なくとも私は覗き魔じゃないわよ」
この期に及んでの言い逃れ。見苦しいパチュリーの態度に、美鈴とレミリアは肩をすくめる。妙にアメリカンテイストな仕草だった。
「だって、妹様は最初から私がスキューバーをしていることに気が付いていたのだから」
パチュリーの言葉に、アメリカンテイストな仕草が燃料切れを起こす。
フランドールは入浴の最中に悲鳴を上げてみた。つまり、犯人は入浴の途中から覗きを始めたのだ。最初から浴槽に潜んでいたパチュリーは、むしろ容疑者の枠から一抜けしたと言える。
振り出しどころか、スタートの100m手前まで戻ってきたような気分だ。美鈴が陸上選手でもない限り、こんなハンデは必要ない。
どうしたものか。難しい顔で腕を組む。
「外部という線は考えにくいですし、妖精達にフランドール様に気付かれず覗きをするようなスキルがあるとは思えませんし」
そこでふと、レミリアに一途なメイド長の存在を思い出した。あの人ならば、ひょっとするとフランドールも守備範囲かもしれない。
しかしレミリアは首を左右に振った。
「咲夜は買い物に行って不在よ」
「う~ん、となると容疑者はもう一人しか残ってませんね」
レミリアは納得がいったという顔で頷く。
「にとりね」
「いえいえ、わざわざ迷彩服を着なくとも、私の目の前に……」
「にとりがいるの!?」
目を見開いて、四方をくまなく探るレミリア。くるくると雛のように回るのはいいが、目当ての人物は一生見つからないだろう。
「何度目の台詞かわかりませんけど、お嬢様。いいかげん罪を認めた方が……」
「そこね!」
回転力を残したまま、レミリアは湯船に飛び込んだ。水しぶきが辺りに飛び散り、美鈴の衣装の湿度を上げる。ただでさえスリットが破れて見窄らしいというのに、最早蘇った水死体と言っても過言ではない格好になった。
額に張り付く髪をよけて、帽子を絞る。湯船ではお腹を強打したレミリアが、うんうん唸っていた。まあ、自業自得である。
着替えを済ませた美鈴とレミリアは、再び大浴場へと舞い戻っていた。レミリア曰く、犯人は現場に戻ってくるのだという。
今までは眉唾だと疑っていた格言だが、今度から信じられそうな気がした。レミリアを見ながら、美鈴はそう思う。
「そもそも、犯人を見つける必要なんてどこにも無かったの。私たちがすべきことは、犯人を捕まえることなのよ!」
「ですが、その為には犯人が誰かわからないと」
不適な笑みを浮かべるレミリア。手を銃の形に変えて、銃口を美鈴に向ける。
「囮捜査よ」
餌をつまみ食いした獣の行方がわからないなら、もう一度餌を用意すればいい。狩人はそれを物陰から観察し、得物が来れば銃を撃つ。単純だが、効果的な方法だ。
九割九部犯人はレミリアだと確信してる美鈴だけれども、まだ一分の可能性が残っている。それを確かめる為にも、囮捜査はやるべきかもしれない。
「ということは、またフランドール様に?」
「妹の柔肌を不埒な覗き魔に見せるのは不本意だけど、捕まえる為にはやむを得ないこと。フランには我慢して貰う他ないわね」
そう言って、レミリアはチョコレートを一つ頬張る。ここへ来る前にキッチンへ寄っていたが、どうやらあれを取りに行っていたらしい。甘い物でも食べたかったのだろうか。
「じゃあ、私たちはどうしましょう?」
「勿論、物陰に潜んで覗き魔が来ないかどうか見張るのよ。ともすれば犯罪行為にとられかねないけど、これもフランの柔肌を眺めるため。じゃなくて、これもフランの柔肌を眺めるため」
本音が駄々漏れだった。言い直してなお、本音を口にしている辺りは、最早尊敬の念すら覚える。欲望に忠実なだけという見方もあるが。
拳を堅く握りしめながら、レミリアはまたチョコレートを頬張る。唾液でチョコを溶かす小さな音が、大浴場の反響で耳元のように大きく聞こえた。
「ところで、さっきから何でチョコばかり食べてるんですか?」
「ん……別に意味なんてないわよ」
目を逸らしながらの答え。やましい事のある証拠に違いないのだが、それが何かはわからない。大方、つまらない理由なのだろうけど。
「とにかく、早くフランを呼んできなさい!」
気まずさを誤魔化すように、怒鳴るレミリア。今にして思えば、あの姉妹喧嘩も全てはお風呂を改装させる為の芝居だったのかもしれない。溺愛を通り越して軽く溺死しそうな愛情を抱えるレミリアのことだ。そんな遠回りをしてもおかしくはない。
またチョコを頬張るレミリアを後目に、美鈴はフランドールのところへと急いだ。
秘蔵の入浴剤をば用意して、これを試してみませんかと誘ったところ、フランドールは喜色満面でオーケーサインを出した。良心の呵責に危うくやられそうになったが、そこは犯人逮捕の為にという大義名分で覆い隠す。
外に出られないフランドールは知らないだろう。世の中、知らない方が良いことはある。例えば、いま身につけているその下着を咲夜がやたらと干したがっていたこととか。そして咲夜が乾燥作業を行う時に限って、衣類が一枚無くなったりするから不思議だ。いや、不思議でも何でもないのだが。
「ねえねえ、覗き魔はもう捕まえた?」
最も訊かれたく無かった質問だ。袖を引っ張るのがフランドールで無ければ、素直に見つかっていないと答えのだろう。
だがしかし。
「ええ。ですから、もう大丈夫……のはずです」
最高の囮とは無知である。それ故、フランドールに情報を与えるわけにはいかない。あやふやな語尾は、せめてものヒントだった。
しかしフランドールは気付くこともなく、そう、と嬉しそうに顔を綻ばせる。心なしか、その足取りも軽くなった。ああ、無情。
などと嘆きながら、大浴場の前までやってくる。
パチュリーがプレートを入れ替えている最中だった。さらば大浴場。そしてこんにちは、大欲情。しかし早々にお引き取り願おうか、大欲情。
美鈴は無言でパチュリーの側まで歩み寄り、無造作にプレートを奪い取った。
「持ってかないでー」
天井に掲げるようにプレートを持っているのだから、パチュリーの身長で届くわけがない。
とはいえ、飛べば届く。
美鈴は手の先に神経を集中させ、まるで豆腐でも壊すようにプレートを真っ二つにした。
「ああ!」
涙目でパチュリーは変わり果てたプレートを拾う。少しやり過ぎた感はあるが、これを見過ごすと咲夜が怒るのだから仕方ない。美鈴とて、咲夜のナイフを甘んじて受けるつもりはなかった。
我が子を抱きかかえるように、割れたプレートを腕の中にしまい込むパチュリー。しかし、ふと顔をあげたかと思うと、いきなり割れたプレートの一枚をドアにくっつけた。
欲情。
「ふむ……グレードダウンしたけれど、これはこれで」
無論、プレートが合計で三枚になったのは言うまでもない。
「遅かったわね」
出迎えたレミリアは、またチョコを食べていた。軽い中毒症状にしか見えない。
美鈴とフランの後ろから現れたパチュリーを、レミリアは驚いた顔で出迎えた。
「あら、パチュリーも一緒だったのね。でも、どうして泣いてるの?」
「あなたにもいずれ分かるわ」
涙ながらに語るパチュリー。出来れば分からないで欲しい。
レミリアは首を傾げて、おもむろにフランへ視線を移した。
「悪いけど、あなたにはもう一度お風呂に入って貰うわよ」
「いいよ。私、お風呂好きだもん」
無邪気な発言に、美鈴とレミリアは顔を逸らす。純真無垢なその瞳を見ていたら、思わず計画の中止を訴えそうになる。いつだって邪悪を打ち壊すのは穢れなき乙女なのだ。
「でも、本当に大丈夫? 誰も覗いてない?」
気がふれているとはいえ乙女は乙女。その肌を晒すには、若干の抵抗があるのだろう。不安げな声色でフランドールが尋ねる。
美鈴は豊満な胸を叩き、任せてくださいと力強く答えた。メロンパンを果物に変化したような二つの物体が、ゴムボールのように跳ねる。
「だって、あの穴はまだあるんだよ?」
何気ない仕草で、フランドールが天井を指さす。つられて顔を上げてみれば、そこには五百円玉ぐらいの大きさの穴が空いていた。
迂闊だった。よくよく考えてみれば、当事者のフランドールに訊けばどこから覗かれたのか簡単に分かる。そもそも窓の無いこの大浴場で、どこから覗かれたというのか。疑問に思わなかった方が不思議だが、しかしレミリアは隣の更衣室にいたし、パチュリーは浴槽の中にいた。
天井裏だなんて、そんな当たり前の所にいると誰が思うだろう。
と、不意に天井裏から微かな物音が。
「そこっ!」
間髪入れず、レミリアは弾幕を放つ。妹は大浴場が壊れないよう気を遣ってくれたのに、辛抱の無い姉だと美鈴は心中で愚痴った。
爽快な爆音と共に、見事に破壊される天井。そこから落ちてきたのは、
「咲夜!?」
意外な人物の登場に、誰もが言葉を失う。
当の咲夜は華麗にタイルへ着地を決め、ホコリにまみれたエプロンを瀟洒な仕草で払っていた。その顔には、罪悪感など微塵もない。
「あ、あなたそこで何をしていたの!」
「ちょっと買い物に」
「天井裏で?」
「穴場です」
しれっと答える咲夜。あまりに普通の口調なので納得してしまいたくなる。
そんな全員ルーミア状態の中、レミリアだけは真っ向から咲夜にかみつく。
「なるほど、時を止めて戻ってきたのね。あなたの性癖は理解しているつもりだったけど、まさかフランにまで手を伸ばすとは。あきれ果てたわね、咲夜。そもそも……」
持っていたチョコを咲夜に投げつけて、言った。
「どうしてあそこで物音なんて立てたりしたのよ! 思わず攻撃しちゃったじゃない! もう少し待っていれば、フランが入浴してくれたものを!」
語気を荒げるレミリアに対し、これは堪えたのか咲夜も顔色を変える。
「申し訳ございません。妹様に指摘されて、動揺を……」
「せっかく鼻血を出した時の言い訳も用意していたのに!」
犯人だけでなく、チョコを食べていた謎も解決された。知りたくもなかったが。
「もう、咲夜の馬鹿!」
「咲夜のばか!」
「咲夜のバター!」
主とその妹からの叱りを受けた咲夜は申し訳なさそうな顔をしつつも、頬を微かな朱色に染める。どうやらメイドの頭文字には別の意味も込められているようだ。
そして、メイドを乳製品に例えたパチュリーは割と満足げな顔をしていた。何がそんなに嬉しいのか、美鈴には全く理解できない。
「美鈴! 咲夜を連れて行きなさい!」
「ああっ、お嬢様! 出来ればもっとお叱りの言葉を!」
名残惜しそうに懇願する咲夜の手を引っ張り、美鈴は大浴場を後にする。
犯人探しは終わったけれども、自分の仕事はまだ終わっていない。どうせ、この後は天井の修理を命じられるのだ。
工具の場所を思い出しながら、今度はもっと見つからない場所に穴をあけようと美鈴は決めた。
紅魔館は今日も普段通りの一日だ。
紅魔館には変態しかいないんですね・・・わかり、ま
>紺を想像する程度の能力
誰がうま(ry
……あれ?
変わることなく、そのままのキミ(紅魔館、或いはフランちゃんでも可)でいてほしい。
分かり合えてない、分かり合えてないよ!
・・・それとも、小悪魔も何かしとるんか?
小悪魔は中国の奇行を黙認してたんですね。
本編で境遇的に報われないからなのだろうか?
そろそろ苦労人の美鈴が可愛くて仕方ないのでもらっていいですかw
フランちゃん495年もよく穢れなかったな・・・
>司馬貴海さん
最初に覗いていたのは美鈴
フランちゃんの入浴シーンを存分に堪能した後覗かれて叫び声を上げたフランちゃんの元に
しれっと参上したわけですか、この門番はwwwww
紅魔館伏魔殿すぎるwwwwwwwww
フランちゃんだけは純粋のままでいてほしい。
ああ、果たしてフランはいつまで荒まないままでいられるのか心配でならない……。
ところで紺色愛好会会長のスク水まだ?
紺を想像する程度の能力吹いたww
注意書きからオチまでもうみんな何やってんだ。
まんべんなく期待通りの面白さ。
>紺を想像する程度の能力
こらえていたのがこれで決壊した。
たぶん発動した瞬間に弾幕の布陣が終わってる……んだろーなー
ただし川でしか使えない
フランドールの意図的な行為なので、この場合は上げてみたという表現にしたわけです。
ちなみに、ラストの美鈴に関して言えることは、この話でマトモなのは妹様と小悪魔だけということです。
も~、「大欲情」に換えて良し!!!
やられました。
何という結果だ
まったく,どいつもこいつもwwww
これが現在の私の流行。
おもしろかったです。
紺を想像
めーりん
笑わない訳がないw
いかにもまともな事を言ってたからまんまと騙されたぜ…w
紺を想像する程度の能力
紅魔の主従は通常運転、パッチぇさんは地味に萌える。
うん、普段通り
もうこの時点で覗いてたのかよwwww
紺を想像する程度の能力。これであと1ヵ月は思い出し笑いができます