読者参加型です。
お時間のある方は、お嬢様たちと一緒に、咲夜さんの仕掛けるトリックに挑戦してみてください。
トリックスター(Trickster)
意味:奇術師、詐欺師
「暇だわ。」
紅魔館。
窓辺に腰掛ける、可憐さと妖艶さをかね合わせたような少女は、
物憂げにため息をついた。
紅魔館当主、レミリア・スカーレット。
半ば睨みつけるように窓の外に移した真紅の瞳。
水のカーテンがかけられたような窓の外は、
小雨がさらさらと、慎ましやかなリズムを奏でている。
吸血鬼であるレミリアにとって、雨とは忌々しい以外の何物でもない。
本当は図書館に居候している魔女、パチュリー・ノーレッジに天候操作をしてもらっているはずだ。
では何故雨が降っているのか。
もちろん降らせているからである。
雨が降らなければ植物達は育たない。
館の周りがはげ山では館の外観が損なわれる、と彼女が進言したからである。
「それはまあ、お察しいたしますわ。」
メイド長、十六夜 咲夜。
時間操作という特異極まる能力を持つ、紅魔館唯一の人間だ。
この紅魔館でレミリアに意見できるものがいるとすれば、
パチュリーと、妹のフランドール・スカーレット。
そしてこの十六夜 咲夜だけだろう。
・・・といっても、滅多に意見などしないのだが。
徹底的に完全で瀟洒なメイドであろうとする彼女にとって、レミリアは絶対の存在だからだ。
今回のような場合は特別だ。
レミリアのためを思ってのことだからである。
最近レミリアから急速に失われつつある、
カで始まって、間にしっぽの大きな小動物が入り、最後にマで終わるあるものを維持するために必死である。
ちなみに間の小動物とは、リで始まってスで終わる二文字のしっぽの大きな小動物だったりする。
そういうわけで、咲夜はめずらしくレミリアに対してこうすべきだと意見を述べたのである。
レミリアにとってはあまり面白くない。
嫌いな雨をわざわざ降らせなければならないし、
メイドであるはずの咲夜に従っているいるわけだし、
その上、咲夜が純粋に自分のためを思ってのことだと、レミリア自身理解しているからだ。
どうにも腹の虫が治まらない。
なにか嫌がらせでもしてやろうか。
「咲夜。」
「はい。」
「なにかしなさい。」
「これはまた随分とレベルの高い無茶振りですね。」
某働いたら負けかなと思っている姫君の五つの難題より難しいかもしれない。
むむむ、と咲夜は真剣に頭を悩ませる。
いや、そこまで真剣になられても困る。
こっちが悪いみたいな気がしてきた。
・・・ずばりこっちが悪いのだが。
「ほ、ほら、一発芸とか特技とかあるでしょう?」
「はぁ・・・。一発芸はありませんが特技なら心当たりがないこともありません。」
「ならそれで。」
「わかりました。それでは準備して参ります。」
小難しい顔をしながら咲夜は部屋を出て行った。
大丈夫だろうか。
いや、完全で瀟洒な従者を目指すならこのくらいの無茶振りは楽にこなしてくれなくては。
なにかを勘違いしているレミリアは一人うんうんと頷くと、
カップに残った紅茶の余りを飲み干した。
* * *
控えめなノックが響く。
入りなさい、とレミリアは入室を促した。
「お待たせいたしました。」
数分で咲夜は戻ってきた。
「えっと、失礼します。」
その隣にはなぜか美鈴が連れられていた。
アシスタントが必要な特技なのだろうか。
案外に期待ができそうかもしれない。
咲夜は壁際に美鈴を立たせると、唐突に口を開いた。
「さて、お嬢様。ウィリアム・テルという人物の話をご存知ですか?」
「まあ、大体は。」
ウィリアム・テルという弓の名手の話だ。
彼はひどく理不尽な理由で罪に問われ、
息子の頭の上に乗せた林檎を射抜かされる。
とか、確かそんな話だったと思う。
息子の頭の上に林檎とか、敵役の発想力には脱帽する。
「さすがですわね。その通りですわ。」
咲夜は満足げに頷くと、フルーツバスケットから取り出した林檎を、
おもむろに美鈴の頭の上に乗せた。
美鈴の愛想笑いがひどく引き攣った。
「まさか、それの真似をするとか、言いませんよね?」
「それこそまさかよ。二番煎じは面白くないでしょう?」
意外にも咲夜はあっさりとそれを否定する。
ほっと胸をなでおろす美鈴に背を向け、
適当な距離を取って再び振り返った。
その手には、ナイフ。
「さて、準備は整いました。
ここから私が美鈴に向けてナイフを投げ、見事―――」
「待った!!」
半ば絶叫するように、美鈴が咲夜の台詞をさえぎった。
水を差された咲夜とレミリアが不機嫌そうな視線を突き刺してくる。
理不尽だ。
「ウィリアム・テルの真似はしないって言ったじゃないですか!!」
「もちろんそのつもりよ。私は真似事ではなく、それを越えてみせてあげるわ。」
ウィリアム・テルを、越える・・・?
ウィリアム・テルは見事林檎を撃ち抜いて、息子の命は助かりめでたしめでたし。
そういう筋書きのはずだ。
それをさらに越えるなんて一体どうやって?
「では気を取り直して。
ここから私が美鈴に向けてナイフを投げ、見事美鈴の眉間を―――」
「異議あり!!!」
再び絶叫。
「それじゃ死ぬじゃないですか!! 息子死んでるじゃないですか!!」
「そりゃ人間だもの。死ぬでしょうね。あなたの場合妖怪だけど。
ウィリアム・テルは息子を殺し損ねたけれど、私ならば確実に息の根を―――」
「議長!! 議題がずれてますよ!! 息子を殺してどうすんの!?」
「なるほど。本当の名手ならば一撃必殺は当然可能はなはずよね。」
「違います!! 納得しちゃらめぇぇぇぇええええ!?!?」
美鈴必死である。
当然といえば当然だが、
この気合を門番として生かしてくれれば、黒白を一度くらいは止められるかもしれない。
「そもそもなんで私は頭に林檎を乗せるなんてバランス感覚と羞恥心の限界に挑むような意味不明な体勢で、
咲夜さんにスナイプキルされそうになってるんですか!?!?
50文字以内でその経緯について説明してください!!」
「暇だから。」
「5文字!? 10%!?!?
そんなに節約しなくてもまだまだ家計には余裕ありますから!!」
「投げナイフ。」
「無理に5文字でまとめないでください!! もはや説明ですらない!!」
「・・・という冗談はこれくらいにしておいて。」
「冗談!? 冗談だったんですか!?!?
はぁ、もうどうでもいいですよ好きにしてくだ嘘ウソうそですからその振り上げたナイフをそっと下ろして!?」
半泣きになりながら泣きそうになったり泣いたりする美鈴。
非常にかわいそうだが、これはただの時間稼ぎだったりする。
もうじき到着するはずの人物を待つためである。
「騒がしいわね。・・・ごほっ。」
「お待ちしておりましたわ。」
小さな堰と共に姿を見せたのは図書館の居候。
あらかじめ来るのがわかっていたかのように、咲夜はパチュリーを出迎える。
「失礼しますね。」
パチュリーの使い魔である小悪魔も一緒だ。
折り目正しく会釈する姿は、その名とはまるで対義だと思う。
咲夜に指示を飛ばされて、いそいそと人数分の椅子を用意し始める美鈴。
そこに、
「お姉さま~♪」
「フラン!?」
フランドールまでもがレミリアの部屋を訪れた。
紅魔館の主要メンバーが揃い踏み。
もちろん、すべて咲夜が呼んだからである。
レミリアは目を丸くして咲夜を見た。
これからなにをするつもりなのだろうか。
全員揃ったことを確認すると、
咲夜はスカートの端をつまんで優雅に一礼して見せた。
「レディース、アンドジェントルメン。・・・ジェントルは居ませんね。
ようこそお集まり下さいました。
これより皆様に、僭越ながらわたくしの特技である手品をご披露いたします。
トリックスター・十六夜 咲夜の一夜限りのイリュージョン。
存分にご堪能下さいませ。」
* * *
なるほど。
咲夜がやろうとしていたことは美鈴抹殺などではなく、
本当は手品ショーをやるつもりだったのだ。
パチュリーやフランドールが来るまでレミリアが退屈しないように、との配慮だったのだろう。
こういった抜け目のなさは咲夜の良いところだ。
・・・ジョークセンスはいまひとつかもしれないが。
「さて、ただ一方的に披露するだけというのも飽きが来るかもしれませんね。
せっかくなのでゲーム形式にいたしましょう。」
「ゲーム?」
フランドールが目を輝かせながら咲夜に問い返した。
退屈を人一倍嫌う性格のフランドールには、ゲームは甘露な茶菓子と同義だ。
「はい。私が披露いたしました手品のトリックを、お嬢様たちが見破るのです。
初歩のトリックばかりですので、初見でも見破ることができますよ。
最後にはちゃんと種明かしもいたします。」
「種明かしはタブーじゃないの?」
パチュリーがぼそりと口を開いた。
律儀に挙手している。
「ええ。本当はそうなのですが、手品について興味を持っていただきたいという私の気持ちです。
簡単なものばかりですので、種さえわかればすぐに実践できますよ。」
「それは楽しそう。期待していいわね?」
「もちろんですわ。」
レミリアが期待交じりに問いかけるのに、咲夜は満足げに頷く。
咲夜は種のない手品をよくやるが、種のある手品も好きなのである。
そうそう、種のない手品といえば、
「その前に、いいかしら?」
「はい、パチュリー様。どうぞ。」
「時計、渡してもらえる?」
時計。
それは咲夜がいつも肌身離さず身につけている懐中時計。
咲夜はその力を借りて時間を操る。
時間を操れるなら、種など仕掛けなくても手品はいくらでもできる。
それではゲームにはならない。
「もちろんですわ。」
即答し、咲夜はエプロンのポケットから拳大の懐中時計を取り出した。
それをテーブルの上に置く。
「そうね。時間停止は『不可能を可能にする』からね。
これは私が預かるわ。」
レミリアはそれを手に取ると、
チェーンを首にかけ、胸の前にぶら下げた。
これで咲夜は時間を操れないはずだ。
ここから先に待つのは種のある手品のみ。
本当のマジックショーだ。
「それでは始めましょうか。まずはデモンストレーションからですわ。
アシスタントが必要なのですが・・・。」
咲夜はぐるりとレミリアたちを一瞥し、
パチュリーに目を止めた。
「パチュリー様。手をお借りしてもよろしいですか?」
「・・・ええ。」
パチュリーは頷き返すと、テーブルの上に手を差し出した。
咲夜は握手をするようにその手を握り、
「ありがとうございます。拝借いたしますわ。」
もう片方の手でおもむろにナイフを取り出すと、
―ズダン!!
「なっ!?」
「ひぃ!?」
なんの躊躇いもなくパチュリーの手を袖口から切断した。
比喩ではない。
文字通りの切断だ。
完全に切り離された手は今だ咲夜に握られたまま。
レミリアは椅子を蹴り倒して立ち上がり、
フランドールはわけもわからず目を点にしている。
美鈴はショックで気絶しかけた小悪魔を慌てて支えた。
「咲夜ッ!! お前なんということを―――」
―ずぽっ
怒鳴りかけたレミリアを青白い手がさえぎった。
ほかならぬ、パチュリーの手だった。
切断されたはずの手が袖口からひょっこり生えてきて、レミリアの前に突き出される。
「そこまで驚いていただけると、手品師冥利に尽きますわ。」
飄々と咲夜は肩をすくめながら、切断したパチュリーの手首をテーブルに置いた。
ごとん、という明らかに硬質な音が響いた。
「に、偽物・・・?」
「そうよ。偽物。
私は袖から手を引っ込めて、あの偽物の手首を袖から出していただけ。」
淡々と語りながら、パチュリーは手に持った偽手首の残骸をテーブルに放った。
実際に切断したのは偽物の手首で、パチュリーの手は傷一つ付いていないわけだ。
「ず、ずるいよ! 最初から二人ともグルだったんだ!!」
フランドールが思わず抗議の声を上げた。
もっともな意見だ。
それに咲夜は頷き返す。
「ずるくて卑怯で人を騙すのが得意な人間を、人は手品師と呼ぶのですよ。
フランドールお嬢様のご立腹はまことにごもっともですわ。
観客とグルだった、というトリックは手品の中でも下の下の下に値する最低のトリックです。
簡単な上に気付かれない。それゆえにスマートさが欠片もない。
本当の手品とは、種が明かされ、トリックに気付いたときに『騙された!!』とは思われず、
逆に感心、ときには感動するような手品のことを言うのです。」
あえて咲夜がこのタブーとされるトリックを最初に持ってきた理由はひとつ。
ありとあらゆるものを疑え。
咲夜から出された、この手品講座の最初のヒントなのだ。
* * *
「さて、御見苦しい所をお見せいたしましたね。
ここからが本当の手品ショーですわ。」
「まだパチェがグルである可能性を除き切れないわ。」
「咲夜が私を呼びに来たときに協力を依頼されたのは今の手品だけだったけど、
それを証明する手立てはないわね。
私も謎解きに参加する、では不十分かしら。」
「終了時に種を公開する、というのも証明になりますわ。」
「・・・・・・わかったわ。それでいいでしょう。」
レミリアの反応に、咲夜は微笑む。
いい傾向だ。
手品を見破るにはまず疑いを持つことだ。
手品師が提示した情報をすべて鵜呑みにしていては、種は絶対に見破ることなどできない。
やはり最初に見せたデモンストレーションは効果があったようだ。
「さて、まずは初級編です。
コインを使った手品から参りましょう。
今から私がコインを一枚トスします。」
咲夜がポケットからコインを取り出した。
―キーン
軽やかな音を立てて、親指で弾かれたコインが宙に踊る。
くるくると回転しながら、コインは重力に則って落下を始める。
胸の辺りまで落下したコインを受け取るようにして下から、
さらにそれを押さえ込むような形で上から手を重ねる。
左手が下、右手が上のような形で、コインはきっちり指が揃えられた咲夜の手の中に納まった。
「今、トスしたコインはどこにありますか?」
そんな当たり前のことを問いかけてくる。
「手の中、ですよね?」
美鈴が恐る恐る口を開いた。
当たり前だ。
手でキャッチしたのなら手の中にあるはずだ。
下はテーブル。
落としたのならば音はするし、コインは丸見えだ。
半そでのメイド服なら、袖の中にさりげなく落とすという手も使えない。
ならば当然コインは咲夜の手の中に納まっているはずだ。
だが、
「あら不思議。」
咲夜が重ねていた手をどけると、
左手の上には何もなかった。
あるはずのコインがない。
もちろん右手にもなにもない。
「そ、そんなはずは・・・!?」
レミリアが咲夜の手を不思議そうにしげしげと眺める。
もちろん眺めるだけでは出てきたりはしない。
「裏。」
パチュリーが唐突に口を開いた。
「左手の裏、見せて。」
それに咲夜はにっこりと微笑み返す。
「お見事ですわ。」
咲夜が手の甲を見せるように手を掲げると、
コインはそこにあった。
中指と薬指の間に挟まれるようにして、ひょっこりと顔を出している。
「コインを受けるときに下側の手で、指の間にコインを挟みこむ、というのがこの手品のトリックです。
左右からではなく上下から挟みこむように取り、さりげなく下側の手の裏を見せないようにするのがコツですわ。
慣れないと手の上にコインの頭が出てしまうという、非常にお粗末なトリックです。」
「・・・なるほど。まったくそうは見えなかったわ。」
「そこが手品師の腕の見せ所ですわ。」
レミリアも動体視力にはかなり自信があるのだが、
そういう手つきは一切見受けられなかった。
これだけ間近で見ているにも関わらず、だ。
「ちなみに、これくらいの超至近距離で行う手品の事を『クロースアップマジック』と呼びます。
今日私が披露いたします手品は、すべてこのクロースアップマジックになります。」
* * *
「さて、ここからは中級編です。トランプを使った手品ですわ。」
咲夜が取り出したのはトランプのケース。
封を切ってカードを抜き出す。
封がされていたということは、どうやら新品のトランプのようだ。
「ジョーカーは使いませんので抜き取ります。
ではフランドールお嬢様、一枚引いてください。」
カードの山を裏返して、手の上でカードの側面を包むようにフランドールに差し出す。
フランドールがその山の一番上からカードを一枚引いた。
(クラブのキング。)
フランドールはそのカードを咲夜以外の全員に見えるようにかざす。
全員がそのカードを見たことを確認し、
「それでは山に戻してください。」
咲夜は再びカードの山をフランドールの前に差し出す。
フランドールは今引いたクラブのキングを山の上に乗せた。
「これから行う手品は『トランスポート』です。
いまフランドールお嬢様に引いていただいたカードを、一瞬で別の場所に転送いたします。」
カードの山をテーブルの上にそっと置く。
今のところ、咲夜に怪しい動きはない。
まだクラブのキングはカードの山の一番上にあるはずだ。
咲夜がそっとカードの山に手をかざす。
かざしているだけだ。触れてはいない。
咲夜はどうやってトリックを使ってレミリアたちを騙すつもりなのか。
その一挙手一投足に視線が集中する。
「・・・はい、転送完了しました。」
「・・・・・・は?」
全員が間の抜けた声を上げた。
そんなはずはない。
触れてもいないのにカードが移動するはずがない。
まだクラブのキングはあの山の一番上にあるはずだ。
それは疑いようがない。
「その顔は、疑ってらっしゃるようですわね。よろしい。」
咲夜がカードの山に手を伸ばす。
一番上にあったカードを、全員に見えるように表に返した。
そのカードは、クラブのクイーン。
「あっ!! か、変わってます!!」
美鈴が思わず声を上げた。
ではクラブのキングはどこへ行ってしまったのだろう。
咲夜に視線が集中する。
「実は、そこに転送しました。」
咲夜が指差したのは、なんと美鈴。
いや、正確には美鈴の頭の上。つまり帽子だ。
「ま、ままままさかそんなはず・・・!?」
わたわたと慌てる美鈴。
そのじれったさに痺れを切らして、レミリアが美鈴の帽子を取っ払った。
はらり、と一枚のカードが落下する。
「クラブの、キング・・・。」
ずばりそのカード。
「と、言うわけですわ。」
咲夜がカードの山をすべて表にして、ざっと扇形に広げた。
その中にクラブのキングは確かに存在しない。
フランドールの引いたカードは、本当に転送されていたのだ。
しかも、一切手を触れずに。
「さて、このトリック。お分かりになりました?」
「はいはいは~い!!」
フランドールが元気よく手を挙げた。
「美鈴もグルだったんでしょ!」
「そ、そんなことないですよ!? 私何も知りませんから!!」
「うんうん、わかったわかった。体に訊くからいいよ。」
「ひぎゃああああああ!?!?」
わかったといいながら何一つわかっていないのは一種のお約束である。
おちないように絶妙な力加減でチョークスリーパーをかけるフランドールを、
咲夜はたっぷり5分は経ってからようやく止めた。
「残念ですが、美鈴の言っていることは本当ですわ。」
「もっと早く止めてください!!」
「え~・・・。」
残念そうにうなだれるフランドールと、ぐったりしてうなだれる美鈴。
美鈴がグルでないのは本当のようだ。
もしそうだとしたら余りにもお粗末なトリックである。
「一つ質問してもいいかしら。」
「はい。どうぞ、レミリアお嬢様。」
「美鈴は今日、居眠りをしていたのではないかしら。」
「ちょっ!!」
意外なところから突っつかれた美鈴は思わず悲鳴をあげた。
咲夜はそれに頷く。
「ええ。私が呼びに行ったときは気持ち良さそうに居眠りしていましたわ。」
レミリアはその答えに満足げに頷く。
一体何の関係があるというのか。
「わかったわ、このトリック。」
「それではご説明くださいませ、レミリアお嬢様。」
「カードは実はあらかじめ美鈴の帽子に仕込まれていたのよ。
咲夜が美鈴を呼びに行ったときに、こっそり仕込んでおいたのね。
ここに着く前に仕込んでおかれたものならば、
皆が集まってからでは、誰も咲夜の挙動からそれを見破ることはできないわ。」
確かに、それならば美鈴の帽子からカードが現れたことは頷ける。
咲夜は涼しげに笑った。
「その通りですわ。ですが、それだけではまだ正解の1/3です。
まだ問題が2つ残ります。
1つめ。それではカードを仕込むのはフランドールお嬢様がカードを引く前のこと。
つまりフランドールお嬢様がなんのカードを引くのか、あらかじめわかっていなければ不可能です。
2つめ。カードの山からなくなったクラブのキングはどう説明なされますか?」
「む、むぅ・・・。」
思わず黙り込んでしまう。
答えられない。
だが、あらかじめ美鈴の帽子にカードを仕込んでいたのは正解だったようだ。
残り二つの問題が解決できればトリックは解ける。
「よく卓上を見てください。ヒント丸出しですよ?」
「あっ!」
美鈴が声を上げた。
そのヒントに気付いたのだ。
「このカードの山、すごくきれいに並んでますよね!?
数字がAからKに、マークがスペードからクラブまで全部順番通りです。」
「正解。新品のトランプは抜け落ちを確認しやすくするため、すべて順番通りに並んでいます。
ジョーカーを抜き、カードを裏返して一番上から引かせれば、当然引くカードはクラブのキングとなります。
手品を始める前にカードを切らなかったら、たとえ新品でなくともその時点で怪しいと思ってくださいね。」
これで2つめの問題は解決できた。
残りは一つ。
どうやってカードの山からクラブのキングを消したのか。
あらかじめ美鈴の帽子にカードが仕込まれていたなら、
クラブのキングは何らかの手で隠すだけでいいが。
「お分かりになりませんか?」
返ってきたのは沈黙だけ。
残念だが、誰も答えない。
このトリックだけが解決できない。
「実はこのトリックだけが、手品師のよく使う手品の基本的なテクニックなんです。
それ以外のトリックは、残念ながらきわめて限られた条件でしか使えない実用性のないものでした。
本当はこちらを見破っていただきたかったのですが・・・。」
咲夜はカードを再び裏返して山を作り、それを慣れた手つきで切り始めた。
そして切りながら解説する。
「実はカードがなくなったタイミングは、皆さんが思っているよりも少し後です。」
切り終わった山をテーブルに置き、
その上から一枚カードを引く。
ハートの8だった。
「美鈴がカードが変わっていると言ったとき、実はまだ一番上のカードはクラブのキングのままでした。」
そのハートの8を山の一番上に戻し、
そして再びカードを一番上から引いた。
当然カードはハートの8のはず―――
「・・・うそ? スペードの3!?」
変わっている。
ほんの一瞬だ。
一体いつの間にすりかえられたのか・・・。
「すりかえられてなどいません。いまだ山の一番上はハートの8のままです。」
咲夜が引いたカードをこするようにずらす。
するとスペードの3の裏から、ひょっこりとハートの8が顔を出した。
「カードを2枚引いていたのですよ。スペードの3は山の上から2番目のカードだったんです。」
なるほど。
すりかえられてなどいなかった。
見せられたカードが別物だっただけなのだ。
だから、クラブのクイーンがキングの代わりに現れた。
「この手品の全容を解説いたします。
まず、あらかじめ美鈴の帽子にクラブのキングを仕込んでおきます。
次に、先ほど仕込んだトランプとまったく同じ新品のトランプを用意し、
クラブのキングが一番上になるようジョーカーを抜き取ります。
準備が整ったら、誰かにカードを引いてもらいます。
この時、カードの側面を包むように差し出して、一番上からしかカードが取れないようにするのがコツです。
あとは一番上からカードを引いてくれそうな、なるべく素直そうな人を選びましょう。
一番上からカードを引いてくださいと言ってしまうと、明らかにあやしいのでバレてしまいます。
カードを確認してもらったら、再び一番上にカードを戻してもらいます。
それらしい演出をした後、カードを上から2枚引いて上から2番目のカードを見せます。
消えたように錯覚させたら、美鈴の方に全員の注意を向かせます。
その時になるべく静かに、手早くポケットなどにクラブのキングを隠してしまいましょう。
カード自体は一番上にあるはずなので、隠すこと自体は一瞬で終わります。
事前に仕込んでおいたクラブのキングが確認された後、残ったカードをすべて公開すれば完了です。」
エプロンのポケットからクラブのキングを取り出しながら咲夜は解説を締めくくった。
おお、と拍手が沸く。
「今回の手品は、アクションのタイミングを読み違えさせる時間差トリックと、
『ダブルリフト』と呼ばれる、1番目と2番目のカードを誤認させるテクニックをあわせた二重トリックでした。
このように、現在の状況を行動や言動で読み違えさせるテクニックを総称して、『ミスディレクション』と呼びます。」
* * *
「それでは次の手品です。
よく切ったはずの山から選んだカードが一番上に戻ってくる『フロウイングカード』という手品ですわ。
パチュリー様、好きなところからカードを一枚引いてください。」
咲夜は手早くカードを切り、
トランプをざっと扇状に広げた。
そこからパチュリーは、中央やや左よりのカードを選んで引いた。
「カードを他の方にも確認してもらってください。
私に見せても手品そのものには影響がありませんが、まあ見せなくてもいいでしょう。」
なら見せない。
パチュリーはレミリアたちだけにカードを提示した。
クラブの6。
咲夜はテーブルの上のカードをざっとまとめて回収し、
「それでは一番上に戻してください。」
言われたまま、カードを裏返して山に戻した。
「まあ当然ですが、今選んでいただいたカードはまだ山の一番上にあります。」
カードの山を上下半分に分けて、それを左右の手に持つ。
それらを軽く整えた後、中央でページをぱらぱらとめくるようにあわせ始めた。
カードがうまい具合に交互にかみ合ってシャッフルされていく。
「わあ、咲夜さんかっこいいです。」
「これは『ショットガンシャッフル』というカードの切り方です。『リフルシャッフル』とも言います。
見た目が格好いいので、魅せるためのシャッフルと言われています。」
そのショットガンシャッフルを計3回。
これでカードの山はよく切れたはずだ。
「よろしいですか?」
「待った。あと2回混ぜて頂戴。」
「ふふっ、わかりました。」
レミリアの要求でさらにあと2回、カードの山をシャッフルした。
まあ、3回やっておいて2回追加したところで結果は同じだろうが、念のため。
咲夜のショットガンシャッフルが見たかったわけではない。断じて。
「さて、これでカードの山はよく切れました。」
咲夜がカードの山からカードをめくってみせる。
上から、1枚、2枚、3枚。
クラブの6は見当たらない。
「先ほどのカードはありますか? あるならば切りなおします。」
「ないわ。」
まあ確かに、
カードをよく切ったのにまた一番上に戻ってきてしまった、などという偶然がないこともない。
52分の1くらいなら偶然あってもおかしくない確率だ。
その可能性を潰しておこうということだろう。
「それではパチュリー様、カードの山を上からしっかりと押さえてください。」
「・・・こう?」
テーブルの上に置かれたカードの山に手を載せる。
「今パチュリー様の魔力に釣られて、先ほどのカードが上に上がってきています。
ほら、美鈴。耳を近づけてよ~く聞いて御覧なさい。
カードが上に上がってくる、階段を上るような音が聞こえるわよ。」
「ほ、ホントですか!?」
美鈴があわてて立ち上がり、パチュリーの手元に耳を近づけた。
・・・・・・。
「もちろん嘘です。」
―ガッ!!
おもわずずっこけて、しこたま鼻を打ちつけた。
痛い。
ぶつけた鼻よりも騙された私のピュアなハートが。
「冗談はさておき。カードはもう一番上に上がっています。
パチュリー様、ご確認くださいませ。」
パチュリーは押さえていた手をどけて、
一番上のカードをめくってみる。
クラブの6。
確かに、先ほど選んだカードは一番上に存在した。
「むっ、むむむ・・・。」
「美鈴、耳から煙を吹いてるわよ?」
思考回路はショート寸前。
美鈴の思考の許容範囲をオーバーフローしてしまったようだ。
一体このトリックはどうやって・・・。
「わかったわ。」
手を挙げたのはパチュリーだった。
「早いですね。ではご説明くださいませ。」
咲夜はわずかに嬉しそうに、パチュリーに説明を促した。
パチュリーはそれに頷いて応える。
「この手品のカギは、ショットガンシャッフルとダブルリフトね。」
ショットガンシャッフル、というのは先ほど見せた、ページを捲るような切り方。
ダブルリフトは、前回の手品で使った一番上のカードを誤認させるテクニックだ。
「実はショットガンシャッフルという切り方に落とし穴があるわ。」
パチュリーはカードの山を手に取ると、
先ほどの咲夜と同じように、カードを上下に二分割する。
そしてカードを整えたあと、本のページを捲るように、
―ぱたぱたぱたぱた、ぐしゃぁ...
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
気まずい沈黙。
「実はショットガンシャッフルという切り方に落とし穴があるわ。」
(なかったことにした!)
パチュリーは何事もなかったかのようにカードを集めると、
綺麗に整えてからテーブルの上に戻した。
もうやらないらしい。
「私がやりましょうか?」
「それじゃあ咲夜、お願い。
ショットガンシャッフルでカードを切って、一番上のカードを見せて。
ダブルリフトは使っちゃ駄目よ。」
まず、現在の一番上のカードを見せる。
スペードの9。
それからショットガンシャッフルでカードを切り、
再び一番上のカードを見せる。
レミリアが眉を潜めた。
「スペードの9・・・。変わってないわね。」
「そう、変わっていない。
二分割したカードの山のうち、下側の半分のほうを先に使い切るようにすれば、
ショットガンシャッフルでは一番上のカードが動くことはない。」
なるほど。
レミリアは理解したと頷くと、説明を引き継いだ。
「何回切ろうが、一番上のカードは変わらないまま。
途中、ちゃんと切れているということを確認させるように上からカードを捲って見せたのは、
ダブルリフトを使って動いていない一番上のカードをごまかしていたのね。」
「その通りでございます。
『ショットガンシャッフル』はあくまで魅せるためのシャッフルで、実はあまりよく切れません。
手品師がこれを使ったら、何らかの種を仕込んでいる可能性があります。」
咲夜は満足げに頷いた。
これで白星は初級編と合わせて二つ目だ。
* * *
「次の手品は『過去視』です。過去にあった事象を別の視点から見ることができます。
使用するカードは4枚だけです。
本来はAを使うのですが、わかりやすくするために7を使いましょう。」
咲夜はカードの山から7だけを抜き出した。
スペードの7、ハートの7、ダイヤの7、そしてクラブの7。
わかりやすくするため、というのはどういう意味だろうか。
抜き出した4枚のカードを、きっちり向きをそろえて表向きに並べる。
「これらのカードを、一度裏返してシャッフルします。」
今度はショットガンシャッフルではなく、普通の切り方。
ヒンズーシャッフルと言われる、一番一般的な切り方だ。
といっても、カードは4枚しかないわけだが・・・。
「私にも切らせて!」
「はい、どうぞ。」
挙手したフランドールに、咲夜は4枚のカードを手渡す。
ナイス、フラン!
4枚しかないカードでは非常に細工がやりやすい。
ここは咲夜以外の人にも切ってもらわなければ。
咲夜と同じように、ヒンズーシャッフルでカードを切る。
満足したのか、フランドールは咲夜にカードを返した。
それを咲夜は裏向きのままテーブルに並べる。
「どれでもお好きなカードをお選びください。」
じゃあこれで。
レミリアが指したのは、一番左のカード。
「皆さんでご確認ください。私に見せては駄目ですよ。
確認したら、私に裏向きのまま渡してください。」
咲夜は残ったカードを裏向きのまま回収する。
カードはハートの7。
それを咲夜以外の全員で確認し、カードを返す。
返されたカードを、咲夜は先に回収した3枚のカードの上に戻した。
「今返していただいたカードは一番上にあります。
順番でも判断できないよう、よく切りますね。」
「小悪魔、切りなさい。」
「あっ、はい。」
小悪魔は咲夜からカードを受け取ると、念入りにシャッフルする。
咲夜にシャッフルさせなければ、シャッフルの際に種を仕込むことはできない。
こうすることで、少なくともシャッフルに疑うべき点はなくなるはずだ。
「これで私は先ほど選んでいただいたカードを、
絵柄でも、順番でも判断することができなくなりました。
それでは、4枚のカードを表向きに並べてください。」
指示通り、カードを表向きにして並べる。
選んだハートの7は、レミリアたちの側から見て左から2番目にある。
「それでは、これから少しだけ過去に戻り、
レミリアお嬢様の視点からカードを確認させていただきます。
少々お待ちくださいませ。」
そう言って、咲夜は目を閉じた。
まるで、本当に過去の映像を脳裏に焼き回ししているかのように。
まさか、本当にそんなことができるはずがない。
ならばこれはただの演出だ。
だとすると、咲夜にはもう選んだカードがわかっている・・・?
「はい、見えました。選んでいただいたカードは―――」
咲夜の手が伸びる。
呼吸すら縛られたかのように、レミリアたちはその行き先を凝視する。
「―――これですね。」
咲夜が指したカードは、ハートの7。
・・・正解だ。
4枚しかカードがないので、適当に選んでも確立は25%もある。
しかし、確実に成功する自信があるからこその手品なのだろう。
偶然当たった、という答えはまずありえないと思っていい。
「むぅ。」
レミリアは4枚のカードを裏返すと、カードの裏側を念入りに見比べる。
特に違いはない。
カードの裏にそれぞれのカードを識別できるような違いがあれば、
カードを選んだ時点で咲夜には選ばれたカードがわかる。
それなら、あとはいくらカードの順番を入れ替えようが同じこと。
とかいうトリックかと思ったんだが・・・。
「これは私の自信作の手品でございます。
ノーヒントでは少々難しいかもしれませんね。
第1のヒントです。」
咲夜は今回使わなかったカードの山から一枚選んで取り出すと、
テーブルの上に表向きで置いた。
ハートの4のカード。
「この手品、4ではできないんです。
そのほかにも、この手品ができるカードとできないカードがあります。」
できるカードとできないカードがある!?
4と7のカードの違いはなんだろうか。
7のカードにあって、4のカードにないもの。
あるいは、その逆。
それは一体なんだろうか。
違いがあるとしたら、カードの表側だろう。
美鈴は既に考えることを放棄したのか、魂の抜けかかった顔で天井を見上げている。
「まだ難しいようですわね。
それでは第2のヒントです。」
咲夜はなにを思ったのか、ナイフを一本取り出した。
それをハートの4の真ん中に、上下に仕切りを立てるように添えた。
よく磨きぬかれたナイフは、カードの下半分を鏡のように反射して、
虚像と実像で、まるで一枚のカードのように見える。
次に、それをハートの7でも同じように・・・、
「あっ、わかりました。」
声を上げたのは小悪魔だった。
一斉に小悪魔に視線が集中する。
小悪魔はうろたえたように苦笑い。
「す、すみません。」
「責めてるわけではないわ。わかったの?」
「はい。」
小悪魔は恐縮したように頷いた。
本当に手品のトリックがわかったらしい。
「それでは小悪魔、説明してちょうだい。」
「はい、わかりました。」
小悪魔はテーブルの上に置かれた、ハートの7とハートの4に手を伸ばした。
それを、くるりと上下に回転させる。
「7にあって4にないもの。それはカードの上下の向きです。
4は上下を回転させても、まったく同じように見えますよね?
逆に7はマークが一つ、半端にあるので同じように見えません。」
確かにそうだ。
要するに、先ほどの第2ヒントはそれを指していたのだろう。
「それじゃあ、この手品の全容をご説明いたしますね。
まず4枚の7を表向きで並べて公開します。
このとき、必ずカードの向きを揃えなければなりません。
次に、カードを裏にしてから、揃った向きを壊さないようにシャッフルします。
混ぜ終わったら、裏向きのままカードを1枚選んでもらいます。
他のカードは向きを壊さないように回収しておきます。
返してもらったカードを、さり気なく、上下を反転させて他のカードに重ねます。
再び、向きを壊さないようにシャッフルし、表向きで並べます。
1枚だけ、上下の向きが逆転しているカードが、先ほど選ばれたカードです。」
「素晴らしい。パーフェクトです。」
咲夜から、そしてレミリアたちから拍手が沸いた。
小悪魔は顔を真っ赤にして、照れくさそうに頬を掻く。
白星三つ目。
手品を見破るのにも、大分慣れてきたかもしれない。
「あっ、でも―――」
美鈴が声を上げた。
「最初に咲夜さん、言ってましたよね?
本来はAでやるべき手品だって。
Aって上下の向きありませんよね?」
Aのマークは1つしかない。
ならマークが片方に寄ってることはないのでは?
というのが美鈴の話。
「上下の向きならあるじゃない。」
レミリアは咲夜からナイフを借りると、
スペードのAの中央に鏡のように立てる。
真ん中に書かれたスペードのAがちょうど中央で反射されて、
スペードのマークではなくなってしまっている。
「ほらね?」
ハートでも同じ。
クラブでも同じだ。
もちろんダイヤでも・・・、
「・・・あら?」
・・・いや、ダイヤだけはそうはならない。
ダイヤのマークは上下対象。
Aでやると、ダイヤのAだけが上下の向きを判断できないのである。
だとすると、Aでこの手品は可能なのか・・・?
「可能ですわ。考え方は基本的に同じです。
ダイヤだけを除外して考えればよいのです。
最後に表向きでカードを並べたあと、
スペード、ハート、クラブの中で、1枚だけ向きが変わっていたものが選ばれたカードです。
スペード、ハート、クラブのカードの向きが全て揃っていれば―――」
「選ばれたのは、上下の向きが変わっていても見分けが付かないダイヤのA。」
「と、いうことですわ。」
なるほど。
最終的にこの手品が可能なのは、上下の向きが存在するカード。
つまり、Aや7の他に、真ん中にマークのある3や5や6などでも可能だということか。
まったく、よく考えるものだ。
種が明かされても感嘆のため息しか出てこない。
つまり、これが咲夜の言う本当の手品ということなのか。
* * *
「さて、今宵は楽しんでいただけていますでしょうか?
名残惜しくはありますが、次で最後とさせていただきます。」
えーっ、と不服そうに漏らしたのは、フランドール。
だが、口にはせずとも皆そう思っているようで。
咲夜は困ったように、そして嬉しそうに苦笑する。
「さあ、最後は上級編でございます。
いままでは、比較的わかりやすい手品を選び、ヒントも出させていただきましたが、
今度はトリックを見破られないよう、私もプライドをかけて本気でやらせていただきます。
それゆえ、最後の種明かしはいたしません。ご了承くださいませ。」
今度は咲夜も本気。
これを見破ることができれば免許皆伝というわけだ。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
「これからご披露いたしますのは、『トリックスター』と名づけた私の完全オリジナルです。
皆様の目の前で、カードをすり替えさせていただきます。
私の一挙手一投足に目を光らせ、ほんのわずかな素振りもお見逃しなきようお願いいたします。」
そう言って、咲夜はカードの山を切り始めた。
今度は52枚、全てのカードを使うようだ。
シャッフルも、ショットガンではなくヒンズーシャッフル。
「私にも切らせて。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
もちろん、咲夜だけに切らせるような真似はしない。
レミリアは、麻雀の牌を混ぜるように、ぐしゃぐしゃに掻き回した。
これでカードの向きもめちゃくちゃになったはずだ。
あまり関係はないかもしれないが、念のため。
よし、完璧だ。
カードを綺麗に整えると、咲夜にそれを返した。
咲夜はそれを裏返しのまま、テーブルの上に扇状にざっと広げた。
見惚れるような鮮やかな手つきだったが、そんなことにうつつを抜かしている場合ではない。
「好きなカードを一枚、どれでもお選びくださいませ。
選んだカードは皆様でご確認ください。
私に見せても手品そのものには影響がありません。見せなくても構いません。」
もちろん見せない。
咲夜以外の全員で、そのカードを確認した。
スペードのクイーン。
スペードは剣を表すという。
まるで咲夜自身を象徴するかのようなカードだ。
「選んだカードは裏返しで、テーブルの上に置いてください。」
選んだスペードのクイーンを、テーブルの上に裏返しで置く。
「はい。それではその上から、しっかり手で押さえてください。」
その上から、両手でがっちり押さえつける。
今からこのカードを入れ替える、ということなのか?
ならば、なおさらがっちり押さえなければ。
「ふふふっ、これなら流石の咲夜もこのカードを入れ替えることはできまいな。」
自分は吸血鬼だ。
腕力なら人間の咲夜が適うはずもない。
不敵に笑うレミリアに、
咲夜はくすりと笑って返した。
「誰もそのカードを入れ替えるとは言っていませんわ。
ああ、もちろんそのカードも入れ替えさせていただきましたが。」
そのカード・・・も?
他に入れ替えるカード?
ひょっとして、この目の前に扇状に並べられた、裏返しの51枚のカードか?
確かに押さえてはいないが、視界から外れていたわけではない。
すり替えたならすぐにわかるはず。
いや、入れ替えさせて『いただきました』?
まさかもう、入れ替わっているのか!?
咲夜は目の前に扇状に並べられたカードの端に、指を滑り込ませた。
それを、ドミノ返しのようにぱたぱたと、一気に表向きにひっくり返した。
「そんな・・・馬鹿な・・・・・・!?」
もはや開いた口がふさがらない。
スペードのA。
それが、51枚。
そう、裏返しにされていた全てのカードが、
一枚残らず全部スペードのAにすり替えられていたのだ。
ランダムに引かせたカードはスペードのクイーンだった。
つまり、その瞬間までは間違いなく、すり替えられる前の52枚のカードだったはずなのだ。
それより後に、すり替えられる隙などなかった。
「まだ終わっていませんよ。」
咲夜は薄く笑みを浮かべながら、テーブル上の一点を指差した。
レミリアの手。
その下の、裏返されたカード。
「ご確認くださいませ。」
まさか。
そんなはずはない。
しっかり押さえ続けていたはずだ。
レミリアが、恐る恐る手をどける。
裏返されたカード。
それは、間違いなくスペードのクイーンであるはず。
レミリアは、なにか恐ろしいものを見るような手つきで、
それを表向きに返した。
「スペードの、A・・・。」
鳥肌が立った。
卓上に置かれていた全てのカードが、
レミリアたち5人の見ているその目の前で、
一枚残らずすり替えられたのだ。
トリックを見破ろうとか、そんな気すら起こらない。
もう思考が疑いようもない結論を下してしまっている。
反論する余地すらない。
これは、『不可能』だ。
「このトリック、おわかりになりましたか?」
「冗談じゃない。わかるか、こんなもの。
わかったのはこれが不可能だということだけだ。」
レミリアは不機嫌そうに口を尖らせて応えた。
降参だった。
パチュリーですら、もうトリックを見破るのを諦めてしまっている。
これだけの人数の目の前で全52枚のカードを一枚残らずすり替えるなど、
できるはずがない。
「それでは、上級編は私の勝ちということでよろしいですね?」
認めざるを得ない。
レミリアはしぶしぶ頷く。
それに咲夜は誇らしげに礼をして返した。
* * *
「本日の手品ショーはこれにて終了です。
お楽しみいただけましたでしょうか?」
「咲夜ー、さっきの答えはぁ?」
「フランドールお嬢様、上級編は種明かしはしない約束ですよ?」
「むぅ~・・・。」
フランドールは不服そうに頬を膨らませて咲夜を睨む。
おそらく、フランドールは今日は手品の種が気になって眠れないだろう。
「いや、しかし、今日は本当に楽しませてもらったわ。」
「ありがとうございます。身に余るお言葉ですわ。」
「『過去視』の手品ね。私にも出来そうだわ。今度試して見ようかしら。」
レミリアはトランプを手に取ると、早速手品の練習を始めて、
「小悪魔。手品に関する本って、あった?」
「ふふっ、あったと思いますよ。」
パチュリーは小悪魔を引き連れて図書館に戻っていった。
負けず嫌いの彼女のことだ。
きっと図書館に戻って、上級編のトリックについて徹底的に調べ上げるつもりなのだろう。
「美鈴、あなたも仕事に戻りなさい。いつまで呆けてるの。」
「はっ! 咲夜さん、格好よかったです。
惚れ直しちゃいましたよ。」
「ちょ、惚れ!? 直した!?!?
気持ち悪いこと言ってないで、さっさと門に戻りなさい!」
「は~い!」
美鈴は追い立てられるように部屋を出て行った。
さて、私も仕事に戻らなくては。
「それではお嬢様、私はこれで失礼いたします。」
「咲夜!」
フランドール相手に手品の練習をしていたレミリアが、
部屋を去ろうとする咲夜を呼び止めた。
「忘れてるわよ、これ。」
胸に下げられている懐中時計を外して、
テーブルの上に置いた。
咲夜は一瞬、しまった、という顔をして、
すぐに苦笑したような笑顔を貼り付けた。
「私としたことが、すっかり忘れていました。」
「大事なものでしょう? 忘れちゃ駄目じゃない。」
「はい。ありがとうございます。」
咲夜は懐中時計を回収すると、
エプロンのポケットにそれを戻した。
「それでは改めて、失礼いたします。」
トランプを弄りながら、ああでもないこうでもないを繰り返すレミリアに一礼し、
トリックスターは静かにステージを後にした。
* * *
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
上級編のトリック、見抜けましたでしょうか?
最後に、トリックスターから貴方へのメッセージがあります。
まだ上級編に挑戦される方は、もう一度最初から読み返しでくださいませ。
トリックが解けた方は、胸を張って下にお進みくださいませ。
わからないので諦める方は、このまま下に進み、騙された悔しさにのたうちまわりくださいませ。
* * *
「あら、そこの貴方。そう、貴方です。
ずっとそこから見ていらしたのですか?
そこからでは見づらかったでしょう?
本当は、もっと間近でお見せしたかったのですが。それはまたの機会に。
さて、貴方は私の仕掛けたトリックを見破ることができましたか?
初級編と中級編は、そこからでは見破るのは難しかったかと思います。
ただ、上級編はそこからでも十分に見破ることが可能なはずですわ。
・・・少し難易度が高すぎたかもしれませんね。
わかりました。特別にヒントを『3つ』差し上げます。特別ですよ?
ヒント1:私が上級編のトリックの種を仕込んだのは、初級編が始まるよりももっと前ですわ。
ヒント2:初級編および中級編は、上級編のためのミスディレクションに過ぎません。
ヒント3:私のとったあらゆる行動をお疑いくださいませ。
上級編のトリックがわかった方には、このとても精巧に作られた私の懐中時計のレプリカを差し上げます。
ふふっ、これは失礼。少しヒントが過ぎましたか?
以上『4つ』のヒントを踏まえた上で、最初からもう一度振り返っていただければ、
自ずと答えは見えてくるはず。
今宵の私が『マジシャン』ではなく『トリックスター』であることをお忘れなく。
さて、お嬢様が私をお呼びになられているようなので、私はここで失礼いたします。
それでは御機嫌よう。貴方に紅き月の加護がありますように。」
トリックが解る解らない以前に、ここまで不可能マジックだと、最初に咲夜の能力を疑わざるを得ないのが残念。
時計があっても無くても、と思ってたけどレプリカまで用意するなんて瀟洒すぎるw
トランプの並び順はタロットに由来するもので、古典的なカードゲーム(ブリッジ等)では強さの順になっているため、それ以外の並び順は一般的にはないはずです。
Mr.マ○ックだったか誰だったかが「手品を見るときはすべてを疑え」って言ってたなぁ…
まあ上級編は「能力を使った」かな?
精巧に作られたレプリカを差し上げるっていうヒントを鵜呑みにしただけですけど…
私は『4つ』でわかったさ・・・ブラボー。
ちゃんと意味も説明してますし
最後のマジックもなんか大体読めたのですがいい作品でしたw
マジシャンの鉄則は
1 同じ客の前で同じマジックを2度繰り返してはならない
2 これから起こる現象を説明してはならない
3 タネを明かしてはいけない
でしたっけ?w
とりあえずお見事でした
つかこんなもん普通に考えてわかるかww
いやはや、存分に楽しませてもらいましたよ。
こういうお話も良いものですね。w
しかし咲夜さんが最初に仕掛けたタネがレプリカの懐中時計を渡すこと。
その時点で皆は咲夜さんのタネに引っかかってしまっていたと。
お見事です。
上級編のタネはやっぱり「アレ」でしょうね~
実際に初級中級の手品を間近で見せられた人にとっては確かに「上級」かもしれませんねw
瀟洒すぎる
(もしここで終わっていたら東方あまり関係ねぇとか思いつつ30点つけようとしてました)
上級編の為のミスディレクションだったとは恐れ入りました。
まさに咲夜「と」手品講座ですね。
コーラ飲んでもゲップ出ない俺には余裕過ぎです(にやり
そしてヒントから考えると、仕込んだのは…
こういう推理小説っぽい手品の描写は上手いです。そして卑怯です(苦笑)
30分くらい悩みました。
っと思って読んでいたけど、これは咲夜さんじゃないとできないw
これは・・ねぇ ないよ
とりあえず、評価100にしときます
何回も露骨に書くとさすがに誰でも引っかかるものがあると思いますよ。
面白かったです。
まったくあなたに責任はないけど、評価コメントで上級編のタネがわかってしまった。
だがあまり悪い気はしない、むしろ答がわかってすっきりしたのは自分に向上心というものがないのだろうか?
ありがとうございます。正直おどろきました。
難易度としては、1度読みで5%、2度読みしてお嬢様の『不可能を可能にする』で60%、
最後の咲夜さんの4つのヒントで全員の読者様がわかるくらいにしたつもりです。
はい。咲夜さんの最後のメッセージは、ヒントではなく解答編なのです。
わからないままだと、もやもやするじゃないですか。だからほぼそのままの答えを言っています。
咲夜さんのメッセージよりも後ろにある、この感想コメントでは種をばらしていただいても全然オッケーなのです。
それでもわからないひとのために、答えをこっそり。この手品、いや、詐欺の全容です。
1:美鈴を呼びに行く際、自分の部屋に立ち寄り、『懐中時計のレプリカ』を回収する
2:『懐中時計のレプリカ』を預かってもらう。誰も言い出さなければ自分から提案する。
3:本当の手品ショーを見せ、自分が最後まで手品をやるものだと勘違いさせる『ミスディレクション』。
4:上級編。現世『ザ・ワールド』!!
以上です。みなさんスッキリしてお帰りくださいませ。
もともと見せる為のものである手品を文章にするのは難しかったと思います。楽しませていただきました。
いやー ごちそうさまです
自分も手品がしたくなるそんな作品でした。
只の詐欺行為と似たものですよ。
初見ではだまされる人ばかりでしょう。
ある意味で兎以上の詐欺師。
とはじめから思ってた俺は間違いなくひねくれ者w
時計の回収を忘れてたとこで確信できました。
手品を分かりやすく、かつおもしろく文章で表現できてるのが
すばらしいと思います。
どうやら俺は人を疑うのに向いてないようだ
>わかったのはこれが不可能だということ
ということですか。
いや、お見逸れしましたw
それを東方ネタにからませる着眼点が面白かったです。
咲夜さんお見事の一言です。
最後迄瀟洒過ぎる。
良い作品を有難う御座います。
>>60の人よ、筆者はマジシャンとは言ってないぜ。読み直してトリックスターの意味をみて見な
感想のうち他の方に言われていないことは、
>思考回路はショート寸前。
吹いた。
3番目以降は読んでほとんどすぐわかりましたが、
思考に慣れていない1番目と2番目(ダブルリフトが分かりませんでした)が一番難しかったです。
咲夜さんかっこいい。
上級編のトリックに悩み続けたんですが結局降参してヒント見ました。しばらく転げ回りました。ええ。ええ。
見せても見せなくてもいい、と言われたら、その前の手品の傾向からして絶対に見せないですからね。
つまり、その瞬間だけは誰もがカードに注目するため、時を止めるのに挙動が必要であっても気付かないんですね。
瞬間移動マジックでは、舞台の下に設置された狭い通路を、ものすごい速さで移動して瞬間移動したように見せるものがありましたが、ありえないと思わせるものを、自分の能力で可能にするという意味では咲夜さんもマジシャンと言えるのかもしれませんがw
最後に東方であるからこそのトリックが来ている辺りが面白かったです。
だとは恐れ入る。
咲夜さんしか出来ない、彼女ならではですね。
実に楽しめました。面白かったです。
本当に面白かったです。
何たる変態。
トリックスター≠マジシャンはヒントとしては露骨過ぎる気もしますけどww
>ありとあらゆる物を疑え
>時計は不可能を可能にする物
>咲夜オリジナルの手品
そして、>これは不可能
ここまで読んで、謎が解けました
というか上記2つを見たときから目を付けていた俺はひねくれてんな
分かってもなお瀟洒な咲夜さんに惚れた
仮説二「実は能力は懐中時計が無くても使える」
と思い、二度読み、ヒントを読んで仮説二を確信し、
コメント欄を見て、「四つのヒント」を忘れていたことに落ち込みました・・・orz
・・・初級、中級のタネはヒント見なくてもわかったのに・・・
なにはともわれ、偶然見ていたサイトでこんなに面白い読み物を見つけて楽しかったです。
作者様、皆様、良いお年を!
・・・というわけにはいかなかったですねww
咲夜さんブラヴォー!!
竹林のトリックスターと気が合いそうですねこの瀟洒な咲夜さんは。
面白かったです
咲夜さんのショーに参加している気持ちになりました。
おもしろかったです!
最初のトリックスターの意味から一つくらい嘘が混ざってると思って読んでたけどみんなが「ミスディレクション」してるだけですねw
1:咲夜さん自ら「能力は使えない」とは言ってない。
2:上級編の後咲夜さんは勝利の確認をしただけで実際は「不可能」と答えたレミリア達の方が勝利に近い。
強いて言えば手品ショーと銘打っておいて奇術をやった事が嘘ですかね?
流石トリックスター。楽しませてもらいました。
改行がちょっと多すぎな気も
事実上の咲夜さんの知恵と能力ショーですな。
とするとパチュリーは……。
そうして仮定して読んでいくと色んなことが繋がって、( ゚д゚)ナルホド!となりました...!!
最後に『4つ』のヒントを見て、騙された!とも思いましたが、感動して何故かニヤけました...!←
とってもおもしろかったです!
長文失礼しましたm(*_ _)m
(初コメなのでちゃんとコメントできてるかわかりませんが...)