Coolier - 新生・東方創想話

厄い蟲  厄い土

2008/05/30 02:26:06
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涼しいような温いような、そんな風が吹く季節の変わり目。

春の夜の心地よい風の中にも、だんだんと夏の匂いが混じり始める。

すっかり田植えの準備を終えた田圃の広がり。

一際強い土の生気が辺りから立ち上っているようだ。




かん     かん     かん




そんな土の広がりに鐘鼓の音が響く。

響きが夜の闇に沈んでいく。

薄っすらと光を漏らす月の元、里の人々が進んでいた。

その手には赤々と燃える松明。

何十、何百とも言える人々が松明を手に、夜の中を練り歩く。

その様は、赤い人魂が列を並べているようにも見えた。

人間による人魂の百鬼夜行。

夜の中浮かび上がる火の玉達は、ゆらゆらと列を並べ、進んでいた。





かん     かん     かん





鐘鼓の音だけが夜の中に響いていく。

話し声は聞こえず、ただ、人々が歩を進める音を、鐘の音が掻き消すだけ。

列の後ろには蟲をかたどった巨大な藁の人形と幾つもの米俵が牽かれていた。

米俵の周りには注連縄が巻きつけてある。

列の先頭に立つ里の若い男が、かん、かんと鐘鼓を鳴らす。

かん、と音が響くごとに一歩、列が進んだ。

男の横に立って列を先導するのは里の長。

一際大きな松明を掲げ、鐘鼓に合わせて一歩ずつ歩を進めていく。

かん、とまた音が響いた。


蟲送りの儀。

田畑を食い荒らす害虫は厄が凝り固まり蟲の形となったもの。即ち、厄蟲と考えられており、それを清め払うのが蟲送りの儀とされている。

人々は鐘鼓を鳴らし、松明を手に田畑を回り、その年の虫害が起きないようにと祈願する。

一種の豊饒の儀式である。

列に牽かれている藁の人形は、厄蟲を田畑から散らし、厄を集めるものとされている。そのため巨大な藁の蟲人形を牽いてまわり、土に居付いた厄蟲を取り除き集める。

最後にはその人形を厄神に捧げ、蟲となった厄を引き取ってもらい、田畑の穢れを祓ってもらう。

そうして清浄となった土でその年の作物を育てるのだ。


その儀式の列を、後ろから追うようにして二つの影が歩く。

白のシャツに紺のズボン、たなびく黒のマント。そして短く切り揃えられた緑の髪。

更に頭に生えている二本の触覚のようなもの。

すらりと通った鼻筋に、大きな瞳。ともすれば、男の子のようにも見えるその顔は、幼いながらも可愛らしい少女のものだった。

闇に蠢く光の蟲、蟲達の女王と呼ばれる蛍の妖怪。

そして、共に歩くのが知識と歴史の半獣である里の守護者。

人々から少し離れた位置で、口を開くこと無くただ列の後ろを歩く。

二人の手には松明は無い。しかし、蟲の少女が立てている人差し指には仄かな光が灯っていた。

黄緑に光る蛍の光。

季節はずれの蛍火。

蟲の少女の指先が蛍のように瞬き、ほんのりと彼女達の辺りを照らしている。

夜闇の中、孤独な蛍が人魂達を追いかけている様に見えた。





かん     かん     かん





田園に鐘の音が響く。

ざわっ、と何かが揺れた。

闇の中に、黒が躍り出る。

黒く大きな塊、ぐにゃぐにゃと形を変え、千切れ、そしてまた一つにまとまる。

蠢く不定形の黒。

田のどこからか噴き出したそれは、しばらく宙を蠢き、ざわめく。

そして、瞬間、凄まじい速度で蟲送りの列に体を躍らせた。

獲物を見付け、飛び掛ろうとする野獣のように、餓えた黒の猛獣が蟲送りの列に襲いかかる。

列と塊の間には邪魔するものが何も無い。

人々からも黒のそれはよく見えていた。

しかし、列の間にどよめきはおろか、黒い塊に視線を投げる者も居ない。

ただただ、鐘鼓の音に合わせ歩を進め、火を掲げるだけ。

ぐわり、と塊が広がった。

列を包み込むかのように黒が膨れ上がる。

不定形生物が獲物を包み込み、捕食するように。

星月の光を遮り、黒い天井が列に襲いかかった。



しかし黒が全てを覆い尽くそうとした瞬間、それは霧散した。

煙がかき消されるように、ざあっと消え去り、いなくなる。

黒の塊が居なくなった後には、何やら小さなものが飛んでいた。

何やら細かな羽音も少しだけ聞こえる。

目を凝らしてどうにか分かるそれは、小さな蟲だった。

さっきの黒い塊はこの小さな蟲達が集まった群体。

列の後ろで、蟲の少女が静かに手を掲げる。

すると、蟲達は一斉に藁の人形に飛び付いた。

黒の塊が藁の人形を包み込む。

一瞬で藁の鈍い黄色がどす黒く染まった。しかし、その黒もすぐに薄くなっていく。

まるで染み込んでいくかのように、黒の領地が消えていく。

数瞬後に、藁の蟲はその色を取り戻していた。

かん、と鼓鐘の音が鳴り響き、列がまた一歩進んだ。





かん     かん     かん





広大な田園の片隅、里外れに位置するこの田畑のさらに外れ。

人の生きる里と、その他の者が生きる場所の狭間、境。

蟲送りの列が、その境界上で立ち止まる。

これ以上は行ってはならぬ。これ以上は行ってはならぬ。

夜に出歩く人間は食べてもいい人間。

夜の中では喰われてしまう。

妖怪共に喰われてしまう。

ここは人妖の境界。

腐った黒の影が、そこに立っていた。

目を凝らせば、翠の髪と赤黒いゴシックな服の裾が見える。

黒い靄を全身にまとい、人形のように白の肌を持つ乙女。

緑の長い髪を胸の前で束ね、大きなリボンが頭の後ろ靡いている。

無機質なまでに美しいその顔は、ふと、人形のようにも見えた。

秘神流し雛、厄の神、そう呼ばれるもの。

彼女は里の境界を踏み越えることはなく、静かにそこに立ち、人々を見つめる。

その顔からは、なんの表情も読み取れず、無表情のようにも、微笑んでいるようにも見えた。

何を思うのか、何を感じているのか、誰にも分らない。

列から、里の長が進み出る。


其処に 御座します 厄神

諸々の 禍事 罪 穢 あらむをば

祓へ給ひ 清め給へ と白す事を

聞こし食せと 恐み 恐み 白す


朗々と祝詞が謳われた。

それと同時に、人々が畦道の左右に分かれる。

厄神の前に、人の道が出来上がった。

人の列が道を成し、そこを歩くは厄の神。

道の向こうには、巨大な藁の虫人形。そして、蟲の妖怪。

藁の人形を挟んで、厄の神と蟲の女王が顔を合わす。

人々の松明が二人の顔を赤く、暗く照らした。

数瞬、互いが互いの顔を見つめ合う。

つい、と向いあう二人の手が同時に挙がった。

それは双子のように、鏡合せのように、まったく同じ早さと動作でもって。

そして、二つの掌が夜空の下に開いた。

二人の手が上がると同時に、藁の蟲が蠢き始める。

まるで脱皮したばかりのように、その体がびくん、びくんと痙攣した。

唐突に生を持った藁蟲は、ゆっくりとその体を持ち上げ、そしてそのまま宙へと浮かび上がる。

当てもなくふらふらとその藁の体を揺蕩わせ、どこまでも高く浮かび上がろうと、その藁の体を震わせる。

そして浮かび上がった蟲から二つの何かが溢れ出た。

濁った紫であり腐った黒でもある、そんな色合いの汚泥の様なもの。それに、微量の月光を受ける硝子の様に、幽かに光るもの。

二つはそれぞれ絡まり合い、二重の螺旋を作り上げる。

それらの螺旋は空高く伸び、雲間を突き刺したところで、再び二つに分かれた。

そして、月の光と共に地に降り注ぐ。

汚泥は厄神に、硝子は蟲に、狙い澄まされたかの様に垂れ落ちていった。

汚泥の雨を浴びた厄神は汚く黒く。硝子の雨を浴びた蟲は眩しく白く。

それぞれ染め上げられていった。

やがて、二つの雨が薄くなっていき、降り落ちる量も少なくなっていった。

そうして最後の一滴が落ちた。

そこに立っていたのは二つの影。厄の神と蟲の女王。

先ほどと同じで、しかしさっきとは違う人影。

闇と厄の十二単、月の色に輝く蝶。

厄の神は、赤と黒の十二単を纏い、佇んでいた。

束ねられていた翠の髪は後ろに下ろされ、夜闇の中でもその鮮やかな色が見て取れた。

黒く豪奢な十二単と長く伸びたその髪、人形の様に白い肌。

厄に染まった平安の姫。黒の卒塔婆小町。

その肌と髪の色があってか、十二単の黒が一層深かった。


蟲の王は、月光の羽を背負い、揺蕩っていた。

その緑の髪には白に輝くティアラが。

その小さな足には光り瞬くガラスの靴が。

そして黒のマントは月に輝く蝶の羽となり、ズボンとシャツという男子の様な装いも、今は白く煌めく白光のドレスとなる。

月光の蝶の姫。羽を背負ったサンドリヨン。

その身の全てが淡い月に照らされていた。



かん



高々と鼓鐘が鳴り響き、それと同時に藁の蟲が二人の間に降りる。

再びかん、と音が鳴った。

そして降り立った藁蟲に、里の人間達から松明が投げ込まれていく。

乾燥していた藁は、瞬く間に炎に支配されていく。

焔は高々と燃え上がり、一際明るく辺りを照らした。

その炎を挟んで、厄の神と蟲の王は軽く頭を下げる。

まるでこれから劇を始める役者のように、手品を披露する手品師のように。

共に、緩やかに礼をした。

そうして、厄の神がひらりと廻る。

長く伸びた十二単の裾が、翠に輝く長い髪が、広がりを持って舞い上がる。

黒の光が、それらと共に広がっていく。

炎の赤の中に、黒が生まれた。

それに応えるように、蟲の女王もくるりと回る。

月光の羽が震え、白光のドレスがはためいた。

月の輝きが辺りにまき散らされ、きらきらと瞬く。

炎の近くでもその煌めきは衰えず、赤の中に白の光が輝き続ける。

そうして始まる厄と蟲の舞。

黒と白の共演。

厄神の腕が伸び、蟲の掌が舞う。

伸びた腕は天に花咲き、そのままくるりと廻り始める。

舞うその掌は、月と蟲の光に照らされ、その光の中を踊り続ける。

くるりと動くたびに、その十二単が舞い上がった。

ひらりと舞うたびに、その羽が震え、輝いた。

黒の姫と白の姫がそこで踊っている。


かん            しゃん


どこからともなく透き通った音が響く。

蟲送りの鼓の音ではない、人の出す音ではない。

どこまでも染み込み、どこまでも響き、どこまでも静かな音。

舞い踊る二人から生まれる音色。

舞いから生まれた、聞こえるはずのない音色。

幻想の音楽。

蟲が跳ねるたびにしゃん、と音が鳴る。

厄神が廻るたびにかん、と音が響く。

二つの音は広がりを持ち、二つの舞はその優雅さを増していく。

これは神と妖による幻想の舞踏会。

ただひたすら幽玄に、ただひたすら華麗に、ただひたすら美しく、ただひたすら優しく……

いつまでも神と蟲は舞い続けていた。

夜の中舞い続けていた。






* * * * *






空が少しだけ白み始め、どこからか鳥の囁きが聞こえてくる。

朝というにはまだ早く、夜というには明るい時間。

朝まだきの頃。

既に蟲送りの儀は終わっており、里の人々はそれぞれの家で夢の旅路についていた。

しかし、藁の蟲人形が焼かれた場所には三つの影。それと米俵の山。

普段の服装に戻った厄神と蟲の少女。そして半獣の三人。


今年もありがとう、と蟲の少女が笑顔で言う。

しかし、その言葉の端には少しだけの寂しさが秘められていた。

礼を言うのはこちらの方だと守護者が申し訳なさそうに返す。

厄神は静かに二人を見つめていた。


これであの子たちの供養もできた。

嬉しそうに言うその蟲の顔には、悲しさと優しさが入り混じっていた。

大切なものを失くした母親のような顔。

守るものを失くした者の顔。


蟲送りの儀は、田畑から厄蟲を追い出し大地を清める豊穣の儀式。

厄蟲という虫害を防ぐためのもの。

しかしそれは、里がその営みの中で変化させたもの。

儀式の形は変わってはない。しかしその意味合いは元々のものから変化していた。

厄蟲は―――蟲送りの列に襲い掛かろうとした蟲達は、それらが全て、寿命が来た者達である。

虫達は、自らの死期を悟ると周りの穢れを集め、厄蟲へと成り果てる。

自分の子孫に育ってもらいたいから。だからこの大地の穢れを集め、厄蟲として死んでいく。

そう、蟲の少女は言った。

穢れが溜まればその土地は段々と弱っていき、そこに棲む者達が居なくなる。

厄は穢れであり、穢れは厄。

人から出る恨み辛みといった厄すらも、虫達は穢れとして集めていく。

厄神が纏ったものはその厄。

蟲が纏ったものはその魂。

藁と焼かれたのはその体。

こうして虫達は輪廻の輪に戻っていく。



里の守護者が今度は厄神の方に向いた。

今年もありがとうございました。と恭しく厄神に礼をする。

その後ろには注連縄に飾られた米俵。

蟲の少女の傍にも、いくつかの俵が置かれている。

神に供えるための米。信仰の表れ。

何を言うでもなく、厄神は柔らかに微笑んだ。

段々と、山の端から日が差してくる。

光が厄神の顔に注がれ、優しげにその顔を染めた。

そろそろ行くわ。

そんな言葉を残して、厄神がくるりと浮き上がる。

厄らしきものが米俵を持ち上げ、共に空に漂った。

顔を出した朝日に目を細め、厄神はくるりと廻る。

その顔は何かを憂いているようにも、何かに思いを馳せているようにも見える。

それは自らを犠牲にして土地を清める蟲に思いを馳せているのか。

それとも愛する人間に対して思いを馳せているのか。

誰にもそのことは分からない。

ただ彼女は、一つ欠伸をして、そっと呟く。



           ……厄いわねぇ



厄神の下には、どこまでも畔道と田圃が広がっている。

その瞳には、大地に残る幽かな厄が写っていた。

朝の光がそんな大地を優しく、美しく染めあげ始めていた。

そろそろ、夏が始まる。

そんな予感を感じさせる、朝の日の眩しさだった。

山なし 落ちなし 意味なしがヤオイなら、山と落ちがあって意味がない作品はイになるんかな?

どうも三文字です。

前作では5000点突破ありがとうございました。

本当、身に余る光栄です。



今回は、会話文無し、心理描写も無しでどこまでいけるか試してみました。

そのおかげで大分、苦労しました……そして苦労した割には面白みが有るか分からない作品に……

少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。

三文字
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コメント



0.1320簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
おお、これはあまりない組み合わせだ。





とっても幻想的な表現が印象深かった作品でした。
7.90名前が無い程度の能力削除
こいつぁ……厄い!

大好物です。わっほいわっほい。
8.100名前が無い程度の能力削除
なんて素敵な儀式



名前も出していないところがまた文章的に良い味を出してます
9.100名前が無い程度の能力削除
うむ、厄い

二人(三人か?)共人間の生活に密着してるだけに違和感がまるで無いですねこの組み合わせ
17.100名前が無い程度の能力削除
いやはや厄かったです。

無口な雛も素敵ですね。
18.80名前が無い程度の能力削除
まさに幻想的
19.100名前が無い程度の能力削除
ものすごく良かったです。

蟲の王と厄の神の厄払い&輪廻の儀式。

読んでるだけで厳かな空気と華やかな光景と登場人物達の表情、気持ちが見えてくるような作品でした。ごちそうさま。



>束ねられてた翠の髪は後ろに下ろされ、夜闇の中でもその鮮やかな色が見て取れた。

文脈から察するに、 ”束ねられていた” ではないですか?
22.無評価三文字削除
評価&コメントありがとうございます。



3番目の名前が無い程度の能力様。

雛×リグですよ!奥さん!新境地新境地!



7番目の名前が無い程度の能力様。

気に入ってもらえたのなら良かったです。

わっほい!



8番目の名前が無い程度の能力様。

名前を出さないのは、正直意味あるのか?と少し悩みましたが、そう言っていただけるととても嬉しいです。



9番目の名前が無い程度の能力様。

リグルも結構里に近い妖怪ですよね。

虫の知らせサービスとかやってるし。



17番目の名前が無い程度の能力様。

儀式ですので、あえて口数が少ないんですよ。

でも、今度は饒舌な雛も書いてみたいですねぇ。



18番目の名前が無い程度の能力様。

正直、これ以上情緒的な文章は、今の自分には無理だと思います。

つまり、この作品が私の文章力の限界。

ああ、もっと綺麗な文章を書けるように頑張らないと。



19番目の名前が無い程度の能力。

脱字指摘ありがとうございます。

描写には、色々と気を配ったのでその言葉で苦労が報われました。





ちなみに、実際に虫送りという儀式、というか行事は実在します。

まあ、この作品の蟲送りはの儀は色々と幻想郷アレンジが加わってますがね。

興味がある方は虫送りでググってみると分かります。

23.90名前ガの兎削除
オチは無いかもしれないが、山はあったと思うぜ。つまりヤイってことd……アッー!



これは強いわ、見てると目の前に映像が出てくるな。

こんな文章で長編やられたら身が持たない。想像力的な意味で。



いやぁ、面白かった。
30.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷とそこだからこその儀式、という感じでたいへん素敵でした。



ぷりんせすりぐりゅん!!
31.無評価三文字削除
名前ガの兎様。

情緒的な文、光景が頭に浮かぶ文、を目指しているのでその言葉はとても嬉しいものです。

ところで、厄いとヤオイって似てね?



30番目の名前が無い程度の能力様。

こんな可愛い子が男の子なわけないだろう……

リグルンは女の子です!

幻想郷らしさがでていたのなら幸いです。
40.100名前が無い程度の能力削除
読んでいて圧倒された。素晴らしく幻想的な作品だと思う。
他の方も言ってるけどこの長さが限界だな。このテンションで長編だとこっちが先にへたるw
いいもの読ませてもらいました。