Coolier - 新生・東方創想話

幻想ノ風 九つ風~それぞれの支度・後編~

2008/05/25 15:42:16
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 しんっと、外界と分かたれたように澄んだ世界を作る竹林。
 竹林の内と外とは、空気も、人の目に映るものさえも異なる。故にそこは、迷いの竹林。
 さて、その竹林の奥にひっそりと、けれど堂々と建つ永遠亭の中、更にそこにある自室の中で、永琳は二挺の銃を眺めて首を捻っていた。
 これは、紫が鈴仙に贈った武器なのだという。
 先日、鈴仙はこの銃を持って永琳の部屋を訪ねた。そして、永琳に銃についての報告をして、その現物を差し出した。その時の鈴仙は、両腕を痛め、手の平をボロボロにして、という、無茶な訓練を続けた代償にその体を壊しかけていた。何か無茶をしているとは気付いていたが、この銃に永琳は気付くことができないでいたのだ。銃自体に、何か気配を消す術でも掛かっていたのかもしれない。
 そんな鈴仙を見て、とりあえず半日だけ、永琳はその銃を預かることにした。また、銃に手紙がついていたということなので、現在はそれも一緒に預からせてもらっている。
 だが、どうしても一挺は持っていたいとの我が侭を聞き入れた為、ここには二挺の銃しかない。大きな一対の銃の片割れと、それよりも更に巨大な銃との二種。

「……こんな巨大な銃を、それをこんな短期間で扱えるようにしろなんて」

 無茶な、という思いがまずは走るが、そんな紫の意図について探ろうと、思考はまた回転を始めていく。
 その、やたらと大きな三挺の銃。持ってみると、どれも数キログラムはあるようで、ずっしりと手に負荷が掛かる。その中で一番大きな銃に至っては、もはやダンベルのようなものであり、振り回せるような代物ではなかった。
 永琳は、渡された手紙を覗く。
 手紙は二通。紫のものと、これを運んだという霖之助という道具屋の手紙。
 まず、永琳は霖之助の手紙を開く。

『この銃の名前を書いておこう。』

 何の前置きもなく、手紙はそんな文で始まる。

『まず、二挺同じ銃があるが、それの名前は「Smith&Wesson M500 "Hunter" Magnum Revolver(スミス・アンド・ウェッソン M500”ハンター”マグナム・リボルバー)」。用途は弾丸を撃ち出すもの。僕としては、この銃という武器は小型でこそ意味があると思う。だというのに、この銃はこんなにも巨大で重い。この重さでは、僕のような体を鍛えていない者には使えないのではないだろうか。これは弱者の武器ではなく、それこそ鍛えられた兵士が使うものに違いない。』

 書かれた言葉を思いながら、とりあえず持ってみる。なるほど、確かに重い。

『そしてもう一挺の最も巨大な銃の名前は「Pfeifer Zeliska(フェイファー・ツェリザカ)」。同じく弾丸を撃ち出すもの。銃として、この大きさと重さは狂気の沙汰としか思えない。こんなものを振り回せる鈴仙という兎は、さぞ図体の大きい筋骨隆々な生き物なのだろう。僕にはそれを兎と認識できるかが不安でならない。』

 これを読んで顔を引き攣らせる鈴仙の表情が、ありありと永琳の頭に浮かんだ。
 こちらも持ってみようと思ったが、そのあまりの巨大さと威圧感に、永琳は少し躊躇してから手を引っ込めてしまった。

『どちらも、外の世界の武器を紫が改造したものなのだそうだ。扱えるのは鈴仙という兎だけで、それ以外に使わせてはいけないのだという。そういえば、裏に紫からの手紙が入っている。訓練方法などが書いてあるそうだから、しっかりと目を通して欲しいとのことだ。』

 と、そんな言葉で手紙は締め括られている。挨拶も何もない。

「変わった手紙ね」

 だが、読んだ永琳反応も少し変わっていた。単に雑な霖之助の手紙を、こういう形式もあるのかと捉えた辺り、少し抜けているのかもしれない。
 ただ、一つ気になったこと。裏に手紙が入っている、という一文。
 確かに、封筒を開けば、紫の手紙は霖之助の手紙の奥に入っていた。ただ、これを裏と呼ぶだろうか。

「まぁ、いいでしょう」

 が、とりあえずその違和感は保留。

「どれどれ」

 開くと手紙には、文様を思わせる流暢な文章が綴られていた。

『この手紙を開いたということは、あなたは永遠亭の兎で間違いはないわね。』

「間違っているわ」

 ぼそりと呟きツッコミを入れる永琳だが、勿論手紙はそんなことを気にしない。

『永遠亭の戦力は、蓬莱山輝夜がいるから申し分ないわ。でも、あなたは弱い。戦えないあなたの師や、人里の半獣を守るには、あなたは弱すぎる。』

 大きなお世話だ、と永琳は思うが、同時に、鈴仙が無茶をしそうなことを書いてあるとも思った。

「……まったく」

 後で、ウドンゲにはとっておきの薬を持っていってやろう。と、そんな優しい思いが浮かぶ。
 その気持ちを感じながら、永琳は手紙を読み進める。
 そこに書かれていたのは、とにかくその三挺の銃を持って飛び回れるようになること。弾丸は鈴仙の力を込めるのだが、弾倉を覗き込まずに装填できるようになること。それから、一対の銃をある程度振り回して連続して弾丸を撃てるようになること。最後に、最も巨大な銃は扱いが難しいから、数発でも撃って慣らし、当日までに装填できる五発をしっかりと装填しておくこと。それらが、念を押して書いてあった。

「ふぅ……」

 手紙を読み終えると、深い呼吸が漏れた。
 さて、ではこの大きな銃を分解して、持ちやすい銃にしてあげようかしら。そんなことを考えて、手紙を置こうとした。だが、その時不意に、手紙の文字が滲んでいるように見えた。

「ん?」

 手元に寄せると、なんともない。

「……すかし?」

 今度は、その手紙を明かりに向けてみる。すると、ほんの僅か、表に書かれている字ではないものが見えた。

「なるほど。これが、裏なわけね」

 永琳は呆れながら、紫の手紙の端に手を掛ける。少し破くと、手紙はまるで水で貼り付いていたみたいに、ぺらりと剥げてしまった。

「意味のない悪戯ね」

 溜め息混じりに剥がし終えると、その手紙を覗き込む。

『さて。どうやら気付いてもらえたようね。良かったわ』

 誰しもまず、この嫌らしいまでに絡みつく紫の計算に、一瞬だけ悔しい気持ちを感じてしまう。恐らく、わざとこういう文で始めているのだろう。

『まず最初に言っておくわ。あなたの屋敷の兎に与えたあの銃は、中にぎっしりと式が結んであるの。だから、分解や改造なんて馬鹿な真似はしないでね。そんなことをしようものなら、あの銃は途端に力を失い、ただの銃にさえ及ばない屑鉄になってしまうから』

 永琳は心の中で、意味のない悪戯と言う言葉を撤回する。意味がないどころではなく、これはむしろ害のある悪戯だ。失敗すれば大幅に戦力を失うという、紫自身の努力さえ掻き消しかねない悪戯なのである。

「スリリングな生き方をしていたのね、あの妖怪は」

 自分にはそんなことをする気はないのだが、少しだけ楽しそうだとも思えてしまう。

『あなたは気になると思うから、少しくらい術式の説明をしておくわ。あなたの知る科学とは別物だから、少し理解が難しい部分があるかもしれないけど、ちょっとだけだから無視するか自分で調べなさい』

 そう書かれていたが、どこにもそれらしい表記はない。もしかしたらと思い、霖之助の手紙の方を破いてみると、中からビッシリとなにやら式の書き込まれた紙が出てきた。

 その式というのは、パソコンのプログラムのように表記されていて、所々に判らない単語が入るものの、何がどう作用して弾丸を撃ち出すのかはおおまかに理解できた。

「……何よこれ。こんなの銃じゃないわ。これじゃまるで、小型のマスドライバーじゃない」

 理解すると、唖然としてしまう。
 この銃は、鈴仙の力で生み出した弾丸を装填する。そしてその為に、弾倉の中にまでびっしりと魔術の式が描かれており、弾丸を生み出しやすくなっていた。また、鈴仙の力を吸収しやすいよう、グリップには鈴仙の力を吸い取る仕組みまでが丁寧に備えられている。
 見た目では、トリガーを引いてからの発射はまさに銃である。だが、中身はまるで違う。判りやすく言えば、リニアモーターカーのようなものだろうか。鈴仙の力に反発する力が銃の内壁を満たし、トリガーを引くことで弾丸を前方に弾き飛ばすのだ。
 その仕組みの中で、驚くべきは何度も何度も組み込まれているリミッター。そして、それを数多く組み込まなければならないほど、この銃は力を飲み込み、強大な力を発射してしまうのだ。

「……一人で使う武器じゃないわね。これなら、数人掛かりで使う兵器だわ」

 よくもまぁ、こんなものを作り出した。そう思うと、それ以上の言葉は出なかった。

『本当は、もっと小さくて手の平に収まってしまうような銃でも良かったのだけど、比べて考えて、大きい方にしたわ。その理由、あなたなら判るんじゃないかしら。』

 と、ここまでの説明から離れた内容にころりと変化する。
 そんな雑な問い掛けに、永琳は少し首を捻る。

「小さいのと比べて……あっ」

 だが、口に出すと、不思議なほどサラリと頭は理解した。

「大きい方が、使いづらいから」

 小さいのは扱いづらいという短所があるが、持ち運びには便利である。一方、大きい方は鈴仙の手には余り、かつ持ち運びに不便だ。つまりこれもまた、意味のない害のある、ただの悪戯ということである。
 武器を選ぶ基準がそもそもおかしいが、そんなことに一々悪戯をする紫を思うと、呆れは容赦なく波のように押し寄せるが、それ以上に笑いが込み上げ、永琳はくすくすと声を溢した。

「まったく」

 しばらく笑い、手紙を机に置く。手紙は、そんな中途半端なところで終わっていたのだ。

「どうせ、私が半結界というものに悩んだことを知っていて、こう書いたんでしょうね」

 意図したように、最も気になる箇所には全く触れられていなかった。それが今なら判る。わざとなのだろう、と。




 時同じくして、永遠亭の廊下で一人、傷だらけの手を眺めている鈴仙がぽつりと腰を下ろしていた。
 一々弾倉を凝視しなくても、銃弾を込めることはできるようになった。だが、相変わらず両手で振り回す度に腕の中が痛み、狙いは散々ということが続いている。だから一刻も早く練習を再開したいのだが、痛む腕がそれを許さず、その腕の悲鳴を聞いたかのように銃は永琳に取り上げられている。
 鈴仙は、手の平の中にある真っ白い弾丸を見詰め、不安を溢す。

「……大丈夫、なのかな」

 力で生み出した弾丸。この一発を作るだけでも、疲労は少なくない。それでも、二対の銃はマシな方であり、最も巨大なツェリザカに弾丸を込めようとすれば、一発生み出しただけで膝は折れ、しばらく動けなくなってしまう。それほどまで、あれは根こそぎ力を奪い取ってしまう。
 不安ばかりが積もる。見せつけられる、自分の未熟さが悔しかった。

「どうしたの、鈴仙?」

 ふと、後から声が掛かる。

「あ、てゐ」

 それは、白くもこもことした服を身に纏う兎の少女、因幡てゐであった。

「暗い顔。良くないよ、不幸になる」

 その声には、心配そうな響きが僅かに混ざる。

「うっ、私そんな顔してる?」
「うん」

 てゐはやや大袈裟に頷いて見せた。
 てゐだって、勿論不安ではある。自分の住んできた土地を失うかもしれないとなれば、それはむしろ鈴仙の感じているものよりも強い。
 だが、不安に流されることは何も生まないと、てゐは知っている。それは幸運を逃がし、不幸を呼び寄せる。だからてゐは、鈴仙の横に腰を下ろした。

「ん、何それ?」

 ふと、てゐは鈴仙の手の中にあったものに目を向ける。

「あ、これはね」
「座薬?」

 鈴仙は廊下にゴスッと頭から倒れる。そして、倒れてすぐに勢い良く体を起こすと、ぐいっとてゐに顔を寄せて怒鳴った。

「だ、ん、が、ん!」

 手に持つその白い弾丸を指差しながら、ほぼ密着しそうな位置に身を寄せてくるものだから、てゐはぐっと身を引いて距離を置こうとした。

「じょ、冗談だって。判ってるわよ」

 実際、それが弾丸であることはなんとなく判っていた。だが、それが判っている上でさえどう見ても座薬だったので、思わず口に出てしまったのだ。それというのも、人里に薬を持っていく際に見る座薬に、それはなんとも似ていた。鉄色ではなく、むしろ薬を固めたような光沢のない真っ白い銃弾。

「………」

 改めて座薬と言いかけたが、それはなんとか呑み込んだ。
 しかし、鈴仙が指先から弾丸を発射するというのは知っていたが、生み出した弾丸を発射せずにいることもできるのだと、てゐは少しだけ驚いていた。というのも、この手の力を固めて実体化させたものは、それほど長い時間実体化したままで留めておくことが難しいのである。
 いつまでもこういったものを留めておけないのか、というと、実はそうでもない。だが、その為には継続的に力を使い続けなければならず、更に力を受け入れさせるだけの脆さを与えなければならない。要するに、長く形を保つだけの半端な代物となり、使い続ける力を考えれば割に合わないものなのだ。
 だというのに、今鈴仙の持つそれは、立派な完成度を保ちつつ鈴仙の手の中を転がっている。

「どうしたの、それ?」
「この消えない弾丸のことでしょ。これはね、ほら、永琳様が消えたって言った大妖怪いたでしょ」
「八雲紫?」
「そうそう。その大妖怪が今度の闘いの為にってくれた銃で作った弾丸なんだけど……消えないのよね、いつまで経っても」

 手にした弾丸を手の平で転がしながら、鈴仙は何気なくそう語る。
 大妖怪から鈴仙が武器を受け取ったことに大きく驚いたてゐだったが、その驚きは表情まで上らず、大きな息を吐くことでてゐは叫ぶことを堪えた。

「銃をもらったの?」
「そう」

 経緯を聞きたいような気持ちと、聞かないでも良いかなという気持ち。今は自分の好奇心を満たすよりも、鈴仙を笑わせるか、あるいは困らせたかった。鈴仙が不安や焦りで潰されないよう、気を紛らわせてあげたかった。

「これなんだけど」

 と、ごそりと鈴仙が銃を取り出す。この重さに慣れる為と、一挺だけは持たせて貰ったのだ。
 これを見た瞬間、思わずてゐの思考から鈴仙をどうにかしてあげたいという思考がふっ飛んだ。
 それは、てゐには見たことのない代物であった。話には聞いたことがあったが、銃というものを見たのはこれが初めてだったのだ。不安も心配もを押しのけて顔を出す好奇心。
 いや、もしかすると、てゐも不安であったのだから、少しくらい好奇心に逃避をしたかったのかもしれない。

「ちょうだい」
「駄目に決まってるでしょ」

 まさかの第一声に、呆れ顔で鈴仙が応じる。

「それじゃちょっと貸してくれるだけでいいから」

 鈴仙に抱き付き、銃に向かって手を伸ばす。そんなてゐの額を押して、銃を遠ざける鈴仙。

「駄目だって! それに、貸したら撃つ気でしょ」
「うん」

 好奇心に目が眩んでいるのか、いやに素直だった。
 現在、この銃に弾丸は入っていない。だから暴発の危険はなく安全ではないかとも思えるが、それは違う。あの銃は、握った者と銃との相性の良いものでないと、握った者の力を無尽蔵に吸い取ってしまう。だからこれは、弾丸をイメージして生み出すことのできる鈴仙にしか、とてもじゃないが扱うことのできない武器なのである。
 だが、そんなことはお構いなしにてゐは手を伸ばす。

「駄目! これは危険なものなの!」
「鈴仙は触ってるじゃん!」
「それはそうだけど……あぁ、もう!」

 体を震わせながらてゐと距離を取り、鈴仙は腰を上げてまた数歩分距離を置く。

「ちょっと待ってて、今代わりになるもの持ってきてあげるから!」

 そう言うと、だっと鈴仙は永琳の部屋へと駆け込んだ。
 そこで、永琳に断りを入れ、いくつかの素材を受け取る。永琳が実験に使う、割り箸という使い捨ての箸。そして、多めの輪ゴム。

 パキン、グルグル、ギュッ。

 割り箸をそのまま、時には折って長さを調整し、鈴仙は輪ゴムで固定していく。実に手際が良い。
 そして二分と掛からず、鈴仙は一つの玩具を完成させた。鉄でも砲でもない、輪ゴム鉄砲である。
 鈴仙はそれを持っててゐの待っている場所に戻り、それをてゐにプレゼントした。

「おぉ」

 これも初めて見たようで、てゐは驚きを口から漏らす。
 そして、撃っては輪ゴムを拾って、という作業を数度繰り返すと、てゐはその輪ゴム鉄砲の扱いを覚えた。そして、使用上の注意を鈴仙から受け、無邪気にとてとてとどこかに歩み去ってしまった。



 この日の夕方。鈴仙は他の兎たちに輪ゴム鉄砲をねだられることとなる。その原因は、てゐが兎たちに自慢をしまくっているからだ。また、輝夜までも何度か撃たれたらしく、復讐したいから自分にも輪ゴム鉄砲を作ってくれと頼んできた。

『……早まったかもしれない』

 くすりくすりと笑う永琳に対して、面倒なことをしてしまったかと鈴仙は感じていた。
 そしてそんな鈴仙の服を、ピシリピシリと輪ゴムが叩くのだった。


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「いよいよ、近付いてきたわね」

 ころころとした笑顔で、特別気負った風もなく、幽々子はお茶を啜っている。そしてその言葉に、横でお茶を飲む道具屋は短く答える。

「そうですね」

 素っ気のないものである。

「どうなの、荷物の運び具合は」

 茶飲み話に、連日運び込み続けている運搬作業の進捗状況などを問うてみる。それに対して、霖之助はやや疲れた顔を浮かべる。

「なんとか予定通り。明後日中には全てを運び終えることができそうです」

 意味のない労働。紫がやればそれこそ一瞬な作業を、何故か数日間という長い時間を掛けておこなっている労働。そしてその実は、恐らくただの悪ふざけ。断れぬ状況だからこその、やる気もないのにやらざるを得ないという極上の嫌がらせ。
 体力には自信がないことを堂々と公言する霖之助であったが、その霖之助に白玉楼中までを連日、それも多い日には二往復しなければならない仕事量を押し付けることを考えた紫は、さぞ満足であったに違いない。少なくとも、霖之助はそう思っている。

「それは何より。ご苦労様。それであなたは、当日どうするのかしら」

 どうするのか。それは、一人で香霖堂に残るか、どこかに避難するかという質問である。質問の形を取ってはいるが、特別な戦う力を持たない霖之助には避難する他ないことを知った上での質問。
 まったく、紫といい幽々子といいも、質問の仕方が揃って意地悪い。そんなことを思いながら、霖之助は軽く頭を掻いた。

「人里に避難しろ、と知人に命令されています」
「あぁ、あの魔女ね」
「恐らくその魔女でしょうね」

 茶を啜りながらの茶飲み話に緊張感はなく、話はあちらへこちらへと飛び散りながら、のんびりとした空気を纏いつつ進行していく。
 外界とは異なる冥界故に、ここはもう随分と春めいている。どんな者でも、慣れぬ間は来る度にその季節の落差に驚かされてしまう。
 話が一段落する度、いや、一呼吸置く度に、幽々子は山と積まれたよもぎ団子をむしゃむしゃと食べていく。

「……よく食べますね」
「体には良いのよ」

 霊体が気にすることなのかと、霖之助は少しだけ苦笑いを浮かべた。
 と、その山の崩落っぷりに呆れ顔を隠せない妖夢が現れた。レシピを読みながら必死に積み上げていく団子は、作る度形が整っていく。

「過ぎたるは及ばざるが如しですよ、幽々子様」
「あら、まだ腹の五分目も遠いわよ」

 無尽蔵。そんな言葉が、妖夢と霖之助の頭を過ぎる。
 幽々子は、今まであまり食べていなかったような料理、精進料理などと言ったものを次々と妖夢に作らせては食べていった。それも、出される全てを食らいつくし、即時次を要求するという鯨飲馬食な有様であった。食材と酒の仕入れとレシピの収拾だけで、妖夢の当日までの予定は一杯である。

「戦うわけでもないというのに、なんでそんなに食い溜めを?」

 霖之助が訊ねる。妖夢も霖之助も、幽々子が戦えないことは承知している。

「だって、幻想郷が滅んだら、私消えちゃうのでしょう? だったら、今の内に食事をして生きる喜びを噛み締めておかないと」

 そんなことを無邪気に語る幽々子。

「縁起でもないこと仰らないでください!」

 本気で怒る妖夢。

「生きる喜びですか。霊魂の、そしてあなたの言葉だと、不思議と説得力がありますね」

 呆れつつ感心する霖之助。

「冗談よ、妖夢。さぁ、私が死んでも消えたくないって思うほど、美味しい団子をもっと頂戴」
「し、死んでも……」

 言葉に重みと真実味が僅かも含まれていなかった。
 そんな冗談を口にしつつも、どこか真剣な顔で妖夢を幽々子は急かす。

「ほらほら、急ぐ」
「は、はい!」

 幽々子の真剣な雰囲気に反応し、妖夢は姿勢を正して返事を返すと、白玉楼の中へと駆け込んでいった。

「……鬼ですかあなたは」
「あら、こんな優しいのに幽鬼扱い?」
「幽鬼と鬼とは違いますが、少なくともあなたは幽鬼そのものでしょう」

 そう返されると、袖で口を覆いながら、幽々子はくすりくすりと幼い娘のように微笑んだ。
 そんな幽々子を見て、霖之助ははぁと溜め息を吐いた。

「……損なやり方をする人だ」

 霖之助は思う。幽々子は優しいが、その優しさは妖夢に伝わらないだろう、と。

「あら、変なことを言うのね」
「……?」

 ふと空気のように溢れた幽々子の言葉に、霖之助は首を傾げる。
 さぁっと風が吹き、周囲の空気を押し流す。その風に、普段の幼い雰囲気が一瞬だけ剥がされたかのように、幽々子の持つ雰囲気が変わる。

「親というものは、そういうものでしょう」

 報われぬ優しさこそが、本当の優しさである。幽々子は、真面目な顔でそう口にした。その言葉を口にする際の幽々子が、普段とは違い大人びて見えて、また同時にとても儚く映り、霖之助は思わず沈黙をしてしまう。
 そんな霖之助に構わず、幽々子は言葉を続ける。その目は、母の目そのものであった。

「あの子は弱いくせに、小さな背中で全部を背負い込もうとする。そして、その重さに負けて泣いてしまうから。まったく、気を遣わせる子だわ」

 そう言って、幽々子も沈黙をする。
 何もさせなければ、妖夢は不安に潰れてしまう。だから、不安を感じさせぬほど頼ってやらないといけない。逆に、忙しくさせて理解や不安の量を調整してやれば、妖夢はどんな突拍子もない事態でも受け入れられると、幽々子は知っていた。だから今は、過剰なほど妖夢に甘えているのだ。それが判る霖之助には、幽々子のそんな気持ちが、いつの日か妖夢の心に染み込む日が来れば良い、などと思えて仕方なかった。
 しばらくすると、ふぅと幽々子は微笑み、周囲の空気を弛緩させた。それを鋭敏に感じ取ると、霖之助も同じように笑う。

「気に掛けるのが主の役割でしょうに」
「主を安心させるのが従者の役割だわ」




「よしっ」

 腕によりを掛けて、妖夢は様々な物を調理していく。
 妖夢にとって、今はとても忙しい。作業に没頭し続けているから、考えごとをする暇さえないほどである。
 本当は、剣を振りたい。大異変に備え、技を磨きたい。そう思うのだが、今やらねばならぬと、真剣な顔で頼まれた山ほどの仕事。

「……いいのかなぁ」

 それでも思考がふと暇を見つけると、そんなことを思ってしまう。
 何もせず、ただ料理を作り続けている自分に気付くと、どうしてもそう呟かずにはいられなかった。

「っ!」

 突如、胸の中で弾け、痛みを持って表に出てくる感情。恐怖。

「かはっ!」

 妖夢は胸を押さえ、手にしていた全てを台所に置くと、そのまま床にうずくまってしまう。
 ほろほろと、涙が溢れてくる。

「……くっ」

 それは、自分でさえ理解の出来ない衝動。幻想郷がなくなるという恐怖に、自分が守れなければ幽々子が消えてしまうという恐怖。
 思い出されるのは、春雪異変。西行妖に満開の花をつけるどころか、その半ばで倒れ、幽々子にまで霊夢と魔理沙を通してしまった。そんな自分の不甲斐なさが、今では何よりも恐ろしかった。

「落ち着け……落ち着きなさい」

 歯を食いしばり、流れる涙をどうにか止めようとする。
 何度も、何度も、堪えてきた。幽々子から話を聞いた日から突然襲ってくるようになったこの衝動に、一人でずっと堪え続けてきた。
 幽々子に泣き顔を見せたくない。不安にさせたくない。使えない者と思われたくない。自分の所為で悲しんでいるのだと思われたくない。
 そんな思いで、妖夢は自分の両肩を抱いて、震えも涙も抑え込む。そしてそのまま、すくりと身を起こし、涙をぐしっと拭う。

「今度こそ。今度こそは、絶対に負けない……!」

 震える声で、妖夢は何度となく誓う。春雪異変の二の舞は演じない。今度こそ幽々子を守り通してみせるのだ、と。
 少女の決意は一対の刀に染み込み、幻想郷を守るという覚悟がぴしりと空を走った。




 妖夢の目から泣いた跡が消える頃、相変わらず幽々子は妖夢の作った食べ物を休む間なく食べ続けていた。
 生真面目に次々と食べ物を拵えていく妖夢。ある意味でとても生真面目に次々と食べ物を消し去っていく幽々子。呆れて手が出せない霖之助。

「あ、そうだ妖夢」
「はい、なんですか?」

 置かれた新しい草餅を飲み込んでから、思い出したように幽々子は話し始める。

「妖夢って、結界修復の当日、戦うのよね」
「えっ? なんです、いきなり。そりゃ、白玉楼を守る為に戦いますけど」

 突然の決まり切った質問に、妖夢は目を大きく見開いて首を傾げる。

「それなら、当日には予め色々と食べ物を用意しておいてね」

 そんなあまりの言葉に、妖夢は一瞬顔色を失った。そして、徐々に顔色を取り戻すと、泣きそうな顔をしながら拝むように幽々子に近寄る。

「……ゆゆこさまぁ」

 霖之助には、妖夢は『本当に、何か意図があっての食事なんですよね?』と必死で訊ねているように見えた。
 その後、妖夢はまた別のものを作るために材料を求めてどこかへと出掛けていった。残された霖之助だったが、自分ももう帰るとしようと、その腰を上げた。

「さて、そろそろ僕は失礼します」
「あら、そう」

 特にお互い向き合うでもなく、言葉の別れを口にする。

「それでは」
「また明日。明明後日まではここに来るのね」
「……明後日までです」
「あら、そうだったかしら」

 くすくすと笑う幽々子。
 単純なようで底が知れない。そんな思いを抱きつつ、霖之助は白玉楼を後にするのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 妖怪や神が、数多く棲まう山。名はそのままに、妖怪の山。
 その昼過ぎに、神奈子は同じ山に棲む他の神々に話しをする為に山を歩き回っていた。
 初めて博麗神社で話しを聞いてから、一応山に棲まう神々や、妖怪たちの長には情報を与えた。だが、実際にじっくりと話したわけでもないので、適当にぶらつきながら、どうするつもりなのかを訊いて回ろうと思ったのだ。

「まったく、早苗にも困ったものだよ」

 こりこりとこめかみを掻きながら、溜め息を溢す。
 実のところ、この行動は気持ちを落ち着ける為という意味合いが強かった。では、何故神奈子の気持ちが落ち着いていないのかと言えば、それは少し遡っての話となる。



 それは、まだ太陽が真上にこない昼前の出来事である。
 その頂に、突如構えられた守矢神社。そこで、そこの巫女である東風谷早苗が、自らが祀る神である洩矢諏訪子と八坂神奈子に説教をしていた。

「八坂様も洩矢様も、ここの山の神だという自覚が薄すぎます!」

 怒り心頭、という表情。
 というのも、今日になって初めて、早苗は三日後の危機を聞かされたのだ。
 諏訪子と神奈子にしてみれば、別に隠す気などなかったのだが、言うタイミングを逃し続けた結果としてこうなってしまった。
 霊夢たちが結界云々という説明は省いてのことだったが、何せわざわざ外から引っ越してきて、馴染んだ矢先の大異変。それを更に、理解ある親類にも似た者が隠していたとなれば、混乱して怒鳴りたくなる気持ちも酌んで取れる。だからこそ、諏訪子も神奈子も、悪かったなぁという半笑いを貼り付かせたままの半端な表情になっていた。

「でも、そんなこと言ったって、どこも人手不足なんだから仕方ないでしょ」
「いいえ! お二人は、神として、ここを離れてもらっては困ります!」

 神奈子の言葉は、即時否定される。

「でもさぁ、早苗」
「却下です!」
「まだ何も言ってないのに!」

 諏訪子に至っては、意見さえ言わせてもらえなかった。

「でも、私手助けに行くって言っちゃったしなぁ。神が嘘吐くのはどうかと思うでしょ?」

 神がどうこう、と言えばいくら早苗でも食い下がるだろう。そう思っての言葉だったのだが、それを早苗は見事に裏切る。

「いいですか、八坂様。白玉楼へは、私が行きます!」

 胸を張り、堂々と迷いなく、早苗は断言をする。
 その寝耳に水な言葉に、二柱揃って言葉を失う。そして、しばらく目をパチパチとさせてから……

「「えぇぇぇぇぇ!?」」

 守矢の二柱は、困惑に彩られた悲鳴を山へと轟かせた。



 とまぁ、そんなことがあって、神奈子は少々気が重かった。
 早苗だって、決して弱くはない。むしろ強い。だが、ことがことだけに、神奈子は自分か諏訪子の傍に置いておきたかったのだ。
 しかし、あれはあれで頑固だから、今も諏訪子が説得をしているが、まず無理だろうなと神奈子は踏んでいた。
 想像を逸している、まさかの単独行動。それも、他所の援護。気分も重くなる。

「はぁ」

 心配しても仕方がないし、むしろ良い傾向だと思わなくてはならない。これは幻想郷に、彼女が馴染んでいっているということなのだから。
 とはいえ、心配するなというのも無理な話で、結局悶々とした思いのまま、神奈子は山を回っていった。
 そんな中、戦力にはなるまいと思いながら、秋姉妹の棲む場所へと歩み至った。何せ、終わりが近いとはいえ未だ季節は冬。その名の通り秋に最も元気である秋姉妹とっては、まだ天敵に当たる季節の最中なのだ。

「静葉ぁ、穣子ぉ」

 普段彼女らがいる社の近くで神奈子が名を呼んでみるが、反応はない。とりあえず周囲を見渡してみようと、社の裏に回ると。

「……うわっ」

 そこにあったのは、膝を抱えて俯く穣子と、俯せに倒れ伏している静葉の姿だった。
 長かった冬。それを乗り切ろうとすることに、彼女たちの元気は使い果たされていた。故に、今の彼女たちに残った元気はほとんどない。体力はあるが、気力がないのだ。

「あー……ごめん。ゆっくり休んでて」

 そう口にすると、神奈子は静かに二人の傍を離れていった。危険が迫ったら、その時には逃げてくれるだろうと思いながら。

  神奈子はウロウロと回ってそれなりに言葉を交わすことはできていたが、何故か今日に限り、鍵山雛と会うことはできなかった。



 自室で筆を走らせる烏天狗。しかし、書いては丸め、書いては丸めを繰り返していて、未だ書き終えたものはない。
 しばらくすると、文は頭を掻いて筆を置いた。そして立ち上がると、背を反らして深呼吸をする。

「……駄目だなぁ」

 思うように書けないことは以前から何千何万とあったが、ここまで文章にした全ての文字が気に入らないのは珍しいななどと、文は呆れた顔で思った。

「似合わないことをするもんじゃないですね」

 思いつきはしたものの、やっぱりこれを書くのは止めよう。そう思うと、文は溜めた紙ゴミをまとめ始める。そして、ついでにと部屋の掃除を簡単におこなう。

「さてと……どうしようかなぁ」

 気楽そうな言葉。けれど、瞳の中には揺るぎない決意。
 吹き込む風に髪を揺らしながら、文は結界修復の当日へと思いを馳せるのだった。


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 紅魔館から離れた、人気のない森の中。そこで一人、紅美鈴は舞を舞っていた。
 纏っている服は、粗雑だが丈夫な作りのもので、修行着として美鈴はそんな服を着用していた。だが、丈夫なはずのその服だが、膝下と両肩より先は既にボロボロに破れており、それ以外の部分も余すところなく傷だらけになっていた。

「ふぅ」

 深い呼吸音だけが、静かに森の中を響き渡っていく。
 美鈴のおこなっているこれは、気の鍛錬である。
 自らの気を高め、肉体を強化する為の舞。木の棒を振り回しては空気を裂き、森の木を蹴っては中空を踊る。周囲の気を取り込み、高ぶる気を静め、自分の中に鋼の様な気を練っては馴染ませていく。
 ふと、美鈴が周囲の空気を見誤り、足場を踏み外す。

「あっ!」

 意識が乱れた。
 どさりと音を立て、美鈴は仰向けに倒れた。

「あいたたたたた」

 肉体と精神の疲労とを理解すると、そのまま美鈴は起き上がらず、自分を休めることにした。懐にしまっていた袋を取り出し、丸薬を飲む。
 短期間での、圧倒的な実力の向上。それを美鈴は目指している。だが、そんなことをして、無理がないわけもない。
 有り合わせの漢方で肉体や精神の回復自体はどうにかなるが、回復には時間がかかる。だから、無茶をしてしまう。自分が壊れる危険性を感じながら、無理が出るまで回復をおこなわず、全快になると途端また修行を始める。
 その無理の代償を、美鈴は感じる。

「薬、苦くなくなっちゃった」

 美鈴は、味覚を失っていた。

 深い溜め息を吐きながら、美鈴は少しだけ眠ることにした。回復には時間が掛かると思ったのだ。特に、精神の疲労が重い。
 森の香りの中、美鈴の意識は微睡み、半覚醒の状態で

「あれ? こんなところで何してるの?」

 ふと、上から降りてくる言葉。

「……誰?」

 半端に覚醒している所為で、美鈴はその人影に反応することができなかった。
 そんな美鈴のか細い声に誰かは答えず、ごそごそと何か作業をしていた。

「えい」

 と、突然聞こえるそんな声。そしてそれと同時に、美鈴の額にひんやりとした何かが乗っかった。

「ひぁっ!?」
「うわっ!」

 高く短い悲鳴を上げて飛び起きる美鈴。それに驚いて尻餅をつく少女。身を起こすと、額からサラサラと細かな氷の結晶が溢れていく。そして、その額から溢れる氷の何割かが修行着の胸の所から内に侵入したので、またも身近な悲鳴を上げて美鈴は身を震わせた。

「いたたた、びっくりした」

 尻餅をついたその少女は、氷の妖精チルノであった。

「冷たいなぁ。って、なんでチルノがこんなところに?」
「それこっちの科白。美鈴って門番じゃなかったの? あの吸血鬼のとこの」

 紅魔館の方角を指差しながら訊ねる。

「うん、そうだけど。今はちょっと修行中なの」
「修行!? なんか格好良い!」

 その耳にしたことはあるけど見たこともやったこともない単語に、チルノは目をキラキラと輝かせた。

「どんなことやってるの?」

 その顔を見て、自分はそれほど派手なことはやっていないなぁと美鈴は思い、それを言うとチルノの期待は崩れるんじゃないかなぁなどと、小さな不安を感じる。

「簡単に言うと、自分の気を練って自分の強化をする修行。でも、これって見た目だと判らないんですよね」
「気?」

 口元に人差し指を添えて、チルノは首を傾げた。

「えっとね」

 どう説明しようかと考えた美鈴は、しばらくしてポンと手を叩く。

「それじゃ、簡単にだけど体感させてあげるから、ちょっと両手貸して」
「ん」

 チルノは何気なく両手を差し出す。そしてその手を、美鈴は両手で握る。

「いくよ。ちょっとピリッとするかもしれないけど、我慢してね」
「うん」

 その返事を聞いて、美鈴は目を閉じて深呼吸を始める。すると、チルノは自分の手の内側が熱くなってくるのを感じた。

「うあっ!?」

 驚くが、我慢すると言ったのを思い出し、ぎゅっと口を結ぶ。火のような熱さではない何かが、チルノの内側を巡っていく。そして徐々に、体の中心にビリビリとした電気のような、くすぐったい痛みを感じ始める。
 と、そんな所で美鈴はチルノの両手を放し、気を通すのを止めた。

「どうだった?」

 訊ねると、少しぽかんとしてから、チルノは腕をグルグルと回したり、少し飛んでみたりして、自分の状態を確かめた。そして確認を終えると、目を先程以上にキラキラと輝かせる。

「体軽い! なんかすごい!」
「まぁ、こんな感じのことをやってるの。今チルノにやったのは簡単なものだから、それそんなに長くは効果が続かないけど」
「おぉ……今のあたい、もっと最強っぽい。すごいすごい!」

 自分の中の変化を敏感に感じ、チルノはひたすらはしゃいでいた。

「あ、そうだ。チルノはなんでこんなところにいるの?」
「え? 暇だったから」

 その解答に、一気に脱力する美鈴。そして、そういえばそういう子だったと、今更ながらに思った。妖精だから、異変の気配を察したりしたのかと期待した分、脱力が大きなものとなってしまった。

「チルノは、異変が起こるって話を誰かから聞いた?」
「異変?」

 首を傾げてしまう。
 それは良くないと思い、美鈴はチルノに異変についてを説明することにした。
 咲夜に聞いたとおりのことを少し噛み砕いて説明をすると、だいたい言い直す必要もなく、チルノはそれを理解できた。

「……それって、すごく大変なことなんじゃない」
「うん、すごく大変なこと」

 森の中を、ひんやりとした風が走り抜けた。

「だったら、あたいも戦うよ」
「駄目! 妖精は死なないって言っても、痛いのは嫌でしょ」
「え。そりゃあ、痛いのは嫌だけど」
「チルノは、他の妖精たちを守ってあげて。人里か妖怪の山なら安全だと思うから」

 逃げろという美鈴の言葉に、チルノはムッとする。

「でも、あたいだって戦える」
「うん。でもねチルノ。戦えない妖精もいるでしょ。そういう妖精たちを、チルノは強いんだから、守ってあげないと」
「う……」

 守れと言われ、チルノは言葉に詰まる。確かに自分は妖精の中で強く、戦いでは頼られたりもする。そう思うと、守らなければならなくも思えてきた。
 そんなチルノに、美鈴は優しく笑いかける。

「ね?」
「……判ったわよ」

 渋々といった感じでチルノは頷いた。他の妖精を守ることは問題ないとして、説得された気がするというところに関してだけは納得がいかなかったのだ。

「それで、その戦いっていうのはいつなの?」
「えっ?」

 訊ねられ、美鈴の顔から血の気が引く。それについては、咲夜から説明を受けていなかったことを思い出したのだ。

「……あ、そういえばいつなんだろう」
「次の満月よ、うっかり屋さん」

 美鈴の疑問に応えるように、二人の背中から声が聞こえた。ビクッと飛び上がってから二人が振り返ると、そこには森の中だというのに傘を差した幽香が立っていた。

「あ、あなたは、幽香さん」

 何故こんな所にこの人が、と、美鈴は驚きを顔に貼り付ける。

「あ、あー!」

 一方、チルノは幽香を指差して叫ぶ。

「あら、どうしたの?」
「あたい憶えてるからね! あんたが突然攻撃してきたこと!」

 散歩で太陽の丘に行った時に、急に攻撃されて追い払われたのがチルノと幽香の最初のコンタクトであった。

「あら、そうだったかしら……私が憶えてないわ」
「キー!」

 一方的に攻撃され、チルノにとってそれはかなり悔しいできごとであった。それなので、ここでリベンジしてやると意気込んだが、それを後から美鈴に押さえられてしまう。
 美鈴に説得されてチルノが大人しくなると、美鈴は幽香と会話を始めた。

「次の満月っていうと……三日後ってことですか?」
「そうなるわね。開始は、その日のおよそ日の入りの半刻前ってところかしら」
「日没一時間前……あ、ありがとうございます」

 その時間を聞いて、美鈴はほっとした顔になる。

「別に感謝は入らないわ。あなたの主に言伝を頼まれたのよ。この道を通ると出会うから、であった時に伝えてくれって。これは、そこそこ美味しかった紅茶のお礼だし」

 そう言うと、幽香は花のようににこりと笑う。

「あと、私、紅魔館には行かないことにしたわ」
「え?」

 その言葉から、美鈴は咲夜に聞いた情報を思い出す。
 そして、レミリア同様に結界でありながら戦うことのできる幽香を、紅魔館で預かることになるという話があったのを思い出した。

「そうなんですか」

 忘れていたことではあるが、戦力が減ると思うと、美鈴は僅かに肩を落とす。

「それについて、あなたに訊きたいわ」
「え、なんですか?」

 それについて訊きたい、という言葉に、美鈴はきょとんとした顔になる。
 幽香は笑ったまま、淡々と口を開く。

「あなたじゃ、紅魔館は守りきれない」

 その一言に、美鈴は表情を失う。

「でも、私は約束があって、紅魔館の手助けはできない」

 喉が渇いていくのを美鈴は感じた。

「どうして欲しいかしら、門番さん。私に助けて欲しい?」

 すると、幽香はまたにこりと笑う。だが、その周囲の雰囲気は威圧感を増し、思わず美鈴は一歩後に下がりそうになった。
 だが、それを堪えると、美鈴は深呼吸をする。そして、キッと目を開くと、幽香に対して精一杯の自信を口にする。

「私は、私の役目を果たします。幽香さんは、幽香さんの約束を果たしてください」

 強がった笑顔。自分の思いで不安を押し殺した、崩れそうな強がり。

「そう」

 そんな脆い強がりを笑い飛ばすではなく、幽香は美鈴に対して優しい微笑みを返した。

「何度も言うけど、あなたでは守りきれないわよ」

 それでも良いの?という確認。

「判っています。私はただ、時間が稼げれば良い」

 日が沈み、フランドールが戦えるようになるまでの時間を稼げれば良い。そして、それが自分の役目だと美鈴は覚悟していた。

「その為になら、命さえ惜しくはないです」

 その目に嘘はない。

「んー……死んじゃう覚悟っていうのはちょっと違う気がするけど……まぁ、それはいいか」

 死なれてもつまらないと思ったが、その辺はレミリアがどうにかするだろうと考え、特に何かを言うべきではないと、幽香はそれ以上美鈴に何かを言おうという気はなくなっていた。

 そうして美鈴との話を終えると、幽香は次にチルノに視線を向ける。チルノは少しビクリと全身を震わせた。

「それで、そこの妖精はどうしたの? 紅魔館で保護されるのかしら?」
「馬鹿にするな!」
「馬鹿に何てしないわよ。妖精をからかってもつまらないもの。さ、危険だからさっさとどこかへお逃げなさい」

 そう言うと、くすくす笑いながら幽香は去ってしまった。

「ムキー!」

 幽香の背に向かって放たれた叫びは、木々に反射してどこかへと消えていった。
 精一杯叫び少し息を切らせたチルノは、ふと、横に立つ美鈴の顔を見上げた。その表情は笑顔だったのに、とても悲壮なものに見えて、チルノは言葉にできない不安を感じた。

「美鈴?」
「ん? 何?」

 言葉を待つ美鈴に、チルノはぽつりと訊ねる。

「死んだり、しないよね?」

 酷く心配そうで、不安に満ちた言葉。それに、美鈴は少しだけ胸が痛んだ。

「あははは……うん、死にたくはないなぁ」

 痛みを隠して笑顔を浮かべ、美鈴は応じる。

「さぁ。明明後日だって。チルノも妖精たちを連れて、ちゃんと避難しなよ」
「……うん、判った。またね、美鈴」
「またね、チルノ」

 そういうと、振り返らずにチルノは飛び立っていった。それを見送り、美鈴はまた、自らの強化を開始する。



 一方、美鈴と別れたチルノは、悶々とした頭で空をふらふらと飛んでいた。
「大丈夫、なんだよね?」
 もう見えない美鈴に振り返り、問い掛けてしまう。
 チルノには、先程の美鈴の詫びるような笑顔が、どうしても忘れられなかった。


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「四季様、お疲れ様です」
「えぇ。少々面倒な仕事でしたから、少し休ませて貰います」
「どうぞどうぞ」

 珍しくしっかりと休憩を取ろうとする映姫に、小町はお茶を差し出した。その茶を飲みながら、映姫は周囲を見渡す。

「白玉楼の霊魂の移動はもう終わったようですね」
「もちろんですよ。頑張りましたもん。でも、御陰でこの辺の廊下がギュウギュウ詰めですけどね」

 白玉楼が戦場となる際、巻き込まれてしまうことのないよう霊魂をこちらに運び込んでいた。この作業を今日は延々とおこなった為、三途の川には霊が溢れてしまっているが、そちらは余裕のある他の閻魔が少し手伝ってくれたので、深刻な事態にはならずに済んだ。

「ご苦労様です、小町。ですが、まだ白玉楼での仕事がありますから、あなたもしっかりと休んでおきなさい」
「あ、やっぱり私たちもなんかするんですか」

 幻想郷結界の修復。それに力を貸したいと思いながら、貸して良いのか不安だった小町は、そんな映姫の言葉にふぅと息を吐く。

「当然でしょう」
「でも、えっとですね。私たちは確かに幻想郷担当ではありますけど、幻想郷を守るのに手を貸して大丈夫なんですか?」

 閻魔が現世に手を貸して良いのか。小町はずっと、それに不安を感じていた。

「私たちは冥界を守るだけです」

 映姫の言葉に、小町は複雑そうな顔をする。意味が判らなかったのだ。

「結果、幻想郷に押し寄せてくる敵を撃退することになったとして、それは私たちの本意とは別のものであり、副産物に過ぎません」

 そう言うと珍しく、悪戯に成功した童の様ににこりと閻魔は笑った。

「あぁ、なるほど」

 対して、こちらも笑う。どちらかといえば、こちらは年期の入った悪童の笑みに似ていた。

「そうと決まれば、私もしっかりと休憩しましょうっと」

 そんなことを暢気に言いながら退室しようとする小町。その背に、映姫からの言葉が届く。

「とはいっても仕事は仕事。明後日までの業務は、しっかりとこなしてもらいますよ」
「うげ……」

 すっかり仕事しなくて良いのだと思っていた小町は、不満に顔を大きく歪めて立ち止まった。
 そんな小町を見て、映姫はまた小さく微笑むのだった。


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 様々な思いが、混ざり合って今日を為していく。

 のんびり過ごす者、不安を感じて過ごす者、それぞれが今日を過ごしていく。

 それぞれがそれぞれの支度を終えていく。

 残された時間は少ない。





 現在の布陣案
 ・博麗神社 霊夢、萃香       藍
 ・白玉楼  幽々子、        妖夢、早苗
 ・永遠亭  永琳、慧音       輝夜、鈴仙、てゐ、橙、メディスン
 ・妖怪の山 文、にとり       神奈子、諏訪子
 ・紅魔館  レミリア        咲夜、美鈴、パチュリー、フランドール
 ・人の里               妹紅、魔理沙、アリス
 ・太陽の畑 幽香
 本当は「あたい」より「私」のチルノの方が好きな、二十五作目になります大崎屋です。
 地霊殿や緋想天に触れたらそっちの人物も書きたくなるのでしょうが、この長編に後付で組み込むと無理が出るので自粛。

 本作は、一部のキャラがとっても平和です。あと、何かやたらと長いです。
 しかし……一週間に一作というペースになってます。読んでもらっている人には、お待たせしすぎて申し訳ないです。
 
 次回には一気に日が進み、結界修復の日となります。戦闘は次々回からになります。

 それでは、長文ですが、読んでいただきありがとうございました。
大崎屋平蔵
[email protected]
http://ozakiya.blog.shinobi.jp/
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コメント



0.770簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
続編期待しています

あと、現在の布陣案に早苗が二人ますよ
3.無評価大崎屋平蔵削除
 間違いの指摘感謝です。訂正しました。



 十も、頑張って来週までには仕上げられるよう頑張ります。
7.100名前が無い程度の能力削除
初風から一気読みしてきました。

続きが気になって眠いのに眠れません。

 

今後の展開にめちゃ期待してます。
8.無評価大崎屋平蔵削除
 初風から……(感激)

 ちょっと計算してみましたが、すごい量ですね、本作。およそ文庫分ほどの量ありそうです。

 ちなみに、一話目と今回の第九話が一番長いです。九話目が今のところ一番長いです。



 ……そんな初見殺しと知人に言われる本作を、お読みいただき感謝の極みにございます。ありがとうございました。
15.100名前が無い程度の能力削除
銃って、M500かよww非道だな紫wwww
・・・・・・・・・・・・もう一丁の方は知りませんが、カンプピストルみたいな常識はずれのものということで良いのでしょうか?個人的にピストル縛りならM16をぶった切ったパトリオットを出してほし(ry

私も最初から一気読みしています。今後もよろしく美味しい文章を書いてください。